酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第113回】 「節税商品取引を巡る法律問題(その7)」 中央大学法科大学院教授・法学博士 酒井 克彦 Ⅵ 租税法の不知・誤解 これまで、節税商品取引に勧誘等をする側の法的問題を述べてきたが、他方で、かかる勧誘等を受ける側の問題についても関心を払う必要がある。具体的にいえば、勧誘等を受ける者の租税リテラシーのレベルに関する問題がそこには所在する。 以下、この視角に議論をシフトすることとし、いくつかの事例を参照しながら検討を加えることとする。 1 会計業務専門会社への依頼 (1) 第一審東京地裁平成28年10月12日判決 原告会社が会計業務を委託した被告会社に対して、消費税に関する助言等をすべき義務を怠ったなどと主張して損害賠償請求をした事例において、東京地裁平成28年10月12日判決(判例集未登載)は、原告の請求を棄却した。被告のHPの記載等は次のようなものであった。 同地裁は、以下のとおり、消費税課税事業者選択届出書(以下「本件届出書」という。)を提出した方が原告にとって税務上有利であったことは認めている。 しかし、本件契約の内容では、消費税の還付手続までもが合意されていたとは推認できないとする。 結果的に、東京地裁は次のとおり示し、原告の主張を排斥した。 また、本件届出書の提出が被告にとっての付随義務として、本件届出書提出等の義務を負うかについて、同地裁は、税理士法を参照しながら以下のように判示する。 そして、結論として、被告には本件届出書を提出等すべき義務があったとはいえない旨を示している。 (2) 控訴審東京高裁平成29年3月22日判決(判例集未登載) 控訴審東京高裁平成29年3月22日判決は、まず本件を次のように整理する。 その上で、結論として、第一審原告側の控訴を棄却した。 このように控訴審においても、第一審原告の主張は排斥されている。 ここでは、税理士制度についてのリテラシーが問題となっているのである。より充実した租税教育の必要性を覚えるところである。 2 「高名な」税理士の助言 みなし譲渡課税事案に関与した税理士のアドバイスが問題となった事例として、東京地裁令和4年2月14日判決(判例集未登載)がある。 本件税理士は、「原告父と原告長男との間に原告会社を介すれば、資本等取引として整理されることになるから、原告父及び原告長男においても、みなし配当の金額に対する課税以外の課税関係は生じない」とのアドバイスを行っていたところ、同地裁は、かかるアドバイスは、資本等取引が法人税法上の概念に留まることを無視した法令解釈であるとした。 また、同地裁は、「原告父から会社への譲渡価額」及び「会社から原告長男への処分価額」はいずれも1株1,500円とされているが、その金額は、「本件税理士が単に原告会社の株式の額面(1株当たり500円)に3を乗じて計算したものであった」と認定している。このような株価の算定方法の根拠は不明確であるといわざるを得ない事案であった。 加えて、本件税理士は、「税務署長等を歴任していた高名な税理士」であったとのことであったが、原告父や原告長男からは、「本件税理士のアドバイスを信じて、1,500円が株式の時価であり、1,500円で取引すれば税負担が生じることなどないと誤解していたから、本件自己株式取得等は私法上無効であり、無効な取引を前提とする処分も違法である」として錯誤無効が主張されている。 これに対して、同地裁は、原告父らが1株1,500円が適正な時価であると認識していたとは「にわかには信じ難い」として、「錯誤は無かった」と認定した。同地裁は、その理由として、個別注記表に1株当たり純資産額が記載されていたことや、原告父らが会社の経営を担っていたことを挙げている。 本件事件は、「高名な税理士が言ったからそれを信じた」という納税者の主張が安易には認められないとされた事例として注目したい。ここでは、納税者にも相当レベルでの時価についての認識が必要であることを観念させられるのである。 (続く)
谷口教授と学ぶ 国税通則法の構造と手続 【第8回】 「国税通則法(10条及び)11条」 -災害等による期限の延長- 大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫 国税通則法11条(災害等による期限の延長) 1 期間及び期限 期間とは、一般に、「一定の時間的隔たりの間の長さ」(角田禮次郎ほか編『法令用語辞典〔第10次改訂版〕』(学陽書房・2016年)116頁)をいい(ホステス報酬源泉徴収事件・最判平成22年3月2日民集64巻2号420頁によれば「ある時点から他の時点までの時間的隔たりといった、時的連続性を持った概念」)、期限とは、一般に、「公法上若しくは私法上の法律行為の効力の発生若しくは消滅又はこれらの法律行為若しくは事実行為の履行が、一定の日時の到達にかかっている場合における、その一定の日時」(角田ほか編・前掲書122頁)をいう。 期間の計算(起算点、満了点、暦との関係等)については、国税通則法制定前の国税徴収法4条1項が「期間の計算については、民法第139条から第143条までに定めるところによる。」と定めていたが、国税通則法10条1項はそれ自体で(時間又は週で期間を定める場合を除き)民法のそれらの規定と基本的に同じ内容を定めている。 期限には確定日のほか期間の末日も含まれるが、国税通則法10条2項は、同法制定前の国税徴収法4条2項と基本的に同じく、「国税に関する法律に定める・・・・・・期限」(下線筆者)について特例を定めている(税通令2条参照)。これとは別に、国税通則法11条は「国税に関する法律に基づく・・・・・・期限」(下線筆者)について「災害その他やむを得ない理由」による延長を定めている。ここで「法律に基づく」期限としたのは、法律に基づいて政省令により定める期限のほか行政処分により定めた期限(通基通(徴)11-2参照)も含むことを明らかにしたものである(武田昌輔監修『DHCコンメンタール国税通則法』(第一法規・加除式)912頁参照)。以下では、この規定の定める災害等による期限の延長について若干検討しておくことにする。 2 災害等による期限の延長と「税務緊急事態基本法」の制定 まず、国税通則法11条が定める期限の延長の実体的要件は、同条の定める行為を「災害その他やむを得ない理由」により所定の期限までにすることができない場合であるが、その理由について国税通則法基本通達(徴収部関係)11-1は次の解釈を示している。 これらの理由のうち(3)は、一定の人的・主観的理由ではあるものの、国税電子申告・納税システム(e-Tax)利用者を対象にして平成29年度税制改正で国税通則法施行令3条に新設された第2項の規定(下記参照)における「災害その他やむを得ない理由」について示された解釈であって、従来からの解釈、すなわち、「未分割の相続財産を売却したため各年分の所得税の法定申告期限までに請求人に帰属すべき収入金額が確定しなかったというような、いわば主観的な理由」(国税不服審判所裁決昭和55年4月24日裁決事例集20集1頁)や「[医事法違反の刑事事件において]被告人の身体が拘束され、帳簿書類が押収されていた事実」(最判昭和60年2月27日刑集39巻1号50頁)が「災害その他やむを得ない理由」に該当しないとしてきた解釈を変更するものではない。 次に、国税通則法11条が定める期限の延長の方法については、同条による委任を受けて、同法施行令3条は、下記のとおり、①地域指定(同条1項)、②対象者指定(同条2項)及び③個別指定(同条3項・4項)の3つの方法を定めており、①と②は告示の形式で行われ(近時の事例については国税庁ホームページ「災害関連情報」の「個別の災害に関するお知らせ」参照)、③は処分(税通75条参照)の形式で行われる。 上記3つの方法のうち②は、近年におけるe-Tax利用率の増加に伴い、「期限間際にe-Taxが使用不能となるなどの事象が発生した場合」における「納税者の態様に応じて迅速・的確に対応する観点から」、平成29年度税制改正によって導入された方法である(財務省「平成29年度 税制改正の解説」1039頁。例として新型コロナウイルス感染症に関する令和2年3月6日国税庁告示第1号参照)。 最後に、国税通則法11条が定める法律効果は、「その理由のやんだ日から2月以内」の期限の延長であるが、これは、「災害その他やむを得ない理由」に基因する租税問題に対する税法上の対応措置の一部にすぎない。期限の延長についてさえ別に特則が定められている場合(税通77条1項但書・2項但書、酒税28条3項、揮発油税14条3項、たばこ税12条3項、法税75条・地方法税19条4項等)もあるが、租税負担の実体的減免措置やその納付に係る手続的緩和措置はそれぞれ個々の税法で定められている(災害減免、所税70条~72条、税通46条等。国税庁ホームページ「災害関連情報」の「災害により被害を受けたとき」参照)。 それらの税法上の対応措置は、その全体像を把握することが必ずしも容易ではなく、それらの適用が問題になる状況においてはなおさらである。そのような「税務緊急事態」ともいうべき状況においては、納税者の立場からすれば、国と地方とが協働して一体的に対応すべきであると考えられるので、「災害その他やむを得ない理由」に基因する租税問題について、国税と地方税、実体的措置と手続時措置を包括する種々の対応措置の適用関係を体系的に整理し明らかにするために、従来の対応の経験を踏まえ、「税務緊急事態基本法」ともいうべき法律を制定しておくべきである。 (了)
〈令和4年分〉 おさえておきたい 年末調整のポイント 【第2回】 「各種申告書と近年の改正事項の確認(その2)」 公認会計士・税理士 篠藤 敦子 本連載第1回では、「扶養控除等申告書」と「基礎控除申告書」について、各種控除の適用要件等の確認を行った。第2回(今回)は、「配偶者控除等申告書」と「所得金額調整控除申告書」を取り上げる。 なお、国税庁から提供されている各申告書様式の右上には、記載のしかたに繋がるQRコードが示されており、具体的な記載例等を確認することができる。 【1】 配偶者控除等申告書 ◎ 配偶者控除と配偶者特別控除 平成29年度の税制改正により、配偶者控除及び配偶者特別控除の見直しが行われ、平成30年分の所得税から適用されている。 配偶者控除、配偶者特別控除ともに、所得者本人及び配偶者の所得要件があり、控除額は所得者本人の合計所得金額に応じて段階的に縮小する(所法2①三十三の二、83①、83の2①)。また、年末調整でこれらの控除の適用を受けようとする場合には、その年最後の給与等の支払を受ける日の前日までに、給与等の支払者に「配偶者控除等申告書」を提出する必要がある(所法190二ニ)。 なお、配偶者特別控除は、所得者本人と配偶者の双方で適用を受けることはできない(所法83の2②)。 ① 所得要件 配偶者控除及び配偶者特別控除における、所得者本人と配偶者の所得要件は、次のとおりである(所法2①三十三の二、83①、83の2①)。 ② 控除額 配偶者控除及び配偶者特別控除の控除額は、次のとおりである(所法83①、83の2①)。 (※) 国税庁ホームページ ③ 配偶者控除等申告書の記載方法 所得者本人と配偶者の合計所得金額(見積額)を記載すれば、控除額が計算できる様式となっている。なお、所得者本人の合計所得金額(見積額)は、基礎控除申告書の記載から確認する。 記載する合計所得金額については、給与所得以外の所得についても記載する。また、所得者本人に所得金額調整控除の適用がある場合には、適用後の金額を給与所得の所得金額欄に記載する。 〈配偶者控除等申告書の記載例〉 なお、合計所得金額の詳細については、以下の拙稿をご参照いただきたい。 【2】 所得金額調整控除申告書 ◎ 所得金額調整控除 平成30年度の税制改正により、所得金額調整控除が創設された。 所得金額調整控除には、①子ども等を有する場合の調整と②給与所得と公的年金等に係る雑所得の両方がある場合の調整の2つがある(措法41の3の3①②)。 これらの調整はいずれも確定申告で適用されるものであるが、①の調整は、年末調整においても適用を受けることができる(措法41の3の4)。 なお、年末調整で所得金額調整控除の適用を受けようとする場合には、その年最後の給与等の支払を受ける日の前日までに、給与等の支払者に「所得金額調整控除申告書」を提出する必要がある(措法41の3の4①②)。 ①の調整の適用があるのは、所得者本人のその年中の給与等の収入金額が850万円を超え、かつ下記のいずれかに該当する場合である。 年末調整で①の調整を適用する場合、給与等の収入金額が850万円を超えるかどうかは、年末調整の対象となる主たる給与等のみを対象として判定する。すなわち、年末調整の対象とならない従たる給与等(主たる給与等の支払者以外の給与等の支払者から支払を受けた給与等)は含めずに判定することになる。 所得金額調整控除についての詳細、「所得金額調整控除申告書」の記載方法や注意点については、以下の拙稿をご参照いただきたい。 * * * 第3回(最終回)は、様式の変更が予定されている「令和5年分扶養控除等申告書」と、令和5年1月以降の扶養控除の対象となる国外居住親族の取扱いについて取り上げる予定である。 (※) 本稿では、年末調整で使用する各申告書等を次のとおり表記する。 (了)
〔疑問点を紐解く〕 インボイス制度Q&A 【第20回】 「積上げ計算と割戻し計算を併用する場合の取扱い」 税理士 石川 幸恵 【Q】 建設業のかたわらコンビニエンスストアを経営しています。インボイス制度では、建設業の売上は割戻し計算、コンビニエンスストアの売上は積上げ計算のように併用することはできますか。 〔ポイント〕 (1) インボイス制度における売上税額の計算は、原則が割戻し計算、特例が積上げ計算となります。 (2) 売上税額の計算で割戻し計算と積上げ計算を併用した場合、仕入税額の計算は割戻し計算を適用することはできません。 (3) 売上税額の計算について積上げ計算を適用できるのは、適格請求書発行事業者のみです。 * * * 【A】 売上税額について、建設業は割戻し計算、コンビニエンスストアは積上げ計算という併用は可能です。ただし、売上税額の計算について割戻し計算と積上げ計算を併用した場合、仕入税額については割戻し計算を適用できませんので、ご注意ください。 (1) インボイス制度における売上税額の計算方法 インボイス制度における売上税額の計算方法は、原則、割戻し計算です。特例として積上げ計算とすることもできます(インボイスQ&A問116)。 ① 割戻し計算とは? 課税期間中の課税資産の譲渡等の税込金額の合計額に110分の100(軽減税率の対象となる場合は108分の100)を掛けて計算した課税標準額に7.8%(軽減税率の対象となる場合は6.24%)を掛けて計算します。 ② 積上げ計算とは? 交付した適格請求書及び適格簡易請求書に記載された税率ごとの消費税額等の合計額に100分の78を乗じて計算します。 積上げ計算と割戻し計算を比較すると、適格請求書及び適格簡易請求書単位で端数処理がなされる関係で、積上げ計算の方が、消費税額が少なくなります。少額・大量の取引を行う小売業者等では特に差が大きくなります。 (2) 積上げ計算を適用する場合の注意事項 (3) 仕入税額の計算 売上税額について、割戻し計算と積上げ計算を併用した場合は、仕入税額については割戻し計算を適用することはできません(インボイスQ&A問116)。 仕入税額の積上げ計算、割戻し計算の詳細については次回以降に解説します。 (了)
〈徹底分析〉 租税回避事案の最新傾向 【第2回】 「今後の税理士の役割」 公認会計士 佐藤 信祐 3 今後の税理士の役割 (1) 相続税対策の今後の予測 令和4年4月19日の最高裁判決により、相続税対策が今後どのようになっていくのかについて考えてみたい。本最高裁判決の公表後、様々な税務専門家によるブログやメール記事がこの件について論じている。そして、論者によって多少の差異はあるものの、「どこまでなら認められるのか」という観点から記述されているものが多い。 しかしながら、最高裁判決の文言を素直に受け止めるのであれば、相続税を減らす目的で行われたものに対しては、租税回避として否認されるリスクがあるといわざるを得ない。相続税の減少以外の目的が認められれば良いという考え方もあり得るが、相続税対策のほとんどは、相続税の減少以外の目的は軽微であることから、ほとんどの事案において十分な目的が認められないということになる。 そうなると、今後の相続税対策のほとんどに租税回避として否認されるリスクがあるといわざるを得ない。さらに、金融機関からの融資が必要になる相続税対策については、そもそも金融機関の稟議が通らない可能性があり、税務リスクを覚悟したうえで実行するかどうかという議論にまで至らないことが考えられる。 もちろん、税理士の立場としても、そのような状況下で、安易な相続税対策を許容するわけにもいかない。そのため、事業承継税制のように税制が正面から認めたものを利用することで、相続税対策を実行していく時代になると考えられる。 (2) 法人税対策の今後の予測 ヤフー・IDCF事件に係る最高裁判決が公表された頃に比べると、最近の税務調査では、メールが調査の対象になるだけでなく、質問応答記録書が積極的に使用されるようになっており、「税負担減少の意図があったかどうか」「税負担の減少目的と事業目的のいずれが上位になるのか」といった物的証拠が残りにくいものに対しても、積極的に証拠を集めようとしていることがわかる。 かつては、議事録や稟議書といった社内文書を整備しておくことにより、税務訴訟に勝ちやすい証拠を作り、結果として税務調査で否認しにくくするという税務調査対応が考えられたが、現在の税務調査対応としてはそれでは不十分であり、①制度趣旨に沿った形で法人税の負担を減少させていること、②税負担減少の意図はあったものの、事業目的が主目的であった、ということが主張できるようにしておく必要がある。 そして、今後、法人税対策がどのようになっていくのかという点について考えてみると、相続税と異なり、税負担の減少以外の目的が説明できることが多く、節税として認められる範囲は広いと思われる。ただし、かつてに比べて、節税として認められる範囲が狭まっているのも事実であり、税理士からの節税提案はやりにくくなるはずである。 さらに、税理士からの提案により実行されていたり、税理士が多額の報酬を得ていたりすることで、税負担の減少が主目的であると疑われる可能性がある。そのため、税理士からの提案であっても、事業目的を踏まえた提案にする必要があるし、多額の報酬をもらう場合には、節税の対価ではなく、明確な工数により報酬金額が見積もられていることを明らかにする必要がある。 (3) 税理士は死んだのか 令和4年4月19日の最高裁判決により相続税対策がやりにくくなるといわれている。本最高裁判決は不動産の評価に対する判決であるが、事業承継における株価対策においても同様のリスクがあると考えられる。 そうなると、税理士が行っているコンサルティングのほとんどが事業承継コンサルであることから、税理士業界にも大きな影響を与える可能性がある。そして、現行法上の特例事業承継税制を適用するためには、令和6年3月31日までに特例承継計画を提出する必要があることから、令和6年度税制改正により事業承継税制が改正される可能性が高いといわれており、改正後の内容次第では、株価対策ではなく事業承継税制が事業承継コンサルティングの中心になると考えられる。M&A、組織再編成又は株主からの買取りなどが絡まない限り、事業承継税制では株価対策に比べて報酬金額が安くなってしまうため、現在のマーケットの規模を維持することはできない。 組織再編コンサルティングにおいても同様である。M&Aにおけるデューデリジェンスのように工数が稼げる業務であれば構わないが、一般的に税務コンサルティングの工数はそれほど多くはなく、多額の報酬を請求することができない。すなわち、事業承継コンサルティングだけでなく、税務コンサルティングのマーケットの規模がかなり小さくなってしまうと思われる。 もちろん、税理士の本業である申告業務は残るものの、AIの発達により工数が減少し、税理士業務に従事する人口はかなり減少すると思われる。すなわち、申告業務が縮小した後の受け皿となるはずだった税務コンサルティング業務の縮小により、税理士業界そのものの行く末を悲観する声も少なくない。 この点については、税理士業界の縮小は避けられないものの、税理士としての役割がなくなっていくことはないと考えている。申告業務についても、工数が減少するだけであり、業務そのものがなくなるわけではない。税務コンサルティング業務についても、節税の対価としての報酬を請求することは難しくなるが、租税法がかなり複雑なものになっていることから、「租税法規が予定している節税の対象を知っている」「条文を正確に解釈することができる」というだけで付加価値が認められるようになり、かつ、複雑な案件になれば、それなりの工数が生じることから、それなりの報酬を請求できることもあると考えられる。 このように、今後の実務においては、税務コンサルティング業務における税理士の役割も変わってくると思われる。 4 本連載の内容 前置きが長くなったが、本連載では、事例を挙げたうえで、包括的租税回避防止規定の具体的な検討を行うことを予定している。例えば、PGM事件では、支配関係が生じてから5年経過してから合併を行うということにつき、制度趣旨に反するとは認定されず、事業目的よりも税負担の減少目的が優位にあると認定されている。すなわち、包括的租税回避防止規定を適用するためには、他の証拠により制度趣旨に反すると課税当局が主張する必要があるということになる。このようなニュアンスの違いは、包括的租税回避防止規定が適用されるリスクを軽減するうえで有用である。 ただし、包括的租税回避防止規定が適用されるかどうかは、それぞれのストラクチャーの個別事情によって異なることから、本稿で記載された内容と国税庁、国税不服審判所及び裁判所の見解が異なる可能性があるという点にご留意されたい。 (了)
事例でわかる[事業承継対策] 解決へのヒント 【第47回】 「法人から地方公共団体への寄附」 太陽グラントソントン税理士法人 (事業承継対策研究会) パートナー 税理士 日野 有裕 相談内容 私はB県内で小売業A社を営んでいます。今般、本社が所在するQ市より市が主催する大規模なイベントに対する寄附の依頼がありました。先代から50年以上Q市を中心に事業を展開してきたこと、また、私自身もこの地で生まれ育ったのでQ市に対する愛着もあり、ぜひ協力をしてイベントを成功させたいと考えています。 そこで、A社より1億円の寄附をしようと検討をしておりますが、この寄附金はA社において法人税法上の損金として認められるのでしょうか。 顧問税理士より「A社からQ市への寄附金全額が法人税法上の損金となるが、このような寄附金の取扱いに関する通達があるので慎重に対応しましょう」と言われています。何に気を付けてどのような対応をすれば、問題なくA社より寄附金を支出できますか。 ■ □ ■ □ 解 説 □ ■ □ ■ [1] 法人からの寄附金支出の考え方 株式会社等の法人は、利益を追求するために事業を行うことから、法人税では法人の事業に関係ない支出(寄附金等)について、以下のとおり損金算入に制限が設けられています。 ① 一般の寄附金に対する損金算入限度額(法令73①一、二) (※) 資本又は出資を有しない場合は、所得金額×1.25%。 ② 公益法人等の特定公益増進法人への寄附金に対する損金算入限度額(法令77の2①一、二) (※) 資本又は出資を有しない場合は、所得金額×6.25% ③ 国又は地方公共団体等への寄附金に対する損金算入限度額 [2] 法人内での寄附金の処理方法 一方、上記の法人税基本通達によれば、もし法人の支出した寄附が個人が負担すべきものと認定されると、たとえ国等への寄附金であったとしても損金算入が認められません。この通達が法人から国等への寄附を思いとどまらせる一因になっていると思われます。 しかし、ご相談の事例ではA社がQ市へ寄附する合理的な理由があると思われます。私見ではありますが、「個人として負担すべきもの」と税務当局に認定されないよう、次の2点に注意すれば、問題なく法人税法上の損金として処理できると考えます。 [3] 結論 近年では、「企業版ふるさと納税」の創設やクラウドファンディングで多額の寄附が集まるなど、日本においても様々な寄附文化が醸成されつつあるようです。 このような状況において、企業オーナー又はその企業に対しても様々な団体より寄附の依頼があると思います。ご相談のような多額の寄附を実行する場合は、将来の事業承継や相続、会社のキャッシュフローも考慮に入れたうえで、個人・法人のどちらが寄附を行うかを明確にして実行すべきです。また、寄附金は個人・法人においてそれぞれ税法上の取扱いが異なりますので、事前に十分検討する必要があります。 特に個人で多額の寄附をしようとするときは、寄附の実行前に相続人にもその寄附への思いなどを説明しておくのが良いと考えます。 実際の寄附の実行にあたっては、顧問税理士にご相談することをお勧めします。 (了)
〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第59回】 「特定事業用宅地等の特例と個人版事業承継税制との関係」 税理士 柴田 健次 [Q] 個人で歯医者を経営している甲は後継者である長男乙に事業を承継させるために、下記の特定事業用資産の贈与を乙に行いました。乙は贈与を受けた特定事業用資産の全てについて贈与税の納税猶予の適用を受けました。その後、甲に相続が発生し、特定事業用資産の取得をしたものとみなされた場合において、相続税の納税猶予の適用を受けないときは、下記のA土地について小規模宅地等に係る特定事業用宅地等の特例の適用は受けられますか。 なお、乙は甲と生計を一にしており、甲の相続税の申告期限まで引き続き、贈与を受けた特定事業用資産を自己の事業の用に供しています。 【特定事業用資産の内容】 [A] 乙は相続税の納税猶予の適用を受けない場合でも、小規模宅地等に係る特定事業用宅地等の特例(以下単に「特例」という)を受けることはできません。 ◆ ◆ ◆[解説]◆ ◆ ◆ 1 個人版事業承継税制の概要 個人版事業承継税制には、贈与税の納税猶予制度と相続税の納税猶予制度があります。下記(4)の特定事業用資産を有していた個人から後継者に贈与又は相続により取得させた場合において、一定の要件の下に特定事業用資産に係る贈与税又は相続税が猶予されます。 なお、贈与税の納税猶予の適用に係る贈与者が死亡した場合には、みなし相続により贈与時の特定事業用資産の価額の加算がなされ、相続税の納税猶予の適用については選択適用となります。 (1) 贈与税の納税猶予 特定事業用資産を有していた個人が後継者に特定事業用資産の全ての贈与をした場合には、担保を提供した場合に限り、当該後継者が納付すべき贈与税額のうち、特例適用の特定事業用資産の課税価格(特定事業用資産に係る債務を引き受けた場合には、特例適用の特定事業用資産の価額から当該債務の金額を控除した額)に対応する贈与税の納税が猶予されます(措法70の6の8①②)。 なお、贈与について都道府県の認定を受ける必要があり、第一種贈与認定と第二種贈与認定があります(円滑化規則6⑯七、九)。 (2) 贈与者が死亡した場合の相続税の課税の特例 贈与税の納税猶予の適用を受けた後継者に係る贈与者が死亡した場合には、特例適用の特定事業用資産(猶予中贈与税額に対応する部分に限る)を相続又は遺贈により取得したものとみなされます。この場合における相続税の課税価格の計算の基礎に算入すべき特例適用の特定事業用資産の価額は、贈与の時における価額を基礎として計算されます。一定の要件を満たした場合には、下記(3)の相続税の納税猶予の適用を受けることができます(措法70の6の9①②、70の6の10㉚)。 なお、贈与者が上記(1)の贈与税の納税猶予の適用を受けている場合には、贈与者の相続開始時期が令和11年以降である場合においても相続税の納税猶予の適用を受けることができます。 (3) 相続税の納税猶予 特定事業用資産を有していた個人が後継者に特定事業用資産の全てを相続させた場合には、担保を提供した場合に限り、当該後継者が納付すべき相続税額のうち、特例適用の特定事業用資産の課税価格(特定事業用資産に係る債務を引き受けた場合には、特例適用の特定事業用資産の価額から当該債務の金額を控除した額)に対応する相続税の納税が猶予されます(措法70の6の10①②)。 なお、相続について都道府県の認定を受ける必要があり、第一種相続認定と第二種相続認定があります(円滑化規則6⑯八、十)。 (4) 特定事業用資産の範囲 特定事業用資産とは、被相続人又は贈与者の事業(不動産貸付事業、駐⾞場業及び⾃転⾞駐⾞場業を除く。以下同じ)の用に供されていた下記の対象資産(先代事業者の⽣計⼀親族等が所有し、かつ、先代事業者が事業の⽤に供していたものを含む)で先代事業者の贈与又は相続があった年の前年の事業所得に係る青色申告書(65万円又は55万円の⻘⾊申告特別控除を適用しているものに限る)の貸借対照表に計上されている資産をいい、対象になるものと対象にならないものは下記のとおりとなります(措法70の6の8②一、70の6の10②一、措令40の7の8④⑤⑥⑦、措規23の8の8②、所法2①一九、所令6、措通70の6の8-16・19)。 (注1) 事業用以外の用に供されている部分があるときは、事業の用に供されていた部分に限ります。 (注2) 不動産賃貸業などの用に供されている資産は認定の対象外となります。 (5) 生計一親族等の意義 第一種贈与認定(先代事業者から後継者への贈与認定)を受けている場合には、第一種贈与の直前において先代事業者と生計を一にしている親族(6親等内の血族、配偶者、3親等内の姻族をいう(民法725))をいい、第一種相続認定(先代事業者から後継者への相続認定)を受けている場合には、第一種相続の直前において先代事業者と生計を一にしていた者をいいます(措令40の7の8①二、措令40の7の10①二)。 2 特定事業用宅地等の特例と個人版事業承継税制との関係 小規模宅地等の規定は、下記の特定事業用宅地等については適用しないこととされています(措法69の4⑥)ので、みなし相続により取得した場合には、相続税の納税猶予の適用を受けない場合においても特例の適用は受けられないことになります。 ★実務上のポイント★ 個人版事業承継税制により贈与税の納税猶予の適用を受ける場合には、贈与した特定事業用資産については、特定事業用宅地等の特例は受けられなくなることを納税者にしっかりと説明をしておく必要があります。 (了)
〔顧問先を税務トラブルから救う〕 不服申立ての実務 【第19回】 「裁決までのスケジューリング、裁決書の送達そして原処分取消訴訟へ」 公認会計士・税理士 大橋 誠一 1 審理の状況予定表 (1) 審理の状況予定表を発送する趣旨 審査請求における事件処理の過程において、具体的な情報を適宜かつ適切に提供するために、担当審判官は、定期的(おおむね3ヶ月ごと)に答弁書・反論書・意見書等の提出状況、作成時点の争点、調査・審理の状況、今後の予定などを記載した「審理の状況・予定表」を作成し、審査請求人及び原処分庁の双方に交付している。 審査請求人としては、審査請求書の提出時点から(標準審理期間である)1年以内に裁決がなされるだろうことは想像できたとしても、実際に本件においていつ頃裁決がなされるのかについては、今後の出訴の予定などを見据えて関心のあるところだろう。 実際には、クレームに発展しないように、内部で予定されている時期よりも若干余裕を持たせているケースが多いようである。 (2) 様式 2 裁決書 (1) 裁決の言渡しの機会はない 審査請求には訴訟のような「判決の言渡し」という手続はなく、審査請求人及び原処分庁の知らぬ間に決裁かつ発送準備がなされ、それが配達証明郵便で送達される。 そして、審査請求人(代理人宛に送達することを希望した場合には代理人)が受け取った日を基準に、訴訟に進むか否かを判断する期限までのカウントが始まる。 (2) 様式 (3) 教示文 裁決書とともに、6ヶ月以内に取消訴訟を行うための注意喚起のための教示文が同封される。 取消訴訟には、以下の2種類があり、時折後者の訴えがなされることがあるが、裁決の取消しのみを求めても原処分の取消しにはつながらず、それを認識して取り下げる例が多いため、原処分の取消しのために出訴する場合は前者によらなければならない。 (4) 出訴するか否かの考慮事項 ① 費用面の考慮 審査請求(再調査の請求)は無料で請求できる一方、訴訟の提起は訴額に応じた手数料額(例えば、1,000万円であれば5万円)が必要である。 また、審査請求(再調査の請求)の代理人は弁護士である必要はなく、税理士などが就任することもできる一方、訴訟代理人は弁護士に限定されており、税理士は補佐人として出廷陳述できるにすぎないため、新たに弁護士費用を要する。 ② 公開・非公開 審査請求(再調査の請求)は非公開であり、今後の税務実務に有益な裁決は公表されることもあるが個人情報については適切にマスキングされる。 一方、訴訟は公開の場で行われるため、相続税事件における親族間の不和、法人税事件における移転価格税制に係る企業グループ内取引・ノウハウといった事実関係が明らかになることを踏まえて判断することになる。 ③ 総額主義・争点主義 審査請求(再調査の請求)は、権利救済の側面から審理対象を原処分の理由に関係したものに限定する「争点主義的運営」が採用されている。 一方、訴訟は総額主義であり「原処分認定額があるべき税額を超えるか否か」に関係する全ての事項が改めて審理対象となり、原処分の理由以外の非違事項が蒸し返される可能性がないとは限らない。 ④ 原処分庁は控訴・上告できる 審査請求における裁決(再調査の請求における再調査決定)は行政部内の判断であり、関係行政庁(原処分庁)はこれに拘束されることから、いったん取り消されればその取消部分は確定される一方、訴訟は両当事者が対等な関係にあり、原処分庁が取消判決を不服として高等裁判所・最高裁判所に上訴することができる。 (了)
さっと読める! 実務必須の [重要税務判例] 【第81回】 「譲渡担保と不動産取得税事件」 ~最判昭和48年11月16日(民集27巻10号1333頁)~ 弁護士 菊田 雅裕 (了)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第133回】 アルテリア・ネットワークス株式会社 「特別調査委員会調査報告書(開示版)(2022年8月10日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【アルテリア・ネットワークス株式会社特別調査委員会の概要】 【アルテリア・ネットワークス株式会社の概要】 アルテリア・ネットワークス株式会社(以下「アルテリア」と略称する)は、1997年11月、丸紅株式会社が設立したグローバルアクセス株式会社が、複数回の社名変更、複数の合併を経て、2016年7月1日から現体制。電気通信事業法に基づく電気通信事業を主たる事業内容とする。売上高55,402百万円、営業利益9,541百万円、資本金5,150百万円。従業員数787名(2022年3月期連結実績)。丸紅株式会社が発行済株式の50.11%を所有する筆頭株主である。本店所在地は東京都港区。東京証券取引所プライム市場上場。会計監査人はEY新日本有限責任監査法人東京事務所。 【特別調査委員会調査報告書の概要】 1 特別調査委員会設置の経緯 (1) アルテリア従業員A氏の逮捕 2022年6月8日、アルテリアの従業員であるA氏が、P社(新聞報道などから、株式会社NTTドコモであることが判明しているが、本稿では、調査報告書の表記に従い、「P社」とする)から接続料金を不正に取得していたとして、組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律(組織犯罪処罰法)違反(組織的詐欺)の容疑により警察に逮捕されるとともに、一部報道機関により、被疑事実は、通信事業者の間で通話時間に応じて支払われる接続料金(アクセスチャージ)の仕組みを悪用して、意図的な機械発信を生成し、P社に当該着信にかかるアクセスチャージを支払わせたというものであり、A氏のほか、アルテリアと取引のあるA社(報告書の内容から、株式会社ソフィアホールディングスの連結子会社であるソフィアデジタル株式会社(SDI)であることが判明しているため、以下の表記は、「SDI社」とする)の役員を含む十数名が逮捕されたとの報道がされた。 アルテリア取締役会は、同月10日、本件に関する事実の確認及び原因究明のため、外部有識者を交えた「特別調査委員会」を設置することを決議した。 (2) アルテリア従業員A氏の起訴内容 2022年7月20日、A氏は、他の逮捕者とともに、P社の携帯電話回線からアルテリアの電話回線に対して、P社の携帯電話回線の定額料金サービスの対象外となる機械的連続発信により、多数かつ長時間の発信を行ってP社から多額の網使用料(アクセスチャージ)を得る一方、本来支払うべき通話料を免れようと考え、共謀のうえ、合計920回線の携帯電話回線の定額料金サービス契約を締結し、2021年3月1日から同年6月30日までの間、上記920回線のうち84回線から、SDI社がアルテリアと契約した固定電話回線200回線に機械的連続発信を行い、本来支払うべき従量料金と定額料金との差額合計1,237万5,557円の支払いを免れたとして、詐欺利得罪(刑法第246条第2項)の共同正犯(同法第60条)として起訴された。 A氏の起訴に係る被疑事実及び罪名は、アクセスチャージを詐取した組織犯罪処罰法違反とする逮捕時のものとは異なり、携帯電話回線の定額料金サービスの対象外である機械的連続発信の意図を秘して同サービスを契約し、従量制料金との差額を利得した詐欺利得罪の疑いがあるとするものと変更されていたものの、特別調査委員会は、その被疑事実の下でもなお、アクセスチャージの仕組みの悪用につきアルテリアの組織的関与の有無等を明らかにする必要があるとの判断により、当初の予定どおり調査を進めた。 2 特別調査委員会による不正利用スキームの概要 調査報告書では、アクセスチャージビジネス及びアクセスチャージの不正利用スキームについて、それぞれ次のように説明されている。 (1) アクセスチャージビジネス(AC)の概要 アクセスチャージとは、電話回線を保有する通信事業者間で支払われる接続料金であり、電話回線を保有する通信事業者は、相互接続協定に基づき、相互に、相手方の回線に接続された電話番号から自己の回線に接続された電話番号への接続を受け入れるものとされている。 ユーザが発信契約事業者の電話番号から着信事業者の電話番号に電話をかけた場合、発信契約事業者は、ユーザから通話料の支払いを受ける一方で、着信事業者に対して通話時間に応じたアクセスチャージを支払う。 着信事業者(アルテリア)は、自己の回線に接続する電話番号をサービス事業者その他の利用者に対して直接提供する以外に、代理店に提供することもあり、契約において、着信事業者から代理店に対して、提供した電話番号への着信量(通話時間)を基礎に算定した販売促進費が設定され、代理店にとっては、着信を集めることのできるサービス事業者に電話番号を再提供するインセンティブとして機能している。 (2) アクセスチャージの不正利用スキームの概要 代理店から電話番号の提供を受けたサービス事業者が、電話番号に発信するユーザと一体の関係となり、当該ユーザが発信契約事業者(P社)との間で通話料の定額サービス契約を締結したうえで、機械を用いる等の方法により、サービス事業者の電話番号に向けて、通話の実態を伴わない大量発信(不正呼)を行うことによって、ユーザが支払う定額の通話料と、着信事業者から代理店、代理店からサービス事業者に支払われる通話時間に応じたインセンティブを得ることができるため、サービス事業者(=ユーザ)は、電話をかければかけるほど利益を得ることとなる。 A氏ら14人が逮捕された時の報道によれば、NTTドコモの「かけ放題」プラン84回線を使用して発信を繰り返し、NTTドコモからおよそ1億円をだまし取った疑いがもたれているということであった。 3 アルテリア従業員A氏の事件への関与 (1) A氏の関与に関する弁護人からの聴取概要 特別調査委員会が、A氏弁護人から聴取した、本事件に関するA氏の認識は以下のとおりである。 こうしたA氏の認識について、特別調査委員会は、その説明には、委員会が接した各資料と決定的に矛盾するものは見当たらず、その意味でその真実性を否定しきることはできないものの、当委員会が接した資料は限定的であり、A氏が個人的に多額の経済的利益を受けていたこと等も考慮すれば、当委員会は、A氏の不正呼に関する認識を含め、A氏の説明のすべてが事実であると認定することはできないと評価している。 (2) A氏が受けた経済的利益の概要 特別調査委員会は、調査の過程で、A氏の住所を本店所在地とし、A氏の妻を代表者とする、L社が2020年9月25日に設立されていた事実が判明したこと、A氏が不正発信の方法等を指南し、他の容疑者から月100万円程度の報酬を得ていたとみられるとの報道があったことを踏まえ、A氏に対して何らかの経済的利益の供与があり、その受け皿がL社であったのではないかとの見立てを持って、A氏の弁護人に対して繰り返し質間を行うとともに、株式会社ソフィアホールディングス(報告書上の表記は「J社」。以下「SHD社」と略称する)が、2022年6月17日、事実関係の調査等のために設置した独立調査委員会に対して照会を行った。 A氏弁護人による回答の概要は次のとおりである。 また、2022年8月3日、特別調査委員会は、SHD社独立調査委員会と共同して、SDI社役員であるe氏に対するヒアリングを実施して、A氏が不正呼に関与していたといったことを聞いたことはないとするコメントとともに、次のような供述を得ている。 特別調査委員会は、e氏の供述内容は、SDI社a氏の指示に基づき、AA社からL社に対して毎月金銭が支払われていた点について、A氏の説明と概ね合致すると評価している。 (3) A氏が受けた経済的利益に対する特別調査委員会の小括 特別調査委員会は、A氏が、これらの経済的利益の供与は、「着信ACビジネス(但し、不正呼との認識はない)についての接待費的なもの」あるいは「事業に対する応援的なもの」であると認識しており、また、A氏は、SDI社a氏に対して、アルテリアの社外秘の情報を漏らしたことはなく、SDI社との取引等がアルテリア内で問題化しないように行動したこと等もなく、情報提供の対価や口止め料といった性格のものではないと認識しているとしたうえで、A氏が、本件取引に関して、アルテリア内において、(通常の営業部門の従業員としての業務行為の範疇を超えた)特別な行為を行った事実は確認できず、また、A氏が不正呼の存在を知っていたと断定し得る資料に接していないことから、本調査の限りにおいては、A氏が受領した各経済的利益について、犯罪報酬の分け前ないし犯罪行為への加功に対する対価であったとは断定できないという一応の判断を示している。 その一方、特別調査委員会は、調査には限界があり、受領した金額の大きさも考慮すれば、A氏が各経済的利益を犯罪報酬の分け前ないし犯罪行為への加功に対する対価として受けていた可能性を完全に否定することはできないうえに、A氏において不正呼が行われていることの認識があったか否かにかかわらず、A氏がa氏から多額の裏金を受け取り続けていたことで、将来アルテリア内部で不正呼の存在を理由にSDI社との取引を解消する動きが生じた場合に、A氏が取引の継続に向けた働きをするであろうとの期待ないし算段をa氏に与え、その結果、アルテリアがSDI社に提供した番号が不正呼の場として用いられやすい環境の形成に寄与したであろうとも想像できるとして、A氏がa氏ないしSDI社の代理店から経済的利益の供与を受けていた理由について、A氏の客観的かつ具体的な犯罪行為への加功行為を認定することはできないが、さりとて、A氏の述べる過剰な接待に過ぎないとの主張を受け入れ、本件に関する不正呼ないし着信ACの不正利用スキームと全く無関係であったと結論付けることもできないと締め括っている。 4 原因分析(調査報告書73ページ以下) 特別調査委員会は、調査の結果として、A氏を除くアルテリアの関係従業員及び役員(取締役及び執行役員)について、アルテリアからSDI社に提供された番号に対して同社や同社の代理店において不正呼が行われていたこと(ひいては、着信ACの不正利用スキームが行われていたこと)の認識があったとは認められず、アルテリアが本件に組織的に関与したことを示す証跡は一切発見されていないという判断を示したうえで、A氏については、如何なる認識を持ち、如何なる形で、着信ACの不正利用スキームに関与したのか、あるいは関与していなかったのかは依然として不明であり、この点の解明は本件に関する刑事訴訟手続きの結果を待つほかないと結論を述べている。 そのうえで、すでに判明しているA氏がa氏やSDI社の代理店より多額の経済的利益の供与を受けていた事実に加え、本件に関する公訴事実が真実であると仮定すれば、A氏とa氏との異常な癒着状態がその原因の一端をなすことに疑いはないことから、こうした観点からの原因の分析・検討を行ったとして、次の項目を挙げている。 特別調査委員会は、A氏とa氏との異常な癒着状態がその原因の一端をなしているという見解から、A氏が担当するIPテレフォニーサービスがアルテリアにおいてニッチ(傍流)なビジネスであり、営業部門内における人事ローテーションが不足していたことをその原因の筆頭に挙げている。その理由として、A氏は本件契約締結当初より一貫してSDI社の営業を担当していたが、A氏が担当する他の取引先との間においても長期にわたって担当者のローテーションが実施されておらず、近い将来において、担当者のローテーションが行われる見込みがないという人材配置の固定化が、a氏においてA氏を抱き込みたいとの不当な動機の誘因となったものと考えられると述べている。 5 再発防止策の提言(調査報告書76ページ以下) 特別調査委員会は、再発防止策として、次の3項目を提言している。 特別調査委員会は、A氏が個人的な利得を目的として、担当営業先であるa氏と癒着して不正な経済的利益の供与を受けていたという事実に基づき、類似の不正が再発する可能性を低減させるためには、営業担当者と営業先との癒着防止策として、営業担当者の定期的なローテーション制を含む実現可能で効果的な対策を導入することを再発防止策の最初に挙げているが、やや具体性に欠ける印象を受ける。 【調査報告書の特徴】 P社に対する組織犯罪処罰法違反(組織的詐欺)容疑で逮捕された14人の中には、上場会社の社員(アルテリアA氏)と別の上場会社の連結子会社社長が含まれていたという、衝撃的な事件を受けて、設置された調査委員会による調査報告書である。 調査は、社員が逮捕・勾留されていることから、弁護士を通じた回答を聴取する形で進めるしかなく、また、物的証拠として携帯電話などが押収されていること、報告書の記載はないが、社員も容疑事実を否認しているらしいことから、「結論」を出すのは大変困難であったことが推察できる。結果として、調査報告書では、A氏が個人的利得を得ていたことだけが認定され、A氏の不正呼との関わりや利得の性格(不正に係る報酬であったか否か)などについては判断を下すまでには至らなかった。 1 SHD社独立調査委員会との連携 特別調査委員会は、SDI社の連結親会社であるSHD社が、設置した独立調査委員会に対し、複数回にわたり、本件に関するSDI社の関与及び事実関係等を確認するための照会事項を記載した通知書を送付し、それぞれ、回答及び関連資料を得るとともに、SHD社独立調査委員会との面談を行い、さらには、共同して、SDI社取締役にヒアリングを実施するなど、連携をしていたことが報告されている。 調査報告書の概要でも指摘したとおり、本事件は、SDI社のa氏が主導したものと見られており、アルテリアのA氏は不正請求の事実を知らなかったと否認を続けていることから、アルテリア特別調査委員会が、SHD社独立調査委員会に調査協力を求めるのは当然であり、また、事件の全容解明のためには、両委員会が連携すべきであるとの判断を共有したと推察されることから、関係したSDI社役員の合同ヒアリングが実現したことは画期的なことである。 今後、複数の企業が絡むことの多い会計不正事件における調査委員会の調査手法として、それぞれの調査委員会による調査結果の情報共有に止まらず、調査委員会同士のミーティングや合同調査が一般化し、事実解明につながるという認識が拡がる先例となる事案であると評価したい。もちろん、設置を決めた会社間の利益相反や守秘義務といった壁は決して低くはないことは理解できるのだが。 2 2021年7月に発覚したBIS事件との関係 本件逮捕のほぼ1年前に当たる2021年7月1日、通信事業会社BISの実質的経営者ら15人が、組織犯罪処罰法違反の容疑で逮捕され、通信ACの仕組みを悪用した事件としては初めての摘発であることが大きく報道された(BIS事件)。 特別調査委員会が、SHD社独立調査委員会から入手した資料によれば、BIS事件の報道のあった後、SDI社の代理店のうち、B社、C社及びAA社との取引額が急減して同年8月中にはこれらとの取引関係が解消されており、他方、K社及び他の1社については、同月から取引額が急増していることが判明しており、この点について照会した結果、SHD社独立調査委員会はa氏の弁護人から聴取した内容であるとして、①BIS事件を契機とした調査の際に、B社及びC社は不正呼の疑いがあったことが判明したために解約し、AA社はその代理店にB社及びC社があったために両社の解約により取引がゼロとなった、②K社及び他の1社は、BIS事件を契機とした調査の際に解約した他の代理店のトラフィック枠を追加枠として提供したために取引量が増加したとの回答をしている。 こうした事実を受けて、特別調査委員会は、BIS事件の報道により、着信ACの不正利用スキームが犯罪に該当する可能性が初めて社会的に取り沙汰されることとなっており、この報道を契機に、営業部門においてSDI社との取引を改めて注視し、これを担当するA氏に対する監視の目をより強めていれば、A氏とa氏との癒着を断ち切ることができた可能性もなかったとはいえないと評しており、これは、営業部門において、着信ACビジネスに内在するリスクの感度が不足していたものと指摘している。 3 特別調査委員会による提言 特別調査委員会は、調査報告書の中に「着信ACビジネスの構造上の間題点と通信業界全体に対する提言」と題する独立した項目を設けている。委員会を設置した組織に対する提言ではなく、業界全体に対する提言というのは異例であり、本稿では、この提言の内容を見ておきたい。 特別調査委員会は、着信ACビジネスの構造上の間題点から、着信事業者の立場において不正呼を排除して適正な着信ACビジネスを維持することには、多大な困難が伴う一方、着信ACの不正利用スキームは、必然的に携帯電話回線の定額料金サービスを組み合わせることとなることから、こうしたサービスを提供している発信契約事業者による対応を期待することも考えられるが、通信の秘密による制限に基づく不正呼の調査等の限界に関する間題は、発信契約事業者についても同様であり、対応には限界があると、不正利用スキームを排除することが困難であることを強調している。 とはいえ、通信業界全体に対して、その健全性の維持、通信の犯罪利用を未然に防ぐという社会的な課題の解決が問われていることから、着信事業者のみならず、発信契約事業者も含めた通信業界全体において、着信ACの不正利用スキームないし不正呼の排除に向けた連携体制を整えることが求められているとして、提言を締め括っている。 連携体制に関する具体的な施策が示されていないため、提言としては物足りないが、それぞれの通信事業者だけでは、不正利用スキームを排除することが困難である以上、犯罪の被害に遭ったP社(NTTドコモ)などの大手キャリアが主導した連携体制づくりを企図したものではないかと推察するところである。 4 アルテリアによる再発防止策と関係役員の処分 アルテリアは、2022年9月7日、「再発防止策及び関係役員の処分に関するお知らせ」をリリースした。再発防止策の内容は、特別調査委員会による提言をほぼ踏襲したものである。 なお、今回不正の温床となっていた着信ACビジネスについては、アルテリアは、撤退・縮小する方針を定めて、取引先との交渉を開始したということである。 さらに、取締役会において、関係役員について、報酬の一部自主返上を促す決議を行い代表取締役社長(CEO)株本幸二氏及び取締役専務執行役員(CCO)有田大助氏がそれぞれ月額報酬の20%を、3ヶ月分、自主返上するとともに、執行役員2名からも月額報酬の10%を1ヶ月分、自主返上する旨の申し出があったことを公表している。 * * * なお、次回の連載【第134回】では、ソフィアホールディングス株式会社独立調査委員会による答申書を取り上げる予定である。本稿と合わせてお読みいただければ、幸いである。 (了)