16 返金が不要な契約における取引開始日における顧客からの支払
(1) 返金が不要な契約における取引開始日における顧客からの支払
顧客が契約において取引開始日又はその前後に、返金が不要な支払が必要となる場合ある。これを返金が不要な契約における取引開始日における顧客からの支払という。
例えば、返金義務のないスポーツクラブ会員契約の入会手数料、電気通信契約の加入手数料、サービス契約のセットアップ手数料、供給契約の当初手数料、不動産賃貸借契約の礼金等がある(適用指針141)。
① 顧客からの支払が約束した財又はサービスの移転を生じさせるものか、又は将来の財又はサービスの移転に対するものかどうかの判断
返金が不要な契約における取引開始日における顧客からの支払は、その支払が約束した財又はサービスの移転を生じさせるものか、又は将来の財又はサービスの移転に対するものかによって会計処理が異なる。
そのため、契約における取引開始日又はその前後に、顧客から返金が不要な支払を受ける場合、まず、履行義務を識別するために、顧客からの支払が約束した財又はサービスの移転を生じさせるものか、又は将来の財又はサービスの移転に対するものかどうかを判断する(適用指針57)。
なお、返金が不要な契約における「取引開始日」の顧客からの支払は、通常、企業が契約における取引開始日又はその前後において「契約を履行するために行う活動」に関連するが、当該活動は約束した財又はサービスを顧客に移転させるものではない(適用指針142)。つまり、当該活動自体は履行義務ではない。
② 会計処理
顧客からの支払が約束した財又はサービスの移転を生じさせるものか、又は将来の財又はサービスの移転に対するものかどうかにより、会計処理は以下のとおりとなる(適用指針58、59)。
◆返金が不要な顧客からの支払が、約束した財又はサービスの移転を生じさせるものでない場合(将来の財又はサービスの移転を生じさせる場合)
⇒支払を受けた時に契約負債を計上し、将来の財又はサービスを提供する時に契約負債を取り崩し、収益を認識する。
ただし、契約更新オプションを顧客に付与する場合で、当該オプションが重要な権利を顧客に提供するものに該当する場合は、契約更新される期間を考慮して収益を認識する(14.(連載第8回)参照、適用指針48)。したがって、新規契約時に入会金等を支払い、その後、契約更新時に更新手数料が顧客から支払われない場合、新規契約時の入会金等に契約更新オプションが含まれている可能性があるということである。
◆返金が不要な顧客からの支払が、約束した財又はサービスの移転を生じさせるものである場合
⇒当該財又はサービスの移転を別個の履行義務として会計処理するかを判断する(【STEP2】参照)。
別個の履行義務と判断した場合、契約における取引開始日又はその前後の財又はサービスの提供時点で収益を認識する。この場合、返金が不要な顧客からの支払が行われた時に収益を認識することが多いと考えられる。
【参考】
契約締結活動(例えば、契約のセットアップに関する活動)又は契約管理活動(【STEP2】参照)で発生するコストの一部に充当するために、返金が不要な支払を顧客から受ける場合がある。当該活動が履行義務ではない場合、進捗度をコストに基づくインプット法により見積る場合(【STEP5】参照)には、進捗度の算定にあたって、当該活動及び関連するコストの影響を除く必要がある(適用指針60)。
【設例】
当社(スポーツクラブ経営)は、X1年度首に顧客と2年間のスポーツクラブの入会契約を締結した。
顧客は、入会金5,000(返還義務なし)と月々1,000の会費を支払う必要がある。
入会金は顧客に財又はサービスを移転するものではない。また、契約期間の2年が経過したときは、顧客は更新料を支払う必要なく、1年間契約を継続できるため、重要な契約更新オプションであると判断した。さらに、通常、顧客は1回は契約を更新すると見積った。
そして、独立販売価格を見積らず、提供すると見込まれる財又はサービスと交換に受け取ると予想される対価を算定し、取引価格を配分する(14.(連載第8回)(1)①【参考】参照)。
① X1年度期首
② X1年度期末
(※1) 1,000×12ヶ月=12,000
(※2) 入会金5,000+月々の会費1,000×36ヶ月(=12ヶ月×契約期間2年+更新期間1年(=12ヶ月))=41,000
41,000÷36ヶ月×12ヶ月=13,667
(※3) 差額
(2) 返金が不要な契約における取引開始日における顧客からの支払(従来との相違点等)
① 従来との相違点
[収益認識基準等]
➤返金が不要な顧客からの支払が、約束した財又はサービスの移転を生じさせるものでない場合、支払を受けた時に契約負債を計上し、将来の財又はサービスを提供する時に契約負債を取り崩し、収益を認識する。
➤返金が不要な顧客からの支払が、約束した財又はサービスの移転を生じさせるものである場合、当該財又はサービスの移転を独立した履行義務として処理するかどうかを判断する。
[従来]
➤返金義務のない入会金等に係る収益認識に関する一般的な定めはない(意見募集130)。
➤入金時に一括して収益を認識する会計処理や収益を契約期間にわたって配分する会計処理がある(意見募集130)。
② 影響がある取引(例示)
- 財又はサービスを提供する前に顧客より受け取る対価が返金義務のない場合に、影響を受ける可能性がある。
- 例えば、スポーツクラブ、ゴルフ場等における加入金・入会金や電気通信契約の契約当初の加入手数料、不動産賃貸借契約の礼金等において影響を受ける可能性がある。
③ 適用上の課題
- 返金が不要な顧客からの支払が、約束した財又はサービスの移転を生じさせるものか、又は将来の財又はサービスの移転に対するものかどうか、契約を履行するために行う活動かの判断が困難となる可能性がある。また、当該判断を行うために業務プロセスの新規追加が必要となる可能性がある。
- 更新オプションが契約を締結しなければ顧客が受け取れない重要な権利を顧客に提供しているか否かの判断について、「重要」の程度を収益認識基準等では明らかになっていない。そのため、契約期間を超えて収益を認識するかの判断が困難となる可能性がある(意見募集136)。
- 従来は顧客からの支払時に収益認識していた場合、従来よりも収益の認識時期が遅くなる可能性がある。そのため、収益の認識時期が異なることにより、業績管理及び予算管理に影響が生じる可能性がある。この結果、人事評価にも影響する可能性がある。
④ 財務諸表への影響
- 従来において返金義務のない入会金等について入金時に一括して収益を認識している場合、その入会金等が将来の財又はサービスの移転に対するものである場合には、収益認識基準等では将来の財又はサービスの移転に応じて収益を認識するため、収益の認識時期が遅くなる。