〔疑問点を紐解く〕 インボイス制度Q&A 【第3回】 「インボイス制度開始までに準備すべきこと」 ~請求書の記載事項の変更~ 税理士 石川 幸恵 【Q】 現在発行している請求書(区分記載請求書等)の記載事項を変更して、適格請求書等(インボイス)に対応しようと考えています。どこを変更すればよいですか。 〔ポイント〕 適格請求書等の記載事項は、区分記載請求書等と以下の点が違います。 請求書の発行にあたっては、手書き、表計算ソフトのテンプレート、市販の請求管理ソフトなど事業者ごとに様々な方法を使っていると思いますが、上記の変更ができるか確認が必要です。 システム改修やレジの買替えについては、関係省庁会議で補助金が検討されています。今後の情報にもご注目ください。 * * * 【A】 (1) 適格請求書等では、適用税率と消費税額等の記載が必須となる 区分記載請求書等と適格請求書等の記載事項の違いは、2つあります。登録番号を記載することと、金額の書き方として適用税率と消費税額等の記載が必須となることです。 (インボイスQ&A問52) ① 登録番号 登録番号はインボイス制度で新たに導入されるものです。記載場所などに指定はないようです。 ② 金額の書き方 区分記載請求書等では、税込価額の記載のみが求められており、適用税率や消費税額等の記載は求められていません。実務的には、多くの事業者が、既に請求書に適用税率(10%、8%)を記載していますが、上図の区分記載請求書等のように適用税率に一切触れていなくても問題ありません。 しかし、適格請求書等では、適用税率と消費税額等の記載が必須ですので、上図の区分記載請求書等のような請求書を発行していた事業者は、上図の適格請求書等のような記載に変更する必要があります(インボイスQ&A問72)。 なお、登録申請書を提出して登録番号の通知を受け、適格請求書等へのシステム対応も終えた場合は、令和5年9月30日以前であっても、上図の適格請求書等のように登録番号を記載したり、税込価額に代えて税抜価額と消費税額等を記載した請求書を交付しても問題ありません(インボイスQ&A問74)。 ③ 総額表示義務との関係 令和3年3月31日に消費税転嫁対策特別措置法が失効したため、4月1日からは、総額表示が義務となりました(消法63)。総額表示義務と適格請求書等の記載事項の関係については、総額表示義務は不特定多数の者が訪れる店舗などで商品やサービスの価格を表示する場合に適用されるものなので、適格請求書等に税込価額を記載しなくても問題ありません。 (2) 適格請求書等に記載する消費税額等の端数処理 インボイスQ&A問55では、「一の適格請求書等につき、税率ごとに一回の端数処理を行う」とされています。具体例で見てみましょう。 端数処理の方法は、切上げ、切捨て、四捨五入いずれも認められます。具体例では切捨てにしています。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 税抜価額で適格請求書等を作成した場合は、税抜価額の合計額に消費税率を乗じます。商品ごとに計算した消費税額等の合計ではありません。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 税込価額で適格請求書等を作成した場合は、税込価額の合計額を、軽減税率適用であれば8/108、標準税率適用であれば10/110で割り戻して消費税額等を計算します。商品ごとに割り戻した消費税額等の合計ではありません。 ただし、商品ごとの消費税額等を参考として記載することは差し支えないとされています。(国税庁ホームページ「適格請求書等保存方式の概要-インボイス制度の理解のために-」参照。) (3) 補助金等に関する情報 軽減税率導入時には、複数税率に対応するため、レジの買替えやシステム改修費用の補助金がありました。インボイス導入に向けても、令和3年4月16日に関係省庁会議が開かれ、軽減税率導入時と同様に補助金等の措置の検討が始められたようです(2021年4月15日付日本経済新聞電子版「インボイス導入、中小支援検討 16日に関係省庁会議」参照)。 時期や補助額など具体的な内容の発表が待たれます。 (了)
〔顧問先を税務トラブルから救う〕 不服申立ての実務 【第2回】 「原処分を受けた後の不服申立ての道」 公認会計士・税理士 大橋 誠一 1 不服申立ての対象となる処分 (1) 国税に関する法律に基づく処分 国税通則法第75条第1項の規定によれば、不服申立てをすることができる場合とは税務署長等が行った「国税に関する法律に基づく処分」に不服がある場合をいい、それがない限り不服申立てに及ぶことができない。 ここで問題となるのは、国税に関する法律の規定に基づいて税務署長等が行った行為が、いわゆる行政処分性を有するか否かである。 通常は、課税関係の更正、決定、加算税の賦課決定、青色申告の承認取消し、更正の請求に対する更正すべき理由がない旨の通知等の処分や、徴収関係の差押処分等は行政処分性を有するものとされている。 (2) 行政処分性がないとされているもの 代表例に「延滞税のお知らせ」があり、実務上はこれの取消しを求める不服申立てが行われることがある。 しかし、延滞税を通知する行為は延滞税の賦課決定でもなければ納税の請求手続でもなく、延滞税が「法定納期限までに納付がないこと」及び「時の経過」という事実によって自動的に計算される性質のものであることからすると、それは単に延滞税の納付義務が存在する旨の観念の通知にすぎず、行政処分に当たるものとは解されていない。 その他、申告・納付の慫慂、納税申告書の受理、還付金等の還付、予定納税額の通知、納税義務の承継通知等についても行政処分性が認められておらず、これらの取消しを求めて不服申立てに及んだとしても、審理庁から却下処分を受けることになる。 (3) 不利益処分が対象 不服申立ての対象となる処分は不利益処分に限られ、利益処分については、その利益が過少であるといった理由を付しても、処分の取消しを求める利益(請求の利益)はないとされている。 2 救済を求めるルートは2つ (1) 現行の国税不服申立制度の概要 「国税に関する法律に基づく処分」であることを前提として、納税者が不服を申し立てる道が国税通則法によって規定されている。 1つは、その処分を行った税務署長等に対して不服を申し立てる「再調査の請求(平成28年3月31日以前にされた処分については「異議申立て」)」であり、もう1つは、国税不服審判所長に対して不服を申し立てる「審査請求」である。 審査請求は、納税者の選択により再調査の請求を経ずに直接行うことができるほか、再調査の請求を行った場合は、その決定後の処分になお不服があるときに改めて行うことができる。 《国税に関する不服申立制度の概要図》 (出典) 国税不服審判所「審判所ってどんなところ? 国税不服審判所の扱う審査請求のあらまし」5頁より抜粋。 (2) 再調査審理庁に対する再調査の請求 再調査の請求の本質は、その処分をした行政庁自身による処分判断の見直しであるといえる。 再調査の請求は、処分の通知を受けた日又は処分のあったことを知った日の翌日から3ヶ月以内に、原則として処分をした税務署長に対してしなければならず、その税務署長等が再調査の請求について理由があるかどうか審理し決定する。 なお、税務署長がした処分であっても、その前提となる調査が、例えば調査課所管法人等の場合のように国税局の職員によってされた場合には、国税局長に対して再調査の請求をすることになる。 (3) 国税不服審判所長に対する審査請求 審査請求は、処分の通知を受けた日又は処分のあったことを知った日の翌日から3ヶ月以内に国税不服審判(本部)所長に対してしなければならない。 ここで、審査請求の申立先(名宛人)は、上記のとおり国税不服審判(本部)所長であるが、審査請求書の提出先は各地域の国税不服審判所の所長(首席国税審判官)であり、処分を行った税務署長等を経由して提出することもできる。 また、納税者の選択により再調査の請求を経ている場合で、再調査の請求に対する決定後の処分になお不服がある場合に行う審査請求は、再調査決定書謄本の送達があった日の翌日から1ヶ月以内にしなければならないので注意が必要である。 なお、再調査の請求がされてから3ヶ月を経過しても、その再調査の請求に対する決定がない場合には、その決定を経ないで審査請求をすることができる。 ちなみに、国税庁、国税局、税務署及び税関以外の行政機関の長又はその職員がした処分(例えば、登録免許税について登記官がした処分等)については、国税不服審判所長に対する審査請求のみ行うことができる。 (4) 執行停止等の関係 再調査の請求又は審査請求がされた場合でも、原則として、その処分の効力、処分の執行又は手続の続行は停止されない。 しかし、その国税の徴収のため差し押さえた財産の換価については、その財産の価額が著しく減少する場合等を除き、再調査の請求に対する決定又は審査請求に対する裁決があるまで停止される。 3 ルートの選択に係る誤解 (1) 再調査の請求を経るか直接審査請求をするか 従前の国税不服申立制度は、青色申告書に係る更正処分等の一定の場合を除き、「異議申立て」を経なければ「審査請求」を経ることができないという「二段階前置」という制度設計を採用していたため、審査請求からスタートする不服申立ては全体の10%前後(※)にすぎなかった。 しかし、「行政不服審査法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律」(平成26年法律第69号)に基づき改正された国税通則法により、平成28年4月1日以降にされた処分に係る不服申立てから、「異議申立て」は「再調査の請求」と称するようになり、上述のとおり「再調査の請求からスタートするルート」と「直接審査請求からスタートするルート」を納税者が選択できるようになった。 その結果、改正後の国税不服申立制度においては、後者が60%前後(※)を占めるようになった。 (※) 国税庁「国税庁70年史(平成21年6月~令和元年7月)」269頁参照。 (2) 直接審査請求の割合の急上昇の要因 このように直接審査請求の割合が10%前後から60%前後に急上昇したのは、以下のような要因に基づくものと考えられ、納税者及び代理人である税理士としては、特に②の意識が強くあるものと推察される。 (3) 再調査の請求における取消しの判断基準 確かに、形式的には、処分をした行政庁は「原処分庁」、再調査の請求を審理する行政庁は「再調査審理庁」と区別するものの、両者とも処分をした税務署長であることに変わりなく、「自分で意思決定した処分をその自分が覆すはずがないではないか」と考えることは自然であろう。 しかし、再調査の請求を審理する担当者は、たとえ同じ税務署所属の職員であっても、当初の税務調査を担当した調査官とは異なる職員によって行われることになり、通常は、その課税(徴収)第1部門の統括国税調査官の命により、同部門に所属する不服申立担当(上席)調査官がその職務を担う。 そして、当初の税務調査による処分を取り消すか否かの判断基準は、その処分を維持した場合の後工程に控える審査請求にその事案が持ち込まれた際に、その審理を担う国税不服審判所が自分達の判断に与くみしてくれるか否かに懸かっている。 (4) 後工程に国税不服審判所が控えていることの牽制効果 仮に、審査請求において処分が取り消される可能性が高いと再調査審理庁が判断すれば、審査請求の前段階に位置する再調査の請求において事前に取り消しておかねばならないという思考が働く。 その理由は、審査請求で取り消されれば「取消裁決」の事績が残り、将来の課税庁を拘束することになりかねないからである。 一方、審査請求において処分が維持される可能性が高いと再調査審理庁が判断すれば、再調査の請求においても処分時の判断を維持するという思考に至るだろう。 そして、現在の国税不服審判所においては、国税プロパー出身の審判官のみならず、弁護士・税理士・公認会計士出身の国税審判官が担当審判官として事件審理に主体的に関与していることは課税庁側も承知しているところであり、民間出身者の存在が課税庁側に対する牽制効果の役割を果たしているともいえるだろう。 このように考えると、「自分で意思決定した処分をその自分が覆すはずがないではないか」という思考は、民間出身の国税審判官経験者からみれば、いささか早合点の印象を抱く。 (5) 再調査の請求を省略することのネガティブな側面 再調査の請求を省略して直接審査請求の舞台に立つことが必ずしもポジティブな判断ではない要素は他にも存在する。 まずもって、法律において用意された権利救済の舞台をみすみす1回放棄することになることを覚悟の上で省略の判断をすべきであろう。 また、審査請求に至れば、当初の税務調査を担当した調査官の行動・言動が、証拠の閲覧謄写請求等によって詳つまびらかになり、課税庁側がそれを嫌うべく再調査の請求で処分を取り消す可能性もあり得るが、直接審査請求になれば、そういった課税庁側の意思決定の可能性を摘み取ることになる。 更に、直接審査請求がされると、国税不服審判所の担当審判官は、相対的に争点が整理されていない段階で事案に着手しなければならず、審理不尽の結果として納税者に不利な裁決結果を招来しないとも限らない。 以上でみたように、再調査の請求は必ずしも権利救済が期待できない手続ではないし、筆者が不服申立ての代理人を受任する場合には、再調査の請求を経ることを納税者に勧めているケースが多いことをお伝えしたい。 (了)
事例でわかる[事業承継対策] 解決へのヒント 【第30回】 「子会社による親会社株式の取得」 太陽グラントソントン税理士法人 (事業承継対策研究会) パートナー 税理士 日野 有裕 相談内容 私Lは小売業A社のオーナー社長です。A社には15%の株式を保有する外部株主M氏がいます。M氏はA社の共同創業者ですが20年以上前にA社を退職し、現在は年1回の株主総会時に連絡を取り合う程度の付き合いとなっています。私は今年で70歳になるのでそろそろ息子Fへ社長を譲ろうと考えており、同時にM氏より15%の株式を買い取ろうと交渉していました。今般、交渉がまとまり、総額3億円でM氏が保有する全ての株式を買い取ることで合意しました。 現在、このM氏の所有する株式を誰が買い取るかで悩んでいます。私や息子は3億円もの現金は持っていませんし、資金が潤沢なA社で買い取ることを検討したのですが、顧問税理士よりM氏にみなし配当課税が生じ、最高税率で所得税等が課税されると指摘されました。もしそうなると、今回の株式を買い取るM氏との合意が破綻しかねません。 そこで、不動産賃貸業を営むA社の完全子会社であるB社に買い取らせようと考えていますが、会社法により子会社による親会社株式の取得は禁止されていると聞きました。A社、B社ともに自己資金が潤沢であり、M氏からの株式買い取り後は親族のみが支配する会社となるため、子会社が親会社株式を取得したとしても誰にも迷惑はかけないと考えています。本当に取得してはいけないのでしょうか。 ■ □ ■ □ 解 説 □ ■ □ ■ [1] 会社法の規定 (1) 親会社株式の取得について 会社法は以下の会社再編等による例外的な事由を除いて、子会社の親会社株式の取得を禁止しています。もし、取得した場合でも、相当の時期に親会社株式を処分しなければなりません(会135③)。 《例外的事由(会135②)》 (2) 違反した場合 会社法135条1項に違反し、子会社が親会社株式を取得した場合は、子会社の取締役に対し100万円以下の過料が科せられます(会976十)。「過料」とは行政罰であり、刑事罰としての罰金、「科料」とは区別されています。したがって、過料が科せられたからといって、いわゆる前科となるわけではありません。 (3) 株式を相互保有する場合の議決権 会社法では、株主は、株式会社がその総株主の議決権の4分の1以上を有することその他の事由を通じて株式会社がその経営を実質的に支配することが可能な関係にあるものとして法務省令で定める株主を除いて、その有する株式について議決権を有する、とあります(会308①)。したがって、ご相談の場合、A社はB社の議決権の全てを保有していますので、上図の通りB社のA社に対する議決権(15%)は消滅します。 [2] 財産評価基本通達における規定 株式の持ち合いについては、財産評価基本通達188-4に言及されています。この通達では「評価会社の株主のうちに会社法第308条1項の規定により評価会社の株式につき議決権を有しないこととされる会社があるときは、当該会社の有する評価会社の議決権の数は0として計算した議決権の数をもって評価会社の議決権総数となる」とあります。 これは、同族会社の経営者が、自分が支配する会社の株式を相互保有させることにより、保有する株式の評価方法を配当還元方式とすることを防ぐための通達です。税務においては、株式の相互保有(子会社による親会社株式の取得を含む)を想定していると言えます。 [3] 結論 後継者へ会社を引き継ぐにあたり、現経営者世代の外部株主の整理は、最後の大仕事だと言えます。ご質問の子会社による親会社株式の取得は、会社法上禁止されていますので、実行することはお勧めしません。例えば、後継者F氏が新たに会社を設立し、そこへA社が3億円を貸付け、その資金をもってA社株式を購入するという方法もあります。 ただし、今回の事例では、A社株式を上記の新会社において購入するのと、子会社B社において購入するのとでは実体は何も変わりません。結局は全てL氏・F氏がA社・B社を支配することになりますので、リスクを理解したうえで、子会社による親会社株式を取得するのであれば、私見ではありますが、実行可能なスキームであると考えます。冒頭で申し上げた通り、実務上もこうした事例は見受けられます。 実際の手続きに際しては、弁護士・税理士等の専門家に相談することをお勧めします。 (了)
金融・投資商品の税務Q&A 【Q64】 「非居住者が内国法人から配当を受領する場合の課税関係」 PwC税理士法人 金融部 ディレクター 税理士 西川 真由美 ●○ 検 討 ○● 1 非居住者に対する課税の範囲 所得税法上、「非居住者」とは、居住者以外の個人をいいます。「居住者」とは、国内に住所を有し、又は現在まで引き続いて1年以上居所を有する個人とされ、1年以上の予定で海外転勤した場合には、一般的には非居住者に該当することになると考えられます。 居住者については、原則として、日本国内だけではなく国外で稼得した所得も課税対象になりますが、非居住者については、国内源泉所得(国内源泉所得の範囲については、【Q46】参照)のみが、日本において課税されることになります。この取扱いは、非居住者が日本人かどうかにかかわらず、同様です。 2 非居住者が受領する株式配当等に係る課税関係 非居住者が内国法人から受ける剰余金の配当、利益の配当等や、国内にある営業所等に信託された投資信託又は特定受益証券発行信託の収益の分配(以下、「内国法人から受ける配当等」といいます)は、国内源泉所得に含まれ、源泉徴収の対象となります。源泉徴収税率は、原則として、20.42%(所得税及び復興特別所得税)ですが、上場株式に係る配当(保有割合が3%以上である大口株主等を除きます)や受益権の募集が公募により行われた証券投資信託に係る分配金などは、15.315%(所得税及び復興特別所得税)の税率が適用になります。 また、非居住者に対する課税方法は、総合課税(居住者の確定申告に準じて累進税率で計算する方法)と分離課税(他の所得と区分して15.315%又は20.42%の税率で計算する方法)がありますが、内国法人から受ける配当等に係る所得は分離課税の対象とされています。 3 特定口座に関する手続き 特定口座は、居住者又は恒久的施設を有する非居住者にしか開設することが認められていませんので、恒久的施設を有しない非居住者に該当することとなる場合には、特定口座廃止届出書を提出したものとみなされます。 ただし、一定の要件を満たす場合には、特定口座に保管されていた上場株式等のすべてについて、出国をした後も引き続き証券会社等で開設する出国口座において保管し、かつ、帰国をした後に再びその証券会社等で設定する特定口座にその株式等を移管することが認められています。 4 本件へのあてはめ 3年間の任期で海外に居住する場合、所得税法上の居住者に該当しなくなることから、非居住者として取り扱われることになります。非居住者が受領する株式配当や投資信託の分配金は、所得税法に列挙される国内源泉所得に該当するため、居住者に対して支払われる場合と同様に、源泉徴収の対象となります。 源泉徴収税率は、お尋ねの上場株式や公募投資信託の場合は、15.315%(所得税及び復興特別所得税)です。非居住者が受領する株式配当等は、分離課税の対象となるため、この源泉徴収のみで課税関係は終了し、確定申告をする必要はありません。 なお、居住地国と日本との間に租税条約が締結されている場合には、軽減税率が適用される可能性があります。 (了)
居住用財産の譲渡損失特例[一問一答] 【第33回】 「特殊関係のある子会社に対する譲渡」 -特殊関係者に対する譲渡- 税理士 大久保 昭佳 Q Xは、従来から居住の用に供してきた家屋とその土地を、B社に売却しました。 B社の株主は、次の表のとおりであり、XはY社の株式の51%を所有しています。 他の適用要件が具備されている場合、「居住用財産買換の譲渡損失特例(措法41の5)」を受けることができるでしょうか。 A 「居住用財産買換の譲渡損失特例」の適用を受けることはできません。 ●○●○解説○●○● 「居住用財産買換の譲渡損失特例」には、譲渡した資産の譲受者が、特殊関係にある法人などに該当する場合の適用除外規定(【Q29】の解説を参照)が定められています(措法41の5⑦一、措令26の7③、法令4②・③)。 本事例の場合、Xを判定の基礎となる株主にした場合は、Y社は法人税法施行令第4条(同族関係者の範囲)第2項第1号に掲げる当該他の会社に該当するため、B社は同項第2号に掲げる当該他の会社に該当し、つまり、特殊関係者への譲渡に該当することから、特例の適用を受けることはできません(措法41の5⑦一、措令26の7③、法令4②・③)。 なお、「特定居住用財産の譲渡損失特例(措法41の5の2)」についても、譲渡した資産の譲受者に係る同様の除外規定が定められています(措法41の5の2⑦一、措令26の7の2③、法令4②・③)。 (了)
収益認識会計基準と 法人税法22条の2及び関係法令通達の論点研究 【第55回】 千葉商科大学商経学部准教授 泉 絢也 7 法人税法22条の2第6項 (1) 概要等 法人税法22条の2第6項は次のとおり定めている。 法人税法22条の2第1項~5項、22条2項の適用場面において、無償による資産の譲渡に係る収益の額には、「金銭以外の資産による利益又は剰余金の分配及び残余財産の分配又は引渡しその他これらに類する行為」としての資産の譲渡に係る収益の額が含まれることを明らかにしているのである。 「利益又は剰余金の分配及び残余財産の分配又は引渡し」という部分は、法人税法22条5項の資本等取引と関わりをもつ。同項によれば、資本等取引とは、法人の資本金等の額の増加又は減少を生ずる取引、法人が行う「利益又は剰余金の分配及び残余財産の分配又は引渡し」をいう。 法人税法22条2項は、益金の額に算入すべき収益の額について、「資本等取引以外のものに係る当該事業年度の収益の額」とし、同条3項3号は、損金の額に算入すべき損失の額は「資本等取引以外の取引に係るもの」としている。 収益及び損失が資本等取引からも生じることを前提として、資本等取引に係る収益及び損失を益金及び損金の範囲から除外している。資本等取引により生じた収益及び損失は益金の額又は損金の額に算入されないというのであるから、課税所得計算上の重要な規定であることはいうまでもない(伊豫田敏雄「法人税法の改正(一)」『昭和40年版 改正税法のすべて』104頁(国税庁1965)参照)。 企業会計原則は、「資本取引と損益取引とを明瞭に区別し、特に資本剰余金と利益剰余金とを混同してはならない。」(第一・三)と定めている。 法人税法が、資本等取引による収入・支出を損益の範囲から除外しているのは、上記定めに従って、損益取引と資本等取引を峻別し、法人の収益と損失は、損益取引のみから生じ、資本等取引からは生じない、という考え方をとっていることを意味しており、法人税法が原則的に企業会計準拠主義を採用していることと首尾一貫しているとする見解もある(金子宏「法人税における資本等取引と損益取引」同編『租税法の発展』337頁(有斐閣2010))。 利益又は剰余金の分配については、いわゆる資本取引の概念からはやや遠いものだが、損益取引としない、つまり配当は損金の額に算入しないということを明らかにする意味で、資本等取引に含めたものと説明されている(前掲・伊豫田104頁参照)。 法人税法22条5項のシンプルな規定振りについて、立案担当者の次のような解説からは、あえて具体的な規定を設けなかったことがうかがわれる(前掲・伊豫田104頁)。 法人税法22条5項のシンプルな規定振りを遠因としているのであろう、同項の「利益の分配」該当性については実質判断を行うべきであることが、明文の規定ではなく、次のような立案担当者の解説によって補足されている(武田昌輔「全文改正法人税法の解説(上)」産業経理25巻6号51頁)。 ここでは、法人税法22条5項の利益又は剰余金の分配には、株主等に対しその出資者たる地位に基づいて供与した一切の経済的利益を含むことを定めている法人税基本通達1-5-4も想起しておきたい(もちろん、「利益又は剰余金の分配」の対象を株主以外の者に対するものにまで拡げるような解釈論をとることは慎重でなければならない)。 このような状況下において、どのような類型の取引が法人税法22条5項の資本等取引に該当するのかという点について、しばしば議論を招くことになった。とりわけ、資本等取引の要素と損益取引の要素が混合ないし混在している取引(混合取引。次回の(2)参照)に関する議論においては、租税法律主義の下で、混合取引の1つの類型である現物配当について、その課税関係を法律に明記すべきであるという指摘もなされていた。 このように法人の取引の中には混合取引が存在することを指摘していた論者は、法人税法22条の2第6項により、第1項~5項及び22条2項の場合には、無償による資産の譲渡に係る収益の額は、金銭以外の資産による利益又は剰余金の分配及び残余財産の分配又は引渡しその他これらに類する行為としての資産の譲渡に係る収益の額を含むこととされたことを挙げた上で、「筆者がかねて提唱してきた混合取引の法理・・・が、この規定によって採用されたことになる」と整理されている(金子宏『租税法〔第23版〕』356頁(弘文堂2019)。 (了)
収益認識会計基準を学ぶ 【第6回】 「履行義務の識別①」 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 収益認識会計基準の5つのステップの2番目は、契約における履行義務を識別することである(収益認識会計基準17項(2))。 履行義務の識別は、要件が詳細に規定されており、また、実務上、判断に迷うことが多いので、慎重に対応する必要があると考えられる。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 履行義務の定義 契約において顧客への移転を約束した財又はサービスが、所定の要件を満たす場合には別個のものであるとして、当該約束を履行義務として区分して識別することになる(収益認識会計基準17項(2))。 1 定義 「履行義務」とは、顧客との契約において、次の①又は②のいずれかを顧客に移転する約束をいう(収益認識会計基準7項)。 顧客との契約は、通常、企業が顧客に移転することを約束した財又はサービスを明示している(収益認識会計基準127項)。 しかしながら、顧客との契約には、契約締結時に、企業が財又はサービスを移転するという顧客の合理的な期待が生じる場合において、取引慣行、公表した方針等により含意されている約束が含まれる可能性があり、顧客との契約において識別される履行義務は、当該契約において明示される財又はサービスに限らない可能性がある。このため、履行義務の識別の判断は、慎重に行う必要があると考えられる(収益認識会計基準127項)。 約束した財又はサービスが別個のものではない場合には、別個の財又はサービスの束を識別するまで、当該財又はサービスを他の約束した財又はサービスと結合することになる(収益認識適用指針7項)。 2 約束した財又はサービスの例示 収益認識会計基準は、約束した財又はサービスとして、次のものを例示している(収益認識会計基準129項)。 3 一連の別個の財又はサービスの例示 一連の別個の財又はサービスの例として、「清掃サービス契約」のように、同質のサービスが反復的に提供される契約等に適用できる場合があるとされている(収益認識会計基準128項)。 「一連の別個の財又はサービス(特性が実質的に同じであり、顧客への移転のパターンが同じである複数の財又はサービス)」(収益認識会計基準7項(2)、32項(2))の定めは、特性が実質的に同じ複数の別個の財又はサービスを提供する場合に、当該複数の別個の財又はサービスを「単一の履行義務として識別する」ものである(収益認識会計基準128項)。 当該規定は、当該別個の財又はサービスを顧客に移転する約束のそれぞれについて履行義務として識別することは、コストと比較して便益が小さいことから、設けられたものである(収益認識会計基準128項)。 例えば、1年間にわたって、あるビルの清掃サービスを行う契約をし、日々、同一の清掃作業(サービス)を提供する場合、日々の清掃作業(サービス)のそれぞれを履行義務として識別するのではなく、当該複数の別個の財又はサービス(同一の清掃作業(サービス))を「単一の履行義務として識別する」ということである。 4 契約管理活動 契約を履行するための活動は、当該活動により財又はサービスが顧客に移転する場合を除いて、履行義務ではない(収益認識適用指針4項)。 例えば、サービスを提供する企業が契約管理活動を行う場合には、当該活動によりサービスが顧客に移転しないため、当該活動は履行義務ではない(収益認識適用指針4項)。 Ⅲ 履行義務の識別の要件 契約における取引開始日に、顧客との契約において約束した財又はサービスを評価し、次の①又は②のいずれかを顧客に移転する約束のそれぞれについて履行義務として識別する(収益認識会計基準7項、32項)。 収益認識会計基準32項から34項までをまとめると次のようになる。 (了)
ハラスメント発覚から紛争解決までの 企 業 対 応 【第15回】 「ハラスメントの目撃者等の協力が得られないまま加害者の処分を行う場合のリスク」 弁護士 柳田 忍 【Question】 当社の営業部の社員Aから「営業部の部長Bにパワハラされた」との申告を受けて、社員Aや部長B以外の営業部の部員に事情聴取を行った結果、営業部の社員C及びDから、社員A及び社員Cが上司である部長Bからパワハラを受けていた旨聴取することができました。 そこで、部長Bの事情聴取を行い、社員A、C及びDからの聴取結果について、部長Bの言い分を聴取しようと考えていますが、部長Bへの事情聴取においては、社員Aらが主張する部長Bのパワハラの言動等について具体的に明示したうえで部長Bの言い分を聴取することになるので、会社が誰からそれらの話を聞いたかが部長Bに知れてしまう可能性があります(例えば、「●月●日●時頃、営業部のデスクで残業中のAさんに対して灰皿を投げつけましたか」などと聞くと、社員Aか同日残業していた社員が会社に申告ないし供述したことが部長Bに知れてしまいます)。 そのため、社員A、C及びDからの聴取結果を部長Bの事情聴取において開示することについて、社員A、C及びDの同意を得ようとしましたが、社員A、C、Dはいずれも部長Bからの報復をおそれて開示を承諾してくれません。このような状況において、当社が部長Bの懲戒処分を行っても問題ないでしょうか。 【Answer】 社員A、C、Dの供述等により、部長Bのパワハラの事実を認定できるのであれば、部長Bに対して懲戒処分を行うことは可能です。もっとも、社員A、C、Dが聴取結果の開示に同意しない場合、部長Bに十分な弁明の機会が与えられなかったと評価されたり、訴訟で社員A、C、Dの供述の証明力が認められないなどにより、部長Bの懲戒処分が無効と判断されるおそれがあります。 ● ● ● 解 説 ● ● ● 1 問題の所在 事情聴取における被害者や目撃者の発言について加害者や他の目撃者に事実確認等を行う場合には、当該供述者(被害者や目撃者)の氏名を伏せたとしても、開示された聴取結果の内容等によっては自ずと供述者が誰であるかが加害者や他の目撃者に知れる可能性がある。 したがって、当該供述者から聴取結果を開示することについて事前に同意を得るべきであり、同意を得ないで聴取結果を開示する場合、プライバシーの問題や供述者に対する二次被害や加害者による報復のおそれなどもあり、会社の責任にもなりうる(※1)ことは、拙稿第4回及び第5回で述べたとおりである(また、申告対象となるハラスメントが公益通報者保護法の対象となる場合は、同法や関連のガイドラインの違反にもなりうる)。 (※1) オリンパス事件(東京高判平成23年8月31日労判1035号42頁)においては、コンプライアンス室長が通報者の氏名等の特定情報及び通報内容を通報者の同意なく通報者の上司に開示したところ、当該上司が通報者による当該通報の事実を問題視して、通報者に対して、業務上の必要性とは無関係に、いわば制裁的に配転命令をした。裁判所は、当該配転命令は不法行為であるとして、当該上司と会社の責任を認めた。 しかし、加害者からの報復(人事評価等における不利益な取扱いや嫌がらせ)のおそれ等を理由として、被害者や目撃者が、氏名や聴取結果の開示を拒絶するケースは少なくない。被害者や目撃者の供述によりハラスメントの事実を確認できる場合には、会社はそれに基づいて加害者の懲戒処分等を行うことは可能ではあるが、聴取結果の開示について供述者の同意を得られないままに処分等を行う場合においては以下のリスクがある。 2 第1のリスク~弁明の機会の付与がなされていないと評価されるリスク まず、第1のリスクは、懲戒処分の実施に際して加害者に対して十分な弁明の機会を与えていないとして、懲戒処分が無効となるリスクである。 就業規則等に懲戒処分に際して非違行為者に弁明の機会を与える旨の定めがある場合には、弁明の機会を与えずになされた懲戒処分は無効となる可能性が高い。一方、そのような定めがない場合には、弁明の機会を与えずに行った懲戒処分が必ずしも無効となるわけではないが、弁明の機会を与えた方が、懲戒処分が有効となる可能性が高まるものと思われる(拙稿第6回参照)。 そこで、懲戒処分該当事由をどの程度具体的に説明すれば弁明の機会を与えたことになるのかについて、被害者や目撃者が聴取結果の開示について同意していないこととの関係で問題となる。 この点、以下の裁判例が参考になる。 (※2) 具体的には、「あなたは女性数人から『やらせろ』と言ったり、深夜自宅に押し掛けたり、胸の話をしたとして人事に訴えが起こされている」と告げたとのことである。 (※3) 具体的には、「2012年10月、本社において、●に対し、『独立する気ないの?この状態だったら考えたほうがいんじゃないの?』と聞いた」等と告げたとのことである(「●」は黒塗り)。 上記の裁判例に照らすと、懲戒処分該当行為の大体の時期、場面及び概略を加害者に告知することにより、弁明の機会を与えたと認められる可能性が高い。したがって、ハラスメント行為の大体の時期、場面及び概略を開示することについて、被害者や目撃者の同意を得られれば、第一のリスクを減少させることができる。 3 第2のリスク~証拠が不十分であると評価されるリスク 次に、第2のリスクは、匿名の被害者や目撃者の供述は懲戒処分の有効性を裏付けるに足りる証拠とは言えないとして、加害者に対する懲戒処分が無効とされるリスクである。 訴訟において、反対尋問を経ない供述証拠については、証拠能力(証拠となりうる資格)は否定されないものの、証明力(証明すべき事実の認定に役立つ程度)は低く評価されるのが一般である。供述者を明らかにできないということは、反対尋問を経ることができないということであるから、当該供述証拠は懲戒処分の有効性を裏付けるに足りる証拠とは言えないと評価されて、加害者に対する懲戒処分が無効であると判断される可能性がある。 例えば、セクハラ等を根拠になされたXの普通解雇の有効性が争われた事案において、会社がXのセクハラの証拠として提出した報告書(会社においてX及び複数の女性社員からXの言動について聞き取った結果を併せて作成したもの)の信用性が認められなかったものがある(みずほビジネスパートナー事件(東京地判令和2年9月16日労判1238号56頁))。 ➤この事案において、裁判所は同書面について、Xの非違行為の事実に関する伝聞証拠であり、反対尋問による信用性の精査ができないものであるから、その信用性については慎重に判断する必要があるところ、被害者とされる女性社員以外の発言者もマスキングによって特定されておらず、また、当時の客観的状況が明らかでないことからすれば、発言内容について客観的状況に照らして検証することもできず、直ちに採用することはできないとして、Xの主張及び供述に沿う限度で同書面の信用性を認めた。 上記の裁判例に照らすと、客観的な証拠がない場合、少なくとも重要な事実を裏付ける供述の供述者には証人として証言してもらわなければ、訴訟において懲戒処分の有効性を裏付けることができない可能性がある。よって、氏名や聴取結果の開示について被害者や重要な目撃者の同意を得られていない場合には、裁判を見据えて懲戒処分を行わないという選択肢もありうる(もっとも、筆者の経験上、懲戒処分時点では開示に同意しなかった者も、訴訟になったら腹をくくって協力してくれることが多いという印象がある)。 4 まとめ 聴取結果の開示について供述者の同意を得られないままに懲戒処分を行う場合においては、上記のとおりリスクがある。リスクを踏まえたうえで懲戒処分を行うという選択肢もあるが、無理せず、指導や配転等で対応するという選択肢も検討すべきである。 (了)
〔一問一答〕 税理士業務に必要な契約の知識 【第18回】 「顧客との顧問契約」 -顧問料の回収と民法(債権法)改正に関連して- 虎ノ門第一法律事務所 弁護士 枝廣 恭子 〔質 問〕 長年の顧問先との間で、これまで顧問契約書を結ばずに業務を行ってきました。しかし、最近、顧問料の支払いが遅れることが何度か続いています。今のところ督促すると支払ってくれるのですが、万が一、支払われないままになった場合、契約書がないと請求できないのでしょうか。 また、顧問契約書を締結している先との間でも、民法の改正に合わせて契約書の改訂をする必要はありますか。 〔回 答〕 ➤ 税理士と顧問先との間の契約は委任契約(準委任契約)ですから、口頭でも成立します。契約書を交わしていなくても報酬は発生し、請求できます。 ➤ 民法(債権法)の改正(令和2年4月1日施行)により、委任に関連する事項も一部改正されましたので、これまで使用している顧問契約書の内容を確認し、場合によっては改訂を検討することも考えられます。 ◆◆◆◆ 解 説 ◆◆◆◆ 1 顧問契約に基づく顧問料の回収 (1) 顧問契約の法的性質 税理士(又は税理士法人)と顧客との間の契約は、税務代理といった法律行為を税理士に委託する内容である場合は委任契約、法律行為以外の業務を内容とする場合は準委任契約に該当する(民法643条、656条)。準委任契約に関する事項は、委任契約の条項を準用しているので、以下、委任契約であることを前提として説明する。 (2) 顧問契約に基づく顧問料の発生について 委任契約は、法律業務を委託し、これを受諾することによって成立する。口頭であっても契約は成立し、契約書が存在することは契約の成立要件ではない。契約書は、契約が成立したことを証明する役割を果たすものである。したがって、契約書以外の方法で、顧問契約が成立していることを証明できれば、契約書がなくても顧問料を請求することができる。 例えば、一般的には、請求書を発行して、その請求書に対して支払いがなされてきたとの事実があると思われるので、請求書と顧問料が振り込まれた銀行口座の履歴により、顧問契約が成立していること、及びそれに基づく報酬が発生することを証明することが考えられる。また、実際に業務を委託されて、業務を実施していることも、委任契約が存在することの証拠となる。さらに、確定申告等をして成果物を納付していれば、それ自体も証拠となる。 (3) 未払いの顧問料に対する対応 上記のように、顧問契約書がなくても、顧問料は発生し、請求することができる。ただし、契約書がない場合、想定している期日までに支払いがなかった場合は、早期に督促をすることが重要である。期限等を明確に記載したものがないため、支払いがないのに請求せずに放置していると、支払いを猶予してもらっていたとか、免除してもらっていた等の反論をされることも考えられるからである。 督促の方法として、顧問先に対していきなり内容証明郵便を送るようなことは難しいだろうが、顧問料が発生していてそれが未払いである事実を証拠として残せばいいので、メールで督促することでも足りる。 なお、改正前の民法では、職業別に短期消滅時効が規定されていたが、税理士の報酬はその規定外であったため、一般規定が適用され、時効は10年とされていた。 しかし、民法(債権法)の改正(令和2年4月1日施行)により、職業別短期消滅時効が廃止されて一般規定に一本化されるとともに、その一般規定も見直され、①債権者が権利を行使することができると知った時から5年間行使しないとき、②権利を行使することができる時から10年間行使しないときのいずれかに該当するとき、債権は時効により消滅すると定められた。 そして、税理士の顧問契約に基づく顧問料は、通常、債務の履行期、すなわち、支払期限が「権利を行使することができる時」に該当するので、支払期限から5年で消滅することになるため、これまでより時効期間が短くなることに注意が必要である。 なお、契約書がなく、明確に期限が定められていないときでも、過去の請求書等で月末を支払期限としていれば、同日が支払期限として時効の起算点と判断されると考えられる。 2 民法の改正による顧問契約書の改訂の必要性 (1) 委任契約に関する改正事項 委任契約(準委任契約)に関しては、以下の3点の改正がなされた。 ① 復受任者の選任等 復代理人を選任できるのは、「委任者の許諾を得たとき、又はやむを得ない事由があるとき」に限られる旨の条項が制定された(民法644条の2第1項)。また、「復受任者は、委任者に対して、その権限の範囲内において、受任者と同一の権利を有し、義務を負う」という規定も加えられた(同条2項)。 ② 受任者の報酬 委任契約(準委任契約)が中途で終了した場合に、受任者に帰責事由がある場合であっても、履行の割合に応じて報酬を請求できることが明文化された(民法648条3項)。 なお、成果に対して報酬を支払う成果型報酬の方式で契約を締結した場合で、業務が中途で終了して成果が一部分であったとしても、割合的な報酬の支払いを請求できる旨も規定された(民法648条の2第2項)。 ③ 委任の解除 委任者が、受任者の利益をも目的とする委任契約を解除した場合に、受任者に生じた損害を賠償することが定められた(民法651条2項2号)。 (2) 顧問契約書の改訂の必要性 ① 復受任者の選任等に関する条項 復受任者の選任等に関する規定は、改正前の民法の解釈を明文化したものである。したがって、現在の契約書に復委任に関する規定があれば、その規定がそのまま適用されるし、仮に復委任に関する規定がない場合も、これまでと同様の運用をすれば足りるので、特に契約書の改訂は必要ないと考えられる。 ② 受任者の報酬に関する条項 民法648条3項は、委任契約(準委任契約)が受任者(税理士)の責めに帰すべき事由によって終了した場合であっても、割合的報酬を請求できることを新たに認めたものである。そこで、現在使用している顧問契約書に、履行不能又は契約終了時の報酬請求に関する規定があるか、ある場合はその内容を確認し、新法の規定内容と異なるようであれば、新法に合わせて契約書を改訂するか検討することとなる。 なお、何も規定がなかった場合は、改正後の条項に基づいて割合的に報酬を請求できるが、「割合に応じて」ということの解釈が問題になり得るので、報酬の定め方について可能な範囲で基準を定めて明確にしておくとよいと思われる。 また、中途で終了した契約についての割合的報酬が認められるとしても、受任者(税理士)に帰責事由がある以上は、別途、委任者に対して債務不履行に基づく損害賠償責任は負うことになる。 ③ 委任の解除に関する条項 委任契約に基づき受任者に対して支払われる報酬は、委任の事務処理に対する対価であるため、民法651条2項2号にいう「受任者の利益」にはあたらないと解され、専ら報酬を得ることによる委任契約は明文上除外されている。 したがって、特別な事情がない限り、改正によって加えられた本条項が税理士の顧問契約において適用されることは想定されず、同条項に関連して顧問契約書を改訂することは必要ないと思われる。 (了)