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税理士が知っておきたい不動産鑑定評価の常識 【第41回】「鑑定評価における条件とは」~条件の設定はどのような場合に許されるか~

税理士が知っておきたい 不動産鑑定評価の常識 【第41回】 「鑑定評価における条件とは」 ~条件の設定はどのような場合に許されるか~   不動産鑑定士 黒沢 泰   1 はじめに 鑑定評価額は評価の前提条件により異なってくる場合があります。 同じ土地を評価するにしても、例えば、隣接土地の所有者が購入する場合とそれ以外の不特定の人が購入する場合とでは、価格が異なっても何ら不合理でないケースがあります。 仮に、評価対象地の隣接土地が形状の悪い土地であったとします。隣接土地の所有者が対象地を買い取って一体利用することにより、もともと所有していた土地が形状の良い土地の一部となり、使い勝手も著しく向上するということになれば、他の人よりも少々割高な価格で購入しても損はないといえます。 このように、「隣接者が購入することを前提とした場合の価格は〇〇〇〇万円」であるとか、「市場において不特定多数の人が購入を検討する場合の価格は〇〇〇〇万円」であるという具合に、条件次第で評価額が異なることがあり得る点に鑑定評価の特徴があります。 今までの連載では、「鑑定評価の条件」そのものに関しては立ち入った説明をしてこなかったため、今回、その意義を改めて振り返ってみたいと思います。   2 鑑定評価の条件とは 不動産鑑定評価基準(以下、「基準」と呼びます)では、「条件」そのものの定義は行っていませんが、実務的には(既に述べた内容からも察せられるとおり)鑑定評価額を求めるに当たっての前提という意味合いのものとなります。そして、基準では、「鑑定評価の条件」につき、次の3つの観点からその対象を捉えています(基準総論第5章第1節Ⅰ~Ⅲ)。 以下、それぞれについて解説を加えます。   3 対象確定条件 ~対象不動産の確定に当たって必要となる鑑定評価の条件 (1) 考え方 対象不動産の所在や面積、評価の対象範囲等を最初に確定させておく必要があります。 特に、評価の対象範囲については次の点が基本的かつ重要となります。 また、不動産には賃借権をはじめとする様々な権利が設定されていることがあるため、 鑑定評価に当たっては、これを所与とした(=現況どおりの)状態で評価するのか、権利が付着していない状態を前提として評価するのかを明確にしておく必要があります。 このように条件次第で価格の捉え方も異なることから、鑑定評価に条件を付す場合は、依頼者に誤解を与えたりその利益を害したりすることがないよう、鑑定評価の受付時に依頼者と協議の上、合理性を満たすものに限って付すべきものとされています。そして、不動産鑑定士にとっても、「このような前提条件で評価を行えば〇〇〇〇万円という評価額となる」という趣旨を鑑定評価書に記載することにより、責任の範囲を明らかにするという意味合いを有しています。 (2) 具体例 対象確定条件に関する具体例としては次のようなものがあります。   4 地域要因又は個別的要因についての想定上の条件 ~対象不動産にかかる価格形成要因についての想定上の条件 (1) 考え方 既に述べてきたとおり、鑑定評価の前提条件は必ずしも現況に一致しなければならないというわけではありません。このことは対象確定条件に限ったものではなく、これから述べる地域要因及び個別的要因に関しても同様です。ただし、それが合法性や実現性等の観点から妥当と認められ、鑑定評価の利用者の利益を害しないものであることが何よりも先に求められます。 例えば、都市計画の策定やこれに関する諸規制の変更、改廃に権能を有する公的機関(都道府県、政令指定都市等)の確定的な計画が存しないにもかかわらず、「用途地域が準工業地域から第2種低層住居専用地域に変更されることを想定して」というような条件を付した鑑定評価は合法性や実現性を欠くため、不適切なものとなります。 (2) 具体例 このほかに、鑑定評価で付す条件が不合理又は非現実的なものに該当するケースとしては、次のようなものがあげられます。   5 調査範囲等条件 ~対象不動産の価格形成要因についての調査の範囲にかかる条件 (1) 考え方 不動産鑑定士の通常の調査の範囲では対象不動産の価格への影響を判断するための事実の確認が困難な特定の価格形成要因が存在する場合、これについて調査範囲から除外して鑑定評価を行うことができることとされています(このような規定も平成26年基準改正時に新設されました)。ただし、調査範囲等条件を付した場合でも、例えば、対象地が土壌汚染対策法上の要措置区域(又は形質変更時要届出区域)に指定されているか否か等の役所調査を行った結果を鑑定評価書に記載しておくことが、不動産鑑定士にとって最低限求められています。 (2) 具体例 調査範囲等条件を付すことが許容される場合としては、次のようなケースがあげられています(不動産鑑定評価基準運用上の留意事項Ⅲ1(2)③ア)。 また、調査範囲等条件を設定しても鑑定評価書の利用者の利益を害するおそれがないと判断される場合の例としては、「不動産の売買契約等において、当該価格形成要因に係る契約当事者間での取扱いが約定される場合」をはじめ、いくつかのケースがあります(不動産鑑定評価基準運用上の留意事項Ⅲ1(2)③イ)。   6 まとめ 「鑑定評価の条件」などというと、いかにも形式的で堅苦しい印象で受け止められがちですが、今回の解説で少しでもイメージをつかんでいただければ幸いです。 鑑定評価書には、「条件」ということばが登場しても、改めてその解説がなされている ケースはむしろ少ないと思われますが、依頼者(あるいは鑑定評価書の読み手)にとっても、鑑定評価に「条件を付す」ことの意味を十分理解しておきたいものです。 (了)

#No. 519(掲載号)
#黒沢 泰
2023/05/18

〈知識ゼロからでもわかる〉 NFTとその利活用 【第2回】「NFTの利用方法」

〈知識ゼロからでもわかる〉 NFTとその利活用 【第2回】 「NFTの利用方法」   東京ハッシュ株式会社 代表取締役 段 璽 公認会計士・公認不正検査士 松澤 公貴   1 はじめに 本連載では、NFTの入門知識を整理している。【第1回】では、NFTの定義と性質、ブロックチェーンとの関係、長所と短所、NFTユーティリティとNFTコレクションについて解説した。今回は、若干の技術的背景も交えつつ、NFTを実際に利用する方法について解説する。   2 NFTのライフサイクル NFTのライフサイクルイベントとして、定義、発行(Mint)、移転(所有者の変更)、メタデータ変更、廃棄がある。 NFTはブロックチェーン上で発行されると、誰かがその所有権を持ち、自由に移転することができる。その後は、取引等を通じて移転が繰り返される。対応するメタデータが書き換えられることもある。ライフサイクルの終了は、誰も移転できない状態にNFTが置かれた場合に訪れ、技術的には可能だが、意図的に行うケースは少ない。 (1) 定義 ブロックチェーンはある種のコンピュータと捉えることができる。その中で特定の仕様に沿ったNFTを定義することができる。平たく言い換えれば、ブロックチェーンが特定のNFTの存在や仕様について「知っている」という状態である。 新しいNFTをブロックチェーン上で定義することは、基本的に誰でも可能である。ブロックチェーンによっては、プログラミングさえ必要としないほどに周辺ツールが揃っている。主な選択項目は、どのブロックチェーン上に発行するか、どのようなメタデータをどういった形で保管・提供するか、同じ銘柄のNFTをいくつ発行するか、どのような発行条件を定めるか等である。 ノーコードでNFTを定義するにしても、大抵の場合、実際にはNFTの仕様を体現する新たなスマートコントラクト(ブロックチェーン上で実行可能なコンピュータプログラム)にパラメータを与えて、そのコントラクトを実行可能な状態に置く操作(デプロイメント)を行う。デプロイメントに際しては、ブロックチェーン上での実行手数料として「トランザクション手数料」が課される場合がある。 メタデータは任意のデジタルデータであり、画像や音声、動画が代表的である。またNFTコレクションにおいては、「特性(Traits)」がメタデータとして設定されていることもあり、各NFTに個性を持たせるとともに、「レア度(Rarity)」の根拠にもなる(※1)。メタデータ自体は通常ブロックチェーンには記録されず、代わりにクラウドストレージに保管され、NFTのコントラクトにはリンクのみが書き込まれる。 (※1) 例えば、NFTコレクションの「Bored Ape Yacht Club」(BAYC)に属するNFTには、様々な特徴が設定されている。 (2) 発行 NFTのコントラクトには、いくつかの操作ができる「関数」が備わっている。その1つに「発行」があり、これを呼び出して実行に成功すれば、晴れて実際のNFTを誰かが所有することができる。技術的には、特定のNFTに対する所有者のID(アカウント/アドレス)がNFTのコントラクトに書き込まれる。 NFT発行の操作自体は、NFTの設計側が行うとは限らず、一定の条件をクリアした利用者に発行権利を付与するケースも多々ある。例えば、特定のTwitterアカウントをフォローする、特定のNFTコレクションを保有する等の条件がある。 (3) メタデータの変更 繰り返しになるが、NFTはメタデータに対する所有権であり、永続的であるのも所有権である。メタデータとしてのリンク先の画像データが永続的・変更不可能であるかは、また別の問題である。 前回紹介したCryptoKittiesではメタデータの変更は意図されていない。一方で、2021年に一世を風靡したNFTコレクション「Bored Ape Yacht Club (BAYC)」では、類人猿のイラストと特徴が主なメタデータとなっているが、メタデータの変更が積極的に設計意図として組み込まれている。例えば、NFTの所有者が「バイブス(Vibes;空気感、ノリ)」をメタデータの一部として設定できるような変更が、NFT発行後に導入されたことがある。また、福袋のように、メタデータが不明な状態でNFTを販売し、販売後しばらくしてからメタデータを明かす「リビール(Reveal)」という手法も1つの典型的なパターンである。   3 入手 利用者がNFTを入手するには、前述の通り発行権を取得して自ら発行するか、または有償/無償で譲渡を受ける。特定のNFTプロジェクトや知人から発行権またはNFTそのものを購入するケース、知人から譲渡されるケース、必ずしも知人でない者から、時に意向に関係なく譲渡を受けるケース(エアドロップという)がある。 いずれにしても、NFTを所有するには、ブロックチェーンのアカウント(あるいはアドレス)が必要になり、これを管理するツールとして「ウォレット」を利用する。   4 保管 NFTは他の暗号資産と同様にウォレットに保管する。ウォレットはブロックチェーンのアカウント/アドレスを安全に管理するための製品である。 NFT保管の原則は、NFTに対応し、かつ信頼できるウォレットを選択し、秘密鍵と回復フレーズを安全に管理するとともに、高価なNFTはハードウェアウォレットに保管することである。   5 おわりに 本稿では、NFTのライフサイクルを中心に、利用における仕組みを解説した。従来のモノやサービスとはかなり異なる部分があり、それらに注意を払うことで、新しい形のビジネスモデルや市場を効果的に捉えることができるため、是非基本知識として押さえていただきたい。 【第3回】(最終回)では、NFTのビジネスモデルと市場について解説する。   (了)

#No. 519(掲載号)
#段 璽、松澤 公貴
2023/05/18

《顧問先にも教えたくなる!》資産づくりの基礎知識 【第1回】「ちょっとうんちく“NISAの歴史”」

《顧問先にも教えたくなる!》 資産づくりの基礎知識 【第1回】 「ちょっとうんちく“NISAの歴史”」   株式会社アセット・アドバンテージ 代表取締役 一般社団法人公的保険アドバイザー協会 理事 日本FP協会認定ファイナンシャルプランナー(CFP®) 山中 伸枝   ◇◆◇連載開始にあたって◇◆◇ 本連載は読者の方のご自身の資産づくりはもちろんのこと、顧問先から何かと相談されることの多い税理士の方が、個人の資産づくりについて質問・雑談があった際に、お話の1つのテーマや参考として活用いただけるような資産づくりの知識を紹介する連載となっています。 今後、本連載ではNISAをはじめとした金融商品に関する基礎知識や知って得する情報、その他興味深い資産づくりの話題を取り上げていく予定ですので、気になるテーマがあればチェックしてみてくださいね。   〇はじめに 2014年に日本に導入されたNISAは、10年の時を経て2024年から新NISAとなり、さらにパワーアップします。岸田首相が打ち出す資産所得倍増計画の7つの柱の中でも、第1の柱に据えるのがNISAの拡充ですから、その重要性は想像に難くありません。 最近は、新聞や雑誌、あるいは街中であっても頻繁にNISAという言葉を目にします。「投資をした時に、税金が得する制度」といった認識はすでにお持ちであると思いますが、実際にNISAを活用している人は、それほど多くはありません。 しかし、NISAの歴史をひもとくと、数ある金融商品の単なるオプションではなく、すべての日本人にとって持つことが必須の金融口座であると理解できるでしょう。   〇NISA(少額投資非課税制度)にある2つのメッセージ まずNISAの名前の由来から見ていきましょう。NISAの日本語表記は「少額投資非課税制度」です。漢字表記の方が、意味が伝わりやすいと思いますが、この言葉には2つのメッセージが含まれています。 1つ目のメッセージは、投資はまとまった資金がある人だけがするものではなく、むしろ少額から投資をする方が良いのだということです。つまりお金持ちのための制度ではなく、普通の人が当たり前に投資を行い、豊かさを手に入れるための制度であるということです。 そして2つ目のメッセージは、投資における様々なハードルを非課税という特典を提供することで越えさせようという国の強い想いです。投資は市場の動きによりその価値が上がったり下がったりしますが、短期での運用を諦めるのではなく長期で資産を成長させる姿勢を促そう、そのために特典をつけようという工夫です。 「貯蓄から投資へ」というスローガンは、2000年に金融庁が設置されてすぐに掲げられました。まさに金融庁がスタートして以来、ずっと取り組んできたことがこの言葉に集約されているといってもよいでしょう。   〇間接金融から直接金融へ 「貯蓄から投資へ」を言い換えると、「間接金融から直接金融へ」となります。間接金融とは、銀行を通じた投資です。銀行の役割の1つとして企業への融資がありますが、この資金は私たちの預金です。つまり、私たちは銀行を通じて企業に投資をしていることになります。 戦後からバブル期における日本においては、この間接金融の仕組みが極めてうまく回っていました。銀行が成長の期待ができる企業に融資を行うことで企業が成長し、その恩恵として私たちはより便利な暮らしを手に入れました。また企業の成長は雇用を生み、賃金上昇をもたらし、私たちの暮らし向きはますます良くなりました。 〈間接金融のイメージ〉 しかし、時は流れバブルが崩壊すると、銀行が変わり始めました。小説などでもよく知られる「貸し剥がし」や「貸し渋り」が起こります。それにより、潜在的成長力を秘めた日本の企業へ適切な資金が回らなくなります。一方「晴れの日に傘を貸す」という言葉に代表されるように、安全性重視の融資が優先されることで、日本の経済成長率の低下が加速しました。 日本の経済成長が低迷しデフレが長引く中、日本では預金神話が根強く残りました。金利はすでにゼロであるにもかかわらず、バブル期の高金利のイメージが拭いきれず銀行なら大丈夫という根拠のない考えが継続しました。またそれは、デフレにより物の値段が下がったことで、預金の購買力維持につながり、結果的に預金至上主義を助長することにつながりました。 国際比較をするとこの間の日本人の経済力の低下は一目瞭然です。それを示すのが、金融庁が様々な場面で紹介する以下の図です。米国・英国と比較し日本の金融資産額においては運用リターンによって得た物が圧倒的に少ないことが見て取れます。 (※) 金融庁「人生100年時代における資産形成」の事務局資料より抜粋 要は日本人の資産は、預金に偏りすぎていて、適切な投資を行っていないため、増えなかったということです。ここでの投資を別の言葉で言い換えると「直接金融」となります。これは、個人が自身の考えで企業を選びそこに投資をすることで、その企業の成長の果実を得ることをいいます。 アメリカにおいては、人々が新しい技術やサービスを提供するベンチャー企業に直接投資をすることにより、経済がどんどん発展したという例がその効果を証明しているとも言えます。   〇NISAの原型となるイギリスの制度「ISA」 実際日本はアメリカの成功事例に習い、「401k」という老後の資産形成の仕組みを確定拠出年金として2001年に導入しました。こちらは厚生労働省管轄の私的年金制度なので、金融庁が注目したのはこれとは別のイギリスの制度である「ISA」でした。 ISAは正式には「Individual Savings Account」といい、1999年よりイギリス国民のお財布として普及してきた制度です。Savingsとは貯蓄という意味ですが、実際イギリスにおいては、ISAの対象となる金融商品は幅広く、株や投資信託といったもの以外にも預金や保険もISA口座での運用が可能で、そこで得た利益がすべて非課税となります。 貯蓄口座なので流動性も高く、いつでも引き出しが可能という点も国民からの支持を集めました。子どもの教育資金や住宅資金、あるいは家族のレジャー資金など用途や引き出し時期に制限がないため、「まずはISA口座を持つ」という意識が広がり普及したと言われます。   〇NISAをめぐる金融庁と金融機関のぶつかり合い 冒頭NISAは10年の時を経て新しいNISAに生まれ変わるとお伝えしましたが、もちろんこの10年は決して平坦なものではありませんでした。金融庁は、投資による国民の健全な資産形成を願いながら、しばしば金融機関と激しくぶつかり合いました。 当時低金利で「売り物がない」金融機関は、毎月分配型の投資信託で手数料を稼いでいました。利益の分配が行われることは普通ですが、金融庁が問題視したのは「毎月」という点です。特に「年金のように毎月分配金が入る」と謳い高齢者に販売している姿勢を批判したのです。 当時の毎月分配型の投資信託には、元本を取り崩して分配金を出すものもありました。利益の分配金は、「普通分配金」と呼ばれており、これはもちろん課税対象ですからNISA口座で購入をすれば非課税メリットを得ることができます。 一方で元本を取り崩して行われる分配金は「特別分配金」と呼ばれ、これをもNISA口座で購入すれば非課税メリットが受けられるから良いのだというシナリオを用いたのです。特別分配金というと、なにか得をしているように思いがちですが、要は損失です。最近では「元本払戻金」と呼ぶように指導されていますが、当時はNISAを隠れ蓑に金融機関が不適切な営業を展開しているのではないかと金融庁は強い言葉で批判していました。 そこで登場したのが2018年のつみたてNISAです。ここでは、金融庁があらかじめ販売できる投資信託を厳選し金融機関の都合で顧客に金融商品を売らないようにと牽制したのです。筆者がどこの金融機関にも属さない独立系ファイナンシャルプランナーとして金融庁より「有識者コラム」の連載執筆を求められたのはちょうどこの頃です。 少額投資非課税制度は、イギリスのISAに習い、日本の「N」を頭につけてNISAと名付けられました。2014年に一般NISAが始まり、2018年につみたてNISAが追加され、2024年からは新NISAとして2つのNISAが統合されます。この10年の歴史は、単なる政治的キャンペーンでも金融機関のトレンドでもなく、国民の豊かな暮らしを願う国と、それを支えようとする金融庁が、独自の利益追求に走りがちな金融機関と闘ってきた歴史だと思うと、少し興味もわくのではないでしょうか? NISAの口座開設で、この制度をご自身の人生に取り込んでみてください。 (了)

#No. 519(掲載号)
#山中 伸枝
2023/05/18

プロフェッションジャーナル No.518が公開されました!~今週のお薦め記事~

2023年5月11日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル  No.518を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。

#Profession Journal 編集部
2023/05/11

酒井克彦の〈深読み◆租税法〉 【第119回】「節税商品取引を巡る法律問題(その13)」

酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第119回】 「節税商品取引を巡る法律問題(その13)」   中央大学法科大学院教授・法学博士 酒井 克彦     Ⅹ 広報活動と納税者への情報提供 1 政府広報 内閣府大臣官房政府広報室(以下「政府広報室」という。)では、国民と政府を結ぶために、国の重要施策を国民に伝える「広報」活動を行っている。 国民の暮らしに密接に関係する国の施策を進めていくためには、国民の理解・協力が欠かせないことから、政府は広報活動に力を入れている。政府広報は、国の施策について国民に理解してもらうための活動として位置付けられる。 政府広報室では、新聞・雑誌、インターネット、テレビのスポットCM、ラジオ、海外向け広報誌など、様々な媒体を通じて広報活動を展開しているようである。 例えば、政府広報オンラインは、政府広報室が運営する「国の行政情報に関するポータルサイト」を指すが、政府の「政策課題」「施策・制度」「取り組み」の中から、国民生活に身近な話題や政府の重要課題をピックアップし、記事や動画などで、国民に分かりやすく伝えることを目的としている。 政府広報オンラインには、政府の施策や取組みなどを解説した記事や動画、政府広報室が実施した新聞・雑誌広告、ラジオ番組、スポットCMなどの「政府広報」、各府省のウェブサイトに新たに掲載された主な情報など、行政施策情報が掲載されている。 2 国税庁による広報活動 国税庁は広報活動を行うことによって、納税者に的確な情報を提供している。 広報活動には、情報を対象に向けて発信するという具体的行為のイメージが強いが、広い意味では、広報活動には、外部への情報発信活動のほか、外部の意見に耳を傾けたり調査をするという意味での広聴活動も包摂される。すなわち、対外的情報発信活動と同時に、行政の正確な判断と、軌道修正、適切な再発進に役立つように外部の現状変化や社会の要請を聴き取るなど広く行政外部から情報を集める活動も重要である(※1)。 (※1) 岩井義和「行政広報の意義」外山公美編『行政学』189頁(弘文堂2011)。なお、広報概念については、巽健一「『広告』とその類縁概念(広報、PR、宣伝)の関係について」広報科学45集140頁(2004)も参照。 そこで、まず、国税庁の広報広聴活動について簡単に見ておきたい。 財務省が発表する「令和4事務年度 国税庁実績評価の事前分析表」(※2)によると(※3)、国税庁は、納税者サービスに係る「実績目標の内容及び目標設定の考え方」として、次のように示す。 (※2) 財務省HP〔令和5年2月6日訪問〕参照。 (※3) 国税庁の実績の評価については、国税庁HP〔令和5年2月6日訪問〕を参照。 また、業績目標として、「広報・広聴活動等の充実」の中で、「国民各層・納税者の方々の視点に立った情報の提供に努めるとともに、租税の意義・役割、納税意識の重要性や税務行政についての理解・協力を求めます。また、国民各層・納税者の方々の意見・要望等を聴取し、事務の改善に努めます。」としている。 加えて、「租税の意義・役割や納税意識の重要性、税務行政における様々な取組などについて、国民各層・納税者の方々からの幅広い理解や協力を得るため、広報・広聴活動を行い、租税教育の充実や公開講座の開設等による租税に関する知識の普及を図るほか、関係民間団体との協調関係の推進などにも取り組みます。」としている。 そして、国民各層・納税者の方々への広報活動の充実の取組内容として、具体的に次のような取組みを紹介している。 かような取組みの効果が表れているのか、納税者サービスに関する納税者の満足度は高いようである(※4)。 (※4) 平成30年度に実施した「アンケート調査による主な測定指標」によると、「納税者サービスの充実」 についての納税者の満足度が国税庁HPにアンケート調査として公表されている〔令和5年2月6日訪問〕。 3 小括 このような政府が行う情報提供の充実も国民の租税リテラシーの向上に一役買っているものと思われるが、プル型情報だけでなく必要な情報が政府の側から国民の側に届くような的確なプッシュ型情報が求められるところである。 (続く)

#No. 518(掲載号)
#酒井 克彦
2023/05/11

谷口教授と学ぶ「国税通則法の構造と手続」 【第14回】「国税通則法23条(3)」-後発的理由の意義と範囲-

谷口教授と学ぶ 国税通則法の構造と手続 【第14回】 「国税通則法23条(3)」 -後発的理由の意義と範囲-   大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫   国税通則法23条(更正の請求)   国税通則法施行令6条(更正の請求)   1 特別の更正の請求の趣旨と後発的理由の意義 国税通則法が23条2項で特別の更正の請求を定めた趣旨は、前々回1でみたように、「期限内に[減額更正を請求する]権利が主張できなかつたことについて正当な事由があると認められる場合の納税者の立場を保護するため、後発的な事由により期限の特例が認められる場合を[個別税法で規定されていた場合よりも]拡張し、課税要件事実について、申告の基礎となつたものと異なる判決があつた場合その他これらに類する場合を追加する」(税制調査会「税制簡素化についての第三次答申」(昭和43年7月)54頁)ことにあった。 前回は3で、このような趣旨を踏まえ、特別の更正の請求に係る後発的理由発生要件について、当該理由が法定申告期限後に発生すること(時間的要素)とやむを得ない理由であること(性質的要素)の2つの要素によって構成されることを述べた。今回は、これらのうち性質的要素について裁判例を素材にして「やむを得ない理由」の範囲を検討することにする。 その前に、ここでは、上記の時間的要素に関する前回の検討を若干補足しておきたい。すなわち、前回はこの要素を1項更正の請求及び2項更正の請求の呼称に関して検討し「通常の更正の請求」及び「特別の更正の請求」という呼称が適切である旨を述べたが、ここでは、この要素の内容について以下のとおり補足しておくことにする。 後発的理由は、確かに、法定申告期限後に発生するものであるが、ただ、法令の規定に則して精査すると、ここでいう「発生」には2通りの意味があることが判る(拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)【135】(ハ)のほか、野一色直人『国税通則法の基本』(税務研究会出版局・2020年)17頁、志場喜徳郎ほか共編『国税通則法精解(令和4年改訂・17版)』(大蔵財務協会・2022年)370頁参照)。1つには、法定申告期限後に生じた事実(後発的事実)に基因して、過誤要件が新たに充足される場合(税通23条2項1号・3号、同令6条1項1号~4号)があり、もう1つには、後発的事実の発生を契機にして、過誤要件が(税法の正しい解釈適用を前提にすると)原始的に充足されていたことが、確認される場合(税通23条2項2号、同令6条1項5号)がある。 後者の場合における後発的理由による過誤(過誤要件の充足)は、むしろ、納税申告又は決定の原始的過誤としての性質をもつとみてよかろう。国税通則法は後者の場合における特別の更正の請求については、更正に係る期間制限の特例を定めておらず、その限りで通常の更正の請求と同様に取り扱っているが(71条1項2号、同令30条、24条4項参照)、この取扱いは後者の場合における後発的理由による過誤のそのような性質を考慮したものと解される(前掲拙著【135】(ハ)参照)。   2 「やむを得ない理由」の意義と範囲 「やむを得ない理由」の意義について、特別の更正の請求の前記の趣旨に照らせば、少なくとも(税通23条2項各号に共通する内容としては)、後発的事実が納税者(更正の請求者)の意思ないし意図に基づいて生ずるものでないこと、及び後発的事実の発生が納税申告時又は決定時には納税者にとって予知し得なかったこと、を意味するものと解される(前掲拙著【135】(ホ)参照)。これを要するに、更正の請求者の帰責性の欠如が認められること、といってもよかろう(拙著『税法創造論』(清文社・2022年)868頁[初出・1995年]も参照)。 「やむを得ない理由」は、国税通則法23条2項3号で用いられている文言であるが、同号が「その他当該国税の法定申告期限後に生じた前2号に類する政令で定めるやむを得ない理由があるとき」(下線筆者)と定めていることからすると、同項1号及び2号に定める場合も「やむを得ない理由」(更正の請求者の帰責性の欠如)が認められる場合を意味するものと解される。このことは下記の判例でも前提とされていると考えられる(下線筆者。この点に関する考え方については、異なる考え方も含め、高橋祐介「判批」税法学550号(2003年)127頁、135-140頁、岡村忠生「判批」判例評論551号(2005年)2頁、6-7頁、木山泰嗣『国税通則法の読み方』(弘文堂・2022年)162-167頁参照)。 なお、上記ⓐの判示は「法23条1項所定の期間内に更正の請求をしなかったこと」につき「やむを得ない理由」を問題にしているが、これを一見すると、国税通則法が23条2項各号所定の理由とは別に、同条1項所定の期間の経過それ自体につき「やむを得ない理由」を要求する判示であるかのようにも読めなくはない。しかし、前記1でみた特別の更正の請求の趣旨からすると、後発的理由の性質的要素を問題にする判示であると解される(前掲拙著『税法基本講義』【135】(ヘ)参照)。 以上のような理解に従って、以下では、「やむを得ない理由」該当性が争われた裁判例をいくつか検討することにする(より多くの裁判例を検討するものとして、武田昌輔監修『DHCコンメンタール国税通則法』(第一法規・加除式)1441頁の4以下、日本弁護士連合会日弁連税制委員会編『国税通則法コンメンタール 税務調査手続編』(日本法令・2023年)70頁以下[戸田智彦執筆]参照)。なお、以下では、国税通則法23条2項各号に定められた理由をそれぞれ「1号理由」、「2号理由」及び「3号理由」ということにする。 ① 1号理由(判決等) 前記ⓐは、「自らの主導の下に、通謀虚偽表示により本件遺産分割協議が成立した外形を作出し」た納税者が当該遺産分割の無効確認判決の確定後にした更正の請求につき、当該判決が「判決」に該当しないと判断したが、当該判決は、いわゆる馴合訴訟による判決(下記ⓑ。下線筆者)ではないものの(ⓐの第一審・熊本地判平成12年3月22日税資246号1333頁・裁判所ウェブサイトはこの点を重視して「判決」に該当すると判断した)、更正の請求者の帰責性の欠如という意味での「やむを得ない理由」が認められないという点では共通していることから、下記ⓑと同じく妥当な判断である。 馴合訴訟に準じるような訴訟による判決についても同様の判断が示されているが(高松高判平成23年3月4日訟月58巻1号216頁参照)、下記のⒸも判示するとおり(下線筆者)、「判決と同一の効力を有する和解」である裁判上の和解についても同様の判断が妥当する。 ② 2号理由(帰属認定変更処分) 国税通則法23条2項2号は、「帰属」(課税物件の人的帰属)という課税要件に該当する事実の認定が、納税義務の確定手続において変更された場合を定めている。「その申告をし、又は決定を受けた者に帰属するものとされていた所得その他課税物件」に係るその変更前の事実認定は、当該課税物件が「他の者に帰属するものとする」その変更後の事実認定が「当該他の者に係る国税の更正又は決定」で維持されるときは、当初から誤っていたことになるので、これによる当初の納税申告又は決定の過誤(過誤要件の充足)は原始的過誤であるが、国税通則法は、当該他の者に係る更正又は決定が行われたという後発的事実に基因してその原始的過誤が確認されたものとみて、通常の更正の請求と同様の取扱いを定めているのである(前記1参照)。 この規定については、その趣旨を次のとおり判示し(下線筆者)、「原告Xに帰属するものとされていた所得がAら3名に帰属するものとするAら3名に係る所得税の更正」を2号理由としてXによる更正の請求を認めた裁判例(下記Ⓓ)がある(他の適用可能事例については野一色・前掲書21頁参照)。 この判示は、異なる納税者に係る納税義務の確定手続において同一の課税物件の人的帰属に係る異なる事実認定が「放置」され、その結果、同一の課税物件について異なる納税者がそれぞれ課税されることになることを問題にしているが、その事実認定の変更後に課税処分(帰属認定変更処分)を受けた他方の納税者が自己に対する課税処分を争うかどうかは、当然のことながら、専らその者の判断にかかっており、一方の納税者の意思によって決することはできないのであるから、当該他の納税者に対する課税処分を更正の請求者の帰責性の欠如という意味での「やむを得ない理由」の1つとして定めることは合理的である。 ③ 3号理由(政令所定理由) 国税通則法23条2項3号は、「その他当該国税の法定申告期限後に生じた前2号に類する政令で定めるやむを得ない理由があるとき」を規定し、「やむを得ない理由」の定めを政令に委任しているが、同法施行令6条1項2号及び3号はこれを定めるに当たって「やむを得ない事情」という文言を用いている。これは、内容的には、更正の請求者の帰責性の欠如を意味するものと解され、立法技術上「やむを得ない理由」とは異なる表現を用いたにすぎず、いずれも税制調査会・前掲答申にいう「正当な事由」に由来すると考えられる。 「やむを得ない事情」(税通令6条1項2号)については契約の合意解除等の主観的な事情による契約の解消がこれに該当するかどうかが問題となることがあるが、裁判例(下記ⒺⒻⒼ)では、次のとおり(下線筆者)、否定されている。 なお、国税通則法施行令6条1項5号の規定は、平成18年度税制改正によって新設されたものである(平成18年政令第132号)。親子間でのゴルフ会員権の贈与に伴う名義書換料の取得費算入を認めた最判平成17年2月1日訟月52巻3号1034頁に伴い、贈与の際に支出した費用を取得費に算入しないものとしてきた通達の取扱いが改められたが(所基通60-2等参照)、上記の規定は、このような判決等に伴う通達改正も「納税者の意思の如何にかかわらない第三者の一方的な行為」(前記Ⓕ)であることを考慮して、これを「やむを得ない理由」に追加したものと考えられる。この場合には、改正前の通達は法令に反する解釈を示すものであったことから、これに適合する納税申告や課税処分は当初から過誤要件を充足していたものであり、その過誤は原始的過誤である(前記1参照)。   3 「法定外」後発的理由に関する法創造の余地 最後に、「やむを得ない理由」の範囲に関連して、国税通則法23条2項及び同法施行令6条1項が定める後発的理由を限定列挙と解すべきかどうかについて検討しておく。 特別の更正の請求の趣旨が前記1でみたとおり「期限内に[減額更正を請求する]権利が主張できなかつたことについて正当な事由があると認められる場合の納税者の立場を保護する」ことにあることからすると、租税法律主義に含まれる手続的保障原則(前掲拙著『税法基本講義』【27】参照)の下では、後発的理由の定め方は必ずしも限定列挙と解する必要はないと考えられる(同【135】(ニ)、前掲拙著『税法創造論』868-869頁[初出・1995年]参照)。 判例の中にも、青色申告承認の取消処分が取り消された場合に、青色申告を白色申告としてされた更正処分について、「国税通則法23条2項の規定」を援用するが同項各号のいずれに該当するかを明示することなく特別の更正の請求を許容する旨を判示したものがある(下記Ⓗ。下線筆者。なお、この判決については、1号理由該当性を認めたものと解する見解として、清永敬次「判批」民商法雑誌87巻3号(1982年)403頁、411頁、木山・前掲書162頁等参照)。 このように法定の後発的理由を限定列挙と解さない立場からすると、いわば「法定外」後発的理由による更正の請求を認める法創造の余地もあるように思われる(村上敬一「判解」最判解民事編(昭和57年度)150頁、170頁は、上記Ⓗに関連して、課税庁による青色承認取消処分の取消しについて政令(1号)所定理由、同処分の判決による取消しについて1号理由に該当するとの解釈を示しつつも、仮にそのような解釈に無理があるとすれば、これらの規定の類推解釈による方法も1つの方法である旨を述べている)。この点については次の判例(Ⓘ。下線筆者)が重要な示唆を与えてくれるように思われる。 この判決は、歯科医師の社会診療報酬に係る概算経費控除の選択を「意思表示」とみた上で「錯誤に基づく概算経費選択の意思表示を撤回」することを認めたが、確かに、修正申告の許容性に関する判断であることから、更正の請求の許容性に関する判断においては援用することができないように思われるかもしれない。 しかし、この判決の中で参照されている昭和62年の第三小法廷判決のように概算経費控除の選択が単なる「見込み違い」による事案ではなく、この判決の事案のように「錯誤」という意思の欠缺によるものである場合には、その「撤回」という後発的事実によって過誤要件が充足される以上、「錯誤に基づく概算経費選択の意思表示の撤回」を「やむを得ない理由」とみて後発的理由として更正の請求を認めてよいと考えるところである(前掲拙著『税法基本講義』【134】のほか、金子宏『租税法〔第24版〕』(弘文堂・2021年)969頁参照。また、前記Ⓘの判決も素材にして広く錯誤に基づく選択権行使の拘束力を検討したものとして前掲拙著『税法創造論』729頁以下[初出・1991年]、821頁以下[初出・2000年]参照)。 (了)

#No. 518(掲載号)
#谷口 勢津夫
2023/05/11

〈判例評釈〉ムゲン・ADW事件が残したもの~最高裁の判示は、納税者の納得が得られるものか~ 【第2回】

〈判例評釈〉 ムゲン・ADW事件が残したもの ~最高裁の判示は、納税者の納得が得られるものか~ 【第2回】   公認会計士・税理士 霞 晴久   3 ADW事件第一審の判示 前回のⅠのとおり、ADW事件第一審では、争点①の課税対応課税仕入れの是非について、他の判決とは異なる判断基準が示された。以下では、時間の針を戻して、第一審が示した考え方と最高裁で最終的に確定した考え方を比較検討する。 (1) 用途区分の判断基準について ADW事件で、東京地裁は、課税仕入れの用途区分に係る判断について、「税負担の累積の排除という消費税法の目的に照らし、課税仕入れに係る消費税額について税負担の累積を招くものとそうでないものとに適正に配分するという観点から、当該課税仕入れがいかなる取引のために行われたものであるのかを、その経済実態に即して適切に行うべきものである。(下線筆者)」と判示している。すなわち、ここでは、税負担の累積を排除することが消費税法の目的であるとした上で、税負担の累積を招かないようにするため、課税仕入れについては、その経済実態に即して区分すべきとしている。このように、「経済実態」と用途区分の認定との関係に着目しているのがADW事件第一審の特徴の1つであり(※11)、ムゲン事件第一審が、課税の累積排除は立法の問題であると判示している(※12)点との大きな違いといえる(※13)。 (※11) 「経済実態」の用語は、ADW事件控訴審判決では「経済実態とのかい離による税負担の累積により同法(消費税法)の目的を達成し得なくなるものとは解されない」と判示された部分に限定して用いられ、そこでは、経済実態とのかい離が税負担の累積を排除するという消費税法の目的と直接結びつくものではないという考え方が示されている。一方、ムゲン事件に至っては、「経済実態」との乖離という側面からの検討は行われていない。 (※12) ムゲン事件第一審判決は、「仕入税額控除において、課税の累積の排除をいかに実現するかについては立法政策に委ねられていると解される」と述べている。 (※13) ムゲン事件第一審判決では、その後を続けて、「個別対応方式において共通課税仕入れと判定される課税仕入れについて、当該課税仕入れに係る資産の譲渡等による売上げ全体に占める非課税売上げの割合が非常に小さい場合が生じるとしても、そのことが課税の累積の排除の観点から直ちに許容されないとまではいえず、(中略)個別対応方式における用途区分が当該課税仕入れの行われた日の状況に基づいて判断すべきものであることや、控除対象仕入税額(共通仕入控除税額)は課税売上割合に代えて課税売上割合に準ずる割合によって計算する余地もあることからすると、原告の主張する解釈によらなければ直ちに不合理な結果が生じるとまではいえない」と述べている。 続けて、東京地裁は、「消費税法30条2項1号の文言及び趣旨に鑑みると、課税仕入れ等の用途区分に係る判断は、当該課税仕入れ等を行った日(仕入日)を基準に、事業者が将来におけるどのような取引のために当該課税仕入れ等を行ったのかを認定して行うべきである。そして、かかる認定に当たっては、税負担の判断が事業者の恣意に左右されることのないよう、①当該事業者の事業内容・業務実態、②当該事業者における過去の同種の課税仕入れ等及びこれに対応して行われた取引の内容・状況、③当該課税仕入れ等と過去の同種の課税仕入れ等との異同など、仕入日に存在した客観的な諸事情に基づき認定するのが相当である。」と判示している(※14)。 (※14) この点につき、ムゲン事件第一審においても「課税仕入れについて個別対応方式により控除対象仕入税額を計算するときは、(中略)当該課税仕入れが行われた日の状況に基づいてその取引が事業者において行う将来の多様な取引のうちのどのような取引に要するものであるのかを客観的に判断すべき」と判示されており、同様の解釈が示されている。 しかしながら、課税仕入れの目的が収益不動産の売却にあるという本件ビジネスモデルの特性から、「本件ビジネスモデル下における課税仕入れについては、仕入日に将来の賃料収入が確実に見込まれるというだけで直ちに共通対応課税仕入れに区分されるものと解すべきではなく、(中略)当該事業者が行う経済活動に関する個別の事情に基づく検討がされるべきである(下線筆者)」と判示している。ここでいう「個別の事情」を踏まえて検討するという判断枠組みは、ムゲン事件控訴審判決では全く採用されず、そこでは、「将来確実に見込まれる」(※15)かどうかだけが判断要素とされており、ADW事件第一審判決の特徴が際立っている。 (※15) 前回のⅡの1の(1)のとおり、ADW事件控訴審判決では、「将来課税売上げを生ずる取引のみが客観的に見込まれている課税仕入れ(下線筆者)」という表現を用い、若干文言の修正を行っている。 (2) 事実認定及び当てはめ 東京地裁は、以上の判断基準に基づき事実認定を行い、その結果、「本件事業は、富裕層の個人投資家を対象とした本件ビジネスモデルによる収益不動産販売事業であり、仕入れた収益不動産(中古の賃貸用マンション等)を転売時までにできるだけ満室に近づけるリーシングやリノベーション等のバリューアップを行うことにより、その収益力や資産価値を高め、当該収益不動産の販売による利益を得ようとするものであって、原告が仕入れた収益不動産を賃貸することは、販売のための手段として位置付けられるものである。そして、原告が得る賃料収入は、仕入れた収益不動産を賃貸することによって不可避的に発生するものであり、上記のとおり賃貸が収益不動産の販売のための手段であることに鑑みれば、収益不動産の販売による利益を得るという本件事業の目的との関係において、副産物というべきものである。」と判示し、賃貸収入は、収益不動産の販売を行うための手段としての賃貸から不可避的に生じる副産物として位置付けられる(※16)というユニークな考え方を示し、その結果、「本件各仕入日に上記のような賃料収入が見込まれることをもって、本件各課税仕入れにつき『その他の資産の譲渡等』にも要するものとして共通対応課税仕入れに区分することは、本件事業に係る経済実態から著しくかい離するばかりでなく、課税仕入れに係る消費税額について税負担の累積を招くものとそうでないものとに適正に配分するという観点に照らしても、相当性を欠くものといわざるを得ない。」と判示して、原告の請求を容認した。 (※16) 原告(ADW)側の主張では、「副次的に得る対価」という表現を用いている。 (3) ADW事件第一審判決の意義 ADW事件第一審で、ADWは、消費税法30条2項1号にいう「にのみ要するもの」という文言について、「文理に即して解釈すれば、当該文言は、『その資産の譲渡等を行わないのであればそもそも事業者はその課税仕入れ等を行わなかった』という条件関係を意味するものと解される。」(※17)と主張していた。しかしながら、東京地裁は、「課税仕入れ等がどのような取引を目指して行われたかを見れば、用途区分を判定するのに十分である」というに止め、原告の主張を採用していない(※18)。 (※17) 朝長英樹「居住用建物の売買取引における消費税の課税仕入れの取扱い(上)」税務事例(Vol.50 No.3)2018年3月号14頁参照。 (※18) 今村隆「販売用居住マンションの購入代金と仕入税額控除」ジュリスト2021年10月号(No.1563)136頁は、原告の主張につき、「消費税法30条2項1号の文言からそこまで読み取れないし、また、課税仕入れと課税売上との具体的な結び付きを要求するものであり、これは消費税法が仕入税額控除を当該資産の具体的な用い方と切断(原文ママ)して即時控除を認めている趣旨に反していると考える。」と述べている。 ADW事件における第一審の判断とその他の判決の判断とを分けたものはいくつか考えられるが、まず第一に、ADW事件第一審では、収益不動産の販売による利益を得るという本件事業の目的を重視している点が挙げられる。しかしながら、そもそも消費税法30条2項1号の文言から、直接事業者の「目的」を用途区分の判断要素として導き出すのは無理がある(※19)し、用途区分は、結果から遡るのではなく、課税仕入れのときに判断するという建付け(消基通11-2-20)となっており、仕入時に、事業者の主観で、自由に判断して用途区分を決定してよいということまではいえない。 (※19) 安田雄飛「エー・ディー・ワークス事件判決の検討~ムゲンエステート事件判決との違い~」速報税理2020年12月11日号35頁は、「そもそも消費税法30条2項1号は、『に・・・要する』と規定しており、『目的』という用語が用いられているわけではない。」と述べる。また、三好建弘「課税仕入れの用途区分について-東京高裁令和3年7月29日裁決-」税務事例(Vol.54 No.10)2022年10月号106頁は、「消費税法の条文も『最終的』『目的』などの文言が用いられているわけではなく、解釈上もこのように考えるのは難しいように思われる。」と述べている。 第二に、その他の判決は、課税の累積排除は立法政策の問題であり、ギャップの問題の解決のため課税売上割合に準ずる割合が制度上設けられているとしているのに対し、ADW事件第一審は、消費税の解釈論を左右する問題(※20)と捉えている点が挙げられる。ADW事件第一審で東京地裁は、事業者が行う経済活動に関する「個別の事情」を踏まえて検討するという判断枠組みを示し、事実認定において、賃貸は収益不動産の販売のための手段であり、収益不動産の販売による利益を得るという事業の目的との関係において、副産物(※21)として位置付けられるとし、本件課税仕入れは用途区分の判定において課税対象課税仕入れに区分されると結論付けた(※22)。そうすると、本件におけるかかる判断は極めて個別性の強いものとならざるを得ず、個別具体的な判断が、常に客観的に妥当なものとなる保証はない(※23)ので、かかる判断枠組みは、法的安定性の見地から、普遍的なものとはなりえない。 (※20) 田中治「転売用不動産に係る課税仕入れの用途区分(ADワークス事件)」TKC税研情報30巻6号(2021年12月)23頁参照。もっとも、田中教授は「このような累積排除の議論が本件との関係でどれだけの意味を持つかは必ずしも明らかではない。消費税法は、消費税の累積を排除するために、消費税の正確な転嫁等を義務づけるものではなく、事実上税負担の累積があるかどうかは基本的には市場における事業者間、事業者と消費者間の力関係で決まるのであって、法的な関係にはないことに注意が必要である。」と述べている。 (※21) 今村・前掲(※18)137頁は、「賃料収入を『副産物』としているが、これは、Xが賃料収入を本件事業(不動産販売業)による収入ではなく、ストック型フィービジネス(役務提供サービス)の収入として計上していることを重視していると考えられる。しかし、そもそもXは、顧客に販売後のサービス提供を『ストック型フィービジネス』としているのであり、これと矛盾しており、また、このような恣意的な会計処理の仕方により『仕入日に存在した客観的な諸事情』に影響すると考えるのは不合理」と述べている。 (※22) 西中間浩「最終的には転売を目的とする中古の賃貸用マンション等の課税仕入れにつき、転売までに非課税売上が発生することが確実に見込まれたとしても、共通対応課税仕入れに区分すべきではないとして課税庁の処分等を取り消した事例」税経通信2021年2月号183頁は、「ごく少ない比率であったとしても、これを無視して用途区分を考えるには疑問がないわけではない。(中略)不都合を解消するために準ずる割合による計算方法が用意されているのであって、それでも不十分かどうかは立法政策として許容されるかどうかの問題にも思える。救済手段としては実態に沿った事後的修正が行えるような手続きが用意されていてもよさそうであるが、そのような手続きは現行法上認められていない。だからといって裁判例のいうように、当該事業者が行う経済活動に関する個別の事情次第で従たる課税売上目的が考慮されなくなる解釈が行われることにはやはり疑問がある。」と述べている。 (※23) 手塚麻希子「転売不動産に係る消費税の課税仕入れの用途区分」月刊税理2021年9月号(64巻11号)187頁は、本件地裁判決を好意的に論じながらも、「仮に納税者の意図に反して販売までの賃料収入が増えてしまった場合も同様に取り扱ってよいだろうかという疑問は残る。」と述べている。 一方で、他の判決が、ギャップの問題は課税売上割合に準ずる割合で解消されうるとし、それは立法政策の問題として、納税者をやや突き放したような結論としているのに対し、ADW事件第一審は、少なくとも、ギャップの問題を司法の場で何とか解決しようとする姿勢が見受けられるように思われる。次々回のⅣで検討する課税売上割合に準ずる割合の実務における利用実績は極めて少ないことが報告されており、そのことからも使い勝手の良い制度とはいえないのであるから、解決のための仕組みがあるのだからそれを利用しない納税者に責任があると言わんばかりの判示も、納税者の納得の得られるものではないのではないか。その意味で、ADW事件で東京地裁が採用したアプローチは法解釈として成功したものとはいえないが、納税者の直面する問題を真摯に捉え、それを何とか解決しようと事件に向き合ったADW事件第一審判決の姿勢を評価したい。   (続く)

#No. 518(掲載号)
#霞 晴久
2023/05/11

〈徹底分析〉租税回避事案の最新傾向 【第8回】「一部の事業の譲渡」

〈徹底分析〉 租税回避事案の最新傾向 【第8回】 「一部の事業の譲渡」   公認会計士 佐藤 信祐     10 一部の事業の譲渡 (1) 平成29年度税制改正と手法の選択 平成29年度税制改正により、分割型分割における税制適格要件の判定方法が変わり、完全支配関係内の分割型分割に該当するためには、支配株主が分割承継法人の発行済株式又は出資の全部を直接又は間接に継続して保有することが見込まれていればよく、支配株主が分割法人の発行済株式又は出資の全部を直接又は間接に継続して保有することが見込まれていることまでは要求されないことになった(法令4の3⑥二イ、ハ(1))。 そして、M&Aの手法は、①株式を譲渡する手法と②事業を譲渡する手法とに大別される。このうち、一部の事業又は資産だけを譲渡する場合を前提にすると、①株式を譲渡する手法として、M&A対象外の事業を切り離してから被買収会社株式を譲渡する手法が挙げられる。これに対し、②事業を譲渡する手法として、M&A対象の事業を譲渡する手法が挙げられる。 また、M&A対象外の事業を切り離してから被買収会社株式を譲渡する手法を採用する場合において、分割型分割によりM&A対象外の事業を切り離したときは、簿価でM&A対象外の事業が切り離され、分社型分割又は事業譲渡によりM&A対象外の事業を切り離したときは、時価でM&A対象外の事業が切り離されることになる。 これらを整理すると、以下のようになる(※25)。 (※25) 例外的な手法ではあるが、被買収会社からM&A対象の事業を買収会社に譲渡するとともに、被買収会社の株主が設立した受皿会社にM&A対象外の事業を譲渡するという手法を採用した場合には、M&A対象の事業とM&A対象外の事業のいずれも時価で移転することになる。 【手法の選択】 【適格分割型分割】 【非適格分社型分割】 (2) 有利な手法を選択することが租税回避に該当するのか 一般的には、上記のうち、いずれの手法を採用したとしても、租税法で認められた範囲内で納税者が有利な手法を選択したに過ぎず、それだけの理由で租税回避として認定することができない。 もちろん、M&A対象外の事業に比べて、M&A対象の事業が極めて小さい場合には、M&A対象の事業を譲渡する手法を選択することに合理性が認められ、M&A対象外の事業を切り離してから被買収会社株式を譲渡する手法を選択することが不自然であるように感じられる場面もあるのかもしれない。 しかしながら、被買収会社全体を譲渡するために交渉を開始したところ、被買収会社の一部に興味を持った買い手候補会社が現れた場合には、そもそもM&A対象の事業を事業譲渡又は現金交付型分割により譲渡するという発想がなく、結果的にM&A対象外の事業を切り離してから被買収会社株式を譲渡する手法を選択してしまうことが考えられる。そのような場合には、そもそもM&A対象外の事業を切り離してから被買収会社株式を譲渡する手法を選択したことが不自然とは言い難いことから、租税回避として認定すべきではないと考えられる。 さらに、キーパーソンを退職させないためだったり、重要な許認可があったりするような場合には、M&A対象外の事業に比べて、M&A対象の事業が極めて小さいときであっても、M&A対象外の事業を切り離してから被買収会社株式を譲渡する手法を選択することに合理性が認められることが多い。 そのため、実務上、租税回避として認定すべき場面は稀であると考えられるが、以下では、租税回避として認定すべき場面があり得るのかという点について検討を行う。まず、租税回避というためには、税務上、納税者にとって有利な結果になる必要がある。思いつくところを挙げると、M&A対象外の事業を切り離してから被買収会社株式を譲渡する手法を採用した場合には、(イ)被買収会社の株主に譲渡代金が入金される、(ロ)被買収会社においてM&A対象外の事業に係る譲渡損を認識できる、(ハ)繰越欠損金とセットで被買収会社株式を譲渡することができる、の3点となる。 このうち、(イ)については、そもそも被買収会社の株主に譲渡代金を直接入金させたいというニーズがあることから、配当所得ではなく、譲渡所得で認識したことを理由に、租税回避として認定すべきではない(※26)。 (※26) 被買収会社の株主が内国法人である場合には、当該被買収会社の株主において株式譲渡損を認識するために、上記のストラクチャーを実行するということも考えられる。この点について、包括的租税回避防止規定が適用されるかどうかであるが、分割法人に対する被買収会社の株主による投資が分割承継法人に対する投資として継続しているといえるかどうかが問題となる。この点については、著者としても検討しきれていないため、研究を重ねた後に発表したいと考えている。なお、実務上は、当初から子会社株式の帳簿価額が大きかったのではなく、子会社の債務超過額が大きいことから当該債務超過を解消するための疑似DESにより子会社株式の帳簿価額が大きくなることが一般的であることから、当該疑似DESに対して法人税基本通達9-4-1を適用できるかどうかのほうが問題となりやすい。この点については、経営権の放棄に該当するかどうかについて慎重な検討が必要になる。 そして、(ロ)については、分割型分割によりM&A対象外の事業を切り離すのではなく、事業譲渡又は分社型分割によりM&A対象外の事業を切り離すことにより、M&A対象外の事業に係る譲渡損を認識できることがあり得るが、被買収会社の株主による支配が継続しているのであれば、移転資産に対する支配の継続という観点からは、事業譲渡損を認識すべきではないという考え方もあり得る。ただし、両者の手法については、実務上の手間がほとんど変わらないことから、分割型分割を選択することに合理性があり、分社型分割を選択することに合理性がないということはできない。さらに、事業譲渡を選択する場合には、法務上の理由により、分割よりも事業譲渡に合理性が認められることが多いため、なおさら経済合理性がないとはいい難い。そのため、事業譲渡又は分社型分割によりM&A対象外の事業を切り離したことを理由に租税回避として認定することは困難であると考えられる。 そうなると、租税回避として議論になりそうなのは、(ハ)のみということになるが、そのような租税回避が行われることを想定して、法人税法57条の2第1項5号では、欠損等法人の規制が課される場面として、「当該欠損等法人が当該特定支配関係を有することとなったことに基因して、当該欠損等法人の当該支配日の直前の役員(社長その他政令で定めるものに限る。)の全てが退任(業務を執行しないものとなることを含む。)をし、かつ、当該支配日の直前において当該欠損等法人の業務に従事する使用人(以下この号において「旧使用人」という。)の総数のおおむね100分の20以上に相当する数の者が当該欠損等法人の使用人でなくなった場合において、当該欠損等法人の非従事事業(当該旧使用人が当該支配日以後その業務に実質的に従事しない事業をいう。)の事業規模が旧事業の当該支配日の直前における事業規模のおおむね5倍を超えることとなること(政令で定める場合を除く。)」が規定されている(※27)。 (※27) ただし、「直前において」と規定されていることから、M&Aの1ヶ月前にM&A対象外の事業を切り離してしまえば、支配日にはM&A対象に係る使用人しか存在しなくなるため、形式的には上記の規制の対象から除外されてしまうという問題がある。 そうなると、欠損等法人の規制を超えて、同族会社等の行為計算の否認(法法132)又は包括的租税回避防止規定(法法132の2)を適用することができるのかという議論になる。この点については、欠損等法人の規制から免れるために、不自然・不合理な行為を行った場合には、欠損等法人の制度趣旨に反することから、これらの規定が適用される可能性は否めないが、欠損等法人の規制に該当する余地がなく、欠損等法人の規制から免れる行為を行う必要すらなかった場合には、欠損等法人の制度趣旨に反するとまではいえないため、租税回避として認定すべきではないと考えられる。 (3) 譲渡代金の調整 分割型分割によりM&A対象外の事業を簿価で切り離してから被買収会社株式を譲渡する手法を採用した場合には、分割承継法人に移転する資産及び負債を調整することにより、被買収会社株式(分割法人株式)の時価を引き下げることができる。 具体的には、M&A対象の事業に係る事業価値が1,000百万円であり、分割前の被買収会社において、800百万円の有利子負債があると仮定する。当該有利子負債は、M&A対象の事業に対するものなのか、M&A対象外の事業に対するものなのかは、借り入れた段階では明確であったとしても、適格分割型分割を行う場合には、どちらにも移転させることができる。すなわち、分割承継法人にすべての有利子負債を移転するのであれば、被買収会社株式の譲渡代金は1,000百万円となる。これに対し、被買収会社にすべての有利子負債を残すのであれば、被買収会社株式の譲渡代金は200百万円となる。 このように、被買収会社株式の時価を容易に調整することができる。さらに、理論上は、被買収会社が200百万円を借り入れたうえで、分割型分割により200百万円の預金を分割承継法人に移転し、分割法人に当初の有利子負債800百万円と借り入れた200百万円を残すことにより、被買収会社株式の譲渡代金を0円にすることも可能である。そのほか、役員退職慰労金を200百万円支払うといった手法でも、被買収会社株式の譲渡代金を引き下げることができる。 このような被買収会社株式の時価を引き下げることにより、株式譲渡益を発生させずに被買収会社株式を譲渡することが租税回避に該当するかどうかが問題になる。なぜなら、分割承継法人からしてみれば、有利子負債の減少という形で実質的に譲渡代金を入手しているのと同じ効果を得ていることから、M&A対象の事業を譲渡する手法に比べて、著しく有利な結果になっているからである。 この点については、分割承継法人に対する支配株主による支配が継続していることから、包括的租税回避防止規定を適用してまで譲渡損益を認識すべきではないし、分割法人の純資産が減少し、分割承継法人の純資産が増加するといった資本等取引に対して課税することも、法人税法22条の制度趣旨に反するといえる。 さらに、被買収会社株式の時価を調整することにより課税を免れているのは被買収会社の株主であるのに対し、被買収会社の株主に譲渡代金が入金されていないことから、被買収会社の株主に所得を発生させるべきではないと考えられる。 そのため、上記のような被買収会社株式の時価の調整が行われたとしても、包括的租税回避防止規定(法法132の2)を適用すべきではないと考えられる。 (了)

#No. 518(掲載号)
#佐藤 信祐
2023/05/11

〔疑問点を紐解く〕インボイス制度Q&A 【第26回】「令和5年・令和6年の2割特例の適用関係」

〔疑問点を紐解く〕 インボイス制度Q&A 【第26回】 「令和5年・令和6年の2割特例の適用関係」   税理士 石川 幸恵   【Q】 個人事業者です。令和5年10月1日より適格請求書発行事業者となるよう、登録を済ませました。 消費税の申告について小規模事業者に係る税額控除に関する経過措置(2割特例)があるそうですが、令和5年・令和6年の適用関係を教えてください。 〔ポイント〕 2割特例の適用にあたっては、次の事項の検討が必要です。 適格請求書発行事業者の登録を受けたか 課税期間の特例の適用を受けていないか 課税事業者選択届出書の提出の有無 基準期間における課税売上高・特定期間における課税売上高の検討 相続があった場合とその時期 調整対象固定資産の取得、高額特定資産の取得 今回は、2割特例の適用の有無について令和5年・令和6年に限って確認します。なお、最後の調整対象固定資産や高額特定資産の取得は過年においてもないものとします。 *  *  * 【A】 (1) 2割特例の計算の概要 納付税額の計算において控除する金額を、その課税期間における課税標準額である金額の合計額に対する消費税額から売上に係る対価の返還等の金額に係る消費税額の合計額を控除した残額に8割を乗じた額とすることができます(インボイスQ&A問111、28年改正法附則51の2②)。 令和5年10月1日から令和8年9月30日までの日の属する各課税期間に適用があります。適用を受けられるのは、適格請求書発行事業者の登録をした事業者のうち、もし登録をしていなかったら免税事業者であった事業者です。令和5年・令和6年について整理すると、次の(2)のようになっています。   (2) 令和5年・令和6年における2割特例の適用関係 【Q】のような令和5年10月1日より適格請求書発行事業者となるよう、登録を済ませた個人事業者を例として、令和5年・令和6年の2割特例の適用関係を整理してみましょう。 ① 適格請求書発行事業者の登録を受けていない場合 2割特例は適用できません(負担軽減措置Q&A問1)。 ② 課税期間の特例の適用を受けている場合 2割特例は適用できません(負担軽減措置Q&A問1、28年改正法附則51の2①四)。 ③ 課税事業者選択届出書の提出(消法9④)をしている場合 以下の(ⅰ)、(ⅱ)の検討は適格請求書発行事業者の登録を受けていることが前提です。登録を受けていないときは2割特例の適用はありません。 (ⅰ) 令和4年以前から課税事業者選択の適用を受けていた場合 (ⅱ) 令和4年12月に課税事業者選択届出書を提出して、令和5年1月1日から課税事業者となった場合 ④ 基準期間における課税売上高、特定期間における課税売上高の判定で課税事業者となる場合(消法9①、消法9の2①) 2割特例は適用できません。免税事業者となる場合は、⑤の確認をしてください。 ⑤ 相続により事業を承継した場合 前提として、事業を承継した個人事業者は、上記④の基準期間における課税売上高、特定期間における課税売上高の判定(消法9①、消法9の2①)において免税事業者であることとします。 (ⅰ) 令和5年1月から9月30日までの間に相続があった場合 その個人事業者が、相続により、基準期間における課税売上高が1,000万円を超える被相続人の事業を承継した場合、相続があった日の翌日から令和5年12月31日まで課税事業者となり(消法10①)、その申告に2割特例は適用できません(28年改正法附則51の2①三)。 (ⅱ) 令和5年10月1日以降(令和6年も含む)に相続があった場合 相続があった年は2割特例の適用を受けられます。 (ⅲ) 令和5年・令和6年が、相続があった年の翌年又は翌々年である場合 相続があった場合の納税義務の免除の特例(消法10②、③)により課税事業者となる場合、2割特例は適用できません。 *  *  * 令和5年10月1日より適格請求書発行事業者となるよう、登録を済ませた個人事業者に対する2割特例の適用にあたっては、上記のような項目の検討が必要となります。さらに、調整対象固定資産や高額特定資産の取得についても考慮する必要があります。   (了)

#No. 518(掲載号)
#石川 幸恵
2023/05/11

暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第17回】

暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第17回】 「NFTに関する税務上の取扱いに係るFAQ詳解⑧」   東洋大学法学部准教授 泉 絢也     問10 NFT取引に係る源泉所得税の取扱い   【NFT取引と源泉所得税】 居住者に対して、国内において著作権(著作隣接権を含む)の使用料の支払をする者は、その支払の際、所得税を徴収しなければならない(所法204①一)。 FAQの解説は、次のとおり、本事例について著作権の使用料に該当し、原則として、源泉徴収する必要があるとしている。 ただし、FAQの解説は、次のとおり、説明している。 結局、FAQは、「ご質問の場合、当該NFTの購入代価の支払は、給与所得者(日本で事業等の業務を行っておらず、給与の支払もしていない個人)の方が行っておりますので、当該NFTの購入代価の支払の際に、『著作権の使用料』として所得税を源泉徴収する必要はありません」としている。 常時2人以下の家事使用人のみに対し給与等の支払をする者は、その給与等のほか、著作権の使用料を含む一定の報酬等について所得税を徴収して納付することを要しない(所法6、184、204②二、所基通204-5。ただし、非居住者又は外国法人に対して支払う場合は別である)。よって、給与所得者を前提とした上記解説は当然のことを述べたにすぎない。 このように考えると、NFTの取引においても代価の支払者側に源泉徴収義務が発生する「可能性がある」ことを国税庁が認めた点にこそ、このFAQの意味がある。 もっとも、「国内において」支払ったか否かを判定するための基準が示されていないため、ブロックチェーンを利用して支払を行っている場合など実際の事案において源泉徴収義務があるか否かを判断することが難しいケースも想定される。   【源泉所得税の徴収不要の取扱い】 注目すべきことに、解説では、次のとおり、源泉所得税の徴収不要の取扱いを明らかにしている。 次の2つの要件をいずれも満たす場合には、著作権の使用料としては所得税を源泉徴収する必要はないということである。 (このような取扱いが認められる法的根拠は説明されていないものの)これまで公に認めてきたデザイン報酬等(所基通204-8、204-10)以外の著作権の使用料にも対価部分の区分が困難であることと対価部分が少額であることを条件として、徴収不要の取扱いを認めたことになる。 もっとも、例えば、次のような疑問や問題が残されている。 色々検討を重ねてみると、上記のように一定の場合に源泉所得税の不徴収を認めたことは、実行可能性や執行可能性に配慮した国税庁による苦肉の策だったというべきかもしれない。   【非居住者又は外国法人に対する支払】 FAQの解説は、非居住者又は外国法人に対する支払と源泉徴収の関係について、次のとおり説明している。 租税条約の適用関係を検討する必要があるため、非居住者又は外国法人に対する著作権の使用料や著作権の譲渡対価の取扱いを一律に説明することは難しいことから、上記のような一般論としての叙述になっているが、そもそも、NFT取引において、相手方が日本の居住者であるのか、国内に住所等を有しない非居住者又は外国法人であるのかを把握することは難しいという問題がある。 また、(居住者からNFTを購入する場合も同様であるが)NFTのマーケットプレイスやプラットフォーム、スマートコントラクト(※)等を利用するNFT取引の性質上、購入者が購入代金から日本国の源泉所得税を控除して支払うことは難しいという問題がある。 (※) スマートコントラクトとは、一般に、「ある条件で作動するプログラムをブロックチェーンに登録し、条件が満たされた際に自動的に作動させ、その結果をブロックチェーンに自動的に記録する仕組み」であり、いわば「自動化された手段を用いて契約を強制的に執行する仕組み」といわれる(北條真史=鳩貝淳一郎「暗号資産における分散型金融-自律的な金融サービスの登場とガバナンスの模索-」日銀レビューNo.21-J-3、1頁及び8頁の脚注(2)(2021)参照)。ただし、スマートコントラクト外で当事者間の契約が成立していない場合に、契約を執行するという表現が適切ではないケースがあるかもしれない。 このことは、買主の負担で、売主である非居住者又は外国法人の源泉所得税を税務署に納付し、売主には手取額を支払ったものとする、いわゆるグロスアップ計算での対応を余儀なくされる可能性を示唆している。 さらにいえば、租税条約の適用場面も考慮に入れると(明記されてはいないが、上記徴収不要の取扱いが所得税法204条1項1号のみならず同法161条1項11号の場面にも適用されることを前提とすると)、契約の主たる目的を構成する対価部分ないし対価の本質的部分に着目して使用料該当性を判断するアプローチをとるのかという疑問も惹起される。 ただし、例えば、PFP(Profile Picture)といわれるTwitterのプロフィール画像などで使用されるNFTの取引に係る対価の本質的部分は、結局、著作権の使用料の対価であると認定される可能性もある。 このように考えると、また、その文面及び内容からしてもFAQが想定する場面ではない可能性が高いが、ソフトウェアやデジタル製品に関する著作権の使用料に関わる対価の性質決定、複合的契約の取扱い等に関する議論の参考として、OECD, Model Tax Convention on Income and on Capital 2017(Full Version)(2019)のコメンタリーの12条関係パラ14、17~17.4等、水野忠恒監訳『OECDモデル租税条約2017年版』271頁以下(日本租税研究協会2019)、本田光宏「ソフトウェアの対価に関する課税関係について」税務事例54巻6号43頁以下(2022)、川田剛「シュリンク・ラップ型のコンピュータ・ソフトウェアの輸入対価がロイヤリティに該当しないとされた事例(インド)」税務事例55巻3号83頁以下(2023)参照。   (了)

#No. 518(掲載号)
#泉 絢也
2023/05/11
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