2021年3月期決算における会計処理の留意事項 【第3回】 RSM清和監査法人 公認会計士 西田 友洋 Ⅶ LIBORを参照する金融商品に関するヘッジ会計の取扱い 2014年7月の金融安定理事会(FSB)による提言に基づき金利指標改革が進められ、LIBORの停止が議論され、2021年3月5日にLIBOR運営機関であるICE Benchmark Administrationより、一部を除き、LIBORについて、2021年12月をもって公表を停止することが公表された。そして、LIBORが停止された場合に、ヘッジ会計の取扱いをどのようにするのかが論点として挙げられる。そこで、ASBJより、2020年9月29日に実務対応報告第40号「LIBOR を参照する金融商品に関するヘッジ会計の取扱い(以下、「LIBOR取扱い」という)」が公表されている。 なお、金利指標の選択に関する実務や企業のヘッジ行動について不確実な点が多いため、ASBJにおいて、LIBOR取扱いの公表から1年後に、金利指標置換後の取扱いについて再度確認される予定である(LIBOR取扱いの「公表にあたって」参照)。 【用語(LIBOR取扱い4(3)~(5))】 1 適用範囲 LIBOR を参照する金融商品について金利指標を置き換える場合に、その契約の経済効果が金利指標置換の前後で概ね同等となることを意図した金融商品の契約上のキャッシュ・フローの基礎となる「金利指標を変更する契約条件の変更のみが行われる金融商品」及び「この契約条件の変更と同様の経済効果をもたらす契約の切替(既存の契約をその満了前に中途解約し、直ちに新たな契約を締結すること)に関する金融商品」が適用範囲となる。また、LIBOR取扱い公表後に、新たにLIBOR を参照する契約を締結する場合、その金融商品も適用範囲に含まれる(LIBOR取扱い3、4)。 なお、LIBOR取扱いは、LIBOR を対象としているが、LIBOR 以外の金利指標でも、金利指標改革に伴い公表停止が見込まれる場合には、当該金利指標を参照している金融商品についても、LIBOR取扱いを参考にすることが考えられる(LIBOR取扱い28)。 【LIBOR取扱い適用対象の例(LIBOR取扱い30、31、32、33)】 (※1) 金融リスクのみにさらされている金融商品だけでなく、固定金利と変動金利を交換する通貨スワップ(金利通貨スワップ)のように商品性として為替リスクも包含する金融商品の契約条件の変更又は契約の切替も含む。 (※2) LIBOR取扱いの適用対象外の金融商品については、企業会計基準第10号「金融商品に関する会計基準」及び企業会計審議会「外貨建取引等会計処理基準」等が適用される。 (※3) スプレッドの変更が行われた場合、LIBOR と後継の金利指標の差分を調整するためのスプレッド調整であるのか、信用リスクのスプレッドの変更であるのかの判断が難しいことも想定される。経済効果が概ね同等となることを意図したものであるか否かの判断にあたっては、一律に定量的な分析が求められるわけではなく、定性的な分析を行うことが想定されている。 2 LIBOR取扱いにおける会計処理 LIBOR取扱いにおいては、「金利指標置換前」、「金利指標置換時」、「金利指標置換後」と3つの時点、それぞれについて特例的な会計処理を定めている。 (1) 金利指標置換前 ① 金利指標改革に起因する契約の切替 金利指標改革に起因する契約の切替が行われたときであっても、ヘッジ会計を終了又は中止せずに、ヘッジ会計の適用を継続することができる(LIBOR取扱い5)。 ② 予定取引 ヘッジ対象である予定取引が実行されるかどうかを判断する際に、金利指標置換前においては、ヘッジ対象の金利指標が、金利指標改革の影響を受けず既存の金利指標から変更されないとみなすことができる(LIBOR取扱い6)。 ③ ヘッジ有効性の評価 ④ 包括ヘッジ 包括ヘッジを適用する場合、金利指標置換前においては、個々の資産又は負債のリスクに対する反応とグループ全体のリスクに対する反応が、ほぼ一様であると認められなかった場合であっても、包括ヘッジを適用することができる(LIBOR取扱い9)。 例えば、個々の資産又は負債の時価の変動割合又はキャッシュ・フローの変動割合が、ポートフォリオ全体の変動割合に対して上下10%の範囲内にあるかどうかにより、個々の資産又は負債はリスクに対する反応がほぼ一様であるかどうかを判断している場合、個々の資産又は負債の時価の変動割合又はキャッシュ・フローの変動割合が、ポートフォリオ全体の変動割合に対して上下10%の範囲外となった場合であっても、包括ヘッジの適用を継続することができる(LIBOR取扱い44)。 ⑤ 時価ヘッジ 金利指標置換前においては、繰延ヘッジを適用する場合について定めた上記③及び④と同様の取扱いとすることができる(LIBOR取扱い10)。 ⑥ 金利スワップの特例処理 金利スワップの特例処理を適用する場合、金利スワップの特例処理の適用条件のうち以下の条件を満たしているかどうかの判断にあたって、金利指標置換前においては、ヘッジ対象及びヘッジ手段の参照する金利指標は金利指標改革の影響を受けず既存の金利指標から変更されないとみなすことができる(LIBOR取扱い11)。 金利スワップの特例処理の適用条件の1つである「金利スワップの契約期間とヘッジ対象資産又は負債の満期がほぼ一致していること」の条件については、当初契約時に金利スワップの契約期間とヘッジ対象資産又は負債の満期がほぼ一致しているかどうかの判断を行うことが想定されている。 例えば、金利スワップの契約の切替が発生した場合には、金利スワップの新たな契約期間とヘッジ対象の満期が一致しないことが考えられるが、金利スワップとヘッジ対象の残存期間が同一であれば、当該条件を満たすとみなすことができると考えられる(LIBOR取扱い47)。 ⑦ 振当処理 振当処理を適用する場合、金利指標置換前においては、円貨でのキャッシュ・フローが固定されているかどうかの判断にあたって、ヘッジ対象及びヘッジ手段の参照する金利指標は金利指標改革の影響を受けず既存の金利指標から変更されないとみなすことができる(LIBOR取扱い12)。 (2) 金利指標置換時 ① 金利指標改革に起因する契約の切替 金利指標改革に起因する契約の切替が行われたときであっても、ヘッジ会計を終了又は中止せずに、ヘッジ会計の適用を継続することができる(LIBOR取扱い5)。 ② 繰延ヘッジ 当初のヘッジ会計開始時にヘッジ文書で記載したヘッジ取引日(開始日)、識別したヘッジ対象、選択したヘッジ手段等を変更したとしても、ヘッジ会計の適用を継続することができる(LIBOR取扱い13)。 ③ 時価ヘッジ 上記②と同様の取扱いとすることができる(LIBOR取扱い10)。 (3) 金利指標置換後 ① 金利指標改革に起因する契約の切替 金利指標改革に起因する契約の切替が行われたときであっても、ヘッジ会計を終了又は中止せずに、ヘッジ会計の適用を継続することができる(LIBOR取扱い5)。 ② 繰延ヘッジ 事後テストに関するLIBOR取扱い第8項の取扱い(上記(1)③〔事後テスト〕参照)を適用していたか否かにかかわらず、金利指標置換時以後、同項の取扱いを適用し、2023年3月31日以前に終了する事業年度までヘッジ会計を継続することができる。また、同項の取扱いを継続している間、再度金利指標を置き換え、ヘッジ文書の記載を変更したとしても、ヘッジ会計の適用を継続することができる(LIBOR取扱い14)。 ③ 包括ヘッジ 金利指標置換前においてLIBOR取扱いの適用範囲に含まれる金融商品を含むグループをヘッジ対象として包括ヘッジを適用していた場合、包括ヘッジに関するLIBOR取扱い第9項(上記(1)④)の取扱いを適用していたか否かにかかわらず、金利指標置換時以後、同項の取扱いを適用し、2023年3月31日以前に終了する事業年度まで包括ヘッジの適用を継続することができる。また、同項の取扱いを継続している間、再度金利指標を置き換え、ヘッジ文書の記載を変更したとしても、包括ヘッジの適用を継続することができる(LIBOR取扱い18)。 ④ 時価ヘッジ 金利指標置換後においてはLIBOR取扱い第14項、第15項、第16項及び第18項(上記②及び③参照)の取扱いと同様の取扱いとすることができる(LIBOR取扱い10)。 ⑤ 金利スワップの特例処理 金利指標置換前においてLIBOR取扱いの適用範囲に含まれる金融商品をヘッジ対象又はヘッジ手段としてヘッジ会計を適用していた場合、金利スワップの特例処理に関するLIBOR取扱い第11項(上記(1)⑥参照)の取扱いを適用していたか否かにかかわらず、金利指標置換時以後、同項の取扱いを適用し、2023年3月31日以前に終了する事業年度まで金利スワップの特例処理の適用を継続することができる。 また、この特例的な取扱いを継続している間、再度金利指標を置き換えたとしても、金利スワップの特例処理の適用を継続することができる(LIBOR取扱い19)。 ⑥ 振当処理 LIBOR取扱い第12項(上記(1)⑦)の取扱いを適用していたか否かにかかわらず、金利指標置換時以後、同項の取扱いを適用し、2023年3月31日以前に終了する事業年度まで振当処理の適用を継続することができる。 また、この特例的な取扱いを継続している間、再度金利指標を置き換えたとしても、振当処理の適用を継続することができる(LIBOR取扱い19)。 3 注記事項 LIBOR取扱いを適用することを選択した場合、以下を注記する必要がある(LIBOR取扱い20)。また、当該注記は、2023年3月31日以前に終了する事業年度まで行う必要がある(LIBOR取扱い21)。 連結財務諸表において注記している場合、個別財務諸表での注記は要しない(LIBOR取扱い20)。 また、LIBOR取扱いは、ヘッジ関係ごとにその適用を選択することができるため、一部のヘッジ関係にのみ適用する場合には、その理由を注記する(LIBOR取扱い20、23)。 なお、計算書類においても、重要性に応じて注記が必要かどうか検討する必要がある。 4 適用時期 公表日以後適用することができる。ただし、公表日より前にヘッジ会計の中止又は終了が行われたヘッジ関係には、LIBOR取扱い第17項(上記2(3)②【その他留意事項】参照)を除き適用することができる。 Ⅷ 取締役の報酬等として株式を無償交付する取引に関する取扱い 2019年12月に成立した改正会社法により、上場株式を発行している株式会社が、取締役等の報酬等として株式の発行等をする場合には、金銭の払込み等を要しないことが新たに定められた(会社法202の2)。これを受けてASBJでは、2021年1月28日に実務対応報告第41号「取締役の報酬等として株式を無償交付する取引に関する取扱い(以下、「株式取扱い」という)」を公表した。 また、以下の会計基準の改正も公表した。 1 適用範囲 会社法第202条の2に基づく取締役の報酬等として株式を無償交付する取引を対象としている(株式取扱い3)。また、当該取引は、「事前交付型」と「事後交付型」が想定されている(株式取扱い4(7)(8))。 2 会計処理 会社法第202条の2に基づく取締役の報酬等として株式を無償交付する取引は、ストック・オプションと類似しているため、ストック・オプション基準に準じて会計処理を行う(株式取扱い38)。 一方、会社法第202条の2に基づく取締役の報酬等として株式を無償交付する取引には、「事前交付型」と「事後交付型」があるため、株式が交付されるタイミングが異なる点や、事前交付型において、株式の交付の後に株式を無償で取得する点については、取引の形態ごとに異なる会計処理を行う(株式取扱いの公表に当たって「■会計処理」参考)。 (1) 事前交付型の会計処理 事前交付型の会計処理について、「新株発行」の場合と「自己株式の処分」の場合に分けて規定されている(株式取扱い5~14、40、42、46)。 (※) 「没収」とは、事前交付型において、権利確定条件が達成されなかったことによって、企業が無償で株式を取得することが確定することをいう(株式取扱い4(16))。 設例① P社(3月決算)は、X5年6月の定時株主総会において、取締役に対して、会社法第202条の2に基づく新株発行又は自己株式の処分(いずれも譲渡制限あり)を行うことを決議した。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (※1) 10,000株 × 10名 × @4,000円 = 400,000,000 (※2) 10,000株 × @5,000円 ×(10名-2名)× 9ヶ月/60ヶ月 = 60,000,000 (※3) 10,000株 × @5,000円 ×(10名-2名)× 21ヶ月/60ヶ月 - 60,000,000= 80,000,000 (※4) 10,000株 × @5,000円 ×(10名-2名)× 33ヶ月/60ヶ月 -(60,000,000+ 80,000,000)= 80,000,000 (※5) 10,000株 × @5,000円 ×(10名-2名)× 45ヶ月/60ヶ月 -(60,000,000+ 80,000,000 + 80,000,000)= 80,000,000 (※6) 10,000株 × @5,000円 ×(10名-2名)× 57ヶ月/60ヶ月 -(60,000,000+ 80,000,000 + 80,000,000 + 80,000,000)= 80,000,000 (※7) 10,000株 × @5,000円 ×(10名-3名)× 60ヶ月/60ヶ月 -(60,000,000+ 80,000,000 + 80,000,000 + 80,000,000 + 80,000,000)= △30,000,000 (※8) 10,000株 × 3名 × @4,000円 = 120,000,000 (2) 事後交付型の会計処理 事後交付型の会計処理について、「新株発行」の場合と「自己株式の処分」の場合に分けて規定されている(株式取扱い15~18)。 設例② P社(3月決算)は、X5年6月の定時株主総会において、一定の条件を達成した場合に、取締役に対して、会社法第202条の2に基づく新株発行又は自己株式の処分を行うことを決議した。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (※1) 10,000株 × @5,000円 ×(10名-2名)× 9ヶ月/60ヶ月 = 60,000,000 (※2) 10,000株 × @5,000円 ×(10名-2名)× 21ヶ月/60ヶ月 - 60,000,000= 80,000,000 (※3) 10,000株 × @5,000円 ×(10名-2名)× 33ヶ月/60ヶ月 -(60,000,000+ 80,000,000)= 80,000,000 (※4) 10,000株 × @5,000円 ×(10名-2名)× 45ヶ月/60ヶ月 -(60,000,000+ 80,000,000 + 80,000,000)= 80,000,000 (※5) 10,000株 × @5,000円 ×(10名-2名)× 57ヶ月/60ヶ月 -(60,000,000+ 80,000,000 + 80,000,000 + 80,000,000)= 80,000,000 (※6) 10,000株 × @5,000円 ×(10名-3名)× 60ヶ月/60ヶ月 -(60,000,000+ 80,000,000 + 80,000,000 + 80,000,000 + 80,000,000)= △30,000,000 (※7) 10,000株 × 7名 × @4,000円 = 280,000,000 3 注記事項 会計処理はストック・オプション基準に準じているため、注記についてもストック・オプション基準及びストック・オプション指針を基礎として、注記事項が定められている(株式取扱い52)。 (1) 注記事項 年度の財務諸表において、以下の事項を注記する(株式取扱い20)。 注記に関する具体的な内容や記載方法、株式取扱いに定めのない会計処理に係る注記については、ストック・オプション指針第27項、第28項(2)、第29項、第30項、第33項及び第35項に準じて注記を行う(株式取扱い21)。 (2) 1株当たり情報 (3) 関連当事者注記 取締役の報酬等として株式を無償交付する取引は、資本取引の側面よりも報酬等としての側面を重視して、関連当事者との取引に関する開示は要しない(株式取扱い55)。 (4) 後発事象注記 改正会社法は、2021年3月1日施行であり、株式取扱いはその日以後に生じた取引から適用される(以下4参照)。一方、上場会社が取締役等の報酬等として株式を無償交付する場合には株主総会の決議が必要となるため、2021年3月31日までに発行されることは稀であると考えられる。 ただし、2021年3月期の定時株主総会で決議する場合には、重要な後発事象の注記が必要ないかどうか検討する必要がある。 4 適用時期 改正会社法の施行日である2021年3月1日以後に生じた取引から適用する。なお、その適用については、会計方針の変更には該当しない(株式取扱い23)。 Ⅸ 会社計算規則等の改正 1 会社計算規則の改正 2020年8月12日に「会計上の見積りの開示に関する会計基準」等の公表に伴い、会社計算規則が改正されている。2021年3月期に関係する改正については、【第2回】のⅣ及びⅤを参照されたい。 2 会社法施行規則の改正 (1) 2020年会社法施行規則の改正 改正会社法の成立及び公布に伴い、2020年11月27日に会社法施行規則が改正され、原則2021年3月1日から施行されている。 ① 株主総会参考書類の記載の改正 株主総会参考書類の記載について、以下の改正が行われている。 (注) 上記以外にも、有価証券報告書提出会社で監査役会設置会社(公開会社かつ大会社に限る)については、社外取締役が義務化されたため、社外取締役を置いていない場合の社外取締役を置くことが相当でない理由を株主総会参考書類に記載しなければならない規定が削除された。当該改正は、2022年3月期から適用される。 ② 事業報告の記載の改正 (注) 上記以外にも、有価証券報告書提出会社で監査役会設置会社(公開会社かつ大会社に限る)については、社外取締役が義務化されたため、社外取締役を置いていない場合の社外取締役を置くことが相当でない理由を事業報告に記載しなければならない規定が削除された。当該改正は、2022年3月期から適用される。 (2) 2021年会社法施行規則等の改正 新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえ、2021年1月29日に会社法施行規則及び会社計算規則が改正されている。 ◎ウェブ開示によるみなし提供制度に関する改正 (ⅰ) 改正内容 2020年5月に会社法施行規則及び会社計算規則が改正され、ウェブ開示によるみなし提供の拡充が行われたが、当該改正の効力は2020年11月15日をもって失われている。しかし、新型コロナウイルス感染症の影響は収まっていないため、引き続きウェブ開示によるみなし提供を拡充する必要があることから、会社法施行規則及び会社計算規則が改正された。みなし提供制度の拡充対象は、以下のとおりである(前回と同様である)。 なお、上記を提供する際には、株主の利益を不当に害することがないよう特に配慮しなければならない。 (ⅱ) 施行期日 施行日(2021年1月29日)から2021年9月30日までに招集の手続が開始された定時株主総会に係る事業報告及び計算書類の提供に適用される。 3 企業内容等の開示に関する内閣府令の改正 改正会社法の成立に伴い、2021年2月3日に「企業内容等の開示に関する内閣府令」が改正され、有価証券報告書の記載が拡充されている。当該改正は、改正会社法の施行の日(2021年3月1日)から施行される。主な改正点は、以下のとおりである。 (了)