Q&Aでわかる 〈判断に迷いやすい〉非上場株式の評価 【第27回】 「〔第1表の1〕自己株式を取得及び処分した場合の 株主判定と所得税基本通達59-6の適用の留意点」 税理士 柴田 健次 Q A社の取締役である乙は退職に伴い、A社の株式10株を配当還元価額(1株25,000円)で発行法人であるA社に売却し、同日、自己株式の処分として、配当還元価額(1株25,000円)で丙が取得をしました。 乙は甲の同族関係者ではありませんが、丙は甲の長男で甲の同族関係者に該当します。 発行済株式総数は200株であり、1株につき1議決権を有しているものとします。 乙はA社の株式を配当還元価額(1株25,000円)で取得しており、同額で売却していますので、課税関係は生じないと考えていいでしょうか。なお、1株当たりの資本金等の額は50,000円となります。 また、自己株式の処分は、資本等取引に該当するため、丙についても課税関係は生じないと考えていいでしょうか。 A社株式は最近において売買されたことはなく、A社と事業の種類、規模、収益の状況等が類似する他の法人の株式の価額はないものとします。 A社株式の1株当たりの類似業種比準価額と純資産価額は次の通りです。 なお、A社の会社の規模区分は大会社に該当し、A社は特定の評価会社には該当しません。 A ■ 乙の課税関係 乙がA社株式を売却する場合の1株当たりの価額25,000円は、税務上の適正時価となり、低額譲渡に該当せず、みなし配当金額も生じませんので、譲渡所得金額は0円(250,000円 - 250,000円)となり課税関係は生じません。 ■ 丙の課税関係 丙がA社株式を取得する場合の1株当たりの税務上の適正時価は、4,200,000円(1,400,000円 × 50% + 7,000,000円 × 50%)となり、丙が取得した株式の税務上の適正時価は42,000,000円(@4,200,000円 × 10株)となります。丙は取得対価250,000円(@25,000円 × 10株)で42,000,000円相当の株式を取得していますので、その差額41,750,000円(42,000,000円 - 250,000円)に対して経済的利益を享受していることになります。この経済的利益は、役員としての地位に基づき享受していることから、役員に対する給与等として所得税の課税対象となります。 ◆ ◆ ◆ ① 発行法人に株式を売却した場合の税務上の取扱い 発行法人に株式を時価よりも著しく低い価額で売却した場合には、みなし譲渡(所法59①二)の問題や譲渡した者から既存株主への贈与税の課税問題(相基通9-2)が生じることになりますので、税務上の適正価額で売却する必要があります。 自己株式等の時価は、所得税基本通達59-6(株式等を贈与等した場合の「その時における価額」)により算定するものとされており、低額譲渡の判定は、株主等に交付された金銭等の額が著しく低い価額の対価であるかどうかにより判定することになります(措通37の10・37の11共-22)。具体的には、株主等に交付された金銭等の額が譲渡の時の自己株式等の時価の2分の1に満たない場合には、低額譲渡に該当することになります(所令169)。 発行法人に株式を売却した場合の株主判定については、【第26回】で解説をしていますが、譲渡前の株主状況に基づき判定することになります。譲渡直前における筆頭株主グループの議決権割合は95%(190株/200株)となり、50%超の区分に該当することになります。譲渡直前における乙の属する同族関係者グループの議決権割合は、5%(10株/200株)となりますので、乙は特例的評価方式が適用される株主に該当することになります。 したがって、税務上の適正な時価で売却されたことになりますので、みなし譲渡の課税関係は生じないことになります。なお、乙は交付金銭等の額(250,000円)からその株式に対応する資本金等の額(500,000円)を控除した部分についてはみなし配当の金額とされます(所法25①)が、その金額がマイナスとなりますので、みなし配当金額は生じないことになります。 また、交付金銭等の額からみなし配当の金額を控除した部分(250,000円)については、株式等に係る譲渡所得等に係る収入金額とみなされます(措法37の10③)が、株式の取得価額(250,000円)と同額であるため、譲渡所得の課税関係も生じないことになります。 ② 発行法人から株式を取得した場合の税務上の取扱い A社にとって自己株式の処分は、実質的には増資と同様であり、資本等取引に該当するため、発行法人に課税関係は生じないことになります(法法22②)。 一方の丙にとっては株式の取得として低額で取得していれば、時価と対価との差額部分について経済的利益を享受したものとして課税がされることになります(所法36①②)。その経済的利益が役員としての地位に基づき享受されていれば、給与所得課税(所法28①)の範囲となります。 なお、新株の引受権が株主の親族に与えられ、株式の価額より自己株式の処分価額が低い場合には、下記のとおりみなし贈与の適用範囲になります(相基通9-4)が、本問の場合には、役員としての地位に基づき利益を享受していますので、役員に対する給与等として所得税の課税対象となります。 相続税基本通達9-4(同族会社の募集株式引受権) ③ 発行法人から株式を取得した場合の「その時における価額」の算定について 所得税基本通達36-36は、使用者が役員又は使用人に対して支給する有価証券については、その支給時の価額により評価するとし、この場合における支給時の価額は、所得税基本通達23~35共-9及び財産評価基本通達の8章2節(公社債)の取扱いに準じて評価する旨を規定しています。 財産評価基本通達8章2節は公社債の取扱いであり、取引相場のない株式は、8章1節(株式及び出資)の範囲となりますので、所得税基本通達36-36の定めによれば、非上場株式の「その時における価額」について財産評価基本通達の準用の定めはないことになります。 したがって、所得税基本通達23~35共-9に基づき非上場株式(公開途上にある株式を除く)の「その時における価額」は、次の手順で算定することになります。 本問の場合には、売買実例もなく、事業の種類、規模、収益の状況等が類似する他の法人の株式の価額もないため、「1株又は1口当たりの純資産価額等を参酌して通常取引されると認められる価額」により求めることになります。 「1株又は1口当たりの純資産価額等を参酌して通常取引されると認められる価額」の具体的な算定方法については、所得税基本通達59-6に定めがありますので、同通達を参考として財産評価基本通達を準用することになります。 もっとも、所得税基本通達59-6の定めは、みなし譲渡の課税局面で適用されるものとなり、自己株式の処分が行われた場合の「その時における価額」については適用されないとする意見もあります。この点について、令和4年2月14日の東京地裁判決(TAINSコード:Z888-2419)では、自己株式の処分がされた時の「その時における価額」が問題となりましたが、裁判所は「基本通達36-36は、基本通達23~35共-9及び評価通達の第8章第2節の取扱いに準じて評価する旨を規定するのみで、明文をもって、一定の条件を付した上で、評価通達178から189-7までに定める例によって算定する旨を規定していない。しかしながら、この基本通達は、法規命令ではなく、文理解釈の原則がそのまま妥当するものではないし、取引相場のない株式の価額につき、その準用する基本通達23~35共-9の(4)ニ所定の『その株式の発行会社の1株又は1口当たりの純資産価額等を参酌して通常取引されると認められる価額』の解釈又は当てはめをするに当たって、問題状況が類似する基本通達59-6等の規定を参照することに問題があるとは解されない」と判示していることから所得税基本通達59-6の準用は、所得税の課税局面においては参照すべきことになります。 しかしながら、同通達は、個人から法人に売却する場合における譲渡所得課税の適用場面として売主としての株式価額の適正時価を反映させるために、譲渡前の議決権数に基づき株主判定を行うことになりますが、自己株式の処分については、株式を取得した者の株式価額の適正時価を考える必要がありますので、取得後の議決権数に基づき判定することになります。 したがって、本問の場合のように同族株主がいる場合の株主判定は、相続や贈与の株主の判定と同様に取得後の議決権数に基づき、下記の通り行うことになります。 【同族株主がいる場合の株主判定の手順】 ◎用語の意義と当てはめ ▷同族株主 課税時期における評価会社の株主のうち、株主の1人及びその同族関係者の有する議決権の合計数がその会社の議決権総数の30%以上(その評価会社の株主のうち、株主の1人及びその同族関係者の有する議決権の合計数が最も多いグループの有する議決権の合計数が、その会社の議決権総数の50%超である会社にあっては、50%超)である場合におけるその株主及びその同族関係者をいいます(評価通達188(1))。本問の場合には、取得後で株主判定を行うことになりますので、丙及び甲が同族株主に該当します。 ▷同族関係者 法人税法施行令4条(同族関係者の範囲)に規定する特殊の関係のある個人又は法人をいいます(評価通達188(1))。 特殊の関係のある個人は、例えば株主等の親族などをいいます。本問の場合には、丙の同族関係者には甲が含まれます。 ▷中心的な同族株主 課税時期において同族株主の1人並びにその株主の配偶者、直系血族、兄弟姉妹及び1親等の姻族(これらの者の同族関係者である会社のうち、これらの者が有する議決権の合計数がその会社の議決権総数の25%以上である会社を含む)の有する議決権の合計数がその会社の議決権総数の25%以上である場合におけるその株主をいいます(評価通達188(2))。 本問の場合には、取得後で中心的な同族株主の判定を行うことになりますが、甲及び丙の判定は次の通りとなります。 甲:95% + 5% = 100% ≧ 25% ∴中心的な同族株主に該当する 丙:5% + 95% = 100% ≧ 25% ∴中心的な同族株主に該当する ◆本問の場合における株主判定と「その時における価額」 筆頭株主グループの議決権割合は100%となり、50%超の区分に該当することになります。 丙は、取得後の議決権割合は、5%以上所有していますので、原則的評価方式が適用される株主に該当し、かつ、中心的な同族株主に該当することになります。 丙は株式取得後において中心的な同族株主に該当することになりますので、所得税基本通達59-6(2)の適用により小会社に該当するものとして計算することになります。したがって、類似業種比準価額の使用割合であるLの割合は50%となり、「類似業種比準価額 × 50% + 純資産価額 × 50%」で計算することになります。 この場合の類似業種比準価額を求める際の斟酌割合は小会社としての斟酌割合(0.5)ではなく、A社の会社規模区分(大会社)としての斟酌割合(0.7)となりますので、採用する類似業種比準価額は1,400,000円となります(令和2年9月30日国税庁資産課税課情報第22号)。 また、純資産価額は、所得税基本通達59-6(3)及び(4)の定めにより、土地及び上場有価証券は相続税評価ではなく時価により算定し、法人税額等相当額の控除もしない価額(7,000,000円)となります。 したがって、1株当たりの価額は4,200,000円(1,400,000円 × 50% + 7,000,000円 × 50%)となります。 ☆実務上のポイント☆ 発行法人に株式を譲渡した者については、譲渡直前の株主状況に基づき株主判定を行いますが、自己株式を処分した場合における株式取得者については、取得後の株主状況に基づき株主判定を行います。 (了)