賃上げ実施に伴う企業の労務上の留意点Q&A 【第1回】 「ベースアップ検討の際の3つのポイント」 ~昇給原資・目的・理由~ 社会保険労務士 富山 直樹 【Q】 物価の高騰に伴い、弊社でもベースアップを検討していますが、ベースアップを行う場合、会社として留意すべきポイントはあるでしょうか。 【A】 次の3点が主な留意点としてあげられます。 ① 昇給原資 ② 目的 ③ 理由 なお、以下で上記の留意点につきそれぞれ詳しく解説します。 ●○ 解 説 ○● ① 昇給原資 例えば、筆者がクライアントの社長より「従業員Aの給料を24万円から5万円上げて29万円にしたい」と相談を受けたとする。 この場合、昇給原資は単純に5万円×12ヶ月の年間60万円では足りない。 昇給に伴い、会社が負担する保険料も増額することはご存じの方も多いだろうが、具体的にどのくらい上がるのか。東京都の一般事業会社でAが40歳未満として計算すると、今回のケースでは下記のようになる。 ※上記につき2024年2月現在の保険料率にて計算 つまり、今回の内容でAの給与を月5万円昇給させると、給与のほかに社会保険料・雇用保険料の支払いだけで、年間約11万円が追加で必要となる。 社長の希望は「Aの給料を5万円昇給させたい」なのか、それとも「Aの昇給原資が年間60万円あるので還元したい」なのかを正確に確認しておきたい。 もし社長の希望が、後者の「昇給原資が年間60万円あるので還元したい」であった場合、単純にAの給料を5万円昇給させると、昇給原資を上回り赤字となってしまう恐れがある。 そのため、安易に「〇〇円昇給」というのではなく、昇給原資に対して、昇給額と同時に社会保険料・雇用保険料の上昇についても留意する必要がある。 ② 目的 上記質問によれば、昇給の理由は、昨今の「物価の高騰」に伴うものである。大企業でも「インフレ手当」というような形で従業員の生活を補助するために導入を進めている会社も存在する。 一時金として賞与に上乗せするような形で支給する場合は、事務作業の負担も少ない。 しかし、月額給与に手当として支給する場合は注意が必要である。 まず、就業規則(賃金規程)を改定し、インフレ手当についての記載をする必要がある。そして、インフレ手当の内容について記載をする際には「支給事由」を記載しなければならない。 具体的には「物価の高騰が落ち着いたらどうするのか」、「そもそも物価高騰の判断基準をどうするのか」といった内容である。また、一時的に支給するのであれば「その期間はいつまでなのか」といった内容も必要となる。 あくまで「物価の高騰」に伴って一時的に従業員の生活を助けることが目的であれば、一時金として賞与に上乗せするような形で支給することが、会社にとって負担の少ない方法であると考える。 また、「物価の高騰」もさることながら、そもそものベースアップを実施するにあたっても、その実施する目的をハッキリさせることが重要である。次の「③ 理由」に関係する内容なので、以下において併せて解説する。 ③ 理由 上記②と続く内容であるが、結論を先に述べると、昇給の目的と理由をハッキリさせ、従業員と共有することが重要である。 わかりやすくするため、2023年に起きたスポーツの出来事で具体的に解説する。 2023年は、プロ野球において阪神タイガースが1985年以来の日本一を達成した。シーズンが始まる前に監督の岡田彰布氏は球団に「バッターがフォアボールを獲得した際の年俸査定を上げてくれ」と依頼し、その情報を選手にも共有した。 プロ野球選手は1年間の成績や1つ1つのプレーについて細かく査定がなされ、ポイントを付けられ来年度の年俸が決定する。つまり、岡田監督の依頼はその「査定項目を変更し昇給理由としてくれ」というものである。 球団及び監督としては、 となったわけである。 もちろん優勝の要因はこの1つの項目だけではないだろうが、選手の昇給の理由と球団の目的がwin-winの関係で相乗効果を生んだのは確かである。 何よりも重要なのは、岡田監督が査定項目の変更(昇給理由)と目的を選手と共有したことで、選手のフォアボール獲得数は前年比で大幅に上昇し、目指す方向性が一致したことである。 では、一般企業であればどうであろうか。具体的な理由と目的を例として挙げるなら、次のような内容が往々にして考えられるだろう。 上記のようなケースでも更に明確にするために、公務員や大企業で見られるような「『等級・号俸』による給与表を作り勤続年数ごとに昇給していくような制度を整えることで可視化する」ことや、「会社の増益や個人の営業・売上成績、仕事の貢献度に対しどのような数字で従業員に還元するのかを明示する」といった手法も有効である。 * * * 余談となるが、過去に筆者も昇給理由を示され、泣きそうなほど喜び、仕事に力が入った想い出がある。 筆者は新卒から10年間、銀行に勤めた。毎年昇給は4月1日と決まっており、必ず所属長との面談が行われていた。勤務年数による昇給に加え、日ごろの仕事に対する評価もこの場で伝えられていた。 今でも忘れられないのが8年目の面談である。通常、10年目頃までは大きな問題がなければ毎年少しずつ昇給し、職階の等級も1つずつ上がっていくような給与体系であった。 しかし、筆者は年子で子供が生まれ、前年、前々年と2年連続で育児休業を取得しており、両年とも4月1日は不在であったため昇給がなく給料は据え置きとなっており、等級も同期の普通の職員と比べて2等級遅れていた。 その年も、育休から復帰したのが前年4月末であったので約1ヶ月不在にしていた期間があり、子育て時間短縮勤務も利用していたため、これまでの例からすれば昇給は望めない状況であった。しかし、結果は3年ぶりに昇給し、同じく3年ぶりに等級も上がったのである。 当時の上司のコメントは次のような内容であった。 本人はニコニコ、そして非常に軽い口調で話していたが、筆者は非常に嬉しかった想い出として何年たっても忘れられずにいる。同時にこのような評価を頂戴したことを意気に感じ、より一層仕事に精を出した。 従業員にとっては、昇給の際のこのような言葉が、その後の人生に大きく残るものになることも考えられるであろう。 (了)
税理士事務所の労務管理Q&A 【第18回】 「労働条件の明示のルール変更」 特定社会保険労務士 佐竹 康男 労働者を雇用したとき等には、労働条件において書面等で明示しなければならない事項(絶対的明示事項)がありますが、令和6年4月1日から、その明示事項に新しい項目が追加されます。今回は、労働条件の明示のルール変更について解説します。 * * 解 説 * * 1 労働条件の明示義務 使用者は、労働契約締結の際に、労働者に対して、賃金、労働時間その他一定の労働条件を明示しなければなりません。このうち必ず明示しなければならない事項を絶対的明示事項といい、書面での明示(⑤のうち昇給については除きます)が必要です。 〈労働契約締結時における絶対的明示事項〉 この労働条件の明示は、労働契約締結時に行わなければなりませんが、期間の定めのある労働契約(以下「有期労働契約」といいます)の契約期間満了後の契約更新時の場合も含まれます。したがって、有期労働契約の場合、労働契約締結時のみならず、契約更新のタイミングでも労働条件の明示が必要となります。 2 改正により追加される項目 改正により、明示を要する事項が追加されます。追加された明示事項は、以下のとおり、全労働者を対象とするものと、有期労働契約を締結した労働者(有期契約労働者)を対象とするものに分類できます。 〈改正の対象者と追加される項目〉 (1) 就業場所・従事する業務の変更の範囲の明示 労働契約締結時等には、雇入れ又は契約更新時の就業場所と担当業務の内容を明示しなければなりませんが、改正後はそれらに「変更の範囲」が加えられ、将来の配置転換等で変更が予想される就業場所・担当業務の範囲まで明示しなければなりません。 【例】 (2) 有期労働契約の更新上限の明示 有期労働契約の締結時又は契約更新時に、更新上限(通算契約期間又は更新回数の上限)の有無と、その内容(具体的な期間や回数)の明示が必要となります。 【例】 また、この更新上限を新設又は短縮するときは、事前に有期契約労働者に詳しい理由を説明する必要があります。 (3) 無期転換申込機会の明示 有期労働契約には、無期転換ルールがあります。これは同一の使用者との有期労働契約が繰り返し更新され、それを通算した契約期間が5年を超える場合、その契約期間中の有期契約労働者からの申込みにより、契約期間終了日の翌日から期間の定めのない労働契約(無期労働契約)に転換されるものです。 〈無期転換ルール(有期労働契約期間が1年の場合の例)〉 今回の改正により、申込みができる権利(無期転換申込権)が生じたタイミング以降、契約更新のタイミングごとに「無期転換への申込みが可能であること」を明示する必要があります。 (4) 無期転換後の労働条件の明示 無期転換申込権が生じる更新のタイミングでは、上記(3)の「無期転換申込機会の明示」と併せて、「無期転換後の労働条件」も明示する必要があります。 また、「無期転換後の労働条件」を決定するに当たり、他の正社員とのバランスを考慮した事項(業務の内容、責任の程度、異動の有無・範囲など)について、有期契約労働者に説明するよう努めなければなりません。 3 労働条件明示書面の整備 今回の改正は、上記2の〈改正の対象者と追加される項目〉のとおりですが、雇用形態にかかわらず、労働条件明示の整備が必要になります。労働条件が不明確な場合は、労働者とのトラブルの原因になります。 施行日(令和6年4月1日)までに、「労働条件通知書等に今回追加された項目が記載されているか。無期転換ルールが適用される有期契約労働者を雇用しているか」を確認しておきましょう。 (了)
能登半島地震の被災地で必要な法務アドバイス 【第1回】 「不動産の権利証を紛失・滅失したとき」 司法書士法人F&Partners 司法書士 北詰 健太郎 〇はじめに 令和6年1月1日に発生した能登半島地震は、被災地に大きな被害をもたらした。報道を通じて被災地の状況を知るにつれ、筆者を含め、多くの国民が心を痛めている。 さまざまな形での復興へ向けた協力が考えられるが、今般、本誌プロフェッションジャーナルとしても被災地の復興に役立つ情報発信を行っていきたい旨の依頼を編集部より受け、寄稿を行うことになった。 今回の寄稿では、震災に関連して生じうる法務上の問題について、参考になる情報をコンパクトにまとめて紹介する。 被災者の方々には心よりお見舞い申し上げるとともに、本稿が少しでも復興の役に立つことを祈りながら筆を執るものである。 1 不動産の権利証を紛失しても所有権が失われるわけではない 筆者の過去の経験上、大きな自然災害が発生した際には、家屋の倒壊や火災の発生を原因として、不動産の権利証を紛失・滅失してしまったという相談を寄せられることがある。令和6年能登半島地震でも、多くの家屋に損害が出ており、同様の相談が寄せられる可能性がある。 まず本稿の読者の方々へ理解していただきたいのは、仮に自宅の権利証を紛失・滅失してしまっても、直ちに問題が生じるものではないということである。 所有する不動産の土地建物について、しっかりと登記申請を行っていれば、登記簿に「所有者」として明記されており、権利は保護されている状態にある。 つまり、権利証を紛失・滅失しても、それだけで所有権が失われてしまうものではない。 2 不動産の権利証を紛失して困るケースと対処法 そもそも不動産の権利証とは、正式には「登記識別情報」又は「登記済証」といい、所有権移転登記や抵当権設定登記が申請された場合に、所有権を取得した者や抵当権者に対して法務局が発行する。 不動産の権利証が必要になるのは、不動産の所有者が売却を行う場合(記載例①)や、抵当権者が担保を抹消する場合(記載例②)など、権利証を持つ者が「登記義務者」として登記申請に関与する場合である。 【記載例①:登記記録「甲区」】 【記載例②:登記記録「乙区」(抵当権設定の登記記録)】 すなわち、これらの登記申請を行う場合に、登記義務者から権利証を添付書面の1つとして提出させることにより、所有者や抵当権者が本当に登記申請に関与したかを確認する本人確認の資料としているのである。 もし、権利証を失くしていれば、登記申請に必要となる添付書面が提出できないことになり、登記申請の障害となる恐れがあるが、代替手段が用意されている。それは主に「事前通知制度」と「本人確認情報」である(不動産登記法23条)。 事前通知制度とは、権利証が提供できない場合に、法務局が登記義務者に対して、登記申請がなされた旨等の通知を行い、登記義務者から登記申請の内容に間違いがない旨の届出があった場合には、権利証の提出がなくとも登記を行う制度である。 また、本人確認情報とは、司法書士等が登記義務者に対して本人確認を行い、本人に間違いない旨を証明する書面を作成し、権利証の代わりとする制度である。 権利証は大切な書類ではあるが、紛失・滅失した場合のリスクを正しく理解し、対処することが重要である。 (了)
〔検証〕 適時開示からみた企業実態 【事例90】 株式会社グッドスピード 「取締役の辞任及び役員報酬の減額に関するお知らせ」 (2024.1.30) 公認会計士/事業創造大学院大学教授 鈴木 広樹 1 今回の適時開示 今回取り上げる開示は、株式会社グッドスピード(以下「グッドスピード」という)が2024年1月30日に開示した「取締役の辞任及び役員報酬の減額に関するお知らせ」である。同社は2024年1月4日に「第三者調査委員会の調査報告書受領に関するお知らせ」を開示しており、そこで示された調査結果の責任を取るため、取締役3名が辞任し、代表取締役社長の加藤久統氏(以下「加藤氏」という)の役員報酬を3ヶ月間50%減額することにしたというのである。 2 不適切な保険金請求について「公表」は? グッドスピードは2023年8月23日に「当社に関する一部報道について」を開示している。その全文は次のとおりである。 同社は、翌日の2023年8月24日に適時開示ではなくホームページ上に「過去の保険金請求に関する自主調査の経過報告ならびにお客様専用相談窓口設置のお知らせ」を開示し、「自主調査」の結果、不適切な保険金請求が見つかったとした。 その後、今度は「社内調査委員会」を設置し、その調査結果を「適時開示」した。2023年10月20日に開示した「過去の保険金請求に関する社内調査委員会による調査報告のお知らせ」がそれであり、その「4.その他」には次のような記載がある。この開示では調査結果が簡潔に示されているだけであり、調査報告書は添付されていない。「公表すべき内容が判明した場合には速やかに公表」するとしていたが、「公表」には後ろ向きのようである。 また、「3.今後の予定」の記載は次のとおりである(下線は筆者による)。 「社内調査委員会」による調査もやめて、「自主調査」に移るとしているが(ホームページ上での開示を「公表」とする感覚もいかがかと思われる)、本来であれば、「社内調査委員会」ではなく「第三者調査委員会」を設置し、調査すべき事案のはずである。そうでなければ、「客観性を担保」するのは難しいだろう。「自主調査」の結果も、「公表すべき事項を確認した場合には、適時適切に開示いたします」としているが、本当に「公表」するのだろうか。 3 第三者調査委員会の目的 不適切な保険金請求について触れたが、今回の開示における取締役辞任と加藤氏の役員報酬減額の理由となった第三者調査委員会による調査結果は、これではない。上述のとおり、グッドスピードは不適切な保険金請求を調査するための第三者委員会を設置していない。 同社はまず2023年9月29日に「調査委員会設置のお知らせ」を開示しているが、その「1.調査委員会の設置」の記載は次のとおりである。 第三者調査委員会の調査対象は、不適切な「保険金請求」ではなく、不適切な「会計処理」である。なお、監査法人からの指摘は2023年9月14日とされているが、この開示はその約2週間後に行われている。グッドスピードは第三者委員会の設置に難色を示したのかもしれない。同社の不適切な保険金請求への対応を見ると、そう思わざるを得ない。 そして、「2.調査委員会の目的について」の記載は次のとおりである(下線は筆者による)。 同社の不適切な保険金請求への対応や、不適切な会計処理の疑義を伝えた際の対応から、監査法人は同社に対して不信感を持ち、不適切な会計処理の内容を伝えなかったのだろう。なお、その監査法人は後に辞任することになる(2024年2月1日開示「会計監査人の異動及び一時会計監査人の選任に関するお知らせ」)。 4 加藤氏は認識していなかったのか? 「第三者調査委員会の調査報告書受領に関するお知らせ」に添付された「調査報告書」では、売上の先行計上が行われていたことが明らかにされている。その責任を取って、取締役が辞任し、加藤氏の役員報酬を減額したというのだが、今回の開示の「4.役員報酬の減額」には次のような記載がある。 加藤氏は売上の先行計上を認識していないとされているが、「調査報告書」には次のような記載がある(43頁。下線は筆者による)。「A1氏」は「加藤氏」のことである。 また、次のような記載もある(66頁)。なお、調査の過程で、グッドスピードから加藤氏に対して、取締役会の承認を経ずに一時的な金銭の融通等が行われていたことが明らかになっている。 このように指摘されているにもかかわらず、加藤氏は「調査報告書で指摘された売上の先行計上を認識して」いないとして、3ヶ月間50%の役員報酬減額を「妥当と判断」するというのは、理解し難い。 5 今後 今回の開示の「5.その他」には次のような記載がある。 「調査が完了しましたら速やかに公表」、「調査の目途が付いたうえで、改めて公表」としているが、本当に「公表」するのだろうか。また、「関連当事者取引の調査結果によっては、本件内容について今後変更の可能性がございます」としているが、その調査結果次第では加藤氏に対して役員報酬減額以上の制裁を科す可能性があるということなのだろうか。 「調査報告書」の「第7章 再発防止策」の最初には次のように記載されている(73頁)。上述のとおり「A1氏」は「加藤氏」のことであり、「GS社」はグッドスピードのことである。 第三者調査委員会の委員の思いが表れているようである。ただし、加藤氏は同社の創業者であり、現時点において同社の議決権を半数近く所有している(同社が2023年12月29日に開示した「親会社以外の支配株主の異動に関するお知らせ」によると、議決権は52.54%から49.78%に)。現状のままでは、同社の上場を維持すること自体の適否が問われるだろう。 (了)
《速報解説》 国税庁、定額減税に係る源泉所得税関係の様式案を公表 ~「各人別控除事績簿」のほか同一生計配偶者等の確認に必要な申告書の詳細が明らかに~ Profession Journal 編集部 所得税の定額減税制度については、既報のとおり国税庁の定額減税特設サイトにおいて「令和6年分所得税の定額減税Q&A」等を公表するなど、源泉徴収義務者が早期に準備に着手できるよう関連情報の周知・広報が行われているところ、令和6年2月16日付で新たに同サイト内において、定額減税に係る源泉所得税関係の様式案が公表された。 様式案として次の3点が公表されている。 上記様式案のうち①は、令和6年6月1日以後に支払う給与等に対する源泉徴収税額からその時点の定額減税額を控除する事務(月次減税事務)において基準日在職者(※)の各人別の月次減税額と各月の控除額等の管理を行う際に、基準日在職者の氏名や月次減税額を記載するもの。 (※) 令和6年6月1日現在、給与の支払者のもとで勤務している者のうち、給与等の源泉徴収において源泉徴収税額表の甲欄が適用される居住者(その給与の支払者に扶養控除等申告書を提出している居住者) ただし、事績簿の作成及び様式は法定されたものではないことから、作成は義務ではなく、作成に当たっては適宜の様式で差し支えないとしている。 なお、今回公表された事績簿にはPDF版とExcel版があるものの、Excel版については掲載日現在の様式案となっており、動作確認未了のため、税額計算の用途には使用できないとのこと。そのため、動作確認後のものについては令和6年3月下旬の掲載が予定されている(同日公表の令和6年用「年末調整計算シート」(Excel版)についても同様)。 また、定額減税額の計算に含める同一生計配偶者の有無や扶養親族の人数については、基準日在職者の提出した扶養控除等申告書や配偶者控除等申告書で把握することになるが、これらに記載のない同一生計配偶者や扶養親族について月次減税又は年調減税において控除を受ける場合に提出する書類として、②・③が用意されている(③については既存の「給与所得者の基礎控除申告書、給与所得者の配偶者控除等申告書及び所得金額調整控除申告書」と兼用の様式となっている)。 なお、今回公表された3つの様式案は、いずれも掲載日現在のものとなっており、確定版については順次掲載が予定されている。加えて記載例も準備中とされているため、今後の情報には留意されたい。 (了) ↓お勧め連載記事↓
《速報解説》 キャッシュ・フロー計算書における 「資金」の定義を修正する財規の改正が確定 ~「現金及び預金」の範囲に含まれるか否かについて金融庁の考え方示す~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2024(令和6)年2月19日、「財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則等の一部を改正する内閣府令」(内閣府令第14号)が公布された。これにより、2023年12月7日から意見募集されていた公開草案が確定することになる。パブリックコメントの概要及びそれに対する金融庁の考え方も公表されている。 これは、企業会計基準委員会から公表された「資金決済法における特定の電子決済手段の会計処理及び開示に関する当面の取扱い」(実務対応報告第45号)及び「『連結キャッシュ・フロー計算書等の作成基準』の一部改正」(企業会計基準第32号)を受けたものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ キャッシュ・フロー計算書における資金 キャッシュ・フロー計算書における「資金」の定義について、次のように改正する(アンダーラインが改正点。連結財務諸表規則なども同様の改正)。 Ⅲ パブリックコメントの概要及びそれに対する金融庁の考え方 電子決済手段について、財務諸表等規則に定める貸借対照表上の「現金及び預金」の範囲に含まれるかどうかのコメントに対して、金融庁は次の考え方を示している。 Ⅳ 施行日 公布の日(2024年2月19日)から施行する。 (了)
《速報解説》 JICPAが監査基準報告書260「監査役等とのコミュニケーション」等の改正案を公表 ~PIEなど特定の事業体の財務諸表監査に特有の独立性に関する規定が適用される場合の規定を追加~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2024年2月15日、日本公認会計士協会は、監査基準報告書260「監査役等とのコミュニケーション」、監査基準報告書700「財務諸表に対する意見の形成と監査報告」及び監査基準報告書700実務指針第1号「監査報告書の文例」の改正(公開草案)を公表し、意見募集を行っている。 これは、2023年10月に国際監査・保証基準審議会(The International Auditing and Assurance Standards Board:IAASB)から公表された、IESBA倫理規程の改訂により会計事務所が社会的影響度の高い事業体(PIE)に対する独立性に関する要求事項を適用している場合の開示要求に伴う狭い範囲の改訂を受けたものである。 意見募集期間は2024年3月15日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な改正内容 主な改正内容は次のとおりである。 Ⅲ 適用時期等 2025年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度に係る監査並びに同日以後開始する中間連結会計期間及び中間会計期間に係る中間監査から適用する。 (了)
2024年2月15日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.556を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
日本の企業税制 【第124回】 「令和6年度税制改正における新たな公益信託税制」 一般社団法人日本経済団体連合会 経済基盤本部長 小畑 良晴 2月2日、政府は、能登半島地震の発災日が1月1日と令和5年分所得税の課税期間に極めて近接していること等から、令和5年分所得税・令和6年度分個人住民税について、今般の災害による損失に係る特別な措置を講ずることを閣議決定した。 これまでも、平成23年4月27日に成立・施行された「東日本大震災の被災者等に係る国税関係法律の臨時特例に関する法律」及び「地方税法の一部を改正する法律」(いわゆる震災特例法)においても同様の措置が講じられたことがある。 今回新たに講じられる措置は、所得税では、①雑損控除の特例(今般の災害により住宅や家財等の資産について損失が生じたときは、令和5年分の所得において、その損失の金額を雑損控除の適用対象とすることができる特例)、②災害減免法の特例(今般の災害により住宅や家財について甚大な被害を受けたときは、雑損控除との選択により、令和5年分の所得税について、災害減免法による軽減免除の適用を受けることができる特例)、③被災事業用資産等の損失の必要経費算入の特例(今般の災害により事業用資産等について損失が生じたときは、その損失の金額を令和5年分の事業所得等の金額の計算上、必要経費に算入することができる特例)が設けられる。 また、個人住民税では、雑損控除の特例(今般の災害により住宅や家財等の資産について損失が生じたときは、令和6年度分の個人住民税において、その損失の金額を雑損控除の適用対象とすることができる特例)が設けられる。 〇令和6年度税制改正法案の提出 上記特例措置の閣議決定と同じ2月2日に、令和6年度税制改正に係る「所得税法等の一部を改正する法律案」が国会に提出された(2月6日には「地方税法等の一部を改正する法律案」も国会に提出された)。 今回の改正法案には、公益法人制度改革と併せて、公益信託制度も公益法人制度と整合的なものとすることとされており、公益信託税制の抜本的な見直しも盛り込まれている。 〇従来の公益信託税制 公益信託は、公益活動のために自らの財産を提供しようとする個人や利益の一部を社会に還元しようとする企業等(委託者)が自らの財産を信託銀行等(受託者)に信託し、信託銀行等は、定められた公益目的に従い、その財産を管理・運用し、公益のために役立てようという制度である。 これまでの公益信託は、受益者の定めのない信託として位置づけられ、一定の要件を満たした公益信託(特定公益信託・認定特定公益信託)を設定した委託者及び公益信託へ寄附した寄附者に対して、特定公益信託の場合は、法人において一般寄附金としての損金算入が認められ、認定特定公益信託の場合は、法人においては一般寄附金とは別枠での損金算入が認められ、個人においては寄附金控除や相続又は遺贈により取得した財産の金銭を支出した場合の相続税非課税が認められている。 また、特定公益信託の要件を満たす公益信託については、その信託に関する権利の価額はゼロとして取り扱われ、相続税は非課税となる。 〇新たな公益信託制度 新しい資本主義の下、社会の変化等に柔軟に対応し多様な社会的課題解決に向けて民間の力を引き出していくため、昨年5月に閣議決定された「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2023改訂版」では、公益法人制度の見直しと併せて、「公益信託制度について、主務官庁による許可・監督を廃止して、公益法人認定法と共通の枠組みで公益信託の認可・監督を行う仕組みを構築する」とされていた。 すでに、公益信託については、現在の公益信託制度を規定する「公益信託ニ関スル法律」を見直すために、平成31年に法制審議会の答申がされているところ、この答申を踏まえ、公益信託制度を公益認定制度に一元化し、公益法人認定法と共通の枠組みで公益信託の認可・監督を行う仕組みとすることとされている。 〇新たな公益信託に対する税制措置 令和6年度税制改正では、新たな公益信託制度に対応し、新公益信託については信託設定時等のみなし譲渡益の非課税、拠出時の寄附金控除及び寄附金の損金算入、運用収益の非課税など、公益法人並みの課税上の取扱いを受けることとされている。 公益法人等に対して財産を寄附した場合、その寄附者による資産等の贈与等がみなし譲渡所得課税の適用対象となることとされ(改正所法案59)、また、公益信託の委託者がその有する資産を信託した場合にもその委託者に対してみなし譲渡所得課税が適用されることとなる(改正所法案67の3)。その上で、みなし譲渡所得等の非課税措置(改正措法案40)について、適用対象となる公益法人等の範囲に、新公益信託の受託者が加えられる。 新公益信託の信託財産とするために、個人が支出した当該新公益信託に係る信託事務に関連する寄附金について、寄附金控除の対象とされ(改正所法案78)、法人が支出した寄附金については、一般の寄附金の損金算入限度額とは別に、一定の損金算入限度額に相当する金額の範囲内で損金算入ができることとされる(改正法法案37)。 新公益信託の信託財産に属する資産及び負債並びにその信託財産に帰せられる収益及び費用は受託者である法人の各事業年度の所得の金額の計算上その法人の資産及び負債並びに収益及び費用でないものとみなされる(改正法法案2、12)。 (了)
〔令和6年3月期〕 決算・申告にあたっての税務上の留意点 【第2回】 「「オープンイノベーション促進税制の見直し」 「デジタルトランスフォーメーション (DX) 投資促進税制の見直しと延長」 「中小企業防災・減災投資促進税制の見直しと延長」」 公認会計士・税理士 新名 貴則 令和5年度税制改正における改正事項を中心として、令和6年3月期の決算・申告においては、いくつか留意すべき点がある。本連載では、その中でも主なものを解説する。 【第1回】は「研究開発税制の見直し」について解説した。 【第2回】は「オープンイノベーション促進税制の見直し」、「デジタルトランスフォーメーション (DX) 投資促進税制の見直しと延長」及び「中小企業防災・減災投資促進税制の見直しと延長」について解説する。 1 オープンイノベーション促進税制の見直し オープンイノベーション促進税制とは、青色申告書を提出する法人が、一定のスタートアップ企業に対して出資を行う場合に、その投資額の25%相当額の所得控除を認める制度である。 ただし、株式取得の日から一定期間内に当該株式を売却等した場合は、その部分を益金に算入することになるので注意が必要である。 従来は現金の払込みによる新規出資のみが対象だったが(新規出資型)、令和5年度税制改正により、既存株式の取得が対象に追加されている(M&A型)。 (1) 新規出資型における見直し 令和5年度税制改正により、令和5年4月1日以降の新規出資型の出資について次のように見直しが行われている。 (※1) 過去に新規出資型の証明を受けている場合、当該証明を受けた出資先企業に対して行う追加出資(新規発行株式の取得)は対象外 ただし、追加出資によって議決権の過半数を有することになる場合は対象 (※2) M&A型との合計額 株式の取得から3年を経過するまでに、特別勘定の取崩し事由に該当することとなった場合は、その事由に応じた金額を取り崩して益金に算入する。具体的には、次のような場合である。 (2) M&A型の創設 スタートアップ企業へのM&Aを後押しするため、令和5年度税制改正により、M&A時の発行済株式の取得もオープンイノベーション促進税制の対象とすることとされた。 (※) 新規出資型との合計額 株式の取得から5年経過後に、特別勘定を取り崩して益金に算入する。ただし、5年以内にスタートアップが一定の成長要件を満たした場合は、取崩しは不要となる。要件は、スタートアップの成長段階に応じ「売上高成長類型」、「成長投資類型」、「研究開発特化類型」の3類型が設定されている。 この改正は、令和5年4月1日から令和6年3月31日までの間の株式取得に適用されるため、令和6年3月期決算申告には適用されることになる。 2 デジタルトランスフォーメーション (DX) 投資促進税制の見直しと延長 デジタルトランスフォーメーション(DX)とは、デジタル技術を活用した企業変革のことである。DX投資促進税制とは、青色申告書を提出する法人が、認定事業適応計画に従ってソフトウェア等の取得等をして事業に供用した場合に、30%の特別償却又は税額控除(3%又は5%)を認める制度である。 令和5年度税制改正において、主務大臣による認定要件が見直された上で2年間(令和7年3月31日までの間の取得・供用まで)延長されている。 (1) 認定要件の見直し DX投資促進税制の適用を受けるためには、主務大臣による認定が必要であるが、この認定要件が見直されて次のようになっている。 (2) 制度の概要 取得等をして事業に供用した情報技術事業適応設備及び事業適応繰延資産の額(300億円が限度)について、30%の特別償却又は税額控除(3%又は5%)が認められる。 (※1) クラウドシステムへの移行に係る初期費用 (※2) ソフトウェア・繰延資産と連携して使用するもののみ (※3) グループ企業外の事業者とデータ連携をする場合 (3) 適用期間 この改正は令和5年4月1日から令和7年3月31日までの取得・供用に適用されるので、令和6年3月期決算申告には適用されることになる。 3 中小企業防災・減災投資促進税制の見直しと延長 中小企業防災・減災投資促進税制とは、中小企業強靭化法に基づく「事業継続力強化計画」又は「連携事業継続力強化計画」の認定を受けた青色申告書を提出する中小企業者等が、当該計画に基づいて、指定期間内に一定の設備(特定事業継続力強化設備等)への投資を行う場合に、20%の特別償却を認める制度である。税額控除は認められていない。 令和5年度税制改正により、対象設備に耐震装置が追加され、計画の認定期間が令和7年3月31日まで2年間延長された。また、令和5年4月1日以後に取得・供用する資産については、特別償却率が18%に引き下げられている。 (了)