組織再編成・資本等取引の税務に関する留意事項 【第3回】 「持分会社の資本等取引」 公認会計士 佐藤 信祐 1 資本金の額の減少 (1) 会社法上の取扱い 合同会社と異なり、合名会社及び合資会社には無限責任社員がいることから、本来であれば、会社法上、資本金の額を定める必要性が乏しい。これは、無限責任社員の存在する合名会社及び合資会社と有限責任社員のみの合同会社を一括して規制したことによるものであると思われる。 そのような理論上の問題点があることから、会社計算規則30条2項に定められている資本金の額が減少する事由は、合同会社とそれ以外の持分会社で大きく異なっている。なお、そもそも持分会社は準備金の額を計上することができないことから、準備金の額の減少に係る規定は存在しない。 〈持分会社の資本金の額の減少事由とその減少額〉 このように、合同会社では、持分の払戻し、出資の払戻し又は損失のてん補に充てる場合において、会社法627条の規定による手続(債権者異議手続)をとったときに限り、資本金の額を減少することが認められている。 これに対し、合名会社及び合資会社では、会社法627条の規定による手続を行わずに資本金の額を減少させることができる。さらに、持分の払戻し、出資の払戻し又は損失のてん補に充てる場合だけでなく、資本剰余金の額を増加させるために資本金の額を減少させる場合であっても、会社法627条の規定による手続が不要とされているのである。 また、合同会社では資本金の額が登記事項とされているのに対し(会社法914五)、合名会社及び合資会社では資本金の額が登記事項とされていない(会社法912、913)。このように、合名会社及び合資会社にとって資本金の額というのは、何の意味もない数字に過ぎないのであるが、合同会社と一括して規制したことにより、資本金の額を定めざるを得なくなったということがいえる。 (2) 税務上の取扱い 資本金の額を減少することにより、剰余金の額を増加させた場合であっても、社員における課税上の影響はない。そして、発行法人でも、資本金等の額及び利益積立金額が変動しないことから(法令8①十二)、資本金の額を減少させることにより中小法人に該当させることができるといった影響はあり得るものの、原則として、法人税の課税所得の計算への影響はない。 そして、資本金の額を減少させ、欠損填補を行ったとしても、資本金等の額が変動しないことから、原則として、住民税均等割及び事業税資本割を減らすことができない。なお、株式会社の場合には、資本金の額を減少させて、その他資本剰余金の額を増加させてから1年以内にその他利益剰余金のマイナスと相殺することにより欠損填補を行った場合には、住民税均等割及び事業税資本割の計算上、当該欠損填補を行った金額を資本金等の額から控除することが認められている(地法23①四の五イ(3)、72の21①三、地規1の9の6②③、3の16②③)。 ただし、住民税均等割及び事業税資本割の特例は、会社法446条に規定する剰余金に限定されているところ、同条は株式会社の規定であることから、持分会社に対して本特例を適用することはできない(※1)。 (※1) 渡邊泰大「都道府県民税関係-法人住民税」月刊 税72巻12号52頁(ぎょうせい、平成29年)。 2 出資の払戻し又は持分の払戻し (1) 会社法上の取扱い 持分会社が出資の払戻し又は持分の払戻しをする場合には、資本金及び資本剰余金の額を減少させることになる(計規30②一、二、31②一、二)。なお、退社を伴わない払戻しを「出資の払戻し」といい(会社法624)、退社に伴う払戻しを「持分の払戻し」という(会社法611)。 持分会社が資本剰余金の額を減少させる場合には、出資の払戻しに該当することから、資本剰余金の額を原資として配当をするという考え方は採用されていない(※2)。そのため、後述するように、税務上も、その他資本剰余金の配当ではなく、自己株式の取得に準じた処理を行うこととされている。 (※2) 相澤哲ほか『論点解説 新・会社法』596-597頁(商事法務、平成18年)。 なお、持分の払戻しを行う場合には、払戻財産の帳簿価額のうち払戻しを受けた社員に係る資本金及び資本剰余金の合計額を上回る部分は利益剰余金を減少させることとなるが(計規32②二)、出資の払戻しをする場合には、既に払込み等をした金銭等の払戻しであることから、利益剰余金を減少させることはできない(計規32②但書)(※3)。そのため、出資の払戻しではなく、社員が利益の配当を請求したことに伴って(会社法621)、利益剰余金を減少させることになると思われる。 (※3) 会社法626条2項では、「出資の払戻しのために減少する資本金の額は、第632条第2項に規定する出資払戻額から出資の払戻しをする日における剰余金額を控除して得た額を超えてはならない」と規定されているが、この場合における「剰余金額」とは資本剰余金の額のことをいうため(会社法626④、計規164)、出資払戻額から資本剰余金の額を控除した金額が資本金の減少額になる。ただし、他の社員に帰属していた資本剰余金の額を払戻しに充当し、資本金の額を当該他の社員に振り替えることにより、全体としての資本金の額を減少させないことも可能であると解されている(相澤哲ほか『論点解説 新・会社法』598頁(商事法務、平成18年))。 株式会社の場合には、出資の払戻し又は持分の払戻しと同様の取引をするためには、資本金又は資本準備金の額を減少させ、その他資本剰余金の額を増加させた後に、自己株式の取得又はその他資本剰余金の配当を行う必要がある。これに対し、持分会社の場合には、その他資本剰余金を増加させることなく、出資の払戻し又は持分の払戻しをすることになる。 株式会社と異なり、持分会社においては、資本金、資本剰余金及び利益剰余金が社員ごとに管理されているということを前提にすると、出資の払戻し及び持分の払戻しについて理解しやすいと思われる。 (2) 税務上の取扱い 持分会社が出資の払戻し又は持分の払戻しを行った場合には、法人税法施行令23条1項6号及び所得税法施行令61条2項6号において、株式会社による自己株式の取得と同様の取扱いがなされることが明らかにされている。 具体的には、法人税法施行令23条1項6号イ及び所得税法施行令61条2項6号イにおいて、「口数の定めがない出資を発行する法人を含む」と規定されていることから、出資の払戻し及び持分の払戻しにおける税務上の取扱いは、二以上の種類の株式を発行していない場合における自己株式の取得と同様の取扱いになることが分かる。そして、同項1号において、出資総額を「発行済株式等」の用語に含め、出資を「株式」の用語に含めていることから、1円に相当する出資金の額を1株に相当する株式として自己株式の取得を行った場合と同様の計算を行うことになる。 なお、非上場株式における相続株主からの自己株式を取得した場合には、みなし配当として取り扱わず、株式の譲渡収入として取り扱うという特例が定められている(措法9の7)。ただし、この特例は、株式会社が自己株式を取得する場合にのみ認められており、持分会社が出資の払戻し又は持分の払戻しをする場合には認められていない(※4)。 (※4) 国税不服審判所裁決平成3年1月23日裁決事例集No.41-246頁参照。 (了)
〔令和3年度税制改正における〕 繰越欠損金の控除上限の特例の創設 【第2回】 「産業競争力強化法の認定手続」 辻・本郷税理士法人 税理士 安積 健 前回に引き続き令和3年度税制改正で創設された繰越欠損金の控除上限の特例について解説する。今回は本特例適用の前提となる産業競争力強化法の認定手続について確認する。 1 概要 本特例の適用を受けるためには、改正産業競争力強化法の認定を受ける必要がある。そのためには、事業者は、その実施しようとする事業適応に関する計画(事業適応計画)を作成し、主務省令で定めるところにより、これを主務大臣に提出して、その認定を受けることになる(強化法21の15①)。 事業適応とは、事業再構築やデジタルトランスフォーメーション、カーボンニュートラルの実現に向けた取組みであり、これに果敢にチャレンジする事業者に対して、必要な支援措置を講じ、産業競争力の強化を図るものである。 事業適応には、成長発展事業適応、情報技術事業適応及びエネルギー利用環境負荷低減事業適応の3つの類型があるが、このうち本稿に関係するのが「成長発展事業適応」である。 「成長発展事業適応」とは、ポストコロナに向け厳しい経営環境の中で赤字でも努力を惜しまず、カーボンニュートラル、デジタルトランスフォーメーション、事業再構築・再編等に向けた投資を行い、経営改革に果敢に取り組むことをいう。 2 事業適応計画の作成と認定 (1) 事業適応計画の作成 事業適応計画には、次に掲げる事項を記載する必要がある(強化法21の15③)。 (2) 事前相談 計画の認定の申請に当たっては、要件に合致するかどうかを確認するために、認定希望日から2ヶ月程度前までに、事業を所管している省庁へ事前相談が必要とされている。 (3) 事業適応計画の認定 事業適応計画が次のいずれにも適合するものであると認められる場合に、認定がされる(強化法21の15④)。認定をするときは、事業適応計画の提出を受けた日から原則として1ヶ月以内に認定書が交付される(強化法規則11の3①)。認定された計画はその内容が公表される(強化法21の15⑤)。 (4) 認定要件 成長発展事業適応に係る事業適応計画の認定を受けるために満たすべき具体的な要件は、以下のとおりである。 ① 計画期間 事業適応計画の実施期間は、5年以内とされる(強化法規則11の2⑤)。 ② 生産性の向上又は新需要の開拓(指針①二イ) 事業適応とは、事業者が、産業構造又は国際的な競争条件の変化その他の経済社会情勢の変化に対応して、その事業の生産性を相当程度向上させること又はその生産し、若しくは販売する商品若しくは提供する役務に係る新たな需要を相当程度開拓することを目指して行うその事業の全部又は一部の変更をいう(強化法2⑫)。そして、事業適応計画に定める事業を行うことにより、下記に掲げる生産性の向上に関する目標又は新たな需要の開拓に関する目標の達成が見込まれることが認定の要件とされる。 (※1) 修正ROA =(営業利益 + 減価償却費 + 研究開発費)/ 総資産の帳簿価額 × 100 (※2) 有形固定資産回転率 = 売上高 / 有形固定資産の帳簿価額 (※3) 付加価値額 = 営業利益 + 人件費 + 減価償却費 (※4) ROA = 営業利益 / 総資産の帳簿価額 × 100 (※5) EBITDAマージン =(営業利益 + 減価償却費)/ 売上高 × 100 ③ 財務の健全性(指針①三イ) 上記(3)③に記載したとおり、事業適応を実施する事業者全体における下記に掲げる財務内容の健全性の向上に関する目標の達成が見込まれることが認定の要件とされる。 計画の終了年度において次の(ア)及び(イ)の達成が見込まれること。 (※1) 有利子負債 = 借入金 + 社債 + リース債務(現金預金及び信用度の高い有価証券等の評価額並びに運転資金(売上債権 + 棚卸資産 - 仕入債務)の額を控除後の金額) (※2) CF = 留保利益(経常利益 - 法人税等 - 社外流出(配当等))+ 減価償却費+ 引当金増減額(引当金には、賞与引当金、退職給付引当金及び特別損益の部において繰入れ又は取崩しが行われる引当金は含まない) (※3) 経常収入 = 売上高 + 営業外収益 - 売上債権増加 + 前受金増加 + 前受収益増加 - 未収入金増加 - 未収収益増加 (※4) 経常支出 = 売上原価 + 販売費及び一般管理費 + 営業外費用 + 棚卸資産増加 - 仕入債務増加 - 減価償却費 + 前渡金増加 + 前払費用増加 - 貸倒引当金増加 - 未払金増加(未払税金含む)- 未払費用増加 - 引当金増加(特別損益の部において繰入れ又は取崩しが行われる引当金を除く) ④ 前向きな取組み(指針②一ハ) 予見し難い経済社会情勢の変化によりその事業の遂行に重大な影響を受けた事業者がその事業の成長発展を図るために行うものとして、次のいずれにも該当する必要がある。 ⑤ 全社的取組み 事業適応は、一事業部門・一事業拠点でなく組織的な意思決定に基づく必要があるため、取締役会その他これに準ずる機関による経営の方針に係る決議又は決定に基づくものであることが必要である。 ⑥ 事業者 事業者は暴力団関係法人でないことが認定の要件とされる。 3 主務大臣による確認 課税の特例の適用を受けるには、認定事業適応計画に従って実施される成長発展事業適応について、経済社会情勢の著しい変化に対応して行うものとして主務大臣が定める基準(成長発展事業適応特例基準)に適合することについて主務大臣の確認を受ける必要がある(強化法21の28①)。 この場合、上記2の認定申請書の提出と併せて、確認申請書を主務大臣に提出する必要がある(強化法規則11の18①)。そして、事業適応計画が改正産業競争力強化法の施行日(令和3年8月2日)から1年を経過する日までに開始するものであり、かつ、成長発展事業適応が成長発展事業適応特例基準に適合するものであることが確認されると認定書においてその旨が表示される(強化法規則11の18③)。なお、成長発展事業適応特例基準とは、上記2(4)②(ア)dに記載のとおりである。 4 証明の求め 上記3の確認を受けた認定事業適応事業者は、認定事業適応計画の終了の日を含む事業年度までの毎事業年度終了後1ヶ月以内に、認定をした主務大臣に対し、その実施した成長発展事業適応が認定事業適応計画に従って実施されたものであることの証明を求めることができ(強化法規則11の20①)、主務大臣により、認定事業適応計画に従って実施されたものと認められたときは、適合証明書が交付される(同11の21)。 証明を求めるに当たっては、適合証明申請書を提出することになるが、そこには、認定事業適応計画の開始の日から5年を経過する日までの間に、認定事業適応計画に従って、投資をした額の累計額(特例対象累積投資額)を記載することになっている。 申請から証明書の発行まで1ヶ月程度かかるとされる。また、前回の2(4)②の(※1)に記載したとおり、確定申告書等に適合証明書の写しの添付が求められている。したがって、事業年度終了後、早めの申請が望ましい。なお、前年度以外の投資を証明することはできないため、対象投資がない場合を除き、毎年度証明書の発行が必要になる。 5 実施状況の報告 認定事業適応事業者は、認定事業適応計画の実施期間の各事業年度における実施状況について、原則として当該事業年度終了後3ヶ月以内に、主務大臣に報告をしなければならない(強化法規則48①)。そして、本特例の適用を受けた認定事業適応事業者は、併せて特例措置による損金算入の額についても報告をする必要がある(同51①)。 * * * 〈特例適用までの産業競争力強化法の認定手続の流れ〉 (連載了)
「税理士損害賠償請求」 頻出事例に見る 原因・予防策のポイント 【事例103(法人税)】 税理士 齋藤 和助 《基礎知識》 ◆青色欠損金の繰戻し還付 青色申告書である確定申告書を提出する事業年度に欠損金額が生じた場合には、その欠損金額をその事業年度(欠損事業年度)開始の日前1年以内に開始したいずれかの事業年度(還付所得事業年度)に繰り戻して法人税額の還付を請求することができる。 ただし、この制度は、清算中に終了する各事業年度の欠損金額、解散等の事実が生じた場合の欠損金額及び中小企業者等の各事業年度において生じた欠損金額を除き、平成4年4月1日から令和4年3月31日までの間に終了する各事業年度において生じた欠損金額については適用が停止されている。この規定の適用を受けるためには、「欠損金の繰戻しによる還付請求書」を期限内申告書と同時に提出しなければならない。 なお、令和2年2月1日から令和4年1月31日までの間に終了する各事業年度においては、新型コロナ税特法の特例により、資本金1億円超10億円以下の法人(資本金10億円超の大規模法人の100%子法人等を除く)も適用が認められる。 ◆災害損失欠損金の繰戻し還付 災害のあった日から同日以後1年を経過する日までの間に終了する各事業年度において災害損失欠損金額が生じた場合には、その災害損失欠損金額をその事業年度(災害欠損事業年度)開始の日前1年(青色申告である場合には、前2年)以内に開始したいずれかの事業年度(還付所得事業年度)の法人税額のうち災害損失欠損金額に対応する部分の金額について、還付を請求することができる。この規定の適用を受けるためには、「災害損失の繰戻しによる還付請求書」を確定申告書と同時に提出しなければならない。 なお、青色申告法人における災害損失金額は、青色欠損金に該当するため、「青色欠損金の繰戻し還付」及び「災害損失欠損金の繰戻し還付」のいずれも選択できる。 ◆災害 災害とは、震災、風水害及び火災、冷害、雪害、干害、落雷、噴火その他の自然現象の異変による災害及び鉱害、火薬類の爆発その他の人為による異常な災害並びに害虫、害獣その他の生物による異常な災害をいう。新型コロナウイルス感染症も災害に該当する。 ◆災害損失欠損金額 災害損失欠損金額とは、災害欠損事業年度の欠損金額のうち、災害損失の額(災害により棚卸資産、固定資産又は一定の繰延資産について生じた損失の額で、資産の滅失等により生じた損失の額、被害資産の原状回復のための費用等に係る損失の額及び被害の拡大又は発生の防止のための費用に係る損失の額(保険金、損害賠償金等により補填されるものを除く)の合計額をいう)に達するまでの金額をいう。 〈青色欠損金と災害損失欠損金の繰戻し還付の比較〉 (了)
〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第9回】 「新たに事業の用に供された宅地等の判定 (特定事業用宅地等の判定)」 税理士 柴田 健次 [Q] 令和元年度税制改正により、特定事業用宅地等の範囲から、被相続人等の事業(貸付事業を除く)の用に供されていた宅地等で相続開始前3年以内に「新たに事業の用に供された宅地等」が除かれることになりましたが、次に掲げるA宅地からH宅地のうち、3年以内に「新たに事業の用に供された宅地等」に該当するものを教えてください。 [A] C宅地及びG宅地が「新たに事業の用に供された宅地等」に該当することになります。なお、C宅地及びG宅地が租税特別措置法施行令40条の2第8項で定める規模以上の事業(以下「特定事業」という)でない場合には、特定事業用宅地等に該当しないことになります。なお、特定事業の判定については、【第10回】で解説します。 ◆ ◆ ◆[解説]◆ ◆ ◆ 1 令和元年度の税制改正により除外される特定事業用宅地等 令和元年度税制改正により、節税を目的とした駆け込み的な適用など本来の趣旨を逸脱した小規模宅地等の特例を防止するため、特定事業用宅地等の範囲から、被相続人等の事業(貸付事業を除く。以下同じ)の用に供されていた宅地等で、相続開始前3年以内に新たに事業の用に供された宅地等を除くこととされました。ただし、特定事業を行っていた場合のその宅地等については、相続開始前3年以内に新たに事業の用に供されたものであっても、その範囲から除かれないこととされました(措法69の4③一、措令40の2⑧)。 この取扱いは、平成31年4月1日以後に新たに事業の用に供された宅地等から適用され、同日前に新たに事業の用に供された宅地等については、適用されません(附則79②、措通69の4-20の5)。 2 「新たに事業の用に供された宅地等」の範囲 「新たに事業の用に供された宅地等」とは、次に掲げる宅地等のいずれかが事業の用に供された場合のその宅地等をいうとされています(措通69の4-20の2)。 上記の判定の具体的な注意点については、それぞれ下記の通りとなります。 (1) 事業の用以外の用に供されていた宅地等 貸付事業の用又は居住の用から事業の用に供された場合には、当然に「新たに事業の用に供された宅地等」に該当することになります。一方で既に被相続人の事業の用に供されていた宅地等がその被相続人の他の事業の用に供された場合には、「新たに事業の用に供された宅地等」に該当しません。したがって、A宅地は「新たに事業の用に供された宅地等」に該当しないことになります。また、B宅地のように被相続人が借り受けていた宅地等を事業の用に供した場合において、その宅地等を取得して引き続き事業の用に供した場合も同様に「新たに事業の用に供された宅地等」に該当しないことになります。 なお、特定事業用宅地等は、被相続人又は生計一親族の事業の用に供されていた宅地等がその対象とされていますが、「新たに事業の用に供された宅地等」に該当するかどうかの判定は、被相続人又は生計一親族のそれぞれの利用状況により行うことになります。したがって、被相続人にとって「新たに事業の用に供された宅地等」であるかどうか、生計一親族にとって「新たに事業の用に供された宅地等」であるかが問題になります。本問のC宅地のように被相続人の事業を廃止した上で生計一親族の事業の用に供した場合には、生計一親族にとっては「新たに事業の用に供された宅地等」に該当することになります。 ただし、被相続人が相続開始前3年以内に開始した相続又はその相続に係る遺贈により事業の用に供されていた宅地等を取得し、かつ、その取得の日以後その宅地等を引き続き事業の用に供していた場合におけるその宅地等については、この「新たに事業の用に供された宅地等」に該当しないこととされています(措令40の2⑨)。したがって、D宅地は被相続人の父から相続により承継していますが、父の相続時点においては「新たに事業の用に供された宅地等」とは考えず、父の事業開始時点まで遡って3年の判定を行うことになります。 (2) 宅地等又はその上にある建物等につき「何らの利用がされていない場合」の宅地等 被相続人が所有する未利用の宅地を被相続人又は生計一親族が事業の用に供した場合には、当然に「新たに事業の用に供された宅地等」に該当することになります。一方で次に掲げる場合のように、事業に係る建物等が一時的に事業の用に供されていなかったと認められるときには、その建物等に係る宅地等は、上記の「何らの利用がされていない場合」の宅地等に該当しないことになりますので、「新たに事業の用に供された宅地等」とは考えません。 上記の取扱いにより「何らの利用がされていない場合」の宅地等に該当しないことになった場合の新たに事業の用に供された時は、上記の建替え前又は休業前の事業に係る事業の用に供された時となります。 本問のE宅地のように2年前に建替えが行われた場合には、一時的に事業の用に供されていなかったと考えられますので、「新たに事業の用に供された宅地等」に該当しないことになります。これに対して、G宅地については、建物等の移転先の宅地等は移転前の宅地等と異なるため、被相続人にとって、「新たに事業の用に供された宅地等」に該当することになります。 なお、被相続人等の事業の用に供されている建物等の移転又は建替えのためその建物等を取り壊し、又は譲渡し、これらの建物等に代わるべき建物等の建築中に、又はその建物等の取得後被相続人等が事業の用に供する前に被相続人について相続が開始した場合については、租税特別措置法関係通達69の4-5(事業用建物等の建築中等に相続が開始した場合)の救済措置がありますが、その救済措置が移転又は建替えが対象になるのに対して、「新たに事業の用に供された宅地等」の判定では、上記の通り、移転と建替えでは、取扱いが異なる点については注意する必要があります。 本問のH宅地のように2年前の台風被害については、一時的に事業の用に供されていなかったと考えられますので、「新たに事業の用に供された宅地等」に該当しないことになります。なお、本問のH宅地が仮に相続税の申告期限において台風被害のために事業を一時的に休業した場合には、租税特別措置法関係通達69の4-17(災害のため事業が休止された場合)の救済措置があります。 ★実務上のポイント★ 相続開始の直前において、被相続人又は生計一親族の事業の用に供されている宅地等がある場合には、その事業が3年以内に「新たに事業の用に供された宅地等」に該当するかどうか、遺族からヒアリングをすることが重要となります。 (了)
固定資産をめぐる判例・裁決例概説 【第10回】 「新築した建物が1月1日に登記されていない場合は、固定資産税の納税義務があるか否かが争われた判例」 税理士 菅野 真美 ▷固定資産税は誰に賦課されるものなのか 固定資産税は、その年1月1日において、固定資産の所有者であったものに課される税である(地方税法第343条第1項、第359条)。所有者であるかどうかは、土地又は家屋については、登記簿又は土地補充課税台帳若しくは家屋補充課税台帳に所有者として登記又は登録がされている者である(地方税法第343条第2項)。 固定資産課税台帳に登録された所有者が真の所有者と一致するとは限らないが、固定資産課税台帳に登録された所有者に対して課税することになる。 地方税法が台帳課税主義を採用したのは、①固定資産の数が多いため、固定資産税の課税事務を円滑・迅速に行うためには、確定処分に先立って、すべての固定資産の状況とそれに関する固定資産税の課税要件を客観的に明確にし、それを関係者の縦覧に供したうえで早めに確定させる必要があること、及び、②納税者、固定資産課税台帳の縦覧を通じて、その所有する固定資産の評価が適正に行われているかどうか、またそれが他の納税者の場合と比較して公平に行われているかどうかをチェックする機会を与える必要があること、の2つの理由によるものとされている(※)。 (※) 金子宏『租税法(第23版)』(弘文堂、2019年)749頁。 それでは、新築の家屋で年内に完成したが、翌年1月1日現在で登記されていないものについて、固定資産税は課税されるのであろうか。この件に関して争われた事案について、以下において検討する。 ▷どのような事案か 事案の経緯は次のとおりである。 ▷事案の争点 争点は、平成22年度の固定資産税等の納税義務を負うか否かである。 Xは次のように主張した。 ▷地裁の判断 地裁の判断は次のとおりである。 そこで、不服なXが控訴した。 ▷高裁の判断 高裁の判断は次のとおりである。 これに不服なY市が上告した。 ▷最高裁の判断 最高裁の判断は次のとおりである。 このように、最高裁は地裁の判断を支持し、1月1日に登記されていなくとも賦課決定処分時までに登記がされた場合は、納税義務者とするとした。もし、賦課期日までの登記が必要であると判断した場合、登記を遅らせれば課税時期を遅らせることを認めることになる。なお、新築の家屋に係る固定資産税の賦課については、市町村において定めた家屋の認定基準で実務上処理されているようである。 (了)
グループ通算制度における会計の留意事項 【第1回】 「会計処理編」 RSM清和監査法人 公認会計士 西田 友洋 2020年3月27日に「所得税法等の一部を改正する法律」(令和2年法律第8号)(以下「改正法人税法」という)が成立し、2022年4月1日以後に開始する事業年度からは、従来の「連結納税制度」から「グループ通算制度」に移行する。 これに伴い、2021年8月12日にASBJより、実務対応報告第42号「グループ通算制度を適用する場合の会計処理及び開示に関する取扱い(以下「実務報告」という)」が公表された。 グループ通算制度における会計の留意事項として、本連載では下記のとおり2回にわたって解説する。 1 グループ通算制度の概要 (1) 主な相違点 グループ通算制度とは、完全支配関係にある企業グループ内の各法人を納税単位として、各法人が個別に法人税額の計算及び申告を行い、その中で、損益通算等の調整を行う制度である。 そして、連結納税制度とグループ通算制度の主な相違点は、以下のとおりである。 〈グループ通算制度の申告納付計算のイメージ図〉 (出所) ASBJ「実務対応報告第42号「グループ通算制度を適用する場合の会計処理及び開示に関する取扱い」の公表」の「公表にあたっての別紙」1頁から抜粋。 〈連結納税制度における税額計算と申告のプロセスのイメージ図〉 (出所) ASBJ「実務対応報告第42号「グループ通算制度を適用する場合の会計処理及び開示に関する取扱い」の公表」の「公表にあたっての別紙」2頁から抜粋。 (2) 連結納税制度からグループ通算制度に移行する場合 連結納税制度からグループ通算制度に移行する場合は、承認又は届出は不要である。さらに、経過措置により、グループ通算制度に移行時に時価評価、繰越欠損金の切り捨て、含み損等の損金算入、損益通算の制限は適用されない。 (3) 単体納税制度からグループ通算制度に移行する場合 親法人及び子法人が、通算承認を受けようとする場合、原則として、その親法人のグループ通算制度の適用を受けようとする最初の事業年度開始の日の3ヶ月前の日までに、その親法人及び子法人の全ての連名で、承認申請書を親法人の納税地の所轄税務署長を経由で、国税庁長官に提出する必要がある。 2 グループ通算制度による会計処理への影響 グループ通算制度は、納税申告手続等は異なるものの、完全支配関係にある企業グループ内において損益通算できる点は、連結納税制度と同様のため、実務報告では、基本的に連結納税制度における会計処理と同様の取扱いが定められている。 ただし、連結納税制度とグループ通算制度で相違点があるため、税効果会計に影響する点もある。 そのため、本解説では、グループ通算制度の開始により影響する論点を中心に解説する。 (1) 実務報告の範囲 通算会社が申告納付を行う税額は、通算前所得に対して通算グループ内の他の通算会社との損益通算や欠損金の通算を行った後の課税所得をもとに算定されたものであり、当該通算等による税額の減少額を通算税効果額として、通算会社間で金銭等の授受が行われることが想定されている。ただし、授受を行うか否かは任意である(実務報告37)。 当該通算税効果額に関して、連結納税制度においても個別帰属額(各連結事業年度の連結所得に対する法人税の負担額として帰せられ、又は当該法人税の減少額として帰せられる金額)の授受を行うことは任意であったが、授受を行っている場合が多いと考えられ、グループ通算制度においても一般的には通算税効果額の授受を行うことが想定される。また、通算税効果額の授受を行わない場合の取扱いの検討には一定の困難性がある。 したがって、実務報告においても通算税効果額の授受を行うことを前提として会計処理及び開示を定め、通算税効果額の授受を行わない場合の会計処理及び開示については、連結納税制度における取扱いを踏襲するか否かも含め取り扱っていない(実務報告38)。 (2) 会社分類及び繰延税金資産の回収可能性の検討方法 会社分類及び繰延税金資産の回収可能性の検討方法は、連結納税制度時と同様である。 (3) 税効果会計の個別論点 連結納税制度からグループ通算制度に移行する場合、グループ通算制度の開始に伴う時価評価等の規定(時価評価、繰越欠損金の切捨て、含み損等の損金算入、損益通算の制限)は適用されない。したがって、連結納税制度からグループ通算制度への移行において、これらの項目に関して税効果会計への影響はない。 一方、単体納税制度からグループ通算制度へ移行する場合は、グループ通算制度の開始に伴う時価評価等の規定が適用される。当該規定は、連結納税制度と異なるため、税効果会計に影響する。具体的な内容は、以下のとおりである。 (ⅰ) 親法人の制度開始時における時価評価損益 連結納税制度とグループ通算制度における制度開始時における親法人の時価評価損益に係る税効果会計の取扱いは、以下のとおりである。 (ⅱ) 親法人の制度開始前の繰越欠損金 連結納税制度とグループ通算制度における親法人の制度開始前の繰越欠損金に係る税効果会計の取扱いは、以下のとおりである。 (ⅲ) 特定資産に係る譲渡等損失額の損金算入制限 (ⅳ) 投資簿価修正 (ⅴ) 子法人株式の評価損 (ⅵ) 子法人株式を他のグループ内法人に譲渡した場合 3 適用時期 実務報告の適用時期は、以下のとおりである(実務報告31、65、66)。なお、グループ通算制度は新たな事実の発生に該当するため、過去の期間へ遡って適用しない(コメント対応(質問1)の2))。 4 経過措置 実務報告では、以下の経過措置が設けられている(実務報告32、67、68)。 (了)
〈注記事項から見えた〉 減損の深層 【第6回】 「ホテル事業が減損に至った経緯」 -減損後にまた減損となる可能性は?- 公認会計士 石王丸 周夫 〈はじめに〉 減損の金額というのは、誰が計算しても同じかというと、そうではありません。減損の金額が見積りによって計算されるからです。見積りの前提が変われば、減損の金額も当然変わってきます。 そうした会計上の見積りについては、2021年3月期から、有価証券報告書で詳細な注記を開示することが義務付けられましたが、その注記を減損損失の注記と合わせて読むと、これまで見えてこなかったことが見えてきます。減損後にまた減損となることがあるのかどうか、ということです。 それでは、宿泊業の事例で見ていきましょう。 〈今回の注記事例〉 (出所:有価証券報告書) (※) 下線は筆者 まず、この注記のタイトルが、「減損損失」ではなく「構造改革損失」となっている点について、説明しておきます。 これは、連結損益計算書において、構造改革の一環として、「減損損失」も含めた形で「構造改革損失」という科目で計上したことによります。注記の内容は一般的な減損損失の注記事項とほとんど同じですが、構造改革の一環であるということを頭に入れて読んでほしいということです。 減損の対象となった資産は、この企業グループのホテル事業の資産(計14件)で、減損した金額は9,676百万円です。新型コロナウイルスの影響により、一部のホテルは、営業を続ければ続けるほど損失が発生する状態だったと読めます。 大変厳しい経営状態だったことがよくわかりますが、一方で減損処理というのは、いったん実行してしまえば、資産の帳簿価額が圧縮されるため、減価償却費の減少による損益の改善が期待できます。 ただし、減損実施時の見積りの前提が変わらなければの話ですが・・・。 〈減損前〉 〈減損後〉 〈見積りの前提としてのコロナ収束シナリオ〉 では、この減損に際して、どのような見積りが行われたのかを確認しておきます。冒頭で触れた2021年3月期から導入された注記、「重要な会計上の見積り」に、そのことが記載されています。少し長いので、下線を引いたところだけを読んでみてください。 (出所:有価証券報告書) (※) 下線は筆者 下線部の部分を中心に、要約しておきます。 この注記では、翌連結会計年度の連結財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクがある項目について説明をしています。その1つが「固定資産の減損」だということです。減損損失の金額の算定に当たっては、「繰延税金資産の回収可能性」と同様の仮定を置いており、実際の結果がこの仮定と違ってくると、翌連結会計年度の連結財務諸表に重要な影響を及ぼす可能性があるということです。 上記で言及されている「繰延税金資産の回収可能性」の仮定も確認します。以下のとおりです。 (出所:有価証券報告書「(重要な会計上の見積り)1 繰延税金資産の回収可能性」) (※) 下線は筆者 上の注記では、有価証券報告書を公表した2021年6月以降の社会の姿を、3つの時期に分けてシナリオを描いています。2021年度は国内の往来が再開、2022年度は外国との往来も徐々に回復、そして2023年度には、国内外の経済活動が相当程度回復するというシナリオです。 こうしたシナリオは、その正しさを立証することは誰にもできませんが、筆者個人の感想としては、この時点(2021年6月)において違和感はなく、大半の人が異を唱えないであろう予想になっていると思われます。この仮定に従って減損処理が行われたということで、減損処理自体は無理のない結果に落ち着いたとみてよいでしょう。 問題は、この仮定が変わってくる場合です。 この仮定、すなわち減損の見積りの前提が変更になれば、同じ資産について、さらなる減損損失が発生する可能性があります。 そもそも、「重要な会計上の見積り」という注記は、翌連結会計年度の連結財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクがある項目について開示するものです。今期の決算で多額の減損を計上したから開示しているのではなく、来期の決算に重要な影響を及ぼす可能性があるから開示しているのです。 ということは、減損が実施された年度の決算書に、「重要な会計上の見積り」の注記が記載され、その中で「固定資産の減損」に言及されていた場合は、もうそれだけで、来期に追加の減損があってもおかしくないと言っていることになるのです。極端な解釈かもしれませんが、趣旨としてはそういうことです。 〈コロナ収束後も課題が待ち受けている〉 ところで、上掲の「重要な会計上の見積り」の注記には、少し気になる記載もあります。実はこちらの方がもっと重要なので、以下に再掲します。 この会社は、第3ステップで新型コロナウイルスの影響が収束すると見ていました。今から2年後の2023年度のことです。しかし、そのときの事業環境は、もはやコロナ前とは同じではないと言っているのです。 要は、人の往来がコロナ前とは同じには戻らないという予想なのでしょう。これはホテルにとって頭の痛い問題です。ホテルというのは、宿泊にしても、会合や結婚式にしても、人の往来が大前提だからです。 さらに少し考えると、コロナ収束後の問題はこれだけではないことにも気がつきます。コロナが収束するということは、何を意味するかわかりますか? それは、次なる課題に本格的に取り組み始めるということを意味します。その課題は何かというと、おそらく「脱炭素化」です。 ホテルというのは、ビジネスの性格上、エネルギー節減志向とは相容れないところがあります。空調は24時間ノンストップ運転を強いられ、客室のシーツは、連泊の客を除けば、一晩寝ただけで交換(すなわち洗濯)となります。一般の家庭では、まずこんなことはありません。また、バスルームのお湯の使用にいたっては、宿泊客の自由に任されているため、ホテル側の意思で節減することはまず無理です。 もちろん、ホテルの側でも様々な工夫をしていて、エネルギー消費を抑えたり、脱炭素に向けた先進的な取り組みをしたりしているところもあります。しかしながら、それを推し進めていく場合、サービスの低下(資源の節約)やコストの上昇(環境コストの上乗せ)が予想されます。果たして、消費者がホテルに求めているものと折り合いがつけられるのでしょうか。コロナの後にはそういう問題も待ち受けています。 (了)
〔事例で使える〕 中小企業会計指針・会計要領 《固定資産(その2)-ソフトウェア》編 【第2回】 「ソフトウェアの取得価額(2)~他の者から購入した場合」 公認会計士・税理士 前原 啓二 はじめに 「中小企業会計指針」では、研究開発に該当しないソフトウェアの制作費について、社内利用のソフトウェアと市場販売目的のソフトウェアに分けて、それぞれの会計処理を簡単に説明しています。今回は、無形固定資産としてのソフトウェアの取得原価について、社内利用のソフトウェアを他の者から購入した場合をご紹介します。その後、既存のソフトウェアに対する資本的支出と修繕費の区分についても取り上げます。 【設例2】 当社(3月31日決算)は、当期(X1年4月1日~X2年3月31日)において、新たな人事管理システムを導入するため、下記の支出を行って、稼働を開始しました。 (1) 新たな人事管理システム用の市販ソフトウェアの購入代価5,000,000円。 (2) (1)の市販ソフトウェアの引取運賃80,000円。 (3) (1)の市販ソフトウェアの導入のため、C社に委託外注した設定作業代500,000円。 (4) (1)の市販ソフトウェアを当社の仕様に合わせるために、C社に依頼して付随的なソフトウェアを追加し、一部プログラムを修正する作業代1,500,000円。 (5) 新たな人事管理システムで従来のデータを利用するために、旧システムのデータをコンバートする作業料150,000円。 (6) 新たな人事管理システムを導入したので、当社社員向けに新たな人事管理システムの操作方法についての研修をC社に依頼して実施した講師料100,000円。 このソフトウェア(無形固定資産)の取得原価はいくらでしょうか。 〈ソフトウェア(無形固定資産)の取得原価〉 ⇒ 7,080,000円 「中小企業会計指針」によると、社内利用のソフトウェアは、その利用により将来の収益獲得又は費用削減が確実であると認められる場合には、取得に要した費用を無形固定資産として計上します。この無形固定資産の減価償却方法について、税法上の取扱いは、定額法により、耐用年数が「複写して販売するための原本」以外のソフトウェアとして5年とされています(耐令別表第三)。ソフトウェアの取得原価について、税務上の取扱いは、特に規定されておらず、購入した減価償却資産の取得原価の規定(法令54①一)に従って、次に掲げる金額の合計額となります。 この設例では、上記①の市販ソフトウェアの購入の代価が(1)の5,000,000円、購入のために要した費用が(2)の引取運賃80,000円です。 上記②の事業の用に供するために直接要した費用の額が、(3)の導入のためC社に委託外注した設定作業代500,000円です。(4)にある市販ソフトウェアを当社の仕様に合わせるためにC社に依頼し付随的なソフトウェアを追加して一部プログラムを修正する作業代1,500,000円は、例えば機械装置の取得原価に含まれる据付費用や試運転費用のように、事業の用に供するために直接要した費用の額に該当するので、ソフトウェアの取得原価となります(法基通7-3-15の2(注))。 一方、(5)にある新たな人事管理システムで従来のデータを利用するために旧システムのデータをコンバートする作業料150,000円と、(6)にある当社社員向けに新たな人事管理システムの操作方法についての研修をC社に依頼して実施した講師料100,000円は、いずれもソフトウェアを利用するための環境を整備し有効利用を図るための費用で、ソフトウェア自体の価値を高めるものではないため、当期の費用として処理します(研究開発費及びソフトウェアの会計処理に関する実務指針16、40)。 以上より、ソフトウェアの取得原価は、次のとおりです。 【設例3】 当社(3月31日決算)は、当期(X2年4月1日~X3年3月31日)において、前期に取得して稼働を開始した新たな人事管理システムのソフトウェアに対して、次のようなプログラムの修正作業をC社に依頼して、それらの作業代を支払いました。それぞれの支出は、資本的支出(無形固定資産)でしょうか、それとも修繕費でしょうか。 (1) 給与計算ソフトウェア部分に対して、所得税率の改正、社会保険料率の改正に対応するために、プログラムを修正する作業代200,000円。 (2) 人事管理システムの一部のソフトウェアに、当期途中から処理速度の低下が生じたので、稼働開始時点の処理速度に戻す作業代70,000円。 (3) 稼働開始時点では設定していなかった新たな機能を追加するためのプログラム追加作業代2,000,000円。 (1)~(3)の各支出に係る仕訳は、次のとおりです。 当社が前期に取得して稼働を開始したソフトウェアに対する修正作業に係る支出が、資本的支出(無形固定資産)か、それとも修繕費かについては、その修正作業がプログラムの機能上の障害の除去、現状の効用の維持等に該当するときは、その修正作業に係る支出は修繕費に該当し、新たな機能の追加、機能の向上等に該当するときは、その修正作業に係る支出は資本的支出に該当します(法基通7-8-6の2)。 (1)にある給与計算ソフトウェア部分に対して所得税率・社会保険料率の改正に対応するためにプログラムを修正する作業は、税率等の改正に対応するために行った必要最低限のプログラム修正作業であり、現状の効用の維持に該当します。したがって、その支出は原則として修繕費です。 (2)にある人事管理システムの一部のソフトウェアに、当期途中から処理速度の低下が生じたので稼働開始時点の処理速度に戻す作業は、プログラムの機能上の障害を除去し、原状回復のための作業に該当します。したがって、その支出は原則として修繕費です。 (3)にある稼働開始時点では設定していなかった新たな機能を追加するためのプログラム追加作業は、新たな機能の追加、機能の向上に該当します。したがって、その支出は原則として資本的支出(無形固定資産のソフトウェア)です。 (了)
〈事例から学ぶ〉 不正を防ぐ社内体制の作り方 【第11回】 「「内部統制報告書」から学ぶこと」 ~失敗事例を分析し今後の事業に活かす~ 米国公認会計士・公認内部監査人 打田 昌行 はじめに 社内体制のなかで起きる不正を防ぐためのさまざまな工夫やルールを事例に基づいて読者の皆さんにご紹介し、まもなく1年が経過しようとしています。不正や誤謬(誤り)を牽制し、より適切な社内体制を構築するためには、成功事例を語るより、むしろ失敗事例を取り上げて検討を加えることの方が、より近道のように考えられます。なぜなら、失敗事例からは多くの学びと教訓が得られると考えられるからです。 さて、日本国内の上場企業は、毎期自社の内部統制を評価した結果を、外部監査人の監査を経て、内部統制報告書として取りまとめ、投資家はじめ利害関係人に広く周知をする責務があります(「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準」の「Ⅱ.財務報告に係る内部統制の評価及び報告」から以下抜粋)。 この報告書の多くは自社の内部統制の有効性を表明するものですが、なかには、誤謬や不正の発生によって内部統制の有効性を欠き、社内体制の改善が求められる事実が公表されることがあります。それらの報告書をよく読むと、上場企業ならではの誤謬や不正のほかにも、企業の規模や上場の有無とは関わりなく、よりよい社内体制の構築をするうえで学ぶべきことが多く報告されていることに気づきます。社内体制の構築には、会社の規模を超えて、こうした失敗事例に多くの学びが隠されていることを知っておくことが肝要です。 以下に内部統制報告書の2つの事例の一部をそれぞれ紹介いたします。 《1》 キックバックに係る報告事例 上記は、会社の規模や上場の有無とは無関係に発生するキックバックについて報告された2021年9月の事例です。キックバックを許した会社の仕組み上の不備に加え、社員のコンプライアンス意識に留意すべきことが報告されています。 こうした事例から読み取れることは、外注費に限らず請求書の内容は日頃から項目別にきちんと精査し、不明瞭な項目があれば、その内容を明らかにして分析することが大切だということです。違法なキックバックを未然に防ぐための方策として、標準的な価格を設けておき、それに比して異常な価格や金額の有無を確認するためのマニュアル作りが必要になります。 さらに請求書に基づく支払時にも、支出の内訳項目に疑わしい項目がないかどうか、改めて検証を図る仕組みが必要です。加えて報告書が示す通り、「職務権限に沿った明確な責任体制や内部統制」を用いて、明確な業務分担と相互牽制を用いた社内の仕組み作りが基本となります。 《2》 原価操作による粉飾の報告事例 本事例は、前事例とほぼ同時期に報告された粉飾に関するものです。上記A社の事例では、主に仕組みを構築するための重要性という視点について考えましたが、本事例では牽制機能を果たす仕組み作りはもちろんのこと、それに加えて社員のコンプライアンス意識を養い育てることが求められています。社員のコンプライアンス意識を啓蒙する研修は、日頃からさまざまな会社や場面で実施されていると思います。例えば、以下の例が挙げられます。 具体的な社内の仕組み作りに加え、仕組みを動かす従業員への意識の啓蒙を図ることは、クルマの両輪に相当し、不正を防ぐ社内体制を作るうえで欠くことはできない要素と考えられます。 《3》 学びを実践するために 上記の2つの事例は、主に売上に関わる不正事例でしたが、これ以外にも事例は多岐にわたります。しかし、多くの事例のなかでも売上に関わる不正事例が最も多いのは、毎年の傾向でもあります。こうした失敗事例がビジネスシーンのどこで頻発し、どのような場合に起きやすくなり、そしてこうした事態を未然に防ぐにはどのように対応すべきなのか。内部統制報告書は、会社の規模や上場の有無とは無関係に、学ぶべき多くの教訓や警鐘を与えてくれます。それらを正しく受け取り、学びを今後の事業によりよく活かすことが私たちに求められています。 (了)
税理士事務所の労務管理Q&A 【第4回】 「健康診断の実施義務」 特定社会保険労務士 佐竹 康男 常時労働者を雇用している事業所の事業主(労働安全衛生法では事業者という)には、健康診断の実施が義務付けられています。規模・業種を問いませんので、税理士事務所等の士業についても例外ではありません。 健康診断には、特殊な業務に従事する労働者に対する健康診断もありますが、今回は、雇入れ時の健康診断と定期健康診断について、対象労働者、事後の措置、留意点等を解説します。 * * 解 説 * * 1 健康診断の実施義務 健康診断実施義務は、労働安全衛生法第66条により定められています。 (1) 雇入れ時の健康診断 事業者は、常時使用する労働者を雇い入れるとき(雇入れの直前又は直後をいう)は、その労働者に対し、下記の項目について医師による健康診断を行わなければなりません。ただし、医師による健康診断を受けた後、3ヶ月を経過しない者を雇い入れる場合において、その者が当該健康診断の結果を証明する書面を提出したときは、当該健康診断の項目に相当する項目については、省略することができます。 〈雇入れ時の健康診断項目〉(労働安全衛生規則第43条) (2) 定期健康診断 事業者は、常時使用する労働者に対し、1年以内ごとに1回、定期に、一定の項目について医師による健康診断を行わなければなりません。 診断項目については、雇入れ時の健康診断の「④ 胸部エックス線検査」に「喀痰かくたん検査」を追加したものになります。 実施時期は定められていませんので、企業が自由に設定できます。また、全従業員を同じ時期に行う必要はなく、従業員によって時期が異なっても問題ありません。ただし、1年ごとに1回実施しなければなりませんので、通常は時期を定めて実施している事業所が多いと思われます。 2 対象労働者 健康診断の実施対象者は、労働安全衛生法に基づき「常時使用する労働者」と定められています。常時使用する労働者とは、具体的には下記に該当する労働者をいいます。 〈対象労働者の範囲〉 したがって、例えば正社員の週の所定労働時間が40時間であれば、パート社員でも、週の所定労働時間が30時間(正社員の所定労働時間40時間×3/4)以上の場合は、健康診断を実施しなければなりません。また、週の所定労働時間が正社員の4分の3未満であっても、2分の1以上である者については、実施が望ましいとされています。 3 費用の負担等 健康診断の費用は、健康診断が労働安全衛生法により、事業者に義務付けられていますので、事業者が負担すべきものとされています。通常は、福利厚生費として処理されています。 また、健康診断の受診時間を労働時間とみなして賃金を支払うか否かについては、労使間で決めることになります。 4 健康診断実施後の措置等 (1) 診断結果の保存義務 事業者は、事業規模に関わらず、健康診断の結果に基づき、健康診断個人票を作成して、これを5年間保存しなければなりません。 また、健康診断結果は、労働者に通知しなければなりません。 通常は、事業者が医療機関に健康診断の申込みをする際に、労働安全衛生法に基づく健康診断であることを伝えれば、診断後に個人用の結果報告書と事業所用の健康診断個人票が送付されます。 (2) 所轄労働基準監督署長への健康診断結果報告義務 常時50人以上の労働者を使用する事業者は、定期健康診断の結果を、遅滞なく、所轄労働基準監督署長に提出しなければなりません。 (3) 医師又は歯科医師による意見聴取の義務 事業者は、健康診断の結果、診断項目に異常の所見があると診断された労働者について、その労働者の健康を保持するために必要な措置について健康診断実施日から3ヶ月以内に医師又は歯科医師(以下医師等という)の意見を聴かなければなりません。 また、聴取した医師等の意見を健康診断個人票に記載してもらわなければなりません。 聴取した医師等の意見を十分勘案し、必要があると認めるときは、その労働者の実情を考慮して、就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮等の適切な措置を講ずる必要があります。 医師等による意見聴取は、異常の所見があると診断された労働者に再検査を促すものではありません。あくまでも今後就業可能か否か等について医師等に意見を求めるものです。医師等による意見聴取については、産業医が選任されていない小規模事業所の場合は、地域産業保健センターが利用されています。 5 留意する点 事業者には規模・業種を問わず、労働安全衛生法第66条により、労働者の健康診断を実施する義務があります。その義務を怠った場合は、同法第120条により50万円以下の罰金が科されることがあります。 事業所に労働基準監督署の調査が入った場合、「健康診断を実施していなかった」、「実施はしているが異常の所見がある者に対して、医師による意見聴取がなされていなかった」ときは、必ず労働基準監督官による是正勧告の対象になります。 健康診断は、事業所に課せられた労働者の健康管理です。もし、健康診断を実施せず、その従業員に健康被害が生じた場合は、事業者が安全配慮義務違反に問われ、損害賠償を請求される可能性等があることも認識しておかなければなりません。 (了)