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固定資産をめぐる判例・裁決例概説 【第27回】「固定資産の課税仕入れの時期について契約日基準が認められなかった事例」

固定資産をめぐる判例・裁決例概説 【第27回】 「固定資産の課税仕入れの時期について契約日基準が認められなかった事例」   税理士 菅野 真美   ▷固定資産の譲渡損益の認識日と課税仕入れの時期 固定資産を売却した場合、売却した時期がいつになるかで、譲渡損益を認識する年度や事業年度が異なる場合がある。 譲渡所得の総収入金額の収入すべき時期は、原則としては、資産の引渡しがあった日であるが、納税者の選択により、譲渡に関する契約の効力発生日に総収入金額に算入して申告する場合が認められており、これは、所得税、法人税共通である(所基通36-12、法基通2-1-14)。固定資産の取得日について、これに準じて判定することが、所得税においては通達で認められている(所基通33-9)。 それでは、消費税はどうなっているかというと、国内において事業者が行った資産の譲渡等について消費税を課する(消法4①)ものとした上で、消費税法基本通達9-1-13において、次のとおりとしている。 所得税や法人税が譲渡損益の認識日について、納税者に契約日での選択を認めているのに対し、消費税については、例外として契約日も認めているとしているが、契約日であれば必ず認められるとは限らないと、下記の消費税法基本通達9-1-2からも読みとれる。 今回は、不動産の取得について契約日を課税仕入れとした申告について争われた事案を検討する。   ▷どのような事案か この事案を時系列で並べると、次のようになる。   ▷争点は この事案における争点は次の3つであったが、本稿においては①を検討する。 甲社と課税庁の①に関する主張をまとめると、以下のようになる。   ▷裁判所の判断は 裁判所は、次のように述べて甲社の請求を棄却した。 このように述べて納税者の請求は棄却された。消費税は、法人税や所得税と異なり、課税仕入れを行った日は、対価として収受すべき権利が確定した日で、それは、通常は引渡しの日となると判断した。なお、この判決においては、納税者の行った行為が消費税の還付スキームかどうかについては論じられていない。 *   *   * 不動産の取引について、引渡し基準ではなく、契約基準で行うことはレアケースであるが、このようなケースに当たった場合は、法人税、所得税と消費税では課税時期が異なることを失念すると税理士の責任とされることから注意したい。   (了)

#No. 520(掲載号)
#菅野 真美
2023/05/25

暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第18回】

暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第18回】 「NFTに関する税務上の取扱いに係るFAQ詳解⑨」   東洋大学法学部准教授 泉 絢也     問11 NFT取引に係る消費税の取扱い①(デジタルアートの制作者) 個人事業者であるNFTクリエイターなどがNFTを販売する一次流通のケースである。   【電気通信利用役務の提供該当性と内外判定】 FAQの解説では、「本取引は、事業として対価を得て行われるものであり、かつ、電気通信回線を介して行われる著作物(著作権法第2条第1項第1号に規定する著作物)の利用の許諾に係る取引」と認められるとした上で、電気通信利用役務の提供に該当するとしている。 電気通信利用役務の提供とは、資産の譲渡等のうち、電気通信回線を介して行われる著作物(著作権法2①一)の提供(その著作物の利用の許諾に係る取引を含む)その他の電気通信回線を介して行われる役務の提供をいう(消法2①八の三)。 ただし、この場合の役務の提供からは、電話、電信その他の通信設備を用いて他人の通信を媒介する役務の提供や、他の資産の譲渡等の結果の通知その他の他の資産の譲渡等に付随して行われる役務の提供が除かれている。なお、消費税法上の資産の貸付けには、資産に係る権利の設定その他他の者に資産を使用させる一切の行為が含まれる一方、その行為のうち、電気通信利用役務の提供に該当するものは除かれる(消法2①八の三、2②)。 例えば、インターネット等を通じて行われる電子書籍・電子新聞・音楽・映像・ソフトウェア(ゲームなどの様々なアプリケーションを含む)の配信などが電気通信利用役務の提供に該当する(消基通5-8-3)。 消費税の免税事業者以外の事業者は、国内において行った課税資産の譲渡等で一定のものなどについて、消費税を納める義務があり(消法2①八、九、4、5等)、資産の譲渡等が国内において行われたかどうかという内外判定を求められる。 電気通信利用役務の提供の場合は、その電気通信利用役務の提供を受ける者の住所又は居所(現在まで引き続いて1年以上居住する場所)、あるいは本店又は主たる事務所の所在地が国内にあるかどうかで判定する。ただし、上記の場所がないときは、当該資産の譲渡等は国内以外の地域で行われたものとなる(消法4③三)。 以上から、FAQの解説では、事業者が日本の消費者にNFTを有償譲渡している本取引は、国内において事業者が事業として対価を得て行う電気通信利用役務の提供として、その役務の提供を行った者(デジタルアートの利用の許諾を行った質問者)に消費税が課されることになるとしている。 また、解説では、「当該役務提供を受ける者の住所等が国外の場合には消費税の課税対象外(不課税)となります」としている。 そもそも、NFT取引において、実務上、相手方の住所等が国内にあるのか、国外にあるのかを把握することは難しいという問題がある。氏名や住所等の情報を登録ないし開示することなく取引できることに魅力を感じている者が多く取引をしているし、取引の仕組み上、これらの情報の提供がなくともスムーズに取引が行われるようになっている。 この点について、消費税法基本通達5-7-15の2は「電気通信利用役務の提供を受ける者の住所等が国内にあるかどうかについては、電気通信利用役務の提供を行う事業者が、客観的かつ合理的な基準に基づいて判定している場合にはこれを認める。」としている。 実際の税務調査では、相手方のSNSのプロフィール等を参考として国内外判定が行われたり、これを端緒として反面調査が実施されたりする可能性がある。課税実務の動向を注視しておく必要があろう。   【リバースチャージ方式】 電気通信利用役務の提供の場合、上記のような内外判定のみならず、納税義務者の判定にも注意が必要である。 国外事業者が国内事業者に事業者向け電気通信利用役務を提供する場合、役務の提供を受けた国内事業者が消費税の納税義務を負う(リバースチャージ方式)。事業者向け電気通信利用役務の提供とは、国外事業者が行う電気通信利用役務の提供のうち、その役務の性質又は取引条件等からその役務の提供を受ける者が通常事業者に限られるものをいう(消法2①八の四、4等)。 他方、国外事業者が行う電気通信利用役務の提供のうち事業者向け電気通信利用役務の提供以外のものについては、通常どおり、その国外事業者が消費税を納税する義務を負う(国外事業者申告納税方式)。 国外事業者とは、所得税法2条1項5号に規定する非居住者である個人事業者及び法人税法2条4号に規定する外国法人をいう。例えば、これらの事業者が、国内に電気通信利用役務の提供を行う事務所等を有していたとしても国外事業者に該当する(消法2①四の二、消基通1-6-1)。 FAQの解説では、次のとおり、本事例はリバースチャージ方式に該当しない旨説明されている。   (了)

#No. 520(掲載号)
#泉 絢也
2023/05/25

〈一角塾〉図解で読み解く国際租税判例 【第17回】「ガーンジー島法人所得税の「外国法人税」該当性(地判平18.9.5、高判平19.10.25、最判平21.12.3)(その2)」~法人税法69条1項、法人税法施行令141条1項、2項、3項~

〈一角塾〉 図解で読み解く国際租税判例 【第17回】 「ガーンジー島法人所得税の「外国法人税」該当性 (地判平18.9.5、高判平19.10.25、最判平21.12.3)(その2)」 ~法人税法69条1項、法人税法施行令141条1項、2項、3項~   税理士・米国公認会計士 金山 知明     5 考察 (1) 租税該当性 大島訴訟(最判昭和60年3月27日民集39巻2号247頁)では、「租税は、国家が、その課税権に基づき、特別の給付に対する反対給付としてでなく、その経費に充てるための資金を調達する目的をもって、一定の要件に該当するすべての者に課する金銭給付」とされている。 また、旭川市国民健康保険条例事件(最判平成18年3月1日民集60巻2号587頁)では、「国又は地方公共団体が、課税権に基づき、その経費に充てるための資金を調達する目的をもって、特別の給付に対する反対給付としてでなく、一定の要件に該当するすべての者に対して課する金銭給付は、その形式のいかんにかかわらず、憲法84条に規定する租税に当たる」とされる。 ここでは「反対給付」かどうか、つまり対価性があるかどうかという要素と、「一定の要件に該当するすべての者に対して課する」という意味での強行性が要点と思われる。対価性について本件では、地裁と高裁は、ガーンジー島の税を、「タックス・ヘイブン対策税制の適用を回避させるというサービスを提供するための対価といい得る」とする。しかし本件において、外国税を負担するのはB社であるが、その外国税をタックス・ヘイブン対策税制の回避というサービスを受けるための対価と考えたとしても、そのサービスを受けるのはB社ではない。しかもその「サービス」はガーンジー政府が与えるものでなく、結果として日本においてXへの課税上生じるに過ぎない(※8)。そう考えると、本件外国税をサービスの対価などということは困難である。 (※8) 志賀櫻「鑑定意見書」(2007)第3部2(9)。 また、強行性について、たしかにB社には、0%近い税率を選択申請したり、免税申請をしたりする余地が与えられていることから、この点については一般的な所得課税制度でない特異な性質がある。しかし、政策上の理由で税を減免することは、さほど珍しいことでもない(特に固定資産税など)。しかも本件ではいったん申請した税率について承認を受けると、その税率について交渉することはできない。この意味では、強行性が確保されている。 OECDのHarmful Tax Competition (1998) では、たしかにガーンジー島法人所得税のように、納税者と税務当局の交渉により税率を決定するような税制について、タックス・ヘイブン対策税制(CFCルール)を回避し得る点において有害であると指摘し、制度面でこれに対処する必要性を示している。しかし、このような税について、強行性を欠くとか、租税の概念と相容れないなどとするような見解はまったくみられない。 ガーンジー島の法人所得税を租税でないと主張することは、もともと困難な道だったといえるが、本件についてタックス・ヘイブン対策税制により課税するための手段として、国税はそれを租税ではないと主張するほかなかった(※9)。しかし最高裁は、ガーンジー島法人所得税が租税であることは自明のこととして(※10)、本件の主眼を当該税が「外国法人税」に該当するかどうかに置いている。 (※9) 谷口勢津夫「課税方式・税率の選択可能な外国税の『外国法人税』該当性」判例時報2099号(2011)170頁は、本件ではガーンジー島の法人所得税を税ではないと解釈することで、事実認定による租税回避の否認をしようという税務当局の試みを、最高裁が認めなかったという点で、パラツィーナ事件(最判平成18年1月24日民集60巻1号252頁)と同様の判断枠組を用いたものであると述べる。 (※10) 岡村忠生「外国法人税の意義」ジュリスト1440号(2010)208頁。 結局最高裁は、法人税法施行令141条3項の文言を尊重して、その意義を拡張してまでガーンジー島法人所得税の外国法人税該当性を否定することはできないと判断した。これは国が課税権を発動する場面においては特に、文理解釈により納税者の予測可能性を保護することの必要性を重視したものと考えられ、このような厳格な解釈は妥当と評価される(※11)。 (※11) 宮塚久「ガーンジー島事件最高裁判決の検討」国際税務32巻4号(2012)23頁。谷口前掲170頁。 (2) 租税回避行為があったか 我が国のタックス・ヘイブン対策税制は、タックス・ヘイブンに設立された被支配外国会社に本来国内で課税されるべき所得を移転する行為を規制するため、租税回避否認規定であるとされる(※12)。そこで、本件ではXがガーンジー島にB社を設立して再保険料を支払ったことが租税回避といえるかどうかも検討に値する。 (※12) 村井正編著『入門 国際租税法(改訂版)』清文社(2020)335頁。金子宏『租税法(第24版)』弘文堂(2021)646頁。 志賀櫻「鑑定意見書(キャプティブについての補論)」(2008)の第3の1では、保険会社が海外に有するキャプティブの意義について、租税回避のための道具ではなく、リスクの移転、リスクの集積、リスクの分散といったリスクマネジメントの機能を果たすものであり、XにとってB社もそのような役割を担っていたと述べる。つまり、B社は租税回避を目的に設立されたというより、リスクマネジメントの一環として、キャプティブに対するインフラの整ったガーンジー島に設立されたと考えることもできる(※13)。 (※13) 北村導人「タックスヘイブン対策税制/外国税額控除/ガーンジー島事件」『租税訴訟5』財経詳報社(2012)63頁。 タックス・ヘイブン対策税制は当初、ブラックリスト方式を採用し、軽課税国を個別指定していたが、各国の税制が刻々と変化する中、この方式では対応が難しくなった(※14)。それを受けて平成4年に導入されたのがトリガー税率方式であるが、25%超の税負担をしている子会社はタックス・ヘイブン対策税制の対象外とすると定めたのは一種の割切りであるともいえ、納税者からすると26%の税負担をすれば当該税制による課税をされないと予測するのは法の文言を忠実に解釈した結果であり、合理的であると考える。 (※14) 武田昌輔編著『DHCコンメンタール法人税法』(第一法規)4985の8頁。 ガーンジー島税制による税率の選択申請可能性のある法人所得税により、トリガー税率を超える税負担となるように調整を図る行為は、タックス・ヘイブン対策税制が想定していたものではないかもしれないが、税率26%の適用申請をすることは公的にガーンジー島税法で認められた権利であり、濫用的なスキームをXが画策したのではない。そして、26%の税負担は仮装でなく実際に行われている。このようなXの行為は、タックス・ヘイブンに所得を移すことによる不当な租税回避とはいいきれない。 (3) 先行判例との比較 ここでは、課税規定の性質的な相違と、法文による文言上の解釈可能性の幅、納税者による作為の複雑性の違いという観点から、先行する2つの最高裁判例との若干の比較をしておきたい。 りそな銀行外国税額控除否認事件(最判平成17年12月19日民集59巻10号2964頁、以下「りそな銀行事件」という)では、内国法人が外国税額控除の余裕枠を利用して、外国税額控除規定を濫用して利益を得る行為は許されないという考えを最高裁が示したが、この判断には、外国税額控除規定が納税者に税額控除権を与える減免的性質をもつ規定であることが影響していると考え得る(※15)。 (※15) 金子前掲141頁。 これに対してタックス・ヘイブン対策税制は、外国関係会社の国外における所得を、内国法人である親会社の所得であると擬制して合算課税するという構造上、国の追加的な課税権を形成しようとする制度といえる(※16)。規定の構造や性質が、外国税額控除のような減免的制度と異なる点は、最高裁の判断に影響したのではないだろうか。 (※16) また当該税制は、所得の合算だけを規定し、損失の合算を認めない(最判平成19年9月28日税務訴訟資料第257-185順号10794)。このことも追加的な課税権の発動規定と認識できる一要素であると考える。 さらに、りそな銀行事件では、市場で考案された私法上の契約を組み合わせた作為的スキームを納税者が利用したものといえるが、本件でB社が行ったのは、外国政府の公法である税制に従った外国法人税の納付という行為に過ぎず、X又はB社が画策したスキームにより利益を得ようとしたものでもないため、これを濫用的ということはできない。 また、オウブンシャホールディング事件(最判平成18年1月24日訟月53巻10号2946頁)では、海外に設立した関係会社間での株式有利発行スキームを用いた含み益株式の移転に対して、法人税法22条2項にいう「無償による資産の譲渡(中略)その他の取引」の意義を拡張的に解釈することにより、取引当事者ではないはずの原告法人への課税がなされ、最高裁はそれを適法とした。 当該事件は、りそな銀行事件のように減免規定の変則利用を図るものではないが、外国法人の設立、当該法人への特定現物出資、第三者割当増資という多段階の作為を用いた租税回避であったということができる。さらに、税法に上記「取引」の定義規定がなく、その「取引」の解釈に幅を持たせる余地があったことも主要な判断理由の1つであろう。 これに対して本件は、Xにより複雑な租税回避スキームが実行されたわけでなく、何らかの租税減免規定を利用しようとしたものでもない。加えて、特定外国子会社等や外国法人税の定義など、法令規定の文言が比較的明確であり、解釈の幅が小さかったことも、オウブンシャホールディング事件との違いとして認識できる。このようにみると、最高裁の判断には、争点となった税法規定の性質(減免的規定か否か)、租税回避手段の人為的複雑性、法の文理の拡張解釈可能性といった要素が影響しており、本件判決はそれらがいずれも消極に解された結果下されたものと考えられる。   6 総括 タックス・ヘイブン対策税制は、租税回避否認をその趣旨とするが、外国子会社の国外所得を擬制的に内国法人の所得とみなして課税するという構造をみれば、侵害的な課税権発生規定(課税根拠規定)という性質もあると考える。そのような規定の適用上は、租税法律主義による納税者の予測可能性という意味での権利保護がより強く働くべきであり、最高裁はそれを肯定したと評価したい。 たしかに、当時のガーンジー島の税制は、投資を呼びこむ手段の1つとしての、税率の選択申請、交渉可能性という特殊な性質をもっており、これは納税者の作為により変則的法形式を用いることには当たらないが、親会社の居住地国の税務当局からすれば、そのような税制自体が有害であることは否定できない。 しかし、他の主権をもつ政府が有する税制が自国の課税権からみて有害であるからといって、否認規定を欠きながらそれを税ではないとすることを最高裁は認めなかった。特に本件のように、国家が課税権(課税根拠規定)を行使する場面においては、法の文言が明確である限りその法文に忠実に従うべきであり、解釈により要件を拡張して課税することは許されず、立法による解決が必要であることを、最高裁は本件で示したと考えられる。 (了)

#No. 520(掲載号)
#金山 知明
2023/05/25

有価証券報告書におけるサステナビリティ開示の直前確認

有価証券報告書における サステナビリティ開示の直前確認   史彩監査法人 パートナー 公認会計士 西田 友洋   金融庁は、2023年1月31日に「「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正案に対するパブリックコメントの結果等について」を公表し、以下の改正等を行っている。当該改正により、原則、2023年3月31日以後終了する事業年度の有価証券報告書からサステナビリティ開示が必要となり、各社、有価証券報告書の作成に今までよりも多くの時間を要することが考えられる。そこで今回は、サステナビリティ開示におけるポイントを解説する。 適用時期は、以下のとおりである。 なお、株式会社花王及び株式会社リンクアンドモチベーションが2022年12月31日の有価証券報告書において、早期適用している。 【改正のイメージ図】   1 サステナビリティ全般に関する事項(人的資本を含む)の開示 (1) 開示内容 「サステナビリティに関する考え方及び取組」の開示内容は、以下のとおりである(開示府令 第二号様式(記載上の注意)(30-2)、第三号様式)。 (※) 有価証券報告書で記載する内容を全て、参照先に記載することはできない。参照先は、あくまでも補完情報であるため、重要な情報は、有価証券報告書に記載する必要がある(下記(6)参照)。 (2) 開示対象 「サステナビリティに関する考え方及び取組」の開示対象は、開示府令で具体的に定められていないが、記述原則別添(注1)に、以下の例示が示されている(記述原則別添(注1)、コメント対応109)。開示府令では具体的に定められていないため、各社で以下や他社事例等を参考にし、また、経営環境や企業価値等への影響を踏まえて、何を開示することが投資家にとって有用であるかを検討する必要がある。 なお、温室効果ガス(GHG)排出量については、投資家と企業の建設的な対話に資する有効な指標となっている状況を鑑み、各企業の業態や経営環境等を踏まえた重要性の判断を前提としつつ、特に、Scope1(事業者自らによる直接排出)・Scope2(他社から供給された電気、熱・蒸気の使用に伴う間接排出)の GHG 排出量について、積極的に開示することが期待されている(記述原則別添(注2))。 (3) 開示にあたっての構成要素 「サステナビリティに関する考え方及び取組」では、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)のフレームワークに合わせて、以下の4つの構成要素に基づき記載する。 「ガバナンス」と「リスク管理」の記載は必須で、「戦略」と「指標及び目標」については、重要なものについて開示する(重要性については、下記(4)参照)。 「戦略」と「指標及び目標」について、各企業が重要性を判断した上で記載しないこととした場合でも、当該判断やその根拠の開示を行うことが期待される(記述原則別添)。 ただし、「戦略」と「指標及び目標」について、各企業が重要性を判断した上で記載しない場合における判断やその根拠は、必ず開示しなければならない事項ではない。その上で、投資家に有用な情報を提供する観点から、例えば、各企業がその事業環境や事業内容を踏まえて、どのような検討を行い、重要性がないと判断するに至ったのか、その検討過程や結論を具体的に記載することが考えられる(コメント対応No.99-100)。 一方、人的資本については、「戦略」並びに「指標及び目標」(以下、(a)(b))について、重要性に関係なく、全ての会社が開示する必要がある。 (4) 重要性の判断基準 サステナビリティ関連開示において、開示に当たっての重要性の判断基準は、開示府令で定められていない。 記述情報の開示に関する原則(以下、「記述原則」という)において、以下の考え方(記述原則2-2)が示されているため、参考にすることができる。 (5) 開示にあたっての留意事項 開示にあたっての留意事項として、以下が挙げられる。 (6) 他の書類を参照する場合の留意事項 他の書類を参照する場合の参照先の例として、以下が挙げられる(コメント対応No.234-237、238-252、257-261)。 また、記載事項を補完する情報について、公表した他の書類を参照する場合の留意事項として、以下が挙げられる。 (7) 事例 株式会社花王の有価証券報告書(2022年12月31日)の「第2【事業の状況】」の「2【サステナビリティに関する考え方及び取組】」では、以下のように開示されている。   2 多様性に関する開示 (1) 開示内容 女性活躍推進法及び育児・介護休業法(女性活躍推進法等)により「女性管理職比率」、「男性の育児休業取得比率」、「男女間の賃金格差」の公表を行わなければならない会社に該当する場合は、【従業員の状況】に当該指標を開示する(開示府令 第二号様式(記載上の注意)(29))。ポイントは、女性活躍推進法及び育児・介護休業法により開示が求められるかどうかを、連結グループ内の各社ごとに判定し、開示が求められる会社は、連結グループ内の財務的重要性に限らず開示が必須ということである。 (注) 女性活躍推進法は、2022年7月8日の施行後に最初に終了する事業年度から一定の指標の公表が義務付けられている。一方。育児・介護休業法は、2023年4月1日から指標の公表が義務付けられる。詳細は、以下のとおりである。 (2) 開示にあたっての留意事項 開示にあたっての留意事項として、以下が挙げられる。 (3) 事例 株式会社花王の有価証券報告書(2022年12月31日)の「第1【企業の概況】」の「5【従業員の状況】」では、以下のように開示されている。なお、下記の「②連結会社の状況」の記載は、任意で記載している項目である。 (了)

#No. 520(掲載号)
#西田 友洋
2023/05/25

開示担当者のためのベーシック注記事項Q&A 【第11回】「表示方法の変更に関する注記」

開示担当者のための ベーシック注記事項Q&A 【第11回】 「表示方法の変更に関する注記」   仰星監査法人 公認会計士 竹本 泰明   Question 当社は連結計算書類の作成義務のある会社です。連結注記表及び個別注記表における表示方法の変更に関する注記について、どのような内容を記載する必要があるか教えてください。 Answer 表示方法を変更した場合、当該表示方法の変更の内容及びその理由を注記する必要があります。 なお、個別注記表に注記すべき事項が連結注記表に注記すべき事項と同一である場合は、個別注記表にその旨を注記することで、個別注記表における詳細な注記を省略することができます。 ● ● ● 解説 ● ● ● 1 経団連のひな型による解説 経団連が公表している「会社法施行規則及び会社計算規則による株式会社の各種書類のひな型(改訂版)」(2022年11月1日)によれば、連結注記表、個別注記表それぞれ次のような注記が考えられます。 【連結注記表】 【個別注記表】   2 注記事項の解説 (1) 表示方法の変更に関する注記の全体像 連結計算書類の作成義務のある会社を前提とした場合、連結注記表・個別注記表で記載すべき表示方法の変更に関する注記事項は次のとおりです(会社計算規則第102条の3第1項)。ただし、「重要性の乏しいものを除く」とされているため、重要性が乏しい場合は注記を省略することができます。 (※1) 個別注記表に注記すべき事項が連結注記表に注記すべき事項と同一である場合において、個別注記表にその旨を注記するときは、個別注記表における当該事項の注記を要しません。 (2) 注記事項の解説 表示方法は、原則として、毎期継続して同じ方法を適用することが求められます。 しかし、会計基準等の改正により表示方法の変更を求められる場合や、財務諸表をより適切なものにする場合には、表示方法を変更することができます。 この場合、財務諸表の過去からの比較可能性を確保するため、どのように表示方法が変わっているのか、なぜ表示方法を変更したのかを注記する必要があります。 具体的にどのような注記が必要か、実際の注記を見ていきましょう。 [株式会社フルキャストホールディングス 2022年12月期 連結注記表] ※株式会社フルキャストホールディングス「第30期定時株主総会 その他の電子提供措置事項(交付書面省略事項)」19頁より抜粋。 [生化学工業株式会社 2022年3月期 連結注記表] ※生化学工業株式会社「第76回定時株主総会招集ご通知に際してのインターネット開示事項」12頁より抜粋。 [日野自動車株式会社 2022年3月期 連結注記表] ※日野自動車株式会社「第110回定時株主総会招集ご通知に際してのインターネット開示事項」9頁より抜粋。 *  *  * 次回の第12回は、「会計方針に関する事項(引当金の計上基準)」をテーマに解説します。   (了)

#No. 520(掲載号)
#竹本 泰明
2023/05/25

〔相続実務への影響がよくわかる〕改正民法・不動産登記法Q&A 【第18回】「越境した竹木の枝の切除」

〔相続実務への影響がよくわかる〕 改正民法・不動産登記法Q&A 【第18回】 「越境した竹木の枝の切除」   司法書士 丸山 洋一郎 弁護士 松井 知行    【Q】 隣地の竹木が越境した場合の取り扱いについて、どのようなルールが定められたのか教えてください。 【A】 越境された土地の所有者は、竹木の所有者に枝を切除させる必要があるという原則を維持しつつ、次のいずれかの場合には、枝を自ら切り取ることができることとされた(新民法第233条第3項)。 また、竹木が数人の共有に属する場合には、各共有者が越境した枝を切り取ることができることとされた(新民法第233条第2項)。 -《解説》- 1 改正の経緯 旧民法では、土地の所有者は、隣地の竹木の根が境界線を越えるときは自らその根を切り取ることができるが、枝が境界線を越えるときはその竹木の所有者に枝を切除させる必要があるとされていた(旧民法第233条)。 しかしながら、この場合、竹木の所有者が枝を切除しないときには、訴えを提起し切除を命じる判決を得て強制執行の手続をとるほかなく、竹木の枝が越境する都度、常に訴えを提起しなければならないとするのは、救済を受けるための手続の負担が重すぎるという問題があった。 また、竹木が共有されている場合に、竹木の共有者が越境した枝を切除しようとすると、基本的には変更行為として共有者全員の同意が必要であると考えられているため、他の共有者を探してその同意を求めざるをえず、その結果相当な時間と労力を費やすこととなり、竹木の円滑な管理が阻害されるという事態が生じていた。 そこで、今回の改正では、土地の所有者による枝の切り取り及び竹木の共有者各自による枝の切除について規定が設けられることになった。   2 土地の所有者が越境した枝を切り取る場合 (1) 概要 隣地の竹木の枝が越境してきた場合、原則としては竹木の所有者に枝の切除を求めることとされているが(新民法第233条第1項)、竹木の所有者による切除が期待できない以下の3つの場合のいずれかに該当するときは、土地の所有者が自ら越境した枝を切り取ることができる(新民法第233条第3項)。 なお、本規定は私人間についてのみ適用されるものではなく、道路を所有する国や地方公共団体も、隣接地の竹木が道路に越境してきたときは、本規定によって枝を切り取ることが可能であると考えられる。 (2) 要件 ① 竹木の所有者に枝を切除するよう催告したにもかかわらず、竹木の所有者が相当の期間内に切除しないとき 催告の方法については条文上特に規定されていないが、後日紛争が発生することを予防する観点から、書面等の記録に残る方法により行うことが望ましいと考えられる。 また、「相当の期間」とは、竹木の所有者に枝を切除するために必要な時間的猶予を与えるためのものであり、事案にもよるが、基本的には2週間程度と考えられる。 共有物である竹木の枝を切り取るにあたっては、基本的に、竹木の共有者全員に枝を切除するよう催告する必要がある。もっとも、一部の共有者を知ることができず、又はその所在を知ることができないときには、その者との関係では要件②の場合に該当し、催告は不要と考えられる。 ② 竹木の所有者を知ることができず、又はその所在を知ることができないとき 「竹木の所有者を知ることができず、又はその所在を知ることができないとき」とは、事案にもよるが、基本的には、現地調査及び不動産登記簿・立木登記簿や住民票といった公的記録の確認などの方法により調査を行ったにもかかわらず、竹木の所有者又はその所在を知ることができないときをいうと考えられる。 ③ 急迫の事情があるとき 「急迫の事情があるとき」とは、例えば、台風等の災害により枝が折れて隣地に落下する危険が生じている場合などが想定される。 (3) 費用負担 土地の所有者が越境した枝を自ら切り取る場合の費用負担に関しては、条文上特に規定されていないが、枝が越境して土地所有権を侵害していることや、土地所有者が枝を切り取ることにより竹木の所有者が本来負っている枝の切除義務を免れることを踏まえると、基本的には、土地所有者は枝の切除に要した費用を竹木の所有者に請求できると考えられる(cf.民法第703条、第709条)。   3 竹木の共有者が越境した枝を切り取る場合 上記1でも述べたとおり、従前は共有されている竹木について枝を切るためには基本的に共有者全員の同意が必要となると考えられていたが、今回の改正により各共有者が越境した枝を切り取ることができるとされた(新民法第233条第2項)。 そして、竹木の各共有者が単独で枝を切り取ることができる以上、越境された土地の所有者は、竹木の共有者の1人から承諾や委託を得れば、その共有者に代わって枝を切り取ることができる。 また、越境された土地の所有者は、竹木の共有者の1人に対しその枝の切除を命じる判決を得れば、代替執行(民事執行法第171条第1項・第4項)により授権を得て強制執行をすることが可能であると考えられる。ただし、上記判決の既判力は他の共有者には及ばないため、他の共有者は越境された土地の所有者に対し、竹木の共有持分に基づく妨害予防請求訴訟を提起するなどして争う余地があると考えらえる。 (了)

#No. 520(掲載号)
#丸山 洋一郎、松井 知行
2023/05/25

〈知識ゼロからでもわかる〉 NFTとその利活用 【第3回】「NFTのビジネスモデルと市場」

〈知識ゼロからでもわかる〉 NFTとその利活用 【第3回】 (最終回) 「NFTのビジネスモデルと市場」   東京ハッシュ株式会社 代表取締役 段 璽 公認会計士・公認不正検査士 松澤 公貴   1 はじめに 本連載では、NFTの入門知識を整理している。【第2回】では、NFTの具体的な利用形態と方法について解説した。最終回の今回では、NFTに関わる主要かつ特徴的なビジネスモデルと市場について解説する。   2 ビジネスアクターの整理 NFT界には、作品のクリエイター、投資家、NFTプロジェクトの運営者、NFTマーケットプレイスの運営者、NFTを保有するユーザーなどが関わっている。投資家はさらに小口投資家と大口投資家(通称Whales)に分けられる。   3 ビジネスモデル (1) ロイヤリティ ロイヤリティとは、作品の売上の一部をクリエイターに還元する仕組みであり、一般的には販売額のパーセンテージで設定されている。コンテンツ作品に対する「所有権」をNFTとして販売し、ロイヤリティを受け取るビジネスモデルがある。これにより、作品の作者は、作品が再販された際にも、スマートコントラクトに埋め込まれたロジックによって、自動的にロイヤリティを得ることができる。その際、作品やコンテンツの著作権を維持することも可能である。 (2) NFTプロジェクト 典型的な「NFTプロジェクト」では、独自のNFTコレクションを構築し、理念や世界観を加えるとともに、NFTにユーティリティを設定する。そしてNFTを販売し、所有者のコミュニティを形成し、イベント開催や派生NFTプロジェクト組成等を通してコレクターや投資家からの需要に応える。 プロジェクトの収入源は、NFTの一次販売、二次流通取引のロイヤリティ、物販等である。NFTユーティリティとしては、特別な特典やアクセス権が典型的である。 NFTプロジェクトの成功例には「Bored Ape Yacht Club (BAYC)」や「Azuki」が含まれる。 (3) NFTマーケットプレイス NFTマーケットプレイスとは、アートやゲームアイテム、デジタル収集品などのNFTを販売・取引するプラットフォームである。これらのマーケットプレイスは、売買手数料やオークション手数料から利益を得る。また、広告やスポンサーシップ、NFTの取引にかかる手数料、販売手数料を含めた収益モデルを持つものもある。 一方、マーケットプレイスの競合が激しくなる中、NFTの品質管理やユーザー保護のための投資も必要となる。そのため、NFTマーケットプレイスは、成功するためには高品質のNFTを取り扱うこと、ユーザーの信頼を獲得し続けることが必要不可欠である。 NFTマーケットプレイスの代表はOpenSeaであるが、他にも国内外問わず大小のNFTマーケットプレイスがある。従来の企業形態をとる中央型と、ブロックチェーン上でほぼ全てのシステムを完結させる分散型のNFTマーケットプレイスがある。各者は手数料モデルやインセンティブ設計、対応するブロックチェーン・決済通貨・ウォレット、NFTのジャンル特化等を特色として持っている。   4 NFTの流通と取引におけるポイント 以上のビジネスアクターとビジネスモデルを踏まえると、NFTの流通と取引には次のような側面がある。 流通には一次流通と二次流通がある。一次流通は発行または発行者からの初回譲渡に相当する。二次流通はNFTマーケットプレイスを介す場合とそうでない場合がある。二次流通ではロイヤリティが発生し得る。 価格形成については、オークション形式と指定価格での取引がある。取引価格は各NFTの時価として現れる。また、NFTコレクションにおいては最低価格(Floor Price)が、コレクション同士の相対的価値を表す指標としてよく用いられる。 NFTの取引は手動でももちろん可能だが、スマートコントラクトを用いて取引ロジックを自動化することもできる。実際、自動でNFTを買い漁るボットがある。 売買取引においては、決済通貨も考慮すべきである。暗号資産はもちろん、法定通貨や独自ポイントも可能性としてある。それに伴って、NFTの取引がブロックチェーン上で完結するか(オンチェーン取引)、一旦ブロックチェーンの外で取引するか(オフチェーン取引)も、NFTマーケットプレイスにおいて重要なデザイン項目となる。 そして、NFTの法的扱いについても注意を払う必要がある。各ビジネスアクターが属する法域とクロスボーダー取引の扱いを明確にすべきである。わが国においては、NFT保有者が居住者かどうかが1つのポイントになる。   5 NFT市場の規模 Chainalysisの記事によると、2021年にNFTマーケットプレイスを介したNFTの取引高は400億米ドルを超えており、2022年は5月頭までのデータで既に370億米ドルに達している。 ブロックチェーンごとに見ると、イーサリアムは取引高ベースでNFT取引の大半を占めている(CryptoSlam参照)。   6 NFT市場の課題 以上のように、NFTを中心としたビジネスモデルが台頭してきており、NFT市場は注目に値する規模を示している。しかしながら、NFT市場は社会・ビジネス面と技術面で課題を抱えている。 社会・ビジネス面の代表的な課題は、NFTプロジェクトの詐欺(調達資金の持ち逃げ;Rug Pull)、模倣、相場操縦(NFTコレクションのNFTを買い占めて価格を吊り上げることをWash Tradeという)、資金洗浄等である。模倣は著作権とも関わる。NFTマーケットプレイスはしばしば、模倣NFTの排除を力点の1つとしている。 技術面では、例えばシステムの不具合により誤った価格での取引がNFTマーケットプレイスにおいて成立してしまう事例が過去に発生している。このようなリスクを考慮した補償体制もNFTマーケットプレイスの運営においてポイントとなる。   7 おわりに 最終回では、NFTのビジネスモデルと市場について解説した。連載全体を通して、NFTと市場の全体観をお伝えできたならば幸いである。連載でカバーした内容を前提知識として、国税庁による「NFTに関する税務上の取扱いについて(FAQ)」を読んでいただくと、より実際的な知見を得ることができるだろう。   (連載了)

#No. 520(掲載号)
#段 璽、松澤 公貴
2023/05/25

〔検証〕適時開示からみた企業実態 【事例83】空港施設株式会社「代表取締役の辞任に関するお知らせ」(2023.4.3)

〔検証〕 適時開示からみた企業実態 【事例83】 空港施設株式会社 「代表取締役の辞任に関するお知らせ」 (2023.4.3)   公認会計士/事業創造大学院大学教授 鈴木 広樹   1 今回の適時開示 今回取り上げる開示は、空港施設株式会社(以下「空港施設」という)が2023年4月3日に開示した「代表取締役の辞任に関するお知らせ」である。代表取締役副社長の山口勝弘氏(以下「山口氏」という)が同日付で辞任したという内容だが、「辞任の理由」は「一身上の都合によるもの」と記載されている。「一身上の都合」ということは、病気や家庭の事情など個人的な理由により辞任したのだろうか。   2 辞任の本当の理由 空港施設は、今回の開示の1週間後の4月10日に「独立検証委員会の設置に関するお知らせ」を開示した。その「検証委員会設置の趣旨・目的」の記載は次のとおりである(下線は筆者による。ちなみに、企業の不祥事等の調査のために第三者委員会が設けられる場合、通常、その委員は弁護士や公認会計士で構成されるが、この独立検証委員会(以下「委員会」という)の委員長は、八田進二青山学院大学名誉教授である)。 同社は2023年4月28日に「独立検証委員会の検証結果報告書受領に関するお知らせ」を開示し、そこで委員会による「検証結果報告書」(以下「報告書」という)が示されている。報告書によると、2021年6月の取締役候補者の選任過程における問題とは、山口氏の代表取締役副社長への就任の仕方(取締役に再任されたうえで代表取締役副社長に選定される経緯)であった。山口氏の辞任の理由は、本当は「一身上の都合」ではなかったようである。 同社が2021年6月1日に開示した「代表取締役及びその他役員の異動に関するお知らせ」によると、山口氏は2020年に社外から同社の取締役に就任し、その1年後の2021年に代表取締役副社長に就任している。その点だけを見ると、同氏は上場会社の元経営者で、代表取締役に就任することを前提として同社に招かれたように思われてくる。しかし、そうではなく、同氏は国土交通省(以下「国交省」という)出身の元官僚で、上場会社の経営に携わった経験などない。そうした人物に上場会社の経営者が務まるはずがないのに、取締役就任後たった1年で代表取締役に就任するというのは異常である。   3 強引過ぎる自薦 報告書には、他の取締役の反対にあいながらも強引に自身を代表取締役副社長に推す山口氏の様子が記載されている。委員会による検証内容と新聞や雑誌による報道内容とを総合したうえで、山口氏の発言とその意味が整理されているので、報告書からその一部を抜粋する。 なお、「エアライン2社」とは、同社の筆頭株主でもある日本航空株式会社とANAホールディングス株式会社である。当然だが、委員会による質問に対して、両社とも山口氏の代表取締役副社長就任について了承したという事実はないとしている。山口氏も、両社の誰とやりとりをしたのかという質問に対しては、「公式プロセスではなく、非公式な意向確認という極めて機微にわたる事案であり、先方に断りなく開示いたしかねます」と回答している。   4 元事務次官の要求 報告書では、山口氏が代表取締役副社長に就任した後、2022年12月、元国土交通事務次官の本田勝氏(以下「本田氏」という)が空港施設を訪れ、同社の代表取締役会長と代表取締役社長の2名と面会したとされている。本田氏はその場で、両名に対して「会長、社長を6月で退いてほしい。山口氏を社長にお願いしたい」と申し入れ、その理由について、「国交省出身者を社長とする体制に戻してほしい」と述べたという。報告書では、同社の役員の変遷がまとめられているが、それによると、2021年6月まで同社の社長はずっと国交省出身者だった。 同社の代表取締役会長と代表取締役社長は、本田氏の要求に対して、「当社は東証プライム上場会社として厳格なガバナンスを求められており、社長は指名委員会で選考することになっている」と説明し、申入れを拒絶したという。当然の対応である。 なお、本田氏は、現在、東京地下鉄株式会社の代表取締役会長である。同社は上場を目指しているようだが、こうした人物が代表取締役を務めている状態で大丈夫なのだろうか(文末追記参照)。   5 雨降って地固まる? 今回の開示の「辞任の理由」は、「一身上の都合によるもの」ではなく、「自身の当社代表取締役副社長就任の経緯をめぐり当社に混乱を招いたことに対して責任をとり、辞任するものであります」といった記載にすべきだっただろう。 報告書でも指摘されているように、今回の騒動は空港施設の企業価値を毀損したといえる。しかし、前向きに捉えるならば、これにより国交省出身者による支配を排除できたといえるかもしれない。今後は無条件に国交省出身者を役員に選任したり、代表取締役に選定したりすることは困難になるはずである(と信じたい)。 とはいえ、もとより同社は上場会社、しかも高水準の企業統治が求められるはずのプライム市場上場会社である。こうした騒動が起こる前に自浄作用が働くべきであった。報告書の「第3 問題点の指摘」における「7 当社の主要なステークホルダーに役員ポストを用意すべきという古い役員体制論が取締役会・指名委員会に未だに残っていること」の記載が同社の問題点を集約していると思われるため、少し長いが引用しておく。   (了)

#No. 520(掲載号)
#鈴木 広樹
2023/05/25

プラス思考の経済効果 【第15回】「G7広島サミット2023の経済効果」

プラス思考の経済効果 【第15回】 「G7広島サミット2023の経済効果」   関西大学名誉教授・大阪府立大学名誉教授 宮本 勝浩   1 はじめに G7広島サミット2023が2023年5月19日、20日、21日に広島市で開催されました。今回のサミットは、昨年2月24日のロシアのウクライナ侵攻による世界の政治・外交・経済などの混乱、そして最近の中国・台湾問題の緊張の高まりの中で開催される非常に重要なG7サミットだと言われています。今回は、この広島サミットの広島県における経済効果を推定してみましょう。 今回の広島サミットの特徴は次のとおりです。   2 広島サミットの直接効果の項目 広島サミットの直接効果を①国の出費金額、②地方自治体独自の出費金額、③国内外のマスコミ関係者の消費金額、④広島サミット後増加した観光客の消費金額の4項目であると仮定します。   3 国の出費金額の推定 (1) 前提 前回の2016年の「伊勢志摩サミット」の予算額、決算額などを参考にして、広島サミットにおける国の出費金額を推計します。中部圏社会経済研究所が2016年2月8日に発表した分析「伊勢志摩サミット等の開催による経済効果について」(中部社研 経済レポート No.3)によると、総予算額は約554.5億円でしたが、国内に投資されたのは約503億円でした。そして、そのうち開催地の三重県に全体の約66.7%の約335.6億円が分配され、残りの約33.3%の約167.4億円は大臣会合などが開催される各都道府県に分配されました。 (2) 国の出費金額の項目別推定額 ① 警備費 財務省の発表によると、北海道洞爺湖サミットでは約331億円、伊勢志摩サミットでは約340億円でした。今回は大変な時期でのサミットですので警備費は過去最大級の総額約400億円になると推定します。 ② 招待費 国際会議や国際イベントが開催される時は、招待する国がほとんどの費用を持つことが原則です。今回の日本側の負担を約20億円と仮定します。 ③ 会場設営、ホテル借り上げ費など 会場設営、機材・備品・ホテルの借り上げ、レストランの食事などの開催運営費用はこれまで約80~190億円であったので、今回は約180億円と仮定します。 ④ プレスセンター関係費 プレスセンター関係費はこれまで約30~50億円でしたが、今回は約40億円と仮定します。 ⑤ 関連設備費など 関連設備の整備費用(建築関係)はこれまで約70~80億円でしたが、今回は前回の伊勢志摩サミットと同額の約80億円と仮定します。 ⑥ 合計 以上より、国が広島サミットに投資する出費額は約720億円となります。 〈国の出費の項目別推定金額〉 (3) 広島県に投資される国の出費金額 中部社研 経済レポート No.3によると、伊勢志摩サミットでは国の予算の約66.7%が主催県に投資されていますので、それと同じ比率とすると広島県に投資される国の予算は約480億2,400万円となります。   4 地方自治体独自の出費金額の推定 広島県と広島県内の自治体(広島市、福山市、廿日市市)の国から与えられる予算とは別の自治体独自の広島サミット予算の過去2年度分の総額は、約108億8,929万円となります。   5 国内外のマスコミ関係者の消費金額の推定 (1) 日本人マスコミ関係者の消費額 マスコミ関係者数は前回の2割増しの約6,000人と仮定します。そして日本人マスコミ関係者は前回と同様6割の約3,600人、外国人マスコミ関係者は4割の約2,400人とします。国土交通省観光庁の「旅行・観光消費動向調査 2021年1~12月期集計表(確報)」(2022年4月28日公表)によると、日本人の国内における広島県を含む中国地方への出張・業務における消費額は1人平均で6万4,036円でした。その結果、日本人マスコミ関係者の消費額は約2億3,053万円となります。 (2) 外国人マスコミ関係者の消費額 国土交通省観光庁「訪日外国人の消費動向 2022年 年次報告書」(2023年3月31日公表)によると、訪日外国人の消費額は約5日の滞在で23万5,000円でしたので、滞在日数で割って実質訪問人数を算出して計算すると、外国人マスコミ関係者の消費額は合計約1億1,280万円となります。したがって、全マスコミ関係者の消費総額は約3億4,333万円(約2億3,053万円+約1億1,280万円)となります。   6 広島サミット後増加した観光客の消費金額の推定 (1) 広島サミット後の国内から広島県への観光客増加による消費金額の推定値 株式会社JTBは、2023年1月26日に「2023年(1月~12月)の旅行動向見通し」で、2023年の全国の国内観光客数は2019年の約91.2%にまで回復すると予想しています。そうすると、広島県内の2023年の国内観光客数は約5,876万人にまで戻ることが予想されます。 しかし、近年のサミットによる観光客誘致の効果はほとんどないと言われています。2008年の北海道洞爺湖サミットでは翌年はなんと5%の減少となり、2016年の伊勢志摩サミットではたった0.7%の増加に留まりました。広島サミットでも前回の+0.7%を適用すると、サミット後の増加人数は1年間で約41万人になります。広島県内の観光客1人当たり消費額は1万9,000円ですので、国内からの広島サミットにより増加した観光客の総消費額は約78億円となります。 (2) 広島サミット後の海外から広島県への観光客増加による消費金額の推定値 JTBは2023年の海外からの観光客は2019年の約66.2%であると予想していますので、2023年の広島県への訪日観光客は約183万人となります。伊勢志摩サミットの増加率0.7%を適用すると、広島サミット後の訪日観光客の増加数は1年間で約1万人となります。外国人マスコミ関係者と同様に滞在日数(平均泊数約6.1日)で割って実質訪問人数を算出すると、広島サミット開催により増加した訪日観光客の消費増加額は約3億8,517万円となります。以上の計算の結果、サミット後の増加した観光客の消費額は約81億8,517万円(約78億円+約3億8,517万円)となります。   7 直接効果の合計 広島県内の直接効果を推計すると、約674億4,179万円となります。 〈広島サミットの直接効果〉   8 経済効果 7で計算した広島サミットの直接効果に基づいて、広島県が2021年3月に公表した最新の「広島県産業連関表」を用いて広島県内の経済効果を推計すると、経済効果は約923億9,526万円となります。 〈経済効果〉   9 まとめ 2023年5月に広島市で開催された「広島サミットの経済効果」の推計値は約923億9,526万円となりました。2016年の「伊勢志摩サミット」では、三重県の発表(2016年9月15日)によると、三重県内の直接的経済効果(サミット終了後の観光の効果は含まない)は約483億円でしたので今回の広島サミットの広島県内における経済効果は非常に大きいと言えます。 広島サミットをきっかけに、世界で争いや対立がなくなり、世界中の人々が安全で安心して自由に生きることができる世界の実現に向かって手をつないでいくことを願っています。 (了)

#No. 520(掲載号)
#宮本 勝浩
2023/05/25

《速報解説》 JICPA含む関係4団体による「中小企業の会計に関する指針」の改正が確定~収益の計上基準の注記に関する改正を行い、参考注記例を新たに記載~

《速報解説》 JICPA含む関係4団体による「中小企業の会計に関する指針」の改正が確定 ~収益の計上基準の注記に関する改正を行い、参考注記例を新たに記載~   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 2023年5月10日付で(ホームページ掲載日は2023年5月17日)、日本公認会計士協会、日本税理士会連合会、日本商工会議所、企業会計基準委員会は、「中小企業の会計に関する指針」の改正を公表した。 これにより、2022年12月22日から意見募集されていた公開草案が確定することになる。公開草案に対する有効なコメントはなかったとのことであるが、公開草案から軽微な字句修正のみを行っているとのことである。 これは、収益の計上基準の注記に関する改正である。 収益認識会計基準の考え方を中小会計指針に取り入れるかどうかは、収益認識会計基準が上場企業等に適用された後に、その適用状況及び中小企業における収益認識の実態も踏まえ、検討することを考えているとのことである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。   Ⅱ 主な改正内容 「85.収益の計上基準の注記」において、重要な会計方針の「収益及び費用の計上基準」に以下の事項を含めて注記すると規定する。 参考となる注記の例を、「個別注記表の例示」及び「別紙 収益の計上基準の注記例」に記載している。 「個別注記表の例示」では次の例を示している。 「別紙 収益の計上基準の注記例」では、「汎用品の製造及び販売の場合」、「契約期間にわたるサービスの提供の場合(清掃サービス等)」、「建設業の場合」など、9つの例示を記載している。 (了)

#阿部 光成
2023/05/19
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