税理士が知っておきたい 不動産鑑定評価の常識 【第28回】 「道路の状況1つで土地価格も変化する(その2)」 ~建築基準法の要件を満たす道路とは~ 不動産鑑定士 黒沢 泰 1 はじめに 前回、建築基準法によれば、都市計画区域及び準都市計画区域内の建築物の敷地は、道路(ただし、自動車専用道路を除きます)に2m以上接していなければならないことを述べました。また、建築基準法では道路の定義を厳格に捉え、幅員が4m以上で一定の要件に当てはまる道でなければ、いくら道の形態をなしていても道路とは呼ばないことも併せて述べました(建築基準法第42条第2項に規定する4m未満の道(いわゆる「2項道路」)は例外扱いですが)。 そこで、今回は、上記の「一定の要件に当てはまる道」とはどのようなものかにつき、解説を加えておきます。 2 建築基準法上の道路とは 建築基準法の要件を満たす道路とは、次のいずれかに該当するものです(これらのほか、幅員6m以上の道を道路として扱うという特別な区域があり、そこでは例外的に幅員6m未満の道で一定の要件に該当するものも道路として扱われていますが、説明が煩雑となるため割愛させていただきます)。 (1) 道路法による道路(通称「一号道路」) 建築基準法第42条第1項第1号に掲げられていることから、「一号道路」とも呼ばれています(以下、「二号道路」から「五号道路」まで、同様の扱い方となります)。 これに該当する例としては、一般国道、都道府県道、市町村道等があります。 イメージとしては、歩行者や自動車が頻繁に通る公道を思い浮かべていただければよいでしょう。 (2) 都市計画法、土地区画整理法、都市再開発法等による道路(通称「二号道路」) 都市計画に基づく街づくりや土地区画整理によって新たに設置された道路がこれに該当します。街づくりによって設置された道路としては大規模造成地のなかにある道路を、土地区画整理によるものとしては駅前再開発等によって整備された道路を思い浮かべていただければよいでしょう。 なお、大規模造成地のなかにある道路のなかには、私人名義のまま残されている(私道扱いとなっている)ケースが時折見受けられます。ただし、一概に私道とはいっても、このような道は不特定多数の人の通行の用に供されているため、実質的には公道と何ら変わりありません。 (3) 建築基準法第3章の規定が適用されるに至った際、既に存在していた道(通称「三号道路」) 例えば、建築基準法第3章の規定(※1)が最初に適用された昭和25年11月23日以前から存在していた道がこれに該当します。本項に該当する道であれば、上記(1)、(2)に該当しなくとも幅員が4m以上ある限り建築基準法上の道路とみなされています。 (※1) 建築基準法第3章の規定とは「集団規定」とも呼ばれ、都市計画区域等に適用される規定を指します。 (4) 道路法、都市計画法、土地区画整理法、都市再開発法等による新設又は変更の事業計画のある道路で、2年以内にその事業が執行される予定のものとして特定行政庁が指定したもの(通称「四号道路」) 現に道路の形状をなしていない場合でも、上記のような具体的な計画段階に至っているものについては、建築基準法上の道路として扱われます。〈資料1〉はそのイメージ写真です。 〈資料1〉 (5) 土地を建築物の敷地として利用するため、道路法、都市計画法、土地区画整理法、都市再開発法等によらないで築造する政令で定める基準に該当する道で、これを築造しようとする者が特定行政庁からその位置の指定を受けたもの(通称「五号道路」又は「位置指定道路」) 分譲住宅のミニ開発地でしばしば見受けられる道路であり、もともとは一団の宅地であったところ、区画割りして分譲する際に新設した道路が典型例です。〈資料2〉にイメージ図を掲げます。 〈資料2〉 このような道路は私人名義(=私道)となっており、登記簿(権利部の甲区欄)にはその道路に接する多くの宅地所有者の共有持分が記載されているケースが一般的です(なかには、共有形態ではなく、公図上で道路区画を細かく分割し、それぞれの区画を各宅地の所有者が単独で所有しているケースもあります)。 (6) 42条2項道路(いわゆる「2項道路」) 幅員が4m未満であっても、建築基準法第3章の規定が最初に適用された昭和25年11月23日当時、現に建築物が立ち並んでいた道で特定行政庁(※2)の指定したものは、例外的に道路としての取扱いを受けています。 (※2) 特定行政庁とは、建築主事(建築確認の事務を司る人)を置く市町村の区域については市町村長を指し、その他の市町村の区域については都道府県知事を指します。 宅地がこのような道路に接している場合、建替時には道路の中心線から2m後退する必要がありますが、そのイメージを表わしたものが〈資料3〉です。また、根拠条文を以下に掲げます(必要個所のみ抜粋。下線は筆者によります)。 〈資料3〉 3 まとめ 前回と今回とにわたり道路の定義や種類、鑑定評価との関連性等について解説しましたが、鑑定評価において道路の調査は宅地の価値を左右するという意味できわめて重要であり、奥深いものであることを理解いただければ幸いです。 (了)
《速報解説》 マンション評価をめぐる評価通達6項適用是非が争われた最高裁判決、 上告棄却で納税者側敗訴確定 Profession Journal編集部 平成24年に発生した相続の相続人(原告)が、相続により取得したマンション2棟(甲不動産(東京都杉並区)・乙不動産(神奈川県川崎市))の価額を財産評価基本通達の定める方法(路線価)によって評価し相続税の申告をしたところ、「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する」とした財産評価基本通達第6項の適用により課税当局から更正処分を受けたため、その取消しを求めていた裁判で、4月19日に最高裁(第三小法廷)は上告を棄却、原告側の敗訴が確定した。 事案の概要は以下のとおり。本件の争点は、下記の各不動産について、通達評価額ではなく鑑定評価額をもって評価した価額を基礎としてされた更正処分の適否である。 〔事案の概要〕 本件は、上告人らが、相続財産の価額を財産評価基本通達の定める方法によって評価した額(通達評価額)により相続税の申告をしたところ、税務署長から、相続財産のうち不動産の一部の価額は上記通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められるから別途実施した鑑定による評価額(鑑定評価額)をもって評価すべきであるとして、それぞれ更正処分等を受けたため、被上告人を相手に、その取消しを求める事案である。 問題となる不動産(甲不動産、乙不動産)の購入価格(購入に伴う借入額)、売却価格、通達評価額及び鑑定評価額は、次のとおりである。 (※) 購入は相続開始の約3年5ヶ月前(甲不動産)と約2年6ヶ月前(乙不動産)であり、売却は相続開始の約9ヶ月後(乙不動産)。 一審(東京地裁令和元年8月27日判決)、二審(東京高裁令和2年6月24日判決)では共に原告の請求が棄却されていたところ、本年3月に口頭弁論が行われたことで最高裁における原判決見直しの可能性に関心が集まったが、結果として とした原判決が維持された。 なお本最高裁判決については、同日付で裁判所のホームページに判決文が公開されている。 また、一審及び二審については、TAINSにおいて別表含む判決内容を確認することができる。それぞれのTAINSコードは以下のとおり。 (了)
《速報解説》 監基報の改正に対応した「監査ツール」の改正案を会計士協会が公表 ~「重要な虚偽表示リスクの識別と評価」及び「会計上の見積りの監査」に関連する様式を改正~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2022年4月18日、日本公認会計士協会は、「監査基準委員会研究報告第1号「監査ツール」の改正について」(公開草案)を公表し、意見募集を行っている。 これは、2021年8月改正の監査基準委員会報告書315「重要な虚偽表示リスクの識別と評価」及び同540「会計上の見積りの監査」の改正等に対応するためのものである。関連する様式も改正する。 意見募集期間は2022年5月20日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 監査基準委員会報告書315「重要な虚偽表示リスクの識別と評価」及び同540「会計上の見積りの監査」は、2023年3月31 日以降終了する事業年度に係る監査から適用される。 1 監査リスク 監査リスク(財務諸表の重要な虚偽表示を看過して誤った意見を形成する可能性)は、重要な虚偽表示リスクと発見リスクの2つから構成され、図解により説明されている(12項)。 アサーション・レベルにおいて、重要な虚偽表示リスクは、固有リスクと統制リスクの2つの要素で構成される。 2021年6月改正前の監査基準委員会報告書315では、固有リスクと統制リスクを別々に評価することも合わせて評価することも認められていたが、2021年6月改正により、固有リスクと統制リスクは分けて評価することとされている(監基報315 第5項)。 2 特別な検討を必要とするリスク 2021年6月改正前監基報315では、「特別な検討を必要とするリスク」を「識別し評価した重要な虚偽表示リスクの中で、特別な監査上の検討が必要と監査人が判断したリスクをいう」と定義されていた。 改正後の監基報315では、「特別な検討を必要とするリスク」を、識別された以下のような重要な虚偽表示リスクと定義している(監基報315 第11項(10))。 「重要な取引種類、勘定残高又は注記事項」と「関連するアサーションを識別していないが重要性のある取引種類、勘定残高又は注記事項」との関係、「リスクモデルに関する監査基準委員会報告書の相互関係」なども説明されている。 3 会計上の見積りの監査 監査基準委員会報告書540「会計上の見積りの監査」は、監査人が企業及び企業環境、適用される財務報告の枠組み並びに企業の内部統制システムを理解する際、会計上の見積りの性質に関連して、理解すべき事項を規定している(監基報540第12項)。 これらに関連する記載が行われている。 (了)
《速報解説》 国税庁、インボイス発行事業者の登録申請書等の新様式を公表 ~令和4年度改正を踏まえ「登録希望日」の記載欄が設けられる~ 税理士 石川 幸恵 令和4年4月1日、国税庁より「『消費税の軽減税率制度に関する申告書等の様式の制定について』等の一部改正について(法令解釈通達)」が公表された。 以下では、改正の背景と様式の変更箇所について概説する。 1 今般の消費税申告等の改正の背景 (1) 消費税申告書付表の見直し 適格請求書等保存方式(いわゆるインボイス制度)の下では、適格請求書発行事業者以外の者からの課税仕入れについては、仕入税額控除ができない。ただし、インボイス制度の導入後、令和5年10月1日から令和11年9月30日までの間は、適格請求書等発行事業者以外の者からの課税仕入れであっても、仕入税額相当額の一定割合を仕入税額とみなして控除できる経過措置が設けられている(28年改正法附則52、53、インボイスQ&A問86)。 この仕入税額とみなされる部分の金額を控除対象仕入税額の計算に取り込む必要があるので、消費税申告書の付表の見直しが必要となった。 (2) 適格請求書発行事業者の登録申請書の見直し 令和4年度税制改正により、適格請求書等発行事業者の登録に関する経過措置のうち、免税事業者に対するものが見直された。具体的には、免税事業者が登録開始日から適格請求書発行事業者となることができる期間が、令和5年10月1日の属する課税期間から、令和5年10月1日から令和11年9月30日までの日の属する課税期間中に見直された(令和4年度改正後の28年改正法附則44)。 このため、「適格請求書発行事業者の登録申請書」の記載事項の見直しが必要となった。 (3) 消費税簡易課税制度選択届出書の見直し 上記(2)の経過措置の適用を受ける事業者は、登録開始日を含む課税期間中に簡易課税制度選択届出書を提出したときは、その課税期間から簡易課税制度を適用できる(令和4年度改正後の30年改正令附則18)。 消費税簡易課税制度選択届出書にこの経過措置の適用を受ける旨を記載するため、届出書の様式の見直しが必要となった。 2 各様式の変更点の概要 (1) 課税売上割合・控除対象仕入税額等の計算表(付表2-1、2-2、2-3)の一部改正 課税売上割合・控除対象仕入税額等の計算表(付表2-1、2-2、2-3)の課税仕入れ等の税額の合計額の内訳として、次の2つが追加された。 なお、改正後の様式は、令和5年10月1日以後に終了する課税期間から適用される。 (2) 適格請求書発行事業者の登録申請書の新様式 申請書の次葉の「免税事業者の確認」欄に「登録希望日」の記入欄が設けられた。ただし、令和5年10月1日に登録を受けることを希望する場合は、記載不要である。 (3) 消費税簡易課税制度選択届出書の新様式 適格請求書発行事業者の登録開始日より簡易課税の適用を受ける旨のチェック欄が追加された。 なお、国税庁のホームページに掲載されている簡易課税制度選択届出書は、すでに新様式となっている。 (了) ↓お勧め連載記事↓
2022年4月14日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.465を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第106回】 「節税義務が争点とされた事例(その9)」 中央大学法科大学院教授・法学博士 酒井 克彦 今回は、節税義務自体が争点とされたものではないが、税理士が変額保険を利用した節税シミュレーションを提案した、あるいは保険会社の勧誘に助力したとして、原告から不法行為責任を追及された事例を基に、税理士の責任論を考えてみたい。素材とする事案は、東京地裁平成8年3月26日判決(判時1576号77頁)及びその控訴審東京高裁平成12年9月11日判決(判時1724号48頁)である。 1 事案の概要 (1) 変額保険を用いた節税スキームの概要 本件は、変額保険を用いた節税スキームを巡る事案である。変額保険は、保険金額が特別勘定の資産の運用実績に基づいて増減する生命保険であり、被保険者が死亡するなどした場合には、基本保険金及び変動保険金が保険金として支払われる。本件保険契約においては、基本保険金の支払額(3億円)は保証されているが、変動保険金の額は、特別勘定の資産運用実績によって毎月その額が変動し、また、解約返戻金の額も、運用実績によって毎月変動することとなる。 この変額保険を相続税対策として用いる方法がある。すなわち、被相続人予定者が、その所有する不動産を担保として金融機関から資金の融資を受け、この資金を保険料の支払に当てて、変額保険に加入するという方法である。この場合、相続が開始すると、融資に係る元利金は負債としてその金額が相続財産の額から控除され、相続人は、死亡保険金によってその融資に係る借入金を返済し、その剰余分を相続税納付資金に充てることができる。この死亡保険金は、相続財産とみなされることになるが、一定の非課税枠の範囲内では、相続税の課税対象からは除外されることとなるのである(本件東京高裁による説明)。 このようなスキームを組むべく、X(原告・控訴人)は、被告銀行から借入れを行い、それを元手に被告保険会社に対し変額保険契約の保険料を支払った。上記のような節税効果を得るためには高い運用利回りが必要であったが、想定の利回りは達成されず、解約返戻金等の合計額は支払保険料を大きく下回ることとなり、節税策は失敗に終わった。そこで、Xは、被告保険会社、被告銀行、被告保証会社のほか、かかる変額保険スキームのシミュレーションをXに説明し勧誘したとして、税理士Y(いずれも被告・被控訴人)を相手取って損害賠償請求訴訟を提訴した。 (2) 事案の詳細 Xは、昭和3年生まれの無職の女性で、平成元年末当時、61歳で、所有する賃貸アパートからの賃料収入によって生計を立てていた者である。 Xは、被告保険会社との間で、平成2年1月1日付けで変額保険契約(以下「本件変額保険契約」という。)を締結した。Xは被告保険会社に対し、本件変額保険契約の保険料として計1億3,637万余円を支払った。それに関して、Xは、被告銀行との間で、1億8,200万円の融資契約(以下「本件融資契約」という。)を締結した。また、Xは、被告保証会社との間で、保証委託契約に基づく求償権を担保するため、X所有の土地及び建物に対し、極度額を3億3,000万円とする根抵当権設定契約を締結し、根抵当権設定登記手続を行った。 Xは、平成5年4月28日、本件保険契約を解約し、被告保険会社から解約返戻金等として9,314万余円を受領した。Xは、被告銀行に対し、元金約9,300万円及びこれに対する利息12万余円並びに繰上返済手数料を支払った。 結局のところ、Xの締結した本件変額保険契約に基づく節税策は失敗に終わり、Xは、被告保険会社、被告銀行、被告保証会社、税理士Yを相手取って損害賠償請求訴訟を提訴した。 Xの主張によると、税理士Yは、変額保険スキームのシミュレーションをXに次のように説明した事実があるという。 これに対し、税理士Yは、「被告銀行の担当者からいい保険があると聞いたがどうでしょうかとXから質問があったので、生命保険の相続における役割(非課税枠があること、納税資金となること)を一般的に説明したことはあるが、変額保険そのものの勧誘や説明をしたことは一切ない」旨供述した。また、相続税納税資金対策の報酬として10万円を請求した点については、「自宅に賃貸住宅を建て評価の引き下げを図ること、特に土地など将来値上がりをするものについては、子供あるいは孫に生前贈与しておくこと、養子縁組をすると累進課税の緩和など節税効果があること、トラブル防止策として遺言状の作成をすること、納税資金対策として生命保険の加入と物納を検討すること等の相続税対策を平成元年6月と11月にXに説明したことについての報酬である」旨供述をした。 これらを受けて東京地裁は「Xが被告銀行の担当者からいい保険があると聞いて税理士Yに相談をもちかけた旨の税理士Yの右供述は、・・・容易に信用できない。また、10万円の報酬請求に係る相続税対策の提案については、亡きH死亡に伴う相続税の申告手続を受任し、Xの資産関係を十分把握していたはずの税理士の提案としては一般論に終始し、税理士Yの証言する報酬算定方法も説得的とはいえず、結局のところ、内訳を明示して10万円の報酬請求をしたことと整合しないといわざるをえない。さらに、・・・税理士Yが生命保険の相続税対策としての一般的効用の説明に終始し、変額保険そのものについては何ら説明しなかった旨の税理士Yの供述は容易に信用できない。」と認定している。 2 判決の要旨 (1) 東京地裁 上記のような事実認定の上で、東京地裁は以下のように判示し、税理士Yの説明義務違反によるXに対する不法行為に基づく損害賠償責任を認めた。 その上で、過失相殺については、次のとおりとされた。 (2) 東京高裁 Xの控訴を受け、控訴審において税理士Yは「Yは、税理士として、Xに対して、相続税対策における生命保険の役割について一般的な説明をしたにすぎず、本件保険契約の締結を勧誘したという事実はない。そもそも、Yには、変額保険に関する知識も経験も全くなく、また、Xとの面談の当時、M〔筆者注:被告保険会社の保険外務員〕から変額保険に関する資料すら受領していなかったのであるから、Xに対し、変額保険について説明して加入を勧誘するといったことはできるはずもなかったのである。したがって、Yについて、Xの本件保険契約への加入に関して、説明義務違反があったものとする余地はないものというべきである。」と主張した。 これに対して、控訴審東京高裁は、次のように判示し、税理士Yの変額保険についての説明義務違反を理由とする不法行為責任は認められないとして、Xの請求を棄却した。 また、東京高裁は、10万円の報酬に関しては次のように示した。 3 コメント (1) シミュレーションによる節税効果 本件事案の変額保険に関するシミュレーションによる節税効果については、本件東京高裁が分かりやすい説明をしているので、以下大幅にこれに拠りたい。 (2) 節税対策の失敗 かくして、本件変額保険契約を使った節税策は失敗に終わったわけである。 この節税策の失敗に伴う損失について、東京地裁は、Xの過失割合を8割としたものの税理士Yに対しても不法行為責任を認定しており、「税理士がその職務として行った税務上の助言」が説明義務違反に当たるとしたのである。 これに対して、東京高裁は「Yが変額保険についてどの程度の知識等を有していたかは疑問」であるとして、Yの不法行為責任を否定しているが、税理士としては、上記に示した本件シミュレーションの有するある種の罠に気付けるだけの専門的知識を有していたともいい得るのであって、かかる罠を知悉した上で勧誘に関わったとすれば、そこには専門家としての責任が惹起され得るように思われるのである。 もっとも、本件東京高裁では、「被告保険会社の関係者でもないYが、・・・Xに対し保険契約に加入するための勧誘活動を行うというのも不自然な事態」であるとされているように、そもそもYが本件保険契約に関する勧誘に関わったとはいえないとされている点には留意が必要であろう。 また、東京地裁も東京高裁も不法行為に基づく賠償責任の判断の基礎に、税理士Yが受領していた10万円という報酬額の問題を添えているように思われるが、本件事案は債務不履行責任ではなく不法行為責任が判断されたものであるから、その点からすれば、報酬額の問題とは距離が置かれる判断が展開される余地もあり得たように思われるのである。 (了)
谷口教授と学ぶ 国税通則法の構造と手続 【第1回】 「国税通則法のコンメンタール的「読み物」の連載を始めるに当たって」 -国税通則法制定の趣旨と国税通則法の「構造」の意義- 大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫 1 はじめに 一昨年(2020年)12月に連載「谷口教授と学ぶ『税法の基礎理論』」を終えるに際し(同第50回Ⅳ)、「谷口教授と学ぶ」をシリーズ化して、「国税通則法の構造と手続」及び「税法基本判例」の連載を昨年4月から始めさせていただく旨を述べたが、「税法基本判例」の連載は予定どおり始めたのに対して、「国税通則法の構造と手続」の方は、筆者の個人的な事情により、連載を1年間延期させていただいた。記してお詫び申し上げる次第である。 本連載は、国税通則法について基本的には逐条的に、場合によっては「節」あるいは「款」を単位にして、筆者の問題関心に基づき論点を選んで検討を加えようとするものである。その意味で、本連載は、形式の点ではコンメンタール的なものではあるが、内容の点では、条文の意味内容の正確な理解のために条文を逐条的に解説するコンメンタールではなく、他の「谷口教授と学ぶ」シリーズと同じく(「税法の基礎理論」(全50回完結)第1回Ⅰ、「税法基本判例」(昨年4月から連載中)第1回Ⅰ参照)、原則1回読み切りの「読み物」(コンメンタール的「読み物」)とすることを基本コンセプトとするものである。 なお、以下の叙述を読まれてお気づきになることと思われるが、本連載では、文献資料等の原典をできるだけそのまま引用するように心がけることにする。それは、「谷口教授と学ぶ」シリーズでは、そうすることによって、文献資料等について筆者の理解したところを、読者には、原典に当たって検討しながら読んでもらいたいと考えているからである(谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」第50回Ⅳ参照)。 2 国税通則法制定の趣旨 本連載において検討する論点は条文等ごとに筆者の問題関心に基づいて選ぶものであるが、その選定に当たっては、税制調査会「国税通則法の制定に関する答申(税制調査会第二次答申)」(昭和36年7月。以下「国税通則法答申」という)1頁にいう「国税通則法制定の趣旨」を重視することにする(ただし、その「趣旨」に対する見方には注意を要するが、この点については3で国税通則法の「構造」に関して述べる)。同答申1-2頁は「国税通則法制定の趣旨」について次のとおり述べている(下線筆者)。少し長くなるがそのまま引用しておこう。 ここで「課税実体」・「課税実体に関する規定」という概念は、今日の税法学説・実務で一般に使用される「課税要件」・「課税要件規定」という概念に相当するものと解されるが、国税通則法答申が当時の税法に欠如しているとし、したがって、国税通則法で定めようとした「およそ租税法の基礎にあるべき基本的な法律関係、すなわち政府と納税者との間における権利・義務の態様や限界に関する制度上の仕組み」ないし「租税に関する基本的な法律構成」に関する規定は、課税要件規定及びこれに関する手続規定(租税手続規定)の両方を含むものと解される。 ちなみに、課税要件という概念は、杉村章三郞教授がアルベルト・ヘンゼルの著書(Albert Hensel, Steuerrecht, 2. Aufl., 1927)を翻訳した『獨逸租税法論』(有斐閣・1931年)の中で用いたのがわが国においておそらく初めてであろうと思われるが、同88頁では次のとおり定義されていた(旧漢字は改めた)。 しかし、国税通則法答申当時の学説・実務の状況を知る上で有益な文献である租税法研究会編『租税法総論』(有斐閣・1958年)では課税要件という言葉自体ほとんど使用されていなかった(数少ない使用例として30頁[田中二郎発言]参照)ことからすると、同答申が課税要件ではなく「課税実体」という言葉を使用したことについて特に違和感はなかったのであろう(日本税法学会「国税通則法制定に関する意見書」税法学131号(1961年)1頁でもこのことに関する言及はない)。 さて、話を元に戻すと、前記のような理解に基づき国税通則法答申を更に読み進めると、国税通則法は、①課税要件規定については「各税に共通する事柄・事項」を、②租税手続規定については「各税に共通する事柄・事項」及び「中間的な通則法」としての国税徴収法が定める「国税の滞納処分を中心とした徴収手続」以外の手続事項をそれぞれ定めることを、その「制定の趣旨」とする法律であるといってよかろう(この点については次回「国税通則法の目的」との関係で更に検討することにする)。 もっとも、国税通則法制定の経緯をみると、そもそもは、昭和30年12月16日閣議決定により大蔵省に設置された租税徴収制度調査会が、「租税徴収制度調査会答申」(昭和33年12月)3-4頁において次のとおり述べた(下線筆者)ことから、国税通則法制定の必要性が認識されるようになったものである。 その後、昭和34年5月19日付で内閣総理大臣から「国税及び地方税を通じ、わが国の社会経済事情に即応して税制を体系的に改善整備するための方策」について諮問を受けた税制調査会は、「租税徴収制度調査会答申」の前記の指摘を踏まえ、「税法整備に関し、国税の基本的な法律関係及び手続等についての規定を整備統合して国税通則法を制定する問題」(国税通則法答申まえがき)について審議検討を行い、国税通則法答申を行ったのである。 このような経緯に照らしてみると、国税徴収法は「租税徴収制度調査会答申」から国税通則法答申に至るまで一貫して「いわば中間的な租税通則法」ないし「中間的な通則法」として性格づけられてきたことから、国税通則法は国税徴収法の延長線上で制定されたとみるべきものであり、両法は「実は[手続の]実体的には一本のやつを、便宜主義的に二本に分かれている」(研究会「国税通則法をめぐって」ジュリスト251号(1962年)10頁、14頁[志場喜徳郎発言])というようにみることができるように思われる。 そうすると、国税通則法答申が「国税通則法制定の趣旨」として「およそ租税法の基礎にあるべき基本的な法律関係、すなわち政府と納税者との間における権利・義務の態様や限界に関する制度上の仕組み」を明らかにして「租税に関する基本的な法律構成に関する規定」を整備する旨を述べているのは、これをⓐ国税徴収法の側からみてそう述べているのであって、「課税実体」に関する法すなわちⓑ課税要件法の側からみてそう述べているのではない、ということになるように思われる。 3 国税通則法の「実定的構造」と「体系的構造」 このことを税法学の体系の観点からみると、国税通則法の「構造」が浮かび上がってくるように思われる。「租税法の諸分野のうち中心をなすと考えられる租税債務法と租税手続法」(金子宏「租税法学の体系」同『租税法理論の形成と解明 上巻』(有斐閣・2010年)第8章所収[初出・1972年]、191頁)の関係については、「租税債務法と租税手続法との関係は丁度実体法と手続法との関係に当るから、ヘーンゼルの言葉を借りるならば、後者は前者に対して目的従属的(zweckgebunden untergeordnet)な関係に立っているといえよう。」(同190-191頁。金子宏『租税法〔第24版〕』(弘文堂・2021年)29頁も同旨)といわれるが、税法学の体系は、今日では、租税債務法すなわち租税実体法の中心をなす課税要件法を基礎として構築され確立されていること(その到達点は金子・前掲『租税法』であり、同書は初版(1976年)からその体系を維持している)からすると、国税通則法答申のいう「国税通則法制定の趣旨」は、税法学の体系の観点からは、以下に述べるような意味で「逆転」した「構造」を国税通則法にビルトイン(built-in)することにあるとみてよいように思われる。 すなわち、租税実体法と租税手続法との目的従属的関係からすると、租税手続法に属する国税通則法は、租税実体法とりわけ課税要件法を実現すること、すなわち、課税要件の充足により成立した納税義務の内容を正しく確認し当該納税義務の履行を確保することを目的とすべきであるから、国税通則法は、前述のようにして「租税に関する基本的な法律構成に関する規定」を整備するに当たっては、これを前記ⓑ課税要件法の側からみてその整備を行うべきであったところ、実際には、前記ⓐ国税徴収法の側からみてその整備を行ったものと解される。この点について、次の指摘(中川一郎・清永敬次編『コンメンタール国税通則法』(加除式[1989年追録第5号加除済]・税法研究所)B27-28頁[須貝脩一執筆]、B31頁[同]。下線筆者)は正鵠を射たものである。 国税通則法のこのような(税法学の体系の観点からみると)「逆転」した「構造」は、とりわけ国税通則法答申が導入しようとした実質課税の原則に対して、「当時のナチスは今後のいろんな財政需要に備えて、徴税を強化するためにそういう実質課税の原則を入れたのだが、それを模倣しているのじゃないか」(前掲研究会「国税通則法をめぐって」15頁)、「租税法がいかに精緻な実体規定をもっても、[ナチスの]そういう世界観によって解釈されるということで、現実の執行は租税法における実定法の規定を破るような執行が行なわれてきた」(同)というような非難を惹起し、同原則の立法を見送る原因(の少なくとも1つ)となったのかもしれない。 国税通則法の制定については「おそらく国庫主義・権力主義思想で統一しようという意図が当初から潜在していたのであろう。」(中川・清永編・前掲コンメンタールA17頁[中川一郎執筆])という見方もあったが、同法を前記ⓐ国税徴収法の側からみると、そのような見方も強ち「偏見」、「勘ぐり過ぎ」等の一言では片付けられず、したがって、上記の非難も一概に不当とはいえないように思われる。いずれにせよ、このような批判的視点は、国税通則法の「構造」に着目することによって得られるものである。 以上を要するに、国税通則法という実定法の現実の「構造」(本連載では「実定的構造」という)と、租税実体法と租税手続法との目的従属的関係を内包する税法学の体系に基づく「構造」(本連載では「体系的構造」という)のうちいずれから国税通則法の検討にアプローチするかは、同法の規定なり手続をその基礎に立ち返って理解しようとする場合、重要な意味をもつと考えるものであるが、このように考えて、本連載のタイトルを「国税通則法の構造と手続」としたところである。 (了)
〔疑問点を紐解く〕 インボイス制度Q&A 【第13回】 「「登録事業者となるような慫慂等」とは」 税理士 石川 幸恵 【Q】 令和4年1月に財務省等から連名で公表された「免税事業者及びその取引先のインボイス制度への対応に関するQ&A」が、3月に改正されたそうですが、そのポイントと対応策を教えてください。 〔ポイント〕 (1) 取引先である免税事業者に対して課税事業者になるよう要請すること自体は、独占禁止法上、問題にはなりません。 (2) 「課税事業者にならなければ、取引価格を引き下げる」「それにも応じなければ取引を打ち切る」などと一方的に通告することは、独占禁止法上、問題となる恐れがあります。 (3) 要請に従って課税事業者になる事業者に対して、明示的な協議なしに価格を据え置くことも、独占禁止法上、問題となる恐れがあります。 (4) インボイス制度導入に際して新たに課税事業者となる仕入先との価格の再交渉にあたっては、仕入先の税負担・事務負担を考慮する必要があります。 * * * 【A】 (1) 「免税事業者及びその取引先のインボイス制度への対応に関するQ&A」の改正 令和4年1月19日に財務省・公正取引委員会・経済産業省・中小企業庁・国土交通省の連名で公表された「免税事業者及びその取引先のインボイス制度への対応に関するQ&A」では、免税事業者本人の取引への影響や、自身は課税事業者であるが仕入先が免税事業者である場合の対応に関する考え方について、Q&Aが全7問示され、1月24日には(参考)として下請法等の考え方の2事例、建設業法上の考え方の1事例が提示されています(詳細は下記拙稿を参照ください)。 さらに3月8日付けで、本Q&Aの公表後に事業者から寄せられている質問等に基づき、免税事業者やその取引先の対応に関する考え方が追加されました。具体的には、Q&AのQ7において、免税事業者やその取引先の対応に関する考え方として「登録事業者となるような慫慂等」の追加等が行われました。 (2) 「登録事業者となるような慫慂等」とは Q7では、以下の質問がなされています。 改正前のQ7では、上記に対する回答として、次の5つの行為類型ごとに、優越的地位の濫用として問題となる恐れがあるかについて、その考え方が示されていました。 今回の改正により、ここに「6 登録事業者となるような慫慂等」が追加されました。 ここで「慫慂(しょうよう)」とは、『新明解国語辞典(第8版)』(2020年、三省堂)によると「そうする方が君のためだと言って、勧めること」とされています。 「6 登録事業者となるような慫慂等」では、次の考え方が示されています。 (3) 独占禁止法上又は下請法上、問題となるかどうかの整理 「6 登録事業者となるような慫慂等」で示された考えをまとめると、次のようになります。 (注) 表内の金額は例示であり、許容範囲を示すものではありません。 (4) 免税事業者が課税事業者になることによる負担増概算 免税事業者が課税事業者となり、簡易課税を選択した場合、売上高に対する消費税の納付税額の割合は、概ね次のようになります。 (※) 課税売上高:全て標準税率の場合。 (5) 新たに課税事業者となる仕入先との価格の再交渉にあたっての留意点 インボイス制度導入に際して新たに課税事業者となる仕入先との価格の再交渉にあたっては、少なくとも(4)で示した税負担の増加により所得が減少すること、そのほかにも申告や納税の事務負担が新たに生ずることも配慮する必要があると思われます。 (了)
金融・投資商品の税務Q&A 【Q74】 「令和4年度税制改正における大口株主等の要件の見直し」 PwC税理士法人 金融部 ディレクター 税理士 西川 真由美 ●○ 検 討 ○● 1 個人株主への配当に係る取扱い (1) 配当所得の課税方式 個人である居住者が受領する配当は、配当所得として、原則20.42%の税率(所得税及び復興特別所得税)で源泉徴収され、かつ、他の所得と合算して総合課税の対象となります。 総合課税の場合の所得税の適用税率は、所得金額の区分に応じて5%から45%(復興特別所得税と合わせると5.105%から45.945%)及び住民税10%です。 なお、総合課税の場合、配当控除の適用を受けることができます。 (2) 上場株式等に係る配当所得の課税の特例 金融商品取引所に上場されている株式(上場株式等)に係る配当の場合、源泉徴収税率は20.315%(所得税及び復興特別所得税15.315%、住民税5%)が適用され、確定申告の際には、他の所得と区分して税額計算することが認められています(申告分離課税)。この場合の税率は、源泉徴収税率と同じ20.315%が適用されます。なお、申告分離課税を選択した場合、上場株式等の譲渡損失との損益通算が認められます(配当控除は適用なし)。 また、確定申告を不要とする特例も設けられ(申告不要制度)、これを選択した場合には、源泉徴収のみで課税関係が終了することになります(ただし、上場株式等の譲渡損失との損益通算は認められません)。 ただし、これらの特例は、株式の保有割合が3%以上である大口の個人株主(大口株主等)には、適用が認められていません。 これは、上場株式等に係る配当に対する課税の特例制度が、「貯蓄から投資へ」という政策課題への対応や金融所得課税一体化のための施策として、納税者の事務負担の軽減や金融所得の課税方式の均衡を図るために設けられたものであるところ、保有割合が3%以上である個人株主は、株式の保有が会社の経営に参画する持分としての事業参加的側面が強いことを考慮したものと解されています。 (3) 令和4年度税制改正における要件の見直し 会計検査院による「令和2年度決算検査報告」によれば、 にもかかわらず、 と指摘されました。 この指摘を受けて、令和4年度税制改正では、個人株主が保有する株式数に、その者を判定の基礎となる株主として選定した場合に同族会社に該当することとなる法人が保有する株式数を加えて、3%以上か否かの判定をすることとされました。この改正は、令和5年10月1日以後に支払を受けるべき配当より適用されることとされています。 なお、上記の「同族会社」とは、法人税法上の同族会社と同様、株主等の3人以下(特殊関係者を含みます)に発行済株式総数等又は議決権の50%超を保有される場合のその会社をいいます。 なお、配当支払法人は、配当基準日において株式保有割合が1%以上の個人の氏名、個人番号等を記載した報告書を、支払確定日から1ヶ月以内に、所轄の税務署長へ提出することとされています(令和5年10月1日以後支払うべき配当等より適用)。 2 本件へのあてはめ おたずねの場合、上場会社であるA社の株式について、保有割合は2.9%とのことですので、原則的な課税方法である総合課税、特例である申告分離課税、申告不要制度のいずれも選択が可能です。したがって、申告不要制度を選択する場合には、確定申告を要しません。 ただし、令和5年10月1日以後に支払を受けるべき配当については、注意が必要です。つまり、B社が法人税法上の同族会社に該当し、おたずねの個人の方がその判定の基礎となった株主に該当する場合には、特例適用の要件となるA社に対する保有割合の判定は、自己の保有割合に、B社による保有割合を合算して行うことになります。 したがって、これに該当する場合には、自己の保有割合(2.9%)に、B社による保有割合(30%)を合算した保有割合が3%以上となりますので、申告分離課税及び申告不要制度は選択できず、総合課税が適用されることになるものと考えられます。 (了)
事例でわかる[事業承継対策] 解決へのヒント 【第40回】 「合併した場合の「取引相場のない株式の評価」への影響」 太陽グラントソントン税理士法人 (事業承継対策研究会) シニアマネジャー 税理士 佐藤 達夫 相談内容 私は、X社(不動産賃貸業)及びY社(製造業)の社長です。X社の株式は、私が100%所有しており、X社がY社株式を100%所有しています。X社及びY社は、ともに非上場会社です。 X社及びY社については、いずれ息子に承継する予定ですが、会社経営の効率化のためX社とY社を合併し、X社を合併存続会社とすることを考えています。 そこで、息子にX社株式を贈与するに当たり、本件合併が株式評価に与える影響とその留意点をご教示ください。 【直近の会社の主な状況】 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 ■ □ ■ □ 解 説 □ ■ □ ■ [1] 取引相場のない株式の評価 同族株主等が取得した取引相場のない株式の評価は、類似業種比準方式、純資産価額方式又は類似業種比準方式と純資産価額方式の併用方式により行います。 どの方法を採用するかは、評価会社の会社規模等(総資産価額(帳簿価額)、従業員数及び取引金額)により決定します。ご相談の事例では、合併後のX社の主な業種が製造業となりますので、従業員数が70人未満の場合は、次のように評価方法を決定します。 なお、会社の規模は、①総資産価額(帳簿価額)と②従業員数のいずれか下位の区分と③取引金額のいずれか上位の区分により判定します。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (※) 類似業種比準価額は、1株当たりの配当金額・利益金額・純資産価額により計算し、各計算要素は、実際の発行済株式総数で計算するのではなく、1株当たりの資本金等の額を50円とした場合の発行済株式総数により算定します。 [2] 取引相場のない株式の評価上の留意点 合併があった場合の類似業種比準価額又は純資産価額の算定における主な留意点は、次のとおりです。 (1) 類似業種比準価額 ① 類似業種の業種目の変更 取引金額のうちに2以上の業種目に係る取引金額が含まれている場合の評価会社の業種目は、取引金額全体のうちに占める業種目別の取引金額の割合が50%を超える業種目とされます。 ご相談の事例の場合、合併前のX社の業種目は不動産業ですが、合併後は製造業の売上高の割合が全体の売上高の50%を超えるため、合併後の業種目は製造業になると考えられ、製造業の株価、1株当たり配当金額、年利益金額及び純資産価額を基として、類似業種比準価額を計算することになります。 ② 会社規模の拡大 会社規模は、上記「[1] 取引相場のない株式の評価」における総資産価額(帳簿価額)、従業員数及び取引金額により判定します。 合併前のX社の会社規模は中会社ですが、合併前のY社が有する総資産(1,000百万円)及び従業員(50人)を引き継ぎ、また売上高(500百万円)が変わらないのであれば、合併後のX社の会社規模は大会社になります。そのため、合併前は併用方式による株価と純資産価額のいずれか低い株価を採用することとなっていましたが、合併後では類似業種比準価額と純資産価額のいずれか低い株価を採用することになります。 一般的に、社歴が長く、業績が安定した会社の場合、純資産価額よりも類似業種比準価額のほうが、株価が低くなる傾向にあるため、合併後のX社の株価は、類似業種比準価額を採用することにより下がる可能性があります。 ③ 類似業種比準価額の適用の可否 類似業種比準価額により評価する場合は、X社における各比準要素(1株当たりの配当金額・利益金額・純資産価額)が適切に把握されることが前提となります。この各比準要素は、課税時期の直前事業年度又は直前前事業年度の数字を基に計算します。合併に伴い、X社の事業実態に変化がある場合には、少なくとも合併があった事業年度及び合併の翌事業年度は、X社の各比準要素が適切に把握できないので、類似業種比準価額により株式評価することが適切でなく、純資産価額等により評価することが妥当と考えられます。 また、当該合併が、単なる将来的な承継にあたっての株価対策を目的として行われたとみなされる場合には、税務当局に類似業種比準価額を適用することを否認されるリスクもあるため、合併のビジネス上の目的を明確にしておくことをお勧めします。 (2) 純資産価額 ① 課税時期前3年内に取得した不動産の評価方法 課税時期前3年以内に取得した土地等、家屋、建物附属設備及び構築物は、路線価や固定資産税評価額ではなく、課税時期の通常の取引価額により評価します(財基通185)。 当該合併が、適格合併に該当する場合には、法人税法上、資産・負債の取得日は、被合併法人の取得日を引き継ぐことになりますが、財産評価基本通達による不動産の取得日は、合併が適格合併であっても、合併日と考えることになります。そのため、息子へのX社株式の贈与が、合併日後3年以内に行われる場合には、土地等、家屋、建物附属設備及び構築物は、路線価や固定資産税評価額ではなく、課税時期の通常の取引価額により評価することになります。 ② 合併に伴う評価差額に対する法人税額等相当額計算上の制限 純資産価額の計算上、「評価差額に対する法人税等相当額」の計算における現物出資等受入れ資産には、合併により著しく低い価額で受け入れた資産も含まれます(財基通186-2)。 合併に伴い受け入れた資産がある場合には、評価差額に対する法人税額等相当額の計算上、次の点に留意する必要があります。ただし、課税時期における相続税評価額による総資産価額に占める合併受入れ資産の相続税評価額の合計額の割合が20%以下である場合には、考慮する必要がありません。 【合併時の合併受入れ資産の相続税評価額>合併受入れ資産の被合併法人の帳簿価額の場合】 〈合併受入れ資産のイメージ図〉 【合併時における合併受入れ資産の評価額>課税時期における合併受入れ資産の評価額の場合】 〈合併受入れ資産のイメージ図〉 [3] 結論 ご相談の事例では、合併により、類似業種比準方式による株価の計算や純資産価額方式における不動産の評価等に影響が及ぶことになります。上述した留意点以外にも、X社及びY社の事業内容や資産・負債の状況に応じた詳細な検討が必要になります。 株式の承継については、合併前又は合併後のどのタイミングが税務上有利になるかを事前にシミュレーションすることが必要です。 具体的な対策については、税理士等の専門家と相談の上、実行されることをお勧めします。 (了)