〔中小企業のM&Aの成否を決める〕 対象企業の見方・見られ方 【第15回】 「「中小M&A推進計画」を対象企業の見方・見られ方に活かす(前編)」 公認会計士・税理士 荻窪 輝明 《今回の対象者別ポイント》 買い手企業 ⇒「中小M&A推進計画」を売り手・支援機関に対する見方に活かす。 売り手企業 ⇒「中小M&A推進計画」を買い手・支援機関に対する見方に活かす。 支援機関(第三者) ⇒「中小M&A推進計画」を支援機関の体制づくりや今後の支援と助言に活かす。 その他の対象者 ⇒「中小M&A推進計画」を対象企業の見方・見られ方のヒントにする。 1 中小M&Aの現状と今後の方向性が見える「中小M&A推進計画」 2021年4月28日に中小企業庁が取りまとめた「中小M&A推進計画」は、経営者の高齢化や新型コロナウイルス感染症の影響といった現状の中小企業が抱える諸課題に対応し、将来に向けて中小M&Aを推進するため今後5年間に実施すべき官民の取組を示すものです。 すでにM&Aを検討した経験のある買い手・売り手・支援機関にとっては、今後の進め方の参考になる点が多く、制度対応の方向性が示されたことで制度活用の選択肢と対応の幅が広がり、円滑な中小M&Aの推進につながる効果が期待されます。これまで中小M&Aの検討経験がない会社や機関にとっても、中小企業を取り巻く様々な環境や中小企業が抱える諸課題を知り、M&Aを今後の経営の選択肢の1つとして考えるきっかけにできそうです。 そこで、今回は「中小M&A推進計画」を題材にしながら対象企業の見方・見られ方のポイントを解説します。 2 中小M&A推進の意義と対象企業の見方・見られ方 「中小M&A推進計画」は、経営資源の散逸の回避、事業の再構築を含めた生産性の向上などを図るため、中小企業が培ってきた貴重な経営資源を将来につないでいくのを策定の目的としています。本計画は中小企業の淘汰を目的とするものではなく、また、M&Aは事業承継を含め経営戦略実現のための手段の1つにすぎず、中小企業にM&Aを強制しようとするものでもありません。あくまでも譲渡側・譲受側の双方が希望する場合に円滑なM&Aを後押ししようとする趣旨で策定されている点で、決してM&Aありきの取組を示す計画ではありません。 本計画では「経営資源の散逸の回避」、「生産性向上等の実現」、「リスクやコストを抑えた創業」の3つの観点から、中小企業が抱える課題を解決するための手段として中小M&Aを推進する意義を説明しています。 〈図表〉中小M&Aを推進する意義(概観) ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (出典) 中小企業庁「中小企業の経営資源集約化等に関する検討会取りまとめ(案)~中小M&A推進計画~(2021年4月28日)」3ページ (1) 経営資源の散逸の回避 経営者の高齢化や新型コロナウイルス感染症の影響等による廃業に伴い、経営資源が散逸する事態を中小M&Aによって回避するもので、例えば経営資源のうち従業員については、M&Aの実施後に多くのケースで売り手(譲渡側)の従業員の雇用は維持されているとの調査結果も示されています。 〈図表〉M&A実施後における譲渡側の従業員の雇用継続の状況 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (出典) 中小企業庁「中小企業の経営資源集約化等に関する検討会取りまとめ(案)~中小M&A推進計画~(2021年4月28日)」4ページ 中小M&Aの各プレイヤーの立場になって考えると、通常、売り手は経営資源の散逸を回避し、経営資源の維持に可能な限り理解を示す買い手を期待します。買い手は売り手の経営資源の散逸回避もありますが、それよりはM&Aによる経営拡大や経営効率化といったM&A後の展開を期待する意向の方が強いと思われます。M&A支援機関は、プレイヤーごとに視点や思惑が多少異なりますが、M&Aマーケットの安定と成長を通じて、廃業や雇用の喪失などによる地域経済の衰退を防ぎ、地元企業と地域経済を支える役割を担います。 (2) 生産性向上等の実現 規模拡大等による生産性向上、ウィズコロナ・ポストコロナ社会における新たな日常に対応するための事業再構築や新しい取組を中小M&Aによって実現するもので、M&Aを実施した中小企業は、そうでない企業に比べて労働生産性が高く、業績が増加傾向にある企業の割合が多いとの調査結果も示されています。 〈図表〉M&A実施企業と非実施企業の労働生産性、業績の比較 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (出典) 中小企業庁「中小企業の経営資源集約化等に関する検討会取りまとめ(案)~中小M&A推進計画~(2021年4月28日)」4ページ 本計画によれば、M&Aによって買い手・売り手ともに、相手の保有する経営資源の活用によって、 などを早期に実現する効果が期待されるほか、デジタルトランスフォーメーション(DX)を含め、従来の経営スタイルからの発展や、従業員の意識改革等の効果も期待されると示されています。 特に、新型コロナウイルス感染症の影響によって、ウィズコロナ・ポストコロナ社会における「新たな日常」に対応するために、新たな販路開拓と取引先拡大や、新商品・新サービスの開発の取組を行いたい企業にとっては、新たな経営資源の取得による規模拡大等による成長が期待できます。 自社の経営資源のみでは新たな事業展開が難しいとき、相手側が保有する事業が自社にない業務領域をカバーするとき、統合によって互いに相乗効果を期待できるときなどの場合に、売り手・買い手双方にとってM&Aが効果的な選択肢の1つになりえます。 (3) リスクやコストを抑えた創業 創業希望者が他者の経営資源を引き継いで行う、リスクやコストを抑えた創業(「経営資源引継ぎ型創業」)を促すことで、後継者不在の中小企業にとっては経営資源の引継ぎを期待でき、創業希望者にとっても創業時のリスクやコストを抑える上で有用なケースも少なくないと考えられます。 〈図表〉起業準備者にとっての経営資源引継ぎ型創業 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (出典) 中小企業庁「中小企業の経営資源集約化等に関する検討会取りまとめ(案)~中小M&A推進計画~(2021年4月28日)」5ページ 起業準備者は通常のM&Aで想定する買い手像とは異なり、個人事業主である場合や経営経験者でない場合もありますが、売り手の経営資源を有効活用して引き継ぐ存在である点は通常の買い手と同様です。売り手としては、事業のノウハウ、ブランド、顧客・販売先、役員・従業員、設備、不動産などの経営資源のうち、何に対してどのような活用を考えているかを確認しておくことが、統合後のミスマッチの解消につながります。 * * * 次回も「中小M&A推進計画」をテーマに、本計画が掲げる対応の方向性を踏まえて、対象企業の見方・見られ方について解説します。 (了)
空き家をめぐる法律問題 【事例35】 「近時の民法改正が空き家問題に及ぼす影響」 弁護士 羽柴 研吾 事例① 行政から空き家の改善指導書が届きました。当該空き家は、遺産分割協議が行われないまま祖父名義のままとなっており、祖父の相続人の数は、数次相続も発生して10名を超えています。祖父の遺産のうち、空き家の遺産分割のみをしようと思いますが、支障はありますか。 事例② 伯母が死亡し、父の代襲相続人である私のところに、相続放棄をするか明らかにするよう連絡がありました。他の相続人と同様に、私も相続放棄をする予定ですが、相続放棄をした後に、叔母の遺産である空き家の管理責任を負う可能性はありますか。 事例③ 隣地の木の枝が境界線を越えて伸びてきたため、隣地の所有者に枝を切り取るように求めていましたが、枝を切除することなく、息子さん宅へ引っ越していきました。空き家となった隣家は老朽化しており、壁面が崩れそうになっておりますが、適正に管理をしてもらう方法はありますか。 1 令和3年4月の民法改正 令和3年4月21日に、所有者不明土地の解消に向けた民事基本法制の見直しに関する民法・不動産登記法等一部改正法及び相続土地国庫帰属法が成立し、同月28日に公布された(原則同日から2年以内に施行予定)。 本改正は、所有者不明土地問題に関する法改正であるが、空き家問題にも影響を与えるものであることから、空き家問題に関連する部分を解説することにしたい。なお、便宜上、施行後の民法については、改正民法と表記する。 2 事例①:長期間経過後の遺産分割の合理化 現行民法や不動産登記法の下では、遺産分割に期限はなく、相続登記も義務ではない。そのため、遺産に不動産がある場合でも、遺産分割協議が行われず、遺産が共有された状態のまま、相続人数が増えているようなことが少なからずある。 今般の不動産登記法の改正によって、不動産を取得した相続人には、その取得を知った日から3年以内に相続登記の申請が義務付けられたほか、住所変更等がある場合に2年以内に変更の登記をすることも義務付けられたため、空き家が遺産分割未了のまま長期間放置される事態は解消されていくものと考えられる。一方で、既に遺産分割が長期間行われていない事案については、速やかに遺産分割を行い、遺産の共有状態を解消する合理的な仕組みが必要である。 遺産分割は、遺産全体を把握した上で、特別受益(民法第903条)や寄与分(民法第904条の2)による修正を行い、具体的相続分を算出して行われるところ、現行民法では、特別受益や寄与分を主張できる期間に制限はない。そのため、相続開始から長期間経過し、特別受益や寄与分の立証が難しくなっているにもかかわらず、特別受益や寄与分の主張が不必要に行われ、遺産の共有状態の解消までさらに長期化することもあった。 また、これまで家庭裁判所は、遺産の一部を分割しても他の相続人の具体的相続分の利益を害するおそれがないような場合でなければ、一部分割をすることに消極的であったように思われる。空き家の遺産分割を早期に行う希望がある一方で、相続人間で特別受益や寄与分の主張が行われるような場合には家庭裁判所が一部分割の審判を行うことに支障が生じることもあった。 このように、現行民法上、遺産分割が長期間行われていない事案において遺産の共有状態を解消する制度は、必ずしも十分ではなかった。そこで、改正民法では、相続開始から10年を経過した時点で、相続人は特別受益や寄与分の主張をできないものとし、法定相続分に沿って遺産分割が行われるものとされた(改正民法第898条第2項、同第904条の3)。これによって、遺産分割が容易になるとともに、家庭裁判所も空き家のような特定の遺産のみの一部遺産分割を行うことに支障がなくなった。 なお、相続開始から10年経過後に遺産分割協議を行おうとした場合で、相続人の一部が行方不明になっているときに、①当該行方不明の相続人の共有持分を、特定の相続人に取得させる裁判の仕組み(改正民法第262条の2)や、②当該行方不明の相続人を除く相続人が共有持分を第三者に譲渡することに同意している場合に、当該行方不明の相続人の共有持分を譲渡できる権限を付与する裁判の仕組み(改正民法第262条の3)が創設されている。 上記①の場合、特定の相続人に取得された行方不明者の共有持分は遺産分割の対象から外れることになるため、残りの相続人で遺産分割協議を行うことになる(※)。 (※) 法務省「法制審議会・民法不動産登記法部会第17回会議(資料42)」 3 事例②:相続放棄後の管理義務 相続放棄をした相続人は相続放棄をすることによって、はじめから相続人とならなかったものとみなされる(民法第939条)。問題は、相続放棄によって、遺産の管理義務も消滅するかである。現行民法では、相続人が相続放棄をした場合、そのことのみでは遺産の管理義務を免れることはできず、次順位の相続人が管理を始めるまで管理をする義務を負うものとされていた(民法第940条)。 しかしながら、次順位の相続人が存在しない場合に相続放棄をした相続人が管理義務を負うかどうかや、自ら遺産を占有していない場合にどのような管理義務を負うか必ずしも明らかではなかった(※)。そのため、遠方に居住している等の事情によって物理的・時間的に遺産の管理に支障があるような場合でも、相続放棄をしたにもかかわらず、遺産の管理不全によって生じた損害の賠償義務等を負わなければならない可能性があった。 (※) 法務省「法制審議会・民法不動産登記法部会第13回会議(資料29)」 そこで、改正民法では、相続放棄をした相続人が、相続放棄をした時点で、当該遺産を現に占有していることを要件として管理義務を負うものとされた(改正民法第940条)。これによって、遠方に居住しているような相続人は、相続放棄をすることによって管理責任を免れることが可能になった。 4 事例③:相隣関係と管理不全建物管理制度 (1) 相隣関係の改正 現行民法の相隣関係の規定では、隣地の竹木の枝が境界線を越えるときは、その竹木の所有者に、その枝の切除を請求できたが(民法第233条)、①竹木の所有者が応じないような場合、②行方不明の場合、③緊急を要する場合にまで、切除を請求できるのか必ずしも明らかではなかった。 そこで、改正民法では、上記①ないし③の場合には、竹木の枝を自ら切除できることが明らかにされた(改正民法第233条第3項)。これによって、切除の請求をしていたにもかかわらず、切除してもらえないような事案では、枝を自ら切除することが可能となる。 (2) 管理不全建物管理人制度の創設 所有者によって空き家が適切に管理されず、隣地に危険が生じるおそれがあるような場合、隣地の所有者は、当該建物の所有者に対して、所有権に基づく物権的請求権を行使することによって、その妨害を予防し、あるいは排除することができる。 しかしながら、物権的請求権を行使しても、それ以降も建物が適正に管理される保証はないため、これを実現する仕組みが必要だった。そこで、改正民法では、管理不全の建物によって権利侵害が生じるおそれがある場合に、建物を適正に管理させる管理不全建物管理人制度を創設した(改正民法第264条の14)。 管理不全建物管理人は、保存行為や管理行為の権限を有しているため、これによって建物を適正に管理することが期待される。管理不全建物管理人の権限には、処分行為の権限も含まれているため、建物の取壊しも可能と解される(改正民法第264条の14第4項、同第264条の10第2項)。もっとも、建物の取壊しは権利侵害の程度が大きいため、建物所有者が同意しているケースや、取壊費用に比べて修繕費用が高額となるケースのような限定された場面になることが予想されている(※1、2)。 (※1) 法務省「法制審議会・民法不動産登記法部会第20回会議(資料50)」 (※2) 管理不全建物管理人制度とは別に、所有者不明建物管理人制度(改正民法第264条の8)も創設された。 (了)
対面が難しい時代の相続実務 【第2回】 「オンライン会議等で筆者が実際に使用している機器の紹介」 クレド法律事務所 弁護士 栗田 祐太郎 今回は、筆者がオンラインでの打合せや示談交渉を行う際、実際にどのような機器を使用しているのかにつきご紹介したい。 1 筆者が使用している機器 筆者はもともと、様々なガジェット(電子機器)を購入して試してみたり、日常的な業務に新しい機器を活かせないかとあれこれ想像をふくらませることがとても好きである。 しかし、ITに関して深い専門知識を有しているわけではないし、オンライン会議に使えるソフトや機器類についても、網羅的に情報収集をしているわけではない。あくまでも、ごく一般的な知識とスキルしか持ち合わせていない。 そのような状況の中で、現在のところは、オンライン会議用として次の2つを使用している。 筆者がオンラインでの打合せや交渉を行う場合、参加人数は筆者を含めて3~5人程度で収まるケースが大半である。 オンライン会議は、ほとんどの場合「Zoom」のアプリ又はインターネットサービスを利用して行われるため、Zoomを利用できる機器ということが絶対条件となってくる。 筆者の個人的な感想を述べれば、上記の程度の小規模で日常的な打合せや交渉については、ごく普通のスマホやノートPCといった最低限の機器があれば十分である。高額で専門的な機器類は、特に必要はない。 以下では、スマホとPCとに分けて、具体的な説明を加えたい。 2 スマホの利用について iPhoneは筆者が日常的に使用している携帯電話であるが、これをオンライン会議にも使用している。使用の際には、製品にもともと付属している純正のマイク付きイヤホンを使用している。 スマホを用いる大きなメリットは、「場所の制約」から解放されるという点であろう。 携帯電話回線(4Gや5Gなど)を使用することで、スマホさえ持っていれば、事務所の内外を問わず、どこでもオンライン会議に参加することが可能となる。 その意味で、リモートワークとの親和性も非常に高い。 筆者がオンライン会議にスマホを使用してきた中で、留意しておいたほうがよいと感じた点は、以下のとおりである。 〈スマホ利用上の留意点〉 iPhone以外のスマホやiPadを使用する場合でも、状況はほぼ変わらないと思われる。各種タブレットも発売されているが、Zoomのアプリがある、あるいはインターネット上でZoomの接続ができる機器であれば、十分に使用できると思う。 3 PCの利用について 筆者が使用しているノートPCは、コロナの感染拡大が問題となる直前の時期に購入したものであるが、これから新たにPCを購入する場合は、オンライン会議に必要な機器(対面カメラ等)がはじめからセットされているものが大半と思われる。 筆者が古いPCで試してみた結果からすると、コロナが問題となる2、3年ほど前に購入したものであれば、スペック的にはまず大丈夫であろう。 なお、デスクトップPCでも基本的に変わるところはないが、この場合は執務している机で会議に参加することになる。そのため、隣席での会話や電話の声が気になって集中力が削がれるため、筆者はオンライン会議には使用していない。 〈PC利用上の留意点〉 4 スマホとPCの使い分けについて 筆者の場合は、打合せや示談交渉で使用するレジュメや資料類は、原則として相手先に対して事前に送っておくことが多い。 そのため、オンラインでの会議中に、手持ちのレジュメを画面共有で映して見てもらったり、音声・動画を再生して全員で一緒に視聴するといったことはまずない。各自が手元にある資料を参照しながら、オンライン上で意見交換するという場面がほとんどである。 このようなシンプルな会議形態であるため、筆者の場合はスマホを使用するケースがほとんどである。筆者のスマホは画面サイズが大きめのものであるが、わざわざPCを持ち出さなくとも、これ1つで十分であると感じている。 他方で、民事訴訟の裁判期日がオンライン会議で実施される場合には、ノートPCを使用して参加している。裁判所が指定するプラットフォームが「Microsoft」の「Teams」であることや、会議中に各種の操作を行う際には、キーボードがあったほうが便利と感じるからである。 5 アクセサリーの使用は必要か? 基本的には、上記で述べた機器がすべてであり、それだけで日常的なオンライン会議のほとんどを問題なくこなすことができる。 したがって、特別なアクセサリー機器は特に必要ではないと考えるが、手元にあったほうが便利なグッズを含め、普段話題に出ることが多いいくつかにつき、ここで説明しておきたい。 (1) スマホスタンド 筆者の場合、機器の準備になるべく手間をかけずに済まそうと、机にスマホを直接置いて通話したり、厚めの本を何冊か組み合わせ、そこにスマホをセットして固定する等してオンライン会議に参加したことも多かった(今でもそうすることがある)。 しかし、机にスマホを直接置く形だと、画面後ろに部屋の天井が写る形となって不格好であり、いかにも“急ごしらえ感”が出てしまって雑な印象を感じさせる。 また、数冊の本を組み合わせて固定台とする方法では、ちょうどよい角度を付けることが意外と難しかったり、会議のたびに厚い本を持ってきて、置き方を考えて、そして片付けるというのが毎回煩わしい。 以上のような問題に関しては、「スマホスタンド」を使用することで簡単に解決できる。今は1,000円台から様々なデザインのスマホスタンドが販売されているため、気に入ったサイズ・色のものを選び、1つ持っておくと便利である(安めのもので十分である)。 スマホスタンドがあれば、カメラに映る角度も自由に調節することができ、また会議の途中でスマホがずれてくることもないため、使用上の安定感が増す。 (2) 補助ライト 現在販売されている機器は総じて優秀なことが多いため、スマホでもPCでも、「補助ライト」を準備しなければ不都合が生じる場合はほとんどない。 ただ、室内の照明(天井の蛍光灯など)の位置関係によっては、画面内に照明の一部がどうしても写り込んでしまうことがある。このような場合、他の参加者にとっては眩しかったり煩わしかったりして、不快に感じることもある。 そこで、このようなときは室内の照明を消し、窓からの自然光や隣の部屋の照明だけにすると、ちょうどよくなる場合も多い。今のスマホやPCのカメラは高性能であるので、人間の目には暗く感じても、画面上の映り方は意外なほどちょうどよいということも多い。 もしそれでも改善されず、画面に映る姿が暗すぎるようであれば、「補助ライト」を使用することを検討する。補助照明としてLEDライトをスマホやPCの後ろに設置し自分の前から照らすと、自分の顔色も明るくなるし、見ている者にとっても画面が見やすくなる。 同様の問題として、特にPCの場合に多いと感じるが、カメラに映る顔がなぜか“赤ら顔”になったり、意図しない色調になってしまうことがある。これらも、「補助ライト」を使用したり、室内の照明を調整したりすることで改善できる場合がある。 「補助ライト」については、Amazon等で「LEDリングライト」というキーワードで検索すると、安価な個人用のものが多数販売されている。インターネットでのレビューや口コミ情報等を参考にして、適度なサイズ・明るさのものを選べばよい。 製品のサイズや明るさを実際に確認してから購入したいときは、大きな家電量販店では専用コーナーを設けてサンプル品を展示していることもあるので、店員に相談しながら売り場にて確認したうえで購入するのが確実である。 (3) 外付けマイク 前述のように筆者はiPhoneを使用しているが、購入時に付属しているマイク付きイヤホンの性能は非常に優秀であり、ごく普通にイヤホンを装着しそのまま使用するだけで、マイクがこちらの声をクリアに拾ってくれる。 もともとオンライン会議では、音楽演奏をライブ配信するといったものとは異なり、音質の良し悪しはほとんど問題とならない。 したがって、マイク付きイヤホンを使用することで十分足りるため、それ以外の外付けマイク等は使用していない。 他方で、デスクトップPCではもともとマイクが同梱されていないことが通常であるし、ノートPCでマイクを内蔵しているものであっても、マイクの感度を上げたにもかかわらず音声が小さくしか聞こえなかったり、音が割れてしまうということも起こりうる。 また、音声をイヤホンで聞こうとして接続端子につなぐと、今度は内蔵マイクが自動的に切断されてしまい、こちらの音声が相手に聞こえなくなるといったことが起こるときもある。そのため、特にPCを使用する場合には、音声まわりについては事前テストが必須である。 これらの問題を解消するためには、「ヘッドセット」(マイク付きヘッドフォン)を使用するのがもっとも簡便だと思われる。これもまた、多数の価格帯のものが市販されているが、オンライン会議を普通にこなせれば十分ということであれば、2,000~3,000円前後のもので十分足りる。 (4) 背景画像 筆者の場合、オンライン会議を行う場合は事務所内の会議室を使用している。 このとき、自分の後ろには会議室のイスや机が映りこむだけであるので、そのままで特に問題はない。 他方で、自宅から会議に参加する場合には、そのままだと自分の後ろにある家具や家財道具等の生活用品が映り込んでしまう。雑然としている室内が自分の背景に映り込むとどうしても緊張感が欠けるし、なにより“みっともない”。 そこで、Zoomで会議を行う場合には、付属機能の1つである「バーチャル背景」を使用している。これは、特定の画像(たとえば会議室や風景の画像など)を選択し、それが自分の背景画像になるという機能である。 これを利用することで、画面に写っている自分の姿だけをAIがリアルタイムで切り取ってくれて、背後に写り込んだ部屋の様子を隠すことができる。 前述したような自分の後ろの棚の案件ファイルが映りこんでしまう場合や、会議中に机の後ろを事務所スタッフが通過するような場合にも利用できる。 使用する背景画像は自由に選択できるが、ビジネスの場で使用することを考えると、綺麗に整理された会議室の写真などを使用しておくのが無難と思われる。 なお、「バーチャル背景」がまれにうまく機能せず、隠れて欲しい物が隠れなかったり、反対に自分の姿まで隠れてしまう場合がある。このような場合には、グリーン色の布(いわゆるグリーンバッグ)を準備し、それを後ろに写り込んでしまう棚などに貼り付けると上手くいくようである。 (了)
〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第45話】 「株式交付制度と税制改正」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 昼休みに中尾統括官は、机に新聞を広げて、じっと読んでいる。 「会社法の改正か・・・」 中尾統括官は、一人でつぶやく。 「何の記事を読んでいるのですか?」 昼食を終えた浅田調査官が声をかける。 「『資金なくてもM&A推進』・・・?」 浅田調査官は、新聞記事をのぞき込む。 「株式交付制度だよ。」 中尾統括官は、浅田調査官の顔を見る。 「株式・・・交付制度?」 今度は、浅田調査官が中尾統括官の顔を見る。 「株式交付制度は、令和元年に会社法が改正され、今年の3月1日から施行となった・・・そして、それに係る税制改正も今年度行われた・・・」 中尾統括官は、新聞記事を見ながら説明する。 「会社法の改正が行われると、その後、税制改正が行われる・・・資産等の移動が伴う場合、キャピタルゲインの課税が発生するから、それを税法で手当てしなければ会社法はワークしない・・・この株式交付制度も、会社法だけではどうしようもない。」 中尾統括官の説明に、浅田調査官はうなずく。 「ところで・・・株式交付制度って何ですか?」 浅田調査官は、照れ笑いをして尋ねる。 「・・・株式交付制度を知らないのか?」 中尾統括官は、呆れた顔をする。 「・・・株式交付制度は、買収に乗り出す会社が対象会社の株主から株式を譲り受け、その代わりに自社株を渡すというものだ・・・」 そう言うと、中尾統括官は机の引出しから罫紙を取り出し、図を描く。 「なるほど・・・でも・・・株式交換でも同じことができるのではないですか?」 浅田調査官が尋ねる。 「うん、なかなか良い質問だ。」 中尾統括官は、満足そうにうなずく。 「株式交換は、主として、持株会社の設立に用いることを想定した制度で、これを使う場合、買収会社は、被買収会社の発行済株式の100%を取得することになっている・・・そうすると、買収会社が被買収会社を完全子会社化することを予定していない場合、株式交換は使えない・・・」 中尾統括官の説明は、明解である。 「それでは・・・買収会社は、被買収会社の株式を現物出資財産として自社株式の募集をすればよいのでは・・・いわゆる現物出資の手法ですけど・・・」 浅田調査官は、中尾統括官の顔を見ながら言う。 「・・・現物出資は、原則として検査役による調査が必要となる点などが障害となって、実務上、なかなか実行できない・・・そこで、実務界の強い要請を受けて、株式交付制度が導入されたわけだ・・・」 中尾統括官の説明に、浅田調査官は納得した表情でうなずく。 「ところで、株式交付について、税法でどのような改正が行われたのですか?」 浅田調査官が再び尋ねる。 「租税特別措置法で、所得税と法人税について、それぞれ改正されている。」 そう言うと、中尾統括官は「所得税法等の一部を改正する法律案新旧対照表」を取り出して、「租税特別措置法37の13の3」(所得税)と「租税特別措置法66の2の2」(法人税)の条文を見せる。 「例えば、この措置法66の2の2は、次のように書かれている。」 中尾統括官は、括弧書きを飛ばして、条文を読み上げる。 「これを算式にすると、次のようになる。」 中尾統括官は、罫紙に算式を書く。 「この算式から分かるように、現金等の支給がなければ、『株式交付子会社の簿価-株式交付子会社の簿価』となって、キャピタルゲインは発生しないことになる。」 中尾統括官は、措置法66の2の2の条文をもう一度見て、さらに説明を加える。 「・・・そして、括弧書きで・・・交付を受けた金銭等(株式交付親会社の株式を除く)が交付価額の合計額の20%以下であれば、株式交付子会社の株式につき、交付を受けた金銭等に対応する譲渡損益は課税されるが、株式交付親会社の株式に対応する譲渡損益は、課税を繰り延べることができる・・・となっている。」 浅田調査官は、中尾統括官の説明に大きくうなずく。 (つづく)
《速報解説》 国税庁、「在宅勤務(源泉関係)FAQ」に業務命令によるPCR検査費用や在宅スペースの消毒費用の取扱いなど新設4問を追加 Profession Journal編集部 長期化するコロナ禍を背景に、大企業を中心とした在宅勤務(テレワーク)の浸透に伴い、企業が従業員に対して行う在宅勤務に係る費用負担等の課税関係を明確化するため、国税庁が、2021年1月15日にその取扱いを示すFAQを公表したことは、既報のとおりである。 上記公表後の4月30日には、在宅勤務者に対する食券の支給に関する取扱いを示す2問がFAQに追加されたが、更なる長期化に伴い在宅勤務時における環境整備や感染予防対策の費用負担等について、給与課税の有無を明確にすべきケースが表出していることから、このたび5月31日付けで新たに4問がFAQに追加された。 追加された4問のうちの1つである〔問11〕では、在宅勤務を行う従業員やその家族が感染したケースを想定してか、従業員が負担した在宅勤務を行う自宅スペースの消毒に係る外部業者への委託費用や業務命令で受けたPCR検査の費用等を、企業が従業員に支給した場合については、業務のために通常必要な費用とし、従業員に対する給与として課税する必要はないとしている(ただし、従業員が自己の判断により支出した消毒費用やPCR検査費用など業務のために通常必要な費用以外の費用等については、従業員に対する給与として課税が必要)。 また、上記以外の下記3問についても新たに取扱いを明らかにしている。 ちなみに、上記FAQの更新に合わせて、「国税における新型コロナウイルス感染症拡大防止への対応と申告や納税などの当面の税務上の取扱いに関するFAQ」では、同趣旨である下記「問9-5」が追加されている。 (了)
《速報解説》 経済産業省より「人材確保等促進税制」のQ&A集が公表される ~改正前制度Q&A集を踏襲しつつ「新規雇用者」に係る新問も~ 公認会計士・税理士 鯨岡 健太郎 1 はじめに 令和3年5月31日、経済産業省のホームページにおいて『「人材確保等促進税制」よくある御質問 Q&A集』が公表された。 人材確保等促進税制は、令和3年度の税制改正により従来の「賃上げ・生産性向上のための税制」の適用要件等を全面的に見直した上でほぼ新たな税制として創設されたものであり、令和3年4月1日から令和5年3月31日までの間に開始される各事業年度において適用されるものである。概要は下記拙稿を参照されたい。 適用要件や控除限度額の計算等、内容は「賃上げ税制」とは全く異なるものとなっているが、教育訓練費の取扱い等は「賃上げ税制」のそれと変わらないものがあることなどから、今回公表されたQ&A集(以下「新Q&A」)は、従来公表されていた『平成30年度創設 賃上げ・生産性向上のための税制 よくあるご質問Q&A集(大企業向け)』(以下「旧Q&A」)の内容を踏襲しつつ、新たに導入された取扱いについての解説を加えたものとなっている。 そこで本稿では、新Q&Aの内容について概観していくこととする。 なお文中、意見にわたる部分は筆者の私見であることをあらかじめ申し添える。 2 Q&A集の構成 新Q&Aは全部で61個の設問から構成されており、その構成は以下の通りである。 【新設】 新Q&Aにおいて新設された設問は以下の通りである。 【従来の設問を踏襲】 また、新Q&Aの設問のうち、旧Q&Aの設問を踏襲しているものは以下の通りである。表中の「ほぼ」という表現は、内容の骨子に変更はないものの、細かい記述の修正が含まれているものである。 (Ⅰ.税制適用の前提) (Ⅱ.用語の定義) (Ⅲ.税額控除の通常要件) (Ⅳ.税額控除の上乗せ要件) 3 新設された項目のポイント 新設された項目のポイント(及びリンク先)をまとめると、以下のようになる。 (了)
《速報解説》 会社法第140条に基づく自社株買取り時に生じた「みなし配当」に係る源泉所得税の納期限について 東京局より文書回答事例が公表される Profession Journal編集部 東京国税局は令和3年4月28日付(ホームページ掲載は5月27日)に文書回答事例「譲渡制限株式(自己株式)の取得対価を会社法第141条の規定に基づき供託した場合のみなし配当に係る源泉所得税の納期限について」を公表した。 本事例は、株式会社(照会者)が自社の発行する譲渡制限株式を取得した内国法人(以下、「請求者」)に対し、その取得に係る承認請求を承認せず、会社法第140条《株式会社又は指定買受人による買取り》に基づき買い取ることとした場合に発生したみなし配当に係る源泉所得税の納期限について照会したもの。 同法による買取りを行う際、株式会社は請求者に対し、①対象となる株式を買い取る旨及び②対象となる株式の数を通知することとされ、この通知をしようとするとき、株式会社は、1株当たりの純資産額として法務省令で定める方法により算定される金額にその譲渡制限株式の数を乗じて得た金額を供託所に供託し、かつ、請求者に対しその供託を証する書面を交付することとされている(会社法141①②)。対象株式の売買価格は原則として、株式会社と請求者との協議によって決定する(会社法144①)が、裁判所に対して売買価格決定の申立てをすることができる(本事例では後者)(会社法144②)。 なお、決定された売買価格が株式会社の資本金等の額のうちその譲渡制限株式に対応する部分の金額を超える場合、その超える部分の金額はみなし配当に該当するため(所法25①五)、株式会社はこのみなし配当に係る源泉徴収義務を負うことになる。つまり配当等の支払の際、その配当等について所得税を徴収し、その徴収の日の属する月の翌月10日までに納付しなければならない。 ここで配当等の「支払の際」とは「現実に金銭を交付する行為のほか、元本に繰り入れ又は預金口座に振り替えるなどその支払の債務が消滅する一切の行為が含まれる」(所基通181~223共-1)とされていることから、本事例では、裁判所の決定により売買価格が確定した時に、供託金の額のうちのみなし配当の額に係る支払債務も消滅したことになるため、みなし配当に係る源泉所得税の納期限について、照会者は下記の見解を示し、当局の回答として、貴見のとおりで差し支えないとしている。 なお、上記②のケースにおいて、供託金の額及びその超える部分の額のうちのそれぞれのみなし配当の額に係る源泉所得税の額については、支給総額が確定している給与等を分割して支払う場合の税額の計算の取扱い(所基通183~193共-1)に準じて差し支えないとされている。 〈徴収すべき税額の計算例〉 (注) 「徴収すべき税額」は所得税と復興特別所得税の合計額。 (了)
2021年5月27日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.421を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
谷口教授と学ぶ 税法基本判例 【第2回】 「租税立法の違憲審査基準」 -大嶋訴訟・最[大]判昭和60年3月27日民集39巻2号247頁- 大阪大学大学院高等司法研究科教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 今回は、大嶋訴訟・最[大]判昭和60年3月27日民集39巻2号247頁(拙著『税法基本講義〔第6版〕』(弘文堂・2018年)欄外番号【14】~【20】。以下、見出しでは「大嶋訴訟大法廷判決」といい、本文では「本判決」という)を取り上げる。 本判決については、わが国の税法判例のうち最も重要な基本判例の1つであることに異論がないと思われるが(判例評釈集として定評のある租税判例百選[第6版・2016年]でも本判決に関する金子宏「判批」が冒頭に掲載されている)、筆者は本判決を、税法の解釈適用においても実質主義との相克(谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」【第6回】以下参照)を経て租税法律主義を重視する傾向が強まってきた時期に位置づけ、次のように述べたことがある(拙稿「租税回避と税法の解釈適用方法論-税法の目的論的解釈の『過形成』を中心に-」岡村忠生編著『租税回避研究の展開と課題〔清永敬次先生謝恩論文集〕』(ミネルヴァ書房・2015年)1頁、5頁注17)。 大嶋訴訟の事案の概要は次のとおりである。X(原告・控訴人・上告人)は、同志社大学商学部教授(文学及びスペイン語担当)であったが、昭和39年度分の所得につき確定申告をしなかったところ、給与収入が170万円余であり当時の所得税法では給与所得者が確定申告義務を負う額を超えていたため、所轄税務署長Y(被告・被控訴人・被上告人)は、その給与収入から給与所得控除額13万5,000円を控除した給与所得金額157万円余と雑所得金額3万円余とを合計した総所得金額160万円余を基にして算定した課税所得金額114万円余、税額20万円余、納付すべき税額(源泉徴収税額控除後の残額)5万円余とする決定処分及び無申告加算税賦課決定処分をなした。Xはこれを不服として、異議申立て及び審査請求を経て、処分の根拠となる所得税法の関連規定が憲法14条1項に違反し無効であるが故にそれらの処分を違法としてその取消しを求めて出訴した。 大嶋訴訟における争点は、❶所得税法が事業所得者には必要経費の実額控除を認めるのに対して、給与所得者には必要経費の概算控除しか認めないことは、憲法14条1項に違反しないか、❷給与所得と事業所得等との捕捉率の格差は、憲法14条1項に違反しないか、❸事業所得等については合理的理由のない租税優遇措置が講じられているため、給与所得との間に所得税負担の格差が認められるが、その格差は憲法14条1項に違反しないか、の3つであったが、以下では、中心的な争点である❶に関する判断について検討する(なお、大嶋訴訟の経緯を含め本判決に関する包括的かつ詳細な検討として、金子宏・清永敬次・宮崎直見「〔鼎談〕サラリーマン税制と最高裁判決」ジュリスト837号(1985年)6頁参照)。 Ⅱ 大嶋訴訟大法廷判決の「総論的」妥当性 本判決が税法の分野における最も重要な基本判例の1つといわれるのは、下記のとおり判示し([]・下線筆者)、租税立法の違憲審査基準(下記判示中の下線部⑤)を確立したと一般に考えられているからであるが、その基準に関する判断に先だって示した、租税の意義(同①)や機能(同④)、民主主義国家における租税観(同②)、租税法律主義の意義(同④)等に関する考え方も、当時の学説・判例の到達点を示すものであり、今日においても広く支持されているところである。 租税の意義に関する判示①は、前回検討したように、講学上の租税概念を踏まえたものであり、その後の判例(旭川市国民健康保険条例事件・最[大]判平成18年3月1日民集60巻2号587頁等)においても踏襲されている。また、租税の機能に関する判示④は、講学上租税の機能として一般に説かれているところ(金子宏『租税法〔第23版〕』(弘文堂・2019年)1~8頁、前掲拙著【7】)と基本的に同じものである。 民主主義国家における租税観に関する判示②は、「民主政治の下では国民は国会におけるその代表者を通して、自ら国費を負担することが根本原則」という最[大]判昭和30年3月23日民集9巻3号336頁の判示を踏襲するものであり、学説では「民主主義的租税観」(金子・前掲書24頁、前掲拙著【14】)と呼ばれている。筆者はこれを憲法上の租税根拠論において援用している(前掲拙著【15】)。 租税法律主義の意義に関する判示③も、「租税を創設し、改廃するのはもとより、納税義務者、課税標準、徴税の手続はすべて前示のとおり法律に基いて定められなければならないと同時に法律に基いて定めるところに委せられていると解すべきである。」という上記の昭和30年最[大]判を踏襲しつつ「明確に」(課税要件明確主義)を加えてより厳格化するものであり、学説上も異論のないところである(租税法律主義に関する筆者の検討については拙稿「租税法律主義(憲法84条)」日税研論集77号(2020年)243頁参照)。 以上の判示は、本判決の「総論的」な考え方を示したものであり、いずれも妥当なものである。それらを踏まえ本判決が示した租税立法の違憲審査基準に関する判示⑤は、立法者の広範な裁量的判断を尊重するという考え方(司法消極主義)に基づく、立法目的の正当性の基準、(立法目的を達成するための手段の)合理性の基準及び明白性の原則であるが、判示⑤もそれ自体は議会制民主主義及び租税法律主義の下では民主主義的正統性の観点から正当化される妥当な基準を示したものと考えられる(前掲拙著【15】。ただ、わが国における議会制民主主義の実態や現状を検討する必要があることについては前掲拙著【17】参照)。 Ⅲ 大嶋訴訟大法廷判決の「各論的」問題性 1 給与所得控除の立法目的の正当性に関する判断の問題性 本判決の判断は、このように、「総論的」には妥当であると考えられるが、しかし、争点❶に関する判断の内容を個別的に検討すると、「各論的」には問題のある部分もあるように思われる。それは、1つには、給与所得控除の立法目的の正当性に関する下記の判示である(下線筆者)。 上記の判示については判決直後から種々の問題点が指摘されてきたが、それらは次のように総括されている(清永敬次「判批」民商法雑誌94巻1号(1986年)97頁、107-108頁)。 2 給与所得控除の合理性に関する判断の問題性 もう1つの問題として以上の問題よりも更に重大な問題と考えられるのは、給与所得控除の合理性に関する次の判示である(下線・傍点筆者)。 上記の判示の論理展開を整理すると、次のようになろう(宍戸常寿「租税立法の合憲性審査の基準」日税研論集77号(2020年)221頁、231頁)。 このように本判決は給与所得控除規定の違憲審査において概算控除の合理性審査(手段審査)を概算額の相当性審査として捉え直すものであるが、その理由については次のような「疑問」が述べられている(清永・前掲「判批」109-110頁)。 これらの「疑問」はいずれも十分に説得力のあるものであり、次の調査官解説(泉徳治「判解」最高裁判所判例解説民事篇(昭和60年度)74頁、94頁。下線筆者)によっても解消されないように思われる。 この調査官解説は、給与所得に係る必要経費との比較を給与所得控除の「全額」と行うか又は「必要経費の概算控除部分」とのみ行うかを問題にしながら、「給与所得控除の枠内で必要経費の実質的な控除が行われる限りは」として論点をすり替えているように思われるが、その点は措くとしても、この調査官解説からすると、(多くの論者が指摘してきたところであるが)やはり、担税力の調整、捕捉率の調整及び金利の調整という3つの調整を「立法政策の問題」として「考慮の外に置く」(宍戸・前掲論文231頁)「論理操作」こそが、給与所得控除規定の違憲審査において「給与所得控除を専ら給与所得に係る必要経費の控除ととらえて事を論ずるのが相当である」との判断を支えていると考えられる。ここで、先に本判決の前記の論理展開を整理したときとは異なり敢えて「論理操作」としたのは、以下で述べるように、本判決が「違憲判断回避の意図」をもって論理展開を操作したのではないかという疑念を払拭することができないからである。 確かに、前記の3つの調整は「立法政策の問題」であるが、しかし、本判決が前記Ⅱの「総論的」判示(⑤)において「租税法の定立については、国家財政、社会経済、国民所得、国民生活等の実態についての正確な資料を基礎とする立法府の政策的、技術的な判断にゆだねるほかはなく、裁判所は、基本的にはその裁量的判断を尊重せざるを得ないものというべきである。」として、立法裁量を尊重する考え方を宣明している以上、たとえ「立法政策の問題」であっても裁判所が違憲審査において「考慮の外に置く」ことは、論理一貫性が疑わしい判断に帰結することになる。清永敬次教授が先に引用した「疑問」の(2)(3)で正当にも述べておられるように、必要経費控除も基本的には「立法政策の問題」であることに加え、担税力の調整も租税立法上考慮すべき重要な事実であることからすれば、尚更である。 本判決がそのような論理一貫性に関する疑義を生む危険を敢えて冒してまで前記のような「論理操作」をしたのは、そうすることで給与所得に係る必要経費の控除額を給与所得控除の全額とした上で給与所得控除額の相当性を審査し(以下「全額相当性審査」という)これを肯定しやすくするためではなかったかと思われるのである。 もっとも、本判決が次のような「一般的」判示をもって給与所得控除額の相当性を肯定するのであれば、敢えて前記のような「論理操作」をしなくても、換言すれば、もし前記の3つの調整に関する立法者の裁量的判断を尊重し、それらの調整を金額の点でも給与所得控除額に反映させ、「給与所得に係る必要経費との比較は、給与所得控除の全額と行うのではなく、その中の必要経費の概算控除部分のみと行う」(泉・前掲「判解」94頁)こととした上でその相当性審査をすること(以下「部分額相当性審査」という)にしたとしても、同じ結論が得られたようにも思われる。 しかし、本判決には、適用違憲の余地を認める伊藤正己裁判官の次の補足意見(これに木下忠良裁判官、長島敦裁判官が同調し、谷口正孝裁判官、島谷六郎裁判官も基本的に同調した)が付されたことからすると、もし最高裁が部分額相当性審査を行っていたとすれば、適用違憲の可能性がなかったとは言い切れないように思われる。 この補足意見は、全額相当性審査を前提としているので、本件について適用違憲を認めなかったが、本判決が部分額相当性審査を行っていたとすれば、本件における適用違憲の判断について異なる結論に至っていたかもしれない。 そうすると、まさに「立証技術の巧拙」(Ⅲ1冒頭引用判示)が問題になるが、その点は措くとして、ともかく、本判決は、「総論的」判示(立法裁量の尊重)との論理一貫性を犠牲にする危険を敢えて冒して全額相当性審査を行う「論理操作」によって、法令違憲の判断も適用違憲の判断も回避しようとしたのではないかと思われるのである。 Ⅳ おわりに 以上、本判決は、「総論的」判断においては、租税法律主義の確立など税法学の発展にも大きく貢献したが、ただ、「各論的」判断においては、問題のある判決でもあった。とりわけ立法裁量の尊重の点では、「総論的」判断(のうち合理性審査)と「各論的」判断(相当性審査)との間の論理一貫性に疑義があるといわざるを得ないのである。 最後に、清永敬次教授が述べられた「疑問」(Ⅲ2)のうち(2)(3)は本件当時(昭和39年)においても問題になったと思われるが、その後、本判決当時においては既に(5)が問題になっていたし、今日においては(4)の問題も顕在化している(その意味で「疑問」はまさに慧眼によるものである)。給与所得控除に加え選択による一定の「実額」控除として昭和62年度税制改正により導入された特定支出控除(所税57条の2)について、平成24年度税制改正によって、給与所得控除が「勤務費用の概算控除」と「他の所得との負担調整のための特別控除」から成るという二分論を前提にして、その適用基準が給与所得控除額の2分の1(「勤務費用の概算控除」)の額とされた(同条1項)。その意味で、「疑問」(1)の問題は解消されたといえ、したがって、今日ではもはや全額相当性審査を採用することはできないであろう。 (了)
これからの国際税務 【第25回】 「バイデン政権の国際課税改革とデジタル課税」 千葉商科大学大学院 客員教授 青山 慶二 1 Made in America Tax Planの発表 本年3月末に米国バイデン大統領は、今後8年間にわたる2兆2,500億ドル規模のインフラ投資計画を発表し、そのための財源措置として財務省は”Made in America Tax Plan(以下「プラン」と略す)“と呼ばれる法人税増税措置案を4月に公表した。 その中心をなす施策は、トランプ前政権が行った大幅な法人税率引下げ(35%から21%へ)規模を半分に縮小する(中間点である28%に逆戻り)ものであるが、その際に、米国企業や米国労働者の税負担面での国際競争力維持にも配慮しながら、利益の海外流出の阻止を徹底化する方向での重要な国際課税ルールの改正も付加している。また、これらの国際課税ルールの改正案からは、現在G20/OECDが最終合意に向けて取り組んでいるデジタル経済の課税ルール作りを、米国がリードして合意に至りたいとの強い意欲もうかがわれる。 今回は、その同プランの国際課税改革の骨格を検証して、デジタル課税についての現在進行中の政治折衝に及ぼす影響を予測してみたい。 2 トランプ政権下での改正国際課税ルールに対する評価 トランプ政権による米国国際課税ルールの抜本改正(米国企業の国際競争力を確保するための法人税率引下げ及び外国子会社配当益金不算入制度(テリトリアル方式)の導入と、これに合わせた無形資産の海外移転を防止する趣旨を中心とするGILTI(グローバル無形資産低課税所得対策税制)、BEAT(税源浸食・濫用防止税)、FDII(外国由来無形資産所得税制)の3点セット税制の創設)に対して、今回のプランは、各種の統計データを示しつつ、以下の否定的な評価を行っている。 3 プランに含められた国際課税ルール改定案 (1) GILTI/FDII税制関係 以上の提案の背景には、トランプ改正が許容した国外投資の優遇扱い(実質10.5%までの税負担軽減)により、米国多国籍企業の利益の海外移転は高止まりしたままになっているとの認識がある。また、グローバルベースのGILTI所得のブレンディング計算についても、底辺への競争対策として不十分とされた。 (2) 法人の全世界ベースの会計上利益に対する代替ミニマム税(税率15%)の創設 トランプ税制で廃止されていた法人の代替ミニマム税を、全世界ベースで課すものである。米国では、純利益20億ドル以上の法人(200社)の多くは法人税を納付しておらず、この結果発生している、企業及びそのステークホールダーと、一般の勤労者との間の税負担格差を埋める方策として提案されたものである。 なお、G20/OECDで協議中の全世界ミニマム税のバックストップとしての機能も期待されている。 (3) BEAT税制の廃止 売上原価を控除し、適用対象を総控除の3%以上をBEAT支払いが占めるという閾値を設けた本税制は、立法目的に沿った成果が認められず、かつ予定された税収も上げられていないことから廃止すると提案した。代わりに、効果的なミニマム税を有しない国の関連者への支払いに適用される損金不算入制度(SHIELD)への置換えが提案されている。 なお、BEAT税制が目的としていた底辺への競争対応は、多国間の枠組みでのミニマム税(G20/OECD青写真中の第2の柱(本連載【第22回】参照))に期待するとした。 4 デジタル課税の協議に及ぼす影響 米国の税制改正の帰趨は、議会の審議にかかっており、これからロビー活動も本格化するものと思われる。両院でかろうじて多数を確保した民主党政権にとっても、法案成立までには協議の難航が予測されるという前提で、本プランがOECDでのデジタル課税ルールの国際協調に及ぼす影響を見通してみたい。 上記の提案のうち、デジタル課税の多国間協議に影響を及ぼすものは、なんといっても、GILTI改革(特別控除の引下げによる合算課税する際の実効税率の引上げ(21%)等)である。国際協調への復帰を宣言した米国にとっては、上述の青写真で、第2の柱の合算課税ルール(IIR)と併存しうると位置づけられていたGILTI税制について、同プランの内容がG20/OECDで達成される最終合意と平仄が合わせられることが望ましいであろう。 プランでは、G20/OECDが想定していた税率閾値レベルよりも高めではないかと思われる21%を提案していることもあって、イエレン財務長官によるミニマム税合意に向けた国際社会への働きかけが、最近強化されている。ミニマム税構想については、青写真でその骨格が煮詰まりつつあるとはいえ、根幹となる税率閾値を中心に、各国にとっては自国CFC税制との整合性を図るなどの視点があり、制度設計についての各論選択肢は必ずしも集約されていない。グローバルミニマム税構想の詳細設計と税率閾値を巡る議論は、米国が先出しした本件プランを踏み台にした政治折衝が続くと想定される。 なお、プランにみられる①GILTIの合算課税計算のベースとして、これまでのグローバルブレンディングから、青写真と同様の国別ブレンディングに修正されている点と、②BEAT廃止によって青写真の適用序列(IIRを優先しUTPR(軽課税支払いルール)をバックストップとする)とは整合性がとれている点は、合意促進の観点からは評価されると思われる。 〔追記〕 米国財務省は5月20日、デジタル課税の第2の柱で主張される全世界ミニマム税の税率を「少なくとも15%以上」とする提案をOECDに提出した。これは、プランのGILTIの閾値(21%)ではなく、代替ミニマム税の閾値(15%)まで譲歩しうるとしたもので、アイルランドなど欧州の低税率国への配慮を示したものとみられている。 なお、第1の柱のデジタル課税対象企業についても、利益率と売上高規模で全世界100社程度に限定する米国案をベースにOECDが最終調整に入ったとの報道がされている。 (了)