ハラスメント発覚から紛争解決までの 企 業 対 応 【第47回】 「ハラスメント研修のすすめ」 ~パワハラ編~ 弁護士 柳田 忍 【Question】 当社においては年に2回ハラスメント研修を実施していますが、ハラスメントの相談、特にパワハラの相談がなかなか減りません。パワハラについて、ハラスメント研修における注意点があれば教えてください。 【Answer】 従業員が、「バカ」「死ね」といった典型的な暴言を発しなければパワハラにならないという誤解をしており、そのためにパワハラの件数が減らず、それがパワハラの相談が減らない原因の1つになっている可能性があります。よって、研修においては、従業員の誤解を正すことを心がけるとよいでしょう。 ● ● ● 解 説 ● ● ● 1 はじめに 「パワハラ」がいわゆる職場におけるいじめや嫌がらせを意味することは一般的にも認知されており、殴る蹴るなどの暴行や大声で怒鳴る等の威圧的な言動や「バカ」「死ね」「辞めろ」といった典型的な暴言がパワハラに当たることを知らない者はいないといっても過言ではないであろう。 しかし、筆者が相談などを受ける中で思うことだが、暴行や威圧的な言動、暴言を発しなければパワハラにはならないと考えている従業員が実に多い。すなわち、パワハラという言葉が浸透しているにもかかわらずパワハラの相談件数がなかなか減らないのは、多くの従業員が殴る蹴るなどの暴行や大声で怒鳴るなどの威圧的な言動、「バカ」「死ね」「辞めろ」といった典型的な暴言を吐かなければパワハラに当たらないという勘違いをしていることも一因であると思われる。 そこで、パワハラに関する研修においては、このような従業員の勘違いを正すことがポイントになる。 2 「バカ」等の暴言や大声での叱責といった典型的な言動以外でもパワハラになり得る 「バカ」「死ね」といった、いわゆる典型的な暴言や罵詈雑言に該当しなくても、人格を否定するような言動を行うことはパワハラに該当し得る。例えば、比較的よく見られる発言ではあるが、「◯◯失格だ」「会社にとって不要な人間だ」等の相手を侮辱するような発言や、相手よりもポジションが下の従業員と比較してこれよりも劣っているなどと批判し相手を貶めるような発言もパワハラに該当し得る。また、正当な理由なく他の従業員に聞こえるように指導を行うなど、相手に恥をかかせるような言動もパワハラに該当し得る。 3 個々の発言が軽微であっても一連のものとしてパワハラになり得る 複数の発言について一連の行為としてパワハラが認定されることもある(〈裁判例1〉参照)。同一人物の複数の発言が一連のものとして評価されるだけでなく、複数の者の発言が一連のものとしてパワハラと認定されることもある(〈裁判例2〉参照)。 〈裁判例1〉 〈裁判例2〉 よって、個々の発言自体は業務上必要で相当な範囲を超えないように思われても、近接した時期に頻繁にそのような発言をする場合や、例えば、複数名で1人の従業員を指導する場合のように、複数名による厳しい発言が予想される場合などには注意が必要である。 なお、指導する側の言い分としては、「何度注意・指導しても改善しないから、近接した時期に頻繁に厳しい指導をせざるを得ない」ということであろう。しかし、近接した時期に頻繁に厳しい指導を行っても改善しないような場合には、そのような指導が、相手に威圧感や恐怖心を与えることはあってもミスの防止には繋がらないのではないかと疑ってかかるべきであり、漫然と同じような厳しい指導を繰り返す場合、パワハラに該当するおそれがあると思われる(〈裁判例3〉参照)。 〈裁判例3〉 4 アドバイスなどをすることなく問題点を指摘し叱責を繰り返すことはパワハラになり得る 従業員を指導する際に、まずは当該従業員のパフォーマンス上の問題点を指摘することが必要となる場合が多いと思われるが、当該従業員の相談に乗ったり、アドバイスをしたりすることなく、当該従業員のパフォーマンスに問題がある事実を繰り返し指摘して叱責する場合は、パワハラに該当するおそれがあることに注意が必要である(〈裁判例4〉参照)。 〈裁判例4〉 (了)
〈Q&A〉 税理士のための成年後見実務 【第4回】 「一人取締役の会社の社長が認知症になった場合の対応(その1)」 ~成年被後見人になっても取締役でいられるのか~ 司法書士法人F&Partners 司法書士 北詰 健太郎 【Q】 顧問先に取締役が社長1人の会社があります。先日、経理を務めている奥さんから相談があり、社長さんが認知症を患われたそうです。今後どのような点に気を付けていくべきでしょうか。 【A】 社会全体の高齢化が進むなかで、経営者の高齢化も進んでいます。高齢化にともない社長が認知症になってしまうという事象も増えていくことが予想されます。税理士の顧問先には、取締役が社長1人という小規模な会社も多いと思われますが、こういった会社ほど社長が認知症になってしまった場合の影響は甚大です。 社長と認知症というテーマは対処方法も複雑ですが、企業のサポーターである税理士としては、まずは基本的な原則を理解して目の前の事象に対処していく必要があります。 ● ● ● ● 解 説 ● ● ● ● 1 認知症になっても取締役を退任する必要はない まず理解しておきたいのは、社長が認知症になったからといって、法的にはすぐに取締役を退任する必要はないということです。人により判断能力が十分に残っている場合もあります。 では、認知症が進行し、社長が成年後見制度を利用することになった場合はどうでしょうか。この問いかけには簡単に回答ができないかもしれません。実は、過去には成年被後見人や被保佐人は取締役としての「欠格事由」にあたるとされており、取締役に就任することができないとされていました。 しかし、令和元年に行われた会社法改正(令和元年法律第70号)により令和3年3月1日以降は、ノーマライゼーションの観点から成年被後見人又は被保佐人であることが欠格事由から除かれ、成年被後見人等でも取締役に就任することができるようになりました(会社法331条1項)。 【役員の欠格事由】 2 委任契約の終了による退任 成年被後見人や被保佐人が取締役の欠格事由から除かれましたが、社長が「成年被後見人」になった場合は、やはり取締役を一旦退任しなければなりません。退任しなければならない理由は、成年被後見人となったからではなく、会社と社長との間の「委任契約」が終了したことによります。 会社と取締役との契約関係は、会社と従業員との間にみられるような「労働契約」ではなく「委任契約」となります。委任契約は民法の規律に従うことになりますが、民法では委任契約の終了事由として以下の事項を定めています(民法653条)。 【委任契約の終了事由】 よって、社長が「成年被後見人」になった場合は、会社との委任契約が終了するため、退任することになります。なお、「被保佐人」や「被補助人」となった場合は、委任の終了事由にあたりませんので、退任はしないことになります。 3 退任の登記はできるのか 取締役が社長1人しかいない会社において社長が成年被後見人になった場合、退任の登記はできるのでしょうか。このケースでは登記することができません。委任契約が終了している以上、退任した事実はあるけれども、登記上は取締役から外れていない歪な状態が生まれてしまいます。 次回はこの状態の解消に向けてどのような方策があるのかを紹介します。 (了)
《速報解説》 金融庁、「記述情報の開示の好事例集2023」を更新 ~各テーマに関連する中堅中小上場企業の開示例等を追加、公表~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2024(令和6)年3月8日、金融庁は「記述情報の開示の好事例集2023」の更新を公表した。 2023年12月27日に、「記述情報の開示の好事例集2023」(サステナビリティに関する考え方及び取組の開示)が公表されているが、これを更新するものである。 「コーポレート・ガバナンスの概要」等の項目を追加しているほか、参考として、開示の文字数に基づく「定量分析」も記載している。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 投資家・アナリスト・有識者が期待する開示を充実化させるための取組み 次のことが記載されている。 Ⅲ コーポレート・ガバナンスの概要の開示例 1 主な開示のポイント 主な開示のポイントとして、取締役会の実効性評価の開示においては、 実効性の強化、確保のための取組みや企業の姿勢を記載することが有用であること、取締役会及び委員会の具体的な検討内容などの開示がなされていると、ガバナンスの実効性が読み取れることなどが記載されている。 2 好事例として採り上げた企業の主な取組み 好事例として採り上げた企業の主な取組みが記載されている(監督と執行が協働で経営の重要テーマに取組むプロジェクトを立ち上げ、問題意識を共有した上で、株主・投資家の視点での取組みとなるように進めていったことなど)。 3 好事例のポイント 好事例のポイントとして、次のことが記載されている。 Ⅳ 監査の状況の開示例 1 主な開示のポイント 主な開示のポイントとして、重点監査項目の選定理由と、重点監査項目に対して監査役会や監査等委員会が行った具体的な活動内容をストーリーで開示することは有用であることなどが記載されている。 2 好事例として採り上げた企業の主な取組み 好事例として採り上げた企業の主な取組みが記載されている(各開示物の内容が統一されていないことを痛感し、翌年の開示プロセスを再検討したことなど)。 3 好事例のポイント 好事例のポイントとして、次のことが記載されている。 Ⅴ 株式の保有状況の開示例 1 主な開示のポイント 主な開示のポイントとして、政策保有株式の合理的な保有理由の1つとして、 経営上の重要な契約等と関連付けた説明をすることが挙げられるなどが記載されている。 2 好事例として採り上げた企業の主な取組み 好事例として採り上げた企業の主な取組みが記載されている(開示を充実化させることの必要性については社内で理解を得られていたが、記載する具体的な内容を確定させるには一定の時間を要したことなど)。 3 好事例のポイント 好事例のポイントとして、次のことが記載されている。 Ⅵ 経営上の重要な契約等の開示例 1 主な開示のポイント 主な開示のポイントとして、業界内では常識的な契約等であっても、他の業界では一般的ではない重要な情報もあるため、 利用者が重要な契約等の内容を理解するにあたり必要な情報を丁寧に開示することが有用であることなどが記載されている。 2 好事例として採り上げた企業の主な取組み 好事例として採り上げた企業の主な取組みが記載されている(まずは、開示を目的とするわけではなく、リスクマネジメントへの対応強化を目的とし、現状のリスクマネジメント体制やルールについて分析を行い、その分析結果に基づく改善プランを経営層へ説明しディスカッションを実施したことなど)。 3 好事例のポイント 好事例のポイントとして、次のことが記載されている。 Ⅶ 好事例集で採り上げている各テーマに関連する中堅中小上場企業の開示例 1 主な開示のポイント 主な開示のポイントとして、開示のリソースが十分でない企業は、網羅的に開示を行うよりも、企業にとっての重要な論点や、開示を通じて投資家に伝えたいことに焦点を当てた開示を行うことも有用であることなどが記載されている。 2 好事例として採り上げた企業の主な取組み 好事例として採り上げた企業の主な取組みが記載されている(人財推進委員会の委員長に技術開発部門のトップが着任したことが、人員構成の点から取組みを進める上で非常に大きかったこと、将来の目標を見据えて、今何をしなければならないかということを、若手の社員が考え始める意識が芽生えてきたことなど)。 3 好事例のポイント 好事例のポイントとして、次のことが記載されている。 (了)
《速報解説》 有価証券届出書の記載について 「企業内容等の開示に関する内閣府令」等が改正される ~IPO時におけるストック・オプション保有者の個人情報の取扱いを見直す~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2024(令和6)年3月7日、「企業内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」(内閣府令第16号)が公布された。 「企業内容等の開示に関する留意事項について(企業内容等開示ガイドライン)」も改正されている。 内閣府令(案)等に対するパブリックコメントの概要及びコメントに対する金融庁の考え方も公表されている。これにより、2023(令和5)年12月1日から意見募集されていた公開草案が確定することになる。 これは、有価証券届出書における個人情報の記載の見直しを行うものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 1 新規公開時に提出される有価証券届出書における個人情報の記載の見直し 新規公開時に提出される有価証券届出書では、新規公開前2年間に発行された株式やストック・オプション(以下「株式等」という)の全取得者の氏名や住所、一定期間における株式等の移動状況(移動を行った当事者の氏名・名称、住所等)の開示が求められている。 今般の改正は、当該開示について、次のように改正するものである。 2 第三者割当の方法による募集又は売出しに係る届出書の個人情報の見直し 第三者割当の方法による募集又は売出しに係る有価証券届出書については、割当予定先が個人である場合は、「第三者割当の場合の特記事項」欄において、当該個人の氏名、住所及び職業の内容等を記載する必要がある。 今般の改正は、当該開示について、次のように改正するものである。 Ⅲ 公布・施行日等 2024年3月7日に公布し、4月1日から施行する。 経過措置に注意する。 企業内容等開示ガイドラインの改正は、2024年4月1日から適用する。 (了)
2024年3月7日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.559を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
monthly TAX views -No.133- 「翁新政府税制調査会長の下で発信機能の回復を期待」 東京財団政策研究所研究主幹 森信 茂樹 2012年の第2次安倍政権発足後、政府税制調査会の発信機能は大きく低下した。消費税を敬遠する安倍内閣の下では、中期的な税制を議論することが消費増税につながるのではとの思いが事務局側に強く、議論を自制してきた。菅元総理も岸田総理も「消費税は10年程度引き上げない」と発言しており、事務局もこれに呼応するように議論を抑制してきた。 昨年6月に公表された税制調査会の中期答申「わが国税制の現状と課題」も、今後増え続ける社会保障の財源として「消費税が果たす役割は今後とも重要です」と、なんとか書きこんだ。これに対しマスコミからは、「消費税議論から逃げた」「世論を喚起し改革を促す役割を放棄した」など手厳しい批判を浴びた。 加えてSNSを中心に、中期答申に対して「サラリーマン増税」という思ってもみない議論が巻き起こり、「増税めがね」というレッテルを嫌った岸田総理は、論理や議論を飛ばして定額減税を行うこととした。 国民の生活に直結する税制には、論理と議論が必要だ。この先10年間消費税は上げないとしても、それはなぜなのか議論をしておく必要がある。 * * * この約10年間で、コロナ禍やAI・ITの発展など、経済社会を取り巻く状況は大きく変化した。それにもかかわらず中期的な税制のあり方を正直に議論することができないという状況は、あまりにも不自然だ。議論を先延ばしにすればするほど、税制は経済社会の実態から離れたものになる。その意味で、会長の交代するこの時期は、政府税制調査会が永い眠りから目を覚ます絶好のタイミングだ。 ポストコロナのわが国経済社会の抱える税制の課題は数多い。なんといっても、国民の将来不安を緩和する持続可能な社会保障制度の構築のための設計図を作り直す必要がある。少子高齢化は想定以上に進んでいるし、AIの発達が、知恵や資本を出すものとそうでない者との所得・資産の格差や分断を招いている。 この状況に対応するには、所得税の累進機能の強化にとどまらず、適切な社会保障歳出と組み合わせて、昭和に作られた制度の骨格を作り変える必要がある。「負担」の話だけにならないよう「受益」と組み合わせ、一体的な議論が必要だ。この点、社会保障の専門家である翁百合氏が政府税制調査会の会長に就かれたことはチャンスと言えよう。 次に、SDGs、とりわけ2050年温暖化ガス排出量実質ゼロ目標を掲げた環境問題への対応も急務だ。わが国では、20兆円に上るGX債の発行が予定され、これを活用して毎年の温暖化対応の投資が行われるが、この財源は、賦課金と排出量取引制度の創設で賄われる予定だ。しかし、世界標準のカーボンタックスの導入なくして目標を達成できるのだろうか。欧州諸国からは不十分と指摘される可能性がある。 さらに、プラットフォーム経由で働くフリーランスやギグ・ワーカーのセーフティーネット構築の問題もある。サラリーマンと比べると煩雑となる彼らの税制をどう簡素化して、申告水準を上げるかの検討を行う時期にきている。 最後に、法人税租税特別措置の検証を行うことも必要だ。 令和6年度税制改正は、賃上げ促進税制による企業の賃上げへの支援、戦略分野国内生産促進税制やイノベーションボックス税制など数多くの租税特別措置を創設した。いずれも時代の要請に応えた税制で、米国の2022年インフレ抑制法(IRA法)や欧州諸国の事例を参考にしている。今後はこれらの政策効果を検証していくことが必要だ。 与党税制調査会も与党大綱において、「政策税制が・・・真にインセンティブ措置として機能することを目指す観点から、客観的なデータに基づく分析・検証が行われるべきである」とEBPMの取組みの強化・進展が必要なことを記述している。政府税制調査会でも、積極的な検討を期待したい。 * * * 社会保障研究の第一人者である日本総合研究所理事長の翁百合氏は、人格・見識、さらには統率力において、大変優れた方である。政治との関係は、財務省が努力すべき問題であるが、税制調査会として世の中への発信機能は会長のリーダーシップに負うところが大きい。新しい政府税制調査会に期待したい。 (了)
〈令和5年度改正及び改正通達を踏まえた〉 生前贈与加算・相続時精算課税制度のポイント 【第2回】 「相続時精算課税制度の見直し①」 ~基礎控除の創設~ 太陽グラントソントン税理士法人 パートナー 税理士 佐藤 達夫 1 改正の背景 【第1回】の「生前贈与加算制度の見直し」においても述べたとおり、相続時精算課税制度の使い勝手を向上させるため、相続時精算課税においても基礎控除110万円が設けられた。 また、相続時精算課税により贈与を受けた土地又は建物について、災害により一定の被害を受けた場合には、相続時に相続税の課税価格へ加算又は算入される金額を再計算することができることとなった。 なお、土地又は建物の相続税の課税価格へ加算又は算入される金額の再計算の詳細については、次回の【第3回】において解説を行う。 2 基礎控除の創設 (1) 相続時精算課税における基礎控除の改正内容 相続時精算課税を選択した受贈者は、特定贈与者ごとに、その贈与年の特定贈与者からの贈与により取得した財産の価額の合計額から基礎控除110万円及び特別控除(最高2,500万円)の適用がある場合はその金額を控除した残額に対して、税率20%を乗じて贈与税額を計算することになった(相法21の11の2、相法21の12①、措法70の3の2①)。相続時精算課税に係る基礎控除の額は、各年分において、受贈者ごとに110万円になる(相基通21の11の2-1)。 なお、相続時精算課税に係る基礎控除110万円は、暦年課税に係る基礎控除110万円とは別のものであり、例えば、2人から贈与される場合に暦年課税に係る基礎控除110万円と相続時精算課税に係る基礎控除110万円をそれぞれ適用することが可能である。そのため、暦年課税と相続時精算課税を併用すれば、年間で最大220万円までの贈与について、贈与税が課税されないことになる。 〈贈与税の計算〉 特定贈与者ごとに、次のとおり贈与税を計算する。 (※) 既に特定贈与者からの贈与について控除した金額がある場合には、既に控除した金額の合計額を控除した残額になる。 (注1) 同一年に2人以上の特定贈与者から贈与を受けた場合の特定贈与者ごとの基礎控除の額は、基礎控除額(110万円)を特定贈与者ごとの贈与税の課税価格で按分する(相基通21の11の2-2)。 (注2) (注1)の算式により計算した特定贈与者ごとの相続時精算課税に係る基礎控除の額に1円未満の端数がある場合には、特定贈与者ごとの相続時精算課税に係る基礎控除の額の合計額が110万円になるように端数調整を行って差し支えない。 (注3) 特定贈与者には、贈与をした年の中途において死亡した特定贈与者も含まれる。 (注4) 贈与税の申告期限後に、その年分の課税価格に異動が生じたときは、特定贈与者ごとの相続時精算課税に係る基礎控除の額は、異動後の贈与税の課税価格を基礎として再計算を行う(相基通21の11の2-3)。 また、特定贈与者の死亡に係る相続税の課税価格に加算又は算入される特定贈与者から贈与により取得した財産の価額は、贈与時の価額から基礎控除額110万円を控除した残額になる(相法21の15①、21の16③)。 《計算例》 5,000万円相当の不動産について相続時精算課税により贈与した場合は、次のとおりになる。 〇贈与税の計算 (※1) 「基礎控除110万円」は毎年110万円まで、「特別控除2,500万円」は特定贈与者ごとの累積2,500万円までとなる。 〇相続時に加算される金額 (※2) 災害により相当の被害を受けていないものと仮定する。 〈相続時精算課税制度の見直し〉 〈相続時精算課税の改正前後の比較〉 (※) 贈与年の1月1日現在の年齢 (2) 相続時精算課税選択届出書の提出方法の見直し 相続時精算課税における基礎控除が設けられたことにより、特定贈与者から贈与を受けた財産の価額が相続時精算課税における基礎控除以下となる場合には、贈与税の申告書の提出が不要になる(相法28①②)。 そのため、相続時精算課税選択届出書のみを提出することができることになり、この場合、届出書へその旨を記載することとなった(相令5①、相規10①四・②五)。 (3) 適用時期 この改正は、令和6年1月1日以後に贈与により取得する財産に係る贈与税又は相続税について適用される(改正法附則19①④⑤⑥、51④)。 3 実務上のポイント (了)
法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例60】 「未経過固定資産税相当額を支払った場合における当該金額の損金性」 拓殖大学商学部教授 税理士 安部 和彦 【Q】 私は、九州地方のある県庁所在地に本社を置き、旅館やホテルを数件所有して経営する株式会社X(資本金1億円で3月決算)に勤務しており、現在経理部長を務めております。ここ数年続くコロナ禍でわが国の旅行業界は大変なダメージを受け、政府や地方自治体の繰り出す様々な旅行支援も思いのほか効果がなく、地方に所在する多くの旅館やホテルが経営危機に陥り、廃業に追い込まれるか、同業他社に買収されるか、全く別の業種に転換するかといったいくつかの選択肢の中から自らの将来を決めざるを得ないという、きわめて厳しい状況でした。 そのような中でも、SNSを駆使した地道なプロモーション活動を行った結果、徐々にリピーターを獲得し、コロナ禍の影響が薄らいだ昨年から、おかげさまで週末は満室、平日も3分の2ほどの稼働率が得られるようになり、何とかやっていけているところまで回復しました。地域経済はおしなべて疲弊していて、同業他社も全般的に苦境にある会社が多いためか、比較的ましな当社に、様々な身売り等の話が舞い込んできます。先日も、取引先である信用金庫から隣県にある、既に廃業した旅館の敷地及び建物の売却の話があり、応じることにしました。その際、建物と敷地の代金のほか、両者にかかっている固定資産税及び都市計画税のうち、売却日までのものを日数按分した額を合わせて支払っております。 ところが、この件につき弊社の顧問税理士に相談したところ、未経過固定資産税(都市計画税を含む)は新たに取得した旅館の取得価額に算入されるべきものであり、損金算入はまかりならんと苦言を呈されました。税務署上がりのこの税理士は、かなり保守的な会計処理を好む傾向にあり、私としてはもう少し納税者有利のアドバイスが欲しいところですが、社長と馬が合うようで、強く言えないところです。税務上の取扱いは本当にこれでよいのでしょうか、教えてください。 【A】 固定資産税及び都市計画税の納税義務者は、賦課期日である毎年1月1日における固定資産の所有者として、固定資産課税台帳に登録されている者ですので、年の途中で不動産の売買があった場合には、1月1日時点における不動産の所有者である売手に1年分の固定資産税及び都市計画税が課されます。そのため、実務上は売手に課された固定資産税及び都市計画税を、売買期日をもとに期間按分して、買手から売手に買手が負担すべき金額(未経過固定資産税精算額)を交付するのが通例となります。当該精算額は、固定資産税等に係る買主の納税義務に基づくものではなく、固定資産税等そのものではないことから、実質的には、売買対象となる不動産の「購入の代価」の一部を成すため、取得価額に算入されるべきものとなります。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 固定資産税・都市計画税の意義 不動産(土地及び家屋)の所有者、及び償却資産の所有者に対しては、固定資産税が課される。また、都市計画法による市街化区域内に所在する土地及び家屋の所有者に対しては、都市計画税が課される。いずれも地方税で市町村税である。 固定資産税は、一般に、固定資産の所有の事実に着目して課される財産税であると解されている(※1)。一方、都市計画税は、都市計画事業又は土地区画整理事業に要する費用に充てるため、都市計画区域内の一定の土地及び家屋に対して課される目的税である(※2)。固定資産税と納税義務者及び課税標準を同じくする都市計画税が、固定資産税のほかに課される根拠としては、一般に、市街化区域内に所在する土地及び家屋が、都市計画事業等によって利用価値が増大し、また価格の上昇等に係る利益を得ることとなるため、それらの利益に着目して課される受益者負担的目的税であるためと解されている(※3)。 (※1) 金子宏『租税法(第24版)』(弘文堂・2021年)769頁。 (※2) 金子前掲(※1)書800頁。 (※3) 金子前掲(※1)書800頁。 (2) 未経過固定資産税の意義 固定資産税及び都市計画税の納税義務者は、賦課期日である毎年1月1日における固定資産の所有者として、固定資産課税台帳に登録されている者である(地法343①、702①)。そのため、年の途中で不動産の売買があった場合も、その年の不動産の所有者である売主に1年分の固定資産税・都市計画税が課されることとなる。そうなると、例えば、1月2日に売買があった場合であっても、売手は1日しか当該不動産を使用していないにもかかわらず、1年分の固定資産税・都市計画税を負担することとなり、公平(衡平)性の観点から疑問が呈されるところである。 そこで、不動産売買においては、当該不公平感を解消するため、売買当事者間の合意により、固定資産税・都市計画税の負担を所有期間により日数按分し、買手が自己の所有期間に応じた金額(未経過固定資産税相当額)を売手に支払う(精算する)実務慣行が定着しているところである。これを以下の例に即してみていこう。 〈例〉 (3) 未経過固定資産税相当額を支払った場合における当該金額の損金性が争われた事例 それでは、本件と同様に、未経過固定資産税相当額(固定資産税等精算金)を支払った場合における当該金額の損金性について争われた事例(長崎地裁平成27年10月5日判決・税資265号-148(順号12731)、TAINSコード:Z265-12731)について、以下で確認してみたい。 ① 事案の概要 菓子製造業等を営む原告は、平成22年4月、土地建物を売買により取得し、その際に、その年の固定資産税及び都市計画税の税額のうち日割計算による未経過分に相当する金額を支払うことを合意して、売主に精算金(固定資産税等精算金)として支払った。そして、法人税について、本件精算金の額を損金の額に算入するなどして確定申告をしたところ、長崎税務署長(処分行政庁)から、本件精算金は上記土地建物の取得価額に含まれるなどとして、法人税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を受けた。 本件は、原告が、被告に対し、本件精算金は上記土地建物の取得価額に含まれず、損金に算入されるべきものであるなどと主張して、本件更正処分等の取消しを求める事案である。 〇 取引概要図 長崎税務署長が本件更正処分等をした根拠は、本件精算金の額合計60万8,028円は、法人税法施行令第54条第1項第1号イの「当該資産の購入の代価」にあたり、「取得価額」(同法第31条第6項)に算入すべきものであって、納税者の主張である、租税公課であり一般管理費(同法第22条第3項第2号)にあたるものとして「損金」の額に算入することはできないとしたものである。 ② 事案の争点 本件の争点は、本件精算金が「当該資産の購入の代価」(法人税法施行令第54条第1項第1号イ)にあたるとして本件不動産の「取得価額」(同法第31条第6項)に算入すべきか、固定資産税等そのものであるなどとして「損金」(同法第22条第3項)に算入すべきか、である。 ③ 裁判所の判断 なお、本件は控訴されているが棄却され(福岡高裁平成28年3月25日判決・税資266号-55(順号12833)、TAINSコード:Z266-12833)、確定している。 ④ 本裁判例から学ぶこと 事業の用に供している不動産に係る固定資産税・都市計画税は、一般に、それにより得られる収益に対する費用(租税公課)として損金に算入される。そのため、固定資産税の負担額であるために単純に損金に算入されると考えがちであるが、本件のようにそうではないケースもある。すなわち、不動産売買においては、売買当事者間の合意により、固定資産税・都市計画税の負担を所有期間により日数按分し、買手が自己の所有期間に応じた金額(未経過固定資産税相当額)を売手に支払う(精算する)実務慣行が定着しているところであるが、これは私人間の契約により生じるものであって、地方税法に規定された納税義務に基づくものではない。そうなると、買手にとって当該精算金は、不動産の購入代価の一部であるから取得原価(法令54①一イ)に算入すべきものとなり、租税公課として損金算入するのは妥当ではないということになる。 本件精算金の性格について、高裁では、以下の通り判示しており、あくまでも売買当事者間の契約により発生するものであることをさらに明確にしているといえよう。 (4) 本件へのあてはめ 固定資産税及び都市計画税の納税義務者は、賦課期日である毎年1月1日における固定資産の所有者として、固定資産課税台帳に登録されている者であるので、年の途中で不動産の売買があった場合には、1月1日時点における不動産の所有者である売手に1年分の固定資産税及び都市計画税が課される。そのため、実務上は、売手・買手間における租税負担の公平性の観点から、売手に課された固定資産税及び都市計画税につき、売買期日をもとに期間按分して、買手から売手に買手が負担すべき金額(未経過固定資産税精算額)を交付するのが通例となっている。当該精算額は、固定資産税等に係る買主の納税義務に基づくものではなく、固定資産税等そのものではないことから、実質的には、売買対象となる不動産の「購入の代価」の一部を成すと考えられるため、取得価額に算入されるべきものとなる。 (了)
金融・投資商品の税務Q&A 【Q87】 「申告不要とした配当等を更正の請求で総合課税に変更することの可否」 PwC税理士法人 金融部 ディレクター 税理士 西川 真由美 ●○ 検 討 ○● 1 配当所得と配当控除 (1) 確定申告を要しない配当所得 上場株式等の配当(株式の保有割合が3%以上である大口株主等が支払を受ける配当等を除きます。詳細は【Q74】参照)、受益権の募集が公募により行われた投資信託の収益の分配金など一定の配当等については、総所得金額の計算上、これらの配当等の金額を除外して計算することができることとされています。 つまり、納税者の選択により、確定申告をしないことが可能であり、他の所得について確定申告する場合もこれらの配当等を所得に含めないことが認められています。 (2) 配当控除 日本に本店がある法人から支払われる配当や一定の証券投資信託の収益の分配について、確定申告において総合課税を選択して所得計算をした場合には、その年分の課税総所得金額や配当所得の金額に応じて一定の方法で計算した金額を所得税の額から控除することとされています(配当控除)。 これは、法人の所得に対して課された法人税が個人株主の所得に対して課される所得税の前払いであると捉え、法人と個人との間の二重課税を排除することを目的とした制度です。 (3) 確定申告との関係 確定申告不要制度は、これを選択することによって、配当等を受領した際に源泉徴収された税額を最終的な税負担額とする措置です。つまり、上場株式等の配当等であれば、20.315%(所得税及び復興特別所得税15.315%、地方税5%)の税率で源泉分離課税がされたのと同様の効果となり、配当控除の適用を受けることは認められないことになります。 また、確定申告不要制度を選択しないで総合課税の対象とした配当所得については配当控除を適用することはできますが、その後において、更正の請求や修正申告をする際に総所得金額等の計算から除外することはできないこととされています。逆に、確定申告不要制度を選択して総所得金額等の計算に含めなかった配当所得について、後日、更正の請求や修正申告をする際に総所得金額等の計算に含めることもできないこととされています(当然に配当控除の適用もありません)。 つまり、上場株式等の配当等については、納税者の判断によって、総合課税か申告不要かを選択することとされているため、一旦選択して申告した方法を後日変更することはできないということになります。 2 本件へのあてはめ 昨年の確定申告書において、A株式に係る配当とB証券投資信託に係る収益の分配金について申告不要制度を適用し、総所得金額等の計算に含めなかったとのことですので、配当控除は適用されなかったと解されます。この場合、配当控除を適用したほうが税額計算において有利であったことが分かったとしても、申告不要制度を適用しないで計算した更正の請求書を提出することは認められないと考えられます。 したがって、確定申告する際には、有利不利判定を的確に行った上で、申告不要制度を選択するか否かを慎重に決定する必要があります。 (了)
〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第38回】 「ケイマンのLPSに対する役務提供の輸出免税該当性」 公認会計士・税理士 霞 晴久 〔Q〕 ケイマンのLPSに対する役務提供には消費税法上の輸出免税規定が適用されるのでしょうか。 〔A〕 ケイマンの法律では、パートナーシップとは収益を目的として共同で事業を営む人の間に存在する関係であるとされ、特例有限責任パートナーシップに法人格が付与される旨の定めもないことから、我が国の法令上、当該LPSは、法人格を有せず、収益を目的として共同で事業を営むための構成員間の契約関係という性質を有するものであり、役務提供の相手方は居住者である有限責任パートナーであるとし、消費税法上の輸出免税規定は適用されないと判断されました。 ●●●〔解説〕●●● 1 外国事業体の法的性質について (1) 消費税法上の非居住者とは 消費税法上、非居住者とは、外国為替及び外国貿易法6条1項6号《定義》に規定する非居住者をいい、本邦内に住所又は居所を有しない自然人及び本邦内に主たる事務所を有しない法人がこれに該当する(※1)とされている(消令1②二)。 (※1) 昭和55年11月29日付蔵国第4672号「外国為替法令の解釈及び運用について」通達では、法人等(法人、団体、機関その他これらに準するものをいう)のうち、「外国の法人等」で非居住者に該当するものの例示として、「本邦にある外国政府の公館(使節団を含む。)及び本邦にある国際機関」が挙げられ、又、非居住者に該当するものの例示として、「外国の法人等の本邦にある支店、出張所その他の事務所」が挙げられているため、非居住者及び外国法人の意義は、所得税法及び法人税法における意義と実質的な差異はないものと思われる。 (2) 米国デラウェア州LPSの法人該当性に係る最高裁判例 外国法に基づいて組成された外国事業体の法人該当性については、日本の個人投資家が、米国デラウェア州のリミテッド・パートナーシップ(LPS)に出資し、そこで生じた損失を当該個人に帰属するものとして他の所得と損益通算したことについて、課税当局が、当該LPSは外国法人に該当するとして、当該損失の損益通算を否認したことが争点とされた事例(※2)がある。 (※2) 本連載【第21回】参照。 同事件の最高裁判決(※3)は、①設立根拠法令の規定の文言や法制の仕組みから、日本法上の法人に相当する法的地位が付与されていること又は付与されていないことが疑義のない程度に明白であるか否かを検討して判断、②(①による判断ができない場合には)当該組織体が権利義務の帰属主体であると認められるか否かについて、当該組織体の設立根拠法令の規定の内容や趣旨等から、当該組織体が自ら法律行為の当事者となることができ、かつ、その法律効果が当該組織体に帰属すると認められるか否かという点を検討して判断、という2つの判断基準を示し、本件の米国デラウェア州LPSは法人に該当すると判断した。 (※3) 最高裁平成27年7月17日第二小法廷判決(平成25年(行ヒ)第166号) なお、上記最高裁判決と同時期に争われた英国領バミューダLPSの法人該当性が争われた事件(※4)では、上記最高裁判決が下されたことに対応し、他の事件はいずれも上告不受理とされた。すなわち、同じLPSと称されるものであっても、米国デラウェア州LPSは「法人」に該当するとされたが、バミューダLPSは「法人」に該当しないこととされたのである(※5)。 (※4) 東京地裁平成24年8月30日判決(平成23年(行ウ)第123号)及びその控訴審の東京高裁平成26年2月5日判決(平成24年(行コ)第345号)等 (※5) 品川芳宣『重要租税判決の実務研究(第4版)』(大蔵財務協会・2023年)493頁は、「バミューダ事件においては、バミューダLPS(中略)が、我が国の法人と同様な損益の帰属主体であることを否定した。最高裁判所がこの判断を容認したのは、関係法令を踏まえた上での一種の事実認定に関わる差異であるものと認めたものと考えられる。」と述べている。 以下では、役務提供の相手方の属性が何かについて、審査請求人が上記最高裁判決を参考に主張したと思われる、消費税の輸出免税規定の適用の是非が争われた審査請求事件を検討する。 2 最近の裁決例 《国税不服審判所令和3年11月10日裁決》(※6) (※6) 令和3年11月10日東審(諸)令3第32号・TAINSコード:F0-5-369 (1) 事案の概要 本件は、請求人が、英国領ケイマン諸島における特例有限責任パートナーシップ(本件LPS)の資産に係る運営管理業務を受託しているところ、原処分庁が、当該業務に係る役務提供(本件役務提供)は特例有限責任パートナーシップの構成員である居住者に対し行われたものであるから、当該業務の対価は課税売上げに該当するとして原処分を行ったのに対し、請求人が、当該役務提供は非居住者である特例有限責任パートナーシップに対するものであるから当該業務の対価は免税売上げに該当するなどとして、原処分の全部の取消しを求めた事案である。 (2) 争点及び請求人の主張 本件の争点は、本件役務提供取引の輸出免税該当性であるが、請求人は、①本件LPSは法律上の権利と権限を有しており、本件LPSが法人格を有しないと仮定しても、役務提供を受ける権利及び権限は消滅せず、契約の締結主体となる。②業務の役務提供と利益の分配は全く性質の異なる行為であるから、本件LPSが利益の分配先であることをもって本件役務提供の提供先であると評価することは合理性を欠いている等の主張を行った。かかる請求人の主張は、上記1(2)の最高裁判決を踏まえたものであることは明らかである。 (3) 審判所の判断 審判所は以下のように判断し、本件LPSの法人該当性を否定して、役務提供の相手方は本件LPSの有限責任パートナーである日本の居住者であり、消費税法7条1項の輸出免税規定は適用されないとした。 ① 本件LPSの法的性質について 本件LPSは、ケイマン特例法の諸規定に従い、特例有限責任パートナーシップとして、各パートナーの合意により創設され、その目的は、請求人が随時決定する投資先に本件LPSの資産を投資することとされている。 また、ケイマン法では、①パートナーシップとは収益を目的として共同で事業を営む人の間に存在する関係である旨②会社又は団体が、会社の登録に関する法律に基づき会社として登録されているときは、その会社又は団体における構成員の関係は、ケイマン法におけるパートナーシップには該当しない旨等がそれぞれ定められているとともに、特例有限責任パートナーシップに法人格が付与される旨の定めもない。 これらのことを踏まえると、我が国の法令上、本件LPSは、法人格を有せず、収益を目的として共同で事業を営むための構成員間の契約関係という性質を有するものであると認められる。 ② 消費税法基本通達1-3-1の当てはめ 消費税法基本通達1-3-1は、共同事業に属する資産の譲渡等又は課税仕入れ等については、共同事業の構成員が、持分の割合又は利益の分配割合に対応する部分につき、それぞれ資産の譲渡等又は課税仕入れ等を行ったことになる旨定めている。 そうすると、本件LPSは法人格を有さず、LPSの構成員が共同事業を行っているものと認められるところ、有限責任パートナーが役務提供に係る課税仕入れを行ったことになるのであるから、役務提供の相手方は有限責任パートナーであると認められる。 (4) 請求人の主張の排斥 上記(2)のとおり、請求人は、役務の提供と利益の分配は全く性質の異なる行為であるから、有限責任パートナーが利益の分配先であることをもって役務提供の提供先であると評価することは、合理性を欠いていると主張した。 これに対し審判所は、消費税法上、本件LPSは役務提供の相手方とはならず、共同事業を行う場合の役務提供の相手方はその構成員となることを前提に、本件LPSの有限責任パートナーが役務提供の相手方となると評価したものであって、単に利益の分配先であることを理由として評価したものではないとして、請求人の主張を排斥した。 3 検討 上記1(2)で最高裁が示した判断基準では、「権利義務の帰属主体」=「法人」該当性と読めるが、請求人の主張では、「本件LPSは法律上の権利と権限を有しており(下線筆者)」としており、そこでは内容的には一致していない。(米国デラウェア州の法律及びケイマンの法律双方の原文に当たったわけではないが)、一般に「権限」と「義務」とは全く反対の概念といえるため、審判所は、「権利義務の帰属主体」という判断基準を採用し得なかったものと推察される。 この点、請求人も、「本件LPSが法人格を有しないと仮定しても」とし、主張を一歩後退させたうえで、本件LPSが役務提供の契約締結主体になるとし、役務提供取引そのもの(消費税法上の問題)と利益の分配(所得税上の問題)は全く別物、という主張を展開したが、上記2(4)のとおり排斥されている。 本件は、審判所が、法人格を有しない外国LPSについての従来からの解釈を踏襲し、取引の相手方はその構成員たる有限責任パートナーであると判断したものと思われる。 なお、最高裁判決が示した「権利義務の帰属主体」という基準(※7)については、その射程を慎重に確定する必要があるという見解がある(※8)。諸外国の中では、日本の民法上の組合に相当する組織体に対しても、権利能力を認める判例法理が展開されている(※9)とのことである。 (※7) 最高裁の法解釈と日本の年金基金の日米租税条約適用に係る国税庁の英文見解との実務上の問題については、本連載【第21回】(※4)を参照。 (※8) 田中啓之・『租税判例百選(第7版)』(有斐閣・2021年)49頁、吉村政穂・税務弘報63巻12号100頁。立法の必要性を説くものとして、宮塚久=北村導人・旬刊経理情報1426号40頁。 (※9) 高橋英治「ドイツ法における民法上の組合の法人格」『ドイツと日本における株式会社法の改革』(商事法務・2007年)323頁。 (了)