谷口教授と学ぶ
税法基本判例
【第39回】
「課税処分相互間の関係」
-課税処分取消訴訟の訴訟要件(広義の訴えの利益)を中心に-
大阪学院大学法学部教授
谷口 勢津夫
Ⅰ はじめに
納税義務の確定制度とりわけ申告納税制度においては、納税義務の確定行為相互間の関係、すなわち、納税申告相互間の関係、納税申告と課税処分との関係及び課税処分相互間の関係が問題になる(谷口教授と学ぶ「国税通則法の構造と手続」第11回4、第15回2・3も参照)。
納税義務の確定行為相互間の関係については、国税通則法制定前から議論されてきたところであるが、税制調査会「国税通則法の制定に関する答申の説明(答申別冊)」(昭和36年7月)62-63頁は次のとおり「基本的な考え方」を述べた(下線筆者)。
(1) 納税義務の成立及び確定の順序又は過程をみると、まず、納税義務が成立すると、納付されるべき租税の額は、税法の規定により客観的に定まつた金額となるのであるが、これについて、第一次的には納税義務者が申告によりこの金額を確認して具体化することになる。この申告された税額を税務官庁が税法に照らして正当でないと認めたときは、これを更正して追加的に税額を具体化することになり、また納税者による申告がないときは税務官庁が決定を行ない税額を具体化する。さらに納税者又は税務官庁がこれらの具体化した税額をなお正当な金額でないと認めたときは、修正申告又は再更正等が行なわれる。
したがつて、申告、決定、更正及び再更正は、納税者により又は税務官庁により、それぞれ別個独立の行為として行なわれるが、いずれも、成立した一個の租税債務をその正当な数額に具体化するための行為であつて、相互に密接な関係にある。
これらの行為相互間の関係を法律的にどのようにみるかについては、従来、次のような二つの考え方があつた。
(a) 更正等の効力は、その処分によつて変更を生じた増差額に関する部分についてのみ生じ、後の更正等の処分は前の申告等とは別個の法律行為として併存する。
(b) 更正等の処分により前の申告等の効力はその行為時にさかのぼつてなかったものとされ、更正等の効力は、あらためてその処分に係る全額について生ずる。
この二つの考え方は、いずれも前記の問題点を合理的に解決するための基本的な考え方として導かれたものである。
(a)の考え方によると、後に更正等がされても以前にされた申告等の効力はなお維持されるから申告等に基づく納付、差押えその他の処分の効力の安定を図るという要請を満足させつつ、申告等と更正等との法律関係を説明するのに適しているが、争訟において一個の租税債権についてされた更正及び再更正等の数個の処分を統一的に審理しようという要請にこたえることを説明するのに困難である。
他方(b)の考え方によると、一個の申告、更正等が対応しているから、上記の争訟の問題を解決するのにふさわしい考え方であるが、他面、申告等に基づく納付、差押えその他の処分の効力の安定を図る見地からは、適当でないという欠点がある。
(2) われわれは、4・1の[各種の申告と更正又は決定との間の法律関係に関する]問題点については、次の2に述べるように、それぞれ別個に合理的に解決すべきであると考えるが、これらの解決のあり方を統一的に説明する基本的な考え方としては、更正等の処分の効力は、増差額に関する部分についてのみ生ずるが、同時にその処分が行なわれた結果として、前にされた申告等は、更正等に吸収され、あわせて一体のものとなると考えることが適当であると認めた。
そうして、このような考え方の上にたつて、下記[2]の各問題を検討し、その結果を立法上明確にするよう、所要の規定を整備すべきであると考える。
もっとも、前記説明中の「これらの解決のあり方を統一的に説明する基本的な考え方」は、その前半(「更正等の処分の効力は、増差額に関する部分についてのみ生ずる」)が併存説を意味し、その後半(「その処分が行われた結果として、前にされた申告等は、更正等に吸収され、あわせて一体のものとなる」)が吸収説を意味する、両説のいわば「折衷説」(中川一郎=清永敬次編『コンメンタール国税通則法』(税法研究所・加除式[1989年追録第5号加除済])E296~298頁[新井隆一・波多野弘執筆])ともいうべき考え方であるように思われる。
いずれにせよ、国税通則法は、そのような「基本的な考え方」に基づいて20条(修正申告の効力)、29条(更正等の効力)、73条1項1号(時効の中断及び停止。現行規定は時効の完成猶予及び更新)、81条(他の審査請求に伴うみなす審査請求。現行規定は90条)、82条(併合審理等。現行規定は104条)、87条1項3号(不服申立ての前置を要しない場合。現行規定は115条1項2号)等の各規定を整備したものと解されるが、それらの規定は学説の多くが国税通則法の立場を併存説として理解する根拠とされるものである(差し当たり、清永敬次『税法〔新装版〕』(ミネルヴァ書房・2013年)257頁参照)。ただ、それらの規定は少なくとも直接的には訴訟とりわけ課税処分取消訴訟に関する事項を定めた規定ではないので、訴訟のレベルにおいて更正・決定と再更正との関係をどのように考えるかは、広義の訴えの利益という訴訟要件の判断において重要な意味をもつにもかかわらず、基本的には国税通則法制定前と同じく解釈に委ねられてきたといわざるを得ない。この点については、夙に次のとおり指摘されていたところである(清永敬次「更正と再更正」シュトイエル100号(1970年)91頁、95-96頁)。
ところで、更正と再更正との関係に関して従来裁判所が採つてきた立場について、答申および通則法はどのような見解を示したのであろうか。まずいえることは、答申が改正を勧告しそれに従つて設けられた通則法の各規定のうち、従来の裁判所の基本的立場に直接ふれるものは無かつたことである。すなわち、更正に対する訴訟が係属中増額再更正がなされた場合、または更正と増額再更正とを同時に争つた場合、更正に対する訴えはその対象を欠き不適法となるというのが従来の裁判所の態度であつたが、このような考え方が正当なものとして維持されるべきであるかどうかとの問題は答申説明の中でも正面から論じられていず、またこのような考え方に直接ふれる規定も設けられなかつた。ただ、後の再更正に対する訴えにつき不服申立前置の要件をはずした位のことであつた。また、減額再更正(訂正処分)については独立して争いえないのが従来の裁判所の判例であつたが、このような考え方が正当なものであるかどうかについて答申説明はふれることなく、また新しい通則法の規定で直接この点に関するものはなかつた。
なお、広義の訴えの利益という訴訟要件については次のとおり説明されている(泉徳治ほか『租税訴訟の審理について〔第3版〕』(法曹会・2018年)43-44頁。下線筆者)。
いかなる形態の訴訟制度であれ、一定の人的構成を持つ司法機関により、法律の定める一定の手続に従い、法律を適用して裁判するという形で運営されるものであり、国民においてこれを利用するためには、このような機関、手続及び規範によって公権的な解決を図るべき利益ないし必要性がなければならない。これが広い意味で訴えの利益と呼ばれるものであって、国家機関としての裁判所を訴訟の洪水から守り、その正常な機能を維持させ、真に司法的解決を必要とする事件の処理に支障なきを期するとともに、不当な応訴の煩わしさから相手方を保護するという要請に発するものであり、各種の訴えに共通して要求される訴訟要件である。広義の訴えの利益は三つの側面を有し、これを取消訴訟に即していえば、①取消訴訟の対象が訴訟の対象として判決で取り消すに適するものであること(訴えの対象)、②当該取消訴訟につき原告が訴訟を追行する正当な資格を有すること(原告適格)、③当該取消請求の当否につき判決を受けるだけの法的利益ないし必要があること(狭義の訴えの利益)の三つに区分できる。なお、平成16年行訴法改正は、従来の裁判例がこの訴えの利益をややもすると形式的に解釈し、国民の権利の救済のため行政訴訟を十分に機能させてこなかったという反省を踏まえたものという面を持っている。訴えの利益の解釈に当たっては、形式的な解釈に流れることなく、行政行為等の実質的側面を十分に踏まえる必要がある。
Ⅱ 更正と再更正との関係に関する判例の立場
1 更正と増額再更正
更正と増額再更正との関係について裁判所は、次の見解(園部・前掲「判解」283頁)が述べるように、国税通則法の制定前後を通じて、消滅説ないし吸収説の立場に立っていたといわれている(裁判例について詳しくは最高裁判所事務総局編『続々行政事件訴訟十年史』(法曹会・1981年)406頁参照)。
国税通則法が施行された昭和37年4月2日、前後を通じ裁判例は、増額再更正について、前記消滅説ないし吸収説をとっていたとするのが通説的理解である。そこでいう消滅説ないし吸収説というのは、どちらかといえば結論部分にウェイトが置かれており、要するに、再更正処分が行われたときは、当初更正処分の取消しを求める訴えがその利益を欠くこととなり、したがって不適法となるというのである。
上記見解はこれに続けて「同説ないし同説を採る裁判例が、通常、確立した判例として引用する最高裁の判例は、次の二つである。」(園部・前掲「判解」283頁)と述べ、最判昭和32年9月19日民集11巻9号1608頁と最判昭和42年9月19日民集21巻7号1828頁を挙げている。もっとも、これらのうち後者については、「右の事件では、第二次更正処分は、第一次更正処分との関係では減額再更正の性質を有するのであり、第三次更正処分は第二次更正処分との関係では増額再更正処分であるが、第一次更正処分との関係では同額再更正処分に当たるという、まことに変則的な事案であって、増額再更正処分について吸収説をとった判例というには、事案として必ずしも適当なものではない。」(園部・前掲「判解」290頁。最判昭和55年11月20日訟月27巻3号597頁(以下「昭和55年最判」という)に係る鈴木実「解説」同号599頁も同旨)といわれるように、その先例性は疑わしいように思われる(碓井光明「判批」判例評論275号(1982年)10頁、12頁も同旨)。
このような先例性に関する疑義があるとはいえ、租税訴訟実務では、更正と増額再更正との関係については、次の見解(泉ほか・前掲書49頁)が支配的であるように思われる。
最高裁も、吸収説を採用している(最判昭32・9・19民集11巻9号1608頁、最判昭42・9・19民集21巻7号1828頁、最判昭55・11・20判時1001号31頁、最判平9・11・14税務訴訟資料229号652頁)。吸収説の下では、更正・決定の後に増額再更正がなされた場合、増額再更正のみが取消訴訟の対象となり、更正・決定の取消しを求める訴えは、訴えの対象を失い、不適法として却下されることになる。
この見解が吸収説を採用するものとする判例のうち後二者はいずれも原審の判断(①東京高判昭和53年1月31日訟月24巻2号414頁、②東京高判平成8年2月28日税資215号797頁)を正当とするにとどまるものであるから、それらの原審判断を以下に引用しておくことにする。
【①】
控訴人らは、本訴において、各更正の取消しを求めているが、控訴人らの当該年分の所得税につきその後再更正の行なわれたことは、控訴人らの自ら認めて争わないところである。しかして、かように、或る年分の所得税について再更正が行なわれた場合には、当初の更正の取消しを求める訴えがその利益を欠いで不適法となることは、すでに確立した判例である(最高裁判所昭和32年9月19日第一小法廷判決、民集11巻9号1608頁、同庁昭和42年9月19日第三小法廷判決、民集21巻7号1828頁参照)。
【②】
国税通則法75条以下の規定に基づく不服申立手続も、国家機関による紛争解決制度である以上、これを利用して税務署長等の処分に対して不服申立てをすることができるのは、当該不服申立てについて紛争解決機関が判断を与えるだけの実際的な価値ないし必要性がある者、すなわち、租税行政処分によって権利又は利益を侵害されたため、その取消しを得る利益を有する者に限られるものというべきである。
しかしながら、納税者のした申告について税務署長の行う更正は、先にみたとおり、課税標準等又は税額等を確定する処分であって、その算出の過程において加算要因と減算要因とがあっても、それは更正の理由を構成するものに過ぎないのであり、更正に対する不服申立ての対象は、課税標準等又は税額等の適否なのであるから、課税標準等又は税額等を減少させるものであって、納税者にとって不利益処分ではない減額更正について、その理由の一部を構成するに過ぎない加算要因に対して不服があることを理由に、不服申立ての対象となるものと解すべき必要や余地はない。
上記①の東京高判が「確立した判例」として参照する最判昭和42年9月19日民集21巻7号1828頁の先例性については、前述のとおり疑わしいように思われ、また、上記②の東京高判は申告と更正との関係について、しかも不服申立ての対象を問題にする判決であるから、これを正当とする上告審・最判平成9年11月14日税資229号652頁が、更正と再更正との関係について課税処分取消訴訟の対象を判断する場合に先例性を有するかどうかも疑問であることから、結局、前記見解が言及する最高裁の判断のうち、上記①の東京高判が「確立した判例」として参照する最判昭和32年9月19日民集11巻9号1608頁(これは下記のとおり判示している。下線筆者)と、これを先例とする限りで(碓井・前掲「判批」12頁参照)昭和55年最判の2つの判断のみが、更正と増額再更正との関係に関する判例としての意義を有すると考えられる。
原判決は「政府は課税価格の更正後その更正した課税価格について脱漏あることを発見した時は調査により課税価格を更正することができるものであつて、(財産税法第46条第5項)再びなされた課税価格の更正によつて当初なされた更正は当然消滅に帰したものと解しなければならない。何故ならば再更正は当初の更正をそのままとして脱漏した部分だけを追加するものでなく、再調査により判明した結果に基いて課税価格を決定したものだからである。そうすると昭和22年9月8日附書面で通知せられた課税価格の更正は、昭和24年2月25日附書面で通知せられた再更正によつて当然消滅に帰したものであるから、前示更正の取消を求める訴はその対象を欠くもので不適法として却下せられなければならない。」と判示しているのであり、所論のように、181,605円の課税の効力が、後の235,820円の課税によつて取り消され消滅したというのではなく、財産税賦課の基準となる課税価格につきなされた当初の更正決定が、後の更正決定によつて消滅に帰したという趣旨のものであることは判文上明瞭であつて、右原審の判断は当審においてもこれを是認することができる。
念のため、昭和55年最判の判示を引用しておくと、次のとおりである。
本件において、本件更正処分がされたのちこれを増額する再更正処分がされたことにより、当初の更正処分の取消を求める訴の利益が失われたとしてこれを却下すべきものとした原審の判断は正当であり、論旨は理由がない。
2 更正と減額再更正
ところで、「更正と再更正の問題は、従来主として増額再更正について論じられてきた」(園部・前掲「判解」281頁)が、それでも、更正と減額再更正との関係についても、従来、増額再更正の場合と同じく吸収説の立場に立ち当初の更正処分の取消しを求める訴えの利益はないとする裁判例のほか、「実務の大勢は、減額再更正処分について、当初更正処分の一部取消し(講学上の職権による一部取消し『一部撤回』)と同じ性格のものとみている」(同293頁)という立場に立って、減額再更正処分の取消しを求める訴えの利益はないとする裁判例がみられた(裁判例について詳しくは最高裁判所事務総局編・前掲書406-407頁参照)。
最判昭和56年4月24日民集35巻3号672頁(以下「昭和56年最判」という)の事件(本案では事業所得と給与所得との区分が争われたいわゆる弁護士顧問料事件)において、第一審・横浜地判昭和50年4月1日訟月21巻6号1332頁(下記①)及び控訴審・東京高判昭和51年10月18日訟月22巻12号2876頁(下記②)は吸収説の立場に立ち以下のとおり判示し(下線筆者)、減額再更正処分の取消しを求める訴えの利益はあるが当初更正処分の取消しを求める訴えの利益はないとした。
【①】
更正と再更正とはいずれも税務官庁により行われる別個独立の処分ではあるが、いずれも、成立した一個の租税債務ないし納税義務をその正当な数額に具体化するための行為であり、再更正は再調査によつて判明した結果に基づいて、当初の更正にかかる課税標準等又はこれに基づく税額等を含め全体としての課税標準等又は税額等を確定する処分である(追加的処分ではない)から、再更正が有効になされると、当初の更正は再更正の処分内容としてこれに吸収され、一体的なものとなり、独立の存在を失うに到ると解するのが相当である。従つて、再更正がなされた場合には、更正及び再更正の瑕疵はすべて当該再更正に対する取消訴訟において主張することができ、かつそれによつて目的を達することができるから、それ以外に当初の更正を独立の対象としてその取消を求める利益はないというべきである。
右のことは減額再更正(但し、総所得金額は確定申告における総所得金額より多い)がなされた本件においても同様に解すべきである。従つて、本件再更正処分の取消を求める部分についてはその法律上の利益があるが、当初の更正処分の取消を求める部分は全部訴の利益がないからこれを却下すべきであ[る]。
【②】
[上記①の第1段落はそのまま引用されている。]
右のことは減額再更正がなされた場合においても同様に解すべきである。蓋し、減額再更正処分は必ずしも常に更正処分の単純な一部取消ではなく、処分の質的変更、特に課税標準の内容の変更をもたらす場合があるからである。本件も右の場合に該当し、控訴人自身も昭和42年分につきその主張の所得金及び税額を超える再更正処分の取消を求めているのである。したがつて、昭和42年度分の所得税に関する本件訴のうち本件再更正処分の取消を求める部分については訴の利益があるが、昭和42年分所得税につきなされた当初の更正処分の取消を求める部分については訴の利益がないからこれを却下すべきであ[る]。
これに対して、昭和56年最判は次のとおり判示して(下線筆者)「いわゆる一部取消説に立つことを明言し」(片山博仁「判批」法務省訟務局内行政判例研究会編『昭和56年行政関係判例解説』(ぎょうせい・1983年)425頁、431頁)、減額再更正処分の取消しを求める訴えの利益はないとした。
申告に係る税額につき更正処分がされたのち、いわゆる減額再更正がされた場合、右再更正処分は、それにより減少した税額に係る部分についてのみ法的効果を及ぼすものであり(国税通則法29条2項)、それ自体は、再更正処分の理由のいかんにかかわらず、当初の更正処分とは別個独立の課税処分ではなく、その実質は、当初の更正処分の変更であり、それによって、税額の一部取消という納税者に有利な効果をもたらす処分と解するのを相当とする。そうすると、納税者は、右の再更正処分に対してその救済を求める訴の利益はなく、専ら減額された当初の更正処分の取消を訴求することをもって足りるというべきである。
昭和56年最判については、「本判決は、減額再更正の場合について、従来の実務の大勢に沿い、これを確認するもので、前記増額再更正の場合に関する最高一小判昭和55年11月20日[=昭和55年最判]と並んで、更正と再更正との関係に関する争いに、一応の終止符を打ったものと理解することができる。その意味で本判決は、この分野における重要な先例的意義を有するものといえよう。」(園部・前掲「判解」293頁)と解説されている。
Ⅲ 広義の訴えの利益という訴訟要件の解釈
以上で更正と再更正との関係に関する裁判所の立場をみてきたが、これについて、昭和55年最判及び昭和56年最判で「一応の終止符」(園部・前掲「判解」293頁)が打たれる以前から、次の批判的見解(清永・前掲論文105頁。下線筆者。以下「一貫性否認論」という)がみられた。
増額再更正に関する判例の多くは再更正の性質を税額の全体について改めて見直して税額全体の確認をするものであるから更正は存在を失なうという。この点に関する限りでは、減額再更正でも同じことである。減額再更正も同じく税額全体について改めて決定するものである、といわなければなるまい。にもかかわらず、それ故に先の更正は存在を失なうとは判例はしていない。このように、判例は減額再更正と増額再更正との場合でその性質をどうみるかについて説明が一貫していないうらみがある。
一貫性否認論は、昭和55年最判及び昭和56年最判についても妥当し、むしろ昭和56年最判の前記判示によってその妥当性は確定的なものとなったといえようが、その後、両最判の整合性を承認する次の見解(占部裕典『租税法と行政法の交錯』(慈学社出版・2015年)248頁[初出・2012年]。下線筆者。以下「整合性承認論」という)が唱えられるようになった。
増額再更正と減額再更正との間で争いの対象を異にしていることから両者[に関する昭和55年最判と昭和56年最判]の整合性の視点から疑問を投げかける見解も存在するが、総額主義のもとで常にもっとも大きい税額の更正処分を争わせるというスタンスでは最高裁判例は整合的であり、問題は存しないといえよう。
一貫性否認論は、「再更正の性質」の観点から判例の立場を理解しようとするものであるのに対して、整合性承認論は、「総額主義のもとで常にもっとも大きい税額の更正処分を争わせるというスタンス」の観点から判例の立場を理解しようとするものであり、その「スタンス」は、訴訟レベルでの「総額主義か争点主義かという理論的な問題」(占部・前掲書248頁)に関するものである。
租税訴訟実務の支配的見解は、更正と増額再更正との関係に関しては、一貫性否認論と整合性承認論の両方の観点を踏まえ、下記のとおり吸収説と総額主義を結びつける理解(泉ほか・前掲書48頁。下線筆者)を示した上で、既にⅡの1で述べたように、吸収説を採用した判例として昭和55年最判を挙げている。
更正・決定、増額再更正は税額を数額的に確定させる処分であって、その中身まで確定させる処分ではない(この点は、後述の総額主義の説明参照)。したがって、更正・決定に係る税額を上回る税額を確認するところの増額再更正がなされた場合、それが課税要件事実を単純に追加確定するものであればもとより、課税標準の中身を入れ替えるものであっても、更正・決定を包含するより大きな処分がなされたと見るべきで、更正・決定は増額再更正の処分内容として吸収されて一体となると解するのが相当である。更正・決定は増額再更正に吸収されてその外形が消滅するが、その効力は引き続き増額再更正の効力の中に承継されるのである。
しかし、吸収説と総額主義を結びつける上記の理解は、更正と減額再更正との関係については妥当しない。というのも、昭和56年最判は、減額再更正の「実質」を「当初の更正処分の変更であり、それによって、税額の一部取消という納税者に有利な効果をもたらす処分」とする理解を示したからである。
そうすると、昭和56年最判は減額再更正について吸収説を採用しなかったことは明らかであるから、再更正の性質の観点からはやはり一貫性否認論が妥当であるといえよう。しかし、租税訴訟実務の支配的見解は次のとおり述べて、一貫性の欠如を問題にしていない(泉ほか・前掲書50頁。下線筆者)。
増額再更正と減額再更正とが根拠規定を同じくするにもかかわらず、各別にその性格を説明することは、一見不都合に見えるが、減額再更正は、沿革的にも誤謬訂正から出発しており、職権による更正・決定の一部取消処分と異なるところはなく、増額再更正とはその性格を異にするから、両者につき必ずしも画一的説明をする必要はない。
ここで租税訴訟実務の支配的見解が減額再更正について「職権による更正・決定の一部取消処分と異なるところはな[い]」と述べているのは、当然のことながら、「職権による更正・決定の一部取消処分」が減額更正処分とは別に実定税法上可能であることを前提としてそのように述べているのではなく、再更正の性質の観点から、昭和56年最判の前記判示と同じく減額再更正の「実質」をそのように述べているものと解される。そうすると、一貫性否認論の説く「うらみ」を解消するには、減額再更正の「実質」の意味を明らかにしておく必要があるように思われる。この点について、昭和56年最判に関する判例評釈で述べられている次の見解(原田尚彦「判批」ジュリスト768号(昭和56年度重判解・1982年)49頁、50-51頁)は示唆に富むものである。
一つの考え方としては、増額再更正と減額再更正とを別異に扱うのは、いたずらに手続を煩瑣にし適当でないから、両者をできるだけ統一して同様の取扱いをすべきであるとする見方もありうるであろう。この見方に立てば、増額再更正の場合には判例上吸収説がほぼ確立しているのであるから、これを前提にすれば、減額再更正の場合にも吸収説をとって、当初の更正処分は減額再更正に吸収合体し、再更正処分によって原告の当該年度の(申告税額をこえる)付加税額が一括して確定されると解すべきだということになる。こう考えれば、減額再更正の場合にも再更正処分のみが訴訟の対象になるといえるわけである(・・・・・・)。本件での一、二審の判決はいずれもこの立場に立っているが、下級審にはこのほかにも同旨の判決がないわけではない(・・・・・・)。
しかし、減額再更正の場合に吸収説をとると、更正処分を受けたときこれを放置したため、更正処分が形式的に確定し、もはやこれを争えない状態になっていたのに、たまたまより有利な減額再更正が行われたのを奇貨として、納税者がこれを契機に訴訟を提起し、申告額をこえる部分の取消しを求めることができるということになるが、これは、いかにも不合理な結果といわなければならない(・・・・・・)。また、減額再更正の取消しによって、当初の更正にかかる付加税額がすべて御破算になるとする解釈は、減額再更正にあっては「その更正により減少した税額に係る部分以外の部分の国税についての納税義務に影響を及ぼさない」とする通則法29条2項の明文に抵触することにもなると考えられる。
このようにみてくると、増額再更正と減額再更正とでは利益状態が異なるから、前者につき吸収説をとるかぎり、両者の統一的扱いは困難であり、後者については別異の取扱いが必要とされるといわざるをえない。
本件において、最高裁が、減額再更正は更正処分の一部取消処分であり、納税者にとって有利な処分であるから、再更正自体を争う訴えの利益は認められないとし、申告額をこえる租税負担に不服のある者は、再更正によって一部取り消された状態におかれたところの、当初の更正処分を争うべきものとしているのは、正当である。
この見解の説くように「増額再更正と減額再更正とでは利益状態が異なる」ことは明らかであり、そのことをもって一貫性の欠如を正当化することには説得力があるように思われる。ただ、この見解が利益状態の差異に関して挙げる問題もあろうが、より直截的かつ一般的には、昭和56年最判が説示するとおり減額再更正が「税額の一部取消という納税者に有利な効果をもたらす処分」であることこそ、増額再更正との利益状態の差異であり、「訴えの利益の解釈に当たっては・・・・・・十分に踏まえる必要がある」とされる「行政行為等の実質的側面」(泉ほか・前掲書44頁)であると考えるところである。
この差異は、更正と再更正との関係を実体法のレベルで考えると、その意味がより一層明確になるように思われる。このことは、次の見解(碓井・前掲「判批」13頁。下線筆者)の説くところからいえるように思われる。
実体法レベルにおいて考えると、更正も再更正も、ひとたび発付された以上、行政処分として存在することは疑いない。両者の間には、時間的および内容的なズレが存在するのであるから、通則法29条のような調整規定が必要とされたのである。このような個別の行政処分のほかに、課税標準や税額の器(これは南教授の説明による)を考えることができる。更正や再更正の効果としての器は、常識的には一個のみ存在すると考えられる。すなわち、増額再更正の場合には、当初の器に一定の量が加えられたことになるが、増額後も、あくまで一個の器が残っているにすぎない。また、減額再更正の場合には、器の中の一定量が排除されたと考えればよい。
この見解によれば、増額再更正と減額再更正とで利益状態が異なるということは、「課税標準や税額の器」ないし「更正や再更正の効果としての器」に入る課税標準や税額の「量」の増減を意味していることになるが、その「量」の増(追加)又は減(排除)こそが納税者にとって不利か又は有利かを決定する最も重要な要素であると考えられ、しかもそう考えるのが「国民の一般常識」(碓井・前掲「判批」14頁)に合致していると考えられる。この点について昭和56年最判に即していえば、次の理解(清永敬次「判批」民商法雑誌85巻6号(1982年)1023頁、1031-1032頁)が正当であろう。
本件判決[=昭和56年最判]は、減額再更正処分は納税者に有利な処分であるという。それは当初の更正処分よりは納税者に有利な処分である、という意味であろう。納税者の申告と比べれば、本件減額再更正処分は納税者にとって不利なものである。しかし、その不利益はもともと当初の更正処分により確定効をもつてもたらされているのであるから、当初の更正処分を争うべきであって、減額再更正処分を争わせる必要はない、ということになろう。本件判決の考え方は理由のあるものである。
いずれにせよ、そうすると、昭和56年最判は、減額再更正については、その性質(「実質」)を更正の一部取消処分として理解する立場(一部取消説)に立ち、これを納税者にとって有利な処分とみて、「右の再更正処分に対してその救済を求める訴の利益」を否定したものと解される。ここでいう「訴の利益」は、広義の訴えの利益のうち狭義の訴えの利益であると解される。
以上の検討の結果をまとめると、増額再更正については、昭和55年最判は広義の訴えの利益のうち訴えの対象を問題にし、吸収説の立場から更正を訴えの対象として認めなかったのに対して、減額再更正については、昭和56年最判は狭義の訴えの利益を問題にし、一部取消説の立場から減額再更正に対する狭義の訴えの利益を認めなかったものと解される(このような判例の立場が紛争の一回的解決を重視したものと考えられることについては、拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)【147】参照。なお、納税申告に対する増額更正処分の取消訴訟との関係で広義の訴えの利益を検討するものとして、拙著『税法創造論』(清文社・2022年)1022頁以下[初出・2016年]参照)。
確かに、判例は、一貫性否認説の説くとおり、再更正の性質に関しては増額再更正と減額再更正との間で一貫性を欠く立場に立ってはいる。しかし、この一貫性の欠如は訴訟要件の判断において異なる結論に帰着することにはなっていない。それは、昭和55年最判が増額再更正について広義の訴えの利益のうち訴えの対象を問題にし、昭和56年最判が減額再更正について狭義の訴えの利益を問題にしたからである。
Ⅳ おわりに
以上、今回は、更正と再更正の関係について、判例が再更正の性質及び広義の訴えの利益の点において増額再更正と減額再更正とで異なる取扱いを行っていることを確認し、その理由を検討した。
このような取扱いは、裁判所の正常な機能を維持する等という広義の訴えの利益の要請(Ⅰの最後参照)には適合しているのであろうが、納税者の権利救済の観点からは問題があるとされる場合がある。それは下記の場合(原田・前掲「判批」51頁)である。
減額再更正は更正処分の一部取消しで、納税者に有利な処分であるとの命題が一般的に成立するかどうかには、若干の異論がないではない。というのは、減額再更正が当初の更正にかかる課税標準の一部を単純に取消すだけのものである場合には、右の命題は文句なく支持されてよいであろうけれども、減額再更正によって課税標準の中身が入れかえられ、まったく別個の課税標準に基づいて更正税額の一部を維持しようとするものである場合には、新たな課税要件事実に対応する部分に関するかぎり、再更正処分自体が納税者に対する新たな不利益処分になると解される余地があるからである。
この問題をどのように考えるかは、訴訟レベルで「総額主義か争点主義かという理論的な問題」(占部・前掲書248頁)の判断にかかっているが、昭和56年最判は減額再更正について「それ自体は、再更正処分の理由のいかんにかかわらず、当初の更正処分とは別個独立の課税処分ではなく、その実質は、当初の更正処分の変更であり、それによって、税額の一部取消という納税者に有利な効果をもたらす処分と解するのを相当とする。」(下線筆者)と判示したことから、総額主義の立場から判断したものと解される。総額主義は、前述したように吸収説と結びつけることができる(泉ほか・前掲書48頁参照)だけでなく、一部取消説と結びつけることもできるのである。
要するに、更正と再更正との関係が争点となる課税処分取消訴訟において納税者の権利救済の「壁」となるのは総額主義である。この「壁」をいかに克服するかが課税処分取消訴訟の重要な課題である(いわゆる理由の差替えとの関係でこの「壁」の克服については、金子宏『租税法〔第24版〕』(弘文堂・2021年)1098-1102頁、前掲拙著『税法基本講義』【165】等参照)。
最後に、今回の検討にも関連するが、更正と再更正との関係が争点となる課税処分取消訴訟においては、納税者の地位の安定の確保も重要な課題である。この課題について次の見解(原田・前掲「判批」51頁。下線筆者)は傾聴に値すると思われるので、引き続き検討していくことにしたい。
本判決[=昭和56年最判]によって、更正さらに再更正が行なわれたときには、増額再更正のときは再更正を、減額再更正のときは更正処分を争うべきだとするルールが、最高裁によって明示されたことになる。この扱いが公知のものとなった以上、当面、手続の安定が要請されることであろう。けだし、訴訟技術上の約束ごとは、よほど不合理のないかぎり、しばしば変更されるのは、実務上好ましいことではないからである。
しかし、純理論的にいうと、更正さらに再更正がなされると、とりわけ増額再更正の場合には、当初の更正に対する訴えが不適法となり再更正のみが訴訟の対象とされると解すると、税務署側の行為によって原告が振りまわされることとなり不適当な結果となる。税務訴訟は申告額をこえる租税債務を争う訴訟であるから、訴訟手続とりわけ原告の訴訟上の地位の安定のうえからは再更正は更正の延長線上にあるとみなして、更正に対し提起された訴えは、再更正が行なわれても当然に消滅するのではなく、再更正により修正された形で継続し続けるものとして扱う方が適当であろう。こう考えると、更正に対する訴えと再更正に対する訴えとは同一訴訟物であるとみる田中(二)説(田中二郎・租税法(新版)345頁)や、再更正は第一次更正の中に吸収されるとみる逆吸収説(南・前掲書[=租税争訟の理論と実際(増補版)]123頁)が、訴訟上の扱いに関するかぎりすぐれた見方であるとおもわれる。また、増額再更正であれ減額再更正であれ、同一に扱えるという利点もあるといえるだろう。筆者は逆吸収説に賛成したい(逆吸収説によっても、増額再更正の部分のみに不服のある者が、再更正のみを争うことは、もとより許されてよいと解される)。税務訴訟のみならず、一連の行為より成る行政過程にかかわる訴訟については、同様の考え方で処理し原告の地位の安定をはかるべきであろうと考える。
(了)
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