検索結果

詳細検索絞り込み

ジャンル

公開日

  • #
  • #

筆者

並び順

検索範囲

検索結果の表示

検索結果 10383 件 / 2921 ~ 2930 件目を表示

遺贈寄付の課税関係と実務上のポイント 【第2回】「遺贈寄付の課税の全体像」

遺贈寄付の課税関係と実務上のポイント 【第2回】 「遺贈寄付の課税の全体像」   税理士・中小企業診断士・行政書士 脇坂 誠也   遺贈寄付の税務を理解するために、まず、どのようなことが税務上問題になるのか、今回はその全体像を見ていきたい。   1 遺贈寄付が関係する税金 遺贈寄付に関係する税金というと、誰でも相続税のことを考える。しかし、遺贈寄付に関係する税金は、相続税だけではなく、所得税も関係してくる。なぜなら、遺贈寄付をした場合にも、通常の寄付と同様に、寄付金控除が受けられる可能性があるからだ。また、株式や不動産などの現物資産を遺贈寄付した場合には、みなし譲渡課税が課される可能性がある。遺贈寄付に関係する税金としては相続税と所得税がある(場合によっては住民税なども関係する)ということを押さえたい。   2 「遺言による寄付」と「相続財産の寄付」の違い 次に、遺贈寄付に関係するポイントとして、遺贈寄付には、大きく、「遺言による寄付」と相続人による「相続財産の寄付」があるが、このどちらに該当するかによって課税関係は大きく異なってくる、ということを理解する必要がある。 (1) 遺言による寄付 遺言による寄付とは、被相続人の方が、公正証書遺言や自筆証書遺言を遺され、その遺言の中で、非営利団体への寄付などが明記されており、その遺言通りに実行された場合である。遺言による寄付の場合には、寄付者は被相続人である。 遺言に基づく財産の提供の場合には、その財産は遺言の効力が生じたときから法人に帰属したものとみなす。そして、法人は、相続税の納税義務者にならない。したがって、遺言による寄付の場合には、原則として、その財産について相続人の相続税の課税問題が発生することはない。 また、寄付先が国や地方公共団体、特定の公益法人等である場合には、被相続人の準確定申告で寄付金控除を受けることができる。 (2) 相続財産の寄付 それに対して、相続財産の寄付とは、遺言はなく、相続人が非営利団体に寄付をする場合である。相続財産の寄付の中には、被相続人の方の遺志を汲んで行われることもあるし、あるいは、相続人が、相続をした財産から、日頃から支援している団体に寄付をするようなケースもある。いずれにしても、寄付をすることは、最終的には相続人の意思であり、この場合には、寄付者は相続人である。 相続財産の寄付は、その提供財産は、いったん被相続人から相続人に相続され、その後に相続人から法人に寄付されると考える。したがって、原則として相続人に相続税が発生する。しかし、相続又は遺贈により取得した財産を、国や地方公共団体、あるいは特定の公益法人等に相続税の申告期限までに寄付をした場合には、相続税が非課税になる。これが租税特別措置法70条の規定である。 また、寄付先が国や地方公共団体、特定の公益法人等である場合には、相続人の確定申告で寄付金控除を受けることができる。   3 現物寄付によるみなし譲渡課税 不動産や株式などの資産を遺贈寄付した場合で、これらの資産に含み益がある場合には、みなし譲渡課税の対象になることがある。みなし譲渡課税とは、無償又は著しく低い価額で資産を譲渡した場合に、時価で譲渡したとみなして課税するものであり、個人から法人への資産の譲渡は、みなし譲渡課税の対象になる。普段の実務ではなかなか出てこないが、遺贈寄付の場合においては、不動産や株式を遺贈寄付するケースもしばしばあり、その場合、みなし譲渡課税の対象になることがある。 ただし、これらの財産を公益法人等に寄付をした場合に、その寄付が一定の要件を満たすものとして国税庁長官の承認を受けたときは、所得税を非課税とする特例がある(租税特別措置法40条)。 また、寄付先が国や地方公共団体、特定の公益法人等である場合には、現物寄付であっても、寄付金控除の対象になる。したがって、このみなし譲渡所得分に寄付金控除が適用される場合もある。ただし、寄付金控除は、総所得金額等の40%が限度とされており、必ずしも寄付をした資産の全額が寄付金控除の対象になるわけではない。 含み益のある現物資産を遺贈寄付しようとする場合には、みなし譲渡課税にどのような対策を取っておくのか、ということが、税理士に求められるケースになることがある。 以上をまとめると、以下の通りである。 《遺贈寄付の課税の全体像》 (※1) 租税特別措置法70条の非課税規定あり。 (※2) 租税特別措置法40条の非課税規定あり。 *  *  * 次回から、「遺言により現預金の寄付をした場合」、「相続人が現預金の寄付をした場合」、「遺言により現物の寄付をした場合」、「相続人が現物の寄付をした場合」の順序で、詳しい内容を解説していきたい。 (了)

#No. 434(掲載号)
#脇坂 誠也
2021/09/02

法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例33】「業績悪化事由による賞与の減額と事前確定届出給与」

法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例33】 「業績悪化事由による賞与の減額と事前確定届出給与」   国際医療福祉大学大学院教授 税理士 安部 和彦   【Q】 私は、都内の下町において作業工具の製造及び販売を行う株式会社A(3月決算法人)において経理担当の課長を務めております。当社は創業以来50年以上、下町の町工場として地道に事業を継続してきましたが、その技術力はNASAや航空機メーカーから直接注文が来るくらい一流であると自負しております。そのためなのか、当社の業績にはかなりムラがあり、高度な工具の受注が多数入り売上が大幅に伸びる期もあれば、その反動で売上が落ち込み損失を計上する期もあります。 わが社においては、業績を左右するような大口の商談は、担当の役員が競って受注する状況であるため、業績に貢献した役員に対しては賞与で報いるという方針を採っております。その場合の賞与の支給形態ですが、ここ数年は前年実績に応じた事前確定届出給与によっております。 ところが、先日受けた税務調査で当該事前確定届出給与の損金性が問題となりました。A社の取締役のうちBとCに対して、前事業年度について事前確定届出給与としてそれぞれ夏季に300万円、冬季に500万円支払うものとして届け出ていましたが、夏季賞与については届出通り支払ったものの、冬季賞与については100万円に減額して支給していました。 冬季賞与について届出額から減額支給した理由は、コロナ禍の影響でA社の資金繰りが急速に悪化し、満額支払うことは極めて困難ということで、支給日直前の臨時株主総会及び取締役会で減額決議がなされたというものです。今回の減額支給は、会社法に定められた正当な手続きを経て行ったものであり、役員給与の支給で問題となりがちな「恣意的な」利益調整の側面は全くないものと考えられるため、夏季・冬季とも全額損金算入されるべきものと認識しております。 それに対し調査官は、届出通り支払っていない場合には、すべて事前確定届出給与に該当せず、減額した冬季のみならず、届出通り支払った夏季も全額損金不算入であると主張しております。調査官のこのような主張は、極めて理不尽ではないかと感じているのですが、果たして法人税法の解釈として正当といえるのでしょうか、教えてください。 〇 事前確定届出給与の届出内容(変更前)とその変更後の内容 【A】 本件のように、事前確定届出給与につき、取締役に対して届出通り賞与を支給していない場合であっても、業績悪化改定事由に該当するときには、変更の届出期限(改定事由が生じた日から1ヶ月以内)までに減額した金額を届け出ていれば、損金算入が認められます。 しかし、この業績悪化改定事由による減額に係る変更の届出を提出しておらず、また、その提出がなかったことについてやむを得ない事情がない場合には、届出の対象となったすべての賞与(夏季・冬季いずれも)につき損金不算入となるものと考えられます。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 役員給与の損金不算入 よく知られるように、平成18年度において抜本的な改正がなされた後の役員給与に関する法人税の取扱いの特徴は、役員給与は原則「損金不算入」となったということである。これは法人税法第34条第1項(役員給与の損金不算入(※1))の規定ぶりが、内国法人がその役員に対して支給する給与のうち次の3類型に該当しないものの額は、その内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入しない、となっていることがその根拠である(※2)。 (※1) 例えば、新日本法規編『実務税法六法(令和3年版)』の法人税法第34条のタイトルはこうなっている。 (※2) ちなみに、改正前の旧法人税法第34条第1項では、役員報酬のうち不相当に高額な部分の金額については損金の額に算入しないとなっており、原則は損金算入であるが、一定の報酬については例外的に損金不算入であるという規定ぶりであった。この規定ぶりは、別段の定めとして損金不算入を規定している他の規定(資産の評価損の損金不算入等(法法33)、寄附金の損金不算入(法法37)など)と平仄が合っており、改正後の役員給与の規定ぶりの特異性が際立っているといえる。   (2) 事前確定届出給与の損金算入 上記(1)①~③のうち、事前確定届出給与とは、その役員の職務につき所定の時期に確定額を支給する旨の「定め」に基づいて支給する給与(定期同額給与及び利益連動給与を除く)で、一定の届出期限までに所定の事項を記載した書類を納税地の所轄税務署長に届け出ることにより損金算入が認められる役員給与である(法法34①二)。 事前確定届出給与の届出期限であるが、以下のア~ウによりそれぞれ異なってくる。 ア 定時株主総会等の決議による場合 定時株主総会等の決議による場合、以下の①又は②のいずれか早い日となる(法令69④一)。 (※3) 法人の財産及び損益の計算の単位となる期間をいう(法法13①)。 イ 新設法人の場合 また、新設法人の場合は、その役員の設立の時に開始する職務につき、所定の時期に確定額を支給する旨の定めをしたときには、その設立の日以後2ヶ月を経過する日までとなる(法令69④一カッコ書)。 ウ 臨時改定事由の場合 さらに、臨時改定事由が生じた場合、次の①と②のいずれか遅い日までに、当該臨時改定事由に係る役員の職務について新たに「所定の時期に確定額を支給する旨の定め」に関する届出を行うことにより、事前確定届出給与として損金算入が認められる(法令69④二)。 ここでいう「臨時改定事由」とは、その役員の職制上の地位の変更、その役員の職務の内容の重大な変更その他これらに類するやむを得ない事情により改定されたもの(法令69①一イにいう「通常の改定」に該当するものを除く)をいう(法令69①一ロ)。   (3) 事前確定届出給与の届出内容の変更 事前確定届出給与に関し既に届出を行っている法人が、当該届出(直前届出)の内容を変更する場合で、それが以下の2つの事由によるときには、それぞれに掲げる日が届出の提出期限となり、その提出により損金算入が可能となる(法令69⑤)。 (※4) 業績悪化改定事由により変更の届出を提出するケースにおいては、通常減額改定を行うものと考えられるが、施行令でわざわざこのような条件を付す理由は、例えば、業績悪化により単に支給のタイミングを後ろにずらすというのは適用対象外であるということを意図してのものであろう。   (4) 事前確定届出給与の損金性について争われた事例 本件のように、事前確定届出給与の支給額につき、届出額と異なる金額を支給した場合の損金性について争われた事案(東京地裁平成24年10月9日判決・訟月59巻12号3182頁、TAINSコード:Z262-12060)があるので、以下で確認しておきたい。 ① 事案の概要 本件は、超硬工具の製造及び販売等を業とする内国法人である原告が、本件事業年度中にその代表取締役甲及び取締役乙に対して支給した役員給与のうち、冬季賞与は法人税法第34条第1項第2号の事前確定届出給与に該当し、その額は原告の本件事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入されるとして、本件事業年度の法人税の確定申告をしたところ、川崎北税務署長(処分行政庁)から、平成22年6月29日付けで、上記冬季賞与は事前確定届出給与に該当せず、その額は原告の本件事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入されないという理由により、法人税の更正及び過少申告加算税の賦課決定処分を受けた。そこで原告は、本件更正等は法人税法第34条第1項第2号の事前確定届出給与に係る該当性の判断を誤った違法な処分であると主張し、処分行政庁(国)を被告として、本件更正のうち上記申告に係る欠損金額等を下回る部分及び本件賦課決定の各取消しを求めた事案である。 原告は、平成20年11月26日に開催された本件事業年度の直前の事業年度(平成19年10月1日から平成20年9月30日までの事業年度)の定時株主総会において、甲及び乙に対して支給する役員給与を年間合計8,000万円の範囲内と定め、それぞれに対する支給額は取締役会に一任することを決議し、同年11月26日に開催された取締役会において、甲及び乙に対して支給する月額報酬を甲につき各月180万円、乙につき各月140万円と定めるとともに、甲及び乙に対して支給する冬季及び夏季の賞与を甲につき各季500万円、乙につき各季200万円(支給時期は冬季につき同年12月11日、夏季につき平成21年7月10日)と定めた。 原告は、平成20年12月1日及び同月9日、冬季賞与として、甲に対し500万円、乙に対し200万円をそれぞれ支給した。また原告は、平成21年7月6日に開催された臨時株主総会において、本件事業年度の厳しい経済状況による業績の悪化を理由に、前年11月の取締役会決議により定めた役員給与のうち夏季賞与の額を甲につき250万円、乙につき100万円にそれぞれ減額することを決議し、同月15日、夏季賞与として、甲に対し250万円、乙に対し100万円をそれぞれ支給した。 なお、原告は、川崎北税務署長に対し、本件夏季賞与の上記減額について、法人税法施行令第69条第3項の変更届出期限までに事前確定届出給与に関する変更届出をしていなかった。 ② 事案の争点 本件冬季賞与は、法人税法第34条第1項第2号の事前確定届出給与に該当せず、その額は原告の本件事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入されないのか否か。 ③ 裁判所の判断 なお、本裁判例の控訴審(東京高裁平成25年3月14日判決・訟月59巻12号3217頁、TAINSコード:Z263-12165)で、裁判所は、「変更届出期限を遵守できなかった場合の例外措置に関する「やむを得ない事情」とは、控訴人側の個別的なあらゆる事情がこれに含まれるものではなく、納税者の何びとにおいても期限内に変更届出をすることができない場合、すなわち天変地異その他客観的にみて期限を遵守し得なかったことをその責に帰すことができない事情をいうことは明らかであるから」とし、納税者側の届出書を提出できなかったことにつき「やむを得ない事情」があったとの主張を斥けて、納税者敗訴で確定している。 ④ 本裁判例からいえること 本裁判例は、本件と同様に、取締役に対して事前確定届出給与の支給を行う予定であったが、企業業績の悪化のためそのうち1回につき届出金額よりも少ない金額しか支給しなかった場合において、届出通り支給しなかった賞与のみならず、届出通り支給した賞与についても損金不算入となるのかどうかが争われた事案である。これが「臨時改定事由」又は「業績悪化改定事由」に該当する場合において、最も確実な方法は、前述(3)で触れたとおり、法人税法施行令第69条第5項の「事前確定届出給与に関する変更届出書」を提出するというものであり、そうすれば当初の届出(直前届出)通り支給した賞与はもちろんのこと、減額変更した賞与についても全額損金算入が可能となる。しかし、本裁判例も本件のいずれも、当該「事前確定届出給与に関する変更届出書」の提出を失念しており、その意味で納税者側の落ち度は大きいと言わざるを得ないであろう。 しかし一方で、法令解釈上、減額改定につき、「事前の定めに係る確定額を高額に定めていわば枠取りを」するといった手法を採っているわけではなく、「租税回避の意図がない場合」には、仮に当該「事前確定届出給与に関する変更届出書」の提出を失念している場合であっても、損金算入を認める余地はあるものとも考えられる(※5)。 (※5) 渡辺充「事前確定届出給与」、中里他編『租税判例百選(第7版)』(有斐閣・2021年)119頁参照。 ところで、当該変更届出書の提出がない場合、「一の職務執行期間中に複数回にわたる支給がされた場合に、当該役員給与の支給が所轄税務署長に届出がされた事前の定めのとおりにされたか否かは、特別の事情がない限り、個々の支給ごとに判定すべきものではなく、当該職務執行期間の全期間を一個の単位として判定すべきもの」であるから、一回でも届出通り支給されていない場合には、増額はもちろんのこと、減額の場合も、届出対象の全賞与の支給につき損金不算入となる。 この点については、国税庁は法人税基本通達9-2-14の解説(質疑応答事例「定めどおりに支給されたかどうかの判定(事前確定届出給与)」)で、「3月決算法人がX年6月26日からX+1年6月25日までを職務執行期間とする役員に対し、X年12月及びX+1年6月にそれぞれ200万円の給与を支給することを定め、所轄税務署長に届け出た場合において、当該事業年度中の支給であるX年12月支給分は定めどおりに支給したものの、翌事業年度となるX+1年6月支給分のみ定めどおりに支給しなかった場合は、その支給しなかったことにより直前の事業年度の課税所得に影響を与えるものではないことから、翌事業年度に支給した給与の額のみについて損金不算入と取り扱っても差し支えない(※6)」とし、届出通り支給しなかった場合であっても個別の支給額に損金算入を検討する余地があるとする解釈を示している。しかし、そもそも法令に明確な定めがなく理論的ともいえないこのような取扱いを通達の「解説書(※7)」で示すことについては、租税法律主義の建前から言っても問題があるといえないであろうか(※8)。 (※6) 髙橋正朗編著『法人税基本通達逐条解説(十訂版)』(税務研究会出版局・令和3年)890頁参照。 (※7) 国税庁「役員給与に関する質疑応答事例(平成18年12月)」(問7)にも同様の記述がある。 (※8) 渡辺徹也「法人税法34条1項2号にいう事前確定届出給与該当性の可否」『ジュリスト』2015年5月号130頁もその旨厳しく指摘している。 なお、仮に「事前確定届出給与に関する変更届出書」の提出がない場合であっても、その提出がないこと(もしくは提出期限後に提出したこと)にやむを得ない事情がある場合には、本来の変更届出書の提出期限までに提出があったものとして扱うことができることとされている(法令69⑦)。この場合の「やむを得ない事情」とは、控訴審で裁判所が判示するように、「納税者の何びとにおいても期限内に変更届出をすることができない場合、すなわち天変地異その他客観的にみて期限を遵守し得なかったことをその責に帰すことができない事情をいう」のであるから、その適用は極めて限定的といえよう。   (5) 本件へのあてはめ 本件のように、事前確定届出給与につき、取締役に対して届出通り賞与を支給していない場合であっても、業績悪化改定事由に該当するときには、変更の届出期限(改定事由が生じた日から1ヶ月以内)までに減額した金額を届け出ていれば、損金算入が認められる。 しかし、納税者がこの業績悪化改定事由による減額に係る変更の届出を提出しておらず、また、その提出がなかったことについて災害等のやむを得ない事情がない場合には、届出の対象となったすべての賞与(夏季・冬季いずれも)につき損金不算入となるものと考えられる。 (了)

#No. 434(掲載号)
#安部 和彦
2021/09/02

〈判例・裁決例からみた〉国際税務Q&A 【第10回】「非居住者である個人株主からの借入れに対して過少資本税制が適用されるか否かの判断」

〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第10回】 「非居住者である個人株主からの借入れに対して過少資本税制が適用されるか否かの判断」   公認会計士・税理士 霞 晴久   〔Q〕 非居住者である個人株主からの借入れに対し過少資本税制は適用されますか。 〔A〕 当該個人株主が国外支配株主等に該当し、同株主に利子を支払う内国法人の負債資本比率が一定割合を超える場合、同割合を超える部分に対応する支払利子の損金算入が制限されます。 ●●●〔解説〕●●● 1 過少資本税制の立法趣旨 (1) 制度導入の経緯 法人税の所得計算において、支払利息は原則として全額損金算入されるのに対し、支払配当は利益処分に該当し、損金不算入とされている。すなわち、企業の資金調達の局面では、借入金が税務上有利な取扱いになるということで、我が国では、資金調達に関し伝統的に借入金に依存する傾向が強かった。 また、このような税制上の不均衡は、国際間の資金調達においても問題視されており、過少資本(Thin Capitalization)」として、各国で対抗策が導入されてきた。我が国においても、対内投資において、国際的租税回避に利用される恐れがあることから、平成4年度の税制改正で過少資本税制として制度化された。 (2) 我が国の過少資本税制の概要 内国法人が国外支配株主等又は資金提供者等に負債の利子を支払う場合、その事業年度の国外支配株主等及び資金提供者等に対する負債にかかる平均負債残高が、国外支配株主等の当該内国法人に対する資本持分の3倍に相当する金額を超えるときは、その事業年度において国外支配株主等及び資金提供者等に支払う負債の利子の額のうち、その超える部分に対応する金額は損金の額に算入できない。ただし、その事業年度の総負債に係る平均負債残高が、内国法人の自己資本の額の3倍に相当する金額以下であればこの制度の適用はない(措法66の5①)。 ここでいう国外支配株主等とは、非居住者又は外国法人(以下「非居住者等」という)で、内国法人との間に、次の特殊の関係にある者をいう(措法66の5⑤一)。 以上から、我が国の過少資本税制が適用されるか否かは、まず、非居住者等が、措置法にいう国外支配株主等に該当するかどうかが問われることになる。以下では、借入れの実行時には居住者であった個人からの借入れについて、国外支配株主等該当性が問題となった事例について検討する。   2 過去の裁判例 平成4年に導入された過少資本税制に関する争訟はこれまでに例がなく、以下の事例はその課税処分の是非が法廷で争われた初めての事案である。 《東京地裁令和2年9月3日判決》(※1) (※1) 平成30年(行ウ)第171号(TAINSコード:Z888-2355)。 (1) 事案の概要とその背景 有価証券の保有・投資等及び財務のコンサルティング等を事業の目的とする内国法人X(原告)は、平成23年6月30日から同年7月4日までの間に、M(個人)から年利14.5%で合計164億円を借り入れ(本件借入れ)、これに対する支払利子(本件支払利子)の額を損金の額に算入して平成23年11月期及び同24年11月期の法人税の確定申告をし、さらに、上記を前提に、平成25年11月期について、繰越欠損金額を損金の額に算入して所得零円として確定申告した。 これに対し、処分行政庁は、Mがシンガポールに住所地を移転した平成23年7月5日以降非居住者となり、Xがその事業活動に必要とされる資金の相当部分を非居住者であるMからの借入れによって調達していることから、MはXの事業の方針の全部又は一部につき実質的に決定できる関係にあるものとして「国外支配株主等」に該当すると認定し、過少資本税制に係る法令の規定が適用され、上記支払利子の一部(合計約14億6,250万円)について損金の額に算入することができないとして、法人税の更正処分等を行った。 Xは、かかる更正処分等に対し、Mは「国外支配株主等」に該当せず、各処分は違法であると主張して、同処分の取消しを求めた。 Mは、著名なアクティビストで、Mファンドの主宰者であり、同ファンドの顧問税理士A、顧問弁護士N及び社員KらがXの取締役(AとKは一時期代表取締役)を務めていた。 (2) 裁判所の判断 ① 借入れの実行時に貸主が非居住者であることを要するか 東京地裁は、MがXの「国外支配株主等」に該当するかについて、まず、本件支払利子が、Mが非居住者となった平成23年7月5日から借入金完済の平成24年3月7日までの期間に対応するものであることから、かかる利子の支払は、「非居住者等からの借入れ」と認定した。Xは、本件借入れが実行された時点においてMは非居住者ではなかったから、本件借入れは「非居住者等からの借入れ」に当たらないと主張していたが、東京地裁は、「借入れ(貸付け)の実行時とは、貸主と借主との消費貸借関係という継続的な契約関係の始点であり、その関係は借入金が完済されるまで存続し、借入れの利子も、かかる消費貸借関係が存続する間、継続的に発生するものである」と判示した。 また、東京地裁は、「措置法66条の5は、内国法人が非居住者である国外支配株主等から過大な貸付けを受けることによる租税回避を防止する趣旨で、国外支配株主等に対する支払利子の一部について損金算入を認めない旨を定めているところ、貸付け後に貸主が住所地を日本国外に移転した場合に同条の規定が適用されないこととなれば、上記趣旨が容易に潜脱されることとなってしまう」と判示し、Xの主張を排斥した。 ② 事業方針決定関係の判断基準 次に東京地裁は、事業方針決定関係があるか否かの認定判断に当たっては、取引、資金調達及び人事上のつながりを含め、当該事案において事業方針決定関係の発生に影響を及ぼすと考えられる諸般の事情を総合して認定判断を行うのが相当であるとして、MとXの事業方針決定関係の有無について検討した。 その結果、東京地裁は、Xが、本件借入れに係る借入金を原資として、別会社からの借入金の返済をしたほか、不動産会社の出資持分の購入代金に充てていることから、本件借入れは原告の事業資金を調達するものであり、また、本件借入期間中の各月末時点における原告の総資産額に占める本件借入れの額の割合は、約60%~75%であったことから、Xは、本件借入期間において、事業活動に必要とされる資金の相当部分をMからの本件借入れにより調達していたものと認定した。さらに、本件借入れに係る基本契約であるコミットメントライン契約において、XがMから借り入れる資金の使途についてMの事前の承認を得なければならないものとする事前承認条項が定められていたことから、同条項に基づき、Mが本件借入れに係る借入金の使途の事前承認を通じて原告の事業の方針につき実質的に決定することは十分に可能な状態であったと認定した。 また、Mは、Mファンドの関係者であるAらとの人的なつながりを通じて、Xに対する影響力を依然として有していたものであるところ、Xが得る利益についての税負担の軽減を図るための一連の措置(※2)は、いずれもMの主導により行われたものであって、そのほかXの投資事業及び株式取引事業の運営や、Xの役員人事等の重要事項の決定についてもMが重要な影響力を行使していたものと認められるから、本件借入れがXの事業資金の調達において極めて大きな比重を占めること等をも併せ考慮すると、MはXの事業の方針の全部又は一部につき実質的に決定できる関係(事業方針決定関係)を有していたと認定し、以上から、本件支払利子については措置法66条の5第1項の規定が適用され、所定の金額を超える部分について損金の額に算入することができないため、処分行政庁がした各処分は適法であると判示した。 (※2) 本件借入れによる既存の借入れの返済や不動産会社の出資持分の取得及びその後の同持分の売却等を指す。 (3) その後の展開 本件は、Xにより控訴されたが、東京高裁は、令和3年7月7日、X敗訴の判断を下した。 Xは、控訴審でも「借入れの時点においてMは非居住者ではなかったから『非居住者等からの借入れ』には該当しない」として、ホステス報酬事案最高裁判決(※3)を引用し、字義通りに解すべきと強く主張したが、東京高裁は、措置法66条の5第1項の規定から、「国外支配株主等に該当するか否かは、利子等の支払時を基準として決定される」と判示し、地裁判決よりさらに踏み込んだ解釈を示した(※4)。 (※3) 最高裁三小平成22年3月2日判決・平成19年(行ヒ)第105号(TAINSコード:Z260-11390)。 (※4) T&Amaster No.891(2021.7.19)40頁。 (了)

#No. 434(掲載号)
#霞 晴久
2021/09/02

居住用財産の譲渡損失特例[一問一答] 【第44回】「買換家屋が店舗併用住宅の場合」-買換家屋の床面積要件の判定-

居住用財産の譲渡損失特例[一問一答] 【第44回】 「買換家屋が店舗併用住宅の場合」 -買換家屋の床面積要件の判定-   税理士 大久保 昭佳   Q Xは、居住用の家屋とその土地を売却しましたが、多額の譲渡損失が出てしまい、新居購入にあたっては、銀行で住宅ローンを組み、店舗兼住宅(居住専用部分44㎡、併用部分20㎡、店舗専用部分36㎡)とその土地を購入しました。 買換家屋の居住の用に供する床面積(50㎡以上)に係る要件以外の適用要件が具備されている場合に、Xは「居住用財産買換の譲渡損失特例(措法41の5)」を受けることができるでしょうか。 A 買換家屋の居住の用に供する部分の面積が50㎡以上であることから、Xは、「居住用財産買換の譲渡損失特例」を受けることができます。 ●○●○解説○●○● 「居住用財産買換の譲渡損失特例」に係る買換家屋については、一棟の家屋の床面積のうちその個人が居住の用に供する床面積が50㎡以上であるものと規定されています(措令26の7⑤一)。 そして、買換家屋が店舗兼住宅等である場合には、措通31の3-7(店舗兼住宅等の居住部分の判定)に準じて計算した居住の用に供する部分の面積により判定するとされています(措通41の5-14(買換家屋の床面積要件の判定)(3))。 本事例において、買換家屋の利用状況を上記の算式に当てはめると、居住用に該当する部分の面積は、次のとおりとなります。 したがって、Xが居住の用に供する床面積が50㎡以上であることから、「居住用財産買換の譲渡損失特例」に係る買換家屋の床面積要件を満たすこととなります。 (了)

#No. 434(掲載号)
#大久保 昭佳
2021/09/02

〈Q&A〉印紙税の取扱いをめぐる事例解説 【第91回】「ソフトウェア使用許諾契約書」

〈Q&A〉 印紙税の取扱いをめぐる事例解説 【第91回】 「ソフトウェア使用許諾契約書」   税理士・行政書士・AFP 山端 美德   当社はソフトウェア開発会社です。当社所有のソフトウェアを使用することを許諾するにあたり、下記の「ソフトウェア使用許諾契約書」を取り交わすことを予定していますが、印紙税の取扱いはどうなりますか。 不課税文書に該当する。 [検討] ソフトウェアに係る著作権は、著作権法の第10条第9号において「著作物の例示」で「プログラムの著作物」として保護されている。また、著作権者には著作物の複製などの行為について、独占権が認められている。 したがって、ソフトウェアを使用する際には、著作権を有する者から使用許諾を受ける必要がある。事例の場合も、ソフトウェアに関する著作権は甲に帰属したままであり、著作権の譲渡を約するものではない。   ▷まとめ ソフトウェアの使用許諾契約は、著作権といった無体財産権の使用が許諾されるものであり、「譲渡」には該当しない。 このことから第1号の1文書には該当せず、ほかの課税文書にも該当しないことから不課税文書となる。   (了)

#No. 434(掲載号)
#山端 美德
2021/09/02

〔中小企業のM&Aの成否を決める〕対象企業の見方・見られ方 【第18回】「M&AのためのB/SとP/Lの基本姿勢~P/L編~」

〔中小企業のM&Aの成否を決める〕 対象企業の見方・見られ方 【第18回】 「M&AのためのB/SとP/Lの基本姿勢~P/L編~」   公認会計士・税理士 荻窪 輝明   《今回の対象者別ポイント》 買い手企業 ⇒M&Aの売り手探しに際して有用な財務面の見方のヒントを得る。 売り手企業 ⇒M&Aに備えて財務面のどこに着目するかを知る。 支援機関(第三者) ⇒売り手の財務面の見方のポイントを知りM&Aの助言や支援に活かす。 その他の対象者 ⇒売り手に対する視点を通じて対象企業の見方・見られ方のポイントをつかむ。   1 売り手の決算書はM&A情報の宝 中小企業のM&Aにおいて、買い手が売り手候補先の現状を探る情報源として決算書の入手や活用をまったくしないでM&Aを進めることは決してありません。それだけ売り手の決算書から得られる情報は買い手にとって有用なわけですが、一方で、決算書から得られる情報をどれだけ効果的に活用できているかといえば、すなわち、使いこなせているかどうかという点においては、買い手側の経営者や担当者の知見、経験値などに依存します。 これはつまり、売り手の決算書として与えられる情報は同じでも、その情報を活かせるかどうかは、買い手の腕によって大きく異なるということです。 しかも、中小企業のM&Aでは、多くの場合、買い手も売り手もM&Aの経験値が少なく、いわゆる大企業と比べると人材が相対的に不足気味ですので、決算書の内容を深読みできる能力に長けている人材が必ずしも社内にいるとは限りません。ならば、買い手は売り手の決算書を軽視していいかというと、それではいけません。M&Aは、売り手の決算書とともに歩むための決断を含むのですから、少なくとも決算書から読み取れる売り手の特徴、優位性、リスクを知って臨むのが吉というものです。 そこで今回から、売り手の決算書から読み取れる情報について、まずはB/SやP/Lといった財務諸表そのものに着目して売り手を見る際のポイントを紹介します。   2 M&AのためのB/SとP/Lの基本姿勢 中小企業の決算書では、キャッシュ・フロー計算書を作成するケースは稀でしょうから、財務3表といわれる貸借対照表(B/S)、損益計算書(P/L)、キャッシュ・フロー計算書(C/F、C/S)のうち、B/SとP/Lを自ずと意識しながら売り手は決算書の作成をし、買い手はM&Aに際して主にB/SとP/Lに記録された内容から売り手の情報を得るはずです。 あくまで一般的に、ではありますが、売り手がM&Aに備えるために、B/SとP/L全体の基本姿勢として好ましいこと、好ましくないことはあります。 今回はまず、経営者が毎期において意識しているP/Lから見ていきましょう。次の(1)から(5)は中小企業のM&Aに備える経営者として好ましい(あるいは好ましくない)基本姿勢の例です。 それでは、それぞれの項目について、なぜ好ましいか、好ましくないかを解説します。 (1) 節税を意識していて、P/Lの当期純利益はトントンや赤字の期が多い ➡ 好ましくない 中小企業経営において、よく見かける決算書のパターンです。しかし、M&Aにおいては、このような意識のもとで作成された決算書は好ましくありません。 買い手からすれば、M&Aによる統合後の会社の成長を期待しますので、売り手の決算書から利益が生まれないビジネスと判断すれば最初からパートナー候補として相手にしません。 売り手にとっては、中小企業M&Aの手法でよく採用される株式譲渡などに際して、譲渡価額が安くなる原因を自ら作ってしまっている点でも、もったいない考え方です。 (2) 売上高は日頃から意識しているが、利益金額はさほど意識していない ➡ 好ましくない 経営する上で売上高という収益規模の程度を表す数値はとても大事ですし否定するつもりはありません。しかし、経営効率性という点から考えると、少ない労力でたくさんの利益を生み出すビジネスが好まれますし、M&Aにおいても“効率よく稼ぐ”売り手は好感のもてるポイントの1つです。 買い手が売り手の売上規模を欲しがってM&Aに臨む場合は、利益金額いかんでさほど成約に影響しない場合もありますが、多くのケースでは、売上高よりも利益金額、利益率を気にされます。「いくら稼ぐか」も大事ですが、「いくら残せるか」も大事です。 (3) 売上高利益率(対売上総利益(粗利)、対営業利益、対経常利益など)を即答できる ➡ 好ましい 即答できないのであれば、(2)と同様に経営への意識が利益よりも売上高に向いている可能性を思わせる項目の1つです。1つ1つの商品・サービスのような小さい単位でも、会社全体といった大きい単位でも、経営上はパフォーマンス(かけたコストに対する見返りの割合)の良し悪しが非常に重要です。採算性の有無や高低はM&Aで買い手が気にしますので、収益面、コスト面、利益面のバランスを欠いた経営にならないように留意します。 (4) コスト(とくに売上原価、販売費及び一般管理費)を下げれば利益を生み出せると考えている ➡ 好ましくない P/Lの構造上は確かに「収益-費用=利益」なので、費用、いわゆるコストを下げれば利益は残るはずです。しかし、コストダウンのしわ寄せとして、たとえば、人件費の削減にしても、経費や設備投資の削減にしても、今後収益を生み出す機会の喪失を招く可能性が高まります。 結局は、コストを下げれば利益が生まれるのは一時的で、M&Aで期待される統合後の企業価値の向上や成長に必要な売り手の魅力はコストダウンとともに下がります。かけるコストを上回る収益(売上高)力をいかに身につけるか、収益性(利益率など)をいかに高めるかを優先する方が、売り手の魅力がぐんと上がります。 この意味で、無駄を省く、費用対効果の悪い事業を見直す、などの採算性を意識したコストダウン程度なら効果は高いともいえます。 (5) 最終利益(当期純利益)が同じなら、コスト(売上原価、販売費及び一般管理費、営業外費用など)は、どの段階損益(営業利益、経常利益など)に計上しても構わない ➡ 好ましくない 税務を意識した申告書や決算書作成では、仕訳(会計処理)の段階からP/Lの各段階損益をあまり意識しないままに計上している場合があります。しかし、当然ながら段階損益には意味があるからこそ、それぞれの段階があり、M&Aにおいても、どの段階損益であっても無視はできません。 商品・サービス、本業、金融収支、例外取引、税金といった性質の異なる取引や実態に合わせて適切に区分された段階損益の金額をもって、買い手に対して売り手の実力を説明できるのはもちろん大切です。なかでも売上原価と販売費及び一般管理費の計上区分の違いは、メーカーなどでは在庫を経由するため期末時点の利益金額や利益率にも影響を及ぼしますので、これがいい加減だとすべてが狂ってしまい、買い手の心証を害する恐れがあります。 *  *  * 決算書1つが、M&Aにおいては買い手・売り手の判断と相手の見方に大きく影響します。今回はP/Lという区切られた期間をテーマにしましたが、次回のテーマとして予定する、過去の期間の蓄積情報として記録されるB/Sは、最近時点の時価の把握を重視するM&Aの世界では、より重要性の高い財務諸表といえます。 次回のテーマと合わせて、M&Aを意識したB/SとP/Lの基本姿勢のあり方を考え、経営への取り組み方まで見直す機会にしてはいかがでしょうか。 (了)

#No. 434(掲載号)
#荻窪 輝明
2021/09/02

対面が難しい時代の相続実務 【第5回】「想定される場面(その3)」-遺産分割協議における対応-

対面が難しい時代の相続実務 【第5回】 「想定される場面(その3)」 -遺産分割協議における対応-   クレド法律事務所 弁護士 栗田 祐太郎   今回は、遺言書が残されておらず、遺産分割協議を行う必要がある場面におけるオンライン利用を取り上げる。 【想定される場面(その3) 遺産分割協議における対応】   1 遺産分割協議をオンラインで行う場合の留意点 (1) キーパーソンから情報を入手し把握することが重要 遺言書がなく、法定相続人全員での遺産分割協議を行う必要がある場合、士業の関与としては、相続人の一部とやり取りをし、後方支援的な形で遺産分割協議をバックアップする形が多いと思われる。 この場合、まず重要なことは、相談を受けているキーパーソン(大半は相続人自身であるが、その配偶者や親族であることも多い)から、法定相続人(親族関係)の概要、遺産の規模・内容、特別受益等の争点の有無といった基本的情報に加え、各当事者がどのような意向を示しているかについてよく聴取し、「どの部分に争いがあり、どの部分は争いがないのか」を十分に把握することが重要である。 その上で、異論を示している当事者に対する説明方法や譲歩するライン等につき、相談者と打ち合わせしながら検討していくことになる。 以上については、オンライン利用の有無に関わらず、重要となる部分である。 (2) オンライン協議の必要性とその方法を検討する このとき、相続人の一部が遠方に居住している等といった事情から、Zoom等のオンラインツールを利用して協議を進めるケースも生じてくる。 このような場合、完全オンラインだけでなく「ハイブリット方式」も検討したほうがよいときがあることや、オンライン協議でのコミュニケーションを充実させるための各種工夫などにつき【第4回】にて説明したので、ご参照いただきたい。   2 “話し合い解決の限界”の見極めと調停手続の利用 遺産分割協議が、多少難航しながらも、徐々に解決に向けて進んでいくようであればそれでよい。 問題は、一部の当事者が感情的になって自分の主張に強くこだわり、まったく譲歩する姿勢を見せないというケースである。 このように平行線のまま協議がまったく進まない状況にあっても、当事者からは、「それでも、なるべく調停や裁判の手続は取りたくない。できる限り、当事者間の話し合いをもって解決したい」との要望が寄せられることも非常に多い。 特にオンラインを利用した協議の場合、物理的な移動の必要がないため、慣れてくればオンラインでの協議の機会を設け、話し合いを続けていくことはある意味簡単である。そのため、余計にこのような要望が出てくる可能性は高い。 しかし、筆者の経験からすれば、当事者による話し合いでは平行線のまま協議が進まない場合には、話し合いは早々に打ち切り、裁判所の調停手続を利用することを検討したほうがかえって解決が早いというのが率直な感想である。 次回に紹介するように、裁判所の調停手続ではまだオンラインの利用はほとんど進んでいない。そうは言っても、公平中立的な第三者が遺産分割協議に参加し、舵取りをしながら協議を進めていってくれるメリットは非常に大きい。 したがって、関係当事者が遠隔地にいるような事案であり、オンラインを利用した協議が簡便と考えられるケースにおいても、当事者のみでの話し合いが難しいと感じられる場合は、早々に遺産分割調停を申し立てることを勧めたい。   3 オンライン上における「本人確認」をどうするか (1) 「なりすまし」の可能性はないか さて、遺産分割協議にオンラインを取り入れる場合に考えておかなければならないのは、参加する当事者の「本人確認」をどうするかという問題である。 遺産分割協議において、当事者になりすました「別人」が参加し、話し合いがまとまった際には遺産分割協議書に本人名義で署名捺印してしまうという恐れが、理屈上はあり得る。 ただ、遺産分割協議の場面においては、協議に加わる当事者が基本的には「親族・親戚」にあたるため、大なり小なりお互いに面識がある場合がほとんどであろう。したがって、「なりすまし」により、本人以外のまったくの別人が協議に参加してくるといった事態は、通常まず考えにくい。 しかしながら、設問のように、被相続人と家庭外の女性との間でできた子が当事者として参加してくるケースも考えられるところ、これまでに他の当事者の誰とも面識がない者が協議に登場してくるケースというのも十分あり得る話なのである。 (2) スムーズな「本人確認」の方法は? それでは、具体的にどのような形で本人確認を行うのがよいだろうか。まず一番簡便で、相手方に要求しても角が立ちにくいのは、協議の初回に、運転免許証やパスポートの提示を求める方法だろう。これらのコピーまで取得できればベストではあるが、個人情報にあたるため難色を示される場合も多いと思われる。本人確認という目的のためには、これらの提示を受けてその場で確認できれば、まずは十分であろう。 一般的には、生年の干支を聞く等の方法もあるが、質問の仕方・切り出し方によっては、相手方の感情を害する恐れもあり、注意が必要と思われる。 なお、運転免許証等の提示を求める際には、「これまで面識がまったくなく、今回、初めてお会いすることになったので申し訳ないが・・・」と趣旨を丁重に説明すれば、応じてくれることが大半と思われる。 それでも、相手方が頑なに本人確認への協力を拒む場合は、はじめから家庭裁判所に対して遺産分割調停の申立てをし、当事者ではなく裁判所が主体となって本人確認をしてもらうということも1つの方法と思われる。本人確認という“入口”の時点で既にぎくしゃくしているというならば、残念ながら遺産分割協議そのものの話し合いが円滑に進むこともあまり期待できないからである。 そして、協議の結果、一定の内容で合意が成立した場合には、遺産分割協議書を作成することになる。この際には、参加当事者の全員に、できる限り、実印での押印を求め、印鑑登録証明書原本の添付を求めるべきである(遺産分割協議書に、署名した相続人全員の印鑑登録証明書のコピーを添付しておけばよい)。 実印での押印、そして本人の印鑑登録証明書まで取得できているということは、なりすましの危険はほぼ回避できるし、後日に万一、なりすましをされた本人が遺産分割協議書の有効性を争って民事訴訟を申し立てた場合にも、他の相続人の立場では自己に有利な証拠として提出することができる。 以上のあたりが、本人確認に関する現実的な対応だと思われる。 (了)

#No. 434(掲載号)
#栗田 祐太郎
2021/09/02

〈小説〉『所得課税第三部門にて。』 【第48話】「金融所得課税の一体化」

〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第48話】 「金融所得課税の一体化」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一   「そうか・・・金融所得課税の一体化か・・・」 中尾統括官は、金融庁の「金融所得課税の一体化」(金融所得課税の一体化に関する研究会)と題する資料を見ている。 金融所得課税の一体化の「現状と問題点」について、次のように述べられている。 「デリバティブ取引・・・か」 中尾統括官が腕を組んで、思案顔になっていると、昼食を終えた浅田調査官が爪楊枝を加えて、やって来る。 「何をしているのですか?」 浅田調査官は、机の上に広げられた書類を覗きながら、尋ねる。 「金融庁が公表した・・・金融所得課税の資料だよ。」 中尾統括官はぶっきらぼうに答える。 「・・・確か尾統括官は・・・昔から株の売買をしているのですよね。」 浅田調査官は、ニヤニヤしながら言う。 「別に・・・税務職員が株の売買をしていけないという法律はないだろう。」 中尾統括官は、少しムキになって答える。 「署内の噂ですけど、中尾統括官は、かなりのキャピタルゲインを得ているとか・・・」 浅田調査官は、中尾統括官の顔を見ながら、愉しんでいる。 「・・・そんなことはない。」 中尾統括官は、ハッキリと言う。 「ところで君は・・・デリバティブ取引について知っている?」 中尾統括官が浅田調査官に尋ねる。 「ああ・・・デリバティブ・・・ですか・・・」 浅田調査官は、頸を傾ける。 「この金融庁の資料によると、市場デリバティブ取引の規模は562兆円で、店頭デリバティブ取引は、6,760兆円もあるらしい・・・」 そう言いながら、中尾統括官は、円グラフのある資料を見せる。 「デリバティブ取引は、日本では大阪取引所が行っているが、世界の取引高ランキングでは17位となっている。」 中尾統括官は、資料を見せながら説明を続ける。 「金融庁はこのデリバティブ取引について、投資家の環境整備のため、他の金融商品と損益通算ができるようにしようと考えているようだ・・・しかし、デリバティブ取引に損益通算を認めると・・・租税回避が行われる可能性があるという・・・」 中尾統括官は、机の上の罫紙を取り出し、金融庁の資料をもとに表を書いて浅田調査官に見せる。 (※) 太枠内は本稿公開日現在、損益通算が認められている。 (注) 金融庁(金融所得課税の一体化に関する研究会)「金融所得課税の一体化(2021.5.10)」p8より筆者一部変更。 「・・・平成25年度税制改正で、金融所得課税の一体化を図るため、平成28年以降、公社債や公社債投資信託等の受益権について、その譲渡所得等を課税対象とした上で、損益通算等の対象になった・・・さらにこの改正に伴って、株式等に係る譲渡所得等の分離課税制度を、上場株式等に係るものと非上場株式等に係るものに区分して、それぞれの区分の中でのみ譲渡損益の通算ができることになったし・・・公社債についても、『特定公社債等』と『一般公社債等』に区分され、次のようにグループ化された・・・」 そう言うと、中尾統括官は、さらに図を描き始める。 「これって・・・租税回避行為を防止するための規定ですよね・・・」 浅田調査官は、図を見ながら言う。 「そうだ。法律を改正するとき、立法者は必ず、その改正に伴って生じる租税回避行為について、防御することを考えるから・・・仕方がない・・・ところで、デリバティブ取引だけど、これも他の金融商品との損益通算を認めると、租税回避行為に利用されるという。」 中尾統括官は、デリバティブ取引の「買い」と「売り」を両建てした租税回避行為の具体的な例(ストラドル(Straddle)取引)の図を見せる。 (注) 金融庁(金融所得課税の一体化に関する研究会)「金融所得課税の一体化(2021.5.10)」p27より。 「これによって、株式譲渡益が多額に発生した年の年末に、両建てのうち損失のあった方だけを売却して損失を実現させ、他の株式譲渡益と損益通算をする・・・もっとも、米国では、簡便な租税回避防止策として、含み益(未実現利益)に対して時価評価で課税するという法律(IRC1256)もあるが・・・もし、日本でもデリバティブ取引にこのような損益通算を認めるならば、何らかの租税回避防止策が必要だろう・・・」 中尾統括官は、机の上に散らばっている資料を整理しながら言う。 「もっとも、私なんかは、こんなデリバティブ取引の改正よりも、平成14年度改正で導入され平成26年に廃止になった上場株式等に係る軽減税率(本則税率20%を10%に軽減)を、もう一度復活させてもらいたい・・・そうすれば、今の株式市場はもっと活況を呈すると思うんだ。」 中尾統括官は、真剣な顔で言う。 「それはまさに・・・投資家である中尾統括官の願望ですね。」 浅田調査官は、笑いながら、中尾統括官を見る。 (つづく)

#No. 434(掲載号)
#八ッ尾 順一
2021/09/02

《速報解説》 会計士協会、「農業協同組合法に基づく会計監査に係る監査上の取扱い及び監査報告書の文例」を含む6つの実務指針を改正~監査基準の改訂に関する意見書等を受け、その他の記載内容の規定の創設や電子化対応等行う~

《速報解説》 会計士協会、「農業協同組合法に基づく会計監査に係る監査上の取扱い及び監査報告書の文例」を含む6つの実務指針を改正 ~監査基準の改訂に関する意見書等を受け、その他の記載内容の規定の創設や電子化対応等行う~   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 2021年8月19日付けで(ホームページ掲載日は2021年8月30日)、日本公認会計士協会は、次のものを公表した。これにより、2021年4月22日から意見募集されていた公開草案が確定することになる。公開草案に対するコメントの概要及び対応が公表されているものもある。 これは、「監査基準の改訂に関する意見書」(2020年11月6日、企業会計審議会)及び「監査基準委員会報告書720「その他の記載内容に関連する監査人の責任」」(2021年1月14日)等を受けたものである。さらに、「デジタル社会の形成を図るための関係法律の整備に関する法律」における公認会計士法の改正を受けた「監査基準委員会報告書700「財務諸表に対する意見の形成と監査報告」」等の改正にも対応するものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。   Ⅱ 主な内容 「監査基準の改訂に関する意見書」において、監査した財務諸表を含む開示書類のうち当該財務諸表と監査報告書とを除いた部分の記載内容、すなわち「その他の記載内容」について、監査人の手続を明確にするとともに、監査報告書に必要な記載を求める改訂が行われた。 監査報告書では、「その他の記載内容」又は他の適切な見出しを付した区分を設けて記載する(監基報720第20項)。 そこで、各実務指針において、「その他の記載内容」に関する規定を設け、「付録 独立監査人の監査報告書の文例」を改正する内容となっている。 また、2021年5月12日付けの公認会計士法の改正において、監査報告書への押印が廃止され、監査報告書等の交付を電磁的方法により行うことが可能となったこと等に対応した改正を行っている。   Ⅲ 適用時期等 2022年3月31日以後終了する事業年度(会計年度)に係る監査から適用する。 ただし、2021年3月31日以後終了する事業年度(会計年度)に係る監査から適用することができる。 2021年5月12日付けの公認会計士法の改正を踏まえた改正については、2021年9月1日以降に提出する監査報告書から適用する。 (了)

#No. 433(掲載号)
#阿部 光成
2021/08/31

《速報解説》 「訂正報告書に含まれる財務諸表等に対する監査に関する実務指針」の確定を会計士協会が公表~原則2022年1月1日以後の適用も一部例外もあるため注意~

《速報解説》 「訂正報告書に含まれる財務諸表等に対する監査に関する実務指針」の確定を会計士協会が公表 ~原則2022年1月1日以後の適用も一部例外もあるため注意~   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 2021年8月19日付けで(ホームページ掲載日は2021年8月26日)、日本公認会計士協会は、監査・保証実務委員会実務指針第103号「訂正報告書に含まれる財務諸表等に対する監査に関する実務指針」を公表した。これにより、2021年4月22日から意見募集されていた公開草案が確定することになる。 公開草案に対するコメントの概要及び対応も公表されている。 これは、訂正報告書の提出が必要となる状況における監査人の対応について、昨今の監査基準等の改訂も踏まえて検討したものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。   Ⅱ 主な内容 実務指針は、目次を含めて87ページに及ぶものであるので、以下では主な内容について解説する。 付録として、次のものが記載されている。 1 適用 訂正後の財務諸表に対する監査業務の受嘱は、新規の監査契約の締結であり、訂正後の財務諸表全体の監査が必要であるため、すべての監査基準委員会報告書等に準拠することになる(3項)。 このため、次のことに注意する。 2 監査契約の締結 訂正後の財務諸表に対する監査業務は、たとえ訂正対象期間又は年度(過年度又は当年度)に監査契約を締結していたとしても、締結済みの監査契約に含まれてはいないので、監査基準委員会報告書210「監査業務の契約条件の合意」及び品質管理基準委員会報告書第1号第25項に従って、監査契約の新規の締結を行う(A1項)。 次のケースの留意事項が記載されている。 3 訂正対象年度の監査人が交代している場合 監査人が交代した後に、交代以前の会計年度に虚偽表示が発覚した場合、法令上、訂正後の財務諸表に対する監査を行うべき監査人は定められていないが、実務上は、元監査人又は現監査人が監査を実施することが多い(A15項、A16項)。 「元監査人」とは、訂正対象年度の監査人が交代している場合の訂正前の財務諸表等に対して監査証明を行った監査人をいい、「現監査人」とは、過年度の不正又は誤謬による虚偽表示が発覚した年度の監査人をいう(8項(6)(7))。 次のケースの留意事項が記載されている。 4 訂正により財務諸表数値が変更された結果として影響を受ける事項 訂正により財務諸表数値が変更された結果として影響を受ける事項として、次のものが例示されている(A47項)。 5 財務諸表の訂正が当時の会計上の見積りに与える影響 訂正前の財務諸表における会計上の見積りについて、訂正後の財務諸表に対する監査を行う時点において、取引、事象又は状況が最終的に確定している場合がある。 会計上の見積りの確定額と訂正前の財務諸表における認識額との差異があったとしても、必ずしも訂正後の財務諸表において確定額を反映しなければならないわけではない(A49項)。 しかしながら、例えば、訂正前の財務諸表の確定時に経営者が利用可能であった情報や、当該財務諸表の作成及び表示時に入手及び考慮しておくことが合理的に期待される情報から差異が生じている場合には、訂正する必要があることを示していることがある(A49項)。 6 訂正後の財務諸表における後発事象 訂正後の財務諸表は、当初提出した有価証券報告書等に記載した訂正前の財務諸表を訂正したものであることから(金商法24条の2第1項で準用する同法7条(四半期報告書及び半期報告書の訂正についても同条準用))、訂正後の財務諸表に反映させる後発事象は、訂正前の財務諸表に対する監査報告書日までに発生していた事象である(A68項)。 訂正前の財務諸表に対する監査報告書日後に発生した事象については、その訂正対象年度の翌年度(翌四半期)以降の有価証券報告書等の開示書類において反映されると考えられる(A69項)。 7 第三者委員会の調査報告書の利用の可否及び利用する場合 第三者委員会は、その専門性を有していることを考慮すると訂正後の財務諸表を作成する上での経営者の利用する専門家として位置付けられる(A91項)。 第三者委員会の調査を利用する場合は、第三者委員会の調査報告書のみをもって十分かつ適切な監査証拠を入手したと判断することは適切ではない(A93項)。 第三者委員会の調査の目的と訂正後の財務諸表に対する監査の目的は異なるため、第三者委員会の調査手続及び範囲と監査人の立案した監査手続の種類及び範囲は必ずしも一致しないので、第三者委員会の調査結果の利用の程度に応じて、監査人自らが第三者委員会の入手した証拠の閲覧、第三者委員会の調査に対する再実施等を行うことに留意する(A93項)。 8 監査意見形成に必要な監査証拠を入手できない場合 例えば、複数の取引先との共謀による長期間の架空売上計上のように、すべて遡って事後的に検証することが困難な場合や、経営者による監査範囲の制約や経営者による不正が判明し、監査の前提条件となる経営者の誠実性に疑義が生じている場合があり得る。 このような場合、通常、監査人は、監査報告書において監査範囲の制約に伴う限定付適正意見の表明又は意見不表明とすることを検討する(A110項。監査人が限定付適正意見の表明又は意見不表明とする場合には、監査基準委員会報告書705「独立監査人の監査報告書における除外事項付意見」の要求事項に従う)。 9 財務諸表が訂正された場合の内部統制監査 内部統制報告制度においては、「「財務計算に関する書類その他の情報の適正性を確保するための体制に関する内閣府令」の取扱いに関する留意事項について(内部統制府令ガイドライン)」1-1に記載されているとおり、訂正内部統制報告書に対して監査証明は必要とされていないため、監査人は、過年度の内部統制報告書の訂正報告書に対する内部統制の監査を実施することは求められていない(A134項)。 10 会社法監査における訂正事項の取扱い 会社法においては、株式会社の会計は、一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行に従うものとされ(会社法431条)、上場会社に適用される過去の誤謬の訂正に関する企業会計の慣行とは、「会計方針の開示、会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」(企業会計基準第24号。以下「過年度遡及会計基準」という)である。 過年度遡及会計基準では、過去の財務諸表に誤謬が発見された場合には修正再表示することを定めており(過年度遡及会計基準21項)、単年度表示となる会社法の計算書類においては当事業年度の期首剰余金を修正することになる(A136項)。 「誤謬の訂正に関する注記」(会社計算規則102条の5)において、誤謬の訂正をした場合、当該誤謬の内容、当該事業年度の期首における純資産額に対する影響額の注記を行う(A138項)。   Ⅲ 適用時期等 実務指針は、2022年1月1日以後に監査報告書を発行する訂正後の財務諸表に対する監査に適用する。 ただし、2021年12月31日以前に監査契約が締結された訂正後の財務諸表に対する監査においては、本実務指針を適用しないことができる。 2021年8月19日付けの監査・保証実務委員会実務指針第85号「監査報告書の文例」(以下「改正第85号実務指針」という)では、文例35「事後判明事実により訂正報告書を提出する場合」が改正され、2021年9月1日以後に提出する監査報告書から適用される。 そのため、本実務指針適用前・の訂正後の財務諸表に対して監査報告書を発行する場合であっても、改正第85号実務指針の適用後においては、同文例35に従って、本実務指針付録7の記載例に示された追加情報と同内容の文言を記載した監査報告書の文例を適用することになる。 (了)

#No. 433(掲載号)
#阿部 光成
2021/08/30
#