《税理士のための》 登記情報分析術 【第26回】 「相続登記について」 ~遺産分割協議書の作成~ 司法書士法人F&Partners 司法書士 北詰 健太郎 相続人の確定や財産調査が終われば遺産の名義変更などの承継手続を行っていくことになる。遺言書があれば遺言書に基づいて行うことになるが、ない場合には遺産分割を行うことになる。税務申告のために税理士が遺産分割協議書の作成をサポートすることがあると思われるが、不動産の名義変更である相続登記の観点から注意点を解説する。 1 不動産の記載は登記記録に合わせる 税理士が案文を作成した遺産分割協議書に基づいて相続登記の依頼を受けることがあるが、不動産の記載が不適切で相続登記には利用できないケースがある。代表的な例は、不動産の記載が「住居表示」で記載されている場合である。 【住居表示で不動産が記載されている遺産分割協議書の例】 このような記載方法だと、法務局では地番、家屋番号などにより不動産を管理しているため、不動産の特定ができないとして登記を進めてもらえないことがある。 また、本記載例のように「自宅」、「マンション」のような記載ぶりだと、建物だけを相続するのか、敷地を含むのかが判然としない。法務局に指摘されると、改めて遺産分割協議書の作成が必要になるため注意が必要である。 【登記記録に準じて不動産が記載されている遺産分割協議書の例】 2 分譲マンションの敷地権の記載に注意 遺産にいわゆる分譲マンション(区分建物)が含まれる場合も、不動産の記載に注意が必要である。 分譲マンションは建物については一室ごとに独立した登記記録が存在する。土地については、建物の所有者で共有することになるが、全共有者を記載すると登記記録の判読が困難になる。建物所有者が100人存在する場合、土地の登記記録には100人の共有者が記載されることをイメージすると、困難さがイメージしやすいだろう。 そのため、通常は分譲マンションの土地の権利については、「敷地権化」という措置がされていることが多い。これは建物の登記記録に「敷地権」として、土地の利用権を一体化させることである。 分譲マンションの登記記録を見たことがある人であれば、「敷地権」という記載がされているのを目にしたことがあるだろう。 【分譲マンションの登記記録例】 遺産分割協議書に分譲マンションを記載する際には、登記記録にある「一棟の建物の表示」や「敷地権」の記載を行わないと登記ができないことになるため注意が必要である。 【分譲マンションの遺産分割協議書への記載の仕方】 3 不動産の利用状況に応じた遺産分割をしたい場合 税理士が作成をサポートした遺産分割協議書では、1筆の土地を利用状況に応じて承継者を定めているものを見ることがある。例えば、以下のような記載である。 【1筆の土地について利用状況に応じて承継者を定めている例】 このような記載方法でも、当事者間で合意ができているのであれば、遺産分割協議書自体は有効といえるのかもしれないが、1筆の土地を利用状況に応じて所有者を登記することは登記制度としてできないため、相続登記には使用できないことになる。 もし、利用状況に応じて不動産を承継させたいのであれば、分筆を行ったうえで相続登記を行うなどの対応が必要となる。 4 遺産分割協議書に司法書士のチェックを 本稿で紹介したように、遺産分割協議書には相続登記の観点から様々な注意点がある。顧客からすれば「税理士のサポートを受けた遺産分割協議書であれば安心だ」と考えることが通常であると思われる。 もし、相続登記に使用できないとなると信頼を損ねる可能性もあるため、不安がある場合には司法書士のチェックを受けるとよいだろう。 (了)
《顧問先にも教えたくなる!》 資産づくりの基礎知識 【第25回】 「年金制度改正法の成立と適用拡大」 株式会社アセット・アドバンテージ 代表取締役 一般社団法人公的保険アドバイザー協会 理事 日本FP協会認定ファイナンシャルプランナー(CFP®) 山中 伸枝 〇財政検証の結果と年金制度改正の背景 6月13日に年金制度改正法が成立しました。今回の改正は2024年に実施された財政検証の結果を踏まえて立案された極めて重要な改正です。 今般の財政検証では、厚生年金の財源が適用拡大により社会保険加入の就労者が増えたことで大きく改善され、マクロ経済スライド終了の目処がたったこと、一方で、国民年金の財源の脆弱さが明らかになりました。 そのため、適用拡大は事業規模を問わずにスピード感をもって展開することと基礎年金の底上げの必要性が昨年末から頻繁に議論されるようになりました。しかしその後SNS等で異議を唱える声が大きくなったこともあり、基礎年金の底上げの検討は5年後の財政検証に持ち越され、「あんこの入っていないあんパン」と揶揄されました。 また年金財源の改善に寄与した適用拡大の推進は当初のスケジュール展開のスピードを大幅にスローダウンすることになりました。 〇適用拡大の2つの目的 適用拡大には2つの目的があります。1つは、社会保険加入要件を拡大することにより、短時間労働であったとしても厚生年金に加入させ、将来の低年金者の発生を防ごうというものです。この目的の推進は事業規模の大きいところから実行され、その成果が今回の財政検証で明らかになったところです。 そのため今後の適用拡大は、労働時間が同じであれば、勤め先の事業規模によって厚生年金への加入の可否に差がつくことなく公平にしていこうという、2つ目の目的に移行しています。 〇現行の社会保険加入要件とその変更 適用拡大は、厚生年金加入の要件を「年収130万円から106万円に引き下げる」ことで進めていますが、詳しくは以下の4つの条件を満たすことが社会保険に加入する要件です。 厚生年金に加入ができると老齢基礎年金(国民年金)の上乗せで老齢厚生年金を受給できるため、低年金を防ぐことができます。また、障害厚生年金や遺族厚生年金も受けられるので保障も手厚くなりますし、健康保険にも加入できるので、傷病手当金や出産手当金など被用者保険の給付のメリットも受けられます。さらにこれまで国民年金に加入していた第1号被保険者については、厚生年金加入により会社が保険料を半分負担してくれるため、今までより個人で負担する社会保険料が軽減されます。 前述した4つの要件のうち、②の給与が88,000円以上という要件は、今後3年以内に撤廃の見通しです。これは最低賃金が上がると、労働時間が週20時間に達しなくとも給与が88,000円以上になるためです。これに伴い、今後社会保険加入の要件は、①週の勤務が20時間以上であることと、よりシンプルになります。ただし、これは最低賃金の上昇が前提であるため、そのタイミングは確定していません。 〇適用拡大の展開スケジュール これまでの適用拡大の実施は事業規模別に進んできました。2016年10月からは従業員501人以上の企業、2022年10月からは従業員101人以上の企業、2024年10月からは従業員51人以上の企業で導入されました。 そして今後は50人以下の企業に10年の月日をかけて展開されていきます。 具体的には、36人以上の企業は2027年10月から、21人以上の企業は2029年10月から、11人以上の企業は2032年10月から、10人以下の企業は2035年10月からとなります。ただし、このスケジュールに則らずとも、労使合意に基づき加入することも可能です。 〇個人事業所の取扱い また今回の改正では、常時5人以上の者を使用する個人事業所は、現在の17種類(※)に限らず全業種の事業所が社会保険に加入することになりました。しかし例外として、2029年10月時点ですでに存在している事業所は当分の間対象外となりました。また5人未満の個人事業所は現行通り社会保険加入の対象外のままとなりました。 (※) 法律で定める17種類 ①物の製造、②土木・建設、③鉱物採掘、④電気、⑤運送、⑥貨物積卸、⑦焼却・清掃、⑧物の販売、⑨金融・保険、⑩保管・賃貸、⑪媒介周旋、⑫集金、⑬教育・研究、⑭医療、⑮通信・報道、⑯社会福祉、⑰弁護士・税理士・社会保険労務士等の法律・会計事務を取り扱う士業 〇適用拡大が進まない理由 このように今回の年金法改正においては、財政検証で効果が確認され進めるべきであると明言された適用拡大が10年という長い時間をかけて小規模事業所に展開していくことになりました。また「すべての働く人に等しい厚生年金加入要件を」という目的は果たされることなく例外が残ることになりました。 適用拡大のさらなる展開に時間を要しているのは、社会保険料の負担が重くのしかかる小規模事業を経営する事業主への配慮もありますが、いわゆる専業主婦などの「扶養から外れたくない、外れたら損だ」という声の強さもあるようです。いわゆる「年収の壁」による雇い控え、働き控えです。 〇短時間労働者への支援措置 しかし、昨今は人材不足です。少しでも年収の壁による雇い控え、働き控えを解消しようと、今回の改正では社会保険の加入拡大の対象となる短時間労働者を支援するため、特例的・時限的に保険料負担を軽減する保険料調整の措置を実施することになりました。 対象は、従業員数50人以下の企業などで働き、企業規模要件の見直しなどにより新たに社会保険の加入対象となる短時間労働者であって、標準報酬月額が12.6万円以下である方です。 社会保険料は労使折半ですが、この措置の利用を希望する事業主は、事業主の負担割合を増やし、被保険者の負担を軽減することができます。また事業主が追加負担した分については、その全額を制度全体で支援することになっています。 3年間だけの時限措置ではありますが、これを機に短時間勤務の従業員の処遇を見直し、働く環境を整えていきたいという事業者にとってはメリットのある仕組みと言えるでしょう。 以上今回は、今般成立した年金制度改正法から適用拡大について抜粋してお伝えしました。小規模事業所への適用拡大は、今後確実に進んでいきますので制度理解の参考にしていただけましたら幸いです。 (了)
《速報解説》 国税庁が「移転価格税制の適用に係る簡素化・合理化アプローチのFAQ」を公表 ~当面の間の日本での簡素化・合理化アプローチの不実施と税務上の取扱いを明らかに~ 税理士 水野 正夫 国税庁はこのほどホームページ上で「移転価格税制の適用に係る簡素化・合理化アプローチに関するFAQ(令和7年6月)」を掲載し、計5問の質疑応答を公表した。 移転価格税制の適用に係る「簡素化・合理化アプローチ」(いわゆる「利益B」のことで、基礎的マーケティング・販売活動を行う販売会社の国外関連取引のうち一定の基準を満たした取引に対し、移転価格税制の適用の簡素化・合理化を図るもの)がOECD移転価格ガイドラインに追加・公表され、簡素化・合理化アプローチを実施した国・地域は、2025年1月1日以後に開始する事業年度から、対象となる取引に対して簡素化・合理化アプローチを適用できることとされており、日本において簡素化・合理化アプローチを採用するか否かが注目されていた。 FAQでは、日本において、当面の間、簡素化・合理化アプローチを実施しないことを明らかにする(問1)とともに、日本法人の国外関連者(子会社等)が所在する進出先国・地域において簡素化・合理化アプローチが実施される可能性があることから、日本の税務上の取扱いについて、従来の独立企業間価格の算定方法を用いて独立企業間価格を算定することを以下のとおり確認しており、留意が必要である。 (了)
《速報解説》 JICPAから「金融課税の論点整理」についての研究報告が公表される ~信託型ストックオプションに関する問題点も指摘~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2025年6月19日付けで(ホームページ掲載日は2025年7月16日)、日本公認会計士協会は、「金融課税の論点整理」(租税調査会研究報告第41号)を公表した。 これは、主として個人の所得税を中心にした金融課税について整理したものである。所得税の原理原則は所得区分に応じた課税であり、金融商品がどの所得区分に該当するかによって課税制度も異なり、実態課税論としてはかなり複雑な体系となっているとのことである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 論点整理は表紙を含めて92ページあり、主な内容は次のとおりである。 1 信託型ストックオプション ストックオプションに関する課税を検討し、信託型ストックオプションについての問題も指摘している。 2023年5月(最終改訂2023年7月)に国税庁が「ストックオプションに対する課税(Q&A)」を公表しているが、信託型ストックオプション(税制非適格)の課税について、国税庁の見解は、法人課税信託の課税の考え方を否定するものであり、納税者との意見対立となっていることなどをあげ、信託型ストックオプションについては、課税上の取扱いをQ&Aだけで終わらせるのではなく、租税法律主義の観点からも、納税者が納得できるように法人課税信託の制度や税制非適格ストックオプションの制度などの課税関係と整合性がとれた法整備が望まれるとしている。 2 デリバティブ デリバティブ取引に関する課税を検討し、論点は大きく分離課税の対象範囲と他の金融所得との損益通算があるとし、デリバティブ取引のほかの金融所得との損益通算範囲の拡大は、租税回避行為という問題の存在を踏まえつつも進めていく必要があると考えられるとしている。 3 暗号資産 暗号資産に関する課税を検討し、論点の中心は所得区分と金融所得課税の一体化としている。 暗号資産課税に関する見直しは、着実に進めていくべきであると考えるとしつつ、例えば、暗号資産について分離課税が認められるとした場合のその範囲の問題なども指摘している。 (了)
《速報解説》 公認会計士・監査審査会が 「監査事務所検査結果事例集(令和7事務年度版)」を公表 ~循環取引及びサイバーセキュリティリスクへの対応を掲載~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2025(令和7)年7月7日、公認会計士・監査審査会は、「監査事務所検査結果事例集(令和7事務年度版)」を公表した。 今回の事例集の特徴は次のとおりである。 事例集は、公認会計士・監査審査会が行う監査事務所の検査で確認された指摘事例等を取りまとめたものであり、基本的に、監査事務所に関する内容である。 本稿では、事例集に記載された事項のうち、一般事業会社における会計処理等においても参考になると考えられるものを紹介する。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 取締役、監査役等、投資者等による活用を期待 事例集では、上場会社等の取締役・監査役等や投資者等に対する監査に関する参考情報の提示という観点から、審査会検査で確認された幅広い指摘事例をできるだけ分かりやすく記載している。 そのほか、監査事務所の改善取組などにおいて評価できる取組例も取り入れているので、会計監査人の適切な評価のために、是非参考にしていただきたいとのことである。 Ⅲ 個別業務における「問題となった事例」 事例集は、次のような事例について述べている。 (了)
《速報解説》 国税庁が事業承継税制の特例措置に係る質疑応答事例を5年ぶりに更新 ~令和3年度から令和7年度の税制改正等に伴い全14問を改訂~ Profession Journal編集部 国税庁は、令和7年7月7日付けで事業承継税制の特例措置(非上場株式等についての贈与税・相続税の納税猶予及び免除の特例措置)に関する質疑応答事例を更新した。 この質疑応答事例は、事業承継税制の特例措置が平成30年度税制改正により創設後はじめて公表されたあと、令和2年にも更新が行われた。今回は前回の公表から5年ぶりに更新が行われ、令和3年度から令和7年度までの税制改正等を反映した内容となっている。 なお、改訂が行われた設問(全14問)は下記の通り。 事業承継税制の特例措置に関しては、令和6年度税制改正では特例承継計画の提出期限が延長され、令和7年度税制改正では役員就任要件等の見直しが行われたものの、事業承継税制の特例措置の適用期限自体は延長されておらず(※)、今後も延長はされない見込みとなっている。 (※) 法人版事業承継税制の特例措置の適用期限は令和9年12月31日、個人版事業承継税制の適用期限は令和10年12月31日。 (了)
2025年7月10日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.626を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
令和7年度税制改正における 『グループ通算制度』改正事項の解説 【第2回】 公認会計士・税理士 税理士法人トラスト 足立 好幸 2 グループ通算制度における取扱い 通算法人の法人税率については、改正後は以下の取扱いとなる。下線部分が改正されている。 (1) 通算法人の法人税率 (2) 通算親法人が協同組合等である場合の法人税率 (3) 通算親法人である協同組合等が特定の協同組合等に該当する場合の法人税率 (4) 通算親法人である特定医療法人に対して適用される法人税率 (5) 適用時期 上記(1)~(4)の改正は、令和7年4月1日以後に開始する事業年度から適用される(令7改所法等附39)。 ただし、通算子法人については、通算子法人の令和7年4月1日以後に開始する事業年度のうち通算親法人の同日前に開始した事業年度の期間内に開始する事業年度(経過事業年度)については、改正前の取扱いが適用される(令7改所法等附39)。 つまり、通算法人については、通算親法人の事業年度が、令和7年4月1日以後に開始する事業年度に該当する場合に、改正後の取扱いが適用されることとなる。 この場合、令和7年4月1日以後に加入した通算子法人が通算親法人の事業年度終了の日以前に離脱する場合であっても、その加入日が通算親法人の令和7年4月1日前に開始した事業年度の期間内にある場合は、加入日から離脱日の前日までの期間を事業年度とした通算法人としての単体申告は、改正前の法人税率の取扱いが適用されることとなる(注)。 (注) 例えば、通算子法人の加入日が令和7年5月1日、離脱日が令和7年12月1日とした場合の令和7年5月1日から令和7年11月30日の期間の事業年度(通算法人としての単体申告)について、通算親法人の決算期が3月である場合は改正後の法人税率の取扱いが適用され、通算親法人の決算期が12月である場合は改正前の法人税率の取扱いが適用される。 (続く)
Q&Aでわかる 〈判断に迷いやすい〉非上場株式の評価 【第56回】 「従業員持株会から発行法人が株式を取得した場合の留意点」 税理士 柴田 健次 Q 【第55回】の事例では、従業員持株会から同族株主が配当還元価額で株式を取得した場合には、時価と対価との差額に対して贈与税の課税がされることになるとのことでしたが、株式の取得者が同族株主ではなく、発行法人である場合には資本取引等に該当するため、贈与税の課税関係は発生しないという認識でよいのでしょうか。 前提状況は、株式の取得者以外は【第55回】と同様で、甲は将来的にA社を解散又はM&AによりA社株式の売却も検討しています。従業員持株会を解散した後にその清算手続きにおいて令和6年12月1日に従業員持株会の株式は、発行法人であるA社に配当還元価額である50,000円で譲渡されたものとします。 ■A社株式の所有状況の推移 (※1) 普通株式、1株につき1議決権 (※2) 配当優先無議決権株式 令和6年12月1日時点における自己株式取得前の普通株式に係る第4表「類似業種比準価額等の計算明細書」及び第5表「1株当たりの純資産価額(相続税評価額)の計算明細書」は、それぞれ下記の通りとなります。 A社の会社規模区分は、中会社の大に該当しますので、甲の自己株式取得前の1株当たりの相続税評価額は、下記の通りとなります。 A 甲は相続税法9条により対価を支払わずに利益を受けたことになりますので、贈与税が課税されることになると考えられます。 ◆ ◆ ◆ 1 発行法人に株式を売却した場合の課税関係 (1) 売主の課税関係 非上場株式を発行法人に売却した場合には、みなし配当課税(所法25①)、みなし配当課税の特例(措法9の7)、みなし譲渡課税(所法59①)、相続税の取得費加算の特例(措法39)の適用の有無を判断する必要があります。本問の場合には、相続で非上場株式を譲渡しているわけではありませんので、みなし配当課税の特例や相続税の取得費加算の特例は考える必要はありません。 個人から法人に非上場株式を著しく低い価額で譲渡した場合(時価の1/2未満の対価の額により譲渡した場合)にはみなし譲渡の適用があります(所法59①、所令169)が、みなし譲渡の場合には譲渡前の株主状況に基づき判定します。そして、従業員持株会の組合員は議決権割合が0%となりますので、特例的評価方式が適用される株主に該当します。したがって、配当還元価額(50,000円)での譲渡は、適正な時価で譲渡されたものとなりますので、みなし譲渡の適用はありません。 また、交付金銭等の額(1株当たりの交付金銭等の額は50,000円)からその株式に対応する資本金等の額(1株当たりの資本金等の額は50,000円)を控除した部分についてはみなし配当の金額とされます(所法25①)が、本問の場合にはみなし配当金額は生じません。 また、交付金銭等の額からみなし配当の金額(0円)を控除した部分については、株式等に係る譲渡所得等に係る収入金額とみなされます(措法37の10③)が、株式の取得費(1株当たり50,000円)と同額であるため、譲渡所得の課税関係も生じません。 (2) 発行法人の課税関係 自己株式を無償や低額で取得した場合に、取得時の時価と実際の取得価額との差額について受贈益を認識すべきという考え方も一部にありますが、平成18年度税制改正後の法人税法は、自己株式を有価証券としては認識せず、自己株式の取得を資本等取引としているため、原則として発行法人に益金は生じません(法法22②③④⑤)。 本問の場合には、みなし配当も生じていないため、配当所得の源泉徴収をする必要もありません。 (3) 発行法人の株主の課税関係 著しく低い価額で発行法人に資産を譲渡したことにより、発行法人の株主は、株式の価値が増加しますので、その価値増加部分について譲渡をした者からその株主に対して贈与税が課税されます(相法9、相基通9-2)。 ところで、相続税基本通達9-2(4)においては、「会社に対して時価より著しく低い価額の対価で財産の譲渡をした場合」にみなし贈与に該当する旨が定められていますが、本問の場合には、売主は時価相当の配当還元価額で譲渡していますので、みなし贈与の課税がされるかどうかについて疑問が残ります。 平成26年10月29日の東京地裁判決(TAINSコード:Z264-12556)は、自己株式の取得の事例ではなく、著しく低い価額で株式を購入した発行法人以外の同族法人の株主についてみなし贈与が適用された事例ですが、相続税法9条について下記のとおり判示されています(下線は筆者)。 上記判示における「贈与があったのと同様の経済的利益の移転の事実」とは、「利益を受けた者」と「利益を受けさせた者」があることが前提であると考えられますが、本問の場合には、売主の立場からすると適正な対価で譲渡をしていますので、売主は利益を喪失しているわけではなく、経済的利益の移転を観念することはできないといえます。 したがって、原則的には、適正な時価で譲渡が行われた場合には、相続税法9条によるみなし贈与の規定は発動しないものと考えられます。しかしながら、本問の場合のように、将来的に法人を解散又はM&Aをするために、株式の集約がされているため、甲が経済的利益を享受したことは明白であり、かつ、直接従業員持株会から配当還元価額で購入した場合には、相続税法7条の規定によりみなし贈与課税がされますので、みなし贈与課税を免れることは税負担の公平の見地からも許容されるべきではないと考えられます。 例えば、自己株式の取得が一時的なもので、その後、速やかに自己株式の処分を行い、240株を特例的評価方式が適用される第三者が同額(1株50,000円)で取得した場合には甲は経済的利益を何ら享受していませんので、贈与税の課税関係は生じないと考えられます。一方で、自己株式をA社が長期的に保有することが前提である場合や自己株式の消却を行う場合には甲は経済的利益を享受したとして贈与税の課税がされるべきと考えられます。 本問の場合には、【第55回】の贈与税課税とのバランスも考慮し、みなし贈与課税がされるべきと考えられます。 ◎甲のみなし贈与税課税の計算 甲はA社が自己株式を取得したことで、所有していた株式の価値が増加したことになります。したがって、贈与を受けた金額は、自己株式取得後の甲の普通株式に係るA社株式の相続税評価額と自己株式取得前の甲の普通株式に係るA社株式の相続税評価額の差額となります。あくまでも贈与税課税の計算となりますので、A社株式の相続税評価額を基に計算します。 自己株式の取得後の普通株式に係るA社株式の相続税評価額の計算は、下記の点について留意する必要があります。 実際の第4表及び第5表は、下記の通りとなります。 2 贈与を受けたものとみなされる金額 甲の贈与を受けた金額は、自己株式取得後の普通株式に係る甲のA社株式の相続税評価額と自己株式取得前の普通株式に係る甲のA社株式の相続税評価額の差額となり、下記の通り計算されます。 なお、【第55回】の事例の場合には、甲の配偶者は著しく低い価額で株式を譲り受けたとして、時価(40,418,400円)と取得対価(12,000,000円)との差額に対して贈与税の課税がされることになり、贈与金額は本問と異なります。 これは甲の配偶者は配当優先無議決権株式を取得していますので、類似業種比準価額の計算における1株当たりの配当金額は普通株式よりも高く算定がなされていること及び相続税法7条は直接的に贈与を受けたものであるのに対して、相続税法9条は間接的に贈与を受けているに過ぎないためです。 ☆実務上のポイント☆ 従業員持株会から発行法人が株式を取得した場合には、相続税法9条におけるみなし贈与課税の問題が生じます。従業員持株会を組成する際には、出口の課税関係が最も問題になり得ますので、前回(第55回)及び今回の贈与税課税の問題を確認してから組成するようにしましょう。 (了)
〈適切な判断を導くための〉 消費税実務Q&A 【第11回】 「国境を越えたEC取引に係る適正な課税に向けた課題」 税理士 石川 幸恵 【Q】 令和7年4月に導入されたプラットフォーム課税は、海外事業者によるゲームやアプリの提供など消費者向け電気通信利用役務の提供を対象としたものです。 ところで、近年は海外発のECサイトによる衣料品などの販売も盛んに行われていますが、こうした国外事業者が関わる物品の販売に関して消費税法上の問題はないのでしょうか。 【A】 政府税制調査会の「経済社会のデジタル化への対応と納税環境整備に関する専門家会合」の資料では、国外事業者が関わる物品販売について、次の2つの課題が示されています。 課題1:国外事業者による無申告 (※) 内閣府「第1回経済社会のデジタル化への対応と納税環境整備に関する専門家会合(2024年11月13日)」の「財務省説明資料[税務手続きのデジタル化]」20頁より抜粋 このような販売方法は「フルフィルメントサービス」と呼ばれます。この場合、販売時点で商品が国内に所在しているため、「国内における資産の譲渡」として消費税の課税対象となります。また、商品の所有権は国外事業者にあるので、国外事業者に納税義務が生じます。しかしながら、5,000億円から1兆円程度の無申告が生じている恐れが指摘されています。 課題2:少額貨物に係る国内事業者との競争上の不均衡 (※) 内閣府「第1回経済社会のデジタル化への対応と納税環境整備に関する専門家会合(2024年11月13日)」の「財務省説明資料[税務手続きのデジタル化]」20頁より抜粋 このケースは消費者が輸入者として税関に申告(実務的には通関業者が代理して申告。通関時の関税や消費税等は宅配業者に代引きで支払うケースなどがあります)を行いますが、課税価格が1万円以下であれば消費税及び関税が免除されます(関税定率法14⑱、輸徴法13①)。 その結果、消費税等を納めたうえで国内で取引を行う小売業者等と競争上の不均衡が生じています。 令和7年度与党税制改正大綱においても、国境を越えたEC取引の拡大について次のような課題が指摘されました。専門家会合での議論も踏まえ、次年度の税制改正において何らかの対応が講じられる可能性は十分に考えられます。 ◆ ◆ 解 説 ◆ ◆ 国境を越えたEC取引の課税関係には、フルフィルメントサービスを利用した取引と海外事業者からの直送のそれぞれにおいて課題がある。3回にわたる専門家会合の議論の中でEUや豪州等の取組みが比較・検討され、日本で採用するのであれば豪州の方式が現実的との意見が多かったが、現時点で制度化されるかどうかの見通しは明らかにされていない。 本稿では、専門家会合の資料で紹介されたEUや豪州等での方式を確認したい。 1 諸外国の対応状況 (1) フルフィルメントサービス ① EU EUは2021年7月より、EU域外の事業者がプラットフォーム等を介して域内の倉庫から域内消費者に行う物品の販売については、プラットフォーム事業者が販売したものとみなしてプラットフォーム事業者に納税義務が生じる方式が取られている(下図参照)。 (※) 内閣府「第1回経済社会のデジタル化への対応と納税環境整備に関する専門家会合(2024年11月13日)」の「財務省説明資料[税務手続きのデジタル化]」21頁より抜粋 ② 米国 米国の多くの州における「小売売上税」においてEUと同様の仕組みが導入されている。 (2) 少額貨物 ① EU EUでは少額輸入免税制度自体が廃止され、金額の多少にかかわらずVATが課税される。 徴収方法としては、消費者に納税義務がある直送取引であってもEC事業者やプラットフォーム事業者に納税義務を課す制度が導入されている。具体的には、2021年7月より、150ユーロ(2025年6月末時点で約25,500円)以下の少額貨物であっても、税務当局に登録をしたEC事業者やプラットフォーム事業者が消費者からVATを徴収し税務当局に納付する仕組みである。 上記(1)はフルフィルメントサービスを利用した場合に、納税義務が国外事業者からプラットフォーム事業者に転換する制度であったが、フルフィルメントサービスを利用しない直送取引では消費者からEC事業者やプラットフォーム事業者に納税義務が転換されるという違いがある。 なお、この登録は任意であるため、登録を受けていないEC事業者やプラットフォーム事業者経由で購入した場合には、消費者が納税義務を負うこととなる。 ② 豪州 EUと同様、EC事業者やプラットフォーム事業者が税務当局に登録を行ったうえで、物品サービス税(GST。おおむね日本の消費税に相当)の納税義務を課している。 EUと異なるのは一定規模以上のEC事業者やプラットフォーム事業者に登録が義務付けられている点と、登録義務のない事業者を通じて購入した場合には少額免税が適用される点である。少額免税となるのは1,000豪ドル(2025年6月末時点で約94,500円)である。 ③ 日本の特殊性 海外で小売取引され、輸入者の個人的な使用に供される貨物(携帯品や通販貨物)については、課税価格を「海外小売価格×0.6」で算出する「課税価格決定の特例」が適用されるため、実体上、16,666円(16,666×0.6≒10,000円)が免税上限額となる。 2 専門家会合における方向性 第3回の専門家会合の記者会見議事録によれば、2回にわたる集中的な議論を踏まえ、第3回では1つの区切りとして、次のように意見が取りまとめられたとされている。 これらの論点が次年度以降の税制改正にどのような形で反映されるかが注目される。 (了)