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金融・投資商品の税務Q&A 【Q81】「保有株式がTOB成立後に買い取られた場合の申告手続き」

金融・投資商品の税務Q&A 【Q81】 「保有株式がTOB成立後に買い取られた場合の申告手続き」   PwC税理士法人 金融部 ディレクター 税理士 西川 真由美   ●○ 検 討 ○● 1 上場株式等の譲渡等に係る譲渡益に対する課税方法 (1) 申告分離課税制度 上場株式等の売却により生じる益は、一般株式等(いわゆる上場株式等以外の株式等)の譲渡所得とは区別して、「上場株式等の譲渡による事業所得、雑所得及び譲渡所得の金額」として申告分離課税が適用されます。原則として、確定申告が必要となり、適用税率は20.315%(所得税及び復興特別所得税15.315%、地方税5%)です。上場株式等について譲渡損が生じた場合には、他の上場株式等の譲渡益との通算や3年間の繰越控除、また、上場株式等の配当との損益通算が認められています。なお、上場株式等に該当しない一般株式等の譲渡益との通算は認められていません。 この「上場株式等」は、株式等のうち次に掲げるものをいいます。 (2) 特定口座制度 特定口座とは、居住者等が金融商品取引業者等に設定する証券口座で、これを通じて行われた株式等の譲渡について、金融商品取引業者等が譲渡対価と取得費等の計算を行い、口座の保有者に特定口座年間取引報告書を交付することとされているものです。さらに、居住者等が特定口座内で生じる所得について源泉徴収されることを選択した場合(源泉徴収選択口座)には、金融商品取引業者等が譲渡益及び配当等に対して20.315%の税率で計算した所得税(復興特別所得税を含みます)及び地方税を源泉徴収することにより、当該居住者等は、原則として、確定申告が不要となります。 また、特定口座での保管が認められる株式等は、一定の上場株式等に限られています。   2 本件へのあてはめ A社株式が上場株式であることから、特定口座で保管されている期間内に譲渡が行われ、かつ、当該特定口座が源泉徴収選択口座に該当する場合には、原則として、確定申告を要しません。しかしながら、TOBの成立後にA社が上場廃止になると、A社株式は上場株式ではなくなり、特定口座で保管される上場株式等の範囲に含まれなくなります。 したがって、上場廃止後にA社株式を譲渡する場合には、源泉徴収選択口座内の譲渡ではなくなり、その譲渡益については確定申告が必要となります。さらに、上場株式等ではなく、一般株式等の譲渡による事業所得、雑所得及び譲渡所得等の金額に区分されることになりますので、上場株式等に認められた特典(譲渡損の3年間の繰越控除、配当との損益通算)も適用されませんので注意が必要です(譲渡損が生じた場合は、他の一般株式等の譲渡益とは通算されます)。 (了)

#No. 530(掲載号)
#西川 真由美
2023/08/03

〈判例・裁決例からみた〉国際税務Q&A 【第32回】「保険業に係る非関連者基準適用の可否」

〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第32回】 「保険業に係る非関連者基準適用の可否」   公認会計士・税理士 霞 晴久   〔Q〕 平成7年度の税制改正で租税特別措置法施行令39条の117第8項5号(当時)に「当該収入保険料が再保険料に係るものである場合には、関連者以外の者が有する資産又は関連者以外の者が負う損害賠償責任を保険の目的とする保険に係る収入保険料に限る。」(本件括弧書き)が付加された理由は何でしょうか。 〔A〕 保険業に係る非関連者基準については、特定外国子会社等とその関連者との取引が再保険の形で非関連者が介在する場合の取扱いが不明確であるとの指摘があったことから、特定外国子会社等の総保険料収入に占める非関連者からの保険料収入が過半か否かを判定する際に、保険契約によって担保される保険危険の過半が非関連者の財産等に係るものか否かという判断基準を明示することにより、その所在する国又は地域で行うことにつき経済合理性が認められない事業活動について外国子会社合算税制の潜脱を防止するという趣旨によるという判断が示されました。 ●●●〔解説〕●●● 1 平成7年度税制改正の意義 (1) 非関連者基準の趣旨について 非関連者基準は、保険業等を営む特定外国子会社等(現行制度では「特定外国関係会社等」)については、当該事業の性質上、事業活動の範囲が必然的に本店所在地国以外にも及ぶことが想定されるため、所在地国基準によることは相当ではなく、取引の相手方に着目し、当該事業が主として関連者以外の者との取引から成り立っている場合には、そのことをもって、その地に所在することの経済合理性を認めることができると考えられることから、所在地国基準に代わる適用除外要件の1つとされたものである。 (2) 立法担当者の解説 大蔵省編『平成7年版 改正税法のすべて』(大蔵財務協会・1995年)297頁では、租税特別措置法施行令39条の117第8項5号に本件括弧書きを付加した趣旨について、次のように述べている。 以下では、平成29年度税制改正前の外国子会社合算税制に係る適用除外基準のうち、保険子会社について非関連者基準適用の可否が争われた日産自動車事件を検討する。   2 過去の裁判例 《日産自動車事件》(※1) (※1) (第一審) 東京地裁令和4年1月20日判決(令和2年(行ウ)第86号)・TAINSコード:Z272-13661 (控訴審) 東京高裁令和4年9月14日判決(令和4年(行コ)第36号)〈上告受理申立て中〉・TAINSコード:Z272-13755 (1) 事案の概要 連結納税の承認を受け、自動車等製造業を営む内国法人X(原告・控訴人)は、平成29年(2017年)3月期の連結事業年度の法人税等の確定申告をしたところ、処分行政庁から、英領バミューダ諸島において設立されたXの子会社(A社)が、非関連者である保険会社との間で締結した再保険契約に係る収入保険料は、当時の租税特別措置法施行令39条の117第8項5号括弧書きにいう「関連者以外の者が有する資産又は関連者以外の者が負う損害賠償責任を保険の目的とする保険に係る収入保険料」に該当せず、外国子会社合算税制の適用除外要件のうちいわゆる非関連者基準を満たさないなどとして、更正処分等を受けたため、その一部の取消しを求める事案である。 メキシコで金融業を営むB社(Xの関連者(※2))は、Xの企業グループが製造する自動車を割賦で購入する顧客とクレジット契約(本件クレジット契約)を締結し、同契約には、B社を最優先の受益者(※3)とする保険契約を締結しなければならないとされており、B社は、メキシコの保険会社C社(非関連者)との間で「債務者の死亡と失業に関する保険契約(元受保険契約)」を締結し、上記顧客が他の保険に加入しない場合は元受保険契約に加入させ、顧客からは元受保険契約に係る保険料に相当する金額を徴収し、その保険料をC社に支払っていた。一方、C社は、A社との間で、元受保険契約で引き受ける全保険リスクの70%をB社が引き受ける内容の保険(再保険契約)を締結していた。 (※2) Xは、B社の発行済株式総数を間接保有していた。 (※3) 未回収のクレジット債権に係る損失を優先的に補填することを意味していると思われる。 2016年3月期のA社の収入保険料の総額は5億2,521万米ドル余であったところ、C社から受領した再保険契約に基づく収入保険料の総額(1,149万米ドル余)を、仮に関連者からのものとした場合には、A社の収入保険料(※4)のうちに占める非関連者からの収入保険料の割合は50%を下回り、非関連者基準を満たさないという状況であった。 (※4) A社のバミューダにおける所得に対する租税の負担割合は0%であった。 (2) 第一審の判断 本件第一審である東京地裁は、以下のように判示して、再保険契約に係る収入保険料は「関連者以外の者が有する資産又は関連者以外の者が負う損害賠償責任を保険の目的とする保険に係る収入保険料」には該当しないとして、課税庁の処分を適法と判断した。 (3) 控訴審の判断 上記の地裁判決を受け、これを不服としてXが控訴したところ、以下のとおり、東京高裁は一転、Xの主張を認め、原判決を取り消した。 国側は、かかる控訴審判決を受け、現在最高裁に対し上告受理申立てを行っている。 (4) 第一審二審判決の検討 東京地裁は、再保険契約に係る収入保険料は本件括弧書きに規定する収入保険料には該当しないと判断してXの請求を棄却したが、東京高裁は、保険料の実質的負担者は本件各顧客であると認定し、「本件元受保険契約は、本件各顧客の生命、身体等に対する保険危険を担保する保険である」と判断した。 しかしながら、そもそもB社がC社と本件元受保険契約を締結した目的は、B社の債権回収リスクをカバーするためであって、本件各顧客の生命、身体等に対する保険危険というのは、本件元受保険契約に基づき、その給付が実行されるきっかけに過ぎないというべきである(※5)。したがって、控訴審の判旨はやや無理筋かと思われる。外国子会社合算税制の趣旨からいっても、メキシコ国内で保険によるリスクのカバーがなしえるところ、わざわざバミューダに再保険に出すというところに、異常性が見出される(※6)のであり、最高裁がこの先どういう結論を示すのか、注目されるところである。 (※5) 袴田裕二「外国子会社合算税制の非関連者基準の適用について争われた例」ジュリストNo.1582(2023年4月)124頁は、「本件でB社は、本件各顧客の資金を預かってそれをC社に送金しているのではなく、本件元受け保険契約者として同契約に基づく保険料を支払っていることから、タックス・ヘイブンに入ってくる収入保険料の支払者は、本件各顧客(非関連者)ではなく、B社(関連者)である。」と述べている。 (※6) 前掲(※5)は、「保険の機能はメキシコ国内で果たすこともできたところ、その機能をバミューダに移しそれに伴って所得をB社から(C社を介して)A社へと関連者間でバミューダに移しており、その部分については税負担の軽減以外に経済合理性を認めがたいということになる。」と述べている。 (了)

#No. 530(掲載号)
#霞 晴久
2023/08/03

租税争訟レポート 【第68回】「税理士損害賠償請求事件~善管注意義務違反(東京地方裁判所令和2年2月20日判決)」

租税争訟レポート 【第68回】 「税理士損害賠償請求事件~善管注意義務違反 (東京地方裁判所令和2年2月20日判決)」   税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝   【判決の概要】   【事案の概要】 本件は、原告の顧問税理士であった被告が、原告代表者Aによる横領を認識し、あるいは、認識し得たにもかかわらず、原告に対する報告や是正・指導を行わなかったことについて、それらが被告との間の業務委託契約に係る善管注意義務に反すると主張し、原告が、被告に対し、債務不履行による損害賠償請求権に基づき、横領された金銭の合計額1億1,677万6,000円の一部である3,000万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成30年10月24日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、被告が確定申告を行うに当たり原告に適用されるべき税額控除制度の適用を失念して同制度に基づく税額控除をしないまま確定申告をしたことが、契約上の善管注意義務に違反するものであると主張し、確定申告に基づいて納付した税額と税額控除制度を適用して計算された納付すべき税額との差額等合計1,038万4,048円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。   【東京地方裁判所による判決の概要】 1 争点 2 原告と被告との間の業務契約 判決によれば、原告と被告との間の業務契約(本件顧問契約)においては、以下のような定めがあったとのことである。 3 確定申告における所得拡大促進税制適用の失念(当事者間に争いがない) 判決によれば、原告は、平成26年3月期、平成28年3月期及び平成29年3月期の各確定申告において、租税特別措置法に規定する所得拡大促進税制の適用要件を満たしていたが、被告は、これらの各期の申告において、税額控除をしなかった。 4 争点に対する原告と被告の主張 (1) 被告が顧問契約に基づき横領等の不正を報告、調査確認するなどして、適正な申告書を作成する義務を負っていたか。また、被告による義務の不履行の結果、原告に損害が生じたか〔争点1〕 ① 原告の主張 原告は、被告は、本件顧問契約に基づき、財務諸表や税務申告書類を作成するに当たって、税務の専門家としての高度な善管注意義務を負担していたと主張した。このことに加えて、税理士法1条及び41条の3(※1)の趣旨に照らせば、被告は、不正を発見した場合には、これを報告すべき義務を負っていたということができることはもとより、税理士としての専門知識や技能に基づいて、依頼者である原告の要望内容が適切か否かについて、調査・確認すべき義務(調査確認義務)、さらには、原告の要望や報告内容に不足や不審な点があればこれを明らかにし、不適切な要望は改めるよう助言・指導して適正な申告書を作成するべき義務(助言指導義務)をも負っていたと考えるべきであるにもかかわらず、被告は、Aによる不正行為(横領)を認識し、あるいは認識し得たにもかかわらず、上記義務を果たさず、原告に損害を与えたと主張した。 (※1) 税理士法による規定は以下のとおりである。 そのうえで、原告は、Aによって横領された1億1,677万6,000円は、被告による本件顧問契約に基づく義務の不履行(債務不履行)によって生じたものであるから、原告に生じた損害は、被告の債務不履行と相当因果関係のある損害であると主張した。 ② 被告の主張 被告は、本件顧問契約に基づく被告の義務の内容は、税務書類の作成、税務代理業務、仕訳帳、総勘定元帳等の作成であり、原告の財産の管理や保護は含まれておらず、したがって、現金の実在性の確認やAの不正の発見は、本件顧問契約に基づく善管注意義務の内容ではないと主張した。 一方、被告は、原告において、創業の翌年頃から頻繁に数十万円単位で原告の預金及び現金が引き出され、原告が、これらの引き出しをAへの仮払金として会計処理し、これらの仮払金のほとんどについて、Aが現金で全額精算(返金)したものとして処理してきたこと、Aがそのような処理をした上で現金を横領していたことについては認めている。 (2) 原告が被告に対し、被告の債務不履行を理由に、損害賠償請求をすることが信義則に違反し、権利の濫用として許されないものであるか〔争点2〕 ① 被告の主張 被告は、原告の監査役や取締役会が、取締役であるAが仮払金名目で会社の現金を使い込み、それを隠ぺいするために仮払金の不正会計処理を経理担当者に指示していたにもかかわらず、10年以上にわたって「適正かつ正確である」と公に認めてきた会計処理について、原告の経営内部の事情を知ることができず、原告側の認定を覆すだけの資料を持ち合わせていない被告が不自然なものとして疑わなかったとしても、被告が責められるべき筋合いのものではなく、むしろ、仮払金の不正処理という問題が存在する会計処理を自ら適正かつ正確であるとしてきた原告が、被告に対して過払金の不正処理について注意義務違反を問うなどというのは、権利の濫用又は信義則に違反するものであると主張した。 ② 原告の主張 原告は、被告の主張については「争う」とした。 (3) 被告が本件各申告の際に本件税額控除制度に基づく税額控除をしなかったことによって、原告に生じた損害の内容及び金額〔争点3〕 ① 原告の主張 原告は、被告は、本件顧問契約に基づき、原告の税務書類の作成、確定申告に際し、必要な税制や特例を適用して、原告の税負担を軽減すべき注意義務又は原告の税負担が過大とならないように必要かつ適正な税務申告をするべき注意義務を負っていたところ、原告の平成26年3月期、平成28年3月期及び平成29年3月期の各確定申告において、租税特別措置法に規定する所得拡大促進税制の適用要件を満たしていたにもかかわらず、何ら検討せず、原告に対して本件税額控除制度について説明したり、資料の提供を求めたりすることなく、漫然と、税額控除をしないまま申告を行ったことから、次に掲げる損害を受けたと主張した。 ② 被告の主張 被告は、原告の法人税等の過大納付分については「不知」であり、税理士費用については、本件債務不履行と相当因果関係のある損害であるといえる部分があるとしても、原告が税理士に対して支払った報酬は業務内容と比較して過大であると主張するとともに、損害賠償金相当額に法人税や地方税が課税されたとしても、それは法人税及び地方税が損害賠償金を益金として見る結果にすぎず、本件債務不履行との間に相当因果関係はないと主張した。 5 東京地方裁判所の判断 東京地方裁判所は、それぞれの争点について、以下のような判断を示した。 (1) 被告が顧問契約に基づき横領等の不正を報告、調査確認するなどして、適正な申告書を作成する義務を負っていたか。また、被告による義務の不履行の結果、原告に損害が生じたか〔争点1〕 裁判所はまず、被告について、被告が原告の会計書類上現金の残高が年々増加していたことを把握していたとしても、そのことから直ちにAが横領行為に及んでいることを被告が認識していたことにはならないし、被告が仮払元帳を作成するに当たって基礎としていた資料が経理担当者の決裁を経た会計原票であることからしても、被告がそのような認識を有していたことには大きな疑問があるという前提を述べた。 そのうえで、裁判所は、本件顧問契約上、被告に会計書類及びその作成過程から把握される不審点を調査確認し、不正があればこれを是正指導する義務があったかという点については、本件顧問契約には、会計不正の調査業務は明示されていないうえ、被告が会計原票の基となる原資料に当たることも予定されていなかったということができることから、会計書類及びその作成過程から把握される不審点を調査確認し、不正があればこれを是正指導する義務が被告にあったものと直ちに解することは困難であるとの判断を示した。 さらに、裁判所は、税理士法の規程との関係でも、税理士法2条2項に定める財務に関する業務の中に、公認会計士法2条1項に定めるような「財務書類の監査又は証明」業務や、その業務の前提として行うべき不正や誤謬があり得ることを念頭においた監査や指導業務が含まれていると一般的に解することはできないうえ、税理士法41条の3の規定は、脱税等の税理士の本来的な業務である税務に関する不正についてこれを認識した場合に助言するべき義務を規定したものにすぎないから、税理士法を根拠に本件顧問契約の解釈を補い、本件顧問契約上、会計書類及びその作成過程から把握される不審点を調査確認し、不正があればこれを是正指導する義務が被告にあったと解釈することも困難であるとの判断を示した。 以上の判断から、裁判所は、本件顧問契約において、会計書類の内容を調査・確認し、不審点を明らかにして助言・指導するなどの義務が被告にあったと解することはできないとして、原告の主張を斥けた。 (2) 被告が本件各申告の際に本件税額控除制度に基づく税額控除をしなかったことによって、原告に生じた損害の内容及び金額〔争点3〕 裁判所は、原告が、平成26年3月期、平成28年3月期及び平成29年3月期の各確定申告において、租税特別措置法に規定する所得拡大促進税制の適用要件を満たしていたにもかかわらず、被告が、税額控除をしなかったことには、本件顧問契約に基づく善管注意義務違反、すなわち本件債務不履行があったものと評価せざるを得ないとしたうえで、本件債務不履行と相当因果関係のある損害について検討した結果、次の損害金額を認定した。 ① 過大納付分 原告は、各期の申告に基づき、合計3,542万800円を納税したが、被告が申告の際に、税額控除制度を適用していれば、その納税額は合計2,925万1,200円で足りたと認められるから、その差額である616万9,600円は、本件債務不履行と相当因果関係のある損害である。 ② 税理士費用 原告は、本件各申告において本件税額控除制度の適用があるか、本件税額控除制度が適用された場合に納付すべき税額の検証作業を税理士に委任して行い、その報酬として69万6,852円を支出したことが認められ、原告が、被告以外の別の税理士に検証作業を依頼すること自体はやむを得ないことではあるものの、原告が支出した税理士費用は、税務申告のみならず、記帳代行業務も含む本件顧問契約に係る1年分の報酬合計75万円と比較しても高額であることから、その全額を本件債務不履行と相当因果関係のある損害であると評価することは相当とは言い難く、原告が支出した税理士費用のうち本件債務不履行と相当因果関係のある税理士費用は、30万円とするのが相当である。 ③ 損害賠償金に課せられる税金 被告から取得する過大納付分及び税理士費用に関する損害賠償金等に法人税及び地方税が課税されて納付すべき税額が発生するのは、損害を填補する損害賠償金が確実に発生したことを益金として扱うこととした租税制度の結果にすぎず、その発生した税額は、填補されるべき原告の損害とは性質を異にする純然たる租税債務として観念すべきであり、本件債務不履行と相当因果関係のある損害ではない。 (3) 結論 裁判所は、結論として、被告には、本件顧問契約に基づく善管注意義務違反(本件債務不履行)があり、原告の請求には、本件債務不履行による損害賠償請求権に基づき646万9,600円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成30年10月24日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、その範囲でこれを認容して、その余は理由がないから棄却する判決を言い渡した。   【解説】 本件で争われたのは、「税理士に顧問先代表者による不正の発見義務があるかどうか〔争点1ー1〕」と「適用可能な税額控除を失念した場合に、その債務不履行と相当因果関係のある損害はどの範囲まで認められるか〔争点3〕」という2点であった。東京地方裁判所は、これまでの判決を踏襲して、〔争点1ー1〕については税理士の義務を認めなかったものの、〔争点3〕については、過大に納付することとなった税額にとどまらず、税額控除できる金額の算定を依頼した他の税理士に支払った費用の一部について、債務不履行との相当因果関係を認める判決を言い渡した。 1 多額の現金残高を確認しなかったことに、税理士の善管注意義務違反はないのか 東京地方裁判所は、顧問契約の条項から、会計書類の内容を調査・確認し、不審点を明らかにして助言・指導するなどの義務が被告にあったと解することはできないことを理由に、税理士には善管注意義務違反はないという判断を示した。 しかし、同業の税理士としては、本当に、1億円を超える現金残高が実在するのかという疑問を抱くことなく、申告していたのかが気になるところである。税理士による確認がおざなりになっていた原因として考えられるのは顧問料が低額であったということかもしれない。原告が所得拡大促進税制の適用要件を満たしていた3年間に納付した法人税額等が3,500万円を超えていた事実から、原告には相当額の課税所得があったはずだが、税理士が受け取っていた顧問報酬は年間75万円と相当に低額であったことがわかっている。もちろん、顧問報酬が低額であることを理由に、決算や申告に手を抜くことは許されるものではないが、顧問先に対する関心が薄れてしまい、その結果、多額の現金残高を見て見ぬふりをしたり、所得拡大促進税制の適用を失念したりしてしまったのではないかと思料する。 2 類似事案との比較 2021年6月21日に公表された、アジャイルメディア・ネットワーク株式会社が設置した第三者委員会による調査報告書(※2)でも、多額の現金取引を利用した取締役CFOによる不正が問題となっている。さすがに多額の現金残高が期末にあったわけではなく、ソフトウェア等の資産に振り替えていたのだが、会計監査人であった有限責任監査法人トーマツ東京事務所は、2020年3月24日付監査覚書(マネジメントレター)において、2019年1月1日から同年12月31日までの間、現金取引として通常想定されない多額の取引が発生していることについて指摘を行っていたものの、不正を発見するまでには至らなかった。 (※2) 詳細は、本誌で連載中の「会計不正調査報告書を読む」【第117回】を参照いただきたい。 本判決で、東京地方裁判所は、公認会計士の職務について、公認会計士法2条1項に定める「財務書類の監査又は証明」業務や、その業務の前提として行うべき不正や誤謬があり得ることを念頭においた監査や指導業務が含まれているとの踏み込んだ見解を示しているところは興味深い。   (了)

#No. 530(掲載号)
#米澤 勝
2023/08/03

〈事例から理解する〉税法上の不確定概念の具体的な判断基準 【第8回】「相続税法附則第3項の「被相続人の死亡の時における住所地」の判定」

〈事例から理解する〉 税法上の不確定概念の具体的な判断基準 【第8回】 「相続税法附則第3項の「被相続人の死亡の時における住所地」の判定」   公認会計士・税理士 大橋 誠一   1 相続税法における納税地の規定 相続税法第62条第1項は、納税義務者の法施行地にある住所地(居所地)をもって納税地とする旨の規定である。 しかし、施行日(昭和25年4月1日)当時から存在する附則第3項は、「当分の間、(略)相続税に係る納税地は、第62条第1項(略)の規定にかかわらず、被相続人の死亡の時における住所地とする」旨規定し、これが70年以上継続している。 相続税の納税義務者が複数存在する場合に同一の被相続人に係る相続税申告書が分散して提出されることの税務行政の非効率の解消、全ての納税義務者の課税価格が共有されなければ相続税の総額及び各納税義務者の納付すべき相続税額が算出できないという法定相続分課税方式の計算体系に照らせば妥当な運用であろう。 ここで論点となるのが「被相続人の死亡の時における住所地」であり、これの特定は事案によっては微妙な問題をはらむ。   2 大阪国税不服審判所平成28年5月17日裁決(TAINSコード:F0-3-453) (1) 事実関係の概要 (2) 双方の主張の概要(重加算税の課税要件に係る主張は省略) ① 原処分庁 ② 審査請求人 (3) 「住所」の法令解釈 (4) 審判所の判断の概要・原処分庁の主張の排斥   3 法令解釈の出所と考察 上記2(3)の法令解釈は、最高裁第二小法廷平成23年2月18日判決(TAINSコード:Z261-11619)を基礎とし(「その者の生活に最も関係の深い一般的生活、全生活の中心」という表現は最高裁第三小法廷昭和35年3月22日判決(TAINSコード:Z999-5105)にも見られる)、生活の本拠が老人ホームにあるとして小規模宅地等の特例の特定居住用宅地等に該当しないと判断した東京地裁平成23年8月26日判決(TAINSコード:Z261-11736)を参考にした印象がある。 本件は、被相続人の老人ホームに転居した後の自宅の所在地を(所得税及び)相続税の納税地として申告していたにもかかわらず、被相続人の死亡の時における生活の本拠たる実体を積極的に調査しなければ、課税処分の基礎が崩壊して加算税の賦課決定処分の取消しの可能性があるという原処分庁にとっては相当酷な印象を持つ裁決であるが、それほどに税法における「住所地」の判断は納税者も課税庁も慎重に行わなければならないことを教訓とする裁決であろう。 「住所地」については、納税地の他にも、所得税法における居住者・非居住者の判断、相続税(贈与税)における納税義務者(課税財産の範囲)の判断などにも影響する。 (了)

#No. 530(掲載号)
#大橋 誠一
2023/08/03

法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例54】「貸付金に係る貸倒損失の損金算入時期」

法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例54】 「貸付金に係る貸倒損失の損金算入時期」   拓殖大学商学部教授 税理士 安部 和彦   【Q】 私は、中部地方のある県庁所在地において医薬品の卸売業を営む株式会社X(資本金1億円)に勤務し、現在経理部長を務めている者です。医薬品の販売は、近年、全国的に大手のドラッグストア(その多くが上場企業)とその系列の薬剤師が常駐し処方箋を扱う薬局(調剤薬局)が大きなシェアを握っております。 ドラッグストアは元々調剤を行わずに、一般用医薬品(風邪薬などの薬剤師の関与がなくとも購入できる医薬品)を扱う小売店でしたが、近年では単にそれにとどまらず、化粧品やトイレットペーパー、洗剤といった日用品や菓子、食料品を安価に販売することで、いわば「医薬品を扱うスーパーマーケット」という位置づけで都市部の消費者の支持を獲得し、M&Aを繰り返すことで急成長していった業態であると考えられます。 そのような中、わが社の取引先である独立系の中小の薬局は、年々ジリ貧で経営状態が厳しくなっている状況です。わが社は戦前の創業で、戦後の高度成長期には急速に事業を拡大させたこともあって過去の剰余金が資本として蓄積しており、比較的余剰資金があるといえます。そのため、取引先から緊急の融資を依頼されることもままあり、当社も「取引先とともに成長する」という社是を守る社長の判断で、それに応じることがあります。しかし、この判断の多くは裏目に出て、大半の融資は回収できない事態に陥りました。仕方なく、ギリギリまで回収努力を行った上で、やむを得ず貸倒損失を計上しました。 ところが、先日から受けている当社の法人税にかかる税務調査で、なんと当該貸倒損失が問題とされております。調査官によれば、貸倒損失の計上時期に問題があり、貸付先が債務超過になった段階で損失を計上すべきであり、それをわざわざ翌々期まで繰り延べたのは利益調整に当たり許されないとのことでした。当社は、ギリギリまで回収努力を行った上で、やむを得ず貸倒損失を計上したのであり、貸付先が債務超過になったからといって直ちに損失を計上するのは、時期尚早であり妥当ではないと反論しております。この場合、法人税法上はどのように考えるべきなのでしょうか、教えてください。 【A】 法人税法上、(減価)償却費以外の費用・損失は、債務の確定を待って初めて損金に計上することができると解されていますが、金銭債権に係る貸倒損失を当該事業年度の損金の額に算入するためには、当該金銭債権の全額が回収不能であることが客観的に明らかでなければなりません。それは、貸付先が債務超過になったというだけでは不十分で、当該貸付先が倒産した旨が通知されるなど、当該金銭債権の全額が回収不能であることが客観的に明らかになった時点をいうものと考えられます。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 損金の意義 法人税法上、損金の意義につき、同法第22条第3項において、以下の通りの定めがある。 上記から、償却費以外の費用・損失は、債務の確定を待って初めて損金に計上することができると解されている(※1)。 (※1) 金子宏『租税法(第24版)』(弘文堂・2021年)374頁参照。   (2) 債務の確定とその帰属年度 法人税法上、損金の額をどの事業年度に計上するのか、すなわち損金の帰属年度の問題は、一般に、企業会計上の発生主義及び費用収益対応の原則に従って判定することとなる。一方で、法人税法は、上記第22条第3項第2号の規定により、債務確定主義(基準)を採用していると解されているが、この場合の「債務の確定」とは具体的にいつになるのかが問題となる。これについて、実務的には、事業年度終了の日までに、原則として法人税基本通達2-2-12で指摘される以下の3基準すべてに該当するか否かに基づき判断されるのが通例である。 一般には、上記3基準のうち、②の要件が、その多義的な性格からか、該当性の有無を争われるケースが多いものと考えられる(※2)。 (※2) 一高龍司「損金の算入時期に関する基本的考察」金子宏監修『現代租税法講座第3巻 企業・市場』(日本評論社・2017年)149頁参照。   (3) 貸倒損失の損金算入時期が争われた事例 それでは、本件と同様に、貸付金に係る貸倒れの損金算入の時期が争われた事例(名古屋地裁平成27年11月19日判決・TAINSコード:Z265-12754)について、以下で確認してみたい。 ① 事案の概要 薬局の経営等を営む株式会社である原告(株式会社A)は、平成22年10月1日から平成23年9月30日までの事業年度の法人税に関し、B株式会社に対する貸付金2,201万2,407円に係る貸倒損失を損金の額に算入して確定申告を行い、次いで、同貸付金の額は1,846万3,407円であった旨の修正申告をしたところ、処分行政庁である名古屋北税務署長から、平成24年12月26日付けで本件事業年度の法人税に係る更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分を受けた。 そこで、原告は、(1)本件債権に係る貸倒損失の損金算入を否認してされた本件各処分には事実の誤認があるから違法である、(2)本件更正処分に係る更正の理由の付記には不備がある旨主張して、本件各処分(ただし、本件更正処分については、本件修正申告により原告が自ら確定させた納付すべき税額を超える部分に限る)の各取消しを求めた事案である。 ② 事案の争点 ③ 裁判所の判断 争点(1) 争点(2) なお、本件は原告が控訴せず確定している。 ④ 本裁判例から学ぶこと 金銭債権の貸倒れにつきどのタイミングで損金に計上するのかについては、最高裁の判例(最高裁平成16年12月24日判決・民集58巻9号2637頁、興銀事件)で、「当該金銭債権の全額が回収不能であることが客観的に明らかでなければならず、そのことは、債務者の資産状況、支払能力等の債務者側の事情のみならず、債権回収に必要な労力、債権額と取立費用との比較衡量、債権回収を強行することによって生ずる他の債権者とのあつれきなどによる経営的損失等といった債権者側の事情、経済的環境等も踏まえ、社会通念に従って総合的に判断されるべきである」というように、全額が回収不能であることが客観的に明らかであることが重視されている。ここでいう「金銭債権の全額が回収不能であることが客観的に明らか」なケースとは、本裁判例によれば、単に債務超過に陥っているというだけでは不十分と考えられ、債務者の「倒産」という事実が発生していることが必要ということになろう。 加えて重要なことは、当該貸倒損失の計上時期は、上記により判定された「金銭債権の全額が回収不能であることが客観的に明らか」なタイミングであり、それより前でも後でも許容できないという点である。裁判所が言うように、「それより後の事業年度の損金の額に算入することは、同条1項が各事業年度ごとに発生した益金の額から損金の額を控除して算定された所得の金額を法人税の課税標準としていることに照らし、認められない」としている。これは、損金計上のタイミングを恣意的に操作することにより、法人が利益調整を行うことは許されないということを意味するものと解される。 なお、上記最高裁の判例では、「金銭債権の全額が回収不能であること」が貸倒れ処理に係る損金算入の前提とされているが、金銭債権の一部の額の貸倒れを認めるか否かについては、学説上争いがある。金子名誉教授は、金融機関の不良債権処理の問題に関連して、部分貸倒れの損金算入については、アメリカ連邦税法上の取扱いなどを根拠に容認すべきとしている(※3)。一方、金銭債権の一部の額の貸倒れ処理を認めることは、実質的には債権の評価損の計上を認めることと同じ経済的効果を生み出すことから、資産の評価損の計上を認めない法人税法第33条の規定と矛盾するため、認められないという説が未だ有力である(※4)。 (※3) 金子宏「部分貸倒れの損金算入」同『租税法理論の形成と解明 下巻』(有斐閣・2010年)95-106頁参照。 (※4) 例えば、武田隆二『平成15年版 法人税法精説』(森山書店・2003年)565頁参照。   (4) 本件へのあてはめ 法人税法上、(減価)償却費以外の費用・損失は、債務の確定を待って初めて損金に計上することができるものと解されているが、金銭債権に係る貸倒損失を当該事業年度の損金の額に算入するためには、当該金銭債権の全額が回収不能であることが客観的に明らかでなければならない。その要件を具体的に挙げれば、例えば、貸付先が債務超過になったという事実だけでは不十分で、当該貸付先が倒産した旨が通知されるなど、金銭債権の全額が回収不能であることが客観的に明らかになった時点をいうものと考えられる。 (了)

#No. 530(掲載号)
#安部 和彦
2023/08/03

〈一から学ぶ〉リース取引の会計と税務 【第7回】「ファイナンス・リース取引の会計処理(借手)」~契約時(取得価額)~

〈一から学ぶ〉 リース取引の会計と税務 【第7回】 「ファイナンス・リース取引の会計処理(借手)」 ~契約時(取得価額)~ 公認会計士・税理士 喜多 弘美   前回まで、リース取引の種類について、下の図のように整理しました。今回からはリース取引の会計処理についてみていきます。リース取引の種類やリース物件の借手・貸手によって、会計処理は異なります。今回からは、まず、ファイナンス・リース取引の借手の会計処理を解説します。   1 ファイナンス・リース取引の実態 【第4回】で整理しましたが、ファイナンス・リース取引の条件は、①中途解約不能、②フルペイアウトでした。この2つの条件を満たすファイナンス・リース取引は、物件はずっと借手で使用され、かかってくるコストもほとんど借手が負担している状況のため、物件を購入した場合と実態はとても似ています。そのため、会計処理も両者は同じように考えられます。   2 ファイナンス・リース取引の会計処理の全体像 それでは、物件を購入した場合と比較しながら、ファイナンス・リース取引の会計処理の全体像をみていきましょう。まず、物件を購入した場合の会計処理の流れは以下になります。 また、ファイナンス・リース取引の会計処理の流れは以下になります。 物件を購入した場合とファイナンス・リース取引の実態が似ているので、会計処理の流れも似ています。ただ、物件を購入する場合とファイナンス・リース取引は、契約や仕組みが異なるのでした。そのため、①~④の具体的な会計処理は異なります。今回は①について、具体的にみていきます。   3 ファイナンス・リース取引契約時の会計処理 物件を購入した場合、会計処理では有形固定資産・無形固定資産に属する各勘定科目(建物、建物付属設備、構築物、機械装置、工具器具備品など)に計上することになります。 一方で、ファイナンス・リース取引では、どのような会計処理になるのでしょうか。実は、ファイナンス・リース取引でも、物件を購入した場合と同じように資産を計上します。有形固定資産・無形固定資産に属する各勘定科目に含めることもできますが、原則として、有形固定資産・無形固定資産に「リース資産」という勘定科目を使用することになっています。 また、ファイナンス・リース取引の場合は、今後リース料を支払うことを約束するので、相手勘定は「リース債務」になります。   4 リース資産計上額 では、リース資産・リース債務に計上する金額はいくらになるのでしょうか。今までみてきたとおり、ファイナンス・リース取引は、物件を購入した場合と実態が似ているので、両者は同じように資産を計上する必要がありました。そうすると、計上する金額も物件を購入した場合と同じ金額、つまり物件の購入価額とするのがいいと思われます。 ただ、リース取引では物件の購入価額がわかる場合とわからない場合があります。リース会社との交渉の過程で購入価額を知ったり、リース会社から教えてもらったりした場合は物件の購入価額を把握することができます。一方で、契約書にはリース料しか記載されていない場合もあります。そのため、リース取引に関する会計基準の適用指針では、リース物件の購入価額がわかる場合とわからない場合に分けて、リース資産の計上額を整理しています。 (1) リース会社の購入価額がわかる場合 上記のとおり、物件の購入金額で計上すればいいのですが、所有権移転ファイナンス・リース取引と所有権移転外ファイナンス・リース取引の性格の違いを考える必要があります。 所有権移転外ファイナンス・リース取引では、最終的にリース物件はリース会社へ返還されるので、物件を購入するというよりも、物件を使用する権利を購入している状況と似ていると考えられます。また、物件が返還された後、リース会社が物件を売却することを考えると、物件の購入価額よりも安い金額でリース料を設定していることも考えられます。そのため、所有権移転外ファイナンス・リース取引では、物件の購入価額とリース料総額の現在価値のいずれか低い額を計上します。リース料総額の現在価値は、実際に支払うリース料を基に資産計上額を決める方法で、いずれか低い額を採用するのは、資産を大きく計上しないようにする保守的な考え方によるものです。 (2) リース会社の購入価額がわからない場合 購入価額がわからない場合は、所有権移転ファイナンス・リース取引も所有権移転外ファイナンス・リース取引も同じ考え方です。実際に自分が購入するといくらになるか見積もった金額(見積現金購入価額)、又は、実際に支払うリース料を基に算定した金額(リース料総額の現在価値)のいずれか低い金額を採用します。 *  *  * 上記をまとめると以下のようになります。   (了)

#No. 530(掲載号)
#喜多 弘美
2023/08/03

〔中小企業のM&Aの成否を決める〕対象企業の見方・見られ方 【第40回】「売り手がM&Aの必要性・有用性に気づくには」~第三者の声に耳を傾ける~

〔中小企業のM&Aの成否を決める〕 対象企業の見方・見られ方 【第40回】 「売り手がM&Aの必要性・有用性に気づくには」 ~第三者の声に耳を傾ける~   公認会計士・税理士 荻窪 輝明   《今回の対象者別ポイント》 買い手企業 ⇒売り手候補が増えることで、売り手探しをしやすくなる。 売り手企業 ⇒第三者の助言を受けて、M&Aを選択肢の1つとして考えられるようになる。 支援機関(第三者) ⇒売り手候補先の開拓を通して、M&Aの活性化に役立てる。 その他の対象者 ⇒売り手がM&Aを検討する契機を知り、M&Aに対する理解を深める。   1 売り手がM&Aを想起する~存続手段としてのM&A~ 大半の中小企業(本稿では将来M&Aの売り手になる場合を想定します)にとって、そもそもM&Aは企業経営の将来の選択肢として認識されていません。また、中小企業の経営者の多くは、事業の売却を積極的に検討、活用しようという意識も強くないようです。その背景には、中小企業経営者のM&Aに対する認識が関係していると思われます。 さて、以下の図では、左側に経営者・ファミリー目線、右側に第三者・世間目線で、企業の存続か、廃止を検討する際に挙がる主な手段を4つの象限にまとめています。 経営者・ファミリー側にとって、親族承継、従業員承継、IPOは、自分たちのビジネスを断ち切るよりは誰かの手で永続させる手段と考えられます。対して廃業は存続しない選択を積極的・消極的に判断する場合の代表手段です。 ではM&Aはというと、企業・事業がなくなるわけではありません。しかし、ファミリー企業・親族経営が多い中小企業にとって、M&Aという手段は、自分たちの企業や事業を手放すイメージが強いように思います。 一方、M&Aの当事者ではない第三者・世間目線からすると、M&Aによってオーナー、経営者が変わっても当事企業は残るわけですから、基本的に存続手段として認識します。 つまり、一方では廃止手段と考えられますが、一方では存続手段として考えられる点にM&Aの特徴があります。もし、中小企業の売り手側の発想が変われば、M&Aが事業存続の手段として前向きに考えられるかもしれないのです。 したがって、M&Aを将来の売り手候補に勧めたい第三者(たとえば金融機関やM&Aファーム)は、廃止マインドの経営者たちを、いかに存続マインドに変えられるかが、M&Aの普及、推進にとって重要だと思われます。裏を返せば、潜在的な売り手の経営者たちは、いかにして、第三者の助言に耳を傾けて、M&Aを将来の企業の存続手段の1つと考え、行動できるかもまた重要です。 ただし、ここで述べるのはM&Aの前向きな側面であって、必ずしも、事業の廃止が悪いわけではなく、存続手段をM&Aにしなければならない理由もありません。 (出典) 中小企業庁:財務サポート「事業承継を知る」(資料は東京商工リサーチ) (出典) 中小企業庁:財務サポート「事業承継を知る」(資料は日本政策金融公庫総合研究所「中小企業の事業承継に関するインターネット調査」(2020年)を再編加工したもの) とはいえ、上図のように、黒字廃業や、後継者不在に伴う廃業が多い現実があります。これらの中には、ひょっとしたら良い手段があると知っていれば存続していた企業もあるかもしれない、という予想がつきます。 そこで、今回は売り手と第三者の関係、特に売り手がM&Aというワードに触れる機会にフォーカスして、M&Aの必要性や有用性について耳を傾ける姿勢を中心に説明します。   2 売り手と第三者とのタッチポイント (出典) 中小企業庁:2021年版「中小企業白書」第2部第3章第2節「M&Aを通じた経営資源の有効活用」 2021年版「中小企業白書」によれば、M&Aの意向がある売り手に限られますが、自社独自やオンラインマッチングサイトで探索するケースを除くと、売り手は「金融機関」「専門仲介機関」「公認会計士・税理士」「取引先」「同業他社」「事業引継ぎ支援センター(現:事業承継・引継ぎ支援センター)」「商工会議所・商工会」といった第三者(下図参照)を通じて、相手先企業を探しているのがわかります(なお、本稿では、取引先や同業他社を除く第三者を狭義の第三者とし、これら狭義の第三者を念頭に置いて説明しています)。 第三者のうち、M&Aをするか否かに関係なく、普段から中小企業と接触する機会が多いのは「金融機関」「公認会計士・税理士」「商工会議所・商工会」ではないでしょうか。 潜在的な売り手にとって、これらのプレイヤーとのタッチポイントがありながら、M&Aの機会に活かせる企業と、そうでない企業が生まれるのは、売り手自身が自分事、当事者として、各プレイヤーの助言に耳を傾けられるかどうかの違いによる差が多少なりとも影響するのではないかと思います。 (1) M&Aの必要性・有用性に気づく 経済産業省や中小企業庁が公表する統計やアンケートを見る限り、かつて身売りとされたM&Aは、だんだんと好意的に捉えられる傾向への変化が見られます。そして、M&Aを将来の選択肢に含めるにしろ、含めないにしろ、これからの中小企業経営にとってM&Aの知識や情報を把握しておくのは決して損ではありません。 もし、普段の付き合いや取引の中で、第三者がM&Aの話題を持ちかけてくる機会があれば、一度じっくりと聞くのをお勧めします。M&Aの環境は常に変化していますので、一概にこうだ、とはいえませんが、資金確保、事業や雇用の継続、後継者候補探し、地域産業や地域経済の衰退の抑止といった様々な観点から、M&Aの必要性は高まっています。 第三者側に蓄積されるノウハウも年々高まっていますので、活用する側の売り手にとってのより有用な手段となっています。 (2) いつ気づけるかが重要 M&Aに関する課題として、M&Aという手段がありながら、その存在を知らず、または知っていても活用の機会を得ないまま、いざM&Aをしようと思い立った際には手遅れだったというケースが少なくないことが挙げられます。 多くの中小企業にとって、M&Aは、事業を誰に譲るかどうかを判断しなければならない時に考える手段です。この時には、上図の右上の象限にいる状況下ですので、既にその企業にとってM&Aは緊急性も重要性も高い状況になっています。ひょっとしたら対策が手遅れかもしれません。 事業継続や存続に関わる事柄の重要性はとても高い一方で、緊急性は低く、焦る必要はないと考え放置しがちです。理想をいうと、上図の左上の象限の段階、つまり、事業継続・存続の問題が顕在化しないうちに潜在的な問題と捉え、早くから将来のための準備ができるのがベストです。この段階からM&Aの検討を開始しておくと、いざという時に取りうる対策の幅が広がります。 自分の会社を売る選択をこの段階で考えられるはずがない、自分には関係ないと思われるかもしれませんが、「緊急性が低い」時期から選択肢として意識できるかどうかが重要です。この段階でM&Aの存在に気づければ、企業を磨く、売り手自身の強みを把握する、買い手に受け入れられやすい売り手になるための施策を重ねる、といった対策が立てやすくなるに違いありません。 心理的な面がありますが、M&Aをするなら、身売りに例えられる消極的なM&Aではなく、売却を通じて売り手企業の高い価値を実感でき、企業の存続を次のオーナーに託す、より積極的な手段としてのM&Aを目指せるのが望ましいです。良い状態でM&Aするほど、売り手に優位な条件で交渉できますので、結果として、早い動き出しは、自分の大切な会社を守ることにつながります。 (3) 社内を客観視する 第三者の意見は、外部の視点から自社を観察した上での貴重な助言機能を果たします。「何をわかったことを」「自分のことは自分がもっともよくわかっている」と思われるかもしれませんが、第三者の助言が売り手を言い当てることも多々あります。第三者からM&Aの話題を持ちかけられなくても、当社を客観視して何か意見をもらえないか、そんな姿勢をもって第三者に質問すれば、大抵の第三者は喜んで答えるでしょう。 その上で、他社(他者)視点で自分の会社がどう見えるかを考え抜き、解決と改革に当たるのはご自身です。良い結果を伴うとは約束できませんが、このアプローチを身につけておくことで、買い手視点や第三者視点、つまり、相手目線(視点)に近づく結果、買い手が望むM&A、第三者が望むM&Aに近づけるといえます。 (了)

#No. 530(掲載号)
#荻窪 輝明
2023/08/03

電子書類の法律実務Q&A 【第10回】「勤務中の私的メールを理由に解雇できるか」

電子書類の法律実務Q&A 【第10回】 「勤務中の私的メールを理由に解雇できるか」   弁護士法人 咲くやこの花法律事務所 弁護士 池内 康裕   〔Q〕 当社従業員が、就業時間中に多数の私的メールをしていたことが判明しました。送受信されたメールの量も多いので、当社としては、この従業員を解雇することを検討しています。解雇を検討するに際して、留意すべきことを教えてください。 〔A〕 本件で解雇する場合、普通解雇と懲戒解雇の2種類の解雇が考えられます。普通解雇と比べて懲戒解雇の方が無効と判断される可能性が高いので、懲戒解雇する場合は、予備的に普通解雇もすることをご検討ください。 また解雇する場合、前提として、就業規則に根拠となる規定があるかを確認する必要があります。 就業規則の規定に当てはまるだけで、解雇が有効と判断されるわけではありません。裁判になった場合、解雇の合理性が認められる必要があります(労働契約法16条)。 ご質問のケースのように私的メールの回数が多い場合でも、私的メールの内容が同僚との雑談の延長と評価されてしまうと、解雇の合理性が否定され解雇無効と判断されてしまうリスクもあります。使用者側としては、メールの相手方と内容を吟味し、解雇無効と判断されるリスクを踏まえて、解雇すべきかどうかを最終判断することになるでしょう。 最終的に、解雇をしないという判断をする場合も、ご質問のケースのように私的メールの回数が多い事案では、解雇以外の懲戒処分を検討すべきといえます。 ● ● ● ● 解 説 ● ● ● ● 1 解雇とは まず、解雇について基礎的な説明をしておこう。解雇とは、使用者側から労働契約を終わらせることだ。 そして勤務中の私的メールのように従業員の問題行動を理由とする解雇には、普通解雇と懲戒解雇の2種類ある。 普通解雇とは、従業員がきちんと仕事をしないことが会社との契約違反にあたることを理由とする解雇だ。他方、懲戒解雇とは、従業員がきちんと仕事をしないことが会社の秩序を乱すことを理由とする解雇だ。 普通解雇と懲戒解雇の違いについても説明しよう。懲戒解雇については、単に仕事をしないだけでなく、仕事をしないことにより企業秩序が乱されることが必要だ。さらに、懲戒解雇をする場合、原則として従業員に弁明の機会を与えることが必要と考えられている。そのため、普通解雇と比べて、懲戒解雇の方が裁判所で無効と判断される可能性が高いといえる。実際に、懲戒解雇としては無効だが、普通解雇としては有効と判断した裁判例もある。 使用者側としては、懲戒解雇だけでなく、普通解雇することも検討すべきだ。懲戒解雇する場合も、解雇理由通知書に懲戒解雇と同時に普通解雇もするという趣旨の記載をすることをお勧めしたい。これにより、懲戒解雇としては無効だが、普通解雇としては有効と裁判所で判断される余地がでてくる。   2 就業規則に「勤務中の私的メールが解雇事由に当たる」という記載が必要か 筆者は職務上、就業規則に解雇の理由をどの程度具体的に記載していれば、解雇できるのかという質問もよく受ける。この点についても、説明しておこう。 (1) 普通解雇の場合 就業規則がない場合であっても、普通解雇を行うことができる(東京地判令和元年6月10日)。この点は、誤解されている方もいるので改めて指摘しておきたい。 ただし、就業規則を作成している会社の場合、就業規則に記載された普通解雇の理由に当てはまることが必要だ。 就業規則において、具体的な記載は不要である。例えば「勤務中に私的メールをした場合、普通解雇とする」旨の記載は必要ない。 多くの就業規則では、職務懈怠が普通解雇事由として定められている。例えば、厚生労働省のモデル就業規則では、「勤務状況が著しく不良で、改善の見込みがなく、労働者としての職責を果たし得ないとき」が普通解雇事由に当たると記載されているが、これに近い規定が就業規則に記載されていることが多い。大量の私的メールで仕事をさぼっていた場合、「勤務状況が著しく不良で、改善の見込みがなく、労働者としての職責を果たし得ないとき」に当てはまり得ると判断してよいだろう。 「その他前各号に準ずる事由があったとき」というような包括的な規定がある場合、この規定を根拠に普通解雇することも可能である。 (2) 懲戒解雇の場合 懲戒解雇の場合、就業規則又は雇用契約書に記載された懲戒事由に当てはまらなければ、解雇することはできない。そのため普通解雇と異なり、就業規則や雇用契約書を作成していない会社の場合、懲戒解雇をすることはできない。 就業規則の服務規律に勤務中の私的メールを禁止する規定を入れている会社は多いと思われる。 仮に具体的に私的メールを禁止していなくても、一般的には、就業規則の服務規律の箇所に「勤務中は職務に専念しなければならない」(職務専念義務)旨の記載がされ、懲戒解雇事由に「服務規律に違反し、その情状が悪質と認められるとき」と記載されている。これらの記載が懲戒解雇の根拠規定になる。 就業規則にこれらの記載がされていない場合、就業規則として不備があると言わざるを得ない。 (3) 就業規則に記載されている解雇事由に当てはまるだけでは、解雇が有効にならない 解雇については、「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合」、権利濫用となり、労働契約法16条により、無効になってしまう。これは、普通解雇も懲戒解雇にも共通するルールだ。 分かりやすい例で説明すれば、勤務中に私的メールを1通でもすると懲戒解雇事由に当たると就業規則に記載していたとしても、裁判所で、そのとおりの効力は認められないのだ。 就業規則に根拠が記載されているだけでは、解雇が有効にならないことを押さえておく必要がある。   3 裁判所ではどのように判断されるか 上述したとおり、裁判になると、解雇が「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合」、無効となる。 勤務中の私的メールを理由に解雇できるかについては、類似する事案における過去の裁判例から考えるのがよい。判断のポイントを説明しよう。 (1) 私的メールの期間が短い場合や頻度・回数が少ない場合、解雇は無効 まず、私的メールの期間が短い場合や頻度・回数が少ない場合、仕事に支障を生じさせる程度のものではないことを理由に解雇無効と判断される。 例えば、約13ヶ月間、32通の私的メールを送信したことを理由に解雇した事案で、裁判所は、職務に支障を生じさせる程度のものではないとして、解雇無効と判断している(東京地判平成19年9月18日)。平均して、月2通から3通程度では、解雇することはできないという結論自体は、納得いただける方も多いだろう。 では、1ヶ月2通ではなく、1日2通ではどうか。 この点については、20日間で39通、1日当たり2通程度の私的メールを送受信した事案で、裁判所は、私的メールによって職務遂行に支障を来したとはいえないと判断して、私的メールの送受信を理由とした解雇を無効と判断している(東京地判平成15年9月22日)。この事案では、取引先に「アホバカCEO」と上司を誹謗するメールを送っているが、それでも裁判所は解雇無効と判断している。期間も20日間と短いので、仮に何らかの処分をするとしても、いきなり解雇するのではなく、解雇以外の懲戒処分を選択すべきであったということになるのだろう。 (2) 私的メールの回数が多い場合でも裁判所の判断は分かれている では私的メールの回数が多い場合は、解雇有効と判断されるかどうかだが、そこまで単純に割り切れる話ではない。ポイントになるのは、メールの相手方と内容である。 まず解雇有効と判断した裁判例から確認したい。 他方、メールの回数は多くても、解雇無効と判断した裁判例もある。   4 実務上の指針 上述したとおり、私的メールの期間が短い場合や頻度・回数が少ない場合、解雇しても無効と判断されると考えてよい。メールの内容に多少問題があっても、回数が少なければ、同様に解雇無効と判断されるだろう。 回数が多い場合でも、相手方と内容によっては、解雇無効と判断されてしまう可能性もある。 このように勤務中の私的メールを理由とした解雇は、それほど簡単に認められるわけではない。ただし、解雇が無効と判断される可能性が高いということは、そのまま放置して、何も処分しなくていいということを意味しない。 メールの回数が少なくても内容に問題があるケース、メールの回数が少ないとまでいえないが解雇するに至らないケースについては、事案に応じて、解雇以外の懲戒処分(戒告、減給、出勤停止、降格)を検討すべきといえる。他の処分とのバランスも考慮する必要があるが、まずは1番軽い懲戒処分として戒告を検討すべきケースが多い。 解雇無効と判断した裁判例の中には、これまで社内で私的メールが問題視されていなかったことを指摘するものもある。仮に懲戒処分をしない場合、上司からメールや書面等で、勤務中に私的メールをしないよう個別に注意することをお勧めしたい。 私的メールが事実上黙認されている職場の場合、全体にアナウンスし、禁止を周知徹底することも必要である。   (了)

#No. 530(掲載号)
#池内 康裕
2023/08/03

空き家をめぐる法律問題 【事例52】「区分所有建物における共同利益違反行為とその解消策」

空き家をめぐる法律問題 【事例52】 「区分所有建物における共同利益違反行為とその解消策」   弁護士 羽柴 研吾   - 事 例 - 区分所有建物であるマンションの1室は空き家となっており、ベランダや居室内にごみがあふれ苦情が出ています。また、敷地内の駐車場には、使用細則に反して当該空き家の区分所有者のものと思われる車検切れの自動車が放置されています。 管理組合から空き家の区分所有者に対して改善を申し入れましたが、応じてもらえません。そこで、管理組合では、法的手続を講じるとともに、使用細則に駐車場の不正使用を理由に違約金を発生させる条項を定めることも検討しています。この場合、どのような点に留意して対応すればよいでしょうか。   1 はじめに 一部の区分所有者が区分所有建物を区分所有者の共同の利益に反して使用すると、様々な不都合や実害が生じるため、管理組合としては適切かつ迅速に対応する必要がある。本事例では、ごみや自動車が放置されているような事案の対応策を検討することにしたい。なお、建物の区分所有等に関する法律を「区分所有法」として表記する。   2 共同利益違反行為に対する法的措置 区分所有者は、建物の保存に有害な行為その他建物の管理又は使用に関し区分所有者の共同の利益に反する行為(以下「共同利益違反行為」という)をしてはならない義務を負う(区分所有法第6条第1項)。この「建物の管理又は使用に関し」は広く解釈されており、建物そのものの管理又は使用に関する事項だけでなく、敷地や付属施設の管理又は使用に関する事項も含まれる。 共同利益違反行為に当たるかどうかは、当該行為の必要性の程度、これによって他の区分所有者が被る不利益の態様、程度等の諸事情を比較衡量して判断するものとされている(東京高判昭和53年2月27日・下民集31-5~8-658)。例えば、専有部分や共用部分に大量のごみが放置され、異臭やゴキブリの発生等の具体的被害が発生しているような場合や、規約等に反して敷地の一部の駐車場に車検切れの自動車を長期間放置しているような場合には、共同利益違反行為に当たりうる。 共同利益違反行為に当たる場合やそのおそれがある場合、管理組合は、区分所有法第57条に基づいて、当該違反をしている区分所有者に対して、裁判外又は裁判によって行為の停止、行為の結果の除去、予防措置を請求することができる。また、共同利益違反行為による共同生活上の障害が著しく、同条による請求によっては共同生活の維持が困難である場合には、同法第58条に基づく専有部分の使用禁止裁判の請求や、これらによる方法では共同生活維持が困難である場合には同法第59条に基づく競売請求も講じうる。なお、規約において、共同利益違反行為以外の事項であっても規約に定める措置を講じる権限を付与していることもあるため(マンション標準管理規約(単棟型)(以下「標準管理規約」という)第67条)、事前に区分所有建物の規約を確認しておくべきであろう。   3 違約金条項の追加と「特別の影響」の有無 区分所有建物の駐車場の利用関係には様々な形態があるところ(標準管理規約第15条)、駐車場の利用方法等は、「建物又はその敷地(略)の管理又は使用に関する区分所有者相互間の事項」(区分所有法第30条第1項)であるから規約事項に当たると考えられる。駐車場の利用が適正に行われないと、区分所有者間の公平を害し、管理組合の管理責任が生じるおそれもある(マンションの戸数に対して駐車場の数が足りない場合に特に顕在化する)。そこで、規約や使用細則に、違約金条項(1日当たり◯◯円等)を追加して違反状態の解消を促すことが考えられる。 問題は、特定の違反者への適用を念頭に、違約金条項を追加するため規約や使用細則を変更することが区分所有法第31条第1項後段に規定する「一部の区分所有者の権利に特別の影響を及ぼすべきとき」に当たり、当該区分所有者の同意を要するかである。 まず、違約金条項は、区分所有者全員に等しく適用されるものであるから、「一部の区分所有者の権利」に関する規約の変更ではないとも考えられる。しかし、区分所有法第31条第1項後段の趣旨は、多数者による決定から少数者の利益を保護する点にあることからすれば、特定の区分所有者への適用を念頭に違約金条項を導入しようとする場合も、「一部の区分所有者の権利」に関する規約の変更に当たると解するべきである(東京地判平成30年3月13日・判タ1467号225頁)。 次に、「特別の影響を及ぼすべきとき」に当たるかどうかは、規約の変更等の必要性及び合理性とこれによって一部の区分所有者が受ける不利益とを比較衡量し、当該区分所有関係の実態に照らして、その不利益が区分所有者の受忍すべき限度を超えると認められるかどうかによって判断される(最判平成10年10月30日・民集52巻7号1604頁)。管理組合にとって、違約金条項は、規約等違反の状態を是正して区分所有者相互間の公平な駐車場の利用を実現するために必要なものであり、合理的なものと考えられる。一部の区分所有者が被る不利益は個別に判断せざるを得ないが、前掲・平成30年東京地判は、管理組合が催告した日の翌日から違約金が発生するものであり、違反者に予見可能性が担保されていることを理由に合理性を認定し、1日当たり5,000円とする違約金条項を2,500円の限度で有効と評価した上で、特別の影響がない旨結論付けており、同種の事案の参考になりうる。   4 本件について ごみや自動車の放置が共同利益違反行為に当たる場合、管理組合は区分所有者が管理組合からの請求に応じないことを踏まえ、当該区分所有者に対して、区分所有法第57条第1項に基づいて、ごみの撤去及び放置自動車の移動を求める裁判を提起することが相当である。なお、規約により理事長等に共同利益違反行為に至らない程度の行為に対する法的措置の権限を付与していることもあるので、これも検討するべきである。 放置自動車に対する違約金条項を規約等に設ける場合、違約金を自動車の放置の始期にさかのぼって発生させると高額になる可能性があるため、違反者の同意が必要となる可能性もある。適切な違約金の単価設定は個別判断にならざるを得ないが、違約金の発生時期を管理組合が催告した日の翌日とするなど、自動車を放置し続ければ違約金が発生する予見可能性を違反者に与えるような内容にすることなどに留意するべきであろう。 (了)

#No. 530(掲載号)
#羽柴 研吾
2023/08/03

〈小説〉『所得課税第三部門にて。』 【第71話】「副業(ギグワーカー)の所得区分」

〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第71話】 「副業(ギグワーカー)の所得区分」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一   「・・・君は・・・まだ、マスクをしているのか?」 中尾統括官は、マスクをしている浅田調査官の顔を見て言う。 「ええ、もう3年もマスクを付けていると・・・何となく外すのが恥ずかしいような気がして・・・」 浅田調査官は、マスクの下で、照れ笑いをしている。 「・・・マスクを付けることに慣れたせいか、マスクは、顔の一部のようになったと・・・女子職員も言っていました・・・」 浅田調査官は、付け加える。 「そうか」 中尾統括官は、憮然と答える。 「ところで・・・中尾統括官・・・ギグワーカーって・・・知ってますか?」 「ギグワーカー?」 突然の質問に、中尾統括官は真剣な顔になる。 「・・・インターネットを通じて・・・仕事を受注し・・・自分の好きな時間に働くという・・・最近話題になっている職業だな・・・」 中尾統括官は、以前、新聞で読んだ記事を思い出しながら言う。 「そうです・・・単発の仕事を請け負う人のことなんですが・・・社会のデジタル化が進むにつれて、会社員が副業で行うケースが増えているらしいのです・・・」 「最近では、上場企業なども社員の副業を認めているケースが多いからな・・・もっとも、税務職員の副業は禁止されている」 中尾統括官は、苦笑する。 「この副業については、申告漏れが多いという報道があります」 浅田調査官の言葉に、中尾統括官は大きく頷く。 「そうだなあ・・・会社員の副業をすべて把握することは難しいかもしれない・・・獲得する金額が少額のケースも多いと思われるし・・・」 中尾統括官は、諦め顔である。 「・・・そして、この副業について、事業所得とするか、雑所得とするかは・・・社会通念上事業と称するに至る程度で行っているかどうかで判定する・・・と所得税基本通達35-2(業務に係る雑所得の例示)の(注)で述べられています・・・」 そう言うと、浅田調査官は、同通達の(注)を読み上げる。 「これって・・・帳簿書類の保存の有無によって、所得を事業所得と雑所得に分けているのですが・・・この基準でよいのでしょうか?」 浅田調査官は、首を傾げる。 「・・・帳簿書類の保存の有無については・・・次のように解説されている」 そう言うと、今度は、中尾統括官が、通達の解説文を読み上げる。 「・・・しかし、これだと・・・事業所得とする理由にはならないと思うのですが・・・」 浅田調査官は、解説文を見ながら、呟く。 中尾統括官は、机の上で、おもむろに図を描く。 「・・・ただ、帳簿書類の保存がなくても、収入金額が300万円を超え、事業所得と認められる事実がある場合には、事業所得に該当し、逆に、帳簿書類の保存があっても、収入金額が僅少な場合やその所得を得る活動に営利性が認められないときには、雑所得に該当するとなっています・・・」 浅田調査官は、上記の図の下に、新たな図を付け加える。 「本通達の(注)の前段では、事業所得と認められるかどうかは、その所得を得るための活動を、社会通念上事業と称するに至る程度で行っているかどうかで判定するという取扱いを明らかにしています・・・そして、具体的に、東京地裁昭和48年7月18日判決では社会通念について、次のように述べています」 浅田調査官は、東京地裁の判示を読み上げる。 「・・・令和2年度の税制改正で、業務に係る雑所得について、前々年の収入金額が300万円を超える場合には、取引に関する書類の保存を義務付ける改正が行われており、本通達の収入金額300万円については、この改正において、収入金額300万円以下の小規模な業務を行う納税者について、取引に関する書類の保存を求めないこととされたことを踏まえたものだ」 中尾統括官は、机の上に置かれている税務六法から、所得税法232条2項を探し出し、令和2年度の税制改正を説明する。 (つづく)

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