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プロフェッションジャーナル No.573が公開されました!~今週のお薦め記事~

2024年6月13日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル  No.573を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。

#Profession Journal 編集部
2024/06/13

酒井克彦の〈深読み◆租税法〉 【第132回】「消費税法上の実質行為者課税の原則(その5)」

酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第132回】 「消費税法上の実質行為者課税の原則(その5)」   中央大学法科大学院教授・法学博士 酒井 克彦     Ⅳ 所得課税法における実質課税の原則との径庭(承前) 4 本件判決(承前) これまで見てきたとおり、所得税法や法人税法における実質所得者課税の原則の建付けは、原則を法律的帰属説により捉え、例外的に、信託税制を経済的帰属説によって説明するという構図であった。 これらの法律において、所得税法12条と13条、法人税法11条と12条は、いずれも「第4章 所得の帰属に関する通則」と位置付けられているのである。 そして、所得税法12条及び法人税法11条が法律的帰属説を採用し、所得税法13条及び法人税法12条がその例外として経済的帰属説を採用する関係にあると解されてきた。 これに対して、消費税法はどのような整理であろうか。消費税法13条と14条は何らかの同一の章として括られているわけではないのである。所得税法や法人税法が「所得の帰属に関する通則」と位置付けていたのとは異なる整理といえよう。 このことからも、消費税法13条と同法14条を同じ実質行為者課税の原則と一括りにすること自体に躊躇を覚えるところであり、同法13条が実質的な譲渡等を行う行為者を認定する規定であるのに対して、同法14条は実質的に譲渡等を行う行為者の規定ではなく、単なる「みなし規定」であると整理すべきであるように思われるのである。すなわち、実質行為者の規定としての消費税法13条は自己完結的な規定であるというべきではなかろうか。 そして、そのことは一般的な法律の適用における実質性重視の考え方と幾分も異なるところがないのであるから、法律的帰属説における創設規定説を採用する余地はないというべきであろう。したがって、本件判決は、確認規定説に立ちながらも、消費税法13条の要件を重視する考え方を採用しているとみるべきであると思われるところ、確認規定説においてはダイレクトに文理解釈を重視するべきという結論は当然の事理ではないと思われるのである。   Ⅴ 問屋と相手方との間の法律効果 本件判決は、「問屋と相手方との間の売買契約に係る経済的利益は問屋ではなく委託者に帰属するものであり、XがA場において行っている牛枝肉取引においても、Xがこれにより得る経済的利益はXが委託者(出荷者)から収受する委託手数料(卸売金額の100分の3.5)であって、当該売買契約に係る売買代金のうち、かかる委託手数料や諸費用等を控除した金額(せり売等に係る価格に数量を乗じて得た額の合計額に100分の105を乗じて得た額から委託手数料及び委託者の負担となる費用の額を控除した金額)は、売買仕切金として、Xから委託者(出荷者)に支払われる」とし、「このことからすれば、A場においてXが問屋として行う牛枝肉取引による牛枝肉の譲渡に係る対価を享受するのはXではなく委託者(出荷者)であるといえそうであるが、・・・資産の譲渡等を行った者の実質判定はその法的実質によるべきものであるところ、・・・牛枝肉取引の法的実質として、法律上資産(牛枝肉)の譲渡等を行ったとみられる者すなわち問屋であるXが、単なる名義人にすぎず、当該資産(牛枝肉)の譲渡等を行ったものではないということはできないものと解するのが相当である。」とする。 実質的に名義人であるか否かということが重要なのではなく、Xと委託者のいずれが法律的な意味での経済的利益の享受者かということを明らかにすることが求められるのではなかろうか。 ここでは、経済的利益の享受者を判定するに当たって、法律的に経済的利益を享受する権利を有する者が誰かという点に関心を置く必要があるのではなかろうか。 けだし、経済的帰属説とは経済的利益を享受した人が誰であるのかという現実的な観点から実質的な行為者を観察するのに対して、法律的帰属説とは、経済的利益を享受する権利を有する人が誰であるのかというあるべき姿を模索する観点から実質的な行為者を観察する規定であるからである。 そもそも、消費税法13条は確認的規定であるのであるから、同条が「法律上の名義人」という表現を採用しているからといって、そこにいう「名義人」という概念に縛られる必要などないのではなかろうか。ことさらに「名義人」該当性を論じる意味はなく、実質的に経済的利益を享受する権利を有する者を法律的に眺めればよいはずである。 本件判決が示すとおり、問屋は、問屋自身が権利義務の主体となって、経済的利益を他人に帰属させて物品の販売又は買入を行うことを業とするものであって、当該物品の販売ないし買入という売買契約に係る問屋と相手方との関係(外部関係)は、問屋が当該売買契約の当事者、すなわち権利義務の主体となるものであり、一方、問屋と委託者との関係(内部関係)は、委託関係となる。 そして、問屋と相手方(外部の取引先)との間の売買契約に係る経済的利益は、法的にみれば、問屋ではなく委託者に帰属すると解されるのではなかろうか。 すなわち、別言すれば、法律効果の帰属を考えると、売買契約などの外部関係における法律効果はそのまま委託者に帰属するとする立論もあり得るのではなかろうか。 もっとも、委託者と受託者である問屋との委託契約内容の本旨から離れた行為をした場合の当該法律効果は委託者には及ばないことも事実であるから、本件事案における法律効果が権限踰越等のために委託者に帰属しないものであるという例外的な場合を除けば委託者の譲渡行為とみるべきであったようにも思われるのである。 (了)

#No. 573(掲載号)
#酒井 克彦
2024/06/13

谷口教授と学ぶ「国税通則法の構造と手続」 【第27回】「国税通則法第7章の2」-質問検査総説-

谷口教授と学ぶ 国税通則法の構造と手続 【第27回】 「国税通則法第7章の2」 -質問検査総説-   大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫   1 第7章の2の条文構成 国税通則法第7章の2は、以下の各規定によって構成されている。以下では条名とその見出しのみを記しておく。   2 第7章の2の沿革と評価 国税通則法第7章の2は平成23年度[11月]税制改正における同法の改正によって創設されたが、その創設は、「昭和36年の国税通則法制定に関する答申では、質問検査権を統一的に同法に盛り込むべきとしたが、質問検査の内容や態様がかなり相違するとして見送られた経緯がある。」(日本弁護士会連合会日弁連税制委員会編『国税通則法コンメンタール 税務調査手続編』(日本法令・2023年)148頁[舘彰男執筆])といわれる、税制調査会「国税通則法の制定に関する答申(税制調査会第二次答申)」(昭和36年7月)の答申内容の単なる「復活」ではない。 そもそも、税制調査会・前掲答申は、「当調査会において審議の対象としてとりあげた一応の素材的な試案」(3頁)のうち「第7章 記帳義務及び調査(記帳義務、質問、検査、諮問等)」(同頁)を、「われわれが特に重点的に検討することを必要と認めた主な事項」(4頁)の1つである「第五 記帳義務及び質問検査権等」(14頁)の「二 質問、検査及び諮問」(15頁)として、「1 質問、検査及び諮問の対象となる者の範囲」(同頁)、「2 質問、検査及び諮問の権限の行使と税務官署の管轄区域との関係」(同頁)、「3 質問、検査及び諮問の方法等」(16頁)及び「4 特定職業人の守秘義務と税法に基づく質問、検査の権限の行使との関係」(同頁)の4つの事項について答申したが、税制調査会「国税通則法の制定に関する答申の説明(答申別冊)」(昭和36年7月)は、同答申における検討の「考え方」(80-81頁。下記ⓐ)及び「結論」(82頁。下記ⓑ)について以下のとおり説明していた(下線筆者)。 以上の説明からは、税務職員の質問検査権等の行使ないし規定について、「租税行政上の公平」・「課税の公平」と「納税義務者の負担」・「私生活の平穏」・「国民の基本的権利」との密接な「交錯」関係(場合によっては対立関係にもなり得ることは想定されていたと思われる)が認識されていたことを読み取ることができるが(上記ⓐ第1段落、ⓑ第1段落参照)、質問検査権等の制度の整備については、「これらの権限をどのように定めるかは、国民の納税道徳、税務職員に対する信頼の程度、社会慣習等に依存する。」(上記ⓐ第2段落)あるいは「これらの規定は可能な限り明確でかつ理解しやすいものであることが要請される。」(上記ⓑ第1段落)と述べられていたにとどまり、税法における適正手続の保障すなわち手続的保障原則(拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)【27】参照)の実現に向けた意識は希薄であったように思われる。 したがって、税制調査会が「現行制度を基本的に維持することが適当である」(前記ⓑ第2段落)とした以上、「[現行制度に関する規定に]かなり不備・不統一が目立つので、特定の税目に特有なものは別として、可能な限り、この制度に関する規定を整備統一して国税通則法に規定することとすべきである」(前記ⓑ第3段落)と説明しても、それは、「専ら、法律体系の整備の観点から考えられたもの」(志場喜徳郎ほか共編『国税通則法精解〔令和4年改訂・17版〕』(大蔵財務協会・2022年)29頁)にすぎなかったが故に、「実際問題として、各税法の規定をみると、果たしてこれを統一的にうまくまとめて規定できるかどうかがはなはだ疑わしいのである。というのは、まず、直接税と間接税とにおいて、前者がいわゆる人税であり、後者はいわゆる物税であることから、質問検査の内容や態様が両者間においてかなり顕著に相違しているものがある。」(同頁)等の状況に鑑みると、「これを国税通則法にまとめる必要性や実益も大してないのではないかということになるわけで、こうした考えから、政府としてはその立案を見合わせることとしたものである。」(同30頁。大蔵省主税局「国税通則法の制定について」税法学132号(1961年)27頁、28頁も参照)という結末に終わったことも、無理からぬことであったといえよう。 このような結末は、国税通則法制定前に各税法に定められていた質問検査に関する規定が基本的にそのまま維持されることになったことを意味するが、そのような法状態を前提にして所得税法の質問検査権規定の合憲性及び解釈について最高裁の判断が示された(最高裁の判断に関する以下の検討については、谷口教授と学ぶ「税法基本判例」第38回参照)。 まず、川崎民商事件・最大判昭和47年11月22日刑集26巻9号554頁(以下「昭和47年最大判」という)は次の判示(下線筆者)等により憲法35条等適合性を認めた。 次に、荒川民商事件・最決昭和48年7月10日刑集27巻7号1205頁(以下「昭和48年最決」という)は、昭和47年最大判の上記判示を受けて、次のとおり判示した(以下「判旨A」という。下線筆者)。 その上で、昭和48年最決は所得税法の質問検査権規定に関する解釈を次のとおり示した(以下「判旨B」という。下線筆者)。 昭和48年最決の判示のうち判旨Aは、昭和47年最大判の前記判示を要約したものと解される。この点、最高裁の両判断は、質問検査に関する税務官庁と納税者との法律関係について、「一般的権限と一般的受忍義務という構造」(柴田孝夫「判解」最判解刑事篇(昭和48年度)99頁、103頁)に基づき「いわゆる租税権力関係説的な理解」(同頁)を示した点では、基本的に同じ立場に立つものと解されているところである(同頁参照)。そこでは、質問検査について税務官庁側が「一般的権限」を有し納税者が「一般的受忍義務」を負うという一方的な関係が「租税権力関係」といわれているものと解される。 そこでいう「権力関係」は、勿論、実力行使を伴う直接的物理的強制を要素とする「ナマの権力関係」ではなく、税法が「国家財政の基本となる徴税権の適正な運用を確保し、所得税の公平確実な賦課徴収を図るという公益上の目的を実現する」(昭和47年最大判)という立法政策的考慮に基づき間接的心理的強制という法技術を用いて認めた「立法政策的・法技術的な権力関係」にとどまるものと解される。昭和48年最決に関する調査官解説も、「本決定においては、徴税方式自体はいずれかといえば一つの技術であるにとどまるとする見解が採られているということになろうか。」(柴田・前掲「判解」103頁)と述べているところである。 とはいえ、その立法政策的・法技術的な権力関係は、調査妨害犯としての処罰可能性による間接的心理的強制(前記判旨A参照)という形で現れているだけでなく、質問検査に関する税務職員の広範な裁量(前記判旨B参照。以下「調査裁量」という)という形でも現れていると考えられる。税務職員が質問検査の相手方を調査妨害犯により告発することは実際にはほとんどなく、稀に起訴され有罪とされた場合でも罰金額は少額にとどまるのが通例であること(前掲拙著【137】参照)を考えると、むしろ後者の調査裁量こそがそのような権力関係を具現するものといってよかろう。 そこで、税務官庁による調査裁量の行使が恣意にわたることのないよう「調査裁量の法的統制」が学説で議論されてきた(その議論については差し当たり曽和俊文『行政調査の法的統制』(弘文堂・2019年)325頁以下参照)。その際、昭和47年最大判、昭和48年最決及び千葉民商事件・最判昭和58年7月14日訟月30巻1号151頁について次のような評価(金子宏「税務情報の保護とプライバシー」租税法研究22号(1994年)33頁、39-40頁。下線筆者)がされていたことが注目される。 勿論、質問検査の要件、手続等については多数の裁判例が積み重ねられ(例えば所得税の分野における裁判例について詳しくは注解所得税法研究会『注解所得税法〔5訂版〕』(大蔵財務協会・2011年)第21章第2節参照)、また、課税実務においても整備・改善が図られてきた(国税庁編『国税庁五十年史』(大蔵財務協会・2000年)230頁以下、274頁以下、等参照)。 ただ、「調査裁量の法的統制」に対する本格的な立法的対応は、平成23年度[11月]税制改正まで待たなければならなかった。この税制改正に係る「平成23年度税制改正大綱」(平成22年12月16日閣議決定)は、「第2章 各主要課題の平成23年度での取組み」の「(3)税務調査手続」の見出しの下で次のとおり述べた(6頁)。 この大綱に基づく法案の作成及び修正を経て(その間の「攻防」については日弁連税制委員会編・前掲書24頁以下[三木義一執筆]参照)、「[提出前の法案の原案のうち]税務調査手続に係る規定の大部分が残り、従来は運用に委ねられていた手続の根拠規定ができた」(同38頁[同])とされるが、これによる国税通則法の改正については、特に昭和48年最決との関係で次のような肯定的評価(同152頁[舘彰男執筆])がされている。 この評価にみられるように、かつてはその実現に向けた意識が希薄であった手続的保障原則が質問検査手続において重視されることになったことの意義は大きいといえよう。このことは、質問検査手続における「納税者と課税庁との対等性」(三木義一「租税手続法の大改革」自由と正義63巻4号(2012年)35頁、42頁)の形成ひいては租税債務関係説の貫徹(拙著『税法創造論』(清文社・2022年)845頁[初出・1995年]、898頁注(3)[初出・2020年]参照)に寄与し、昭和48年最決にみられた質問検査手続の「いわゆる租税権力関係説的な理解」(柴田・前掲「判解」103頁)を克服したものといえるのである。次の評価(品川芳宣『国税通則法講義―国税手続・争訟の法理と実務問題を解説―』(日本租税研究協会・2015年)79-80頁)もこのことは認めるのであろう。 また、行政調査手続一般との関係でも、次のような肯定的評価(曽和俊文「税務調査判例の展開と行政調査論」論究ジュリスト3号(2012年)47頁、55頁)がされているところである。 最後に、国税通則法第7章の2に対する総括的評価として次の評価(金子宏『租税法〔第24版〕』(弘文堂・2021年)995頁)を挙げておく。 (了)

#No. 573(掲載号)
#谷口 勢津夫
2024/06/13

国際課税レポート 【第3回】「OECD声明と米・伊財務相発言から読み解く利益Aと利益B」

国際課税レポート 【第3回】 「OECD声明と米・伊財務相発言から読み解く利益Aと利益B」   税理士 岡 直樹 (公財)東京財団政策研究所主任研究員   「第1の柱」多国間条約についてのOECD声明 2024年5月30日、OECD・G20 BEPS包摂的枠組み共同議長であるMarlene Nembhard-Parker氏(ジャマイカ国税庁次長)とTim Power氏(イギリス財務省企業・国際課税担当次長)は連名で声明を発表し、第1の柱を巡る議論の状況については次のように述べた。 昨年(2023年)12月にOECDが発表した新スケジュールで「利益A」(Amount A)の多国間条約の条文の確定は2024年3月末、署名式は6月末までにそれぞれ延期されてから、企業はOECDの動きを注視してきた。 利益Aの対象は売上高200億ユーロ、利益率10%を超える一握りの企業(世界で100~200社)であり、ほとんどの企業にとっては直ちに影響するものではない。しかし、多国間条約が発効しないと、デジタル売上税(DST)が各国で復活・増殖する可能性がある。一方、米国は、DSTは米国企業に差別的な税と主張し、報復関税を課すと警告している。企業が注視せざるを得ない理由は、そうなれば主要国間で貿易戦争になりかねないリスクがあるからだ。 今回の声明は、6月末の期限まで1月を切る中、127の国・地域等から400人が参加して開催された第16回包摂的枠組み総会の議論終了後に出されたものだが、条文の公表に至らず、「6月末の署名を目標に交渉が完了に近づいている」と述べるのにとどまった。ポジティブな言葉は並ぶが、肩透しと言われても仕方のない内容だ。 5月30日には、コーマンOECD事務総長も声明を出し、6月末の合意達成に向けた努力継続をわざわざ歓迎している。6月末の合意達成を期待させる2つの声明をOECDが出したのは、多国間条約の交渉が膠着状態にあることを認めるアメリカとイタリアの財務相の発言を打ち消すことにあった可能性がある。   アメリカ・イタリアの財務相が認めた多国間条約交渉の膠着 5月24日、G7財務省・中央銀行総裁会合のためにイタリア・ストレーザを訪れたアメリカ・イエレン財務長官は、ロイター通信のインタビューに応じ、「インドと中国が多国間条約の合意を妨げている」と述べたことが記事の見出しとされている(※1)。 (※1) ロイター通信「Yellen says India and China hindering 'Pillar 1' tax deal」(2024.5.25) 5月25日、G7終了後の記者会見において、イタリアのジョルジェッティ経済財務相は、利益B(Amount B)が多国間条約の前提条件となっており、インド及び中国の反対があることから、多国間条約を巡る交渉は膠着状態(stalemate in a deadlock)にある。6月末の署名は失敗(failed)するリスクをはらんでいると説明している。 ただし、共同声明ではいつもどおりにG7の政治的コミットメントを再確認している。   「膠着状態」の原因 アメリカ・イタリアの財務相の発言と、前述のOECDの2つの声明のニュアンスには隔たりがある。何が実際には起こっているのだろうか。 ジョルジェッティ経済財務相は記者会見で、利益Bが利益Aの多国間条約合意の前提条件と述べている。名指しは避けられているが、米国財務省によるこの主張がカギのようだ。米国の税専門誌は、米国財務省は、「課税の確実性を提供する強固な利益Bの枠組みを確保することが、米国が利益Aの多国間条約に署名するために満たされるべきレッドライン(譲れない一線)である」と主張していることを伝えている(※2)。 (※2) Tax Notes Federal「Amount B Tax Certainty Is a Red Line for U.S., Bello Says」(2024.1.15) 「利益A」は利益率の高い巨大多国籍企業の高利益率部分に市場国で課税できるようにするためのものであり、全世界で100~200社程度が対象になる。これは多国間条約により施行される。米国議会調査局の推計では、新たに課税対象となる多国籍企業の母国は米国(31社、シェア56%)、中国(13社、16.7%)に集中している。 「利益B」は、有形財の卸売販売業者や販売代理店(製造やデジタル製品は対象外)に関する移転価格ルールを簡素化するためのものである。2024年2月に公表されたOECD「利益Bレポート」は、①産業分類、並びに、②売上高の営業資産に対する比率(OAS)及び③売上高の営業費用に対する比率(OES)といった基準の組み合わせ「移転価格プライシング・マトリクス」で決定される1.5%から5.5%のリターン率(売上高利益率)を示している。利益BレポートはOECD移転価格ガイドラインの一部になっており、各国は任意に採用し2025年から適用できる(ただし、日本の方針は未だ明らかにされていない)。なお、インドは、定性的な基準が含まれていないことのほか、利益Bの設計全般について留保を付している(「利益Bレポート」8頁)。   「利益B」プライシング・マトリクスの損得勘定 関係者の反応は、利益Bのマトリクスが定めるリターン率についての認識(損得勘定)に依存しそうだ。1.5~5.5%という率を比較的低い穏当なものだと考えたとき、資本輸出国の立場からみれば、適用を義務的なものとした方が市場国における課税を抑え込むことができ、進出する自国企業に有利だ。米国財務省はこれを狙っていると言える。他方、対内投資を受ける国の立場からは、自国の地域固有の優位性等に基づいたより高い利益率の適用を主張できる余地を残しておきたいと考えるだろう。 こうした違いは企業レベルでも異なってくる。高利益率を得ている企業はプライシング・マトリクスの強制適用を支持するだろうし、そうでない企業は、より低いリターン率が定められている産業区分や売上高営業資産率等へマトリクス内で移動を試みるだろう。 ロケーション固有の優位性(Location Specific Advantage)や、マーケットプレミアムついては、中国が国連マニュアル等で主張していたことが知られている。利益Bを巡るインドや中国の主張の詳細は伝わってこないが、両国は世界第2位(中国は2010年から)、第5位(インドは2027年には世界第3位の経済大国になると言われている)の経済大国であり、軽視できる存在でないことは明らかである。今後長期間安定した国際課税制度とするためには、溝を埋めるための議論を丹念に行う必要がある。 条約の対象でない利益Bを多国間条約署名の前提条件とする米国財務省の主張は一方的にも思えるし、インドは「定性的基準」をマトリクスに設けることが予測可能性を損ない、企業にとって“不意打ち課税”につながるものでないことを説明するべきである。 〈利益B移転価格プライシング・マトリクスの概要(売上高利益率%)〉 (注) 関連者から有形財を仕入れ、非関連者に卸売販売等する取引が対象。サービス(デジタルサービスを含む)は含まない。 (出所) 「利益Bレポート」Inclusive Framework on BEPS「Pillar One -Amount B」Table 5.1 「Pricing Matrix (return on sales %) derived from the global dataset」を一部改変して筆者作成。   「利益B」プライシング・マトリクスが中小企業にもたらすメリット 企業にとっては、メドが示されていたほうが好ましいことには違いがない。それに合わせて行動できるようになるからだ。利益Bの適用対象は大企業に限定されていない。中小企業にとって、移転価格リスクに対応する上でのコスト削減も重要だ。利益Bのプライシング・マトリクスは、片側検証(TNMM法)が適用できる場合に利用できるとされているが、そもそも企業が移転価格税制リスクから自らを守るため、TNMM法による移転価格を検証するためには、高価なデーターベースを利用するほかはない。これは、財政基盤が弱い中小企業にとっては大きなコスト負担となる。 それに比べ、プライシング・マトリクスが示されたことにより、それを外れないように注意を払うことで移転価格リスクに対応することが可能になる可能性を秘めていそうだ。   6月末の条約署名開始より大切なこと 6月末までに時間は残されており、OECDの声明が実現することを期待したい。仮に署名開始が実現しなかった場合、落胆はある。しかし、失敗とみなすべきでない。6月末を重視して、うわべの合意達成を取り繕うとすればもっと困る。 それでは、現実のリスクとして、6月末までに合意できなかった場合にどう備えるべきか。イタリアの政府当局者はインタビューに応えて、イタリアのデジタルサービス税を維持しながら、報復関税を避けるための交渉を米国と行いたいと述べている(前掲(※1)のロイター通信参照)。 大がかりな多国間合意の例として、わが国は国内に鋭い意見対立があり、署名後わずか1年で米国が離脱するなどしたTPPを、時間をかけてまとめ上げ、発効させた経験をもつ。2つの柱による国際課税改革も大きな改正であり、紆余曲折はやむを得ないと知るべきだ。 真の失敗は、6月末に間に合わないことではなく、それを大きな失敗ととらえ、国際協調主義への意欲が後退してしまうことである。 利益Aの多国間条約の案文を巡り、米国財務省は2023年の10~12月に米国内でパブリック・コメントを行った。グローバル企業として成功しているアマゾンが提出した、国際協調の重要性を支持する次のコメントを紹介して終わりたい。 (了)

#No. 573(掲載号)
#岡 直樹
2024/06/13

マンション評価通達の内容と実務への影響 【第3回】

マンション評価通達の内容と実務への影響 【第3回】 (最終回)   拓殖大学商学部教授 税理士 安部 和彦     4 マンション評価通達の実務への影響と今後 (1) 評価乖離率の算定時点からの「乖離」 国税庁が示した評価乖離率算定に係る算式が妥当なものであるのかどうかは、残念ながら現状、厳密な検証はできないのであるが(※22)、仮に妥当なものであるとした場合であっても、その算定時点が問題となる。すなわち、当該算式は、平成30年中の日本全国の中古マンション取引から異常値を除去して抽出された2,478件の取引データにより導き出されているのであるが(※23)、以下の表で見る通り平成30年以降の首都圏(中でも都区部)のマンション価格は上昇傾向にあることから、令和6年1月1日以降取得等するマンションに関し、平成30年時点のデータに基づく評価乖離率では、果たして適正な評価ができるのか大いに疑問である。 (※22) 自由度調整済決定係数が0.5864に過ぎない点も、この算式の妥当性に疑問が生じるところである。国税庁「第2回 マンションに係る財産評価基本通達に関する有識者会議」(令和5年6月1日)別添2資料4頁参照。 (※23) 国税庁前掲(※22)資料2頁参照。 〇 首都圏の新築マンションの平均価格の推移 (出典) (株)不動産経済研究所「首都圏 新築分譲マンション市場動向 2023年のまとめ」(2024年1月25日)3頁のデータより筆者作成 この点は既に識者により指摘されている事項であるが(※24)、国税庁はパブリックコメント別紙1の5頁で、「足元のマンション市場は、建築資材価格の高騰等による影響を排除しきれない現状にあり、そうした現状において、コロナ禍等より前の時期として平成30年分の売買実例価額に基づき評価方法を定めることとしました。」として、その後のマンション価格の高騰を考慮しない旨を表明している。要するに、その後の高騰の影響は、次回の通達見直しの時期(固定資産税評価の見直しに合わせて3年後となる見込み)において行うということである。 (※24) 例えば、香取稔「マンション通達の概要と留意すべき事項等」月刊「税理」編集局編『新通達でこう変わる!! マンション節税と相続税シミュレーション』(ぎょうせい・令和5年)10頁参照。 (2) 依然として残った相続税プランニングの「余地」 上記(1)から言えることは、相続税・贈与税のプランニングの観点からすると、他の財産との比較においてマンションが引き続き有利な財産であることを意味するということである。そうなると、時価と評価額との差(時価>評価額)を利用した租税回避行為も依然として生じる余地があるが、国税庁の上記「措置(一種の不作為)」により、仮に目に余るような租税回避行為が横行するような場合には、「総則6項」により対処する(※25)ということなのであろうか(※26)。国税庁のこのような対応、すなわち租税回避行為の「温存」を許容するかのような「不作為」が適切なものといえるかどうかについては、残念ながら疑問を禁じ得ない。 (※25) 総則6項は基本通達の規定であることから、個別通達であるマンション通達には適用がないと解する余地もあるかもしれないが、マンション通達の冒頭に「標題のことについては、(中略)『財産評価基本通達(法令解釈通達)』によるほか、下記のとおり定めたから」とあるので、適用があると解するのが妥当かもしれない。いずれにせよ、訴訟になれば裁判所は最高裁令和4年4月19日判決・民集76巻4号411頁と同様に「実質的な租税負担の公平に反する」かどうかを判断することとなるであろう。 (※26) なお、国税庁前掲(※17)情報の別添問9で、本通達の適用がある場合でも総則6項の適用があり得る旨を示している。 国税庁が公表している統計によれば、「総則6項」の適用事案(マンション評価通達発遣前)は年間数件(平成24事務年度~令和3事務年度の期間の実績(計9件)で、一番多い平成29事務年度でも4件)と、多くはない(※27)。また、最高裁令和4年4月19日判決において最高裁が判示している通り、総則6項の存在の有無にかかわらず、相続税や財産評価に関する「目に余るような租税回避行為」が生じているのであれば、公平性の観点からそれを是正すべく課税庁が課税処分を行うことに違法性はないということになるだろう。 (※27) 国税庁「第1回 マンションに係る財産評価基本通達に関する有識者会議」(令和5年1月30日)別添2資料8頁参照。 しかし、せっかく個別通達の発遣により評価額を時価に近づける措置を講じたにもかかわらず、課税庁があえて「穴」を残しておくような行為(不作為)をなすことに対しては、なかなか妥当性を見出しがたいように思われる。 実際のところ、個別通達(マンション評価通達)の発遣により多少相続税・贈与税のプランニングの幅は縮められたものの、例えば以下のような都心部のマンションを利用すれば、依然として相当程度相続税負担を圧縮することが可能である(※28)。 (※28) このような案件に本気で対処しようとしたら、やはり路線価そのものを大幅に引き上げないとお手上げではないだろうか。 〇 都心部のマンションに係る評価額の一例 (注) 評価率1は相続税評価額(個別通達適用前)を市場価格で除した値、評価率2は個別通達評価額を市場価格で除した値を指す。 (3) 相続税プランニングの「余地」に対する実務家の対応 それでは、上記のような相続税プランニングの「余地」が依然として残った状況下において、実務家はどのような対応が求められるのであろうか。常識的に考えれば、次回の見直しが見込まれる約3年後(2027年?)までの間において、発遣後間もない「新しい」個別通達に従って評価した区分所有財産について、総則6項等によりそれをあえて覆すような課税処分を受けるリスクは小さいということになるであろう。 仮に、その期間内に新しい個別通達ではなく総則6項が発動されるケースがあるとすれば、恐らく、個別通達で評価した金額が時価よりも相当程度低いケースに限定されるものと考えられる。この場合の「相当程度低い」とはどの程度を指すのかにつき、それを正確に予測することは非常に困難であるが、あえて私見を示すのであれば、国税庁の以下の資料や最高裁令和4年4月19日判決の事案等を踏まえれば、評価額が時価の概ね0.3(通達が示す評価水準0.6の半分)を下回った水準(評価率ベース)がその目安(※29)となるのではないかと考えられる。 (※29) あくまでも目安で、もちろん、0.3よりも高い(例えば)0.4であれば安心などということは誰にも言えないであろう。 〇 市場価格と相続税評価額との乖離の事例 (注) 上記表中の「乖離率」とは市場価格を相続税評価額で除した割合を、「評価率」とは相続税評価額を市場価格で除した割合(乖離率の逆数)をいう。 (出典) 国税庁「第1回 マンションに係る財産評価基本通達に関する有識者会議」(令和5年1月30日)別添2資料6頁を筆者一部改変 〇 最高裁令和4年4月19日判決の対象不動産 上記から、次回の見直しが見込まれる約3年後までの間において、個別通達に従って評価した区分所有財産について、総則6項等により課税処分を受けるリスクがあるケースは、以下の3要件全てにあてはまるものではないかと考えられる。 このうち②について補足すれば、相続税対策等の目的で区分所有財産を購入した場合、その購入の時期と相続ないし贈与発生の時期とが近ければ(概ね2年以内であろうか)、相続ないし贈与発生時の時価は購入対価の額とそれほど差異はないとの推定が成り立つ。そうなると、その購入対価の額が個別通達による評価額よりも優に高ければ、租税回避事案であり「実質的な租税負担の公平に反する」として課税庁が否認する可能性は高くなるものと想定される。 したがって、個別通達の発遣前からそうではあるが、例えば、被相続人が亡くなる直前にバタバタと相続税対策を開始し、その一環として時価と評価額とが乖離した区分所有財産を取得して相続税額を圧縮することを意図したスキームを実行したようなケースなどは、否認のリスクが高まるということを十分留意すべきであろう。 さらに③についてであるが、本来であれば、納税者が時価とそれよりも相当程度低い相続税評価額との差異を利用したプランニングを行えば、否認すべき租税回避事案であるといえるのであろう。 しかし、納税者の予測(予見)可能性を確保する観点で個別通達が検討され発遣されたという経緯を勘案すれば(※30)、総則6項等により否認するには上記①の要件(単に価格が低い)だけでは不十分で、最高裁令和4年4月19日判決でも言及された借入金による相続税負担の圧縮という追加的な要件がないと課税庁も動きにくいのではないだろうか。 (※30) 自民党・公明党「令和5年度税制改正大綱」(令和4年12月16日)21頁参照。 (4) 評価乖離率が零又は負数となるケース 通達(案)ではなかった項目であるが、パブリックコメントで「評価乖離率が零又は負数となった場合はどうするのか。」という指摘があり、それに応える形で、通達の2及び3において、「ただし、評価乖離率が零又は負数のものについては、評価しない。」という文言が加わっている。それでは、評価乖離率が零又は負数になる場合というのは、具体的にはどのようなケースが該当するのであろうか。 以下の評価乖離率の算式から判断するに、マイナスの値(係数がマイナス)を乗じる「区分所有建物の築年数(マイナス0.033)」及び「区分所有権等に係る敷地持分狭小度(マイナス1.195)」の2項目が注目される。 すなわち、区分所有権等に係る敷地持分狭小度は敷地利用権の面積を専有部分の面積で除した値であることから、築年数が長いマンションや、敷地利用権の面積が広いマンションは評価乖離率が小さくなり、零又は負数となる可能性があるということである。昔建てられたマンションは、近年建てられたマンションと比較すると、建物の総階数も高くなく、敷地にゆとりがあって駐車場や子供の遊び場がしっかり設けられていた物件が珍しくなかったように思われる。そのようなマンションに対して上記算式を当てはめると、評価乖離率が零又は負数となる可能性は十分にあり得るといえよう。 相続税・贈与税に関する裁決事例において争われた物件の中には、正に評価乖離率が零又は負数となるケースとはどういう場合なのかがわかる事案があるので、以下でその物件のデータを示しておきたい(国税不服審判所平成22年10月13日裁決・TAINSコード:J81-4-12)(※31)。 (※31) 笹岡宏保「マンション評価の新通達と総則6項との関係」月刊「税理」編集局編『新通達でこう変わる!! マンション節税と相続税シミュレーション』(ぎょうせい・令和5年)137-145頁参照。 ではこのような場合、どのように評価するのであろうか。このような場合、マンション評価通達は使えないため、従来通りの相続税評価を行うのであろうか(上記裁決事例は相続税評価が妥当としていた)。ケースによっては、総則6項により、鑑定評価を用いる事態も想定されるところである。今後の実務がどのように展開するのか、注目されるところである。   5 まとめ マンション評価通達(個別通達)の発遣により、これまで他の財産と比較して優遇されてきた区分所有財産の評価方法が改められ、市場価格にある程度近づけられるようになった。しかし、マンション通達発遣後も引き続き都市部のタワーマンションやヴィンテージマンションの評価率は低い水準にとどまることが想定され、それはこれからも当該区分所有財産を利用した相続税のプランニングが有効であることを意味する。そうなると、実務家としては、それを利用した相続税のプランニングに対する課税庁による総則6項等を用いた否認が懸念されるところであるが、個別通達が発遣された趣旨を踏まえれば、その適用事案は限定的ではないかと想定される。 それよりもむしろ、タワーマンションやヴィンテージマンションを用いたプランニングに気を取られるあまり、不動産業者等の甘言に乗って不当に高額な不動産の購入を余儀なくされたり、相続人にとって利用しがたい不動産が相続財産に組み込まれるような現象が生じることの方が心配である。相続税対策に取り組む実務家は、相続税の縮減ばかりに目を向けるのではなく、もっと大局的な立場から、被相続人や相続人の「真の利益」とは何であるのかという観点からアドバイスを行うよう心掛けなければならないと考える次第である。 (連載了)

#No. 573(掲載号)
#安部 和彦
2024/06/13

Q&Aでわかる〈判断に迷いやすい〉非上場株式の評価 【第43回】「外国会社株式等がある場合における法人版事業承継税制に係る贈与時における納税猶予税額の計算」

Q&Aでわかる 〈判断に迷いやすい〉非上場株式の評価 【第43回】 「外国会社株式等がある場合における 法人版事業承継税制に係る贈与時における納税猶予税額の計算」   税理士 柴田 健次   Q 先代経営者甲は令和5年10月16日に後継者乙にA社株式40,000株(発行済株式総数の全て)の贈与を行い、法人版事業承継税制(特例措置)に係る贈与税の納税猶予の適用を受ける予定です。A社株式の令和5年10月16日時点における取引相場のない株式の評価明細書の第4表「類似業種比準価額等の計算明細書」は、下記の通りとなります。 なお、A社は3月決算であり大会社に該当し、特定の評価会社に該当しませんので、類似業種比準価額で株式の価額を計算するものとします。 また、A社は出資比率が100%である外国子会社のB社から毎期10,000千円の配当金(うち外国源泉税等1,000千円)を受け取っており、外国子会社から受ける配当等の益金不算入制度により95%相当について益金不算入として法人税の計算を行っています。 B社は外国子会社合算税制の対象となる外国関係会社には該当しません。 B社の出資金額は200,000千円(帳簿価額)ですが、令和5年10月16日時点の相続税評価額は1,000,000千円です。 乙は、A社株式の贈与以外に贈与はなく、相続時精算課税贈与を受ける予定ですが、乙の贈与税の納税猶予税額及び贈与税の納付税額はいくらになりますか。 A 乙の贈与税の計算は下記の通りとなり、贈与税の納税猶予税額は155,528千円、贈与税の納付税額は13,024千円となります。  ◆  ◆  ◆ ① 法人版事業承継税制(特例措置)の概要 法人版事業承継税制(特例措置)は、贈与税の納税猶予制度と相続税の納税猶予制度があり、特例対象の株式等を有していた個人から後継者に贈与又は相続により取得させた場合において、一定の要件の下に特例株式等(特例措置の納税猶予の適用を受ける株式をいいます。以下同じ)に係る贈与税又は相続税を猶予する制度です(措法70の7の5、70の7の6)。 贈与税の納税猶予の適用を受けた後継者に係る贈与者が死亡した場合には、特例株式等(猶予中の贈与税額に対応する部分に限ります)は相続又は遺贈により取得したものとみなされます。この場合における相続税の課税価格の計算の基礎に参入すべき特例株式等の価額は、原則として贈与の時における価額を基礎として計算します(措法70の7の7)。一定の要件を満たした場合には、相続税の納税猶予の適用を受けることができます(措法70の7の8)。   ② 贈与税の納税猶予税額の基本的な計算構造 贈与税の納税猶予税額は、贈与を受けた財産が納税猶予の適用を受ける特例株式等のみであると仮定して計算した贈与税の額が猶予されます(措法70の7の5②八)。 したがって、贈与税の納税猶予税額などは、下記の3ステップにより求めることになりますが、ステップ2で計算される金額が贈与税の納税猶予税額となり、その金額が「ゼロ」である場合には、贈与税の納税猶予の適用を受けることはできません。 〈納税が猶予される贈与税などの計算方法〉 (出典) 国税庁ホームページ「非上場株式等についての贈与税・相続税の納税猶予・免除(法人版事業承継税制)のあらまし(令和5年6月)」5頁より抜粋   ③ 外国会社株式等を保有している場合の除外計算 贈与者又は被相続人が所有している外国会社株式、医療法人の出資持分又は上場株式は、法人版事業承継税制の適用対象にはなりませんが、承継会社が外国会社株式、医療法人の出資持分又は上場株式を有している場合には、要件を満たしていれば納税猶予の適用を受けることができます。 ただし、承継会社がこれらの株式等を保有している場合において納税猶予を無制限に認めてしまうと外国会社株式、医療法人の出資、上場株式についても納税猶予を認めてしまうことになるため、特例株式等の価額の計算上、これらの株式等については除外して計算することとされています。 具体的には、承継会社又は承継会社の特別関係会社(承継会社、代表者、代表者の特別関係者が有する他の会社(外国会社を含みます)の議決権の数の合計が当該他の会社に係る総株主等議決権数の100分の50を超える当該他の会社をいいます。以下同じ)であって承継会社との間に支配関係を有する法人が外国会社株式、医療法人の出資持分又は上場株式で一定の要件に該当するもの(以下「外国会社株式等」という)を所有している場合には、贈与税又は相続税の納税猶予税額の計算をする場合において、特例株式等の価額の計算上、外国会社株式等を有していなかったものとして計算します(措法70の7の5②八、70の7の6②八、措令40の8の2⑫)。 (1) 外国会社株式等の範囲 外国会社株式等とは、次に掲げる外国会社株式、医療法人の出資又は上場株式をいいます。 (注1) 資産保有型会社とは、一定の日における次に掲げる割合が100分の70以上となる会社をいいます(円滑化規則1⑰)。 (※) 特定資産とは、有価証券(事業実態のある子会社等一定のものを除きます)、会社が現に自ら使用していない不動産、ゴルフ会員権等、絵画、貴金属等、現預金その他これらに類する資産をいいます。 (注2) 資産運用型会社とは、一定の事業年度における次に掲げる割合が100分の75以上となる会社をいいます(円滑化規則1⑱)。 (※1) 特定資産の運⽤収⼊には、特定資産である株券の発⾏会社からの配当⾦、受取利息、受取家賃や特定資産の譲渡(譲渡価額そのものが運⽤収⼊となります)などが含まれます。 (※2) 総収⼊⾦額は、損益計算書上の売上⾼、営業外収益及び特別利益(資産の譲渡によるものについては、当該資産の譲渡価額に置き換えます)の合計額となります。 (2) 除外計算の対象になるかどうかの判定手順 除外計算に該当するかどうかは、下記の手順により判定を行います。 (3) 外国会社株式等がある場合の贈与時又は相続時における納税猶予税額の計算 贈与税又は相続税の納税猶予税額を計算する場合の後継者の課税価格とみなされる特例株式等の価額は、財産評価基本通達に基づき下記の通り計算します(措通70の7-14)。 なお、外国会社株式等との間に支配関係がある他の外国会社株式等については考慮する必要はないため、除外計算は1回のみとなります。 また、贈与税の納税猶予の適用を受けた後継者に係る贈与者が死亡した場合における相続税の納税猶予の計算において除外計算がある場合の特例株式等の価額の計算方法については、承継会社の相続開始時点における純資産価額を基に除外計算を行うことになりますが、詳細は次回解説します。   ④ 外国子会社からの配当金について (1) 外国子会社配当益金不算入制度 内国法人が外国子会社(外国法人の発行済株式等に対する内国法人の保有割合が25%以上であり、かつ、その状態が剰余金の配当等の額の支払義務が確定する日以前6月以上継続している外国法人をいいます)から受ける剰余金の配当等の額がある場合には、その剰余金の配当等の額からこれに係る費用の額に相当する額(剰余金の配当等の額の5%相当額)を控除した金額を益金の額に算入しないことができることとされています(法法23の2①、法令22の4①②)。 この外国子会社配当益金不算入制度の適用を受けた場合には、外国源泉税等の額は、外国税額控除の対象とならず(法法69、法令142の2)、損金算入もできません(法法39の2)。 (2) 類似業種比準価額の年利益金額の計算 類似業種比準価額の計算要素である年利益金額は、その法人の1事業年度の経常的な利益金額を算出することを目的としていますので、原則として外国子会社からの配当金も含めて計算することになります。 外国子会社配当益金不算入制度の適用を受けている場合には、外国子会社からの配当金については、95%相当部分が益金不算入とされ、法人税の課税所得金額が計算されていますので、益金不算入とされた外国子会社の配当金は加算する必要があります。 また、外国子会社配当益金不算入制度の適用を受けている場合には、外国源泉税等の額も損金不算入とされていますが、類似業種比準価額の計算要素である年利益金額を計算する際には、その外国子会社の配当金等に係る外国源泉税等の額は受取配当金から控除する必要があります。 したがって、年利益金額から外国子会社配当益金不算入額を加算し、外国源泉税等の額は控除することになります。そのため、本問の第4表「類似業種比準価額等の計算明細書」には、1株あたりの年利益金額の受取配当等の益金不算入額(⑬欄)に9,500千円と左の所得税額(⑭欄)に1,000千円と記載されています。   ⑤ 本問の場合における除外計算 B社からの受取配当金及び外国源泉税等の額については、年利益金額から除外する必要があります。本問の場合には、受取配当金(10,000千円)から外国源泉税等(1,000千円)を控除した金額(9,000千円)が年利益金額に含まれていることになりますので、これを除外する必要があります。 年利益金額の計算上のどの部分で調整を行うかについては明らかにされていませんが、法人税の課税所得金額(⑪欄)には、B社からの受取配当金の5%部分の500千円が含まれていますので、例えば、受取配当等の益金不算入額(⑬欄)に△500千円と記載することで年利益金額からB社からの受取配当金額を除外することができます。 なお、通常の株式の価額計算では、上記④(2)で解説の通り、受取配当等の益金不算入額(⑬欄)に9,500千円及び左の所得税額(⑭欄)に1,000千円が記載されますが、年利益金額に含める必要はありませんので、それぞれ記載しないように注意をする必要があります。 また、純資産価額(⑲欄)からB社株式を除外する必要があります。税務上における帳簿価額を除外することになりますので、相続税評価額1,000,000千円ではなく、帳簿価額200,000千円を減額することになります。どこで調整するかは明らかにされていませんが、1つの方法として利益積立金額(⑱欄)から200,000千円を減額すれば計算できます。 以上により具体的な除外計算がある場合の類似業種比準価額の計算は、下記の通りとなります。   ⑥ 本問の場合における贈与税の納税猶予税額と納付税額 相続時精算課税贈与の場合の贈与税の計算は、下記の通りとなります。   ☆実務上のポイント☆ 外国会社株式等の除外計算がある場合には、法人版事業承継税制を適用しても贈与税は発生することになりますので、あらかじめどれぐらいの贈与税が発生する予定であるかシミュレートをしておくことが重要となります。 (了)

#No. 573(掲載号)
#柴田 健次
2024/06/13

さっと読める! 実務必須の[重要税務判例] 【第98回】「共有不動産に係る不動産所得と事務管理事件」~最判平成22年1月19日(集民233号1頁)~

さっと読める! 実務必須の [重要税務判例] 【第98回】 「共有不動産に係る不動産所得と事務管理事件」 ~最判平成22年1月19日(集民233号1頁)~   弁護士 菊田 雅裕   (了)

#No. 573(掲載号)
#菊田 雅裕
2024/06/13

事例でわかる[事業承継対策]解決へのヒント 【第63回】「M&Aによる第三者承継に向けた株式の集約」

事例でわかる[事業承継対策] 解決へのヒント 【第63回】 「M&Aによる第三者承継に向けた株式の集約」   太陽グラントソントン税理士法人 (事業承継対策研究会) パートナー 税理士 梶本 岳   相談内容 私は、精密機器製造業を営む非上場会社L社を経営するAです。私も70歳を目前に控え、経営承継を強く意識するようになりましたが、私の親族の中には後継者として会社を任せられるものがいません。役員・従業員の中にもL社の経営を担ってもらえる人物は見当たらないため、M&Aによる第三者承継という形で事業承継を行いたいと考えています。 まだ金融機関やM&A仲介会社にも相談していない段階ですが、これから第三者承継を進めるにあたって懸念しているのは、親族や元従業員といった少数株主の存在です。彼らは私が会社を売却することに反対すると思いますし、M&Aが具体化しても株式を手放すことを容認しないかもしれません。 自分が買い手の立場であれば、オーナーの親族など少数株主が反対しているような会社を買いたいとは思えませんので、M&Aによる第三者承継が具体化する前に、少数株主から株式を買い戻しておきたいと考えています。まずは、私が少数株主から買い取るための相談から始めたいと思いますが、M&Aに反対する株主からも強制的に株式を取得できるような仕組みがあれば、ご提案いただけないでしょうか。 〈L社の資本関係〉 ■ □ ■ □ 解 説 □ ■ □ ■ [1] 株式を集約する方法の検討 少数株主から強制的に株式を集約するスクイーズ・アウトの方法としては、特別支配株主の株式等売渡請求、株式併合、全部取得条項付種類株式などの方法が考えられますが、今回の集約方法としては、A氏が保有するL社株式の議決権割合に応じて、株式等売渡請求又は株式併合を用いることが適切であると考えます。 A氏がL社の総株主の議決権の10分の9以上の株式を保有している場合には、平成26年の会社法改正で創設された「特別支配株主の株式等売渡請求」を選択し、A氏の議決権割合が10分の9に満たない場合は「株式併合」(※)を選択することをお勧めします。 (※) 全部取得条項付種類株式も少数株主の保有株式を1株に満たない株式にすることで排除する方法という点が共通していますが、平成26年の会社法改正により株式併合の手続きが整備され法的安定性が担保されたことから、実務においては全部取得条項付種類株式よりも手続きが簡便な株式併合を用いることが主流になっています。   [2] 特別支配株主の株式等売渡請求 特別支配株主の株式等売渡請求とは、株式会社の総株主の議決権の10分の9以上を保有している株主(特別支配株主)が、対象会社の株主全員に対し、その有する株式の全部を特別支配株主に売り渡すことを請求することができる制度です(会179)。 〈特別支配株主の株式等売渡請求の概要〉 株式等売渡請求は対象会社(L社)の取締役会決議で実行することができるため、株主総会の決議を必要としません。取締役会の承認が得られれば、特別支配株主と少数株主との間で個別に株式売買の合意を得ることなく株式を取得することが可能です。 また、株式併合や全部取得条項付種類株式による場合は、少数株主の保有株式を1株に満たない株式にすることで少数株主を排除しますが、株式等売渡請求による場合はその際発生する端株の処理(1株に満たない端数について、裁判所の許可を得て競売以外の方法により売却し、売却代金を交付)も必要ないことから、これらの手法を用いる場合よりも比較的短期間で手続きを完了することができます。 特別支配株主は、単独で総株主の議決権の10分の9以上(発行済株式の全部を保有する特別支配完全子法人を有する場合は、特別支配完全子法人の保有する議決権と合わせて10分の9以上)を保有している必要があります。したがって、議決権の10分の9以上の株式を保有していない場合には、本制度を活用することはできません。このような場合には、他の株主から株式を買い集めて、10分の9以上の議決権を取得したうえで株式等売渡請求を行うか、議決権の3分の2以上で実行できる株式併合など他の手法を検討する必要があります。   [3] 株式併合 株式併合とは、複数の株式を合わせて1株にするなど、より少数の株式にする会社の行為です(会180)。少数株主の保有する株式が1株未満の端数になるように株式併合を行い、売却代金を交付して少数株主を締め出す手法です(会234、235)。 〈株式併合の概要〉 議決権を集約するには、支配株主(A氏)だけは株式併合を実施した後も1株以上の株式となり、少数株主については1株未満の端数となる割合で株式併合を行います。 株式併合を行うには、株主総会の特別決議を経なければなりません。したがって、支配株主が総株主の議決権の3分の2以上の株式を保有していない場合には、本制度を活用することはできません。このような場合には、他の株主の協力を得て3分の2以上の承認を得るか、又は、他の株主から株式を買い集めて、総株主の議決権の3分の2以上を取得したうえで株式併合を行う必要があります。 株式併合は、株主総会の承認だけでなく、効力発生日後に1株未満の端数となった株式を裁判所の許可を得て売却し、株主に交付する手続きが必要となるため、特別支配株主の株式等売渡請求に比べると手続きが煩雑であり、手続き完了までに相応の時間が必要となります(会235)。   [4] 売買価格決定の申立て 株式の集約にスクイーズ・アウトの手法を用いる場合、強制的に株式を取得されてしまう少数株主には、裁判所に対して公正な価格で買い取ることを要請する、「売買価格決定の申立て」が認められています。 特別支配株主の株式等売渡請求を受けた少数株主は、取得日の20日前の日から取得日の前日までの間に、裁判所に対し、その有する売渡株式等の売買価格の決定の申立てをすることができます(会179の8①)。 一方、株式併合に反対した株主には、1株に満たない端数となる株式の全部を公正な価格で買い取ることを請求する「反対株主の株式買取請求権」(会182の4)が認められており、株式併合の効力発生日から30日以内に株主と対象会社との間で価格について協議が調わないときは、その期間の満了の日後30日以内に、裁判所に対し、価格決定の申立てをすることができます(会182の5)。 裁判所に価格決定の申立てが行われた場合において、裁判所が決定する株価は、税務上の評価額(少数株主の場合は配当還元価額)とは異なり、DCF法や純資産法を用いて算出された価格となることが一般的です。したがって、発行会社や支配株主が買取金額として想定していた価格よりも非常に高額となる可能性がある点に留意が必要です。   [5] 結論 少数株主から株式を集約する際に、最も簡便な手法は、売買契約を締結して任意に株式を取得することです。ただし、売買契約を締結するには少数株主の承諾が必要であるため、株式を手放したくない理由がある場合や譲渡対価に納得できない場合など、必ずしも交渉がスムーズに進むとは限りません。 中小企業の事業承継M&Aにおいては、買主が全株式の取得を望むことが多く、売主であるオーナー経営者が事前に分散株式の集約を行っておかなければ売買が成立しないケースも見受けられます。少数株主と合意できずに株式の集約が進まない場合には、少数株主をスクイーズ・アウトする方法を検討せざるを得ないこともあるでしょう。 ただし、少数株主から強制的に株式を取得するスクイーズ・アウトの手法には、株主とのトラブルや紛争の端緒となる可能性があることも事実です。対象会社や支配株主としては、少数株主からなるべく低廉な価格で株式を取得したいところですが、少数株主に対して提示する価格が低すぎると、裁判所に対して価格決定の申立てをされてしまうことにもなりかねません。少数株主の納得感が得られる客観的かつ公正妥当な方法で算定した価格を提示するなど、少数株主の権利保護にも留意する必要があるでしょう。 具体的な対策については、弁護士や税理士等の専門家と相談の上、実行されることをお勧めします。   (了)

#No. 573(掲載号)
#太陽グラントソントン税理士法人 事業承継対策研究会
2024/06/13

〔会計不正調査報告書を読む〕 【第156回】株式会社ラックランド「特別調査委員会調査報告書(公表版)(2024年4月12日付)」

〔会計不正調査報告書を読む〕 【第156回】 株式会社ラックランド 「特別調査委員会調査報告書(公表版)(2024年4月12日付)」   税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝   【株式会社ラックランド特別調査委員会の概要】   【株式会社ラックランドの概要】 株式会社ラックランド(以下、「ラックランド」と略称する)は、1970年2月、業務用冷凍・冷蔵庫の販売、設備工事及びメンテナンス業務を目的として設立。「食」に関わる商業施設・店舗の設計及び商空間制作を主たる事業とする。国内連結子会社15社、海外連結子会社9社を有する。売上高41,106百万円、経常利益143百万円、資本金3,943百万円(訂正前の2022年12月期実績)。従業員数1,392名(2024年3月31日現在)。本店所在地は東京都新宿区。東京証券取引所プライム市場上場。会計監査人は、PwC京都監査法人東京事務所(現:PwC Japan有限責任監査法人)。   【特別調査委員会による調査報告書の概要】 1 特別調査委員会設置の経緯 ラックランドは、2023年8月23日より東京国税局が実施していた2020年12月期から2022年12月期までを対象期間とした税務調査の過程において、2023年12月21日、東京国税局の指摘により、代表取締役社長望月圭一郎(以下、「望月社長」と略称する)が接待交際費等として精算申請を行った費用の一部について、科目処理の誤り等の不適切な会計処理の疑いが生じたため、管理本部による調査及び東京国税局との協議を進めていた。 2024年1月30日、より客観的な調査を行うため、監査等委員である取締役の中山礼子及び森幹晴による社内調査チームを組成し、不適切な会計処理が発生した経緯や原因、内部統制体制、2023年12月期及び過年度(2019年12月期から2022年12月期)の連結財務諸表等に与える影響等に関する調査を行った。 社内調査の結果、接待交際費等の一部について、望月社長が精算申請時に申告した情報に事実と異なる内容が含まれていたこと等が判明し、望月社長による精算申請を行った経緯等の事実関係及び2023年12月期及び過年度の連結財務諸表等に係る影響額の正確な把握が不可欠となる事態に至ったことから、本件事案に関する徹底した事実調査を実施するため、2月14日開催の取締役会において、当社から独立した中立かつ公正な外部専門家のみで構成される特別調査委員会を設置することを決議したものである。 2 特別調査委員会の構成の一部変更 特別調査委員会による調査の過程において、望月社長による経費精算事案における金銭との関係性が疑われる2018年12月期に計上された長期売掛金の回収資金等に関する問題及びこれに役職員の一部が関与している可能性が発覚したことから、ラックランドは、2024年3月末に予定していた第54回株主総会を延期すること及び特別調査委員会の構成を一部変更して2名の調査委員を追加したうえで調査を続行することとした。 3 特別調査委員会による調査結果の概要-1(望月社長による接待交際費等の不適切行為) 特別調査委員会は、調査の結果、望月社長による2019年度から2023年度までの接待交際費及び旅費交通費の支出金額が合計で706,692千円であったとしたうえで、このうち、不適切な経費精算として、1,917件、金額にして334,759千円を認定した。 特別調査委員会は、望月社長による不適切な接待交際費の支出について、下記の5類型に分類して、説明している。 4 特別調査委員会による調査結果の概要-2(長期売掛金の回収資金等に関する問題) 特別調査委員会は、デジタル・フォレンジック調査の過程で、2019年から2020年にかけて、ラックランドから仮払金として望月社長の個人口座に支払われた資金が、望月社長の資産管理会社である株式会社エイ・クリエイツ(報告書上の表記は「D社」。以下、「エイ・クリエイツ」と略称する)を経由して、ラックランドが物件X案件として売上計上した長期売掛金の返済原資に充てられている疑義を発見し、調査期間を延長するとともに副委員長2名を追加選任して、物件X案件の受注から売上計上に至るまでと売掛金の回収における事実関係を重点的に調査した。 特別調査委員会の調査によれば、ラックランドは、Y社から物件Xに係る工事4件を受注し、工事完了後の2018年3月に3,735百万円、同年12月に2,064百万円の合計5,800百万円を売上計上した。特別調査委員会は、収益認識要件の観点から事実を確認した結果、売上計上に関しては、再検討すべき事象はないと判断している。 一方、物件X案件に係る長期売掛金の回収について、特別調査委員会は、以下の問題点を指摘し、望月社長、取締役管理本部長鈴木健太郎氏(報告書上の表記は「鈴木取締役」)及び執行役員管理本部部長森川奈々氏(報告書上の表記は「A1氏」、以下「森川執行役員」と略称する)の3人が関与していることが判明したと報告している。 特別調査委員会は、これらの問題点について、ラックランドが物件X案件によって約22億円の長期売掛金を抱え、かつ、1回でもその入金が滞ったら貸倒引当金の計上を検討しなければならないという状況下で、望月社長、鈴木取締役及び森川執行役員が、債権回収に躍起となり、なりふり構わぬ行動に出たものであるという理解を示したうえで、ラックランドの内部統制の有効性及び取締役会・監査等委員会によるコーポレートガバナンスの有効性に重大な疑義を生じさせるものであると評価している。 5 特別調査委員会による原因分析(調査報告書109ページ以下) 特別調査委員会は、まず、望月社長による接待交際費の不適切な精算について、以下のとおり、原因を分析した。 次いで、物件X案件の売掛金回収問題については、以下のとおり原因を分析した。 特別調査委員会は、物件X案件におけるZ社の返済原資をエイ・クリエイツから提供するという不適切行為が、望月社長、鈴木取締役及び森川執行役員によって実行されたことについて、「多額の債権回収を実現するため」「会社を守るため」と自己正当化をし、罪悪感もないと批判したうえで、これらの不適切行為が、結果的には、売上及び長期売掛金の計上に対する会計監査人の疑念を招いていること、シンジケートローン調達や公募増資等におけるラックランドの説明について、金融機関の疑念を招くおそれを生じさせていることなど、重大な負の影響につながっていることを重く受け止めなければならないと指摘している。 最後に2つの事案に共通する原因分析として、特別調査委員会は、次の5項目を挙げている。 6 特別調査委員会による再発防止に向けた提言(調査報告書116ページ以下) 特別調査委員会は、上記の原因分析を踏まえて、下記のとおり再発防止に向けた提言を行った。 特別調査委員会は、再発防止策の最初に「上場会社であり続けることについての徹底的な議論」という項目を挙げ、取締役会において、なぜ上場会社であり続けるのか、それは誰のため・何のためなのか、上場会社が負うアカウンタビリティ(説明責任)を引き受ける覚悟が取締役会にあるのか、非上場という選択肢はないのかといった点について、徹底的な議論を行い、大きな方向性を打ち出す必要があると提言した。 さらに、「役員の経営責任及び法的責任の追及」としては、不適切行為に関与した役員のほか、内部統制やコーポレートガバナンスの不備を放置してきた取締役(監査等委員を含む)について、経営責任を明確化し、経営責任を負わせる必要性を提言するとともに、監査等委員会に対して、損害賠償請求を含む法的責任について検討する必要があると提言している。   【調査報告書の特徴】 2023年5月12日、ラックランドは、「特別調査委員会の設置に関するお知らせ」をリリースして、会計監査人から、会計監査の過程で、下請工事業者から受け取った見積書が変造されていることを発見し、内部監査室長に対して事実関係の調査依頼があったことをきっかけにして、特別調査委員会を設置したことを公表している。2023年5月設置の特別調査委員会の報告書を受領したのは同年7月25日であり、同月28日には、「特別損失の計上のお知らせ」をリリースして、同日時点で調査費用が約669百万円と見込まれることを公表した。 それからわずか7ヶ月足らず、ラックランドは、前回とは全く性質の異なる不適切行為によって、再度、特別調査委員会を設置することとなった。2024年2月に設置した特別調査委員会が、再発防止策の提言の最初に、ラックランドが上場会社であり続けるかも含めて、議論を行うべきであるという厳しい指摘をしている背景には、短期間に、不適切行為が連続して発覚していること、あるいは、過去の税務調査で指摘され追徴課税を受けた不適切な経費精算が全く改められることなく続けられていたことなどがあると考えられる。 特別調査委員会の調査報告書の特徴について、検討したい。 1 2023年5月に設置した特別調査委員会による調査結果の概要 ラックランドが、2023年8月25日に公表した「再発防止策及び関係者の処分に関するお知らせ」をもとに、2023年5月に設置した特別調査委員会による調査結果の概要をまとめておきたい。 (1) 調査の結果判明した不適切な会計処理 特別調査委員会は、ラックランドの工事進行基準案件等において、以下の不適切な会計処理があると報告した。 (2) 発生原因 特別調査委員会は、ラックランドにおいて不適切な会計処理が行われていた原因として、以下の7項目を挙げている。 (3) 再発防止策 特別調査委員会による調査結果を受けて、ラックランドが公表した再発防止策は次のとおりである。 (4) 関係者の処分 同じリリースの中で、ラックランドは、関係者の処分として、取締役については役員報酬の自主返納5ヶ月、監査等委員である取締役については役員報酬の減額5ヶ月を公表している。監査等委員である取締役について「自主返納」ではなく「減額」としている理由は説明されていない。 2 過去の税務調査での指摘事項 ラックランドは、2020年9月28日から翌年4月28日まで、東京国税局の税務調査を受けて、望月社長が個人的経費分を含む経費精算を行っていたことが指摘され、望月社長は個人的経費分を自主返納し、ラックランドは、費用から立替金に振替処理をしている。 特別調査委員会は、この税務調査の結果が、取締役会や監査等委員会に正しく伝達されていれば、関連規程の制定、予算の再検討や交際費の上限額の設定などを検討する十分な機会を得ることができたはずとして、取締役会等に報告することを怠った鈴木取締役について、「ことの重大性を全く認識していなかった」と批判している。 3 望月社長による自主返納誓約書 特別調査委員会は、調査進行中に、望月社長が、不適切な経費精算であると認定された金額を自主的に返納したいという意思を示しているとの情報を得て、ラックランドと協議を経て、2024年3月4日付「誓約書」をラックランドに提出し、特別調査委員会が不適切であると考えた経費精算の金額を自主返納することを約して、ラックランドから返納すべき金額の確定通知を受けてから14日程度の猶予ののち、可及的速やかに、自主返納額全額を返納するという意思を表明した。 上記2のとおり、過去の税務調査においても、望月社長は個人的経費について自主返納しており、それによって自らの責任を追及されることなしに事態を収拾できたと考えていることがうかがえるところである。 なお、本稿執筆時点までに、ラックランドが、望月社長に対して、個人的経費の自主返納を請求したというリリースは出ていない。 4 ガバナンス委員会の設置 2024年4月18日、ラックランドは、「ガバナンス委員会の設置に関するお知らせ」をリリースして、具体的な再発防止策を策定・実行し、内部統制及びガバナンス体制の強化に取り組むためガバナンス委員会を設置することを決議したことを公表した。 (1) ガバナンス委員会の目的及び委嘱事項 ガバナンス委員会は、内部統制及びガバナンス体制に対するステークホルダーからの信頼を回復することを目的とし、その委嘱内容は、取締役会の諮問機関として、①本件の原因並びに内部統制及びガバナンス体制上の問題点を分析し、②具体的な再発防止策を検討及び策定し、③再発防止策の運用に対するモニタリングを行い、④その他ガバナンス委員会が必要と認め取締役会が委嘱した事項を対応することにある。 (2) ガバナンス委員会の構成 ガバナンス委員会の構成は、以下のとおりである。 5 代表取締役の異動 2024年5月8日、ラックランドは、「代表取締役の異動に関するお知らせ」をリリースして、望月社長が、代表取締役社長兼設計本部長から取締役へと異動し、常務取締役営業部門管掌の野村裕之氏が代表取締役に就任することを公表した。異動の理由として、「本件の発生及び上記ガバナンス委員会の答申の内容を踏まえ」と説明しているが、4月18日に設置されたガバナンス委員会が、ラックランド取締役会に対して、どのような答申を行ったかは公表されていない。 (了)

#No. 573(掲載号)
#米澤 勝
2024/06/13

〔まとめて確認〕会計情報の月次速報解説 【2024年5月】

〔まとめて確認〕 会計情報の月次速報解説 【2024年5月】   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 2024年5月1日から5月31日までに公開した速報解説のポイントについて、改めて紹介する。 具体的な内容は、該当する速報解説をお読みいただきたい。   Ⅱ 新会計基準関係 日本公認会計士協会は次のものを公表している。 〇 会計制度委員会報告第7号「連結財務諸表における資本連結手続に関する実務指針」の改正(内容:「中間財務諸表に関する会計基準」等を受けた改正) (了)

#No. 573(掲載号)
#阿部 光成
2024/06/13
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