《速報解説》 会計士協会、「企業情報開示に関する有用性と 信頼性の向上に向けた論点の検討」を最終報告 ~近年の非財務情報開示の重要性の高まりを受け、会計士が果たすべき役割についても示す~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2021年5月14日付けで(ホームページ掲載日は2021年6月4日)、日本公認会計士協会は、企業情報開示・ガバナンス検討特別委員会「企業情報開示に関する有用性と信頼性の向上に向けた論点の検討-開示とガバナンスの連動による持続的価値創造サイクルの実現に向けて-」を公表した。 近年、企業における非財務情報の開示の重要性が急速に高まっている。 本報告は、企業情報開示の有用性と信頼性の向上に向けた課題の抽出と対応の方向性、それらに対して公認会計士が果たすべき役割について検討を行ったものである。なお、2020年8月21日付けで、中間報告が公表されており、本報告は最終報告となる。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 次の論点を取り上げている。 以下では主な内容について解説する。 1 開示書類の体系と情報構成 有価証券報告書について、企業の中長期的な方向性を表す年次報告書としての位置付けを確立することや、経営的視点に立って価値創造ストーリーを表す開示を促進する観点からより自由度の高い情報構成とすることなどの方向性が記載されている。 戦略等の将来志向情報に関する開示の充実が進む一方、戦略の進捗度や業績を表すKPI、ガバナンスの運用状況等の開示状況についてバラつきが大きいとの指摘もある。 投資家(利用者)のニーズを考えれば、業績及び経営計画等の進捗情報は、企業評価に当たって欠かせないものと考えられ、年次報告書において、KPI一覧を含む過去実績情報の充実を図る必要性が高まっているとしている。 2 報告フレームワーク・基準 グローバルにおいて非財務情報に関する統一基準開発に向けた議論が加速しており、我が国においても非財務情報開示に関するフレームワーク・基準等の構築に向けた検討を進めていくことが望まれるとしている。 3 企業情報開示とコーポレートガバナンスの連動 取締役会において年次報告における重要事項が議論され、その内容が年次報告書に反映されることが期待されるとしている。 また、取締役会による監督をコーポレートガバナンス・コード等において要請しつつ、企業情報開示の体制及びプロセスについての情報開示を推進することが考えられるとしている。 4 信頼性を高める監査・保証 監査人が、企業の持続的な価値創造についての理解を深め、開示が全体として企業価値を表すものとなっているかという視点を強化することが重要であるとしている。 また、投資家による情報の一体的利用を想定し、同一の年次報告書の中で財務諸表監査と非財務情報の保証が提供されることが望ましいとしている。 非財務情報の保証業務が広がりつつある状況にあるが、非財務情報に含まれる情報の中には、気候変動等の環境情報や人的資本に関する情報等、その作成や評価に当たって自然科学や人権等に関する高度に専門的な知見を求められるものもあるとのことである。 公認会計士は、従来、財務会計及び監査の専門家として位置付けられてきたが、企業財務全般についての専門性をこれまで以上に高めることは言うまでもなく、さらに、経営戦略、リスク管理、業績評価、コーポレートガバナンス及びサステナビリティといったテーマについての専門性を持つことで、企業経営に関連するテーマ全般についての総合力を高めていく必要があるとのことである。 (了)
2021年6月3日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.422を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
monthly TAX views -No.101- 「なぜ米国のコロナ給付は迅速なのか?」 東京財団政策研究所研究主幹 森信 茂樹 米国バイデン大統領は、「米国雇用計画(American Jobs Plan)」及び「米国家族計画(American Families Plan)」という2つの施策を立て続けに発表した。 前者は8年間で総額2兆3,000億ドル(約250兆円)の歳出プランで、財源は15年間で約2.5兆ドル(約280兆円)の法人税増税だ。 今回取り上げるのは後者(米国家族計画)で、中間層への子育て世帯への支援(児童税額控除の拡充)や低所得の単身・子供なし世帯への支援(勤労税額控除の拡充)など10年間で1.8兆ドル(約200兆円)規模で、実質はコロナ禍の支援給付である。 財源は富裕層増税で、個人所得税の最高税率の引上げ(37%から39.6%へ)、世帯所得100万ドル(約1億1,000万円)超に対するキャピタルゲイン増税(20%から39.6%へ)、相続時の簿価引上げの廃止(キャピタルゲイン増税)など、10年間で1.5兆ドル(約170兆円)の増収を見込む。あわせて格差是正を目指す。 * * * 予算や法案の権限を持つ議会との調整はこれからなので、プラン通りにはいかない点も多く出てくると思われるが、注目すべきは対策の実施されるスピードの速さと、申請なしの給付(いわゆるプッシュ型給付)という点である。 児童税額控除と勤労税額控除はいわゆる「給付付き税額控除」で、勤労インセンティブの拡大や子育て支援のため税と社会保障を一体的に運営し、税務当局が所得に応じて給付する制度だ。給付が所得に連動して行われるので、公平感がある。本来は税を還付し、還付しきれない場合には給付を行う制度だが、コロナ対策ではこれをすべて給付(還付)とした。 この制度の実施のためには、国(税務当局)が税務申告を通じてすべての納税者の所得や銀行口座・住所(小切手送付)を番号で把握しているというインフラが整っていることが条件となる。 バイデン計画では、これから税務申告が行われる2021年分の所得の還付の前倒しとして、つまり2020年分の申告所得を前提として7月から12月にかけて納税者の口座に毎月300ドルが概算的に振り込まれる。しかも、本人の申告を待たず、いわゆるプッシュ型の給付だ。間違いも多少あるようだが、ともかくスピードを重視している。 詳細については、東京財団政策研究所HPに掲載の拙稿「税の交差点―米国バイデン大統領提案から考えるわが国税制の課題」を参照されたい。 * * * わが国でも本年5月12日にデジタル改革関連法案が国会で可決・成立し、番号(マイナンバー)がコロナ関連給付の支給事務にも活用できるようになった。また、給付金の受取りにあたって、本人が希望すれば預貯金口座を登録する制度が始まる。 さっそく住民税非課税の子育て世帯に、子ども1人につき5万円の給付金を新たに支給することが決定され、本人の申請を待たずに給付されるようだ。 「プッシュ型」の給付が、番号制度に基づいてようやく始まることは大きな第一歩だが、米国の制度と比べると、番号で把握した所得が社会保障に連動していない、預貯金口座への付番が進んでいないなど課題は山積している。ようやく登山口にたどり着いたという感じではないか。 (了)
令和3年度税制改正における 住宅借入金等特別控除の見直し 公認会計士・税理士 篠藤 敦子 令和3年度税制改正では、住宅借入金等を有する場合の所得税額の特別控除(以下、「住宅借入金等特別控除」という)について2つの追加的措置が講じられた。 2つの措置は、いずれも控除期間を3年延長する特例(以下、「控除期間13年間の特例」という)に関するものである。以下、解説を行う。 【1】 控除期間13年間の特例:令和3年度税制改正前の制度の概要① 消費税率10%への引上げに伴う住宅投資反動減対策として、平成31年度税制改正において通常の控除期間10年間を3年間延長し13年間とする特例が設けられた(措法41⑬)。 この特例は、個人が、住宅の取得等(※1)で特別特定取得 (※2)に該当するものをし、取得等をした家屋を令和元年10月1日から令和2年12月31日までの間にその者の居住の用に供した場合に適用される。 (※1) 取得等:新築、建売・中古家屋の取得、増改築等。 (※2) 特別特定取得:対価の額又は費用の額に含まれる消費税等の税率が10%である場合の住宅の取得等。 本制度の詳細については、拙稿「《速報解説》 住宅借入金等特別控除の特例創設により控除期間を3年延長~平成31年度税制改正大綱~」をご確認いただきたい。 【2】 コロナ税特法による措置:令和3年度税制改正前の制度の概要② 【1】の特例の居住開始期限(令和2年12月31日)はすでに過ぎているが、令和2年4月に制定された「新型コロナウイルス感染症等の影響に対応するための国税関係法律の臨時特例に関する法律」(以下、「コロナ税特法」という)の規定により、新型コロナウイルス感染症の影響を受けている場合には、取得等にかかる契約が一定の期日(※3)までに締結されており、かつ家屋を令和3年12月31日までに居住の用に供したときは特例の適用を受けることができる(コロナ税特法6)。 (※3) 一定の期日:新築は令和2年9月30日、建売・中古家屋の取得、増改築等は令和2年11月30日。 【3】 令和3年度税制改正による追加措置 (1) 契約期限と居住開始期限の延長 令和3年度税制改正では、【2】の契約期限と居住開始期限がさらに1年延長された。 具体的には、住宅の取得等で特別特例取得に該当するものをした個人が、その特別特例取得をした家屋を令和4年12月31日までに居住の用に供した場合には、控除期間13年間の特例を適用することができる(コロナ税特法6の2①②)。 なお、今回の追加措置においては、新型コロナウイルス感染症の影響を受けていることは要件とされていない。 〈特別特例取得〉 特別特例取得とは、次の2つの要件を満たす住宅の取得等をいう。 (2) 面積要件の緩和 住宅借入金等特別控除は、家屋の床面積が50㎡以上であることが適用の要件とされている(措法41①、措令26①)。 令和3年度税制改正では、この面積要件が緩和され、 (1)の措置の適用対象分に限り床面積40㎡以上50㎡未満の住宅も対象とされた(「特例特別特例取得」、コロナ税特法6の2④、コロナ税特令4の2②)。ただし、その年の合計所得金額が1,000万円(※4)を超える年については控除の適用を受けることができない(コロナ税特法6の2④)。 (※4) 床面積50㎡以上の住宅の場合は3,000万円。 なお、(1)及び(2)は、認定住宅の新築等に係る住宅借入金等特別控除の特例及び東日本大震災の被災者等に係る住宅借入金等特別控除の控除額に係る特例についても同様の措置が講じられている。 〈参考〉 国土交通省HP「長寿命住宅(200年住宅)税制の創設(登録免許税・不動産取得税・固定資産税)」(一部抜粋) (了)
居住用財産の譲渡損失特例[一問一答] 【第32回】 「特殊関係のない同族会社に対する譲渡」 -特殊関係者に対する譲渡- 税理士 大久保 昭佳 Q Xは、17年間居住していた家屋とその土地を、A社に売却しました。 A社の株主は、次の表のとおりであり、A社は法人税法第2条(定義)第10号に規定する同族会社に該当します。 なお、XとY、Z及びその他の株主の間には、法人税法施行令第4条(同族会社の範囲)各項に規定する特殊の関係にはありません。 他の適用要件が具備されている場合、「居住用財産買換の譲渡損失特例(措法41の5)」を受けることができるでしょうか。 A 「居住用財産買換の譲渡損失特例」の適用を受けることができます。 ●○●○解説○●○● 「居住用財産買換の譲渡損失特例」には、譲渡した資産の譲受者が、特殊関係にある法人などに該当する場合の適用除外規定(【Q29】の解説を参照)が定められています(措法41の5⑦一、措令26の7③、法令4②・③)。 本事例の場合、A社は同族会社には該当しますが、XとA社との間には法人税法施行令第4条(同族関係者の範囲)第2項に規定する特殊の関係にある法人には該当しないことから、つまり、特殊関係者への譲渡に該当しないため、特例の適用を受けることができます(措法41の5⑦一、措令26の7③、法令4②・③)。 〔参考〕法人税法施行令 第4条 なお、「特定居住用財産の譲渡損失特例(措法41の5の2)」についても、譲渡した資産の譲受者に係る同様の除外規定が定められています(措法41の5の2⑦一、措令26の7の2③、法令4②・③)。 (了)
法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例30】 「出向元法人が負担する出向者給与負担差額の損金性」 国際医療福祉大学大学院教授 税理士 安部 和彦 【Q】 私は、都内において電気工事業を営む株式会社Aで総務部長を務めております。わが社は設立以来50年、地道に業務を拡大してきており、現在では業務エリアは関東一円をカバーし、関連する子会社も10社以上となっております。 ところが、平成から令和の時代を迎え、取引先のいくつかが倒産や廃業したり、ベテランの従業員が何人も離職するといった事情があったばかりでなく、昨年来のコロナ禍の影響も少なからずあって、当社の業績が急速に悪化しております。そのため、経営コンサルティング会社に依頼し全社的な業務改善策を練ってもらったところ、抜本的なリストラが不可欠との提案を受けました。そこで、苦渋の決断ではありますが、子会社を数社清算することとしました。また、残りの子会社についても、従業員を相当数解雇するとともに、経営改善のためにA社から出向している社員の大半をA社に戻す人事を行いました。これらの施策が功を奏して、ようやく業績が回復基調になってきました。 しかし困ったことに、先日来受けている税務調査で調査官から、A社から出向者Bを受け入れているC社(A社の100%子会社)に対して支払っている給与負担金(Bに対する給与総額の50%相当額)は、本来C社が負担すべき出向者の給与をA社が一部肩代わりしているものであり、通常の経済取引として是認できるものではないため、A社のC社に対する寄附金に該当する旨言い渡されました。 A社は、創業後間もないC社の立ち上げのためには業界事情に精通したベテラン社員が必要との判断から、A社で課長クラスのBを営業部長として出向させたのであり、また、出向後も出向元法人であるA社とBとは雇用関係が維持されているため、Bとしては、出向後においても従来通りの労働条件を保証するよう要求する権利があると考えるべきであり、C社の規定による給与水準ではそれが保証されていないのであれば、A社はその差額を補填すべきということになると考えられます。 したがって、A社がC社に対してBの給与に関して較差補填金として支払った金額は、当然のごとくA社において損金算入されるべきと考えますが、このように税務調査で主張しても問題ないでしょうか、教えてください。 なお、C社には創業以来プロパーの正規社員はおらず、A社からの出向者数名のほかは、すべて非正規社員のみで構成されています。 【A】 出向元法人であるA社が出向先法人C社との給与条件の較差を補填するため出向者Bに対して支給した給与の額(いわゆる較差補填金)は、原則として出向元法人A社の損金の額に算入されますが、仮にC社にプロパーの社員が存在せず、プロパー従業員に係る賃金表も作成されていない場合には、A社とC社との間に具体的な給与較差というべきものが存在しないこととなるため、A社からC社に対して支払っている出向者Bに関する給与負担金は、本来C社が負担すべき出向者の給与をA社が一部肩代わりしているものであり、通常の経済取引として是認できるものではないため、A社のC社に対する寄附金に該当する可能性があります。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 出向者に対する給与の較差補填金 本件取引を図示すると以下の通りとなる。 〇 A社から出向者Bに対して支払われる給与の較差補填金 出向とは、一般に、親会社子会社間や関連会社間で、自社の労働者をその雇用関係(基本的労働関係)は維持しつつ他社との雇用関係に入らせる「人事異動」の形態(他企業労働者の労働力利用の一類型)であると解されている(在籍出向)(※1)。 (※1) 菅野和夫『労働法(第十一版)』(弘文堂・2016年)366頁、690頁参照。 出向者に対する給与の較差補填金、すなわち出向元法人が出向者について計算される出向先法人との給与の較差を事実上補填する場合のその金額に係る法人税の取扱いについては、通達の規定が実務において重要な指針となっている。すなわち、法人税基本通達9-2-47によれば、出向元法人が出向先法人との給与条件の較差を補填するため(※2)、出向者に対して支給した給与の額は、原則として出向元法人の損金の額に算入されることとなっている。 (※2) 出向者は出向先法人に対しその指揮命令の下で労務提供を行うため、出向先法人の勤務管理や服務規律に服し、給与等の支払いについては、出向先法人が行うが、出向元法人における勤務との場合の差額を、①出向元法人が補償するという方法と、②出向元法人が依然として払い続け、出向先法人がそのうちの自己分担額を出向元法人に支払うという方法のいずれかを採るのが通常である。菅野前掲(※1)694頁参照。 本来であれば、出向者の労務は出向先に提供されているのであるから、出向者の給与は全額出向先法人が負担すべきとなる。しかし、上記の通り、出向者は出向後においても出向元法人との間の雇用契約は維持されているのであるから、出向後も従来の労働条件(給与を含む)の維持を出向元法人に主張できると考えられる(※3)。 (※3) 例えば出向元法人が親会社、出向先法人が子会社の場合、親会社の方が子会社よりも規模が大きく、財務内容も良好であるケースが通常であるため、出向により出向者に賃金・労働条件、キャリア、雇用などの面で不利益が生じうるので、出向元法人による配慮が必要と解されている。菅野前掲(※1)691頁参照。 そうなると、出向元法人と出向先法人との間に給与水準の較差(出向元法人の給与>出向先法人の給与)がある場合には、出向者と出向元法人との間の本来の雇用契約に基づき、出向元法人において当該較差部分を負担すべきということになるが、当該負担は出向元法人から出向先法人に対する贈与的な性格はないものと考えられる。 したがって、出向元法人が出向先法人との給与条件の較差を補填するため、出向者に対して支給した給与の額は、原則として出向元法人の損金の額に算入されることとなるのである。 (2) 出向元法人が支出する出向者給与負担差額の損金性が争われた事例 それでは、出向者に対する給与の較差補填金を出向元法人が負担する場合、当該金額が出向元法人において寄附金とされる余地はないのであろうか。 本件と同様に、出向元法人が支出する出向者給与負担差額の損金性ないし寄附金該当性が争われた事例として、東京地裁平成23年1月28日判決・税資261号-13(順号11603)(TAINSコード:Z261-11603)があるので、以下で確認しておきたい。 ① 事例の概要 本件は、電気工事、電気通信工事、管工事、土木工事、消防施設工事、鋼構造物工事、塗装工事及び機械器具設備工事の請負、企画、設計及び監理といった事業を営む株式会社である原告が、その子会社(電気工事、電気通信工事、消防施設工事及び管工事の設計、積算及び施工といった事業を営む株式会社)であるB社に出向させた原告の従業員に対して支払った給与の支給額の合計額から出向負担金名目でB社から支払いを受けた上記給与の支給額の合計額の約50%に相当する金額を差し引いた額(給与負担差額)を、損金の額に算入して確定申告を行った。 原告とB社は、平成11年4月1日、原告からB社に出向させる原告の従業員の取扱いに関する協定書を作成した。本件協定書第3条によれば、原告からB社に出向する原告の従業員に対する給与は、原告が原告の規程により支給し、B社は、当該給与に係る負担金を原告に支払うものとされている。 これを図示すると以下の通りとなる。 〇 原告が出向者に対して支払われる給与に関し負担する給与負担差額 それに対し、東京上野税務署長が、当該給与負担差額は法人税法第37条に規定される寄附金に該当し、損金の額に算入することはできないとして、本件各事業年度につきそれぞれ更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分をしたことから、原告が上記各処分の取消しを求めた事案である。 ② 事例の争点 本件給与負担差額は、法人税法第37条に規定される「寄附金」に該当するか。 ③ 裁判所の判断 なお、控訴審(東京高裁平成23年10月27日判決・TAINSコード:Z261-11802)は棄却され、上告審(最高裁平成24年6月24日決定・TAINSコードZ262-11976)は不受理で確定している。 ④ 本事例からいえること 本件は、原告からその子会社であるB社への出向者に係る給与の一部を原告が負担し、その負担額を給与の50%相当額とすることが決定された時点において、B社にプロパー従業員は存在せず、プロパー従業員に係る賃金表も作成されていなかったケースにおいて、原告が負担した「出向負担金」が原告において損金算入される「較差補填金(法基通9-2-47)」に該当するかどうかが争われた事案である。 裁判所は、B社にプロパー従業員は存在せず、プロパー従業員に係る賃金表も作成されていなかった事実に基づき、原告とBとの間に具体的な給与較差が存在したものと認めることはできないとした上で、「給与較差を補填するために出向者に係る給与の一部を負担するのであれば、各出向者の個別の給与較差を具体的に算出した上でその負担額を決定すべきものと解される」のであるが、本件は「出向者につき一律に、原告が主張する上記の給与較差をも上回る50%の割合でその給与の一部を原告が負担していたものであり、その具体的な根拠は明らかでない」ことから、「原告が本件各事業年度における本件出向者に対する給与の一部(給与負担差額)を負担したことについて、通常の経済取引として是認できる合理的な理由はないものといわざるを得ないから、給与負担差額は、法人税法37条の寄附金に当たるというべきである」と判示している。 当然のことながら、親会社と子会社とでは、通常、その資本力や財務内容、創業以来培った取引先との信頼関係やネットワーク、ブランド力、人材の厚みといった事項につき相当な較差があるため、両社間に給与水準の較差(親会社>子会社)があるのは、ある意味当然である。本件において裁判所も、「Bが原告の子会社であり、原告の他の子会社の給与ベースが原告よりも低いこと(中略)からすれば、Bの給与ベースも同様に原告より低いものとされることが自然であるということができ、このことをもって、原告とBとの間に給与較差が存在したと見る余地がある」と判断している。 しかし、較差があるから親会社は子会社への出向者の給与を負担しても問題ないと単純に判断するのではなく、その較差分を親会社が負担する場合には、「事前に」具体的な金額算定の方法を示すといった「基準」を定めておくことにより、その寄附金非該当性を導き出す合理性、すなわち「通常の経済取引として是認できる合理的な理由」が担保されるという旨が裁判所から判示されている。実務の参考になるものと考えられる。 (3) 本件へのあてはめ 出向元法人であるA社が出向先法人C社との給与条件の較差を補填するため出向者Bに対して支給した給与の額(いわゆる較差補填金)は、原則として出向元法人A社の損金の額に算入される。 しかし、仮にC社にプロパーの社員が存在せず、プロパー従業員に係る賃金表も作成されていない場合には、C社のプロパー社員とA社からの(同等レベルの)出向社員との給与水準を比較することはできず、A社とC社との間に具体的な給与較差というべきものが存在しないこととなる。 そのため、A社からC社に対して支払っている出向者Bに関する給与負担金は、本来C社が負担すべき出向者の給与をA社が一部(50%相当額)を肩代わりしているものとせざるを得ず、通常の経済取引として是認できるものではないことから、A社のC社に対する寄附金に該当するものと考えられる。 (了)
〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第7回】 「再販売価格基準法の適用に係る機能とリスクの類似性」 公認会計士・税理士 霞 晴久 〔Q〕 再販売価格基準法は、比較対象企業が、独立の第三者から類似の製品を購入し、非関連の第三者へ再販売する際に果たす機能及び負担するリスクと、国外関連取引における国外関連者の果たす機能及び負担するリスクが類似していれば、当該比較対象取引の利益率を用いて国外関連者への独立企業間価格を算定する方法ですが、ここでいう「機能及びリスクの類似性」はどの程度求められるものでしょうか。 〔A〕 事業活動における個々の事実の類似性だけでなく、基本的な事業モデルの差異も含めたより上位のレベルでの類似性が求められます。 ●●●〔解説〕●●● 1 再販売価格基準法及び機能とリスクの類似性 再販売価格基準法(Resale Price Method:RP法)とは、国外関連取引に係る売上総利益の水準と比較対象取引に係る売上総利益の水準を比較する方法であるが、販売価格が売上総利益と原価により構成され、売上総利益が価格と近接した関係にあることを考慮すると、独立価格比準法に次いで独立企業間価格を算定する直接的な方法である(※1)。 (※1) このことは、原価基準法(Cost Plus Method:CP法)についても全く同様である(国税庁ホームページ「移転価格税制の適用にあたっての参考事例集」7頁ロ参照)。 租税特別措置法66条の4第2項1号ロ及び同施行令39条の12第6項は、適切な比較対象取引に該当するための要件として、①特殊の関係にない者から購入し非関連者に販売する取引であること、②取引の対象が国外関連取引と同種又は類似の棚卸資産であることの2点に加え、③比較対象取引に係る当該売手として果たす機能その他に差異が存在しないことを挙げている(※2)。 (※2) その代替要件として、機能その他において差異がある場合には、その差異により生ずる割合の差につき必要な調整を加えることを規定している(措令39の12⑥但書)。 なぜなら、「売上総利益の水準については、資産又は役務それ自体の差異の影響を受けにくい一方で、取引の当事者が果たす機能の差異の影響を受けやすく、公開情報から比較対象取引を見いだせない場合が多い(下線筆者)」(※3)からである。 (※3) 前掲(※1)に同じ。 再販売価格基準法を適用するに当たり、独立価格比準法とは異なり、棚卸資産についての厳格な同種性は求められないため、「類似の」資産で足りるとされている。すなわち、棚卸資産が同種でなくても、果たす機能及び負担するリスクが類似であれば、売上総利益率は同様の率に収斂するはずであるという考え方が前提にある。 そうすると、対象企業が果たす機能及び負担するリスクがどの程度類似していればよいかが問題となろう。本稿では、事業再編による取引形態の変更について、第一審とその控訴審の判断が分かれた裁判例について見ていくこととする。 2 裁判例 《アドビ事件》(※4) (※4) 第一審は、東京地裁平成19年12月7日判決(平成17年(行ウ)第213号、TAINSコード:Z257-10846)。その控訴審は東京高裁平成20年10月30日判決(平成20年(行コ)第20号、TAINSコード:Z258-11061)。 (1) 事案の概要 X(原告・控訴人)は、XとXの国外関連者(措法66条の4①参照)であるB(オランダ法人)及びC(アイルランド法人)に対し役務提供取引を行ったところ、処分行政庁Yは、XがB又はCから支払を受けた対価の額が租税特別措置法66条の4第2項所定の独立企業間価格に満たないとして、法人税の増額更正及び過少申告加算税賦課決定をしたことから、Xは、Yが独立企業間価格であると主張する金額は独立企業間価格ではない旨主張して、本件処分の取消しを求めた。 XはB又はCが日本国内で販売するコンピューターソフトウェア製品の販売支援、マーケティング、製品サポート事業等を行っていたが、従前は親会社である米国法人から当該コンピューターソフトウェア製品を直接購入し日本において再販売していた。すなわちXは、通常のバイセル型の販売会社(Buy=Sell Distributer)だったところ、以下で述べるコミッショネア(Commissionaire)として、役務提供型の取引形態に再編されたのである。その結果、Xの日本での売上総利益の水準は10%近く低下した。 (2) コミッショネアとは コミッショネアとは、自己の名義で委託者に代わり(On behalf of Principal)物品等の販売契約を締結する者をいい、対象物品等は顧客に直送され、販売取引による損益は委託者に帰属する代わりに、手数料(Commission)を収受する取引形態である。 コミッショネアは、自らのリスクで仕入れ・販売を行う通常のバイセル型の販売会社と異なり、在庫リスク、回収リスク、為替リスク等を負担しないため、計上すべき利益を圧縮することができることから、多国籍企業のグローバルな販売ネットワークで多く用いられてきた経緯がある。 (3) 裁判所の判断 ① 第一審(東京地裁平成19年12月7日判決)の判旨 東京地裁は、Xによる役務の提供において果たす機能は、再販売取引において再販業者が果たす機能と類似するとし、リスクについては、Xは在庫リスクを負担していないところ、(Yが比較対象取引として選定した)受注販売方式の再販業者も、在庫リスクを負担していないから、両者とも在庫リスクを負担していないという点において類似すると判示し、「受注販売方式を採る再販売取引に係る売上総利益率をもって独立企業間価格である通常の手数料の額を算定しようとする本件算定方法は、取引内容に適合し、かつ、再販売価格基準法の考え方から乖離しない合理的な方法であるということができる」と結論付けた。 これに対し、Xは、Yの選定した比較対象取引(本件比較対象取引)と問題となったXの国外関連取引(本件国外関連取引)には、機能及びリスクの類似性に欠如がみられるとして控訴した。 ② 控訴審(東京高裁平成20年10月30日判決)の判旨 東京高裁は機能の類似性について、「本件国外関連取引は、本件各業務委託契約に基づき、本件国外関連者に対する債務の履行として、卸売業者等に対して販売促進等のサービスを行うことを内容とするものであって、法的にも経済的実質においても役務提供取引と解することができるのに対し、本件比較対象取引は、本件比較対象法人が対象製品であるグラフィックソフトを仕入れてこれを販売するという再販売取引を中核とし、その販売促進のために顧客サポート等を行うものであって、控訴人と本件比較対象法人とがその果たす機能において看過し難い差異があることは明らかである。(下線筆者)」とし、両者に類似性はないと判示した。 また、リスクの類似性については、「(Xは)国外関連者から、日本における純売上高の1.5パーセント並びにXのサービスを提供する際に生じた直接費、間接費及び一般管理費配賦額の一切に等しい金額の報酬を受けるものとされ、報酬額が必要経費の額を割り込むリスクを負担していないのに対し、本件比較対象法人は、その売上高が損益分岐点を上回れば利益を取得するが、下回れば損失を被るのであって、本件比較対象取引はこのリスクを想定(包含)した上で行われているのであり、Xと本件比較対象法人とはその負担するリスクの有無においても基本的な差異があり、これは受注販売形式を採っていたとしても変わりがない。」と判示し両者の類似性を明確に否定した。 (4) 検討 本件は、我が国において過去に提起された移転価格訴訟のうち、納税者勝訴となった初の判決であり、国は上告申立て及び上告受理の申立てをせず、控訴審判決が確定した。 地裁と高裁の判断の決定的な分かれ目となったのは、類似性を比較するための入り口となるべき基本的な事業モデルの認識にあったと思われる。上記(3)の②のとおり、高裁は、「(本件国外関連取引は)法的にも経済的実質においても役務提供取引(※5)と解することができる。」と判示しており、両者の事業実態が異なる以上、例えば、製品流通に全く関与しない役務提供者と、まがりなりにも製品を仕入れ・販売する者を比較して在庫リスクの有無を判断すること自体ほとんど意味がない(※6)。 (※5) 古川勇人『「アドビ事件」についての再考』国際税務2018年12月号90頁は、「(処分行政庁が採用した)本件算定方法は、(中略)ある割合を算定の指標とし、これをある金額に乗じて計算した金額をもって対価の額とするものである(対価の額を算定する上で基準とする金額から、このように計算した金額を控除した金額をもって対価の額とするものではない)。このことから、本件算定方法の算定の指標は、対価の額を直接的に算定するためのものであり、したがって、(再販売価格基準法の算定の指標でなく、)独立価格比準法の算定の指標に類似するといえる(下線筆者)。」とし、さらに「本件算定方法は『独立価格比準法に準ずる方法と同等の方法』に当たるが、処分行政庁は、本件算定方法を『再販売価格基準法に準ずる方法と同等の方法』と誤解していたことから、(中略)比較対象による金額の処分行政庁による把握は誤ったものとなっており、したがって、本件算定方法の適用において処分行政庁が算定の指標として用いた割合に比較可能性があるとは認められない。」と指摘している。 (※6) 中井稔『移転価格税制における役務提供の機能と評価』税務弘報2009年10月号・中央経済社165頁参照。 以上から、再販売価格基準法を採用する場合に求められる当事者間の果たす機能及び負担すべきリスクの類似性は、事業活動における個々の事実の類似性に止まらず、より上位のレベルの要素も要求されるといえよう(※7)。 (※7) 藤枝純「独立企業間価格の意義(1)-アドビ事件」(『租税判例百選[第6版]』2016年・有斐閣)141頁参照。 ところで、最近のBEPS(Base Erosion and Profit Shifting、「税源浸食と利益移転」)の議論では、コミッショネアの課税関係について、いわゆる代理人PE(Permanent Establishment、「恒久的施設」)の文脈で検討されているため、以下、参考として最近の我が国及びOECDの動向をまとめておく。 〈参考〉 代理人PE規定の見直しによるコミッショネアへの課税関係 1 背景 OECDのBEPS最終報告書(※1)の公表を受け、2017年11月、恒久的施設(PE)に関するOECDモデル租税条約が改正され、我が国国内法においても、代理人PEに関する規定の見直し(平成30年度税制改正)が行われた。 (※1) 2015年10月5日「OECDプレスリリース」参照。 2 改正法の概要 平成30年度改正前は、代理人PEについて、「外国法人のために、その事業に関し契約を締結する権限を有し、かつ、これを継続的に又は反復して行使する者をいう」(旧法令4の4③一)としていたのに対し、改正後は、外国法人に代わって、反復して契約を締結し、又は契約の締結のために反復して主要な役割を果たす者を『契約締結代理人等』と呼び、その契約締結代理人等が締結する契約の1つとして、「当該外国法人が所有し、又は使用の権利を有する財産について、所有権を移転し、又は使用の権利を与えるための契約」(法令4の4⑦二)が含まれることとなった。 改正前の規定では、自己の名義で委託者のために契約を締結する外国法人の日本子会社(コミッショネア)が、代理人PEに該当するかどうかは必ずしも明らかではなかったところ、日本子会社が、自己の名義をもって契約を締結した場合においても、それが海外親会社の所有する物品等を販売する契約であれば、日本子会社が海外親会社のPEに認定されるリスクが高まったことになる。 なお、外国法人に代わって行動する者(コミッショネア)が、当該外国法人から独立して通常の方法で業務を行う場合には、「契約締結代理人等」に該当しない(独立代理人となる)こととされた(法令4の4⑧)が、コミッショネアが外国法人にその発行済株式の50%超を直接間接に保有されている場合は、独立代理人に該当しないこととされた(法令4の4⑨)。 3 租税条約との関係 PEの判定に関しては、従前より、租税条約の規定が国内法に優先されており、2017年改正前のOECDモデル条約5条《恒久的施設》6項では、「通常の方法で業務を行う仲立人、問屋(※2)その他の独立の地位を有する代理人を通じて一方の締約国内で事業を行っているという理由のみでは、当該一方の締約国内に恒久的施設を有するものとされない」と規定されていたため、租税条約が適用される限り、コミッショネア(問屋)がPEに認定されることはなかったと考えられる。 (※2) 「といや」と読み、旧商法551条では、「自己の名をもって他人のために物品の販売又は買い入れを業とする者」と定義されていた。 ただし、我が国が締結する租税条約中、BEPS最終報告書公表後に署名されたもの(※3)、あるいは以下で述べるBEPS防止措置実施条約締結後は状況が一変したので注意が必要である。 (※3) 直近の例でいえば、2021年5月1日発効のスペインとの新租税条約5条6項では、新しい代理人PEの規定が盛り込まれている。 4 BEPS防止措置実施条約 これまで我が国が締結した租税条約は、OECDモデル条約が改訂されたからといって、それに併せて直ちに内容が変更されることはなかったが、BEPSプロジェクトにおいて策定された各種措置のうち租税条約に関連するものについて、既存の条約の改訂を待つのではなく、同措置を、同時に、かつ効率的に実施することを目的として、「BEPS防止措置実施条約(MLI:Multilateral Convention to Implement Tax Treaty Related Measures to Prevent Base Erosion And Profit Shifting)」(※4)が締結され、我が国においても平成 31年1月1日に発効している。 (※4) 米国は本条約に署名していないため、日米租税条約は本条約による修正を受けないこととなる。 本条約の締約国は、本条約に規定する租税条約に関連するBEPS防止措置のいずれを既存の租税条約に適用するか選択することができ、我が国は本条約12条にいう、「問屋契約及びこれに類する方策を通じた恒久的施設の地位の人為的な回避(の防止)」を選択しており、かつ、我が国が本条約の適用対象として選択した国・地域が41ある。そのうち我が国との交渉が終了した国・地域について、財務省のホームページで順次公表されており(※5)、これらの国・地域との租税条約のPEに関する規定は同12条の規定に置き換わることとなる。 (※5) 2021年3月31日現在、本条約の批准書等を寄託した国は31ヶ国ある。詳細は財務省ホームページ『租税条約に関するプレスリリース』参照。 5 今後の展開 以上から、コミッショネアの課税関係はPE認定の枠組みで検討されることとなる。そうすると、PE帰属所得の妥当性が問題となるが、コミッショネアが外国親会社からのコミッション収入を唯一の収入源とする以上、同収入が独立企業間価格として適切かどうかが問われることとなり、結局は移転価格税制の問題として検討されることとなる(※6)。 (※6) Grant Thornton「国際税務ニュースレター(2018年8月)」参照。 (了)
租税争訟レポート 【第55回】 「弁護士法人の債務整理事業担当者による横領と重加算税 (東京地方裁判所令和2年7月14日判決)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【判決の概要】 【事案の概要】 本件は、弁護士法人である原告が、渋谷税務署長から、平成23年12月期から平成25年12月期までの各事業年度について、所得金額が過少であるとして、法人税の更正処分(審査裁決により一部取り消された後のもの)及び重加算税の賦課決定処分(審査裁決により一部取り消された後のもの)を受けたことから、その取消しを求める事案である。 【判決の概要】 1 東京地方裁判所が認定した事実 裁判所が認定した事実関係をまず押さえておきたい。 (1) 当事者等 (2) 原告における債務整理事業 原告における債務整理事業は、B及びCを中心としたグループとEを中心としたグループに分かれ業務を行っており、B及びCグループは、原告が、株式会社G(以下「G社」という)等に広告を依頼して地方で相談会を行うことによって依頼者を集客し、A弁護士等が相談会に出席して依頼者と委任契約を締結していた。 一方、Eグループは、広告会社に依頼して、折り込みチラシやポスティングチラシを配布することによって依頼者を集客し、A弁護士等が依頼者と面談の上、委任契約を締結していた。 (3) 原告における売上の管理 Cは、B及びCグループ並びにEグループの売上について、原告事務所のパソコンに依頼者からの報酬等の振込入金額、消費者金融業者からの過払金額、依頼者への返金額及び原告の報酬額などの情報を入力し、それらの情報を管理していた。 一方、Bは、Cとは別にB及びCグループの売上について原告事務所のパソコンに債務整理事業の収支を入力し、Bの報酬を計算するための精算書と呼ばれる表を作成していた。原告の債務整理事業における売上高は次のとおりである。 (4) B及びA弁護士への報酬の支払 Cは、本件各事業年度において、毎月、Bが作成した精算書等に基づき、A弁護士に対し、Bの報酬額及びA弁護士に対する報酬額を説明した上、原告名義の預金口座から現金を引き出し、それぞれに対する報酬を手渡していた。 (5) 原告の本件各事業年度の法人税の確定申告書の作成経緯 原告の法人税の確定申告書は、平成22年12月期から公認会計士及び税理士であるK(以下「K会計士」という)が作成しており、本件各事業年度における原告の法人税の確定申告書は、A弁護士がK会計士に郵送した一般事件業務に係る収入報告書、給与明細の写し、経費の領収書及び通帳の写し等に基づき、K会計士が作成し、A弁護士の了解を得た上で、税務署に対して提出したものであるが、A弁護士は、債務整理事業につき、収入の一部についてK会計士に報告せず、一部の預金口座の存在についてもK会計士に報告しなかったため、本件各事業年度の原告の法人税の確定申告書には、債務整理事業の収入の一部に基づく所得金額及び本件公表口座の期末残高が記載された。 2 争点 上記のとおり、争点は多岐にわたっているので、本稿では、原告の主張の要旨を中心に争点を概観したい。 (1) 争点1:本件各更正処分においてBに対する支払手数料とされた金員がB及びCの着服横領金であり、それにより本件各更正処分が違法となるか否か 【被告の主張の要旨】 【原告の主張の要旨】 (2) 争点2:平成23年12月期の売上高(Dに対する弁護士報酬)の金額 【被告の主張の要旨】 【原告の主張の要旨】 (3) 争点3:平成25年12月期の広告宣伝費の補てん金収入の益金算入の要否 【被告の主張の要旨】 【原告の主張の要旨】 (4) 争点4:Eの横領金の損金算入の要否 【被告の主張の要旨】 【原告の主張の要旨】 (5) 争点5:原告に通則法68条1項に規定する事実の隠蔽又は仮装に該当する行為があったか否か 【被告の主張の要旨】 【原告の主張の要旨】 3 東京地方裁判所の判断 各争点に対する東京地方裁判所の判断は次のとおりである。 (1) 争点1:本件各更正処分においてBに対する支払手数料とされた金員がB及びCの着服横領金であり、それにより本件各更正処分が違法となるか否か 裁判所は、認定事実から、Cは、本件各事業年度において、Bが作成した精算書に基づきBに対して報酬額を支払っていたのであるから、これらは本件各事業年度の損金に計上されるべきものであると結論を示した上で、原告による、「CがBに支払った金額は、B及びCが原告から横領したものであり、Bに対する支払手数料として損金に計上した点について本件各更正処分には誤りがあるから、本件各更正処分は違法である」という主張に対しては、B及びCが原告から横領したものであるとはいえないが、仮に、原告の主張のとおりB及びCが原告から横領したものであったとしても、横領行為によって法人が損害を被った場合には、当該法人の資産を減少させたものとして損害を生じた事業年度において損金の額に算入されるとともに、法人は横領をした者に対して損害賠償請求権を取得するから、法人の資産を増加させたものとして、同じ事業年度において益金に算入すべきであるから、原告の主張には理由がないと判示した。 さらに、課税処分取消訴訟における実体上の審判対象は、当該課税処分によって確定された税額の適否であり、課税処分における税務署長の所得等の認定等に誤りがあったとしても、これにより確定された税額が総額において租税法規によって客観的に定まっている税額を上回らなければ、当該課税処分は適法となることから、原告の主張のとおり、B及びCが原告から横領したものであったとしても、本件各事業年度において当該金額が原告の各事業年度の損失として所得から減算されるのと同時に益金として所得に加算されることになるから、本件各更正処分と比較して益金の金額が増加するのみであり、本件各更正処分に係る所得金額、納付すべき税額及び翌期へ繰り越す欠損金の額は、原告の主張を前提としたそれらを下回るから、本件各更正処分が違法であるとはいえないと結論を述べ、原告の主張を退けた。 (2) 争点2:平成23年12月期の売上高(Dに対する弁護士報酬)の金額 裁判所は、原告が、平成23年8月10日、本件委任契約に基づき成功報酬金729万円をDに請求していることから、同日までに本件委任契約に基づく報酬金請求権が発生し、確定していたと認められるから、本件委任契約に基づく弁護士報酬金729万円は、平成23年12月期の益金として算入されるべきであると判示した。 その上で、原告による、本件委任契約に係る報酬金は本件調停で確定した315万円であり、益金に算入する時期も本件調停が成立した平成24年12月期であるとの主張については、委任契約書では報酬金につき経済的利益の8パーセントと定められており、原告は当該規定に基づきDに報酬金を請求しているのであるから、本件調停は、確定した報酬請求権について原告とDで減額する旨の和解契約をしたものであると解すべきであり、原告の主張は理由がないとして退けた。 (3) 争点3:平成25年12月期の広告宣伝費の補てん金収入の益金算入の要否 裁判所は、当該入金につき、Bが、原告で負担すべきG社に対する未払金を弁済するため、BがCに相談の上、B及びCが原告から受け取っていた報酬金から原告名義の預金口座に入金したものであると述べていることから、当該入金は、原告が負担すべき広告会社に対する広告宣伝費をB及びCが負担したものといえ、原告の収入として益金に算入すべきものであると判示した。 その上で、原告による「Bの入金の趣旨は、Bが原告の債務整理事業を継続させるため横領金の一部を入金したものであるから、益金に算入すべきものではない」との主張については、理由がないとして退けた。 (4) 争点4:Eの横領金の損金算入の要否 裁判所は、原告名義の預金口座取引明細書によれば、本件各事業年度において、同口座からJ名義の預金口座に送金がされていると認められるが、Eは、当該送金について、A弁護士からの借入れであって、その際はA弁護士から了解を得ていたと供述しており、これに反する証拠はうかがわれないから、上記送金につきEが横領したとは認められないと判示した。 その上で、原告による「当該送金につきEが横領したものである」という主張については、これを的確に裏付ける証拠はなく、仮に、上記送金につきEが横領したものであったとしても、横領損失につき原告の本件各事業年度の所得金額から減算されるのと同時に同額の損害賠償請求権が益金として原告の各事業年度の所得金額に加算されることとなるから、原告の本件各事業年度の所得金額及び税額に影響はないことから、原告の主張は理由がないとして退けた。 (5) 争点5:原告に通則法68条1項に規定する事実の隠蔽又は仮装に該当する行為があったか否か 裁判所は、認定事実のとおり、A弁護士は、債務整理事業の収入の一部についてK会計士に報告せず、一部の預金口座についてもK会計士に報告していなかったところ、A弁護士は、K会計士が作成した本件各事業年度の法人税の確定申告書につき、債務整理事業の収入の一部について報告していなかったことにより所得金額が正しく記載されていないことを認識していたと供述していることからすれば、原告は債務整理事業の売上について隠蔽し、それに基づき確定申告書を提出したといえ、通則法68条1項が規定する「国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠蔽し、又は仮装し、その隠蔽し、又は仮装したところに基づき納税申告書を提出していたとき」に該当するというべきであると判示した。 その上で、原告による、①確定申告については、債務整理事件の収支計算は3年から5年のタイムスパンがあるとのCの虚言を信じて本件各事業年度の収益計算について原告の事務所の事業経費を賄うに足りる金額を暫定的に申告したものである、②平成25年12月期に債務整理事業が終焉を迎えたので正確な債務整理事業の収支計算を行うべく、平成26年2月頃にK会計士に依頼し、修正申告の手続に着手していた、③平成26年6月頃、Cを通じて東京国税局査察部の担当者に対して本件各事業年度の債務整理事業の売上高を記録したデータ等を交付していたことからすれば、通則法68条1項にいう事実の隠蔽や仮装はないという主張について、これらの事情によっても、原告が債務整理事業の売上について隠蔽し、それに基づき確定申告書を提出したことを左右するものではないから、原告の主張は理由がないとして退けた。 【解説】 原告は、債務整理事業の事務局長をしていたCと事務方の担当者であるBが横領をしていたから、これをBに対する支払手数料とした更正処分には違法があると主張したものの、裁判所は、Bは自らが担当する同事業の売上の半分を受領しており、精算書に基づきBに対する報酬額を支払っていたことは原告も認識していたことから、横領したものであるとはいえないとした上で、仮に、B及びCが原告から横領したものであったとしても、当該金額が原告の各事業年度の損失として所得から減算されるのと同時に益金として所得に加算されることになるから、本件各更正処分に係る所得金額等の額は、原告の主張を前提としたそれらを下回るから、本件各更正処分が違法であるとはいえないとして、原告の主張を退けた。 弁護士法人が、東京国税局の税務調査により重加算税の賦課決定処分を受け、国税不服審判所での裁決を経て、更正処分取消請求事件の提訴に踏み切った事案であり、高度な租税法解釈が展開されることを期待していたのだが、その点は少し期待外れであった。 ただ、争点には、「総額主義と争点主義」「損害賠償請求権の益金計上時期」という、馴染みがありながら、簡単には解決しない論点が含まれているので、この判決を基に、再度こうした論点を確認しておきたい。 1 総額主義と争点主義 金子宏『租税法』では、総額主義と争点主義は次のように説明されている。 (※1) 金子宏『租税法(第23版)』(弘文堂、2019年、1075頁)。 本判決でも、東京地方裁判所は、最高裁平成4年2月18日第三小法廷判決を引用する形で、「課税処分取消訴訟における実体上の審判対象は、当該課税処分によって確定された税額の適否であり、課税処分における税務署長の所得等の認定等に誤りがあったとしても、これにより確定された税額が総額において租税法規によって客観的に定まっている税額を上回らなければ、当該課税処分は適法となる」と判示しており、総額主義の立場から、原告の主張を斥けているのは、上記で見てきたとおりである。 2 損害賠償請求権の収益計上時期 不法行為により被った損害に係る損失の損金算入時期及び損害賠償請求権の益金算入時期については、学説上、損失確定説、同時両建説及び異時両建説が存在し、それぞれの学説は次のように説明されている(※2)。 (※2) 矢田公一「不法行為に係る損害賠償金等の帰属の時期-法人の役員等による横領等を中心に-」税大論叢62号(平成21年6月25日)。 法人税の課税実務においては、基本通達において、「支払を受けるべきことが確定した日」の属する事業年度の益金算入が認められ、一見、「異時両建説」が採用されているように読み取れるところであるが、通達本文冒頭の「他の者から支払いを受ける損害賠償金」の「他の者」の範囲をめぐって、多くの争訟事件が発生していることは、いまさら説明するまでもないところである。 本判決でも、裁判所は、〔争点1〕に係る判示事項の中で、最高裁昭和43年10月17日第一小法廷判決を引用する形で、「横領行為によって法人が損害を被った場合には、当該法人の資産を減少させたものとして損害を生じた事業年度において損金の額に算入されるとともに、法人は横領をした者に対して損害賠償請求権を取得するから、法人の資産を増加させたものとして、同じ事業年度において益金に算入すべきである」と、同時両建説に立った判断を示している。原告が、損害賠償請求権の益金計上時期について、異時両建説によるべきであるという主張をしていないため、本判決では、上記基本通達における「他の者」についての裁判所の判断は示されていない。 (了)
〈Q&A〉 印紙税の取扱いをめぐる事例解説 【第88回】 「業務委託に関する契約書③(不動産販売委託契約書)」 税理士・行政書士・AFP 山端 美德 当社は不動産販売会社です。デベロッパーから分譲マンションの販売委託を受け、販売の斡旋、購入申込みの受付等を委託することを約するため、下記の「不動産販売委託契約書」を作成することとしました。印紙税の取扱いはどうなりますか。 第7号文書(継続的取引の基本となる契約書)に該当する。 [検討] 事例の文書は、令第26条〈継続的取引の基本となる契約書の範囲〉第1号に規定する「売買の委託」に該当するのか、あるいは同条第2号に規定する「売買に関する業務の委託」に該当するのか。 令第26条第1号に規定する「売買の委託」とは、特定の物品を販売し又は購入することを委託することをいい、同条第2号に規定する「売買に関する業務の委託」とは、売買に関する業務の一部又は全部を委託することをいう(基通別表1 第7号文書7)。 事例の場合は、販売の斡旋業務、申込みの受付、売買契約の締結業務等の売買に関する業務を委託することを定めるもので、委託される業務の範囲及び対価の支払方法を定めていることから令第26条第2号に該当する。 なお、令第26条第1号の場合は契約の両当事者が営業者であるものが第7号文書となるが、同条第2号に該当する契約の場合は営業者であるかどうか問わず、第7号文書となる。 ▷まとめ この文書は、不動産の販売を継続して委託することを内容とするもので、委託業務の範囲及び対価の支払方法を定めるものであることから、第7号文書に該当する。 なお、委託される業務又は事務の範囲又は対価の支払方法を定めないもの等、令第26条第2号の要件を充足しないものは第7号文書に該当せず、不課税文書となる。 (了)
新収益認識基準適用にあたっての総復習ポイント 【前編】 RSM清和監査法人 公認会計士 西田 友洋 ASBJより2018年3月30日に企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準(以下、「収益基準」という)」及び企業会計基準適用指針第30号「収益認識に関する会計基準の適用指針(以下、「収益指針」という)」が公表された。 その後、収益基準及び収益指針は2020年3月31日に改正され表示科目、注記事項が明確になった。さらに、収益指針は2021年3月26日に改正され、電気事業及びガス事業において検針日基準による収益認識を認めない旨が明らかになった。 1 適用時期 収益基準及び収益指針は、原則、2021年4月1日以後開始する事業年度の期首から適用される(収益基準81)。 2 会計方針の変更の取扱い 収益基準及び収益指針の適用は、「会計基準等の改正に伴う会計方針の変更」として取り扱われる(収益基準84)。 (1) 原則処理に従って収益基準及び収益指針を適用する場合 原則処理に従って遡及適用する場合、以下の①から④の方法の1つ又は複数を適用することができる(収益基準85)。 (2) 容認処理に従って収益基準及び収益指針を適用する場合 ① 全般的な取扱い 容認処理に従って適用する場合、適用初年度の期首より前までに従前の取扱いに従ってほとんどすべての収益の額を認識した契約に、新たな会計方針を遡及適用しないことができる(収益基準86)。 ② 契約変更 容認処理に従って適用する場合、契約変更について、以下の(ⅰ)又は(ⅱ)のいずれかを適用し、その累積的影響額を適用初年度の期首の利益剰余金に加減することができる(収益基準86)。 3月決算の会社においては、進行期の期首(4月1日)から適用されるため、第1四半期より適用する必要がある。そこで、今回は、新収益認識基準適用にあたっての総復習として、2回にわたって新収益認識基準のポイントを解説する。【前編】の今回は「会計処理」について解説し、次回の【後編】では「開示」について解説する。 3 会計処理の総復習ポイント ※画像をクリックすると別ページでPDFが表示されます。 (了)