〈Q&A〉 印紙税の取扱いをめぐる事例解説 【第35回】 「収入印紙によらない納付方法③(税印押なつ)」 税理士・行政書士・AFP 山端 美德 当社は株式会社です。株券等を発行する場合には印紙税が課税されますが、株券等に収入印紙を貼らずに納付する方法があると聞きました。どのような方法ですか。 印紙税は、課税文書に収入印紙を貼付し、消印をすることにより納付するのが原則だが、収入印紙を貼り付けることに代えて、税印を押すことにより納付する方法もある。 この場合、あらかじめ印紙税相当額を現金で納付し、課税文書に税印を押すことを税務署に請求する手続きを要することとなる(法第9条)。 (※) この手続きは税印押なつ機を設置している税務署(全国で118署)において手続きを行うことができ、設置していない署においては手続きができないので注意が必要である。 具体的な手続きは以下のとおりである。 ▷ まとめ (了)
金融・投資商品の税務Q&A 【Q10】 「個人が割引債の償還を受けた場合の取扱い」 ~割引債の発行日が平成28年1月1日以後の場合~ PwC税理士法人 金融部 パートナー 税理士 箱田 晶子 ●○ 検 討 ○● 割引債の償還差益に対する課税については、従前、割引債の発行時に源泉徴収を行い、個人についてはこの源泉徴収のみで課税関係が終了する源泉分離課税とされていました。 金融所得一体課税の改正に伴い、平成28年以後は、割引債の源泉徴収については発行時ではなく、償還時(支払時)に行われることとなりました。また、償還差益は株式等に係る譲渡所得等として課税されることとなりました。 改正前の規定が適用されるかどうかは、割引債の発行日が平成27年12月31日以前か平成28年1月1日以後かにより異なります。 発行日が平成27年12月31日以前の割引債は、原則として発行時に源泉徴収が行われていましたが、平成28年1月1日以後に発行されたものについては、発行時の源泉徴収を適用しないこととされます。 (1) 源泉徴収 居住者が割引債の償還金の支払を受ける場合、その支払の際、その割引債の償還金に係る差益金額に対して、20.315%(所得税及び復興特別所得税15.315%、住民税5%)の税率により源泉徴収が行われます。 この特例の対象となる割引債の範囲は列挙されていますが(キーワード参照)、割引の方法により発行される公社債はこの範囲に入ります。 源泉徴収の対象となる差益金額は、以下の通り定められています。 なお、割引債が特定口座において管理されている場合には、償還時に特定口座内で源泉徴収が行われることから、本源泉徴収の対象外とされています。 (2) 申告分離課税 平成28年1月1日以後、社債の元金の償還により交付を受ける金額は、社債の譲渡に係る収入金額とみなされます。この取扱いは、利付債、割引債を問わず、同様です。 割引債のうち、平成28年1月1日以後に発行されたもの(すなわち発行時源泉徴収の適用を受けない割引債)の償還により支払を受ける金銭等は、株式等の譲渡による収入金額として課税されます。 本件の割引債は特定公社債に該当するということですので、その償還差益については、上場株式等に係る譲渡所得等として20.315%(所得税及び復興特別所得税15.315%、住民税5%)の税率により申告分離課税の対象となります。 なお、(1)で源泉徴収された源泉所得税については、申告時に所得税額から控除されます。 (了)
連結納税適用法人のための 平成28年度税制改正 【第11回】 「日台民間租税取決めに規定された内容の実施に係る国内法の整備」 公認会計士・税理士 税理士法人トラスト パートナー 足立 好幸 [12] 日台民間租税取決めに規定された内容の実施に係る 国内法の整備 1 改正内容 「外国人等の国際運輸業に係る所得に対する相互主義による所得税等の非課税に関する法律」について、題名を「外国居住者等の所得に対する相互主義による所得税等の非課税等に関する法律」(以下、「外国居住者等所得相互免除法」という)に改めるとともに、日台民間租税取決め(注)に規定された内容を実施するため、台湾との相互主義に基づき、台湾との間の二重課税を排除する等のための措置を講ずることとなった(外国居住者等所得相互免除法1~43)。 (注) 日台民間租税取決めに関しては、2013年12月から公益財団法人交流協会(日本側)と亜東関係協会(台湾側)の間で協議を重ね、2015年11月26日に署名されている。 (1) 双方居住者の振分けルール 日本と台湾の双方の居住者に該当する者について、恒久的住居の所在等を基準とした振分けルールに基づき、台湾の居住者に振り分けられる者にあっては日本の非居住者とみなし、いずれか一方の居住者に振り分けられない者にあっては下記(2)④の(ニ)及び(ホ)の措置は適用しない。 (2) 台湾居住者等の所得に対する所得税又は法人税の非課税等 下記のとおり、所得の種類ごとに、台湾居住者等の所得に対する所得税又は法人税の非課税等の措置を講ずる。 この場合、下記の措置のうち源泉徴収による所得税につき軽減又は非課税の適用を受けようとする台湾居住者等について、日本の国内法に定める租税条約の適用手続に関する措置と同様の措置を講ずる。 なお、その適用対象となる国内源泉所得に関し、台湾居住者又はその関係者による当該国内源泉所得の基因となる行為の主たる目的の1つが、上記の措置の適用を受けることである場合には、適用しない。 また、日本と台湾で課税上の取扱いが異なる事業体に対する上記の措置の適用については、日本の国内法に定める日本と租税条約の相手国等で課税上の取扱いが異なる事業体への租税条約の適用に関する措置と同様の措置を講ずる。 (3) 台湾における移転価格課税に係る対応的調整 内国法人等に係る台湾の関連者との間で行う取引に関し、その価格が独立企業間価格と異なることにより当該内国法人等の所得が過大となる場合において、国税庁長官の確認を受けたときは、当該取引は独立企業間価格で行われたものとして課税所得を計算する。 (4) 国税庁長官の確認があった場合の更正の請求の特例等 納税申告書の提出等をした者は、上記(1)及び (2)の措置の適用により課税標準等又は税額等が過大となる場合において、国税庁長官の確認があったときは、その確認の日から2月以内に、更正の請求によりこれらの措置の適用を受けることができる。 台湾居住者等が有する所得につき上記(2)の措置の適用により源泉徴収による所得税に係る過誤納があった場合において、国税庁長官の確認があったときは、税務署長は、当該所得に係る源泉徴収義務者に対し、その過誤納金に相当する給付金を支給する。ただし、当該過誤納金につき還付請求をすることができる場合には、この限りでない。 (5) 台湾の租税に関する権限のある機関への情報提供 台湾の租税に関する権限のある機関に対し、租税に関する情報の提供を行うことができる旨の規定を設ける。 (出典) 「参考資料」(財務省) 2 適用時期 平成29年1月1日以後に開始する事業年度又は連結事業年度から適用される(外国人等の国際運輸業に係る所得に対する相互主義による所得税等の非課税に関する法律施行令等の一部を改正する政令「附則」1、所得税法等の一部を改正する法律の一部の施行期日を定める政令、平成28年所法等改正法附則1五)。 (了)
包括的租税回避防止規定の 理論と解釈 【第22回】 「実質主義③」 公認会計士 佐藤 信祐 前々回では、東京高裁昭和47年4月25日判決について解説を行い、前回では、東京高裁平成11年6月21日判決について解説を行った。 本稿では、大阪高裁平成14年10月10日判決、東京高裁平成16年1月28日判決についてそれぞれ解説を行うこととする。 4 大阪高裁平成14年10月10日判決(TAINSコード:Z252-9212) (1) 事実の概要 本事件は、原告らが保有する不動産及び株式をそれぞれ18億円、42億円で譲渡したところ、両方を併せて譲渡することにより、不動産の譲渡価格の一部を株式の譲渡価額に付け替えたものとして、本件株式の実質的な譲渡価額は8,772万6,440円であり、残余を不動産の譲渡価額であるとして、課税庁により否認された事案である。 本事件では、審査請求の取下げにより、国税不服審判所の裁決を経ていない処分の取消しを求める訴えの適法性などについても争われているが、本稿では、実質主義に係る点についてのみ解説を行うこととする。 なお、平成17年11月21日にて、最高裁から上告不受理の決定がなされている(TAINSコード:Z255-10203)。 (2) 第一審(神戸地裁平成12年2月8日判決・TAINSコード:Z246-8582) (3) 控訴審 (4) 評釈 このように、第一審では納税者の主張が認められたものの、控訴審では課税庁の主張が認められた。第一審でも、控訴審でも、買い手が必要としたのは土地だけであり、本件不動産を18億円、本件株式を42億円として合計60億円としたのは、国土法の規制をクリアーでき、税金が安くなるという理由であるという点は認められているが、それに対する租税法の判断は分かれたということであろう。実際に譲渡された株式の時価はほとんどなかったことからも、譲渡代金のほとんどは土地に対するものであると認定すべきであったと考えられる。 本事件について、経済的実質主義が認められたと解することはできない。なぜならば、譲渡代金の配分・割付けを仮装であると認定し、真実の事実関係に修正していることは、法的実質主義の範疇であると考えられるからである。 この点につき、両者の真の意図が譲渡代金のほとんどが土地であったとしても、民法上の観点からは、不動産を18億円、本件株式を42億円としたことが両者の合意であり、仮装取引と認定するのは困難なのかもしれない。それが故に第一審と控訴審で判断が分かれたと言えよう。 控訴審のような判断が認められるべきかどうかについては、私法上の法律構成による否認論と併せて検討する必要があると考えられる。 5 東京高裁平成16年1月28日判決 松田直樹『租税回避行為の解明』20-22頁(ぎょうせい、平成21年)では、実質主義の原則の適用を正面から認めたものではないが、法形式に重きを置く租税法律主義の優位性に一石を投じた事件として、東京高裁平成16年1月28日判決が紹介されている。本事件については、稲見誠一・佐藤信祐『組織再編における株主課税の実務Q&A』(中央経済社、平成20年)で解説しているため、詳細についてはそちらを参照されたい。 本事件は、有利発行が行われた場合において、既存株主から新株主に対してみなし譲渡があったものとして法人税法22条2項が適用された。同族会社等の行為計算の否認を適用することによる引き直しでは、既存株主において、同様の課税関係を生じさせることが困難である。さらに、法的実質主義を採用しようにも、既存株主が保有する株式に異動はないのであるから、本事件は、経済的実質主義に回帰しているようにも見える。 これに対し、本事件から現在に至る前、同様の否認がなされた事案は寡聞にして聞いたことがない。しかし、当時は、実質主義が進化した内容である「私法上の法律構成による否認論」が議論されていた時代でもある。私法上の法律構成による否認論がどのようなものなのか、そして、現在でも有効なものなのかは、別途検討する必要があろう。この点については、次々回以降で解説を行う予定である。 次回では、今まで解説した法的実質主義の内容と具体的な内容について解説する予定である。 (了)
〔事例で使える〕中小企業会計指針・会計要領 《外貨建取引等》編 【第1回】 「為替予約等が締結されていない場合 ~輸入に係る外貨建取引の円換算」 公認会計士・税理士 前原 啓二 はじめに 外貨建取引は、原則としてその取引発生時の為替相場による円貨額をもって記録し、外貨建金銭債権債務については、決算時の為替相場により円換算額を付すとされます。今回は、為替予約等が締結されていない場合の外貨建取引の円換算として、輸入における仕入・買掛金・前渡金を例に、それらの円換算方法をご紹介します。 1 一連の輸入取引に係る仕訳 〈×1年3月30日:前渡金の支払い〉 〈×1年3月31日:決算日〉 〈×1年12月25日:輸入商品の受取り〉 〈×2年3月31日:決算日〉 〈×2年4月30日:残金の支払い〉 (1) 仕入の円換算額 外貨建取引は、原則として、その取引発生時の為替相場による円換算額を付すこととされます(中小企業会計指針75)。 この設例では、仕入対価10,000ドルのうち1,000ドルは前渡金として仕入に先立って支払われています。外貨建取引高のうち、前渡金が充当される部分については、前渡金の金銭授受時の為替相場(@80円/ドル)による円換算額(1,000ドル×@80円/ドル=80,000円)を付し、残りの部分については、取引発生時の為替相場(@100円/ドル)により換算(9,000ドル×@100円/ドル=900,000円)します(外貨建取引等の会計処理に関する実務指針26)。 上記の仕訳は、この原則的方法によっています。 ただし、例外的な方法として、営業利益及び経常利益に重要な影響を及ぼさないと認められる場合は、仕入対価10,000ドル全額を取引発生時の為替相場(@100円/ドル)により換算(10,000ドル×@100円/ドル=1,000,000円)して仕入計上するとともに、前渡金の金銭授受時の為替相場(@80円/ドル)と取引発生時の為替相場(@100円/ドル)との相違から生じる為替差額(@(100-80)円/ドル×1,000ドル=20,000円)は為替差益として処理することができます(外貨建取引等の会計処理に関する実務指針26)。 この場合の仕訳は次のとおりです。 〈×1年12月25日:輸入商品の受取り〉 (2) 期末買掛金残高の円換算額 短期外貨建金銭債務については、決算時の為替相場による円換算額を付します(中小企業会計指針79)。 この設例では、期中に取引発生時の為替相場(@100円/ドル)により円換算した買掛金計上額(9,000ドル×@100円/ドル=900,000円)を、×2年3月31日決算日残高(9,000ドル)について、同決算日の為替相場(@110円/ドル)により換算替え(9,000ドル×@110円/ドル=990,000円)し、この換算差額(990,000円-900,000円=90,000円)は、原則として、営業外損益の部において当期の為替差損益として処理します(中小企業会計指針77)。 (3) 期末前渡金残高の円換算額 前渡金は、期末時(×1年3月31日)残高1,000ドルについては、金銭授受時の為替相場(@80円/ドル)による円換算額(1,000ドル×@80円/ドル=80,000円)を付すものとされ、期末時に為替差損益は生じません。前渡金は将来、財又はサービスの提供を受ける費用性資産であって、外貨建金銭債権ではないからです(外貨建取引等の会計処理に関する実務指針25)。 2 決算書の金額 ① ×1年3月31日決算期 〈当期末貸借対照表〉 ② ×2年3月31日決算期 〈当期損益計算書〉 〈当期末貸借対照表〉 ③ ×3年3月31日決算期 〈当期損益計算書〉 3 法人税法の規定における換算方法(参考) 4 損益計算書の当期純損益から法人税申告書の課税所得を算出する際の加算・減算調整 この設例のケースは、法人税法上、上記3の①③の適用に該当します。したがって、会計処理と法人税法上の取扱いに差異がないので、損益計算書の当期純損益から法人税申告書の課税所得を算出する際の加算・減算調整はありません。 (了)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第49回】 サイオステクノロジー株式会社 「社内調査委員会調査報告書(平成28年6月9日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【社内調査委員会の概要】 【サイオステクノロジー株式会社の概要】 サイオステクノロジー株式会社(旧社名は株式会社テンアートニ。以下「サイオス」と略称する)は、1997(平成9)年設立。ITシステムの開発/基盤構築/運用サポート事業を展開。連結子会社9社。筆頭株主は株式会社大塚商会(17.95%を所有)。売上高9,362千円、経常損失△127千円。従業員数414名(数字はいずれも訂正前の平成27年12月期)。本店所在地は東京都港区。東京証券取引所二部上場。 不適切な取引が発覚したのは、サイオスの100%出資子会社である株式会社関心空間(旧社名は株式会社SIIIS、以下「SIIIS」と略称する)。同社は、資本金65百万円で、ソーシャルメディアの企画等のWebアプリケーション事業を行っている。 【調査委員会報告書の概要】 1 SIIISが参画していた実証事件事業 SIIISは平成23年10月から平成26年3月まで、一般社団法人新エネルギー導入促進協議会(以下「NEPC」と略称する。)による次世代エネルギー技術実証事業費補助金の対象事業である「電力需要抑制のモデル化と高自給率コミュニティの計画・運用体系化に関する実証事業(長崎県佐世保市)」に、双日株式会社(調査報告書では「A社」。以下「A社」で統一する)ほか複数社とともに、補助対象事業者として参加し、補助金を受給していた。 実証事業におけるSIIISの役割は、A社を代表とし数社からなるコンソーシアムのプロジェクトマネジメントオフィス補佐として、同事業の円滑な推進、各関係者及び関係者間の調整、討議や打ち合わせに必要な各種資料作成、各種会議体運営支援を行うこと及びデジタルサイネージ(※)導入業務を行うことであった。 (※) デジタルサイネージとは、屋外・店頭・公共空間・交通機関など、あらゆる場所で、ディスプレイなどの電子的な表示機器を使って情報を発信するシステムを総称して 「デジタルサイネージ」と呼ぶ。 【参考】 「デジタルサイネージについて」(一般社団法人デジタルサイネージコンソーシアムホームページ) 実証事業に対するNEPCの補助金の交付の対象となる経費は、システム実証に必要な機械装置等の制作・購入又は賃借及び土木作業工事費等の事業費と事業の遂行に必要な調査・設計・企画・調整等を行う職員等に係る経費等の人件費と定められており、当該経費の2分の1が補助率と定められていた。 2 不適切な会計処理が発覚した経緯 平成27年9月、SIIISの取締役に就任した、サイオスの開発事業部・新規事業企画部長であるs7氏は、平成28年3月24日、実証事業に関するSIIISからA社に対する回答が行われていないことを知り、回答準備のために、過去の資料の確認、関係者への聴取等を行ったところ、実証事業に関する経費の水増し・架空売上の計上が行われていた疑いがあることを認識した。 4月11日、s7氏は、サイオス代表取締役社長らに報告を行い、協議の結果、西村あさひ法律事務所に対応を相談。その後、会計監査人である新日本監査法人とも協議のうえ、4月26日のサイオス取締役会において、サイオス常勤監査役を委員長とする社内調査委員会を設置し、調査を行うことを正式に決定した。 3 不適切な会計処理の概要 不適切な会計処理と認定されたのは、(1)協力会社に対する外注費・設備購入代金を水増しした金額で発注を行い、支払った金額の一部を業務委託費等の名目でSIIISに還流させる手口と、(2)SIIISにおける社内人件費を過大報告する手口に基づき、補助金を不正受給したことであった。 【図表1】 還流取引の概要 【図表2】 不正受給額の合計 4 不適切な会計処理に至った背景と目的 実証事業への参加は、次世代エネルギー技術開発を本来的な事業目的として取り組んでいる事業者にとっては将来への投資として意義を有する事業であり、経費の2分の1を補助金で受給できるというメリットはあったと思われるが、SIIISの主たる事業はソーシャルネットワーク関連のIT技術の開発であって、エネルギー関係は本来の事業目的ではない。 また、当時のSIIIS代表取締役s1氏が還流取引を含む実証事業を行ったことにより、個人的な利得を得ていたことまでを示す証拠は得られていない。 こうした点について、s1氏は、実証事業への参加理由について、長崎県の担当者から「やってほしいと頼まれたので断れなかった」と説明するにとどまっている。 調査委員会は、s1氏が、「九州北部の自治体や事業者とのネットワークを事業活動の基盤としている」ことから、この要請にこたえることが将来のビジネスチャンスにつながることを期待して参加を決断したものの、過大な補助金を受給することにより、資金収支のマイナスを縮小し、デメリットを最小化することを企図したものと、「合理的に推察」している。 5 原因分析 調査報告書には、サイオスがSIIISを子会社化した理由について説明はないものの、「出資時の検討不足」を、本件不適切な取引の原因の最初に挙げているため、まずは、第三者割当増資引き受け時のサイオスのリリースを確認したい。 まず、SIIIS社の事業活動について。 次いで、SIIIS代表取締役について。 最後に、サイオスによる第三者割当増資の引き受け目的について。 社内調査委員会は、「深度ある十分な検証が行われていた場合には、少なくとも、出資にあたって本件事業への参加は中止させていた可能性があったのではないか」と指摘しているが、このリリースを読む限り、問題となった実証事業への参加予定(引き受け当時)はむしろ、SIIISの事業の発展性を予見させるものと映ったのではないかと考えられ、私見としては、「出資時の検討不足」を原因の第一に置くのは違和感を持たざるを得ない。 むしろ、出資後、サイオスから派遣された取締役・監査役による管理監督が十分ではなく、本件不適切取引を長期間放置していたのみならず、SIIISの内部統制システムが脆弱なまま、何ら手を打たなかった(「打てなかった」と言うべきかもしれない)ことにこそ、根本原因があるのではないかと思料する。 6 再発防止策 上述のとおり、社内調査委員会と筆者とでは、「原因分析」に対する考え方は少し異なるのだが、ここでは、調査委員会の提言を紹介したい。 (1) 子会社の買収等の際の深度ある調査の実施 調査委員会は、M&Aを実施するにあたっては、単に事業の収益性や利益率のみに関心をもつのではなく、「事業の適法性及び適正性」、「経営者の資質も含めてグループ会社とするにふさわしい体制を整えた企業であるかどうか」について、「深度のある調査及び検証を実施すること」が必要であると強調する。 (2) 社内及びグループ子会社の管理体制の強化 サイオスからSIIISに派遣された取締役・監査役がその職責を十分に果たせなかった原因に、派遣された者がいずれもサイオスでの職務を本務とし、SIIISの役職は兼務であったことから、社内調査委員会は、「子会社に派遣される取締役及び監査役が子会社の監視・監督に十分専念できる職務環境を整えること」を提言し、かつ、それが困難であれば、サイオスにおいて、子会社の管理を主として担当する部門を設け、「子会社に派遣された取締役・監査役と連携して子会社の監督を行う体制を整えること」も、効果的な子会社及び孫会社の業務遂行を可能にする、としている。 (3) 体制・規程の整備 SIIISにおいては、基本規程を含む規程の整備がされておらず、社内体制が著しく不備であったことから、社内調査委員会は、あらためて、各子会社の規定及び体制を確認し、欠けているものがあれば、速やかに整備するように提言している。 (4) 役職員に対するコンプライアンス意識の徹底 サイオスにおいて実施されているコンプライアンス教育が、子会社では実施されていないことから、社内調査委員会は、子会社の従業員向けコンプライアンス教育の実施と子会社の社長や子会社の派遣役員として常に意識すべき責任及び留意点につき教育を施す体制の検討を、提言している。 (5) 社内処分・責任追及 最後に、社内調査委員会は、s1氏をはじめとするSIIISの役員に対する民事及び刑事責任の追及について、連結会計上の影響、返還が必要となる補助金の額、HEPC・資源エネルギー庁による刑事責任追及に関する意向等を踏まえて、「今後更に検討する必要がある」として、提言を締め括っている。 【調査報告書の特徴】 新規事業分野への進出を目論んでM&Aによる子会社化した会社において、あろうことか法律違反行為が発覚した――M&Aを決定した経営陣からすれば、悪夢のような事態であったはずだが、外部の調査協力者を活用した社内調査委員会による調査は、比較的短期間で終わったようである。 1 社内調査委員会の体制 社内調査委員会は、親会社であるサイオスの常勤監査役を委員長に、社外取締役、社外監査役が委員として名を連ねているが、実質的には、西村あさひ法律事務所所属の弁護士とデロイトトーマツファイナンシャルアドバイザリー合同会社所属の公認会計士・公認不正検査士等が、調査実務を担当しているようである。 連結子会社で発生した会計不正の場合には、こうした体制が一つのスタンダードとして定着しつつあり、上場会社において、監査等委員会設置会社への移行が進む中、今後もこうした体制による不正調査が主流になっていくのではないかと思われる。 2 原因分析に対するちょっとした異論 本文でも言及したとおり、筆者の私見によれば、社内調査委員会による、「深度ある十分な検証が行われていた場合には、少なくとも、出資にあたって本件事業への参加は中止させていた可能性があったのではないか」という指摘には首肯できないものを感じている。 M&Aの場面では決断の早さが要求されることは間違いなく、「深度ある十分な検証」を行っている時間はさほどないだろうし、何より、M&Aを決断しようとしている経営者は、相手先に惚れこんでいるのが実情であるから、それに水を差すような進言も難しいであろう。 であるとすれば、M&Aにより子会社化した会社には、現経営者をコントロールできる有能な管理者を専任の取締役として派遣し、親会社と同等のコーポレートガバナンス体制を早急に整え、内部統制システムを整備し、過去の取引も含め、適法性・適正性を確認することを最優先で行うことを徹底する方が、経営者に受け容れやすいのではないだろうか。万一、そうした人材がいなかったり、体制が整わなかったりという事情があるのであれば、M&Aによる事業領域の拡大は経営戦略としては妥当ではない、ということではないだろうか。 3 過年度損益の修正による影響 ――過年度における剰余金の配当と自己株式の取得における問題点 調査報告書の公表から1週間後、サイオスは過年度の有価証券報告書等を訂正するリリース「平成28年12月期第1四半期決算短信の提出及び過年度の決算短信等の訂正、過年度の有価証券報告書等の訂正報告書の提出、並びに、過年度における剰余金の配当及び自己株式の取得に関するお知らせ」を公表した。 本リリースのタイトルが長くなった理由は、過年度決算の修正により、分配可能額がマイナスであったにもかかわらず、平成25年3月6日開催の定時株主総会で剰余金の配当を決議して実施したこと、平成25年10月から11月にかけて実施した市場買付の方法による自己株式の取得が、同じく分配可能額の範囲を超えたものであったことを公表したからである。 不適切な取引による影響は、不正に受給した補助金の変換のみにとどまらず、会社法違反へとその影響が拡大している。 4 補助金等の返還 7月29日、サイオスは「補助金等の返還額確定に関するお知らせ」というリリースを出し、SIIIS(現社名は株式会社関心空間)がA社を経由して、NEPCに対して交付を受けた補助金全額と規程による加算金(年10.95%)を加えて、合わせて131,597,622円を返還したことを公表した。 5 補助金適正化法による刑事処分 補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律〈補助金適正化法〉には、以下のような罰則規定が置かれている。 サイオスにおいては、前述のとおり、交付された補助金の全額に加え、規程に基づく加算金を合わせて返還しているため、本規定が適用されるのか否かは現時点では不明であるが、安易な不正行為が、会社に経済的な損害を与えるのみならず、会社法違反に加え、刑事罰の可能性もあるということで、不正は割に合わない行為であることをあらためて印象づけられた事件でもあった。 (了)
被災したクライアント企業への 実務支援のポイント 〔会計面のアドバイス〕 【第8回】 「後発事象」 公認会計士 深谷 玲子 1 決算日後の被災 法人が被災したタイミングが決算日後の場合、財務諸表(※)に後発事象としての注記が必要となる。 (※) 本稿内の財務諸表とは、会社法の計算書類、連結計算書類及び臨時計算書類並びに金融商品取引法の財務諸表、四半期財務諸表、中間財務諸表、連結財務諸表、四半期連結財務諸表及び中間連結財務諸表を含む。 「後発事象」とは、決算日後に発生した会社の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況に影響を及ぼす会計事象をいう。 なお、「発生」の時点は、当該災害の発生日又は当該災害を知ったとき、である(監査・保証実務委員会報告第76号「後発事象に関する監査上の取扱い」第5項)。 決算日後に災害が発生した場合において、財務諸表に後発事象として注記する必要があるのは、 の両方に該当する場合である。 ① 後発事象の注記が必要とされている法人 「後発事象として財務諸表に注記が必要な法人」とは、以下のものをいう。 ・〇・・・注記必要(会社計算規則第98条) ・×・・・注記不要(会社計算規則第98条2項) ・「公開会社」とは、会社法第2条5号に定義されている、株式に譲渡制限を定めていない株式会社をいう。 ② 法人にとって「重要な」後発事象 後発事象のうち、法人にとって「重要な」後発事象に当たるものは財務諸表に注記しなければならない。 ここで「重要な」とは、会社の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況に対して的確な判断をするために「重要な」ものをいう。 ただし、どの程度の災害被害額であれば「重要な」に該当するのかについては、具体的な数値は定められていない(監査・保証実務委員会報告第76号「後発事象に関する監査上の取扱い」)。したがって、法人が質的・金額的側面から実質的に判断することとなる。 なお、上記①②に該当しないと判断した場合は、当該事業年度の財務諸表への注記は不要であり、翌事業年度の財務諸表において適切に反映することとなる。 ③ 後発事象として注記すべき事項 上記①②の両方に該当した場合、当該事業年度の財務諸表に後発事象として注記をする。注記すべき内容は、下記の通りである。 (監査・保証実務委員会報告第76号「後発事象に関する監査上の取扱い」付表2) なお、影響額を見積もる場合には、信頼度の高い資料にその根拠を求める等により客観的に見積もる必要がある。影響額を客観的に見積もることができない場合には、その旨及び理由等の開示が必要となる。 つまり、影響額を客観的に見積もることができないことを理由として注記自体をしないことはできないことに留意が必要である。 ④ 災害発生の時期と実務上具体的な開示の対応 後発事象として財務諸表に注記すべき後発事象であっても、決算スケジュールとの関係で当該事業年度の財務諸表への注記が実務的に不可能な場合もある。 監査報告書を受け取った後は、監査報告書により証明された範囲についての変更はできない。その結果、財務諸表を変えずに監査報告書以外で後発事象の内容を開示するか、財務書類等に注記して監査報告書を再度受け取りなおすことになる。 具体的な対応の例として、有価証券報告書提出会社かつ会計監査人設置会社の場合を示すと、次の通りである。 〈有価証券報告書提出会社かつ会計監査人設置会社の場合〉 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 監査役の監査報告書日より後となった場合は、いずれの書類によっても開示は事実上不可能であるため、後発事象としての注記の必要はない。ただし、株主総会より前であった場合には、株主総会において取締役から報告する等の対応が考えられる。 2 後発事象の注記の具体例 以下、平成28年4月に発生した熊本地震を例に、後発事象の注記がどのようになされたか具体的にみていく。 (了)
経理担当者のための ベーシック会計Q&A 【第122回】 退職給付会計⑩ 「退職給付制度間の移行―将来勤務に係る部分から移行した場合」 仰星監査法人 公認会計士 永井 智恵 〈事例による解説〉 〈会計処理〉 ① 退職給付債務の減少に伴う処理 (※1) 移行前の退職給付債務400-移行後の退職給付債務350=50 ② 未認識過去勤務費用、未認識数理計算上の差異及び会計基準変更時差異の未処理額の移行時の処理 〈会計処理の解説〉 退職給付制度間の移行には、確定給付型の退職給付制度から他の確定給付型の退職給付制度への移行や、確定給付型の退職給付制度から確定拠出年金制度への移行があります(適用指針第3項)。 退職給付制度間の移行において、確定給付年金制度の将来勤務に係る部分を改訂し、将来勤務に係る部分を確定拠出年金制度へ移行する場合、退職給付債務の増額又は減額の会計処理が適用されます(適用指針第13項(1))。 退職給付債務の増額又は減額は、企業会計基準第26号「退職給付に関する会計基準」(以下、「基準」)上の過去勤務費用に該当するため、原則として、各期の発生額について、平均残存勤務期間以内の一定の年数で按分した額を毎期費用処理することとなります(基準第25項)。 本事例では、確定給付年金制度の将来勤務に係る部分を確定拠出年金制度へ移行しているため、制度間移行は退職給付制度の終了に該当せず、退職給付債務の増額又は減額の会計処理が適用されます。このため、減少した部分に係る退職給付債務50(=移行前の退職給付債務400-移行後の退職給付債務350)を退職給付に係る調整額として認識します(①の仕訳)。 また、当該増額又は減額が行われる前に発生した未認識過去勤務費用、未認識数理計算上の差異及び会計基準変更時差異の未処理額については、従前の費用処理方法及び費用処理年数を継続して適用します(適用指針第12項)。 本事例では、未認識過去勤務費用20(借方)、未認識数理計算上の差異40(貸方)及び会計基準変更時差異の未処理額80(借方)が、それに該当します。 * * * 次回は、退職給付制度間の移行のうち、大量退職があった場合について解説します。 (了)
税理士業務に必要な 『農地』の知識 【第1回】 「農業に関する将来の方向性」 税理士 島田 晃一 1 農業を取りまく現況と今後の方向性 近年の農業環境は、農業従事者の高齢化及び後継者不足や海外の農産物との競争など岐路に立たされている。国内農業については味や安全性などの付加価値やブランド化などを推進すること、また、農地集約のための売買や貸付けなどを積極的に行うことにより大規模化、効率化を進めていくことが求められている。 行政においても農地の集約化を後押しする施策がメインになっている。それに伴い税制面においても、農地集約のための売買に関しては譲渡所得の特例措置などを設け、集約化を側面から後押ししている。これら農地の集約化のための税制面の特例については、次回以降、具体的に説明していくことにする。 また、農業従事者の高齢化及び後継者不足による耕作放棄が今後さらに増加していくことが予想される。このような遊休農地の増加に対処するため、これらの農地の第三者への売却や貸付けにより農地の維持を図ることが求められており、これは前述した農地の集約化にも繋がっていくものである。 2 都市農業に関する方向性 (1) 都市農業の特殊性と農地の維持 都市農業については、地方農業とは事情が異なる部分がある。すなわち、都市農業を営む者の多くが、農業収入が生活の糧ではなくサラリーマンが副業で休日に農作業を行ったり、以前に農地であった土地の一部を宅地化し不動産賃貸事業により主な収入を得ているのが現状である。 農地自体については、生産緑地指定を受けていれば、固定資産税・都市計画税は宅地や雑種地と比較して大幅に低く、金銭面から見た農地の維持について大きな困難を生むことは少ない。それよりも、都市農地の維持に関しては、周辺の住環境の問題それに附随するトラブルに左右される場合がある。 例えば、「風の強い日など土埃などが舞い周辺住民から苦情があった」、「農薬を使う際、臭いや住民の健康に悪影響を及ぼすといった苦情があった」などといった問題である。 これらの問題に適切に対処し、周辺住民の理解を得るということも、都市農地の維持の観点から重要なことである。 (2) 都市農業振興法の施行と税制上の措置 行政面からは、これまでの都市農業政策を転換する動きが出ている。以前から、自治体によっては、災害時の住民の避難場所や景観維持のため、ある程度の面積を有している一団の農地について、積極的に生産緑地の追加指定を行っている。また、都市部においては日常的に農業に触れあう機会がないことから、市民農園として多くの人に農業体験をしてもらうといった事業も推進されている。 これらの動きを法律的に担保するため、平成27年4月には都市農業振興法が施行され、これまでの市街化区域農地を宅地化することを前提とした方向から、都市農地としてそのまま維持する方向への転換が示された。 これは、将来の人口減少による住宅地需要の減退が避けられない見通しであること、一方で、防災拠点・景観の確保、国民の農業に対する理解・農業体験などが重視されるようになってきているという事情がある。 都市農業振興法では、第8条において、都市農業振興のための税制上又は金融上その他の措置を講じなければならないとされるとともに、第9条において「都市農業基本計画」を定めることが定められている。その後、平成28年5月に提示された「都市農業基本計画」においては、都市農業振興のための様々な施策が挙げられている。 その中で注目すべき点は、税制上の措置として、① 三大都市圏以外の市街化区域内農地(生産緑地地区を除く)における固定資産税・都市計画税納税の負担軽減、及び、② 相続税の納税猶予における農地の貸借時の猶予打切りの見直しについて言及していることであろう。 3 都市農地における農地の納税猶予適用における諸問題 相続の際、相続人が農地を売却したり、宅地に転用して賃貸住宅などを建設し農業以外の土地活用を図る事例も多いが、逆に、このまま農地として維持していこうという選択を採る場合もある。ただし、相続人がある程度の規模以上の農地を残したいという選択をしたならば、よほどの金銭的な余裕がない限り、相続税の納税猶予の適用を受ける必要が出てくる。 したがって、相続税の納税猶予に関しては、都市農地の相続を取り扱うにあたって内容を必ず理解しておく必要がある。 特に注意したい点は、前述したように、都市・地方を問わず農業従事者の高齢化が問題となっており、農地を所有していた被相続人が80代、農地を相続し相続後農業に従事する者が60代であるという事例も充分想定される。このような場合、相続後期間を置かず農業従事者が病気などで農地を維持できなくなってしまう恐れもある。その際には、原則として納税猶予は打ち切られ、猶予されていた税額及びそれに対応する利子税を納めなければならない。 ただし、市街化区域外の農地については、「特定貸付」といい、農業経営強化促進法に基づく一定の事業のために農地を貸し付けた場合、納税猶予の継続が認められる。 仮に、特定貸付が受けられない地域に農地があったり、貸付け申込み後1年経過しても特定貸付ができなかった場合には、「営農困難時貸付け」といい、重度の精神障害又は身体障害により農業の継続が困難になったことを条件として、その農地を他に貸し付けても納税猶予の継続が認められる。 都市農地に関しては、特定貸付の対象外の地域にあるため、現段階においては、営農困難時貸付けを受けられない場合、農地の地方公共団体や第三者への貸付けは納税猶予の打切り事由に該当してしまう。 このような事態を避けるために、前述したように「都市農業基本計画」において税制面の手当がされるよう記載されている。また、平成28年度の税制改正大綱の検討事項においても次のような記載がある。 要するに、相続発生時において農地を相続した相続人が地方公共団体や第三者に農地の賃貸等を行った場合において納税猶予を受けられる措置を検討するということである。さらに、納税猶予を受けている相続人が第三者に農地の賃貸等を行った場合、納税猶予の打ち切りの対象にしない措置も検討されていくと考えられる。 * * * 以上、連載第1回となる今回は、農業を取りまく現況と将来像、特に都市農業に係る税制の今後について簡単に述べてきた。 大きな流れとしては、「地方における農地の集約化」、及び、「都市部における宅地化推進から農地維持への方針転換」が打ち出されているのがわかる。 次回以降は、これらの流れを踏まえた農地に関する税制に関する詳細と、それを理解するための周辺知識について述べていく予定である。 (了)
税理士が知っておきたい [認知症]と相続問題 【第2回】 「“認知症”とはどのような病気なのか?」 -押さえておきたい基礎知識- クレド法律事務所 駒澤大学法科大学院非常勤講師 弁護士 栗田 祐太郎 1 “認知症”とは、そもそもどういった病気であるのか この記事を読まれている方ならば、”認知症”と聞いたとき、漠然とではあるがすぐに何らかのイメージが浮かぶであろう。もしかすれば、身近に認知症のご親族がいらっしゃり、ご苦労されている方もあるかもしれない。 認知症という言葉自体には馴染みがあったとしても、認知症という病気について大まかな医学的知識を学ぶ機会は、意外に少ないと思われる。 今回は、認知症に関連する様々な法的問題を取り上げる前提として、まずこの“認知症”というものがいかなるものであるのか、最低限把握しておきたい医学的知識を確認したい。 2 認知症の4つのタイプ 認知症とは、いかなる状態をいうのか。 結論を簡単に述べれば、認知症とは、 をいう。 我々は誰しも、年齢を重ねるに従って物忘れがひどくなった、若い頃と比べて仕事や日常生活において記憶力の低下を感じる、テレビで見かけるタレントの名前が覚えられない等々、大なり小なりの“老化”を感じる瞬間がある。 しかし、認知症というものは、このような加齢による単なる“老化”とは根本的に異なるということを始めに確認しておく必要がある。 認知症とは、脳の病理的な変化、すなわち脳内の神経細胞同士のつながり(ニューロン・ネットワーク)に支障が生じることで、認知機能が低下することなのである。 たとえば、「昨日の夜に何を食べましたか」と質問されたとき、一瞬詰まって即答できず、考えこんでしまう場合も多いだろう。 このとき、老化による単なる物忘れであれば、「ほら、お隣さんからの貰い物をおかずにしたから・・・」とか「あなたの大好物の・・・」等と多少のヒントをもらえば思い出せる場合がほとんどである。これは、いわゆる記憶の3要素と言われる「記銘」「保持」「想起」のうち、想起だけがすぐに行えない状態だといえる。 しかし、認知症の場合は、以上とは根本的に異なってくる。認知症では、その体験・ストーリーそれ自体を丸ごと忘れ、当の本人にも「忘れた」という自覚がないというのである。 つまり、「昨日の夜にご飯を食べたかどうかすら思い出せない」という状態となるのである。前述の3要素にならえば、記銘・保持の面ですらも著しく支障が生じている状態となるが、本人の意識ははっきりしている場合が多い(意識清明)と言われている。 通常、ひとくちに認知症という呼び方がされるが、これは様々な原因疾患を総称した呼び名に過ぎない。認知症の原因となりうる疾患は約70種類前後にも上ると言われている。 ここでは、認知症全体の約9割を占める4つの代表的な類型につき、簡単に整理してみたい。 【認知症の代表的な4類型のまとめ】 (※) この4類型以外の原因疾患は、①神経変性性認知症(神経細胞の変性によるもの)と②二次性認知症(脳腫瘍等、①以外の疾患によるもの)とに大別される。 税理士とすれば、もし仮に自らのクライアントや関係者において上記の診断名が付いた場合には、たとえ認知症であることが判明していないケースであっても、認知症の発症やこれに伴う判断能力の有無・程度等について十分注意を払う必要がある。 3 認知症の発症による日常生活への影響 以上のような疾患により認知症を発症した場合には、具体的には次のような症状が生じる(主にアルツハイマー型認知症での例)。 【認知症がもたらす諸症状】 以上のように、特にアルツハイマー型認知症においては、進行とともに、本人あるいは家族の基本的な日常生活に多大な影響を及ぼす場合も多い。 そのため、現在では、認知症の早期発見や生活環境の構築(一人で悩まず、また家族だけで悩まず、医療機関や地域のつながりと連携をはかる必要性)が重要であると言われる。 そして、上記のような症状が一度出始めれば、自己の財産管理であったり、不動産の売買や各種の契約締結等といった契約行為を適切に行うための判断能力が適切に備わっているのか、絶えず注意を払っていく必要が生じる。 そのために、このような高齢者を保護する各種制度が必要となってくるわけである。このことについて、次回以降で詳しく説明したい。 (了)