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谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」 【第32回】「租税法律主義と租税回避との相克と調和」-個別的否認規定と個別分野別の一般的否認規定との関係(その2)-

谷口教授と学ぶ 税法の基礎理論 【第32回】 「租税法律主義と租税回避との相克と調和」 -個別的否認規定と個別分野別の一般的否認規定との関係(その2)-   大阪大学大学院高等司法研究科教授 谷口 勢津夫   Ⅲ TPR事件東京地判にみられる誤解・不可解 1 ヤフー事件最判との関係 では、TPR事件東京地判は、法人税法132条の2の規定をどのように適用したのであろうか。この事件も、ヤフー事件と同様、未処理欠損金額の引継ぎ(法税57条2項)の事案であるが、その濫用防止規定(同条3項)に係る適用除外要件(否認緩和要件)のうち、本件合併については、ヤフー事件と異なり特定役員引継要件該当性ではなく、特定資本関係5年超要件該当性が問題となった(なお、法税132条の2の不当性要件に関する判断については、ここでは検討しないが、拙稿「判批」ジュリスト1538号(2019年)10頁参照)。 TPR事件東京地判は、ヤフー事件最判(「平成28年最判」)を参照した上で、法人税法132条の2と同法57条3項との適用関係について次のとおり判示している(以下「TPR事件東京地判ⓐ」という。下線筆者)。 この判示は、ヤフー事件最判❶と比較すると、法人税法132条の2が否認の対象とする租税回避(「組織再編成に係る租税回避」)の「手段」について、同条の趣旨及び目的の観点から「組織再編成」に係る私法上の形成可能性(選択可能性)のみを想定した説示を行うにとどまり、ヤフー事件最判❶とは異なり、同条の否認要件の観点から「組織再編税制に係る各規定」を想定した説示は行っていないことが注目される。このことは、TPR事件東京地判が法人税法132条の2の否認要件(不当性要件)と同法57条3項の否認要件との適用関係について、ヤフー事件最判が前提とすると解されるような、「組織再編税制に係る各規定」の法的性格・構造に関する前述のような検討(前記Ⅱ2)を前提として行うことなく、判断を示したことを意味するように思われる(このことについては、TPR事件東京地判の当てはめ判示との関係で後記3で検討する)。 もっとも、TPR事件東京地判も「組織再編税制に係る各規定」について一定の検討を行ってはいるが、それらをヤフー事件最判❷と対応させて整理すると、①法人税法57条2項の課税減免規定、②同条3項の否認要件、及び③当該否認要件に係る適用除外要件(否認緩和要件)である特定資本関係5年超要件について、次のとおり判示している(以下「TPR事件東京地判ⓑ」という。下線筆者)。 この判示をみると、TPR事件東京地判は、前記①②③の各規定について「一応表面的には」ヤフー事件最判❷と同じような理解を示しているようにもみえる。しかし、決定的に異なるのは、前記②の法人税法57条3項の否認要件に関する理解である。ヤフー事件最判❷は次の2でみるような「誤解」は示していない。 2 法人税法57条3項の否認要件に関する誤解 確かに、TPR事件東京地判ⓑが説示するように、法人税法57条3項が「未処理欠損金額を利用したあらゆる租税回避行為をあらかじめ想定して網羅的に定めたものとはいい難」いのは、事実である。すなわち、ここでいう「租税回避行為」は、TPR事件東京地判ⓐが法人税法132条の2の趣旨及び目的に関して説示した、「組織再編成」に係る私法上の形成可能性(選択可能性)を「手段(間接的手段)」とする租税回避(第22回Ⅲ参照)であると解されるが、「私的自治の原則ないし契約自由の原則の支配している私法の世界では、人は、一定の経済的目的ないし成果を達成しようとする場合に、強行規定に反しない限り自己に最も有利になるように、法的形成を行うことができる。」(金子宏『租税法〔第23版〕』(弘文堂・2019年)133頁。【66】(ロ)も同旨)以上、私法上の形成可能性(選択可能性)によってどのような「組織再編成」が行われるか及びそれに伴いどのような「租税回避行為」が行われるかを「あらかじめ想定して網羅的に定め」ることは困難、むしろ不可能といってよいであろう。 しかし、そうであるからこそ、法人税法57条3項は、「未処理欠損金額を利用した租税回避行為」を特定することなく包括的に否認する旨を否認要件として定めたのである。法人税法57条3項は、一般に、租税回避の個別的否認規定として性格づけられているが(TPR事件東京地判ⓐも同じ)、それは、否認の対象とする租税回避の「直接的手段」が同条2項の規定(本来的課税減免規定)に限定・特定されているからであって、その「間接的手段」としての「組織再編成」に係る私法上の形成可能性(選択可能性)は限定・特定されてはいないのである。その意味で、法人税法57条3項は、否認の対象とする租税回避の「間接的手段」の観点からは、むしろ、組織再編成(に係る未処理欠損金額の引継ぎ)という個別分野における「一般的否認規定」というべきものである。 したがって、TPR事件東京地判ⓑが法人税法57条3項を「典型的な租税回避行為としてあらかじめ想定されるものを対象として定めた具体的な否認規定」と理解したのは、同項の規定の法的性格・構造に関する誤解に基づく理解であり、誤りである。同項は、「未処理欠損金額を利用した租税回避行為」の否認要件と同要件に係る適用除外要件(否認緩和要件)を定めているが、私法上の形成可能性(選択可能性)の観点からみると、対象を個別的・限定的に定めているのは後者の否認緩和要件(特定資本関係5年超要件とこの要件に該当しない場合におけるみなし共同事業要件)であって、前者の否認要件は対象を限定・特定してはいないのである。 なお、一般的な否認要件と個別的な適用除外要件(否認緩和要件)との組合せという立法技術は、税法上の課税減免規定に係る濫用防止規定(租税回避否認規定)についてだけでなく、税法上の課税減免規定の適用を否認する規定一般について広く用いられるものである。例えば、役員給与の損金不算入(損金算入否認)を定める法人税法34条1項、「必要経費とされない家事関連費」(必要経費算入が否認される家事関連費)を定める所得税法施行令96条などのほか、租税優遇措置を定める租税特別措置法の規定の多く(表現は様々であるが、当該措置は「・・・・・・ない場合には、適用しない」、「・・・・・・ものについては、適用しない」、「・・・・・・ある場合に限り、適用する」等の規定)が、そのような立法技術を用いている(このことの当否は別途検討すべきであると考えるところであるが、ここでは立ち入らない)。 3 法人税法132条の2の適用に関する不可解 これに対して、前記③の法人税法57条3項の特定資本関係5年超要件に関するTPR事件東京地判ⓑの説示、すなわち、「特定資本関係5年超要件を満たす適格合併等であっても、法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められる行為又は計算が行われる場合が想定されないとはいい難い。」との説示は、その限りでは、妥当である。特定資本関係5年超要件についても、ヤフー事件で問題とされた特定役員引継要件と同様に、「形式的に該当させることなど」(前掲・斉木論文)による回避が問題になり得るのであり、したがって、同要件に係る適用除外要件の欠缺(隠れた欠缺)が問題になり得るのである。 そうすると、上記の説示を前提にすれば、論理的には、TPR事件東京地判も、特定資本関係5年超要件(法税57条3項の否認要件に係る適用除外要件=否認緩和要件)について、ヤフー事件最判が「重畳的」適用の前提としたと解される、否認緩和要件に係る適用除外要件(否認回復要件)の欠缺を問題にし、これを補充するために法人税法132条の2を適用する旨の判断を示すべきであったであろうが、しかしながら、ヤフー事件最判と異なり、そのような判断は示されていないし、法人税法132条の2の適用の前提としても意識されていないように思われる。 このことは、TPR事件東京地判における法人税法132条の2の否認要件(不当性要件)への本件合併の当てはめに関する次の判示からも明らかである。 この判示において法人税法132条の2の適用に関して「租税回避の手段」として示されているのは、TPR事件東京地判ⓑで挙げられている「組織再編税制に係る各規定」のうち前記①の法人税法57条2項だけであって、前記の②同条3項の否認要件及び③同条3項の特定資本関係5年超要件を定める各規定は示されていない(この点においてヤフー事件最判当てはめ判示と決定的に異なる)。したがって、前記③の規定に係る適用除外要件の欠缺(隠れた欠缺)は問題にされていないことになるが、そうすると、そのような欠缺の存在を想定する、この項の冒頭で引用した説示は、法人税法132条の2の適用においては考慮されていないことになり、そもそも、なぜそのような説示をしたのか不可解といわざるを得ない。 いずれにせよ、TPR事件東京地判は、法人税法57条2項の定める本来的課税減免規定の濫用による租税回避を同法132条の2によって否認したことになるが、しかし、争点を「法人税法57条3項の適用が排除される適格合併である、特定資本関係5年超要件を満たす適格合併につき、同項の規定が一般的否認規定の適用を排除するものと解されるか否か」(TPR事件東京地判ⓐ)として設定しこれを検討している以上、そこで検討すべきであったのは、前記③の法人税法57条3項の特定資本関係5年超要件につき濫用(「本来の趣旨及び目的から逸脱する態様でその適用を受けるもの」)があるか否かであるはずである。前記②の法人税法57条3項の否認要件の法的性格・構造(租税回避の「間接的手段」の観点からは、組織再編成に係る未処理欠損金額の引継ぎという分野における「一般的否認規定」)を前述(前記2)のとおり正しく理解していれば、同条2項の定める本来的課税減免規定の濫用に係る私法上の法的形成は、同条3項(否認要件)によって包括的に否認されるのであるから、同法57条2項との関係では同法132条の2の「出る幕」がないことに気がつくはずである。 要するに、法人税法132条の2の「出る幕」があるのは、前記③の同法57条3項の特定資本関係5年超要件(派生的課税減免規定)につき濫用が認められる場合だけである。その場合における法人税法132条の2の適用が、ヤフー事件最判について述べた「重畳的」適用である。 なお、TPR事件東京地判は、法人税法132条の2の否認要件(不当性要件)該当性の判断において、次のとおり、法人税法57条2項が適格合併に係る適格要件において、完全支配関係がある法人間の合併についても、事業の継続を「想定」している旨を判示し(下線筆者)、その「想定」を前提にして本件における不当性要件該当性を肯定していると解される。 しかし、その「想定」は、法人税法57条3項の特定資本関係5年超要件(否認緩和要件)に係る適用除外要件(否認回復要件)とは、論理的にも内容的にも直接関係がなく、当該適用除外要件(否認緩和要件)の欠缺を補充するためのものではないと考えられる。 本件においてその「想定」(事業の継続)が満たされないというのであれば、本件合併についてそもそも適格要件該当性を否定し、未処理欠損金額の引継ぎのみならず資産の簿価の引継ぎ等も含めて組織再編税制が認める課税減免を全て否認するのが、論理的に筋の通った判断であろうが、それにもかかわらず、その「想定」をもって未処理欠損金額の引継ぎのみを否認することも不可解である。この点について、TPR事件東京地判の次の判示は、説得力があるとは思われず、むしろ、これまで検討してきたことを踏まえると、法人税法132条の2の適用関係につき更なる混乱ないし不可解さをもたらすように思われる。   Ⅳ おわりに 以上、組織再編成に係る行為計算の否認規定(法税132条の2)と未処理欠損金額の引継ぎに係る個別的否認規定(同57条3項)との関係(とりわけ適用関係)について、ヤフー事件最判とTPR事件東京地判との比較検討を通じて、検討してきた。その結果、ヤフー事件最判における法人税法132条の2の適用を「重畳的」適用とみてその論理構造を明らかにし、これに照らしてTPR事件東京地判を検討しそこにみられる誤解や不可解を指摘した。 TPR事件東京地判にみられる誤解や不可解は、この判決が法人税法132条の2の適用に関する判断の前提として、「組織再編税制に係る各規定」の法的性格・構造及び「租税回避の手段」に関する整理を、ヤフー事件最判と異なり、論理的に整然とは行っていないことに基因するものと思われる。なお、TPR事件の控訴審・東京高判令和元年12月11日(未公刊)も原審の判断を支持する判断を示していることからすると、同様の問題があると考えられる。 ここで、前回からの検討を踏まえて、税法上の課税減免規定の濫用による租税回避について、未処理欠損金額の引継ぎの場合を例にとり、「組織再編税制に係る各規定」の法的構成・構造及び「租税回避の手段」に即して、「個別的否認規定と個別分野別の一般的否認規定との関係」をまとめておこう。 第1に、法人税法57条3項は、租税回避の直接的手段が組織再編税制に係る本来的課税減免規定(同条2項)に限定・特定されているという意味では「個別的否認規定」であるが、租税回避の間接的手段の観点からみると、納税者が本来的課税減免規定の適用を受けるために行使する組織再編成に係る私法上の形成可能性(選択可能性)を限定・特定せずそれらを包括的に否認する規定であるという意味では、組織再編成という個別分野における「一般的否認規定」である。 第2に、法人税法132条の2は、租税回避の直接的手段が組織再編税制に係る派生的課税減免規定(本来的課税減免規定の濫用防止規定に係る適用除外規定=否認緩和規定。特定資本関係5年超要件とこの要件に該当しない場合におけるみなし共同事業要件を定める規定)に限定・特定されているという意味では「個別的否認規定」であるが、租税回避の間接的手段の観点からみると、納税者が派生的課税減免規定の適用を受けるために行使する組織再編成に係る私法上の形成可能性(選択可能性)を限定・特定せずそれらを包括的に否認する規定であるという意味では、組織再編成という個別分野における「一般的否認規定」である。 第3に、法人税法57条3項と同法132条の2とを租税回避の間接的手段の観点から比較すると、適用範囲という点では、本来的課税減免規定の濫用を対象とする前者の方が、派生的課税減免規定を対象とする後者よりも、広いとみることができる。すなわち、後者の適用範囲は、前者の包括的な適用範囲から例外的に除外された、組織再編成に係る私法上の形成可能性(選択可能性)の範囲に限られるのである。 なお、一般には、法人税法57条3項が「個別的否認規定」、同法132条の2が「個別分野別の一般的否認規定」と性格づけられているが、そのような性格づけについては、観点の取り方がいわば「襷掛け」になっていることに注意すべきであろう。 最後に、前回からの検討を振り返るとき、30年ほど前にミュンヘン大学でお世話になったクラウス・フォーゲル教授の「税法における完璧主義」という論文(Klaus Vogel, Perfektionismus im Steuerrecht, StuW 1980, 206)の中の言葉が想起される。その言葉の一部の紹介(拙著『租税条約論』(清文社・1999年)186頁[初出・1993年])を以下に引用しておこう。 「組織再編税制に係る各規定」も「完璧主義」的立法の1つといってよかろうが、そのような立法は、租税立法者にとってだけでなく租税法律の解釈適用者にとっても「制御」が困難になる場合があろう。TPR事件東京地判の判断をみると、そのことを痛感せざるを得ない。控訴審でも同様の判断が示された今となっては、最高裁では、この判断とは異なり、ヤフー事件最判のように「組織再編税制に係る各規定」の法的性格・構造及び「租税回避の手段」に関する正確な理解を前提にした判断が示されることを強く期待したい。 次回は、税法上の課税減免規定の濫用による租税回避だけでなく、私法上の形成可能性(選択可能性)の濫用による租税回避(租税回避の第1類型。第22回Ⅱ)も含めて、租税回避一般について個別的否認規定と一般的否認規定との関係を、ドイツの議論を素材にして検討することにする。 (了)

#No. 362(掲載号)
#谷口 勢津夫
2020/03/26

〔免税事業者のための〕インボイス導入前後の実務対応 【第5回】「免税事業者が課税事業者(適格請求書発行事業者)になった場合の注意事項」

〔免税事業者のための〕 インボイス導入前後の実務対応 【第5回】 (最終回) 「免税事業者が課税事業者(適格請求書発行事業者)になった場合の注意事項」   税理士 石川 幸恵   連載最終回となる【第5回】は、免税事業者が適格請求書発行事業者への登録を行った以後に注意すべき点や、再び免税事業者となる場合の手続を確認する。   1 事業者免税点制度の適用なし 適格請求書発行事業者は、登録日以降はその基準期間における課税売上高が1,000万円以下となる課税期間においても、免税事業者にはならない(インボイスQ&A 問11)。   2 課税期間の中途に免税事業者から課税事業者になった場合《経過措置》の注意事項 令和5年10月1日の属する課税期間中に免税事業者が適格請求書発行事業者の登録を受けることとなった場合には、経過措置として登録を受けた日から課税事業者となる(【第3回】参照)。 課税期間の中途から課税事業者となるため、以下の取扱いがある。 (1) 棚卸資産の調整 課税事業者となる日の前日において所有する棚卸資産のうちに、納税義務が免除されていた期間において仕入れた棚卸資産がある場合は、その棚卸資産に係る消費税額を課税事業者になった課税期間の仕入れに係る消費税額の計算の基礎となる課税仕入れ等の税額とみなして、仕入税額控除の対象とする(改正令附則17)。 (2) 簡易課税制度選択届出書の提出期限 原則では、簡易課税制度の規定の適用を受けるためには、適用を受けようとする課税期間の初日の前日までに、「簡易課税制度選択届出書」を納税地の所轄税務署長に提出しなければならない。 経過措置により登録日から課税事業者となった事業者が、登録日を含む課税期間から簡易課税の適用を受ける旨を記載した簡易課税制度選択届出書を、その課税期間中に納税地の所轄税務署長に提出したときは、その課税期間から簡易課税の適用を受けることができる(改正令附則18)。 〔課税期間の中途から課税事業者となった場合〕 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。   3 適格請求書発行事業者の登録を取りやめたい場合 (1) 手続 「適格請求書発行事業者の登録の取消しを求める旨の届出書」(以下、登録取消届出書)を納税地の所轄税務署長に提出することにより、適格請求書発行事業者の登録の効力を失わせることができる。 (2) 登録取消届出書の適用時期 ① 原則 登録取消届出書の提出があった日の属する課税期間の翌課税期間の初日から適用される。 ② 課税期間の末日から起算して30日前の日からその課税期間の末日までの間に提出した場合 その提出があった日の属する課税期間の翌々課税期間の初日から適用される。 〔適格請求書発行事業者の登録の取消しを求める旨の届出書の適用時期〕 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (3) 適格請求書発行事業者でなくなった場合の注意事項 適格請求書発行事業者であった課税期間中に行った課税資産の譲渡等について、返品を受け、又は値引き、割戻しをした場合には、適格返還請求書を発行しなければならない(インボイス通達3-15)。   4 事業者免税点制度の適用を受けるには (1) 適格請求書発行事業者の登録申請書と併せて課税事業者選択届出書を提出した場合 適格請求書発行事業者の登録申請書を提出する際に、課税事業者選択届出書を提出した場合には、登録取消届出書の提出等により適格請求書発行事業者の登録が失効しても、課税事業者選択届出書の効力が残る。 このため、納税義務の免除を受けるためには、「課税事業者選択不適用届出書」を提出しなければならない。 (2) 経過措置により令和5年10月1日の属する課税期間中に登録を受けた場合 令和5年10月1日の属する課税期間中に、免税事業者が適格請求書発行事業者の登録を受けた場合には、経過措置により、課税事業者選択届出書を提出せずに課税事業者となっている(インボイスQ&A 問9、問11)。 この場合、登録取消届出書の提出により、登録の効力が失われた課税期間から事業者免税点制度が適用され、課税事業者選択不適用届出書の提出は不要である(インボイス通達5-1(注)なお書き)。   5 適格請求書等保存方式開始に向けた免税事業者をめぐる現状と今後の留意点 免税事業者は、税理士の関与を受けず、商工会等の機関のサポートを年に数回受けて税務申告を行う者も多く、本連載で解説したような情報は、まだ十分には行き渡っていないと考えられる。 逆に、多数の外注先を抱える課税事業者において、免税事業者と思われる外注先への説明・指導をどうするか、個人事業者との契約の見直し、内製化の検討などが進んでいると思われる。 今後は登録開始に向けたスケジュールを意識しつつ、国税庁からの新たな情報の公表に留意が必要である。   (連載了)

#No. 362(掲載号)
#石川 幸恵
2020/03/26

「税理士損害賠償請求」頻出事例に見る原因・予防策のポイント【事例84(相続税)】 「「農地等の納税猶予の特例」の適用を受けて相続税の申告をしたが、宅地の評価誤りにより修正申告となったため、結果として納税猶予額が過少となってしまった事例」

「税理士損害賠償請求」 頻出事例に見る 原因・予防策のポイント 【事例84(相続税)】   税理士 齋藤 和助       《基礎知識》 ◆農地等の相続税の納税猶予及び免除等の特例(措法70の6) 農業相続人が、農業を営んでいた被相続人から相続又は遺贈により農地等を取得して農業を営む場合には、相続税の期限内申告書の提出により納付すべき相続税額のうち、その申告書に相続税の納税猶予の特例の適用を受ける旨を記載した農地等の価額のうち農業投資価格を超える部分に対応する相続税額は、一定の要件の下に、次の①から③のいずれか早い日まで納税猶予の特例の適用を受けることができ、次の①から③のいずれかに該当する日に免除される。 ◆特例を受けるための手続等 ◆農地等納税猶予税額の納付 次のいずれかに該当することとなった場合には、その農地等納税猶予税額の全部又は一部を納付しなければならない。 (※) 「準農地」とは、農用地区域内にある土地で、農業振興地域整備計画において用途区分が農地や採草放牧地とされているもののうち、10年以内に農地や採草放牧地に開発して、農業の用に供するもの。       (了)

#No. 362(掲載号)
#齋藤 和助
2020/03/26

国外財産・非居住者をめぐる税務Q&A 【第39回】「国外源泉所得について現地で還付があった場合の外国税額控除」

国外財産・非居住者をめぐる税務Q&A 【第39回】 「国外源泉所得について現地で還付があった場合の外国税額控除」   税理士 菅野 真美   - 質 問 - 私は日本の居住者ですが、このたび外国に所有している不動産を売却しました。売却時には現地国の税金が源泉徴収され、その分については日本の確定申告で外国税額控除されました。 この源泉徴収された分は、現地で確定申告をすると還付されるそうですが、この還付される税金については、どのように処理をすればいいのですか。現地で還付申告をした年には、外国税額を納付していません。   ◆ ◆ 解 説 ◆ ◆ ▷国外の不動産を売却した場合の課税関係 日本の非居住者が日本にある不動産を売却した場合、原則的には、譲渡価額の10.21%の源泉税が課され、確定申告をして精算されるという制度になっている。 売却時に源泉徴収され、確定申告で精算する制度を採用するのは、徴収の難しい非居住者の所得に係る納税の確保が主たる要因と考えられる。このような制度を採用している国は日本だけではない。日本の居住者が日本と同様の税制度のある国の不動産を所有し、その不動産を売却した場合、現地において売却時に源泉徴収され、現地での確定申告において精算される。 居住者の場合、全世界所得について、日本で所得税が課されるから、現地でも所得について税額が課された場合は、外国税額控除で2重課税を調整することになる。 不動産を売却して、譲渡時に源泉税が課された場合、日本で、外国税額控除は可能であるが、外国税額控除ができる時期は、源泉徴収された時、つまり売却代金が支払われた時である。 さらに、確定申告で納税額が源泉徴収税額よりも大きい場合は、追加税額を納付することになるが、この追加納付額について外国税額控除ができるのは、確定申告により納税債務が確定した時(法定申告期限前に申告した場合は法定申告期限)である。 多くの国において、個人の所得の計算はカレンダーイヤーごとに計算し、申告納税するのは翌年となる。そのため、源泉徴収税額について外国税額控除をする年と、確定申告による追加税額について外国税額控除をする年が異なることになり、1回の不動産の譲渡所得に係る外国税額控除を2回行うことになる。 また、確定申告において、追加納税額が生ずる場合だけでなく、還付される場合がある。還付される場合の還付税額についてどのように取り扱われるのか、以下において簡潔に述べる。   ▷「還付年において納付した外国税額 > 還付税額」の場合 還付年において、他にも外国税額が生じ、納付した外国税額が還付税額よりも多い場合は、納付した外国税額から還付税額を差し引いた金額を外国所得税額として、その年の外国税額控除を計算していくことになる。   ▷「還付年において納付した外国税額 < 還付外国税額」の場合 ① 繰越控除限度超過額とは 外国税額控除は、納付した外国税額が全額控除できるのではなく、控除限度額の範囲内に限定される。控除限度額は所得税だけでなく復興特別所得税、道府県民税、市町村民税のそれぞれにあり、この控除限度額を超える外国税額がある場合は、控除限度超過額として翌年以後3年間にわたって繰り越されることになる。 ② 「繰越控除限度超過額 ≧ 差引還付外国税額」の場合 還付年において納付した外国税額よりも還付外国税額が大きい場合、還付外国税額から納付外国税額を差し引いた残額(以下「差引還付外国税額」)と、過年度3年間から繰り越された控除限度超過額の残額を比較する。繰越控除限度超過額がある場合は、古い年分の控除限度超過額から差引還付外国税額を控除していく。 繰越控除限度超過額が差引還付外国税額より大きな場合又は繰越控除限度超過額と差引還付外国税額が同額の場合は、繰越控除限度超過額と相殺後の差引還付外国税額が0となるので、差引還付外国税額が雑所得の総収入金額に算入されることはない。 ③ 「繰越控除限度超過額 < 差引還付外国税額」の場合 還付年において納付した外国税額よりも還付外国税額が大きい場合で、かつ、繰越控除限度超過額が差引還付外国税額よりも少ない場合、繰越控除限度超過額から控除しきれなかった差引還付外国税額が生ずるが、この控除しきれなかった差引還付外国税額相当額は雑所得の総収入金額に算入される。 ④ 繰越控除限度超過額がない場合 還付年において納付した外国税額よりも還付外国税額が大きい場合で、かつ、繰越控除限度超過額がない場合は、差引還付外国税額は、雑所得の総収入金額に算入される。 *  *  * このように、文章で説明すると複雑にみえるが、「外国税額控除に関する明細書」の「1 外国所得税額の内訳」や「2 本年の雑所得の総収入金額に算入すべき金額の計算」の各欄に、指示に従って記載していくと、上述したルールに則りスムーズに計算できるようになっている。 外国税額控除の処理は1年間で完結するものではなく数年間にわたって影響を及ぼす可能性があることから、繰越控除限度超過額等を毎年正確に記載していくことが重要である。 なお、記載例については、資産税審理研修資料(平成30年7月作成)(東京国税局課税第1部 資産課税課 資産評価官)の「Ⅲ 所得税の国際課税と海外不動産の譲渡に係る外国税額控除事例」が参考となる(TAINSで入手可能(資産税審理研修資料H300700))。   (了)

#No. 362(掲載号)
#菅野 真美
2020/03/26

措置法40条(公益法人等へ財産を寄附した場合の譲渡所得の非課税措置)を理解するポイント 【第20回】「寄附財産が寄附日から2年以内に譲渡されても非課税措置を継続適用できる場合」

措置法40条(公益法人等へ財産を寄附した場合の 譲渡所得の非課税措置)を理解するポイント 【第20回】 「寄附財産が寄附日から2年以内に譲渡されても非課税措置を継続適用できる場合」   公認会計士・税理士・社会保険労務士 中村 友理香   - 質 問 - 譲渡所得の非課税措置を受けるためには、寄附財産が、その寄附日から2年を経過する日までの期間内に寄附を受けた公益法人等の公益目的事業の用に直接供され、又は供される見込みである必要があります。 ただし、この2年の期間内に寄附を受けた公益法人等が贈与を受けた寄附財産を譲渡しても、非課税措置の適用が可能な場合があると聞きました。どのような場合でしょうか。   - 回 答 - 原則は、贈与を受けた寄附財産を2年以内に公益目的事業に直接供さなければならないのですが、以下のケースにおいて、一定の代替資産を取得し、その代替資産を公益目的事業の用に直接供するのであれば、非課税承認の特例措置を継続して受けることが認められています(措令25の17③、措規18の19②③)。 ○●○◆ 解 説 ◆○●○ 譲渡所得の非課税措置(租税特別措置法第40条)を受けるためには、原則は、寄附を受けた財産をそのまま公益目的事業の用に直接供する必要がありますが、租税特別措置法施行令第25条の17第3項で規定された理由により、規定された財産を取得し、その財産を公益目的事業の用に直接供する場合は、継続して非課税措置の適用を受けることが認められています。 なお、上記⑦に規定された国税庁長官が認める「やむを得ない理由」及び「代替取得財産」は、以下のとおりです(措置法40条通達9)。   (了)

#No. 362(掲載号)
#中村 友理香
2020/03/26

収益認識会計基準と法人税法22条の2及び関係法令通達の論点研究 【第25回】

収益認識会計基準と 法人税法22条の2及び関係法令通達の論点研究 【第25回】   千葉商科大学商経学部講師 泉 絢也   オ 別段の定め不存在要件 (ア) 「別段の定め」の具体的範囲等 法人税法22条の2第2項は、資産の販売等に係る収益の額につき一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従って当該資産の販売等に係る契約の効力が生ずる日その他の1項に規定する日に近接する日の属する事業年度の確定した決算において収益として経理した場合には、1項の規定にかかわらず、その資産の販売等に係る収益の額は、「別段の定め(前条第4項を除く。)があるものを除き」、その事業年度の所得の金額の計算上、益金の額に算入するとしている。 立案担当者は、法人税法22条の2第1項の「別段の定め」の具体的例示として61条の2や64条等の規定を挙げた上で、2項の「別段の定め」も同様であると解説している(財務省『平成30年度 税制改正の解説』273~274頁参照)。 しかしながら、これと異なる見解も示されている。 すなわち、酒井克彦教授は、法人税法61条の2は22条2項の「別段の定め」であり、22条の2第1項や2項の「別段の定め」ではないこと及び法人税法22条の2第3項が2項の「別段の定め」に該当するという見解を示されている(酒井克彦『プログレッシブ税務会計論Ⅲ』255~257頁(中央経済社2019)参照)。 法人税法61条の2第1項は有価証券の譲渡損益の計上時期について、「その譲渡に係る契約をした日・・・の属する事業年度の所得の金額の計算上、益金の額又は損金の額に算入する」として、いわゆる約定日基準を定めている。 このことに鑑みて、立案担当者は、法人税法61条の2について、収益の計上時期として引渡基準を定める22条の2第1項や近接日基準を定める2項の「別段の定め」であると解しているのであろう。 法人税法22条2項の「別段の定め」に該当する場合、形式上、同項の「収益の額」には進まないという理解を一律に当てはめるのであれば、法人税法61条の2の適用がある場合には、同条が22条2項の「別段の定め」であるとして22条2項の「収益の額」には進まず、ひいては22条の2の適用もないという見解が出てきそうではある。しかも、法人税法61条の2は「収益の額」という語を使用していない。 このように考えると、同条は22条2項の「収益の額」とは異なるルートで益金の額に向かう規定であるという見方も成り立ちうる。 かように、法人税法61条の2が収益の計上時期に関する規律である22条の2第2項の「別段の定め」という立案担当者の解説は検討の余地があるか、少なくともわかりづらい面がある。 他方、法人税法64条は、長期大規模工事の請負について、その着手の日の属する事業年度からその目的物の引渡しの日の属する事業年度の前事業年度までの各事業年度の所得の金額の計算上、その長期大規模工事の請負に係る「収益の額」及び費用の額のうち、工事進行基準の方法により計算した金額を、益金の額及び損金の額に算入することを定めている。 同条は、法人税法22条の2第2項と同様、「収益の額」という語を用いることにより、資産の販売等に係る収益の計上時期に関する規律を定めている点で、同項の「別段の定め」として理解しやすい。 かように、法人税法22条の2各項が定める「別段の定め」の具体的範囲については、更に考究する余地がある。   (了)

#No. 362(掲載号)
#泉 絢也
2020/03/26

2020年3月期決算における会計処理の留意事項 【第4回】

2020年3月期決算における会計処理の留意事項 【第4回】 (最終回)   RSM清和監査法人 公認会計士 西田 友洋   Ⅹ 金融庁の平成30年度有価証券報告書レビューを踏まえた留意事項   2019年3月19日に金融庁より「平成30年度有価証券報告書レビューの審査結果及び審査結果を踏まえた留意すべき事項」が公表された。 これは、平成30年度の有価証券報告書レビューの実施状況を踏まえ、複数の会社に共通して記載内容が不十分であると認められた事項に関し、記載にあたっての留意すべき点を取りまとめたものである。 レビュー結果の内容は、上場会社のみならず、非上場会社の2020年3月期決算においても参考となる箇所がある。   1 有価証券報告書の経理の状況より前の開示 2 引当金、偶発債務等の会計上の見積り項目 3 繰延税金資産の回収可能性   Ⅺ 今後の改正予定   ASBJより、2019年10月30日に以下の公開草案が公表されている。   1 「会計方針の開示、会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準(案)」の公表 「関連する会計基準等の定めが明らかでない場合に採用した会計処理の原則及び手続」に係る注記の充実を図るべく、「会計方針の開示、会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準(案)(以下、「遡及基準案」という)」が公表された。 (1) 関連する会計基準等の定めが明らかでない場合 「関連する会計基準等の定めが明らかでない場合」とは、特定の会計事象等に対して適用し得る具体的な会計基準等の定めが存在しないため、会計処理の原則及び手続を策定して適用する場合をいう(遡及基準案44-4)。 例えば、以下が該当する(遡及基準案44-4、44-5)。 (2) 重要な会計方針に関する注記 関連する会計基準の定めが明らかな場合も明らかではない場合も採用した会計処理の原則及び手続(会計方針)を注記することは有用である。 そのため、遡及基準案では、関連する会計基準の定めが明らかではない場合も会計方針の変更注記が必要であることを明らかにしている。 具体的な「重要な会計方針に関する注記」は、企業会計原則注解(注1-2)の定めを引き継いだ以下の内容である(遡及基準案44-6)。 なお、会計基準等の定めが明らかで、当該会計基準等において代替的な会計処理の原則及び手続が認められていない場合には、会計方針の注記を省略することができる(遡及基準案4-5)。 (3) 適用時期 遡及基準案を適用したことにより新たに注記する会計方針は、表示方法の変更には該当しないが、遡及基準案を新たに適用したことにより関連する会計基準等の定めが明らかでない場合に採用した会計処理の原則及び手続を新たに開示するときには、追加情報としてその旨を注記する(遡及基準案25-3)。   2 「会計上の見積りの開示に関する会計基準(案)」の公表 日本では、IFRSと異なり、「見積りの不確実性の発生要因」に係る注記が少ない。そのため、このような注記情報を充実させるために「会計上の見積りの開示に関する会計基準(案)(以下、「会計上の見積り案」という)」が公表された。 (1) 会計上の見積り 「会計上の見積り」とは、資産及び負債や収益及び費用等の額に不確実性がある場合において、財務諸表作成時に入手可能な情報に基づいて、その合理的な金額を算出することをいう(会計上の見積り案3)。 (2) 開示目的 会計上の見積りでは、入手可能な情報に基づき合理的な金額を算出するが、見積りの方法や、見積りの基礎となる情報が財務諸表作成時にどの程度入手可能であるかは様々である。そして、財務諸表に計上する金額の不確実性の程度も様々である。 また、財務諸表の計上金額だけでは、当該金額が含まれる項目が翌年度の財務諸表に影響を及ぼす可能性があるかどうかを財務諸表利用者が理解することは困難である。 以上から、当年度の財務諸表に計上した金額が会計上の見積りによるもののうち、翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼす可能性が高い項目における会計上の見積りの内容について、財務諸表利用者の理解に資する情報を開示することを目的とする。 (3) 開示する項目の識別 会計上の見積りの開示を行うにあたり、当年度の財務諸表に計上した金額が会計上の見積りによるもののうち、翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼす可能性が高い項目を識別する。識別する項目は、通常、当年度の財務諸表に計上した資産及び負債である(会計上の見積り案5)。この識別した項目が注記対象となる。 〔項目の識別における留意事項〕 (4) 注記 上記(3)により識別した項目ごとに以下の内容を注記する。なお、当該注記は独立の注記項目とする(会計上の見積り案6、7、8)。 (5) 適用時期 適用初年度においては、表示方法の変更として取り扱う。ただし、財務諸表の組替え(企業会計基準第24号第14項の定め)を行わず、上記(4)の注記事項について、比較情報に記載しないことができる(会計上の見積り案11)。つまり、当期の注記のみで足りる。   3 「収益認識に関する会計基準(案)」等の公表 2018年3月30日に公表された企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」では、注記について、当該会計基準を早期適用する場合の必要最低限の以下の注記事項のみ定め、当該会計基準が本適用される時(2021年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首)までに、注記事項の定めを検討することとなっていた。 《注記事項》 また、以下の表示科目についても、同様に当該会計基準が本適用される時(2021年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首)までに検討することとなっていた。 《表示科目》 今回、検討が行われた結果、以下の公開草案が公表された。 (1) 表示科目 ① 顧客との契約から生じる収益 ② 収益と金融要素の影響(受取利息又は支払利息)の区分表示 顧客との契約に重要な金融要素が含まれる場合、顧客との契約から生じる収益と金融要素の影響(受取利息又は支払利息)を損益計算書において区分して表示する(収益認識基準案78-3)。 ③ 契約資産、契約負債又は顧客との契約から生じた債権 (2) 注記事項 注記事項が以下のように改正されている。 なお、連結財務諸表を作成している場合、個別財務諸表では、収益認識に関する注記のうち、(ⅰ)「収益の分解情報」及び(ⅲ)「当期及び翌期以降の収益の金額を理解するための情報」について注記しないことができる(収益認識基準案80-25)。 一方、連結財務諸表を作成している場合、個別財務諸表では、(ⅱ)「収益を理解するための基礎となる情報」の注記を記載するにあたり、連結財務諸表の記載を参照することができる(収益認識基準案80-26)。 (※1) 以下を注記する(収益認識基準案80-18)。 ・履行義務を充足する通常の時点(収益を認識する通常の時点) ・一定の期間にわたり充足される履行義務について、収益を認識するために使用した方法及び当該方法が財又はサービスの移転の忠実な描写となる根拠 ・一時点で充足される履行義務について、約束した財又はサービスに対する支配を顧客が獲得した時点を評価する際に行った重要な判断 (※2) 開示目的:顧客との契約から生じる収益及びキャッシュ・フローの性質、金額、時期及び不確実性を財務諸表利用者が理解できるようにするための十分な情報を企業が開示すること(収益認識基準案80-4)。 (※3) 注記を記載するにあたり、どの注記にどの程度の重点を置くべきか、また、どの程度詳細に記載するのかを考慮する。重要性に乏しい詳細な情報を大量に記載したり、特徴が大きく異なる項目を合算したりすることにより有用な情報が不明瞭とならないように、注記は集約又は分解する(収益認識基準案80-6)。 (※4) 上記(※2)の開示目的を達成するように、収益認識に関する注記について財務諸表利用者が理解できるようにするための情報を開示している限り、収益認識基準案第80-10項から第80-24 項(下記(ⅰ)から(ⅲ))の注記事項の構成に従って注記を記載しないことができる。また、開示目的(上記(※2)参照)に照らして、企業の収益及びキャッシュ・フローを理解するために適切であると考えられる方法で注記を記載する(収益認識基準案80-7)。 (※5) 収益認識に関する注記の内容を、重要な会計方針として注記している場合には、収益認識に関する注記として記載しないことができる(収益認識基準案80-8)。 (※6) 収益認識に関する注記の内容を財務諸表上の他の注記事項として記載している場合には、収益認識に関する注記を記載するにあたり、当該他の注記事項を参照することにより記載に代えることができる(収益認識基準案80-9)。 (ⅰ) 収益の分解情報 当期に認識した顧客との契約から生じる収益を、収益及びキャッシュ・フローの性質、金額、時期及び不確実性に影響を及ぼす主要な要因に基づく区分に分解して注記する(収益認識基準案80-10)。 また、「収益の分解情報」と「セグメント情報の各報告セグメント」について開示する売上高との間の関係を財務諸表利用者が理解できるようにするための十分な情報を注記する(収益認識基準案80-11)。 (ⅱ) 収益を理解するための基礎となる情報 顧客との契約が、財務諸表に表示している項目又は収益認識に関する注記における他の注記事項とどのように関連しているのかを示す基礎となる情報として、以下の(ア)から(オ)を注記する(収益認識基準案80-12)。 (※) 収益認識基準案第54項では、「変動対価の額には、変動対価の額に関する不確実性が事後的に解消される際に、解消される時点までに計上された収益の著しい減額が発生しない可能性が高い部分に限り、取引価格に含める。」と規定されている。 (ⅲ) 当期及び翌期以降の収益の金額を理解するための情報 (※1) 顧客との契約から受け取る対価の額に、取引価格に含まれない変動対価の額など、取引価格に含まれず、結果として収益認識基準案80-21の注記に含めていないものがある場合(収益認識基準案54参照)には、その旨を注記する(収益認識基準案80-23)。 (※2) いずれかの条件に該当するため、注記しなかった場合には、以下の事項を注記する(収益認識基準案80-24)。 ➤いずれの条件に該当しているか、及び当該条件を適用している履行義務の内容 ➤履行義務の残存期間 ➤注記に含めていない変動対価の概要(例えば、変動対価の内容及びその変動性がどのように解消されるのか) (※3) 収益認識指針案第19項では、「提供したサービスの時間に基づき固定額を請求する契約等、現在までに企業の履行が完了した部分に対する顧客にとっての価値に直接対応する対価の額を顧客から受け取る権利を有している場合には、請求する権利を有している金額で収益を認識することができる。」と規定されている。 (3) その他の注記 ① 債権又は契約資産に係る減損損失の注記 顧客との契約から生じた債権又は契約資産について認識した減損損失の注記は、不要である(収益認識基準案157)。 ② 工事損失引当金の注記 工事損失がある場合、以下の事項を注記する(収益認識指針案106-9)。 (注) 受注制作のソフトウェアにおける受注損失についても、上記の注記が必要である(収益認識指針案106-10)。 (4) 四半期財務諸表における注記 四半期(連結)財務諸表では、収益認識に関する注記として、以下を記載する(四半期基準案19(7-2)、25(5-3))。 (5) 適用時期 (6) 表示方法の変更 本会計基準の適用初年度に本会計基準の適用により表示方法の変更が生じる場合には、当該変更は、遡及基準第13項(1)の「表示方法を定めた会計基準又は法令等の改正により表示方法の変更を行う場合」として取り扱う(収益認識基準案89-3)。 表示方法の変更が生じる場合の、組替え等の対応は、以下のとおりである。 (連載了)

#No. 362(掲載号)
#西田 友洋
2020/03/26

改正相続法に対応した実務と留意点 【第13回】「遺留分に関する事例の検討」

改正相続法に対応した実務と留意点 【第13回】 「遺留分に関する事例の検討」   弁護士 阪本 敬幸   第5回で、遺留分に関する留意点について説明したが、今回は事例を元に検討してみる。   1 遺言の検索 まもなく(令和2年7月10日)遺言書保管法(法務局における遺言書の保管等に関する法律)が施行されるため、はじめに遺言書保管法に関連する点について簡単に触れておく。 公正証書遺言については、遺言検索システムが整備されていることはご承知のことと思う。相続人等の利害関係人は、被相続人の死後、被相続人の死亡を示す資料、利害関係人であることを証明する資料等を持って公証役場に行けば公正証書遺言を検索してもらえるので、相続人らはまず公正証書遺言の検索を行うべきである。 遺言書保管法が施行された以降は、遺言者は遺言書保管所(法務局)に遺言書を保管することが可能となる。何人も、特定の死亡した者について、自己が相続人・受遺者となっている自筆証書遺言が保管されているかどうかの証明書(遺言書保管事実証明書)の交付を求めることができる(遺言書保管法10条)ため、相続人は、公正証書遺言がない場合も、遺言書保管事実証明書の交付を求めて遺言書の有無を確認すべきである。 遺言書がある場合、相続人その他利害関係人は、遺言書の画像情報等を用いた証明書(遺言書情報証明書)の交付や、遺言書原本の閲覧をすることができる(遺言書保管法9条)。   2 遺留分の計算 (1) 遺留分の算定のルール 遺留分を算定するための財産の価額は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額から債務の全額を控除した額である(改正後民法1043条)。 相続人以外の者に対して行われた贈与は、相続開始前1年以内に行われたものに限り、遺留分算定の基礎となるが、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知っていれば、相続開始1年以上前の贈与も遺留分算定の基礎となる(改正後民法1044条1項)。 この場合、「遺留分を侵害すると知っていたこと」の立証責任は、遺留分侵害額請求を主張する側が負担する。実務上は、「遺留分を侵害すると知っていたこと」という内心を立証することは困難な場合が多いだろう。受贈者が、贈与を行う被相続人の財産状況をよく知っているといった状況がなければ、相続時に遺留分を侵害するということまで知ることはできないからである。この立証責任の観点は、実務上重要である。 以上の点は改正前民法と同様である。 相続人に対して行われた贈与は、相続開始前10年以内に行われたものに限り、遺留分算定の基礎となることと改正された(改正後民法1044条3項、1項)。また、相続開始の10年以上前の贈与であっても、当事者双方に害意があれば遺留分算定の基礎となることは、相続人以外の者に対する贈与と同様である。 ただし、相続人に対する贈与は、婚姻若しくは養子縁組のため又は生計の資本として受けた贈与の価額に限り、遺留分算定の基礎となる(改正後民法1044条3項)。 (2) 本件における遺留分の額 本件では、2015年1月1日に行われた、AからBに対する200万円の宝石の贈与は、生計の資本としての贈与ではないため、遺留分算定の基礎とはならない。AからBに対する自宅土地建物4,000万円の贈与は、相続開始前10年以内に行われたものであるため、遺留分算定の基礎となる。 またAからEに対する2,000万円の贈与は、相続開始の1年以上前に行われたものであるから、原則としては遺留分算定の基礎とはならないが、A・EがDの遺留分を侵害すると知っていた場合には遺留分算定の基礎に含まれる。Eに対する贈与は相続人以外の者に対する贈与であるので、生計の資本としての贈与であるか否かは関係しない。 この場合、Eが遺留分を侵害すると知っていたことの立証責任は、遺留分侵害額請求を主張するDが負担する。相続開始の6年以上も前のことであり、Aが死亡時に1,200万円の財産を残して死亡していたことからすれば、贈与時にはこれを相当上回る財産があった可能性があり、こうした状況を考慮すれば、Eの害意(遺留分を侵害すると知っていたこと)を立証するのは困難と思われる。Aが贈与時に収入を得ており、Aの財産が増える可能性があったというような事情があれば、なおさら、Eの害意を立証することは困難であろう。 DがA・E双方の害意を立証できない場合、Eに対する贈与は遺留分算定の基礎とはならず、Dの遺留分算定のための財産の価額は、2015年1月1日のBに対する贈与4,000万円と、遺言書によりB及びCに「相続させる」とされた預金合計1,200万円を合わせた5,200万円となり、Dの遺留分は650万円となる(改正後民法1042条)。 Dが、AからEに対する2,000万円の贈与の際、A・EがDの遺留分を侵害すると知っていたことを立証できた場合、Dの遺留分算定のための財産の価額は、2015年1月1日のB及びEに対する贈与合計6,000万円と、遺言書によりB及びCに「相続させる」とされた預金合計1,200万円を合わせた7,200万円となり、Dの遺留分は900万円となる(改正後民法1042条)。 (3) 遺留分侵害額の負担者に関するルール 遺留分侵害額の負担は、はじめに受遺者が負担し、受遺者が複数の場合・贈与が複数ある場合で贈与が同時であった場合はその価額に応じて負担し、贈与が異なる時期に行われていれば後の受贈者が先に負担することとされ、負担額の算出にあたっては、受遺者・受贈者が相続人である場合には、その遺留分は控除される(改正後民法1047条1項)。 また、遺留分負担の場面では、「相続させる」旨の遺言があった場合、特定財産承継遺言として(改正後民法1014条2項)、遺贈があった場合と同順位として扱われることが明文化された(改正後民法1047条1項)。 (4) 本件における遺留分侵害額の負担者 以下、AからEに対する2,000万円の贈与の際、A・EがDの遺留分を侵害すると知っていたとして論じる。 はじめに受遺者が遺留分侵害額を負担することとなるので、遺言書で「相続させる」とされた特定財産承継遺言に基づく承継財産であるBの200万円とCの1,000万円から、遺留分侵害額を負担することになる。 Bの遺留分は1,800万円、Cの遺留分は900万円であるから、Cは1,000万円から900万円を控除した100万円についてのみ、Dの遺留分侵害額を負担することになる。他方、Bは「相続させる」とされた200万円以外に4,000万円の生前贈与を受けており、Dの遺留分侵害額のうち200万円を負担してもBの遺留分は侵害されることはないから、「相続させる」とされた200万円について、遺留分侵害額を負担する。 こうして、受遺者Bが200万円、Cが100万円を負担することとなり、Dの遺留分侵害額の残額は600万円となる。この600万円については、受贈者であるBとEが贈与の価額に応じて負担することになる。ただし、Bに対する贈与については、Bの遺留分を控除した額を基礎とすることになる。 Bが贈与を受けた4,000万円からBの遺留分1,800万円を控除すると2,200万円、Eが贈与を受けた額は2,000万円であるから、Bは600万円×2,200万円/(2,200万円+2,000万円)=314万2,857円、Cは600万円×2,000万円/(2,200万円+2,000万円)=285万7,143円を負担することになる。   (了)

#No. 362(掲載号)
#阪本 敬幸
2020/03/26

今から学ぶ[改正民法(債権法)]Q&A 【第12回】「売買における買主の権利の明文化(その1)」

今から学ぶ [改正民法(債権法)]Q&A 【第12回】 「売買における買主の権利の明文化(その1)」   堂島法律事務所 弁護士 奥津  周 司法書士法人F&Partners 司法書士 北詰 健太郎   【Q】 今回の改正で、売買において目的物に不具合があった場合の買主の権利について改正がなされたと聞きました。どのような改正が行われたのでしょうか。 【A】 従来、「瑕疵(かし)担保責任」と言われていた、目的物に欠陥があった場合の売主の責任を「契約不適合責任」と改め、買主が救済を受けるための権利について整理が行われた。この改正により、売買契約等の契約書等の見直しが必要になる。 今回は、改正の概要を紹介し、次回は具体的に見直すべき契約書のポイントを紹介する。   1 「瑕疵担保責任」とは 「瑕疵担保責任」とは、売買の目的物に購入時点では明らかとなっていない欠陥(隠れた瑕疵)があった場合に、売主が買主に対して負担する責任のことである。売買にあたり売主は検品を行い、買主もチェックを行うが、一定程度不良品は発生してしまう。そのような場合に、買主に「解除」や「損害賠償」の権利を認めているのが「瑕疵担保責任」の制度である。 瑕疵担保責任の追及には、売主の帰責事由(検品をしっかりしなかったなど)が不要とされるなど、法律が特別に定めた「売主の責任」であると整理されていた。   2 「契約不適合責任」への名称変更 改正法では、目的物に欠陥があった場合の買主の救済制度をより分かりやすいものにするために、「瑕疵担保責任」を、売主が契約の内容に適合する目的物を納入しなかった場合に責任を追及できる「契約不適合責任」と改めることとした。 また、目的物が契約に適合していないときの買主の権利として、「解除」や「損害賠償請求」のほか、以下の権利が認められることとなった。 (1) 追完請求 売買の目的物に何らかの欠陥があるなど契約の内容に適合しないものであったときに、①修補の請求、②代物の請求、③数量が不足するときには不足分の請求ができる(改正法562条1項)。 いずれの方法による追完を請求するかは、原則として買主に選択権があるが、買主に不相当な負担を課するものでないときは、売主は、買主が請求した方法と異なる方法による履行の追完をすることができる(改正法562条1項但書)。 この権利は、現行法では明文化されていなかった権利であり、改正法によって権利が明確にされた。 (2) 代金減額請求 買主が(1)の追完請求をしても売主が追完に応じないときに、買主は、その不適合の程度に応じて、代金の減額の請求をすることができるとされた(改正法563条)。 また、上記(1)(2)のほか、瑕疵担保責任のもとにおいても認められていた「解除」や「損害賠償請求」については、改正法で以下のように変更が行われた。 (3) 解除 瑕疵担保責任のもとでは、その瑕疵によって「契約の目的を達成することができない」ときに解除ができるとされていた。 改正法においては、追完の催告(修補や代物の請求)をしても売主がこれに応じないときに、不適合の程度が契約及び取引上の社会通念に照らして軽微であるときには解除できないとされた(改正法541条但書)。 また、不適合の修補が不可能で、代物の提供もできないときなどは、不適合のない部分のみでは契約の目的が達成できないときに解除ができるとされた。 (4) 損害賠償請求 瑕疵担保責任のもとでは、損害賠償請求のためには売主の帰責事由が不要とされるものの、賠償責任の範囲は信頼利益の範囲に限定されると解されてきた。 これに対して改正法のもとにおいては、不適合がある場合でも、不適合が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして売主の責めに帰することができない事由によるものであるときは、売主は損害賠償責任を負わないとされた(改正法415条)。 また、賠償責任の範囲については、特段の制限はないので、通常の債務不履行と同様に「履行利益」を含むものと解される。   3 権利行使の期間 瑕疵担保責任の追及には、買主が「瑕疵を知ってから1年以内に解除又は損害賠償請求(権利行使)」をすることが必要とされていた。判例(最判平成4年10月20日民集46巻7号1129頁)では、権利行使をしたというためには、具体的な瑕疵の内容とそれに基づく損害賠償請求を行う旨を表明し、請求する損害額の根拠を示すといった必要があるなど、買主にとって負担が重いとの批判があった。 改正法では、買主は契約に適合しないことを知ってから1年以内にその旨を通知すれば、追完請求や損害賠償請求などの権利は保全されることとなり、買主の負担は軽くなった。 (了)

#No. 362(掲載号)
#奥津 周、北詰 健太郎
2020/03/26

〔検証〕適時開示からみた企業実態 【事例45】アスクル株式会社「(暫定)指名・報酬委員会「報告書」等および独立社外取締役候補者による「抱負文」に関するお知らせ」(2020.2.6)

〔検証〕 適時開示からみた企業実態 【事例45】 アスクル株式会社 「(暫定)指名・報酬委員会「報告書」等および独立社外取締役候補者による「抱負文」に関するお知らせ」 (2020.2.6)   公認会計士/事業創造大学院大学准教授 鈴木 広樹   1 今回の適時開示 今回取り上げる適時開示は、アスクル株式会社(以下、「アスクル」という)が2020年2月6日に開示した「(暫定)指名・報酬委員会『報告書』等および独立社外取締役候補者による『抱負文』に関するお知らせ」である。別紙として、(暫定)指名・報酬委員会による「報告書」、「アスクルのコーポレートガバナンス上の課題についての基本姿勢」、独立社外取締役候補者による「抱負文」が添付されている。 本連載の【事例39】で述べたとおり、同社は、2019年8月開催の定時株主総会以後、独立社外取締役が不在となっていたため、2019年9月12日に(暫定)指名・報酬委員会を設置し(同日に「(暫定)指名・報酬委員会の設置および同委員の選任について」を開示)、同委員会が独立社外取締役の候補者を探していた。今回、その候補者が揃ったというのである。 「報告書」には、独立社外取締役候補者の指名の経緯などが、「抱負文」には、その独立社外取締役候補者による抱負が記載されている。なお、なぜ指名・報酬委員会に(暫定)が付いているのかというと、同社において、指名・報酬委員会は、独立社外取締役がいないと、設置できないとされているからである。   2 アスクルモデルとは? 「アスクルのコーポレートガバナンス上の課題についての基本姿勢」の最初には、次のような記載がある。 そして、「報告書」の中には、次のような記載がある。 「日本企業のコーポレートガバナンスにおけるベストプラクティス」である「アスクルモデル」とは、具体的にはどのような体制なのだろうか。(暫定)指名・報酬委員会は、「指名・報酬委員会規程」の改定を検討しているとしており、「報告書」では、その「たたき台」が示されている。 これを見ると、アスクルモデルとは、独立社外取締役中心の意思決定体制であることがわかる。最高経営責任者(CEO)以外は全員が独立社外取締役で構成される指名・報酬委員会が(②)、CEO、取締役、執行役員などの人事と報酬(③、④)以外のことも決定するとされている(⑤)。 同委員会が直接決定するわけではなく(強い監督機能を与えようとしているのだが)、あくまで取締役会は、同委員会の答申、勧告を尊重するとされているだけだが(⑥)、尊重されなかった場合、同委員会は、株主総会等において意見を表明することができるとされている(⑧)。   3 機能するのか? 「アスクルのコーポレートガバナンス上の課題についての基本姿勢」には、次のような記載もある。上掲の「報告書」の中の記載に、「今回の一連の事態を『災い転じて福となす』精神で」とあったが、アスクルモデルが目指されるようになった背景には、本連載の【事例39】で取り上げた、「今回の一連の事態」すなわち「ヤフー・アスクル問題」がある。 独立社外取締役が再任されないという事態に直面し、その反動で(災い転じて福となそうとして)、やや極端にも見えるほど、独立社外取締役に強い力を与えようとしているのかと思われる。なお、【事例39】で述べたとおり、「ヤフー・アスクル問題」は親子上場の問題ではなかったはずである。 独立社外取締役に強い力を与えるアスクルモデルは、上手く機能するのだろうか。おそらく結果は極端な形であらわれるように思われる。上手く機能すれば、とても素晴らしい結果をもたらすだろうし、そうでなければ、極めて悲惨な結果をもたらすことになるだろう。 これまで本連載でいくつかの事例を取り上げてきたが、指名委員会等設置会社だからといって、必ずしも企業統治が優れているわけではない。独立社外取締役の数を増やしたからといって、また、その力を高めたからといって、必ずしも企業統治の質が高まるわけではないはずである。独立社外取締役の登用が上手くいくかは、結局のところ、独立社外取締役の質と、会社が彼らの知見を経営に活かせるか否か(一方的に受け入れるわけではない)による。 アスクルモデルは、適当な者が独立社外取締役に選ばれ、彼らが会社をよく理解し、会社関係者とのコミュニケーションを密にした上で意思決定を行えば、上手く機能するだろう。逆に、適当でない者が独立社外取締役に選ばれ、彼らが独善的な意思決定を行えば、目も当てられない事態を招くことになるだろう。アスクルモデルは、ベストプラクティスとなる可能性も有しているし、ワーストプラクティスとなる可能性も有している。 (了)

#No. 362(掲載号)
#鈴木 広樹
2020/03/26
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