これからの国際税務 【第30回】 「グローバルミニマム税の行方」 千葉商科大学大学院 客員教授 青山 慶二 1 はじめに 昨年10月に約140ヶ国から成るOECD/IFで合意されたGloBEルール(グローバルミニマム税構想)については、昨年12月に、各国が国内法立法をする際のモデルとなる法令案をOECD/IFが公表した。そして、その後、同法令案の技術的内容を詳述するコメンタリーが3月14日に追加発表された。 それぞれの内容を踏まえた詳細な実施枠組みは本年末までに準備されることとされているが、モデル法令案とコメンタリーによってグローバルミニマム税執行のための国内法の詳細が明らかになったことで、いよいよ、IF参加国での国内法立法化作業が本格化する基盤が整えられた。 低課税国に所在する関連会社の税負担を15%の実効税率まで追徴可能とするミニマム税については、法人税率をめぐる底辺への競争を防止する効果を持つ「租税回避防止機能」に加えて、追加的に親会社等所在地国に見込める大幅な法人税収に鑑み、IF参加国では早期の施行への希望が強く、それが、2022年内の国内法改正及び2023年からの実施という野心的なスケジュール設定の理由とされていた。しかし、年明け以来のOECD/IFや各国の動向をみると、そのようなスピーディな施行に疑問を投げかける変化が観察される。 以下では、そのような動向の要因と思われるモデルルールに内在する論点及びそれらをめぐる米国とEUの対応ぶりを概観し、最後に我が国の取組みへの影響を予測する。 2 モデルルールの課題 15%までのトップアップ税額の算定過程では、対象所得や調整対象税額について、国別に構成会社の財務会計上の当期利益・当期税金費用の合算をベースに調整するという、新規に追加される複雑な算定の仕組みについて不満が示されている。納税者のコンプライアンスコストを高めるモデルは、更に簡素化すべきとの要望がビジネス界から強い(注1)。 (注1) OECDビジネス諮問委員会(BIAC)租税委員会議長からOECDへの書簡(2022.1.22) また、適格国内ミニマム税額(QDMTT)が存在する場合の斟酌など低税率国側の対応措置や、適格低課税支払いルールの作用の確認手順などからは、対象税額の確認にあたっての手続きの複雑性のみならず、制度自体の合理性や永続性への懐疑なども指摘され始めている(注2)。 (注2) Lee Sheppard, “Pillar2 and QMDTT”(Tax Note International,2022.2.14) これらの諸課題は、今後の市中協議でも議論される可能性があるものの、その帰趨は、採否が任意とされたGloBEルールの国内法ドラフティングの内容やタイミングを左右するものと思われる。なお、ビジネス界が重視する簡素化措置としての、適用対象を絞り込むセーフハーバーについて、年末の実施枠組みで検討すると結論が先送りされたことも、今後の動向の不確実性を暗示する要因と思われる。 3 各国の動向 (1) 米国 バイデン政権の税制改革案について、議会では、GILTI及びFDIIという国境越え無形資産由来所得についての課税特例を、15%に近い実効税率にする方向で、協議が継続されている。これらが、最終的にGloBE税制と整合的とされるかどうかは、今後の法案決着を待つしかないが、仮に不調和とされると、他国の執行するGloBE税制との間で二重課税が発生する可能性があり、競争条件の悪化を招くので、ビジネス界は、GILTI税率のみならず、同制度の中での適格事業用資産投資控除(QBAIと呼び、GloBE税制の「有形資産・給与に係る控除(カーブアウト)」に匹敵。現行法では10%であるがバイデン政権は縮小を提案)についても、GloBE税制のQMDTTと整合的に修正するよう求めている(注3)。 (注3) James P.Fuller etc.,“US Tax Review”(Tax Note International,2022.2.21) なお、バイデン税制改革案には、財務上と税務上の利益の乖離による節税ギャップを埋める方策として、10億ドル超の調整法人所得を対象にした代替的ミニマム税(税率15%)も提案されているが、本税制は構造上、QMDTTに相当するものではないと考えられている。 これらの米国の税制改正案については、議会において3月に至るもまだ決着がついておらず、国際ルールとの調整の行方は不透明なままである。また、後述するEUでの指令案提案などの動きに対しては、QMDTTを含めたEU主導での制度設計が本来の第2の柱の立案趣旨から乖離しているのではとの不満等が米国では散見される。 (2) EU EUの欧州委員会は、OECD/IFのモデルルール公表に合わせて昨年12月にグローバルミニマム税についてのEU指令案を公表した。GloBE税制の内容は、モデルルールと変わらないが、EUが共通市場を目指しているため、大規模国内グループに対しても同ルールを適用するほか、QMDTTについての細目も明らかにしている。これは、アイルランドやハンガリーをはじめ実効税率が15%を下回る可能性のある加盟国への配慮が現れたものと考えられる。 2022年前半での指令の合意を目指す欧州委員会の提案の背景には、底辺への競争防止と租税回避への対応というOECDでの趣旨に加えて、パンデミック後の財源調達対応とグリーン化・デジタル化への税制対応も追加されていた。 しかし、今年に入って、早期決着を目指す指令案に対し、閣僚理事会ではまだスウェーデンをはじめ4ヶ国が不支持の姿勢をとっており、決着は4月以降に繰り延べられている(注4)。 (注4) Elodie Larmer, “Opposition to Pillar 2 shrinks at ECOFIN meeting”(Tax note International, 2022.3.21)。ポーランドは第1の柱との同時決着を主張するなど、反対国は、いずれも指令案の検討には時間を要するとしている。 4 我が国への含意 GloBE税制の国内法化に向けては、経団連をはじめとする我が国ビジネス界から、簡素化に向けた多方面の課題の指摘と提案がなされている。そこで指摘された技術的課題については、OECD/IFも認める通り、年末に向けさらなる市中協議が必要と考えられる。 他方で、国内法制化に向けたスタンスでは、施行タイミングのずれや実施内容の濃淡によって、企業グループの競争条件に格差を生む可能性があり、いたずらに先行するわけにはいかないと思われる。ただし、先行した国が、低課税支払いルール(UTPR)の適用に際して未実施国企業を適用対象にするリスクがあり、税率の高い我が国企業もこのリスクからは完全には逃れられないと思われるので、各国の立法・施行ぶりの進展にも注意する必要があろう。 ビジネスが重視するセーフハーバーの議論の決着は、単に執行レベルのみならず、制度設計にも影響を及ぼすと思われるので、この論点についてのIFでの議論には、政府・民間を通じて特に積極的にかかわっていく必要があると思われる(注5)。 (注5) 経済産業省では、今年中の立法化に向けた税制改正要望に向け準備作業が行われているようである。最近の公表事績として、経済産業省ホームページ「デジタル経済下における国際課税のあり方について(デジタル経済下における国際課税研究会中間報告書)(令和3年8月19日)」等がある。 (了)
〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第30回】 「部屋ごとに区分登記がされていない場合の特定居住用宅地等の特例の適用」 税理士 柴田 健次 [Q] 被相続人である甲(相続開始日:令和4年3月26日)は、下記の土地及び家屋を所有していました。土地建物の生前の利用状況は、下記の通り、1階及び2階部分は甲及び長男である乙が居住の用に供し、3階及び4階部分は甲の賃貸の用に供し、5階部分は長女である丙家族が居住の用に供しています。 1階、2階及び5階部分と3階及び4階の2区分で区分登記がされており、各階の占有部分の床面積は下記の通りとなります。甲は乙及び丙から賃料は収受していません。 【相続発生前の利用状況】 【占有部分の床面積】 甲の相続発生に伴い、甲の所有していた土地を乙及び丙が1/2ずつ取得した場合には、乙及び丙が適用できる特定居住用宅地等に係る小規模宅地等の特例の適用面積は何㎡でしょうか。 相続人は乙と丙の2人です。乙は甲と生計を一にしていましたが、丙は甲と生計を別にしており、乙及び丙は、相続後は引き続き上記の土地家屋に居住しています。 [A] 乙は取得した宅地等の面積の1/2相当である144㎡のうち1階及び2階部分に相当する58㎡(144㎡×290㎡/720㎡)について特定居住用宅地等に係る小規模宅地等の特例(以下、単に「特例」という)を受けることができますが、丙は同居親族とは認められず、特例の適用を受けることはできません。 ◆ ◆ ◆[解説]◆ ◆ ◆ 1 特定居住用宅地等の意義 被相続⼈⼜は当該被相続⼈と⽣計を⼀にしていた当該被相続⼈の親族(以下「被相続人等」という)の居住の⽤に供されていた宅地等(当該宅地等が2以上ある場合には、政令で定める宅地等に限る。「第19回で解説」)で、当該被相続⼈の配偶者⼜は一定の要件を満たす当該被相続⼈の親族(当該被相続⼈の配偶者を除く)が相続⼜は遺贈により取得したものをいいます(措法69の4③二)。 一定の要件を満たす被相続人の親族は、下記の(1)~(3)のいずれかを満たす親族をいいます。 (1) 同居親族 当該親族が相続開始の直前において当該宅地等の上に存する当該被相続⼈の居住の⽤に供されていた⼀棟の建物(当該被相続⼈、当該被相続⼈の配偶者⼜は当該親族の居住の⽤に供されていた部分として政令で定める部分に限る)に居住していた者であって、相続開始時から申告期限まで引き続き当該宅地等を有し、かつ、当該建物に居住していること。 政令で定める部分とは、次に掲げる場合の区分に応じてそれぞれに定める部分をいいます(措令40の2⑬、措通69の4-7の4)。 (2) 別居親族 当該親族が次に掲げる要件の全てを満たすこと(措令40の2⑭⑮、措規23の2④)。 (3) 生計一親族 当該親族が当該被相続⼈と⽣計を⼀にしていた者であって、相続開始時から申告期限まで引き続き当該宅地等を有し、かつ、相続開始前から申告期限まで引き続き当該宅地等を⾃⼰の居住の⽤に供していること。 2 特定居住用宅地等の範囲 特定居住用宅地等の範囲は、原則として、被相続人等の居住の用に供されていた部分に限られていますので、被相続人等の居住の用以外の用に供されていた部分については、特例の対象にはなりません。 ただし、被相続人の居住の用に供されていた建物が一棟の建物(区分所有建物である旨の登記がされている建物を除く)である場合には、その一棟の建物の敷地の用に供されていた宅地等のうち被相続人の親族の居住の用に供されていた部分は、被相続人の居住の用に供されていた宅地等として取り扱います(措令40の2④、措通69の4-7)。 3 本問への当てはめ 本問の場合には、入口の要件として被相続人等の居住の用に供されていた宅地等に該当するのか、出口の要件として取得者の要件を確認することになります。 入口の要件としては、上記2で解説の通り、区分登記がされている建物である場合には、被相続人等の居住の用に供されていた部分(1階及び2階)のみが特例の対象になります。仮に5階部分が1階及び2階と構造上つながっており、被相続人の居住の用に供されている場合には特例対象になりますが、本問の場合には、5階部分は丙家族のみが利用しており、被相続人等が居住していないことが前提となりますので、5階部分は特例の対象になりません。 続いて取得者の要件ですが、取得者ごとに確認すると下記の通りとなります。 〔乙について〕 乙は上記1(1)に記載されている「被相続⼈の居住の⽤に供されていた⼀棟の建物に居住していた者」であり、かつ、「相続開始時から申告期限まで引き続き当該宅地等を有し、かつ、当該建物に居住していること」の要件を満たします。したがって、取得者の要件を満たすことになりますので、他の要件を満たせば特例の対象になります。 特例の対象は、被相続人等の居住の用に供されていた1階及び2階部分のみとなりますので、乙が取得した土地等の面積を家屋の床面積で按分する必要があります。この場合の家屋の床面積の按分については、一棟の床面積を基に按分するのか、占有部分の床面積を基に按分するのかの問題があります。 小規模宅地等の特例は、建物の利用状況に基づき、居住用、居住用以外等に区分する必要があり、利用状況に基づき床面積で按分する必要があります。一棟の建物の床面積には、廊下や内階段等といった共用部分の面積も含まれていますが、占有部分の面積は区分所有者が完全に自己の所有物として扱うことができる部屋の内側の面積となりますので、占有部分で建物の利用状況を考えた方がより合理的な計算になると考えられます。 したがって、乙の特例の適用面積は、乙が取得した宅地等の面積の1/2相当である144㎡のうち1階及び2階部分に相当する58㎡(144㎡×290㎡/720㎡)となります。 〔丙について〕 同居親族の判定については、丙は被相続⼈の居住の⽤に供されていた部分に居住していないため、上記1(1)の要件である「被相続⼈の居住の⽤に供されていた⼀棟の建物に居住していた者」とは認められませんので、同居親族の要件を満たしません。区分登記がされている場合には、被相続人の親族の居住部分も含めて判定するという措置がありませんので、この点については注意が必要となります。 別居親族の判定については、上記1(2)③の要件を満たしませんので、別居親族の要件も満たしません。したがって、丙は特例の適用を受けることはできません。 なお、本問の場合には、3階及び4階部分については、他の要件を満たせば、乙及び丙は、それぞれ64㎡(288㎡×1/2×320㎡/720㎡)ずつ貸付事業用宅地等に係る小規模宅地等の特例の適用を受けることができます。 ★実務上のポイント★ 相続開始前に区分登記を解消した場合には、丙の居住部分も含めて特例適用が可能となりますので、事前にアドバイスすることも重要となります。 (了)
街の税理士が「あれっ?」と思う 税務の疑問点 【第5回】 「被相続人の居住用財産(空き家)を売ったときの特例(3,000万円控除)」 ~数次相続の場合の遺産分割~ 城東税務勉強会 税理士 大塚 進一 問 題 父が所有し、父母が2人で住んでいた1戸建て建物(昭和50年築、非耐震)とその敷地について、令和2年9月に父が死亡し、父死亡後は母が1人で住んでいましたが、令和3年3月に母が死亡(数次相続)しました。 なお、法定相続人は、父死亡時は母と別居の子供2人(長男・次男)であり、母死亡時は子供2人(長男・次男)です。令和3年10月に、相続人が建物取壊しの上、第3者の他人に土地全部を5,000万円で売却した場合、被相続人の居住用財産(空き家)に係る譲渡所得の特別控除の特例(以下、「空き家特例」という)は、どう遺産分割していれば土地全体の売買につき適用できますか。 回 答 空き家特例とは、①被相続人が1人で住んでいて相続によって空き家になった、②昭和56年5月31日以前に建てられた家屋(区分所有でない)を、③相続又は遺贈により、その家屋及びその敷地等を取得した相続人が、 ④相続発生から3年後の12月31日までに、⑤親子や夫婦など特別の関係がある人以外に、⑥1億円以下で、⑦ その家屋を一定の耐震基準を満たすようにして、又は家屋を取り壊し更地にして、⑧その家屋あるいは家屋とともに敷地、又は更地にした土地を売却した場合に、譲渡所得から3,000万円を控除することができる特例です。 よって上記の問題では、父死亡時、①父は1人で住んでおらず、死亡後は母が住み、空き家ではないので、空き家特例は適用できません。ただし母死亡時は、①母が1人で住んでいて、死亡後は空き家になっており、さらに上記②及び④~⑧の要件を満たすので、あとは土地全体につき③を満たせば、空き家特例の3,000万円控除が全部につき適用可能です。 そのためには、父死亡の相続時、父の持分は一旦母に帰属したとして、母の死亡の相続時に長男あるいは次男又はその両方が、その家屋と敷地の両方を取得しなければなりません。なお、長男と次男がその家屋と敷地を1/2ずつ等の共有持分で両方相続した場合には、長男と次男それぞれに3,000万円の控除の適用が可能です。ただし、土地を長男に家屋を次男になど、土地と家屋を別々に相続した場合には、家屋と敷地の両方を取得していないので空き家特例の適用はできません。 考 察 この特例は、相続又は遺贈によって、被相続人の居住用家屋とその敷地の両方をセットで取得した者にだけ適用されます。家屋とその敷地を、別々の者が取得した場合は適用されません。すなわち、家屋と土地の両方を取得した者は、適用することができますが、土地だけを相続した者は、家屋を取得していないので適用できません。同様に家屋だけを相続した者にも適用はできません。 ◆租税特別措置法(所得税関係)通達35-9(「被相続人居住用家屋及び被相続人居住用家屋の敷地等の取得をした個人」の範囲) (※) 下線部筆者 また、上記回答で父死亡時に、相続により家屋とその敷地を1/2ずつの持分で母と長男で取得し、母死亡時に、残り1/2の家屋とその敷地持分を相続により長男(又は次男)が取得した場合のように、被相続人の居住用家屋とその敷地のうち、相続人が相続開始前にすでに所有していた共有持分については、この特例の適用はありません。つまり、母死亡時に長男(又は次男)が相続した1/2の持分についてのみ、この特例が適用できます。 なお、⑥の譲渡対価1億円以下の判定は、上記で、母死亡時に長男が相続した場合、その敷地(及び家屋)は全体として長男が売却する事になるので、全体の(父からの相続分(1/2)と母からの相続分(1/2)の両方の)譲渡対価が対象になります(措通35-22(「対象譲渡資産一体家屋等」の判定)(1))。しかし、母死亡時に次男が相続した場合、長男と次男でその敷地(及び家屋)の全体を売却しても、母の相続時には長男(特例の適用不可)は家屋も敷地も取得していないので、次男(特例の適用可)は相続分(1/2)のみの譲渡対価が1億円以下か否かで判定します。 さらに、1億円以下の判定は相続開始から対象資産の譲渡を行った翌年以降3年目の年度末までに行った対象資産と一体的に居住の用に供していた資産の譲渡も含めて判断します。その譲渡には贈与や低額譲渡も対象になり、この場合時価により判断します。 また、本事例の家屋とその敷地の持分が次の〔A〕〔B〕のような時、その場合によって以下が考えられます。 * * * なお、実際の空き家売買では、相続によって空き家になった家屋と敷地をそのまま売却する事例が散見されます。その場合、要件を満たさないことが多く、空き家特例は適用不可となります。昭和56年5月31日以前の建築家屋が一定の耐震基準を満たすことはほとんどなく、売却物件への耐震補修も考えにくいので、家屋を取り壊した後の売却が現実的です。また空き家購入後に、買主側業者での取壊しが多いのも事実です。事前に相談を受けた場合は、取壊しについて注意を払う必要があります。 (了)
収益認識会計基準と 法人税法22条の2及び関係法令通達の論点研究 【第75回】 千葉商科大学商経学部准教授 泉 絢也 イ 本通達の趣旨 本通達の趣旨は次のとおりである(趣旨説明50頁以下)。 《企業会計上の取扱い》 企業会計原則が採用する販売基準による収益の発生の時点は、財貨又は役務の移転に対する現金又は現金等価物の取得の時点であるとされている。 このため、伝統的な実現主義(企業会計原則第二の三B参照)の考え方では、次の時点で収益認識することが一般的であった。 企業会計原則注解(注5)においても、一定の契約に従って継続して役務の提供を行う場合には、時間の経過に伴い収益を認識することが定められている。工事契約に関しては企業会計基準第15号「工事契約に関する会計基準」に従って、工事の進捗部分について成果の確実性が認められる場合には、工事進行基準が適用されることとされていた。 収益認識会計基準では、財又はサービスに対する支配が顧客に一定の期間にわたり移転することとなる要件に該当する場合には、財又はサービスを顧客に移転する履行義務を充足するにつれて、一定の期間にわたって収益を認識することとされている(基準35、38)。 《法人税法上の取扱い》 平成30年度税制改正前の法人税法においては、収益の帰属の時期についての明確な規定は設けられていなかった。役務の提供に関していえば、別段の定めがあるものを除き、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従うものとされていた。 前述のとおり伝統的な実現主義の考え方では、報酬を請求することができることとなった時期が収益の帰属時期となることが一般的であったものと考えられる。このことは、旧通達2-1-5《請負による収益の帰属の時期》の取扱いにおいて示されていた。 平成30年度税制改正では、資産の引渡し又は役務の提供の時点を収益認識の原則的な時点とする従来の考え方が踏襲され、資産の販売等による収益の額は、目的物の引渡し又は役務提供の日の属する事業年度の益金の額に算入することが原則とされた(法法22の2①)。 ここで、法人税法22条の2第1項における「役務の提供の日」は、必ずしも役務の全部の完了の日とは限らず、連続した役務が漸次提供されていくそれぞれの日も含まれることになる。よって「役務の提供の日」が具体的にどの日であるか、また、「近接する日」としてどのような日が認められるかについては、取引に応じて合理的と考えられる日となる。 例えば、収益認識会計基準における履行義務が一定の期間にわたり充足されるものであれば各事業年度の進捗度に応じ漸次提供されていく役務提供に係る部分について益金の額に算入することとなる一方、請負(法人税法64条の適用を受けるものを除く)については、履行義務が一定の期間にわたり充足されるものに該当する場合であっても、引渡し等の日の属する事業年度の益金の額に算入するといった従来の会計処理に従った取扱いを原則的な取扱いとしている(法基通2-1-21の7)。 本通達は、収益認識会計基準における履行義務が一定の期間にわたり充足されるものについての収益の計上の考え方を取り入れるものである。 同基準においては、例えば、物品供給契約のように一定の部品を一定期間において一定量順次引き渡していく契約は単一の履行義務となると考えられる。この場合において、その契約を請負(すなわち役務提供)とみて本通達を適用していくのか、それとも個々の部品の引渡しを棚卸資産の販売とみて法人税基本通達2-1-2《棚卸資産の引渡しの日の判定》を適用していくのか判断が難しいところもある。 この点については、一定の期間にわたり充足される履行義務に該当する場合には、その履行義務の進捗度に応じた収益を計上することとなり、その進捗度の見積り方法として、例えば、引渡単位数を指標とするアウトプット法(指針17)を適用するケースでは、結果的には、収益の計上時期や計上額は、個々の棚卸資産の引渡しごとに収益を計上する場合と同様となるものと考えられる。 ウ 履行義務の充足に係る進捗度 収益認識会計基準では、一定の期間にわたり充足される履行義務については、履行義務の充足に係る進捗度を見積もり、当該進捗度に基づき収益を一定の期間にわたり認識する(基準41)。 また、同基準では、完全な履行義務の充足に向けて財又はサービスに対する支配を顧客に移転する際の企業の履行を描写する進捗度を「履行義務の充足に係る進捗度」と呼ぶ。その適切な見積り(基準41)の方法には、次のアウトプット法とインプット法があり、その方法を決定するにあたっては、財又はサービスの性質を考慮する(指針15)。 履行義務の充足に係る進捗度の見積りにあたっては、履行義務を充足する際に顧客に支配が移転する財又はサービスの影響を当該進捗度の見積りに反映するが、顧客に支配が移転しない財又はサービスの影響は当該進捗度の見積りに反映しない(指針16)。 かような収益認識会計基準における定めを踏まえ、平成30年度税制改正に伴う見直しでは、法人税基本通達2-1-21の5《履行義務が一定の期間にわたり充足されるものに係る収益の額の算定の通則》において、履行義務が一定の期間にわたり充足されるものに係る収益の額は、提供した役務につき通常得べき対価の額に相当する金額に当該事業年度終了の時における履行義務の充足に係る進捗度を乗じて計算した金額から、当該事業年度前の各事業年度の収益の額とされた金額を控除した金額とすることとされた。 また、法人税基本通達2-1-21の6《履行義務の充足に係る進捗度》において、履行義務が一定の期間にわたるものに係る収益を算定する際の履行義務の充足に係る進捗度は、役務の提供に係る原価その他の費用の合計額のうち、その役務の提供のために既に要した原材料費、労務費その他の経費の額の合計額の占める割合その他の履行義務の進捗の度合を示すものとして合理的と認められるものに基づいて計算した割合をいうこととされた。 この通達ではこの合理的と認められる方法としてインプット法である原価比例法を例示しているが、履行義務の進捗の度合いを示すものとして「合理的と認められるもの」であれば、アウトプット法によるものも含まれると解されている(趣旨説明59頁)。 そして、法人税基本通達2-1-21の6(注)2において、収益認識会計基準の定め(指針16)と同様に、既に要した原材料費、労務費その他の経費の額のうちに、履行義務の充足に係る進捗度に寄与しないもの又は比例しないものがある場合には、その金額を進捗度の見積りには反映させないことができることとされている。 エ 各通達の法的根拠 本通達の立案担当者は要旨次のように説明している(髙橋正朗「平成30年度法人税基本通達等の一部改正について」租税研究832号20~21頁参照。図表は同論稿27頁の図表を筆者が一部修正)。 改正前において、法人税法が企業会計と同じ取扱いになることは22条4項を根拠に一応説明がつくと思われる。 しかしながら、改正後においては、22条の2第1項が22条4項に優先して適用されるはずであることを前提とすると(本連載第11回参照)、同項を根拠に企業会計と同じ取扱いになるという説明は成り立たない。 そうすると、本通達やここで取り上げた法人税基本通達21-1-21の4~6において、収益認識会計基準に合わせた取扱いの法的根拠が問われることになる(酒井克彦『プログレッシブ税務会計論Ⅲ』278頁以下(中央経済社2019)も参照)。 この点に関して、各通達は、法人税法22条の2第1項の「役務の提供の日」を従来の取扱いを踏まえて、相当柔軟に捉えて、解釈しているのかもしれない。 筆者は、同項の「引渡しの日」について、次のように解している(泉絢也「法人税法と収益認識会計基準(1)―収益の計上時期を決する諸原則(引渡基準と権利確定主義・無条件請求権説・実現主義・管理支配基準)―」千葉商大論叢58巻3号19頁以下参照)。 かような「引渡しの日」と同様に、法人税法22条の2第1項の「役務の提供の日」もある程度、同様に解することが可能であり、各通達のように柔軟に捉えて解釈する道、各通達の内容に法的根拠を与える道も皆無ではない。 例えば、収益認識会計基準や法人税基本通達2-1-21の6のような進捗度に基づく収益認識について、これが権利確定主義に適合するのであれば(参考として、一高龍司「IFRS第15号と営業収益に関する益金算入時期」租税研究816号136~137頁参照)、法人税法22条の2第1項の「役務の提供の日」の解釈の範囲内にあるものとして、法的根拠を説明することが一応できそうである。 もっとも、この辺りの法的根拠に関する議論を明確にせずに、あるいは議論を詰めることなく、法人税法22条の2の規律範囲においても22条4項の適用があるのと同じように通達で会計の基準を取り入れる当局の姿勢には疑問が惹起される。 (了)
2022年3月期決算における会計処理の留意事項 【第4回】 (最終回) 史彩監査法人 公認会計士 西田 友洋 Ⅸ 会社法施行規則等の改正 令和3年法務省令第45号「会社法施行規則及び会社計算規則の一部を改正する省令(以下、「本省令」という)」が2021年12月13日に公布され、同日付けで施行されている。 なお、本省令と同様の改正は、2020年5月15日に公布・施行した会社法施行規則及び会社計算規則の一部を改正する省令(令和2年法務省令第37号)、2021年1月29日に公布・施行した会社法施行規則及び会社計算規則の一部を改正する省令(令和3年法務省令第1号)でも行われているが、いずれも効力を失っているため、改めて同様の改正として行われたものである。 (※1) 監査役等による監査報告及び会計監査人による会計監査報告も含まれる(会社計算規則133①)。 (※2) 貸借対照表及び損益計算書に表示すべき事項については、会計監査報告に無限定適正意見が付されていることなどの一定の条件を満たす場合にのみ、ウェブ開示の対象となる(会社計算規則133の2。計算書類について株主総会の承認(会社法438②)を要する場合には、貸借対照表及び損益計算書に表示すべき事項は同制度の対象とならない)。 Ⅹ 金融庁の令和2年度有価証券報告書レビューを踏まえた留意事項 2021年4月8日に金融庁より「令和2年度 有価証券報告書レビューの審査結果及び審査結果を踏まえた留意すべき事項」が公表された。これは、令和2年度の有価証券報告書レビューの実施状況を踏まえ、複数の会社に共通して記載内容が不十分であると認められた事項に関し、記載に当たって留意点等を取りまとめたものである。 レビュー結果の内容は、上場会社のみならず、非上場会社の2022年3月期決算においても参考となる箇所がある。 1 有価証券報告書の【経営方針、経営環境及び対処すべき課題等】の記載 2 有価証券報告書の【事業等のリスク】の記載 3 有価証券報告書の【経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析(MD&A)】の記載 4 有価証券報告書の【監査の状況】の記載 5 収益認識に関する注記【収益の分解】 「収益の分解」に関する具体的な注記内容については、本連載【第2回】Ⅳ2(1)を参照されたい。 6 収益認識に関する注記【収益を理解するための基礎となる情報/契約及び履行義務に関する情報・履行義務の充足時点に関する情報】 「収益を理解するための基礎となる情報/契約及び履行義務に関する情報」に関する具体的な注記内容については、本連載【第2回】Ⅳ2(2)①④を参照されたい。 7 収益認識に関する注記【当期及び翌期以降の収益の金額を理解するための情報/残存履行義務に配分した取引価格】 「当期及び翌期以降の収益の金額を理解するための情報/残存履行義務に配分した取引価格」に関する具体的な注記内容については、本連載【第2回】Ⅳ2(3)②を参照されたい。 8 収益認識に関する注記【その他】 ◎ 令和3年度 有価証券報告書レビューの審査結果及び審査結果を踏まえた留意すべき事項 2022年3月25日に金融庁より「令和3年度 有価証券報告書レビューの審査結果及び審査結果を踏まえた留意すべき事項」が公表された。 「令和2年度 有価証券報告書レビューの審査結果及び審査結果を踏まえた留意すべき事項」と同様の内容も含まれるため、以下では、「令和3年度 有価証券報告書レビューの審査結果及び審査結果を踏まえた留意すべき事項」において、新しく記載された内容についてのみ、解説する。 1 「会計上の見積りの開示に関する会計基準」における留意事項 2 「会計方針の開示、会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」における留意事項 3 有価証券報告書の「役員の報酬等」の留意事項 4 有価証券報告書の「株券等の保有状況」の留意事項 5 新型コロナウイルス感染症に関する開示の留意事項 (1) 新型コロナウイルス感染症に関する開示の全体的な留意事項 (2) 新型コロナウイルス感染症に関する開示の個別の留意事項 ① 有価証券報告書の「経営方針、経営環境及び対処すべき課題」 ② 有価証券報告書の「事業等のリスク」 ③ 有価証券報告書の「経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析」 ④ 重要な会計上の見積り注記 6 収益認識に関する注記の留意事項 ① 契約資産及び契約負債 ② 取引価格及び履行義務への配分額の算定 Ⅺ 開示の好事例 1 金融庁/記述情報の開示の好事例集 2022年2月4日に金融庁より「記述情報の開示の好事例集2021」が公表され、3月25日に更新版が公表されている。好事例集は、有価証券報告書や統合報告書等の好事例を集めたものである。2018年度から2021年度まで公表されているが、開示作成にあたり、参考にしていただきたい。 なお、好事例集で記載されている内容は、以下のとおりである。 また、2021年4月16日に「記述情報の開示の充実に向けた解説動画」も配信しているため、こちらも参考にしていただきたい。 2 日本取引所グループ/上場会社のESG情報開示事例 日本取引所グループより、ESG情報を開示している上場会社の開示内容や開示のプロセスの説明が公表されている。公表されている会社は、以下のとおりである。ESG情報の開示にあたり、参考にしていただきたい。 3 その他 他にも、以下の情報(サイト)が参考となる。 (了)
〔事例で使える〕 中小企業会計指針・会計要領 《組織再編-合併》編 【第2回】 「オーナー株主が100%所有する兄弟会社間の合併」 公認会計士・税理士 前原 啓二 はじめに いろいろな合併パターンのうち、同一グループ内の中小企業間において実際に合併が実施されるのは、主に税制上の適格合併に該当するケースです。そこで、《組織再編-合併》編では、税制上の適格要件を満たす合併のうち、「100%親子会社間の吸収合併」と、「オーナー株主が100%所有する兄弟会社間の合併」の2例を取り上げます。今回は、「オーナー株主が100%所有する兄弟会社間の合併」について、ご紹介します。 【設例2】 P氏及びその長男C氏は、X社とY社を所有しています。X1年4月1日にX社(吸収合併存続会社)がY社(吸収合併消滅会社)を吸収合併しました。 (1) X社の発行済株式総数は400株で、X社株式の所有割合は、P氏80%、C氏20%。Y社の発行済株式総数は160株で、Y社株式の所有割合は、P氏60%、C氏40%。いずれも、普通株式。 (2) X社、Y社とも決算日は3月31日。 (3) X社のX1年3月31日の貸借対照表は、下記のとおりです。 土地の時価は、32,000,000円(含み益10,000,000円)です。 (4) Y社のX1年3月31日の貸借対照表は、下記のとおりです。 いずれの資産及び負債の貸借対照表価額も、企業会計の基準等に基づいて算定された帳簿価額とします。土地の時価は、16,000,000円(含み益5,000,000円)です。法人税上の資本金等の額は8,000,000円、利益積立金額は14,000,000円とします。 (5) 合併比率を1.25として、Y社の株主に対して、X社の普通株式を割当交付します。 (6) 合併に際して増加する株主資本の会計処理は、Y社の株主資本の構成(内訳科目)をそのまま引き継ぐ処理方法を採用します。 (7) 合併後にX社との間に、P氏及び長男C氏による完全支配関係が継続することが見込まれます。 1 合併比率1.25の算定について この設例では、X社の株主とY社の株主は両社ともP氏とC氏であり同じですが、各人ごとの所有割合が2社で異なる(X社の所有割合:P氏80%・C氏20%、Y社の所有割合:P氏60%・C氏40%)ため、合併に際して、吸収合併消滅会社Y社の株主に対して、Y社の普通株式1株につき吸収合併存続会社X社の普通株式を下記のとおり1.25株の割合(これを「合併比率」といいます)をもって割当交付することとしています。他に合理的な理由がない限り、恣意的に合併比率を操作したり、合併比率が1からかけ離れているにもかかわらず、無対価合併を実施すると、P氏とC氏との間において贈与税課税が生じる場合があるので注意が必要です。 合理的な合併比率として、この設例では、時価純資産価値を用いることとしています。 具体的には、下記表のとおり、それぞれの①貸借対照表の簿価純資産価額に②含み損益を加味して③時価純資産価値を求め、これを④発行済株式数で割って、⑤1株当たり時価純資産価値を算出します。ここで、Y社の1株当たり時価純資産価値168,750円/株をX社の1株当たり時価純資産価値135,000円/株で割って、合併比率1.25を算定しました。 この合併比率により、Y社株式160株に1.25を乗じた200株のX社株式が、合併に際してY社の所有割合に応じてP氏とC氏に割当交付されます。その結果、下記表のように、X社の所有割合は、合併直前のP氏80%・C氏20%から、合併直後にはP氏73.3%・C氏26.7%へ変動します。 2 X社(吸収合併存続会社)の合併時の仕訳 X社(吸収合併存続会社)の合併時の仕訳は、次のとおりです。 〈X1年4月1日〉 中小企業会計指針において、合併等の企業結合が行われた際に、取得と判定された場合と、共同支配企業の形成、共通支配下の取引等と判定された場合とに識別して会計処理を適用します。この設例は、オーナー株主が100%所有する兄弟会社間の合併なので、共通支配下の取引等と判定されます。したがって、X社が吸収合併消滅会社Y社から受け入れる資産及び負債には、Y社の適正な帳簿価額を付すことになります(中小企業会計指針81)。 この設例では、合併の日(X1年4月1日)の前日(X1年3月31日)におけるY社の適正な帳簿価額は、資産として、現金預金12,000,000円、土地11,000,000円、負債として、未払金350,000円、未払法人税等650,000円であり、X社はこれらの金額をもって各資産及び各負債を受け入れます。 また、吸収合併存続会社X社は、吸収合併消滅会社Y社の合併期日の前日の適正な帳簿価額による株主資本の額を、原則として、払込資本(資本金、資本準備金、その他資本剰余金)として会計処理します。 ただし、合併が共同支配企業の形成、共通支配下の取引等と判定され、合併の対価が株式のみの場合には、吸収合併存続会社X社は、吸収合併消滅会社Y社の合併期日の前日の資本金、資本準備金、その他の資本剰余金、利益準備金及びその他の利益剰余金の内訳科目をそのまま引き継ぐことができます(企業結合会計基準及び事業分離等会計基準に関する適用指針254、185)。 この設例では、この吸収合併消滅会社Y社の株主資本の構成(内訳科目)を引き継ぐ処理方法を採用しているので、合併の日(X1年4月1日)の前日(X1年3月31日)におけるY社の株主資本の内訳科目のとおり、資本金 8,000,000円、利益準備金1,000,000円、繰越利益剰余金13,000,000円をそのまま引継ぎます。 3 合併直後の期首貸借対照表の金額 合併直後の期首貸借対照表の金額は、次のとおりです。 〈X1年4月1日〉 4 法人税上の取扱い 税制上の合併の取扱いは、上記の会計上の取扱いと異なり、適格合併と非適格合併とに分類されます。 例えば、次の(ⅰ)(ⅱ)いずれかの関係にある完全支配間合併で、被合併法人の株主に合併法人の株式以外の資産が交付されないものは、適格合併の1つの例です(法令4の3②)。 同一の者は、個人である場合にはその個人の親族等を含むので、この設例の「P氏及び長男C氏」は同一の者に該当します。よって、合併前に被合併法人「Y社」と合併法人「X社」との間に同一の者「P氏及び長男C氏」による完全支配関係があり、かつ、合併後に「X社」との間に、「P氏及び長男C氏」による完全支配関係が継続することが見込まれるものとしているため、この設例では、適格要件を満たします。 適格合併により内国法人である被合併法人(Y社)が、合併法人(X社)に資産及び負債の移転をしたときは、その移転をした資産及び負債のその適格合併に係る最終事業年度(被合併法人Y社の合併の日「X1年4月1日」の前日の属する事業年度「X1年3月31日期末の決算期」をいいます)終了の時の帳簿価額による引継ぎをしたものとしてその国内法人の各事業年度の所得の金額を計算します(法62の2①)。したがって、合併時に移転する資産及び負債の譲渡損益は認識されません。 これを受けて、適格合併により、合併法人(X社)における被合併法人(Y社)からの資産及び負債の引継価額は、被合併法人(Y社)におけるその資産及び負債の帳簿価額となります(法令123の3③)。 また、この設例では、適格合併に係る被合併法人(Y社)の当該適格合併の日(X1年4月1日)の前日の属する事業年度終了の時(X1年3月31日)における資本金等の額(8,000,000円)と利益積立金額(14,000,000円)を、X社はそれぞれ資本金等の額(法令8①五ハ)と利益積立金額(法令9①二)として引継ぎします。 これにより、X社の合併の日の法人税上の仕訳は、次のとおりです。 〈X1年4月1日〉 5 損益計算書の当期純損益から法人税申告書の課税所得を算出する際の加算・減算調整 この設例のケースでは、会計処理と法人税上の取扱いで、損益計算書の当期純損益から法人税申告書の課税所得を算出する際の加算・減算調整が必要な項目は、ありません。 (《組織再編-合併》編 終了)
〔具体事例から読み取る〕 “強い"会社の仕組みづくりQ&A 【第2回】 「増加するサイバー攻撃や情報漏えいリスク等にどのように対応すべきか」 米国公認会計士・公認内部監査人 打田 昌行 ◆◇ 解 説 ◇◆ 1 サイバー犯罪の脅威を自覚する (1) 脅威の現実を知る 東京商工リサーチの調査(※2)によれば、2012年から2021年までの10年間において、上場企業とその子会社で個人情報の漏えい・紛失事故を公表したのは累計496社、事故件数は925件に及ぶ。つまり、個人情報の漏えい・紛失事故を起こした上場企業は、全上場企業(約3,800社)の1割を超える。 (※2) 東京商工リサーチ「上場企業の個人情報漏えい・紛失事故は、調査開始以来最多の137件 574万人分(2021年)」 また、同調査では「上場企業による公表分だけでも、2012年以降の10年間で日本の全人口に匹敵する個人情報の漏洩が発生している。しかも、事故件数は毎年、最多件数を更新し、増勢が明らかになった。特に、不正アクセスなどによるサイバー攻撃は深刻さを増している。セキュリティの重要性は社会的にも年々高まり、技術も進歩しているが、事故件数は増加しイタチごっこの様相を呈している。」と述べられている。 (2) 自社だけは大丈夫という安易な意識を払拭する サイバー攻撃によるウイルス感染が原因で業務が大幅に滞る現場に、筆者は何度か直面した。添付ファイルを不用意に開き、電子メール上のリンクをクリックすることで感染が広がる。ひとたび感染すればインターネットやメールは全て遮断されて使えず、日常の勤怠管理はもちろん、旅費の精算すらできない。業務は事実上ストップし、取引先への定期的な支払業務すら滞るという深刻な事態に陥る。 最近は感染によりファイルを暗号化し、復元に多額の身代金を求めるランサムウェアの手口が横行、病院等が被害に遭うニュースが相次ぐ。テレワークによるIT依存が高まるなか、私たちがこうした危機的な状況に追い込まれる可能性が増々高まっている。当社だけは無関係と安易に構えること自体、大きなリスクを看過しているといえる。 2 情報漏えいの重大リスクに備える~置き忘れ、紛失や盗難 モバイル用のパソコンや情報媒体を管理する方針やルールを定め、個人管理を徹底させるため棚卸を定期的に実施する必要がある。 (1) 置き忘れ、紛失や盗難に対応 情報機器、媒体の置き忘れや紛失は、社内の情報漏えいをもたらす重大事故の主要因である。テレワークは自宅で業務を行う場合に限らず、移動中や移動の合間に行うモバイルワークやリゾート地で行うワーケーションも含まれる。 そのため移動時に、電車の荷物棚へパソコンを置き忘れる。帰宅や出張時に過度の飲酒が原因で眠り込み、顧客情報の入った情報機器を何者かに盗まれ、重大な責任問題へ発展することも起こり得る。日頃から社員へ情報機器、媒体の保管と管理の注意を喚起するルールをつくり、定期的な実地棚卸を実施することを怠らない。 (2) サーバー通信型のパソコンの活用 資金に余裕があれば、情報のメモリ機能を持たないパソコンを活用することを勧める。データ加工はパソコン上で行うが、そのデータはサーバーに送信され、一切パソコン内に残らない。パソコン自体が盗まれる、又は置き忘れにより紛失しても、中身は空箱で、データ流出につながる恐れはない。 3 情報漏えいの重大リスクに備える~ヒューマンエラー システムやパソコンの誤操作による情報漏えいも深刻な事態をもたらす。そのため、次のようなヒューマンエラーを最小限度に留められるかが重要となる。 こうしたヒューマンエラーは、新任者教育や業務のマニュアル化に加え、定期的なセキュリティ研修により従業員の意識を改善することで、かなりの程度まで発生を抑え込める。 なかでもセキュリティ研修では、なぜ誤送信をしたのか、ファイル添付を誤ったのか等につき、実際の事例を用いて研修者に自発的に考えさせるのがよい。業務手順や周囲の環境を対象にエラーが起きた原因を自発的に考える研修を企画することで再発防止に向けた業務手続、システムの改善、労働環境の改善やルール整備などに効果的に取り組める。 4 情報漏えいの重大リスクに備える~不正アクセス 企業は不正アクセスに対し、専門の管理者を配置してファイヤーウォールを配置、不正感知の対応を強化している。そのため、セキュリティが比較的手薄なテレワークに用いるパソコンが攻撃者の格好のターゲットになる。それはテレワークに従事する従業員が常にセキュリティの最前線に晒されていることを意味する。 そこで企業は、リスクに対する対策をルールやマニュアルに反映させ、情報セキュリティ方針にそれらを織り込み、セキュリティ環境の整備に取り組む必要がある。 (1) 重大リスク低減のためのルールやマニュアルを策定し、方針に織り込む セキュリティ方針に織り込むルールやマニュアルの例を以下に示す。 (2) セキュリティ方針に基づき整備すべき事項 より良いセキュリティ環境を作るため、会社が整備する事項を以下に示す。 (3) 個人に求められるセキュリティ対策 SNSで不用意に呟いた社内の情報が、ウイルスメールの発信に悪用された事例がある。 拙稿「不正を防ぐ社内体制の作り方」の【第6回】では、個人が留意すべきことに関して記載しているため、是非こちらも確認してほしい。 * * * 《参考:Emotetマルウェアの再流行》 添付で送信されるZIPファイル(『西暦日付_数字4ケタ.zip』)にEmotetウイルスが仕組まれ、不用意にクリックして感染するとメールアカウント、パスワードやアドレス帳等の情報が盗まれる。攻撃者はそれを使って他のユーザーへ感染メールを送信するので、取引先や顧客を巻き込むことも想定される。 (了)
《インボイス制度下に独禁法・下請法違反とならないための》 免税事業者との取引における実務対応 のぞみ総合法律事務所 弁護士 大東 泰雄 弁護士 福塚 侑也 1 はじめに 2023年10月1日から、消費税の適格請求書等保存方式(以下「インボイス制度」という)が実施される。 インボイス制度の実施後、仕入税額控除を行うためには、仕入先事業者から適格請求書(以下「インボイス」という)の交付を受け、これを保存する必要があるとされる。そして、インボイスは課税事業者でなければ発行できないため、仕入先が免税事業者である場合にはインボイスの交付を受けることができず、結果として、当該仕入先からの仕入れについて仕入税額控除ができないこととなる。 そのため、企業においては、免税事業者からの仕入について消費税額の負担が増えないよう対応策を検討しているところであろう。 しかしながら、その対応の仕方によっては、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独禁法」という)が禁止する優越的地位の濫用に該当したり、下請代金支払遅延等防止法(以下「下請法」という)に違反することが懸念される。 そこで、本稿では、インボイス制度下において独禁法・下請法違反とならないための免税事業者との取引における実務対応について、財務省・公正取引委員会(以下「公取委」という)・経済産業省・中小企業庁・国土交通省が連名で公表した「免税事業者及びその取引先のインボイス制度への対応に関するQ&A」(2022年1月19日公表・同年3月8日改正。以下「インボイス対応Q&A」という)の記載を踏まえて解説する。 2 優越的地位の濫用・下請法とはどのようなものか 独禁法は、取引上優越した地位(優越的地位)にある事業者が、その地位を利用して取引の相手方に不当な不利益を課すことを、優越的地位の濫用として禁止している。優越的地位の濫用に当たり得る行為には様々なものが含まれ、著しく低い取引価格を不当に定める行為(買いたたき)も典型例の1つである。 下請法は、①親事業者と下請事業者の資本金が一定の関係にあること(資本金要件)、②製造委託等の一定の委託取引を行うこと(取引内容要件)という要件を満たす取引(下請取引)において、発注者である親事業者が、下請事業者の利益を不当に害する一定の行為を行うことを禁止するなどしている。親事業者の禁止行為には様々なものが含まれ、買いたたきもその1つである。 優越的地位の濫用及び下請法の規制対象になるか否かは、個別の事情に応じて検討されるものの、仕入先が零細企業や個人事業者といった免税事業者である場合は、一般に、買い手側が当該仕入先に対して優越的地位に立つと評価される場合が多く、下請法上の資本金要件を満たす場合が多いということになるであろう。 したがって、インボイス制度への対応のため、仕入先である免税事業者と交渉するに当たっては、優越的地位の濫用や下請法違反とならないように細心の注意を払う必要がある。 3 独禁法・下請法違反とならないための実務対応 (1) 仕入税額控除ができない分だけ取引価格の引下げを求めてもよいか 仕入先免税事業者からインボイスの発行を受けることができない買い手事業者としては、仕入税額控除ができなくなる分だけ、仕入先免税事業者に対して取引価格の引下げを求めることによって、自身の損失を回避しようとすることが考えられる。 この点について、インボイス対応Q&Aは次の考え方を示している(下線は筆者らによる。以下同様)。 また、上記【Q7】の1は、下請法上の買いたたきについても、上記と同様の考え方を示している。 つまり、仕入税額控除が制限されることによる経済的負担の全てを買い手事業者が引き受けることまでは求められておらず、仕入税額控除ができないことを理由に取引価格の引下げを要請し、仕入税額控除が制限されることによる経済的負担の範囲内で、かつ、免税事業者が仕入れや諸経費を支払う際に負担する消費税が免税事業者の持ち出しとならない範囲内の水準で、双方納得の上で取引価格の引下げに合意した場合は、独禁法・下請法違反にならないとされているのである。 他方、例えば、一方的に消費税額相当分を全額値引きさせ、仕入税額控除が制限されることによる経済的負担の全てを仕入先免税事業者に押し付けるような行為は、独禁法・下請法違反となるおそれがある。 また、全額まではいかないまでも、過度な値引きを押し付けることにより、免税事業者が仕入れや諸経費を支払う際に負担する消費税が免税事業者の持ち出しとなってしまうような場合も、独禁法・下請法違反となるおそれがある。 そこで、買い手事業者においては、仕入税額控除ができなくなることを理由として取引価格の引下げを要請するに当たり、取引先免税事業者から、仕入れや諸経費の内容や原価率・経費率といった情報を無理のない範囲で提供してもらい、少なくとも、そのような仕入れや諸経費に対する消費税分を取引先免税事業者に負担させることのないよう、慎重に協議を行うべきであろう。その際、このような情報を上記協議の目的外に利用し、「利益率が高すぎるから、もっと値下げできるはずだ」などと値下げを迫ることは、独禁法・下請法違反となる可能性があるため、厳に慎む必要がある。 なお、免税事業者からの課税仕入れについては、インボイス制度の実施後3年間は、仕入れ税額相当額の8割、その後の3年間は同5割の控除ができるとの経過措置が定められているため、取引対価の引下げもその範囲内である必要があることにもご注意いただきたい。 (2) 課税事業者となるよう要請してもよいか 仕入先免税事業者からインボイスの発行を受けることができない買い手事業者としては、仕入先免税事業者に対して課税事業者となるよう要請することも考えられる。 この点について、インボイス対応Q&Aは次の考え方を示している。 課税事業者になるよう要請したとしても、実際に課税事業者になるかどうかは相手方次第であることから、上記Q&Aに示されているように、当該要請自体が直ちに優越的地位の濫用や下請法違反として問題となるわけではない。 しかしながら、買い手事業者の働きかけによって、仕入先免税事業者が課税事業者となる選択をするほかないような場合には、一方的に消費税の負担増を押し付けるものとして問題とされる。 そのため、課税事業者になるよう要請する際には、一方的な取引価格の引下げや取引の打切りを引き合いに出すようなことは避けなければならない。 また、仕入先免税事業者は課税事業者になることにより、消費税額の負担が増えるため、これまで免税事業者であることを前提とした価格設定を行っていた場合には、課税事業者になるよう要請するに当たり、適切な取引価格についても協議することが必要となろう。 (3) 免税事業者との取引を打ち切ってもよいか 仕入先免税事業者が合理的な取引価格の引下げに応じず、課税事業者になろうともしない場合、買い手事業者としては、当該免税事業者との取引を打ち切ることも検討することになろう。 この点について、インボイス対応Q&Aは次の考え方を示している。 買い手事業者には取引先選択の自由があるため、仕入税額控除を利用できなくなることによって増加する消費税額の負担を回避するために仕入先免税事業者との取引を停止したとしても、直ちに優越的地位の濫用や下請法違反として問題となるわけではない。 しかしながら、取引の継続を交渉材料として、課税事業者となるよう一方的に迫ったり、免税事業者が負担していた消費税額も負担できないような取引対価の引下げを一方的に要求したりすると、仕入先免税事業者は、取引の打切りを回避するため当該要求に応じることを余儀なくされるため、仕入先免税事業者に不当に不利益を与えるものとして問題とされるのである。 他方、前記(1)でも述べたとおり、仕入税額控除を利用できなくなることによって増加する消費税額の負担を適切に分配するため、真摯に交渉することは問題はなく、その結果、交渉が合意に至らず、取引を停止することとなったとしてもやむを得ないものであって、優越的地位の濫用や下請法違反として問題とはならない。 4 まとめ 仕入税額控除を利用することができなくなることによって増加する消費税額の負担について、その全てを買い手事業者が負う必要はないが、仕入先免税事業者も自らの仕入れに係る消費税を負担していることに留意する必要がある。その負担を仕入先免税事業者に一方的に押し付けることのないよう、真摯に協議を行うことが最も重要である。 (了)
〔相続実務への影響がよくわかる〕 改正民法・不動産登記法Q&A 【第4回】 「新設された相続人申告登記制度の概要と注意点」 司法書士 丸山 洋一郎 弁護士 松井 知行 【Q】 新たに創設された相続人申告登記について教えてください。 【A】 相続登記を申請する義務を負う者は、相続が開始した旨及び自らが当該不動産の所有者の相続人である旨を登記官に申し出ることで相続登記の申請義務を履行したものとみなされる規律が新たに設けられた。 -《解説》- 相続登記を申請するには、法定相続人の範囲や法定相続の割合を明らかにするために被相続人の出生から死亡までの戸籍を集める必要がある。被相続人が転籍を繰り返している場合、この出生から死亡までの戸籍をそろえることのハードルが高く、相続登記が進まない原因の1つとされてきた。 このような状況でも、法定相続分に基づく相続登記又は遺産分割協議に基づく相続登記が申請されないと相続登記の申請義務を履行したことにならないとすれば相続人に酷な結果となる。 そこで、相続が開始した旨及び自らが当該不動産の所有者の相続人である旨を、自己のために相続の開始があったことを知り、かつ、当該所有権を取得したことを知った日から3年以内に登記官に申し出ることで相続登記の申請義務を履行したものとみなされる規律が新たに設けられた(不動産登記法76条の3第1項・2項)。相続登記の義務化と相続人の負担軽減のバランスをとる制度といえる。 登記官は、相続人申告登記の申出があったときは、職務上の権限により、その旨並びに当該申出をした者の氏名及び住所その他法務省令で定める事項を所有権の登記に付記する。下記のようなイメージだと予想される。 〈相続人申告登記のイメージ〉 ※画像をクリックすると別ページが拡大表示されます。 上記は、相続による権利関係を明らかにする登記ではなく、相続が開始した旨及び自らが当該不動産の所有者の相続人である旨の事実についての報告的な登記として位置付けられる。 相続人は、単に申出人が法定相続人の1人であることが分かる限度での戸籍謄抄本を提供すれば足りる。 (了)
プラス思考の経済効果 【第1回】 「経済効果ってなんだろう」 関西大学名誉教授・大阪府立大学名誉教授 宮本 勝浩 1 経済効果ってなんだろう 近年、マスコミでは「経済効果」という言葉がよく使われています。 昨年から今年にかけて、「東京オリンピック・パラリンピックの経済効果」、「大谷翔平選手のアメリカンリーグMVP獲得の経済効果」、「2月22日ネコの経済効果(ネコノミクス)」などいろいろな「経済効果」が取り上げられました。 一体「経済効果」とはどのようなものなのでしょうか。 2 経済効果の定義 「経済効果」とは、「ある出来事が起こることで、地域や国にどれだけの経済的なプラスの効果があるかを推計し、金額で表示したもの」です。 少し専門的に表現すると、「消費者、企業、自治体が直接消費、投資した金額によって、地域や国にもたらされる直接的、間接的なプラスの経済的効果を合計した金額」のことです。直接的な消費や投資は「直接効果」と呼ばれます。また、間接的効果には「一次波及効果」と「二次波及効果」の2種類があります。 阪神優勝の経済効果を例にとると、「直接効果」とはファンが甲子園球場に足を運んで応援する時に支払う入場券、飲食費、グッズ代、交通費などのことです。そして、ファンが甲子園球場でカレーライスを食べると、その代金は「直接効果」ですが、その原材料つまりカレーライスに入っているお米、肉、玉ねぎ、ジャガイモなどを卸している米屋、肉屋、八百屋の売上も増加します。 また、ファンが阪神のユニフォームを買うと、その代金は「直接効果」ですが、ユニフォームの原材料を作っている繊維会社の売上も増えます。このような「直接効果」の品物の原材料の売上増加額が「一次波及効果」と呼ばれるのです。 そして、「直接効果」、「一次波及効果」の店舗、企業で働いている経営者、従業員、アルバイトの人達の収入が増えると、その収入増加分のかなりの割合が消費に使われます。その消費増加額が「二次波及効果」と呼ばれるのです。 これらの3つの効果の合計が「経済効果(専門用語では「経済波及効果」)」と呼ばれて、マスコミに取り上げられるのです。「直接効果」は計算する人が推計しますが、「一次波及効果」と「二次波及効果」は「産業連関表」という経済分析を用いて計算します。 3 正確な経済効果 1つの出来事の経済効果が発表された時に、発表機関や発表者によって金額が異なることがあります。 例えば、2020年東京オリンピック・パラリンピックの開催前に、多くの研究機関が経済効果を発表しました。2013年に東京都から発表された金額は約2兆9,609億円(2013年~2020年)でした。そして、2013年にみずほ総合研究所が発表した金額は約2兆5,000億円、2014年に森記念財団都市戦略研究所が発表した金額は約19兆3,522億円でした。さらに、2017年に東京オリンピック・パラリンピック準備局から発表された金額は約32兆円(2013年~2030年)でした。 一体どの金額が正しいのでしょうか。 なかなか難しい問題ですが、どれが正しくてどれが間違っているということは、一概には言えないのです。その理由は、①分析の年数、さらに、②分析者がどの項目を「直接効果」に算入するかによって、経済効果の金額が変わってくるからです。 例えば、東京五輪の経済効果に首都高速道路の保全改修費を入れるかどうかで金額はかなり違ってきます。東京五輪に合わせて首都高速道路を保全改修するから東京五輪の経済効果に入れるという研究者もいますが、他方「耐用年数が迫っている首都高速道路は東京五輪があろうがなかろうが保全改修をする必要があるから、東京五輪の支出ではなく毎年の道路工事の項目に入れるべきである」と考える人もいるのです。 そうすると、2者の間で「東京五輪の経済効果」の金額は大きく食い違ってきます。ですから、筆者は他の分析者が計算した経済効果については、その報告書を熟読していない時には決してコメントしないことにしています。 ただ、研究所や評論家が全く計算もしないで、マスコミ向けに「この経済効果は1,000億円」というような丸い数値を発表することがありますが、筆者は信用しないことにしています。産業連関表を用いて、理論経済学的に推計すれば、1万円単位まできちんと算出されるからです。 新聞、テレビ、雑誌などのマスコミに発表する経済効果については、発表者は産業連関分析をした詳細な計算報告書を公表して、マスコミもその計算結果をチェックした上で掲載したり、放送すべきだと思います。きちんとした計算もしていない経済効果の値がマスコミで流布されることは、経済学に携わる者としては誠に遺憾なことだと考えています。 4 経済効果と利益 2007年に和歌山電鐵貴志川線の「貴志駅」にネコの駅長「たま駅長」が誕生して話題になりました。 それで、その翌年、「たま駅長の経済効果」を計算して1年間で約10億9,440万円にのぼることを発表したところ、貴志川電鐵の方から「動物好きの人からそんなに儲かっているのだったら、動物愛護協会に寄付したらどうですか、と電話がかかってきて弱ってます」と電話がありました。 上記2でも述べたように、経済効果の額は「儲け」や「利益」ではなくて関係企業の売上額の合計なのです。「儲け」は、経済効果の中から原材料費や人件費を差し引いたほんの一部でしかないのです。 5 経済効果計算の期間 経済効果の計算にはどれくらいの日数が必要でしょうか。 それは、テーマや計算に必要なデータの量に依存します。国・自治体や業界から簡単にデータが得られる時は、数週間程度で算出することが可能ですが、計算の基になるデータをアンケートなどで集計しなければならない時には、計算に2~3ヶ月かかることもあります。 例えば、2008年にゴルフの石川遼選手がブレークした時、あるテレビ局から年末の特集番組で「石川遼選手の経済効果」を取り上げるので計算してほしいと依頼されました。それで、テレビ局のスタッフと筆者で石川遼選手関係のデータを集めるのに約2ヶ月かかりました。そして2週間たらずの計算の結果、約202億円の経済効果を得ることができました。 つまり、データを集めることに時間がかかるのです。確定申告の時も同じだと思いますが、きちんとした計算のためにはデータを集めるのに時間がかかるのです。 (了)