IFRSの適用と会計システムへの影響 【第5回】 (最終回) 「連結会計システムへの影響」 公認会計士 坂尾 栄治 連結決算をめぐる会計システム 連結会計システムとIFRSについて記述する前に、まず連結決算とその位置づけについて簡単に記しておきたいと思います。 「連結」とは“つなぎ合わせること”です。ビジネスと離れた世界で「連結」と聞くと、列車の連結を思い浮かべるのではないでしょうか。ビジネスの世界では通常「連結」というと、会社と会社をつなぎ合わせることとなります。そして会社と会社の財務諸表をつなぎ合わせること「連結会計」といい、つなぎ合わせた会社と会社の財務諸表を「連結財務諸表」といいます。 連結財務諸表は、親会社が自社の財務諸表に子会社や関連会社の財務諸表を連結して作成したものです。ここで注意すべきは、複数の会社の財務諸表をまとめて、あたかもそれらが1つの会社の財務諸表であるかのように作成することにあります。 1991年に連結財務諸表を有価証券報告書の本体に組み入れることになるまで、連結財務諸表を作成することはほとんどなく、また2000年3月決算から単体主体から連結主体へ変更されるまで、連結が脚光を浴びることはありませんでした。また、四半期の決算のときにしか作成が求められていない連結会計と日々記帳が行われる単体会計の関係から、会計プロセスは単体会計を意識したものとなっており、連結会計を意識したものにはなっていない場合が多いのが現状です。 さらに、連結決算の処理のうち、投資と資本の消去や固定資産の未実現利益の消去などは、機械的に消去できない場合が非常に多い処理です。そのため、連結決算での連結修正仕訳は、機械的にできない部分が依然として多く存在しています。したがって、その連結決算を行う連結会計システムも、ユーザの手作業ありきで作られているものが多いように見受けられます。 連結会計システムは、乱暴にいえば子会社の財務諸表を整理して格納し、機械的に処理できるグループ間の取引や債権債務の消去といった一部の処理は自動で行うが、それ以外の処理は半自動かあるいは完全な手仕訳で連結財務諸表を作成する仕組みであるといっても決して言い過ぎではないと筆者は考えています。 連結会計システムのIFRSへの対応は 上述のように、連結会計システムが多くの仕訳や処理をユーザの手作業に依存していることから、IFRSと日本基準の会計処理の差異については、各論レベルでは修正仕訳の内容が変わるだけで、システム的な対応は必要ないケースが多いと思われます。 例えば、のれんの償却はIFRSと日本基準の差異が大きな処理の1つですが、IFRSを適用する場合にはのれんの減損テストの結果減損処理が必要となったときに減損の仕訳を投入すれば済む話で、日本基準等に合わせて作られた連結会計システムでも問題なく対応できます。 このようなことから、連結会計システムとIFRSの関係は、もっと総論的、大局的な視点で考えることが重要になります。 それでは大局な視点で見ていきましょう。 IFRSへの対応では、決算日の統一や会計処理の統一が大きな論点となります。決算日の統一は、決算日の変更を行うにしても仮決算を行うにしても、子会社側の作業に尽き、連結会計システムに関連することはほとんどありません。一方、会計処理の統一については、連結会計システム内で行うことはほとんどありませんが、各子会社の会計処理から連結決算に至るプロセスの中のどこで会計処理を統一するかがポイントとなってきます。 子会社がすでにIFRSを適用している場合には、グループで採用する会計処理と一致しているという前提で考えると、そのまま連結できることとなります(ケース①)。これに対して、自国基準で会計処理を行っている場合には、子会社が自社の会計システムの中でグループで採用する会計処理(IFRS)への統一を行うか(ケース②)、連結会計システムに読み込む収集パッケージ上でグループで採用する会計処理(IFRS)への統一を行うか(ケース③)、親会社が連結会計システム内でグループで採用する会計処理(IFRS)への統一を行う(ケース④)という方法が考えられます。 このうちのケース④では、連結会計システム内でIFRSへの組替処理を行うことになりますが、従前から行っている子会社の財務諸表の修正処理(ex.実務対応報告第18号に基づく修正)と同様の方法で作業を行えばよく、連結会計システムに新たな機能が求められることはないと思われます。 また、並行開示への対応についても、多くの連結会計システムが日本基準とIFRSのデータを並行して保持できることから、並行して保持したデータのマスターや処理設定を日本基準とIFRSで別々に設定できる限りにおいては、大きな修正が必要となることはないと考えられます。 このように、連結会計システムに大きな変更を加えなくても、ある程度の手作業を織り込めば多くの連結会計システムでIFRSへの対応は十分にできるものと思われます。 とはいえ、やはり個々の処理でIFRSへの対応が必要と考えられるものがあるのも事実です。以下では、システムに影響がありそうなものの中から代表的なものをいくつか取り上げてみます。 連結会計システムのうちIFRS対応が必要なもの ① 未実現利益の消去(IFRSは買手の税率、日本基準は売手の税率) 連結決算では、棚卸資産や固定資産の未実現利益の消去処理を行う必要があります。「未実現利益」とは、グループ間で取引された資産がグループ内部にとどまっているときの、取引から生じた利益のことをいいます。連結決算では、この未実現利益を消去する必要があるのはIFRSでも日本基準でも同様ですが、当該消去における税効果で使用する税率がIFRSでは買い手、日本基準では売り手のものを使う点で異なります。 未実現利益の消去処理は、連結会計システムで自動的に行われる場合が多く、税率も自動的に取得し税効果額を算定するため、IFRSに対応した自動処理を行うためには、税率の取得先で買い手を指定できる必要があります。 ② 欠損子会社の非支配持分への配分 欠損子会社の非支配持分への配分で、IFRSでは非支配持分の残高がマイナスになっても配分するのに対して、日本基準ではマイナスになる部分は親会社が負担することになります。そのため、非支配持分がマイナスのときに、そのまま非支配持分に負担させるか強制的に親会社負担させるか選択できる必要があります。 といっても、子会社が数百社もあるような会社を除けば、数社の欠損子会社で当該処理に対応する手仕訳を投入することはたいした負担ではないので自動化の必要性はあまりないともいえます(例外的なマニュアル作業は、作業漏れを防ぐための手数が問題となることがあるが、当該ケースは欠損子会社で非支配持分がプラスのままの子会社をチェックすればよく、実務上もさして負担とはならないと考えられます)。 ③ 直接法のキャッシュ・フロー計算書 IFRSでは直接法のキャッシュ・フロー計算書を推奨していますが、日本基準は間接法を選択適用でき、日本基準を適用するほとんどの上場企業が間接法でキャッシュ・フロー計算書を作成しています。 直接法と間接法とは必要となるデータが異なるため、システム的な要件が大きく異なります。 直接法は、実際の取引からキャッシュ・フロー計算書を作成する考え方であるため、通常は仕訳からキャッシュ・フロー計算書を作成することとなります。そのときに使用する仕訳も、諸口勘定などで集約していない仕訳であることが理想的です。 それに対して間接法は、財務諸表からキャッシュ・フロー計算書を作成する方法です。 通常の連結会計システムは、子会社の財務諸表を連結して連結財務諸表を作成する仕組みとなっているため、間接法には対応しやすいのですが、直接法への対応は難しいです。直接法に対応していると喧伝している連結会計システムでも、ほとんどのものが「簡便的な直接法」といわれる、財務諸表から直接法のキャッシュ・フローを作成する仕組みとなっていると思われます。この方法であれば、従前の間接法に対応した仕組みを流用できるのが通常です。 簡便的な直接法のキャッシュ・フローであっても、直接法なので問題ないともいえますが、子会社に直接法のキャッシュ・フローを作ってもらい、それを連結するといったアプローチや、子会社のトランザクションデータを集めて、直接法のキャッシュ・フローを作成するといった方法も考えられます。後者の場合には、システム的には影響が大きいため、対応するためにはシステムに相応の改修が必要と考えられます。 * * * このように、IFRSへの対応のために連結会計システムも対応が必要ですが、その影響度合いはさして高いものではないと考えられます。システムでの対応ができていないとしても、マニュアルでの仕訳を投入することで、多くの場合は対応できると考えられるため、さして身構える必要はないようにも思われます。 * * * なお本文中、意見に関する部分は私見であることを申し添えます。 (連載了)
常識としてのビジネス法律 【第19回】 「独占禁止法《平成25年改正対応》(その4)」 弁護士 矢野 千秋 6 取引上の地位の不当利用 (1) 総説 独禁法2条9項6号ホは「自己の取引上の地位を不当に利用して相手方と取引すること」と規定し、これに基づいて一般指定13項が定められている。平成21年改正により、旧14項「優越的地位の濫用」中の「取引の相手方の役員選任への不当干渉」以外が独禁法2条9項5号に規定された。そして、法定された行為に対しては課徴金が課されることになった(独20条の6)。 これら不当利用の公正競争阻害性は、独禁研報告(※)の③「自由競争基盤の確保」に当たるとするのが通説である。 (2) 優越的地位の濫用(一般指定13項および独2条9項5号) (ⅰ) 意義 「取引上の地位の不当利用」の内容が列挙されている。 自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して、正常な商慣習に照らして不当に、 である。 (ⅱ) 濫用行為 ①について・・・ いわゆる「押し付け販売」がこれに該当する。 「山陽マルナカ事件」では、納入業者に対して、納入業者等を対象とした展示販売会において紳士服を購入させていることが違反とされた(勧告審決平成16・4・15審決集51・412)。 ②について・・・ 協賛金や手伝い店員の派遣強要などがこれに該当する。 「ローソン事件」では、仕入割戻金を一方的に増額修正し、また納入業者に商品の一定個数を1円で納入させていたことが違反とされた(勧告審決平成10・7・30審決集45・136)。 ③について・・・ 不当な値引き、押し込み販売、不当な払込制などが該当する。 押し込み販売については、販売業者が注文した部数を超えて新聞を供給することや販売業者に自己の指示する部数を注文させ、当該部数の新聞を供給することなどがあたり、払込制とは、メーカーが、販売業者に自己の販売政策に従わせるために、売買差益の全部または一部を徴収・保管し、一定期間経過後に払い戻すことである。 「その他取引の相手方に不利益となるように取引の条件を設定、変更、取引を実施する」とは、その他の濫用行為を包括的に規制するものである。 メーカーが自己の組織するチェーンに加盟する小売業者に対し、規約、約定書を一方的に解釈して相手方に不当な義務を課し、さらにそれを励行するために取引保証金の没収等をもって臨んでいることなどである。 ④について・・・ 日本興業銀行事件(勧告審決昭和28・11・6審決集5・61)および三菱銀行事件(勧告審決昭和32・6・3審決集9・1)では、融資先の救済に乗り出した銀行が「融資に際し役員の選任については、あらかじめ自己の指示に従うべきこと」等を条件としたことは「金融機関の債権保全の見地からする正当な行為とは認められ」ず、優越的地位の濫用に当たるとされた。しかし、このような状況で経営監視のために役員を派遣する必要性が一般に認められていることから、疑問が提起された。 (ⅲ) 公正競争阻害性 一般指定13項および独禁法2条9項5号では、「正常な商慣習に照らして不当に」という文言が、優越的地位の濫用行為における「公正競争阻害性」に係る要件である。 不当性を判断する際に、当該業界ないし市場において行われてきたもしくは現に存在する商慣習または取引慣行が参酌されることになるが、現実に行われている商慣習等をそのまま認める趣旨ではない。「正常な」という文言は、独禁法の観点から見て是認される商慣習のみが認められるということを表している。 (ⅳ) 下請法(参考) 下請法は「取引上の地位の不当利用」と同一の法的根拠から独禁法の補助立法として昭和31年に制定された。一般指定13項および独禁法2条9項5号の場合は「優越的地位」を要件として立証しなければならないが、下請法では規制対象となる親事業者および下請事業者を資本金区分により「優越的地位」にあるものと取り扱い、親事業者の不当な行為を迅速確実に規制できるようにしている。 7 不当な取引妨害・内部干渉(一般指定14項、15項) (1) 総説 一般指定14項は、競争事業者の外部活動(競争事業者とその取引の相手方との間の取引)に対する不当な妨害行為を対象とし、15項は、競争事業者である会社に対する不当な内部攪乱行為を対象としている。 (2) 取引妨害 一般指定14項は、「契約の成立の阻止、契約の不履行の誘引、その他いかなる方法をもってするかを問わず、その取引を不当に妨害すること」としている。 妨害の方法については、「その取引を不当に妨害する」すべての行為を含む広いものである。中傷、誹謗、商事賄賂、会社の乗っ取り、使用人の引き抜き、出訴すると威嚇する行為などである。 妨害の方法は極めて広いので、問題は「不当に」の解釈に帰する。 典型的なケースは、競争事業者の取引先に威圧を加える、他社への払込金を値引きすることによって他社との取引妨害をするなど、直接的物理的な妨害がある。間接的な妨害には、神奈川生コン協同組合が建設工事業者に対して、員外者と取引しないことを条件として取引していること、およびセメントメーカーに対し、員外者へのセメント供給を妨害していた行為がある(勧告審決平成2・2・15審決集36・44)。 また総代理店が並行輸入品を取り扱わないことを条件に販売業者と取引をするなど、それが契約対象商品の価格を維持するために行われる場合には、不公正な取引方法になる。 (3) 内部干渉 一般指定15項は、事業者が、①自己と国内において競争関係にある会社の株主または役員に対し、または②自己が株主・役員となっている会社と国内において競争関係にある会社の株主または役員に対し、株主権の行使、株式の譲渡、秘密の漏洩等の方法によって、その会社の不利益となる行為をするように、不当に誘引し、そそのかし、または強制することである。具体的事例はない。 第5 実効性担保 1 行政措置 (1) 公正取引委員会 独禁法はその目的を達成することを任務とする公正取引委員会(以下「公取委」)という行政機関を設置し、その規制内容の執行実現の多くの分野を公取委に委ねる公取委中心主義を採用している(独27条)。 私人による実現手段として被害者にも差止請求権が認められているが、その対象は不公正な取引方法に限られている(独24条)。また被害者に無過失損害賠償請求権が認められているが(独25条)、この請求権を裁判上主張するためには、違反行為に係る公取委の排除措置命令(課徴金納付命令、審決)が確定していることが前提条件となる(独26条)。さらに刑事罰も、公取委の告発がなければ検察官は起訴できない公取委の専属告発制度が採用されている(独96条)。 (2) 排除措置命令 事件処理の効率化を図り、市場の競争の速やかな回復を図る観点から、平成17年改正法(独49条および52条)では、勧告制度を廃止し、審判手続を経ずに、排除措置命令を行うことができるようになった。すなわち、公取委は、審査手続により独禁法違反の行為を認めるときは、事前手段として名宛人に意見申述・証拠提出の機会を付与したうえで行政処分としての排除措置命令を行う(独49条1項ないし5項)。 なお、違反行為を行っている場合、その行為の差止めを命令すると同時に、当該行為を今後行わないように命令する不作為命令を出すことができるのを含め、違反行為を排除するために必要な範囲内または違反行為が排除されたことを確保するために必要な範囲内であれば、いかなる具体的措置を命じるかは公取委の裁量に任されている。 違反行為がなくなった日から5年が経過したときは、排除措置命令を命ずることはできない(独7条2項、8条の2第2項、20条2項)。 なお平成25年に審判制度の廃止等の改正がなされ、その改正法の要旨は以下である。 (3) 課徴金納付命令 (ⅰ) 趣旨 課徴金とは、一定の独占禁止法違反行為を行った事業者から、国家が一定の金員を徴収する制度である(独7条の2)。 課徴金の対象となる違反行為は、①不当な取引制限、②私的独占(支配型・排除型)、③国際的協定・契約、④事業者団体の行為(独8条1号2号、不当な取引制限に該当する場合に限る)、⑤調査開始日からさかのぼって10年以内に同じ不当廉売、差別対価、共同の取引拒絶、再販売価格の拘束で排除命令等を受けたことがある場合、⑥優越的地位の乱用である(独7条の2第1項、2項、4項、20条の2、3、4、5、6)。 (ⅱ) 課徴金の額 不当な取引制限については、当該違反行為の実行期間中(実行期間が3年を超える場合は、当該行為がなくなった日からさかのぼって3年間に限定される。これはすべての行為に適用あり)の対象商品または役務の対価の合計額に100分の10(小売業については100分の3、卸売業については100分の2)を乗じた金額とするのが原則である。 中小企業の場合(製造業は資本3億円以下及び従業員数300人以下など)は若干の減額(製造業については100分の4、小売業については100分の1.2、卸売業については100分の1)がある。 私的独占については、支配型私的独占行為は当該行為の実行期間中の対象商品等の売上額に、100分の10、100分の3、100分の2、排除型私的独占行為は当該行為の実行期間中の対象商品等(引き渡した商品等および商品等を供給する他の事業者に引き渡した商品等を含む)の対価の合計額に、100分の6、100分の2、100分の1を乗じた額である。 不当廉売、差別対価、再販売価格の拘束については、違反行為の開始日から終了日までに当該行為により引き渡した商品等の対価の合計額に100分の3、100分の2、100分の1、共同の取引拒絶については、違反行為の開始日から終了日までに当該行為により供給を拒絶しまたは制限した事業者の競争者に引き渡した商品等の対価の合計額に100分の3、100分の2、100分の1、優越的地位の乱用については、違反行為に係る取引が商品等供給である場合は売上額、供給を受ける場合は購入額の合計額に100分の1を乗じた額となる。 カルテルを主導した事業者には50%加重となる(独7条の2第8項)。 当該事業者が調査開始日の1ヶ月前の日までに違反行為を止めたとき、課徴金の20%を減額する(独7条の2第6項)。 過去10年以内に課徴金納付命令を受けたことがある者に対しては、50%を増額する(独7条の2第7項)。 違反行為がなくなった日から5年が経過したときは、課徴金の納付を命ずることはできない(独7条の2第27項)。 (ⅲ) 課徴金減免制度 立入検査前の1番目の報告事業者は課徴金を全額免除(独7条の2第10項)、2番目の事業者は課徴金を50%減額、3、4、5番目の事業者は課徴金を30%減額(同条11項)とされる。また、立入検査後の事業報告者についても、課徴金を30%減額(同条12項)されるが、立入検査後の対象事業者は合計で3社に限られる。 (4) 改正法の経緯 従前より経済界からの「検察官と裁判官が同じだ」との不満などを受けて、公取委の審判制度を廃止して、その機能を東京地裁(独禁法違反事件は経済的な専門性が高いことから東京地裁に一元化する)に移し、また処分の事前手続に企業の社員も立ち会える、原則すべての証拠を開示対象にするなど透明性も高めた改正法が成立した(平成25年12月7日成立、同月13日公布)(平成25年法律第100号)。施行は公布の日から1年6月を超えない範囲で政令で定める日である。 改正法の要旨を再度まとめておく。 2 私人による実現手段 (1) 総説 私人による実現手段には、公取委に違反行為の排除を求めて行う措置請求、被害者が違反行為者に対して行う損害賠償請求、違反行為のうち不公正な取引方法に限って認められる差止請求、違反契約の無効や違反行為に基づく契約解除の無効の主張などがある。 (2) 私人による措置請求 違反の事実があると思量するときは公取委に対してその事実を報告し、適当な措置を採るべきことを求めることができる(独45条1項)。この場合、公取委は必要な調査をせねばならない(同条2項)。 しかしこれらの規定は、公取委に職権発動を促す端緒となるに過ぎず、私人に対し、公取委に適切な措置を採ることを要求する具体的な請求権を与えたものではない。排除措置命令は公益的立場から違反状態を是正することを目的とするものだからである。 (3) 差止請求 平成12年改正により不公正な取引方法に限って差止請求が認められた。不公正な取引方法に係る独占禁止法違反によりその利益を侵害され、または侵害されるおそれがある者は、これにより著しい損害を生じ、または生じるおそれがあるときは、違反事業者または違反事業者団体に対して、当該侵害行為の停止または予防を請求することができる(独24条)。 (4) 損害賠償請求 独占禁止法違反行為により損害が発生した場合、その損害の被害者には損害賠償の請求が認められる。 違反者は被害者に対して無過失の損害賠償責任を負う(独25条)。無過失の損害賠償請求権を裁判上行使するためには排除措置命令(排除措置命令がされなかったときは課徴金納付命令)または違法宣言審決確定後に限られる(独26条1項)。無過失損害賠償請求権は、排除措置命令等の確定日から3年で時効消滅する(独26条2項)。 (5) 独占禁止法違反の契約無効・契約解除無効の主張 岐阜商工信用組合事件で最高裁は、優越的地位の濫用に該当するとされた拘束性預金契約の事件において、独禁法違反の契約は、民法90条の公序良俗に反するような場合を除き、直ちに無効とすべきではないと判示した。 しかしその後の下級審判決では、独禁法違反を認める場合には公序良俗違反をも認めて契約条項を無効とする判例が増えている。 3 刑事罰 独占禁止法違反行為の中には、犯罪として刑罰が科せられるものがある(独3条、6条、8条(5号を除く))。 独禁法違反行為を犯罪として刑事罰を課するには、まず役員や従業員等の行為を独禁法違反の犯罪行為として特定することが必要であり、当該役員等が法人等の業務や財産に関して当該違反行為をしたときは、行為者を罰する他、その法人等に対しても所定の罰金刑を科する(独95条1項2項、両罰規定)。 自然人の罰金は上限500万円であるのに対して、法人の罰金上限は5億円である。またさらに、違反の計画または違反行為を知りながらその防止是正に必要な措置を講じなかった法人企業代表者等にも罰金刑を科する三罰規定を設けている(独95条の2、95条の3)。 不当な取引制限の罪等、5年以下の懲役または500万円以下の罰金(独89条以下)に懲役刑が引き上げられた。 (了)
〔2015年からできる!〕 企業が行うマイナンバー制度への実務対応 【第2回】 「対応にあたって重要な“3つの考え方”」 仰星監査法人 公認会計士 岡田 健司 前回は番号法とマイナンバー制度の概要、そしてなぜ企業対応を必要とするか、さらに対応に必要となる公表資料について紹介したが、第2回目となる本稿では、マイナンバー制度への実務対応にあたって事前に十分に理解しておきたい“3つの考え方”について整理したい。 ▷実務対応において重要な“3つの考え方”とは マイナンバー制度への実務対応にあたって事前に十分に理解しておきたい重要な“3つの考え方”とは、以下の3点をいう。 実務対応を検討するうえでは、この3点に十分に留意する必要がある。すなわち、実務レベルでの対応に当たっては、この3点に照らして問題がないかを十分に検討したうえで実務に落とし込んでいく必要がある。 なお、この考え方は上記に示すとおり、いずれも対象は「個人番号」である。『マイナンバー』という用語は時として「法人番号」を含む概念として使用されるが、法人番号は個人情報ではなく、広く公表もされる。つまり、法人番号自体は個人情報保護の対象ではなく、実務対応の検討にあたって、“①目的外入手”、“②目的外提供・目的外出力”、“③情報管理”という点で特段留意すべき点はない。そこで、ここでは狭義のマイナンバーを意味するものとして「個人番号」という用語を用いている。 ▷重要な考え方《その1》 『個人番号の“目的外入手”の排除』 重要な考え方の1つ目は、個人番号の“目的外入手”(※1)の排除という点である。 (※1) 法令上は「入手」ではなく、「取得」という文言が用いられている。 番号法では、不正に個人番号を入手した場合は、その行為自体が罰則(3年以下の懲役もしくは150万円以下の罰金)の対象となりうる(番号法第70条)。 また、「重要な考え方《その2》」とも関連するが、特定個人情報ファイルの不正提供、もしくは、個人番号の不正提供や盗用については、厳しい罰則(前者については4年以下の懲役もしくは200万円以下の罰金(番号法第67条))、後者については3年以下の懲役もしくは150万円以下の罰金(番号法第68条))が設けられている。 そこで、そもそも不要な個人番号は入手しないように留意することが重要である。 このように、法令を遵守し、厳しい罰則の適用を受けないようにするために実務対応の検討にあたって考慮しなければならない点が、「個人番号の“目的外入手”の排除」という考え方である。 例えば、レンタルビデオ店やフィットネスクラブにおいて、従来店舗では入会のための身元確認のため運転免許証等の提示を受け、これらの写しを取っていたものと思われる。 今後、個人番号カードが従来の運転免許証等に取って代わり身分証明証の機能を果たすことになると予想されるが、この場合に店舗側で個人番号が記載された面(※2)の個人番号カードの写しを取ったり、個人番号カードを見て個人番号のメモを取ることは違法である。 (※2) この“目的外入手”への配慮もあって、個人番号は個人番号カードの裏面に記載され、その他の個人情報(氏名、生年月日、性別、住所等)や顔写真と分離されているものと思われる。 つまり、レンタルビデオ店やフィットネスクラブにおいては、営業あるいは顧客管理の目的で個人情報を入手しているのであり、個人番号が社会保障・税・災害対策の事務で用いられることは想定されない。現状は個人番号の民間での利用や活用は禁止されていることから、上記の目的で個人番号を入手することは違法となる。 以下で言及するが、行政機関等が社会保障・税・災害対策の事務を行うために必要な範囲で行政機関等に情報提供する場合にのみ個人番号の入手が認められる点を、重々認識しておく必要がある。この点は、組織の細部に至るまで周知徹底が必要となる重要な考え方である。 ▷重要な考え方《その2》 『個人番号の“目的外提供・目的外出力”の排除』 重要な考え方の2つ目は、個人番号の“目的外提供・目的外出力” (※3)の排除という点である。 (※3) 実務的には「目的外利用の排除」と標記される場合もあるが、「利用」という用語が特定個人情報(代表的には、源泉徴収票や各種の法定調書など)を利用して事務処理を行う個人番号利用事務実施者(行政機関等)を想起させ混乱の元となる可能性があること、法令上は一般企業・事業者は個人番号利用事務実施者(行政機関等)からの提供の求めに応じて個人番号等を「提供」する者として定義されていることから「提供」という用語を用いた。 また、実務上は、個人番号が記載された源泉徴収票や各種の法定調書は「出力」して関係先に提出(提供)されることから、読者のイメージに資するよう「出力」という用語を併せて用いた。 番号法においては、個人番号を含む個人情報(特定個人情報)は、番号法第19条及び別表1に個々に列記された事由(行政機関等が社会保障・税・災害対策の事務を行う範囲で限定的に定められたもの)のみでしかその提供を認めておらず、特定個人情報ファイルの不正提供等については、厳しい罰則に処される可能性がある。 そこで、「《その1》『個人番号の“目的外入手”の排除』」と同様、法令を遵守し、厳しい罰則の適用を受けないようにするために実務対応の検討にあたって考慮しなければならない点が、「個人番号の“目的外提供・目的外出力”の排除」という考え方である。 例えば、事業主は、毎年1月末までに従業員の源泉徴収票を各市町村に送付しなければならないが、今後は当該源泉徴収票には個人番号が記載されることになる。 各市町村(個人番号利用事務実施者)に源泉徴収票を送付(提供)すること、源泉徴収票を送付(提供)するために個人番号が記載された源泉徴収票を人事給与システムから出力することは、各市町村が各従業員の住民税を計算するために必要なことであり、番号法第19条第1号の規定により認められる。 一方、例えば、従業員がマンション等の購入のためのローンの審査において源泉徴収票の提出を求められることがあると思われるが、このようなケースにおいて個人番号を記載あるいは印字して源泉徴収票を従業員本人に交付することは、法令遵守の観点からすれば望ましくない状況(※4)を生み出す可能性があり、厳密には違法である。 (※4) 従業員の個人番号が従業員を通じ審査機関等に流通してしまう状況が想定される。 このとき、例えば企業には、個人番号を手作業でマスキングして交付する、あるいは、人事給与システム上ローンの審査のために源泉徴収票を提出するような場合には個人番号をマスキングして源泉徴収票を印字するような機能を新たに追加するなどの対応が求められることになる。 ▷重要な考え方《その3》 『個人情報保護法以上に厳しい個人番号の“情報管理”水準』 重要な考え方の3つ目は、個人情報保護法以上に厳しい個人番号の“情報管理”水準が求められるという点である。 先ほど、特定個人情報ファイルの不正提供等については厳しい罰則に処される可能性があると説明したが、番号法第67条には「正当な理由がないのに特定個人情報を提供したとき」と規定されていることから、故意に情報を提供したときはもちろんのこと、いわゆる特定個人情報の情報漏えいが発生した場合には67条違反となり、十分に処罰の対象となりうる。 番号法の量刑は一般法である個人情報保護法と比べて相対的に重く、そもそも個人情報保護法には所轄庁の命令等に違反した場合などの間接罰しか規定されておらず、直接罰の規定はない。 そこで【第1回】で紹介したように、特定個人情報保護委員会から「特定個人情報の適正な取扱いに関するガイドライン(事業者編)」が策定・公表されており、このガイドラインに従って厳格に情報管理を行う必要がある旨、規定されている(※5)。 (※5) 「第1 はじめに」の最後で、「本ガイドラインの中で、『しなければならない』及び『してはならない』と記述している事項については、これらに従わなかった場合、法令違反と判断される可能性がある。」と謳われている。 このように、法令を遵守し、厳しい罰則の適用を受けないようにするために実務対応の検討に当たって考慮しなければならない点が、「個人情報保護法以上に厳しい個人番号の“情報管理”水準」という考え方である。 ▷本稿のまとめ 【第1回】のまとめで、マイナンバー制度対応として、「法令で規定された必要な範囲でマイナンバーを入手し、厳格に情報管理を行うこと」が求められると解説した。そのため本稿では、法令で認められた範囲内でしか個人番号を入手してはならないこと、また、個人番号を提供・出力してはならないこと、特定個人情報の情報漏えいにはこれまで以上に厳しい処罰が課される可能性があることから厳格な情報管理が求められると解説した。 これらの考えから、実務対応として、まずどのような法定調書や申請書・届出書等で個人番号を記載しなければならないかという特定が求められることになるが、この点も含めて次回以降、本稿で解説した重要な考え方に基づきどのように実務対応を進めていけばよいか、解説していくこととする。 (了)
此の国にも『日本企業』! 【第1回】 「《カンボジア》 時計の小売業で勝負する~(株)ナガサワ~」 中小企業診断士 西田 純 -はじめに- 大企業による海外進出は、当たり前のものとされている昨今ですが、中小企業も負けてはいません。 新たな市場やビジネスチャンスを求めて、中には日本人に馴染みのない国へ積極的に進出している中小企業も少なくありません。 筆者は企業の海外進出をお手伝いさせていただいている関係で、こういった企業、従業員の方々が大変な苦労をされながらがんばっている姿を目の当たりにしています。 そこでこの連載では、海外で、しかもまだ日本の企業があまり進出していないような国で事業を行っている日本の中小企業について、ご紹介したいと思います。 〈イオンモールプノンペンの活況〉 2014年6月、カンボジアの首都・プノンペンを流れるトンレサップ川にほど近く、市内中心部から車で5分もかからない所に「イオンモールプノンペン」がオープンしました。経済規模から言っても、イオンモールクラスの大規模商業施設の開設は時期尚早ではないかと危ぶむ声もあった中で、開業当初から連日多くの人出で賑わっており、特に集客の面においては、周辺諸国の例を上回るほどの実績をあげているのだそうです。 それまで伝統的な路面市場や小規模なスーパーマーケット等が流通小売の主体であったカンボジア・プノンペンにおいて、超近代的な大規模業態を持ち込んだという意味で、いわば流通小売の革命とも呼べるこのモールには、日本のイオンモールと同じように各種専門店がテナントとして軒を連ねています。 90店ほど入居したテナントのうち、日系企業は約半数ということで、以前であればカンボジアでは目にすることはなかったであろう日本の有名店が一気にやってきた、という感があります。 〈現地市場を相手に小売業の販売力で挑む〉 その中で、イベントステージの真正面にあたるスペースに陣取っているのが「Time Station NEO Japan」という時計の専門店です。日本でも「Time Station NEO」の商号で時計店を展開する(株)ナカザワがテナントとして出店したお店です。 この事例の特徴は、セイコー・シチズン・カシオなど日本ブランドの時計を現地の代理店(卸売業者)から仕入れて、日本風の品揃え戦略と接客で勝負するという、いわば純然たる小売業(純小売業)の海外進出であったことです。 普通に現地の卸売業者から商材を調達するわけですから、競合相手となる地元の小売業とは仕入れ条件において対等以上ということはなく、純粋に現地の市場を相手にして小売業の販売力で勝負してゆくことになるわけです。 これまで、製造業もしくは製造+販売や、卸売(輸入)+小売という業態では比較的海外展開の事例が豊富だったのに比べて、純小売業においては向け先(中国など主要国の大都市が中心)や規模(大規模店が中心)が限られていて、特に中小企業が東南アジアに出店するというパターンは、飲食・サービス業を除くと決して多くはありませんでした。 今回、モールのテナントという形ではあるものの、これまでの例を打ち破る同社の実績には注目が集まるところです。 〈商材・人材の確保が悩みのタネ〉 同社国際企画部の石川部長によると、来店客の購買意欲は大変高く、同店開業後の実績は予想を上回るものだそうですが、それは良いとしても、①独占的な事業を行っている地元代理店との交渉が難しく、欲しい商材が入手困難になることがある、②継続的・安定的な従業員研修プログラムの実施が難しい、③良い人材の採用と教育には相応の努力が必要となる等、カンボジアならではの難しさも抱えながらの営業となっているそうです。 そうは言っても、時計の小売店という業態自身が日本では頭打ちになっているところ、ASEAN諸国をはじめとする新興国においてはまだまだこれから市場が広がる可能性が大きいことから、同社としても期待は大きいということですが、たとえば従業員研修を日本で実施したいと考えても、現行制度の下では、純小売業の店員は国の支援制度等を活用した招へいでないと日本入国のためのビザが取れにくく、今後の長期的な展開を考えるうえで悩みのタネになっているとのことです。 地方に行くと依然として文盲率も高いと言われるカンボジアにおいて、接客や品ぞろえが勝負のポイントとなる純小売業がどのように成功できるのか、今後の同社そしてイオンモールの展開から目が離せません。 (了)
《速報解説》 平成27年7月1日以後の国外転出から 「出国時課税制度」(いわゆる『出国税』)が導入 ~1億円以上の有価証券等保有者を対象(税制改正大綱の記載内容を検証)~ 税理士法人トーマツ パートナー 税理士 小林 正彦 1 はじめに 早ければ平成27年度税制改正で導入されると予想されていた「出国時課税制度」(いわゆる『出国税』)が、予想どおり平成27年税制改正大綱において、所得税関係の改正案の中の「国外転出をする場合の譲渡所得等の特例の創設」として盛り込まれた(大綱p27最終行~)。平成27年7月1日以降の国外転出に適用される予定である。地方税については引き続き検討するとされており、今回の大綱には盛り込まれていない。 この制度は、一定以上の時価の金融資産を保有する居住者が国外転出する場合、又はその金融資産を非居住者に相続又は贈与する場合に、出国又は相続・贈与等の時点で時価で譲渡したとみなして、事業所得、譲渡所得又は雑所得として課税するものである。 注目されていた適用対象者の保有資産の金額基準は時価1億円以上とされた。適用時期は平成27年7月1日以降に国外転出、又は贈与・相続・遺贈するものから適用する予定としている。 仕組みの概要は次のとおりである。 時価1億円以上の有価証券等金融資産を保有する居住者は、国外転出して非居住者となる時点で、保有する金融資産の未実現のキャピタルゲインを実現したとみなして課税所得及び所得税額を算定し、納付しなければならない。 ただし、納税管理人の届出をしたうえで申告書を提出し、かつ担保を供する等一定の条件を満たせば納税猶予が認められる。納税猶予期間は原則5年であるが、申請により10年に延長できる。この期間内に帰国すれば当初の課税は更正の請求により取り消されるが、そのまま納税猶予期間を経過すれば経過した時点で納付義務が確定する。 期間の途中で譲渡等をした場合には、譲渡等をした部分については納付義務が確定する。譲渡時に値下がりした場合には更正の請求で課税額の減額ができる。 財務省は、本制度の適用対象者は年間数十人から100人程度とみているようである(2014年10月22日日本経済新聞)が、対象者には、永久に帰国しないつもりで国外に移住する者のほか、数年間海外で勤務するために一時的に非居住者となる者も対象となり、さらに非居住者に金融資産を贈与・相続・遺贈する場合も含まれるため、適用範囲は意外に広い点に注意する必要がある。 本制度導入の背景には、主要国(米、英、独、仏、加を含む)において富裕層の課税逃れを防止するための制度としてすでに同様の制度を導入している国が多いこと、わが国でも最近節税策として、シンガポール、香港、スイスなど金融資産のキャピタルゲインに課税しない国(租税条約上は居住地国課税となる)に移住する例が増えていることが課税ベースの漏出として問題視されていたという事情がある。 本稿では、以下、大綱で明らかにされた範囲内で改正案の内容を解説する。大綱の記述は概要であり、正確な内容は後日公表される改正法案を参照する必要がある点にご留意いただきたい。 2 特例措置の内容(大綱p27) (1) 概要 国外転出(国内に住所及び居所を有しないこととなることをいう)をする居住者が所得税法に規定する有価証券(所法2①十七、金融商品取引法2①)若しくは匿名組合契約の持ち分(以下「有価証券等」という)又は決済をしていないデリバティブ取引、信用取引若しくは発行日取引(以下「未決済デリバティブ取引等」という)を有する場合には、転出のときに、以下の区分に応じて事業所得、譲渡所得、又は雑所得の金額を計算する。 (2) 適用対象者 次の①及び②に掲げる要件を満たす居住者 (3) 国外転出後5年を経過する日までに帰国をした場合の取扱い 本特例の適用を受けた者が国外転出の日から5年を経過する日までに帰国をした場合において、転出時から引き続き有していた有価証券等又は未決済デリバティブ取引等については、本特例の課税を取り消すことができる。取り消すためには、帰国の日から4月を経過する日までに更正の請求をしなければならない。 ただし、帰国までの間に、当該所得の計算について事実の隠ぺい又は仮装があった場合にはこの限りではない。 (4) 納税猶予 (イ) 概要 確定申告書に納税猶予の適用を受けようとする旨の記載をした場合には、国外転出の日から5年を経過する日(同日以前に帰国する場合には、同日と帰国の日から4月を経過する日のいずれか早い日)まで納税を猶予する。 (ロ) 適用要件 確定申告書の提出期限までに、納税猶予分の所得税額に相当する担保を供し、かつ、納税管理人の届出をした場合に適用する。 納税猶予の期限までの各年の12月31日における有価証券等及び未決済デリバティブ取引等の所有に関する届出書を翌年3月15日までに税務署長に提出しなければならない。提出しなかった場合、提出期限の翌日から4月を経過する日をもって納税猶予の期限とする。 (ハ) 適用期限の延長 申請により国外転出の日から10年を経過する日までとすることができる。この場合、上記(3)の課税の取消しは、国外転出から10年を経過する日までできる。 (ニ) 利子税の納付義務 納税猶予期限の到来により所得税を納付する場合には、猶予期間に係る利子税を納付する義務がある。 (5) 納税猶予の期限までに有価証券等の譲渡があった場合 納税猶予の期限までに本特例の対象となった有価証券等の譲渡又は未決済デリバティブ取引等の決済があった場合には、譲渡又は決済があった部分については、その日から4月を経過する日をもって納税猶予の期限とする。 また、譲渡価額又は決済に係る利益の額が国外転出時に課税が行われた額を下回るとき(損失の場合には損失額が上回るとき)は、譲渡又は決済があった日から4月を経過する日までに更正の請求により所得税額の減額をすることができる。 (6) 納税猶予の期限が到来した場合の取扱い 納税猶予の期限の到来に伴い所得税の納付をする場合において、期限が到来した日における有価証券等の価額又は未決済デリバティブ取引等の利益の額が特例対象となった金額を下回るとき(損失の場合は上回るとき)は、期限到来の日から4月を経過する日まで更正の請求をすることにより、所得税額の減額をすることができる。 この取扱いは、期限到来前に自ら納税猶予に係る所得税の納付をする場合には適用しない。 (7) 二重課税の調整 (イ) 外国税額控除の適用 本特例の適用を受けた者で納税猶予を受けている者が、対象となった有価証券等の譲渡又は未決済デリバティブ取引等の決済をし、その所得に対する外国所得税を納付する場合において、その外国所得税の額の計算上本特例により課税された所得税について二重課税が調整されないときには、その外国所得税を納付することとなった日から4月を経過する日までに、更正の請求をすることにより、国外転出の日の属する年において外国所得税額を納付するものとみなして外国税額控除の適用を受けることができる。ただし、有価証券等の譲渡等の所得が国内源泉所得に該当する場合には、適用の対象外とする。 (ロ) 外国所得税課税時の必要経費等算入額 居住者が、本特例に相当する外国の法令の規定により外国所得税を課された場合において、その対象となった有価所得等の譲渡又は未決済デリバティブ取引等の決済をしたときは、その者の事業所得等の金額の計算上必要経費又は取得費に算入する金額は、その外国の法令の規定による収入金額に算入された金額とする。 (8) 更正の期間制限の取扱い 本特例による所得税の更正の期間制限を7年(現行5年)とする。ただし、納税管理人の届出及び税務代理権限証書の提出等がある場合として定める一定の場合を除く。 上記(3)、(5)、(6)又は(7)の更正の請求があった場合の更正については、更正の請求の基因となった理由が生じた日から3年間とする期間制限の特例の対象とする。 (9) 納税猶予の期限を延長した場合の相続税等の納税義務の取扱い 上記(4)の(ハ)により納税猶予の期限を延長した者は、相続税又は贈与税の納税義務の判定に際しては、納税猶予期間中は、相続・遺贈・贈与前5年以内のいずれかのときに国内に住所を有していた場合と同様の取扱いとする。 (10) 贈与、相続又は遺贈により非居住者等に有価証券等が移転する場合 上記(2)①及び②の要件を満たす者の有する有価証券等又は未決済デリバティブ取引等が、贈与、相続、又は遺贈により非居住者に移転した場合には、その贈与、相続又は遺贈のときに、その時における価額に相当する金額により、譲渡又は決済があったものとみなして、事業所得、譲渡所得又は雑所得の金額を計算する。 (11) 適用対象時期 大綱では、この特例は上記(7)の(ロ)を除き、平成27年7月1日以後に国外転出をする場合又は同日以降の贈与、相続若しくは遺贈について適用するとされている。また、上記(7)(ロ)は、平成27年7月1日以後に国外転出に相当する事由があった場合等について適用するとされている。 3 実務上の留意点 多額の含み益を有する有価証券等を保有する者で、近い将来わが国での含み益課税を避けてシンガポールや香港などのキャピタルゲイン非課税国に住所を移そうと計画していた者、あるいは、海外に居住する子に無税で金融資産を贈与しようと計画していた者は、計画を実行するのであれば、本年6月末までに国外転出又は贈与を実行する必要がある。 適用開始予定日まで半年しか猶予期間を置かなかった理由は、当局としては、駆け込み的海外移転をできるだけ防ぎたいからであろう。 本制度は富裕層をターゲットとした租税回避防止策であるが、実際に適用になるケースの多くは、純粋にビジネス目的で海外に数年間居住したのちに帰国するケースであろう。時価1億円以上の金融資産等を有する者は、資産を譲渡せずに帰国する場合でも、出国時に時価で譲渡したとみなして納税額を計算して同額の担保を供しなければならない。 したがって、租税負担を軽減しようという意図は全くなくても、税務当局の課税権の確保を確実にするという目的のために、本来負担する必要のない金銭的な負担を負うことになる点は、納税者にとっては納得しにくい部分である。特に、相続で代々引き継いできた株式で含み益が非常に多額である場合には、金銭的な負担が非常に重くなる可能性があり、そのことが理由で海外勤務ができないということも起こりうることが懸念される。 対象となる1億円以上の金融資産を保有する者で、近い将来数年間海外に住所を移す可能性のある者、又は非居住者に贈与することを考えている者は、改正法の規定をよく把握して、対応を検討する必要があるだろう。 (了)
《速報解説》 非居住者を扶養控除等の対象とする場合の 「親族関係書類・送金関係書類」の添付を義務化 ~会計検査院の指摘受け平成28年分所得税から(平成27年度税制改正大綱)~ 公認会計士・税理士 篠藤 敦子 (1) はじめに 平成27年度税制改正大綱において、日本国外に居住する親族について扶養控除等の適用を受ける場合には、一定の書類の添付等を義務付けることが示された(大綱p32)。 この見直しは、平成28年分以後の所得税(給与等及び公的年金等の源泉徴収については、平成28年1月1日以後に支払われるものから)並びに平成29年度分以降の個人住民税に適用することとされている。 (2) 現行制度の概要 居住者が控除対象配偶者を有する場合には、配偶者控除が適用され、控除対象扶養親族を有する場合には、扶養控除が適用される(所法83、84)。また、居住者の控除対象配偶者又は扶養親族が障害者である場合には、障害者控除が適用される(所法79②)。 控除対象配偶者や扶養親族を判定するための要件は、居住者と生計を一にする配偶者又は親族であることと、合計所得金額が38万円以下であることであり、配偶者や親族が居住者であることは要件とされていない(所法2①三十三、三十四)。 また、生命保険料控除や地震保険料控除等の適用を受ける場合には、年末調整や確定申告の際に、支払金額を証明する書類の添付が求められているが、配偶者控除、扶養控除、障害者控除(以下「扶養控除等」という)、配偶者特別控除の適用には、要件を満たしていることを証明する書類の添付は法令に定められていない(所令262①、319)。 (3) 見直しの背景 会計検査院の平成25年度決算検査報告において、「日本国外に居住する控除対象扶養親族に係る扶養控除の適用状況等について」という指摘がなされた。 今回の見直しの背景となった指摘のポイントは、次の通りである。 (2)に記述した通り、扶養控除等又は配偶者特別控除の適用にあたっては、年末調整や確定申告時に要件を満たしていることを証明する書類の添付は求められていない。 国内に居住する親族であれば、税務署が住民票や給与支払報告書を調査する等の方法により、扶養控除等の適用要件を満たしているかを確認することができる。しかし、国外に居住する親族の場合には、確認書類を入手することは困難であり、控除額の適正性を確保することが難しい状況となっている。 (4) 改正内容 扶養控除等又は配偶者特別控除の適用を適正に行う観点から、国外に居住する親族について扶養控除等又は配偶者特別控除の適用を受ける居住者に対し、親族関係書類及び送金関係書類の添付等を義務付けることが示された。 親族関係書類及び送金関係書類の添付等について、具体的な手続は次の通りである。 なお、個人住民税の申告においても同様の見直しが示されている(大綱p35)。 日本国内に住所を有しない親族について扶養控除、配偶者控除、配偶者特別控除、障害者控除の適用又は非課税限度額の適用を受ける者については、以下の手続が必要とされる。 ① 個人住民税の申告を行う場合 親族関係書類及び送金関係書類を個人住民税の申告書に添付し、又は個人住民税の申告書を提出する際に提示する(下記②の手続により提出、又は提示した書類を除く)。 ② 日本国内に住所を有しない親族に係る非課税限度額制度の適用を受ける者が、給与所得者又は公的年金等受給者の扶養親族申告書を提出する場合 親族関係書類及び送金関係書類を扶養親族申告書に添付し、又は扶養親族申告書を提出する際に提示する。 (了) ↓関連記事↓
《速報解説》 国境を越えた役務提供に対する消費税の課税見直しへ ~リバースチャージ方式・登録国外事業者制度により 国外事業者への電子商取引課税強化(平成27年度税制大綱)~ アースタックス税理士法人 税理士 島添 浩 平成27年度税制大綱が昨年末(2014.12.30)に公表されたが、課税の公平性の観点から問題となっていた国外の事業者から日本に配信される電子書籍・音楽・広告等の役務の提供について、従来は国外取引ということから消費税が課税されていなかったが、今回の改正により平成27年10月1日以後の資産の譲渡等から消費税が課税されることとなった(大綱p84)。 改正の内容は大きく2つに区分され、「国外の事業者から日本の消費者向けに行った役務提供」については、発信元である国外の事業者が消費税の納税義務者となり、「国外の事業者から日本の事業者向けに行った役務提供」については、国内の事業者が消費税の納税義務者(仕入側が消費税の納税を行ういわゆるリバースチャージ方式を導入)となる。 この改正は、欧州諸国における制度と同様に仕向地主義(消費が行われる場所)により消費税の課税を行うという考え方を日本においても導入することとしたものであり、具体的な改正事項は、以下のようになる。 (1) 内外判定基準の見直し 電子書籍・音楽・広告の配信等の電気通信回線を介して行われる役務の提供(以下「電気通信役務の提供」という)については、消費税法における国内取引の判定基準を から に変更する。 なお、電気通信役務の提供には、著作物の利用の許諾に該当する取引が含まれるものとし、電気通信役務の提供以外の資産の譲渡等に付随して行われる役務の提供、単に通信回線を利用させる役務の提供は含まないものとする。 (2) 課税方式の見直し ① 事業者向け電気通信役務の提供の取扱い(リバースチャージ方式の導入) (イ) 内容 国外の事業者が行う電気通信役務の提供のうち、当該役務の性質又は当該役務の提供に係る契約条件等により、当該役務の提供を受ける者が事業者であることが明らかなもの(以下「事業者向け電気通信役務の提供」(※)という)については、その取引に係る消費税の納税義務を役務の提供を受ける事業者に転換する(リバースチャージ方式の導入)。なお、上記の「国外事業者」とは、所得税法上の非居住者である個人事業者及び法人税法上の外国法人をいう。 (ロ) リバースチャージ方式の導入に係る課税対象、納税義務者の規定の見直し 消費税の課税対象である資産の譲渡等から「事業者向け電気通信役務の提供」を除くとともに、事業として他の者から受けた事業者向け電気通信役務の提供(以下「特定仕入れ」(仮称)という)を課税対象とする。 さらに、納税義務の対象となる課税資産の譲渡等から「事業者向け電気通信役務の提供」を除くとともに、国内において行った課税仕入れのうち特定仕入れに該当するもの(以下「特定課税仕入れ」(仮称)という)を納税義務の対象とする。 なお、事業者向け電気通信役務の提供を受ける事業者が消費税法における免税事業者である場合には、この事業者向け電気通信役務の提供に係る消費税について納税義務は生じない。 (ハ) 事業者向け電気通信役務の提供を行う国外事業者の義務 国内において事業者向け電気通信役務の提供を行う国外事業者は、その役務の提供に際し、あらかじめ、その役務の提供に係る特定課税仕入れを行う事業者が消費税の納税義務者となる旨を表示しなければならない。 (ニ) 特定課税仕入れに関する経過措置 特定課税仕入れがある課税期間の課税売上割合が95%以上である場合には、当分の間、その課税期間において行ったその特定課税仕入れはなかったものとする。 この措置は、リバースチャージに係る消費税額とリバースチャージに係る消費税額の税額控除額が同額とみなして、申告の対象から除外するものである。 【参考図①】 (※) 財務省ホームページより ② 消費者向け電気通信役務の提供の取扱い (イ) 内容 国外事業者が行う電気通信役務の提供のうち事業者向け電気通信役務の提供以外のもの(以下「消費者向け電気通信役務の提供」(※)(仮称)という)については、その国外事業者が納税義務者となる。 (ロ) 国外事業者から受けた電気通信役務の提供に係る仕入税額控除の制限 国内の事業者が国外事業者から「消費者向け電気通信役務の提供」を受けた場合には、当分の間、その「消費者向け電気通信役務の提供」の課税仕入れに係る消費税につき、仕入税額控除制度の適用を認めない。 ただし、下記(ハ)に規定する登録国外事業者に該当する者から受けた「消費者向け電気通信役務の提供」については、その登録国外事業者の登録番号等が記載された請求書等の保存等を要件として、その課税仕入れに係る消費税につき仕入税額控除の適用を認める。 (ハ) 登録国外事業者制度の創設 登録国外事業者とは、次に掲げる要件を満たす一定の国外事業者(課税事業者に限る)として、納税地を所轄する税務署長を経由して国税庁長官に申請書を提出し、国税庁長官の登録を受けた事業者をいい、その登録事業者は登録を受けた日の属する課税期間の翌課税期間以後の課税期間については、登録の取消しを求める届出書の提出が行われない限り、消費税の納税義務は免除されない。 なお、この制度における登録申請については、平成27 年7月1日以後にできることとする。 また、国税庁長官は、登録国外事業者の氏名又は名称、住所若しくは居所又は本店若しくは主たる事務所の所在地及び登録番号等について、インターネットを通じて登録後速やかに公表しなければならない。 【参考図②】 (※) 財務省ホームページより (3) 所要の経過措置 また、上記改正と同様に、国外事業者が国内において行う芸能・スポーツ等の役務の提供についても、その取引に係る消費税の納税義務を役務の提供を行う事業者から役務の提供を受ける事業者に転換する改正(リバースチャージ方式の導入)が行われたが、この改正については、平成28 年4月1日以後に行われる役務の提供について適用されることとなる(大綱p104)。 (了)
《速報解説》 平成28年より『ジュニアNISA』が創設 ~未成年者口座は毎年80万円まで所得税非課税。 既存NISAの限度額は120万円へ拡充(平成27年度税制改正大綱)~ 税理士 仲宗根 宗聡 1 はじめに 家計の安定的な資産形成を支援するとともに、経済成長に必要な成長資金を確保するため、既存NISA(非課税口座内の少額上場株式等に係る配当所得及び譲渡所得等の非課税措置)は20歳以上が対象であるが、「平成27年度税制改正大綱」において、若年層への投資のすそ野の拡大を図るため、0歳~19歳を対象とする『ジュニアNISA』が創設されることが明らかとなった。 また、既存NISAの年間投資上限額の引上げによる拡充がされる。 2 ジュニアNISAの創設(大綱p13) (1) 制度概要 平成28年より、未成年者口座において管理されている上場株式等の配当等及び譲渡所得等については、次の管理勘定の区分に応じて、それぞれに定める期間に生じたものは、所得税が非課税となる。 【参考図】 (※) 金融庁「平成27年度税制改正要望項目」より (2) 未成年者口座とは その年1月1日において20歳未満である者及びその年に出生した者が、ジュニアNISAの適用のために平成28年~平成35年までの間に開設した口座(1人につき1口座に限る)をいう。 なお、その年3月31日において18歳である年(以下「基準年」という)の前年12月31日までの間は、未成年者口座内の上場株式等を原則払い出すことはできない。例外として、課税未成年者口座への払い出し、災害等の事由による払い出しは認められている。 (3) 課税未成年者口座とは 未成年者口座を開設している金融商品取引業者等の営業所に開設した特定口座、預貯金口座をいう。 当該課税未年者口座は、基準年の前年12月31日までは、その資金を未成年者口座における投資に用いる場合を除き、原則払い出すことはできない。 (4) 払出制限について 未成年者口座及び課税未成年者口座から、基準年の前年12月31日までに要件違反の払い出しがあった場合には、その払い出しがあった日において上場株式等の配当等及び譲渡所得等があったものとして、所得税が課税される。 2 既存NISAの拡充(大綱p16) 平成28年分より、非課税口座に受け入れることができる上場株式等の取得対価の額の限度額を、現行100万円から120万円に引き上げる。 (了)
2015年1月8日(木)AM10:30、 Profession Journal(プロフェッションジャーナル) No.101 が公開されました。 - ご 案 内 - Profession Journalの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》については随時公開します。
monthly TAX views -No.24- 「平成27年度税制改正に潜むポピュリズム」 中央大学法科大学院教授 東京財団上席研究員 森信 茂樹 恒例の税制改正大綱がまとまった。筆者が感じたのは、党税調の威光(?)の衰えである。 「国民に苦い選択はなるべく避けたい」というのが官邸の正直な思いであろうから、今後の税制改正はポピュリズム的なものになる。「所得税改革は容易ではない。」これが正直な感想である。 1 法人税改革の検証 27年度改正における最大の課題として注目された法人税改革は、「数年かけて税率を29%台に引き下げる」ことを目指して作業された。 国・地方を通じた法人実効税率は、15年度から32.11%(▲2.51%)に、16年度には31.33%(▲3.29%)へと引き下げられる。さらに17年度以降の税制改正においても20%台まで引き下げることを目指すことが明記された。 財源は、15年度、16年度それぞれ2,000億円程度の先行減税があるものの、基本的には法人事業税・外形標準課税の拡充を含めた課税ベースの拡大で捻出した。財政再建と経済活性化の両立を図る中では、税収中立型の改革は望ましいといえよう。 課税ベース拡大の中身を見ると、注目すべきは法人事業税・外形標準課税の付加価値割と資本割を2年かけて2倍に拡充し、財源を出したことだ。 この点、産業界からは「課税ベースが所得から付加価値に変わるだけで負担軽減にならない」「付加価値の大部分は賃金なので、賃金を増やすと税負担が増えアベノミクスと矛盾する」との批判があった。 しかし、所得割の税負担が少なることは、より多くの所得を稼ぐ企業にとっては減税となり、そうでない企業や赤字企業にとっては増税になるので、ROEを高める経営へのインセンティブになるともいえる。また賃上げに伴う税負担の増加については緩和措置が設けられている。 今後わが国の企業行動が利益重視に変わっていけば、この改革は評価されるであろう。 また、表面税率を引き下げることは、すでにわが国企業にも広がりつつある租税回避行動を若干でも緩和する効果がある。 一方で、特定の事業者や業界だけに恩典を受ける租税特別措置の切り込みは弱い(研究開発減税の一部を削減しただけである)。 来年度以降は、租特を大幅に整理することによりさらなる引下げを行っていくことが必要だ。また、社会福祉法人など民間競合している事業の税負担の不公平の問題がある公益法人課税についても本気でメスを入れる必要がある。 法人税改革は、単なる減税ではなく、公平な税制を目指さなければならない。 ここまで法人税の減税を行う以上、恩恵を受ける企業は、賃金増や配当増、さらには投資の増加などによって、従業員や株主、さらには国民経済にその成果を還元していく必要(というより義務)がある。 法人税減税というのは、いわば環境整備であって、企業がこれを契機に、膨大に積み上げてきた内部留保をいかに有効に使うかが試される。 2 デジタル社会へ対応した消費課税 国境を越えて音楽や広告を配信する役務の提供については、これまで国外取引として消費税は課されなかった。これが15年10月から課税方法を見直し、国外事業者からのデジタルサービスの提供について、リバースチャージ方式(事業者向け取引)や国外事業者の申告(消費者向け取引)により課税が行われることとなった。 国内外の事業者間での競争条件の歪みを是正し、わが国の課税権の確保につながるため、評価すべき改正である。 注目すべきは、電子商取引以外の国境を越えた役務の提供に対する課税のあり方については、今後、消費者の居住地国で課税するというOECDの原則の下で見直しが続くということで、検討項目11にそのことが明記されている(大綱p126)。 3 個人資産の海外流出と出国税の導入 いわゆる「出国税」が、新法ではなく、租税特別措置として「出国時特例」という形で導入されることとなった。 これは、巨額の含み益を有する株式などの金融資産を保有したまま、シンガポールや香港といったキャピタルゲイン非課税の国に「出国」して非居住者になり、その後に金融資産を売却して税負担を回避する、という租税回避行動に対応するために、「出国」時(非居住者になる前)に未実現のキャピタルゲイン(含み益)を時価評価して課税する、という内容である(詳細は本連載No.22を参照)。G20のイニシアティブでOECDにおいて検討されているBEPS(課税ベースの浸食と利益移転)プロジェクトの一環と説明されている。 国外財産調書制度の創設(平成24年度改正)、受贈者の国籍を外国籍化する相続・贈与税回避スキームへの対応(平成25年度改正)など次々と税制改正が行われてきた背景には、1月からの相続税・贈与税の増税や所得税増税(最高税率の引上げなど)により、高所得者が非居住者になろうとする流れがさらに加速するとの認識(危機意識)があるのだろう。 4 残された課題を整理すると 今回の改正で先送りになったのは、パート女性の就労調整につながっている配偶者控除の見直しだ。これは、民間企業の家族手当と連動しているということもあり、それも合わせて見直す必要がある。 今後は、政府税調で示されている案である「移転的基礎控除」を中心に、税額控除化することも含めて検討していく必要がある。 当面の最大の課題は、消費税10%時に導入することを目指すとされた軽減税率であり、1月には与党税制協議会での議論が再開する。具体案は誰がどう作っていくのか、注目される。 筆者は、軽減税率は低所得者対策にはならないこと、軽減税率対象品目の線引きの問題、さらには執行コストがかかることなど多くの問題があるため、10%時の導入は反対である。政治ポピュリズムの中でどのような展開を見せるか、予測はつかない。 法人税についても議論は続く。英国は来年から法人税率を20%に引き下げる。韓国にも法人税率引下げの動きがある。一方で、米国企業のコーポレート・インバージョンの動きはわが国企業にも波及しつつある。多国籍企業の低税率国を活用した租税回避は決して衰えてはいない。わが国にも租税回避のプロモーターが増加しつつある。 このような状況では、法人税実効税率を20%台半ばまで下げろという圧力は続く。しかし、29%を超える引下げについては、課税ベースの拡大では対応できず、外形標準課税を含めた法人事業税を抜本的に見直し、地方消費税と置き換える大胆な議論が必要となる。 最後に、所得・資産格差社会への対応という課題がある。 昨年1月から株式譲渡益と配当に対する税率が10%から20%へと引き上げられ、本年1月からは相続税の大幅な引上げが始まった。また、所得税の最高税率も引き上げられ給与所等控除の上限もさらに削減されるため、所得再分配機能は強化される。当面はこの影響を見ていく必要がある。 しかし、アベノミクスの影響を受け、株式や土地を持つ者と持たざる者との格差は拡大する。今回、高齢者から勤労世代への住宅取得資金、教育資金、結婚・子育て資金の贈与を非課税とする税制の拡充・創設が行われたが、これは相続税のしり抜けにつながりかねない改正だ。 今後の議論としては、資産そのものへの課税強化というより、資産性所得への負担増を検討すべきと考えるが、官邸の意向はそこまでは念頭にないであろう。 税制がポピュリズムになると、結局ツケは国民に跳ね返る。 (了)