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monthly TAX views -No.105-「岸田新総理の最初の試金石」

monthly TAX views -No.105- 「岸田新総理の最初の試金石」   東京財団政策研究所研究主幹 森信 茂樹   4日、自由民主党の岸田文雄氏が、国会の承認を経てわが国の第100代内閣総理大臣に就任した。 総裁選挙では4人の候補者の間で、外交・安保から社会保障まで、野党の提案も取り込み幅広くわが国の政策について議論が交わされた。結果自民党の支持率は上がったようで、野党は総選挙で苦戦を強いられるのだろう。 税・社会保障という観点から、筆者が岸田総理の政策に注目するのは以下の点である。 *  *  * 岸田総理の公約である「新自由主義的な経済政策からの転換、分配重視」という政策に対し、筆者は共感を覚えるのだが、今後、どう実現していくのか。 アベノミクスの下では、期待したトリクルダウンは生じず、家計調査の分析でも中間層は二極化したことが明らかになっている。引き続くコロナ禍により、所得・資産格差はさらに拡大した。 これへの対策として、岸田総理は「成長の成果を分配する」という。しかし常識的には、「分配」は「負担能力がある者からそうでない者へ所得を移転させること」を意味しており、税制で負担能力がある者にさらなる負担を求め、困窮者への社会保障・給付にまわすという政策を意味している。そこを説明せず、「経済成長の成果を分配する」というだけでは、無責任な印象を受ける。 *  *  * 一方で、分配強化の具体策として、金融所得の課税強化を打ち出しておられる。周知のようにわが国税制では、金融所得が、勤労所得の最高税率より低い水準で分離課税となっている。この理由は、グローバルに取引される金融所得について、国外への資金逃避を防ぐ「税の効率性」のためである。90年代後半に北欧から始まり、欧米の多くの国がこのような税制を採用してきた。 しかしここ数年、OECD諸国は資金の流れを捕捉できるような協調体制を築いてきた。わが国でも、国外財産調書制度の導入、海外の税務当局との金融口座情報の自動的情報交換の開始、年間所得2,000万円超で3億円以上の財産を有する者への財産債務調書の提出義務付け、さらには預貯金口座へのマイナンバー適用も始まり、適正課税を担保するための納税環境整備は大きく進展した。日本居住者である限り、わが国で課税される度合いが飛躍的に向上したといえよう。 このような環境の整備に加えて、コロナ禍での格差拡大が所得再分配機能強化の必要性を認識させ、金融所得税制の見直しが政治レベルでの課題になったといえる。この見直しは、高所得者により多く帰属する金融所得に対して負担増を求めるので、世代間の公平にも資する。 *  *  * 当然だが、投資家や金融機関は、株式相場への悪影響を懸念して、見直しには消極的である。しかし、「投資家のリスクテイクにあたっては、損失が生じた場合に損益通算がどこまで可能かという点が重要であって、税率の高低には影響されない」というのが経済理論である。 例えば、譲渡益に50%で課税されても、損失を出した場合には50%が還付してもらえるという税制(損益通算)が整っておれば、投資家はリスクテイクを続けるので、相場に与える影響は限定的ということである。戦後のわが国税制の基礎となったシャウプ勧告も、前文でそう述べている。そこで、税率の見直しには、損益通算の拡充を合わせ検討することが必要となろう。 もう1つ、累進性を強化するには、税率を一律引き上げるのではなく、一定以上の金融所得のある者(源泉分離課税となっている利子所得は除く、例えば100万円)に限定して税率を引き上げる(例えば現行の15%から30%へ)ことが必要だ。特定口座の配当所得と株式譲渡益はすべてマイナンバーで把握されており、名寄せができる。デジタルの成果を税制に活用することにもつながる。 コロナ禍で税制の潮流も変化した。米国でも議論が進む金融所得課税強化は、岸田政権にとって、最初の試金石となろう。 (了)

#No. 439(掲載号)
#森信 茂樹
2021/10/07

法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例34】「事業年度末における未使用ポイントの損金算入の可否」

法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例34】 「事業年度末における未使用ポイントの損金算入の可否」   国際医療福祉大学大学院教授 税理士 安部 和彦   【Q】 私は、首都圏北部の県庁所在地でアニメのキャラクター商品を企画・開発し、直営店において販売する株式会社A(3月決算法人)において、総務及び経理担当の部長を務めております。アニメのキャラクター商品は小中学生から大人まで、さらに男女を問わず人気で、その販売については競争も激しいところではありますが、おかげさまでわが社の業績はうなぎ上りであり、販売活動を行う直営店は、現在首都圏全域に20店舗まで拡大しております。 わが社はキャラクター商品に係るマーケティング戦略として、顧客の囲い込みの観点から、代金の一部として使用することができるポイント制度を採用しております。当該ポイント制度は、基本的に販売代金(税抜)の10%相当額のポイントを付与し、顧客がそのポイント(1ポイント=1円相当)を使用して直営店やネットショップでグッズを購入することができるという仕組みを採っています。また、当該ポイントはわが社が指定する景品(非売品だが市場価格を参考にポイントを設定)との引き換えにも使用することができます。なお、ポイントの有効期限は付与の日から2年間です。 ところで、このようなポイント制度に関し、先日わが社が受けた国税局の税務調査で問題点を指摘されました。わが社は顧客に付与したポイントにつき、その付与した事業年度末において未使用の残高のうち、過去の実績からポイントの有効期限を踏まえて翌事業年度以降において使用される可能性が高い金額、具体的には未使用残高の50%相当額を損金に算入しております。これに対し調査官は、当該ポイントのうち各事業年度末における未使用分は、債務が確定していないため全額損金に算入すべきでないとして、否認してきました。 わが社としては、会計士の指導の下、各事業年度末において未使用のポイント残高のうち、過去の実績に基づく合理的な算定方法により、その50%相当額を損金に算入しているため、法人税法上の公正処理基準に照らし適正な処理であると考えておりますが、わが社と課税庁のいずれの見解が正しいのでしょうか、教えてください。 【A】 ポイント制度に関しては、顧客に対して商品購入の際にポイントが付与された時点では、次回購入時における代金充当の選択又は景品交換の選択がされない限り、その債務に基づいて給付すべき具体的内容が明らかにならないため、これに伴う費用が発生したとはいえず、その費用の金額を合理的に算定することはできません。 そして、当該ポイント制度については、法人税法及びそれを受けた法令解釈通達における債務確定要件のうち、まず債務が成立していないと考えられるが、仮に成立しているとしても、事業年度末までに具体的原因事実が発生していること、その金額を合理的に算定することができるものであることの2点を充足しているとは認めることができないことから、事業年度末におけるポイントの未使用相当分については債務が確定していないため、全額損金に算入することはできないと考えられます。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 法人税法における損金 法人税法上、損金の額には、別段の定めがあるものを除き、原則として、すべての原価・費用及び損失の額が含まれるとされている(法法22③)。ここでいう原価・費用及び損失の額は、「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準」に従って計算されるべきというのが、法人税法の基本原則であり、これを公正処理基準ないし企業会計準拠主義という(法法22④)。 また、費用については、償却費を除き、当該事業年度終了の日までに債務の確定していないものは、損金の額に算入すべき費用から除外している(法法22③二)。これは法人の費用の年度帰属の問題と関連する点であり、法人税法では一般に、権利確定主義が妥当すると解されている(※1)。 (※1) 金子宏『租税法(第23版)』(弘文堂、2019年)358頁。   (2) 債務の確定の意義 債務の確定については、実務上、法人税基本通達の規定を参考にするケースが多い。すなわち、同通達によれば、債務が確定している費用とは、以下の要件すべてに該当するものをいう(法基通2-2-12)。 上記要件は、企業会計における引当金の計上基準(下記参照)と類似している。 〈企業会計原則注解18における引当金の計上基準〉 上記通達の③と引当金の計上基準エはほぼ同視することができる。問題は通達の①、②で、引当金の計上基準ア~ウでは債務が成立しているとまではいえない(条件付債務)。したがって、法人税法上の債務の確定は、企業会計における引当金の計上基準より狭い概念であるといえる。   (3) ポイント制度とは 次に、本件で問題となっているポイント制度について、その概要を見ておきたい。ポイント制度(customer royalty program)とは、一般に、商品の販売やサービスの提供に応じて、その代金の一定割合を乗じて計算したポイントを顧客に付与する制度で、顧客は次回以降の商品の販売やサービスの提供の際に、付与されたポイントをその代金の一部に充当することができる。付与されたポイントは、付与した企業の商品やサービスにのみ充当できるケースと、参加する複数の企業に広く使用できるケースとがある。多くのポイント制度では、付与されたポイントについて有効期限がある。 企業が当該ポイント制度を導入する理由としては、マーケティング戦略上、顧客へのポイントの付与により、自社製品や自社サービスの値引きを約束することで、顧客を競合企業から囲い込む効果を期待してのものと考えられている(ロックイン効果)。ポイント制度はアメリカにおいて19世紀中ごろから始まったとされる説があるが(※2)、わが国では1985年にヨドバシカメラが開始したことで一般的になったと考えられる(現:ゴールドポイントカード)。 (※2) 小本恵照「進化するポイントカードとその将来性」(『ニッセイ基礎研REPORT』2007年2月号1頁)。   (4) 収益認識基準導入後のポイントに係る収益認識 企業会計においては、従来、収益の認識基準について、企業会計原則にいう実現主義ないし実現原則により処理するものとされてきたが、平成30年3月30日に「企業会計基準第29号」が公開され、「収益認識基準」が定められた。これを受け、法人税法においても、平成30年度税制改正で新たに収益の計上時期及び計上金額に関する通則的な規定(法法22の2)が置かれた。それに伴い法人税基本通達も整備され、ポイント制度に関しても対応する収益認識基準が新たに示されている(法基通2-1-1の7)。 当該通達の骨子は、企業会計上の収益認識基準に従って、ポイント等の付与による履行義務を当初の資産の販売等とは別の履行義務として区分した場合において、一定の要件を満たすときには、法人税においても、別の取引に係る収益の前受けとして取り扱うことが容認されるというものである。   (5) 未使用のポイントに係る損金性が争われた事案 本件のように、期末において未使用のポイントがある場合、その損金性が問われた事案として、東京地裁令和元年10月24日判決(裁判所ホームページ行政事件裁判例集、TAINSコード:Z888-2302)があるので、以下でその内容を確認しておきたい。 ① 事案の概要 本件は、アニメのキャラクター商品等の販売等を行う原告が、ア.平成22年10月期、イ.平成23年10月期から同26年10月期までの各事業年度につき、顧客が原告の各店舗で商品等を購入する際に付与したポイントの各事業年度末における未使用分に相当する金額(ただし、イ.の各事業年度については、それぞれ前年度のポイント未払残高より増額した金額を指す)を、当該事業年度の所得の金額の計算上損金の額に算入したところ、豊島税務署長から、本件ポイント未払計上額につき、各事業年度末において債務が確定しているとは認められないとして、各事業年度に係る法人税の更正処分等を受けたため、原告が、これら処分の一部の各取消しを求めた事案である。 ② 事案の争点 事業年度末におけるポイント未払計上額の損金算入は可能か。 ③ 裁判所の判断 なお、本件は納税者側が控訴せず確定している。 ④ 本裁判例からいえること ポイント制度に関しては、会計上、新たに導入された収益認識基準を採用していない企業の場合には、その多くがポイント等引当金により経理処理しているものと考えられる(※3)。その場合、ポイント等引当金繰入額は別段の定めに規定される引当金(貸倒引当金)ではないため、原則通り「債務の確定」の有無に従い損金性が判断されることとなる(法法22③二)。 (※3) この点、本件判決文中の「前提事実」において、「本件各事業年度の当時、ポイントの会計処理方法について個別に定める会計基準は存在しておらず、実務上は、①ポイントを顧客に付与した時点で費用処理する方法(以下「付与時費用処理法」という。)、②ポイントが使用された時点で費用処理するとともに、期末に未使用ポイント残高に応じた引当金を計上するという方法(以下「引当金処理法」という。)、③ポイントが使用された時点で費用処理するが、引当金計上はしないという方法(以下「使用時費用処理法」という。)が行われていたところ、そのうち、②引当金処理法を採用する企業が多数であった」とされている。 企業会計上の引当金は、法人税法にいう「債務の確定」の要件、具体的には通達(法基通2-2-12)でいうところの「債務が成立していること」及び「具体的な給付をすべき原因となる事実が発生していること」という要件を満たしていないため、ポイント等引当金繰入額は損金に算入できないものと考えられる。なお本裁判例の場合、原告はポイント等引当金を採用していないようである。 ところで、裁判所は「カード会員の初回購入時にポイントが付与された時点では、仮にその時点で原告の主張する債務(次回購入時における代金充当又は景品交換をすべき債務)が成立しているとしても」としているが、当該債務は次回購入時・・・・・(ないし交換時)においてはじめて(発生ではなく)成立する債務であると考えられ、「仮に」という譲歩がついているとはいうものの、ポイント付与時という次回購入前・・・・・(ないし交換時)において成立するという原告の主張を受け入れることは、必ずしもなかったのではないかと考えられる。むしろ、期末時点の未使用残高のうち、仮に(引当金の場合と同様に)翌期以降に使用される額を過去の実績等に基づき算定することができれば、それは「その金額を合理的に算定することができる」という要件を満たしているものと考えられる。 ところで、本件のように、翌期以降に使用される(見込み)額を過去の実績等に基づき算定するという手法が、通達にいう「その金額を合理的に算定することができる」という要件に当てはまるかどうかは、裁判例等がないため不明であるが、引当金の場合それを実行し認められていることから、筆者は検討に値するものと考えるところである。もっとも、仮にそれが合理的と判断されたとしても、法人税法上は、残りの2要件を満たすかどうかにつき、当然別途検討する必要がある。   (6) 本件へのあてはめ ポイント制度に関しては、顧客に対して商品購入の際にポイントが付与された時点では、次回購入時における代金充当の選択又は景品交換の選択がされない限り、その債務に基づいて給付すべき具体的内容が明らかにならないため、これに伴う費用が発生したとはいえず、その費用の金額を合理的に算定することはできない。そして、当該ポイント制度については、法人税法及びそれを受けた法令解釈通達における債務確定要件のうち、まず債務が成立していないと考えられるが、仮に成立しているとしても、事業年度末までに具体的原因事実が発生していること、その金額を合理的に算定することができるものであることの2点を充足しているとは認めることができないことから、事業年度末におけるポイントの未使用相当分については債務が確定していないため、その全額を損金に算入することはできないと考えられる。 (了)

#No. 439(掲載号)
#安部 和彦
2021/10/07

〈判例・裁決例からみた〉国際税務Q&A 【第11回】「外国関係会社で損失が生じた場合に、その損失を内国法人の所得から控除することは認められるか否か」

〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第11回】 「外国関係会社で損失が生じた場合に、その損失を内国法人の所得から控除することは認められるか否か」   公認会計士・税理士 霞 晴久   〔Q〕 外国子会社合算税制(※1)によれば、外国関係会社に該当する法人の留保所得は内国法人の所得に合算されるということですが、当該外国関係会社に損失が生じた場合には、内国法人の所得から控除することが認められますか。 (※1) 本稿では、平成29年度改正を受け、従来慣行的に用いられていた「タックス・ヘイブン対策税制」の用語は、判決文を除き、極力使用しないこととする。 〔A〕 外国関係会社に帰属する損失について、当該損失を内国法人の所得の計算上損金の額に算入することは認められません。 ●●●〔解説〕●●● 1 会社単位の合算課税制度 (1) 平成29年度税制改正の趣旨 平成28年12月8日に公表された「平成29年度税制改正大綱」では、「平成29年度税制改正においては、外国子会社を通じた租税回避を抑制することを目的とする『外国子会社合算税制』を総合的に見直す」という方針が示され、「具体的には、『外国子会社の経済実態に即して課税すべき』との『BEPSプロジェクト』の基本的考え方を踏まえ、経済実体がない、いわゆる受動的所得は合算対象とする一方で、実体ある事業からの所得であれば、子会社の税負担率にかかわらず合算対象外とする(※2)」との考え方が示され、それまでの外国子会社合算税制が大幅に改正された。改正後は、下記のとおり、①特定外国関係会社、②対象外国関係会社の2つに分類(※3)される。 (※2) 従前のトリガー税率(直近で20%)の下では、実体のある事業からの所得でも合算されてしまうという問題(「オーバーインクルージョン」と呼ばれる)が指摘されていた。 (※3) この他、従前の適用除外基準を満たし(改正後は「経済活動基準」)、一定の資産性所得を有するもの(特定外国関係会社を除く)のうち、租税負担割合が20%に満たないものは、平成29年度改正により、所得単位の合算課税の対象として、「部分対象外国関係会社」と規定された。 (2) 制度の概要 平成29年度改正では、外国関係会社(措法66の6②一)のうち、租税回避リスクの高いものを特定外国関係会社と定義し(措法66の6②二)、会社単位で合算課税の対象とする制度が新設された。 ① 特定外国関係会社 特定外国関係会社は、その後の改正もあり、現在では次に掲げる4つが規定されているが、いずれも、その租税負担割合が30%以上であるときには、合算課税の適用が免除とされる(措法66の6⑤一)。 ② 対象外国関係会社 対象外国関係会社とは、上記①に該当せず、かつ、経済活動基準(※4)(平成29年度改正前の「適用除外基準」)のうちいずれかを満たさない外国関係会社をいい、同基準のいずれかが欠けると、能動的所得を得る上で必要な経済活動の実体を備えていないと判断される。ただし、租税負担割合が20%以上であれば、合算課税の適用は免除される(措法66の6⑤二)。 (※4) (ⅰ)事業基準、(ⅱ)実体基準、(ⅲ)管理支配基準、(ⅳ)非関連者基準又は所在地国基準の4つの基準から成る。 なお、この制度は、平成29年度改正前の外国子会社合算税制と類似するが、同改正において、一定の要件を満たす航空機の貸付けについては、経済活動基準の内の事業基準を満たすこととされた。さらに、平成30年度改正において、一定の外国金融持株会社についても、同じく事業基準を満たすこととされた。 (3) 適用対象金額の計算 租税特別措置法66条の6第1項は、外国関係会社のうち、特定外国関係会社又は対象外国関係会社に該当するものが適用対象金額を有する場合、その適用対象金額のうち調整対象金額に相当する金額について、その内国法人の所得の計算上益金の額に算入すると規定している。 ここでいう適用対象金額とは、外国関係会社の決算に基づく所得の金額について法人税法等による所得の金額の計算に準ずる一定の基準により計算した金額(基準所得金額)を基礎として、繰越欠損金の額及び法人所得税の額に関する調整を加えて計算したものをいう。また、調整対象金額とは、適用対象金額に外国関係会社の各事業年度の時における内国法人の有する株式の占める割合を乗じて計算したものをいう(措法66の6①、②四、措令39の15)。この場合の欠損金の繰越期間の制限は前7年以内とされている。なお、かかる計算構造は平成29年度改正前と同様である。 (4) 問題の所在 そもそも、租税特別措置法66条の6は、外国関係会社に欠損が生じた場合の取扱いについては明示していない。上記(2)で見たような内国法人に従属するペーパーカンパニー等の場合、実質所得者課税の原則(法法11)(※5)から、その所得は内国法人に合算されることとの平衡上、損失が計上された場合に内国法人の所得の計算上損金に計上されるべきという主張もあり得よう。 (※5) 法人税法11条《実質所得者課税の原則》とは、収益の法律上帰属するとみられる者が単なる名義人であって、その収益を享受せず、その者以外の法人がその収益を享受する場合には、その収益はこれを享受する法人に帰属するものとして、法人税法を適用するというものであり、法律上の所得の帰属の形式とその実質が異なるときには実質に従って租税関係が定められるべきであるという租税法上当然の条理を確認的に定めた規定である。昭和53年に外国子会社合算税制が導入される以前は、タックス・ヘイブンに子会社を設立して税負担を不当に回避ないし軽減を図る行動への対抗措置として、課税庁は法人税法11条を適用し、子会社の損益が内国法人に帰属するものとして課税するなどの方法により対応していた。 これに対し、上記(3)のとおり、適用対象金額の計算過程で繰越欠損金を控除することから、外国関係会社に欠損が生じた場合、いくら当該外国関係会社が特定外国関係会社等に該当したとしても、当該欠損金を内国法人の所得の計算上損金算入することは認められないという主張が対立する。これについて争われたのが、以下で検討する双輝汽船事件である。   2 過去の裁判例 《双輝汽船事件最高裁判決》(※6) (※6) 最高裁二小平成19年9月28日判決・平成17年(行ヒ)第89号(TAINSコード:Z257-10794)。 (1) 事案の概要 本件は、海運業を営む内国法人であるX(原告・被控訴人・上告人)が、パナマにおいて設立した子会社であるB社に生じた欠損が実質的には親会社であるXに帰属するとして、これをXの損金に算入して各事業年度に係る法人税等の申告をしたところ、処分行政庁から、B社の欠損をXの損金に算入することは租税特別措置法66条の6の規定の認めるところではないなどとして、法人税等の更正及び過少申告加算税賦課決定を受けたため、Xが、これらの処分を不服として提訴した事案である。 なお、本件の第一審ではXが勝訴(※7)し、第二審(※8)では課税庁が逆転勝訴したことで、Xが最高裁に上告した。 (※7) 松山地裁平成16年2月10日判決・平成14年(行ウ)第4号(TAINSコード:Z254-9554)は、タックス・ヘイブン税制の趣旨を述べた上で、租税特別措置法66条の6は、特定外国子会社等の所得が生じている場合についての取扱いを規定したものであり、特定外国子会社等に欠損が生じた場合について規定したものではないため、当該欠損金額を内国法人の損金の額に算入することが、同法において禁止されるということはできないと判示し更正処分等を取り消した。 (※8) 高松高裁平成16年12月7日判決・平成16年(行コ)第7号(TAINSコード:Z254-9847)。 (2) 裁判所の判断 ① 外国関係会社の欠損金の繰越控除との関係について 最高裁は、租税特別措置法66条の6第2項4号の立法趣旨について、「特定外国子会社等(現行:外国関係会社)の留保所得について内国法人の益金の額に算入すべきものとしたこととの均衡等に配慮して、当該特定外国子会社等に生じた欠損の金額についてその未処分所得の金額の計算上5年間(現行:7年(上述))の繰越控除を認めることとしたもの」と判示し、この措置が、「内国法人に係る特定外国子会社等に欠損が生じた場合には、これを翌事業年度以降の当該特定外国子会社等における未処分所得の金額の算定に当たり5年を限度として繰り越して控除することが認められているにとどまるものというべきであって、当該特定外国子会社等の所得について、同条1項の規定により当該特定外国子会社等に係る内国法人に対し上記の益金算入がされる関係にあることをもって、当該内国法人の所得を計算するに当たり、上記の欠損の金額を損金の額に算入することができると解することはできないというべき(下線筆者)」と判示し、子会社の損失の損金算入を明確に否認した。 ② 実質所得者課税の原則と外国子会社合算税制の関係 B社の実体について、最高裁は、「B社は、本件各事業年度においてXに係る特定外国子会社等に該当するものであり、本店所在地であるパナマに事務所を有しておらず、その事業の管理、支配及び運営はXが行っており、措置法66条の6第3項(旧法の「適用除外基準」をいい、現行同2項3号イ~ハの「経済活動基準」を指す)所定の要件は満たさないが、他方において、パナマ船籍の船舶を所有し、Xから資金を調達した上で自ら船舶の発注者として造船契約を締結していたほか、これらの船舶の傭船に係る収益を上げ、船員を雇用するなどの支出も行うなど、Xとは別法人として独自の活動を行っていた」と認定している。その上で、実質所得者課税の原則該当性について、「本件においてはXに損益が帰属すると認めるべき事情がないことは明らかであって、本件各事業年度においては、B社に損益が帰属し、同社に欠損が生じたものというべきであり、Xの所得の金額を算定するに当たり、B社の欠損の金額を損金の額に算入することはできない」と判示した。 (3) 実質所得者課税の原則に関する若干の考察 実質所得者課税の原則は、法律的帰属説と経済的帰属説が対立するが、前者が通説(※9)であり、それによれば、外国関係会社の事業が内国法人によって管理・支配されていたとしても、設立根拠法が異なる別法人である以上、当該外国関係会社の損益が内国法人に帰属することはあり得ないということとなろう(※10)。 (※9) 金子宏『租税法(第21版)』(弘文堂、2016年)171頁は、「経済的帰属説を採ると、所得の分割ないし移転を認めることになりやすいのみでなく、納税者の立場からは、法的安定性が害されるという批判がありうるし、税務行政の見地からは、経済的に帰属を決定することは、実際上多くの困難を伴う、という批判がありうる。その意味で、法律的帰属説が妥当である」と述べる。 (※10) 入谷淳『タックスヘイブン対策税制』税務弘報2015年1月号・中央経済社・73頁参照。 上記のとおり、最高裁は、B社の欠損はB社に帰属すると判定しており、法律的帰属説を採用する以上当然の帰結といえる。 (了)

#No. 439(掲載号)
#霞 晴久
2021/10/07

〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第6回】「限度面積を超えた場合の小規模宅地等の特例の適用の適否」

〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第6回】 「限度面積を超えた場合の小規模宅地等の特例の適用の適否」   税理士 柴田 健次   [Q] 被相続人である甲の相続人は、乙1人となりますが、小規模宅地等の特例対象宅地等は、自宅の土地(165㎡)と駐車場敷地(110㎡)が該当します。小規模宅地等の特例の減額の計算については、自宅敷地(165㎡)について8割減額、駐車場敷地(110㎡)について5割減額をして、相続税の申告書を期限内に提出しました。 この場合において、限度面積を超えて申告をしてしまったことについて、後日、限度面積内で小規模宅地等の特例対象宅地等を選択して修正申告をすることは可能でしょうか。 また、税務署から修正申告をする前に増額更正処分を受けた場合には、後日、限度面積内で小規模宅地等の特例対象宅地等を選択して更正の請求をすることは可能でしょうか。 [A] 小規模宅地等の特例(以下、単に「特例」という)は、限度面積要件がありますので、限度面積を超えて特例を適用した場合には、要件を満たさないことになりますので、特例の適用を受けることはできません。ただし、期限後申告や修正申告の場合にも、特例の適用を認めていますので、当初申告後に限度面積要件を満たした修正申告書を提出した場合には、特例の適用を受けることはできます。 しかし、修正申告前に増額更正処分があった場合には、更正の請求事由に該当しないと考えられますので、その後、限度面積要件を満たしたことによる更正の請求はできません。 ◆ ◆ ◆[解説]◆ ◆ ◆ 1 限度面積要件 限度面積要件は、貸付事業用宅地等の特例の適用があるか否かに応じて、下記の通りとなります(措法69の4②)。限度面積要件を満たさない場合には、その選択特例対象宅地等のすべてについて特例の適用がないことになります(措通69の4-11)。 【限度面積】 ① 選択した特定居住用宅地等の面積 ② 選択した特定事業用宅地等の面積 ③ 選択した特定同族会社事業用宅地等の面積 ④ 選択した貸付事業用宅地等の面積 なお、本問の場合、自宅の土地(165㎡)が①に、駐車場敷地(110㎡)が④に該当し、上記に当てはめると となり、限度面積である200㎡を超えてしまっています。   2 修正申告 本問の場合には、限度面積要件を満たさず当初申告を行っていますので、納付すべき税額に不足額があるときに該当し、下記の国税通則法19条1項の修正申告事由に該当しますので、更正があるまでは、修正申告を行うことができます。 国税通則法 第19条 (※) 本稿で引用している条文等につき、一部括弧書等を省略している。以下同様。 特例は、期限後申告や修正申告の場合にも認められています(措法69の4⑦)ので、修正申告書の提出において、限度面積内で特例対象宅地等を選択して修正申告をすることが可能となります。 本問の場合には、特定居住用宅地等の特例を優先的に適用させる場合には、特定居住用宅地等の選択適用面積(165㎡)、貸付事業用宅地等の選択適用面積(100㎡)となり、貸付事業用宅地等の特例を優先的に適用させる場合には、貸付事業用宅地等の選択適用面積(110㎡)、特定居住用宅地等の選択適用面積(148.5㎡)となります。   3 更正の請求 修正申告前に増額更正処分が行われた場合には、当初申告の特例の適用がないものとして税額計算が行われます。その増額更正処分後に限度面積内で特例を適用して更正の請求を行うことができるかどうかについては、下記の国税通則法23条1項1号に該当するか否かを検討することになります。 国税通則法 第23条 増額更正処分の税額計算は、特例がないものとして計算をしていることになりますが、計算に誤りがあったことにはなりませんので、本問の場合には、更正の請求事由に該当しないため、更正の請求はできないと考えられます。   ★実務上のポイント★ 限度面積要件を常に確認して申告するとともに、万が一、限度面積を超えて申告してしまった場合には、更正前に修正申告をすることが重要となります。   (了)

#No. 439(掲載号)
#柴田 健次
2021/10/07

遺贈寄付の課税関係と実務上のポイント 【第3回】「遺言により現預金の寄付をする場合」

遺贈寄付の課税関係と実務上のポイント 【第3回】 「遺言により現預金の寄付をする場合」   税理士・中小企業診断士・行政書士 脇坂 誠也   今回は、遺言で現預金の寄付をする場合の課税関係について説明していきたい。 例えば、公正証書遺言や自筆証書遺言の中に、「現預金〇〇円は、特定非営利活動法人〇〇へ寄付をする」というような遺言を遺すケースである。   1 遺言による寄付の相続税の課税関係 遺言で非営利団体に寄付をする場合に、特定公益増進法人や認定NPO法人に寄付をすると相続税が非課税になるが、一般社団法人や一般財団法人、認定を受けていないNPO法人などに寄付をすると課税されると考えている方もいるが、これは間違いである。 遺言による法人への寄付の場合には、寄付先に関わらず、原則として相続税は課税されない。法人は原則として相続税の納税義務者にならないからである。 ただし、遺贈により、遺贈をした者の親族その他これらの者と特別の関係がある者の相続税の負担が不当に減少する結果となると認められるときについては、法人を個人とみなして、相続税が課税される。 つまり、遺言による寄付は、原則は相続税はかからないが、遺言による寄付が、租税回避行為とされた場合については、法人を個人とみなして、法人に相続税を課するということである。 《遺言による法人への寄付の相続税の課税関係》   2 相続税法66条の規定 遺言による寄付について、相続税法66条に定められているので、条文を確認することにする(下線筆者)。 (1) 人格のない社団等の取扱い(相法66①) 相続税法66条1項では、法人ではない団体、税法では、「人格のない社団等」と言われるが、通常、任意団体についての取扱いについて述べられている。 人格のない社団等は、法人税法では法人とみなすとされている(法法3)が、相続税法には、この規定はない。相続税法では、人格のない社団等は、個人とみなして相続税を課することになる。 例外として、相続税法12条1項3号で、「宗教、慈善、学術その他公益を目的とする事業を行う者で政令で定めるものが相続又は遺贈により取得した財産で当該公益を目的とする事業の用に供することが確実なもの」は、相続税の課税価格に算入しないとされている。 例えば、交通遺児に対する奨学金の支給で有名な「あしなが育英会」は、長い間、任意団体であった(2019年に「一般財団法人あしなが育英会」に移行)。あしなが育英会の活動が、「公益を目的とする活動」であることは誰もが異存のないところであろう。したがって、あしなが育英会への遺言による寄付について、相続税が課税されることはなかった。 一方で、国税庁の質疑応答で、町内会に対する遺言による寄付の取扱いが公表されている。町内会に遺言で寄付をした場合には、相続税法12条1項3号の相続税の非課税財産にならず、相続税法66条1項の規定により、町内会が相続税を納める義務があるというものである。 (※) 国税庁 質疑応答事例「町内会に寄附した相続財産」 (2) 法人の取扱い 相続税法66条4項では、「持分のない法人に対して遺贈があった場合」の取扱いが定められている。非営利法人は、持ち分のない法人に該当する。 持分のない法人に対する遺贈は、「遺贈により遺贈をした者の親族その他これらの者と第64条第1項に規定する特別の関係がある者の相続税の負担が不当に減少する結果となると認められるとき」について、相続税法66条1項の規定が準用される。相続税法66条1項の規定は、前述の通り、「当該社団又は財団を個人とみなして、これに相続税を課する」ということである。 逆に言うと、相続税の負担が不当に減少する結果となると認められなければ、法人は、原則として相続税の納税義務者にならないのであるから、相続税は課税されない。 また、収益事業課税が適用されるNPO法人や、非営利型一般社団・財団法人、公益社団・財団法人等であれば、寄付金は収益事業にならないので、法人税も課税されない。 そうすると、気になるのは、どのような場合に、「相続税の負担が不当に減少する結果となると認められるのか」ということである。 次回は、この問題を取り上げていく予定である。 (了)

#No. 439(掲載号)
#脇坂 誠也
2021/10/07

租税争訟レポート 【第57回】「事務所立退料の所得区分(第一審:東京地方裁判所平成25年1月25日判決、控訴審:東京高等裁判所平成26年2月12日判決)」

租税争訟レポート 【第57回】 「事務所立退料の所得区分(第一審:東京地方裁判所平成25年1月25日判決、控訴審:東京高等裁判所平成26年2月12日判決)」   税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝   【判決/決定の概要】 〈第一審〉 〈控訴審〉 〈上告・上告受理申立て〉   【事案の概要】 本件は、弁護士である原告が、平成18年分、平成19年分及び平成20年分の所得税について、その法律事務所のために賃借していた建物の部分を賃貸人に明け渡したことに伴って賃貸人から取得したいわゆる立退料(原告が取得したこの金員を総称して、以下「本件金員」という)に係る所得を一時所得に区分した内容の確定申告書をそれぞれ提出したところ、麹町税務署長から、当該所得の一部は事業所得に区分される等として、本件各更正処分等を受けたため、それらの一部の取消しを求めた事案である。 原告が、旧事務所の賃貸人との間で合意した内容(合意書の要旨)は以下のとおりである。   【第一審判決の概要】 1 原処分庁による更正処分等/国税不服審判所による裁決 原告の平成18年分から平成20年分までの確定申告における所得区分ごとの金額、課税所得金額に対する税額と、これに対する原処分庁による更正処分等(更正処分等は2度行われているため、2度目の処分)の内容及び国税不服審判所による裁決は、次の表のとおりである。 〈各係争年分の原告の所得金額・税額の一覧(単位:円)〉 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 2 争点 なお、本稿では、〔争点1〕に係る所得区分について、原告及び被告の主張、これらに対する裁判所の判断を検討する。 3 所得区分(争点1)に関する主張 (1) 被告(国)の主張の要旨 被告は、明渡合意書に基づき支払われた金員は、旧事務所の明渡移転費用及び平成18年の差額賃料補填費用等並びに新事務所の賃料等の差額補填費用の一部、旧事務所から新事務所に移転するに当たって生ずべき費用を補償する性質のものであることは明らかであると主張した。 そのうえで、所得税法施行令94条1項2号に規定する「当該業務の全部又は一部の休止、転換又は廃止その他の事由により当該業務の収益の補償として取得する補償金その他これに類するもの」について、 との見解を示したうえで、本件金員は、原告の事務所の移転に伴う支出である移転関係費用、内装工事費用等及び新事務所における旧事務所との賃料等の差額分に充てるためのものから構成されており、移転関係費用と差額賃料に関しては、原告の事業所得の金額の計算上、本件金員の支払を受けた年分の必要経費に算入されるものであるから、原告の必要経費を補填するために受領した金銭であり、所得税法施行令94条1項2号の「収益の補償として取得する補償金」に該当すると解すべきものであることは明らかであると主張した。 さらに、資本的支出である内装工事費用についても、その大部分が将来の年分の必要経費となり、通常の経費とは必要経費に算入する時期が異なることになるが、結局は、事業所得の必要経費に算入される金額であるから、当然、資本的支出を補填するために受領した金銭もまた一般の必要経費を補填するために受領した金員と同様、「収益の補償として取得する補償金その他これに類するもの」に該当するものとして、一般の必要経費を補填するための支払と同様の課税ルールの適用対象とされる必要があることから、本件金員は、いずれも原告の事業所得の必要経費を補填する趣旨で支払われた金員であることに変わりはなく、いずれも前記①ないし③の要件を満たす金員であるから、所得税法施行令94条1項2号の規定に基づき、その取得した年分の原告の事業所得の金額の計算上総収入金額に算入されるべきものであると結論を導いている。 (注) 本稿で引用している条文、通達等に関しては一部括弧書き等を省略している。 (2) 原告(納税者)の主張の要旨 原告は、事業所得とは、自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ、反復継続して遂行する意思と社会的な地位とが客観的に認められる業務から生ずる所得をいうのであり、弁護士である原告の職務は、一般の法律事務であるところ、弁護士の事業所得となる弁護士報酬は、法律相談料や書面による鑑定料、着手金、報酬金、手数料、顧問料、日当であって、立退料はこのいずれにも当てはまらない。そもそも、立退料は、弁護士の職務とは全く関係のない収入であり、事業所得とは到底評価することができないものであると所得区分について主張した。 そのうえで、一時所得とは、営利目的もなく、継続的でもなく、労働や資産からの収入でもなく、偶然かつ一時的に生じた収入であり、たまたま運良く得た一時的・臨時の収入のことであり、この一時所得なるものを認め、事業所得等とは異なった税率を課している趣旨は、臨時・偶発的な利得について、税負担の軽減を図り、事業所得とは異なった扱いをすることとした点にあることから、一時所得であるか否かを考える場合、課税の実質を考慮し、上記の趣旨に沿うものであるか否かを考える必要があるとして、本件金員に係る所得については、一時所得として扱われるべきであると結論づけた。 さらに、原告は、本件のこれまでの経緯について、各更正処分等、異議決定、減額再更正処分及び裁決における結論がそれぞれ異なっており、厳格であるべき課税行為が、このように揺れ動くこと自体おかしなことというべきであると批判した。 4 東京地方裁判所の判断 第一審である東京地方裁判所は、結論として、原告が取得した金員のすべてを事業所得とする判断を示し、そのうえで、被告が本件訴えにおいて主張する原告の本件各係争年分における納付すべき所得税の額は、前記の表のとおり、各更正処分における納付すべき税額をいずれも上回るから、本件各更正処分はいずれも適法であるという判決を示した。 所得区分に関する裁判所の判示内容は主に次のとおりである。 5 東京高等裁判所の判断 控訴審である東京高等裁判所は、原審判決を維持して、控訴を棄却する判断を示した。ただ、判示事項の中で、控訴人(第一審原告)が取得した本件金員の一部については、一時所得とすることを認めている。その部分の判示内容は次のとおりであり、退去費用補填を一時所得としたとしても、納付すべき税額が、平成18年分の更正処分の金額を下回ることはないため、処分は適法であると結論づけている。 (1) 退去費用補填分の取扱いについて 退去費用補填分は、控訴人の平成18年分確定申告のとおり、平成18年の一時所得の総収入金額に算入されると解すべきであるが、支出された退去費用は事業所得に係る経費ではなく、一時所得に係る経費に算入されるべきである。所得税法34条2項は、「一時所得の金額は、その年中の一時所得に係る総収入金額からその収入を得るために支出した金額(その収入を生じた行為をするため、又はその収入を生じた原因の発生に伴い直接要した金額に限る)の合計額を控除し、その残額から一時所得の特別控除額を控除した金額とする」と規定し、一時所得に該当する立退料収入を得た場合に支出した立退費用は、立退料収入と直接的な対応関係のある費用であり、その金額は、立退料収入を生じた原因である立退行為の発生に伴い直接要した金額というべきであるから、一時所得の金額を算出するに当たり、一時所得を得るために支出した経費の金額として、一時所得の総収入金額から控除すべきである。 (2) 平成18年分更正処分について 裁決書によると、退去費用補填分は、同額が退去費用として支出されたことが認められるから、一時所得の総収入金額に計上される額と一時所得を得るために支出した経費として計上される額には、同額が計上されることとなり、結果として、一時所得の金額は0円となり、平成18年分確定申告書のように、支出された本件退去費用を事業所得に係る必要経費として、事業所得に係る収入額から控除することはできない。 平成18年分更正処分の根拠となる金額及び納付すべき税額の算定方法は、退去費用補填分及び退去費用を除くと原判決記載のとおりと認められるため、平成18年分の所得税の算定においては、退去費用補填分を一時所得とした場合の計算であっても、本訴における被控訴人主張額の計算と同じく、一時所得の金額は0円となり、しかも、本来事業所得の必要経費として控除されるべきではない退去費用が事業所得から控除されているから、控訴人の平成18年分の所得税の課税標準額及び納付すべき税額が、上記被控訴人主張額及び平成18年分更正処分の金額を下回ることはない。したがって、平成18年分更正処分は適法である。 6 最高裁判所の判断 最高裁判所(第一小法廷)は、本件上告/上告受理申立てについて、次のように理由をつけて、棄却/不受理の決定を行った。   【解説】 原告である弁護士が賃貸人との間で合意した事務所明渡しの補償金は合計6,000万円。合意内容を読むと、このうち2,000万円は、それぞれ新事務所との賃貸借契約継続を条件にして1年当たりの金額を決めていることから、新旧事務所の賃借料の差額補填の意味合いが強そうであり、麹町税務署による更正処分も全額を「事業所得」と認定している模様である。 一方、合意書締結時と明渡時に支払われた4,000万円については、その性格は判然としない。原告の弁護士は確定申告において、全額を「一時所得」としているが、麹町税務署、国税不服審判所はこれを否認し、一部を「事業所得」と認定した。そして、この判断は裁判でも維持された。 あらためて、立退料の所得区分について考えてみたい。 1 所得区分の定義 本件では、弁護士である原告が取得した立退料について、その所得区分が問題となったわけだが、ここで、あらためて、争点となった所得区分について、それぞれの定義を確認していきたい。引用する定義は、すべて、金子宏『租税法(第23版)』に拠っている(一部の文章を省略し、又は文言を補っていることをお断りしておく)。 (1) 事業所得(※1) 事業所得とは、各種の事業から生ずる所得のことであり、事業とは、自己の計算と危険において営利を目的とし対価を得て継続的に行われる活動のことである。 (※1) 金子宏『租税法(第23版)』(弘文堂、2019年、239頁)。 事業と非事業との区別の基準は必ずしも明確ではなく、ある経済活動が事業に該当するかどうかは、活動の規模と態様、相手方の範囲等、種々のファクターを参考として判断すべきであり、最終的には社会通念によって決定するほかはない。 (2) 一時所得(※2) 一時所得とは、利子所得ないし譲渡所得以外の所得のうち、営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一次の所得で、労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質をもたないものをいう。その特色は一時的・偶発的利得であることにある。これらの利得は、制限的所得概念のもとでは、所得の範囲から除かれるのが普通であるが、所得税法は、包括的所得概念の考え方の影響のもとに、これを課税の対象としたのである。 (※2) 金子宏『租税法(第23版)』(弘文堂、2019年、297頁)。 2 立退料の所得区分について、国税庁が公表している見解 所得税法施行令94条1項に規定する、「業務の全部又は一部の休止、転換又は廃止その他の事由により当該業務の収益の補償として取得する補償金」が、事務所移転に伴う立退料を包含するものであるという裁判所の判断は、条文の文言だけを読んでも、なかなか理解しづらいところである。 おまけに、所得税基本通達では、括弧書きを読み飛ばしてしまうと、立退料は一時所得に該当すると判断したくなるような規定も置かれている。前述の施行令では「業務の休止、転換又は廃止」、通達では「業務の休止」という文言がそれぞれ使われており、事務所移転に際し、業務の休止期間がない場合には、これらに該当しないという主張の余地も考えられよう。 さらに、裁判において、原告が主張の根拠の1つとしていた国税庁の「タックスアンサー」で公開されている情報も引用しておきたい。 こちらも「事業の休業による補填」と明示されている。 このタックスアンサーの内容について、被告は、第一審で次のように説明している。 一方、控訴審判決で、東京高等裁判所は、こう説明している。こちらは、タックスアンサーには、根拠となる通達が明示され、その取扱いは従前から変更がないこと、納税者が弁護士であることという事情から、タックスアンサーを参考に申告を行ったことを理由に、過少申告加算税を賦課することが不当又は酷になるとはいえないとしている。 3 実務上の取扱い 中央大学法科大学院の酒井克彦教授は「立退料の所得区分」について、以下のように分類している(※3)。 (※3) 酒井克彦『二訂版 裁判例から見る所得税法』(大蔵財務協会、2021年、348頁)。 そのうえで、賃貸借の当事者間で授受される立退料が上記①から③のように明確に区分されていることは少なく、その法的性質を分類することは困難であることが多いことから、「所得税基本通達34-1(一時所得の例示)」を参照する形で、上記の①から③の性質が事実認定として判然とする場合を除き、「課税実務においては、借家人が受ける立退料のうち、借家権の消滅の対価の額に相当する部分の金額は、譲渡所得に係る収入金額に該当するとし、それ以外のものついては一時所得として取り扱っている」と説明している。   (了)

#No. 439(掲載号)
#米澤 勝
2021/10/07

居住用財産の譲渡損失特例[一問一答] 【第49回】「「住宅借入金等特別控除(措法41)」との適用関係」-居住用財産の譲渡損失特例と他の特例との重複適用関係-

居住用財産の譲渡損失特例[一問一答] 【第49回】 「「住宅借入金等特別控除(措法41)」との適用関係」 -居住用財産の譲渡損失特例と他の特例との重複適用関係-   税理士 大久保 昭佳   Q Xは、16年前から住んでいた家屋とその土地を、本年1月に売却しましたが、多額の譲渡損失が算出されました。 同年3月に、銀行に償還期間20年の住宅ローンを組んで買換資産を購入し、現在、居住の用に供しています。 他の適用要件が具備されている場合に、譲渡資産に関しては「居住用財産買換の譲渡損失特例(措法41の5)」を受けて、買換資産に関しては「住宅借入金等特別控除(措法41)」を受けることは可能でしょうか。 A 「居住用財産買換の譲渡損失特例」は、「住宅借入金等特別控除」との重複適用が可能です。 ●○●○解説○●○● 「住宅借入金等特別控除(措法41)」は、入居した年とその前後の2年ずつの5年間にその家屋(その家屋の敷地等を含みます)以外の資産(従前の住宅及びその敷地の譲渡に限ります)を譲渡した場合において、その資産の譲渡につき、次に掲げるいずれかの特例を受けるときは、その入居した年以後10年間の各年分についてその適用を受けることができないこととなっています(措法41⑳㉑)。 したがって、「居住用財産買換の譲渡損失特例(措法41の5)」は重複適用できない規定から除かれていることから、本事例の場合、Xは、譲渡物件については「居住用財産買換の譲渡損失特例」を受け、買換物件に係る住宅ローンについては「住宅借入金等特別控除」を重複して適用できることとなります。 (了)

#No. 439(掲載号)
#大久保 昭佳
2021/10/07

〈Q&A〉印紙税の取扱いをめぐる事例解説 【第92回】「ソフトウェア等開発委託基本契約書」

〈Q&A〉 印紙税の取扱いをめぐる事例解説 【第92回】 「ソフトウェア等開発委託基本契約書」   税理士・行政書士・AFP 山端 美德   当社はソフトウェア開発会社です。コンピュータソフトウェアの開発に係る業務を請け負うにあたり、下記の「ソフトウェア等開発委託基本契約書」を取り交わすことを予定していますが、印紙税の取扱いはどうなりますか。 第7号文書(継続的取引の基本となる契約書)に該当し、印紙税額は4,000円となる。   [検討1] ソフトウェア等の開発業務の委託契約は請負契約か委任契約か ソフトウェア等の開発業務を委託する際に、業務の完成を受託者にすべて任せるのか、あるいは委託者の指揮命令によってソフトウェアの開発業務を行うのかにより取扱いが異なる。 事例のように業務の完成を受託者にすべて任せる場合は、請負契約に該当し、委託者の指揮監督下のもとソフトウェア等の開発に携わる場合には委任契約あるいは人材派遣契約に該当する。   [検討2] 継続的取引の基本となる契約書の要件は 第7号文書(継続的取引の基本となる契約書)に該当するものの要件は、以下のすべての条件を満たすものとされている。   [検討3] 著作権の譲渡とは ソフトウェア等の開発業務の委託にあたり、著作権が受託者から委託者に移転することとされているものは、無体財産権の譲渡にあたり第1号の1文書に該当する。 なお、無体財産権の譲渡に関する契約書は、無体財産権そのものを譲渡するものであり、無体財産権を利用できる権利(実施権又は利用権)を他人に与えたりする場合は無体財産権の譲渡にはあたらない。   ▷まとめ ① 事例のソフトフェア等開発業務の委託契約はソフトウェア等の受託者である乙が開発業務を請け負い、検収完了後、成果物を甲に引き渡し、請負代金を乙に支払うこととしていることから、請負契約に該当し第2号文書に該当する。 ② また、この契約書は営業者間における基本契約であり、個々の開発物について2以上の取引を継続して行うために作成する文書で、第1条において、印紙税法施行令第26条第1号に規定する取引条件のうち、目的物の種類「コンピュータソフトウェアの開発」を、第4条において「対価の支払方法」を定める文書に該当することから、第7号文書にも該当する。 ③ 第6条において、納入物に関する著作権は、乙より甲に移転されるものとされることから、第1号の1文書(無体財産権の譲渡に関する契約書)にも該当する。 このことにより、事例の契約書は第1号の1文書(無体財産権の譲渡に関する契約書)、第2号文書(請負に関する契約書)及び第7号文書(継続的取引の基本となる契約書)に該当するが、第1号の1文書及び第2号文書に係る記載金額がないため第7号文書に該当する。   (了)

#No. 439(掲載号)
#山端 美德
2021/10/07

収益認識会計基準と法人税法22条の2及び関係法令通達の論点研究 【第63回】

収益認識会計基準と 法人税法22条の2及び関係法令通達の論点研究 【第63回】   千葉商科大学商経学部准教授 泉 絢也   9 通達の取扱い 収益認識会計基準の公表に伴い、平成30年度税制改正が行われ、これを受けて収益の計上時期や計上額等に関する法人税基本通達も様変わりした。通達は原則として納税者や裁判所を法的に拘束するものではないが、その内容は法令よりも具体的であり、税務職員は基本的にこれに従って処理を行う。よって、通達が実務に与える影響は大きい。 もちろん、通達の内容が法令に適合しているかという視点を常に持ち続ける必要はあるが、通達にピントを合わせることにより、関係法令に対する理解も深まり、新たな気付きを得ることもできる。 かねてより、法人の各事業年度の所得の金額の計算上、益金の額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、資産の販売等に係るその事業年度の収益の額とされ、その収益の額は一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従って計算されるものとされている(法法22④)。このことを受けて、法人税基本通達等において具体的な収益の計上時期等についての取扱いが定められていた。 顧客との契約から生じる収益に関する包括的な会計基準として収益認識会計基準が導入され、これを踏まえ平成30年度税制改正において資産の販売等に係る収益に関する規定の改正が行われた。同基準は、「企業会計原則」に優先して適用される会計基準としての位置付けがなされており、「履行義務」という新たな概念をベースとして収益の計上単位、計上時期及び計上額を認識する会計処理を行うものとしている。法人税法では、22条の2を創設するなどし、新たに資産の販売等に係る収益の計上時期及び計上額を明確化する規定が設けられるなどの改正が行われている。 これらを踏まえ、法人税基本通達においては、収益認識会計基準における収益の計上単位、計上時期及び計上額について「履行義務」という新たな概念を盛り込んだ形で見直しを行うとともに、法人税法において収益の計上時期及び計上額についての規定が設けられたこと等に伴う取扱いの整理を行っている(国税庁「『収益認識に関する会計基準』への対応について」参照)。今回の通達の整備方針については、本連載第3回を参照。 新たに整備された通達の趣旨については、国税庁から「平成30年5月30日付課法2-8ほか2課共同「法人税基本通達等の一部改正について」(法令解釈通達)の趣旨説明」(以下「趣旨説明」という)として公表されている。 以下では、改正された法人税基本通達のうち基本的なものや今後の検討に有益なものを取り上げて検討する。 (1) 収益の計上の単位の通則(法人税基本通達2-1-1) 収益認識会計基準は、顧客との契約を識別し(ステップ1)、契約における履行義務を識別し(ステップ2)、契約における取引価格を算定し(ステップ3)、履行義務に取引価格の配分をし(ステップ4)、最後に、履行義務の充足に基づいて収益の認識を行うこととしている(ステップ5)。 同基準では、約束した財又はサービスを顧客に移転することにより、履行義務を充足した時に又は充足するにつれて、充足した履行義務に配分された額で収益を認識する。履行義務は、所定の要件を満たす場合には一定の期間にわたり充足され、所定の要件を満たさない場合には一時点で充足される(基準17(5)、35、38、39)。収益の認識の単位として、履行義務に着目しているのである。 このように収益認識会計基準は履行義務単位で収益を認識することを原則とするが、一定の場合には契約単位で認識することを認めている。 IFRS第15号では、契約の結合、履行義務の識別及び独立販売価格に基づく取引価格の配分について定められており、契約書の記載とは異なる収益認識の単位の識別及び取引価格の配分が求められる可能性がある。 この点について、わが国においては、契約書は、企業と顧客が諸条件を合意したものであり、その履行に法的責任を伴うものであるから、契約書に客観的な合理性を認め、企業による過度の負担を回避するために、契約に基づく収益認識の単位及び取引価格の配分を認めるべきであるとの意見がある。 他方、契約に基づく収益認識の単位及び取引価格の配分を無条件に認めると、IFRS第15号における契約の結合、履行義務の識別及び独立販売価格に基づく取引価格の配分による結果と乖離することへの懸念も示されている(指針174)。 これらを踏まえ、適用指針では、次のとおり、一定の場合には、個々の契約に基づく収益認識の単位及び取引価格の配分を認めることを定めている(指針101)。 そこで、法人税法においても、収益の計上の単位をどのように考えるべきかが問題となるが、法人税法はこの点に関する具体的な定めを設けていない。 以上を踏まえ、法人税基本通達2-1-1に収益の計上の単位の通則に関する定めが設けられた。   (了)

#No. 439(掲載号)
#泉 絢也
2021/10/07

〔中小企業のM&Aの成否を決める〕対象企業の見方・見られ方 【第19回】「M&AのためのB/SとP/Lの基本姿勢~B/S編~」

〔中小企業のM&Aの成否を決める〕 対象企業の見方・見られ方 【第19回】 「M&AのためのB/SとP/Lの基本姿勢~B/S編~」   公認会計士・税理士 荻窪 輝明   《今回の対象者別ポイント》 買い手企業 ⇒M&Aの売り手探しに際して有用な財務面の見方のヒントを得る。 売り手企業 ⇒M&Aに備えて財務面のどこに着目するかを知る。 支援機関(第三者) ⇒売り手の財務面の見方のポイントを知りM&Aの助言や支援に活かす。 その他の対象者 ⇒売り手に対する視点を通じて対象企業の見方・見られ方のポイントをつかむ。   1 過去の期間の蓄積情報の把握と時価の情報源としてB/Sは重要 中小企業の経営者に「どの決算書を意識し重視するか」という質問をすれば、相当な割合でP/Lは挙がる一方、B/SはP/Lと比べると相対的に意識が薄く、さほど重視していないという回答結果になるのではないでしょうか。もちろん、キャッシュ全体や借入残高を把握するために便利ですから、部分的には活用が考えられます。そうは言っても、やはり、毎期の業績の方がシンプルに経営者の心をつかみやすいと思います。 しかし、M&Aの世界では、B/SはP/Lと匹敵するくらい、いやそれ以上か、いやいやそもそも比べられるものでも、優劣をつけるものでもまったくありませんが、とにかくB/Sは重要です。 企業が誕生してから現在に至るまでの財務情報の蓄積の結果が、すべてB/Sに凝縮されています。皆様も、テレビなどで「継ぎ足し」の「秘伝のタレ」といった話題を見聞きした経験があると思いますが、B/Sは上書きを繰り返しながら、企業の歴史とともに、もっとも新しい情報へと塗り替えられていくものです。 それは、企業の性格、最新の財務状況(会計用語で言えば“財政状態”と表現されるB/S)、(算定すれば)時価、正味財産、安全性分析のための指標の基礎データにはじまり、細かくみれば、キャッシュ、在庫、売掛金、固定資産、借入金、内部留保といった勘定科目のほかの状況に至るまで、様々な情報を利用者側に提供してくれます。 M&Aの買い手側から見れば、統合後、どの資産を活用できそうで、追加投資の必要性があるか、借入金の返済資金の捻出をどのように考えるか、処分の必要性がある資産を吟味する、といった具合に、今後取り得る戦略、計画についてB/Sを起点に検討できる意味で、M&A情報の要と言える財務諸表の1つです。 今回は、M&AのためのB/SとP/Lの基本姿勢のうち、前回のテーマで扱ったP/Lに対して、B/Sの内容を解説します。   2 M&AのためのB/Sの基本姿勢 前回のP/L編と同様に、中小企業のM&Aに備える経営者として好ましい(あるいは好ましくない)B/Sの基本姿勢の例を見ていきます。 (1) 「会計方針」と言われても何のことか思い浮かばない ➡ 好ましくない 多くの中小企業では、大半の勘定科目について、記録した時の取得原価や簿価で計上したまま、時価の変動や回収可能性などの事象の変動を考慮しない方針をとっていると思います。 しかし、M&Aの現場では、少なくとも「会計方針」に則って、さらに一部の科目では「会計方針」の枠組みを超えた範囲で時価の計測を行うなど、現状のB/Sとは相当程度異なるアプローチをとっていきます。 「会計方針」に従った会計処理をしていると、M&A時にもそのまま通用するものが複数あります。たとえば、引当金、金融商品などの時価評価、固定資産の減損会計、税効果会計などです。これらを反映すれば、B/Sは財政状態をより忠実に表現できるレベルへと高めますが、実際のところ、ほとんどの中小企業のB/Sは、現状のままではその役割を十分に発揮しているとは言えません。 売り手自らが「会計方針」に従う会計処理をし、B/Sを作成するのが難しければ、顧問への要請を通じて、B/Sをブラッシュアップするのも手です。本来あるべきB/Sにする方が、対金融機関などからの信頼もアップしますので、M&Aを問わずB/Sへの向き合い方を変える1つのきっかけとなるはずです。 (2) B/Sの情報をさほど確認しない ➡ 好ましくない 「B/Sの情報をさほど確認しない」ということは、B/Sに注意を払っていないということになります。これは、当社の財政状態の把握を放棄しているに等しく、今後も安定した経営を継続できるか、投融資の必要性があるか、経営戦略の転換が必要か、といったこれからの計画、戦略までを考える経営ができていない、言い換えれば、成り行き経営しかできないと宣言しているのも同然です。 手持ちの駒をどのように活かして、あるいは、足りない駒をどこからどのように集めて、次の成長、発展につなげるかを考える際の材料が手元にあるわけですから、見方は誰かから教わるとしても、何よりもまず、活用しないという選択肢はないはずです。 (3) 当社のB/Sを使って、B/Sのバランスや当社の特徴を言える ➡ 好ましい 上記は、すべてB/Sを活用して言えるB/Sのバランスや企業の特徴ばかりです。 思うような経営ができている理由も、できていない原因も、B/Sの中に案外答えやヒントが隠されているかもしれません。定点観測をする上で、これほど役立つ情報源はないでしょう。 P/LにB/S情報を加えてみて当社がどのような企業かを説明できるか、一度、口頭又は文章で起こせるかを試してみると、買い手と融合した場合の強みになる新たな発見が得られるかもしれません。 (4) 潜在リスクを挙げられない ➡ 好ましくない M&Aで遭遇する代表的な潜在リスクは簿外債務です。必ずしも粉飾や不正をしているというわけではなくて、潜在的に、取引先や顧客に対してなんらかの形で債務を負う可能性がある、訴訟に巻き込まれて賠償責任を負うリスクを伴う契約があるなど、とりわけ将来の経営悪化リスクを企業として十分に把握、予測できているか、という予見性の能力のレベルを見るために、「潜在リスク」はとても重要な概念になります。 主力工場が災害や事故などによって操業停止に追い込まれたら、当社商製品の不買運動が起こったら、法改正で規制がかかったら、故障、不具合、未払い、訴え、賠償、要求といった相手のある事象から、環境、災害、感染症、法令といった企業を取り巻く将来事象の変化までを考慮すれば、いったいどれほどの潜在リスク、経営上のリスクがあるでしょうか。 上場企業などに作成義務のある有価証券報告書には、「事業等のリスク」という企業グループの抱えるリスクを掲げる項目が設けられています。リスクを考えない経営、M&Aはありませんので、売り手側の経営者は買い手に対して、どのような潜在リスクがあるかを説明できるくらいの整理をしておくのが当然ですし、M&Aがなくても潜在リスクをわかっていない経営をしているようであれば、この先危険です。 (5) 勘定科目、金額を見ても、いつ頃から何のために計上したかを思い出せないものがある ➡ 好ましくない 中小企業の決算書で多く見かけるケースで、誰かが行った会計処理の結果が後の担当者に対して十分に引き継がれずに、いつの間にか、誰が見てもよくわからない勘定科目と金額が計上しっぱなしになっている、というものがあります。いわば“M&Aあるある”の1つです。 中小企業の経理は属人的になりやすく、経営者が決算書に関心を寄せない場合、経理しか決算書の内容を説明できる人材がいなくなってしまいます。ところが、B/Sには何十年、ときには百年を超える会計処理が蓄積されますから、途中で担当が変わって、過去の処理の理由、目的などが伝わらないまま放置されると、いずれ誰も説明できない勘定科目、金額になってしまう、というオチです。 いわゆる不明残高として処理するか、過去の膨大な資料を探しながら当初になぜそのような会計処理を行ったかの記録を遡って追う、などが事後の処理として考えられますが、いずれにしてもほとんどの場合は確証のない後味の悪い顛末を迎えます。 B/SはP/Lと異なり、過去の取引が蓄積されていきますので、より明瞭さ、明確さが求められるもの、という認識が必要です。 *  *  * M&Aのデューデリジェンスを中心とする手続きでは、B/Sの情報源を重視して検証が進められます。それだけに、M&Aの際には、売り手が決算書に対して普段どれだけ丁寧に向き合ってきたかどうかがわかってしまうものです。 M&A時点で売り手をもっともよく知るはずの売り手自身が、ぱっとしない回答しか出せないのでは、買い手や第三者からの信用を簡単に失うでしょう。B/Sへの向き合い方、姿勢を見直すかどうかは、今後の売り手自身の意識にかかっています。 (了)

#No. 439(掲載号)
#荻窪 輝明
2021/10/07
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