組織再編税制の歴史的変遷と制度趣旨 【第44回】 公認会計士 佐藤 信祐 (《第8章》 平成18年から平成21年までの議論) (3) 三社合併における適格判定について 平成21年1月29日に、国税庁文書回答事例として「三社合併における適格判定について」が公表された。 平成17年改正前商法では、2社以上の法人を被合併法人とする吸収合併を行った場合には、全体が適格合併に該当するかどうかで判断すべきとしていたが、会社法施行後は、会社法上、 と解されるようになった(※1)。 (※1) 郡谷大輔ほか『会社法の計算詳解(第2版)』382頁、中央経済社。 そのため、本文書回答事例でも、①3社合併が行われた場合には、個々の合併ごとに税制適格要件の判定を行い、②3社合併が行われた場合において、当該3社合併に係る個々の合併に順序が付されているときは、その順序に従って個々の合併ごとに税制適格要件の判定を行うことが明らかにされた。そして、個々の合併に順序が付されている場合として、第1合併の効力発生を第2合併の実施に係る停止条件とすることにより、第1合併の効力発生がないと第2合併の効力が発生しないような契約内容とする場合が、具体例として挙げられている。 これに対し、新設合併とは、2以上の会社がする合併であって、合併により消滅する会社の権利義務の全部を合併により設立する会社に承継させるものとされている(会社法2二十八)。そのため、新設合併の場合には、2社間の取引とは考えずに、3社の被合併法人の間の取引と考えるため、全体として、税制適格要件を満たすか否かにより判定を行うことになる。 このような考え方は、会社分割、株式交換及び株式移転を行った場合であっても同様である。 (4) 投資法人が共同で事業を営むための合併を行う場合の適格判定について ① 事業性 平成21年3月19日に、国税庁文書回答事例として「投資法人が共同で事業を営むための合併を行う場合の適格判定について」が公表された。 リーマンショックにより投資法人の合併を進める必要があったためであるが、法人税法施行規則に規定された事業の定義について、 としている。 そのため、これを他の事案に当てはめることができるのか、具体的には、不動産賃貸業においても同様に取り扱うことができるのか、ゴルフ場や温泉旅館のように資産保有会社と事業会社を分けている場合の当該資産保有会社においても同様に取り扱うことができるのかが問題となる。しかし、実際には、固定施設がなかったり、従業者が存在しなかったりする場合であっても、事業関連性要件が認められている事案が少なくない。 この点につき、会社法上、事業とは、一定の営業目的のために組織化され、有機的一体として機能する財産であると解されている(最大判昭和40年9月22日民集19巻6号1600頁)。そして、平成17年改正前商法の時代では、現行会社法と異なり、事業の全部又は一部の移転に該当しない限り、会社分割を行うことができないと解されていたため(平成17年改正前商法373、374の16)、反復継続的に売上げが計上されているかどうかが意識されていた。 これに対し、法人税法施行規則3条1項1号に規定する事業の定義は、法令上の明確化のために、平成19年度税制改正により導入された規定であると解されている。そのため、平成19年度税制改正前と事業の定義は変わっていないと考えるべきである。そのように解するのであれば、本文書回答事例により、事業の定義が緩やかに解されたのではなく、もともと緩やかに解する余地があったとすべきである。 そのため、会社法上、事業性が否定されないのであれば、法人税法上も事業性を否定すべきではなく、他の業種であっても、投資法人と同様に事業性を緩やかに解することができると考えられる。 ② 従業者引継要件 さらに、本文書回答事例では、従業者引継要件の解釈についても、 としており、柔軟な解釈が公表されている。 ところで、地方税法では、角田晃「都道府県税関係 会社分割における従業者要件の判定 : 不動産取得税の課税・非課税をめぐって (ここが知りたい最新税務Q&A)」税 68巻2号71頁(平成25年)において、従業者引継要件は従業者が存在する場合にのみ要求される要件であり、従業者が存在しない場合には要求されないという解釈が示されている。当時の角田氏は、東京都主税局資産税部固定資産税課不動産取得税係であったことから、地方税法(不動産取得税)では、従業者が存在しない不動産賃貸業であっても、従業者引継要件に抵触しないという見解が有力になった。 これを法人税法にも当てはめることができるのかは賛否両論が考えられる。この点については、不動産取得税が100%グループ内の再編であっても従業者引継要件を満たす必要があるのに対し、法人税法では100%グループ内の再編では従業者引継要件を満たす必要がないことから、実際のニーズがそれほど多くはなく、敢えてチャレンジをする納税者や公式見解の公表を望む納税者が存在しなかったことから、本稿校了段階では、依然として国税庁による公式見解は公表されていない。 * * * 次回では、平成22年1月に作成され、本稿校了段階において、TAINSに収録されている「組織再編税制の手引」について解説を行う予定である。 (※) 平成21年3月31日に関東信越国税局文書回答事例「株式移転後に株式移転完全子法人を合併法人とする適格合併が見込まれている場合の当該株式移転に対する適格判定について」が公表されているが、平成29年度税制改正により無意味な内容となったため、本連載では解説を行わない。 (了)
平成30年度税制改正における 『連結納税制度』改正事項の解説 【第1回】 「『所得拡大促進税制』の改組(その1:大企業向け)」 公認会計士・税理士 税理士法人トラスト 足立 好幸 ~はじめに~ 連結納税適用法人を対象に平成30年度税制改正の概要を解説したい。 連結納税適用法人に関する税制は、次の4種類に分類される。 平成29年度税制改正では、連結納税特有の取扱いに関する改正として、「連結納税開始・加入時の時価評価の対象から帳簿価額が1,000万円未満の資産(自己創設営業権等)を除外する」と「スクイーズアウトにより完全子法人化した連結子法人が特定連結子法人に該当する」という改正が実現したが、平成30年度税制改正では、時価評価や連結欠損金など連結納税特有の取扱いに関する改正は行われていない。 平成30年度税制改正は、デフレ脱却と経済再生に向け、生産性向上のための設備投資と持続的な賃上げを強力に後押しする観点から、十分な賃上げや国内設備投資を行った企業について、賃上げ金額の一定割合の税額控除ができる措置を講じるとともに、情報連携投資について、特別償却又は税額控除ができる措置を講ずることになった(所得拡大促進税制の改組及び情報連携投資等促進税制の創設)。 また、所得が増加しているにもかかわらず、 賃上げや設備投資をほとんど行っていない大企業については、研究開発税制等、生産性の向上に関連する税額控除が適用できないことになった(大企業に対する租税特別措置の適用除外措置の創設)。 これらについて、連結納税制度においても単体納税制度と同様の改正が行われているが、所得拡大促進税制や大企業に対する租税特別措置の適用除外措置については、連結グループ全体での適用が行われるなど、単体納税とは異なる取扱いが生じることになる。 また、生産性向上の推進や官民あわせたコスト削減の観点から、資本金1億円超の大企業について、平成32年4月1日以後に開始する事業年度から、法人税、消費税、地方税等の電子申告が義務化されることになり、連結納税制度では、単体納税における電子申告とは異なる連結納税特有の論点が生じることになる。 そこで、本稿では、連結納税制度に関係する改正項目について、その具体的な取扱いと実務に与える影響を単体納税と比較しながら解説していくこととする。 なお、本稿の意見に関する部分は、筆者の個人的な見解であることをあらかじめお断りする。 [1] 『所得拡大促進税制』の改組 改正前の所得拡大促進税制について、適用要件のうち、賃金上げ要件を見直すとともに、新たに、設備投資要件を加えた。また、税額控除額について、平成24年度からの給与の増加額を改め、前年度からの給与の増加額を税額控除の対象とするとともに、税額控除割合を向上させ(法人税額基準額も拡大させ)、さらに、教育訓練費要件を満たした場合は税額控除額を上乗せする仕組みに改正した。 連結納税における所得拡大促進税制については、単体納税における取扱いと比較するとわかりやすいが、改正後も改正前の制度と同様に、次の点で単体納税と異なる取扱いとなる。 具体的には、改正後の連結納税における所得拡大促進税制について、単体納税における取扱いと比較すると次のようにまとめられる。 なお、改正後の所得拡大促進税制は、平成30年4月1日以後に開始する事業年度又は連結事業年度から適用される(平成30年所法等改正法附則86、108①)。 1 所得拡大促進税制(大企業向け) (了)
〔平成30年度税制改正対応〕 非上場株式等についての贈与税・相続税の納税猶予及び免除の特例制度 (事業承継税制の特例措置) 【第3回】 「贈与税の納税猶予制度の特例(その2)」 太陽グラントソントン税理士法人 パートナー 税理士 日野 有裕 パートナー 税理士 梶本 岳 3 贈与税の申告 (1) 期限内申告・担保の提供 特例措置の適用を受ける特例経営承継受贈者(後継者)は、この制度の適用を受ける旨を記載した贈与税の申告書及び、当該非上場株式等の明細及び納税猶予分の贈与税額の計算に関する明細、その他財務省令で定める事項を記載した書類を添付して提出しなければならない(措法70の7の5⑤)。 上記の「その他財務省令で定める事項を記載した書類」としては、特例認定贈与承継会社の定款、贈与の直前及び贈与の時における株主名簿、円滑化法認定における認定書及び申請書、特例承継計画の確認に関する確認書及び申請書、贈与契約書などが規定されている(措規23の12の2⑭)。 申告期限は、一般措置と同様に贈与を受けた年の翌年の3月15日であり、当該申告期限までに納税猶予分の贈与税額に相当する担保を提供する必要がある。この担保について、特例措置の対象となるすべての株式を担保として提供した場合には、担保の額が当該納税猶予分の贈与税額に満たないときであっても、納税猶予分の贈与税額に相当する担保が提供されたとみなされる(措法70の7の5④)。 (2) 納税猶予分の贈与税額 特例措置において納税が猶予される贈与税額は、特例対象受贈非上場株式等の価額を特例経営承継受贈者に係るその年分の贈与税の課税価格とみなして、贈与税額を計算した金額とされている(措法70の7の5②八)。 仮に、特例対象受贈非上場株式等(評価額10億円)と500万円の現金を同一年に贈与された場合、次のとおり、贈与税の納税猶予額は542,995,000円、納付すべき贈与税額は2,750,000円となる。 4 相続時精算課税制度 (1) 適用対象者の拡大 平成29年度改正において、事業承継税制の納税猶予が取り消された場合の贈与税負担を緩和することを目的とし、贈与税の納税猶予と相続時精算課税制度の併用が可能となった(措法70の7②五ロ)。 平成30年度改正においては、事業承継税制の適用対象者が拡大された(前回参照)ことを受けて、相続時精算課税制度についてもその適用範囲が拡大され、特例措置による贈与に限り、受贈者が贈与者の推定相続人又は孫でない場合においても相続時精算課税制度を選択することが可能とされた(措法70の2の7)。 したがって、先代経営者及び配偶者からの贈与に限らず、おじ・おば等の同族関係者から特例措置による贈与を受ける際にも相続時精算課税制度を選択することが可能となった。 今回の改正により、親族外の後継者に対して贈与税の納税猶予を適用する場合においても相続時精算課税制度の選択が可能となったわけであるが、特例贈与者が死亡したときは、納税猶予の適用を受けた非上場株式等を特例経営承継受贈者が遺贈により取得したものとみなして、相続税を計算することとされている(措法70の7の7)。 納税猶予を適用することで、非上場株式等を承継しない他の相続人の相続税負担が相対的に増加する結果となることから、実務上は特例措置による親族外承継が活用されるケースはそう多くないことが予想され、相続時精算課税制度についても親族間の特例贈与の場合に選択されるケースが中心になるものと予想される。 (2) 納税猶予分の贈与税額 上記3(2)のケースにおいて、特例経営承継受贈者が相続時精算課税を選択した場合の納税猶予額は195,000,000円、納付すべき贈与税額は1,000,000円となる。 5 納税猶予期限の確定事由 特例措置の適用を受けた非上場株式等については、贈与税の申告後も継続保有することにより、納税猶予が継続することとなる。したがって、特例措置の適用を受けた非上場株式等を譲渡するなど一定の事由が生じた場合には、納税が猶予されている贈与税の全部又は一部について納税猶予の期限が確定し、猶予税額を利子税と併せて納付しなければならない(措法70の7の5③)。 納税猶予の確定事由については、雇用確保要件以外は一般措置と同様であるため、主要なもののみ挙げることとする。 6 雇用確保要件 (1) 年次報告書の提出 特例認定贈与承継会社は、当該認定に係る贈与税の申告期限から5年間、贈与税の申告期限の翌日から起算して1年を経過するごとの日(以下「第一種贈与報告基準日」という)の翌日から3月を経過する日までに、常時使用する従業員の数や、特例認定贈与承継会社が資産保有型会社又は資産運用型会社に該当しないこと等を都道府県知事に報告(【様式第11】)しなければならない(円滑化規則12①)。 一般措置においては、平成30年度改正後も認定を受けた中小企業者が5年間で平均8割の雇用を維持することができなかった場合は認定取り消し(円滑化規則9②三)となるため、従業員数確認期間(経営贈与承継期間と同様、贈与税の申告期限の翌日以後5年を経過する日をいう)の末日から2月を経過する日が納税猶予の期限となり、猶予税額の全額と利子税を納付しなければならない(措法70の7③二)。 一方、特例措置においては、一般措置において雇用確保要件が規定されている租税特別措置法70条の7第3項2号を除いて一般措置を準用することとされており、5年間で平均8割の雇用を維持することができなかった場合でも納税猶予の期限が確定しないこととされた(措法70の7の5③)。 (2) 都道府県知事の確認 特例措置の適用を受けた場合において、特例贈与報告基準日(贈与税の申告期限の翌日から1年を経過するごとの日)におけるそれぞれの常時使用する従業員の数の合計を基準日の数で除して計算した数が、当該認定に係る贈与の時における常時使用する従業員の数に100分の80を乗じて計算した数を下回る数となった場合には、その下回る数となった理由について都道府県知事の確認を受けなければならない(円滑化規則20①)。 この確認を受けようとする場合には、当該認定に係る有効期限の末日の翌日から4月を経過する日までに、【様式第27】による報告書(※1)を都道府県知事に提出する必要がある(円滑化規則20③)。 (※1) 従業員の数が100分の80を下回る数となった理由について、認定経営革新等支援機関の所見の記載があり、理由が経営状況の悪化である場合又は認定経営革新等支援機関が正当なものと認められないと判断したものである場合には、認定経営革新等支援機関による経営力向上に係る指導及び助言を受けた旨が記載されているものに限る。 道府県知事は、上記の報告を受けた場合において、確認をした時は、【様式第28】による確認書を交付し、確認をしない旨を決定したときは【様式第29】により申請者である特例認定贈与承継会社に対して通知をしなければならないこととされている(円滑化規則20⑭)。 (3) 継続届出書の提出 特例措置の適用を受ける特例経営承継受贈者は、特例経営贈与承継期間内(5年間)は毎年、その期間経過後は3年ごとに、継続届出書を納税地の所轄税務署長に提出しなければならない(措法70の7の5⑥)。 その際、上記(1)の年次報告書と、雇用確保要件を満たすことができていない場合には上記(2)の報告書及び道府県知事の確認書(様式第28)を継続届出書に添付しなければならない(措令40の8の5⑳、措規23の12の2⑮六)こととされた。なお、特例措置に係る継続届出書の様式は、本稿執筆現在、国税庁ホームページにおいて未公表である。 継続届出書が届出期限(第一種贈与基準日(※2)の翌日から5月を経過する日及び第二種贈与基準日(※3)の翌日から3月を経過する日)までに納税地の所轄税務署長に提出されない場合には、届出期限の翌日から2月を経過する日をもって同項の規定による納税の猶予に係る期限となり、猶予されている贈与税の全額と利子税を納付する必要がある(措法70の7の5⑥⑧)。したがって、雇用確保要件を満たせていないことについて道府県知事の確認が受けられた場合には納税猶予が継続され、確認が受けられなかった場合には、納税猶予の継続が認められず納税猶予の期限が確定することとなる。 (※2) 「第一種贈与基準日」とは、贈与税の申告書の提出期限の翌日から1年を経過するごとの日をいう(措法70の7の5②九イ)。 (※3) 「第二種贈与基準日」とは、特例経営贈与承継期間の末日の翌日から3年を経過するごとの日をいう(措法70の7の5②九ロ)。 7 事業の継続が困難な事由が生じた場合の納税猶予額の免除 特例経営贈与承継期間の末日の翌日以後に、事業の継続が困難な事由として政令で定める事由が生じた場合において、特例措置の適用を受けた非上場株式等を譲渡等したときは、その対価の額(対価の額が時価の2分の1以下である場合には、時価の2分の1に相当する金額を下限とする)をもとに贈与税額を再計算し、再計算した贈与税額と直前配当等(配当金及び損金不算入となった役員給与)の額の合計額が当初の納税猶予税額を下回る場合には、その差額が免除される(措法70の7の5⑫一~四)。 (※) 国税庁HP「非上場株式等についての贈与税・相続税の納税猶予・免除(事業承継税制)のあらまし」より 上記の「事業の継続が困難な事由として政令で定める事由」とは、次に掲げる事由とする(措令40の8の5㉒)。 上記(a)の「収益の額が費用の額を下回る場合として財務省令で定める場合」とは、特例認定贈与承継会社の経常損益金額が零未満である場合をいう(措規23の12の2⑳)。 再計算された贈与税額と猶予税額との差額について免除を受けるための手続き及び再計算された贈与税について担保提供を行ったうえで改めて納税猶予を受けるための手続き等については、本連載の後段において詳述することとする。 * * * 次回からは、相続税の納税猶予制度の特例について解説する。 (了)
海外移住者のための 資産管理・処分の税務Q&A 【第4回】 「金融資産①(国外転出時課税の対象資産)」 -仮想通貨・FX取引の取扱い- 税理士・行政書士 島田 弘大 Question 私は来年、海外への移住を検討しています。現在、日本の上場株式や投資信託、未決済のFX(外国為替証拠金)取引、さらには仮想通貨も保有していますが、これらは国外転出時課税の対象資産に含まれますか。 Answer 1 はじめに 海外への移住を検討している日本の居住者(個人)が移住前に必ず検討しなければならない論点が「国外転出時課税」である。質問のように、日本の上場株式や投資信託、未決済のFX取引だけでなく、最近よく話題になる仮想通貨を保有している場合も国外転出時課税の対象になるのだろうか。 以下では国外転出時課税の概要とその対象を細かく検討する。 2 国外転出時課税の概要 国外転出時課税とは、平成27年度税制改正により新しく創設された税制で、平成27年7月1日以後に国外転出(国内に住所及び居所を有しないこととなることをいう)をする一定の居住者が1億円以上の「対象資産」を所有等している場合には、その「対象資産」について譲渡又は決済があったものとみなして、「対象資産」の含み益に所得税が課税される税制である(所法60の2)。 繰り返しになるが、この税制は平成27年7月1日以後に国外転出する場合に適用される税制であることに留意したい。つまり、平成27年6月30日以前に国外転出した方については適用されないため、これから国外転出する方が必ず留意しなければならない税制ということである。 3 国外転出時課税の「対象資産」 上記のとおり、1億円以上の「対象資産」を所有等している場合に本税制が適用される。つまり、「対象資産」に何が含まれているかが非常に重要である。 所得税法60条の2第1項から3項では、国外転出時課税の「対象資産」について規定されている。細かく条文を確認していきたい。 (1) 所法60の2①~③で規定されている対象資産の範囲 ① まず所得税法60条の2第1項では、「有価証券」と「匿名組合契約の出資の持分」について規定している。 ② 次に同条2項では、未決済の「信用取引」と「発行日取引」について規定している。 ③ さらに同条3項では、未決済の「デリバティブ取引」について規定している。 (2) 所得税法における有価証券の定義 さらに、所得税法60条の2第1項の「有価証券」の定義については、所得税法2条1項17号で下記のとおり規定されている。 さらに金融商品取引法2条1項を見てみると、下記のとおり、その内容について限定列挙されている。 4 結論 さて、話を質問の内容に戻して、それぞれが国外転出時課税の対象資産に該当するか検討したい。 (1) 上場株式・投資信託 上場株式は上述の金融商品取引法2条1項9号、投資信託は同項10号に規定されているため、所得税法上の「有価証券」に該当する。つまり、国外転出時課税の対象資産に含まれることになる。 (2) 未決済のFX(外国為替証拠金)取引 上述のとおり、金融商品取引法に規定するデリバティブ取引は国外転出時課税の対象となる。本稿では金融商品取引法2条20項に規定するデリバティブ取引の内容は割愛するが、FX(外国為替証拠金)取引は金融商品取引法2条20項のデリバティブ取引に該当すると考えられるため、国外転出時課税の対象資産に含まれることになる。 (3) 仮想通貨 仮想通貨を保有している場合、仮想通貨が上述の金融商品取引法2条1項に限定列挙されている「有価証券」の範囲に含まれるかどうか検討することになるが、仮想通貨は金融商品取引法2条1項の各号いずれにも該当しない。つまり、現行法では国外転出時課税の対象資産には含まれないと考えられる。 (了)
~税務争訟における判断の分水嶺~ 課税庁(審理室・訟務官室)の判決情報等掲載事例から 【第20回】 「非上場株式の譲渡が低額譲渡に当たるかについては、譲渡直前における譲渡人にとっての価値により評価するのが相当であると判断した事例」 税理士 佐藤 善恵 〔概要等〕 A社の代表取締役であった甲は、自ら所有していたA社株式をB社に譲渡した(以下、これを「本件譲渡」という)。 甲は、本件譲渡について、配当還元方式による評価額(1株当たり75円)を基に算定した金額を譲渡対価としたが、課税庁は、その株式の価額を所得税基本通達59-6(1)に基づき、譲渡直前の議決権割合を基準にして類似業種比準価額による評価額(1株あたり2,505円)であると認定した。そして、それをもとに低額譲渡(所法59①二)に当たるとして所得税の更正処分が行われた。 A社の評価通達上の会社区分が「同族株主のいない会社」に当たることについては、双方争いはない。 なお、甲は、これに係る所得税の申告期限前に死亡したため、同人の相続人らが準確定申告において上記内容の申告を行ったものである。 《本件譲渡前後のA社の株主構成%(発行済株式総数に対する割合)》 〔関係法令等〕 所得税法59条1項2号は、著しく低い価額の対価として政令で定める額による譲渡(法人に対するものに限る)により譲渡所得の基因となる資産の移転があった場合には、その者の譲渡所得の金額の計算については、その事由が生じた時に、その時における価額に相当する金額により、その資産の譲渡があったものとみなす旨規定している。 所得税基本通達59-6は、所得税法59条1項に規定する「その時における価額」について、原則として、次によることを条件に、「財産評価基本通達」の178から189-7まで《取引相場のない株式の評価》の例により算定した価額とする。 評価通達188は、同通達178(取引相場のない株式の評価上の区分)の「同族株主以外の株主等が取得した株式」は、次のいずれかに該当する株式をいい、その株式の価額は、次項の定めによる旨を定めている。 〔納税者の主張(要旨)〕 ◆争点(1)①について 所得税基本通達59‐6は、評価通達188(1)に定める「同族株主」に該当するかどうかは、譲渡直前で判断すると定めているが、同通達(2)~(4)は同様の条件は規定されていない。そうすると、評価通達188(3)のうち「同族株主のいない会社」であるかどうかの判定は、所得税基本通達59-6(1)により株式譲渡直前の議決権の数により行うことになるとしても、「課税時期において株主の1人及び・・・15%未満である場合におけるその株主の取得した株式」は、その文言どおり、株式の取得者の取得後の議決権割合により行うのが相当である。したがって、・・・配当還元方式により評価すべきこととなる。 〔裁判所の判断〕 譲渡所得に対する課税は、元の所有者に課税する趣旨のものと解される。・・・譲渡所得の基因となる資産についての低額譲渡の判定をする場合の計算の基礎となる当該資産の価額は、当該資産を譲渡した後の譲受人にとっての価値ではなく、その譲渡直前において元の所有者が所有している状態における譲渡人にとっての価値により評価するのが相当であるから、評価通達188(1)~(4)の「取得した株式」を「有していた株式で譲渡に供されたもの」と読み替えるのが相当であり、譲渡直前の議決権の数によることが相当であると解される。 譲渡の時における価額の算定に適用する場合には、会社区分の判定においても、株主区分の判定においても、譲渡直前の譲渡人の議決権割合によるのが相当である。 本件株式の価額は、類似業種比準方式により評価すると1株当たり2,505円であると認められ、1株当たり75円を対価とする本件譲渡は低額譲渡に該当するから本件更正処分は適法である。 〔判断の分水嶺〕 譲渡直前を基準に判定すると判断されたことが結論に結びついている。 裁判所は、譲渡所得の伝統的解釈(譲渡所得の趣旨は、値上がり益の清算であること)を捉えて、譲渡する側の価値を基礎に評価する(すなわち、譲渡直前を基準にする)との考え方を明示しているのが特徴的である。この点が判断の分水嶺といえよう。 〔本判決が示唆するもの〕 本判決は控訴されており、未確定である。 (了)
理由付記の不備をめぐる事例研究 【第51回】 「前期損益修正」 ~過去の事業年度に係る外注費の損金算入が認められないと判断した理由は?~ 千葉商科大学商経学部講師 泉 絢也 今回は、青色申告法人X社に対して行われた「過去の事業年度に係る外注費を当該事業年度の損金に算入することはできないこと」を理由とする法人税更正処分の理由付記の十分性が争われた東京地裁平成27年9月25日判決(税資265号順号12725。以下「本判決」という)を素材とする。 1 更正通知書に記載された更正の理由(本件理由付記) (注) 素材とした本判決の判決文から読み取ることができる理由付記の一部を筆者が加工している。 2 本件理由付記から読み取ることができる関係図 3 本判決の判断 本判決は、大要次のとおり、法人税法130条2項が求めるものとして欠けるところはないと判断した。 (1) 求められる理由付記の程度 (2) 理由付記の十分性 4 検討 (1) 関係法令等の確認 法人税法22条3項は、内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上「当該事業年度の損金の額に算入すべき金額」は、別段の定めがあるものを除き、「当該事業年度の収益に係る売上原価、完成工事原価その他これらに準ずる原価の額」(1号)、「前号に掲げるもののほか、当該事業年度の販売費、一般管理費その他の費用(償却費以外の費用で当該事業年度終了の日までに債務の確定しないものを除く。)の額」(2号)、「当該事業年度の損失の額で資本等取引以外の取引に係るもの」(3号)であることを規定している。 本件外注費は1号の原価に該当するため、対応する収益の帰属する事業年度の原価の額として計上されることになる。ここでは、対応する収益の帰属する事業年度において原価として計上していなかった場合に、後の事業年度で3号の損失として計上できるかどうかという点には立ち入らないが、平成21年3月期に「損失の発生」といえるような事実があったかどうか、という問題が生じることを指摘しておく。 また、対応する収益の帰属する事業年度において原価として計上していなかった場合に、法人税法22条4項を根拠として、企業会計上の前期損益修正処理を行い、その処理を行った事業年度の損金の額に算入できるかどうかという問題もある。 本判決は、次の点を指摘して、単なる計上漏れのように、本来の事業年度で計上すべきであった損益を、後の事業年度において、前期損益修正として計上するような処理を公正処理基準に該当するものとして認めることはできないと判示している。 (2) 求められる理由付記の程度 本件更正処分は、X社が、帳簿において、S(株)に対する過年度の外注費に計上漏れがあったとし、平成21年3月31日付で外注費勘定に「H13、計上漏れ S(株)」として〇〇〇円を計上し、当事業年度の損金の額に算入していることを前提とするものである。すなわち、X社が、過年度において計上することを漏らしていたS(株)に対する外注費について、当該事業年度の外注費として計上していることを前提として、当該金額は、平成12年11月分から平成13年10月分までのS(株)に対する外注費であると認められることから、当事業年度の損金の額に算入されないというものである。であれば、本件更正処分は、帳簿書類の記載自体を否認することなしに更正をする場合に該当すると考える。 したがって、理由付記の程度としては、更正通知書記載の更正の理由が、そのような更正をした根拠について帳簿書類の記載以上に信憑力のある資料を摘示するものでないとしても、更正の根拠を更正処分庁の恣意抑制及び不服申立ての便宜という理由付記制度の趣旨目的を充足する程度に具体的に明示するものである限り、法の要求する更正理由の付記として欠けるところはないことになる(最高裁昭和60年4月23日第三小法廷判決・民集39巻3号850頁等参照)。 (3) 理由付記の十分性 次のとおり、本件理由付記は、いずれも法の求める理由付記として十分なものであると考える。 本件更正処分は、過年度の外注費を当該事業年度の外注費として計上しているX社の処理を認めないものであるから、その根拠法令は、「当該事業年度の」損金の額に算入すべき金額を「当該事業年度の」原価・費用・損失の額とする法人税法22条3項であると理解し得る(なお、前期損益修正に係る否認を行う際に、理由付記として法人税法22条4項に関する記載を行うべきであるかという点について、本連載【第50回】参照。ただし、本件では、X社の帳簿等において、企業会計の取扱いに即して前期損益修正処理を行ったことが明示されていたわけではないようである)。 また、本件理由付記は、簡潔ではあるが、本件外注費の修正処理について、当該金額は、平成12年11月分から平成13年10月分までのS(株)に対する外注費であると認められることから、平成21年3月期である当事業年度の損金の額に算入されないことを記載している。 以上からすれば、本件理由付記は、その記載内容から処分の根拠となる法令及び具体的な事実を理解することができるものであり、これによって課税庁の判断過程が明らかとなるものであるといえる。 であれば、本件理由付記は、更正処分庁の判断の慎重、合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、更正の理由を相手方に知らせて不服申立ての便宜を与えるという理由付記の制度趣旨を充足する程度に具体的なものであるということができ、理由付記として十分なものであると評価し得る。 * * * 本連載は今回をもって一旦休載させていただくが、判決等事例の蓄積により機を見て再開させていただく予定である。 (了)
[IFRS適用企業の決算書から読み解く] 収益認識会計基準導入で 売上高はどうなる? 【第2回】 「その売り手は「主役」か「脇役」か?」 公認会計士 石王丸 周夫 ◆本人か代理人か、それが問題である 子供のために親が預金を積み立てているという家がよくあります。口座を開いたのも管理しているのも親ですが、口座名義は子供の名前で、将来、通帳ごと子供にあげるというものです。 あれは親が主体的に積み立てているわけですが、子供のためにしていることであり、親は子供の代理人と見ることもできます。つまり、親は脇役で子供が主役というわけです。 どちらが主役でどちらが脇役なのかというのは、映画やドラマでも判断が難しい場合がよくありますが、収益認識会計基準が適用になると、収益の認識に際しても、売り手がその取引において主役なのか脇役なのかが問われるようになってきます。 収益認識会計基準の用語でいえば、「本人」なのか「代理人」なのかという話です。 ◆IFRS移行で売上急減 まず、以下のグラフを見てください。 ※動かない図はこちら このグラフは、(株)光通信の2013年3月期から2017年3月期の5年度分について、売上数値(連結ベース)を並べたものです。一見してわかるとおり、2017年3月期の売上が、前年比で25%減少しています。 といっても前回取り上げた豊田自動織機の例と同様に、この例も業績には何の問題もありません。売上が急減した原因は、採用する会計基準にあります。 上のグラフを見るとわかりますが、売上が急減した2017年3月期は、それまでの日本基準からIFRSに会計ルールが変更されています。 売上の急減は、他でもないそのせいでした。 ◆代理人取引は純額表示 では、IFRSに変更したとき、なぜ売上が減ってしまったのでしょうか。 光通信は、携帯電話の販売からウォーターサーバーによる水の宅配まで、様々な分野の事業を手掛けている会社ですが、IFRS採用による売上減少と関係しているのは、携帯端末の販売取引です。 取引の概要は以下のとおりです(光通信をA社に置き換えて、一般的ケースとして図示しています)。 上図は、A社が代理店経由で最終顧客に携帯端末を販売する取引を図示したもので、ここでは、A社はキャリア(通信事業者)から80,000円で仕入れた端末を代理店に80,000円で卸すと仮定しています。A社は端末から利ザヤを得るわけではなく、端末を販売できた場合に、キャリアから販売手数料を受け取ることにより、利益を獲得する仕組みです。 この場合、会計上、売上の計上はどのようになるかというと、日本基準とIFRSで様子が違ってきます。表に整理すると以下のようになります。 A社の帳簿計上金額(単位:円) 日本基準では、端末の販売代金80,000円と仕入代金80,000円を、売上と売上原価に計上します。つまり総額計上です。一方、IFRSでは、売上も売上原価も0円です。販売代金80,000円と仕入代金80,000円を純額処理するというわけです。 IFRSでは、企業が自ら当事者として販売に関与している取引は、売上収益及び売上原価を総額表示し、別に当事者がいて、企業自らはその代理人として関与しているだけの取引については、純額表示します。携帯端末を代理店経由で販売する場合については、端末自体はA社をスルーするだけの取引ととらえ、その取引において、A社は代理人として位置付けられると考えるのでしょう。 光通信の売上で起きた変化は、取引の詳細は知りえませんが、ごく単純化するとこのようなものであろうと推定されます。 ◆IFRS移行で利益率は上昇 財務指標への影響も見ておきましょう。 ※動かない図はこちら 上のグラフは、光通信の売上総利益率(=売上総利益/売上高、粗利率のこと)の推移です。2017年3月期に、売上総利益率が跳ね上がっていることがわかります。 このグラフだけ見ると、会社が急に儲かり出したかのように思えてしまいますが、それは違います。単なる数字のいたずらです。 売上と売上原価が総額表示から純額表示に変わった結果、分母の売上高が圧縮されたけれども、分子の利益自体は変わらないため、利益率が上がるのです。 代理人としての取引がある場合、売上は圧縮され、利益率は跳ね上がる。これが、日本基準からIFRSへ移行したことによる変化です。収益認識会計基準が適用されると、同様のことが起こると予想されます。 ◆おわりに それはともかくとして、「代理人」という表現はどことなくマイナスイメージを伴うので、使い方には気を付けたいですね。これは会計上の概念として「代理人」なのであって、そう判定されたからといって、会社の役割が脇役的なものであるという意味ではありません。そうした説明なしにこの用語を聞いた場合、誤解が生じる可能性も否定できません。 これまでの日本の会計基準では、収益の計上に関する関心事は、「いつ計上するのか」と「いくらで計上するのか」の2つでした。収益認識会計基準は、この2つ以外の視点を収益認識プロセスに持ち込んだところが目新しいわけです。「本人なのか代理人なのか」という視点は、「売り手の属性」(誰が当事者なのか)を確認するというものです。 こうした新しい視点が、経営の場において浸透していくか、あるいは会計の世界だけの特殊な常識になってしまうかは、今後の実務を待ってみなければわからないところです。 (了)
税効果会計における 「繰延税金資産の回収可能性」の 基礎解説 【第6回】 「解消見込年度が長期にわたる将来減算一時差異の取扱い」 仰星監査法人 公認会計士 永井 智恵 1 はじめに 前回の連載【第5回】では、タックス・プランニングの実現可能性に関する取扱いについて解説を行った。会社の分類によっては、タックス・プランニングの実現可能性が、繰延税金資産の回収可能性の判断に大きく影響してくるということを説明した。 さて、今回は「解消見込年度が長期にわたる将来減算一時差異の取扱い」について説明する。 重要な用語である「将来減算一時差異」(連載【第1回】)や「一時差異等加減算前課税所得」(連載【第2回】)の意味や、「スケジューリング」(連載【第2回】)及び会社の「分類」(連載【第3回】・【第4回】)の考え方をしっかりと理解したうえで、読み進めていただきたい。 2 解消見込年度が長期にわたる将来減算一時差異とは 連載【第2回】で解説したように、将来減算一時差異や将来加算一時差異が税務上でどのように認容されていくか、つまり、どのように解消されていくかを検討することを「スケジューリング」という。 そのスケジューリングの結果、企業が継続する限り、長期にわたるが将来解消され、将来の税金負担額を軽減する効果を有する一時差異のことを「解消見込年度が長期にわたる将来減算一時差異」という。 「解消見込年度が長期にわたる将来減算一時差異」として、具体的には、建物の減価償却超過額(※1)や退職給付引当金(※2)に係る将来減算一時差異が挙げられる。 連載【第3回】及び【第4回】で解説したとおり、将来減算一時差異に係る繰延税金資産の回収可能性に関する取扱いは、会社の分類に基づく取扱いが原則的な取扱いとなる。 しかし、解消見込年度が長期にわたる将来減算一時差異については、繰延税金資産の回収可能性に関して、原則的な取扱いとは異なる取扱いが認められている。 (「解消見込年度が長期にわたる将来減算一時差異」と、原則的な取扱いをする将来減算一時差異とを区別するために、ここでは便宜上、原則的な取扱いをする将来減算一時差異のことを「通常の将来減算一時差異」という。) 【図1】 解消見込年度が長期にわたる将来減算一時差異として例示した建物の減価償却超過額や退職給付引当金に係る将来減算一時差異について、通常の将来減算一時差異と異なる取扱いが認められているのは、解消見込年度が長期にわたる将来減算一時差異が通常の将来減算一時差異とは異なる性格を有しているためである。 例えば、建物の減価償却超過額に係る一時差異は、会社の採用した償却方法に基づき規則的な償却を行うことで、当該一時差異が長期間にわたり償却を通じて規則的に解消されるという性格を有している。また、退職給付引当金に係る将来減算一時差異は、従業員の退職による退職金等の支給により当該一時差異が解消されるため、解消されるまでの期間が長期に及ぶという性格を有している。 なお、固定資産の減損損失や役員退職慰労引当金に係る将来減算一時差異も、その解消見込年度は長期にわたると考えられるが、これらは「解消見込年度が長期にわたる将来減算一時差異」とは異なる取扱いが定められている。 固定資産の減損損失や役員退職慰労引当金に係る将来減算一時差異の個別的な取扱いについては、【第7回】以降で解説する。 3 会社分類ごとの解消見込年度が長期にわたる将来減算一時差異の取扱い 通常の将来減算一時差異(例えば、賞与引当金や未払事業税に係る将来減算一時差異など)と、建物の減価償却超過額や退職給付引当金に係る一時差異のように解消見込年度が長期にわたる将来減算一時差異とでは、前述したように会社の分類によっては繰延税金資産の回収可能性の取扱いが一部異なるため、注意をしなければならない。 ここからは、会社の分類ごとに、通常の将来減算一時差異と解消見込年度が長期にわたる将来減算一時差異との取扱いがどのように異なるのかを解説する。 (1) 分類1について 分類1の場合、過去(3年)及び当期のすべての事業年度において、期末における将来減算一時差異を十分に上回る課税所得が発生しており、将来においても課税所得が安定的に生じることが予測されるため、通常の将来減算一時差異と同じように、解消見込年度が長期にわたる将来減算一時差異に係る繰延税金資産は、その全額に回収可能性があると判断される。 (2) 分類2について(連載【第4回】の【図2】において分類2に該当する会社を含む) 分類2の場合、通常の将来減算一時差異と同じように、解消見込年度が長期にわたる将来減算一時差異に係る繰延税金資産は、その全額に回収可能性があると判断される。 分類2の会社には高い収益力と安定的な課税所得の発生が見込まれているため、分類1と同様に繰延税金資産の回収可能性に懸念が生じないためである。 (3) 分類3について(連載【第4回】の【図2】において分類3に該当する会社を含む) 分類3の場合、通常の将来減算一時差異は、将来の合理的な見積可能期間(おおむね5年)以内の一時差異等加減算前課税所得の見積額に基づいて、当該見積可能期間の一時差異等のスケジューリングの結果、繰延税金資産を見積る場合、当該繰延税金資産は回収可能性があると判断する。したがって、見積可能期間を超えて通常の将来減算一時差異が解消する場合、当該将来減算一時差異に係る繰延税金資産には回収可能性が認められない。 一方で、解消見込年度が長期にわたる将来減算一時差異に係る繰延税金資産は、将来の合理的な見積可能期間において当該将来減算一時差異のスケジューリングを行った上で、当該見積可能期間を超えた期間であっても、当期末における当該将来減算一時差異の最終解消見込年度までに解消されると見込まれる将来減算一時差異に係る繰延税金資産は回収可能性があると判断される。 分類3に該当する会社は、利益や課税所得に大きな増減があり将来の合理的な見積可能期間を超える期間の見積りの精度が低くなるため、通常の将来減算一時差異については見積可能期間を上限として回収可能性を判断している。しかし、見積可能期間を超えた期間についても一定の一時差異等加減算前課税所得を安定的に獲得するだけの収益力があると考えられるため、建物の減価償却超過額や退職給付引当金に係る将来減算一時差異に関する繰延税金資産の回収可能性はあるものと考えられ、通常とは異なる取扱いが定められている。 【図2】 分類3の場合は、将来の合理的な見積可能期間を超えた期間についても解消見込年度が長期にわたる将来減算一時差異に係る繰延税金資産の回収可能性は認められるという点に留意しなければならない。 (4) 分類4について(連載【第4回】の【図2】において分類2及び分類3に該当する会社を除く) 分類4の場合、通常の将来減算一時差異については、翌期の一時差異等加減算前課税所得の見積額に基づいて、翌期の一時差異等のスケジューリングの結果、繰延税金資産を見積る場合、当該繰延税金資産は回収可能性があるものとする。 一方で、解消見込年度が長期にわたる将来減算一時差異に係る繰延税金資産についても、通常の将来減算一時差異と同様に、翌期に解消される将来減算一時差異に係る繰延税金資産は回収可能性があると判断される。 分類4に該当する会社は、通常、将来において一時差異等加減算前課税所得を安定的に獲得するだけの収益力があるとはいえないが、翌期において一時差異等加減算前課税所得が生じるのであれば、その部分については繰延税金資産の回収可能性が認められるといえるため、翌期に限り繰延税金資産の計上が認められるからである。 【図3】 (5) 分類5について 分類5の場合、通常の将来減算一時差異と同様に、解消見込年度が長期にわたる将来減算一時差異に係る繰延税金資産についても、原則として、当該将来減算一時差異に係る繰延税金資産の回収可能性はないと判断される。 分類5に該当する会社は、通常、将来において一時差異等加減算前課税所得が発生する可能性が低く、将来減算一時差異等に将来の税額負担を軽減する効果がないと想定されるためである。 以上の取扱いをまとめると、【表1】のようになる。 【表1】 各会社分類における繰延税金資産の回収可能性の判断 (通常の将来減算一時差異と解消見込年度が長期にわたる将来減算一時差異との比較) (※1) 連載【第4回】の【図2】において分類2に該当する会社を含む。 (※2) 連載【第4回】の【図2】において分類3に該当する会社を含む。 (※3) 連載【第4回】の【図2】において分類2及び分類3に該当する会社を除く。 次回は、今回説明した「解消見込年度が長期にわたる将来減算一時差異」と同様に解消見込年度は長期にわたるものの、今回とは異なる取扱いが設けられている「固定資産の減損損失に係る将来減算一時差異の取扱い」について解説する予定である。 (了)
空き家をめぐる法律問題 【事例4】 「空き家の管理に関する行政上の責任」 弁護士 羽柴 研吾 - 事 例 - 父は、祖父から相続した老朽化した建物を所有していますが、空き家の状態になっています。今後、私は、その建物を相続する可能性があります。最近、空き家を適切に管理していないと、行政によって建物を取り壊されることがあると聞いたのですが、父の相続に備えて、知っておくべき行政上のルールにはどのようなものがあるのでしょうか。 1 空き家の管理と行政上の責任 空き家の管理に関して、民事上の責任のほかに行政上の責任が問題となる場合がある。行政との関係で問題となる法令として、建築基準法、消防法、道路法、廃棄物処理法、災害救助法などが想定されるところであるが、本事例においては、2015年に施行された「空家等対策の推進に関する特別措置法」(以下「空き家特措法」という)を念頭に、空き家の所有者が留意しておくべき事項について解説することとしたい。 なお、上記各法令の概要については、本誌掲載の拙稿「〈実務家が知っておきたい〉空家をめぐる法律上の諸問題【後編】」を参照されたい。 2 空き家特措法の仕組み (1) 基本的な仕組み 空き家特措法は、市町村による空き家等に関する施策を推進するために必要な事項などを定めているが、その中核をなすのが、市町村長が特定空家等の所有者又は管理者(以下「所有者等」という)に対して行う助言・指導、勧告、命令、行政代執行である(空き家特措法第14条)。 この権限行使の対象となるのは、「空家等」のうち「特定空家等」であるが、その定義は次のとおりである(同法第2条)。 「空家等」の定義にある「居住その他の使用がなされていないことが常態であるもの」とは、おおむね1年利用されていない場合をいい、年に数回の利用がある場合には「常態」にないと解されている(北村喜宣ほか(編)『空き家対策の実務』(有斐閣・2016年)19頁参照)。 例えば、空き家を倉庫代わりに用いており、年に何回か訪れて整理等をしている場合には、空き家特措法が適用されないことになるものと解される。 (2) 特定空家等とは 上記のとおり、特定空家等は上記①から④の4類型からなるが、具体的内容は法令には規定されておらず、『「特定空家等に対する措置」に関する適切な実施を図るために必要な指針(ガイドライン)』の別紙1~別紙4に、具体的な判断基準が定められている。 当該ガイドラインの別紙2によれば、次のような状態にあるものは、上記②の「そのまま放置すれば著しく衛生上有害となるおそれのある状態にある空家等」に該当するものとされている。 これに対して、当該ガイドラインの別紙3によれば、次のような状態にあり、周囲の景観と著しく不調和な状態にあるものは、上記③の「適切な管理が行われていないことにより著しく景観を損なっている状態にある空家等」に該当するものとされている。 上記の比較からも分かるように、空き家特措法が規定する「特定空家等」は、②のように、周辺住民の生命、身体、財産への危険が及ぶ可能性が高いものと、③のように、その程度にまで至っていないものが含まれていることが分かる。そして、この相違は、次の表のように、市町村長が特定空家等の所有者等に対して講じることができる措置の内容に表れている。 特定空家等の類型③や④から除却措置が除外されているのは、この類型の特定空家等は、地域住民への危険性が低く、それにもかかわらず、侵害程度の強い除却措置まで認めるのは、合理性を欠き、比例原則に反すると考えられているためである(前掲・北村37頁参照)。 (3) 市町村長の権限行使と代執行によって被る不利益 特定空家等の所有者等が市町村長からの助言・指導に応じない場合、市町村長は、勧告することができる(空き家や特措法第14条第2項)。そして、この勧告を受けると、特定空家等の敷地が住宅用地特例制度の対象から除外されることになり、固定資産税及び都市計画税の負担が増加することになる(地方税法第349条の3の2第1項)。 また、特定空家等の所有者等が正当な理由なく勧告に従わず、特に必要がある場合、市町村長は、勧告に係る措置を命じることができる(空家特措法第14条第3項)。この場合、特定空家等の所有者は、自ら又は代理人を通じて、市町村長に対して、意見書及び自己に有利な証拠を提出することができるほかに、これらの書面等の提出に代えて公開による意見聴取を求めることができる(同条第4項、第5項)。 市町村長は、措置命令を出したにもかかわらず、履行されない場合、行政代執行法に基づいて代執行を行うことができる(空き家特措法第14条第9項)。行政代執行法第2条によれば、代執行を行うためには、義務が不履行であることに加えて、「その不履行を放置することが著しく公益に反すると認められるとき」という公益要件を満たす必要があった。しかし、空き家特措法は、公益要件を代執行の要件から外しているため、市町村長はより容易に代執行を行うことが可能となっている(同法第14条第9項)。 特定空家等について代執行が行われた事例は少ないが、実際に行われた場合、その費用は特定空家等の所有者等が負担しなければならない(行政代執行法第6条)。具体的には、代執行の作業員の賃金、請負人に対する報酬、資材費、第三者に支払うべき補償料が想定され、その総額が数千万円になる場合も生じうる。代執行に要した費用の請求権は、国税滞納処分の例による強制徴収が認められるため、特定空家等の所有者等は、この点にも留意しておく必要がある(同条第1項、第2項)。 3 条例に対する留意-神戸市の条例を参考に- (1) 条例を理解する必要性 空き家特措法は、全国に適用されるルールを定めたものであるが、市町村の条例による拡充を一切排除するものではなく、現に市町村において空き家特措法の内容を拡充する条例が定められている。 そこで、神戸市空家空地対策の推進に関する条例(以下「神戸市条例」という)を題材として、空き家特措法の内容を拡充している例を簡潔に説明しておくこととする。 (2) 神戸市条例の特徴 神戸市条例の特徴は、次の図のように、空き家特措法の規制対象に関する条項の他に、「類似空家等」、「特定類似空家等」のカテゴリを作り、空き家特措法と同様の助言・指導、勧告、命令、行政代執行の規制の仕組みを採用している点にある(空地等の説明は割愛する)。 【空き家特措法と神戸市条例との関係】 (出典) 神戸市住宅都市局安全対策課「神戸市空家空地対策の推進に関する条例(逐条解説)」(平成28年9月)3頁 神戸市条例の「類似空家等」とは、空家等に準じる状態のものであり、上記逐条解説によれば、「類似空家等」には、盆、正月だけ利用する住宅のように使用頻度が年に数回程度に留まるものや最近空き家になったものなどが含まれるものとされている。 これは、空き家特措法が想定する空家等にまで至っていない状態の空き家も規制することによって、より速い空き家の適正管理を達成しようとするものである。 (3) 神戸市条例独自の仕組み 神戸市条例は、空き家特措法第14条に基づく勧告について、同法が規定していない意見陳述の機会を付与している(同条例第12条)。これは、空き家特措法に基づく勧告は、上記2の(3)で指摘した地方税法上の不利益に直結するため、条例によって特定空家等の所有者の手続保障を充実させたものである。 一方で、神戸市条例は、空き家特措法に基づく勧告や同条例に基づく勧告を受けた場合に、その者が正当な理由なく従わなかった場合に、氏名、住所等を公表するものとしており、空き家特措法にない義務履行確保の手段を設けている(同条例第13条)。 4 まとめ 空き家の所有者等は、空き家特措法に基づいて、行政庁から規制権限を行使され、代執行にまで至った場合には多額の費用負担を強いられる可能性がある。また、市町村の定める独自の条例によって、より早期の段階から規制権限の行使が行われる可能性があることにも配慮しておく必要がある。 (了)
〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第10話】 「人生100年時代と賦課方式」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 「中尾統括官・・・賦課方式って・・・なんですか?」 浅田調査官は遠慮がちに中尾統括官に尋ねる。 昼休みで新聞を読んでいた中尾統括官は顔を上げる。 「年金制度の・・・賦課方式のことかい・・・?」 浅田調査官は頷く。 「ええ・・・実はこの本で、我が国の賦課方式について書かれていまして・・・この賦課方式は、将来、破綻するというのです・・・」 浅田調査官は手に持っていた『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)-100年時代の人生戦略』(東洋経済新報社、2016年)という本を見せる。 中尾統括官は表題に興味を持ったらしく、本を手に取る。 「なかなか面白そうだな・・・著者は、イギリスのリンダ・グラットン(心理学者)とアンドリュー・スコット(経済学者)か・・・」 そう言いながら、ページをめくる。 「浅田君が言うのは・・・この箇所のこと?」 中尾統括官は、その箇所(69頁)を指す。 「ええ・・・」 浅田調査官は本を覗きながら頷く。 「なるほど、そういうことか。つまり賦課方式というのは・・・」 中尾統括官は、ペンを持って、罫紙に図を描く。 「つまり、毎年の保険料収入は、同時にその年の年金給付に充てられるということで、この図を見ればわかるように、年金給付を受ける人は退職世代で、一方、その年金等を負担するのが現役世代になっている・・・これが賦課方式だ。したがって、この賦課方式は・・・世代間で不公平が生じている・・・」 浅田調査官は中尾統括官の説明をじっと聞いている。 「・・・そうすると、高齢化が進むことによって、現役世代が支える年金受給者が増加し、現役世代の負担が増大することになるので、近い将来、賦課方式は破綻するであろうと考えられる・・・この本は、そういうことを我々に忠告しているわけだね。」 中尾統括官は本をペラペラめくりながら説明をする。 「・・・僕なんかあと2年で退職するから・・・年金制度は切実な問題だよ・・・」 中尾統括官はつぶやくように言う。 「そうですね・・・しかし、この調子だと、私たちの世代が退職するときには・・・間違いなく年金はもらえなくなる・・・ということですかね。」 浅田調査官は自嘲気味に言う。 「公務員は60歳で定年だけど・・・再雇用をしてもらって、まだ働かなければ・・・老後が心配だよ・・・」 中尾統括官は、真面目な顔になる。 「この本にも書いてあるけど・・・国連の推計によると、2050年までに、日本の100歳以上の人口は100万人を突破することになっている・・・今から32年後といえば、僕は90歳だ・・・しかし、そのときまで生きていれば、僕よりも年上の人は、少なくとも100万人以上いるということになるな・・・」 そう言うと、中尾統括官は苦笑する。 「・・・ところで、中尾統括官は、退職後、税理士になるのですか?」 浅田調査官が尋ねる。 「税理士?」 中尾統括官は、驚いたような表情になる。 「税理士になんて・・・なれないよ。」 中尾統括官は憮然という。 「でも、中尾統括官は、もう税理士の資格を取得しているのですから・・・当然、退職後は税理士になるのかと・・・」 浅田調査官は、中尾統括官の顔を見る。 「バカを言え・・・税理士になっても・・・損害賠償が怖いし・・・それに、クライアントを獲得する自信もないよ・・・」 中尾統括官は、自嘲の笑みをもらす。 「僕は定年で退職しても、とりあえず、再雇用で65歳まで税務署で働いて・・・その後は、どこか小さな会社の経理などをしながら、ほそぼそと生きていく・・・ということを考えているんだ・・・」 「そうなんですか・・・この本では、これからの若い人の、人生100年時代においては、85歳まで働かなければ、人生の終焉をむかえるまでに破綻してしまうと・・・警告しています・・・」 浅田調査官は腕を組んでため息をつく。 「暗い話だね・・・」 中尾統括官はそうつぶやきながら、『LIFE SHIFT』と大きく書かれた表紙を見つめた。 (つづく)