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ハラスメント発覚から紛争解決までの企業対応 【第41回】「トランスジェンダーのトイレ使用に関する最高裁判決(令5.7.11)の概要とポイント」

ハラスメント発覚から紛争解決までの 企 業 対 応 【第41回】 「トランスジェンダーのトイレ使用に関する最高裁判決(令5.7.11)の 概要とポイント」   弁護士 柳田 忍   【Question】 今年の7月にトランスジェンダーのトイレ使用に関する最高裁判所の判決が出たと聞きましたが、概要とポイントを教えてください。 【Answer】 最高裁判決(令5.7.11)は、性的少数者が自認する性別に即して社会生活を送ることは重要な利益であるとの考えのもと、単なる抽象的・感覚的な性的不安や羞恥心を根拠にこれを制約することは妥当ではないと示したものであるといえます。本件最高裁判決は、性的少数者の法的な利益の位置づけ等についての理解を深め、ひいては性的少数者に対するハラスメントを予防するうえで、非常に有益なものであると考えます。 ● ● ● 解 説 ● ● ●   1 はじめに 2023年7月11日、最高裁判所が、トランスジェンダーである経済産業省職員に対する女性トイレの使用制限を違法とする判断を示した(以下「本件最高裁判決」という)。 2023年6月23日に「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律」(LGBT理解増進法)が施行され、翌月24日にアウティング(本人の同意なく性的指向などを第三者に公表すること)により精神疾患を発症したとして労災認定がなされたケースが公表されるなど、近時、性的少数者の権利保護の促進を示すような出来事が立て続けに起きているが、その一方で、性的少数者に対するハラスメントは後を絶たない。 性的少数者に対するハラスメントの背景には、性的少数者の法的な利益の位置づけ等についての理解が不足していることがあると思われるところ、本件最高裁判決は、この点に関して理解を深めるのに有益であることから、以下、本件最高裁判決について概観する。   2 本件最高裁判決の概要 本件最高裁判決において最高裁判所が認定した事案の概要及び判決の概要は以下のとおりである。 (1) 事案の概要 本事案の背景として、以下の事実が認められる。 関連する時系列は以下のとおりである。 (2) 判決の概要   3 本件最高裁判決の分析 本件において問題とされたのは、本件処遇においてなされた、Xに女性トイレの使用を許可することによるXの利益と女性トイレの利用者の不利益の調整が妥当であるか否かである。 (1) Xの利益 本件最高裁判決の法廷意見(※1)中においては明言されていないが、裁判官の補足意見(※2)において、「自認する性別に即して社会生活を送ることは、誰にとっても重要な利益」(長嶺裁判官補足意見)、「個人がその真に自認する性別に即した社会生活を送ることができることは重要な法益」、「人として生きていく上で不可欠ともいうべき重要な法益」(渡邉裁判官及び林裁判官の補足意見)などと示されていることから、本件最高裁判決においてもこれを法的に重要な利益であることを前提としているものと思われる。 (※1) 多数意見であり、判決の結論となる意見のこと。なお、本件最高裁判決の法廷意見は裁判官全員一致の意見である。 (※2) 法廷意見に賛成する立場から、法廷意見に補足・追加をするもの。 (2) 女性トイレの利用者の不利益 女性トイレの利用者の不利益としては、主に、①女性トイレの利用者に対する性暴力や盗撮等のおそれや、②男性器等を目撃してしまったり女性器等を見られてしまったりするのではないかという性的な不安や羞恥心等が考えられる。 しかし、Xが医師から性衝動に基づく性暴力の可能性が低いとの診断を受けていたこと、当該女性トイレに個室が完備されていたことなどに照らすと、本件においては、①性暴力や盗撮等の被害が発生する可能性は低いと思われる(Xが本件執務階とその上下の階以外の女性トイレの使用を認められていたことに照らすと、経済産業省も①の可能性は低いと考えていたと思われる)。 また、②性的な不安や羞恥心等については、主に女性トイレの利用者が女性トイレを利用する性的少数者の生物学的な性別が男性であることを知っている場合に認められる不利益であって、本件においても、Xが戸籍上は男性であることを知っている職員(Xと同じ部署の職員)の性的な違和感・羞恥心が配慮の対象となっているようである。しかし、Xが本件執務階の女性トイレを使用することについて、担当職員から見て数名の女性職員が違和感を抱いているように見えたにとどまり、明確に異を唱える職員がいたことはうかがわれないとのことであって、単なる担当職員の推測以上のものは見受けられない。 以上を踏まえると、Xの利益が「人として生きていく上で不可欠ともいうべき重要な法益」であるとすると、「Xの生物学的性別は男性なのだから、女性職員はXが女性用トイレを使用することを嫌がるであろう。」といった単なる推測によって制約を受けるべきでないことは当然であるため、本件最高裁判決の結論は妥当であると言える。   4 まとめ 性的少数者の要望(本件のように、生物学的性別と異なる性別用トイレ等の使用の要望や、生物学的性別と異なる性別の服装で勤務したいといった要望等)が他の労働者や顧客・取引先等の感覚や価値観等に抵触するといった事態は少なからず見られるものである。そのような場合、使用者を含む性的少数者以外の者においては、「そのような要望は『異常』であり、周りが不快に思うのは当然であるから、『異常』な者が制約を受けるのは当然である」といった認識を持っていることが多く、このような認識がハラスメントに繋がっているようにも思われる。 かかる状況において、本件最高裁判決は、「自認する性別に即して社会生活を送ることは、誰にとっても重要な利益」であって、性的少数者が自認する性別に即して社会生活を送りたいと望むことは何ら「異常」なことではないと示したものであり、性的少数者の法的利益に関する理解を深め、もって性的少数者に対するハラスメント予防に資する重要な判決であると考える。 (了)

#No. 531(掲載号)
#柳田 忍
2023/08/17

《速報解説》 国税庁、取引相場のない株式等の評価明細書の記載方法に係る通達改正案を公表~計算結果が0円となる場合の端数処理に注意~

《速報解説》 国税庁、取引相場のない株式等の評価明細書の 記載方法に係る通達改正案を公表 ~計算結果が0円となる場合の端数処理に注意~   税理士 柴田 健次   令和5年8月1日、「相続税及び贈与税における取引相場のない株式等の評価明細書の様式及び記載方法等について」の一部改正(案)が公表され、意見公募(パブリックコメント)が開始されました。受付締切は、8月31日までとなります。   1 改正案の概要 取引相場のない株式(出資)の評価明細書の記載方法等について、表示単位未満の金額に係る端数処理の取扱いが改正されます。例えば、類似業種比準価額の計算における1株当たりの資本金等の額が0円となる場合には、現状においては類似業種比準価額が0円となり、株式価額が適切に反映されないため、端数処理の見直しが行われることになりました。   2 改正の時期 令和6年1月1日以後に相続、遺贈又は贈与により取得した財産の評価に適用されます。   3 改正前の端数処理で計算した場合 例えば、下記の前提事項及び第4表、第5表の記載がある場合において、乙の相続により丙が株式を相続した場合には、第3表において原則的評価方式による価額が0円、配当還元方式による価額も0円となり、株式の価額が0円となるため、丙が取得した株式評価は0円となります。 ◆前提事項 〔第4表〕 〔第5表〕 〔第3表(一部抜粋)〕   4 改正案の内容 (1) 計算結果により0円となった場合に分数又は課税時期における発行済株式数の桁数で端数を処理 第5表における1株当たりの純資産価額や1株当たりの純資産価額の80%相当額の算定、第3表における中会社又は小会社の1株当たりの価額の算定等において、計算結果により0円となった場合には、分数表示をするか、評価会社の課税時期における発行済株式数(第1表の1①)の桁数に1を加えた数に相当する数の位以下の端数を切り捨てたものを記載します。 第5表の⑪欄、⑫欄の金額及び第3表の⑥欄の金額については、下記のいずれかで記載をすることになります。なお、分数表示に決まりはありませんので、約数で表示しても問題はありません。 (※1) 課税時期の発行済株式数は35,000,000株であるため、9桁(8桁+1桁)以下の端数を切り捨て (※2) 分数表示 28,150,000/35,000,000 × 8/10 = 225,200,000/350,000,000 小数点表示 0.80428571 × 8/10 = 0.64342856 (※3) 分数表示 426/1,750(第4表の㉖下記(2)参照)× 0.5 + 225,200,000/350,000,000 × 0.5 = 426/3,500 + 225,200,000/700,000,000 = 310,400,000/700,000,000 小数点表示 0.24342856(第4表の㉖下記(2)参照)× 0.5 + 0.64342856 × 0.5 = 0.44342856 (2) 計算結果により0円となった場合に分数又は直前期末における発行済株式数の桁数で端数を処理 第4表における類似業種比準価額の計算をする場合における1株当たりの資本金等の額の算定や1株当たりの比準価額の算定、第3表における配当還元価額の計算をする場合における1株当たりの資本金等の額の算定や配当還元価額の算定等において、計算結果により0円となった場合には、分数表示をするか、評価会社の直前期末における発行済株式数(第4表の②)の桁数に1を加えた数に相当する数の位以下の端数を切り捨てたものを記載します。 第4表の④欄、第4表の㉖欄の金額、第3表の⑬欄の金額及び第3表の⑲欄の金額については、下記のいずれかで記載をすることになります。なお、分数表示に決まりはありませんので、約数で表示しても問題はありません。 (※1) 直前期末の発行済株式数は35,000,000株であるため、9桁(8桁+1桁)以下の端数を切り捨て (※2) 分数表示 14.2 × 30,000,000/35,000,000 × 1/50 = 426,000,000/1,750,000,000 = 426/1,750 小数点表示 14.2 × 0.85714285/50 = 0.24342856 (※3) 分数表示 2.5/0.1 × 30,000,000/35,000,000 × 1/50 = 750,000,000/1,750,000,000 = 75/175 小数点表示 2.5/0.1 × 0.85714285/50 = 0.42857142 上記により原則的評価方式による価額は310,400,000/700,000,000(0.44342856)円(第3表の⑥)となり、配当還元価額方式による価額は75/175(0.42857142)円となり、丙が取得した株式の評価金額は、2,142,857円(5,000,000株 × 75/175(0.42857142)円)となります。   5 別表ごとの改正案の端数処理 今回の改正案で端数処理に影響がある部分を評価明細書ごとに表示すると、下記の通りとなります。課税時期における発行済株式数と直前期末における発行済株式数で、使い分けがされていますので、課税時期と直前期末において発行済株式数が異なる時には注意が必要となります。 〔第3表〕 〔第4表〕 〔第5表〕 〔第6表〕 〔第7表〕 〔第8表〕 (了)

#柴田 健次
2023/08/14

《速報解説》 「インボイス制度において事業者が注意すべき事例集」を国税庁が公表~登録日前の登録とりやめに関し取下手続等を明示~

《速報解説》 「インボイス制度において事業者が注意すべき事例集」を国税庁が公表 ~登録日前の登録とりやめに関し取下手続等を明示~   税理士 石川 幸恵   国税庁は、令和5年7月31日、ホームページにて「インボイス制度において事業者が注意すべき事例集」を公表した。 国税庁は、インボイスコールセンターに寄せられたインボイス制度に関する質問などのうち、問合せの多い事項について「お問合せの多いご質問」として集約し、随時更新している。この事例集は、その「お問合せの多いご質問」の参考として掲載されている。   ◆注目すべき点は登録手続等の期限 事例集の内容は主に登録手続、取消手続、登録の取下げ、2割特例関係である。経過措置により通常の届出と期限が異なるもの、郵送の場合の通信日付印の取扱い、日数の数え方など、効力発生時期に影響のある点について情報提供されている。それぞれの注意すべき点をまとめる。 (1) 登録手続 免税事業者が登録を受ける場合の経過措置(28年改正法附則44④)のある令和5年10月1日~令和11年9月30日までの日の属する課税期間と経過措置終了後の手続きの違いを次のように比較している。 ※国税庁「インボイス制度において事業者が注意すべき事例集」2、4頁を基に筆者作成 15日の数え方については下記の取消しのケースも含めて詳しく図解されているので、事例集を参照されたい。 (2) 取消手続 取消手続については「適格請求書発行事業者の登録の取消しを求める旨の届出書」(以下「取消届出書」)の提出期限について注意喚起を行っている。翌課税期間の初日から登録を取り消そうとするときは、「取消届出書」を翌課税期間の初日から起算して15日前の日までに提出する必要があり、同日の翌日以後の提出の場合、翌々課税期間の初日からの取消しとなる。 郵便等による場合は通信日付印により表示された日に提出されたものとみなされる。期限が土日祝日の場合、その翌日に期限が延長されないことは特に注意が必要である。 登録日から2年経過日の属する課税期間の末日までは納税義務があることも気をつけられたい(令和5年10月1日を含む課税期間に登録した事業者を除く)。 (3) 取下げ 「取下げ」の手続きについては、インボイスQ&Aで触れられておらず、今回の資料で初めて明示された。 インボイス制度開始前に適格請求書発行事業者の登録を取り下げたい場合の手続きは取消届出書ではなく「取下書」を制度開始の前日(9月30日(土))までに提出する。ただし、「取下書」を郵送で提出する場合は9月29日(金)必着であることが明記されており、登録取消届出書の提出と異なるので注意されたい。 インボイス制度開始後、登録申請書を提出してから登録日までに登録を取り下げたい場合も同様に「取下書」対応となる。 なお、登録日以降の取下げは不可である。 (4) 2割特例 2割特例は、適格請求書発行事業者の登録により課税事業者となった免税事業者の負担軽減を図るための経過措置であるが、インボイス制度開始日の属する課税期間において課税事業者であったとしても、その後の課税期間に係る基準期間における課税売上高が1,000万円以下の課税期間については、原則として2割特例の適用を受けることができること、申告後に2割特例の適用を受けられたことに気付いても、更正の請求ができないことが明記されている。   (了) ↓お勧め連載記事↓

#石川 幸恵
2023/08/08

《速報解説》 会計士協会、J-SOXの改訂等に対応した「財務報告に係る内部統制の監査」の改正を確定~コメントを受けて公開草案時の規定から一部修正も~

《速報解説》 会計士協会、J-SOXの改訂等に対応した「財務報告に係る内部統制の監査」の改正を確定 ~コメントを受けて公開草案時の規定から一部修正も~   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 2023年7月28日付けで(ホームページ掲載日は2023年8月4日)、日本公認会計士協会は、「「財務報告内部統制監査基準報告書第1号「財務報告に係る内部統制の監査」の改正」及び「公開草案に対するコメントの概要及び対応」」を公表した。これにより、2023年4月21日から意見募集されていた公開草案が確定することになる。コメントを受けて、公開草案から修正した規定もある。 これは、「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準の改訂について(意見書)」(2023年4月7日、企業会計審議会)及び監査基準報告書600「グループ監査における特別な考慮事項」(2023年1月12日付けの改正)を受けたものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。   Ⅱ 内部統制の基本的枠組み 1 「財務報告の信頼性」から「報告の信頼性」 意見書は、サステナビリティ等の非財務情報に係る開示の進展やCOSO報告書の改訂を踏まえ、内部統制の目的の1つである「財務報告の信頼性」を「報告の信頼性」としている。 内基報第1号では、内部統制報告制度の目的は、あくまで「財務報告の信頼性」であるという前提に基づいているため、特段の対応をしていない。 2 内部統制の基本的要素 内基報第1号では、次の対応を行っている(37項、181項)。 3 経営者による内部統制の無効化 内基報第1号では、次の対応を行っている(126-2項)。 4 内部統制に関係を有する者の役割と責任 内基報第1号では、特段の対応をしていない。 5 内部統制とガバナンス及び全組織的なリスク管理 意見書では、3線モデル等が例示されているが、内基報第1号では、特段の対応をしていない。   Ⅲ 財務報告に係る内部統制の評価及び報告 1 経営者による内部統制の評価範囲の決定 意見書では、「売上高等のおおむね3分の2」や「売上、売掛金及び棚卸資産の3勘定」について機械的に適用しないことや、評価範囲に関する監査人との協議が監査人の指導的機能の一環として行われることが記載されている。 内基報第1号では、次の対応を行っている(66項の修正、74項の削除、75-3項の追加など)。 2 ITを利用した内部統制の評価 内基報第1号では、次の対応を行っている(143-2項、165項など)。 3 財務報告に係る内部統制の報告 内基報第1号では、内部統制の報告に関する改正を行っている(257項、281項)。   Ⅳ 財務報告に係る内部統制の監査 内基報第1号では、次の対応を行っている(56項、75項、76項)。   Ⅴ 適用時期等 2024年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度における内部統制監査から適用する。 (了)

#阿部 光成
2023/08/08

《速報解説》 会計士協会が「監査報告書の文例」及び「監査報告書に係るQ&A(実務ガイダンス)」の改正を公表~その他の報告責任区分における報酬関連情報の記載例を追加~

《速報解説》 会計士協会が「監査報告書の文例」及び「監査報告書に係るQ&A(実務ガイダンス)」の改正を公表 ~その他の報告責任区分における報酬関連情報の記載例を追加~   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 2023年7月28日付けで(ホームページ掲載日は2023年8月2日)日本公認会計士協会は、「監査基準報告書700 実務指針第1号「監査報告書の文例」及び監査基準報告書700 実務ガイダンス第1号「監査報告書に係るQ&A(実務ガイダンス)」の改正並びに「公開草案に対するコメントの概要及び対応」」を公表した。 これにより、2023年4月18日から意見募集されていた公開草案が確定することになる。 これは、2022年10月の「財務諸表に対する意見の形成と監査報告」(監査基準報告書700)の改正を受けて、所要の改正を行うものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。   Ⅱ 主な内容 1 監査報告書の文例の改正 改正倫理規則(2022年7月25日変更)において、監査業務の依頼人が社会的影響度の高い事業体(Public Interest Entity:PIE)である場合、報酬関連情報(監査報酬、非監査報酬及び報酬依存度)の開示が要求事項として新設されたことに対応し、その他の報告責任区分における報酬関連情報の記載例を追加する。 倫理規則の規定(セクション410)では、監査報告書において報酬関連情報(監査報酬及び監査以外の業務の報酬並びに報酬依存度)の開示を行うことが示されている。 「監査報告書の文例」では、その他の報告責任(監基報700第39項)として、監査報告書において報酬関連情報を記載する場合、「報酬関連情報」という見出しを付した区分を「利害関係」の直前に設けて記載することとしている(26-2項)。 「財務諸表等の監査証明に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」(令和5年3月27日、内閣府令第21号)は、金融商品取引法に基づく監査の監査報告書における報酬関連情報の開示について規定している。 2 監査報告書に係るQ&Aの改正 監査報告書において報酬関連情報の開示を行う場合の具体的な留意事項の解説として、Q1-10「監査報告書における報酬関連情報開示の適用範囲」及びQ1-11「監査報告書における報酬関連情報開示の省略等」を新設している。 フロー図によるパターンの整理がなされている。   Ⅲ 適用時期等 改正後の実務指針は、2023年4月1日以後開始する事業年度に係る財務諸表の監査から適用する。 ただし、改正後の実務指針を、倫理規則(2022年7月25日変更)と併せて2023年4月1日以後終了する事業年度に係る財務諸表の監査から早期適用することを妨げない。 (了)

#阿部 光成
2023/08/04

プロフェッションジャーナル No.530が公開されました!~今週のお薦め記事~

2023年8月3日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル  No.530を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。

#Profession Journal 編集部
2023/08/03

monthly TAX views -No.126-「政府税制調査会中期答申と税制改正」

monthly TAX views -No.126- 「政府税制調査会中期答申と税制改正」   東京財団政策研究所研究主幹 森信 茂樹   政府税制調査会は6月30日、「わが国税制の現状と課題-令和時代の構造変化と税制のあり方-」と題する中期答申を公表した。これまでの税制改正の経緯や今後の進む方向を述べた261ページの労作である。 これに対する新聞各紙の反応(社説)は、「政府税調まで消費税議論から逃げるのか」(日経新聞)、「弱まる『警鐘』の役割」(朝日新聞)、「政府税調の答申 負担先送りは看板倒れだ」(毎日新聞)、「政府税調の答申 議論を喚起し改革を促せ」(産経新聞)などとその発信力を批判する内容となっている。 消費税などのあるべき姿を、総理の諮問機関である政府税制調査会の答申に具体的に書き込むには、官邸や党の了解が必要であり、今はその時期ではない(逆効果になる)と判断したのだろう。 一方驚くべきことに、SNSの世界では、中期答申の記述が、「現在非課税となっている通勤手当などに課税するサラリーマン増税を行おうとしている」「サラリーマンの退職金課税を強化しようとしている」との言説が広がり、総理や官房長官が否定する事態が生じた。 答申は、通勤手当などの例を挙げ、「これらの非課税所得等については、それぞれ制度の設けられた趣旨がありますが、本来、所得は漏れなく、包括的に捉えられるべきであることを踏まえ、経済社会の構造変化の中で非課税等とされる意義が薄れてきていると見られるものがある場合には、そのあり方について検討を加えることが必要です。」と政府税調として当たり前といえる見解を述べたものだ。ちなみに、2000年の中期答申とほぼ同文である。 また退職金課税の見直しについては、「骨太の方針2023」に、「退職所得課税制度の見直しを行う」と明記されており、答申の記述は目新しいものではない。 このような反応を見ると、筆者としては、日頃から財務省に遺恨を持つ者(OBを含む)が意図的にSNSを通じ「財務省がサラリーマン増税を考えている」と発信しているのではと疑いたくもなるが、いずれにせよ冷静な議論に水を差す悪意に満ちたやり方だ。総理や官房長官のサラリーマン増税否定発言が、年末の税制改正議論まで縛ることになれば、彼らの思うつぼになる。SNSの世界が偏見や悪意に満ちているかを改めて認識した。 筆者が答申を読んで、来年度改正に向けて議論すべきと考えたのは金融(資産)所得税制のあり方で、また、大きな議論になると予想されるのは法人税のイノベーションボックス税制である。以下、順に述べてみたい。 *  *  * 昨年問題となった「一億円の壁」の問題だが、答申は以下のように記述している。 その上で、「令和5年度税制改正においては、NISA制度の抜本的拡充や保有する株式を売却してスタートアップへ再投資する場合の優遇税制とあわせ、『一億円の壁』と指摘される状況に対し、『極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置』が導入され、税負担の公平性の確保が一定程度図られました。」としている。 一方、「今後とも、税務データを有効に活用し、令和5年度税制改正において講じられた各種措置の影響も含め、総合課税分と分離課税分を統合した形で所得税負担率の分布状況を分析していくことが求められます。」と記述している。 この点、税務データの活用には大きな進展があった。国税当局は、わが国の納税者の所得分布などの研究に資することから、匿名化した申告データの活用を認め、早速その成果として、中央大学法学部の國枝繁樹教授及び財務省財務総合政策研究所主任研究官の米田泰隆氏が「日本の所得税制に関する税務データに基づく分析の意義」(税務大学校ディスカッションペーパー)を公表した。 それによると、「我が国の2020年の高額所得者の所得分布のパレート係数の推計値は、過去の水準よりも大幅に低い1.45程度となっているが、これは、超高額所得者への所得集中が、資本所得を中心に進んだことを示している。」とされている。 令和5年度改正の超富裕層への課税強化の対象は300人といわれており、極めて限定的なものだ。前述の研究成果などを活用して、所得格差是正に向けさらなる検討・改正が行われることを期待したい。 *  *  * 次に、「イノベーションボックス税制」である。この税制は、わが国の研究開発拠点としての立地競争力の強化やイノベーションの促進を目的に、特許等の知的財産から生じる所得に優遇税率を適用するものである。 この税制については、2015年のBEPS(税源浸食と利益移転)最終報告書で、有害税制部分を除外した「実質的な活動基準」(国内で自らが行う研究開発)が合意されたことから、欧州諸国だけでなく、シンガポールやオーストラリアなどのアジア諸国でも検討や導入が進められている。また米国には、内国法人が米国以外の国で獲得した一定の所得について所得控除を認めるFDII(Foreign Derived Intangible Income)というよく似た税制が導入されている。 来年度税制改正では、この税制のわが国への導入が議論となると思われるが、答申は、このような租税特別措置に厳しい目を向けている。 「法人税の租税特別措置は・・・租税の公平原則や中立原則の大きな例外となっています。例えば、減収額が最大である研究開発税制は、その恩恵を享受するのは全納税法人約109万社のうち1万社程度であり、業種別では適用額の80%が製造業・・・に集中し、サービス産業の適用は少なくなっています。」と記述し、「EBPM(※)による適切なデータを用いた効果検証を踏まえ、制度のあり方を不断に見直す必要があります。」と強い調子で租税特別措置の見直しを訴えている。 (※) EBPM・・・Evidence-based Policy Making;証拠に基づく政策立案 知財開発の「インプット」である研究開発投資に対して、上述のように手厚い優遇税制が張り巡らされ、6,500億円(令和3年度)の減収額となっている。 その上、研究開発の成功した「アウトプット」である所得にも優遇税制をということになれば、税制優遇が過剰になる可能性がある。知財の経済に与える重要性には異存はないが、双方の役割分担を整理してEBPMを用いた議論をする必要がある。 年末の決着に向けた議論が秋口から始まる。 (了)

#No. 530(掲載号)
#森信 茂樹
2023/08/03

マンション評価に関する通達案の概要と論点整理~明らかとなった6割水準評価等への理論・実務的な検証~

マンション評価に関する通達案の概要と論点整理 ~明らかとなった6割水準評価等への理論・実務的な検証~   拓殖大学商学部教授 税理士 安部 和彦   1 はじめに 去る7月21日に国税庁から「居住用の区分所有財産の評価について」に係る法令解釈通達の案が公表され、意見公募手続(パブリックコメント)が実施されることとなった(締切は8月20日)。 当該通達案は、昨年4月の最高裁判決(最高裁令和4年4月19日判決・民集76巻4号411頁(TAINSコード:Z888-2406)(※1))を受けて、昨年末の与党税制改正大綱で「相続税におけるマンションの評価方法については、相続税法の時価主義の下、市場価格との乖離の実態を踏まえ、適正化を検討する。」(※2)という旨が指摘されており、これに呼応する形で国税庁が、主として納税者の予見可能性を確保する観点(※3)から、「マンションに係る財産評価基本通達に関する有識者会議」を本年1月から3回にわたって開催し検討した成果である。 (※1) 判例評釈として、例えば、拙稿「〈判例評釈〉相続マンション訴訟最高裁判決-相続税の節税目的で取得したマンションに対する評基通6項適用の可否が問われた事例【前編】・【後編】」Profession Journal No.472、473等参照。 (※2) 自由民主党・公明党「令和5年度 税制改正大綱」(令和4年12月16日)21頁。 (※3) 国税庁「第1回 マンションに係る財産評価基本通達に関する有識者会議」(令和5年1月30日)別添2資料1頁参照。 本稿では、当該通達案の内容を紹介するとともに、現在考えられる論点や疑問点を理論・実務の双方から検討して、パブリックコメントや今後の実務の参考資料を提供できればと考えている。   2 通達案の内容 (1) 一室の区分所有権等に係る敷地利用権の価額 財産評価基本通達に「居住用の区分所有財産の評価」に関する規定が新設され、用語の定義を示したのち、①一室の区分所有権等に係る敷地利用権の価額(マンションの敷地部分)と、②一室の区分所有権等に係る区分所有権の価額(マンションの建物部分)の評価方法が定められた。 当該評価方法において中心となる概念は、市場価格と(従来の)相続税評価額との乖離を示した「評価乖離率」である。ここでいう評価乖離率とは、通達案によれば以下の算式で求めた値となるが、当該算式の4つの指数は、相続税評価額が市場価格と乖離する要因である「築年数」、「総階数」、「所在階」及び「敷地持分狭小度」にそれぞれ対応する(※4)。 (※4) 国税庁「第3回 マンションに係る財産評価基本通達に関する有識者会議」(令和5年6月22日)別添2資料2頁参照。 *いずれも小数点以下第4位を切り上げる。 要するに、当該算式は、「築年数」、「総階数」、「所在階」及び「敷地持分狭小度」という4つの指数から統計的に居住用の区分所有財産の市場価格(市場価格理論値)を求めるモデルである。非常に意欲的で興味深い試みであると評価できよう。 次に、一室の区分所有権等に係る敷地利用権の価額についてみると、以下の算式で評価することとなる。 なお、上記算式中の「補正率」は、1を前述の「評価乖離率」で除した「評価水準」(※5)に応じて、以下の区分により算定される。 (※5) 相続税評価額を市場価格(市場価格理論値)で除した値でもある。 上記(ア)及び(イ)の場合、自用地としての価額に評価乖離率を乗じて一旦市場価格を求め、(ア)のケースについては「市場価格 < 相続税評価額」となるため当該市場価格を評価額とし、(イ)のケースについては更に0.6を乗じて最低評価額(市場価格の6割)を求めるという算式になっている。(ウ)の場合は、市場価格と相続税評価額との間の乖離が比較的大きくないため、相続税評価額をそのまま使用する(補正なし)ということになる。 上記(ア)~(ウ)の適用状況を図で示すと、以下の通りとなる(青の実線が見直し前、オレンジの実線が見直し後を示す)。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大されます。 (出典) 国税庁「第3回 マンションに係る財産評価基本通達に関する有識者会議」(令和5年6月22日)別添2資料3頁を基に筆者作成 (2) 一室の区分所有権等に係る区分所有権の価額 一室の区分所有権等に係る区分所有権の価額、すなわちマンションの建物部分の価額は、以下の算式で評価することとなる。 なお、上記算式中の「補正率」は、前掲(1)の区分に応じた「補正率」を用いることとなる。 (3) 適用時期 令和6(2024)年1月1日以後に相続、遺贈又は贈与により取得した財産の評価について適用される見込みである。   3 通達案の論点 (1) 区分所有財産の法的性格 今回の通達案の骨子は、居住用の区分所有財産(マンション)に係る現行の評価方法を維持しつつ、相続税評価額が市場価格を大幅に下回っているもの(60%未満)の評価額を60%まで引き上げることで、乖離を縮小しようということである(※6)。すなわち、現行のマンションの評価方法である、一戸建ての評価方法に準ずる形の、建物部分の価額(固定資産税評価額)に敷地利用権の価額(路線価をベースに評価)を加算するという方法は維持しているのであるが、これは果たして妥当なのだろうか。 (※6) 数は少ないであろうが、相続税評価額が市場価格を上回っているものも市場価格に引き下げられる。 そもそも、建物区分所有法(※7)上、区分所有建物は専有部分と敷地利用権とが一体のものとして扱われている(分離処分の禁止、建物区分所有法22①(※8))。また、両者は分離して処分(売買)することも原則として不可能である。したがって、今回のように抜本的改正を行うのであれば、マンションの一室に係る相続税の評価方法についても、専有部分と敷地利用権とを別個の財産としてそれぞれ評価するのではなく、原則として両者を一体のものとして評価するほうが区分所有財産の法的実態に即しているものと考えられる。 (※7) 建物の区分所有等に関する法律(昭和37年法律第69号)。 (※8) 当該規定は、改正前から取引の実際においては専有部分と敷地利用権とが一体で処分されるのが普通であり、かつ、不動産登記上の便宜等のため、1983年改正法で初めて採用された。稲本洋之助・鎌野邦樹『コンメンタールマンション区分所有法(第3版)』(日本評論社・2015年)127-130頁。なお、規約に別段の定めがあるときは分離処分が許されるが(建物区分所有法22①但書)、権利関係や管理が複雑になることから、実際にはそのようなケースはほぼ無視できるものと考えられる。 そうなると、例えば、建物の専有部分と敷地利用権とを1つの権利(仮に「集合住宅持分権」と称する)とみて、当該持分権を核とした評価方法を構築する方が理論的には適切ではないかと考えられる。この場合、国税庁は先に示した評価乖離率を求める統計的モデルで「市場価格理論値」を算出していることから、これを基に各区分所有財産に対応する「集合住宅持分権」を設定(※9)すればよいのではないかと考える。 (※9) 集合住宅持分権の評価割合(市場価格理論値に対する割合)も設定する必要があるが、例えば、一律8割にするという方法が考えられる。 こう考える理由は、区分所有財産に関する現行の評価方法が、2つの異質な評価方法に基づく価額、すなわち建物部分の価額(固定資産税評価額)と敷地利用権の価額(路線価をベースに評価)とを加算することに著しい不合理が生じるためでもある。特に、建物部分の価額(固定資産税評価額)が適正な時価(市場価格)を反映した評価額であるという保証はどこにもない。むしろ、建物部分の価額に対し無理やり固定資産税評価額を当てはめるのは止め、国税庁による区分所有財産に関する相続税・贈与税目的の統一的な評価方法を示して用いるのが、理論的にも実務的にも妥当であると考えられる。 なお、固定資産税では土地と建物とを別個に評価し課税しているため、相続税でもそれに合わせるのが実務上理にかなっているという見解もあり得るが、固定資産税はその前身となる地租及び家屋税においてそれぞれ土地及び家屋に別途課税していたという歴史的経緯(※10)があり、それが現在の課税実務を縛っているという側面がある一方で、相続税に関してはあえて別個に評価し課税しなければならない必然性も必要性もない。今回の見直しの目的は、居住用の区分所有財産の相続税評価額と市場価格との乖離を縮小することであり、その目的を果たすのにどのような手段が最も適切であるのかを示すことが肝要である。居住用の区分所有財産の法的性格を踏まえれば、相続税・贈与税の評価に関し、敷地利用権と建物の専有部分とを分けて評価する意義は乏しいものと考えられる。 (※10) 拙稿「はじめての固定資産税(1) 固定資産税ってなに?」『税』2023年4月号247頁参照。 (2) 現行の評価方法による対処の可否 今回の通達案の公表は、現行の評価方法では都市部のマンション(特にタワーマンション)につき市場価格と相続税評価額との乖離が生じ租税回避行為を誘発するため、それへの対処という側面が強い。筆者もかねてから、市場価格と相続税評価額との乖離が生じているのであれば、それを早急に是正すべきと主張してきたところであるが(※11)、果たして現行の評価方法では当該乖離を埋めることはできなかったのであろうか。 (※11) 拙稿「路線価と時価とが乖離した不動産に対する評基通6項の適用基準」『税理』2020年11月号147-148頁等参照。 国税庁によれば、現行の評価方法に関し当該乖離が生じる理由として、①建物の効用の反映が不十分な点と、②敷地利用権に関する立地条件の反映が不十分な点の2点を挙げている(※12)。①については、固定資産税評価額の問題でもあるため国税庁単独で解決することは困難であることは分かるが、②については、単に路線価の設定水準に問題があるだけではないかとの疑念がぬぐえない(※13)。すなわち、マンションの敷地持分が狭小となることを見越して、路線価を単純に引き上げれば解消するのではないかと考えられる。今のところ、②に関し、マンションの敷地部分の価額を適正に反映するような路線価とするため、それを引き上げるという単純な対処方法に対する説得力のある反論を聞いたことがないのであるが、何かあるのだろうか。 (※12) 国税庁前掲(※4)資料2頁参照。 (※13) 筆者はかねてからこの点を指摘してきた。拙稿「高層・タワーマンションの相続税財産評価を巡る論点」『税務事例』2014年6月号84-85頁等参照。 (3) 8割評価の放棄? 通達案では、市場価格から乖離した相続税評価額につき、最低の評価水準として0.6(市場価格の60%)という値を設定しているが、国税庁によれば、当該値は「一戸建ての評価の現状を踏まえたもの」(※14)ということである。マンションと一戸建てとで評価水準を合わせるという意図があるものと考えられるが、これまでの国税庁のスタンスを踏まえるとやや解せないところがある。なぜなら、不動産評価の基本となる路線価は、地価税の実施を機に平成4年から地価公示価格の8割で評価することとされてきた(※15)こととの平仄が取れないからである。マンションと一戸建てとで評価水準を合わせるという方針は重要であるが、一戸建ての評価水準が実態調査の結果、市場価格の6割程度に過ぎないということを国税庁が認めたことになり、「路線価は地価公示価格の8割で評価」という基本方針の空洞化が懸念される。 (※14) 国税庁前掲(※4)資料2頁。 (※15) 金子宏『租税法(第24版)』(弘文堂・2021年)739頁脚注8、品川芳宣・緑川正博『徹底討論 相続税財産評価の論点』(ぎょうせい・1997年)60頁、75-76頁等参照。 もっとも、実態として、マンションの敷地に係る地価公示価格が市場価格よりも低いため、仮に8割評価を維持しても、路線価は市場価格よりも相当程度低くなってしまうということなのかもしれない。そうであれば、筆者としては、今回の通達発遣を機に、「路線価は地価公示価格の8割で評価」という方針が何ら変わらないことを国税庁に確認しておきたい。 なお、通達案の評価方法を適用すると、居住用の区分所有財産につき、市場価格に対する評価割合が60%~100%までバラツキが出ることとなるが、これは「容認可能なバラツキ」といえるのかについては、今後検討が必要といえるであろう。 (4) 見直しの頻度 前掲2(1)で示した、評価乖離率を求める算式及び評価割合の下限である0.6については、適宜見直しを行うものとされている(通達案2(注)2参照)。この「適宜」というのはどの程度の頻度を指すのか定かではないが、国税庁の有識者会議で示された資料によれば、「固定資産税の評価の見直し時期に併せて、当該時期の直前における一戸建て及びマンション一室の取引価格に基づいて見直すものとする。」(※16)とされている。すなわち、原則として固定資産税の評価の見直しの時期(3年に一度)に行うということだと思われるが、これは相続税の財産評価制度のメリットを減殺する措置ではないかと考えられる。なぜなら、土地の評価額の基礎となる路線価は毎年見直しがなされているため、固定資産税と比較して、相続税は土地の時価の変動に機動的に対応できるというメリットがあるが、固定資産税と見直しのタイミングを合わせてしまうと、このメリットが消滅してしまうからである。また、評価乖離率は全国平均の値であり、特定の物件の激しい値動きに機動的に対応できない可能性も否めない。 (※16) 国税庁前掲(※4)資料3頁。 評価乖離率を求める算式は、平成30年分の日本全国の中古マンション取引につき、所得税の確定申告書情報と不動産移転登記情報とを突合して抽出したデータ(2,478件)に基づき算出しているとのことである(※17)。これを毎年見直すことにそれほどの事務量がかかるわけでもないと考えられ(※18)、また、路線価は毎年見直しがなされるということを踏まえるならば、わざわざ固定資産税評価のタイミングに合わせることにより「精度」が低くなるような対応を選択する必然性は乏しいだろう。評価割合の下限である0.6についてはともかくとして、評価乖離率を求める算式は、原則として、毎年見直すのが適切と考えられる。 (※17) 国税庁「第2回 マンションに係る財産評価基本通達に関する有識者会議」(令和5年6月1日)別添2資料4頁参照。 (※18) 先に筆者が提案した「集合住宅持分権」は、市場価格理論値を毎年見直すことを前提に、路線価と同様に毎年評価替えがなされ変動することを想定している。 (5) 統計データへのアクセス 今回の統計的手法を用いた評価は、上記(4)の通り、平成30年中の日本全国の中古マンション取引から、異常値を除去した2,478件を抽出して使用しているとのことである(※19)。当該手法が妥当か否かについては、データそのものにアクセスして検証することが不可欠となる。もちろん個人情報にかかわるものは開示すべきでないが、物件の所在都道府県、総階数中の所在階、築年数、専有面積、敷地持分割合、価格といったデータの開示には支障がないものと思われる。そもそも、申告データというものは国税庁が独占的に支配すべき資産などではなく、国民共有の財産である。国税庁の今回の手法の正当性を広く外部から検証し、税務行政の信頼性を高める契機とすること(※20)は、非常に有意義な取り組みであると考えられる。 (※19) 国税庁前掲(※17)資料4頁。 (※20) これは今回の評価手法にとどまるものではなく、例えば過大な役員給与・使用人給与の損金不算入規定(法法34②、36)の適用を判断する際における、申告データから役員給与・使用人給与に係るデータベースを整備するといった取り組みにもつながることとなる。拙稿「諸外国における法人の申告情報開示」『税理』2020年7月号227-228頁参照。 なお、この点は、有識者会議でも「納税者の申告上の利便性を考えると、国税庁ホームページ等において、4指数の基となる計数を入力すると補正率や評価額が自動計算されるツールが提供されるとよいのではないか。」(※21)との指摘がなされており、今回の通達案でも別紙1「『居住用の区分所有財産の評価について』の法令解釈通達(案)の概要」の(参考)に、「納税者が簡易に計算するためのツールを用意する予定です。」とされている。筆者は個人的に、当該ツールの使い勝手がいかなるものか、今から非常に楽しみにしている。 (※21) 国税庁前掲(※4)別添3議事要旨。 (了) ↓お勧め連載記事↓

#No. 530(掲載号)
#安部 和彦
2023/08/03

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暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第23回】   東洋大学法学部准教授 泉 絢也   (3) 国会における議論①:譲渡所得該当性を否定する根拠 暗号資産の譲渡による所得の所得区分の問題、とりわけ譲渡所得該当性について、国会の議論を参照することで、暗号資産の譲渡による所得の譲渡所得該当性を否定する国税庁の論拠が少しずつ明らかになってくる。 平成30年3月22日の参議院財政金融委員会において、藤巻健史議員は、「仮想通貨を物と考えれば、これ譲渡所得という考え」もありえたが、「改正資金決済法でこれは仮想通貨を支払手段と位置付けた」ため、国税庁の取扱いは雑所得が原則となったという理解で正しいかという質問を行い、国税庁の見解を確認した。 これに対して、藤井健志国税庁次長は、要旨次のとおり答弁した。 上記答弁は、譲渡所得の課税の趣旨としての清算課税説に言及している。この点は、判例や学説が採用するところであり、特筆すべき点はない。 また、上記答弁のうち、譲渡所得は資産の譲渡による所得である点、BTCなどの暗号資産(仮想通貨)については、資金決済法上、代価の弁済のために不特定の者に対して使用することができる財産的価値と規定されており、消費税法上も支払手段に類するものとして位置付けられているという点は、いずれも法令の内容を述べたにすぎない。 他方、外貨(外国通貨)と同様に、暗号資産の売却又は使用により生ずる利益は、資産の値上がりによる譲渡所得とは性質を異にするものであるとした上で、資金決済法の改正によって位置付けがなされたことも考慮し、暗号資産の売却又は使用により生じた利益は譲渡所得には該当せず、どの所得にも属さないということで雑所得に該当すると答弁されている点は注目してよい。 暗号資産が直ちに外貨に該当しないことは理解できるが、国税庁が、少なくとも外貨と暗号資産との間に共通点を見いだしている、あるいは暗号資産の課税関係を外貨に寄せて捉えている点に関心が寄せられる。 また、外貨については、暗号資産が登場するずっと以前から存在し、国税庁内部において、どのような課税関係になるかはほぼ固まっていたであろうことを考慮すると(国税庁は、外貨の使用や交換等に伴う為替差損益は原則として雑所得として課税対象になると理解しつつ、執行できない多くのケースを黙認しているのが現状であるというべきかもしれない)、暗号資産の課税関係について、外貨の課税関係と平仄を合わせるべきであるという価値判断が国税庁内部で強く働いているのではないか。ここでは、暗号資産は通常、外貨であるとは評価されていないこと及び行政先例にならう場面において、国税庁はある種の思考停止に陥る危険性があることを指摘しておく。 かような外貨と暗号資産との関係について、前述の参議院財政金融委員会において、星野次彦財務省主税局長も、要旨次のとおり答弁している。 さらに、藤井氏の上記答弁では、資産の値上がりによる譲渡所得とは性質を異にするものであって雑所得であると解する論拠として、BTCなどの暗号資産については、資金決済法上、代価の弁済のために不特定の者に対して使用することができる財産的価値と規定されており、消費税法上も支払手段に類するものとして位置付けられている点を強調していることに注意を要する。 これらの答弁の内容と、これまで国税庁は外貨の譲渡(交換)による損益を譲渡所得ではなく雑所得として扱ってきたことを併せ考慮すると、次のような推察が成り立つ。 この段階では、国税庁は暗号資産が譲渡所得の基因となる資産に該当しないと明言しているわけではないものの、譲渡所得の基因となる資産とは資産の値上がり益を生むような資産であるところ、暗号資産はそれ自体、資産の値上がり益を発生させるようなものではないため、譲渡所得の基因となる資産に該当しない(よって、暗号資産の譲渡による所得が譲渡所得に該当することはない)というロジックを上記の答弁越しに見ることができる。 ただし、国税庁がこのようなロジックを採用していることを明言していないこと、自身の見解を論理立てて説明しないことに歯がゆさが残る。 なお、所得税法は、外貨建取引については「換算」という語を用いており、この点に外貨の特殊性を見いだすことは可能ではあるが、暗号資産については「換算」という語を用いていないことを指摘しておく(所法57の3)。   (了)

#No. 530(掲載号)
#泉 絢也
2023/08/03

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金融・投資商品の税務Q&A 【Q81】 「保有株式がTOB成立後に買い取られた場合の申告手続き」   PwC税理士法人 金融部 ディレクター 税理士 西川 真由美   ●○ 検 討 ○● 1 上場株式等の譲渡等に係る譲渡益に対する課税方法 (1) 申告分離課税制度 上場株式等の売却により生じる益は、一般株式等(いわゆる上場株式等以外の株式等)の譲渡所得とは区別して、「上場株式等の譲渡による事業所得、雑所得及び譲渡所得の金額」として申告分離課税が適用されます。原則として、確定申告が必要となり、適用税率は20.315%(所得税及び復興特別所得税15.315%、地方税5%)です。上場株式等について譲渡損が生じた場合には、他の上場株式等の譲渡益との通算や3年間の繰越控除、また、上場株式等の配当との損益通算が認められています。なお、上場株式等に該当しない一般株式等の譲渡益との通算は認められていません。 この「上場株式等」は、株式等のうち次に掲げるものをいいます。 (2) 特定口座制度 特定口座とは、居住者等が金融商品取引業者等に設定する証券口座で、これを通じて行われた株式等の譲渡について、金融商品取引業者等が譲渡対価と取得費等の計算を行い、口座の保有者に特定口座年間取引報告書を交付することとされているものです。さらに、居住者等が特定口座内で生じる所得について源泉徴収されることを選択した場合(源泉徴収選択口座)には、金融商品取引業者等が譲渡益及び配当等に対して20.315%の税率で計算した所得税(復興特別所得税を含みます)及び地方税を源泉徴収することにより、当該居住者等は、原則として、確定申告が不要となります。 また、特定口座での保管が認められる株式等は、一定の上場株式等に限られています。   2 本件へのあてはめ A社株式が上場株式であることから、特定口座で保管されている期間内に譲渡が行われ、かつ、当該特定口座が源泉徴収選択口座に該当する場合には、原則として、確定申告を要しません。しかしながら、TOBの成立後にA社が上場廃止になると、A社株式は上場株式ではなくなり、特定口座で保管される上場株式等の範囲に含まれなくなります。 したがって、上場廃止後にA社株式を譲渡する場合には、源泉徴収選択口座内の譲渡ではなくなり、その譲渡益については確定申告が必要となります。さらに、上場株式等ではなく、一般株式等の譲渡による事業所得、雑所得及び譲渡所得等の金額に区分されることになりますので、上場株式等に認められた特典(譲渡損の3年間の繰越控除、配当との損益通算)も適用されませんので注意が必要です(譲渡損が生じた場合は、他の一般株式等の譲渡益とは通算されます)。 (了)

#No. 530(掲載号)
#西川 真由美
2023/08/03
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