〈徹底分析〉 租税回避事案の最新傾向 【第5回】 「玉突き型の組織再編成」 公認会計士 佐藤 信祐 7 玉突き型の組織再編成 (1) TPR事件 子会社の繰越欠損金を親会社に引き継ぐために、親会社と子会社の統合を考えるのが一般的であるが、稀に繰越欠損金だけを移転することができないかという相談を受けることがある。 すなわち、分社型分割又は事業譲渡により子会社の事業を新会社に移転し、抜け殻になった子会社を被合併法人とし、親会社を合併法人とする吸収合併を行った場合には、繰越欠損金のみを親会社に移転することができる。 【適格新設分社型分割+適格合併】 〈ステップ1:適格新設分社型分割〉 〈ステップ2:適格合併〉 しかし、子会社が抜け殻になってしまうようなストラクチャーは、繰越欠損金を移転するだけで、それ以外の事業目的が認められないことから、包括的租税回避防止規定が適用される可能性がある。そして、平成13年度税制改正により組織再編税制が導入された当初から、めぼしい資産を合併により親会社に引き継いでおらず、単純に親会社に資産を譲渡したほうが容易である場合には、事業目的が十分に認められないと判断される可能性があるといわれていた。 さらに、TPR事件(東京高判令和元年12月11日Westlaw Japan 文献番号2019WLJPCA12116002)では、事業に係る工場等の建物及び製造設備が合併により親会社に引き継がれていることから、本来であれば事業目的が認められるといわれていた事案であったが、①税負担減少の意図があったこと、②税負担の減少目的が事業目的を上回っていたことから、従来に比べて厳しい判断が下されている。 (2) 適格分社型分割+適格合併 東京高判令和元年12月11日の第一審(東京地判令和元年6月27日Westlaw Japan 文献番号2019WLJPCA06278001)では、「組織再編成税制は、完全支配関係がある法人間の合併についても、他の2類型の合併と同様、合併による事業の移転及び合併後の事業の継続を想定しているものと解される。」「法人税法57条2項についても、合併による事業の移転及び合併後の事業の継続を想定して、被合併法人の有する未処理欠損金額の合併法人への引継ぎという租税法上の効果を認めたものと解される。」としており、東京高裁も同様の判断を行っている。 すなわち、新会社に事業を引き継ぐにしても、子会社に事業の一部を残しているのであれば、事業単位の移転により合併法人に繰越欠損金を引き継いだと認定する余地が生じることから、包括的租税回避防止規定を適用するにしても、TPR事件とは異なる根拠が必要になってくる。 例えば、子会社が10店舗の飲食業を営む法人であり、1店舗のみを残し、9店舗を新会社に移転させた後に、1店舗のみが残った子会社を被合併法人とし、親会社を合併法人とする吸収合併を行ったものとする。この場合には、1店舗のみを事業譲渡又は分割型分割により親会社に移転することに合理性があり、わざわざ適格分社型分割+適格合併という手法を用いる理由はないという事案が想定される(※12)。すなわち、税負担の減少目的が事業目的を上回っている可能性が高いことから、制度趣旨に反する場合には、包括的租税回避防止規定が適用される余地が生じるのである。 (※12) もちろん、適格分社型分割+適格合併という手法を用いる合理的な理由がある事案も想定されるため、個別の事案に応じて柔軟な判断が必要になる。 それでは制度趣旨に反するかどうかについて検討すると、前述のように、事業単位の移転であることから、TPR事件を参考にすることはできない。これに対し、適格分社型分割により新会社に繰越欠損金を引き継ぐことを認めなかったために、適格合併により親会社に繰越欠損金が引き継がれていることから、適格合併についてのみ繰越欠損金の引継ぎを認めた制度趣旨に反するということが明らかであれば、包括的租税回避防止規定が適用できそうである。 この点については、「会社分割・合併等の企業組織再編成に係る税制の基本的考え方」において、「分割型の会社分割の場合には、移転する事業に係る繰越欠損金の計算の困難性を考慮し、その引継ぎについては、実務的に慎重な検討を行う必要がある。」としていることから、理論上は、適格合併以外の組織再編成でも、事業の移転先に繰越欠損金を引き継がせるべきであったが、制度の簡素化のために、適格合併の場合にのみ繰越欠損金を引き継ぐことができる制度になったと考えることもできる。すなわち、制度の簡素化のために制度趣旨に反する行為が可能になっていることを利用して、法人税の負担を不当に減少させたのであれば、包括的租税回避防止規定を適用すべきであるという考え方はあり得る。 しかしながら、適格合併及び適格分割型分割のいずれも「帳簿価額による引継ぎ」と規定されているのに対し(法法62の2①②)、適格分社型分割、適格現物出資、適格現物分配及び適格株式分配では、「帳簿価額による譲渡」と規定されている(法法62の3①、62の4①、62の5③)。そして、「合併又は分割型分割による資産等の移転が原則どおり資産等の『譲渡』と『取得』とされる場合には、基本的には、各種引当金や準備金などの計算上の数額は引き継がれませんが、資産等の移転が特例として資産等の『引継ぎ』とされる場合には、基本的には、これらの計算上の数額も引き継がれることとなります。」(※13)とされていることから、簿価による引継ぎをした場合には、繰越欠損金を引き継ぐという考え方はあり得るが、簿価による譲渡をした場合には、繰越欠損金を引き継ぐという考え方は成り立たない。そのため、適格合併以外の適格組織再編成で繰越欠損金を引き継ぐべきだったものは、適格分割型分割のみであり、制度の簡素化のために、適格分割型分割であっても繰越欠損金の引継ぎを認めなかったと解さざるを得ない。 (※13) 朝長英樹ほか「法人税法の改正」『平成13年版改正税法のすべて』150頁(大蔵財務協会、平成13年)。 すなわち、大部分の事業又は資産をグループ会社に移転させた後に、適格合併により繰越欠損金を合併法人に引き継ぐことについては、事業又は資産の移転先に繰越欠損金を引き継がせようとした法人税法57条2項の制度趣旨に反するという考え方はあり得る。しかしながら、適格分社型分割により分割承継法人に繰越欠損金を引き継がないことが制度の簡素化によるものであり、適格分社型分割により大部分の事業又は資産をグループ会社に移転させた場合に分割承継法人に分割法人の繰越欠損金を引き継がないようにしたことが制度趣旨に反するとまではいえない。そのため、現状では包括的租税回避防止規定を適用すべきとも、適用すべきではないとも判断できないことから、今後の研究を重ねることにより、自分なりの考えを公表する予定である。 (3) 非適格分社型分割+適格合併 それでは、事業譲渡又は非適格分社型分割により含み損を実現させてから適格合併により繰越欠損金を引き継いだ場合はどうであろうか。 この場合には、資産及び負債が時価で譲渡されていることから、事業譲受法人又は分割承継法人に繰越欠損金を引き継ぐ理由は存在しない。すなわち、子会社にもともと存在していた繰越欠損金及び事業譲渡若しくは非適格分社型分割により生じた繰越欠損金を事業単位の移転を伴う適格合併により親会社に引き継ぐことについては、制度趣旨に反しないということになる。 例えば、子会社が10店舗の飲食業を営む法人であり、1店舗のみを子会社に残し、9店舗を支配関係のある他の子会社に事業譲渡した場合を想定したい。この場合には、完全支配関係がないことから、グループ法人税制は適用されないため、事業譲渡により9店舗に係る含み損が実現することになる。そして、当該含み損の実現により生じた繰越欠損金が適格合併で親会社に引き継がれることになるが、1店舗が残っていることから、事業単位の移転であることを否定することはできない。 もちろん、事業譲渡又は非適格分社型分割であることから、グループ外に事業を譲渡してから適格合併をする場合には、上記のように1店舗のみがM&Aの対象から除外され、除外された1店舗を適格合併により引き継ぐということが考えられるため、経済合理性が十分に認められる事案も存在すると思われる。ただし、事業譲渡又は非適格分社型分割により大部分の事業を譲渡する手法は、被買収会社の簿外債務の遮断のために行われることが多いのに対し、支配関係のある法人との間で上記のストラクチャーが行われる場合には、そのような理由が存在しないことから、他の合理的な事業目的が存在しない限り、税負担の減少目的が事業目的を上回っていると認定される可能性があると考えられる。 ただし、現行法上は、【第4回】で解説したように、完全支配関係を外した行為が不自然・不合理であれば、包括的租税回避防止規定が適用される可能性はあるものの、それ以外の場合には、事業譲渡又は非適格分社型分割により含み損を実現させることも、適格合併により繰越欠損金を引き継ぐことも、制度趣旨に反することが明らかであるとはいい難く、包括的租税回避防止規定を適用すべきではないと考えられる。 (了)
事例でわかる[事業承継対策] 解決へのヒント 【第50回】 「株式交換における配当還元価額への影響」 太陽グラントソントン税理士法人 (事業承継対策研究会) パートナー 税理士 佐藤 達夫 相談内容 私はX社(不動産賃貸業)及びY社(製造業)の社長です。X社の株式は、私が2株(100%)所有しており、Y社の株式は、私が102株(51%)、従業員や取引先49名で98株(49%)を所有しています。X社とY社は、ともに非上場会社です。 X社が所有する不動産をY社の工場として賃貸していますので、将来的な経営統合を見据え、株式交換によりY社をX社の子会社とすることを考えています。この株式交換により、従業員や取引先が所有する株式の評価額に影響が出ないか心配です。株式交換における株価への影響や留意点をご教示ください。 なお、株式交換は、次の内容とする予定です。 ■ □ ■ □ 解 説 □ ■ □ ■ [1] 株式交換による株式交換完全子法人の受入れについて (1) 子法人株式の取得価額 株式交換完全親会社が取得をした株式交換完全子法人株式の取得価額は、次のとおりとされています(法令119①十)。 ご相談の場合、Y社の株主数は50人であるため、法人税法上、X社におけるY社株式の受入仕訳は、次のとおりになります。 (2) 資本金等の額 株式交換により、株式交換完全親会社において増加する資本金等の額は、次のとおりです(法令8①十)。 (※) 会社法その他の法令により増加した資本金、資本準備金、その他資本剰余金 [2] 株式交換による配当還元価額への影響 (1) 配当還元価額の計算方法 配当還元価額は、次のとおり計算します(財基通178本文ただし書、188、188-2)。 (※) 直前期末以前2年間の剰余金の配当金額から、将来毎期継続することが予想できない配当金額を控除した金額の合計額の2分の1に相当する金額を、直前期末における発行済株式数(1株当たりの資本金等の額が50円以外の金額である場合には、直前期末における資本金等の額を50円で控除して計算した数)で除して計算した金額。ただし、この計算によって求めた金額が2円50銭未満及び無配である場合には、2円50銭とします。 (2) 本件事例における影響 従業員や取引先が所有する株式の配当還元価額は、株式交換前後で、次のとおり変動します。 〈株式交換前(Y社)〉 (※1) 年配当金額(過去に配当金を支払ったことがないため、2円50銭) (※2) 1株当たり資本金等の額(20百万円/2,000株=10,000円) 〈株式交換後(X社)〉 (※1) 年配当金額(過去に配当金を支払ったことがないため、2円50銭) (※2) 1株当たり資本金等の額(20,020百万円/2,200株=9,100,000円) 株式交換により、X社の資本金等の額が増加(20百万円→20,020百万円)したため、配当還元価額が910倍となり、X社株式を保有する従業員や取引先の取引価額や相続・贈与時の相続税・贈与税が増加することとなってしまいます。 [3] 結論 ご相談の事例では、Y社の株式交換前の株主数が50名のため、Y社を株式交換完全子法人とする株式交換を実施した場合、X社の増加する資本金等の額が、株式交換完全子法人の適格株式交換等の日の属する事業年度の前事業年度終了の時の資産の帳簿価額から負債の帳簿価額を減算した金額となります。そのため、Y社を株式交換完全子法人とする株式交換を実施した場合、X社の資本金等の額が大幅に増加することになり、配当還元価額が株式交換前と比較して910倍になります。 仮に、株式交換前の株式交換完全子法人の株主数を整理して50人未満とした場合においても、株式交換完全子法人の株主の帳簿価額を引き継ぐことになるため、過去から利益が蓄積されている会社で、株式交換完全子法人の株主が他の株主から株式の買取りをしている場合には、株式交換完全子法人の株主の帳簿価額が高額になる可能性もあります。 ご相談の場合、株式交換を実行してからでは、配当還元価額が高額になるからといって、株式交換をなかったことにすることはできません。 このような株式交換をはじめとする組織再編を実施する場合には、事前に税理士等の専門家と相談のうえ、シミュレーションをしたうえで実行されることをお勧めします。 (了)
〔資産税を専門にする税理士が身に着けたい〕 税法や通達以外の実務知識 【第12回】 「建築基準法・都市計画法の基礎知識(その4)」 -建蔽率①- 税理士 笹岡 宏保 基本的な論点 第10回及び第11回において、容積率を確認しました。今回は、容積率と並んで重要な項目である建蔽率について確認してみることにします。 建蔽率とは、建築物の建築面積(注1)が当該建築物の敷地の用に供されている宅地の面積である敷地面積(注2)のうちに占める割合をいいます。これを算式で示すと、次のとおりとなります。 (算式) また、上記の建蔽率の計算事例を示すと、次のとおりとなります。 上記で求めた建蔽率の割合(数値)が高い(当然のことではありますが、その上限値は理論的に100%となります。)ほど、敷地部分の空間が少ないこととなります。 建蔽率の規定を設けることで、次のような目的が達せられます。 解決への指針 (1) 建蔽率(建築基準法第53条(建蔽率)第1項に規定する建蔽率(原則的な建蔽率)) 建築基準法第53条(建蔽率)第1項の規定では、建築物の建築面積を算定するに当たっては、用途地域ごとに建蔽率が指定されています。これを表にまとめると、次のとおりになります。(以下、この表の規定によって適用される建蔽率を「原則的な建蔽率」といいます。) (2) 建蔽率(建築基準法第53条(建蔽率)第3項に規定する建蔽率(特例的な建蔽率)) 建築基準法第53条(建蔽率)第3項の規定では、上記(1)に掲げる原則的な建蔽率について、一定の要件を充足する場合には、上記(1)により求められた建蔽率に1/10又は2/10を加算したものを建蔽率とするものとしています。(以下、この規定によって求められた建蔽率を「特例的な建蔽率」といいます。)上記に掲げる一定の要件をまとめると、次の表のとおりになります。 上記の特例的な建蔽率の計算事例を示すと、次のとおりとなります。 (了)
〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第71回】 「受益権が複層化された信託に関する権利を取得した場合における 小規模宅地等の特例の適用の可否」 税理士 柴田 健次 [Q] 甲は、自己が所有するA土地(アスファルト舗装がされた月極駐車場)において貸付事業を行っています。甲はA土地以外で貸付事業を行っていませんので、事業的規模以外の貸付事業に該当します。 甲は、最終的にはA土地を長男である丙に承継させたいと考えていますが、配偶者である乙の老後の生活資金等のため、A土地の賃料収入は、甲の死亡後は、乙に帰属させるため、下記の遺言信託を令和3年10月に締結しました。 【遺言信託の内容】 【相続関係図】 甲は令和4年10月1日に相続が発生しています。 遺言信託により、乙は令和4年10月からの賃料等を収受していますので、令和4年10月から12月分までの賃料等を不動産所得として、令和4年分の確定申告を行っています。 令和4年における不動産の評価は、下記のとおりとなります。 【A土地の相続税評価】 上記の前提事項である場合に甲の死亡時におけるA土地に係る相続財産の種類、相続税評価及び小規模宅地等に係る貸付事業用宅地等の特例の減額金額はどのようになりますか。 また、乙が平均余命年数である10年よりも先に相続が発生した場合には、信託は終了し、収益受益権に対して丙が相続税の課税を受けることになると思いますが、この場合には貸付事業用宅地等の特例の適用を受けることはできるのでしょうか。 [A] 甲の死亡時におけるA土地に係る相続財産の種類、相続税評価及び小規模宅地等に係る貸付事業用宅地等の特例(以下単に「特例」という)の減額金額は下記のとおりとなります。 なお、乙の相続時において収益受益権の評価額がある場合には、その収益受益権に属する土地について、特例適用を受けることができると考えられます。 ◆ ◆ ◆[解説]◆ ◆ ◆ 1 信託受益権がある場合の相続財産の種類 信託に関する権利又は利益を取得した者は、信託財産に属する資産及び負債を取得したものとみなされますので、信託に属する資産が土地である場合には、土地を取得したものとみなされます(相法9の2⑥)。 収益受益権と元本受益権の定義は、信託法において規定されていませんが、相続税法基本通達9-13において、下記のとおり定められています。 収益受益権、元本受益権はいずれも受益権が派生したものとなりますので、乙及び丙は受益権に属する土地を取得したものとみなされます。 2 信託受益権の評価 信託受益権の評価は、財産評価基本通達202に基づき、下記のとおり評価します。 財産評価基本通達202(信託受益権の評価) (括弧書き部分は筆者追記) 本問の場合のように収益受益者(乙)と元本受益者(丙)が異なる場合には、原則として上記(3)により評価を行うことになります。まず上記(3)ロにより収益受益権の価額を求めることになります。収益受益権の価額算定においては、受益の期間の求め方や推算した利益の価額算定について明確な求め方が定まっていませんので、合理的な方法によって算定する必要があります。受益の期間については、通常、乙の平均余命年数に基づき計算することが合理的な方法になるかと思います。また、推算した利益の価額を算定する際には、相続開始時点における賃貸借契約書や過去の賃料等に基づき合理的に算定されていれば問題ないかと考えます。 本問の場合には、設問の前提事項により収益受益権の価額は28,000千円となりますので、元本受益権の価額は72,000千円(100,000千円-28,000千円)となります。 元本受益権の価額は、信託財産の価額から収益受益権の価額を控除して求めることになりますので、次の算式が成り立ちます。 乙が取得した収益受益権の価額は、時の経過と共に減少していき、10年(甲の死亡時における乙の平均余命年数)経過後に0となります。反対に丙が取得した元本受益権については、時の経過と共に増加していくことになります。これを図式化すると下記のとおりとなります。 【収益受益権と元本受益権の関係】 10年以内に乙に相続が発生した場合には、丙が収益受益権を取得することになりますので、乙死亡時における収益受益権に対して相続税が課税されることになります(相法9の2④)。これに対して10年経過後に乙に相続が発生した場合には、丙が収益受益権を取得しますが、収益受益権の価額は0となりますので、収益受益権に対しての相続税の課税は発生しないことになります。 また、本問の場合には、受益者連続型信託には該当しませんが、仮に受益者連続型信託に該当した場合には、相続税法基本通達9の3-1の定めにより、甲の死亡時においては、元本受益権の価額が0で評価されますので、収益受益者である乙に100,000千円が課税され、乙死亡時に丙に信託財産の全部の価額(路線価等に変動がなければ100,000千円)が課税されることになります。 相続税法基本通達9の3-1(受益者連続型信託に関する権利の価額) 受益者連続型信託の定義については、本連載【第70回】で解説しています。 3 信託に関する権利がある場合の小規模宅地等の特例の適用 小規模宅地等の特例は、相続開始の直前において、被相続人又はその被相続人と生計を一にしていたその被相続人の親族(以下「被相続人等」という)の事業の用又は居住の用に供されていた「宅地等(土地又は土地の上に存する権利をいう、以下同じ)」を対象としています(措法69の4①)。あくまでも宅地等を小規模宅地等の特例の対象としていますので、信託に関する権利は小規模宅地等の特例の適用対象にならないのではないかとの疑問もあるかと思います。 しかしながら、信託に関する権利又は利益を取得した者は、信託財産に属する資産及び負債を取得したものとみなされますので、信託に属する資産が土地である場合には、土地を取得したものとして、特例の適否を考えます(相法9の2⑥、措令40の2㉗)。 したがって、特例の対象になるものとして、個人が相続又は遺贈により取得した信託に関する権利が含まれますが、次に掲げる信託に関する権利は除かれます(措通69の4-2)。 本問の受益権が複層化された信託については、上記で除外されている信託には該当しませんので、要件を満たしていれば、小規模宅地等の特例の対象となります。 4 貸付事業用宅地等の意義 貸付事業用宅地等とは、被相続人等の事業(不動産貸付業その他駐⾞場業、⾃転⾞駐⾞場業及び準事業(事業と称するに至らない不動産の貸付けその他これに類する行為で相当の対価を得て継続的に行うもの)とする。以下「貸付事業」という)の⽤に供されていた宅地等で、次に掲げる場合の区分に応じていずれかを満たすその被相続⼈の親族が相続⼜は遺贈により取得したもの(特定同族会社事業⽤宅地等を除く)をいいます。 本問の場合には、甲の貸付事業の用に供されていた宅地等を乙及び丙が取得していますが、貸付事業を承継した親族のみが特例対象者となります。乙は収益受益権を、丙は元本受益権を取得していますが、貸付事業を承継した者が誰であるのかが問題となります。 5 貸付事業を承継した者の検討 貸付事業は、不動産貸付業その他駐⾞場業、⾃転⾞駐⾞場業及び準事業をいうとされていますが、用語の意義を整理すると下記のとおりとなります。 〈貸付事業、準事業、特定貸付事業の整理〉 被相続人等の貸付事業が準事業に該当するかどうかは、社会通念上事業と称するに至る程度の規模で当該貸付事業が行われていたかどうかにより判定することとされていますが、具体的には、次に掲げる貸付事業の区分に応じて、下記のとおり判定を行うことになります(措通69の4-24の4、所基通27-2)。 本問の場合には、駐車場業・自転車駐車場業のうち自己の責任において他人の物を保管しないもので不動産所得を生ずべき事業以外の準事業に該当することになりますので、その準事業を誰が引き継いでいるかが問題となります。 準事業とは、上記記載のとおり『相当の対価を得て継続的に行うもの』とされています。『相当の対価を得て継続的に行うもの』については、本連載【第42回】で解説をしていますが、相当の対価とは、収入から必要経費を引いて、なお相当の利益が生じるような対価を得ているかどうかにより判定を行い、継続的か否かの判断は、貸付契約時にその貸付けが相当期間継続して行われることが予定されているかどうかで判定することになります。 信託財産の管理及び運用によって生ずる利益は収益受益者に帰属することになりますので、収益受益者である乙は相当の対価を継続的に受けることになります。一方の元本受益者については、利益(所得)の帰属者ではありませんので、相当の対価を得ていないと考えられます。 したがって、甲の死亡時において貸付事業を承継した者は、乙であり、丙ではないと考えられます。そして乙の死亡時においては、相続開始の直前において乙は準事業を行っていたことになり、乙の死亡により丙がその準事業を承継したことになります。 上記の解釈については、あくまでも筆者の私見であり、法令や通達等において明らかにされていない部分ですので、信託契約の内容や下記6の所得税の取扱いにも留意しながら、個々の事例に応じて慎重に検討する必要があります。 6 所得税の取扱い 所得税法の取扱いにおいては、信託の受益者は信託財産に属する資産及び負債を有するものとみなし、かつ、その信託財産に帰せられる収益及び費用は当該受益者の収益及び費用とみなされます(所法13①)。そして、受益者が2以上ある場合には、それぞれの受益者の権利の内容に応じて信託財産を有するものとし、その信託財産に帰せられる収益及び費用の全部がそれぞれの受益者にその有する権利の内容に応じて帰せられるものとするとされています(所令52④)。 受益権が収益受益権と元本受益権に複層化された場合に、所得計算をどのように行うかについては、明確化されていませんが、実質所得者課税の原則(所法12)からすれば、所得は収益受益者に帰属することになると考えられます。 7 本問の場合の当てはめ (1) 乙について 乙は甲の死亡時において収益受益権を取得していますので、収益受益権の価額が相続税評価額となります。被相続人等の貸付事業の用に供されていた宅地等を取得し、被相続人の貸付事業の継続要件を満たすことになりますので、他の要件を満たせば特例の対象となります。 特例の減額金額は200㎡まで50%減額となりますので、14,000千円(28,000千円 × 50%)となります。 なお、適用面積の求め方に明確な規定はありませんが、元本受益権の価額と収益受益権の価額の比で求めることが合理的かと考えます。 (2) 丙について ① 甲の死亡時の取扱い 丙は甲の死亡時において元本受益権を取得していますので、元本受益権の価額が相続税評価額となります。被相続人等の貸付事業の用に供されていた宅地等を取得していますが、被相続人の貸付事業の継続要件は満たしていないと考えられますので、特例の適用を受けることはできないことになります。 ② 乙の死亡時の取扱い 丙は乙の死亡時において収益受益権を取得していますので、乙死亡時における収益受益権の価額が相続税評価額となります。乙の収益受益権に属する貸付事業の用に供されていた宅地等を取得し、貸付事業の継続要件を満たすことになりますので、他の要件を満たせば特例の対象になると考えられます。 ★実務上のポイント★ 受益者連続型信託に該当しない複層化された信託については、収益受益権の価額を合理的な方法で求める必要があります。複層化された信託の場合の小規模宅地等の特例の適用については、その取扱いが明らかにされていませんので、信託契約の内容を確認しながら、特例の適用要件を満たしているかどうかを慎重に検討する必要があります。 (了)
〈事例から理解する〉 税法上の不確定概念の具体的な判断基準 【第2回】 「財産評価基本通達の通達を事実上超えた規範性」 公認会計士・税理士 大橋 誠一 1 相続税法における財産評価の規定 相続税法は「財産の評価」という章立てがあるが、第22条から第26条の2までの7条文しかなく、これによって数多に存在する相続財産の評価体系を規律できるものではない。 とりわけ、評価の原則である第22条は「(略)相続、遺贈又は贈与により取得した財産の価額は、その財産の取得の時における時価により(略)」と概括的に規定しているのみであり、まずもって「時価」の定義を求めるところから始めなければならない。 2 国税不服審判所は通達の拘束を受けないのではないのか 国税不服審判所(審判所)のパンフレットである「審判所ってどんなところ?」の「国税不服審判所の特色」の項には、「国税庁長官通達に拘束されない裁決」という見出しがあるところ、財産評価基本通達(評価通達)も通達であるから、審判所は評価通達の拘束を受けずに裁決することができる。 しかし、結果的には、評価通達に定められた評価方法に基づいて、原処分認定額が「時価」を超えているか否か(超えていれば違法により原処分取消し、以下であれば審査請求棄却)を判断しているのが実際である。 そこで、財産評価の事案に係る裁決の「法令解釈」の項は、この建前と実際との間に整合性を持たせるための橋渡しとなる記述がなされることが通常である。 3 法令解釈の記載例 (1) 東京国税不服審判所令和3年12月1日裁決の法令解釈 (2) 評価通達に定められた評価方法に基づいて評価すべきことの記述 本件事案は、土壌汚染のある土地の評価については、土壌汚染がないものとした場合の評価額から、浄化・改善費用相当額として見積額の80%相当額を控除して評価するのが相当であると判断した全部取消しの裁決であるが、上記(1)の法令解釈に肝心の土壌汚染に関する記述はなく、評価通達に定められた評価方法に基づいて評価すべきことの記述に終始している。 4 法令解釈の出所 (1) 東京国税不服審判所令和3年12月1日裁決 上記3(1)の①は、時価は客観的な交換価値であることを説示しているが、これは、最近では令和4年4月19日に言い渡された総則6項に係る最高裁判決においても用いられている。 これを受けて、上記3(1)の②以降においては、相続税法において具体的な財産評価の規定がない以上、客観的な交換価値を具体化したものとして評価通達が存在するとともに、他にも様々な評価手法があるかもしれないが、課税の公平のためには、皆が評価通達という評価テーブルに従って画一的に評価すべきであるということを説示することによって、審判所も評価通達に定められた評価方法に従うことの正当性を説いている。 そして、その正当性は、過去から蓄積された評価通達の裁判規範性を認める判決を基礎としており、上記3(1)の③の「上記のような」から始まる一文(下線部)は、東京高裁平成27年12月17日判決の文言を引用している。 当該判決は、上記の引用に続く文章として、 と述べており、評価通達は客観的な交換価値(時価)の推認を受けると判断している。 (2) 札幌国税不服審判所平成29年5月23日裁決 この裁決は、令和4年4月19日に言い渡された総則6項に係る最高裁判決の事案の審査請求段階におけるものであるが、下記のとおり、上記(1)よりも更に踏み込んだものという印象がある。 そして、この記述は、札幌国税不服審判所のオリジナルではなく、東京地裁平成26年10月15日判決から引用している。 5 立証責任は評価通達を離脱した側が負担 上記のような評価通達の位置付けからすると、評価通達によって評価している限り、その価額が相続税法第22条にいう「時価」であることが、いわゆるデフォルトとして推認される。 そうすると、例えば、納税者が鑑定評価額を用いて路線価評価を下回る価額を相続税評価額として申告し、原処分庁が路線価による評価額をもって更正処分をしたとしても、本来立証責任を負うべき原処分庁は、要旨「評価通達の定めによる評価額をもって更正した」と主張すれば足り、むしろ、評価通達から離脱した納税者が、「評価通達によると『時価』を上回り、鑑定評価額こそが『時価』である(推認を覆す)こと」を積極的に主張立証すべき立場におかれるものと考えられる。 その逆として、納税者が評価通達に定められた評価方法によって評価し、原処分庁が総則6項の定めを適用して更正すれば、評価通達から離脱した原処分庁が積極的に主張立証すべきであろう。 (了)
さっと読める! 実務必須の [重要税務判例] 【第83回】 「不動産取得税減額特例事件」 ~最判平成28年12月19日(民集70巻8号2177頁)~ 弁護士 菊田 雅裕 (了)
値上げの「理屈」 ~管理会計で正解を探る~ 《延長戦》 -値上げ交渉編- 【第2回】 「値上げ交渉のアプローチ」 公認会計士 石王丸 香菜子 登場人物 * * * 企業間取引において販売価格の値上げを交渉したい場合、取引先にすんなりと受け入れてもらえるのが理想ですが、交渉は一筋縄ではいかないことが想定されます。円滑な交渉のためには、事前の準備が欠かせません。 * * * 〈資料例〉 * * * コストの上昇分を転嫁することを主目的として値上げしたい場合、そのことが取引先に伝わるよう、コストの価格について、客観的な根拠をそろえておくことが必要です。そうした根拠を取引先に示すことで、業務の効率化や生産体制の合理化といった自助努力のみでは、従前の販売価格を維持することが困難であることを先方に理解してもらいやすくなります。 こうした資料を準備するならば、細かい数値を単に記載するスタイルよりも、価格推移をグラフでまとめるなど、わかりやすいスタイルにしておくとよいでしょう。特に取引先が大手の企業である場合、直接の交渉相手には決裁権限がなく、先方が自社に持ち帰ることが想定されます。わかりやすいスタイルの資料を事前に用意しておくことで、先方が社内で決裁を得やすくなる効果が期待できます。 * * * * * * 航空業界では運賃に燃油サーチャージ制(燃油価格の変動に応じ、通常運賃とは別建ての運賃を支払う仕組み)が利用されているほか、トラック業界でも燃料サーチャージ制が用いられているケースがあります。また、一部の金属等を原材料とする取引では、価格スライド制(原材料の価格に応じて販売単価が変動する仕組み)の形態が利用されています。公共工事で運用されている「スライド条項」も、物価の変動等によって請負代金額を変更するものです。 〈価格スライド制のイメージ〉 こうした契約形態を利用できる取引や業種は限定されますが、価格が乱高下しやすい原材料や燃料について、その変動に応じて自動的に販売単価も変動する契約形態にできれば、売り手は利益を確保しやすくなります。また、このような契約形態の場合、販売単価は客観的かつ自動的に決まり、販売単価の交渉を頻繁に繰り返す必要はないので、売り手・買い手ともに交渉や社内決裁の手間を削減できます。 * * * * * * 値上げ交渉を行っても、こちらの要望が受け入れられないことも多いと考えられます。そのため、交渉に際しては、自社が受け入れることのできる最低限のラインである「留保価格」を決めておくとよいでしょう。限界利益がマイナスになってしまう販売価格で先方と妥結することは避ける必要があります(前回参照)。 限界利益を確保することを前提とし、さらにそれ以外の要因も考慮して、「この価格を下回った場合には交渉で妥結しない」という最低ラインを心積もりしておけば、交渉の場での判断ミスを防ぐことに役立ちます。状況によりますが、交渉の場で譲歩することも加味して自社の理想とする価格を提示し、留保価格と提示価格の間で落としどころを探るのが現実的です。 なお、本稿の域を超えるため詳細は割愛しますが、下請取引の公正化や下請事業者の利益保護のための法律として「下請法(下請代金支払遅延等防止法)」があります。下請法の適用対象となる場合、親事業者が、発注する物品・役務などについて、通常支払われる対価に比べ著しく低い下請代金を不当に定めること(いわゆる「買いたたき」)等は禁止されています。値上げ交渉の準備をする際には、こうした側面の情報を収集することも重要です。 * * * * * * 値上げについて先方の理解を得るためには、自社と取引を継続することによるメリットを合わせてアピールすることも大切です。取引の内容により大きく異なりますが、例えば次のような点を強調することが考えられます。 * * * * * * 値上げ交渉がうまくいかなかったとしても、それに代わる条件を引き出せれば、採算を確保できる場合があります。交渉で合意に至らなかった場合の落としどころとして、こうした代替案も持っておくと、不利な条件での妥結を回避できる可能性が高まり、余裕をもって交渉に臨みやすくなります。代替案としては例えば以下のような選択肢が考えられます。 * * * * * * インフレ下では、固定費に属するコストでも、徐々に増加していくことが多くなります。そのため、変動費の上昇分だけでなく、固定費の上昇分もカバーできるように値上げを行うのが理想です。 企業で働く正社員の給与は概ね固定で、人件費の多くは短期的には固定費と考えることができますが、最近のようなインフレ下で賃上げを行わないままでいれば、いずれは貴重な人材の流出やモチベーションの低下につながります。企業が付加価値を生み出す源泉の1つは、企業を構成する人材にあります。値上げを通じて利益を確保し、賃上げを行うことも、企業の生き残りのためには必要です。最近ではインフレ手当を支給する企業が増えていますが、そうした手当の支給も、人材の確保やモチベーションの維持に貢献すると考えられます。 * * * * * * 日本では物価が大きく上昇しない環境が長く続きました。そのため、私たちには、価格は据え置きが当然であるという意識がしみつき、値上げを「悪」と捉える風潮もあります。しかし、物価が上昇している中で、企業がコストの上昇分を販売価格に転嫁しないままでいれば、企業の存続に関わり、それはいずれ企業に携わる人々に大きな影響を及ぼすことになります。将来を見据えた的確な値上げは、今後の企業経営において一層重要になるでしょう。 (〈値上げ交渉編〉連載了) 『管理会計でわかる! 上手な「値上げ」の仕方・考え方』 好評販売中
〔まとめて確認〕 会計情報の月次速報解説 【2023年1月】 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2023年1月1日から1月31日までに公開した速報解説のポイントについて、改めて紹介する。 具体的な内容は、該当する速報解説をお読みいただきたい。 Ⅱ 新会計基準関係 国際会計基準審議会(IASB)は、「国際的な税制改革-第2の柱モデルルール IAS第12号の修正案」を公表し、意見募集を行っている(意見募集期間は2023年3月10日まで)。 これは、経済協力開発機構(OECD)が公表した第2の柱モデルルールの間近に迫った適用から生じる繰延税金の会計処理からの一時的な救済措置を取り扱うものである。 Ⅲ 法務省令関係 2022(令和4)年12月26日、「会社法施行規則等の一部を改正する省令」(法務省令第43号)が公布された。 これは、電子提供制度における書面交付請求をした株主に交付する書面に記載することを要しない事項に関して改正するものである。 いわゆるウェブ開示によるみなし提供制度の対象事項についても同様の見直しを行い、また、形式的整備を含む所要の改正も行っている。 上記に対応して、日本経済団体連合会 経済法規委員会企画部会の「会社法施行規則及び会社計算規則による株式会社の各種書類のひな型」(改訂版)が更新されている。 Ⅳ 連結財務諸表規則関係 2022(令和4)年12月27日、金融庁は、「連結財務諸表の用語、様式及び作成方法に関する規則の一部を改正する内閣府令(案)」等を公表し、意見募集を行っていた(意見募集期間は2023年1月31日まで)。 これは、「法人税、住民税及び事業税等に関する会計基準」(企業会計基準第27号)等の改正を受けたものである。 Ⅴ 金融審議会関係 金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ」から「金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ報告」が公表されている。 これは、金融商品取引法上の四半期報告書(第1・第3四半期)を廃止して取引所の四半期決算短信に「一本化」する方向性や、サステナビリティ開示について検討したものである。 Ⅵ 監査法人等の監査関係 監査法人及び公認会計士の実施する監査などに関連して、次のものが公表されている。 ① 監査基準報告書701研究文書第2号「監査上の主要な検討事項」の事例分析(2021年4月~2022年3月期)レポート(研究文書)(内容:2022年3月期で強制適用2年目となる監査上の主要な検討事項(Key Audit Matters:KAM)についての分析) ② 倫理規則実務ガイダンス第1号「倫理規則に関するQ&A(実務ガイダンス)」(内容:2022年7月25日開催の日本公認会計士協会の定期総会において承認された改正倫理規則の適用上の留意点や具体的な適用方法を例示) ③ 改正監査基準報告書600「グループ監査における特別な考慮事項」(内容:「グループ監査チーム」の概念を廃止し、新たに「グループ監査人」を設置するなど) ④ 倫理規則の改正に伴う監査基準報告書及び監査基準報告書実務指針の改正(内容:2022年7月25日開催の日本公認会計士協会の定期総会において承認された改正倫理規則の公表に伴い、所要の見直しを行うもの) ⑤ 「公認会計士法施行令等の一部を改正する政令」(政令第15号)、「公認会計士法施行規則等の一部を改正する内閣府令」(内閣府令第9号)等(内容:2022(令和4)年5月11日に成立した「公認会計士法及び金融商品取引法の一部を改正する法律」(令和4年法律第41号)の施行に伴い、関係政令・内閣府令等の規定の整備を行うもの) Ⅶ 監査役等の監査関係 監査役等の実施する監査などに関連して、次のものが公表されている。 ① 「改訂コーポレートガバナンス・コードにおける監査役等関連項目への対応と今後の課題」(内容:2021年6月のコーポレートガバナンス・コードの改訂から1年を経過するタイミングで、監査役・監査等委員・監査委員関連の項目について、各社の対応状況や監査役等の監査の状況について調査を実施し、今後の取組みを検討) ② 「企業のサステナビリティへの取組みおよび監査等委員会の関与の在り方〈現状分析編〉」(内容:サステナビリティに関する議論や背景などについての整理や、アンケート調査の実施) ③ 「日本公認会計士協会「倫理規則」の改正を踏まえた監査役等の実務に関するQ&A集」(内容:「報酬」及び「非保証業務の提供」を中心に、監査役等の実務への影響が想定される事項を整理) (了)
ハラスメント発覚から紛争解決までの 企 業 対 応 【第35回】 「ハラスメントの加害者に対する懲戒処分が軽すぎる場合のリスク」 弁護士 柳田 忍 【Question】 当社の社員Aが社員Bに対してハラスメントを行ったという申告があり、社内調査を行った結果、社員Aが社員Bに対してハラスメントを行った事実が判明しました。当該ハラスメントは、当社における懲戒処分歴に照らすと、諭旨解雇や懲戒解雇といった極めて重い処分が相当とされるものですが、社員Aは大変優秀な人間であり、当社に欠かせない人材ですので、正直なところ辞めさせたくありません。 社員Aに対して減給や出勤停止といった比較的軽めの懲戒処分を行うことや、懲戒処分を行わないことに問題はあるでしょうか。 【Answer】 社員Aに対して相当な懲戒処分を行わないことにより、様々なリスクが顕在化するおそれがあります。特に、従業員のモチベーションや士気の低下を引き起こし職場環境の悪化に繋がるリスクや、会社のレピュテーション(評判)が毀損されるリスクといった深刻なリスクが現実化する可能性があります。 ● ● ● 解 説 ● ● ● 1 問題の所在 懲戒処分は、労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、無効となる(労働契約法第15条)。すなわち、懲戒処分は、非違行為の内容や程度に照らして相当なものでなければならず、非違行為に照らして重すぎる懲戒処分を行った場合、被処分者により懲戒処分の無効を求めて法的措置などがとられるおそれがあるため、重すぎる懲戒処分を科すことのないように慎重に検討を行う会社は多い。 他方、懲戒処分が非違行為に照らして軽すぎる場合や、懲戒処分に値する非違行為が行われたにもかかわらず懲戒処分を行わない場合(以下「軽すぎる懲戒処分を行う場合等」という)については、会社はさほど慎重な検討を行わない傾向があるように思う。しかし、軽すぎる懲戒処分を行う場合等にこそ慎重な検討が必要になると思われる。 以下、軽すぎる懲戒処分を行う場合等のリスク及び対応策について解説する。 2 軽すぎる懲戒処分等のリスク 軽すぎる懲戒処分を行う場合等には、主に以下のようなリスクが生じる。 ① 類似の非違行為に対して重い懲戒処分を科すことが難しくなるリスク 同種の非違行為に対しては同種・同程度の懲戒処分が科されるべきであるとされており、同種の非違行為に関する過去の懲戒処分に照らして公平性を欠く懲戒処分は無効になる可能性がある。よって、軽すぎる懲戒処分を行う場合等には、その後、同種の非違行為について、相当程度の懲戒処分を行うことができなくなるリスクが生じる。 もっとも、仮にある非違行為に対して軽すぎる懲戒処分を行う場合等においても、その後、同種の非違行為に対して相当程度の懲戒処分を行うことにする旨の方針を従業員に周知すれば、相当程度の懲戒処分を行うことが可能になる余地はある。 ② 当該加害者が同様の非違行為を行った場合に会社の責任が認められる可能性が高まるリスク このリスクは、会社が適切な懲戒処分を科していれば同様の非違行為は防げたのではないかという観点から、会社の責任が認められる可能性が高まるリスクである。 もっとも、会社が従業員によるハラスメントの責任を負う法的根拠は債務不履行(職場環境配慮義務等の違反)と不法行為があり、不法行為については会社自身の責任が問われる場合(民法第709条)と使用者責任が問われる場合(民法第715条第1項)とがあるが、使用者責任については、多くのケースにおいて会社の免責は認められておらず、実質的に無過失責任であると考えられている。 すなわち、従業員がハラスメントを行った場合には、いずれにしろ会社が責任を負うことになることが多い(※1)。 (※1) 使用者責任は従業員に不法行為責任が認められることを要件とするが、債務不履行責任はこれを要件とはしないことや、不法行為責任と債務不履行責任との消滅時効期間の違いなどから、不法行為責任(使用者責任)は認められず、債務不履行責任のみが認められる場合もある。債務不履行責任は会社の故意・過失を要件とするため、加害者が同様の非違行為を行った場合、会社が適切な懲戒処分を科していたか否かが会社の責任に影響する可能性がある。 ③ ハラスメント防止措置義務の違反と評価されるリスク セクハラやパワハラ等については、関係法令や指針により、ハラスメント防止措置を講じることなどが義務づけられており、具体的には、ハラスメントが生じた事実が確認できた場合には行為者に対する措置を適正に行うことなどが求められている(※2)。 (※2) 「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(平成18年厚生労働省告示第615号・セクハラ指針)4.(3).ハ及び「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和2年厚生労働省告示第5号)4.(3).ハ等。 よって、軽すぎる懲戒処分を行う場合等には、かかる防止措置義務を履行していないものとして、助言、指導、勧告ないし公表の対象となる可能性を否定できない。 ④ 他の従業員のモチベーションや士気が低下し、職場環境の悪化に繋がるリスク このリスクは、ハラスメントを行った者に対して正当な処罰が科されないことから、従業員において、会社に対する期待感が失われたり、ハラスメントをしても処罰されないのだという遵法意識の欠如を生じさせたりするリスクである。 ⑤ 会社のレピュテーションが毀損されるリスク これはハラスメント事案について軽すぎる懲戒処分等を行ったことが社外に漏れた場合のリスクであり、特に一定程度の規模や知名度のある会社にとっては上層部の責任問題にまで発展しかねない危険を有するものである。 ④のリスク及び⑤のリスクは、①ないし⑤のリスクの中で最も深刻なリスクとも言えるが、仮にこれらのリスクが現実化してもリスクが現実化したことがわかりにくいためか、多くのケースにおいて軽視されているように思われる。 3 ハラスメント事案における軽すぎる懲戒処分等のリスク ハラスメント事案においては、特に上記④や⑤のリスクが高いように思われる。なぜなら、ハラスメントの加害者は、当該問題となったハラスメントの被害者以外の従業員に対してもハラスメントを行っていることが少なくなく、そのため、加害者に対する懲戒処分は多くの従業員にとって関心事であることが多いためである。よって、ハラスメント事案の加害者に対して軽すぎる懲戒処分を行う場合等には、被害者はもとより、他の多くの従業員が不満を持ち、モチベーションや士気の低下に繋がりやすく、また、鬱積した不満のはけ口として、又は、外的圧力による是正を期待して、外部機関へのリークが行われる可能性がある。 以上より、仮に、ハラスメントの加害者に対する懲戒処分が軽すぎるのではないかと感じた場合には、以下の点に留意して、再度慎重に検討を行うべきである。 (了)
《速報解説》 マンション相続税評価に関する第1回有識者会議が開催 ~市場価格との乖離の実態を踏まえた上での適正化の検討が開始~ Profession Journal編集部 不動産に関し時価(取引価額)と路線価とが大きく乖離していることを利用して、納税者が相続税の負担を圧縮しようとした租税回避事案として、昨年の4月19日に最高裁判決が下され話題となった相続マンション訴訟等もあり、マンションの相続税評価については令和5年度税制改正大綱において具体的な手当がされることが期待されていたものの、大綱冒頭の「基本的考え方等」において、次のとおりの記載がされるに留まっていた。 しかしこの度、上記記載のとおり、マンションの相続税評価について、市場価格との乖離の実態を踏まえた上での適正化の検討を目的として、第1回有識者会議が先月30日に開催され、翌31日に国税庁ホームページにてその旨が公表された。 有識者会議の委員は、澁谷雅弘氏(中央大学法学部教授)、杉浦綾子氏(不動産鑑定士)、戸張有氏(一般財団法人日本不動産研究所 公共部長)、平井貴昭氏(日本税理士会連合会 常務理事・調査研究部長)、星野浩明氏(一般社団法人不動産協会 税制委員会 委員長)、前川俊一氏(明海大学名誉教授)、吉田靖氏(東京経済大学経営学部教授)の7名となり、事務局からの配付資料に基づいた説明の後、次のような意見があったとのことである。 なお、第2回以降の有識者会議など含め、適正化の検討に関するスケジュールについては、今回の資料等からは明らかになっていない。 (了) ↓お勧め連載記事↓