《相続専門税理士 木下勇人が教える》 一歩先行く資産税周辺知識と税理士業務の活用法 【第1回】 「特別寄与料に関する今後の相続実務と事前コンサル」 公認会計士・税理士 木下 勇人 1 民法改正による新設規定 現行民法では、被相続人の介護や看病などに尽くした「相続人」のみ、その貢献により被相続人の遺産の増加又は維持に貢献したと認められる場合、遺産分割に際して、相続分を増加させる「寄与分」の制度が存在する。つまり、相続人でない親族(例えば長男の嫁)が被相続人の介護や看病に尽くしても、現行民法上は遺言がない限り、相続財産を取得することはできない。 しかし、民法改正における「特別寄与料」の新設により、寄与した親族(相続人を除く6親等内の親族と3親等内の姻族。以下、「特別寄与者」という)は相続人に対して特別寄与料を請求できることになった(本制度の施行日は2019年7月1日)。 2 相続税申告実務における影響 (1) みなし遺贈 平成31年度税制改正により、この特別寄与料について、被相続人から遺贈により取得したものとみなし、相続税を課すこととされた(相法4②)。 (2) 2割加算の適用 上記(1)のとおり、みなし遺贈により財産の取得者が被相続人の一親等の血族及び配偶者以外の者となるため、相続税額につき2割加算の対象となる(相法18)。 (3) 支払う相続人側の処理 相続人が支払うべき特別寄与料の額は、当該相続人に係る相続税の課税価格から控除する(相法13、21の15)。 (4) 修正申告・更正の請求等の「特則」対象 相続税法上で定められている修正申告や更正の請求等の「特則」の対象に、「特別寄与料を被相続人から取得した場合」が加わり(相法31②、32①七、35②五)、改正民法と合わせ、本年7月1日以後に開始した相続から適用されることとなった。更正の請求期間は、他の特殊事情が生じた場合と同様に、特殊事情が生じた日の翌日から4ヶ月以内となる。 3 相続手続における影響 (1) 各種書類への署名押印 特別寄与者には、あくまで相続人に対する特別寄与料の請求権のみ認められており、遺産分割協議には参加できない。つまり、遺産分割協議書への署名押印はないが、相続税申告書への署名押印は生じる。 (2) 特別寄与料の請求手続 特別寄与料の金額は、請求者と相続人との協議にて決定されるが、協議が整わない場合等は相続が開始したこと及び相続人を知った時から6ヶ月又は相続開始の時から1年以内に限り、家庭裁判所に審判の申立てを行うことが可能である(改正民法1050)。 特別寄与料を請求するためには、被相続人の介護や看病などに尽くしたエビデンスを残すことも実務上必要になるため、生前からの意識的な対応が望まれる。 4 特別寄与料に対する生前対策 税理士が「相続税申告」実務において留意すべき事項は上記2のとおりとなるが、あくまでこれは特別寄与者による特別寄与料の請求とその支払が生じた場合における対応である。つまり、事後的な処理に過ぎない。 検討すべきは、①特別寄与料を請求する特別寄与者の心理的負担、②特別寄与者が相続税申告書に署名押印することによる財産開示の可能性である。つまり、①特別寄与者が特別寄与料を相続人へ請求するということは親族間で遺恨を残すことになり、特別寄与者本人にも心理的に負担となる。また、②相続財産全てを相続税申告書で特別寄与者へ開示する結果となるため、相続人側からしても可能であれば特別寄与者へは未開示である方が望ましいと考える。 そこで、税理士として生前にアドバイスをするならば、特別寄与者が特別寄与料を相続人へ請求しない仕組み作りの提案ではないだろうか。 仮に、遺言や死亡保険金で長男の嫁に財産を残しても②は解決できない。これに対して、被相続人から特別寄与者へ生前贈与を実行すれば、①②も解決可能となる。相続又は遺贈により財産を取得しないため、3年内贈与加算も適用されない。また、被相続人から生前に感謝の気持ちを伝えることで介護をする方、介護をされる方もどちらも良好な関係が築けると考える。 以上より、民法改正を学ぶことにより「生前贈与」の必要性を説くという視点も、相続のコンサルティングを行う立場として有用と考える。 (了)
〈Q&A〉 印紙税の取扱いをめぐる事例解説 【第68回】 「消費税率等引上げに伴い作成される消費税額等増額分に係る変更契約書②」 税理士・行政書士・AFP 山端 美德 消費税率引上げに伴い、基本契約書の契約金額等を変更する契約書を作成しましたが、印紙税の取扱いはどうなりますか。 (事例1) (※) 原契約は清掃請負業務の基本契約で、第2号文書(請負に関する契約書)に該当すると同時に、継続的取引の基本となる契約でもあるため、第7号文書(継続的取引の基本となる契約書)にも該当するものとします。 (事例2) (※) 原契約は物品の売買基本契約で、継続的取引の基本となる契約であるため、第7号文書に該当するものとします。 事例1は第2号文書に該当し、印紙税額は記載金額なしの200円となる。 事例2は不課税文書となる。 [検討1] 事例1の月額清掃金額は第2号、第7号文書の重要な事項に該当するか 第2号文書の重要な事項には「契約金額」が定められている。消費税額等の変更は契約金額そのものを変更するものではないが、契約金額に付随するものであり、重要な事項に該当する。 また、第7号文書の重要な事項には「単価」が定められているが、単価そのものを変更するものではないため、重要な事項には該当しない。 したがって、事例1は第2号文書に該当することとなり、記載金額については契約金額そのものを変更するものではないため、記載金額なしの第2号文書に該当する。 ただし、契約金額、単価に消費税額等が区分記載されていない場合は、契約金額、単価に変更があることとなるので注意が必要である。 [検討2] 事例2の単価は第7号文書の重要な事項に該当するか 事例2の文書は、物品の譲渡に関する契約である。第7号文書の重要な事項の「単価」の変更に該当するかどうかであるが、[検討1]のとおり単価自体は変更がないため、重要な事項の変更には該当しない。このため、物品の譲渡に関する契約であり、第7号文書にも該当しないため、不課税文書となる。 ただし、[検討1]と同様に、契約金額、単価に消費税額等が区分記載されていない場合は単価に変更があることとなるので注意が必要である。 ▷まとめ 第2号文書の非課税規定には、記載金額が1万円未満であれば非課税とする規定がある。このことから、消費税額等の金額を区分記載した場合の変更契約は記載金額がない第2号文書となるものの、消費税額等の具体的な金額が1万円未満の場合は非課税として取り扱われている。 しかし、事例1の文書に記載の、新たに課される消費税額等の具体的な金額について、月額の消費税額等は明らかにされているが、原契約の残りの契約期間がわからないため、その総額は計算できない。したがって、この場合は第2号文書の1万円未満かどうかの非課税判定ができないため、非課税文書には該当しない。 (了)
法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例5】 「医療法人の有する医業未収金の償却と損金経理」 国際医療福祉大学大学院准教授 税理士 安部 和彦 【Q】 私は都内で病院を経営する医療法人の理事長兼院長で、医師です。都内有数の観光地の近隣という私の病院の立地する場所柄、外国人の旅行者が患者として訪れるケースが年々増加しておりますが、最近、病院経営上、私の頭を悩ましている問題が、外国人患者の治療費に係る未収金についてです。 日本人の患者さんは、わが国が誇る公的医療保険制度によりその治療費の大半がカバーされますので、治療費の回収漏れはそれほど大きな問題とはなっておりませんが、外国の患者さんはその背景が様々であり、高額の医療費をカバーする海外旅行保険に加入している人もいれば、旅行代金を捻出するのが精一杯で保険にまで気が回らないという人も少なからずいるようです。 外国人旅行者が救急車で運ばれてきて、緊急手術となり、入院するとなると治療費は高額となり全額自費となりますが、無保険の旅行者の場合、その金額を払えないというケースがここ数年頻発しています。しかもこの場合、旅行者が本国に治療費を支払う前に帰国してしまうと、以後その費用を回収することは事実上不可能となります。 そのため、やむを得ず未回収の治療費を回収不能であるとして償却することを余儀なくされるわけですが、先日医療法人が受けた法人税の税務調査で、申告調整で貸倒損失として減算した回収不能な医業未収金につき、損金経理を行っていないため損金算入が認められないと調査官に言われました。 医業未収金の償却については、法人税法上、損金経理は要件とされていないものと理解していますが、それでよろしいでしょうか、ご教示ください。 【A】 医業未収金につき、回収努力を行ったにもかかわらず回収の見込みがないため、債権としての経済的価値が無価値化したものと考えられる場合、法人税法上、その損金算入には損金経理要件が課されていないため、申告調整で貸倒損失として償却・減算した場合においても、損金算入が認められるものと考えられます。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 医業未収金の性格 医業未収金とは、会計上は流動資産の一類型で、医療機関が患者に対し治療等のサービス(医業活動)を提供したのにもかかわらず、未だ回収できていない債権(未収入金)をいう。医業未収金は病院会計特有の勘定科目で、一般企業の売掛金に該当するが、運営費補助金収入など医業活動以外の収益に対する未収金及び未収収益とは発生要因が異なるため、貸借対照表の表示上、厳密に区別されなければならないといえる。 近年、医業未収金が医療機関の経営に深刻な影響を及ぼしていることが指摘されている。すなわち、回収が遅延しているないしできない医業未収金(※1)は、病医院のキャッシュフローや収益に甚大な影響を及ぼしかねないのである。 (※1) 医業未収金の大部分は、保険診療に係る収益計上時期と支払基金等からの入金のタイミングのずれ(概ね2ヶ月程度)に基づき生じるもので、当該金額に関しては、査定減の問題はともかくとして、回収不能の問題はほとんど生じないものと考えられる。 これに関する実態調査としては、例えば、厚生労働省の平成29年度「『病院経営管理指標及び医療施設における未収金の実態に関する調査研究』報告書」があり、それによれば、医業未収金のうち回収可能性に問題がある「異常債権(※2)」の状況は以下の通りである。 (※2) 一定期間入金のない債権や回収されない可能性があると医療機関が判断した債権をいう。なお、同報告書によれば、医業未収金に占める異常債権の割合(入院外来合計)は約20%である。 〇医療機関の異常債権額の推移(入院外来合計) (出典) 厚生労働省 平成29年度「『病院経営管理指標及び医療施設における未収金の実態に関する調査研究』報告書」47頁 また、損金処理した医業未収金額及びその異常債権額に対する割合は、以下の表の通りである。 〇損金処理した医業未収金額及びその異常債権額に対する割合の推移(入院外来合計) (出典) 厚生労働省 平成29年度「『病院経営管理指標及び医療施設における未収金の実態に関する調査研究』報告書」50頁 (2) 外国人旅行者と医業未収金 さらに、厚生労働省の当該報告書によれば、訪日外国人(観光やビジネス等の目的で来日し、かつ日本の公的医療保険に加入していない外国人)の異常債権額及び件数は以下の通りである。下記の表から、救急搬送の場合、その件数に比して異常債権額がかさむ傾向にあることがわかる。 〇訪日外国人の異常債権額及び件数の推移(入院外来合計) (出典) 厚生労働省 平成29年度「『病院経営管理指標及び医療施設における未収金の実態に関する調査研究』報告書」51頁 訪日外国人の医業未収金は、一度発生すると回収が困難となるケースが少なくない。なぜなら、質問にもある通り、旅行者である訪日外国人が治療費を支払う前に本国(居住地国)に帰国してしまうと、国内の場合と異なり、裁判等の法的手段により強制的にその費用を回収することは事実上不可能となるためである。 なお、前記報告書によれば、訪日外国人に対する医業未収金予防策として、以下の表の通りクレジットカードやデビットカードでの支払い対応といった対策を採っているが、十分とはいえないようである。 〇訪日外国人に対する医業未収金予防策 (出典) 厚生労働省 平成29年度「『病院経営管理指標及び医療施設における未収金の実態に関する調査研究』報告書」60頁 (3) 医業未収金の損金算入 それでは、医療法人が抱える医業未収金が何らかの理由で回収不能となった場合、税務上どのタイミングで損金処理されるのであろうか。通達によれば、医業未収金等の債権が回収できないことから貸倒損失として損金算入が認められるのは、以下のケースである。 ① 法律的に債権が消滅した場合(法基通9-6-1) これは、具体的には以下のケース及び金額をいう。 本件のように、外国人旅行者が無保険で支払い能力がない場合や、支払う前に本国へ帰国し追跡が不可能な場合については、当該要件には該当しないものと考えられる。 ② 事実上の貸倒れ・経済的無価値化による貸倒れ(法基通9-6-2) 債務者の状況、支払能力等からその全額が回収できないことが明らかになった場合は、その明らかになった事業年度において貸倒損失として損金に算入される。ただし、担保物があるときは、その担保物を処分した後でなければ損金に算入されない。 入院等のケースで、連帯保証人がいる場合には、連帯保証人の資産の状況や支払能力等をも勘案して、回収不能か判断することとなる。 本件の場合、回収努力にもかかわらず回収できない場合には、債権(医業未収金)が経済的に無価値化したと考えられることから、貸倒損失として損金に算入される余地は十分あるものと考えられる。 ③ 一定期間弁済がなされない場合(法基通9-6-3) 継続的な取引を行っていた債務者の資産の状況、支払能力等が悪化したため、その債務者との取引を停止した場合において、その取引停止の時と最後の弁済の時などのうち最も遅い時から1年以上経過したとき(担保がない場合)は、貸倒処理した金額が損金に算入される。これは医業未収金の場合、適用されるケースは稀であろう。 また、同一地域の債務者に対する売掛債権の総額が取り立て費用より少なく、支払いを督促しても弁済がない場合にも、貸倒処理した金額が損金に算入される(取立費用>債権額)。こちらの方は、医業未収金の場合にも適用されるケースがあるだろう。 (4) 医業未収金と損金経理 上記(3)の検討から、本件は事実上の貸倒れ・経済的無価値化による貸倒れ(法基通9-6-2)に該当する可能性が十分あるものと考えられる。そうなると、次に検討すべきは、課税庁が指摘したように「申告調整で貸倒損失として減算した回収不能な医業未収金につき、損金経理を行っていないため損金算入が認められない」ということなのかどうかである。 法人税基本通達の9-6-2は、その全額が回収不能となった金銭債権は、「貸倒れとして損金経理することができる。(※3)」としているが、これを根拠に損金経理を損金算入の「要件」としていると解することはできないものと考えられる。なぜなら、納税者の租税負担に直接影響を及ぼす損金算入の要件(課税要件)は法令によって定められるべき事項であり、租税法の法源には該当しない通達によって定めるのは適切ではないからである。 (※3) なお、昭和55年の基本通達改正前は「損金経理をした場合に限り損金の額に算入する。」とされていたが、これは法人税法の法令解釈通達としては「誤っていた」と考えられるであろう。 また、法人税法が損金算入に際し損金経理を要件とするのは、いわゆる「内部取引」についてであるが、貸倒損失は客観的な事実に基づく「外部取引」に属するものであるから、損金経理を要件としていないのである。もちろん、回収不能債権は直ちに貸倒処理を行うというのが会社法ないし企業会計の基本的な考え方であるが(会規5④)、そうであるからといって、法人税法にない要件を通達で新たに課すということはできないものと解される。 この点につき、裁判所は以下の通り判示している(福井地裁昭和59年11月30日判決・税資140号421頁、控訴審名古屋高裁金沢支部昭和62年3月30日判決・TAINSコード:Z157-5898も同旨)。 したがって、申告調整で貸倒損失として減算した回収不能な医業未収金については、損金経理を行わなくとも損金算入が認められることとなる。 (5) 医業未収金の貸倒(償却)処理の税務実務 理論的には上記の通りであるが、実務上、医業未収金の損金処理に関し重要なのは、貸倒(償却)処理すれば税務上も自動的に損金算入されるわけではないということである。また、貸倒れの事実を証憑等で客観的に立証できれば、税務調査においても利益調整であるとして否認される可能性は低いであろう。 税務上損金処理が認められるような、医業未収金の償却処理のためには、以下の点が重要と考えられる。 (了)
~税務争訟における判断の分水嶺~ 課税庁(審理室・訟務官室)の判決情報等掲載事例から 【第25回】 (最終回) 「相続財産の範囲について預金等を管理運用していた事実のみから 直ちに判断することはできないとした事例」 税理士 佐藤 善恵 (※) ( )内の青色文字は、略称設定であり、以下その略称を使用する。 〔概要等〕 本件は、Y税務署長が被相続人の妻名義の預金等(本件預金等)の一部は被相続人の遺産であるなどとして、相続税の更正処分等を行ったことから、相続人ら(原告)がその処分の取消しを求めて提訴した事案である。 〔納税者の主張〕 本件処分で問題となった丁名義の預金等(本件預金等)は、丁が被相続人に働きかけた結果、被相続人から贈与されたものである。 本件丁名義の預金口座等は、丁の筆跡により開設等されており、またそれらの通帳及び印鑑は丁が管理していた。また、不動産権利証、定期預金証書、有価証券等の重要書類を保管していた貸金庫の名義も丁であり、丁は被相続人名義の預金等とともに管理していた。 本件調停では、丁は一貫して本件預金等は被相続人から生前贈与されたものである旨主張するなど、丁自身が贈与を受けた旨の認識を有しているのだから、本件預金等は同人の財産であり相続財産ではない。そのことは本件調停の前提事実ともなっており、本件処分に関する名義預金の帰属判定においても重要な判断要素となる。 〔裁判所の判断〕 実際に生前贈与をした土地建物の持分については贈与契約書が作成された上で、丁がY税務署長に対して同贈与によって納付すべき贈与税はない旨の申告書を提出していた。しかし、本件預金等についてはそのような手続を何ら採っていないことも考慮すると、被相続人がその原資に係る財産を丁に対して生前贈与したものと認めることはできないというべきである。 遺産分割調停は、遺産の存在を前提に、当該遺産の分割について当事者間の自由な合意により成立することを基本とする制度であって、調停機関は当事者間の意思に反した何らかの判断を示すものではない。そして、仮に当事者間における自由な合意が課税庁を拘束することになると、当事者間において遺産の範囲を狭くする旨の合意をすることによって、容易に相続税の課税を免れることが可能になるのであり、そのような事態は、税負担の実質的公平を害することとなって、妥当でないというべきである。したがって、原告らが主張する上記事由をもって、本件預金等が丁の財産であるということはできず、原告らの上記主張を採用することはできない。 〔判断の分水嶺〕 本判決は財産の帰属判定について上記〔本判決の解釈〕のように解した上で、特に「当該財産の名義人がその名義を有することになった経緯等」に着目した。丁が被相続人の(本人名義の財産も含む)財産を全般的に専ら管理運用等していたといった状況も重要な要素であった。 裁判所の判断の背景には、上記の下線部分(実質的公平を害する旨)の価値判断が大きいと考えられる。 〔本判決が示唆するもの〕 名義預金等の帰属については、一般的には、本判決のように原資の出捐者や管理運用状況などが判断要素となるが、被相続人の財産全般について特定の相続人が専ら管理運用等していたような場合は、管理運用等の状況のみをもって直ちに帰属判定をすることにはリスクが伴うということである。 以下、参考までに本情報の「コメント」を紹介する。 (連載了)
〈桃太郎で理解する〉 収益認識に関する会計基準 【第9回】 「もしボス猿が陰にいたとしたら~本人か代理人かで異なる収益表示」 公認会計士 石王丸 周夫 1 “ひとかじり”しかできないサル 桃太郎のところへ、近くのサル山からサルがやってきた場面です。 「桃太郎さん、お腰につけたきびだんごを、1つ私にくださいな。」 「鬼ヶ島について来るならあげましょう。」 「もちろんついていきます!」 「では、1つあげよう。」 きびだんごをもらったサルは、さっそくその場でひとかじりしました。けれどもそれ以上は食べず、かじった残りを木の葉で大事に包みました。 「おや、それしか食べないのかい?」 「ボス猿に言われているのです。桃太郎さんからきびだんごを1つもらったら、ひとかじりだけして、残りは持って帰ってこいと。」 「ボス猿、ねぇ・・・」 実際の『桃太郎』には、ボス猿がいるという話はありませんが、ここではサルがボス猿の指示を受けて桃太郎のところにやって来たことにしてみました。 そこでは、サルが収益認識するにあたって検討すべきことがあります。 それは「収益の額をいくらにするか?」ということです。 サルの収益は、桃太郎からもらったきびだんご「ひとつ」分なのか、あるいは実際に食べることができた「ひとかじり」分なのか、どちらでしょうか。 収益認識会計基準では、この点についてルールが設けられています。 まず、サルが桃太郎からきびだんごをもらった時の、サルの貸借対照表を示しておきましょう。きびだんごは1つ100円とします。 資産サイドに載っているのは、サルが桃太郎からもらったきびだんご1つです。サルにとってはひとかじりしかできないきびだんごですが、サルがいったん1つもらったことは事実なので、貸借対照表上、きびだんご1つ分(100円)を計上します。 負債サイドはサルの義務を示しています。サルはきびだんご1つの見返りに、鬼退治に同行することを約束したので、このあと履行するその約束(義務)を負債に計上します。金額はきびだんご1つと同額の100円です。この100円がまるごと収益になるのなら「前受金」としますが、そこはまだ結論が出ていないため、ここでは「仮受金」としています。 サルはきびだんごをもらうと、すぐにひとかじりします。ひとかじりした直後の貸借対照表は以下のとおりです(ひとかじり分を30円とします)。 サルがかじった分は、サルが桃太郎に提供する労務サービスの原価になります。サルが収益を計上するタイミングに合わせて原価計上するので、それまではサル自身に対する前渡金としておきます。なお、きびだんごの残高はその分減っています。 ここまでは特に異論ありませんね。 問題はここからです。 2 サルはボス猿の代理人? 桃太郎の一行は鬼ヶ島に到着しました。 サルは、すぐに城門を乗り越え、中から門の鍵を開けると、すぐさま鬼に立ち向かっていきました。サルは桃太郎のところへ来る前に、鬼との戦い方もボス猿から教わっていたようです。 このあと、鬼との戦いは無事に終わり、桃太郎一行は宝物を持って、おじいさんとおばあさんのところへ帰ってきます。サルはその時点で履行義務を充足したことになり、収益を認識します。 さて、ここで問題になるのは、先ほど述べたように、「サルの収益は100円なのか30円なのか」という点です。 鬼退治同行サービスがサル自ら提供するサービスだというのなら、サルの収益は100円です。その場合、ボス猿に差し出す70円分のきびだんごについては費用とします【収益と費用の総額表示】。 そうではなくて、鬼退治同行サービスがボス猿の提供するサービスであり、サルはその手伝いにすぎないというのなら、サルの収益はひとかじり分の30円です。これは、もらったきびだんご100円からボス猿に差し出す70円分を引いた残りの額です【収益と費用の純額表示】。 前者の場合、サルの役割は『本人』、後者の場合は『代理人』と呼ばれます。 その見極めのポイントは、鬼退治同行サービスが桃太郎に提供される前において、「サルがそのサービスを支配しているかどうか」という点です。 わかりやすく言えば、「主導権を握っているかどうか」ということです。 握っていれば「本人」、握っていなければ「代理人」です。 ここでは特に、ボス猿がサービスの提供先を指図している点に着目します。ボス猿はサルに桃太郎のところへ行くように指示しているので、サルの意思で勝手に別のところに行くことはできません。したがって、このサービスを支配しているのはボス猿だと考えられます。 これに加えて、以下の3点も参考にします。サルがいずれにも該当しなければ、サルは代理人とみなされる可能性が高いです。 ① サービス提供に際し、主たる責任を有しているか。 ② 在庫リスクを有しているか。 ③ 価格設定の裁量権を有しているか。 まず①です。サルはボス猿に言われたとおりに戦っているだけであり、鬼退治同行サービスを主導したのは、サルではなくボス猿の方だったと読めます。したがって、①はサルに該当しません。 次は②ですが、サルはあらかじめこのサービスを生産してストックしていたわけではなく、在庫リスクは負っていません。したがって、②もサルには該当しません。 ③は価格設定の裁量権ですが、ボス猿がきびだんごを「1つ」もらってこいと命令しており、サルの取り分についても「ひとかじり」であるとボス猿が決めていました。価格設定の裁量権はボス猿にあると読めます。したがって、③もサルには該当しません。 以上から、サルは①~③のいずれにも該当せず、総合的に考えて「代理人」であると判定されます。したがって、サルが計上する収益は、ボス猿から許された「ひとかじり」に相当する30円ということになります。 ▷今回のまとめ 取引における役割が、収益の表示金額を左右することがあります (了)
企業結合会計を学ぶ 【第16回】 「事業分離の会計処理④」 -受取対価が現金等の財産と分離先企業の株式である場合の分離元企業の会計処理- 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 事業分離に関する受取対価については、本連載における次の回で解説している。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 受取対価が現金等の財産と分離先企業の株式である場合の分離元企業の会計処理(分離先企業が子会社となる場合) 現金等の財産と分離先企業の株式を受取対価とする事業分離において、分離先企業が子会社となる場合や子会社へ事業分離する場合、分離元企業は次の処理を行う(事業分離等会計基準24項、109項、109-2項、結合分離適用指針99項、104項、230項、232項)。 Ⅲ 受取対価が現金等の財産と分離先企業の株式である場合の分離元企業の会計処理(分離先企業が関連会社となる場合) 現金等の財産と分離先企業の株式を受取対価とする事業分離において、分離先企業が関連会社となる場合や関連会社へ事業分離する場合、分離元企業は次の処理を行う(事業分離等会計基準25項、110項、結合分離適用指針105項)。 Ⅳ 受取対価が現金等の財産と分離先企業の株式である場合の分離元企業の会計処理(分離先企業が子会社、関連会社及び共同支配企業以外となる場合) 子会社、関連会社及び共同支配企業以外へ事業分離した後も引き続き分離先企業が子会社、関連会社及び共同支配企業以外である場合や事業分離により分離先企業が子会社、関連会社及び共同支配企業以外となる場合(分離先企業の株式がその他有価証券に分類される場合)において、その対価として現金等の財産と分離先企業の株式を受け取った場合、分離元企業は、原則として、移転損益を認識する(事業分離等会計基準23項、結合分離適用指針106項)。 当該分離先企業の株式の取得原価は、移転した事業に係る時価又は当該分離先企業の株式の時価のうち、より高い信頼性をもって測定可能な時価に基づいて算定する(事業分離等会計基準26項、結合分離適用指針106項)。 なお、その時価が移転した事業に係る時価の場合、当該分離先企業の株式の取得原価は、当該移転した事業に係る時価と対価として受け取った現金等の財産の時価との差額として算定する(結合分離適用指針106項)。 (了)
「働き方改革」でどうなる? 中小企業の労務ポイント 【第4回】 「残業時間の上限規制(その2)」 -労働時間管理のための計画的な業務配分と事前申請制度の活用- Be Ambitious社会保険労務士法人 代表社員 特定社会保険労務士 飯野 正明 前回は新たに法定された残業時間の上限規制と、それに伴い変更となった36協定の手続きといった労働時間のルールについて説明しました。今回はこれらのルールを守るために必要となる労働時間管理のポイントについてお話します。 まずは、労働時間のルールについて改めて整理しておきましょう。 ▷新しい労働時間のルール ① 法定労働時間を超える労働(時間外労働)は1ヶ月45時間以内が原則 この時間外労働の原則は、すべての従業員が知っておかなければなりません。もちろん、管理職が管理するべき事項ですが、何もかも管理職頼みとするのは無理があるでしょう。 時間外労働は毎日積み重ねられていくものであるため、リアルタイムでの時間把握が必要となります。従業員自身の労働時間のことは自らで管理させるのが確実であるため、会社としては従業員に自らの労働時間の管理を促すよう呼びかけていく必要があります。 「私の今月の時間外労働がこのままだと45時間を超えそうなのですが・・・」と部下が自ら上司に言ってくれるようになることが会社としては理想的です。 なお、1日の時間外労働の上限は各社の36協定において締結されているものであり、その時間に対する制限は特にありません。 ② 特別条項付き36協定を締結することによって、月45時間を超える時間外労働が許されるが、年6回以内でなければならない 労働時間の管理を行う立場としては、1年のうち従業員の時間外労働が45時間を超える可能性がある月を「6回」想定・計画しておく必要があります。年間の業務スケジュールを立て、特別条項を適用しそうな月を予め洗い出しておくのです。 例年と違うタイミングで特別条項を適用する場合には、当初計画した分と合わせて月45時間を超える時間外労働が年6回以内に収まるのかを確認しながら、従業員に時間外労働を行わせる必要があります。 例えば、1年のうち、春と秋が忙しい従業員Aさんは、例年5ヶ月程度、特別条項を適用して時間外労働を行っています。つまり、あと1回しか特別条項を適用できないわけです。しかしながら、今年は、例年であれば業務が落ち着いている8月に臨時の業務が入ってしまい、45時間を超える時間外労働を行うことになりました。 計画どおりであれば、Aさんはこれ以上45時間を超える時間外労働を行うことができません。しかし、もし年末に臨時の業務が入ってしまったら、どうしたらよいでしょうか。 その場合は同僚や上司に助けを求め、業務の分散化を図るなどして、なんとしてもAさんの時間外労働を45時間以内に抑えなければなりません。 なお、この場合における「1年」とは、各社の36協定の有効期間の「1年」となります(仮に36協定の有効期間が6/1~5/31の1年だとすれば、その期間となります)。 ③ 特別条項を適用する場合は、36協定に定める所定の手続きが必要 特別条項を適用する場合は、36協定に記載されている「労使協議の上」や「通告の上」などの所定の手続きが必要です。 つまり、もともと定めた時間外労働の限度時間(原則:1ヶ月45時間・1年360時間)を超える前に、管理者としては「超えそうだ」ということに気づく必要があり、かつ、「超える前に」所定の手続きを経ることで限度時間を超える時間外労働を従業員に行わせることが可能となるのです。この一定の手続きを経ないで時間外労働を行わせた場合には、法律違反(※)となってしまいます。 (※) 法律違反をした会社に対しては「6ヶ月以下の懲役又は30万円以下の罰金」が科せられる恐れがあります。 法律違反とならないためにも、前述したように従業員自身による労働時間管理をさせることもさることながら、当然ながら管理職も部下の時間外労働の現状を定期的に確認するなど、限度時間を「超える前」に手を打てる体制を全社的に整えておく必要があります。 ④ 時間外労働は1年720時間以内とし、かつ、「時間外労働」+「休日労働」は1ヶ月100時間以内で、2~6ヶ月の各期間における1ヶ月あたりの平均は80時間以内 法改正前の36協定では、「時間外労働」の上限時間と「法定休日」に労働させることのできる日数の上限を定めており、時間と日数は別での管理となっていました。 しかしながら法改正後は、従業員の「時間外労働」と「休日労働」の合計時間が限度時間となるので、常に把握する必要があります。 〔図表〕 36協定における限度時間 〔図表〕のとおり、特別条項の有無にかかわらず、1年を通して常に「時間外労働」+「休日労働」を1ヶ月100時間未満、2~6ヶ月平均で80時間以内に収めなければなりません。 例えば、特別条項の適用とはならない45時間以内の時間外労働であっても、休日労働を加えて1ヶ月100時間未満としなければ法律違反となってしまいます。 ▷労働時間管理のシミュレーション 以下では、法改正後の労働時間管理をシミュレーションしながら解説していきます。 下記の〔事例〕は、ある従業員の4月から9月までの時間外労働等の実績です。 〔事例〕 ある従業員の時間外労働等の実績 まず、6・8・9月においては1ヶ月45時間を超えた「時間外労働」となっていますので、特別条項の適用を受けなければなりません。つまり、45時間を超える前に36協定で定める所定の手続きが必要となります。 次に、各月の「時間外労働」と「休日労働」の合計を見ていくと、いずれも100時間未満となっているので、法律違反ではありません。 最後に、9月を終えた時点での2~6ヶ月の平均を見ると となり、すべて80時間以内となっているので法律違反とはなりません。 では、10月の「時間外労働」+「休日労働」は何時間以内に抑えれば法律違反とはならないのでしょうか。 2~6ヶ月の平均(10・9月、10・9・8月、10・9・8・7月、10・9・8・7・6月、10・9・8・7・6・5月)のすべての時間を80 時間以内とするには、10月の「『時間外労働』+『法定休日』≦81時間」とする必要があるのです。 このことを10月が始まる前(9月が終了した時点)で、本人と管理職が確認したうえで働くことが法律違反とならないために重要なこととなります。 ▷計画的な業務配分 今後は、管理職が部下の時間外労働等をリアルタイムで把握しておかなければ、残業を指示することができなくなります。 〔事例〕の場合、10月が繁忙期であれば、直近の労働時間を抑えておく必要があるのです。そのようにして、11月以降も常に直近2~6ヶ月の平均が80時間以内となるよう「時間外労働+休日労働」を行わせなければなりません。 なにしろ1ヶ月45時間を超える時間外労働は年6回しかできないのです。今後は、月単位、季節単位、年単位などで計画的に業務を配分して従業員の労働時間をコントロールすることが重要となります。 また、従業員自身も自らの業務の進捗状況と時間外労働等を把握して、必要に応じて上司に報告・相談ができる体制が理想的です。 ▷事前申請制度の活用 従業員に時間外労働や休日労働を行わせる場合には「事前申請制度」を活用することをおすすめします。従業員から事前申請を行わせることで、 といったことについても目を配ることが可能となります。 労働時間管理のためにも特定の人に業務を集中させない仕組みづくりが求められます。 (了)
空き家をめぐる法律問題 【事例13】 「土地の所有者が借地上の建物を取り壊す場合の方法」 弁護士 羽柴 研吾 - 事 例 - 私は、父から相続した土地を所有しています。その土地は、祖父の代に「A」という方が借りており、数年前まで「B」という方が住んでいたと父から聞いていました。現在、借地上の建物は「A」名義で登記されたままであり、物置として利用されているようです。 ある日、私の自宅に、その土地の所在する市役所から空き家特措法に基づく助言の通知が届きました。借地上の建物は、昨今の風水害で倒壊のおそれがある状態となっているようです。私には、その土地を使用する予定はなく、建物の倒壊の危険もあるので、土地を更地にしておきたいと考えています。どのような方法が考えられますか。 1 はじめに 大都市や地方に限らず、借地上の建物の所有者が不明又は行方不明になっている事案が一定数存在する。このうち、借地上の建物が保安上の危険な状態になっているような事案においては、土地の所有者は、建物に対する管理等の権限を有していないため、民法上の事務管理(民法697条)として応急処置をするような場合を除いて建物を取り壊すことはできない。 また、市町村長には、空き家等対策の推進に関する特別措置法(以下「空き家特措法」という)上、特定空家等の所有者等に対し、除却等の措置を命じる権限が与えられたが、建物に対する管理等の権限を有していない土地の所有者に対して、建物の除却命令までは出すことはできない。 このような建物を放置することは、周囲への危険が増大するだけでなく、不動産の利活用という観点からも妥当ではない。 そこで今回は、保安上危険な状態になっている建物が借地上に存在する場合に、土地の所有者が更地にするために建物の取壊しを求めていく方法について検討することとしたい。 2 借地上の建物の所有者を特定する方法 建物所有目的の借地の場合、借地人が建物を賃貸に供する場合には、土地所有者の承諾は要件とはならないため、実際の居住者と建物の所有者が一致しないこともある。また、建物の所有者に相続が発生していても、相続登記がなされない場合には、建物の所有者の特定はますます困難になる。本件のような事案の土地の所有者としては、借地上の建物の所有者を特定する作業から始める必要がある。 本件では、建物の名義人は「A」であるが、「B」が相談者の祖父や父親に地代を支払っていたと証拠上認められる場合には、「B」が建物の所有者である可能性が高い。なお、筆者の経験上、建物の賃借人が、借地人に代わって、土地の所有者に対して地代相当額を支払っていたような事案もあり、本件のような「B」が必ずしも建物の所有者であるとは限らないが、「B」が地代を支払っていたことは、「B」が建物の所有者であると判断する有力な証拠となるだろう。 次に、「B」がどのようにして「A」から建物の所有権を取得したのかが問題になるところ、「A」から売買契約によって建物の所有権が譲渡されたのであれば、所有権移転の登記を受けているはずである。本件のように、建物の登記名義人が「A」である原因としては、「B」が「A」を相続した後に、相続登記をしていないということが想定される。「A」の相続が開始しており、複数の相続人によって建物が共有されている場合には、建物を取り壊すためには、全員の同意が要件(民法251条)となるため、この点からも「A」の相続の状況を確認することが必要となる。 「A」の相続開始の有無は、「A」の住民票の除票等を確認すれば判明する。ただし、住民票の除票の保存年限は、住民登録が抹消されてから5年(住民基本台帳法施行令34条)とされているので、保存年限を理由に除票を取得できない場合には、登記簿上の建物所在地を本籍地と仮定するなどして、「A」の戸籍の附票を取得して、「A」の生存の有無や現住所を把握することが考えられる(戸籍の附票も保存年限が5年とされているので、留意が必要である。なお、政府は、平成31年3月15日に、住民票の除票の保存年限を5年から150年に延長する法案を閣議決定した)。 「A」の戸籍情報を取得できれば、「A」の相続人を特定していくことが可能となる。なお、「B」にも相続が開始している可能性があるので、「B」の相続開始の有無については、「A」同様に、「B」の住民票の除票や戸籍の附票を確認する中で判明するであろう。 以下では、上記のような調査によって、「B」が「A」の唯一の相続人(相続放棄をしたと認められる事情はない)であることまで判明したが、「B」の連絡先までは特定できなかった場合を想定して、建物の除却をする方法を検討することとしたい。 3 建物の取壊しを求める方法 (1) 不在者財産管理人を利用する方法 本件においては、建物が倒壊の危険もあることから、取壊しを前提とした手法を検討する必要がある。本件では「B」の行方が不明であることから、不在者財産管理人の選任を申し立て、不在者財産管理人に、借地契約の合意解除及び建物の取壊しの権限外行為許可を得させる方法が考えられる。 この場合、申立人となる土地の所有者は、家庭裁判所に予納金を支払う必要があるが、建物の除却を前提としている場合には、予納金には管理人の報酬に加えて、解体費用の見込額も含めて納付することが求められる可能性があるので留意が必要である。 上記のような方法は、土地の所有者が建物取壊費用を負担することを受忍できるような場合には、有効な方法となるだろう。 (2) 失踪宣告を利用する方法 次に、「B」が行方不明になってから7年を経過している場合には、失踪宣告を申し立てる方法が考えられる。失踪宣告が認められ、「B」に相続人が存在する場合には、当該相続人との間で、相続人が建物を取り壊すことを前提として、借地契約の合意解除の交渉を行うことになる。 一方、「B」に相続人が存在しない場合(相続放棄の場合を含む)には、相続財産管理人を申し立て、上記(1)の不在者財産管理人と同様の方法をとることになるだろう。 (3) 建物収去土地明渡請求をする方法 さらに、土地の所有者は、賃料不払等を理由に債務不履行解除をしたとして、建物収去土地明渡請求訴訟を「B」に対して提起する方法が考えられる。この場合、「B」は行方不明であるため、裁判書類の送達は公示送達によって行われることになる。土地の所有者は、請求認容判決を債務名義にして強制執行をすることになるが、その費用は、事実上、土地の所有者が負担することになるだろう。 なお、公示送達事案の場合でも、原告は、借地契約の内容と解除原因を最低限主張しなければならないので、過去の資料を確認して、月額の賃料額や履行遅滞となっている期間等を特定する必要がある。 ところで、平成4年8月1日以前に成立した借地契約においては、旧借地法の建物の「朽廃」による借地権の消滅という構成も考えられるが、物置として利用されているような場合は、「朽廃」と認められる可能性は低いと思われる。 (4) その他(行政の代執行を要請する方法) 土地の所有者が、市町村長に対して、空き家特措法に基づく略式代執行を要請する方法が考えられる。もっとも、空き家特措法においては、代執行に要した費用について、「B」の不在者財産管理人の選任を市町村が申し立て、「B」の有する財産から回収することが想定されている。 そのため、借地の場合には、本件の相談者の所有する土地から回収することはできず、その他に「B」に換価可能な財産が見込まれない場合には、市町村長が略式代執行を適時に行わないことも想定される。そのため、本件のように建物倒壊の危険が切迫しているような場合には、略式代執行による建物の取壊しを期待することは妥当ではないように思われる。 (5) 小括 上記の検討からすると、訴訟提起の方法は、土地の所有者の時間的・経済的負担が最も重い方法と考えられるので、一般論としては、上記(1)や(2)の方法を選択されることになるだろう。建物の取壊しを求めて訴訟提起が行われるのは、上記(2)のように相続人との間で協議が成立しないような場合など限られた場面になるように思われる。 4 空き家の解体費用の補助金を活用する方法について 老朽化した空き家を所有者として取り壊す場合、市町村による補助金を利用できることがある。補助金を受けられる要件は市町村によるが、その多くは、新耐震基準適用前の昭和56年5月31日までに建築された建物であることを要件としている。 建物の取壊し費用は相当の負担になるため、建物の所有者としては、補助金を利用することも視野に入れて対応されたい。 (了)
〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第20話】 「個人住民税の非課税措置」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 「子供の貧困対策として・・・未婚ひとり親を支援する・・・」 浅田調査官は、平成31年度の税制改正大綱を見ながらつぶやく。 「これって・・・どう思います?」 昼休みに新聞を読んでいる中尾統括官に尋ねる。 「・・・でもそれは・・・所得税ではなく、個人住民税の非課税措置の話だろう?」 中尾統括官は迷惑そうに答える。 「ええ・・・まぁ、そうなんですけど・・・この『未婚のひとり親』の規定が、『事実婚状態でない』ということになっているのですが・・・その判定は難しいと思うんです・・・」 そう言いながら、該当する地方税法の条文を読む。 「これが、地方税法24条の5第1項2号の規定です。」 浅田調査官は、中尾統括官に条文を見せる。 「そして・・・この『単身児童扶養者』については、地方税法23条1項12の2号で、次のように規定しています。」 「上記の下線部分を読むと、結局、事実婚であれば、単身児童扶養者に該当しないことになりますが・・・この『事実婚であるか否か』の判定については・・・実務上、難しいのではないかと・・・そういえば、内縁関係も事実婚と同じなのですか?」 浅田調査官は、中尾統括官の顔を見る。 「・・・『事実婚』という概念は、一般的には、当事者間の主体的な意思に基づく選択によって婚姻届を出さないまま共同生活を営むことをいう・・・これに対して『内縁関係』は、当事者間に婚姻意思がありながらも婚姻の届出を出すことができないような社会的事情がある場合をいうから・・・この地方税法23条1項の2は、その趣旨から、当然、内縁関係も含まれることになるだろうな。」 中尾統括官の説明は続く。 「そして、児童扶養手当法に基づいて、『児童扶養手当が支給されない場合』としては、次のケースがある・・・」 中尾統括官は、浅田調査官を見ながら、ペンを執る。 「このように、支給される児童扶養手当については、事実婚を排除する手法として、事実婚状態でないことを確認した上で支給されることになっている・・・そこで地方税法23条1項12の2号では、『児童扶養手当の支給を受けている当該児童』という規定を挿入することで、個人住民税の非課税から事実婚を排除している・・・」 中尾統括官の説明に、浅田調査官は頷く。 「ところで、シングルマザーって・・・日本では多いのかな・・・」 中尾統括官は頸を傾げる。 「厚生労働省の調査によると、母子世帯になった理由として、2011年に「未婚の母」(7.8%)が「死別」(7.5%)を初めて上回り、2016年にはその差がさらに広がって、「未婚の母」(8.7%)「死別」(8%)になっています・・・」 浅田調査官は右手に厚生労働省の「全国ひとり親世帯等調査結果報告」のコピーを持っている。 「しかし・・・この個人住民税の非課税措置に対しては、逆に結婚を選択しないカップルの増加を助長し、伝統的な家族観を揺るがす懸念がある・・・という批判もある。」 中尾統括官は、数日前に読んだ新聞記事を思い出す。 「ところで、未婚のひとり親にも寡婦控除を適用すべきであるという意見があるけれど、もともと寡婦控除は、結婚した後に、配偶者と死別したり離婚した者の所得税や住民税を控除するという趣旨の制度であって、未婚のひとり親をその中に入れること自体、違和感があると・・・私は思う・・・」 中尾統括官は腕を組みながら、言う。 「ただ、与党の平成31年度税制改正大綱の検討事項の4では、次のように書かれています。」 そう言うと、浅田調査官は、ゆっくりと読み上げる。 「・・・ということで、寡婦控除と未婚のひとり親の関係の議論は来年度に持ち越されたわけですが・・・厚生労働省の統計によると、母子世帯の母親の年間就労収入は、全体の平均が200万円ですが、未婚の場合は177万円になっていることを考えると、国としても早急に対策を講じなければ深刻な問題になりますし・・・子供の貧困対策は、税金だけでは十分に対処しきれないと思います・・・」 浅田調査官は、真剣な顔で言う。 (つづく)
《速報解説》 JIPCAより「非営利組織における財務報告の基礎概念」及び 「非営利組織モデル会計基準」の公開草案が公表される ~法人形態を超えた財務報告の共通性向上を図る~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2019年4月26日、日本公認会計士協会は、非営利組織会計検討会による報告「非営利組織における財務報告の検討~財務報告の基礎概念・モデル会計基準の提案~」(公開草案)を公表し、意見募集を行っている。 これは、非営利組織における財務報告の在り方に関する「財務報告の基礎概念」と「モデル会計基準」について検討した報告書である。 意見募集期間は2019年6月3日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 非営利組織における財務報告の共通性を高めていく必要性が高まっているとの認識のもとで、非営利組織における財務報告の基礎概念及び非営利組織モデル会計基準(以下「モデル会計基準」という)の案を提案している。 次の附属資料がある。 1 モデル会計基準の位置付け モデル会計基準は、非営利組織に該当する法人に適用される会計基準のモデルとなる枠組みとして位置付けられ、非営利組織に該当する法人に適用される複数の会計基準間の相互整合性を高め、財務報告の目的を達成することを可能とする。 2 企業会計の基準との関係 財務報告の基礎概念、認識及び測定に関する個別論点の検討に当たっては、非営利組織の財務報告目的及び組織特性の反映を基軸としつつ、企業会計との整合性を考慮している。 3 対象組織 モデル会計基準は、民間非営利組織を対象としているので、営利企業及び公共部門に属する経済主体(政府、自治体、独立行政法人その他の政府機関等)は対象組織に含まれない。 また、組織の大小にかかわらず、全ての非営利組織に共通して適用すべき会計の在り方を提示しているものである。 4 財務報告の基礎概念 非営利組織の組織特性、財務報告の目的、有用な財務情報の質的特性、財務諸表の構成要素、認識と測定といった財務報告の基礎となる概念を検討し、「非営利組織における財務報告の基礎概念」として取りまとめている。 資源提供者及び債権者を非営利組織の財務報告における主たる情報利用者と考えている。 非営利組織の財務報告における財務諸表の構成要素である資産、負債、純資産、収益、費用について整理している。そのほか、認識及び測定についても整理している。 5 モデル会計基準 モデル会計基準は、財務報告の基礎概念を受けて、非営利組織において財務諸表を作成するためのルールを定めたものであり、非営利組織の各現行制度、その下に運用されている各会計基準、実務上の取扱いを踏まえて整理し、以下について記載している。 (了)