〔会計不正調査報告書を読む〕 【第96回】 東洋インキSCホールディングス株式会社 「特別調査委員会調査報告書(2019年12月11日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【特別調査委員会の概要】 【東洋インキSCホールディングス株式会社の概要】 東洋インキSCホールディングス株式会社(以下「東洋インキHD」と略称する)は、1896(明治29)年創業、1907(明治40)年設立。塗料、樹脂などの化学製品の製造販売を行う事業会社の持株会社としてグループの戦略立案及び各事業会社の統括管理を行っている。 連結子会社は62社、持分法適用関連会社7社を有する。売上高290,208百万円、経常利益15,508百万円、資本金31,733百万円。従業員数8,274名(いずれも訂正前の2018年12月期、連結ベース)。本店所在地は東京都中央区。東京証券取引所1部上場。会計監査人は有限責任監査法人トーマツ(以下「トーマツ」という)。 調査の対象となったTICCは、1997年にフィリピンで設立され、その事業領域は、東洋インキHDの事業のうち、「色材・機能材関連事業」に分類され、受託加工が売上の約8割を占めている。 【調査報告書の概要】 1 特別調査委員会設置の経緯 2019年8月14日、東洋インキHDのフィリピン子会社であるTICCの社長を務めるB氏が、フィリピンの現地銀行リサール商業銀行の担当者に対し、バンク・オブ・ザ・フィリピン・アイランズからの借換えを相談したところ、同担当者から、既にTICCは同行から借入をしている事実、同時点での借入残高が47百万米ドルである旨を告げられた。 B氏は、TICCが同行から借入を行っているとの認識を有していなかったため、同月26日、上記事実を東洋インキHDに報告し、東洋インキHDが事実確認を進めたところ、みずほ銀行からの借入についても、実際の借入額が、連結パッケージによる報告上の借入額よりも70万米ドル過大であることが判明した。 上記事態を受け、東洋インキHDが、TICCにおいて、財務・経理部門のシニアマネージャーとして、同部門の責任者を務めていたA氏に対して事実確認を行ったところ、遅くとも2004年頃から、赤字決算を回避するために、売上原価(原料費)を過少に計上し、仕入先に支払う原料の代金をまかなうために簿外で借入を行っていた旨説明するに至った。 A氏の説明を受け、東洋インキHDは、透明性の高い実効的な調査を実施するべく、社外取締役に加えて、社外の専門家から構成される調査委員会を設置し、調査を依頼したものである。 2 A氏による不正の概要 特別調査委員会による調査は、結果的に、本件不正を主導したA氏の協力を得られない状態で進められることとなった。その経緯は以下のとおりである。 (1) 社内調査によって判明した事実 東洋インキHDが2019年8月27日から9月11日にかけて行った社内調査の結果、TICCから連結パッケージにより報告されている金額との比較で、以下の簿外債務、棚卸資産の過大計上の事実が判明した。 社内調査時に、調査担当者は、A氏と4度の面談を行っているが、A氏の説明内容は毎日のように変遷し、具体的な不正の方法について、合理的な説明はなかった。 ただし、社内調査において、A氏が本件不正を行っていたことを認めたため、TICCは9月3日から10月3日までの期間、A氏を停職処分とした(その後、停職処分を11月3日まで延長している)。 (2) A氏の業務用PCから発見された文書 デジタルフォレンジック調査の結果、A氏の業務用PCから、以下のような不正内容に関する記載が発見されている。 (3) 調査委員会によるA氏とのやり取り 調査委員会から派遣されたフィリピン調査チームは、9月26日、A氏の弁護士同席のもと、A氏と面談を行って、調査への協力を依頼したところ、A氏の弁護士から、刑事・民事双方においてA氏を訴追しない旨を記載した不起訴合意書面を交付しないのであれば、ヒアリングや資料提出等の調査に協力することはできないとの申出があったため、フィリピン調査チームは不起訴の合意を示すことはできない意向を伝え、A氏に対するヒアリングを一旦断念した。 その後、A氏からTICC社長のB氏あてに、財務・経理データへのアクセス及び資料提供を条件に、ヒアリングに協力するという申し出があり、10月23日及び25日、フィリピン調査チームは再度、A氏及びA氏の弁護士と面談を行うが、資料の提供を前提に説明の開始を求める調査チームに対し、すべての資料の提供を受けなければ説明を開始しないというA氏側の姿勢は変わらず、ヒアリングは打ち切られた。 (4) A氏に対する処分 A氏の解雇手続きにおいて、TICCは、本件不正は、A氏に対する信頼を失わせるに十分な行為であって、契約の終了には理由がある旨を伝えて、聴聞を行ったが、A氏から不正についての説明はなされなかったため、11月4日付でA氏を懲戒解雇した。 3 A氏の調査協力拒否を踏まえた調査の実施 TICCでは、フィリピンペソ建ての会計処理システムを利用して集計を行い、これを米ドルに換算して合計残高試算表を作成し、連結パッケージを作成するという流れになっている。 調査委員会は、財務諸表作成の流れを確認したうえで、本件不正は、米ドル建ての合計残高試算表作成前の段階で行われていることを確認した。 また、これらの不正について、A氏以外には、関与した者は認められないとしている。 (1) 簿外借入金 調査委員会は、TICCの取引金融機関から借入金の残高証明書を入手するとともに、借入金を簿外化し、支払利息を過少計上する手口を調査した。 その結果、A氏が決算修正仕訳において、借入金の一部を簿外化するとともに、製品を過大に計上することによって売上原価を減少させる利益操作を行っていたことを発見する。また、借入金に対して支払利息が過大であることを隠すために、支払利息の一部を買掛金又は借入金の減少として会計処理を行い、簿外借入金の発覚を回避していたと推認している。 (2) 買掛金の過少計上 調査委員会は、買掛金の過少計上についても、簿外借入金と同様、買掛金を借方又は貸方の勘定科目とする調整仕訳が複数存在していることを発見し、A氏が決算修正仕訳の段階で、買掛金の過少計上を意図して、調整を行っている可能性が高いとしている。 (3) 棚卸資産の過大計上 調査委員会は、A氏が、会計監査人に対して、米ドル建て合計残高試算表の棚卸資産残高と一致する数値が記載された虚偽の在庫リストをメールで送信していることを発見している。そのうえで、A氏が行った調整仕訳の中には、棚卸資産の過大計上を意図したものが含まれている可能性があると指摘している。また、A氏は、調整仕訳において、TICCによる実地棚卸の数値と一致するものはないことから、TICCの帳簿には実地棚卸の結果が適切に反映されていなかったことを示唆している。 4 本件不正の原因分析(報告書57ページ以下) 特別調査委員会は、原因分析の冒頭、本件不正の一番の原因となったのは、TICCにおいて、財務・経理関連業務がブラックボックス化した結果、A氏が本件不正を行う機会を生んでしまった点にあるとしたうえで、その背景には、TICCの歴代経営陣において、財務報告の正確性を担保することの重要性についての意識が低かった点を挙げたうえで、以下のように説明している。 原因分析「第4 リスク情報のエスカレーションの仕組みに改善の余地があること」の中では、TICCの役職員の中には、「A氏による資金繰りの月次報告は、製造実績や売上の推移と連動しておらず不自然である」などと、本件不正の兆候を感じていた役職員が存在したことが述べられている。しかし、こうしたリスク情報は、通常のレポーティングラインに従ってエスカレーションされることはなく、また、内部通報制度等により、東洋インキHDがリスク情報を把握できる体制となっていなかったことが指摘されている。 5 再発防止策の提言(報告書61ページ以下) 次いで、調査委員会は、次の5項目を再発防止策として提言した。 調査委員会は、「第6 リスク情報がグループ全体で共有されるような体制を構築すること」の項目で、不正の徴候と不正の早期発見について、以下のように言及している。 6 東洋インキHDによる再発防止策 特別調査委員会による再発防止策の提言を踏まえて、東洋インキHDが12月13日に公表した再発防止策は以下のとおりである(主にTICCに関する項目だけを引用する)。 【調査報告書の特徴】 内部統制における重要性が低い海外子会社で長年にわたって行われてきた会計不正が発覚した結果、親会社が過年度決算を修正する――本連載でも、幾度となく取り上げてきた事例が、老舗の化学製品メーカーのフィリピン子会社でも生じていた。 以下では、「海外子会社の統制をどうすべきか」という論点を中心に検討したい。 1 海外子会社の統制をどのように行うか 調査委員会は、TICCに対するチェック・モニタリングの状況の項で、このように述べている。 本件は、現地採用社員を財務・経理責任者として登用する場合に、日本本社でどのように統制を行うべきかについて、貴重なケーススタディとなるのではないかと考える。 すなわち、以下の論点について、どのように考えるべきかである。 本件では、財務・経理部門に対する一次的な統制は、社長自身においてなされることが期待されていたとしながら、実際の社長として赴任していたのは、財務・経理部門における勤務経験を有していない海外駐在経験を有する人材であった。 報告書には言及がないが、東洋インキHDで連結決算を担当する経理部門による子会社統制がどのように行われていたのかについても、疑問が残る。現地金融機関が発行する残高確認書の原本確認を行ったり、決算を前に現地を訪ねて経理部門の状況確認を行ったりすることだけでも、海外子会社経理部門に対する牽制になることは間違いない。 また、TICCは重要な事業拠点に選定されていないとはいえ、不正が行われている期間に行われた複数回の業務監査でも不正リスクは認識されていなかった。また、TICCは、東洋インキHDの会計監査人であるトーマツの所属するデロイトグループのメンバーファームによる法定監査を受けていたにもかかわらず、トーマツから、現地の監査人に対して、財務情報の監査を指示していないことも判明している。 財務的な重要性に欠ける海外子会社の内部統制をどうするかというのは、本件に限らず、大きな課題ではあるが、本件に関しては、調査委員会による再発防止策の最初に挙げられているように、「財務・経理責任者人事の固定化」については、問題にすべきであったのではないだろうか。 2 「内部統制報告書」の訂正 過年度の決算修正を余儀なくされた上場会社は、有価証券報告書などの訂正を公表した後、「内部統制報告書」についても訂正報告書を提出する必要に迫られるケースは少なくない。 本件でも、東洋インキHDは、それまで、「当社の財務報告に係る内部統制は有効であると判断しました」としてきた内部統制報告書の記載について、下記に記載する内部統制の不備により、「当社の財務報告に係る内部統制は有効ではないと判断いたしました」という評価結果に訂正している。 公表された内部統制の不備は、東洋インキHDにおける本件不正に関する本質的な理解であると考えられるので、引用しておきたい。 公表された不備の内容は、概ね調査委員会の指摘どおりであり、同社が策定した再発防止策を実施していく過程で治癒されるのではないかと考えられる。 (了)
〔一問一答〕 税理士業務に必要な契約の知識 【第2回】 「退職税理士による顧客の引抜きの防止」 -その2:その税理士が「退職後」の場合- 虎ノ門第一法律事務所 弁護士 山口 智寛 〔質 問〕 退職した当事務所の元所属税理士(税理士法人の社員ではない)が、当事務所の顧客を勧誘して引抜きにかかっているようです。このような場合、契約上の有効な対応策はないでしょうか。 〔回 答〕 就業規則等で退職後の競業避止義務又は秘密保持義務を規定していれば、退職後の税理士に対して引抜きの中止を求めることができます(ただし、競業避止義務規定が認められる期間や範囲は無限定ではありません)。 特段の規定がない場合には、事後的な損害賠償請求の可能性があることを告知して、引抜きの中止を求めることが考えられます。 ◆◆◆◆ 解 説 ◆◆◆◆ 1 在職中のケースとの違い 税理士事務所に所属している税理士による引抜き行為に対しては、税理士事務所の側は、就業規則や雇用契約それ自体を、引抜き行為を止めさせる法的根拠とすることができる(前回参照)。 これとは異なり、本件のように元所属税理士が退職後に引抜き行為を行っている場合、既にその税理士との雇用関係が終了しており、在職中の場合と同様に論じることはできない。例えば、雇用関係の存在を前提とする就業規則の服務規律や雇用契約に基づく誠実労働義務・職務専念義務を根拠として主張することはできない。 また、元所属税理士が退職後にどのような仕事をするかは、基本的には職業選択の自由(憲法第22条第1項)の保障の範疇であるから、税理士事務所の側として主張できる内容にも自ずと制限が出てくる。 なお、元所属税理士が税理士法人の社員である場合は、税理士法の規定に基づいた考慮が必要であるため、別稿で改めて取り上げる(第3回で解説予定)。 2 退職後の引抜き行為を止めさせる法的根拠 (1) 退職後の競業避止義務の規定 それでは、退職後の引抜き行為を止めさせる法的根拠について、どのように考えればよいだろうか。例えば、就業規則や採用時・退職時の誓約書・同意書において、従業員の退職後にも一定の行為を禁ずる内容の競業避止義務の規定を置いている例があるが、このような規定は有効か。 この点、大阪地方裁判所平成30年11月13日判決は、税理士事務所が従業員の採用時に取り付けていた「退職後3年間は、事務所の顧問先等において同種の業務を行うこと」をしないという誓約書が、合理的な制限の範囲を超えて元従業員の職業選択の自由を不当に侵害するものとして無効だと結論付けている。 これはすなわち、退職後にも競業避止義務を及ぼす規定を置くこと自体は可能だが、制限の内容があまりにも広範であると、退職者の職業選択の自由を侵害するものとして無効と判断される可能性があるということを意味する。従業員の退職後の競業避止義務を定めるとしても、期間や範囲については慎重な考慮が必要だといえよう。 具体的に退職後の競業避止義務規定がどの程度の期間や範囲まで認められるのかという点については、一般的な基準のようなものはなく、都度判断するしかないので、弁護士に相談していただきたい。 (2) 退職後の秘密保持義務の規定 競業避止義務と異なり、秘密保持義務については、退職者の職業選択の自由と正面から衝突するものではないため、従業員の在職中だけでなく退職後にも秘密保持義務を課す就業規則や退職時の誓約書・合意書の規定も有効である。 したがって、就業規則や誓約書・合意書で退職後の秘密保持義務を規定している場合は、当該義務を根拠として、顧客情報を利用した引抜き行為が秘密保持義務違反に当たるとして、元所属税理士に対して引抜きの中止を求めることができる。 前回でも述べたとおり、厳密にいえば、顧客の引抜きが税理士事務所の顧客情報を利用しているといえるかどうかは判断が難しいところであるが、税理士事務所の立場からすれば、差し当たり、退職後の秘密保持義務の規定を元所属税理士による引抜き行為を止めさせせるための法的根拠として考えておくこと自体は差し支えない。 (3) 特段の規定がない場合 退職後の競業避止義務や秘密保持義務の根拠となるようなものが存在しない場合でも、当該引抜き行為が「社会通念上自由競争の範囲を逸脱した違法な態様で元雇用者の顧客を奪取したとみられるような場合」には、民法709条の不法行為に基づく損害賠償を請求できる可能性がある(最高裁平成22年3月25日判決)。 これはあくまでも引抜きの結果、損害が発生した場合の事後措置の場面での話であり、本来、民法709条自体は、引抜き行為そのものを止めさせる直接的な法的根拠にはならない。しかし、引抜きをしようとしている税理士に対して「損害賠償を請求する可能性がある」ということを告げることによって、引抜きを止めるよう促すことは可能である。その意味では、民法709条も引抜きを止めさせるための間接的な法的根拠として捉えることはできる。 3 具体的な対応方法 (1) 警告 退職後の税理士に対しては、引抜き行為に関する証拠や裏付けを収集することは、在職中の場合よりも困難であることが多い。証拠がない場合には、競業避止義務違反や秘密保持義務違反だと指摘しても、「言いがかりだ」と反論されて終わりだろうから、現実的には有効な手段がないといわざるを得ない。 元所属税理士が発したメール等の証拠や、勧誘を受けた顧客の側からの情報提供等の裏付けがあり、引抜き行為の存在が明らかである場合には、メールや文書で警告を送り、引抜きを止めない場合には損害賠償を請求する可能性があると告知すべきである。 文書を発送する場合、普通郵便だと発送した事実を証拠として残しておくことができないので、内容証明郵便又は特定記録郵便を利用したほうが良い。 文書発送の宛先については、元所属税理士の新しい勤務先を宛先にすると、勤務先の他の者の目に触れて問題が発生する可能性があるから、無用なトラブルを回避するという観点からすれば、基本的にはその税理士の自宅宛てにすることを推奨する。 (2) 損害賠償請求 警告を行ったにもかかわらず引抜き行為を止めず、実際に引抜きがなされて当該顧客からの売上がなくなってしまった場合には、元所属税理士に対して、売上減少分について損害賠償を請求することが可能である。 以下、前回述べたとおりではあるが、文書で損害賠償を請求したにもかかわらず、元所属税理士側がこれに応じない場合には、訴訟を提起することも選択肢に入ってくる。 ただし、実際に訴訟を提起した場合、具体的な引抜き行為や顧客の側の契約変更との間の因果関係を立証することは相当の困難を伴う。大阪地方裁判所平成30年11月13日判決は、個人事業主である税理士が、元従業員である税理士に対して在職中及び退職後に顧問先を勧誘して引き抜いたとして損害賠償を求めた事案において、「被告らが原告の顧問先に対し、原告との顧問契約を解約して被告らと新たに顧問契約を締結するよう積極的に働き掛けた」行為を認めるだけの証拠は存在しないと判断している。また、売上減少分の損害といっても、何年分の売上をもって損害といえるのかは判然とせず、裁判実務上の基準と言えるようなものも存在しない。 このようなことを前提とすると、前回同様「訴訟すれば勝てる」と安易に思い込むべきではなく、むしろ「訴訟提起もあり得る」ということを交渉材料にして訴訟外での解決を図ることを第一に考えるべきである。 (了)
〔“もしも”のために知っておく〕 中小企業の情報管理と法的責任 【第23回】 「従業員のプライバシー権を侵害しないメール等のモニタリング」 弁護士 影島 広泰 -Question- 従業員が会社からデータを持ち出すことを防止するために、電子メールやWebの閲覧等をモニタリングしたいと考えています。そのようなことは可能でしょうか。 -Answer- 可能ですが、従業員のプライバシー権を不当に侵害しないよう、社内規程を定めて適切に運用することが求められます。 従業員が社内のデータを持ち出すことを防止するためには、次の5つの措置が重要であることは、【第16回】で述べたとおりである。 これら5つの措置のうち、③視認性の確保(漏えいが「見つかりやすい」環境づくりのための対策)として、従業員の電子データの取扱いのモニタリングを行うことが考えられる。 例えば、従業員が、転職時に、顧客名簿や図面などを持ち出すことを防止するためには、外部のメールアドレスへの送信やWebサービスへのアクセスを監視し、不適切な持出しを検知することが重要である。他方で、このようなモニタリングを行うことは、従業員のプライバシー権を侵害する恐れがある。 今回は、従業員のプライバシー権を不当に侵害することなく、モニタリングを行うために必要な対応を解説する。 1 従業員のモニタリングとプライバシー権 従業員の電子メールを上司がモニタリングしていたことが、違法であるか否かが争われた裁判がある。いわゆる「F社Z事業部事件」(東京地判平成13年12月3日)である。 この事件では、上司が、部下である従業員に対して、「一度時間を割いて部署の問題点などを教えてほしい」旨の電子メールを送信したところ、部下が「単なる呑みの誘い」でありセクハラであるなどと考え、その旨を同僚にメールしようとした。ところが、その同僚に送るつもりだったメールが誤って当該上司に送信されてしまったため、上司が、その後、その部下のメールをモニタリングするようになったという事案である。 この事件では、東京地裁は、結論として、職場で部下の私的な電子メールを上司が閲読・監視する行為について、部下の限度を超えた電子メールの私的使用が原因であること等の事情の下では、社会通念上相当な範囲を逸脱したものとはいえず、プライバシー権の侵害には当たらないとした。しかし、重要なのは、その判断の理由である。 判決では、F社では私的メールの禁止が徹底されたことはないことから、会社における職務の進行の妨げとならず会社の経済的負担が極めて軽微なものである場合には、合理的な限度の範囲内において私的メールは社会通念上許容されるとし、従業員の電子メールの私的利用にプライバシー権がないとはいえないと判示した。つまり、会社アカウントの電子メールだからといって、会社が何をしてもよいわけではなく、従業員のプライバシー権の侵害となる可能性があるということである。 もっとも、電子メールは、通信が社内のサーバ等に記録されるから、電話と同程度のプライバシー保護を期待することはできないとした上で、以下のように判示した(下線筆者)。 つまり、会社側が「社会通念上相当な範囲を逸脱した監視」を行った場合には、従業員のプライバシー権を侵害することになる。 2 モニタリングをする際に定めておくべきこと したがって、会社が従業員の電子メール等をモニタリングする際には、「社会通念上相当な範囲を逸脱した監視」を行わないようにする必要がある。そのためにはどうすべきであろうか。 この点について、個人情報保護委員会が、個人情報保護法ガイドラインのQ&Aにおいて、以下の見解を示している(下線筆者)。 つまり、①目的をあらかじめ特定し、社内規程等に定め、従業員に明示し、②責任者と権限を定め、③ルールを策定して徹底し、④適正に運用されているかの確認を行うことが実務的には求められる(また、労働組合等に通知し必要に応じて協議を行い、重要事項等を定めたときは従業者に周知することが望ましい)。 3 社内規程に定めるべきこと このように、モニタリングについての社内規程等を定めることが求められているといえるが、社内規程にはどのような規定を設けるべきであろうか。 この点について、経済産業省の「情報セキュリティ関連法令の要求事項集」には、電子メールのモニタリングに関する規程において規定しておくべき事項として、以下が列挙されている。 この(1)から(4)に、上記の個人情報保護委員会ガイドラインQ&Aの④「モニタリングがあらかじめ定めたルールに従って適正に行われているか、確認を行う」を加えれば、漏れのない規程となるであろう。 以上のとおり、従業員のメール等のモニタリングを行うことは可能であるが、プライバシー権の侵害とならないよう、社内規程を定めた上で適切に運用する必要がある。 (了)
《速報解説》 令和2年度税制改正法案、グループ通算制度開始前後の 取扱いを規定するため、措置法の改正条文は2分割に Profession Journal編集部 現在、衆議院での審議が行われている令和2年度税制改正法案(「所得税法等の一部を改正する法律案」)だが、既報のとおり連結納税制度の見直し(グループ通算制度の創設)により、連結納税制度に関係する法人税法上の各規定は削除される改正内容となっており(法案第3条)、これら改正の施行日はグループ通算制度がスタートする令和4年4月1日とされている(附則第1条第5号ロ、第14条)。 一方、租税特別措置法のうち法人税法の特例規定については、今年度改正で創設される5G投資促進税制(措法案42の12の5の2)やオープン・イノベーション促進税制(措法案66の13)などは、連結納税制度下で制度が開始され、グループ通算制度がスタートする前、令和4年3月31日までの適用とされていることから、連結納税制度下においてこれら特例措置が規定される必要がある。 この点、改正法案を確認すると、法案第15条(P225~)で「租税特別措置法の一部改正」が規定され、さらに続く第16条(P368~)においても租税特別措置法の一部を改正する規定が見られる。これは、第15条によって連結納税制度下(令和4年3月31日まで)における令和2年度税制改正関連の措置法の改正を規定し、第16条ではグループ通算制度下における令和2年度税制改正関連の措置法の改正を規定していることによる。このため第16条の施行日は令和4年4月1日とされている(附則第1条第5号リ、第14条)。 (※) 法案では、第16条の規定による改正後の租税特別措置法について、「四年新措置法」という言い方をしており(附則第14条)、四年新措置法の施行前後の取扱いについて、多くの経過措置が附則に定められている。 このように今回の法案では、例年でもその多くを占める租税特別措置法の一部改正規定が2つに分かれているため、昨年の法案(全473ページ)に比べ903ページとボリュームのある内容になっている。法案の内容を確認する際も、第15条と第16条の規定を混同しないよう留意する必要がある。なお、研究開発税制のうち税額控除率の上乗せ措置は昨年度改正で延長されているものの、グループ通算制度開始1年前の令和3年3月31日までとされており、また当然ながら今後の税制改正によって新たに手当てされる租税特別措置もあることから、グループ通算制度に影響の大きい措置法の改正については、来年以降も引き続き注視する必要があろう。 (了)
《速報解説》 法務省、時価算定基準等に対応した 「会社計算規則の一部を改正する省令案」を公表 ~「金融商品の時価の適切な区分ごとの内訳等に関する事項」を注記に追加~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2020年2月10日、法務省は、「会社計算規則の一部を改正する省令案」を公表し、意見募集を行っている。 これは、2019年7月4日に企業会計基準委員会が公表した「時価の算定に関する会計基準」(企業会計基準第30号)等及び同年12月12日に金融庁が公表した「財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則等の一部を改正する内閣府令(案)」に対応するものである。 意見募集期間は2020年3月10日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 金融商品に関する注記として表示すべき事項に「金融商品の時価の適切な区分ごとの内訳等に関する事項」を追加する(会社計算規則109条1項3号)。 ただし、会社法444条3項に規定する株式会社以外の株式会社にあっては、会社計算規則109条1項3号に掲げる事項を省略することができる。 Ⅲ 適用時期等 (了)
2020年2月6日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.355を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
monthly TAX views -No.85- 「米国で進むギグ・エコノミーへの対応」 東京財団政策研究所研究主幹 中央大学法科大学院特任教授 森信 茂樹 ITの発達に伴い、シェアリング・エコノミー、ギグ・エコノミーが拡大し、新たな成長機会や雇用機会が創出され、世界的に経済の活性化につながっている。わが国でもプラットフォームを通じた人材の有効活用、遊休資産・観光資源の掘り起こしなどに役立つ事例が増えている。 そのような中、プラットフォームを通じて単発の契約に基づき労務を提供する「ギグ・ワーカー」の増加が、既存の法律や制度、とりわけ社会保障制度や税制とミスマッチを起こしている。例えば社会保障制度については、失業保険や最低賃金が適用されないことから来る生活不安や労働環境の悪化が生じている。 * * * 税制の分野ではどうか。これまで税務申告に無縁であった人たちが、匿名性の高いプラットフォームを通じて労務を提供しはじめるので、無申告・過少申告といったタックス・ギャップ(Tax Gap)の拡大をもたらす可能性がある。 また、実額経費で申告する個人事業主と概算控除の適用される給与所得者の税負担の公平性の問題も生じる。給与所得者は多くが会社による年末調整で申告不要となるが、個人事業主は中間申告を含め申告義務が課せられるので、手間・負担の相違が生じる。 ギグ・ワーカーは、伝統的自営業者と異なり、プラットフォームを通じて労務を提供するので、その働き方が給与所得者に近いことから、このアンバランスは問題となる。 * * * さて欧米では、ウーバーの運転手という目に見える形で、ギグ・エコノミーが大きな社会問題となり、様々な議論が行われている。とりわけわが国に参考になる米国の議論として、プラットフォーマーによる源泉徴収制度の導入がある。 米国議会には、民主党議員と共和党議員から、一定規模以上のプラットフォーマーへの源泉徴収制度の導入を義務付ける法案が出されているが、共通する思想は、個人事業主であるギグ・ワーカーに、従業員並みの保障・便益を与えようということである。 例えば、巨大プラットフォーマーに対して、そこを通じて所得を得る(被用者以外の)個人事業主に対する報酬の支払いについて、雇用関連諸税(わが国でいう社会保険料)の源泉徴収の義務付けである。 さらに所得税について源泉徴収をすべきという提案もある。これにより、事業主のタックスコンプライアンスが改善されるとともに、彼らの納税の手間が軽減されるというメリットが生じる。税制当局・ギグ・ワーカー・プラットフォーマーの三者にメリットがあるとして源泉徴収制度が提唱されているのである。 * * * わが国でも、クラウドワーカーだけでなく、アマゾンの配達人、ウーバーイーツの配達人など個人事業主は増加しつつあり、このあたりの検討を始める必要があるのではなかろうか。 (了)
〔令和2年3月期〕 決算・申告にあたっての税務上の留意点 【第1回】 「研究開発税制の見直し」 公認会計士・税理士 新名 貴則 令和元年度税制改正における改正事項を中心として、令和2年3月期の決算・申告においては、いくつか留意すべき点がある。本連載では、その中でも主なものを解説する。 【第1回】は、研究開発税制の見直しについて、令和2年3月期決算申告において留意すべき点を解説する。 ◎ 研究開発税制の見直し 研究開発税制とは、青色申告書を提出している法人において試験研究費が発生する場合に、その金額の一定割合について税額控除が認められる制度である。 平成31年3月期までは平成29年度税制改正による制度が適用されており、基本の税額控除である「総額型」と「オープンイノベーション型」、これに加えて上乗せの税額控除である「高水準型」が設けられていた。 【平成31年3月期における研究開発税制のイメージ】 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 これが令和元年度税制改正によって見直されており、その主なポイントは次の通りである。 ① 「高水準型」の廃止 上乗せの税額控除として設けられていた「高水準型」は廃止され、「総額型」の増加インセンティブとして統合される。 ② 「総額型」の税額控除率の見直し(令和3年3月31日まで) 研究開発投資の増加インセンティブを強化するため、税額控除率の見直しが行われている。試験研究費の増減割合に応じて税額控除率が変動するが、改正前は、増加率5%を基準点として税額控除率が変動した。改正後は増加率8%が基準点となるため、8%を超えて試験研究費を増加させるほど税額控除率が上昇することになる。 税額控除率の上限・下限そのものには、下表の通り変化はない。 ③ 「総額型」の控除限度額の上乗せ(令和3年3月31日まで) 「総額型」の控除限度額は法人税額の25%となっているが、売上高試験研究費割合(平均売上高に対する試験研究費の割合)が10%を超える場合には、その割合に応じて控除限度額が上乗せ(法人税額の0~10%)されることとなっていた。この上乗せ措置が、改組の上、令和3年3月31日まで2年間延長されている。 また、中小企業者等においては、試験研究費増加率が5%を超える場合は、控除限度額に法人税額の10%を上乗せする措置が設けられていた。これが、試験研究費増加率が8%を超える場合に適用されることと改正され、令和3年3月31日まで2年間延長されている。 (※) 売上高試験研究費割合に応じて変動 ④ 「オープンイノベーション型」の拡充 「オープンイノベーション型」の対象となる研究の追加がされ、控除限度額が引き上げられている。主な改正のポイントは次の通りである。 ⑤ 一定のベンチャー企業の特例 研究開発を行う一定のベンチャー企業については、総額型の控除限度額が、法人税額の25%から40%に引き上げられている。 【令和2年3月期における研究開発税制のイメージ】 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (※1) 上記の主な改正ポイント③を参照 (※2) 研究開発を行う一定のベンチャー企業については40% (了)
〔免税事業者のための〕 インボイス導入前後の実務対応 【第1回】 「消費税の納税義務の免除制度の概要」 税理士 石川 幸恵 1 免税事業者数の実態 国税庁統計年報によれば、平成29年度の消費税の申告件数は317万件であった。これに対し、同年度の法人数は311万社、事業所得や不動産所得のある個人の合計は532万人。この関係をグラフで表すと、下図のようになる。 この統計より、免税事業者は526万に上るのではないかと推測できる。 〔事業者数グラフ〕 (注) 事業所得者と不動産所得者は重複しないように集計されている。 (※) 第143回国税庁統計年報(平成29年分)より筆者作成。 なお、消費税の申告件数には、課税期間短縮等により1社につき複数の申告がカウントされる可能性が考えられるので、消費税申告件数と納税義務者数がイコールとは言い切れない。 2 適格請求書発行事業者の登録制度が設けられた理由 適格請求書発行事業者の登録を受けることができるのは課税事業者に限られ(消法57の2)、登録後は、事業者免税点制度の適用を受けられない(インボイス通達2-5)。「平成28年度税制改正の解説」(財務省)によれば、その理由は以下のとおりである。 (1) そもそも、なぜ適格請求書等が必要なのか 複数税率制度の下、売手側と仕入側における適用税率の認識を一致させるためである。 (2) なぜ適格請求書等の発行は課税事業者、かつ、適格請求書発行事業者に限られるのか 適格請求書等は、適用税率や消費税額等に関する認識を課税資産の譲渡等を受ける他の事業者に正しく伝達する手段であるため、作成、交付は課税事業者に限定する。 さらに、他の事業者から受けた請求書等が適格請求書等に該当することを客観的に確認するための仕組みが必要となる。このため、適格請求書等を交付しようとする事業者に対して、あらかじめ税務署長に適格請求書発行事業者として登録を受けることを求めている。 (3) なぜ適格請求書発行事業者は事業者免税点制度を受けられないのか 基準期間における課税売上高によって何らの手続きを行うことなく免税事業者となったのでは、当該事業者から適格請求書等を受けた他の事業者における仕入税額控除制度の適用関係が不安定となるためである。 3 消費税の納税義務の免除制度 小規模事業者は、納税事務の負担に配慮して納税義務が免除されているのだが、適格請求書発行事業者の登録を受けることができない(経過措置については【第3回】参照)。ここで、納税義務が免除される「小規模事業者」について整理しておく。 (1) 当課税期間前の課税売上高による判定 ① 基準期間における課税売上高 その課税期間に係る基準期間における課税売上高(原則として、個人事業者の場合は前々年、法人の場合は前々事業年度)が1,000万円以下の事業者は納税義務が免除される。 ② 特定期間における課税売上高 当課税期間の前年の1月1日(法人の場合は前事業年度開始の日)から6ヶ月の課税売上高が1,000万円を超えた場合、当課税期間においては課税事業者となる。課税売上高に代えて、特定期間の給与等支払額により判定することもできる。 (2) 事業開始時(基準期間がない課税期間)における判定 ① 個人事業者の新規開業 新たに事業を開始した個人事業者の基準期間は前々年、特定期間は前年の1月1日から6ヶ月である。前々年及び前年は給与所得のみを得ていたとすれば、基準期間における課税売上高、特定期間における課税売上高はともに0となり、免税事業者となる。 ② 相続により事業を承継した場合 相続があった年の基準期間における被相続人の課税売上高が1,000万円を超える場合は、相続があった日の翌日からその年の12月31日までの間の納税義務は免除されない。 相続があったことにより納税義務が免除されないこととなった事業者は、消費税課税事業者届出書(基準期間用)と併せて、相続・合併・分割等があったことにより課税事業者となる場合の付表(第4号様式)を提出する。 相続により事業を承継したことにより相続人が課税事業者となっても、適格請求書発行事業者の登録を受けるまでは、相続人は適格請求書等を発行できず、事業の継続に支障を来たす恐れがある。このような事態に対処するため、みなし登録期間が設けられている。みなし登録期間については、次回以降で確認する。 ③ 新設法人 新たに設立された法人については、設立1期目及び2期目の基準期間はない。ただし、基準期間がない事業年度であっても、その事業年度開始の日における資本金の額又は出資の金額が1,000万円以上である場合は、納税義務は免除されない。 上記の詳細は、下記のタックスアンサーを参照されたい。 なお、特定新規設立法人、合併・分割等があった場合、調整対象固定資産等を取得した場合については、今回のテーマとの関連性が薄いので省略する。 (3) 課税事業者の選択 免税事業者は、課税事業者選択届出書を納税地の所轄税務署長に提出することにより、原則として提出日の属する課税期間の翌課税期間から消費税の課税事業者となることができる。 課税事業者選択は、免税事業者にとって適格請求書発行事業者の登録手続きに深く関わる(インボイス通達2-1)。 4 課税仕入れの相手先としての免税事業者 冒頭で述べたとおり、適格請求書等保存方式の下では、免税事業者からの課税仕入れは仕入税額控除できない。一方、現行の区分記載請求書等保存方式までは、免税事業者からの課税仕入れと、課税事業者からの課税仕入れは同じ取扱いがされる(軽減税率Q&A 問15)。 * * * 【第2回】では、適格請求書等保存方式と区分記載請求書等保存方式それぞれの制度下における免税事業者の取扱い、適格請求書等保存方式への移行時の経過措置を確認する。 (了)
街の税理士が「あれっ?」と思う 税務の疑問点 【第1回】 「低い地代の貸宅地の評価」 城東税務勉強会 税理士 大塚 進一 ◆連載開始にあたって◆ 普段の税理士業務の中で、法令や通達に明確な記述がないような問題。質疑応答事例や実務の問答集にはっきりと書かれていない問題。あまり事例がなく見落としそうな問題。または、取引当初の状況がよくわからない、関与先が間違った処理をしていた等、前提条件が整理できておらず、どうすればよいのか悩む問題。さらには、原則と例外など場合によって勘違いしてしまうような問題。本連載では、このような「あれっ?」と思う税務の疑問点について、実務上どう処理するのが妥当かを探ってみるものです。 問 題 相続税評価では「貸宅地」について、古い物件かつ昔からのお付き合いということで借地の地代が非常に低い(固定資産税の1~2倍)ケースがありますが、地主と借地人が共に個人で他人の場合、使用貸借扱いとせず、賃貸借として借地権の控除は可能ですか。 回 答 相続時の地代が固定資産税額程度となっていても、借地開始当初から賃貸借で借地借家法の適用なら相続時、地主は貸宅地の評価(底地評価)、借地人は借地権評価として構わないでしょう。 ただし、当初から非常に安い地代で使用貸借とみなされる場合でも、借地の時期(昭和48年11月1日使用貸借通達の「経過的取扱い」)や所有者異動等により、使用貸借でも借地権があるものとされる可能性があります。 考 察 現在の賃料が固定資産税程度でも、即、使用貸借とは考えず、借地当初の状態では賃貸借として通常の地代を授受していたが、その後の土地の値上がりに伴う固定資産税の上昇にもかかわらず、それに見合うだけの地代の値上げができず、結果的に現在の地代が固定資産税程度以下になった等の場合は、借地権はあるものと考えられます。 当初の契約内容、借地期間の長短、借地期間の土地価格や固定資産税額の変化やそれに伴う地代の対応、当事者間の認識など総合的に考慮した上、借地権が認められるかを判断すべきです。 一般的に借地権の目的となっている宅地は、借地権を控除して評価(底地評価)されます(評基通25)。 通常の場合、 借地権の評価額 = 自用地価額 × 借地権割合 となります。ただし、使用貸借の場合は、借地権はないため、 貸宅地の評価額 = 自用地価額 となります。 しかし、古くからの借地の場合は賃貸借契約書がないケースも多く、当初の地代やその変遷も分からないことがよくあります。現在の地代から見て使用貸借が疑われる場合、当初から使用貸借であったとしても、借地の開始時期が個別通達「使用貸借に係る土地についての相続税及び贈与税の取扱いについて」(直資2-189(例規)他、昭和48年11月1日)の6(経過的取扱い)による前であるときは、地主は底地評価できる場合があります。 (※) 下線部筆者 すなわち、上記の通達下線部を図示すると次の2パターンとなり、底地評価ができます。 ① 土地を相続等より取得する前に、土地上の建物等の所有者が異動していない場合 ② 土地を相続等より取得する前に、土地上の建物等の所有者が異動しており、その時に借地権課税がされている場合 ただし、ここで言う借地権相当額の贈与税が課税されているか否かは、実際に課税が行われていたかどうかによらず、その時期によって課税が行われていたものとして取り扱うこととされています。ただし、昭和46年12月31日以前において各国税局により取扱いに相違があり、例えば、東京国税局(昭和49年1月26日付 直資第219号)では昭和22年5月3日以降行われていたとされていますが、大阪国税局(昭和49年1月10日付 大局資(審)第7号)では昭和40年1月1日以降となっており、注意が必要です。 (了)