ハラスメント発覚から紛争解決までの 企 業 対 応 【第50回】 「ハラスメント相談窓口設置・運用のFAQ」 弁護士 柳田 忍 【Question】 ハラスメント相談窓口の設置及び運用に関して、よく聞かれる質問があれば教えてください。 【Answer】 相談者の同意がなければハラスメントの調査を行ってはいけないのか、相談窓口への相談件数がゼロ又は少ないがどうしたらよいか、人間関係のいざこざの相談などハラスメントとはいえない相談がなされないようにするためにはどうすればよいか、といった質問を受けることが多いです。 ● ● ● 解 説 ● ● ● 1 はじめに 事業者は、法令及び関連する指針等においてハラスメントの対策に係る体制整備を義務づけられており、その一環として相談窓口の設置・運用が挙げられている(※1)。更に、2024年11月1日施行予定のフリーランス新法においても、事業者は、特定受託業務従事者に対するハラスメントの対策に係る体制整備を義務づけられており、その一環として相談窓口の設置が含まれている(※2)。 (※1) 「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(平成18年厚生労働省告示第615号)4(2)、「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和2年厚生労働省告示第5号)4(2)等 (※2) 「特定業務委託事業者が募集情報の的確な表示、育児介護等に対する配慮及び業務委託に関して行われる言動に起因する問題に関して講ずべき措置等に関して適切に対処するための指針」第4、5(2) このように、事業者の義務としての観点からもハラスメントの相談窓口の重要性は増しているところであるが、実務上、窓口を通じてハラスメントが発覚することが多いという観点からも、ハラスメント相談窓口の適切な設置・運用は極めて重要である。そこで、本稿においては、ハラスメント窓口の設置や運用に関して筆者がよく受ける質問と回答の一部を説明する。 2 調査につき相談者の同意が得られない場合 相談者の同意がなくても、事案が重大で、情報共有の必要性が高い場合には、調査を行うことが可能であると思われる。 会社が相談について調査を実施する必要があると判断した場合、原則として関係者や行為者に対してインタビューを実施することについて相談者から同意を得たうえで進めることになる。しかし、特に行為者のインタビューにおいて相談の内容を確認する過程で相談の内容等から相談者が会社に相談したことが推測されてしまうおそれがあることから、相談者が行為者による報復等を恐れて調査の実施に同意しないことがある。 会社は相談者だけでなく他の従業員に対しても安全配慮義務や職場環境配慮義務を負うことから、仮に相談内容が事実である場合、相談者1人の問題ではなく、よって、相談者が調査を嫌がるからといって調査を行わないわけにはいかないといった事情がある。このような場合に、会社が調査を行うことができるかは、情報の共有の必要性、事案の重大性、相談者の拒絶の程度などにもよるであろうが(※3)、会社としては、会社が行為者からの報復等から相談者を守る姿勢を示すなどして相談者の同意を得るよう努力を尽くすべきである。 (※3) 公益通報者保護法において、公益通報対応業務従事者(内部公益通報受付窓口において受け付ける内部公益通報に関して公益通報対応業務を行う者であり、かつ、当該業務に関して公益通報者を特定させる事項を伝達される者)又は公益通報対応業務従事者であった者は、正当な理由がなく、公益通報対応業務に関して知り得た事項で公益通報者を特定させるものを漏らしてはならないとされているが(法12条)、ここでいう「正当な事由」が以下のように解釈されていることも参考になる(公益通報者保護法に基づく指針等に関する検討会「公益通報者保護法に基づく指針等に関する検討会報告書」(令和3年4月)19頁脚注32)。 3 相談件数がゼロないし少ない場合 相談窓口への相談件数がゼロないし少ない場合は、相談窓口が機能していない可能性がある。対策として、相談窓口の存在自体の周知を図ること、相談を行ったことによる不利益取扱いは禁止されている旨を周知し、会社が相談者を報復等から守る姿勢を示すこと、相談窓口に相談がなされたケースの是正結果等を(プライバシーを侵害しない範囲で)社内で公表して相談窓口が機能していると示すことなどが考えられる。 (1) 相談件数がゼロ・少ないことの問題点と相談窓口を機能させることの重要性 相談窓口への相談件数が少ないことは、必ずしもハラスメントの問題がないことを示すものではない。ハラスメントは全ての業種・全ての職場において問題となり得るものであり、実際にハラスメントに該当するかどうかはともかく、いかなる職場においても従業員がハラスメントであると感じる出来事が生じていることが一般的である。それにもかかわらず、相談窓口への相談件数がゼロないし少ないということは、相談窓口が機能していない可能性が高い。 また、相談窓口に相談が来ることを好ましく思わない会社が少なくないが、相談窓口に相談が来るということは、問題を社内で解決する大きなチャンスを得られるという意味でむしろ有益なことである。ハラスメントの相談が外部機関になされる場合、会社のレピュテーション(評判)の毀損に繋がるリスクが高まるだけでなく、相談者においても大きな負担となることが多いことから、会社や相談者双方のためにも社内で適切に対応できることが望ましい。 この点、内部通報制度に関するものではあるが、消費者庁が実施したアンケート調査(以下「本アンケート調査」という)においては以下のとおりの回答が得られており、これらに照らすと、従業員の相談窓口への期待や信頼が失われた場合、相当程度の確率で従業員が外部機関に相談を行うであろうと予測されることに注意が必要である。 (出所) 消費者庁「内部通報制度に関する意識調査-就労者1万人アンケート調査の結果-〈全体版〉」(令和6年2月29日) (2) 相談件数がゼロないし少ない理由 上記のとおり、相談件数がゼロないし少ないことは相談窓口が機能していないことを示している可能性があるが、本アンケート調査の結果(概要は以下2つ目の枠内参照)に照らすと、その理由は以下のとおりであると考えられる。 以上より、相談窓口を機能させるためには、上記のような対策が効果的であると考えられる。 (出所) 消費者庁「内部通報制度に関する意識調査-就労者1万人アンケート調査の結果-〈全体版〉」(令和6年2月29日) 4 ハラスメントに当たらない相談が来る場合 そのような相談はハラスメント相談窓口の対象外である旨をハラスメント規程等に記載し、周知すべきである。 もっとも、ハラスメントの多くはコミュニケーション上の問題や人間関係のいざこざから生じるものであり、会社から見ると単なる人間関係のいざこざに過ぎず、ハラスメントには当たらないと思われるものであっても、法的に見るとハラスメントに該当するおそれがある場合が少なくない。よって、一見ハラスメントに当たらないように見える相談を受けた場合でも門前払いをすることなく、ハラスメントに当たる可能性がないかを慎重に検討すべきである。 (了)
〈Q&A〉 税理士のための成年後見実務 【第7回】 「遠方に不動産を持っている場合の注意点」 ~管理責任も考慮が必要~ 司法書士法人F&Partners 司法書士 北詰 健太郎 【Q】 顧客の成年後見人として活動することになりましたが、財産として先祖代々の土地や建物などが全国にあります。どのような点に注意すべきでしょうか。 【A】 成年後見人は、成年被後見人が遠方に所有しているような不動産でも管理していかなければなりません。管理業務は管理会社に委託することもできますが、所有者として負担する管理責任や固定資産税などのコストも無視はできません。ケースによっては売却も検討すべきでしょう。 ● ● ● ● 解 説 ● ● ● ● 1 遠方の不動産でも管理していく必要がある 成年後見人は、成年被後見人の所有する財産について管理していく必要があります。それが遠方にある不動産であっても同様です。管理業務自体は不動産会社に委託をすることもできますが、所有者には所有する不動産についての管理責任があり、固定資産税等の所有することによるコストも発生します。成年後見人としては、「この不動産を所有することが、本人の利益になるのか?」という観点は常に持っておく必要があります。 2 所有者としての管理責任 仮に成年被後見人である本人が遠方にある空き家を所有していたとします。空き家の瓦が落ちて、通行人にあたりケガをさせてしまったような場合には、損害賠償請求を受ける可能性があります。 令和6年4月30日に総務省が発表した「令和5年住宅・土地統計調査(住宅数概数集計(速報集計)結果)」によれば、日本の空き家数は900万戸と過去最多となり、空き家率も13.8%と過去最高を記録しています。社会全体として管理不全となっている空き家に対する問題意識が高まっており、成年後見人としてはこうした状況も理解をしておくべきでしょう。 3 所有するコスト 不動産を所有していれば固定資産税等の税金が発生します。利益を生まない不動産であれば、成年被後見人の財産を減らしていくだけであり、これにより成年被後見人の生活が苦しくなるような事態は避けるべきです。 令和5年12月13日に「空家等対策の推進に関する特別措置法の一部を改正する法律」が施行されました。「活用拡大」、「管理の確保」、「特定空家の除却等」の3つの観点から、空き家問題への対応を強化するものです。 この改正法のなかでは、放置すれば周囲に著しい悪影響を及ぼす「特定空家」になる可能性がある管理不全空家を対象に、是正するように市区町村長から指導・勧告を行い、勧告を受けた管理不全空家に対しては、固定資産税の住宅用地特例を解除するとされています。成年後見人としてはこうした法改正の動きについても注視をすべきでしょう。 4 不動産の売却 成年後見人には成年被後見人の財産の処分権限もあるため、必要のない不動産であれば売却を行うこともできます。売却にあたっては適正な価格で売却する必要がありますし、居住用の不動産であれば家庭裁判所の許可が必要になります(民法859条の3)。不動産の売却の手順については、また別の回で解説を行います。 (了)
2024年6月6日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.572を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
monthly TAX views -No.136- 「子ども・子育て支援金はなぜ評判が悪いのか」 東京財団政策研究所研究主幹 森信 茂樹 6月5日、健康保険料に上乗せして国民と企業から徴収する子ども・子育て支援法が参議院で可決成立、2026年度の約6,000億円から段階的に増額され2028年度には約1兆円に達する仕組みができあがった。 3月29日に示された「子ども・子育て支援金制度における給付と拠出の試算」(こども家庭庁支援金制度等準備室)では、医療保険加入者1人当たり平均月額も示された。 しかし、国民の評判は芳しくない。少子化対策には財源が必要で、それは国民も認識しているにもかかわらず、なぜこの制度はここまで不評なのか、課題や問題点をあらためて指摘してみたい。 * * * 制度・規制改革学会(昭和女子大学特命教授八代尚宏代表理事)は、4月に以下の内容の「子育て支援金」制度の撤回を求める緊急声明を発出した。 撤回すべきとする理由の第1は、健康保険は、疾病のリスクに備える社会保険で、そこから取ることは保険の本来の目的から外れ、間違いであるということである。これは、子どもを産むことがなぜリスクなのか、という問題でもある。 次に、政府は「実質的な追加負担は生じない」と主張するが、この政策で保険料負担が増える以上詭弁である、と指摘する。 最後に、医療保険財政にとって、後期高齢者支援金、前期高齢者納付金、介護納付金負担が既に極めて重くなっている。子ども・子育て支援金は、医療保険財政を一段と圧迫する点を挙げ、このような欠陥のある「子ども・子育て支援金」提案を撤回し、財源のあり方について改めて議論し制度設計を改めるべきである、とする。 * * * 筆者は、以下のように考えている。 少子化対策の必要性は国民全員が認識しており、その施策の実施には財源の確保が不可欠だ。子ども・子育て政策の財源を、安易に赤字国債発行に頼らず、支援金制度を創設し財源を確保したことは、それなりに評価できる。防衛力強化のための増税がいまだ開始時期の決定など先送りにされていることと比べると、そのことがよくわかる。 一方で、支援金制度には多くの問題がある。 財源を求める方法としては、税財源と社会保険料負担増があるが、それぞれメリットとデメリットがあるので、議論した上でベストミックスを探るべきだった。社会保険料は、勤労者に負担増が偏るとともに、所得の低い人ほど負担割合が多くなる逆進性が消費税より大きいという大きな問題がある。 企業負担分は価格転嫁が難しく、国際競争力の観点からの問題が生じる。また企業は、支援金の負担増を避けようと非正規雇用を増やす行動をとったり、企業の賃上げの原資を奪うことにもつながりかねない。現にドイツやフランスは、ここ10年以上社会保険料の企業負担を軽減する政策をとってきた。 政治的に安易な社会保険料の負担増という手法を容認すると、今後もこのやり方で国民の負担増がなし崩し的に進んでいく。 筆者は、税で負担を求めることが本筋だと考える。そうすれば、より負担余力のある者をターゲットにすることも可能になるので、格差是正という問題への対応にもなる。 具体的には、金融所得が多い人への課税強化だ。政府は年間の合計所得が約30億円を超える「超富裕層」への課税を強化したが、200人から300人程度と言われている対象を広げれば増収が見込める。所得が1億円を超えると税負担率が下がる「1億円の壁」の是正にもつながり、国民の反対も少ないだろう。NISAの拡充が行われているので、株式相場への影響は限定的だ。 消費税の引上げという選択肢もある。経済への悪影響を懸念する向きもあるが、増税分の使途をすべて少子化対策に充てるのであれば、若者世代に還元されるので問題はないはずだ。税率引上げも、デジタル技術が発達した今0.5%(約1.5兆円)だけ引き上げるといった柔軟な対応も可能だ。 もっとも増税の前には、歳出改革をしっかり行う必要がある。少子化対策全体の規模は3.6兆円で、歳出改革で1.1兆円、支援金で1.0兆円、既定予算の活用で1.5兆円となっている。そこで、加速化プランと銘打った歳出改革を、2028年までに実現することがカギともいえる。行き詰まれば、別の財源が必要だということになる。子育て支援はさらに拡充する必要があるので、その時こそ、増税を含めた真正面からの議論を期待したい。 (了)
マンション評価通達の内容と実務への影響 【第2回】 拓殖大学商学部教授 税理士 安部 和彦 3 マンション評価通達の意義とその適用 (1) 通達案に係るパブリックコメント マンション評価通達に関しては、令和5年7月21日に(案)の段階でパブリックコメント(意見公募手続)が実施された。パブリックコメントは同年8月20日に締め切られ、その結果が同年10月6日に公表された。意見は102通寄せられ、うち98通がインターネット経由(電子政府総合窓口(e-Gov)の意見提出フォームを使用)である。 筆者自身もインターネットを通じて意見を提出しているが、その内容(国税庁により他の意見と適宜統合等されている)とそれに対する国税庁からの回答(考え方)を以下で対比させてみたい。 〇 筆者の意見と国税庁からの回答(※9)との比較対象表 (※9) 表中最初の欄の「頁数」は、国税庁「『居住用の区分所有財産の評価について』の法令解釈通達(案)に対する意見募集の結果について」(令和5年10月6日)の「別紙1」の頁数を示す。 (※10) 拙稿前掲(※4)論文3(1)で指摘している事項であり、詳細は該当部分参照のこと(以下同じ)。 (※11) 拙稿前掲(※4)論文3(2)参照。 (※12) 拙稿前掲(※4)論文3(1)参照。 (※13) 拙稿前掲(※4)論文3(3)参照。 (※14) 拙稿前掲(※4)論文3(4)参照。 上記表の意見と回答とを見比べて、読者はどのように感じられただろうか。筆者は率直に言って、両者はあまり嚙み合っていない、すなわち、筆者の意見に対し国税庁はそれに(正面切って)回答するということを避けている、と感じたところである。 なお、筆者は別途「回帰式の正当性を検証するため、国民が統計データベースへアクセスできるようにすべきではないか(※15)」との意見も送付したが、残念ながらこの点に対する国税庁からの回答はなかった。国民から直接意見を聴取するというせっかくの機会であるので、課税庁はそれに対して誠心誠意答えるという対応をすれば、パブリックコメントの存在意義も上がり、通説(※16)とは異なり、それを経て発遣される通達は、国会審議を経た法令に勝るとも劣らぬ民主的統制を受けており、法源としての意義が認められる可能性にもつながるのではないだろうか。 (※15) 拙稿前掲(※4)論文3(5)参照。 (※16) 通達には法源性はないというもので、最高裁もタキゲン事件(最高裁令和2年3月24日判決・集民263号63頁)で宇賀・宮崎両裁判官が補足意見でその旨を改めて確認している。 (2) マンション評価通達の真意 筆者はパブリックコメントの際に、「居住用の区分所有財産の法的性格を踏まえれば、敷地利用権と建物の専有部分とを分けて評価する意義は乏しいのではないか(上記(1)の表中の最初の意見参照)」という旨を指摘したが、それに対する国税庁の回答はあまり要領を得ないものとなっている。 しかし、今回の通達をよく読めば、筆者の意図と国税庁の考え方には実際のところ齟齬はないように見える。すなわち、パブリックコメント別紙1の7頁で国税庁は、「敷地利用権と区分所有権に対する補正について」において、「分譲マンションは、建物の区分所有等に関する法律において、『区分所有者は、その有する専有部分とその専有部分に係る敷地利用権とを分離して処分することができない』(区分所有法22①)と規定され、土地と建物の価格は一体として値決めされて取引されており、それぞれの売買実例価額を正確に把握することは困難であるほか、評価乖離率(又は補正率)は一体として値決めされた売買実例価額との乖離率に基づくものであり、これを土地と家屋に合理的に分けることは困難であることから、一室の区分所有権等に係る敷地利用権及び区分所有権のそれぞれについて同一の補正率を乗ずることとしています。」という見解を示している。 国税庁も区分所有法の規定から、土地と家屋の価格をそれぞれ評価することは困難であると理解しており、その結果通達においても、敷地利用権と区分所有権のそれぞれに「同一の」補正率を乗ずることとしているのである。 要するに、国税庁も結局のところ、マンションに関しては、土地と家屋を別個に評価すべきではなく、一体で評価すべきと考えているのである。通達ではそれが明示されていないが、その規定ぶりからみると、通達の考え方は、マンションに関しては原則として、「敷地利用権と区分所有権は一体で評価する」としていると解するのが妥当といえよう。 (3) 通達の適用対象外となるマンション 今回公表されたマンション評価通達の適用対象外となるマンション(不動産)は、以下のものが挙げられる。 (※17) 国税庁資産評価企画官情報第2号「居住用の区分所有財産の評価に関するQ&A」(令和6年5月14日)別添問4も参照。 (※18) 国税庁前掲(※17)情報別添問4参照。 (※19) 国税庁前掲(※17)情報別添問3参照。 (4) マンションの評価事例 それでは、以下の事例につき新通達によりマンションを具体的に評価してみたい(※20)。 (※20) 国税庁前掲(※17)情報別添問10~12にも事例があるので参照されたい。 上記計算過程を国税庁の用意したエクセルの計算ツール(居住用の区分所有財産の評価に係る区分所有補正率の計算明細書(※21))にあてはめてみると、以下の表の通りとなる(該当箇所のみ抜粋)。 (※21) 区分所有補正率(評価乖離率)の算式が正しいという前提であればこの計算ツールは使いやすいといえるが、そもそもその検証を外部には「させない」という国税庁の頑なな姿勢は、極めて残念である。 (【第3回】に続く)
租税争訟レポート 【第73回】 「相続税更正処分等取消請求事件 (大阪地方裁判所令和4年4月14日判決)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【判決の概要】 【事案の概要】 本事案における被相続人の法定相続人は、被相続人の長女である原告の姉と次女である原告の2人である。原告は、平成28年1月28日、姉との間で、被相続人の相続に係る自己の相続分をすべて姉に譲渡し(本件相続分譲渡)、同月29日、姉から譲渡代金として1,000万円の支払を受けた。 処分行政庁は、本件相続に関し実地調査を行い、令和2年10月14日、申告代理人の税理士に対し調査結果の内容を説明したうえで、令和2年11月30日付けで、原告に対し、原告が本件相続分譲渡によって取得した譲渡代金1,000万円は相続税の課税対象となることなどを理由として、納付すべき税額を150万5,800円とする旨の更正処分及び納付すべき過少申告加算税の額を20万円とする旨の賦課決定処分を行い、「相続税の更正通知書及び過少申告加算税の賦課決定通知書」を送付した。原告は、同年12月1日、上記通知書を受領した。 本件は、原告が、処分行政庁から令和2年11月30日付けで受けた更正処分及び賦課決定処分は、原告が相続分の譲渡によって取得した譲渡代金を相続税の課税対象とする点で法律の根拠に基づかずに課税するものであり、租税法律主義について定める憲法30条及び84条に反し違憲・違法であるなどと主張して、被告を相手に、本件各処分の取消しを求める事案である。 【争点と当事者の主張】 1 被告の訴訟行為が憲法77条2項、民事訴訟規則80条1項等に違反するか否か及びその法的効果〔争点1〕 (1) 原告の主張 原告は、憲法77条2項において、検察官は、最高裁判所が定める規則に従わなければならないと規定しているところ、被告指定代理人は、検察官であるにもかかわらず、民事訴訟規則80条1項に違反し、やむを得ない事由がないにもかかわらず同項所定の事項を記載した答弁書を提出せず、また、答弁書の提出後速やかにこれらを記載した準備書面を提出しなかったため、こうした訴訟追行は憲法77条2項に違反するから、被告指定代理人の訴訟行為はすべて無効であると主張した。 さらに、被告による「速やかに」準備書面を提出しなかったことをもって何らかの訴訟上の効果が発生したり否定されたりするわけではない旨の主張については、「正に居直り以外の何物でもない。憲法上の「検察官」たる者は、他の誰よりも模範を示し、民間人よりも率先して民事訴訟規則を遵守すべきであって、そのことが公益の代表者としての立場に立つ者の本来的な義務である」と反論した。 (2) 被告の主張 被告は、複数の指定代理人が存在するなどの事情から、準備書面の作成作業には一定程度の時間を要するという実情を踏まえれば、答弁書の提出後、速やかに被告第1準備書面を提出したといえるから、民事訴訟規則80条1項の違反はないし、同規定は訓示規定と解されることから、仮に、被告が答弁書を提出した後、「速やかに」準備書面を提出しなかったとしても、被告の訴訟行為が違法になるなどの効果が生じるものではないこと、憲法77条2項は、刑事事件に関わる「検察官」について定める規定であり、刑事事件に関わる「検察官」ではない被告指定代理人に直接適用される規定ではないことを主張した。 2 被告の訴訟行為が憲法82条1項に違反するか否か〔争点2〕 (1) 原告の主張 原告は、憲法82条1項において、裁判の対審は、公開法廷でこれを行うと明記しており、「訴訟手続のうちで最も重要な部分である」と解説されているところ、被告指定代理人は、本件訴訟において、「対審」を完全に拒否していると主張した。 さらに、被告による、被告の主張を準備書面に記載したうえで陳述しているから、被告の訴訟追行に憲法82条1項違反はないという主張に対しては、原告は、準備書面は、あくまでも憲法82条1項にいう「対審」を充実させるための準備という性質のものであり、準備書面を出しさえすれば、完全沈黙でも、弁論を闘わすことになるというのであれば、口頭弁論期日を開く意味は全くないと反論した。 (2) 被告の主張 被告は、憲法82条1項にいう「対審」とは、裁判過程の中核に当たるもので、裁判官の前での訴訟当事者の直接・口頭の弁論を指し、民事訴訟においては口頭弁論手続を意味しているところ、本件は、第1回口頭弁論期日以降、いずれも公開の法廷において口頭弁論手続がされているほか、現時点までにおける、被告の主張については、誤りのないよう、いずれも、準備書面に記載したうえで、いずれかの口頭弁論期日において陳述しており、被告の訴訟追行に憲法82条1項違反はないのであるから、原告の上記主張は前提を欠いており、失当であると主張した。 3 本件各処分が憲法31条に適合するか否か〔争点3〕 (1) 被告の主張 被告は、原告が指摘する最大判平成4年7月1日は、行政手続が常に憲法31条の保障を受けるものではない旨を判示したものであって、同判決の判示は課税処分に及ばないとしたうえで、更正処分等をするに当たって必要となる調査に関する手続は国税通則法に規定されており、本件各処分に係る調査手続は、国税通則法の規定に基づいて適法に行われたものであって、法令上の違反は認められないと主張した。 (2) 原告の主張 原告は、行政手続について憲法31条による保障が及ぶと解すべき場合があるところ(最高裁平成4年7月1日大法廷判決)、平成28年4月12日に原告が相続税の申告書を提出してから令和2年10月14日に本件各処分を受けるまでの約4年6ヶ月の間、事前の告知、弁解、防御の機会を与えられなかったのであるから、本件各処分は憲法31条に違反すると主張した。 4 本件各処分が憲法30条及び憲法84条に適合するか否か〔争点4〕 (1) 被告の主張 被告は、下記のとおりの理由を述べたうえで、本件各処分は、憲法の委任を受けた相続税法という法律の規定に基づく処分であるから、憲法30条及び憲法84条に適合する処分であると主張した。 (2) 原告の主張 原告は、東税務署長が「相続分の譲渡」についての新たな立法手順を踏むことなく、本件相続分譲渡によって得た譲渡代金に課税したことは、憲法30条(国民の納税の義務)及び憲法84条(新たに租税を課すには法律によることを必要とするもの)に違反するとしたうえで、相続税法は、納税義務者を「相続・・により財産を取得した・・者」と限定し(相続税法1条の3第1号)、その例外(みなし相続)として法定されているのは、生命保険金等に限定されている(同法3条)。相続分の譲渡は、直接「相続・・により」財産を取得するものではなく、また、みなし相続として法定されていないため、本件各処分は、法律の根拠なくしてされたものであって、違憲・違法である、と主張した。 さらに、被告の主張については、原告は、上記のとおり、本件各処分が憲法30条及び憲法84条に違反する旨主張しているのであって、単なる違法の主張をしているのではなく、最高裁平成30年10月19日第二小法廷判決に照らしても、相続分の譲渡が遺産分割や代償分割とは、そもそも、その法的性質等を異にしていることは明らかであるとして、その主張に反論した。 【大阪地方裁判所による判決の概要】 大阪地方裁判所は、各争点について、いずれも原告の主張を認めず、請求を棄却する判決を言い渡した。 1 〔争点1〕について 大阪地方裁判所は、憲法77条2項は、刑事事件に関わる「検察官」について定める規定であり、刑事事件に関わる「検察官」ではない被告指定代理人に直接適用される規定ではなく、仮に、民事訴訟に関わる被告指定代理人に憲法77条2項が類推適用ないし準用されるとしても、民事訴訟規則80条が訓示的規定である以上、被告指定代理人が答弁書の提出後、「速やかに」準備書面を提出しなかった場合であっても、被告指定代理人の訴訟行為が違憲・違法となるなどの具体的な法的効果が生じるものではないというべきであると判示して、原告の主張は理由がないという結論を導いた。 2 〔争点2〕について 大阪地方裁判所は、被告指定代理人は、本件訴訟において、対審を完全に拒否しており、被告の訴訟追行は憲法82条1項に違反すると主張する原告に対して、被告は、被告の主張を各準備書面に記載して提出したうえで、各口頭弁論期日に出頭し、各準備書面を陳述したものであるから、口頭弁論期日における原告代理人の質問に口頭で応答しなかったとしても、そのことをもって対審を拒否したと評価することはできないとして、被告の訴訟行為は憲法82条1項に違反するものではなく、この点に関する原告の上記主張は理由がないと判示した。 3 〔争点3〕について 大阪地方裁判所は、相続税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分により制限を受ける権利・利益の内容は財産的利益であり、その制限の程度は必ずしも軽微とはいえないが、事後的な救済を図ることができる性質のものであるとともに、本件各処分により達成しようとするのは、納税義務の適正な履行の確保という、国の財政確保において重要な公益であり、本件各処分は、迅速かつ画一的な処理の要請が高いものであると示した。 こうした事情を総合較量すれば、本件各処分をするに当たり、その相手方に対し事前に告知、弁解、防御の機会を与えることが、立法政策上の適否の域を超えて、憲法上の要請であるとまではいえず、事前の告知、弁解、防御の機会を付与しないことが憲法31条の法意に反するものということはできないと判示して、本件各処分は、憲法31条に適合するという結論を示した。 4 〔争点4〕について 大阪地方裁判所は、相続分の譲渡によって得た譲渡代金が、相続税法11条の2第1項の「相続又は遺贈により取得した財産」に当たるか否かについて検討するとして、下記(1)、(2)のとおり説明を行ったうえで、結論として、原告は、平成28年1月28日、姉との間で、本件被相続人の原告の相続分を代金1,000万円で姉に譲渡する旨の契約を締結し、同月29日、姉から、同契約に基づき譲渡代金1,000万円の支払を受けたのであり、原告が姉から得た譲渡代金1,000万円は、自己の相続権に基因して取得した財産であり、相続税法11条の2第1項の「相続又は遺贈により取得した財産」に当たると判示して、本件各処分は、憲法の委任を受けた相続税法11条の2第1項に基づく処分であるといえるから、憲法30条及び憲法84条に適合するという判断を示した。 (1) 「相続・・により取得した財産」の意義 相続税法は、相続又は遺贈によって財産を取得した場合に、その取得した財産に対して課税することにより、私人の相続の機会を捉えて、被相続人の遺産の一部を社会に還元させることを目的とするものであると解され、このような相続税法の目的や、相続税の負担の公平という観点からすれば、直接被相続人から相続によって承継取得した財産だけでなく、相続権に基因して取得した財産も、相続によって取得した財産と実質的には同視し得ることから、「相続・・により取得した財産」に当たると考えるのが相当である。 (2) 共同相続人間における相続分の譲渡と「相続・・により取得した財産」 共同相続人間における相続分の譲渡は、譲渡人が相続によって取得した積極財産と消極財産とを包含した遺産全体に対する割合的な持分を、他の共同相続人に譲渡することをいい、これに伴い、譲渡人が有する個々の相続財産についての共有持分も譲受人に移転するものであることから、相続分の譲渡は、譲渡人と譲受人の合意のみによって行うことができ、相続人全員の合意を必要とせず、その効果は相続開始時に遡及せず、相続分の譲渡の時に生じるなど、遺産分割とはその内容性質を異にするものではあるが、譲渡の対象となる相続分は譲渡人が相続によって取得したものであり、譲渡人が相続分の譲渡によって受領する金員は、代償分割における代償金と経済的に異なるところはなく、自己の相続権に基因して取得した財産であるといえ、共同相続人間における相続分の譲渡に伴って譲渡人が取得した金員は、相続税法11条の2第1項の「相続又は遺贈により取得した財産」に当たるというべきである。 【解説】 原告訴訟代理人の弁護士は、大阪弁護士会の検索サイトによれば、1975年に弁護士登録を行っており、50年近いキャリアの持ち主である。検索サイトの「自由文」という項目には、「最近の例」として、「関係者複数事案につき「相続分の譲渡」で人数を絞ってからの当初本人による調停申立てと最後に弁護士による法的解決」という事案を紹介している。紹介している事案が本件判決の対象となった相続であるかどうかは定かではないが、本訴訟で展開した主張は、税務訴訟としては極めてユニークなものであり、残念ながら、大阪地方裁判所はすべて棄却する判断を示したものの、本連載で取り上げることとした次第である。 1 裁判における対審 原告は、被告指定代理人について、公開法廷の場で、原告代理人の質問に対する回答をしなかったことから、裁判の対審を完全に拒否していると主張し、さらに、準備書面を出しさえすれば、完全沈黙でも、弁論を闘わすことになるというのであれば、口頭弁論期日を開く意味は全くないとまで言い切っている。 裁判の当事者となったり、法廷で傍聴したりすればわかるように、証人が証言する場合を除いて、原告・被告ともに、主張を準備書面に記載して裁判所に提出したうえで、公開の法廷では、準備書面を「陳述します」と述べるだけで、裁判長が次回の口頭弁論期日を決定して、閉廷となり、原告・被告の代理人同士で言葉を交わすことはまずない。したがって、民事事件の傍聴をしていても、何が争点になっているのかはわからないのが一般的である。 原告の主張は、こうした民事事件の訴訟遂行に疑問を呈しているという点では極めて興味深いが、大阪地方裁判所は、主張を各準備書面に記載して提出して、口頭弁論期日に出頭し、準備書面を陳述していれば、口頭弁論期日において、原告代理人の質問に被告代理人が口頭で応答しなかったとしても、そのことをもって対審を拒否したと評価することはできないという現行の訴訟遂行について、問題がないという結論を示している。 2 最高裁判所平成30年10月19日判決 原告は、相続分の譲渡について、最高裁判所平成30年10月19日判決に言及しているので、判決内容を参照しておきたい。 最高裁判所第二小法廷は、相続分の譲渡について、譲渡に係る相続分に含まれる積極財産及び消極財産の価額等を考慮して算定した当該相続分に財産的価値があるとはいえない場合を除き、譲渡人から譲受人に対し経済的利益を合意によって移転するものということができ、共同相続人間においてされた無償による相続分の譲渡は、譲渡に係る相続分に含まれる積極財産及び消極財産の価額等を考慮して算定した当該相続分に財産的価値があるとはいえない場合を除き、譲渡をした者の相続において、民法903条1項に規定する「贈与」に当たると判示している。 この判決をもとに、原告代理人は、相続分の譲渡が遺産分割や代償分割とは、そもそも、その法的性質等を異にしていることは明らかであり、相続分の譲渡は、相続税法11条の2第1項の「相続又は遺贈により取得した財産」に当たらず、本件各処分は、法律の根拠なくされたものであって、違憲・違法であると主張しているのだが、論旨はよくわからない。 そのせいかもしれないが、大阪地方裁判所の判決では、この最高裁判決には言及がなく、無視された格好になっているようである。 3 相続分の譲渡と代償分割 被告代理人は、代償分割を、「現物を特定の者が取得し、取得者が他の相続人にその具体的相続分に応じた金銭等を支払う方法」と定義したうえで、遺産分割の一手法として一般的に用いられていると説明している。そのうえで、遺産分割前の相続分の譲渡は法律的に可能であり、その法的効果として、共同相続人間で相続分の譲渡がされたときは、相続分の譲受人は、従前から有していた自己の相続分と新たに譲り受けた相続分とを合計した相続分を有することになり、相続分の譲渡が有償で行われた場合、その経済的実体は、代償分割と同一のものであると主張している。 大阪地方裁判所も、こうした被告代理人の主張を認め、相続分の譲渡は、遺産分割とはその内容性質を異にするものではあるが、譲渡の対象となる相続分は譲渡人が相続によって取得したものであり、譲渡人が相続分の譲渡によって受領する金員は、代償分割における代償金と経済的に異なるところはないと明確に示している。 (了)
暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第44回】 東洋大学法学部准教授 泉 絢也 (3) 補償金の非課税所得該当性 上記②(前回参照)は「資産の損害に基因して支払を受ける保険金や不法行為その他突発的な事故により資産に加えられた損害につき支払を受ける損害賠償金」を非課税所得とするものである。 よって、この②との関係では、保険金ではない上記補償金が「不法行為その他突発的な事故により資産に加えられた損害につき支払を受ける損害賠償金」に当たるかどうかが問題となる。 不正送信被害の直接の被害者である暗号資産交換業者から上記補償金を受領するケースではあるものの、暗号資産を預けていた暗号資産交換業者が不正送信被害に遭い、預かった暗号資産を返還することができなくなったことからすれば、不法行為その他突発的な事故を原因として損害が発生したと考えてよいであろう。 ただし、単なる暗号資産交換業者の債務不履行として捉える場合に、納税者からみて上記補償金が「不法行為その他突発的な事故」に基因するものといえるかといった点について、疑問を提起する余地は残されている。 また、上記②(及び③)については、所得税法施行令94条の規定に該当するものが除かれており、同条に該当するものについては、非課税所得とはならない。 同条1項は、次に定める損害賠償金等について、その➊の所得に係る収入金額とすると定めている。 上記補償金に対する所得税法施行令94条1項の適用関係については、次のような疑問が惹起される。 上記➊は、同項が、不動産所得、事業所得、山林所得又は雑所得を生ずべき業務を行う居住者が受ける損害賠償金等に適用されるものであることを示している。 このことから、次の点を指摘できる。 上記➋によれば、所得税法施行令94条1項の適用がある資産は、その業務に係るたな卸資産・準たな卸資産などに限定される。このことから、次の点を指摘できる。 このように、上記補償金に対する所得税法施行令94条1項の適用関係は必ずしも明らかではない。ただし、いずれにしても、非課税となる損害賠償金等の解釈により非課税の対象とはならない可能性もある。 (4) タックスアンサーの回答の検討 上記(3)では、上記補償金に対する所得税法施行令94条1項の適用関係を検討したが、国税庁の上記タックスアンサー(前回参照)は、この点についてどのように考えているのであろうか。 次の点からすれば、上記タックスアンサーも所得税法施行令94条1項の適用があることを理由に、上記補償金が非課税所得に該当しないという結論を導いているわけではなさそうである。 上記➊について、確かに、裁判例の中には、損害賠償金等のすべてが非課税所得ということはできず、非課税となるのは実質的な意味での損害賠償金等であって、本来所得となるべきものや得べかりし利益を喪失した部分が損害賠償金等の名目で支払われた場合には、実質的には所得を得たのと同一の結果となるから、非課税所得に当たらない旨を判示するものも存在する(大阪地裁昭和41年8月8日判決・税資45号134頁、札幌高裁平成5年7月20日判決・税資198号329頁参照)。 上記タックスアンサーも、同様の解釈を採用したということであろう。 補足すると、個人が損害賠償金や補償金などの名目で取得する金員の性格は種々想定され、場合によっては複合的な性格を有するものも存在する。 名目上、当事者間で損害を賠償するために支払うものと明確に合意されて支払われた金員であっても、損害や傷害が客観的に存在しなければ(大阪地裁昭和54年5月31日判決・行集30巻5号1077頁)、そして、これらに基因するようなものでなければ、非課税の対象とはならない。 損害が客観的に存在したとしても非課税になる支払金の範囲は当事者が合意して支払った金額の全額ではなく、客観的に発生し又は発生が見込まれる損害の限度に限られるとしなければならないという見解もある(上記大阪地裁判決)。 上記タックスアンサーでは、暗号資産交換業者が不正送信被害に遭い、預かった暗号資産を返還することができなくなったことを前提としているから、損害自体が客観的に発生していないという構成をとることは難しい。 他方で、損害賠償金という名目で受領する金員であっても、所得税法9条1項18号の非課税となる損害賠償金等に該当しないという解釈は成り立ちうる。 上記タックスアンサーも、同号及び所得税法施行令30条の損害賠償金等の解釈を行ったにすぎず、必ずしも条文の根拠なしに、「損害賠償金として支払われる金銭であっても、本来所得となるべきものまたは得べかりし利益を喪失した場合にこれが賠償されるときは、非課税にならない」と解しているわけではないという見方もありえよう。 (了)
〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第41回】 「所得税における為替差損益の具体的な算定方法」 公認会計士・税理士 霞 晴久 〔Q〕 預入れ及び払出しが随時可能な外貨預金の払出しに係る為替差損益の具体的算定方法について、所得税法は特段の定めを置いておりませんが、どのように算定すればよいのでしょうか。 〔A〕 国税不服審判所により、譲渡所得又は雑所得の基因となる同一銘柄の有価証券を2回以上にわたって取得した場合の当該有価証券の取得価額の算定方法として総平均法に準ずる方法を用いるとした所得税法第48条第3項及び所得税法施行令第118条第1項の各規定を準用することが合理的であるという判断が示されました。 ●●●〔解説〕●●● 1 所得税法における為替差損益の算定方法について (1) 外貨建取引の換算について 所得税法第57条の3《外貨建取引の換算》第1項は、居住者が、外貨建取引を行った場合には、当該外貨建取引の金額の円換算額は当該外貨建取引を行った時における外国為替の売買相場により換算した金額として、その者の各年分の各種所得の金額を計算するものとする旨規定している。 (2) 総平均法による必要経費又は取得費の算定 所得税法施行令第118条《譲渡所得の基因となる有価証券の取得費等》第1項は、居住者が所得税法第48条《有価証券の譲渡原価等の計算及びその評価の方法》第3項に規定する2回以上にわたって取得した同一銘柄の有価証券で雑所得又は譲渡所得の基因となるものを譲渡した場合には、その譲渡につき同法第37条《必要経費》第1項の規定によりその者のその譲渡の日の属する年分の雑所得の金額の計算上必要経費に算入する金額又は同法第38条《譲渡所得の金額の計算上控除する取得費》第1項の規定によりその者の当該年分の譲渡所得の金額の計算上取得費に算入する金額は、当該有価証券を最初に取得した時(その後既に当該有価証券の譲渡をしている場合には、直前の譲渡の時)から当該譲渡の時までの期間を基礎として、当該最初に取得した時において有していた当該有価証券及び当該期間内に取得した当該有価証券につき所得税法施行令第105条《有価証券の評価の方法》第1項第1号(総平均法)に掲げる総平均法に準ずる方法によって算出した1単位当たりの金額により計算した金額とする旨規定している。 以下では、所得税における為替差損益の具体的な算定方法が争点とされた事例を検討する。 2 過去の裁決例 《国税不服審判所平成28年6月2日裁決》(※1) (※1) TAINSコード:J103-2-07 (1) 事案の概要 本件は、審査請求人(請求人)の平成25年分の所得税等について、原処分庁が、外貨預金の払出しにより生じた為替差益を請求人の雑所得の金額の計算上総収入金額に算入するなどの更正処分等を行ったのに対し、請求人が、原処分庁の認定した為替差益の額が過大であるとして同処分等の一部の取消しを求めた事案である。 請求人は、平成21年5月29日、本件外貨預金口座を開設し、平成25年11月11日(平成25年中における最終取引日であり、同日の払出後における本件外貨預金口座の残高は0.08米ドルである)までの間、同預金の預入れ及び払出しをそれぞれ百数十回繰り返していた。 請求人は、平成25年分の確定申告において、公的年金に係る所得金額のみを雑所得として申告をしたところ、原処分庁は、本件更正処分において、為替取引から生じた本件為替差損益は雑所得に該当するとした上で、本件為替差損益の合計額を本件申告に係る雑所得の金額に加算した。 (2) 争点及び当事者の主張 本件の争点は、「平成25年分の本件為替差益の金額は、幾らになるか。」というものであるが、請求人は、本件為替取引は、本件外貨預金口座を開設した平成21年5月29日から平成25年11月11日までの間にわたり継続して行われた取引であるから、本件為替差損益の額は、当該期間における取引を基礎として計算されるべきであるとし、その金額は521万5,095円であると主張した。 一方原処分庁は、本件為替差損益は、為替相場が変動して生じるものであるから、その額は、米ドルを引き出して円貨を取得した時点の為替相場と、円貨により米ドルを取得した時点の為替相場の差し引きにより生じた値を、引き出した米ドルの額に乗じて計算した額とすべきであり、その金額は、1,088万4,082円であると主張した。 (3) 審判所の判断 審判所は以下のように説示して請求を棄却した。 ① 本件為替差損益の所得区分とその収入すべき時期について ② 平成25年の本件為替差損益の算定方法について 3 検討 請求人の平成25年中の最終取引日である同年11月11日における本件外貨預金口座の残高が0.08米ドルであったことから、請求人は、この時点において外貨預金取引を手仕舞いする意向であったことが窺える。そうすると、取引開始時である平成21年5月29日からの約4年半の期間を外貨への投資への1つの運用期間として、その間の運用益たる本件為替差損益を521万5,095円と算定したものと解される。 一方で、取引開始時である平成21年5月29日以降平成25年中の最初の払出し直前までの為替相場は、継続して円高局面にあり、平成25年中の最初の払出し直前のドル相場は、平成21年5月29日の取引開始時と比べると、円に対して相当下落していたのではないかと推察される。すなわち、それを反映し総平均法で求めたドル単価を基に平成25年中の為替差損益を算定すると、原処分庁の主張のとおり、1,088万4,082円という計算結果になるものと思われる。おそらく請求人は、平成24年度以前の確定申告では為替差損を申告していなかった(※2)ため、上記主張に至ったのではないかと思われる(※3)。 (※2) 外貨預金の円貨による払出しより計上される為替差損は、他の雑所得と相殺可能であるが、その結果、雑所得の金額がマイナスとなった場合、他の所得と損益通算することはできない(所法69①)。 (※3) 青山慶二「外貨預金に係る為替差損益の収入すべき時期について」(TKC税情2018年8月)42~43頁は、「請求人の主張の背景には、投資の初期において収益が上がらず、申告対象としていなかった損失を、為替差益が顕著に出た最終年に反映させたいとの希望があったものと推察される。」と述べている。 しかしながら、裁決書が述べるとおり、「所得税法は、1暦年を単位としてその期間ごとに課税所得を計算し課税を行うことを前提に、その年分の各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額はその年において収入すべき金額とする旨規定しており(同法第36条第1項)」とされ、いわゆる暦年主義(※4)が採用されているため、請求人の主張は、制度上も認められないことになる。 (※4) 注解所得税法研究会編『注解所得税法(六訂版)』(大蔵財務協会、2019年)258~259頁は、「わが国の所得税法は、創設以来このような暦年を課税年度とする建前を採っている。仮に所得税について、納税者に課税年度の選択を認める制度を採用するとすると、①累進構造を採っている所得税については、特に税負担のマニピュレーションを避けるために、課税年度の変更を規制する等の措置を必要とし、また、初年度の税収に大きな影響を及ぼすこと、②課税年度の選択の要請があるのは、主として事業所得であるが、法人の所得がいわば単一の事業所得から成るのに対して、個人の所得は事業所得以外に各種の所得があり、これらの所得の課税年度をどのようにするかという問題が残ること、さらに、③課税年度が暦年であることを前提に組み立てられている所得税の各種の仕組みやその税務執行に大きな変動をもたらすことなど、多くの重要な問題が生ずるものと考えられる。」と述べている。 (了)
法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例63】 「個人間契約の貸付金を法人間契約に変更した場合の貸倒償却の是非」 拓殖大学商学部教授 税理士 安部 和彦 【Q】 私は、関東甲信越地方のある都市に本社を置き、首都圏を中心にフラワーショップを10店舗程度展開する株式会社X(資本金1,000万円で3月決算)に勤務しており、現在経理部長を務めております。わが業界は小規模で個人経営の店が個人客向けに花卉を販売する形態が大半を占めており、最大手であっても全国で200店弱(シェア1%強)というチェーン展開が難しい業界であるとされています。その主たる理由は、扱う花卉が規格化されておらず、また、鮮度が極めて重視されること、また、生活必需品ではなく個人の嗜好に左右されることにあるとされています。 そのような規模の経済を生かしにくい業界において、わが社は、一般のフラワーショップのように個人向けの花卉の販売も行っていますが、わが社独自のマーケット戦略として、主たる顧客ターゲットを、繁華街の高級クラブやラウンジ、ホストクラブ等とし、文字通り「華やかな」雰囲気を作り出すような花束やアレンジメントを納入するという分野に特に注力しており、この点から業界内において顕著な差別化が図られていると言えます。それもあって、コロナ禍で同業他社の業績が厳しい中、おかげさまでわが社の業績は堅調に推移しております。 一方で、最近受けた税務調査で1点解決していない事項があります。それは、わが社の代表取締役Yが取引先で飲食店業を営むZ社の代表者Aに対して行った貸付金債権につき、それをわが社とZ社間の貸付金に振り替えてから数年後、Z社がコロナ禍の業績不振により倒産したため、当該貸付金債権を償却し損金算入したことについての税務署との見解の相違です。Z社が倒産したのは客観的事実であることから、Z社に対する貸付金債権が回収不能となるのは当然であり、それを償却し損金算入することに何ら問題はないと思われるのですが、税務署の調査官は、当該貸付金は契約書の通り個人間のもので、わが社の損益には関係がないと主張します。これはどのように考えるべきなのでしょうか、教えてください。 【A】 法人税法において、貸付金等の金銭債権が現実に貸倒れとなった場合や、債務者の資産状況や支払能力等からみてその全額が回収できなくなることが明らかな場合には、その金額が債権者の貸倒損失として損金に算入されることとなるのですが、それは、当該金銭債権が法人に属することが前提となっています。 仮に、事実認定の問題として、契約書の存在の有無やその内容等から当該前提が崩れ、その金銭債権が損金を計上した法人に帰属するものではないとされる場合には、当然のことながら、その法人における損金算入は認められないこととなるでしょう。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 金銭債権の貸倒損失と貸倒引当金 法人税法において、貸付金等の金銭債権が現実に貸倒れとなった場合は、当然のことながら、その金額が貸倒損失として損金に算入されることとなる(法法22③)。 また、資本金1億円以下の中小法人等については、その債務者が会社更生法による更生計画認可の決定等に基づいて金銭債権の弁済が猶予され、または賦払により弁済される場合等において、その一部について貸倒れその他これに類する事由による損失が見込まれる金銭債権(個別評価金銭債権)の損失見込額として、各事業年度において損金経理により貸倒引当金勘定に繰り入れた金額のうち、その事業年度の終了時において、取り立て又は弁済の見込みがないと認められる部分の金額を基礎として政令で定めるところにより計算した金額(個別貸倒引当金繰入限度額)に達するまでの金額は、その事業年度の損金の額に算入される(個別貸倒引当金、法法52①)。 さらに、資本金1億円以下の中小法人等については、売掛金、貸付金その他これらに準ずる金銭債権(一括評価金銭債権)の貸倒れによる損失の見込額として、各事業年度において損金経理により貸倒引当金勘定に繰り入れた金額のうち、当該事業年度終了の時において有する一括評価金銭債権の額及び近年における売掛金、貸付金その他これらに準ずる金銭債権の貸倒れによる損失の額を基礎として政令で定めるところにより計算した金額(一括貸倒引当金繰入限度額)に達するまでの金額は、その事業年度の損金の額に算入される(一般貸倒引当金、法法52②)。 法人税法においては、従来、企業会計に準じて幅広く引当金に係る損金計上が認められていたが、平成10年度の税制改正以降、課税ベースの拡大の観点から、徐々に廃止・縮小が進められた。貸倒引当金についても、従来通達で認められていた債権償却特別勘定を平成10年度の税制改正により個別貸倒引当金として法令化する一方で、その適用対象法人が限定されるなど、縮小化されつつある。 (2) 事実認定と証拠 租税訴訟を含む裁判は、確定された事実に法規を適用し、その法的効果を評価するという過程を取るのが通常である。したがって、裁判においては、法規の適用対象となる具体的な事実が、適正な手続きを通じて、客観的に確定されることが求められる(※1)。 (※1) 中野貞一郎・松浦馨・鈴木正裕編『新民事訴訟法講義(第3版)』(有斐閣・2018年)305頁参照。 このような事実認定は、裁判の過程において証拠によりなされるが、その中で一般に証拠能力が高いとされるものは文書である。取引当事者間でその合意内容を記した文書である「契約書」はその典型例であるが、訴訟においては、証明しようとしている法律行為が契約書に記載されていれば、当該契約書は「処分証書」となり、その成立の真正が認められることにより、作成者がそこに記載された法律行為を行ったことが認められ、反証を挙げてそれを覆すことは非常に困難になる(※2)。取引の当事者が法人である場合、その内容を記した契約書を作成するのが通常であるが、個人間取引や同族会社が関与する取引の場合においては、文書の作成を怠ることが少なくない。その場合、租税訴訟において、そのような取引の成立の真正を証明することは困難となることが想定される。 (※2) 中野他前掲(※1)書353頁参照。 (3) 個人間契約の貸付金を法人間契約に変更した場合の貸倒償却の是非が争われた事例 ここでは、本件と同様に、個人間契約の貸付金を法人間契約に変更した場合における貸倒償却の是非が争われた事例(東京地裁平成28年2月23日判決・税資266号-27(順号12805)、TAINSコード:Z266-12805)について、以下で確認してみたい。 ① 事案の概要 原告は、パチスロ遊技機等の販売、宅地建物取引業等を行うことを目的として、平成14年5月に設立された株式会社である。原告の平成17年4月1日から平成18年3月31日までの事業年度(平成18年3月期)及び平成20年3月期において、不動産の売買、賃貸、管理及びその仲介等を商業登記簿上の目的とする有限会社B(代表取締役乙)に対する仮払金として計上した合計3,500万円が貸し倒れたとして、平成20年3月期において同額を貸倒償却として計上し、損金の額に算入した。 このような申告内容に関し、東京上野税務署長は、原告は、原告の代表取締役である甲の個人的な貸付金を原告の貸付金のごとく仮装したものであるとして、原告に対し、平成20年3月期以後の法人税の青色申告の承認の取消処分並びに平成20年3月期から平成22年3月期までの各事業年度の法人税に係る各更正処分及びこれらについての本件各事業年度の重加算税の各賦課決定処分を行った。原告は、これを不服としてその取消しを求めて提訴した。 当該裁判例で問題となった取引を図示すると以下の通りとなる。 〇 貸付金取引の概要 なお、③の判決文中に出てくる「本件経理処理2」及び「本件経理処理3」とは以下の経理処理を指す。 ② 事案の争点 個人間契約の貸付金を法人間契約に変更した場合において、当該貸付金に係る貸倒償却を損金算入することができるか。 ③ 裁判所の判断 なお、本件は控訴されたが棄却され(東京高裁平成28年9月8日判決・税資266号-121(順号12899)、TAINSコード:Z266-12899)、確定している。 ④ 本裁判例から学ぶこと 本件は、個人間の金銭消費貸借契約を法人間に変更したことが、法的に有効であったのかという、専ら事実認定に関する争いが課税関係に影響を及ぼした事案である。当該契約が個人間のものであり、原告を含む法人間のものでなければ、原告が行った貸倒償却はそもそも存在しない貸付金について行ったものとなり、損金算入をしようにもその根拠がなく、架空の費用計上であるということになる。 事実認定の問題となると、それを証明する証拠の有無が重要となるケースが多いが、取引や契約の有無や内容を証明する場合には、やはりそれを裏付ける「文書」ないし「書面」が重要な役割を果たすと言えよう。本件の場合、個人間契約については書面がありながら、原告が主張する法人間契約には書面(契約書)がないことから、その主張には説得力が決定的に欠けていると言わざるを得ない。もちろん、虚偽の内容を記載した書面や形式的な書面を作成することもあるため、書面に全面的に依拠することは困難であるものの、書面の内容を覆すためには、それ相応の証拠を積み上げる必要があり、実際には困難を極めることとなるであろう。 やはり、中小企業といえども、一定期間経過後における事実関係の証明を容易にするために、課税関係に影響を及ぼす可能性のある取引等については、契約書や覚書等を厭わずに作成し、当事者間の署名等を得るようにすべきといえよう。 (4) 本件へのあてはめ 法人税法において、貸付金等の金銭債権が現実に貸倒れとなった場合や、債務者の資産状況や支払能力等からみてその全額が回収できなくなることが明らかな場合には、その金額が債権者の貸倒損失として損金に算入されることとなるのであるが、それは、当該金銭債権が法人に属することが前提となっている。 仮に、事実認定の問題として、契約書の存在の有無やその内容等から当該前提が崩れ、その金銭債権が損金を計上した法人に帰属するものではないとされる場合には、当然のことながら、その法人における損金算入は認められないこととなるだろう。 (了)
〈事例から理解する〉 税法上の不確定概念の具体的な判断基準 【第18回】 「租税法律主義において信義則違反の主張はどう評価されるか」 公認会計士・税理士 大橋 誠一 1 大阪国税不服審判所平成28年7月25日裁決(TAINSコード:F0-3-499) (1) 事実関係の概要 下記で使用している用語の定義を含めて、本連載【第17回】を参照されたい。 (2) 双方の主張の概要 ① 被相続人の相続人である兄弟姉妹の審査請求人ら(請求人ら) ② 原処分庁 (3) 租税法律主義における信義則に係る法令解釈 (4) 審判所の判断の概要・請求人らの主張の排斥 2 法令解釈の出所 上記1(3)の法令解釈は、最高裁第三小法廷昭和62年10月30日判決を基礎としているものと考えられる。 また、他の審査請求事件(大阪国税不服審判所平成27年7月14日裁決)においては、下記の説示が付加されており、これは東京地裁平成26年7月18日判決(TAINSコード:Z264-12510)を参酌したものと考えられる。 3 信義則違反の主張のハードルの高さ 「過去の税務調査においても同様の事実関係があったにもかかわらず、それを指摘することなく、今の段階になってどうして指摘するのか? 過去の税務調査において、その論点は是認したのではなかったのか?」という納税者の本音を仄聞するところであり、これは長年関与をしていた税理士にとっても同じ思いであろう。 しかし、過去の税務調査において指摘がなかったことが、税務官庁が積極的に当該処理を是認したとはいえず、有り体にいえば、「調査官の能力経験の希薄さ・税務官庁の当時の調査方針における論点外であったこと・時間的資源の制限による調査項目の取捨選択」といった各種事情によってたまたま着眼されなかったにすぎず、不服申立てにおいて上記主張を展開しても報われないケースがほとんどであろう。 また、税務署長が不利益処分の前に個別事案について公的見解を提示するということは(正式に事前照会制度などを経由しない限り)通常は考えづらい。 ちなみに、不服申立て事件を裁く担当審判官の立場においても、審査請求人が上記の主張に拘泥する以上は、これを信義則違反として主張整理した上で争点化し、上記1(3)の法令解釈を判断の物差しとして請求人の主張を排斥するという手法をとらざるを得ないのが通常だろう。 (了)