電子書類の法律実務Q&A 【第3回】 「電子契約に印紙税はかかるのか」 弁護士法人 咲くやこの花法律事務所 弁護士 池内 康裕 〔Q〕 電子契約に印紙税はかかるのでしょうか。また、電子契約で契約した後、電子契約のデータを印刷した文書には印紙税はかかるのでしょうか。 〔A〕 電子契約に印紙税はかかりません。電子契約で契約した後、電子契約のデータを印刷した文書にも印紙税はかかりません。 ● ● ● ● 解 説 ● ● ● ● 1 印紙税の基本 以下では、主に企業の担当者向けに、印紙税について基本的事項を解説する。 印紙税とは、経済取引に伴って契約書や領収書などの「文書」を作成した場合に、印紙税法に基づきその「文書」に課税される税金のことである。印紙税の場合は、税務申告して税を納めるのではなく、印紙を購入して納税することになる。 印紙税がかかる文書と言えるためには、以下の①から③の3つの条件すべてを充たす必要がある(印紙税法3条1項、印紙税法基本通達2条)。逆に3つの条件のうち1つでも充たさない場合、印紙税はかからない。以下では、条件ごとに順番にポイントを解説していこう。 ◆課税の対象となる文書の3つの条件 (1) 条件①:印紙税法に定められた20種類の文書のいずれかに該当すること 条件①の印紙税法に定められた20種類の文書のいずれかに該当するかどうかは、国税庁ホームページの印紙税額一覧表をみれば確認することができる。印紙税がかかる文書が20種類に分類され、それぞれに1から20まで順番に番号が付されている。実務では、「1号文書」、「2号文書」などと呼ばれる。 (2) 条件②:当事者の間において課税事項を証明する目的で作成された文書であること 条件②の「課税事項」とは、上記①の20種類の文書により証明されるべき事項を意味する(印紙税法基本通達2条)。例えば、お金の貸し借りの際に作成される消費貸借契約書(1号文書)の課税事項は、消費貸借契約が成立した事実である。 契約が成立した事実を証明するために、契約書を作る場合、②の条件を充たすと考えてよい。 (3) 条件③:印紙税法により印紙税を課されない非課税文書でないこと 条件③の印紙税法により印紙税を課されない文書を「非課税文書」という。 印紙税額一覧表の一番右側の欄には、税金がかからない非課税文書の代表例が載っている。 例えば、17号文書(受取書)の非課税文書の例として、「記載された受取金額が5万円未満のもの」と記載されている。このことから5万円未満の領収書は非課税文書であり、印紙税はかからないことが分かる。 2 電子契約で契約をした場合、印紙税はかからない 結論から言えば、電子メールや電子契約サービスを利用して契約をした場合、1の条件①~③のすべてに当てはまったとしても、「文書」ではないので、印紙税はかからない。 印紙税は、紙の契約を対象にする税金なので、電子契約(紙を利用せず電磁的記録が作成される契約)は課税対象にならないのだ。この点については、2005年3月15日の国会答弁(内閣参質162第9号)や2021年6月1日の国会答弁(第204回国会 参議院)でも繰り返し確認されている。 そのため電子契約を導入した場合、企業にとって印紙税削減のメリットがある。どの程度メリットがあるかは、契約の件数と契約書に記載された金額により決まる。 例えば、取引基本契約書の印紙税は、原則として4,000円だ(※1)。1ヶ月間に10件、新規取引先と取引基本契約書を書面で取り交わす企業の場合、印紙税の負担は年間48万円となる。新規契約の件数が多い企業は、電子化による印紙税削減のメリットが大きいと言えるだろう。 (※1) 国税庁タックスアンサー「No.7104 継続的取引の基本となる契約書」 また印紙税の負担は、契約書に記載された契約金額に比例するのが原則である。例えば不動産売買において、2,000万円の土地を取引する場合の売買契約書の印紙税は1万円だが、2億円の土地を取引する場合の売買契約書の印紙税は6万円となる(※2)。1回当たりの取引の金額が大きい契約の場合も、電子化による印紙税削減のメリットが大きいと言える。 (※2) 国税庁タックスアンサー「No.7108 不動産の譲渡、建設工事の請負に関する契約書に係る印紙税の軽減措置」 3 電子契約で契約した後、電子契約のデータを印刷した場合 電子メールや電子契約サービスを利用して契約を締結した後に、PDFやWord等のデータを印刷した場合、印紙税はかかるのだろうか。 結論から言えば、電子契約で契約した後、自社の控えとして契約書のデータを印刷したとしても印紙税はかからない。 上述したとおり、印紙税の対象となるのは、当事者の間において課税事項を証明する目的で作成された文書である(条件②)。契約成立後に契約書のデータを印刷した文書は控えであり、契約の成立を証明する目的で作成されるものではない。そのため、電子契約で契約した後、データを印刷した文書は、課税の対象とならないのだ。 国税庁ホームページ(※3)でも「ファクシミリや電子メールを受信した貸付人がプリントアウトした文書は、コピーした文書と同様のものと認められることから、課税文書としては取り扱われません。」との国税庁の解釈が公表されている。 (※3) 国税庁「コミットメントライン契約に関して作成する文書に対する印紙税の取扱い」 (了)
空き家をめぐる法律問題 【事例45】 「相続登記の義務化に関する不動産登記法の改正」 弁護士 羽柴 研吾 - 事 例 - 不動産登記法の改正で相続登記が義務化されると聞きましたが、空き家問題にも関係があると聞いております。どのような改正内容で、いつから適用されますか。 また、改正法は、次のような事例の場合に影響がありますか。 1 はじめに 複数の相続人がいる場合に相続が発生すると、遺言がない限り、遺産の不動産を法定相続分で共有した状態から遺産分割協議を経て所有権の取得者が確定することになる。一方で、相続の発生から遺産分割協議が成立するまでに時間を要することも少なからずあるため、不動産の共有状態を登記で公示することが好ましいことになる。 もっとも、これまで相続登記は義務化されておらず相続登記が行われることも少なかったため、登記簿を確認しても相続人が誰であるかを把握できなかった。また、様々な要因によって遺産分割協議が行われないうちに、相続人が死亡して更なる相続(数次相続)が発生して相続人が多数になり、相続人の調査に多大な労力を要する事例も発生していた。 このような問題を解決するため、令和3年4月21日に不動産登記法が改正されることになった。この改正は主として所有者不明土地問題を背景とした改正であるが、空き家の相続が発生した場合にもあてはまるものである。以後、改正後の不動産登記法を「改正法」と表記する。なお、本事例では、改正法のうち相続登記の申請義務化について取り上げている。 2 相続登記の申請義務化に関する改正の概要 (1) 基本的な仕組みと施行日 相続登記の申請義務は、①基本的な義務と②追加的な義務から構成されている。この改正部分は、令和6年4月1日から施行されるが、施行日前に生じた相続にも適用されることになっており、以下で述べる3年間の登記申請の履行期間の起算点は、令和6年4月1日と改正法の要件を充足した日のいずれか遅い日とされているので留意が必要である。 (2) 基本的な義務 相続が開始すると、相続人は法定相続分に応じて不動産の所有権を取得することになるが、当該相続人は、自己のために相続の開始があったことを知り、かつ、当該所有権を取得したことを知った日から3年以内に、相続登記の申請を行わなければならない(改正法第76条の2第1項前段)。相続開始の事実に加えて、所有権を取得したことを知った日も要件とされているのは、相続が開始していることを認識していても、被相続人が不動産を所有していたことを認識していない場合もあるからである。 遺産分割協議が上記の3年以内に成立すれば当初から遺産分割協議の内容どおりに相続登記を行えば足りるが、この期間内に遺産分割協議が成立しない場合には、暫定的に法定相続分で相続登記をすることになる。相続人の一人は、法定相続分での相続登記であれば、保存行為の一種として単独で申請することができるが、申請時に被相続人の出生から死亡するまでの謄本やすべての相続人の謄本等を提出する必要がある。ところが、数次相続のように相続人が多数になる事案においては、謄本等の書類を収集するだけでも少なくない労力を要することになる。 そこで、相続登記を容易に行うことができるように、申出をした者が相続人であることを所有権の登記に付記することで相続が生じていることを報告的に公示するための制度として、相続人申告登記が新設された(改正法第76条の3第1項)。このような目的の制度であるため、相続人申告登記の申請時の書類は、相続登記の申請に比べて大幅に簡略化されることになる。相続人申告登記が行われると、相続人は自身の基本的な義務を履行したものとみなされる(同条第2項)。 (3) 追加的な義務 遺産分割協議によって相続人の一人が単独所有することになった場合のように、所有権の取得者が確定すると、そのことを登記簿に反映する必要がある。そこで、基本的な義務と同様に、遺産分割が成立した日から3年以内に相続登記の申請を行わなければならないものとされた(改正法第76条の2第1項)。 また、遺産分割協議が成立するまでの間に、法定相続分で相続登記や相続人申告登記が行われている場合には、遺産分割協議の内容を登記簿に改めて反映させる必要がある。具体的には、法定相続分で相続登記が行われている場合、遺産分割によって法定相続分を超えて所有権を取得した者は、遺産分割の日から3年以内に相続登記の申請を行わなければならない(同条第2項)。 これに対して、相続人申告登記では権利変動が公示されていないため、相続人申告登記の申請をした者が遺産分割協議によって所有権を取得した場合、遺産分割の日から3年以内に相続登記の申請を行わなければならないものとされた(改正法第76条の3第4項)。 (4) 制裁の内容 相続登記の申請義務を負う者がこれを怠った場合、正当な理由がない限り、10万円以下の過料に処するものとされている(改正法第164条)。ここでいう正当な理由には、数次相続が発生して相続人が多数いるため、資料の収集に時間を要するような場合が含まれると考えられているが、具体的な事由は通達で定められる予定である。 3 小問の検討 (1) 小問①:ほかの相続人が相続放棄をしている場合 相続が開始すると相続人は法定相続分に応じて不動産を共有することになるが、相続放棄によって相続放棄をした者は当初から相続人ではなくなるため(民法第939条)、相続開始のときから相続放棄をした者を除いた法定相続分で共有していることになる。 そうすると、相続放棄が行われた場合に、いつの時点を起算点とするのか問題となりうるが、客観的な権利関係を登記簿に反映させることを相続人に求めることからすると、改正法第76条の2第1項に規定する「当該所有権を取得したことを知った日」とは、相続放棄が行われたことを知った日になるものと考えられる。 相続放棄が行われると、相続放棄がされていないことを前提とした権利関係での相続登記の申請義務は履行不能になったものと考えられるが、相続放棄をした者の法定相続分も含めて相続登記の申請が行われた場合、客観的な権利関係と登記簿の内容が一致せず、相続登記の申請義務が履行されていないとも考えられる。 もっとも、上記のような相続登記が行われたことによって、相続人の権利の公示という行政施策上の成果がある程度達成されたことを理由として、相続放棄の認識の有無にかかわらず、登記申請人には「正当な理由」があるとして過料の対象にならないとする見解もある(山野目章夫「土地法制の改革 土地の利用・管理・放棄」(有斐閣・2022年)96、97頁参照)。 (2) 小問②:数次相続が発生している場合 相続登記は、上記のとおり相続人の認識を起算点の要件としているところ、数次相続が発生している場合に、「当該相続により所有権を取得した者」は、一次相続の相続人を意味するのか、一次相続以降の相続人を意味するのかが問題となる。 この問題については、過料の制裁を背景に、現在の相続による権利関係を登記簿に反映させる目的からすると、一次相続以降の相続人の認識を意味するものと考えられる。具体的には、数次相続の相続人が当初の被相続人と自らの被相続人が死亡し、数次の相続によって不動産の所有権を取得することを知った日が起算点になる。 (3) 小問③:代襲相続が発生しているが自らは相続人にならないと誤解していた場合 客観的には代襲相続が発生している場合でも、相続人の中には、法律上の知識不足等によって自らが相続人になっていることを認識していない者もいる。このような場合に、いつから3年間を起算するか問題となりうる。 この問題については、登記申請を実際に行える状況を想定して「所有権を取得したことを知った日」と規定したことからすると、法律の不知の状態が解消され、自らが相続人として不動産の所有権を取得したことを具体的に認識した日を起算点とするべきであるように思われる。 (了)
事例で検証する 最新コンプライアンス問題 【第24回】 「電機メーカーでの品質不正 -不正の事実を把握した後、適正に公表したのか」 弁護士 原 正雄 本連載は、M電機の品質不正について連続して取り上げてきた。【第21回】では品質不正の原因について、【第22回】では不正を発見できなかった理由について、【第23回】では内部通報制度が効果を発揮できなかった事情について、それぞれ検討した。 第24回となる本稿では、M電機が不正の事実を把握した後、適正に公表したのかについて検討する。 1 事実関係と問題の所在 2021年6月14日、M電機の長崎製作所において、鉄道車両用空気調和装置に関して以下の事象が発覚した(以下「本件検査不正」という)。不正の端緒の把握であった。 同月23日、同社は、当該事実を「不正」と認定し、25日から顧客向け説明に着手した。M電機は、顧客向け説明の完了には約1週間を要すると想定し、対外的公表日を7月2日と定めた。 当時、M電機は6月29日に株主総会(以下「本件株主総会」という)を予定していた。そのため、以下の2点が問題となった。 2 株主総会への報告の要否 まず、上記①株主総会における本件検査不正の報告義務の有無について検討する。 (1) 株主総会における報告義務 株主は、法的には当該会社の所有者である。取締役は株主から委託を受けて会社を経営している。株主総会とは、取締役が委託者である株主に対して、受託者として経営の状況を報告する重要な機会である。そうした観点からすれば、取締役は、本件株主総会において本件検査不正を報告すべき義務を負っていたようにも思える。 なお、株主総会は、前事業年度について報告する場である。本件検査不正が発覚したのは前事業年度が終了した後である。そのため、本件検査不正は後発事象であって報告不要とも考え得る。しかし、本件検査不正そのものは前事業年度中にも行われていた。また、重要な問題は後発事象であっても株主総会で報告すべきである。そのため、後発事象であることを理由として報告不要という結論を導くことはできない。 (2) 金融商品取引法の観点 上記に対して、調査委員会の調査報告書は、金融商品取引法の観点から分析し、株主総会で報告しなかったことに問題はないと結論づけている。 ① フェア・ディスクロージャー・ルール及びインサイダー取引規制 本件検査不正の情報は、M電機にとって重大な不祥事である。開示すればM電機の株価に重要な影響を与える可能性があった。 しかし、本件株主総会当時、本件検査不正の情報は未だ公表されていなかった。そうした状況で株主総会において本件検査不正を報告すれば、株主総会に出席していた株主は未公表の情報を優先的に知ることになってしまう。その情報に基づいて取引をすれば、不当な利得を得ることも可能になる。これでは、会社としてフェア・ディスクロージャー・ルールに違反することになってしまう。また、状況次第では、株主がインサイダー取引規制に違反してしまうこともあり得る。 フェア・ディスクロージャー・ルールとは、株価に重要な影響を与える未公表の情報は全ての投資家に同時に公平に開示しなければならない、というルールである。インサイダー取引規制とは、上場企業の関係者等が、その職務や地位によって投資家の投資判断に重大な影響を与える未公表の情報を知った場合、その情報を利用して取引をしてはならないという規制である。いずれも株価の変動要因を知らない一般投資家の保護を目的とするものであって、金融商品取引法に定めがある。 したがって、本件検査不正の情報が未公表であった当時、M電機の取締役が株主総会で本件検査不正について報告することは、金融商品取引法の観点からは許されなかった。 ② 顧客への説明もできないことになるのでは? 上記の観点からは、本件検査不正の情報が未公表である以上、顧客に対する説明もできなくなるのでは、という疑問も生じる。 確かに、何らの手当もせずに顧客に本件検査不正を説明すれば、上記と同様に、フェア・ディスクロージャー・ルールやインサイダー取引規制の問題が生じ得る。実際、過去にはメーカーから優先的に情報開示を受けた顧客側がインサイダー取引をしてしまい、問題になった事例もある。 そこで、顧客に優先的に説明する場合、事前に守秘と株取引禁止を誓約してもらう必要がある。説明先の顧客が守秘義務を負うのであれば、フェア・ディスクロージャー・ルールが適用されることはない。また、株取引をしなければ、インサイダー取引規制が問題になることもないからである。本件でも、M電機はそうした対応をしたはずである。 (3) 株主は身内である 本件検査不正の直接の被害者は、顧客であり、その先にいる消費者である。M電機としては、まずは、直接の被害者である顧客に説明すべきである。また、顧客の先にいる消費者にも説明すべきである。 他方、M電機の株主は、顧客や消費者から見れば、M電機の身内である。身内を顧客や消費者より優先するのはおかしい。 したがって、M電機の取締役としては、いかに株主総会という場であっても、顧客や消費者に説明していない以上、先に株主に報告すべきではない。 なお、何らかの不正が発覚した場合、顧客よりも先に取締役など経営陣に報告することが通常である。これは、取締役など経営陣が身内だから先に報告しているのではない。顧客対応を含めて当該問題を解決するために取締役など経営陣への情報共有が必要だから先に報告しているのである。身内優先とは異なる。 (4) 小括 以上のとおり、株主総会という場を考えれば、取締役は株主に対して報告すべきであったようにも思える。しかし、フェア・ディスクロージャー・ルールやインサイダー取引規制を考えれば、未公表の段階なのに株主総会で報告するわけにはいかない。被害者である顧客や消費者を差し置いて身内への説明を優先するのも問題である。 したがって、当時、顧客への説明や一般公表を行っていなかった以上、M電機の取締役が株主総会において本件検査不正について報告しなかったことはやむを得ない。上記①本件株主総会に報告すべき義務はなかった。調査委員会の調査報告書の結論のとおりと考える。 3 株主総会での報告を回避するため、一般公表を遅らせた事実の有無 調査委員会は、仮に本件検査不正の開示が問題になり得るとすれば、それは、株主総会で説明しなかったことではなく、株主総会が実施された6月29日までに対外公表されていなかったという事実であるとしている。 M電機が本件検査不正を公表したのは、本件株主総会から3日後の7月2日であった。これは、本件株主総会前の一般公表を避けようとした結果なのか。以下、上記②公表時期に問題があるか否かについて検討する。 (1) 一般公表までの期間の検討 ① 「不正」の認定に時期的な遅れはないか M電機が本件検査不正の端緒を得たのは、6月14日である。それが「不正」に当たると認定したのは、同月23日である。この間、9日間が経過している。そこで、9日間が長期に過ぎるのであって、M電機が「不正」の認定を意図的に遅らせたのではないかが問題となる。 M電機は当時、本件検査不正の具体的な内容を確認する必要があった。特に、M電機が実際に行っていた試験の内容が、顧客との合意に違反していたか否かは、慎重に確認する必要があった。また、どの製品で検査不正が行われていたかも、特定する必要があった。そのため、退職者を含めて複数の社員からヒアリングを行っていたとのことである。また、関係資料の調査等も行っていたとのことである。本件検査不正の内容からすれば、こうした作業は当然に必要となる。また、本件検査不正の規模からすれば、こうした作業は相応の時間を要する。 したがって、端緒を得てから不正の認定までに9日間というのは、特に長いということはない。それどころか、むしろ迅速に対応したものと評価できる。 ② 「不正」の認定後、直ちに一般公表しなかったことは正当か? M電機が本件検査不正を「不正」として認定したのは、6月23日である。ところがM電機は、ただちに本件検査不正を公表せず、一般公表日を7月2日と定めた。そこで、本件検査不正をただちに一般公表せず別の日と定めたことに正当な理由があったのかが問題となる。 M電機がその時点で一般公表しなかった理由は、顧客である鉄道車両メーカーや鉄道会社など延べ106社に対する説明を優先すべきと判断したからであった。 より具体的に検討すると、本件検査不正の対象となっていたのは、鉄道車両用空気調和装置である。当該装置は、鉄道車両に組み込まれている。本件検査不正を公表すれば、顧客である鉄道車両メーカーは、鉄道会社から安全性への影響等について問合せを受ける。また、鉄道会社も、一般の鉄道利用者から問合せを受ける。さらに、マスコミからの取材等も考えられる。その際にM電機から事前に説明を受けていなければ、鉄道車両メーカーや鉄道会社は対応のしようがない。大きな混乱が生じ、場合によっては鉄道の運行にも影響が出かねない。そのため、M電機が、顧客への説明が終了していない6月23日時点で一般公表できないと判断したことは正当であった。 なお、本件検査不正が人の生命身体等に危険を及ぼす場合、顧客への説明の終了を待たずに直ちに一般公表すべき場合も考えられる。ただ、M電機によれば、本件検査不正は人の生命身体等に危険を及ぼすものではなかったとのことである。その観点からも、本件検査不正については、「不正」の認定後、直ちに一般公表する必要はなかったと言える。 したがって、顧客への説明を終了してからでないと一般公表すべきではないとしたM電機の判断は正当と解する。 ③ 7月2日を公表予定日としたのは、遅すぎないか? M電機は、6月23日に「不正」と認定した後、一般公表予定日を9日後の7月2日と定めた。そこで、「不正」の認定後ただちに公表できなかったことはやむを得ないにしても、一般公表予定日が遅すぎないかが問題となる。 不正について顧客説明を行う場合、説明内容について事前に検討し、想定問答等も用意しなければならない。そのため、6月23日に不正を認定したとしても、その日からすぐに顧客説明に取りかかれるわけではない。また、顧客に「説明に伺いたい」と連絡しても、その日のうちに会えるとは限らない。さらに、7月2日は一般公表を行うのだから、顧客説明は遅くともその前日までに終了することが望ましい。そうすると、本件では、顧客説明の期間は1週間あるかないかである。 M電機によれば、本件検査不正について説明をすべき顧客は、鉄道車両メーカーや鉄道会社など延べ106社であった。延べ106社の顧客への説明の期間として、1週間は非常にタイトである。 したがって、M電機が本件検査不正の一般公表予定日を7月2日と定めたことは適正と考える。むしろ、迅速に対応したと評価できる。 ④ 他社事例 調査委員会は、他社の品質不正や検査不正の案件で、端緒の把握等から公表までにどのくらいの期間を要したかを調査している。調査対象は、2017年1月1日から2021年7月31日までに品質不正や検査不正を公表した東証第一部上場企業の案件である。 それによれば、端緒の把握等から公表までは、最短で25日、最長で約1年3ヶ月、一番多いのは2ヶ月以内であった。また32案件中28案件は、公表前に客先や関係官庁に説明を行っているとのことであった。 本件では、端緒の把握から公表予定日まで18日である。他社と比較して短期間と言える。そのため、調査委員会も、M電機は他社の案件と比較しても迅速な対応をしたと評価できる、としている。 (2) 公表時期の決定プロセス M電機は、本件を不正として認定した6月23日、その日のうちに社外取締役に対して、本件検査不正を説明している。そうしたところ、社外取締役の一人が、公表時期が株主総会後となることの是非について専門家の助言を得るように要請した。そこで、M電機は翌24日、顧問弁護士に相談した。当該顧問弁護士は、総会後に公表することにつき違和感はないと回答したとのことである。 6月25日、社会システム事業本部長、生産システム本部長、コーポレートコミュニケーション本部長らが打合せを行った。その際も、株主総会前の公表の要否について議論を行ったとのことである。結果として、従来の方針を維持することが決定された。 M電機として、社外取締役の意見も聞きつつ慎重に判断した上で公表時期を決定したと言える。公表時期の決定プロセスに問題はないと解する。 (3) 株主総会での報告を回避する動機についての検討 ① 調査委員会の認定 M電機は、本件検査不正の公表に先立つ同年5月7日、電磁開閉器において認証登録とは異なる材料を使用していたという不正事案(名古屋製作所可児工場事案)を自主的に公表している。そのため、調査委員会は、そうした状況において、経営陣が本件検査不正のみを特に隠蔽すべき理由はないと認定している。 また、調査委員会は、仮に本件株主総会前に一般公表して本件株主総会で株主から質問を受けたとしても、「このような事実が判明した。調査中であるため、詳細な回答は差し控えさせて頂きたい」旨回答すればよいから「株主による追及を回避したいとの意図があったとも思われない」とも認定している。 調査委員会は、本件株主総会前に一般公表をしても問題はなかったのであり、一般公表をことさらに遅らせる動機がない、としているものと解する。 ② 動機はあり得ても行動に影響した形跡はない ただ、そうは言っても、公表する不正事案の数が増えれば批判は強まる。また、株主総会直前に不正が一般公表されれば、株主総会は紛糾する。少なくとも、取締役の立場としては紛糾すると考える。さらに、一般公表が議決権行使の前であれば、取締役選任議案の賛否に影響を与える可能性もある。動機がないとしてしまうのは些か言い過ぎである気もする。 本件では、取締役にとって一般公表を遅らせる動機になり得る事情はあったと言える。その上で、かかる動機が客観的行動に影響した形跡はない、とするのが正確と解する。M電機の取締役はそうした動機に影響を受けず、上述のとおり適正かつ迅速に、本件検査不正を一般公表した。 (4) 小括 以上のとおり、M電機は「不正」の端緒を把握した後、「不正」の認定と顧客への説明を経て、一般公表に至るまで適正かつ迅速に対応している。公表時期の決定プロセスにも問題はなく、不当な動機が影響した形跡もない。 したがって、上記②公表予定日を7月2日としたのは、株主総会前に公表したくなかったことが理由ではないか、との非難は当たらない。ここも調査委員会の結論のとおりと考える。 4 翌年の株主総会 上述のとおり、株主への報告は一般公表の後になる。M電機が、2021年6月29日開催の本件株主総会で本件検査不正を報告しなかったことは正当であった。 ただ、一般公表を一度してしまえば、その後はもはや株主に報告しない理由はない。取締役は、原則に立ち返り、株主総会などの場を通じて株主に対し、本件検査不正について報告すべきことになる。 M電機は、2021年7月2日、本件検査不正を一般公表した。約1年後の2022年6月29日、M電機は一般公表後の最初の株主総会を開催した。M電機は、事業報告(第151回定時株主総会招集ご通知)において、本件検査不正を含む品質不正について「品質不適切行為」として簡単に言及した。 同株主総会では株主から品質不正について批判が噴出した。例えば、ある株主は、前年の株主総会で本件検査不正の報告がなかったことを問題視し、役員を非難している(2022年6月29日産経新聞)。総会の所要時間も長く、3時間超に及んだ。これは、前年の2倍以上の長さであった(2022年7月1日日本経済新聞)。 同総会においてM電機の社長は、取締役選任議案において、株主からの賛成を58%しか得ることができなかった。これは、全役員の中で最も低い数値であった(第151回定時株主総会における議決権行使集計結果のお知らせ)。 5 結論 上述のとおり、M電機は限られた期間で本件検査不正について適正かつ迅速に対応している。また、株主総会で本件検査不正を報告しなかったことや、公表予定日の定め方にも問題はない。だが、それでも長年にわたって他の品質不正も含めて多数の品質不正を見逃してきた責任は重く、翌年の株主総会で株主からの非難を免れることはできなかった。 しかし、だからといって、適正迅速な対応が無意味、というわけではない。仮にM電機の取締役が適正迅速な対応をせずにいたら、上記株主総会での非難はさらに厳しいものとなっていたはずである。社長の再任も実現したか分からない。 たとえどれほど厳しい条件であっても、与えられた条件の中で最善を尽くすのが取締役の使命である。M電機が今回の品質不正の問題をきっかけに、これまでの問題点を全て洗い出し、徹底的な改善を通じてコンプライアンスを充実させ、今まで以上に強い企業になることを期待したい。 (了)
〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第63話】 「青色事業専従者と控除対象配偶者」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 浅田調査官は、しきりに、髪を右手でなでている。 「何をしているの?」 中尾統括官は、浅田調査官のしぐさを見て、尋ねる。 「・・・いえ、昨日、散髪に行って、少し髪を切りすぎて・・・」 浅田調査官は、照れ笑いする。 「そんなに・・・短くもないが・・・」 中尾統括官は、真面目な顔で言う。 「・・・ところで・・・昨日行った散髪屋で・・・面白い話を聞いたのですが・・・」 浅田調査官は、右手を止めて、話を始める。 「・・・その散髪屋の主人は、個人で営業をし、毎年、青色申告で、事業所得の確定申告をしています・・・そして、その配偶者に専従者給与(400万円/年)を支払っているのですが・・・」 浅田調査官は、税務六法を開く。 浅田調査官は、上記の所得税法57条1項を読み終えると、青色事業専従者の適用要件〈A要件〉を挙げる。 「このように、散髪屋の主人の配偶者は、この青色事業専従者の適用要件は満たしていることになるのですが・・・」 浅田調査官は、思案顔になる。 「・・・一方、散髪屋の主人の事業所得は、毎年、赤字なので・・・主人は、青色事業専従者である妻の控除対象配偶者になっているのです・・・」 浅田調査官は、理解できないような表情をする。 中尾統括官は、税務六法を開き、所得税法83条(配偶者控除)1項を見る。 「この控除対象配偶者は、・・・次の4つの要件を満たしている者で、控除を受ける納税者は、400万円を専従者給与として受けているから、合計所得金額が1,000万円を超えるケース(平成30年分以後)にも該当しない」 そう言うと、中尾統括官は、控除対象配偶者の4つの要件〈B要件〉を挙げる。 「・・・個人事業者である散髪屋の主人は、この①から④までの要件を満たしているから、青色事業専従者である妻の控除対象配偶者になることは可能だろう・・・」 中尾統括官は、机の上で図を書いて、浅田調査官を見る。 「なるほど、妻とその主人は、青色事業専従者と控除対象配偶者の適用要件をそれぞれ満たしているから・・・青色事業者(散髪屋の主人)が給与を支払っている青色事業専従者(妻)の控除対象配偶者になることは可能ですね」 浅田調査官は、髪をなでながら大きく頷く。 (つづく)
《速報解説》 国税庁、インボイス制度Q&Aを改訂し 「提供した適格請求書に係る電磁的記録の保存方法」など11問を追加 Profession Journal編集部 国税庁は11月25日、インボイス制度Q&A(「消費税の仕入税額控除制度における適格請求書等保存方式に関するQ&A」)を改訂(前回改訂は4月28日)、新たに11問を追加し15問の改訂を行った。 また国税庁の「軽減・インボイスコールセンター」に寄せられた質問のうち問合せの多い事項を集約した「お問合せの多いご質問」も同日付で更新されている(上記11問は、問87(出来高検収書の保存による仕入税額控除)など「お問合せの多いご質問」から「移動」されたものを含む)。2018年6月13日に68問(66ページ)が公表された本Q&Aは今回の更新をもって全112問(135ページ)となった。 今回追加された11問及び改訂された15問は以下の通り。なお、改訂問答であっても例えば問24(適格簡易請求書の交付ができる事業)のように「①から⑤まで(編集部注:①小売業②飲食店業③写真業④旅行業⑤タクシー業)については、『不特定かつ多数の者に対するもの』との限定はありませんので、例えば、小売業として行う課税資産の譲渡等は、その形態を問わず、適格簡易請求書を交付することができます。」との記述が追加されるなど参考となる情報が追加されたものもあるため留意いただくとともに、今後の更新に備え最新のQ&Aをデータ等で保存しておくことをお薦めしたい。 (了) ↓お勧め連載記事↓
2022年11月24日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.496を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
これからの国際税務 【第34回】 「金融口座に関する自動的情報交換の拡大について」 千葉商科大学大学院 客員教授 青山 慶二 1 はじめに (1) OECDを中心とした国際協力の進展 G20/OECDが取り組む国際課税に関するルール作りは、約140ヶ国がOECD・IFの枠組みに参加するBEPSプロジェクトに基づく制度改革と、165ヶ国が参加する「税の透明性及び情報交換に関するグローバルフォーラム」(以下単に「グローバルフォーラム」と呼ぶ)による国際協力の2本柱で進展してきている。 グローバルフォーラムの活動は、OECDの年次報告書(注1)によれば、2009年にOECDが銀行秘密の終焉を宣言して以降、要求に基づく情報交換(EOIR)の仕組みの効率化及び金融口座情報の自動的情報交換(AEOI)の創設を2大テーマとして、国境越えの租税逋脱に対して大きな成果を上げてきたと評価している。 (注1) OECD,“OECD Work on Taxation”(Nov.2021)による。なお、OECD,“Peer Review of the Automatic Exchanges of Financial Account Information 2022”(Nov.2022、以下「AEOI年次報告書」と呼ぶ)では一部の計数につき、追加修正がされている。 (2) 情報交換による当面の成果 具体的なデータとしては、2009年以降2022年に至るまでの累計で、納税者の自発的申告及び税務調査等による加算税・延滞金を含む税収増は、全世界で1,140億ユーロに上ると推計され、加えて、世界の国際金融センターに所在する外国人の金融口座も、2019年までの10年間で、24%(4,100憶ドル相当)が減少したとする試算が紹介されている。 (3) 金融口座情報交換に関する最初のピアレビューの公表 去る11月9日、OECDはAEOI年次報告書(2022年版)を公表した。同報告書は、2014年に合意された共通報告基準(CRS)に基づき、2017年・2018年からAEOIの実施を約束した99ヶ国(日本を含む)について、その実施の達成度及び実効性を初めて相互評価(ピアレビュー)したものであり、フェーズ1(AEOIの法的枠組み作り)とフェーズ2(AEOIの実施状況)に分けて3段階(達成、一部修正必要、未達成)で評価を行っている(注2)。 (注2) EOIRに関する年次報告書は、国別レポートとして評価結果(これも3段階評価)を公表しており、2022年版は、トルコ、バルバドス、英領バージン諸島、イスラエル、南アフリカ等の10ヶ国が対象となっている。 本稿は当レポートの概要とともに、指摘されている当面の課題を紹介するものである。 2 2022報告書の概要 (1) 全体的評価(注3) (注3) 上記のAEOI年次報告書の“Executive Summary”による。 イ 参加国の更なる拡大と目に見える効果 現在110以上(前年報告では100)の国・地域がAEOIに参加し、1.11億個以上(前年報告では7,500万個)の金融口座(その資産価値総額は11兆ユーロ)に関する情報(注4)を、自動的情報交換により授受している。そして、今後数年間に、参加国はさらに10増える予定である。 (注4) 情報は、外国居住者により保有される金融口座の詳細が中心であるが、それらには、外国居住者によって支配される事業体を通じて保有される金融口座も含まれる。 なお、国際金融センターで保有されている金融投資額は、CRSの合意以来22%減少したとの研究者報告を引用している。 ロ AEOI導入の進展状況 (イ) 現在の到達点 AEOIの実施基準であるCRSを充足するために、管轄国と金融機関の双方は、相当の投資を求められてきた。すなわち、関係する世界中の参加国は、金融機関に対し詳細なデューディリジェンス及び報告義務の履行を要請する立法措置を導入し、また、国際間の情報交換協定を締結し、情報の収集・交換について、守秘義務を守って実行するための執行上及び技術上の対応策を構築してきた。 この段階を終えて、目下の焦点は、AEOI基準が、潜在的な便益を最大化できるように、効率的に実施されることを確認する段階に移ってきている。すなわち、フェーズ1(AEOIの法的枠組みの構築)からフェーズ2(AEOIの効率的執行)への移行段階である。 (ロ) 執行状況のモニタリング(フェーズ1) G20はグローバルフォーラムに対し、AEOIのグローバルな執行状況をモニタリングしてレビューするよう要求したので、グローバルフォーラムは、個別のピアレビューに入る前に、まず、AEOI基準の中間目標が達成されているかどうかを検証した。そこで、AEOI導入を最初に誓約した106の国・地域の国内及び国際の法的枠組みが検証対象とされ、その結果は2019年から公開しているところである。 それによれば、約90%の国が、AEOIに必要な法的枠組みを完備しているか、要改善付きであるものの具備しているか、のいずれかであると評価されており、高い具備率が明らかになっている。 (ハ) 執行状況のモニタリング(フェーズ2) AEOI基準の効率的実施如何のモニタリングについては、①金融機関がデューディリジェンスと報告ルールを適正に執行しているかどうかと、②情報交換の正確な機能が確保されているかどうかの2点の確認が必要とされる。 この点に関するレビューについては、本年のレポートが初めて取り上げたが、大部分の参加国は、執行のコンプライアンス枠組みの遵守を自ら行っているとともに、金融機関のコンプライアンスを確保すべくコンプライアンス上の介入を適正に行い、情報のスムーズな交換に努めている。 しかし、検証結果によれば、多くの国・地域は、依然として自らの法的枠組みの完成及び執行の初期段階にあるとし、オフショア租税回避を防止する道具として、AEOI基準の実効性の最大化を図る上では、今後数年間、これらの国に焦点を当てて努力を促す必要があるとしている。 (2) 個々の国の状況 本年次レポートは99ヶ国のレビュー結果をすべて一覧表にしている。以下では、G20メンバー国の評価結果を抽出して紹介する。 (注1) AEOIの実施の効率性についての総合評価では、評価対象全99ヶ国中、部分的達成国・地域は15ヶ国、未達成国は19ヶ国・地域となっている。 (注2) 米国はグローバルフォーラムのメンバーではなく、また、EUはメンバーではあるものの、加盟国単位で評価されているので、集合体としてはピアレビューの対象でなく、いずれも上表から除外されている。 (了)
谷口教授と学ぶ 税法基本判例 【第20回】 「租税回避の意義と類型」 -未処理欠損金額引継規定濫用[ヤフー]事件・最判平成28年2月29日民集70巻2号242頁- 大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 今回から何回かにわたって租税回避問題に関する判例を拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)【66】ないし【79】に即して取り上げ検討することにしよう。ただ、既に2018年8月から2020年12月まで50回にわたって本誌で公開した連載・谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」(とりわけ第20回ないし第41回)でも租税回避判例を検討したので、そこでの検討との重複をできるだけ避けるよう検討の観点の設定の仕方や取り上げる判例に留意することにしたい。 今回は、租税回避の意義と類型(前掲拙著【66】参照)に関して、未処理欠損金額引継規定濫用[ヤフー]事件・最判平成28年2月29日民集70巻2号242頁(以下「本判決」という)を検討する。本判決の判示のうち今回検討するのは、次の判示である(下線・太字筆者)。 租税回避は、そもそも、実定税法上の概念ではなく、税法の解釈適用に関して学説上形成されてきた、実定税法の基礎にある基礎理論上の概念である(租税回避論の沿革については、谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」第25回参照。)。したがって、本判決が法人税法132条の2の解釈適用に関する判断を示すものである以上、上記の判示が、租税回避の意義や類型を示すことを少なくとも直接の目的とするものでないことは確かである。ただ、そこで使用されている租税回避の概念は、以下で述べるように、租税回避をめぐる学説の議論を的確に踏まえたものであると解される。 Ⅱ 租税回避の意義 租税回避は、これを包括的に定義すれば、「課税要件の充足を避け納税義務の成立を阻止することによる、租税負担の適法だが不当な軽減または排除」(前掲拙著【66】(イ))として定義することができよう(租税回避の包括的定義)。これを租税回避の定義に関するアプローチの観点からみると、課税要件の充足回避という租税回避の結果を基本的要素として租税回避を定義する課税要件アプローチを採用したものといえよう(前掲拙著【66】(イ)参照。このアプローチによる定義を採用する見解については拙著『税法創造論』(清文社・2022年)253頁注(6)[初出・2017年]参照。また、租税回避が結果概念であることの意味については、谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」第23回Ⅲ参照)。 これに対して、租税回避の定義に関するもう1つのアプローチとして、租税回避の手段としての行為の異常性・人為性・濫用該当性等の態様を基本的要素として租税回避を定義する行為態様アプローチがある(前掲拙著『税法基本講義』【66】(イ)参照。このアプローチによる定義を採用する見解については前掲拙著『税法創造論』253頁注(7)[初出・2017年]参照。また、租税回避が行為概念であることの意味については、谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」第23回Ⅱ参照)。行為態様アプローチによる定義は、次の見解(清永敬次『税法〔新装版〕』(ミネルヴァ書房・2013年)42頁。下線筆者)が説くように、課税要件アプローチによる包括的定義の「多くの場合」をカバーするものである(課税要件アプローチと行為態様アプローチとが異質で相互排他的なアプローチでなく、着眼点を異にする相互補完的なアプローチであることについては、前掲拙著『税法創造論』256頁[初出・2017年]参照)。 本判決は、「組織再編成は、その形態や方法が複雑かつ多様であるため、これを利用する巧妙な租税回避行為が行われやすく、租税回避の手段として濫用されるおそれがある」(下線筆者)とするが、ここでは、「組織再編成」という納税者の行為が「租税回避の手段」として「濫用」されるとされていることからすると、本判決は租税回避の意義について行為態様アプローチを採用したものと解される。 Ⅲ 租税回避の類型 ところで、本判決は前記の判示の中で「租税回避の手段」という文言を2箇所で使用している。1箇所目の「租税回避の手段」は、「組織再編成」(より厳密にいえば、これに係る私法上の形成可能性)であり、2箇所目の「租税回避の手段」は、「組織再編税制に係る各規定」であるが、本判決は、以下で述べるように、「租税回避の手段」の観点から、租税回避の2つの類型について説示していると解される(前掲拙著『税法基本講義』【66】(ハ)参照)。 まず、1箇所目の「租税回避の手段」に関して本判決は「組織再編成は・・・・・・租税回避の手段として濫用されるおそれがある」と説示するが、ここでいう「濫用」は、組織再編成に係る私法上の形成可能性の濫用を意味すると解される。つまり、ここでは、租税回避の類型として私法上の形成可能性の濫用による租税回避が説示されていると解されるのである。 次に、2箇所目の「租税回避の手段」に関して本判決は「法人の行為又は計算が組織再編成に関する税制(以下「組織再編税制」という。)に係る各規定を租税回避の手段として濫用する」と説示するが、ここでいう「濫用」は、組織再編税制に係る各規定(具体的には資産の簿価や未処理欠損金額の引継ぎに係る課税減免規定)の濫用を意味する。つまり、ここでは、租税回避の類型として税法上の課税減免規定の濫用による租税回避が説示されているのである。 租税回避をこのように2つの類型に区分する見解は学説にもみられる。例えば、金子宏教授は、次のとおり、租税回避を定義した上で租税回避を2つの類型に区分しておられる(同『租税法〔第24版〕』(弘文堂・2021年)133-134頁。下線筆者)。 上記の引用文では、金子教授も本判決と同じく、租税回避の定義については行為態様アプローチを採用していると解されるが、ただ、租税回避の類型については、本判決と異なり、いずれの類型についても「租税回避の手段」を私法上の形成可能性として捉えておられる。この点については、金子教授が「租税減免規定の趣旨・目的に反するにもかかわらず、私法上の形成可能性を利用して、自己の取引をそれを充足するように仕組み」と述べておられることからすると、金子教授は、税法上の課税減免規定の濫用による租税回避という類型については、本判決と異なり、課税減免規定を租税回避の手段として濫用するという点ではなく、その場合において当該課税減免規定の要件を充足するための手段として私法上の形成可能性を濫用するという点に着目しておられると解される。換言すれば、本判決は、租税回避の直接的手段に着目しているのに対して、金子教授は租税回避の間接的手段に着目しておられるといってもよいであろう(谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」第22回Ⅲ参照)。 このような着目点の違いは、本判決の判示する「その濫用の有無の判断」枠組みを理解する上で重要な意味をもつように思われる。すなわち、税法上の課税減免規定の濫用による租税回避について、本判決の判示する①②等の「事情」(間接事実)は、その租税回避の間接的手段(ヤフー事件では組織再編成に係る私法上の形成可能性)に即して認定されるべきものであり、その「事情を考慮した上で」「判断するのが相当である」とされる「観点」の中で説示された事実(要件事実)は、その租税回避の直接的手段(ヤフー事件では法税57条2項・3項及び同令112条7項5号の各課税減免規定)に即して認定されるべきものである、と理解することができるように思われるが、そのような理解に基づき、上記の判断枠組みを「間接事実から要件事実を推認する事実判断の構造」(伊藤滋夫『事実認定の基礎〔改訂版〕』(有斐閣・2020年)71頁)の中に組み込み展開していくのが妥当であろう(本判決の判断枠組みに関する私見について詳しくは、谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」第10回、前掲拙著『税法創造論』303-308頁[初出・2017年]等参照)。 Ⅳ おわりに 今回は、本判決を素材として、租税回避の意義と類型について検討した。 本判決は、組織再編成に係る行為計算の否認規定(法税132条の2)の適用に関する判断枠組みを示したが、本判決は、その判断枠組みが、後で別の回に検討するデット・プッシュ・ダウン(debt push down)借入利息損金算入否認[ユニバーサルミュージック]事件・最判令和4年4月21日裁時1790号4頁(裁判所ウェブサイト)で、(否認の対象とされた租税回避の類型の違いを別にすれば)基本的には、同族会社の行為計算否認規定(法税132条)の適用に関する判断枠組みとして採用されたと解される点(個別分野別不当性要件の統一的解釈。前掲拙著『税法基本講義』【71】参照)においてだけでなく、税法の基礎理論上の概念としての租税回避についてその意義(行為態様アプローチによる定義)と類型(税法上の課税減免規定の濫用による租税回避)をベースにして、従来の学説上の議論をも的確に踏まえて、その判断枠組みを構築したと解される点においても、高く評価されるべきものである。それらの点においてわが国の租税回避論の到達点を示した判決といってよかろう。 (了)
所得税基本通達の改正により明確化された「雑所得の範囲」 ~副業収入等が事業所得となるか雑所得となるかの判定基準~ 税理士 菅野 真美 1 改正となった背景 令和4年10月7日、国税庁は雑所得の範囲を明確化した所得税基本通達の一部改正を公表した。 これは、シェアリングエコノミー(インターネットを介して個人と個人・企業との間で活用可能な資産(場所・モノ・スキル等)をシェア(売買・貸し借り等)することで生まれる新しい経済の形)の広がりや、従業員の副業を解禁する会社が増え、副業をする給与所得者が今後増加することが予想されるからである。 従来から副業所得については、一般的には雑所得とされていたが、同じような業務が事業所得に該当するか、雑所得に該当するかの区分が不明確な部分も多かった。 今回の改正は、租税回避を防止し、適正な申告を推進することが狙いと考える。以下において、今回の改正の所得税基本通達35-1、35-2のうち35-2について検討する。 2 事業所得と雑所得の損失の取扱いの差異と帳簿要件 事業所得と雑所得の税制上の差異で最も大きいものは、事業所得の計算上生じた損失は他の所得と損益通算でき、給与所得について源泉徴収された所得税等の還付が可能となることである。他方、雑所得の金額の計算上生じた損失の金額は他の所得と損益通算できない。 ただし、事業所得については、青色申告者か白色申告者の差異があるが、いずれも取引についての帳簿等を保存する義務がある。 他方、雑所得については、前々年分のその業務に係る収入金額が300万円超の場合は、現金預金取引等関係書類(領収証、小切手控、預金通帳、借用証、現金出納帳等)を5年間保存する必要があるとされるにとどまっている。 このように事業所得の場合は、損失の損益通算により納税負担を軽減することができるが、帳簿等の保存義務がある。他方、雑所得の場合は、損益通算はできないが、帳簿等の保存義務は緩和され、前々年の収入金額300万円以下の場合は、法律上は保存義務が求められていない。 3 改正前の通達はどのようなものだったのか 改正前の副業(雑所得)に関連した通達は、所得税基本通達35-2(事業から生じたと認められない所得で雑所得に該当するもの)に次のように定められていた。 このように「事業から生じたと認められるものを除き」とされているが、事業から生じたと認められるものとは何かが明確ではないところが問題であった。 4 所得税基本通達の改正と意見公募 そこで国税庁は、所得税基本通達の改正を行うこととし、改正案を提示して令和4年8月1日から8月31日まで意見公募を行った。 改正案は、所得税基本通達35-2に下記(注)が追加されていた。 この改正案によると、主たる所得ではない業務に係る所得が、事業所得か雑所得かの判定は、収入金額が300万円超か以下で判断されることから、大変な反響があり、郵便等、FAX、インターネットにより7,000通を超える意見が送られてきた。そして意見について概要と国税庁の考え方を示し、修正した通達を令和4年10月7日に発表した。 5 意見公募の結果と改正通達 パブリックコメントにおける意見を踏まえ、主たる所得かどうかで判断するという取扱いではなく、所得税法上、事業所得者には、帳簿保存が義務付けられている点に鑑み、帳簿書類の保存の有無で所得区分を判定し、この修正により、収入金額300万円以下であっても、帳簿書類の保存があれば、原則として、事業所得に区分されることとなると国税庁が考え方を示した。 そして、修正後公表された所得税基本通達35-2(業務に係る雑所得の例示)は、以下のとおりである。 意見公募後の国税庁の回答によると、副業でも帳簿書類の保存がある場合は事業所得に該当するという明確な対応があるとも読み取れるが、通達に落とし込むと「社会通念上事業と称するに至る程度」となり、読み取りにくい部分がある。帳簿があるだけで事業所得に該当し、帳簿がないだけで事業所得に該当しないとは限らないとして、帳簿があっても個別判断がされるケースを以下のように例示している。 つまり、副業について帳簿書類の保存をしたとしても上記①、②に該当する場合は、雑所得に該当する可能性が高くなる。特に節税目的のスキームの一環として生じた損失については、なぜこのような活動を行っているのか、合理的な説明が求められるだろう。 なお、令和4年分以後の所得税に適用される。 6 給与所得者の売電事業 国税庁ホームページの質疑応答事例「自宅に設置した太陽光発電設備による余剰電力の売却収入」において、令和3年8月1日現在の法令・通達等に基づいて「余剰電力の売却収入については、それを事業として行っている場合や、他に事業所得がありその付随業務として行っているような場合には事業所得に該当すると考えられますが、給与所得者が太陽光発電設備を家事用資産として使用し、その余剰電力を売却しているような場合には、雑所得に該当します。」と回答している。新通達では、給与所得者であったとしても、帳簿保存があり、かつ上記①、②に該当しない場合は事業所得となるのであろうか。 7 税理士の給与所得 おそらくレアケースとは考えられるが、税理士が顧客から受け取る顧問報酬よりも、監査役等の役員報酬が多額になり、上記①や②に該当することとなった場合は、帳簿があったとしても税理士業による所得は雑所得となるのであろうか。役員は、税理士とは異なり期間制限のある契約であり、3年間という期間で雑所得と判断されることには違和感がある。税理士のわがままといわれるのだろうか。 (了)
〈令和4年分〉 おさえておきたい 年末調整のポイント 【第3回】 (最終回) 「令和5年分の源泉徴収事務」 ~国外居住親族に係る扶養控除の適用要件の見直しと扶養控除等申告書の様式変更~ 公認会計士・税理士 篠藤 敦子 令和4年分の年末調整について一連の手続を終えると、ほどなくして令和5年分の源泉徴収事務を意識する時期となる。 本稿最終回は、令和5年分の源泉徴収事務に関連する「国外居住親族に係る扶養控除の適用要件の見直し」と「扶養控除等申告書の「住民税に関する事項」欄の様式変更」について解説する。 【1】 国外居住親族に係る扶養控除の適用要件の見直し (1) 見直しの概要 令和2年度税制改正により、扶養控除の対象となる国外居住親族の範囲が縮小された。 令和5年1月1日以降は、非居住者である扶養親族のうち30歳以上70歳未満の者については、次のいずれかに該当しなければ扶養控除の対象から除外される(新所法2➀三十四の二ロ)。 扶養控除の対象から除外されれば、給与等の源泉徴収税額の計算においてもその者は扶養親族等の数に含まれない(新所法185①、186➀)。 国外居住親族に係る扶養控除の見直しについての詳細は、下記拙稿をご参照いただきたい。 (2) 扶養控除等申告書の「非居住者である親族欄」 今回の見直しを受け、令和5年分の扶養控除等申告書の「非居住者である親族欄」は、下記のとおり該当する区分にチェックを付ける様式に変更されている。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (3) 扶養控除等申告書提出時の確認書類 国外居住親族を扶養控除の対象として記載した扶養控除等申告書を提出するときには、各種の確認書類を提出又は提示しなくてはならない(新所令316の2②、新所規73の2②)。 具体的な確認書類は、国外居住親族の区分に応じて次のとおりとされている。 留学ビザ等書類とは、外国政府又は外国の地方公共団体が発行した国外居住親族に係る次の①又は②の書類で、その国外居住親族が外国における留学の在留資格に相当する資格をもってその外国に在留することにより国内に住所及び居所を有しなくなった旨を証するものをいう(国外居住親族に係る扶養控除等Q&A[Q9]参照)。 (※) いずれも翻訳文を含む。 なお、国税庁ホームページには、令和5年1月以降の新しい取扱いに基づいた「令和5年1月からの国外居住親族に係る扶養控除等Q&A(源泉所得税関係)」が公表されているので参考にされたい。 【2】 扶養控除等申告書「住民税に関する事項」欄の様式変更 (1) 「住民税に関する事項」欄 地方税法では、給与所得者は、毎年最初に給与の支払を受ける日の前日までに、給与等の支払者に対し「給与所得者の扶養親族等申告書」を提出することとされている(地方税法45の3の2➀、317の3の2➀)。 地方税法で提出が求められている「給与所得者の扶養親族等申告書」は、扶養控除等申告書の下部に「住民税に関する事項」として統合され1枚の様式になっている。 この「住民税に関する事項」部分について、令和5年分の様式に変更が加えられている。 具体的な変更点は、次の3つである。 (2) 変更の背景 住民税では、扶養親族や配偶者控除の要件となる所得の範囲に、現年分離課税の対象となる退職所得は含まれない。よって、配偶者や親族に退職所得があると、退職所得を含めた合計所得金額は48万円を超えるが、退職所得を含めない合計所得金額は48万円以下(※)となる場合もある。この場合、納税者は、所得税では配偶者控除や扶養控除、障害者控除、寡婦控除やひとり親控除(以下「配偶者控除等」という)の適用を受けることができないが、住民税では配偶者控除等の適用を受けることができる。 (※) 配偶者の退職所得を除いた合計所得金額が48万円超133万円以下であれば、住民税では配偶者特別控除の適用を受けることができる。 従来、住民税の確定申告をせず年末調整だけで済ませる納税者の中には、所得税と住民税における退職所得の取扱いの違いにより、住民税の計算で配偶者控除等が適用されないケースが生じていた。 この状況に対処するため、扶養控除等申告書の「住民税に関する事項」欄の記載内容が変更され、配偶者や親族について退職所得を除いた所得の見積額を把握できる様式とされた。今後は、住民税の確定申告をしなくても、年末調整を受けていれば住民税の計算で配偶者控除等の適用を受けることが可能となる。 (3) 変更箇所の記載方法 変更箇所の記載方法は、次のとおりである。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (※) 本稿では、年末調整で使用する各申告書等を次のとおり表記する。 (連載了)