〔一問一答〕 税理士業務に必要な契約の知識 【第19回】 「株式の譲渡契約の締結方法とそれにまつわる注意点」 虎ノ門第一法律事務所 弁護士 石橋 輝之 〔質 問〕 顧問契約を締結している株式会社の社長から、その会社の複数の少数株主から株式の譲渡を受けたいとの相談がありました。どうも、先代社長がその会社を立ち上げた際の取締役に、少数の株式を持たせていたようです。少数株主が死亡して相続が発生すると株式が拡散しますし、事業を親族等に承継する際にも面倒なことになることから、株をまとめたいとのことでした。 株の譲渡契約を締結するに際して、注意すべきことはありますか。 〔回 答〕 株券不発行会社の株式の譲渡に際しては、株式譲渡契約を締結し、代金の決済を行って、買主・売主の共同で、会社に対して株主名簿の書換請求をすれば問題ありません(株式の譲渡制限会社の場合は、会社の取締役会等の承認が必要です)。 もっとも、平成18年5月に施行された会社法(それ以前は会社法という法律はなく、商法の中で会社に関する規定が置かれていました)で株券不発行が原則となりましたが、それ以前から存在する会社は、定款で「株券を発行しない」旨の規定を置いていない限り、株券を発行しなければならない会社(株券発行会社)でした。そういった会社については、会社法施行後も株券発行会社になっています。 株券発行会社の場合、株式を譲渡する場合には、売主から買主への株券の交付が必要です。交付がなければ、株式譲渡の効力が生じません。 株式譲渡契約を締結し、譲渡代金を払ったものの株券の交付をしなかったという場合、株式譲渡の効力が否定され、後に混乱を生ずる可能性があります。 そのため、株式譲渡契約書を作って契約を締結し、代金のやり取りをするだけでなく、必ず株券の交付をしてもらう必要があります。 ◆◆◆◆ 解 説 ◆◆◆◆ 1 株券発行会社かどうかの確認 株券発行会社であるかどうかは、会社の全部事項証明書を確認すれば記載があるので簡単に分かる。 平成18年5月に施行された会社法では、株式は不発行が原則とされた。そのため、平成18年5月以降に設立した会社は、そのほとんどが株券不発行会社である。平成18年5月以降に設立した会社でも、敢えて「株券を発行する旨」の定款を定めれば株券の発行は可能であるが、そのような規定を設けている会社はほとんどないだろう。 もっとも、平成18年5月より前に設立された会社は、原則として株券発行会社である。例外的に、そういった会社であっても、株券を発行しない旨の定款を設けていれば、株券不発行会社となることができた。 会社法の施行時において、「会社法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律」が制定され、仮に、その会社の定款に「株券を発行する旨」の定めがなくても、「株券を発行する旨」の規定が定款に定められているとみなされることになった。つまり、平成18年5月の会社法施行より前に設立された会社であって、「株券を発行する旨」の定款の定めがなくても、会社法施行時以降、その規定があることになったわけである。結果、職権により、そういった会社の全部事項証明書には「株券を発行する旨」の登記がなされている。 そうすると、今でも株券発行会社というのは、かなりの数が存在しているということになる。平成18年5月より前に設立された中小企業の大半は、株券発行会社になっている可能性があるといえる。 2 株券発行会社の株式譲渡方法 株式の譲渡について、会社(取締役会か株主総会)の承認が必要である旨の定款規定がある会社を譲渡制限会社という。譲渡制限会社における株式の譲渡方法については、今回は説明を割愛する。もっとも、今回のお問い合わせの場合、株を買いたいと希望しているのはその会社の社長であるから、譲渡制限会社であるからといって、その点で問題に突き当たる可能性は低いといえる。粛々と会社法に従った処理をすればいいということになる。 株式を譲渡する場合、株式譲渡契約書を締結するのが通常である。その契約書の書式などは、巷に溢れているし、その内容が難しいということもない。 問題なのは、株券発行会社の場合、株式の譲渡の効力が生じるためには株券の交付が必要となっていることである。 会社法は、以下のとおり規定している。 会社法で明確に、株式の譲渡には株券の交付が必要とされている。 そのため、仮に株券発行会社であるのに株券が発行されていない会社の株式を譲渡する場合は、まず譲渡人である株主側で、会社に対して株券の発行を請求しなくてはならない。 会社法にこの規定があるので、会社は株主から請求を受けた場合、株券を発行しなければならない。 もっとも、実際上は、株券を発行せずに、株式の譲渡契約だけを締結して決済を済ませるということが非常に多くあるように感じている。その上で、会社は、税理士に持株数が変動したことを伝え、これを受けて、税理士も確定申告書の「別表二 同族会社の判定に関する明細書」に会社から申告のあった持株数を記載しているのではないだろうか。 株券の交付のない株式譲渡契約書の効力については、以下で説明する。 3 株券交付のない株式譲渡契約書の効力 株式の譲渡は、株券の交付がないと効力が生じないと会社法第128条第1項で明記されていて、株式の譲渡に際し株式の交付がないと、当事者間において株式譲渡の効力は発生しない。単に、譲受人は、譲渡人に対し、株券を交付するよう要求する権利が発生するだけになる。 株券の交付を要求する権利は、株式譲渡契約により発生する債権的な権利でしかないため、時効にかかることになる。 民法第166条第1項に以下の規定がある。 この規定から、最短で5年、最長でも10年で株券交付請求権は時効にかかることになる。時効を援用することが信義則に反するというような特別な事情があれば別だが、そうでなければ、譲受人は時効により株券の交付を請求することもできなくなり、結果として株主になれないという事態が生じ得る。 仮に株式を社長に集めることができず、その後、株主間において、その会社の支配権を巡って争いが生じた場合、ある株主がある人に対して株式を譲渡したつもりであったのに、その効力が生じていないという事態が発覚する可能性がある。 株券は、インターネット通販でも簡単に購入できる。そこに会社で記名押印をすれば株券を作ることは簡単である。難しく考える必要はない。そのため、株式の譲渡に際しては、会社から株券を確実に発行してもらい、株式の交付を行うようにする必要がある。本件の場合、社長が株の譲受人であるから、株券を会社がなかなか発行してくれないというような事態が生じることも想定できない。 なお、最高裁昭和47年11月8日判決は、会社において株券発行の不当な遅滞があった場合、株券の交付がなくても、会社は「譲受人を株主として遇しなければならない」と判断している。当然、前提として、当事者間の株式譲渡も有効と解していることになる。ただ、これは例外的な事案であるし、「不当な遅滞」というためには、前提として、譲渡人が会社に株券の発行を請求したのに会社が株券を発行しないという状況が必要であるから、株式譲渡に際し、株券発行会社において株券の発行を会社に依頼することの重要性は変わらない。 4 株券不発行会社の譲渡方法 株券不発行会社の場合は、株券が存在しないため、株券の交付は必要ない。 株式譲渡契約書を締結し、代金の決済を行って、会社に対し共同で株主名簿の書換請求をすれば足りる。譲渡制限会社であれば、会社に対し同時に株式の譲渡承認請求もすることになる。 この手続さえきっちり済ませていれば、問題ない。 (了)
《速報解説》 令和3年度税制改正におけるセルフメディケーション税制の見直し対象となる医薬品が明らかに ~経過措置適用期限は令和7年12月31日~ 公認会計士・税理士 篠藤 敦子 セルフメディケーション税制は、令和3年度税制改正において、対象となる医薬品の範囲等が見直された上、適用期限が令和8年12月31日まで5年間延長された。 改正後の対象医薬品の範囲等については、租税特別措置法施行令26条の27の2各項において「厚生労働大臣が財務大臣と協議して定めるものとする」と規定されていたところであるが、このたびその具体的な範囲等が定められ、厚生労働大臣より6月25日付けの官報第521号において告示された。 本稿では、セルフメディケーション税制の見直しの概要をまとめた上、上記告示との関係を解説する。 【1】 令和3年度税制改正の概要 (1) 対象医薬品の範囲の見直し 令和3年度税制改正において、対象となる医薬品の範囲が、次のとおり見直された(措法41の17➀②③、措令26の27の2)。本改正は、令和4年分以後の所得税から適用される。 (注) スイッチOTC医薬品・・・医療用医薬品(医師又は歯科医師によって使用される、あるいは医師又は歯科医師による処方せん等によって使用されることを目的として供給される医薬品)から、要指導医薬品(処方せんは不要、薬剤師が対面で情報提供や指導する必要がある医薬品)及び一般用医薬品(自らの判断で使用することを目的として供給される医薬品)に転用された医薬品。 (2) 提出書類の見直し 制度の適用を受けるには、健康診断や予防接種など健康のための取組をしていることが要件とされており、その取組を明らかにする領収書や結果通知などを、確定申告書へ添付又は申告時に提示することが求められていた。 この取扱いについて、令和3年分以後の確定申告書を令和4年1月1日以後に提出する場合には、取組の名称等を医療費の明細書に記載することにより、取組を明らかにする書類の添付又は提示が不要とされた(措法41の17④、所法120④)。 ただし、税務署長は、確定申告期限等から5年間、取組を明らかにする書類の提示又は提出を求めることができるとされている(措法41の17④、所法120⑤)。 【2】 2021年6月25日に公布された告示の概要 セルフメディケーション税制に関する厚生労働省告示(6月25日)の概要は、次のとおりである。 (了)
《速報解説》 国税庁、令和3年度税制改正等を踏まえ「グループ通算制度に関するQ&A」を改訂 ~移行時の手続等に係る14問を新設~ 公認会計士・税理士 税理士法人トラスト 足立 好幸 令和3年6月28日に、国税庁「グループ通算制度に関するQ&A」が改訂された。 この「グループ通算制度に関するQ&A」は、通算制度に係る税務上の取扱いを図表や計算例を用いQ&A形式で解説したもの。今回、令和3年度の税制改正等を踏まえた既存のQ&A(9問)の改訂が行われるとともに、実務家が気になる新たなQ&A(14問)の追加が行われている(全65問→全79問)。 以下では新設・改訂されたQ&Aのポイントを紹介する。 上記に紹介した以外にも、次のQ&Aが追加されている。 (了) ↓お勧め連載記事↓
《速報解説》 国税庁、令和3年度税制改正等に係る「法人税基本通達等の一部改正」を公表 ~税制改正の他、改正会社法に係る見直しも~ Profession Journal編集部 国税庁はこのほど「法人税基本通達等の一部改正について(法令解釈通達)」を公表、法人税基本通達及び租税特別措置法関係通達(法人税編)関係の他、連結納税制度やグループ通算制度関係の通達改正を行った。 今回の改正通達では、措置法通達において「第66条の2の2《株式等を対価とする株式の譲渡に係る所得の計算の特例》関係:措通66の2の2-1~3」が新設されるなど令和3年度税制改正を受けた見直しが行われているが、6月16日に公布された改正産業競争力強化法は税制関連の規定の施行日が未定のため、認定等手続を同法に依るDX投資促進税制(措法42の12の7、68の15の7)や認定事業適応法人に対する欠損金の繰越控除の特例(措法66の11の4、68の96の2)、中小企業事業再編投資損失準備金制度(措法55の2、68の44)等に係る項目の新設等は行われていない。 また本年3月1日に施行された改正会社法及び関連規定を受け、役員の将来の所定の期間における役務提供の対価として譲渡制限付株式又は譲渡制限付新株予約権が交付される給与であって、役務提供を受ける法人においてその期間の報酬費用として損金経理が行われるようなものは、その役員において所得税法上の退職手当等に該当するものであっても、退職給与には該当しないことを明確化する規定(法基通9-2-27の2)が新設されるなどしている。 なお税制改正大綱には記載されていない事項だが、中小企業向けの各投資減税措置において、これまで研究開発税制(措法42の4)と中小企業投資促進税制(措法42の6)に分かれていた「中小企業者」の定義規定が前者に統一されたことによる規定の削除等が行われている。 (※) 令和3年度税制改正前は、中小企業経営強化税制(措法42の12の4)や被災代替資産等の特別償却(措法43の3)、特定事業継続力強化設備等の特別償却(措法44の2)については、適用対象となる中小企業者の定義を中小企業投資促進税制(措法42の6①)の規定に依っていたが、すべて研究開発税制(措法42の4⑧七)の規定に依拠する形となっている。 (了)
《速報解説》 金融庁が「企業内容等開示ガイドライン」の改正案を公表 ~第三者割当に係る有価証券届出書の重点審査対象・要領の更なる明確化を図る~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2021年6月30日、金融庁は、「企業内容等の開示に関する留意事項について(企業内容等開示ガイドライン)」の改正(案)を公表し、意見募集を行っている。 これは、第三者割当に係る有価証券届出書について、重点的に行う審査対象や審査要領を、より一層明確化するものである。 意見募集期間は2021年7月30日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 1 重点的に行う審査対象の明確化 次の改正を行う。 2 審査要領の明確化 次の改正を行う。 Ⅲ 適用時期等 パブリックコメント終了後、速やかに適用する予定である。 (了)
《速報解説》 国税庁、令和3年分の路線価を公表 ~コロナ禍を背景に全国平均路線価は6年ぶりに下落~ Profession Journal編集部 7月1日付で国税庁は相続税や贈与税の算定基準となる令和3年分の路線価を公表した。 コロナ禍を背景に全国平均路線価は対前年比0.5%の下落となり、6年連続の上昇とはならなかった。 なお、昨年分の路線価は、公表はコロナ禍の7月1日だったが、コロナ禍前である2020年1月1日を評価時点としていたため、その影響は反映されていなかった。そのため今般公表された令和3年分の路線価(2021年1月1日評価時点)がコロナ禍による全国的な影響を反映した最初の路線価となる。 〇昨年までのインバウンド需要が低迷 令和3年分の路線価では、これまで上昇を牽引してきたインバウンド(訪日外国客)需要がコロナ禍により大きく減退したため、インバウンド需要に支えられていた観光地等を中心に大きな下げ幅を記録している。既報の通り、補正率が今年4月に公表された大阪府の心斎橋2丁目は、インバウンド需要の急激な落ち込みを要因に前年から26.4%の下落となっているほか、東京都台東区浅草1丁目でも11.9%の下落と下げ幅が大きい。 一部、コロナ禍に伴う移住の需要や再開発の影響によって上昇が見られる地域もあったが、全国的な下落傾向をおさえるほどではなく、全国平均路線価は対前年比0.5%の下落となった。 なお、今年も地点別の路線価の最高額となったのは、東京都中央区銀座5丁目の「鳩居堂」前だったが、1平方メートル当たり4,272万円となり、対前年比7.0%の下落。36年連続の全国価格トップではあるが、9年振りの下落を記録している。 〇昨年と同様に地価変動補正率公表の可能性も 上述のとおり令和3年分の路線価については2021年1月1日を評価時点としているため、以降のコロナ禍に伴う緊急事態宣言による影響等は当然ながら反映されていない。 そのため、昨年と同様に広範な地域で大幅な地価下落があった場合などには、路線価と地価に大きな乖離が生じ、適正な課税を阻害することになりかねない。 昨年はこの点につき、国税庁は、コロナ禍を受けた地価下落により路線価の補正が必要な地域及び地価変動補正率を年の中途で公表し、申告期限の延長等といった対応を行ったが、今年も同様の対応を検討しているとの報道もある。 昨年と同様、観光地や繁華街などコロナ禍の影響が大きいとみられる地域については、現状の路線価では適正な相続税、贈与税の算出が難しい場合もあるため、今後の国税庁からのアナウンス含め関係する最新情報に注視したい。 ちなみに、各国税局がそれぞれ令和3年分の国税局管内各税務署の最高路線価を以下のとおり公表している。 〈各局が公表した最高路線価(別表)のページ〉 (了)
《速報解説》 税務調査等で提出を求められた資料がe-Taxで提出可能に ~納税者の利便性向上等に向け、令和4年1月からを予定~ Profession Journal編集部 6月25日付でe-Taxホームページのお知らせが更新され、令和4年1月より税務調査等で提出を求められた資料が、e-Taxによるオンライン提出を可能とすることが公表された。 これまで税務調査等で調査担当者等から資料の提出を求められた際は、郵送もしくは税務署等へ行き、対面での提出をするほかなかったが、令和4年1月からはe-Taxによるオンライン提出が認められることとなった(ただし、e-Taxでの送信の際には電子証明書が必要)。 これにより、資料の印刷、郵送の準備、税務署等への訪問といった手間が解消され、納税者の利便性が向上するとともに税務調査等の効率化も期待されるとしている。 なお、e-Taxを通じてオンライン上で提出できるデータ形式はPDF形式のみで、1送信当たり最大136ファイル、合計で最大8MBの上限を予定。また追加送信も可能となる見込みだ。利用するためには、事前にe-Taxの利用者識別番号の取得が必要だが、税理士等を通じた代理送信も可能とされている。 現状では税務調査等以外の時の利用は想定されておらず、税務調査等の際に提出を求められた資料のみが対象となる。 ちなみに、これによって既存の郵送や対面での提出をなくすものではなく、また、税務調査等の状況や提出する資料の内容によっては、オンライン上での提出が認められず、郵送や対面による提出が必要な場合もあるようだ。 なお、より詳細な内容については令和3年12月頃にe-Taxホームページにてお知らせを予定しているとのこと。今後の情報に注視したい。 (了)
2021年7月1日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.426を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
monthly TAX views -No.102- 「米国の富裕層増税、所得税か富裕税か」 東京財団政策研究所研究主幹 森信 茂樹 米国では、非営利団体のプロパブリカが、IRS(内国歳入庁)から納税記録を非公式に入手し、次のようなタイトルで、アマゾン・ドット・コム創業者のジェフ・ベゾス氏ら富裕層が、莫大な資産に比べて所得税をほとんど払っていないことを公表した。 “The Secret IRS Files: Trove of Never-Before-Seen Records Reveal How the Wealthiest Avoid Income Tax” 米国(そして多くの先進諸国)では、資産保有に直接課税する富裕税は導入されておらず、彼らが保有する資産に対して税を払っていないことは、税制上なんら問題はない。 しかしこの事実は、米国民の公平感を逆なでし、民主党左派から、バイデン大統領の提案している富裕層の所得税(キャピタルゲイン)増税案では不十分だ、富裕税を導入すべきだという議論が生じている。 この議論は、今後のわが国税制を考えていく上で示唆に富むため、以下で紹介したい。 * * * バイデン大統領は4月に、10年間で1.8兆ドル(約200兆円)の歳出規模の「米国家族計画」を公表、その財源は、所得税最高税率の引上げ(37%から39.6%へ)や、世帯所得100万ドル(約1億1,000万円)超に対するキャピタルゲイン増税(20%から39.6%へ)などによる増収であり、10年間で1.5兆ドル(約170兆円)を充てるとしている。 この件について6月にはイエレン財務長官の公聴会が行われ、この中で民主党左派で予備選挙(プライマリー)に立候補し富裕税を主張したウォーレン上院議員は、富裕層の所得税を強化しても格差是正には効果がないことや、純資産が5,000万ドルを超える個人には2%、10億ドルを超える場合は3%の課税を適用する累進富裕税導入の必要性をあらためて主張した。 なぜキャピタルゲイン・資産所得への増税では格差是正効果がないのか。ウォーレン議員のブレーンであるエマニュエル・サエズ氏とガブリエル・ズックマン氏(いずれもUCバークレー教授)の著書である『つくられた格差』(山田美明訳,光文社,2020)から要旨を筆者なりに要約すると、以下のとおりだ。 一般的に考えてみよう。毎年3%の収益を生み出す資産があるとして、そこに40%の所得税をかけても、彼らの富は毎年1.8%増え続ける(3%×(1-0.4))ことになる。キャピタルゲイン課税強化では、資産格差の是正にはつながらないといえよう。 * * * 富裕税のデメリットとして、資本の国外逃避、資産評価の困難性、納税のキャッシュフローがないことの3つが挙げられるが、これに対して彼らは以下のように答える。 このような議論の背景にあるのは、資産保有額上位0.1%の世帯が、全世帯の保有株式の17%を保有し、上位1%の富裕層が全米総資産の4割を保有するという米国の巨大な資産格差と、権力と結びつき世論形成に大きな影響を与える富裕層の存在だ。 わが国にはそこまでの資産格差はないが、株式報酬やストックオプションの拡大など米国型グリーディー資本主義は拡大しつつある。まずは、所得税の累進機能を低下させている金融所得への分離課税の見直しから議論を始めていく必要がありそうだ。 (了)