税務争訟に必要な 法曹マインドと裁判の常識 【第6回】 「税務訴訟における裁判所の判断過程の特徴等」 弁護士 下尾 裕 【第4回】及び【第5回】においては、税務訴訟における裁判所の価値判断について説明してきたが、今回からはこうした価値判断を踏まえた裁判所の判断過程、具体的には、事実認定及び法令適用(法令解釈)について順次検討する。 その手始めとして、本稿では、税務訴訟における裁判所の判断過程の特徴について説明するとともに、裁判所における事実認定の在り方について見てみることとする。 1 税務訴訟における裁判所の判断過程の特徴 裁判所は、①事実認定(前提事実の確定)、②前提事実に対する法令の適用、③法令の適用から導かれる結論(法律効果)の確定という作業を行うことにより、個別の紛争等についてその判断を示している。こうした裁判所の判断過程の大枠は、税務訴訟とそれ以外の裁判手続とで大きく変わるところはない。 ここで、税務訴訟における判断過程の特徴を挙げるとすれば、以下のような点が挙げられると考えられる。 上記の中でも特に重要なのは、(2)の特徴である。税理士目線で見た時に、税務訴訟の判断が時として理解しにくいものになるのは、私法上の考え方が事実認定及び法令適用の両面に強く影響するという特徴に起因するものであるからである。 ここで改めて【第1回】で紹介した、レポ取引に関する東京地判平成19年4月17日を見てみたい。すでに説明したとおり、この裁判例は、レポ取引における差益が当時の所得税法第161条第6号における「利息」に該当するか否かが問題になった事案である。 この事例を例に判断過程をあえて分解すると、裁判所は、①まず事実認定として、当事者間で行われた「レポ取引」の内容等を認定するにあたり、この取引が売買契約及び再売買契約であるのか、それとも金銭消費貸借契約に類似した契約であるのかという私法上の契約評価を行うことになる(※)。 (※) 読者の中には、こうした契約上の評価の問題は事実認定ではなく、法令解釈の問題なのではないかとの疑問を持つ方もいらっしゃるかもしれないが、訴訟において認定の対象となる事実には、多かれ少なかれ評価の要素が混入しているものであり、特に売買等、日常的に登場する契約類型の評価(日常的法律概念と呼ばれるもの等)については事実と一体のものとして考えるのが裁判実務となっている(司法研修所編「民事訴訟における事実認定」17頁~18頁参照)。 次に、裁判所は、②認定した契約を前提にその差益が上記「利息」に該当するのかを判断することになるが、ここでは「利息」が借用概念であることを前提に、「利息」の解釈に私法上の概念を持ち込むことになる。この説明からも、私法上の考え方が、①事実認定としての契約評価及び②法令適用における「利息」の解釈の両面に影響を及ぼしていることがお分かりいただけるであろう。 〈イメージ図〉 このように税務訴訟においては、案件にもよるものの、私法上の概念の影響を多かれ少なかれ意識せざるをえないのであり、本連載のテーマである「法曹マインド」は、こうした私法上の考え方を検討していく上で有用となるものである。 2 事実認定の枠組み では、裁判所における事実認定の判断プロセスとは、具体的にはどのようなものなのだろうか。これに対する答えをやや乱暴に言えば、裁判官が「経験則」に従って、まず間違いないであろう事実の存在を認めるプロセスである。 ここでの「経験則」とは、「人間は一定の場合に通常このような行動をとる」といった蓋然性を意味し、この経験則を前提とすることにより、完全ではないものの、案件を担当する個々の裁判官の判断過程について一定の統一性を担保する構造になっている。 この「経験則」というものを理解する例として、不動産売買契約の成立の有無が問題となっている事例を考えてみたい。 ご承知のとおり、民法上は、保証契約等を除き、一般に契約書を書面にすることは要求されてないが、現実には取引金額が大きく、登記申請も必要となる不動産取引では契約書を取り交わすのが通常である。こうした「通常」こそが経験則であり、裁判所も、このような「通常」を想定して、証拠として不動産売買契約書が提出されなければ、特段の事情のない限り、不動産売買契約の成立を認めない方向で判断を行うことになる。 また、我々が日常生活していく中では、当事者間の合意内容を確認する意味で契約書の取り交わしが行われる場合が多く、こうした経験則を踏まえ、契約書等の証拠は裁判所の事実認定において非常に重要な意味を持つことになる。 現に、判例においても、契約書等が当事者の意思に基づいて作成したことに争いがない場合、特段の事情がない限り、記載どおりの事実を認定すべきものとされている(最高裁昭和45年11月26日判決集民101号565頁)。 一方で、契約書が存在しない場合又は契約書に条項の記載がない場合に、契約又は特定の合意の存在が一切認められないかというとそうとは限らない。例えば、当事者間で取引されたのが100円のパンであった場合、当事者間でわざわざ売買契約書を作成しないのが通常であり、契約書が存在するのはむしろ不自然である。このような場面では、「契約書が存在しない」という事実の位置付けが全く異なってくることになる。 また、仮に不動産取引であっても、例えば、敵対する第三者に契約書を開示する必要があるなど、当事者間において合意内容のすべてを契約書に記載することができない特別な事情が明らかになれば、同じく、契約書に一定の合意の記載がないことの意味合いは変わってくるであろう。 以上の説明からもお分かりいただけるかと思うが、事実認定における「経験則」とはあくまで「通常」という一定の傾向であって絶対的なものではありえず、常に例外的場面があることが前提になっている。 税務訴訟を戦っていく上で重要なのは、裁判所の事実認定における「経験則」の位置付け及び契約書等の一般的重要性をよく理解するとともに、例えば、不動産取引において契約書に定めのない合意を主張する場合など、経験則に照らして例外的状況を主張する場合には、なぜ一般的傾向が当てはまらないのかということの合理的理由等を積極的に説明していく必要があることを、念頭に置いておくことである。 * * * 次回は、税務訴訟における法令適用(法令解釈)について具体的に検討してみたい。 (了)
〔“もしも”のために知っておく〕 中小企業の情報管理と法的責任 【第14回】 「書類等の管理ミスによる情報漏えいの防止策」 弁護士 影島 広泰 -Question- お客様の名前と住所が記載された伝票の束が、入れておいたはずのキャビネットからなくなっていることに気づきました。社内の者が廃棄したのか、あるいは外部へ持ち出されたのかは不明です。当社のような場合は「漏えい」に当たりますか。 また、このような事態の発生を防止するために、会社として、どのように対応すべきでしょうか。 -Answer- 個人情報保護委員会が定める「漏えい等事案」に当たります。 防止策としては、「台帳」の整備と、削除・廃棄の記録の整備が重要です。 【第11回】で述べた2017年の統計によれば、「うっかりミス」による個人情報漏えいの原因として3番目に多いのは「管理ミス」である。 今回の事例のような、あるべき書類があるべき場所に無いことが発覚したが、紛失したのか廃棄したのかが分からない、というのは「管理ミス」の典型例である。 1 紛失した可能性があるだけで「漏えい」なのか 今回の事例のように「紛失したのか廃棄したのかが分からない」、あるいは「おそらく廃棄したのだと思うが、紛失したのかもしれない」という状態で、個人情報保護委員会への報告などを考える必要があるのであろうか。 これまで繰り返し述べてきたとおり、個人情報保護法20条では、個人データについての安全管理措置が定められている。 この条文から分かることは、安全管理措置を講じて防止しなければならないものには、「漏えい」だけではなく、「滅失」と「毀損」も含まれているということである。今回の事例のような「紛失」は、「漏えい」に当たらないとしても「滅失」と「毀損」のいずれかには当たるであろうから、防止する措置を講じる義務があることになる。 また、個人データが漏えい等した際にやるべきことを定めている個人情報保護委員会「個人データの漏えい等の事案が発生した場合等の対応について(平成29年個人情報保護委員会告示第1号)」は、対象とする事案について以下のとおり定めている。 ここでも対象は「漏えい」、「滅失」、「毀損」が対象となっているが(上記(1))、その「おそれ」も対象になっていることに注意する必要がある(上記(3))。 つまり、漏えい、滅失又は毀損したことが確実でなくても、その「おそれ」があるだけで「漏えい等事案」に当たることになり、上記告示に従った対応を要することになるのである。 以上から、 ① 管理ミスによる紛失については、個人情報保護法20条により防止策を講じる義務があり、 かつ、 ② 紛失(滅失・毀損)が発生した「おそれ」があれば、個人情報保護委員会の告示の「漏えい等事案」に当たるものとして対応しなければならない ということになる。 2 管理ミスによる紛失の防止策 通則ガイドラインが定める安全管理措置のうち、管理ミスによる紛失を防止するために重要と考えられるものが2つある。 (1) 「個人データの取扱状況を確認する手段の整備」(組織的安全管理措置) まず、組織的安全管理措置(【第2回】参照)の一環として、「個人データの取扱状況を確認する手段の整備」が義務付けられている。これについて、通則ガイドラインは以下のとおり定めている。 ここで例示されている手法をそのまま実践すれば、以下のような表を作成することになる。 このような表のことを、一般に「個人情報取扱台帳」や「個人データ管理台帳」などと呼ぶ。これにより、どの部署にどのような個人データがあるのかを一覧表にして把握することができるのである。 通則ガイドライン上は、台帳を作ることは単なる「手法の例示」に過ぎず、台帳を作らなければ必ず義務違反になるわけではないが、何らかの「個人データの取扱状況を確認する手段の整備」は義務付けられている。また、個人情報保護委員会も「中小企業向けQ&A(抜粋版)(平成30年7月)」において以下のとおり、台帳は「有効な取組である」としている。 したがって、「台帳」を整備することは、中小企業においても積極的に検討すべき事項であるといえるであろう。 このような台帳を整備して随時更新しておけば、どこの部署にどのような情報があるのかを把握することができ、管理ミスを防止する体制のベースができることとなる。 (2) 「個人データの削除及び機器、電子媒体等の廃棄」(物理的安全管理措置) 次に、物理的安全管理措置(【第3回】・【第4回】参照)の一環として義務付けられている「個人データの削除及び機器、電子媒体等の廃棄」について、通則ガイドラインは以下のとおり定めている。 ここで注目すべきは、削除や廃棄をした場合に「記録を保存すること」が「重要である」とされている点である。「重要である」とされているに過ぎないから、記録を保存していないからといって直ちに義務違反となるわけではないが、管理ミスの防止策としては大いに参考になる(※)。なぜなら、削除・廃棄したかどうかが分からないというのは、削除・廃棄の記録を残していないから発生する事象だからである。 (※) なお、マイナンバー法のガイドラインでは、削除・廃棄の際の記録は義務付けられている。このことからも、削除・廃棄の際の記録の重要性が分かる。 以上から、「管理ミス」への対応としては、①台帳の整備と、②削除・廃棄の記録の整備の2つが重要であるといえるであろう。 (了)
老コンサルタントが出会った 『問題の多い相続』のお話 【第5回】 「特別寄与料制度は前途多難」 ~費用対効果を考えれば生前贈与か遺贈がベター?~ 財務コンサルタント 木山 順三 〔民法改正で息子の嫁にも日が当たる?〕 平成30年に行われた民法改正によって、今年の7月から「特別寄与料の請求権」(民法1050条)が創設されます。 いわゆる従来は相続人にしか認められていなかった寄与者が、六親等内の血族および三親等内の姻族まで「特別寄与者」として認められ、一定の要件により、相続人に対して金銭の支払を請求できるようになりました。すなわち、同居内の義父母の介護をする息子の嫁にも日の目が当たることになったのです。 ただし、これですべてが解決とは言えず、これまで数多くの相続事例を目の当たりにしてきた筆者としては、かえって揉めごとが増える一因になるのでは・・・と懸念しています。 今回は、人様のお世話をする立場を他人と身内に分け、各々の利害関係者の心の内をそっと覗いてみたいと思います。 〔面倒見の良いお手伝いさんを息子が勝手に解雇、そのワケは?〕 私が信託銀行員として勤務していた当時のお話です。Aさんは高齢かつ身体障害者で、阪神間にお一人で住んでいました。かつては一流企業の副社長として活躍されておられたAさんも、奥さまに先立たれ、家族は東京在住の長男一人でした。 そんな折、お世話をしていた私のもとにAさんから連絡がありました。 「木山さん、悪いけど400万円、預金から引き出して持参してください。理由は来られてから説明しますから。」 すぐにお伺いし理由を聞きますと、どうやら息子が勝手に解雇したお手伝いさんへの退職金のようです。 「どうしたのですが? あれだけ気に入っていた方ですのに。」 今までも真夜中に発熱すれば、住込みの契約時間に関係なく一晩中看護してくれるお手伝いさんでした。普通に考えれば安心して面倒を任せられ、喜ぶところです。 ただし、どうやら長男から見ると心配の模様です。 すなわち、「親父が気に入って後妻に迎えたらどうしよう・・・当然財産の取り分は減る・・・今のうちに出て行ってもらうのが賢明だ!」と。 次に来たお手伝いさんは、長男にとって安心できる人でした。たとえ父親が真夜中に熱を出そうが出すまいが、夜の8時以降は自分の部屋から出てくることはありませんでした・・・。 このように親への寄与者であっても、自分の不利になる恐れがあれば、親孝行よりも自己中心になるのですね。 では、従来の相続人間の寄与分をめぐり揉める事例とは、どのようなものだったのでしょうか。 〔相続人の寄与分申立てのベタな「言い分」〕 相続人による寄与分の申立ては、遺言書がなく、遺産分割協議による相続手続において、よく発生します。 すなわち、協議の場で相続人同士がこんな言い争いをします。 「私はお父さんが入院中、毎週1回は見舞いに行っていたよ。あなたはちっとも来なかったじゃない!」 「でも私は必ず、お父さんが欲しがる食べ物を差入れしていたわ! それから月1回は一日中病院にいて、体のマッサージをしていたわ! だから私の方が寄与しているわ。」 ・・・こうなると、遺産分割協議はなかなかまとまりません。 そのような時、私は相続人たちを一喝します(「喝(カーツ!)」と)。 だからこそ、今まで日の当たらなかった「息子の嫁」の立場に考慮したのが、今回創設される特別寄与制度です。ただし、これもこれからいろいろ問題が出てくるものと思われます。 〔特別寄与制度に感じる運用の難しさ〕 上記のような相続人たちがいた場合、真の寄与者である兄嫁(又は弟嫁)の貢献を理解してくれるのでしょうか? すなわち、無償の奉仕であるのならともかく、特別寄与料として自分たちの取り分から差し引かれるわけですから、肉親・姻戚間の確執とひがみが寄与者・寄与分の合意の難しさになると思います。もちろん、その後の親戚付き合いも、ギクシャクすることでしょう。 したがって本制度の活用は、むしろ元気なうちに生前贈与か遺贈遺言書作成で対応することで、特別寄与者への感謝の気持ちを表すのが一番だと思います。 問題は、被相続人の「認知症状態」での遺言書作成や、生前贈与ができない状況です。 寄与分の金額算定については、一応、被相続人への療養介護や扶養、金銭労務の提供等の事実に基づき計算するわけですが、筆者としては、真の特別寄与者は今後の親戚付き合い等の関係を考慮することなく、割り切って正々堂々と、特別寄与料を請求することをお勧めします。 〔結論は『馬の鼻先ニンジン作戦』!?〕 寄与分の制度は、寄与する立場の人が寄与行為に見合う見返りを請求するものです。しかし本来は、寄与される立場の人が、「いかにして感謝の気持ちを表すか」「いかにして自分に寄与してくれたかを他の人に示すか」という意思をしっかりと示すことだと思います(自らの意思で、生前贈与や遺言による遺贈で対応)。 したがって認知症になる前に、「自分に尽くしてくれたら、自分自身の意思であげる」という、いわば『馬の鼻先ニンジン作戦(?)』の方が、直接お礼を言われ、喜ばれ、親切にされるという体験ができるのではないでしょうか。 費用対効果からみて、この方が賢いお金の使い方だと思いますが・・・。 (了)
《速報解説》 経産省、MBO指針を全面改訂した 「公正なM&Aの在り方に関する指針」(公開草案)を公表 ~支配株主・一般株主間の公平性担保措置を提示~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2019年5月14日、経済産業省は、「公正なM&Aの在り方に関する指針-企業価値の向上と株主利益の確保に向けて-(案)」(公開草案)を公表し、意見募集を行っている。 経済産業省は、2007年9月4日、MBO(マネジメント・バイアウト)に関する公正なルールの在り方を提示するため、「企業価値の向上及び公正な手続確保のための経営者による企業買収(MBO)に関する指針」を策定したが、その後の動向を踏まえ、2018年11月に発足した「公正なM&Aの在り方に関する研究会」における議論を経て、同指針を全面改訂し、「公正なM&Aの在り方に関する指針-企業価値の向上と株主利益の確保に向けて-」とするものである。 意見募集期間は2019年6月12日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 目次を含めて51ページに及ぶものである。 主な内容は次のとおりであり、以下では特定の項目について解説する。 1 MBO及び支配株主による従属会社の買収の課題 次の課題が述べられている(8、9ページ)。 そこで、M&Aを行うプロセスや一般株主に対する情報提供に際して特段の実務上の対応を講じ、上記の構造的な利益相反の問題と情報の非対称性の問題に対応することにより、企業価値の向上と公正な取引条件の実現が担保されるべきであると述べられている(10ページ)。 2 M&Aを行う上での尊重されるべき原則 M&Aを行う上での尊重されるべき原則として次の原則が述べられている(14、15ページ)。 3 公正性担保措置 公正性担保措置のうち、一般に有効性が高いと考えられる典型的な措置として、次のものを取り上げ、その機能や望ましいプラクティスの在り方について述べている。 (了)
《速報解説》 会計協、「監査基準の改訂に関する意見書」及び監査基準委員会報告書の改正を受け、公益法人、医療法人、社会福祉法人等、非営利法人に係る5つの実務指針の改正(公開草案)を公表 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2019年5月10日、日本公認会計士協会は、次のものを公表し、意見募集を行っている。 これは、「監査基準の改訂に関する意見書」(2018年7月5日、企業会計審議会)及び関連する監査基準委員会報告書の改正を受けたものである。 意見募集期間は2019年6月10日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な改正内容 主な改正内容は次のとおりである。 Ⅲ 適用時期等 2020年3月31日以後終了する事業年度に係る監査から適用する予定である。 (了)
《速報解説》 会計士協会から研究報告 「気候変動を知る-動き始めた資本市場・情報開示-」が公表される ~企業リスクと情報開示の重要性高まりを受け公認会計士に向けた解説~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2019年5月10日、日本公認会計士協会は、「気候変動を知る-動き始めた資本市場・情報開示-」(経営研究調査会研究報告第64号)を公表した。 これは、企業の気候変動に対するリスク・機会の認識と情報開示の重要性が高まりつつあることから、公認会計士が気候変動に関する基礎知識を得ることに資するためのものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 目次を含めて70ページに及ぶものである。 主な内容は次のとおりであり、以下では特定の項目について解説する。 1 気候変動に関する問題意識 気候変動が深刻化する時代に、企業が将来的にその「価値」を高めていくための投資資金や優秀な人材を獲得し、顧客を維持・拡大するためには、気候変動に対して、どのような認識を持ち、どう対処し、将来的にビジネスをどう変革しようとしているのかといった情報開示が不可欠となりつつあるとの問題意識がある。 金融安定理事会(Financial Stability Board:FSB)では、気候関連財務情報開示タスクフォース(Task Force on Climate-related Financial Disclosures:TCFD)を設置して気候変動開示の議論を進めている。 2 企業のリスク 企業にとって、気候変動は、ビジネスモデルを根底から覆されるかもしれない市場リスクであり、事業活動を大幅に制約されるかもしれない規制リスクであり、物理的な損害を被るかもしれない災害リスクであり、さらには不誠実な対応が顧客心理に悪影響を及ぼしかねない風評リスクでもあると述べられている(4ページ)。 3 金融等を通じた取組 金融業界による取組として、ESG投資が述べられている。 ESG投資は、端的には、環境(E)、社会(S)、ガバナンス(G)に配慮して投資を行うことである。ESG投資は、責任投資原則(PRI)が制定されたことを契機に、その概念が世界的に広まり始めた(22、23ページ)。 ESG投資における気候変動の位置付けは、ESG投資の一要素であるE(環境)の詳細項目の1つであるが、気候変動が個々の企業の事業だけでなく経済社会全体に重大な影響を及ぼすことが懸念されていることから、投資関係者は、ESG要素の中でも、特にその重要性に注目しているとのことである(24ページ)。 そのほか、ダイベストメント、グリーンボンドなどについても述べられている。 4 有価証券報告書の開示など アニュアルレポート及びサステナビリティレポート等の企業報告書や、企業の気候変動対応を格付けする非営利組織であるCDPのプラットフォームを通じて多くの企業が気候変動情報を開示しているとのことである(4ページ)。 次のような開示に関連することが考えられる(3、68ページ)。 (了)
《速報解説》 改元に伴い財務省令に定める申告書等の様式が「令和」対応へ ~旧様式も当分の間使用可、国税庁HP上では順次更新~ Profession Journal編集部 5月1日から「令和」が始まり税実務も新元号の下で行われることとなったが、既報のとおり国税庁では4月にホームページ上で「新元号に関するお知らせ」を公表、新元号の移行に伴い国税庁ホームページや申告書等の各種様式は順次更新される一方、納税者から「平成31年6月1日」など平成表記の日付で提出された書類についても有効なものとして取り扱う方針を明らかにしている。 そしてこのほど、令和元年5月7日付けの官報号外第1号において「元号を改める政令の施行に伴う財務省関係省令の整理に関する省令」が公布され、新元号へ対応した税法含む財務省所管の申告書・届出書等様式類の内容が明示された(官報同号では、内閣府、農林水産省、経済産業省所管の様式類についても令和対応の見直しが行われている)。 改正省令では、相続税法施行規則や所得税法施行規則、租税特別措置法施行規則、税理士法施行規則等において定められた申告書・届出書等の様式について、申告日付等様式内に「平成」と記載のある箇所が「令和」へ変更されている。具体的には「障害者非課税信託申告書」(相規第1号書式)や「非課税貯蓄申告書」(所規別表第2(1))、「特別非課税貯蓄申告書」(措規別表第2(1))の他、「税務代理権限証書」(税理士法施行規則第8号様式)などについても見直しが行われている。 なお、法人税法施行規則についてはすでに4月12日付で改元への対応含む今年度改正に対応した申告書(別表)様式が公表されているが、今回の改正省令ではさらに、記載要領において「平成33年」等と記載された箇所の見直しが行われている。 改正省令は公布の日(2019.5.7)から施行されているが、本稿公開時点において国税庁HP上に掲載された様式類は未だ「平成」と記載されたものが見受けられる。この点、冒頭の国税庁からの告知の通り、改正省令附則2条において「この省令の施行の際、現に存する改正前の様式又は書式による用紙は、当分の間、これを取り繕い使用することができる。」とした経過措置が定められている。 出力紙による申告等手続の場合は上記のような柔軟な対応も可能だが、ペーパーレスによる手続の場合、下記のように想定外の対応が必要となるケースもあるため、今後も使用する税務・会計等ソフトの挙動については留意されたい。 (了)
2019年5月9日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.317を公開! プロフェッションジャーナルのリーフレットは 全国のTAC校舎で配布しています! -「イケプロが実践するPJの活用術」「第一線で活躍するプロフェッションからPJに寄せられた声」を掲載!- - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
monthly TAX views -No.76- 「働き方改革に対応した税制を」 東京財団政策研究所研究主幹 中央大学法科大学院特任教授 森信 茂樹 4月1日から、「働き方改革」が始まった。これまでのわが国の代名詞ともいえる長時間労働の是正や、正規・非正規労働者の格差の縮小・改善など、時代に適合しなくなった一連の労働法制が見直される大改革である。 高度プロフェッショナル(年収1,075万円以上)の労働時間にとらわれない働き方も可能になるなど、規制緩和的な要素も入っており、日本型雇用制度を大きく変えていくインパクトがある。 また、長時間残業の解消は、余裕時間を活用した子育てやワークライフバランスの改善に役立ち、さらにリカレント教育(社会人の学び直し)を通じ自らの人的資本価値を向上させることで多くの分野に好影響が及ぶ。結果として、わが国経済社会のクリエイティビティ(創造力)の向上につながっていくことが期待されている。 * * * このような働き方をめぐる大改革は、副業・兼業の拡大や、ネットを経由したクラウドワーカー・ネットワーカーの増大をもたらし、いわゆる「伝統的自営業者」から「雇用的自営業者」への大きなシフトが予想される。 そしてそのことは、わが国の所得税制に大きな影響を与える。 副業・兼業者やクラウドワーカーの得る所得は、基本的に雑所得か事業所得である。この所得区分が、給与所得者の給与所得と比較して、公平性の問題がないかどうか、という点が問われることになる。 給与所得には、源泉徴収、年末調整(申告不要)、給与所得控除という3点セットが適用される。しかし、雑所得・事業所得の場合にはそれがなく、自ら申告をする義務を負う。その場合の経費は実額控除である。 一方、給与所得者に適用される給与所得控除は、そもそも概算控除である上に、他の所得との負担調整(サラリーマン特有の事情やクロヨンとよばれる捕捉率の相違)に配慮し、実額の経費より手厚い(高い)水準になっている。そこで、双方の負担の公平性が改めて問題となる。 * * * この問題を緩和するため、平成30年度税制改正では、給与所得控除を10万円縮小し、その分を基礎控除に付け替えるという改革が行われ、令和2年分(2020年分)以後の所得から適用される。雑所得者や個人事業者には、基礎控除の拡大という減税が与えられることとなった。 「給与所得控除を削減し、その分を基礎控除に付け替える」という政策は今後も継続すると、平成30年度の与党税制改正大綱に記述されている。 問題は、クラウドワーカーと給与所得者の働き方の差異が縮小していく中で、より抜本的な改革が必要となるのではないか、ということである。 具体的には、労務の提供を主とするクラウドワーカーなど一定水準以下の所得の個人事業主に対して、給与所得控除と同程度の経費の概算控除を認めることを検討すべきではないか、という問題意識である。 このためには、「他の所得との負担調整」という要素の入った給与所得控除のさらなる縮減とセットで見直していくことが必要である。 もう1つ検討すべきは、年末調整により確定申告が不要となる給与所得者との申告の手間の問題だ。これについては、筆者が長年提案してきた日本型記入済み申告制度(※)、つまり、マイナポータルの課税情報とe‐Taxとを連動させて申告の簡素化を図ることにより解消できる。現に税務当局はそちらの方向に舵を切っており、今後着々と準備が進んでいく。 (※) 日本型記入済み申告制度については、本連載No.53、No.55、No.71を参照されたい。 令和の時代は、働き方改革に伴って税制も変わっていかなければならない、ということであろう。 (了)
平成30年分の年末調整に誤りがあった場合の企業対応 ~配偶者控除・配偶者特別控除の適用を中心に~ 公認会計士・税理士 篠藤 敦子 【1】 はじめに 平成30年分の年末調整実務においては、配偶者控除及び配偶者特別控除の改正が大きく影響した。 平成29年分までの所得税計算においては、配偶者控除及び配偶者特別控除を適用するときに納税者本人の合計所得金額を把握する必要はなかった。よって、平成29年分までの年末調整では、配偶者の合計所得金額を確認すれば適正な控除額を算出することができた。 しかし、平成30年分の所得税計算からは、配偶者控除及び配偶者特別控除の適用に納税者本人の合計所得金額も関係することとなり、年末調整で配偶者控除又は配偶者特別控除を適用する場合には、配偶者の合計所得金額に加え、役員又は従業員(以下、従業員等という)の合計所得金額を確認することが必要となった。 具体的には、配偶者控除又は配偶者特別控除の適用を受けようとする従業員等から「給与所得者の配偶者控除等申告書(以下、配偶者控除等申告書という)」の提出を受け、従業員等本人と配偶者の合計所得金額(見積額)を確認することになる。 なお、改正内容の詳細については、以下の拙稿をご参照いただきたい。 【2】 控除額に誤りがあったとき 配偶者控除や扶養控除等の適用誤りがあると想定される場合に、所轄税務署から会社に対し、扶養控除等の見直し(調査)を依頼する書面が届くことがある。 税務署からこの書面が届いた場合には、見直しが求められた従業員等について、各種控除の適用に関する調査を行い、誤りが判明した場合には、年末調整をやり直した上、従業員等から不足額を徴収し、納付する。 従来は、この書面が届くケースの多くは、配偶者や扶養親族の合計所得金額が控除の対象となる額を超えている場合であった。しかし、平成30年分以後は、配偶者控除及び配偶者特別控除の改正により、従業員等本人の合計所得金額に関係する見直しが増えると予想される。 従業員等に自社の給与以外に所得がある場合、会社は、配偶者控除等申告書の記載内容から従業員等の合計所得金額を把握することになる。従業員等が、配偶者控除等申告書に自身の合計所得金額を誤って記載したり、所得の一部が記載されていなかった場合には、配偶者控除又は配偶者特別控除を誤って適用している可能性がある。 以上を踏まえ、以下では想定される「誤りの例」を取り上げる。 ※いずれも配偶者(70歳未満)の合計所得金額は38万円以下 (※) 「合計所得金額」とは、総所得金額、山林所得金額、退職所得金額、特別控除前の土地建物等に係る譲渡所得の金額、株式等に係る譲渡所得等の金額、上場株式等に係る配当所得の金額(申告分離課税を選択したもの)、先物取引に係る雑所得等の金額の合計額をいう(所法2①三十ロ、所基通2-41(2)(注)、措法8の4③一、31③一、32④、37の10⑥一、41の14②一)。ただし、損失(純損失、雑損失、居住用財産の買換え等の場合の譲渡損失、特定居住用財産の譲渡損失、上場株式等の譲渡損失、特定中小会社が発行した株式に係る譲渡損失、先物取引の差金等決済に係る損失)の繰越控除の適用がある場合には、繰越控除を適用する前の金額が合計の対象となる。 【3】 実務での対応 扶養控除等の見直しに関する書面が届いたときの対応を順に示すと、次のとおりである。 (了)