公開日: 2022/07/07 (掲載号:No.476)
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谷口教授と学ぶ「税法基本判例」 【第15回】「「租税法上の一般原則としての平等原則」と事実認定による否認論」-財産評価基本通達総則6項事件・最判令和4年4月19日裁判所ウェブサイト-

筆者: 谷口 勢津夫

谷口教授と学ぶ

税法基本判例

【第15回】

「「租税法上の一般原則としての平等原則」と事実認定による否認論」

-財産評価基本通達総則6項事件・最判令和4年4月19日裁判所ウェブサイト-

 

大阪学院大学法学部教授
谷口 勢津夫

 

Ⅰ はじめに

前回は、税法における要件事実論的解釈の意義と限界について、消費税帳簿等不提示事件に関する最判平成16年12月20日判時1889号42頁を素材にして検討したが、そのⅣ(おわりに)では、同最判に関する調査官解説の説く「対偶」論(髙世三郎「判解」最判解民事篇平成16年度(下)792頁、805頁参照)にみられる「論理則のワナ」を指摘し、関連して同様の指摘を私法上の法律構成による否認論にみられる「経験則のワナ」についても行った。

前回は、「論理則のワナ」を税法の解釈(要件事実論的解釈)について問題にしたが、それは、事実認定も論理則に従って行われる以上、課税要件事実の認定についても問題になり得るものである。いずれにせよ、「論理則のワナ」も「経験則のワナ」も、純粋に論理則あるいは経験則に基づく推論を「装う」が故に、思考の隘路に陥ってしまうことを比喩的かつ批判的に表現しようとしたものである。

このようなことを考慮して、拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)【55】では、前回(特にⅡ2)取り上げた滝井繁男裁判官の反対意見を参照しながら次のとおり述べた。

司法過程における要件事実論それ自体の機能・有用性を否定するものではないが(ただし、権利義務の発生要件の「カスタマイズ」は、契約自由の原則の下では「許容」されるのに対して、租税法律主義の下では「禁止」される、という根本的な違いがあることには十分に注意する必要がある)、課税要件法の解釈に要件事実の観点からアプローチする場合には、常に「法解釈の限界」を明確に意識した慎重な解釈態度をとるべきであろう(前掲消費税帳簿書類不提示[渡邉林産]事件・最判の滝井繁男裁判官反対意見参照)。とりわけ、課税の範囲を拡大する結果につながるような要件事実論的解釈については、特に慎重な判断が必要であろう(私法上の法律構成による否認論について⇒【73】以下)。

上記引用の最後の部分で「私法上の法律構成による否認論」を参照しているが、その参照は、同論について問題にする「経験則のワナ」と要件事実論的解釈について問題にする「論理則のワナ」との関連性を念頭に置いて、行ったものである。

今回は、私法上の法律構成による否認論をより広く事実認定による否認論として捉え(前掲拙著【73】参照)、そこに検討の視座を置いた上で、相続財産の評価に対する「平等原則」の適用により、実質的には事実認定による否認を認めたものとみることができる最判令和4年4月19日裁判所ウェブサイト(以下「本判決」という)について検討し、「経験則のワナ」の新たな一面(「体系化された経験則のワナ」)を明らかにすることにしたい。

 

Ⅱ 本判決の判旨

本件は、94歳で死亡した被相続人が90歳及び91歳の時に銀行等からの借入金によって購入したマンション(以下「本件各不動産」という)につき、相続人が財産評価基本通達(以下「評価通達」という)の定める評価方法により、その価額を評価して相続税の申告をしたところ、所轄税務署長から本件各不動産の価額は評価通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められるから別途実施した鑑定による評価額をもって評価すべきである(評価通達6参照)として、更正処分等を受けたため、これらの取消しを求める事案である。

本判決は、まず、相続税法22条の定める「時価」の意義及び評価通達の法的性格について次のとおり判示した(下線筆者。以下「判旨①」という)。

相続税法22条は、相続等により取得した財産の価額を当該財産の取得の時における時価によるとするが、ここにいう時価とは当該財産の客観的な交換価値をいうものと解される。そして、評価通達は、上記の意味における時価の評価方法を定めたものであるが、上級行政機関が下級行政機関の職務権限の行使を指揮するために発した通達にすぎず、これが国民に対し直接の法的効力を有するというべき根拠は見当たらない。そうすると、相続税の課税価格に算入される財産の価額は、当該財産の取得の時における客観的な交換価値としての時価を上回らない限り、同条に違反するものではなく、このことは、当該価額が評価通達の定める方法により評価した価額を上回るか否かによって左右されないというべきである。

次に、「租税法上の一般原則としての平等原則」の適用との関係で、次のとおり判示して(下線筆者。以下「判旨②」という)、評価通達の定める評価方法の射程を画した。

他方、租税法上の一般原則としての平等原則は、租税法の適用に関し、同様の状況にあるものは同様に取り扱われることを要求するものと解される。そして、評価通達は相続財産の価額の評価の一般的な方法を定めたものであり、課税庁がこれに従って画一的に評価を行っていることは公知の事実であるから、課税庁が、特定の者の相続財産の価額についてのみ評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることは、たとえ当該価額が客観的な交換価値としての時価を上回らないとしても、合理的な理由がない限り、上記の平等原則に違反するものとして違法というべきである。もっとも、上記に述べたところに照らせば、相続税の課税価格に算入される財産の価額について、評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合には、合理的な理由があると認められるから、当該財産の価額を評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることが上記の平等原則に違反するものではないと解するのが相当である。

最後に、次のとおり判示して(下線筆者。以下「判旨③」という)、本件において、判旨②第3文にいう「評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」があるとして、評価通達の定める評価方法によらずこれによる評価額を上回る価額で評価するという区別取扱いに「合理的な理由がある」と認めた。

これを本件各不動産についてみると、本件各通達評価額と本件各鑑定評価額との間には大きなかい離があるということができるものの、このことをもって上記事情があるということはできない。

もっとも、本件購入・借入れが行われなければ本件相続に係る課税価格の合計額は6億円を超えるものであったにもかかわらず、これが行われたことにより、本件各不動産の価額を評価通達の定める方法により評価すると、課税価格の合計額は2826万1000円にとどまり、基礎控除の結果、相続税の総額が0円になるというのであるから、上告人らの相続税の負担は著しく軽減されることになるというべきである。そして、被相続人及び上告人らは、本件購入・借入れが近い将来発生することが予想される被相続人からの相続において上告人らの相続税の負担を減じ又は免れさせるものであることを知り、かつ、これを期待して、あえて本件購入・借入れを企画して実行したというのであるから、租税負担の軽減をも意図してこれを行ったものといえる。そうすると、本件各不動産の価額について評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことは、本件購入・借入れのような行為をせず、又はすることのできない他の納税者と上告人らとの間に看過し難い不均衡を生じさせ、実質的な租税負担の公平に反するというべきであるから、上記事情があるものということができる。

 

Ⅲ 本判決の評価

1 財産評価に関する判例の踏襲(判旨①)

本判決は、まず、判旨①において、相続税法22条にいう「時価」の意義について、従来の判例(最判平成22年7月16日訟月57巻6号1910頁。地方税法341条5号にいう「適正な時価」に関して最判平成15年6月26日民集57巻6号723頁、最判平成25年7月12日民集67巻6号1255頁参照)に従い、「当該財産の客観的な交換価値」と解している(判旨①第1文)。また、評価通達が「国民に対し直接の法的効力を有する」法規でない旨を判示するが(判旨①第2文)、これも確立した判例である(最判昭和33年3月28日民集12巻4号624頁のほか最判令和2年3月24日判タ1478号21頁の宇賀克也裁判官補足意見も参照)。

これらを前提にして、本判決は「相続税の課税価格に算入される財産の価額は、当該財産の取得の時における客観的な交換価値としての時価を上回らない限り、同条に違反するものではな[い]」と判示するが(判旨①第3文)、この判断は、固定資産税において固定資産の登録価格が「適正な時価」を上回ればその登録価格の決定は違法となるとする判例(前掲最判平成15年6月26日、最判平成27年7月12日)が当然前提にしていると解される立場を、相続税の課税においても踏襲したものと解される。

2 判例・通説の平等判断枠組みの「表層的確認」(判旨②第1文及び第2文)

次に、判旨②第1文の主語である「租税法上の一般原則としての平等原則」(本判決はその根拠条文を示していない)が何を意味するかは更に検討を要すると考えるところであるが、その意味については後の4で述べることにして、判旨②の第1文の述語部分及び第2文で述べられていることからすると、「租税法上の一般原則としての平等原則」は、一見したところ(その「表層」においては)、税法学説において租税平等主義あるいは租税公平主義と呼ばれる憲法原則を意味するようにも思われる。

平等原則(憲法14条1項)は、判例・通説によれば、相対的平等の観念に基づき差別(不合理な区別)の禁止あるいは合理的区別の許容の意味に理解され(判例については最大判昭和39年5月27日民集18巻4号676頁、最大判昭和60年3月27日民集39巻2号247頁等、学説については長谷部恭男編『注釈日本国憲法(2) 国民の権利及び義務(1) §§10~24』(有斐閣・2017年)169頁[川岸令和執筆]参照。本稿では、この意味での判断枠組みを「判例・通説の平等判断枠組み」という)、税法の分野では租税平等主義あるいは租税公平主義として次のとおり説かれている(ⓐ=清永敬次『税法〔新装版〕』(ミネルヴァ書房・2013年)32頁、ⓑ=金子宏『租税法〔第24版〕』(弘文堂・2021年)88頁。前掲拙著【21】も同旨)。

【ⓐ】

憲法14条1項の規定は、「すべて国民は、法の下に平等であっ[ママ]て、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的、又は社会的関係において、差別されない。」と定める。これはいわゆる平等原則を定めるものであるが、租税平等主義というのは、租税の領域にあらわれた平等原則を指すものである。

【ⓑ】

税負担は国民の間に担税力に即して公平に配分されなければならず、各種の租税法律関係において国民は平等に取り扱われなければならないという原則を、租税公平主義または租税平等主義という。これは、近代法の基本原理である平等原則の課税の分野における現われであり、直接には憲法14条1項の命ずるところであるが、内容的には、「担税力に即した課税」(taxation according to ability to pay, Besteuerung nach Leistungsfähigkeit)と租税の「公平」(equity, Gleichheit)ないし「中立性」(neutrality)を要請するものである。

しかも判旨②第2文は、上記ⓐにいう「租税平等主義」のうち「税法の執行上の原則としての租税平等主義」について次のとおり説く見解(清永・前掲書33頁。下線筆者。以下「清永説」という)が採用する判断枠組みを、そのままの形でではないにしても「租税法上の一般原則としての平等原則」の判断枠組みとして、採用したものであると解される。

税法の執行上の原則としての租税平等主義は、例えば、通達の適用との関係で問題になるであろう。財産の評価が、ある通達(例、財産評価基本通達)によって一般的に行われているようなときに、ある特定の納税者については特別の事情がないにもかかわらず別の基準による評価がなされるような場合である。その特定の納税者に対する別の評価基準の適用がむしろ税法令の定めるところ[=時価]に合致するような場合でも、この場合は税法令への適合性の要請は退き、租税平等主義により、特定の納税者に対する別の評価基準の適用は恣意的な差別として許されないというべきであろう。

ここで注意しなければならないのは、清永説はある特定の納税者について特別の事情が「ない」場合に関する判断枠組みを示したものであって、その判断枠組みがある特定の納税者について特別の事情が「ある」場合にもその「裏」(論理学)として妥当する判断枠組みとなり得ることを説くものとは当然にはいえず、また、もし清永説が特別の事情が「ある」場合をも想定しているとしても、「特別の事情」を租税平等主義違反の正当化事由として想定しているといえるかどうか、さらには「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」(判旨②第3文)の意味において想定しているとまでいえるかどうかも明らかでない、ということである。

ここでは清永説に関する更なる検討は留保した上で、「特別の事情」をめぐる従来の裁判例をみておくと、特別の事情が「ない」場合については次のⒸの判示(東京地判平成25年12月13日訟月62巻8号1421頁)のように清永説を基本的に採用したものと解される裁判例があり(最判平成22年7月16日訟月57巻6号1910頁も参照)、他方、特別の事情が「ある」場合については次のⓓの判示(大阪高判平成10年4月14日訟月45巻6号1112頁。下線筆者)にみられるようなⒸの「裏」的判断が示されてきた(東京地判平成13年11月2日税資251号順号9018、東京高判平成15年3月25日訟月50巻7号2168頁、大阪高判平成17年5月31日税資255号順号10042、那覇地判平成21年10月28日税資259号順号11301等参照)。

【Ⓒ】

評価通達に定められた評価方式が贈与により取得した財産の取得の時における時価を算定するための手法として合理的なものであると認められる場合においては、・・・・・・、評価通達の定める評価方式が形式的に全ての納税者に係る贈与により取得した財産の価額の評価において用いられることによって、基本的には租税負担の実質的な公平を実現することができるものと解されるのであって、同条[=相続税法22条]の規定もいわゆる租税法の基本原則の1つである租税平等主義を当然の前提としているものと考えられることに照らせば,評価通達に定められた評価方式によっては適正な時価を適切に算定することのできない特段の事情があるとき(評価通達6参照)を除き、特定の納税者あるいは特定の財産についてのみ評価通達に定められた評価方式以外の評価方式によってその価額を評価することは、たとえその評価方式によって算定された金額がそれ自体では同条の定める時価として許容範囲内にあるといい得るものであったとしても、租税平等主義に反するものとして許されないものというべきである。

【ⓓ】

(一) 相続税法によれば、相続税は、相続又は遺贈により取得した財産の価額の合計額を課税価格とするものであり(同法11条の2)、その財産の価額は、時価による評価が困難な財産を除いては、当該財産の取得の時、すなわち相続時における時価によることとされており(同法22条、時価主義の原則)、ここにいう時価とは、当該財産の客観的な交換価値、すなわち不特定多数の独立した当事者間の自由な取引において通常成立すると認められる価額と解される。この時価主義の原則は、相続税が相続又は遺贈を原因として取得した財産に担税力を認めて課される税であるから、その相続時における時価、すなわち通常の取引価格の合計を課税価格とすることが最もその趣旨にかなうという理由によるものである。

(二) もっとも、相続税の課税対象となる財産は多種多様であり、これら各財産の通常の取引価格は必ずしも一義的に確定されるものではないことから、国税庁においては、相続税財産評価に関する基本通達(・・・・・・)を定め、内部的な取扱いを統一するとともに、これを公開し、納税者の申告・納税の便に供し、もって申告及び課税事務の公平、迅速で円滑な運用に資することとしているところであり、社会的に、この基本通達における財産評価の方法には一応の妥当性が認められていることは、当裁判所に顕著である。

評価基本通達のこのような性格や妥当性に照らすと、相続税に係る財産の評価に当たっては原則として同通達によるべきものということができる。しかしながら、同通達に従って課税価格を算定することが負担の実質的公平を損なう等著しく不合理な結果になると認められる特段の事情がある場合には、同通達によらず、他の適正、妥当な合理的と認められる方法により評価すべきものと解される。

このように上記ⓓの判示は、上記Ⓒの判示とは異なり、租税平等主義を(少なくとも明示的には)援用していないが、判旨②第2文は、上記ⓓと内容的に同様の判示につき「租税法上の一般原則としての平等原則」を援用していることからすると、既に述べたように、そこで引用した清永説の判断枠組みを、そのままの形でではないにしても「租税法上の一般原則としての平等原則」の判断枠組みとして判示したものと解されるのである(なお、木山泰嗣「判例からみる税法解釈第42回 評価通達によらない財産評価と平等原則(最高裁令和4年4月19日第三小法廷判決・裁判所HP)」税理65巻7号(2022年)120頁、121頁は、特別の事情が「ない」場合に関する従来の裁判例の立場を「特別事情論」と呼び、本判決の立場を「事情法理」と呼んで、両者を区別している)。

この点について若干付言しておくと、そもそも、判例・通説の平等判断枠組みは、「法の下の平等」の意味をめぐる議論が法適用平等説(立法者非拘束説)から法内容平等説(立法者拘束説)、「正確にいえば法内容・適用平等説」(内野正幸『憲法解釈の論点〔第4版〕』(日本評論社・2005年)49頁)へと展開されてきた経緯(長谷部編・前掲書170-171頁[川岸執筆]参照)に鑑みても、法の適用について妥当することに異論はないであろうし、また、次の見解(浦部法穂『憲法学教室〔全訂第2版〕』(日本評論社・2009年)108-109頁)も説くように、「事実状態の違い」によって当該区別取扱いの差別該当性又は合理的区別該当性の判断が左右される以上、平等原則違反を正当化する「合理的な理由」は、事実認定のレベルでも問題になり得るはずである。

そもそも、異なった取扱いが合理的であるか否かは、各人のそなえているさまざまな事実状態の違いのうち、どれに着目し、どのような権利・利益について、どの程度に異なった取扱いをするか、によって一様ではない。同じ違いに着目したものであっても、そこで問題になっている権利・利益がなにかによって、ある場合には合理的なものとみることができ、ある場合には不合理なものとみなければならない、ということになるし、同じ権利・利益が問題になったときにも、異なった取扱いの基礎とされている事実状態の違いがどのようなものかによって、また、結論は分かれうるのである。だから、憲法上禁止される「差別」と許される「合理的区別」を分かつ標準を、一口でいうことは困難である。

そうすると、本判決は、判例・通説の平等判断枠組みの適用を(大嶋訴訟・最大判昭和60年3月27日民集39巻2号247頁など多くの判例とは異なり)法内容の平等判断に関してではなく法適用の平等判断に関して(判旨②第1文では「租税法の適用に関し」)確認した点に、その意義と特徴があると考えられる。もっとも、その確認は本判決においては「租税法上の一般原則としての平等原則」のいわば「表層」(判旨②第1文及び第2文参照)でされたものであって、次の3で述べるように、筆者としては、本判決は「租税法上の一般原則としての平等原則」の「深層」(判旨②第3文及び判旨③参照)においては判例・通説の平等判断枠組みを濫用するものであると考えるところである。

3 判例・通説の平等判断枠組みの「深層的濫用」(判旨②第3文及び判旨③)

以上で述べてきたように、本判決は「租税法の適用に関し」判例・通説の平等判断枠組みの適用があることを確認したものと解されるが、そうすると、次に問われるのは、当該区別取扱いの合理性(判旨②第3文にいう「合理的な理由」)の有無である。

本判決は、判旨②第3文において、「合理的な理由」の判断基準を「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」の有無としている。そこで、以下では、「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」が何を意味するか、法的三段論法のどのレベルで問題にされているかを検討することにしたい。

まず、判旨③第1文によれば、「本件各通達評価額と本件各鑑定評価額との間には大きなかい離があるということ」が、「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」でないことは明らかである。本件各通達評価額にしろ本件各鑑定評価額にしろ、評価方法に違いはあれ、それらは、相続税法22条が定める「時価」という要件(正確にいえば、相続税法が定める課税標準[=各相続人等の課税価格の合計額に対する法定相続分の金額]という課税要件を組成する課税要件要素[Steuertatbestandsmerkmal])に該当する事実(課税要件事実)の認定の結果であるが、そうすると、本判決は、判旨③第1文では、「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」を事実認定のレベルで問題にしていないことになる。

次に、本判決は、判旨③の第1文に「もっとも」で接続して第2文以下で第1文に対する例外を述べているが、その例外について以下の2つの段階を踏んで判示している。

第1段階においては、判旨③第2文によれば、㋐「これ[=本件購入・借入れ]が行われたことにより、本件各不動産の価額を評価通達の定める方法により評価すると、課税価格の合計額は2826万1000円にとどまり、基礎控除の結果、相続税の総額が0円になる」ことから、「上告人らの相続税の負担は著しく軽減されること」が帰結される以上、㋐が「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」であるということになりそうである。㋐は、本件各通達評価額、本件購入・借入れ及び本件被相続人に係る法定相続人の数という各認定事実を相続税法の課税標準規定に当てはめ同法を適用した結果である(法的三段論法における当てはめ・結論のレベル)。

第2段階においては、判旨③第4文によれば、㋑「本件各不動産の価額について評価通達の定める方法による画一的な評価を行うこと」は、本件購入・借入れのような行為をせず、又はすることのできない他の納税者と上告人らとの間に看過し難い不均衡を生じさせ、「実質的な租税負担の公平」に反することから、㋑をもって「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」があるとされている。㋑は、本件各不動産についての評価通達による評価という事実認定である(法的三段論法における事実認定のレベル)。

このように、本判決は、「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」を、結局のところ、法的三段論法の当てはめ・結論のレベル(前記㋐)ではなく事実認定のレベル(前記㋑)で問題にしているのであるが、前記の2つの段階を媒介し「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」該当性判断のいわば「転轍機」として用いる論拠として、判旨③第3文では、本件購入・借入れにつき租税負担軽減の「意図」及びその結果としての租税負担の軽減を認定している。すなわち、前記㋑の事実認定は、前記㋐の当てはめ・結論を念頭に置き、かつ、その前提となる租税負担軽減の「意図」及びその結果としての租税負担の軽減を認定した上で、本件事案のそのようないわば「全体的構図」の中で、行われたもの(正確にいえば、「原審の適法に確定した事実関係等」の中から採用されたもの)とみることができる。

以上のようにみてくると、本判決は、財産評価という事実認定のレベルでは、「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」を原則として問題としないとしながら、租税負担軽減の「意図」及びその結果としての租税負担の軽減が認められる場合には、例外的に「上記事情があるもの」とした上で、このことをもって、「本件各不動産の価額を評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすること」、すなわち、「相続財産の価額の評価の一般的な方法」(判旨②第1文)で「課税庁がこれに従って画一的に評価を行っていることは公知の事実」(同)とされる本件各通達評価額でなく本件各鑑定評価額によること、という区別取扱いにつき「合理的な理由」があることを肯定したと解することができる。

そうすると、本判決は、「実質的な租税負担の公平」の実現という目的論的観点から、これに反する「事情」として、単なる評価額の「大きなかい離」という事実それ自体ではなく、租税負担軽減の「意図」及びその結果としての租税負担の軽減に着目しこれらを伴う評価額の「大きなかい離」という事実を考慮して行った事実認定(目的論的事実認定)を採用し、これによって租税負担軽減の「意図」に基づく租税回避の試みを否認し(租税回避の試みとその否認については前掲拙著【67】【72】のほか清永・前掲書47頁注11も参照)、その上で、このような事実認定による否認を正当化するために判例・通説の平等判断枠組みを援用したものと評価することができよう(山田重將「財産評価基本通達の定めによらない財産の評価について―裁判例における『特別の事情』の検討を中心に―」税大論叢80号(2015年)143頁、210頁による裁判例の類型化を参考にすれば、本判決は「価額乖離型」ではなく「租税回避型」に属するものと評価することができよう)。

事実認定による否認論については、例えば住所国外移転[武富士]事件・最判平成23年2月28日訟月59巻3号864頁が相続税法上の「住所」という要件に該当する事実(課税要件事実)の認定に関し「主観的に贈与税回避の目的があったとしても、客観的な生活の実体が消滅するものではない」と判示するなど、従来、判例は否定的ないし少なくとも消極的な立場に立ってきたと考えられる(谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」第9回、拙著『租税回避論』(清文社・2014年)第3章第2節第2款[初出・2011年]参照)。前記の評価からすると、本判決は、このような判例の傾向とは一線を画するものであるといえよう。しかし、このことは決して肯定的に評価されるべきではなく、最高裁において財産評価についても事実認定による否認論に関する従来の立場に軌道修正すべきであろう。

そもそも、本件のような事案については、相続開始前3年以内に被相続人が取得した土地等の価額を取得時の価額で評価するいわゆる三年しばり特例(平成8年法律第17号による改正前の措置法69条の4)のような租税回避否認のための立法措置が講じられていれば、裁判所としては、当該措置の解釈適用による法律論で対処することができたであろうが、そのような立法措置が講じられていない法状態の下で、本判決は、「実質的な租税負担の公平」を図るために目的論的事実認定を行った結果、法律論で対処すべき問題を事実認定の問題として処理してはならないという事実認定に関する一般的要請(前掲拙著【75】のほか伊藤滋夫『事実認定の基礎 裁判官による事実判断の構造〔初版〕』(有斐閣・1996年)269-270頁も参照)に反する判断を示したものといわざるを得ない。

そうすると、本判決は、明文の規定がある場合にしか租税回避の否認を許容すべきでないとする租税法律主義の要請を、訴訟における事実認定を通じて、潜脱したものとみることができよう(前掲拙著【75】参照)。本判決がこのような意味での租税法律主義違反を判例・通説の平等判断枠組みの援用によって正当化しようとしたのであれば、その援用は判例・通説の平等判断枠組みの濫用というべきものであろう(関連して、租税法律主義(合法性の原則)と税法の執行上の原則としての租税平等主義との関係に関する私見(「含み公平観」)については、谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」第2回Ⅳ、前掲拙著【81】等参照)。

なお、「通達の公表」は税法における信義則の適用に関する判例(最判昭和62年10月30日訟月34巻4号853頁)のいう「公的見解」の表示に当たるが(前掲・最判令和2年3月24日の宇賀克也裁判官補足意見参照)、本判決が「課税庁がこれ[=評価通達]に従って画一的に評価を行っていること」を「公知の事実」と認めていること(判旨②第2文)からすると、本判決がそのように財産評価の外観を重視する姿勢を示しながらも、本件における「租税法上の一般原則としての平等原則」の適用に関する判断をその「表層」にとどまらずその「深層」にまで及ぼし、判例・通説の平等判断枠組みの濫用に帰着した以上、そこに外観重視の姿勢を破る明確な濫用の意図を読み取ることができるように思われる。

4 「租税法上の一般原則としての平等原則」の意味

以上の検討結果をまとめると、本判決は、「租税法上の一般原則としての平等原則」の「表層」においては判例・通説の平等判断枠組みを確認しながらも、その「深層」においてはその判断枠組みを濫用するものと評価することができる。

このような評価は、「租税法上の一般原則としての平等原則」が外観上・表現上はともかく、真に租税平等主義という客観的な憲法原則を意味するものではなく、少なくとも結論の観点からみれば、「実質より見た現行租税法の基礎原則」としての「公平負担の原則」、その中でも「租税法の解釈適用における公平負担の原則」(田中二郎『租税法〔第3版〕』(有斐閣・1990年)87頁、88頁、89頁)を意味するものである、という理解(前掲拙著【21】参照)に基づく評価であるが、その理解は、「租税法上の一般原則としての平等原則」の適用上「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」を「合理的な理由」の判断基準とする判旨②第3文や判旨③の判示内容に照らしても、妥当であろう。

本件の原審・東京高判令和2年6月24日金判1600号36頁は、「相続税法22条の規定もいわゆる租税法の基本原則の一つである租税平等主義を当然の前提としているものと考えられる」という第一審・東京地判令和元年8月27日金判1583号40頁の判示を引用しているが、本判決がこれらとは異なり「いわゆる租税法の基本原則の一つである租税平等主義」ではなく「租税法上の一般原則としての平等原則」という表現を用いたことにも意味があるように思われる。

本判決は、「本件各通達評価額と本件各鑑定評価額との間には大きなかい離があるということ」(判旨③第1文)を認めた上で、このことをもって「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」(判旨②第3文)があるとは判断せず(判旨③第1文)、しかも前記㋐「これ[=本件購入・借入れ]が行われたことにより、本件各不動産の価額を評価通達の定める方法により評価すると、課税価格の合計額は2826万1000円にとどまり、基礎控除の結果、相続税の総額が0円になる」こと(判旨③第2文)をもってしても上記「事情」があるとは判断せず、結局のところ、租税負担軽減の「意図」をもって本件購入・借入れをした被相続人及び納税者(判旨③第3文)に対して前記㋑「本件各不動産の価額について評価通達の定める方法による画一的な評価を行うこと」(判旨③第4文)をもって上記「事情」があると判断した。

しかし、そのような租税回避の試みを否認する明文の根拠が現行法上定められていない以上、また、前記の原審判決が判示するように相続税法22条が「租税平等主義を当然の前提としている」としても、同条がそのような租税回避の試みを否認するような時価評価の取扱いを定めているとは解されない以上、憲法14条1項の租税の領域での現れである租税平等主義からは、前記㋑をもって前記「事情」があるとする判断は導き出すことはできないと考えられる。したがって、「租税法上の一般原則としての平等原則」が租税平等主義を意味するとは解されない。そもそも、本判決は「租税法上の一般原則としての平等原則」についてその根拠条文を示しておらず、憲法14条1項に言及すらしていないのである。

これに対して、前記の「租税法の解釈適用における公平負担の原則」は、租税回避の否認につき否認規定不要説の根拠として援用されるなど実質主義の「真骨頂」(谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」第20回Ⅲ参照)を示すものであり、論理構成の点では異なるものの、結論の点では、租税回避の試みの否認に関して事実認定による否認論と同じ結果に帰着するものである(同第8回Ⅲ参照)から、「租税法上の一般原則としての平等原則」は実質的には上記の「公平負担の原則」を意味するものと解されるのである。

 

Ⅳ おわりに

今回は、相続財産の評価を事実認定として捉え、本判決を実質的には事実認定による否認を認めたものとして批判的に検討したが、出発点とした財産評価の捉え方に対しては疑問をもつ向きもあるかもしれない。しかし、そのような疑問は、「経験則のワナ」とりわけ「体系化された経験則のワナ」に起因しているように思われる(なお、民事裁判における「経験則の体系化」については伊藤・前掲書88頁以下、同〔改訂版〕(有斐閣・2020年)85頁以下参照)。

相続財産の評価は、前記Ⅲの3で述べたように、相続税法22条が定める「時価」という要件(正確にいえば課税標準の課税要件要素)に該当する事実(課税要件事実)を認定する行為であり、法的三段論法においては事実認定に該当する。

事実認定においては経験則が極めて重要な意味をもつが、経験則とは「経験から帰納された事物に関する知識や法則」をいい、「経験則には、日常生活の常識的な思惟(しい)法則から科学上の極めて専門的な知識・法則に至るまでのものがあるが、専門的な経験則のときは鑑定でそれを確かめる必要がある。」とされる(高橋和之ほか編集代表『法律学小辞典〔第5版〕』(有斐閣・2016年)296頁)。

経験則はそもそも「事実そのものと異なって、一般的通用性をもつ」(伊藤眞『民事訴訟法〔第7版〕』(有斐閣・2020年)359頁)知識や法則である上、財産評価において働くような専門的な経験則を評価方法として体系化し評価通達(財産評価基本通達)のような形にまとめると、これを用いて行う財産評価は、その判断プロセスの点で、法的三段論法に基づく法的判断と類似する。すなわち、ある財産を評価通達の定める評価方法で評価する場合、一方で、その評価方法の意味内容を明らかにし、他方で、「その財産の価額に影響を及ぼすべきすべての事情」(評価通達1(3))を認定した上で、その事情をその評価方法に当てはめる、というプロセスで財産評価の判断がされるのである。

ここで評価通達における専門的な経験則の体系化について付言しておくと、その体系化に当たって「納税者間の公平の維持、納税者および租税行政庁双方の便宜、徴税費の節減等の観点」(金子・前掲書735頁)が考慮されていることは確かであろうが、そこでいわれる「納税者間の公平」は「画一的かつ詳細な評価方法」(同頁)によって維持されるものであって、本判決のいう「実質的な租税負担の公平」とは明らかに異なる観念である。

話を元に戻すと、一般的通用性のある経験則は、評価通達において評価方法として体系化されたとしても、あくまでも「事実認定の中で働くもの」(伊藤眞・前掲書359頁)であり、法規とは区別されるべきものである。このことは、評価通達が法規でない(判旨①第2文)という別の観点からみても、当然のことではある。なお、この点に関連して評価通達の性格について付言しておくと、評価通達は財産評価に関する専門的な経験則を定めるものであり基本的には取扱通達(清永・前掲書21頁)として性格づけられるべきものであるが、法令解釈に関する部分(評価通達1(2))はごく一部であるにもかかわらず法令解釈通達として国税庁のホームページに掲載されているのはミスリーディングであり、このことも財産評価を事実認定として捉えることに対する前記の疑問の背景にあるのかもしれない。

いずれにせよ、このようにみてくると、相続財産の評価は、「評価通達の定める方法による画一的な評価」(判旨②第3文、判旨③第4文)であれ、それ以外の評価方法による個別鑑定評価(評価通達6参照)であれ、財産評価に関する専門的な経験則に従って行われるものである以上、そこに租税負担軽減の「意図」及びその結果としての租税負担の軽減を考慮する余地はないはずである。「財産の評価に当たっては、その財産の価額に影響を及ぼすべきすべての事情を考慮する。」(評価通達1(3))とされているが、そのような「意図」やその結果はその「事情」には該当しない。

したがって、「本件各通達評価額と本件各鑑定評価額との間には大きなかい離がある」(判旨③第1文)としても、それは専門的な経験則の適用の結果における評価者のいわば「見解の相違」にすぎず、これをもって「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」(判旨②第3文)があるということができないことは当然のことであり、その限りでは本判決(判旨③第1文)は妥当である。

にもかかわらず、本判決が判旨③第3文及び第4文において、本件相続財産の評価に当たって租税負担軽減の「意図」及びその結果としての租税負担の軽減を考慮したのは、事実認定における租税回避目的混入論(前掲拙著『租税回避論』40頁[初出・2004年]参照)に基づく税法上の目的論的事実認定の過形成(谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」第9回Ⅳ参照)というべきものであり、前記Ⅲ3で述べたように、事実認定に関する一般的要請及び租税法律主義に反し許されないと考えるところである。

本判決がこのような結果に立ち至ったのは、財産評価と法的判断との前述のような判断プロセスの類似性に幻惑され、相続財産の時価評価を(租税負担軽減の「意図」及びその結果としての租税負担の軽減を媒介・「転轍機」として)あたかも相続税法上の法的判断(しかも公平負担の原則・実質主義に基づく法的判断)であるかのように捉えたがために、「体系化された経験則のワナ」に陥ったからかもしれない。

(了)

この連載の公開日程は、下記の連載目次をご覧ください。

谷口教授と学ぶ

税法基本判例

【第15回】

「「租税法上の一般原則としての平等原則」と事実認定による否認論」

-財産評価基本通達総則6項事件・最判令和4年4月19日裁判所ウェブサイト-

 

大阪学院大学法学部教授
谷口 勢津夫

 

Ⅰ はじめに

前回は、税法における要件事実論的解釈の意義と限界について、消費税帳簿等不提示事件に関する最判平成16年12月20日判時1889号42頁を素材にして検討したが、そのⅣ(おわりに)では、同最判に関する調査官解説の説く「対偶」論(髙世三郎「判解」最判解民事篇平成16年度(下)792頁、805頁参照)にみられる「論理則のワナ」を指摘し、関連して同様の指摘を私法上の法律構成による否認論にみられる「経験則のワナ」についても行った。

前回は、「論理則のワナ」を税法の解釈(要件事実論的解釈)について問題にしたが、それは、事実認定も論理則に従って行われる以上、課税要件事実の認定についても問題になり得るものである。いずれにせよ、「論理則のワナ」も「経験則のワナ」も、純粋に論理則あるいは経験則に基づく推論を「装う」が故に、思考の隘路に陥ってしまうことを比喩的かつ批判的に表現しようとしたものである。

このようなことを考慮して、拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)【55】では、前回(特にⅡ2)取り上げた滝井繁男裁判官の反対意見を参照しながら次のとおり述べた。

司法過程における要件事実論それ自体の機能・有用性を否定するものではないが(ただし、権利義務の発生要件の「カスタマイズ」は、契約自由の原則の下では「許容」されるのに対して、租税法律主義の下では「禁止」される、という根本的な違いがあることには十分に注意する必要がある)、課税要件法の解釈に要件事実の観点からアプローチする場合には、常に「法解釈の限界」を明確に意識した慎重な解釈態度をとるべきであろう(前掲消費税帳簿書類不提示[渡邉林産]事件・最判の滝井繁男裁判官反対意見参照)。とりわけ、課税の範囲を拡大する結果につながるような要件事実論的解釈については、特に慎重な判断が必要であろう(私法上の法律構成による否認論について⇒【73】以下)。

上記引用の最後の部分で「私法上の法律構成による否認論」を参照しているが、その参照は、同論について問題にする「経験則のワナ」と要件事実論的解釈について問題にする「論理則のワナ」との関連性を念頭に置いて、行ったものである。

今回は、私法上の法律構成による否認論をより広く事実認定による否認論として捉え(前掲拙著【73】参照)、そこに検討の視座を置いた上で、相続財産の評価に対する「平等原則」の適用により、実質的には事実認定による否認を認めたものとみることができる最判令和4年4月19日裁判所ウェブサイト(以下「本判決」という)について検討し、「経験則のワナ」の新たな一面(「体系化された経験則のワナ」)を明らかにすることにしたい。

 

Ⅱ 本判決の判旨

本件は、94歳で死亡した被相続人が90歳及び91歳の時に銀行等からの借入金によって購入したマンション(以下「本件各不動産」という)につき、相続人が財産評価基本通達(以下「評価通達」という)の定める評価方法により、その価額を評価して相続税の申告をしたところ、所轄税務署長から本件各不動産の価額は評価通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められるから別途実施した鑑定による評価額をもって評価すべきである(評価通達6参照)として、更正処分等を受けたため、これらの取消しを求める事案である。

本判決は、まず、相続税法22条の定める「時価」の意義及び評価通達の法的性格について次のとおり判示した(下線筆者。以下「判旨①」という)。

相続税法22条は、相続等により取得した財産の価額を当該財産の取得の時における時価によるとするが、ここにいう時価とは当該財産の客観的な交換価値をいうものと解される。そして、評価通達は、上記の意味における時価の評価方法を定めたものであるが、上級行政機関が下級行政機関の職務権限の行使を指揮するために発した通達にすぎず、これが国民に対し直接の法的効力を有するというべき根拠は見当たらない。そうすると、相続税の課税価格に算入される財産の価額は、当該財産の取得の時における客観的な交換価値としての時価を上回らない限り、同条に違反するものではなく、このことは、当該価額が評価通達の定める方法により評価した価額を上回るか否かによって左右されないというべきである。

次に、「租税法上の一般原則としての平等原則」の適用との関係で、次のとおり判示して(下線筆者。以下「判旨②」という)、評価通達の定める評価方法の射程を画した。

他方、租税法上の一般原則としての平等原則は、租税法の適用に関し、同様の状況にあるものは同様に取り扱われることを要求するものと解される。そして、評価通達は相続財産の価額の評価の一般的な方法を定めたものであり、課税庁がこれに従って画一的に評価を行っていることは公知の事実であるから、課税庁が、特定の者の相続財産の価額についてのみ評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることは、たとえ当該価額が客観的な交換価値としての時価を上回らないとしても、合理的な理由がない限り、上記の平等原則に違反するものとして違法というべきである。もっとも、上記に述べたところに照らせば、相続税の課税価格に算入される財産の価額について、評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合には、合理的な理由があると認められるから、当該財産の価額を評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることが上記の平等原則に違反するものではないと解するのが相当である。

最後に、次のとおり判示して(下線筆者。以下「判旨③」という)、本件において、判旨②第3文にいう「評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」があるとして、評価通達の定める評価方法によらずこれによる評価額を上回る価額で評価するという区別取扱いに「合理的な理由がある」と認めた。

これを本件各不動産についてみると、本件各通達評価額と本件各鑑定評価額との間には大きなかい離があるということができるものの、このことをもって上記事情があるということはできない。

もっとも、本件購入・借入れが行われなければ本件相続に係る課税価格の合計額は6億円を超えるものであったにもかかわらず、これが行われたことにより、本件各不動産の価額を評価通達の定める方法により評価すると、課税価格の合計額は2826万1000円にとどまり、基礎控除の結果、相続税の総額が0円になるというのであるから、上告人らの相続税の負担は著しく軽減されることになるというべきである。そして、被相続人及び上告人らは、本件購入・借入れが近い将来発生することが予想される被相続人からの相続において上告人らの相続税の負担を減じ又は免れさせるものであることを知り、かつ、これを期待して、あえて本件購入・借入れを企画して実行したというのであるから、租税負担の軽減をも意図してこれを行ったものといえる。そうすると、本件各不動産の価額について評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことは、本件購入・借入れのような行為をせず、又はすることのできない他の納税者と上告人らとの間に看過し難い不均衡を生じさせ、実質的な租税負担の公平に反するというべきであるから、上記事情があるものということができる。

 

Ⅲ 本判決の評価

1 財産評価に関する判例の踏襲(判旨①)

本判決は、まず、判旨①において、相続税法22条にいう「時価」の意義について、従来の判例(最判平成22年7月16日訟月57巻6号1910頁。地方税法341条5号にいう「適正な時価」に関して最判平成15年6月26日民集57巻6号723頁、最判平成25年7月12日民集67巻6号1255頁参照)に従い、「当該財産の客観的な交換価値」と解している(判旨①第1文)。また、評価通達が「国民に対し直接の法的効力を有する」法規でない旨を判示するが(判旨①第2文)、これも確立した判例である(最判昭和33年3月28日民集12巻4号624頁のほか最判令和2年3月24日判タ1478号21頁の宇賀克也裁判官補足意見も参照)。

これらを前提にして、本判決は「相続税の課税価格に算入される財産の価額は、当該財産の取得の時における客観的な交換価値としての時価を上回らない限り、同条に違反するものではな[い]」と判示するが(判旨①第3文)、この判断は、固定資産税において固定資産の登録価格が「適正な時価」を上回ればその登録価格の決定は違法となるとする判例(前掲最判平成15年6月26日、最判平成27年7月12日)が当然前提にしていると解される立場を、相続税の課税においても踏襲したものと解される。

2 判例・通説の平等判断枠組みの「表層的確認」(判旨②第1文及び第2文)

次に、判旨②第1文の主語である「租税法上の一般原則としての平等原則」(本判決はその根拠条文を示していない)が何を意味するかは更に検討を要すると考えるところであるが、その意味については後の4で述べることにして、判旨②の第1文の述語部分及び第2文で述べられていることからすると、「租税法上の一般原則としての平等原則」は、一見したところ(その「表層」においては)、税法学説において租税平等主義あるいは租税公平主義と呼ばれる憲法原則を意味するようにも思われる。

平等原則(憲法14条1項)は、判例・通説によれば、相対的平等の観念に基づき差別(不合理な区別)の禁止あるいは合理的区別の許容の意味に理解され(判例については最大判昭和39年5月27日民集18巻4号676頁、最大判昭和60年3月27日民集39巻2号247頁等、学説については長谷部恭男編『注釈日本国憲法(2) 国民の権利及び義務(1) §§10~24』(有斐閣・2017年)169頁[川岸令和執筆]参照。本稿では、この意味での判断枠組みを「判例・通説の平等判断枠組み」という)、税法の分野では租税平等主義あるいは租税公平主義として次のとおり説かれている(ⓐ=清永敬次『税法〔新装版〕』(ミネルヴァ書房・2013年)32頁、ⓑ=金子宏『租税法〔第24版〕』(弘文堂・2021年)88頁。前掲拙著【21】も同旨)。

【ⓐ】

憲法14条1項の規定は、「すべて国民は、法の下に平等であっ[ママ]て、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的、又は社会的関係において、差別されない。」と定める。これはいわゆる平等原則を定めるものであるが、租税平等主義というのは、租税の領域にあらわれた平等原則を指すものである。

【ⓑ】

税負担は国民の間に担税力に即して公平に配分されなければならず、各種の租税法律関係において国民は平等に取り扱われなければならないという原則を、租税公平主義または租税平等主義という。これは、近代法の基本原理である平等原則の課税の分野における現われであり、直接には憲法14条1項の命ずるところであるが、内容的には、「担税力に即した課税」(taxation according to ability to pay, Besteuerung nach Leistungsfähigkeit)と租税の「公平」(equity, Gleichheit)ないし「中立性」(neutrality)を要請するものである。

しかも判旨②第2文は、上記ⓐにいう「租税平等主義」のうち「税法の執行上の原則としての租税平等主義」について次のとおり説く見解(清永・前掲書33頁。下線筆者。以下「清永説」という)が採用する判断枠組みを、そのままの形でではないにしても「租税法上の一般原則としての平等原則」の判断枠組みとして、採用したものであると解される。

税法の執行上の原則としての租税平等主義は、例えば、通達の適用との関係で問題になるであろう。財産の評価が、ある通達(例、財産評価基本通達)によって一般的に行われているようなときに、ある特定の納税者については特別の事情がないにもかかわらず別の基準による評価がなされるような場合である。その特定の納税者に対する別の評価基準の適用がむしろ税法令の定めるところ[=時価]に合致するような場合でも、この場合は税法令への適合性の要請は退き、租税平等主義により、特定の納税者に対する別の評価基準の適用は恣意的な差別として許されないというべきであろう。

ここで注意しなければならないのは、清永説はある特定の納税者について特別の事情が「ない」場合に関する判断枠組みを示したものであって、その判断枠組みがある特定の納税者について特別の事情が「ある」場合にもその「裏」(論理学)として妥当する判断枠組みとなり得ることを説くものとは当然にはいえず、また、もし清永説が特別の事情が「ある」場合をも想定しているとしても、「特別の事情」を租税平等主義違反の正当化事由として想定しているといえるかどうか、さらには「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」(判旨②第3文)の意味において想定しているとまでいえるかどうかも明らかでない、ということである。

ここでは清永説に関する更なる検討は留保した上で、「特別の事情」をめぐる従来の裁判例をみておくと、特別の事情が「ない」場合については次のⒸの判示(東京地判平成25年12月13日訟月62巻8号1421頁)のように清永説を基本的に採用したものと解される裁判例があり(最判平成22年7月16日訟月57巻6号1910頁も参照)、他方、特別の事情が「ある」場合については次のⓓの判示(大阪高判平成10年4月14日訟月45巻6号1112頁。下線筆者)にみられるようなⒸの「裏」的判断が示されてきた(東京地判平成13年11月2日税資251号順号9018、東京高判平成15年3月25日訟月50巻7号2168頁、大阪高判平成17年5月31日税資255号順号10042、那覇地判平成21年10月28日税資259号順号11301等参照)。

【Ⓒ】

評価通達に定められた評価方式が贈与により取得した財産の取得の時における時価を算定するための手法として合理的なものであると認められる場合においては、・・・・・・、評価通達の定める評価方式が形式的に全ての納税者に係る贈与により取得した財産の価額の評価において用いられることによって、基本的には租税負担の実質的な公平を実現することができるものと解されるのであって、同条[=相続税法22条]の規定もいわゆる租税法の基本原則の1つである租税平等主義を当然の前提としているものと考えられることに照らせば,評価通達に定められた評価方式によっては適正な時価を適切に算定することのできない特段の事情があるとき(評価通達6参照)を除き、特定の納税者あるいは特定の財産についてのみ評価通達に定められた評価方式以外の評価方式によってその価額を評価することは、たとえその評価方式によって算定された金額がそれ自体では同条の定める時価として許容範囲内にあるといい得るものであったとしても、租税平等主義に反するものとして許されないものというべきである。

【ⓓ】

(一) 相続税法によれば、相続税は、相続又は遺贈により取得した財産の価額の合計額を課税価格とするものであり(同法11条の2)、その財産の価額は、時価による評価が困難な財産を除いては、当該財産の取得の時、すなわち相続時における時価によることとされており(同法22条、時価主義の原則)、ここにいう時価とは、当該財産の客観的な交換価値、すなわち不特定多数の独立した当事者間の自由な取引において通常成立すると認められる価額と解される。この時価主義の原則は、相続税が相続又は遺贈を原因として取得した財産に担税力を認めて課される税であるから、その相続時における時価、すなわち通常の取引価格の合計を課税価格とすることが最もその趣旨にかなうという理由によるものである。

(二) もっとも、相続税の課税対象となる財産は多種多様であり、これら各財産の通常の取引価格は必ずしも一義的に確定されるものではないことから、国税庁においては、相続税財産評価に関する基本通達(・・・・・・)を定め、内部的な取扱いを統一するとともに、これを公開し、納税者の申告・納税の便に供し、もって申告及び課税事務の公平、迅速で円滑な運用に資することとしているところであり、社会的に、この基本通達における財産評価の方法には一応の妥当性が認められていることは、当裁判所に顕著である。

評価基本通達のこのような性格や妥当性に照らすと、相続税に係る財産の評価に当たっては原則として同通達によるべきものということができる。しかしながら、同通達に従って課税価格を算定することが負担の実質的公平を損なう等著しく不合理な結果になると認められる特段の事情がある場合には、同通達によらず、他の適正、妥当な合理的と認められる方法により評価すべきものと解される。

このように上記ⓓの判示は、上記Ⓒの判示とは異なり、租税平等主義を(少なくとも明示的には)援用していないが、判旨②第2文は、上記ⓓと内容的に同様の判示につき「租税法上の一般原則としての平等原則」を援用していることからすると、既に述べたように、そこで引用した清永説の判断枠組みを、そのままの形でではないにしても「租税法上の一般原則としての平等原則」の判断枠組みとして判示したものと解されるのである(なお、木山泰嗣「判例からみる税法解釈第42回 評価通達によらない財産評価と平等原則(最高裁令和4年4月19日第三小法廷判決・裁判所HP)」税理65巻7号(2022年)120頁、121頁は、特別の事情が「ない」場合に関する従来の裁判例の立場を「特別事情論」と呼び、本判決の立場を「事情法理」と呼んで、両者を区別している)。

この点について若干付言しておくと、そもそも、判例・通説の平等判断枠組みは、「法の下の平等」の意味をめぐる議論が法適用平等説(立法者非拘束説)から法内容平等説(立法者拘束説)、「正確にいえば法内容・適用平等説」(内野正幸『憲法解釈の論点〔第4版〕』(日本評論社・2005年)49頁)へと展開されてきた経緯(長谷部編・前掲書170-171頁[川岸執筆]参照)に鑑みても、法の適用について妥当することに異論はないであろうし、また、次の見解(浦部法穂『憲法学教室〔全訂第2版〕』(日本評論社・2009年)108-109頁)も説くように、「事実状態の違い」によって当該区別取扱いの差別該当性又は合理的区別該当性の判断が左右される以上、平等原則違反を正当化する「合理的な理由」は、事実認定のレベルでも問題になり得るはずである。

そもそも、異なった取扱いが合理的であるか否かは、各人のそなえているさまざまな事実状態の違いのうち、どれに着目し、どのような権利・利益について、どの程度に異なった取扱いをするか、によって一様ではない。同じ違いに着目したものであっても、そこで問題になっている権利・利益がなにかによって、ある場合には合理的なものとみることができ、ある場合には不合理なものとみなければならない、ということになるし、同じ権利・利益が問題になったときにも、異なった取扱いの基礎とされている事実状態の違いがどのようなものかによって、また、結論は分かれうるのである。だから、憲法上禁止される「差別」と許される「合理的区別」を分かつ標準を、一口でいうことは困難である。

そうすると、本判決は、判例・通説の平等判断枠組みの適用を(大嶋訴訟・最大判昭和60年3月27日民集39巻2号247頁など多くの判例とは異なり)法内容の平等判断に関してではなく法適用の平等判断に関して(判旨②第1文では「租税法の適用に関し」)確認した点に、その意義と特徴があると考えられる。もっとも、その確認は本判決においては「租税法上の一般原則としての平等原則」のいわば「表層」(判旨②第1文及び第2文参照)でされたものであって、次の3で述べるように、筆者としては、本判決は「租税法上の一般原則としての平等原則」の「深層」(判旨②第3文及び判旨③参照)においては判例・通説の平等判断枠組みを濫用するものであると考えるところである。

3 判例・通説の平等判断枠組みの「深層的濫用」(判旨②第3文及び判旨③)

以上で述べてきたように、本判決は「租税法の適用に関し」判例・通説の平等判断枠組みの適用があることを確認したものと解されるが、そうすると、次に問われるのは、当該区別取扱いの合理性(判旨②第3文にいう「合理的な理由」)の有無である。

本判決は、判旨②第3文において、「合理的な理由」の判断基準を「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」の有無としている。そこで、以下では、「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」が何を意味するか、法的三段論法のどのレベルで問題にされているかを検討することにしたい。

まず、判旨③第1文によれば、「本件各通達評価額と本件各鑑定評価額との間には大きなかい離があるということ」が、「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」でないことは明らかである。本件各通達評価額にしろ本件各鑑定評価額にしろ、評価方法に違いはあれ、それらは、相続税法22条が定める「時価」という要件(正確にいえば、相続税法が定める課税標準[=各相続人等の課税価格の合計額に対する法定相続分の金額]という課税要件を組成する課税要件要素[Steuertatbestandsmerkmal])に該当する事実(課税要件事実)の認定の結果であるが、そうすると、本判決は、判旨③第1文では、「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」を事実認定のレベルで問題にしていないことになる。

次に、本判決は、判旨③の第1文に「もっとも」で接続して第2文以下で第1文に対する例外を述べているが、その例外について以下の2つの段階を踏んで判示している。

第1段階においては、判旨③第2文によれば、㋐「これ[=本件購入・借入れ]が行われたことにより、本件各不動産の価額を評価通達の定める方法により評価すると、課税価格の合計額は2826万1000円にとどまり、基礎控除の結果、相続税の総額が0円になる」ことから、「上告人らの相続税の負担は著しく軽減されること」が帰結される以上、㋐が「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」であるということになりそうである。㋐は、本件各通達評価額、本件購入・借入れ及び本件被相続人に係る法定相続人の数という各認定事実を相続税法の課税標準規定に当てはめ同法を適用した結果である(法的三段論法における当てはめ・結論のレベル)。

第2段階においては、判旨③第4文によれば、㋑「本件各不動産の価額について評価通達の定める方法による画一的な評価を行うこと」は、本件購入・借入れのような行為をせず、又はすることのできない他の納税者と上告人らとの間に看過し難い不均衡を生じさせ、「実質的な租税負担の公平」に反することから、㋑をもって「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」があるとされている。㋑は、本件各不動産についての評価通達による評価という事実認定である(法的三段論法における事実認定のレベル)。

このように、本判決は、「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」を、結局のところ、法的三段論法の当てはめ・結論のレベル(前記㋐)ではなく事実認定のレベル(前記㋑)で問題にしているのであるが、前記の2つの段階を媒介し「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」該当性判断のいわば「転轍機」として用いる論拠として、判旨③第3文では、本件購入・借入れにつき租税負担軽減の「意図」及びその結果としての租税負担の軽減を認定している。すなわち、前記㋑の事実認定は、前記㋐の当てはめ・結論を念頭に置き、かつ、その前提となる租税負担軽減の「意図」及びその結果としての租税負担の軽減を認定した上で、本件事案のそのようないわば「全体的構図」の中で、行われたもの(正確にいえば、「原審の適法に確定した事実関係等」の中から採用されたもの)とみることができる。

以上のようにみてくると、本判決は、財産評価という事実認定のレベルでは、「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」を原則として問題としないとしながら、租税負担軽減の「意図」及びその結果としての租税負担の軽減が認められる場合には、例外的に「上記事情があるもの」とした上で、このことをもって、「本件各不動産の価額を評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすること」、すなわち、「相続財産の価額の評価の一般的な方法」(判旨②第1文)で「課税庁がこれに従って画一的に評価を行っていることは公知の事実」(同)とされる本件各通達評価額でなく本件各鑑定評価額によること、という区別取扱いにつき「合理的な理由」があることを肯定したと解することができる。

そうすると、本判決は、「実質的な租税負担の公平」の実現という目的論的観点から、これに反する「事情」として、単なる評価額の「大きなかい離」という事実それ自体ではなく、租税負担軽減の「意図」及びその結果としての租税負担の軽減に着目しこれらを伴う評価額の「大きなかい離」という事実を考慮して行った事実認定(目的論的事実認定)を採用し、これによって租税負担軽減の「意図」に基づく租税回避の試みを否認し(租税回避の試みとその否認については前掲拙著【67】【72】のほか清永・前掲書47頁注11も参照)、その上で、このような事実認定による否認を正当化するために判例・通説の平等判断枠組みを援用したものと評価することができよう(山田重將「財産評価基本通達の定めによらない財産の評価について―裁判例における『特別の事情』の検討を中心に―」税大論叢80号(2015年)143頁、210頁による裁判例の類型化を参考にすれば、本判決は「価額乖離型」ではなく「租税回避型」に属するものと評価することができよう)。

事実認定による否認論については、例えば住所国外移転[武富士]事件・最判平成23年2月28日訟月59巻3号864頁が相続税法上の「住所」という要件に該当する事実(課税要件事実)の認定に関し「主観的に贈与税回避の目的があったとしても、客観的な生活の実体が消滅するものではない」と判示するなど、従来、判例は否定的ないし少なくとも消極的な立場に立ってきたと考えられる(谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」第9回、拙著『租税回避論』(清文社・2014年)第3章第2節第2款[初出・2011年]参照)。前記の評価からすると、本判決は、このような判例の傾向とは一線を画するものであるといえよう。しかし、このことは決して肯定的に評価されるべきではなく、最高裁において財産評価についても事実認定による否認論に関する従来の立場に軌道修正すべきであろう。

そもそも、本件のような事案については、相続開始前3年以内に被相続人が取得した土地等の価額を取得時の価額で評価するいわゆる三年しばり特例(平成8年法律第17号による改正前の措置法69条の4)のような租税回避否認のための立法措置が講じられていれば、裁判所としては、当該措置の解釈適用による法律論で対処することができたであろうが、そのような立法措置が講じられていない法状態の下で、本判決は、「実質的な租税負担の公平」を図るために目的論的事実認定を行った結果、法律論で対処すべき問題を事実認定の問題として処理してはならないという事実認定に関する一般的要請(前掲拙著【75】のほか伊藤滋夫『事実認定の基礎 裁判官による事実判断の構造〔初版〕』(有斐閣・1996年)269-270頁も参照)に反する判断を示したものといわざるを得ない。

そうすると、本判決は、明文の規定がある場合にしか租税回避の否認を許容すべきでないとする租税法律主義の要請を、訴訟における事実認定を通じて、潜脱したものとみることができよう(前掲拙著【75】参照)。本判決がこのような意味での租税法律主義違反を判例・通説の平等判断枠組みの援用によって正当化しようとしたのであれば、その援用は判例・通説の平等判断枠組みの濫用というべきものであろう(関連して、租税法律主義(合法性の原則)と税法の執行上の原則としての租税平等主義との関係に関する私見(「含み公平観」)については、谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」第2回Ⅳ、前掲拙著【81】等参照)。

なお、「通達の公表」は税法における信義則の適用に関する判例(最判昭和62年10月30日訟月34巻4号853頁)のいう「公的見解」の表示に当たるが(前掲・最判令和2年3月24日の宇賀克也裁判官補足意見参照)、本判決が「課税庁がこれ[=評価通達]に従って画一的に評価を行っていること」を「公知の事実」と認めていること(判旨②第2文)からすると、本判決がそのように財産評価の外観を重視する姿勢を示しながらも、本件における「租税法上の一般原則としての平等原則」の適用に関する判断をその「表層」にとどまらずその「深層」にまで及ぼし、判例・通説の平等判断枠組みの濫用に帰着した以上、そこに外観重視の姿勢を破る明確な濫用の意図を読み取ることができるように思われる。

4 「租税法上の一般原則としての平等原則」の意味

以上の検討結果をまとめると、本判決は、「租税法上の一般原則としての平等原則」の「表層」においては判例・通説の平等判断枠組みを確認しながらも、その「深層」においてはその判断枠組みを濫用するものと評価することができる。

このような評価は、「租税法上の一般原則としての平等原則」が外観上・表現上はともかく、真に租税平等主義という客観的な憲法原則を意味するものではなく、少なくとも結論の観点からみれば、「実質より見た現行租税法の基礎原則」としての「公平負担の原則」、その中でも「租税法の解釈適用における公平負担の原則」(田中二郎『租税法〔第3版〕』(有斐閣・1990年)87頁、88頁、89頁)を意味するものである、という理解(前掲拙著【21】参照)に基づく評価であるが、その理解は、「租税法上の一般原則としての平等原則」の適用上「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」を「合理的な理由」の判断基準とする判旨②第3文や判旨③の判示内容に照らしても、妥当であろう。

本件の原審・東京高判令和2年6月24日金判1600号36頁は、「相続税法22条の規定もいわゆる租税法の基本原則の一つである租税平等主義を当然の前提としているものと考えられる」という第一審・東京地判令和元年8月27日金判1583号40頁の判示を引用しているが、本判決がこれらとは異なり「いわゆる租税法の基本原則の一つである租税平等主義」ではなく「租税法上の一般原則としての平等原則」という表現を用いたことにも意味があるように思われる。

本判決は、「本件各通達評価額と本件各鑑定評価額との間には大きなかい離があるということ」(判旨③第1文)を認めた上で、このことをもって「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」(判旨②第3文)があるとは判断せず(判旨③第1文)、しかも前記㋐「これ[=本件購入・借入れ]が行われたことにより、本件各不動産の価額を評価通達の定める方法により評価すると、課税価格の合計額は2826万1000円にとどまり、基礎控除の結果、相続税の総額が0円になる」こと(判旨③第2文)をもってしても上記「事情」があるとは判断せず、結局のところ、租税負担軽減の「意図」をもって本件購入・借入れをした被相続人及び納税者(判旨③第3文)に対して前記㋑「本件各不動産の価額について評価通達の定める方法による画一的な評価を行うこと」(判旨③第4文)をもって上記「事情」があると判断した。

しかし、そのような租税回避の試みを否認する明文の根拠が現行法上定められていない以上、また、前記の原審判決が判示するように相続税法22条が「租税平等主義を当然の前提としている」としても、同条がそのような租税回避の試みを否認するような時価評価の取扱いを定めているとは解されない以上、憲法14条1項の租税の領域での現れである租税平等主義からは、前記㋑をもって前記「事情」があるとする判断は導き出すことはできないと考えられる。したがって、「租税法上の一般原則としての平等原則」が租税平等主義を意味するとは解されない。そもそも、本判決は「租税法上の一般原則としての平等原則」についてその根拠条文を示しておらず、憲法14条1項に言及すらしていないのである。

これに対して、前記の「租税法の解釈適用における公平負担の原則」は、租税回避の否認につき否認規定不要説の根拠として援用されるなど実質主義の「真骨頂」(谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」第20回Ⅲ参照)を示すものであり、論理構成の点では異なるものの、結論の点では、租税回避の試みの否認に関して事実認定による否認論と同じ結果に帰着するものである(同第8回Ⅲ参照)から、「租税法上の一般原則としての平等原則」は実質的には上記の「公平負担の原則」を意味するものと解されるのである。

 

Ⅳ おわりに

今回は、相続財産の評価を事実認定として捉え、本判決を実質的には事実認定による否認を認めたものとして批判的に検討したが、出発点とした財産評価の捉え方に対しては疑問をもつ向きもあるかもしれない。しかし、そのような疑問は、「経験則のワナ」とりわけ「体系化された経験則のワナ」に起因しているように思われる(なお、民事裁判における「経験則の体系化」については伊藤・前掲書88頁以下、同〔改訂版〕(有斐閣・2020年)85頁以下参照)。

相続財産の評価は、前記Ⅲの3で述べたように、相続税法22条が定める「時価」という要件(正確にいえば課税標準の課税要件要素)に該当する事実(課税要件事実)を認定する行為であり、法的三段論法においては事実認定に該当する。

事実認定においては経験則が極めて重要な意味をもつが、経験則とは「経験から帰納された事物に関する知識や法則」をいい、「経験則には、日常生活の常識的な思惟(しい)法則から科学上の極めて専門的な知識・法則に至るまでのものがあるが、専門的な経験則のときは鑑定でそれを確かめる必要がある。」とされる(高橋和之ほか編集代表『法律学小辞典〔第5版〕』(有斐閣・2016年)296頁)。

経験則はそもそも「事実そのものと異なって、一般的通用性をもつ」(伊藤眞『民事訴訟法〔第7版〕』(有斐閣・2020年)359頁)知識や法則である上、財産評価において働くような専門的な経験則を評価方法として体系化し評価通達(財産評価基本通達)のような形にまとめると、これを用いて行う財産評価は、その判断プロセスの点で、法的三段論法に基づく法的判断と類似する。すなわち、ある財産を評価通達の定める評価方法で評価する場合、一方で、その評価方法の意味内容を明らかにし、他方で、「その財産の価額に影響を及ぼすべきすべての事情」(評価通達1(3))を認定した上で、その事情をその評価方法に当てはめる、というプロセスで財産評価の判断がされるのである。

ここで評価通達における専門的な経験則の体系化について付言しておくと、その体系化に当たって「納税者間の公平の維持、納税者および租税行政庁双方の便宜、徴税費の節減等の観点」(金子・前掲書735頁)が考慮されていることは確かであろうが、そこでいわれる「納税者間の公平」は「画一的かつ詳細な評価方法」(同頁)によって維持されるものであって、本判決のいう「実質的な租税負担の公平」とは明らかに異なる観念である。

話を元に戻すと、一般的通用性のある経験則は、評価通達において評価方法として体系化されたとしても、あくまでも「事実認定の中で働くもの」(伊藤眞・前掲書359頁)であり、法規とは区別されるべきものである。このことは、評価通達が法規でない(判旨①第2文)という別の観点からみても、当然のことではある。なお、この点に関連して評価通達の性格について付言しておくと、評価通達は財産評価に関する専門的な経験則を定めるものであり基本的には取扱通達(清永・前掲書21頁)として性格づけられるべきものであるが、法令解釈に関する部分(評価通達1(2))はごく一部であるにもかかわらず法令解釈通達として国税庁のホームページに掲載されているのはミスリーディングであり、このことも財産評価を事実認定として捉えることに対する前記の疑問の背景にあるのかもしれない。

いずれにせよ、このようにみてくると、相続財産の評価は、「評価通達の定める方法による画一的な評価」(判旨②第3文、判旨③第4文)であれ、それ以外の評価方法による個別鑑定評価(評価通達6参照)であれ、財産評価に関する専門的な経験則に従って行われるものである以上、そこに租税負担軽減の「意図」及びその結果としての租税負担の軽減を考慮する余地はないはずである。「財産の評価に当たっては、その財産の価額に影響を及ぼすべきすべての事情を考慮する。」(評価通達1(3))とされているが、そのような「意図」やその結果はその「事情」には該当しない。

したがって、「本件各通達評価額と本件各鑑定評価額との間には大きなかい離がある」(判旨③第1文)としても、それは専門的な経験則の適用の結果における評価者のいわば「見解の相違」にすぎず、これをもって「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」(判旨②第3文)があるということができないことは当然のことであり、その限りでは本判決(判旨③第1文)は妥当である。

にもかかわらず、本判決が判旨③第3文及び第4文において、本件相続財産の評価に当たって租税負担軽減の「意図」及びその結果としての租税負担の軽減を考慮したのは、事実認定における租税回避目的混入論(前掲拙著『租税回避論』40頁[初出・2004年]参照)に基づく税法上の目的論的事実認定の過形成(谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」第9回Ⅳ参照)というべきものであり、前記Ⅲ3で述べたように、事実認定に関する一般的要請及び租税法律主義に反し許されないと考えるところである。

本判決がこのような結果に立ち至ったのは、財産評価と法的判断との前述のような判断プロセスの類似性に幻惑され、相続財産の時価評価を(租税負担軽減の「意図」及びその結果としての租税負担の軽減を媒介・「転轍機」として)あたかも相続税法上の法的判断(しかも公平負担の原則・実質主義に基づく法的判断)であるかのように捉えたがために、「体系化された経験則のワナ」に陥ったからかもしれない。

(了)

この連載の公開日程は、下記の連載目次をご覧ください。

連載目次

谷口教授と学ぶ「税法基本判例」

第1回~第20回

第21回~

筆者紹介

谷口 勢津夫

(たにぐち・せつお)

大阪学院大学法学部教授

1956年高知県生まれ。京都大学法学部卒業、同大学大学院法学研究科博士後期課程単位修得退学。甲南大学法学部教授、大阪大学大学院高等司法研究科教授を経て2022年4月より現職。大阪大学名誉教授。ほかに大阪大学大学院高等司法研究科長・大阪大学法務室長、アレクサンダー・フォン・フンボルト財団奨励研究員(Forschungsstipendiat der Alexander von Humboldt-Stiftung)・ミュンヘン大学客員研究員、日本税法学会理事長、租税法学会理事、IFA(International Fiscal Association)日本支部理事、資産評価政策学会理事、司法試験考査委員、公認会計士試験試験委員、独立行政法人造幣局契約監視委員会委員・委員長、大阪府収用委員会委員・会長、大阪府行政不服審査会委員・会長、公益財団法人日本税務研究センター評議員・同センター理事・同センター「日税研究賞」選考委員・同センター編集委員会委員、公益財団法人納税協会連合会「税に関する論文」選考委員、公益社団法人商事法務研究会「商事法務研究会賞」審査委員、近畿税理士会・近畿税務研究センター顧問など(一部現職。ほか歴任)。

主要著書は『租税条約論』(清文社・1999年)、『租税回避論』(清文社・2014年)、『租税回避研究の展開と課題〔清永敬次先生謝恩論文集〕』(共著・ミネルヴァ書房・2015年)、『税法の基礎理論』(清文社・2021年)、『税法創造論』(清文社・2022年)、『税法基本判例Ⅰ』(清文社・2023年)、『基礎から学べる租税法〔第4版〕』(共著・弘文堂・2025年)、『税法基本講義〔第8版〕』(弘文堂・2025年)、『税法基本判例Ⅱ』(清文社・2025年)など。
 
   

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