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事例でわかる[事業承継対策]解決へのヒント 【第57回】「資産管理会社の株式をゼロ円で贈与することのリスク」

事例でわかる[事業承継対策] 解決へのヒント 【第57回】 「資産管理会社の株式をゼロ円で贈与することのリスク」   太陽グラントソントン税理士法人 (事業承継対策研究会) パートナー 税理士 日野 有裕   相談内容 私(J)は、その発行済株式の100%を所有するW社(製造業)を経営しておりましたが、5年前に金融機関の提案により、私が所有するW社株式のすべてを私が設立した資産管理会社L社へ売却しました。当然、L社に私の株式を買い取る資金はなかったので、金融機関の融資により買取りを実行しました。そして、その年の確定申告において私は多額の譲渡所得税を納税したのを覚えています。 W社には私の子供(K)が社員として働いており、今年の株主総会において取締役に就任させようと考えています。そこで、私の所有しているL社株式の40%を子供であるKへ贈与しようと思い、顧問税理士に株価算定を依頼したところ株価はゼロ円だと言われました。贈与税が課税されない価格で子供に贈与できるなら大変ありがたいのですが、後から税務署より贈与税の追徴等の指摘を受けることはないでしょうか。 (※) W社は売上高が50億円、従業員は150名在籍しているので、財産評価基本通達上の会社区分は大会社となるため類似業種比準価額で株式評価することになります。現状の株価は1株当たり130,000円です。 (※) 5年前のL社への売却価額は1株150,000円((類似業種比準価額100,000円 + 時価純資産価額200,000円)× 50%)× 10,000株にて計算しました。 ■ □ ■ □ 解 説 □ ■ □ ■ [1] 個人から法人へ株式を譲渡する際の株式評価 【第52回】で説明しましたが、同族株主間における個人から法人へ株式を譲渡する際の株価は、財産評価基本通達上の会社規模区分を「小会社」として評価します。つまり「純資産価額」と「類似業種比準価額と純資産価額の合計の2分の1の価額」とを比較した低い方の価額となります。 5年前は類似業種比準価額が1株当たり100,000円、時価純資産価額が200,000円であり、「類似業種比準価額と純資産価額の合計の2分の1の価額」の方が「時価純資産価額」より低かったことから、J社長はW社株式をL社へ15億円(1株150,000円×10,000株)で売却しています。   [2] 個人から個人へ株式を贈与する際の株式評価 個人間の株式の贈与については、相続税法の範疇であり、株式の評価は財産評価基本通達による評価方法となります。W社は財産評価基本通達上の会社区分は大会社となるため、類似業種比準価額方式によって株価を算定することになります。 L社の資産はすべてW社株式であるため、L社は株式保有特定会社に該当し、L社は純資産評価となります。そうすると、J社長が保有するL社株式は以下の通り算定されることになります。 〈L社の株価〉 以上より、J社長が子供Kへ贈与する際の株価はゼロ円となります。   [3] 結論 一時期、金融機関等がホールディング会社による事業会社の株式取得の提案を数多く行ったことにより、ご相談のような事業会社の株式だけを持つホールディング会社はたくさんあります。このようなホールディング会社の株式の贈与について、株価がゼロ円となったとしても上記の通り、税務上は特に問題ありません。 一方、5年前にJ社長が株式譲渡により取得した譲渡代金15億円(実際は譲渡所得税控除後の金額)に対して相続税が課税されますので、この現金の相続対策を考える必要があります。 実際の具体的な対策については、税理士等の専門家と相談の上、実行されることをお勧めします。   (了)

#No. 535(掲載号)
#太陽グラントソントン税理士法人 事業承継対策研究会
2023/09/14

〈徹底分析〉租税回避事案の最新傾向 【第12回】「支配関係が生じてから5年を経過するまで待つ行為」

〈徹底分析〉 租税回避事案の最新傾向 【第12回】 「支配関係が生じてから5年を経過するまで待つ行為」   公認会計士 佐藤 信祐     14 支配関係が生じてから5年を経過するまで待つ行為 (1) 問題の所在 支配関係発生日から合併事業年度開始の日までの期間が5年未満である場合において、みなし共同事業要件を満たさないときは、繰越欠損金の引継制限・使用制限及び特定資産譲渡等損失額の損金不算入が課される(法法57③④、62の7①)。 そのため、支配関係発生日から合併事業年度開始の日までの期間が5年を経過するまで待ってから適格合併を行うといった事案が考えられる。なぜなら、繰越欠損金は9年間又は10年間の繰越しが認められていることから(法法57①)、最後の4年間又は5年間の時間差を利用して、繰越欠損金を利用することができるからである。 さらに、特定株主等によって支配された欠損等法人の欠損金の繰越しの不適用(法法57の2)及び特定株主等によって支配された欠損等法人の資産の譲渡等損失額の損金不算入(法法60の3)も、支配日以後5年を経過する日の前日までに適用事由に該当した場合に限り適用されることから、支配日以後5年を経過する日まで待ってから新しい事業を開始するといった事案が考えられる。 すなわち、このような行為に対して、包括的租税回避防止規定(法法132の2)又は同族会社等の行為計算の否認(法法132)が適用されるかどうかが問題となる(※45)。 (※45) 財務省主税局で法人税法の立案に関与されていた朝長英樹氏と佐々木浩氏は、長年にわたって支配関係がある法人に対しては繰越欠損金の引継制限、使用制限及び特定資産譲渡等損失額の損金不算入を課さなくてよいという考え方を採用し、かつ、組織再編税制ができた平成13年当時における欠損金の繰越期間が5年であったことから、「長年」という基準が5年になったと指摘されている(朝長英樹『現代税制の現状と課題 組織再編成税制編』40頁(注18)、42頁(新日本法規、平成29年)、佐々木浩(発言)仲谷修ほか『企業組織再編税制及びグループ法人税制の現状と今後の展望』59頁(大蔵財務協会、平成24年)参照)。このような背景からも、現行法上、5年待つという行為が起こり得るし、そのような行為が租税回避に該当するという見解も当然に考えられる。 (2) 包括的租税回避防止規定及び同族会社等の行為計算の否認の検討 ① 5年を経過するまで待つことが不自然であるかどうか このような支配関係が生じてから5年を経過するまで待つという行為については、税負担を減少させる意図が明らかであるといえる。ただし、5年を経過するまで待ったというだけでは、5年を経過するまで待つことによる事業上の不都合がない限り、法人の行為又は計算が不自然なものであるとまでいえない。すなわち、5年を経過するまで待つという行為に対して、包括的租税回避防止規定又は同族会社等の行為計算の否認を適用するためには、追加的な根拠が必要になってくる。 例えば、事業上の理由がないにもかかわらず、繰越欠損金だけを有する法人を買収し、5年を経過するまで待ってから吸収合併を行うという行為については、組織再編税制及び欠損等法人の規制に係る制度趣旨に反することが明らかであるし、そもそも事業上の理由がないにもかかわらず、繰越欠損金だけを有する法人を買収するという行為が不自然であることから、包括的租税回避防止規定又は同族会社等の行為計算の否認が適用されてもやむを得ないと思われる。 しかしながら、事業上の理由により買収をしたものの、4年を経過した時点で事業を廃止せざるを得なくなったことから、残りの1年を経過するまで待ってから残余財産を確定させるといった行為は、1年を経過するまで待つという行為に対する事業上の不都合がないことが多いことから、包括的租税回避防止規定及び同族会社等の行為計算の否認を適用すべきではないと考えられる。さらに、事業上の理由により買収をしたものの、3年を経過した時点でグループ企業としての連帯感が出来上がったことから、残りの2年を経過するまで待ってから吸収合併をするという行為についても、2年を経過するまで待つという行為に対する事業上の不都合がないのであれば、包括的租税回避防止規定を適用すべきではないと考えられる。 ② 制度趣旨に反するかどうか さらに、このような5年を経過するまで待つという行為が制度趣旨に反するのかどうかという点が問題になる。なぜなら、5年という形式要件を免れる行為を租税回避と認定するのであれば、9年又は10年を経過していない場合に、繰越欠損金の引継制限・使用制限、特定資産譲渡等損失額の損金不算入や、欠損等法人の規制を課すべきだったからである(※46)。 (※46) ヤフー事件の第一審(東京地判平成26年3月18日TAINSコード:Z264-12435)でも、「個別否認規定が定める要件の中には、法57条3項が定める5年の要件など、未処理欠損金額の引継ぎを認めるか否かについての基本的な条件となるものであって、当該要件に形式的に該当する行為又は事実がある場合にはそのとおりに適用することが当該規定の趣旨・目的に適うことから、包括的否認規定の適用が想定し難いものも存在することは否定できない。」と判示されている。 そのため、PGM事件における国側の主張(※47)でも、5年を経過するまで待ったことについて、税負担の減少が主目的であり、事業目的が認められないとしているものの、5年を経過するまで待つということが制度趣旨に反するとまではしていない。 (※47) 国税不服審判所令和2年11月2日裁決(TAINSコード:F0-2-1034)参照。 すなわち、5年という形式要件に対して、実質的な趣旨・目的を持ち出すことは困難であることから、当初のM&Aから合併に至るまでの一連の行為が実質的な組織再編成とは認められず、繰越欠損金の売買に過ぎないといった特殊な事例に限定したうえで、制度趣旨に反するものと認定すべきであると考えられる(※48)。 (※48) 入谷淳『租税回避をめぐる税務リスク対策-行為計算否認に備えた実務対応について』207-210頁(清文社、平成29年)参照。 すなわち、PGM事件では、事業単位の移転ではないことを理由に繰越欠損金の引継ぎを否定しているが、このように、現行法上、5年を経過するまで待つという行為に対しては、制度趣旨に反するという別の根拠を持ち出したうえで包括的租税回避防止規定を適用するのが限界であるともいえる。 そうなると、法人税法57条2項において、適格合併による繰越欠損金の引継ぎに対して、従業者従事要件及び事業継続要件を課すという立法的な解決を図るべきであるとも考えられるが、それでは5年を経過するまで待ってから残余財産の確定を行うという行為に対して対処できないという問題がある。そのため、将来的には、法人税法57条の2に規定されている欠損等法人の規制を見直すことで対処すべきであると考えられる(※49)。 (※49) 例えば、現行法上は、事業を廃止しただけでは欠損等法人の規制は適用されず、事業を廃止した後に新しい事業を開始することにより旧事業のおおむね5倍を超える資金の借入れ又は出資による金銭その他の資産の受入れをした場合に欠損等法人の規制が課されることとされているが(法法57の2①二)、事業を廃止した時点で欠損等法人の規制を課すべきであるともいえるし、それ以外にも欠損等法人の規制を適用すべき類型を増やす方向で再検討するという選択肢も考えられる。 (3) 小括 今回までで、包括的租税回避防止規定に係る事例分析を行った。もちろん、想定されるすべての事例をご紹介できたわけではないが、今まで公表されているものよりも、さらに掘り下げることができ、最近の包括的租税回避防止規定の傾向については十分に分析できたと考えている。 次回以降では、これまでの事例分析を踏まえ、包括的租税回避防止規定の理論的な分析と実務上の留意事項について解説を行うものとする。 (了)

#No. 535(掲載号)
#佐藤 信祐
2023/09/14

さっと読める! 実務必須の[重要税務判例] 【第90回】「ユニバーサルミュージック事件」~最判令和4年4月21日(民集76巻4号480頁)~

さっと読める! 実務必須の [重要税務判例] 【第90回】 「ユニバーサルミュージック事件」 ~最判令和4年4月21日(民集76巻4号480頁)~   弁護士 菊田 雅裕   (了)

#No. 535(掲載号)
#菊田 雅裕
2023/09/14

リース会計基準(案)を学ぶ 【第5回】「借手のリースの会計処理①」-使用権資産及びリース負債の計上額、借手のリース料、使用権資産の償却-

リース会計基準(案)を学ぶ 【第5回】 「借手のリースの会計処理①」 -使用権資産及びリース負債の計上額、借手のリース料、使用権資産の償却-   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 今回から3回にわたり、借手のリースの会計処理について解説する。 リース会計基準(案)は、主として借手の会計処理について改正を行うものであり(リース会計基準(案)BC33項)、基本的に、借手のすべてのリースについて資産及び負債の計上を求めるものである(リース会計基準(案)BC12項、BC34項)。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。   Ⅱ 基本的な考え方 リース会計基準(案)は、IFRS第16号と同様に、借手のリースの費用配分の方法について、リースがファイナンス・リースであるかオペレーティング・リースであるかにかかわらず、すべてのリースを金融の提供と捉え使用権資産に係る減価償却費及びリース負債に係る利息相当額を計上する単一の会計処理モデルを採用している(リース会計基準(案)BC34項)。 このため、現行の「リース取引に関する会計基準」(企業会計基準第13号)に基づき、オペレーティング・リース取引として会計処理しているリース取引についても、リース会計基準(案)では、基本的に、使用権資産及びリース負債を計上することになる。 次の事項が論点となる。 なお、本稿では取り上げないが、リース会計基準(案)及びリース適用指針(案)では、リースの契約条件の変更が行われた場合について詳細に規定されているので、当該変更に該当するときには、会計処理等に注意が必要である。   Ⅲ 使用権資産及びリース負債の計上額 借手は、リース開始日に、使用権資産及びリース負債を計上する(リース会計基準(案)31項、32項)。 使用権資産及びリース負債は、それぞれ次のように算定する。 上記の使用権資産及びリース負債の計上額の算定のイメージを示すと、次のとおりである。 仕訳で示すと次のようになる(「[設例9-1] リース料が当月末払いとなる場合」参照)。 〈リース開始日〉 〈支払日〉 借手のリース料は、原則として、利息相当額部分とリース負債の元本返済額部分とに区分計算し、前者は支払利息として会計処理を行い、後者はリース負債の元本返済として会計処理を行う(リース適用指針(案)35項)。   Ⅳ 借手のリース料 借手のリース料は、借手が借手のリース期間中に原資産を使用する権利に関して行う貸手に対する支払であり、次の①から⑤の支払で構成される(リース会計基準(案)33項)。   Ⅴ 使用権資産の償却及び利息相当額の各期への配分 1 減価償却 使用権資産については、次のように減価償却を行う(リース会計基準(案)35項、36項、BC41項)。 上記の①契約上の諸条件に照らして原資産の所有権が借手に移転すると認められるリースとは、次の(1)から(3)のいずれかに該当するものをいう(リース適用指針(案)40項)。 2 利息相当額の各期への配分 利息相当額は、借手のリース期間にわたり、原則として、利息法により配分する(リース会計基準(案)34項)。 借手のリース期間にわたる利息相当額の総額は、リース開始日における借手のリース料とリース負債の計上額との差額になる(リース適用指針(案)35項)。 利息法においては、各期の利息相当額をリース負債の未返済元本残高に一定の利率を乗じて算定する(リース適用指針(案)36項)。 現行の「リース取引に関する会計基準」(企業会計基準第13号)に基づき、オペレーティング・リース取引のリース料を定額で費用処理している場合、リース会計基準(案)では、利息相当額について利息法により各期に配分することから、借手のリース期間の前半部分では支払利息が多めに計上されることになる。 3 割引率 借手がリース負債の現在価値の算定のために用いる割引率は、次のとおりである(リース適用指針(案)34項、BC56項)。   (了)

#No. 535(掲載号)
#阿部 光成
2023/09/14

〔まとめて確認〕会計情報の月次速報解説 【2023年8月】

〔まとめて確認〕 会計情報の月次速報解説 【2023年8月】   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 2023年8月1日から8月31日までに公開した速報解説のポイントについて、改めて紹介する。 具体的な内容は、該当する速報解説をお読みいただきたい。   Ⅱ 監査法人等の監査関係 監査法人及び公認会計士の実施する監査などに関連して、次のものが公表されている。 ① 監査基準報告書700実務指針第1号「監査報告書の文例」及び監査基準報告書700実務ガイダンス第1号「監査報告書に係るQ&A(実務ガイダンス)」の改正並びに「公開草案に対するコメントの概要及び対応」の公表(内容:報酬関連情報(監査報酬、非監査報酬及び報酬依存度)の開示の記載例を示す) ② 「財務報告内部統制監査基準報告書第1号「財務報告に係る内部統制の監査」の改正」及び「公開草案に対するコメントの概要及び対応」の公表(内容:「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準の改訂について(意見書)」(2023年4月7日、企業会計審議会)などを受けた改正)   Ⅲ 監査役等の監査関係 監査役等の実施する監査などに関連して、次のものが公表されている。 ① 「主要監査業務のポイントと事例研究-監査の実効性と効率性の向上を目指して-(中間報告)」(内容:監査役スタッフの誰もが関わる重要業務を対象にして、その趣旨・目的、業務上のポイント及び留意点、実務上の課題に対応した工夫事例について研究したもの) ② 「監査報告のひな型の改定について」(内容:「監査役(会)監査報告のひな型」などのひな型の改定) (了)

#No. 535(掲載号)
#阿部 光成
2023/09/14

ハラスメント発覚から紛争解決までの企業対応 【第42回】「ハラスメントだと言われることを恐れて部下の指導を躊躇する上司への対応策」

ハラスメント発覚から紛争解決までの 企 業 対 応 【第42回】 「ハラスメントだと言われることを恐れて部下の指導を躊躇する上司への対応策」   弁護士 柳田 忍   【Question】 ある部署の従業員から、「気に入らないことがあるとすぐに怒鳴って物を投げつけたりひどい悪態をついたりする従業員(A)がおり、周りの従業員はいつ怒鳴られるかと毎日びくびくしている。従業員Aの上司Bが何度か従業員Aに注意をしようとしたが、そのたびに従業員Aが「パワハラだ!」と騒ぐので、最近は、上司Bも見て見ぬふりをしている。何とかしてほしい」という相談を受けました。 上司Bの対応にはどのような問題があり、また、会社としてどのように対処すべきかを教えてください。 【Answer】 上司が部下からハラスメントだと言われることを恐れて適切な指導や人事評価を怠る場合、当該部下のパフォーマンスや問題行為が改善しない、職場全体のモチベーションが下がるといった弊害が生じるおそれがあります。また、いざ当該部下を解雇したとしても、適切な指導等を怠ったこと等により解雇が無効になるおそれがあります。これらの弊害を避けるためには、適切な指導・評価を怠った上司を処分したり、研修等によりハラスメントに関する理解の促進を図ったりするべきです。 ● ● ● 解 説 ● ● ●   1 部下の指導等を怠った場合の弊害 ハラスメントの相談は年々増加しているが、これに比例して増えているのが「上司が部下からハラスメント(特にパワハラ)だと言われることを恐れて適切な指導を行うことができないでいるのだが、どうしたらよいか」という相談である。上司が部下にハラスメントと言われることを恐れて指導を躊躇する場合、当該部下に対する人事評価についてもパワハラと言われることを恐れて甘めにつけてしまうことがあるが、このように、上司が部下に対して適切な指導や人事評価を行わないことにより、以下のような問題が生じ得る。 まず、①について、パフォーマンスが低い従業員に適切な指導を行わなければ改善を期待できないことは言わずもがなであるし、問題行為に及んでいる従業員を指導しなければ当該従業員を増長させてしまう可能性もある。 また、②については、周りの従業員に対して、問題行為に及んでも叱責されないし、人事評価上も影響がないという印象を与え、真面目に働く意欲をそぐ結果となりかねない。上司がきちんと指導してくれない等の「ゆるい」職場に不満を抱いて転職してしまう若手社員も増えているようであるが、人材不足にあえぐ企業においてはこのような悪影響も看過できないであろう。   2 適切な指導等を怠った場合の解雇への影響 上記のうち、法的な観点から最も問題を感じるのは、依頼者からパフォーマンスや勤務態度が悪い従業員を解雇したいと相談を受けたとき(すなわち③の問題点)である。 解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、無効となる(労働契約法16条)。 そして、裁判例などに照らすと、勤務成績・勤務態度不良を理由とした解雇が「客観的に合理的な理由に基づくもので、社会通念上相当なもの」であるかどうかの判断に際しては、主に以下の考慮要素が重視されている。 このうち、(a)の勤務成績等の不良の程度については、企業経営や運営に現に支障・損害を生じ又は重大な損害を生じるおそれがあり、企業から排除しなければならない程度に至っていることを要すると示した裁判例(※1)や、担当業務を指示どおりに遂行することができず、他の従業員が肩代わりをしたり、後始末のために少なからぬ時間を割いたりしなければならず、会社の業務に支障を与えたことなどを考慮して解雇を有効と判断した裁判例(※2)などがある。 (※1) エース損害保険事件(東京地決平成13年8月10日) (※2) 東京海上火災保険事件(東京地判平成12年7月28日) よって、勤務成績等の不良を理由とする解雇の有効性が争われた場合、対象の従業員のパフォーマンスや問題行為が上記のレベルに達していると主張立証する必要があるが、上司があえて甘めの評価を行っているような場合には、かかる主張立証が困難となるおそれがある。この点、人事考課(相対評価)の結果が10段階中平均3(下位10%未満の考課順位)であった従業員に対する解雇について、相対評価においては必ず下位10%の従業員が発生するなどと示したうえで解雇を無効と判断した裁判例(※3)に照らすと、従業員の勤務成績等が不良かどうかは人事評価だけで判断されるわけではないといえるが、それでも、主張立証上の障害にはなり得る。 (※3) セガ・エンタープライゼス事件(東京地決平成11年10月15日) また、(b)について、当該従業員の勤務成績が上記のレベルに達するほどに不良であったとしても、解雇が有効となるためには、是正のため注意し反省を促したにもかかわらず改善されないなど、今後の改善の見込みもないことが必要である(前掲(※1)エース損害保険事件)。適切な指導を行っていないということは、当該従業員に対して改善の機会を付与したことを主張立証できないということになり、改善の見込みがないとはいえない(改善の余地がある)ということになってしまうおそれがある。   3 対応策 (1) 当該上司に対する評価と処分 まずは、適切な指導を怠った上司について、適切な指導を怠ったことを当該上司の人事評価上反映したり、注意・指導の対象としたりすることを検討するべきである。特に、質問のように、上司が部下のパワハラ的な言動を見過ごしたような場合には、懲戒処分の対象としたうえで、これを社内において公表することも検討に値する。その一方で、適切な指導を行っている上司については相当な評価を与え、昇進や昇給の場面などで報いるべきである。 (2) 上司のハラスメントに関する理解の促進 また、このような問題の発生は、上司において、どのような言動がハラスメントに該当するかについての理解が不足していることが一因となっていると思われるため、社内研修等を通じて、ハラスメントに関する理解の促進を図るべきであり、そのためには、ハラスメントの「限界事例」を紹介することも検討に値する(ただし、そのような「限界事例」を行っても問題がないという誤解を招かないよう注意が必要である)。 (了)

#No. 535(掲載号)
#柳田 忍
2023/09/14

《速報解説》 府省庁が令和6年度税制改正要望を公表~経産省からは事業承継税制の特例措置延長、SO税制要件緩和等を要望~

《速報解説》 府省庁が令和6年度税制改正要望を公表 ~経産省からは事業承継税制の特例措置延長、SO税制要件緩和等を要望~   Profession Journal編集部   本年も8月末から9月頭にかけて各府省庁より税制改正要望が公表された。 令和6年度税制改正要望については既存制度の延長・拡充を求めるものが中心ではあるものの、経済産業省からはGXやDX、経済安全保障等の観点を踏まえつつ、国内生産を促すための新たな減税措置等の新設も要望されている。また、適用期限をもって廃止との見方もあった事業承継税制の特例措置について延長要望がなされるなど注目点も織り込まれている。   〇「戦略物資生産基盤税制」及び「イノベーションボックス税制」の創設 まず、経済産業省は「戦略物資生産基盤税制」及び「国内で開発された知的財産から生じる所得に対する優遇税率を適用する制度(イノベーションボックス税制)」の創設を要望している。 戦略物資生産基盤税制は、中長期的な経済成長を牽引するGX分野を中心に、DXや経済安全保障等の観点を踏まえつつ、戦略的に重要な物資(例:蓄電池等)の国内生産等に対し、中長期的な予見可能性を示すことのできる規模・期間で、生産活動に応じて、事業投資全体に対する支援を行う税制。 現行制度においては、対象物資の製造に必要な設備について、その導入費用の一部を税額控除するなどの投資減税等(例:カーボンニュートラル税制等)があるものの、投資後の継続的な減税効果は及ばない措置となっている。そこで戦略物資生産基盤税制は、対象物資の生産・販売量に応じた税額控除、税額控除の繰越制度、長期にわたる適用期間の措置を織り込むことで、生産活動に応じた中長期にわたる事業投資全体への支援を可能とする税制として要望されている。 次に、イノベーションボックス税制は、イノベーション促進に向けて、海外と比べて遜色ない事業環境の整備を図ることにより、研究開発拠点としての立地競争力を向上し、ソフトウェアをはじめとする知的財産の創出において、民間の無形資産投資を後押しする観点から創設が要望されている。 具体的には、研究開発の成果として生まれたアウトプットに着目し、特許等の知的財産から生じる所得に優遇税率を適用する制度とし、税額の算出イメージは次のとおりとしている。 〈税額の算出イメージ〉 (※) 経済産業省「令和6年度税制改正に関する経済産業省要望【概要】」5頁より抜粋。   〇経済産業省からの拡充・延長等の要望 (1) 賃上げ促進税制の拡充及び延長 経済産業省は既存制度の見直しとして、大企業・中小企業向け賃上げ促進税制の拡充及び延長を要望している。 まずこれまで2年ごとに制度見直しとともに延長がなされている本制度について、賃上げに関する企業の計画的な検討を促すため、令和6年3月末である適用期間の長期化が要望されている。 また現行制度では、赤字等の厳しい業況の中で賃上げを行っている企業が税制(税額控除)の適用を受けることができず、中堅・中小企業にとって利用しにくいという現状がある。これを踏まえ、中堅企業に対する支援措置を強化するとともに、中堅・中小企業を対象とした繰越控除措置の創設が要望された。さらに、仕事と子育ての両立や女性活躍支援に積極的な企業(具体的な指針等は不明)を新たな上乗せ措置の対象とする要望もなされている。 (2) ストックオプション税制の拡充 令和5年度税制改正においてもストックオプション税制のうちスタートアップの人材確保や従業員のモチベーション向上に資する税制適格ストックオプションに関して一定の緩和措置が図られたが、さらに令和6年度の要望事項として、①かねてより議論されていた株式保管委託要件の撤廃、②社外高度人材への付与要件の緩和・認定手続の軽減、③権利行使限度額の大幅な引上げ又は撤廃など利便性向上のための更なる要件緩和が織り込まれており、実現された場合の影響は大きい。 (3) 法人版・個人版事業承継税制の見直し及び延長 平成30年度改正で抜本拡充された法人版事業承継税制の特例措置は事業承継時の贈与税・相続税負担を実質ゼロにする時限措置であり、承継計画の確認申請(提出)の期限は令和6年3月31日とされている。令和4年度の与党大綱において本制度の延長はしないと明記されていたが、本年6月の政府の新しい資本主義実現会議において延長を検討する流れとなっていたところ、経産省からの要望事項にも織り込まれることとなった(あわせて個人版事業承継税制の延長も要望されている)。 (4) 中小法人の交際費課税の特例の延長等 中小法人の交際費課税の特例は、①交際費等を800万円まで全額損金算入できる特例措置と②飲食費(社内接待費を除く)の50%を損金算入できる特例措置があり、それぞれ令和6年3月末が適用期限とされているが、①の特例措置について2年間の延長が要望されている。なお、一部新聞報道等のあった物価上昇に対応した交際費課税の「接待飲食費の5,000円基準」の上限引上げの見直しについては、経済産業省ではなく厚生労働省から要望されている。 (5) 少額減価償却資産特例の延長及び新リース会計基準への対応 その他、中小企業者等が30万円未満の減価償却資産を取得した場合に合計300万円までを限度に即時償却(全額損金算入)することを可能とする、中小企業者等の少額減価償却資産の取得価額の損金算入の特例措置について、令和5年3月末で適用期限を迎えることから2年間の延長が要望されているほか、今年5月に公表された企業会計基準公開草案第73号「リースに関する会計基準(案)」等が草案どおりに改正される場合には、企業の負担軽減のための所要の措置を講ずることが要望されている。   〇住宅関連の特例措置の拡充・延長等の要望(国土交通省) 国土交通省は、令和5年12月31日で適用期限を迎える居住用財産の買換え等に係る特例措置(損益通算・繰越控除)について2年間の延長要望をしているほか、同じく住宅に係る措置として、既存住宅のリフォーム(耐震・バリアフリー・省エネ・三世代同居・長期優良住宅化)に係る所得税の特例措置の拡充・延長を要望している。 具体的には、現行の措置(適用期限:令和5年12月31日)を2年間延長したうえで、拡充策としてこども・子育て政策の抜本的強化に向け、「子育てに対応した住宅」へのリフォームを行う場合に標準的な工事費用相当額の10%を所得税から特別控除することを要望している。なお、子育てに対応した住宅のイメージとしては、転落防止の手すりや対面キッチンの設置などが想定されている。 (※) 国土交通省「令和6年度 国土交通省税制改正要望事項」20頁より抜粋 (了)

#Profession Journal 編集部
2023/09/12

《速報解説》 会計士協会、「Web3.0関連企業における監査受嘱上の課題に関する研究資料」の草案を公表~監査受嘱上の留意事項及びトークン発行に係る監査上の課題等に言及~

《速報解説》 会計士協会、「Web3.0関連企業における監査受嘱上の 課題に関する研究資料」の草案を公表 ~監査受嘱上の留意事項及びトークン発行に係る監査上の課題等に言及~   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 2023年9月6日、日本公認会計士協会は、業種別委員会研究資料「Web3.0関連企業における監査受嘱上の課題に関する研究資料」(公開草案)を公表し、意見募集を行っている。 暗号資産やNFT(Non-Fungible Token)などのトークン(電子的な記録・記号)を活用するWeb3.0ビジネスが広がっているなか、Web3.0ビジネスのような新しいビジネス領域に係る監査の受嘱に関しては、会計処理を実施するための前提となる事項や関連法令等の理解などの検討すべき事項は多岐にわたるものと考えられる。 そこで、日本公認会計士協会(業種別委員会)は、Web3.0関連企業における監査受嘱上の課題について研究し、本研究資料(公開草案)として公表するものである。 意見募集期間は2023年10月6日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。   Ⅱ 主な内容 主な内容は次のとおりである。 上記のほか、付録として、国際財務報告基準(IFRS)における取扱い、米国会計基準における取扱い、用語集が記載されている。   Ⅲ 監査受嘱上の留意事項及びトークン発行に係る監査上の課題 1 監査受嘱に際しての留意事項 監査人は、通常、Web3.0ビジネス企業の財務諸表監査の契約の締結又は更新に当たり、当該企業によるビジネスの特性を踏まえて、業務を実施するための時間、適性及び適切な能力を有する者を関与させることができるかを検討することとなる。 また、次の留意事項についても詳細に記載している。 2 トークン発行に係る監査上の課題 図表を用いて、我が国における法律上の定義との関係に基いて、トークンの類型を整理している。 電子記録移転有価証券表示権利に該当するICOトークンの発行及び保有に関する会計処理については、「電子記録移転有価証券表示権利等の発行及び保有の会計処理及び開示に関する取扱い」(実務対応報告第43号)があるが、NFT(Non-Fungible Token:非代替性トークン)及びSAFT(Simple Agreement for Future Token:将来発行されるトークンに対する保有者の権利を表章する合意)の保有及び発行に関する会計処理は定めがないため、監査上の対応も明らかでない部分があるとしている。 Web3.0企業の監査受嘱を難しくしている理由の1つに、トークン発行に係る会計処理の判断の困難さが挙げられるとしている。 企業会計基準委員会の「資金決済法上の暗号資産又は金融商品取引法上の電子記録移転権利に該当するICO(Initial Coin Offering)トークンの発行及び保有に係る会計処理に関する論点の整理」(2022年3月15日)が公表されている。 公開草案は、当該論点整理に基づいて論点を記載し、当該論点整理のいずれの考え方を採用した場合であっても、発行者と保有者との間の権利及び義務を特定し、会計処理を行うことは財務諸表作成者である企業に求められるとしている。 監査人は、経営者からの説明に対して、識別された権利及び義務が、ホワイトペーパーや法律専門家による見解書などによって裏付けられることや、識別された権利及び義務に基づく会計判断が適切であることを検討するとしている。   Ⅳ その他の監査上の課題 1 トークン保有に係る監査上の課題 資金決済法上の暗号資産の保有者の会計処理及び開示については、「資金決済法における暗号資産の会計処理等に関する当面の取扱い」(実務対応報告第38号)に規定されている。 しかしながら、自己の発行した暗号資産の保有や資金決済法上の暗号資産以外のトークン(実務対応報告第43号に定める電子記録移転有価証券表示権利等及び改正資金決済法上の電子決済手段を除く)については、会計基準等の定めが明らかでなく、経済的実態等に応じて既存の会計基準等を参考に、企業が会計処理を決定することになる。 公開草案は、次の事項に関して、実際に監査現場で検討されている事例を集め取りまとめたものに加えて、監査手続のうち特徴的な項目としてトークン発行・保有の前提となるブロックチェーンの理解について記載している。 2 NFT 現時点ではNFTに関する固有の法規制はなく、トークンがそれぞれ固有の権利を表章し非代替的な性質を持ち、金融商品取引法や資金決済法等の既存の金融規制に該当しないトークンが一般的にNFTと認識されているとのことである。 明確な定義や法規制がなく、会計基準等上の明確な定めはないことから、既存の会計基準等に照らした検討を実施する。 デジタルコンテンツの流通のために利用される事例が多く見られ、デジタルアートの閲覧権をトークンとして表章する事例、メタバースと呼ばれる仮想空間上に構築された土地を利用する権利をトークンとして表章する事例が代表的である。 3 SAFT 諸外国では、トークン発行前に一部の投資家に対して将来トークンをディスカウント購入できる権利であるSAFT(Simple Agreement for Future Tokens)、将来トークンのディスカウント購入又は発行体株式への転換を選択できる権利であるSAFTE(Simple Agreement for Future Tokens or Equity)、将来的にネットワーク上のユーティリティを提供することが可能となるが、発行時点では何らの機能を有さないトークン(未上場トークン)等の様々な形式を通じた発行者による資金調達が行われているとのことである。 国内においては、SAFT等を通じた資金調達の事例は見られないとのことであるが、例えば、連結子会社が海外でSAFTを利用した資金調達を実施し、連結財務諸表の作成における検討が生じる場合も想定されるとのことである。 4 その他実務の検討 次の事項について記載している。 (了)

#阿部 光成
2023/09/11

プロフェッションジャーナル No.534が公開されました!~今週のお薦め記事~

2023年9月7日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル  No.534を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。

#Profession Journal 編集部
2023/09/07

monthly TAX views -No.127-「ベーシックインカムは政策たり得るか」

monthly TAX views -No.127- 「ベーシックインカムは政策たり得るか」   東京財団政策研究所研究主幹 森信 茂樹   この夏に、フィリップ・ヴァン・パリース、ヤニック・ヴァンデルポルト著『ベーシック・インカム』(クロスメディア・パブリッシング、2022年)を読んだ。ベーシックインカム(注:一般的には、中黒(・)がない)は、欧米では多様な論者が主張し、実現に向けた運動体まで存在する政策である。一方わが国では、最大野党を目指す日本維新の会が政策に掲げるが、いまだ一部学者のアイデアにとどまっている。 本書は、賛成の立場からベーシックインカムについて書かれた本で、これまでの歴史を網羅的に述べ、そのメリット・デメリットを整理し、論点を明らかにした入門書である。 *  *  * ベーシックインカムは、国家が「無条件に」最低限の生活を保障するため個人に現金給付を行うという考え方である。この「無条件」というフレーズが重要で、所得・資産の多寡にかかわらずということと、勤労しているかどうかを問わないということの2つを含んでいる。 従来、貧困撲滅や格差是正などリベラル思想の系譜で提唱されてきたが、最近では、社会保障制度の肥大化を防止し小さな政府を主張するリバタリアンや新自由主義者からも主張されてきた。 この流れに、フェイスブック創業者のマーク・ザッカ―バーグ氏やイーロン・マスク氏など、シリコンバレーの起業家が加わり、経済人の集まるスイスのダボス会議でもテーマとして取り上げられ、一気に広がった。 新自由主義者やシリコンバレーの起業家たちがベーシックインカムを主張する理由はおおむね以下のとおりである。 AIの発達により多くの雇用が奪われることへの対応策、恒常的に所得を補償することによる起業家精神とイノベーションの促進や支援、自動化やテクノロジーの進化による労働市場の変化に対応するための提案で、AI発達社会のデストピア化を避けるためといえよう。 現実的な政策となるための課題は、財源問題と勤労に与える影響の2つである。本書では、個人が最低限の生活を送るためにはGDPの25%の規模のベーシックインカムが必要としている。わが国のGDPから換算すると150兆円で、毎月10万円程度の現金給付ということになる。半分程度は既存の社会保障で置き換えるとしても、残りの70兆円程度は増税で賄わざるを得ない。本書では、所得税だけでなく、消費への課税(消費税や支出税)、環境税、アルコールやたばこへの課税、ロボットタックスなどが提案されている。 もう1つ、勤労に与える影響は、哲学の問題でもある。ベーシックインカムにより、生活の糧を得るための勤労から解放され、生きがいに通じる仕事を選択できる、基本的な所得が保証されるので、人々は自分の目標や願望を追求するためのより高い主体性を持つことができるとするが、毎月10万円でそのようなことが可能になるのだろうかという素朴な疑問がわく。 それより現実的な意義としては、現行の社会保障制度に存在する「貧困の罠」や「失業の罠」の解決に役立つという視点だ。 現行の社会保障の下では、一定の所得を得ると給付が減らされることが多いので、所得を制限するという「罠」(働き止め)が仕掛けられているという。ベーシックインカムにより、それを取り除くことができる。 筆者が興味を抱くのは、給付付き税額控除との関係だ。本書は、勤労を条件とする給付付き税額控除には、「貧困の罠」や「失業の罠」などの問題が残ると指摘しながらも、最終的には、「裏口から入る」という現実的な手法でもあると評価している。 *  *  * コロナ禍や気候変動による水害や山火事、さらには地震など、我々の前には、自らの努力では抗しきれないリスクが高まっている。このような状況の下で、国家と個人の関係、セーフティーネットのあり方を考えるには、本書は最適のテキストである。 (了)

#No. 534(掲載号)
#森信 茂樹
2023/09/07
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