基礎から身につく組織再編税制 【第32回】 「非適格分社型分割を行った場合の分割法人の取扱い」 太陽グラントソントン税理士法人 ディレクター 税理士 川瀬 裕太 前回は、非適格分社型分割を行った場合の分割承継法人の取扱いについて確認しました。 今回は、非適格分社型分割を行った場合の分割法人の取扱いについて解説します。 1 資産負債の譲渡損益 (1) 原則 分割法人が非適格分社型分割により分割承継法人にその有する資産・負債の移転をしたときは、分割時の時価による譲渡をしたものとされ(法法62①)、分割対価として分割承継法人株式等を分割時の時価により取得したものとされます。 (2) 完全支配関係がある法人間で非適格分社型分割が行われた場合 ① 内容 グループ法人税制の適用により、完全支配関係がある法人間で非適格分社型分割が行われた場合には、譲渡損益調整資産(②参照)にかかる譲渡損益が繰り延べられ、簿価で移転したのと同様の結果となります(法法61の13①)。譲渡損益調整資産以外の資産については、原則通り、譲渡損益を認識することとなります。 ② 譲渡損益調整資産 「譲渡損益調整資産」とは、固定資産、棚卸資産である土地等、有価証券(売買目的有価証券を除きます)、金銭債権、繰延資産のうち、直前の帳簿価額が1,000万円以上の資産をいいます。 2 みなし事業年度 非適格分社型分割の場合には、非適格合併と異なり、みなし事業年度は生じません。 3 分割法人の役員、使用人に対する退職給与 非適格合併と異なり、非適格分社型分割により分割法人は消滅しないので、分割法人における役員退職金の損金算入時期は原則通り、株主総会等で金額が具体的に確定した日又は退職給与を支給した日の属する事業年度の損金の額に算入されます(法基通9-2-28)。 分割により退職した分割法人の使用人に対して退職給与を支給する場合には、退職給与規程等で退職給与を支給する旨及びその金額が決まっているときは、分割事業年度において債務として確定しているため、未払金として処理しても損金の額に算入されます。 4 欠損金の繰戻し還付 非適格分社型分割の場合には、非適格合併と異なり、欠損金の繰り戻しによる法人税の還付請求はできません。 5 繰延資産 非適格分社型分割の場合には、繰延資産の未償却残高は、分割法人の分割事業年度の損金の額に算入することとなります(法基通8-3-6)。 6 一括償却資産 非適格合併の場合には、一括償却資産の未償却残高を被合併法人の最後事業年度の損金の額に算入することとなっていますが、非適格分社型分割により分割法人が一括償却資産を分割承継法人に移転した場合には、特段の定めはないことから、一括償却資産を除却したときと同様に、分割法人側で引き続き償却していくこととなります。 7 事業税 非適格合併と異なり、分割法人の分割事業年度の事業税は、分割法人側で翌期に確定申告を行ったときに損金の額に算入されます。 8 非適格分社型分割により減少する資本金等の額、利益積立金額 非適格分社型分割があった場合には、分割法人において資本金等の額及び利益積立金額は増減しません。 9 分割承継法人株式の取得価額 非適格分社型分割により、分割法人が取得する分割承継法人株式の取得価額は、分割時に通常取得に要する価額(時価)とされています(法令119①二十七)。 10 具体例 〈分割法人の貸借対照表〉 〔前提〕 〔分割法人の移転税務仕訳〕 〇減少する資本金等の額、利益積立金額 非適格分社型分割の場合、資本金等の額、利益積立金額は減少しません。 〇分割承継法人株式の取得価額 分割承継法人株式の取得価額は分割時の時価となります。 ◆非適格分社型分割を行った場合の分割法人の取扱いのポイント◆ みなし事業年度は生じません。 資産等の移転は、分割時の時価による譲渡をしたものとされ、分割法人において譲渡損益が生じます。 分割法人は分割対価として分割承継法人株式を分割時の時価で取得します。 分割法人において資本金等の額及び利益積立金額は減少しません。 (了)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第117回】 アジャイルメディア・ネットワーク株式会社 「第三者委員会最終調査報告書(要点版)(2021年6月21日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【アジャイルメディア・ネットワーク株式会社第三者委員会の概要】 【アジャイルメディア・ネットワーク株式会社の概要】 アジャイルメディア・ネットワーク株式会社(以下「AMN」と略称する)は、2007(平成19)年2月設立。インターネットによる広告配信代理、情報提供サービスを主たる事業とする。連結売上高590百万円、連結経常損失210百万円、従業員数73人(いずれも、訂正前の2020年12月期実績)。東京証券取引所マザーズ上場。本店所在地は東京都港区。会計監査人は、2020年12月期まで、有限責任監査法人トーマツ東京事務所(以下、「監査法人トーマツ」と略称する)であったが、2021年12月期から、かなで監査法人。 【調査報告書の概要】 1 第三者委員会設置の経緯 AMNは、2021年12月期から会計監査人に就任したかなで監査法人による2021年12月期第1四半期レビュー手続の中で、不適切な会計処理があることを指摘されたことを契機として、当該指摘の内容を確認したところ、AMNの取締役である石動力氏(調査報告書上は、「取締役A」と記載。以下、「石動取締役」と略称する)による資金流用の疑義(本件疑義)を認識するに至った。 そのため、AMNは、2021年5月12日、取締役会において、外部専門家による第三者委員会を立ち上げて本件疑義について調査を進めていくことを決定し、外部専門家の人選を開始するとともに、本件疑義の発生及び2021年12月期第1四半期決算の発表を延期する旨を公表した。 AMNは、2021年5月17日の取締役会において、本件疑義の内容を「2019年12月期第4四半期から2021年12月期第1四半期に至るまでの期間において、ソフトウェア仮勘定を利用して現金で支払った金額の中に含まれる資金流用の疑義」として特定した上で、第三者委員会を設置した。そして、同日、第三者委員会を設置したこと、同日の時点において、資金流用の疑義がある金額は約1億2千万円であることを公表した。 2 石動取締役による不正行為の概要 第三者委員会の調査による不正行為の概要と、不正に流出した資金の額をまとめると次のとおりとなる。表の①及び②は小口現金からの支出であり、③及び④は、預金の送金によるものである。 (※) 石動取締役が精算した接待交際費及びタクシー代について、第三者委員会は、同氏が、社外の人脈構築により、取引先、金融機関及び出資者等を紹介する役割を担っており、他の役員と比較して、接待交際費の金額が嵩むことについてはAMNにおいて共通の認識であったとしながらも、同氏の接待交際費及びタクシー代は、他の役員の中でも、かなり突出して高額であることから、これらの事業関連性については精査が必要であるとしており、この全額が不正な経費精算とはいえない。 3 不正な資金流用の動機 第三者委員会は、石動取締役による不正の動機を解明するため、不正に支出した資金の流れを明らかにするよう試みたものの、石動取締役からは、同氏名義の預金通帳、同氏が経営する事業会社Gの財務情報の提出を求めたものの拒否されている。そのため、関係者からのヒアリングに依拠しながら、調査を進め、不正出金後の資金の流れとして、①石動取締役が自ら代表取締役を務める事業会社Gの事業資金の需要、②石動取締役の特殊な生活環境による親族等の生活資金の需要の2つが考えられると結論づけている。 第三者委員会は、それぞれに流出した資金額について確定できていないが、石動取締役の説明では、同氏の親族等の生活資金として、毎月200万円から300万円が必要であり、これはAMNからの役員報酬で賄われる額ではなく、同氏の記憶によれば、AMNから不正に流出した資金の約3割(約1億円)がこれらの生活環境を構築、維持するために費用として費消されたとしている。 AMNの2020年12月期有価証券報告書によれば、2人の取締役(代表取締役と石動取締役)に対する報酬は年額29,450千円であった。 4 再発防止に向けた提言(調査報告書30ページ以下) 第三者委員会は、再発防止に向けた提言を次のようにまとめている。 第三者委員会による提言は、はじめに「現状分析」を置き、次に「改善策」を説明するという形式となっている。AMNに特徴的な項目として、まず、「社外取締役・社外監査役」の存在が挙げられる。AMNでは、4名いる社外取締役・社外監査役のうち3名が、不正行為を行った石動取締役の知己であり、その招聘により、対象会社に参画したものである。その点について、第三者委員会は、「本件調査においては、本件不正行為の発生・促進に、当該参画経緯が直接影響したとまでは認定できないものの、その独立性が弱められ、十分な監督機能を果たすことができない抽象的なおそれは、払拭できない」と述べている。 さらに、第三者委員会は、AMNの「内部通報制度」についても、「内部通報制度の存在自体が、ほとんど認知されておらず、内部通報の実績も、ほぼ無い」と現状を指摘した上で、今後速やかに、「役職員のコンプライアンス意識向上に向けた教育にあわせ、役職員に対し、①内部通報制度の存在、仕組み及び利用について周知するとともに、②内部通報者が不利益を被らないよう、情報提供者の秘匿と不利益扱いの禁止に関する規律を整備し、これを周知するべきである」とした上で、「内部通報窓口の外部担当者らにこれを担当させることにより、コンプライアンス違反等を発見した者が、ためらわず内部通報を行うことができる環境を整えていくことが肝要である」と、通報窓口の外部委託を提言している点が注目できる。 【調査報告書の特徴】 2018年3月に株式公開を果たしたAMNは、確認できる業績としては、2018年12月期に売上高、経常利益とも最高額を記録したものの、2019年12月期からは2期連続して減収減益決算で、経常損失を計上していた。業績が低迷する中で、2人しかいない社内取締役の1人で、前期までは「副社長」の肩書を得ていたCFOが、自ら犯した不正な資金流出事案が、本件である。不正自体は、きわめて単純な手口によるもので、会計監査人が不正な資金流出に気付かなかったのが不思議なくらいであるが、公表されている調査報告書には、会計監査人の監査方法に関する直接的な記述はない。 アジャイル(agile)とは、「機敏な」「頭の回転が早い」ことを意味する。コンピュータ業界では「アジャイル開発」という用語もよく使われているようだが、本件で資金の不正流用の名目が「ソフトウェア開発」であったのは、何とも皮肉な話である。 なお、公表された「要点版」以外に「詳細版」が存在することが明示されており、「詳細版」の内容については不明であることから、本稿は、あくまで「要点版」の記述をもとにまとめていることを附言しておきたい。 1 会計監査人の異動と不正の発覚 AMNは、2021年2月19日、「公認会計士等の異動に関するお知らせ」をリリースし、上場前からの会計監査人である監査法人トーマツから、2020年10月に設立されたばかりのかなで監査法人へと変更することを公表した。 その中で、「異動の決定又は異動に至った理由及び経緯」として、次のように説明がされている。 監査法人トーマツが監査報酬の増額を要請したことに端を発した会計監査人の交代が、AMNのナンバー2であるCFOの不正な資金流出の発見につながったのは皮肉なことではあるが、見送りが報道されている「会計監査人のローテーション制度」(2020年1月15日付日本経済新聞「監査法人の交代制見送り」参照)ではあるが、会計監査人の交代により、それまで見過ごされてきた会計不正が発見された事例であることは間違いない。 なお、調査報告書を読む限り、監査法人トーマツの担当者にヒアリングを行ったり、監査調書の提出を求めたりといった記載はないものの、第三者委員会は、監査の問題点として、次のように言及している。 2 取締役の辞任 AMNは、第三者委員会による最終調査報告書の公表前の時点で、本件疑義の対象者である石動力取締役が、「第三者委員会による最終報告を受け、本人の申し出による」辞任を公表し、辞任に伴って、法令及び定款に定める取締役の員数を満たさなくなるため、臨時株主総会を開催して、速やかに新たな取締役を選任する予定であることをリリースした(2021年6月17日「取締役の辞任に関するお知らせ」参照)。 AMNは、最終調査報告書公表時のリリースで、石動取締役に対して、損害賠償請求の手続開始を言明していたが、後述する「改善報告書」の中では、さらに、「元役員(石動取締役)による資金流用額の全額について回収できるよう損害賠償請求を行っております。なお、当社としては全額回収を最優先としつつも、場合によっては刑事的措置を行うことも視野に入れております」として、刑事告訴にまで踏み込んだ責任追及を行うこととしている。 3 AMNによる再発防止策 2021年7月30日、AMNは、再発防止策を公表した。その中で、再発防止策のポイントとして、 を挙げて、次のように具体策を列挙している。 なお、再発防止策の実行に当たっては、「モニタリングの継続」として、監査役会を中心として定期進捗モニタリングにより、適時状況を把握し、改善に努めることとしている。 4 東京証券取引所による改善報告書の徴求及び公表措置 東京証券取引所は、2021年8月19日、AMNに対して、改善報告書の徴求及び公表措置を実施することを決定し、公表した(2021年8月19日「改善報告書の徴求及び公表措置について」参照)。その理由の一部を引用する。 5 AMNによる改善報告書 東京証券取引所による改善報告書の徴求を受け、AMNは、2021年9月2日、「改善報告書」を提出した。内容的には、第三者委員会最終報告書を下敷きにして、AMNによる再発防止策を織り込んだものとなっているが、CFOが不在であるという非常時の経営についての説明がなされているので、引用したい。 (了)
給与計算の質問箱 【第21回】 「休職者の給与計算等の注意点」 税理士・特定社会保険労務士 上前 剛 Q 当社の従業員が医師からうつ病と診断され、6月1日から休職しています。当社の就業規則では休職中は無給と定めていますが、給料計算等の注意点があれば教えてください。 A 注意点は以下のとおりである。 * * 解 説 * * 1 雇用保険料 休職中に給料が支払われていなければ、その分の雇用保険料を支払う必要はない。 2 社会保険料(健康保険料、介護保険料、厚生年金保険料) 休職中であっても社会保険料を徴収しなければならない。無給のため給料から社会保険料を控除できないので、従業員から社会保険料を会社の口座に振り込んでもらう等しなければならない。 3 源泉所得税 その月の社会保険料等控除後の給与等の金額(0円-社会保険料)がマイナスとなるから、源泉所得税は0円である。 4 住民税 東京都であれば、6月1日~12月31日の間に休職したときは、従業員から住民税の一括徴収の申し出があった場合には一括徴収し、一括徴収の申し出がなかった場合には特別徴収(会社が給料から控除して納付)から普通徴収(従業員が自ら納付)に切り替える。そして、会社は、その事由の発生した日の翌月10日(今回のケースでは7月10日)までに、従業員が2021年1月1日時点で居住していた市区町村役場へ「給与所得者異動届出書」を提出する。 ちなみに1月1日~4月30日の間に休職した場合は、従業員からの一括徴収の申し出の有無に関わらず一括徴収する。 5 通勤手当 会社が通勤手当として定期代を支給している場合は、従業員に定期を払い戻してもらい、会社の口座に振り込んでもらう等する。 6 就業規則 従業員に会社の就業規則の休職の条文について伝える。例えば、休職中は無給であること、休職期間は〇ヶ月であること、休職期間終了時点で職務に復帰できなければ自動退職になること等を説明する。 7 傷病手当金 従業員に傷病手当金の制度の案内をする。傷病手当金とは健康保険から支給される給付金である。支給を受けるためには以下の①~④の要件のすべてを満たさなければならない。 (了)
社長のためのメンタルヘルス 【第5回】 「社長も使えるストレスチェック制度」 特定社会保険労務士 第一種衛生管理者 産業カウンセラー 寺本 匡俊 1 今回の趣旨 本連載はこれまで総論的な解説を進めてきたが、今回より実務的、技術的な事柄を中心とする各論に移る。今回の「ストレスチェック制度」も、ぜひ社長に活用いただきたい予防の方策である。 ストレスチェック制度は、定期健康診断(以下「健診」という)と同様、労働安全衛生法の第7章「健康の保持増進のための措置」に含まれ、同法第66条の10「心理的な負担の程度を把握するための検査等」に規定されている。法律用語は、このとおりの日本語であるが、行政文書上は医師による面接指導も含め、全体を「ストレスチェック制度」と呼び替えており、そのうちの「検査」のみを「ストレスチェック」と使い分けている。 今回は経営者向けに、必ずしも法制度(労働者保護が目的)にある医師面接や記録保管などを行わなくてもよい利用法を考える。本制度は平成27年12月に改正施行されたもので、健診と比較すると、以下のような違いがある。 さらに、ストレスチェック制度は連載第4回でお伝えした「3つの予防」のうち、一次予防(病気の未然防止)に当たり、一方、健診は主に二次予防(早期発見・早期対処)である。この位置づけについては、厚生労働省の通達「心理的な負担の程度を把握するための検査及び面接指導の実施並びに面接指導結果に基づき事業者が講ずべき措置に関する指針」(通称「ストレスチェック指針」)の第1~2ページに説明がある。 一次予防は例えば人事研修のように、医療職が関与しなくとも実施可能なものもある。これに対し、健診は診断を含むため、医師法の定めにより必ず医師が行わなければならない。ストレスチェックは、後述するが、一個人がネットを活用して行うこともできるし、すでにストレスチェック制度を導入している職場であれば、受検者に社長が加わることも可能である。制度や手続きの概要は、厚生労働省の一般向けガイド「ストレスチェック制度 導入ガイド」などでご確認いただける。 2 ストレスチェックの調査票 健診には法定の健診項目があるが、ストレスチェックの検査においては、ある程度、職場に裁量がある。制度開始の時点で、すでに法定前から長年の利用実績があった「職業性ストレス簡易調査票(57項目)」が、「推奨」された。推奨ということで、職場の実情に応じて、多少の項目の追加や表現の変更は許容されている。また、労働者50名未満の小規模な職場においては、項目を絞った「23項目」版もあり(23項目は後の回で言及する)、また、後に開発された「80項目」版も東京大学のサイトで公表されている。 今回は、おそらく最も普及しており、また、後述するネット版でも利用されている「57項目」版の仕組みや、基礎となる理論にも触れる。この調査票の基礎となる理論とは、本連載第2回で既出のアメリカ政府機関のナイウォッシュ・モデル(NIOSH MODEL of job stress)である。今回はこのモデルを日本で加工したものをご案内する。東京都労働情報相談センターのサイトにある「NIOSHの職業性ストレスモデル」を転載する。 基本は米国版と同じで、左に原因(ストレス要因)、右に結果(急性のストレス反応、疾病)を示す因果関係の図である。米国版では中央に壁の絵が表示されているが、本図では3つの要因に区分されている。すなわち、「個人的要因」(年齢、性別など)、「仕事以外の要因」(家族、家庭からの欲求)、緩衝要因(上司、同僚、家族などの社会的支援)が、因果関係に影響を及ぼす。上掲の「57項目」版は、このうち緩衝要因を特に重視しており、これを次項で確認する。 3 チェック項目の構造 上記の「職業性ストレス簡易調査票(57項目)」は、57の項目を4グループに分類しており、すなわちA(17項目)、B(29項目)、C(9項目)、D(2項目)からなる。このうち、A分類が「NIOSH MODEL」の原因(職場のストレス要因)、B分類が結果(急性のストレス反応)、C分類及びD分類が緩衝要因に該当する。 各項目はそれぞれの分類に対応しており、A分類では担当業務の厳しさ等、B分類ではストレスで生じている反応の程度など、C及びD分類では緩衝要因の働き具合を、それぞれ4段階で自己申告する。 なお、B分類のみ、「最近1ヶ月間」という期間が設けられていることに注意願いたい。たまたま今日だけ不調かどうかを見るのではなく、ここ1ヶ月の平均的な状況を尋ねている。Bの回答に深刻なものが多いと、「反応」が「疾病」に近くないかという懸念が生ずることを前提としている。 職場では、これらのデータを点数化して総合的なデータを作り、その中でストレスをためていそうな受検者に、「高ストレス者」という注意信号が通知される。これは手作業でもできるが、市販のストレスチェック・セットなどでは、ITで自動計算するものが大半であろう。 4 厚生労働省の特設サイト「こころの耳」について 冒頭で個人でも使えるシステムがあると申し上げた一例をご案内する。厚生労働省の特設サイトに、「こころの耳」(働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト)がある。下にトップページの上半分を例示する。右側の「よく知られているコンテンツ」の中に、「ストレスチェック制度について」というページがあり、上述の法律や指針ほか関連する最新の資料がまとめられている。 その2つ上に、「5分でわかるストレスセルフチェック」がある。これが57項目版に対応しており、最後まですべて入力すると、A、B、C+Dの3分類にあわせて、3つの円グラフが表示される。その下に受検時点の本人に対する説明及びコメントも表示されるので、簡略なものとはいえ、法定のストレスチェックの構造と同様のチェックを、いつでも無料かつ個人でできる。 5 最後に ストレスチェックにせよ、労災防止にせよ、法令上は労働者保護を目的としたものであるが、その具体的な手法を社長が使ってはいけないというような規定はもちろんない。ストレスチェック制度も精神疾患の労災の一次予防を主目的としたもので、病気になったときに社長は労災認定の対象外であるが、予防は同様の手段でできる。 1つ事例を挙げると、産業カウンセラーの資格仲間の先輩に中堅企業の副社長(人事担当)がおり、ストレスチェック制度が法定化される前から、57項目版で全社員(社長、副社長を含む)対象に、年4回、セルフ・チェックを人事命令で行っていた。上記のセルフ・チェックだけであれば、本制度の重要な注意点であるプライバシー保護についての懸念はまずない。 また、ストレスチェック制度は、健診と同様、「1年以内ごとに1回」(年1回以上)と法令に定められていることから、年に複数回行うことに問題はない。むしろ、一次予防という観点からすれば、私見ながら、実際にチェックする「だけ」で済ませてしまうより、各項目を覚えたほうが病気の未然防止になるし、特に経営者、人事、管理監督者等におかれては、職場の人間関係や個々人の健康管理のために、各項目を活用していただければと考える。 (了)
税理士が知っておきたい 不動産鑑定評価の常識 【第21回】 「評価方法の選定に影響を与える「特別の事情」とは何か」 ~鑑定評価額が採用されたレアケース~ 不動産鑑定士 黒沢 泰 (※1) 金融・商事判例No.1583(2020年2月1日号)、TAINSコード:Z888-2271。 1 東京地方裁判所令和元年8月27日判決のあらまし この事案は、相続人が相続財産の時価を算定するに当たり評価通達に基づいて評価したところ、これが課税庁から否認されたというものです(本件裁判例では行政手続法との関連についても争点となっていますが、これについては割愛させていただきます)。 なお、本件はまだ最終的な確定に至っていないことを前提とした概要紹介という形で取り扱わせていただきます。 (1) 事実関係 (2) 本件相続に係る相続財産等 本件相続に係る相続財産等は以下のとおりです。 本件各不動産は、養子であるX3が遺言により取得しています。また、X3は相続による取得後、本件乙不動産を5億1,500万円で売却しています。 (3) 課税庁(原処分庁)による更正処分と納税者からの訴訟提起 (4) 争点 本件の争点は、相続開始時における各不動産の時価であり、評価通達の定める評価方法によらない評価が許されるための「特別の事情」とはどのようなものか、そして本件の場合、このような事情が認められるか否かにありました。 これに関し、当事者双方からの主張がなされましたが、審理に当たった裁判所は以下の理由から通達評価額に替えて鑑定評価額を採用し、Xらの主張を棄却しました(下線は筆者によります)。 (5) 裁判所の判断 2 上記判決における鑑定評価の位置付け 本稿は、不動産鑑定士による鑑定評価の結果が相続税法上の時価として受け容れられるためには、単に不動産鑑定士が鑑定評価したというだけでなく、その前提として、評価の対象案件に関しどのような理由で評価通達の定めを適用することが不合理であるのかを論証する必要があるという点を模索しています。 通常の場合、暗黙の前提として、評価通達に基づいて算定した評価額が納税者の考える以上に高額であり、このことを立証する手段として納税者が不動産鑑定士による鑑定評価を求めるといった背景が思い浮かびます。しかし、本件の場合、不動産鑑定士に鑑定評価を依頼したのは課税庁側であり、課税庁において特別の事情の存在を根拠に、評価通達の定めを適用することが不合理であることを主張している点に特徴があります。すなわち、本件の場合、特別の事情の有無が争点となる典型的なパターンの逆のケースであるといえます。 固定資産税評価額と鑑定評価額及び特別の事情との関係について取り扱った最高裁平成25年7月12日判決の補足意見(※2)では次の見解が示されています。 (※2) TAINSコード:Z999-8323。 このような捉え方は相続税の財産評価においても同じ傾向にあると思われます。 しかし、本件の場合、相続物件の実際の売却価額が通達評価額を著しく上回ったという事実が存在すること、その背景に相続税対策のための多額の借入行為が存在し、売却代金から借入金を返済していることが、課税庁から見て評価通達の定める評価方法以外の方法によって評価すべき特別の事情があると判定されたことが判決文から読み取れます。 財産評価における鑑定評価の位置付けを考える上できわめて示唆に富む判決であると思われます。 (了)
《速報解説》 「適格請求書発行事業者の登録申請書」、郵送による提出の場合は各国税局に設置された「インボイス登録センター」宛てに Profession Journal編集部 来月1日からインボイス制度に係る適格請求書発行事業者の登録申請受付が開始されるが、「適格請求書発行事業者の登録申請書」を書面で提出する場合、送付先に注意が必要だ。 国税庁ではシステム上入力漏れがなくスムーズに申請データを作成することができ、書面に比べ登録番号が記載された「登録通知」を早く受け取ることができる「e‐Taxでの申請」を推奨している(書面の場合は提出から1ヶ月程度、e‐Taxの場合は2週間程度で通知の受取りが可能)。e‐Taxによる場合、「e‐Taxソフト」のほか、e‐Taxソフトのダウンロードが不要な「e‐Taxソフト(WEB版)」やスマートフォンから申請できる「e‐Taxソフト(SP版)」がリリースされる予定となっている。 一方、書面での提出の場合は、申請書が所轄税務署長宛てとされていることから所轄税務署の窓口や時間外収受箱へ直接提出することも可能だが、郵送による場合は、申請書の入力や電話照会等の事務について集約処理を行うために、各国税局に設置された「インボイス登録センター」が送付先となっている点に注意したい。 各国税局(所)における「インボイス登録センター」の住所等については、下記のページで確認できる。 インボイス登録センターは「適格請求書発行事業者の登録申請書(国内事業者用・国外事業者用)」の他、「適格請求書発行事業者登録簿の登載事項変更届出書」「適格請求書発行事業者の公表事項の公表(変更)申出書」を郵送で提出する場合の送付先とされている。 なお、インボイス制度に関する一般的な電話相談については、「軽減・インボイスコールセンター(消費税軽減税率・インボイス制度電話相談センター)」が窓口となっており、インボイス登録センターではインボイス制度に関する相談は受け付けていない。 また、いずれの方法による場合でも、登録申請書の提出が可能となるのは、令和3年10月1日(金)以降とされている。 (了) ↓お勧め連載記事↓
2021年9月9日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.435を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第99回】 「節税義務が争点とされた事例(その2)」 中央大学法科大学院教授・法学博士 酒井 克彦 居住用不動産を2度の取引により譲渡した依頼者から譲渡所得の税務申告手続を受任した税理士が、両取引を一括修正申告せず別の年度に分けて申告したために、依頼者が課税軽減の特例措置を受けられなかったときは、当該税理士に過失が認められるとされた事例として、東京地裁平成9年10月24日判決(判タ984号198頁)がある(※)。 (※) この事例を扱った論稿として、酒井克彦・税務弘報53巻4号65頁(2005)も参照。 今回は、この事例を検討することとしよう。 Ⅰ 事案の概要 X(原告)は、平成4年分の確定申告の際、A取引に係る不動産の譲渡所得を申告しなかったため、平成6年になって、かねてから税務申告手続を依頼している税理士Y(被告)に、A取引に係る譲渡所得の修正申告手続を依頼するとともに、B取引に係る譲渡所得の税務申告手続を依頼した。Y税理士は、Xのために、A取引についてのみ、平成4年分の譲渡所得として修正申告手続を行い、B取引については、平成6年3月に、平成5年分の譲渡所得として確定申告手続を行った。 その後、納税を終えたXは、これらの取引を一括して同一年分の所得として申告していたならば、居住用不動産を譲渡した場合の長期譲渡所得の課税の特例による軽減措置を受けられたはずであるのに、その軽減を受けられなかったのはYに過失があると主張して、課税軽減を受けられたはずの金額の損害賠償を求め、訴えを提起した。 これに対し、Yは、同一年分の所得として申告手続をせず、別の年分の所得として税務申告手続をとった点に過失はないと主張した。 ところで、所得税基本通達36-12《山林所得又は譲渡所得の総収入金額の収入すべき時期》は、譲渡所得の総収入金額の収入すべき時期は、譲渡所得の基因となる資産の引渡しがあった日を原則とするが、納税者の選択により、譲渡に関する契約の効力発生日の属する年度分の収入金額とすることができると通達している。 すなわち、本件では、A取引とB取引について、上記通達のいう原則に従えば、資産の引渡しを基準にして2つの年度に分けて修正申告と期限内申告を行うこととなる一方、例外的に、納税者の選択により、譲渡契約の効力発生日を基準にして同一年度の収入として一括して申告することも可能であった。この点、Xは、Yが上記通達のいう例外処理を採用していれば、長期譲渡所得の課税軽減を受けることができたとして、Yの過失を主張している。 Ⅱ 争点 Yが、A取引及びB取引について同一年度での申告をしないで、両取引を別の年度に分けて申告した点に過失があるとして、XのYに対する損害賠償請求が認められるか否か。 Ⅲ 判決の要旨 東京地裁は、税理士の義務について次のように述べる。 そして、東京地裁は、YがXから税務申告手続の依頼を受けた当時、両取引に係る譲渡所得を平成4年分の譲渡所得として一括して修正申告することが可能であったこと、その場合、Xは、実際に納付した税額に比べ3,016万円以上の課税軽減を受けられたことが明らかであったとした。 また、そもそも、両取引を一括して修正申告することには困難を伴わず、現にYも一旦は一括修正申告に思い至ったが、専ら加算税を賦課されることに気をとられてともかく早期に修正申告することばかりを念頭に置いたため、深く検討しないまま、平成4年分の譲渡所得として、A取引についてのみ修正申告手続をし、一括修正申告手続をしなかったと認定した。 上記のような認定を行った上で、結論として、Yに損害賠償義務があるとする。 Ⅳ コメント 税理士は申告納税制度の趣旨にのっとって、税務に関して、法令に基づく正しい指導や適正な確定申告書等を作成することが使命であるから、必ずしも依頼者である納税者にとって最も有利になるような税制上の取扱いを選択しなければならないと考える必要はないようにも思われる。 管見するところ、昭和年代の税理士賠償責任事件においては、必ずしも税理士に具体的な節税義務や節税措置義務が認められるとするような判決は、ほとんどみられなかったのではなかろうか。 例えば、岐阜地裁大垣支部昭和61年11月28日判決(判時1243号112頁)は、「税理士は税理士法に照らしても、本来依頼者の会計帳簿に基づいて所轄の税務署に対する税務申告を代行するについて受任関係に立つことをもって足り、またそれを超えることは許容されるものでなく、そうすると税理士は依頼者の租税に関してあらゆる有利を計らなければならない準委任上の義務を負うものでなく、依頼された個別的な申告手続代行についてのみ善良な管理者としての注意義務を負うに過ぎないものと言うべきである。」とし、「税理士の性格上こうしたこと〔筆者注:節税措置〕は単なるサービスであって義務の問題ではな〔い〕」と説示している。 このように、過去の裁判例においては、「依頼者の租税に関してあらゆる有利を計らなければならない準委任上の義務を負うものでな〔い〕」として節税措置義務についてやや否定的な判断を下したものがある。しかしながら、その後の判決の動向は、むしろ税理士の節税措置義務を認める傾向にあるといえよう。 本件は、居住用不動産を2度の取引により譲渡した依頼者から譲渡所得の税務申告手続を受任した税理士が、両取引を一括修正申告せず別の年度に分けて申告したために、依頼者が課税軽減の特例措置を受けられなかったというものであり、税理士の行った処理が何か租税法の法令解釈などの適用誤りに当たるような事案ではなかった。 2つの取引を一括して修正申告を行うことがどの程度可能であったのかについては事実認定に委ねられる領域にあり、また通達の妥当性については判決文からは必ずしも判然とはしないが、2つの取引を一括しなければならないとする法的根拠は奈辺にあるのであろうか。 判決は、税理士法1条《税理士の使命》を示すのみで、「特別の事情があるときでない限り、租税関係法令に適合した範囲内で依頼者にとってより有利な税理士業務の方法を選択すべき義務があるというべきである。」と論じているが、このような「義務」が如何なる根拠をもって導出されるのかについては必ずしも明確にはしていない。この点について、税理士法1条を頼りに考えるとするならば、「納税義務者の信頼に応え」という点であろうか。 しかしながら、同条が、税理士は「納税義務者の信頼に応え」るべきであるとして、いわば使命論を示しているからといって、それがダイレクトに、依頼者にとってより有利な方法の選択義務を生起するのであろうか。その答えは、そもそも、同条にいう「納税義務者の信頼」をどのように捉えるかという点に所在するようにも思われる。 ここでは、差し当たり、「納税義務者の信頼」を、①節税となるように申告を行ってほしいという信頼と捉えるべきか(節税措置期待説)、それとも、②租税法規に従った適正な申告を行ってほしいという信頼と捉えるべきか(適正申告期待説)によって、税理士の申告業務に係る義務についての考え方が変わり得ると解しておきたい。 本件事案においては、①の節税措置期待説が採用されているとみるべきであるように思われる。なお、前述の岐阜地裁大垣支部昭和61年11月28日判決では、②の適正申告期待説が採用された判断とみることもできよう。 もっとも、①の節税措置期待説と②の適正申告期待説のいずれが妥当するかについては、依頼人である納税者と税理士との間の契約段階における経緯や契約内容等によって大きく異なり得るところではなかろうか。すなわち、税理士法1条が税理士の使命を規定していることとは別に、個別具体的な両当事者の間の契約に関する事実認定次第なのではなかろうか。 (了)
〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第2回】 「小規模宅地等の特例の対象財産 (配偶者居住権・信託財産・国外財産など)」 税理士 柴田 健次 [Q] 被相続人である甲の相続発生に伴い、次に掲げる土地等を相続人が取得した場合において、小規模宅地等の特例の対象にならないものはありますか。 [A] ①のうち法人が有している借地権及び②のうち配偶者が取得した配偶者居住権は、小規模宅地等の特例(以下単に「特例」という)の適用を受けることはできません。 ①のうち、被相続人が所有していた底地、②の敷地利用権及び敷地所有権と③④の土地は他の要件を満たせば、特例の適用を受けることはできます。 ◆ ◆ ◆[解説]◆ ◆ ◆ 1 特例の対象となる財産の範囲 特例の対象になるものは、被相続人が所有していた宅地等(土地又は土地の上に存する権利を含む)とされています(措法69の4①)。 したがって、配偶者が取得した配偶者居住権は、家屋としての権利であり、宅地等には該当しませんので、特例の適用を受けることはできません。また、法人が有している借地権は、被相続人が所有していたものではありませんので、特例の適用を受けることはできません。 なお、国外財産を除く旨の規定はありませんので、他の要件を満たせば、国外財産も特例の適用を受けることはできます。 宅地等には、次の2、3に記載のとおり、配偶者居住権に基づく利用権及び敷地所有権並びに、信託財産に属する宅地も含まれます。 2 配偶者居住権、配偶者居住権の敷地利用権及び敷地所有権 特例の対象になるものとして、個人が相続又は遺贈(死因贈与を含む。以下同じ)により取得した配偶者居住権に基づく敷地利用権及び配偶者居住権の目的となっている建物等の敷地の用に供される宅地等(敷地所有権)が含まれます。なお、配偶者居住権自体は、建物の権利であり、宅地等ではありませんので、特例の対象にはなりません。 したがって、配偶者が取得した敷地利用権、長男が取得した敷地所有権のいずれも要件を満たせば、適用を受けることができますが、その場合の特例対象宅地等のそれぞれの面積の計算は、下記の通り、敷地利用権の価額と敷地所有権の価額の比で按分して計算することになります(措令40の2⑥、措通69の4-1の2)。 【算式】 (1) 敷地利用権の面積 (2) 敷地所有権の面積 3 信託財産に属する宅地 信託に関する権利又は利益を取得した者は、信託財産に属する資産及び負債を取得したものとみなされますので、信託に属する資産が土地である場合には、土地を取得したものとして、特例の適否を考えます(相法9の2⑥、措令40の2㉗)。 したがって、特例の対象になるものとして、個人が相続又は遺贈により取得した信託に関する権利が含まれますが、次に掲げる信託に関する権利は除かれます(措通69の4-2)。 ★実務上のポイント★ 配偶者居住権の設定、信託の設定、被相続人が国外財産を所有しているケースは、実務上でも増えてくると考えられますので、最初の入り口の段階で全て対象にならないと勘違いしないように特例の対象となる宅地等の範囲を確認することが重要となります。 (了)
〔疑問点を紐解く〕 インボイス制度Q&A 【第6回】 「インボイス発行事業者の氏名として公表できる範囲」 ~旧氏や通称の登録・併記~ 税理士 石川 幸恵 【Q】 私は結婚前の姓を名乗って、フリーランスとして働いています。国税庁ホームページ「適格請求書発行事業者公表サイト」で、氏名として結婚後の姓が公表されると、取引先1件1件に説明しなければならず、とても手間がかかるのですが、何か良い方法はありますか。 〔ポイント〕 (1) 「住民票に併記されている旧きゅう氏うじ(旧姓)」や「住民票に併記されている外国人の通称」を氏名として公表、又はこれらを氏名と併記して公表することができます。 (2) 旧氏(旧姓)は「住民票への旧氏併記」の手続きがされているものに限ります。 (3) 芸名や雅号、ペンネームなどは屋号として、氏名とは別途に登録することになると考えられます。 * * * 【A】 国税庁ホームページ「適格請求書発行事業者公表サイト」に適格請求書発行事業者として公表される氏名には、旧氏(旧姓)を登録することができます。 (1) 旧氏(旧姓)や通称の使用について インボイスQ&Aの令和4年4月改訂版で、適格請求書発行事業者の氏名に関して、旧氏(旧姓)や通称を氏名として公表、又はこれらを氏名と併記する方法が明らかになりました(インボイスQ&A問2)。 旧氏(旧姓)は、結婚や再婚、養子縁組などにより1人が複数持っている可能性もありますが、適格請求書発行事業者の氏名として登録又は併記できる旧氏(旧姓)は、住民票への旧氏併記の手続きがされたものに限られます。 アーティストの芸名や雅号、ペンネームなどは、屋号として、氏名とは別途に登録・公表することになると考えられます。氏名を一切公表したくない場合は、法人を設立して登録するという方法が取り得ます。 (2) 手続き ① 登録の手続き 旧氏(旧姓)や通称を適格請求書発行事業者の氏名として公表又は併記するには「適格請求書発行事業者の公表事項の公表(変更)申出書」を提出します。申出書には、住民票の写しの添付が必要です。ただし、e-Taxにより提出する場合は、添付を省略することができます(申出書の記載要領より)。 ② 提出時期 「適格請求書発行事業者の登録申請書」と同時に「適格請求書発行事業者の公表事項の公表(変更)申出書」を提出することが可能です。 ③ 変更があった場合 イ 氏名の変更 結婚などにより氏名に変更があった場合は、「適格請求書発行事業者登録簿の登載事項変更届出書」を速やかに提出します。提出により、公表事項の変更は遅滞なく行われます(インボイスQ&A問23、新消法57の2⑧) なお、個人事業者の氏名の変更については、「消費税異動届出書」や「所得税・消費税の納税地の異動又は変更に関する届出書」の提出は必要とされていません(通法124、消法25)。 ロ 旧氏(旧姓)や通称の変更 公表している旧氏(旧姓)や通称を変更するときは、「適格請求書発行事業者の公表事項の公表(変更)申出書」を提出します。 ハ 氏名の変更と同時に住民票への旧氏(旧姓)併記をした場合 登録事業者が結婚により姓を変更し、併せて住民票への旧氏併記の手続きをしたことで、結果として適格請求書発行事業者の公表事項に変更がない場合でも、イとロの手続きが必要なのかは明記されていません。 (3) 住民票への旧氏併記 ① 住民票への旧氏併記とは? 住民票への旧氏併記とは、令和元年11月5日より新たに始まった制度で、住民票のほか、マイナンバーカード、運転免許証にも旧氏を併記することができます。旧氏として登録できるのは1つだけです(住民基本台帳法施行令30条の13、30条の14)。 ② 旧氏併記の手続き 旧氏が記載された戸籍謄本等を用意して、現在居住している市区町村で手続きします。 (了)