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家族信託による新しい相続・資産承継対策 【第13回】「家族信託におけるリスク・デメリット」

家族信託による 新しい相続・資産承継対策 【第13回】 「家族信託におけるリスク・デメリット」   弁護士 荒木 俊和   今回はこれまでの内容を踏まえ、家族信託を組成し、相続・資産承継対策を行うことについて、どのようなリスクやデメリットがあるのかについて解説する。   1 リスクを回避する柔軟な方法としての家族信託 家族信託は、相続・資産承継における様々なリスクを避けるために用いられる制度であることから、何ら相続・資産承継対策を行っていない場合に比べ、通常は相続・資産承継においてトラブルが発生するリスクを低減させるものである。 また、遺言や成年後見制度に比べても、遺言よりも受益者連続型信託(財産の元々の保有者である委託者兼当初受益者が死亡した後も信託を存続させ、二次受益者、三次受益者と受益権を承継させることによって遺贈と同様の効果を発生させるもの)のほうが二次相続、三次相続において柔軟に対応できるし、成年後見制度よりも不動産の売却や財産の積極的な活用の面で優れている部分があるといえる。 このように、家族信託はその内容の作り込みによって相当程度に柔軟に規定ができるため、リスクとなる事柄が予見できるのであれば、それを回避する形で設計することができる。 このため、家族信託を的確に活用できるとすれば、大きなリスクは回避できるといえる。   2 税務面でのメリットの不存在 一方で、基本的には家族信託の利用により、直接的な税務上のメリットは生じないという側面がある。 これ自体はデメリットとまではいえないが、家族信託の組成に関して一定の費用を要することを考慮すれば、コスト面での負担が生じることは避けがたいといえる。 また、税務についての十分な検討を行わずに家族信託のスキームを策定してしまった場合、思わぬところで課税が発生してしまう恐れがあるため、注意が必要である。   3 スキーム、信託契約の規定の作り込みの破綻 家族信託は事案に応じた柔軟な利用が可能である反面、事案に見合ったスキームの検討が不十分であると、信託の継続が破綻してしまう恐れがある。 例えば、「親が子に信託することが通常である」というセオリーを鵜呑みにして家族信託を設計した結果、病弱な子が受託者となり、親より先に子が死亡してしまうようなケースもありうる。 このような場合、子に万が一のことがあった場合のバックアップをどうするかを予め決め、信託契約に盛り込んでおかなければ、思った通りの相続・資産承継対策が実現できないばかりか、かえって混乱を生むだけの結果となってしまいかねない。 また、家族信託で用いられる信託契約はオーダーメイドのものであることから、信託法やその土台となる民法の知識が不十分な者が信託契約を作ってしまうと、信託契約が思った法律効果を生じない恐れがある。 例えば、譲渡が禁止されている預金(預金債権)を委託者から直接受託者に対して移すことにより信託財産としようとしたり、農地法の規制対象である田や畑を農業委員会との折衝もなしに信託の対象にしようとしたりするなど、ある程度の知識と経験があればできることができておらず、信託の組成が失敗するようなこともある。 このため、このようなリスクを回避するためには、家族信託に関する十分な知識と経験がある者に関与させなければならないものといえる。   4 受託者に対する監督 家族信託は、家族に財産を「信じて」「託す」仕組みである以上、受託者は基本的に委託者から見て信頼に足る者でなければならない。 そうであるとすると、委託者が吟味して受託者を選んだのであれば、そうそう受託者の資質や行動によって問題は生じないかのように思われる。 しかし、現実には成年後見制度において親族後見人による被後見人の財産の横領が多発したため、裁判所が親族後見人を選任する事案を限定し、専門家後見人の選任を主とする方針転換を行ったようなことからも、身近な親族であっても常に誠実に任務を全うするとは限らない。 また、受託者が積極的に横領行為を行う意思がなくとも、信託財産と自らの固有財産の分別管理義務を果たしていないがためにこれらの財産が混同してしまい、結果として信託財産が受託者の個人財産として費消されてしまうこともある。 このため、受益者は自らの財産を保護するために、信託法上、損害填補請求権(第40条第1項)や差止請求権(第44条)を行使するなど、受託者に対する種々の監督制度を利用することができる。 しかし、家族信託において基本的に想定されているのは、認知症対策等として財産を保有していた者が委託者兼当初受益者となるパターンである。 そうだとすると、この当初受益者が認知症になってしまう可能性は十分に存在するのであり、そうなってしまうと受託者の監督は十分に行えなくなってしまう。 このような場合には信託監督人を予め選任しておき、監督機能が低減してしまわないように仕組みを作っておくことが重要となる。   5 信託に対する関係者の認知度 家族信託は制度として一般市民まで完全に浸透しているものではないため、正当な内容の家族信託であったとしても、当事者の理解が及んでいなければうまくワークしないこともある。 例えば、他の家族に説明を行わず、父が長男に対して収益不動産を信託し、父が当初受益者となる場合、登記上の名義は長男のものとなるが、この登記を見た次男が、収益不動産が長男に(実質的な意味で)譲渡されたと誤信し、長男に対して悪感情を持つようなことがありうる。 また、信託を悪用して財産を隠したり、帳簿上の財産を消したりするようなことを企てるという例もありうるが、これも信託の本質的な意味を理解していないがために生じる問題であるといえる。 筆者個人としては、本来的には、財産を信託するということは何もやましいことではなく、家族全員に説明をしたうえで、オープンに行うことがベターなやり方ではないかと思う。 (了)

#No. 219(掲載号)
#荒木 俊和
2017/05/25

コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針(CGSガイドライン)の解説 【第1回】「CGSガイドラインの概要」

コーポレート・ガバナンス・システムに関する 実務指針(CGSガイドライン)の解説 【第1回】 「CGSガイドラインの概要」   PwCあらた有限責任監査法人 シニアマネージャー 公認会計士 北尾 聡子   〔CGSガイドラインの策定〕 経済産業省が、2017年3月31日に、「コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針(CGSガイドライン)」を公表した。これは、2017年3月10日に公表された「CGS研究会報告書-実効的なガバナンス体制の構築・運用の手引-」(CGSレポート)を踏まえたものであり、2015年6月から適用が開始された「コーポレートガバナンス・コード」(以下、CGコード)の内容を補完し、企業価値向上のための具体的な行動を取りまとめたものである。CGSガイドラインの別添として「経営人材育成ガイドライン」及び「ダイバーシティ2.0行動ガイドライン」も策定されており、これらを合わせると膨大な情報量となっている。 日本企業における中長期的な企業価値と「稼ぐ力」の向上を図ることを目標としてCGコードの策定など様々なコーポレートガバナンス改革が推し進められてきたものの、企業の立場からは、具体的に何をすれば有益なのか、実務上の参考となるガイダンスが必要であるという声が多く聞かれた。CGSガイドラインは、そのような企業側のニーズに応えるべく、上場企業に対するアンケート調査、ヒアリングの結果や、上場企業の経営経験者あるいは社外取締役の知見を得て取りまとめられたCGSレポートを踏まえて策定されたものであり、4つの項目に係る提言内容は、コーポレートガバナンス強化を目指す企業にとって参考になる事項が多いと考えられる。 本解説シリーズでは、CGSガイドライン策定に至るこれまでの取り組み、提言の主な内容、別添の「企業価値向上に向けての経営リーダー人材の戦略的育成についてのガイドライン」及び「ダイバーシティ2.0行動ガイドライン」の概要、並びに今後の取り組み・課題などを全5回シリーズにて解説する。 CGSガイドライン策定に至るまでには、関係省庁が様々な取り組みを実施してきた。本稿では、はじめにその様々な取り組みについて説明する。なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることをお断りしておく。   〔コーポレートガバナンス改革に向けた様々な取り組み〕 ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます。 (PwCあらた有限責任監査法人作成) ▷CGSガイドライン策定の背景 <1> 経済産業省は、2008年12月、「企業統治研究会」を立ち上げた。経営層・機関投資家・学識者・金融庁・法務省の代表者が参集し、6回にわたる審議を重ね、「企業統治研究会報告書」が取りまとめられた。当報告書では、社外役員(取締役・監査役)の独立性や社外役員の導入についての考え方に関する提言などが盛り込まれた。 <2> 企業統治に関連する問題発生により、我が国のコーポレート・ガバナンス・システムの在り方について内外から批判を受けたことを受け、2012年3月、経済産業省は、「コーポレート・ガバナンス・システムの在り方に関する研究会」を立ち上げた。2015年7月24日、研究会報告書「コーポレートガバナンスの実践~企業価値向上に向けたインセンティブと改革~」が公表された。   <3> 経済産業省での取り組みが進められる中、2014年6月に閣議決定された『日本再興戦略』改訂2014において、CGコードの策定が施策として盛り込まれた。これを受け、金融庁と東京証券取引所を共同事務局とする「コーポレートガバナンス・コードの策定に関する有識者会議」が設置され、全9回審議を経て、2015年3月、「コーポレートガバナンス・コード原案~会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上のために~」を確定、公表した。その後、各証券取引所が、関連する上場規則等の改正を行い、このコード原案をその内容とする「CGコード」が2015年6月1日より国内すべての上場会社に適用されている。 CGコードの適用前は、2004年3月に東証によって公表された「上場会社コーポレート・ガバナンス原則」(2009年12月改訂)において、「~することが期待されている。」といった尊重規定が定められ、上場会社に対し、一定のコーポレートガバナンスの維持が期待されていた。 一方、2015年6月から適用されている「CGコード」は、上場会社に対して、「~すべきである。」とし、法的拘束力を有する規範ではないものの、いわゆる『コンプライ・オア・エクスプレイン』(原則を実施するか、実施しない場合には、その理由を説明するか)の手法を採用することにより、従前の尊重規定から一歩前進している。 <4> 「CGコード」が2015年6月1日より適用された後、金融庁は、2015年9月、「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」を設置し、両コードの普及と定着状況をフォローアップしている。当フォローアップ会議からは、現在までに意見書(1)・(2)・(3)が公表されている。   <5> 各企業によるコーポレートガバナンス改革が進められる中、『日本再興戦略2016-第四次産業革命に向けて-』において、「攻めの経営」の促進に向けた具体的施策の一つとして、“実効的なコーポレートガバナンス改革による企業価値の向上”が掲げられ、「取締役会の役割・運用方法、CEOの選解任・後継者計画やインセンティブ報酬の導入、任意のものを含む指名・報酬委員会の実務等に関する指針や具体的な事例集を、本年度内を目途に策定する」こととされた。なお、コーポレートガバナンス改革は、過去20年以上におよぶ企業価値の低迷という現状から脱却し、企業の持続的成長と中長期的な企業価値の向上を図ることのできる経済システムの構築を目指すものであるとされている。 日本再興戦略2016を受け、経済産業省は、2016年7月から、法務省及び金融庁からオブザーバーとしての参加を得て「CGS(コーポレート・ガバナンス・システム)研究会」(座長:神田秀樹学習院大学大学院法務研究科教授)を立ち上げた。CGS研究会は、全9回にわたり開催され、2017年3月10日、「CGS研究会報告書-実効的なガバナンス体制の構築・運用の手引-」(CGSレポート)を公表した。 さらに、経済産業省は、CGS研究会での検討結果を踏まえ、2017年3月31日、コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針として、「CGSガイドライン」を策定、公表した。また、本指針の別添として産業人材政策室より「企業価値向上に向けた経営リーダー人材の戦略的育成のガイドライン」、経済社会政策室より「ダイバーシティ2.0行動ガイドライン」が策定された。本解説シリーズは、これらのガイドラインも解説に含める予定である。   〔CGSガイドラインの概要〕 CGSガイドライン策定の背景からもわかる通り、CGコードの適用により、上場会社のコーポレートガバナンス改革は、形式面の整備がほぼ完了したと言える。この改革を「形式」から「実質」へと深化させるためには、問題を先送りせず、現状を改革する果断な経営判断を行えるように我が国企業の伝統的な経営システムを変化させていくことが求められている。 このような問題意識の下で策定されたCGSガイドラインは、CGコードによって示された実効的なコーポレートガバナンスの実現に資する主要な原則を企業が実践するに当たり検討すべき内容を補完するとともに、「稼ぐ力」を強化するために有意義と考えられる具体的な行動を取りまとめたものである。企業が各社に適したコーポレートガバナンスの在り方を検討する際に、CGSガイドラインで示された検討事項を考慮して議論することが期待されている。 したがって、CGSガイドラインは、その中で提示した内容を各社が取り入れることを期待しているというよりは、各社が自社に適したガバナンスについて議論する際の参考情報として活用することを想定したものである。各社の置かれた状況に応じてCGSガイドラインの活用方法は異なるものの、CGSガイドラインの内容を企業に押し付けるものではないことが強調されている。 ▷CGSガイドラインの構成 CGSガイドラインで示された提言は以下の4項目であり、各企業がそれぞれの項目について検討することが促されている。 取締役会への付議事項の見直しなどを行うことで、経営戦略に関する議論や監督機能に関する議論を充実させる必要がある 社外取締役への情報提供や意見交換を行うための工夫を行う コーポレートガバナンス対応を一元的に統括する部署・担当者の配置を検討する 取締役会の実効性評価に際して、第三者的な視点を取り入れながら取締役会の在り方について議論することが必要 社外取締役に期待する役割・機能を明確にし、役割・機能に合致する資質・背景を検討する 求める資質・背景を有する社外取締役候補者の適格性、就任条件について検討する 就任した社外取締役が実効的に活動できるようにサポートする 社外取締役の活躍の状況に関する対外的な情報発信の充実を検討する 社外取締役の評価を踏まえて、社外取締役の再任・解任等を検討する 経営陣の選解任や評価、報酬に関する基準及びプロセスの明確化 社外者中心の指名・報酬委員会の設置・活用(社長・CEOの選解任、後継者計画及び報酬について、指名委員会や報酬委員会の諮問対象に含めるなど) 役員候補者の育成・選抜プログラムの作成と実施 退任社長・CEOが相談役・顧問に就任する際の役割・処遇(報酬等)の明確化 退任社長・CEOの就任慣行(人数、役割、処遇等)について積極的に情報開示 取締役会長の権限・肩書(代表権の付与等)を検討する CGコードが施行されて1年以上が経過し、各社の取り組みが注目されている。コーポレートガバナンス改革を推し進めることが、本当に企業価値の向上につながるのか、半信半疑で取り組んでいる人も少なからずいるだろう。 これらの取り組みは、本来、短期的な効果を期待するというよりも、中長期的な視点で行われるべきものであろう。企業が、持続的な企業価値向上のため、試行錯誤しながら積極的にガバナンス改革を進めること、また外部情報発信について前向きに取り込むことが望まれていると考えられる。 先進的な事例や成功事例が開示されることで、他社がそれを参考にし、切磋琢磨することで、日本企業のコーポレートガバナンス全体の質的向上が期待される。企業の積極的な開示により、プラスの連鎖が広がり、我が国企業全体の「稼ぐ力」が向上することを期待したい。 なお、CGSガイドラインの各提言内容については、本シリーズの次号以降において詳しくご説明する。次号(第2回)では、「提言2:社外取締役の活用」について、ご説明する。 (了)

#No. 219(掲載号)
#北尾 聡子
2017/05/25

〔検証〕適時開示からみた企業実態 【事例15】株式会社フュートレック「監査等委員会設置会社への移行中止に関するお知らせ」(2017.4.21)

〔検証〕 適時開示からみた企業実態 【事例15】 株式会社フュートレック 「監査等委員会設置会社への移行中止に関するお知らせ」 (2017.4.21)   事業創造大学院大学 准教授 鈴木 広樹   1 今回の適時開示 今回取り上げる適時開示は、株式会社フュートレック(以下「フュートレック」という)が平成29年4月21日に開示した「監査等委員会設置会社への移行中止に関するお知らせ」である。タイトルのとおり、監査等委員会設置会社への移行を中止することにしたという内容だが、その理由について、「1.中止の理由」には次のように記載されている。   2 なぜ監査役会設置会社で? 監査等委員会設置会社へ移行しようとしたが、役員が金融商品取引法違反を犯したため、監査役会設置会社でコーポレート・ガバナンス体制を再検討した方がよいと考えたとのことである。しかし、この理由はわかりにくい。 「取締役会の監査・監督機能の強化をもってコーポレート・ガバナンス体制の一層の充実と企業価値のさらなる向上を図ること」が、監査等委員会設置会社移行の目的とされている。ならば、こうした状況においてこそ、早急に監査等委員会設置会社に移行した方がよいのではないだろうか。   3 監査等委員会設置会社移行の本当の理由 中止の理由がわかりにくいのは、おそらくそれが本当ではないからだろう。つまり、本当の理由は違うのに、何とか表向きの理由を作り出そうとして、このようにわかりにくくなっているのではないだろうか。 本当でないといえば、そもそも監査等委員会設置会社への移行の理由も、おそらく本当ではないだろう(そのため、余計に中止の理由がわかりにくくなっている)。上掲の中止の理由の記載と重なるが、フュートレックが平成29年1月23日に開示した「監査等委員会設置会社への移行に関するお知らせ」の「1.移行の目的」には、次のように記載されている。 現在、多くの会社が監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移行しているが、その移行に関する開示に記載された目的はどれもこのように簡潔で抽象的である。おそらく本当ではないため、具体的な記載とはなり得ないのだろう。 監査等委員会設置会社への移行は、コーポレートガバナンス・コードの次の原則を踏まえたものだと思われる。 この原則を踏まえ、本当は次のように考えて、監査等委員会設置会社へ移行しているのだろう。 コーポレートガバナンス・コードで社外取締役を複数置くべきとしているが、監査役会設置会社のまま複数の社外取締役を入れるとしたら、社外監査役と合わせて最低4名以上社外から人材を調達しなければならない。それは大変だ。監査等委員会設置会社ならば、最低2名の社外取締役だけでいい。指名委員会等設置会社のように指名と報酬の委員会を置かなくてもいいし(役員の人事と報酬の決定をそれらの委員会に委ねるなんて)、場合によっては現在の社外監査役を横滑りさせればいいのでは。   4 中止の本当の理由 役員による金融商品取引法違反という事態に遭遇し、監査等委員会設置会社への移行を躊躇するとしたら、誰だろうか。フュートレックの社外監査役である。 監査等委員会設置会社へ移行している他の会社と同様に、おそらく同社においても、2名の社外監査役が社外取締役に横滑りして、監査等委員に就任する予定だったと思われる。そうなった場合、彼らは、これまで求められてきた監査機能に加えて、取締役としての監督機能も求められることとなり(適法性だけでなく妥当性も監視)、責任が重くなる。 あくまで推測だが、彼らは、役員による金融商品取引法違反という事態に遭遇し、同社の取締役に就任することにリスクを感じて、監査等委員会設置会社への移行に反対したのではないだろうか。もしもそうだとしたら、監査等委員会設置会社へ移行する前に役員による金融商品取引法違反が判明したことは、彼らにとって不幸中の幸いだったといえるだろう。 (了)

#No. 219(掲載号)
#鈴木 広樹
2017/05/25

プロフェッションジャーナル No.218が公開されました!~今週のお薦め記事~

2017年5月18日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル  No.218を公開! プロフェッションジャーナルのリーフレットは 全国のTAC校舎で配布しています! -「イケプロが実践するPJの活用術」「第一線で活躍するプロフェッションからPJに寄せられた声」を掲載!-   - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。

#Profession Journal 編集部
2017/05/18

日本の企業税制 【第43回】「国際課税に関する今後の改正動向を探る」

日本の企業税制 【第43回】 「国際課税に関する今後の改正動向を探る」   一般社団法人日本経済団体連合会 経済基盤本部長 小畑 良晴   国際課税に関しては、平成28年度税制改正においては移転価格税制に係る文書化制度の整備(国別報告事項等)、平成29年度税制改正においては外国子会社合算税制の抜本見直しなど、連続して大きな改正が行われている。 今後、国際課税に関しどのような改正が行われる可能性があるのか、各動向から探ってみたい。   1 「BEPS包摂的枠組み」による各国の法整備の動き これらは、国際的なBEPS(税源浸食と利益移転)への取組みを背景にしたものである。本年3月17日から18日にかけて開催されたG20財務大臣・中央銀行総裁会議声明においても、次のように述べられている。 ここで触れられている「BEPS包摂的枠組み」とは、BEPSプロジェクトを推進してきたOECD加盟国34ヶ国に加盟申請中の4ヶ国(うち2ヶ国はとりまとめ段階で参加)及びOECD非加盟のG20諸国8ヶ国を合わせた46ヶ国に加え、新たに、低所得国を含む国・地域が、既存メンバーと対等な立場でBEPS最終報告書に盛り込まれた勧告にコミットするものである。 これは、昨年6月末に京都で開催されたOECD租税委員会の際に開かれた第1回「BEPS 包摂的枠組み会合(Inclusive Framework on BEPS)」で立ち上げられ、プロジェクト参加国・地域数は合計96ヶ国・地域に及んでいる(本年4月現在)。 したがって、わが国の国内法の整備のみならず、各国の法整備の状況から目が離せない。 また、「税の透明性に関して合意された国際的基準の、満足のいく水準での実施に向けて十分な進捗が見られない法域のリスト」については、平成29年度税制改正において抜本見直しが行われた外国子会社合算税制において、上記リストに記載された国・地域にある外国関係会社は「特定外国関係会社」(措法66の6②二ハ・⑭)として、いわゆるペーパーカンパニーと同様に、そのことをもって、その所得が合算対象となることとされている。   2 与党大綱に示された「中期的に取り組むべき事項」から見えること 昨年12月8日に決定した与党の平成29年度税制改正大綱では、「補論」として、一連の国際課税の見直しの背景と今後の課題について整理している。特に、「中期的に取り組むべき課題」として、次のように記されている。 ここで挙げられている課題は、移転価格税制、過大支払利子税制、義務的開示制度の3つであるが、これらのうち、移転価格税制に関しては、特に利益分割法のガイダンスをOECDで検討途上であり、また、義務的開示制度については「制度導入の可否」とあるように、他の課題より一歩引いた取り扱いとなっていることからすれば、過大支払利子税制が、当面の課題として浮上する可能性があると見られる。 過大支払利子税制とは、所得金額に比して過大な利子を関連者間で支払うことを通じた租税回避を防止するため、関連者への純支払利子等の額のうち調整所得金額の一定割合(50%)を超える部分の金額につき当期の損金の額に算入しないこととする制度で、平成24年度税制改正で創設されたものである(措法66の5の2)。 これを見直す場合、OECDのBEPS最終報告書を踏まえれば、上記の「調整所得金額」の算定における受取配当の取扱いと、調整所得金額に乗じる「一定割合」の水準、第三者への支払利子の取扱いなどが大きな課題となろう。 (了)

#No. 218(掲載号)
#小畑 良晴
2017/05/18

平成29年度税制改正における『組織再編税制』改正事項の確認 【第5回】

平成29年度税制改正における 『組織再編税制』改正事項の確認 【第5回】 (最終回)   公認会計士 佐藤 信祐   6 2段階組織再編成の見直し T&Amaster675号15頁の「二次・三次再編の税制適格要件を見直し」では、二次再編が見込まれている場合だけでなく、三次再編が見込まれている場合についても改正法人税法施行令で規定されることが報道されていた。この点、法人税法施行令4条の3第25項を確認すると、二次再編が適格合併である場合には、「当該適格合併に係る合併法人は、当該適格合併後においては当該各号に定める法人とみなして、当該各号に規定する規定及びこの項の規定を適用する。」と規定されている。これにより、二次再編の合併法人が適格合併により解散することが見込まれている場合にも、「当該各号に定める法人」とみなされることから、一次再編を適格組織再編として取り扱うことが可能になる。 ただし、実際の条文を見てみると、すべての組織再編に対応したものとはなっていない。例えば、合併については、法人税法施行令4条の3第3項2号において、同条2項2号を読み替えることにより、実質的に同令25項が適用されるため、同一の者が適格合併により解散することが見込まれる場合の取扱いについては、50%超100%未満グループ内の合併においても対応しているように思われる。しかし、法人税法本法にはこのような規定がないことから、合併法人が適格合併により解散することが見込まれる場合における従業者引継要件、事業継続要件については、三次再編に対応していないということが言える。 これは、共同事業を行うための合併における従業者引継要件、事業継続要件についても同様である。この点については、財務省の立法担当者による「平成29年版改正税法のすべて」を確認する必要があろう。   7 資産調整勘定の償却の見直し 平成29年度与党税制改正大綱では、資産調整勘定及び差額負債調整勘定について、月割計算を行うことが記載されている。実際の条文については、法人税法62条の8第4項、7項を確認されたい。   8 繰越欠損金、特定資産譲渡等損失の見直し 平成29年度税制改正前は、特定資産譲渡等損失相当額における「特定資産」の定義が「支配関係発生日において有する資産」、特定資産譲渡等損失額の損金不算入における「特定資産」の定義が「支配関係発生日前から保有していた資産」とされていた。 そのため、例えば、3月決算法人であるA社を×1年7月1日に買収したときは、A社において、×1年4月1日から×1年6月30日までに発生した損失は、支配関係発生日(×1年7月1日)には存在しないことから、特定資産譲渡等損失相当額に該当しないと解されていた。これに対し、特定資産譲渡等損失額の損金不算入の計算では、支配関係発生日前には有していることから、該当する余地があると解されていた。 この点につき、平成29年度税制改正では、「青色申告書を提出した事業年度の欠損金の繰越控除制度のうち支配関係がある法人間でみなし共同事業要件を満たさない適格合併等が行われた場合における欠損金の制限措置及び特定資産に係る譲渡等損失額の損金不算入制度について、支配関係発生日の属する事業年度開始の日から支配関係発生日の前日までの間に生じた特定資産の譲渡等損失額を制限の対象に加える(平成29年度与党税制改正大綱72頁より抜粋)」こととされた。 これを条文で確認すると、法人税法62条の7第2項2号では、特定保有資産の定義について、「支配関係発生日の属する事業年度開始の日前から有していた資産」と定められた。このことにより、支配関係発生日の属する事業年度開始の日から支配関係発生日の前日までの間に取得した資産は特定保有資産から除外されることとされ、納税者優位に解することができるようになった。 それと当時に、法人税法施行令123条の8第3項5号では、「第62条の7第2項第1号に規定する支配関係発生日(第12項において「支配関係発生日」という。)の属する事業年度開始の日以後に有することとなった資産及び同日における価額が当該同日における帳簿価額を下回っていない資産」を特定資産から除外することされた。すなわち、特定引継資産からも支配関係発生日の属する事業年度開始の日から支配関係発生日の前日までの間に取得した資産が除外されることが明らかにされている。さらに、時価が帳簿価額を下回っていない場合に特定資産から除外することができるという特例も、その算定基準日が支配関係発生日の属する事業年度開始の日とされた。 そして、法人税法施行令112条5項1号においても、 と規定された。 このことにより、「支配関係発生日の属する事業年度開始の日前から有していた資産」が、特定資産として取り扱われることになり、支配関係発生日の属する事業年度開始の日から支配関係発生日の前日までに損失を実現させることにより、繰越欠損金の引継制限、使用制限を回避することはできなくなった。   9 むすび このように、平成29年度税制改正では、組織再編税制の大幅な見直しがなされており、今後の実務への影響は大きいと思われる。 なお、本稿は、「平成29年版改正税法のすべて」が公表される前に校了したものであるため、その内容については触れていない。「平成29年版改正税法のすべて」を確認することにより、その制度趣旨についても理解することができると思われる。 本稿が、皆様のお役に立つことができれば幸いである。 (連載了)

#No. 218(掲載号)
#佐藤 信祐
2017/05/18

相続税の実務問答 【第11回】「代償分割の対象となった財産の中に小規模宅地等がある場合」

相続税の実務問答 【第11回】 「代償分割の対象となった財産の中に小規模宅地等がある場合」   税理士 梶野 研二   [答] お兄様については、小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例(以下「小規模宅地等の特例」といいます)を適用することにより、相続税の課税価格は算出されないこととなりますが、お兄様が、同特例を適用することによって、あなたの相続税の課税価格の計算に影響が生じることはありません。 なお、お兄様については、相続税の課税価格が算出されないとしても、小規模宅地等の特例を適用するためには、相続税の申告が必要となりますので、ご注意ください。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。   ● ● ● ● ●  説 明 ● ● ● ● ● 1 小規模宅地等の特例 相続や遺贈により取得した財産のうちに、その相続開始の直前に被相続人又は当該被相続人と生計を一にしていた親族の事業の用又は居住の用に供されていた宅地等で一定の要件を満たすものがある場合に、その宅地等を取得した相続人等が一定の要件を満たすときには、その宅地等を取得した相続人等全員の選択により、その宅地等のうちの一定の面積までの部分について、相続税の課税価格に算入すべき価額を軽減することができます。 例えば、被相続人の居住の用に供されていた宅地を取得した相続人が被相続人と同居していた者であり、その者が相続税の申告期限まで居住を継続する場合には、その宅地は、租税特別措置法第69条の4第3項第2号に定める特定居住用宅地等に該当し、相続税の課税価格に算入すべき価額は、330平方メートルまでの部分についてその宅地の相続税評価額の100分の20とされます。   2 ご質問の場合 (1) 小規模宅地等の特例を適用した場合の相続税の課税価格の計算 お母様とお兄様が居住の用に供していた建物の敷地は、お兄様が、代償分割により、単独で相続されたとのことですが、お兄様が相続したこの敷地は、特定居住用宅地等に該当するものと思われます。 この敷地の面積が330平方メートル以下であるとすると、小規模宅地等の特例を適用することにより、相続税の課税価格に算入される価額は、1,400万円(7,000万円×20/100)となります。 そうしますと、次の算式のとおり、お兄様の相続税の課税価格は、算出されないこととなります。ただし、この小規模宅地等の特例を適用する場合には、相続税の申告が必要となりますので、ご注意ください(措法69の4⑥)。 (注) ご質問の場合、代償分割の対象とされた財産が、土地及び建物であるとの前提を置くと、お兄様が支払う代償金の額(3,840万円)は、土地及び建物の価額の合計額(2,080万円)から控除し、控除しきれない額は、切捨てとなり、代償分割に関係しないその他の財産の価額500万円がお兄様の相続税の課税価格となるとの考え方もあり得ます。相続税の課税価格の計算に当たっては、代償分割の趣旨、内容、分割協議書の文言等を十分に検討する必要があると思われます。 なお、お兄様が、小規模宅地等の特例を適用したとしても、あなたの相続税の課税価格4,340万円に変動はありません。 (2) 各共同相続人の課税価格に開差が生じることについて 上記(1)のように、被相続人の居住の用に供されていた宅地を取得した相続人が小規模宅地等の特例を適用することにより、共同相続人間で遺産を平等に分割したにもかかわらず、それぞれの相続税の課税価格、したがって相続税の負担額が異なることとなります。 この差異は、この特例が、被相続人等の事業の用又は居住の用に供されていた一定の宅地を相続等により取得した相続人等で、事業や居住の継続等の一定の要件を満たす者について、その者の相続税の課税価格に算入される金額を減額することにより、その者の事業継続又は居住継続を支援するという趣旨で設けられていることによるものです。 また、小規模宅地等の特例を適用した相続人について、同特例適用後の土地の価額及びその他の取得資産の価額の合計額から代償債務の額を控除すると、上記(1)の計算式で示したとおり控除しきれない金額が生じますが、この控除しきれない金額は切捨てとなり、他の共同相続人の課税価格から控除することは認められません。そのため、分割のしかたによって、共同相続人全員の相続税の負担額の合計額が増加することがあり得ます。 例えば、ご質問のケースで、建物とその敷地をお兄様が取得し、その他の財産を質問者が取得した場合の相続税の課税価格は次のようになり、課税価格の合計額が、相続税の基礎控除額4,200万円(3,000万円+600万円×2名)を超えませんので、相続税額は算出されないこととなります(ただし、小規模宅地等の特例を適用する場合には、相続税の申告が必要です)。 このように、遺産分割の方法や分割の内容により、税負担に差異が生じることがありますので、遺産分割に当たっては、専門家のアドバイスを受けるなど、事前に十分な検討を行う必要があるでしょう。   (了)

#No. 218(掲載号)
#梶野 研二
2017/05/18

特定居住用財産の買換え特例[一問一答] 【第14回】「買換資産を本人が居住の用に供しない場合の適用関係①(単身赴任等の場合)」-居住の用の判定-

特定居住用財産の買換え特例[一問一答] 【第14回】 「買換資産を本人が居住の用に供しない場合の適用関係① (単身赴任等の場合)」 -居住の用の判定-   税理士 大久保 昭佳   Q 譲渡資産や買換資産を、X(譲渡者本人)が単身赴任等で日常生活の用に供していないときでも、「特定の居住用財産の買換えの特例(措法36の2)」の適用を受けることができる場合があるそうですが、この場合の適用関係について説明してください。 A それぞれの態様に応じた適用関係を図解により説明しますと、次のとおりとなります。 ●○●○解説○●○● (1) 買換資産に本人と妻子が同居する場合 譲渡資産について居住用家屋の所有者(譲渡者本人)が単身赴任等で他に起居している場合には、措通36の2-23(居住用財産を譲渡した場合の長期譲渡所得の課税の特例に関する取扱い等の準用)により、措通31の3-2(居住用家屋の範囲)に準じて「居住の用に供している」かどうかを判定しますから、この特例の適用を受けることができます。 (2) 買換資産に妻子のみが居住する場合 買換資産について居住用家屋の所有者(譲渡者本人)が単身赴任等で他に起居している場合には、措通36の2-17(買換資産を当該個人の居住の用に供したことの意義)により、措通31の3-2(居住用家屋の範囲)に準じて「居住の用に供している」かどうかを判定しますから、この特例の適用を受けることができます。 (了)

#No. 218(掲載号)
#大久保 昭佳
2017/05/18

ストーリーで学ぶIFRS入門 【第16話】「連結財務諸表(IFRS第10号)、おさえるポイントは3つ!」

ストーリーで学ぶ IFRS入門 【第16話】 (最終回) 「連結財務諸表(IFRS第10号)、おさえるポイントは3つ!」」 仰星監査法人 公認会計士 関根 智美   ようやく仕事がひと段落ついた桜井は、大きく伸びをして、肩を回す。窓の外を見ると、空はまだ明るい。日が長くなってきた証拠だ。 桜井は、とある中規模の上場メーカーの経理部に勤めている。5月も下旬に差しかかり、まだまだ忙しいものの、年度決算という繁忙期のピークが過ぎた経理部内の雰囲気も落ち着いてきた。 「お疲れさん。」と、桜井の隣に座っているイカツイ男性が声をかけてきた。2年先輩の藤原だ。藤原とは年末からしばらく険悪な関係が続いていたのだが、先月ようやく和解し、以前のように気軽な話をする仲に戻っている。 「今日は久しぶりに早く上がれそうです。先輩も順調そうですね。」 「ああ。この決算が終わったら、またIFRSプロジェクトが待っているけどな。」 藤原は溜息をついた。桜井の会社では、数年以内にIFRSを導入することが決まっており、藤原はそのプロジェクトチームの一員なのだ。桜井はメンバーには含まれていないものの、去年の夏から藤原にIFRSを教わっていた。 「僕が先輩からIFRSを教わり始めて、そろそろ1年になるんですね・・・」 桜井は感慨深げに言った。初めは教わる一方だった桜井も、最近では藤原に頼らず、自分から進んで本を開くようになっている。 「そう言えばそうだな。ちゃんと自主勉続けているか?」と、藤原が訊いた。 「もちろんですよ。今は忙しいから、専ら電車の中だけですけど。」 「へぇ。なかなか頑張っているじゃないか。」 「今朝は、IFRS第10号の連結財務諸表の章を勉強したんですよ。」 藤原の言葉に嬉しくなり、桜井は得意げに言った。今回の決算で初めて本格的に連結業務に携われたこともあり、桜井はIFRSの連結についても興味を覚えたからだ。 「そう言えば、連結について教えていなかったな。すっかり忘れていた。」 頬をポリポリ掻きながら、藤原が言った。IFRS導入決定後すぐに検討した論点であったこともあり、藤原の中では既に桜井に教えたつもりになっていたのだ。 「え、忘れてたんですか!?」 言い訳をするのも格好が悪いと思った藤原は、桜井にこう言った。 「俺も切りがいいところだから、今から簡単に説明してやるよ。今朝の復習になるだろ?」 「まぁ、しょうがないですね。それで手を打ちましょう。」 桜井の生意気な返事に口元を緩めた藤原は、桜井の頭を軽く小突いた。 IFRS第10号「連結財務諸表」と日本基準との違い 藤原はいつものようにコホンと咳払いをすると、話を始めた。 「さて、まずはIFRS第10号と日本基準との相違点を確認していこう。」 「そこなら僕に任せてください。」 桜井は胸を張って言った。 「連結手続は基本的に日本基準と同じなんですが、連結の範囲、報告日の統一、会計方針の統一などの項目でIFRSと日本基準との間に差異があります。」 桜井は、顎に手を当てて、思いつく日本基準との違いを挙げた。 「ああ。違いのある項目を書き出すと、こんなもんだ。」 そう言うと、藤原は白紙にずらずらと項目を書き出した。 【連結財務諸表―IFRS第10号と日本基準との主な差異】 「へぇ。こうやって差異がある項目をみると、それなりにあるんですね。」 桜井は、藤原が書き連ねた項目をそれぞれ見ながら感想を言った。 ◆今回の学習項目は「連結の範囲」「会計方針の統一」「報告日の統一」 「その中でも今日は、上3つの『連結の範囲』、『会計方針の統一』、『報告日の統一』について教えるぞ。この3つを押さえておけば、当面は大丈夫だ。」 「はい、お願いします。」 桜井はぺこりと藤原に頭を下げた。   連結の範囲 会計方針の統一 報告日の統一   ◆ IFRSでは原則として、すべての子会社を連結する 藤原は、もう一度咳払いをした。 「まず、IFRSでは、原則として、すべての子会社(subsidiary)が連結の対象になる。」 「あ、それなら知っています。日本基準のような、支配が一時的等の理由によって連結から除外する例外規定は、IFRSにはないんですよね。」 「ああ。もちろん子会社の判定に際して重要性を勘案することはあるだろうが、IFRS第10号『連結財務諸表(consolidated financial statements)』には、子会社に関する例外規定はないな。」 しかし、桜井は腑に落ちない様子だ。 「でも、先輩はさっき『原則として』と言っていましたよね?なんだか例外があるように聞こえますが・・・?」 桜井の疑問に藤原はニヤリと返した。 「よく気がついたな。実は親会社(parent)が投資会社(investment entities)に該当する場合の例外があるからなんだ。」 「へぇ。そんな例外があるんですね。」 「ただ、ウチの会社のようなメーカーには関係ない話だから、この例外については、気にしなくていいぞ。」 桜井は「はい。」と頷きながら、ノートにメモを取った。 ◆支配モデルにより子会社かどうかを判定する 「そして、連結の範囲に含まれる子会社に該当するかどうかは、支配(control)モデルにより判定するんだ。」 「支配力で子会社がどうかを判定する考え方は、日本基準と同じなんですね。」 「そうだな。この支配モデルでは、3つの要件を満たす必要がある。この3要件は分かるか?」 「もちろんです。」と、桜井はノートから顔を上げて答えた。 「パワー、リターン、パワーとリターンの関連、という3つの要件を全て満たせば、その投資先を支配していると考えるんですよね?」 「正解だ。この3つの要件の関係を図で表すとこんな感じだな。」 藤原は再びペンを手に取り、紙に図を書き始めた。 【支配の3要件】 「この図の中の①~③までの要件が「支配の要件」というわけですね。」 図を見た桜井が確認した。 「その通り。では、今度はそれぞれの要件がどんなものかを確認していくぞ。」 ① パワー 藤原は、間を置かず説明を続けた。 「1つ目の要件はパワー(power)だ。この要件をより詳しく言うと、『投資先に対するパワーを有していること』という要件だ。具体的には、どういうことを意味しているのか、分かるか?」 藤原は腕を組んで椅子の背もたれにもたれかかりながら、桜井に尋ねた。桜井は、言葉を思い出しながら答えた。 「えっと・・・確か、関連性のある活動を指図する現在の能力を与える既存の権利を有していれば、投資先に対するパワーを有していると言えるんですよね。」 「そうだな。」 そこで、桜井が弱々しく付け加えた。 「実は、ここの意味がよく分からなくて・・・」 「確かに分かりにくい表現だよな。」と藤原も同意した。そして、こう続けた。 「こういう時は、言葉を分解して理解していくんだ。まずは『関連性のある活動』が何を指しているのかを知る必要があるな。」 ◆「関連性のある活動」とは 「えーと・・・何でしたっけ? 言葉からは想像できない定義だったことは覚えているんですけど・・・」 藤原は桜井の言葉に苦笑しながら説明した。 「『関連性のある活動(relevant activities)』とは、投資先の活動のうち、投資先のリターンに重要な影響を及ぼす活動のことを指すんだ。」 「あ、そうでした!」 「これには、資産の取得や処分、新しい製品や工程の研究や開発、資金調達に関する決定なんかが含まれることになる。」 「なるほど。少しずつイメージが湧いてきました。」 ◆「関連性のある活動を指図する能力」と「その能力を付与できる既存の権利」 「よし。次に、『関連性のある活動を指図する能力を付与することができる既存の権利』を分解しよう。」 「えーと、『関連性のある活動を指図する能力』と『その能力を付与できる既存の権利』といった感じでいいんですか?」 「そうだ。」 藤原は、桜井が理解できやすいように、再びイメージ図を描いた。 「分かりやすく、ウチの会社を例に説明しよう。まず、『関連性のある活動』を特定しなければならないんだが、ここでは営業上の重要な決定を『関連性のある活動』と考えよう。」 「はい。」 「では、そこで質問だ。ウチの会社では営業上の重要な決定は誰がするんだ?」 「えーと、取締役会ですか?」 「そうだな。じゃ、取締役に権限を与えるのは誰だ?」 「株主だと思います。」 藤原の顔色を窺いながら桜井が答えた。 「そう。株主、つまり議決権保有者だ。この例では、『既存の権利』とは議決権のこと指すんだ。」 「そういうことですか。あの分かりにくい定義の意味がやっと理解できました。投資先の関連性のある活動に関して意思決定できる能力を与えることができる権利を持っていれば、その投資先に対してパワーがあると言えるわけですね。」 「そういうことだ。」 藤原は満足そうな表情を浮かべた。 ◆通常、議決権の過半数を保有していれば、パワーを有する 「パワーを有するかどうかの評価に際しては、実質的な権利のみを検討することになるんだが、一般的には議決権の過半数を保有してれば、その投資先に対してパワーを有していると言えるんだ。」 「はい。」 ◆ IFRSでは潜在的議決権も考慮する 「それから、議決権の過半数を保有していない場合にパワーを有しているかを判断する時に出てくる考慮事項の一つに、潜在的議決権(potential voting rights)がある。」 「潜在的議決権、ですか?」 「ああ。日本基準には潜在的議決権に関する規定はないが、IFRSでは考慮する必要がある。よく覚えておけよ。」 「なるほど。了解しました。」 ② リターン 「続いて要件の2つ目、リターン(returns)についてだ。ここでは、投資者が投資先への関与により生じる変動リターンに晒されているか、または権利を有しているかどうかを判断することになる。」 ◆リターンには正の値、負の値、その両方の場合がある 「そう言えば、このリターンには、正の値のみだけではなく、負の値のみ、または、その両方の場合があるって本に書いてありました。」 「その通り。投資先からのリターンと聞くと、プラスのイメージを思い浮かべるかもしれないが、マイナスの場合や、プラスとマイナスの両方が生じる場合もあり得るんだ。」 「分かりました。」と桜井は頷いた。 ◆変動リターンかどうかは取り決めの実質に基づき評価 「それから、『変動リターン』とあるが、リターンに変動性があるかどうかは、リターンの法的形態にかかわらず、取り決めの実質に基づいて評価する必要がある。」 「えーと、それってどういう意味なんですか?」 「例えば、投資者が固定金利の債権を保有している場合、この固定金利の支払いは変動リターンだ。」 「利息の金額は一定なのに『変動リターン』なんですか?」 「そうなんだ。金利の支払いには債務不履行リスクがあり、投資者は債権発行者の信用リスクに晒されているため、リターンに変動性があると考えるからなんだ。基準には他にも、固定の業績報酬についても投資者を投資先の業績リスクに晒すことになるため、変動リターンであるといった例が挙げられている。」 「なるほど。リターンが契約上固定額であったとしても、リターンに変動性があるかどうかを実質的に判断しなければならないってことなんですね。うーん、難しいなぁ。」 藤原は、桜井のぼやきに苦笑した。 「ウチの会社規模だと、そこを悩む必要はないけどな。」 ◆リターンの範囲は広い 藤原は、この項目の最後の説明に入ることにした。 「そして、“リターン”と一言で表現しているが、その範囲は広いんだ。」 「配当や分配金だけじゃないんですか?」 「そのほかにも、投資価値の変動、サービス業務等による報酬、税務上の便益、規模の経済や希少な製品の調達などもリターンに含まれる。」 「へぇ!単純に金銭的なリターンだけってわけじゃないんですね。」 桜井は感心した様子で言った。 ③ パワーとリターンの関連 「そして最後に、投資先への関与により生じるリターンに影響を及ぼすように投資先に対するパワーを用いる能力を有している場合、投資先を支配していると言える。これが、3つ目の要件にあった、『パワーとリターンの関連(link between power and returns)』だ。」 「うーん、先輩、なんでこの3つ目の要件が必要なんですか?投資先に対してパワーを有していて、投資先への関与により生じるリターンだけでも十分な気がするんですが・・・」 桜井は、腕組みをして藤原が書いた支配の要件のイメージ図とにらめっこをした。 ◆「本人」なのか「代理人」なのかを決定 「この要件は、投資者が本人か代理人かを検討することを意味しているんだ。」 「代理人?」 桜井は、図から藤原へと視線を移した。 「そうだ。投資者がパワーを有していたとしても、その権利を自分のためではなく、他の当事者の便益のために行使する場合は、投資者は他の当事者の代理人にすぎず、当該投資先を支配しているとは言えないからなんだ。」 桜井は、ポンと手を打った。 「なるほど。そういうことですか!」 「だから、投資者が投資先を支配しているかどうか判定する際には、自らが本人か代理人かを決定することになる。それから、パワーを有している他の企業が、自社の代理人として行動しているかどうかについても検討する必要があるんだ。」 「つまり、パワーとリターンの要件を満たし、投資者が本人であれば、投資先を支配していることになり、代理人である場合には、支配しているとは言えないんですね。」 「そういうことだ。代理人かどうかを決定するには、投資先に対する意思決定権限の範囲や他の当事者が保有している権利、そして報酬などを考慮することになる。」 「はい。分かりました。」 「ここでも簡単なイメージ図を書いた方が、理解しやすいだろう。」 藤原は、桜井にも見えるように、再び余白部分にボックスと言葉を書き並べ始めた。 「ありがとうございます。」桜井は素直に礼を言った。   会計方針の統一 連結の範囲 報告日の統一   ◆類似の状況における同様の取引及び事象は統一された会計方針を用いる必要がある 「では、『会計方針の統一(uniform accounting policies)』に移ろう。ここからは、連結の範囲みたいに長々とした説明はないから安心してくれ。」 藤原の言葉に、桜井は安堵した。 「はい。たしかIFRSでは、類似の状況における同様の取引及び他の事象に関し、統一された会計方針を用いて、連結財務諸表を作成しなければならないんですよね。」 「その通りだ。もしある子会社が、類似の状況での同様の取引及び事象について連結財務諸表で採用した以外の会計方針を使用している場合には、連結財務諸表作成の際に、その子会社の財務諸表に適切な修正を行う必要があるんだ。」 「はい。同じような取引にもかかわらず、親会社や子会社毎に会計方針が異なるのはおかしいですもんね。」 「そうだ。ここは大丈夫そうだな。」 ◆日本基準では当面の間、IFRSや米国基準作成財務諸表を利用できる 「そういえば、日本基準にも会計方針を一致させるという規定はありますけど、IFRSや米国基準で作成された子会社の財務諸表は一定の修正だけすれば当面の間、そのまま使用できますから、ここもIFRSと異なる点ですね。」 「ああ。その通りだ。よく知ってるじゃないか。」 「今回の決算、この調整部分は僕が担当でしたから。」 桜井は、藤原を真似てニヤリとした。   報告日の統一 連結の範囲 会計方針の統一   ◆親会社と子会社の報告日を統一させる必要がある 「よし、これで最後の項目だ。報告日(reporting date)についても親会社と子会社で一致させる必要があるという規定だ。」 「はい。では、IFRS導入に向けて、すべての子会社の決算日を親会社と一致させる必要があるってことですか?」 「決算日を統一させた方が楽にはなるが、必ずしも決算日を統一させることを求めているわけじゃないな。ただし、親会社と子会社の報告日が異なる場合は、子会社は連結のために親会社の報告日現在の追加的な財務情報を作成しなければならないんだ。」 「へぇ。では、もし親会社が3月決算で、子会社が3月決算以外だった場合、子会社は3月末日を報告日として仮決算する必要があるってことですね。」 「そういうことだ。」 藤原は頷いた。 ◆親会社の報告日現在の子会社の財務諸表作成が実務上不可能な場合、報告日の差異は3ヶ月以内 「ただし、親会社の報告日現在の子会社の財務諸表を作成することが実務上不可能な場合は、親会社は子会社の直近の財務諸表を用いて子会社の財務情報を連結することになる。」 「へぇ。」 「その時は、子会社の報告日と親会社の報告日との間に生じる重要な取引又は事象の影響を調整することになるんだ。」 桜井は黙って頷いた。 「そして、いかなる場合でも、子会社と親会社の報告日の差異は3ヶ月を超えてはならない。また、報告期間の長さ及び財務諸表の日付の差異は毎期同一でなければならないんだ。」 「なるほど。分かりました。」 ◆日本基準との相違点 「ここでの日本基準との相違点はもう分かっているな?」 「はい。日本基準では、親会社の連結決算日と子会社の決算日が3ヶ月を超えない場合は、グループ間取引に係る重要な不一致を調整すれば子会社の財務諸表をそのまま連結できますよね。つまり、親会社の報告日現在の財務諸表の作成が実務上不可能な場合に限らず、子会社の直近の財務諸表を基礎として連結決算を行うことができます。」 「そうだな。それから?」と藤原は片眉を上げて、桜井を促した。 「まだありましたっけ?・・・えーと、あ、分かりました。」 「日本基準では、連結決算日と子会社の決算日との間に生じた重要な連結グループ内取引については調整をするんですけど、IFRSでは外部取引についても調整する必要があるという点が違いますね。」 「その通りだ。今回はここまでだな。この程度理解しておけば、ひとまず大丈夫だろう。」 藤原の言葉を聞いて、桜井はホッと安堵の溜息を漏らした。 「よく勉強しているね。感心、感心。」 桜井が振り向くと、会議から戻ったばかりの清瀬部長と倉田課長がこちらを見ていた。倉田が桜井に話しかける。 「君、最近IFRSの勉強頑張っているんだってね。」 「はい。ありがとうございます。これも藤原先輩のおかげです。」 桜井は藤原の方とちらりと見ながら、答えた。 「うんうん、そうだよね。藤原君、かなり君のこと押していたからねー」 「はぁ・・・」 話が見えない桜井は曖昧に相槌を打った。そんな桜井の表情には気づかず、倉田は更に言葉を続ける。 「僕はね、まだ早いんじゃないかと言ったんだけど、藤原君が、君ならIFRSプロジェクトチームのメンバーでもやっていけるって言ってね。」 「え?」 桜井は一瞬耳を疑った。藤原が桜井をプロジェクトチームメンバーに推薦したなんて、藤原からはもちろん一言も聞いていない。 「それで、そこにいる頑固な藤原君から、この1年で君がチームについていけるようにIFRSを教えるから、そこで判断してくれってお願いされていたんだよ。」 「そ、そうだったんですか?」 桜井は藤原の方を見たが、藤原はさっと横を向き、桜井と目を合わそうとしない。藤原の性格をよく知る桜井は、それが照れ隠しであることを分かっていた。 「IFRSのこと、ずいぶん分かってきたみたいだね。」 倉田がいつもの笑顔を桜井に向けた。 桜井の斜め向かいに座っている伊崎が、パソコンディスプレイの横から顔出し、ポカンと口を開けたままの桜井に言った。 「ようこそ。桜井君もこれで晴れてIFRS導入プロジェクトメンバーの一員だね。やることは山積みだから、さっそく活躍してもらうよ。」 「え・・・あ、はい。」 ようやく声が出るようになった桜井だが、まだ足元がふわふわしたままだ。 「よかったな。」と藤原が桜井の背中をバシッと叩いた。思わず桜井がよろめく。 そこで桜井は、何故あれほど熱心に藤原がIFRSを教えてくれたのか、ようやく理解できた。すべては自分をプロジェクトメンバーに入れるためだったのだ。 「僕、これからもがんばります!」 頬を紅潮させながら、桜井は皆の前で宣言した。 「日本基準のほうも、その意気込みでよろしく頼むわよ。」 今度は向かいから経理部紅一点の橋本が声をかけた。 そこで山口が口を挟んだ。 「え?IFRSを導入したら、日本基準はもういらないんじゃないですか?」 一瞬、経理部が沈黙に包まれる。 「あのさ、山口くん、IFRSは連結財務諸表だけだよ。IFRS導入後も、個別財務諸表は引き続き日本基準で作成するんだ。」 桜井は後輩の言葉に苦笑しながら、訂正した。 「そうなんですか?すみません。僕、てっきり全部IFRSに変わるのかと思っていました!」 恥ずかしそうにぺこぺこ頭を下げる山口の横で、藤原が笑いながら桜井に言った。 「今度はお前が山口にIFRSを教える番だな。」 「えー、ぼくがですか!?」 慌てる桜井の周りで笑いが広がった。 窓の外はまだまだ明るい。季節は夏に近づこうとしていた。 (連載了)

#No. 218(掲載号)
#関根 智美
2017/05/18

電子マネー・仮想通貨等の非現金をめぐる会計処理と税務Q&A 【第4回】「ポストペイ方式の電子マネーによる経費決済を行った場合の会計処理」

電子マネー・仮想通貨等の非現金をめぐる 会計処理と税務Q&A 【第4回】 「ポストペイ方式の電子マネーによる経費決済を行った場合の会計処理」   公認会計士・税理士 八代醍 和也   A 【第2回】・【第3回】と「プリペイド方式の電子マネー」を使用して経費決済を行った場合の会計処理、税務上の留意点について解説を行ったが、今回から、もう1つの類型である「ポストペイ方式の電子マネー」を使用した経費決済について解説を行う。プリペイド方式の場合と同様、今回は会計処理に関する検討を行い、次回において税務上の留意点を検討する。   1 ポストペイ方式の電子マネーの特徴 まずは、ポストペイ方式の電子マネーがどういったものだったか、簡単に振り返る。【第2回】でも説明したが、読んで字の如くプリペイド(Pre-paid:先払い)方式の場合とは逆に、利用代金をPost-Pay:後払いするタイプのものであった(ポストペイ方式の代表例としては、iD、QUICPay、Smartplus、Visa Touchのほか、公共交通機関系電子マネーのPiTaPaなど)。 ここで1つの疑問が生じるのではないだろうか。 クレジットカードとどのような違いがあるのか、と。 確かにポストペイ式の電子マネーは、クレジットカードの追加サービスとして付加されることが多く、支払もクレジットカードの利用代金と合算で行われることから、日常的にあまりその違いを意識することは少ないかもしれない。 しかし、よく考えてみると、ポストペイ方式の電子マネーを使用した場合には、クレジットカード利用時のように販売員にクレジットカードを預ける必要もなければサインを求められることもない。カードを専用のカードリーダーにタッチするだけで決済は完了していることを思い出してもらえると理解しやすいかと思う。 つまり、今日においては、クレジットカードをより便利に利用できるように付加されることが多いサービスという位置付けで捉えられることが多いと筆者は考える(ただし、携帯電話に搭載するなど、個別にクレジットカードを必要としない電子マネーサービスも存在する)。   2 電子マネー使用に伴う会計処理 (1) 電子マネーの有する会計的特性 ポストペイ方式の電子マネーの会計処理の検討にあたっても、まずはその会計的特性を検討してみたい。 ポストペイ方式は、資金決済法に規定する「前払式支払手段」のように、法令上規定された明確な定義づけがない。しかし、ポストペイ方式の電子マネーを使用することで享受できるサービスが何かを考えてみれば、それは非常に理解しやすいものである。 すなわち、私たちはポストペイ方式の電子マネーによってキャッシュレスで日々の物品の購入や役務提供を受けることができ、これらの利用代金は約定の締め日ごとに集計され、その後約定の支払日に所定の金融機関口座から支払われることになる。 まさに信用販売(クレジット)機能そのものである。 実際のクレジットカードと比較してみた場合に、サインの必要性の有無の違いこそあれ、その特性は利用代金の後払いという意味で同一といってよく、また、会計的特定としては、これに尽きるのである。 (2) ポストペイ方式の電子マネーに関する会計処理 それでは、(1)の会計的特性を前提に、その会計処理を検討してみよう。 ① ポストペイ方式の電子マネーを使用した際の会計処理 ここからは【第2回】と同様、読者の具体的なイメージをつかんでもらうことでその理解に資するよう、設例を用いて説明する。 この時点では、現金支払いなく物品の納品を受けることになる。代金の支払行為は行われておらず、その意味での経済的価値の流出は生じていないが、パソコン周辺機器の購入行為自体は完了し、実際に物品の引渡しを受けている。 このため、発生主義会計の観点からは、経済的価値費消の原因事実がこの時点で発生したと捉えるとともに、電子マネーサービス提供者に対する支払義務が生じたとものと考える。 かくしてこの時点で費用とそれに見合う債務を計上すべきことになり、以下のような仕訳が起票されることになる。 ② 支払日に代金が引き落とされた際の会計処理 支払日においては資金の支払とそれに伴い仕訳1で認識済みの支払義務の消滅にかかる処理を行う。いうまでもなく、費用は既に計上されており、この段階においては計上されない。 起票される仕訳は以下のとおりである。 ③ その他の会計処理・論点 枝葉な論点について、以下でまとめて解説する。 ◆支払金額の減免 ポストペイ方式の電子マネーでは、利用者サービスの一環及び利用促進を目的として、利用実績に応じた支払金額の減免を行っているケースがある。これらの会計処理について明確に規定した基準等はないが、会計的には減免を受けた段階で費用のマイナス処理とするか、雑収入で計上することが一般的には行われているようである。 両会計処理について検討を加える。 【費用のマイナス処理】 公共交通機関系電子マネーのように利用目的が特定されている場合には、この処理を行うことで、損益計算書上、利用代金の総額から減免額を差し引いた実際の支払金額で旅費交通費が計上されることになり、適切な営業損益管理の観点からは一定の合理性があると考えられる。 一方、電子マネーの利用店舗や購入した物品・役務の種類が多岐に渡る場合には、減免額を各費用に合理的に配分することは実務面で困難であることが多く、費用対効果の面からの検討も必要になる。また、次回に詳説するが、この処理の場合、消費税において一定の調整を行うことが必要にもなる。 【雑収入処理】 上記のように費用を減額するのではなく、雑収入として営業外収益に計上する方法である。費用のマイナス処理を行った場合には、上記のとおり営業損益管理に資する面はありつつも、一種の仕入値引を受けた場合と同様に経理されていることになる。 もちろん実際には、当該減免は財・役務の販売者によって行われたものではなく、あくまでも電子マネーサービス提供者によって行われたものであるところ、仕入値引的な取引として捉えることに違和感を持つ向きもあろう。 筆者としては、費用のマイナス処理の部分で述べた減免額の各種費用への配分の問題も生じず、取引の実態面や経理実務の便宜を考えた場合に、より優れた会計処理であると考えている。 ◆仕訳の記帳について 【第2回】のプリペイド方式の電子マネーの解説でも述べたが、ポストペイ方式の場合も利用する会計ソフトによっては、インターネット経由で電子マネーサービス提供者から提供される電子マネー利用実績データを財務会計システムに直接取り込んだり、CSVファイル化したデータを取り込んで、自動で大量の会計仕訳を起票することができる。事務処理の簡便化を志向するのであれば利用を検討してよいかもしれない。 *  *  * 次回は、同じ「ポストペイ方式の電子マネー」により経費決済を行った場合の税務上の留意点について解説する。 (了)

#No. 218(掲載号)
#八代醍 和也
2017/05/18
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