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〔令和6年度税制改正〕中小企業事業再編投資損失準備金制度の拡充・延長 【第3回】

〔令和6年度税制改正〕 中小企業事業再編投資損失準備金制度の拡充・延長 【第3回】 (最終回)   公認会計士・税理士 荻窪 輝明     前回までの解説では、主に本制度の税制面に着目したが、今回は、産競法の一部改正に伴う、本制度活用の前提となる手続面に着目して解説する。なお、同法の一部改正による影響は制度拡充が主であり、【第1回】及び【第2回】では現行制度と対比する形で拡充枠として扱ったが、【第3回】では比較対象の現行制度に言及しないことから本制度を拡充枠と同義と扱って解説を進めたい。   6 産競法の改正 2024年9月2日に「新たな事業の創出及び産業への投資を促進するための産業競争力強化法等の一部を改正する法律」(以下、「産競法等改正法」という)の一部が施行され、各種支援措置の申請の受付開始に伴い、産競法等改正法関連の手続が明らかになった。 産競法等改正法で掲げられる施策は《図表11》のように様々だが、【第3回】では、このうち、本制度に関係する内容のみを取り上げて解説する。 《図表11》「産業競争力強化」に向けて果敢な未来投資を後押し(ポスター) (出典) 経済産業省「産業競争力強化法」 産競法に係る令和6年度税制改正のうち、本制度に関する内容については、常用従業員数2,000人以下の中小企業者を除く中堅企業者のうち、高い賃金水準であり積極的に国内投資を行う者を「特定中堅企業者」と定義付け、特定中堅企業者等の行う「特別事業再編計画」を主務大臣が認定することで、本制度、すなわち、特定中堅企業者又は中小企業者が複数回のM&Aを行う場合における税制優遇(いわゆる中堅・中小グループ化税制)の措置によって、株式取得価額の最大100%を10年間にわたって損失準備金として積立可能としている。 前述のとおり、すでに本制度の税制措置の内容については、【第1回】及び【第2回】で触れている。したがって、【第3回】では本制度活用の前提となる手続面に着目して解説する。   7 特別事業再編計画に基づく本制度の適用 特別事業再編計画に基づく本制度の適用にあたっては、経済産業省より「産業競争力強化法における特別事業再編計画について」、「特別事業再編計画に係る税制利用者向けガイドライン」(いずれも2024年9月公表)が用意されているため、特別事業再編計画の申請を予定する場合は、これらの資料を参考にするとよい。 両者には資料の重複もみられるため、重複の影響を考慮した上で、本稿ではこれらの資料や経済産業省ウェブサイトの情報に基づき、以下において主に本制度の手続面に着目して解説する。 《図表12》特別事業再編計画に関連する税制措置の適用を受ける際の手続フローイメージ (出典) 経済産業省「特別事業再編計画に係る税制利用者向けガイドライン」23頁 《図表12》によれば、本制度の適用にあたって❶から❺の手続ないしは実行が求められる。 ❶ 特別事業再編計画の申請・認定 《図表13》税制適用を受けるまでに主務大臣への提出が必要な書類 (出典) 経済産業省「特別事業再編計画に係る税制利用者向けガイドライン」24頁 《図表13》に示される必要書類のうち、特別事業再編計画の申請に必要な「特別事業再編計画の認定申請書」(様式28) (以下、「認定申請書」という)は、経済産業省のウェブサイトから入手できる。 認定申請書はWordの様式となっており、以下の項目から構成される。 各項目の申請にあたって別表1から11の記載様式が認定申請書に用意されている。申請にあたっては、認定申請書の記載要領に従って準備することになる。 各別表は以下のとおりである。 また、《図表13》の必要添付書類のうち、複数の添付書面については、Excelの様式が用意されているのでダウンロードして作成が可能である。 Excelの様式には、事業単位及び企業単位の損益計算書・貸借対照表のほか、信用度の高い有価証券等入力シート(企業単位)、引当金入力シート(企業単位)の任意作成書類の様式も用意されている。 認定申請書の作成にあたっては、「特別事業再編計画申請書テンプレート」(PDF)があるため記載の参考にするとよい。 ❷ 「課税の特例」基準への適合確認 「課税の特例の確認申請書(産業競争力強化法第46条の2の規定に係る確認申請書)」(様式40の2)(以下、「確認申請書」という)が経済産業省のウェブサイトに用意されている。《図表14》は確認申請書の申請様式と記載要領を示したものであるので、参考にするとよい。 《図表14》確認申請書の申請様式と記載要領 (出典) 経済産業省「特別事業再編計画に係る税制利用者向けガイドライン」25頁 確認申請書に関連して、本制度の適用にあたって、「産業競争力強化法第四十六条の二の規定に基づく生産性の向上及び需要の開拓に特に資するものとして主務大臣が定める基準」(46条の2の規定に基づく告示)があり、《図表15》に示すように本制度の対象となる事業者の要件が明らかにされている。 《図表15》本制度の対象となる事業者の要件 (出典) 経済産業省「特別事業再編計画に係る税制利用者向けガイドライン」9頁 各々の要件の詳細は、以下に示すとおりである。 《図表16》連結従業員数の制限 (出典) 経済産業省「特別事業再編計画に係る税制利用者向けガイドライン」10頁 《図表16》のとおり、本制度の対象となる中堅・中小企業者を含む連結従業員数の合計は10,000人以下でなければならない。 《図表17》みなし大企業の制限 (出典) 経済産業省「特別事業再編計画に係る税制利用者向けガイドライン」11~12頁 《図表17》のとおり、みなし大企業であってはならない。 《図表18》特定中堅企業者要件 (出典) 経済産業省「特別事業再編計画に係る税制利用者向けガイドライン」13頁 中堅企業者(中小企業者を除く)は特定中堅企業者の定量要件を満たし、評価委員会において十分な経営能力を有することの確認を受ける必要がある。これは中堅企業者(中小企業者を除く)のみの要件である。 特定中堅企業者の要件の確認については、経済産業省「特定中堅企業者」に「特定中堅企業者の要件(概要資料)」(PDF)、申請様式(PowerPoint様式)、定量要件確認表(Excel様式)が用意されている。 《図表19》特定中堅企業者の要件確認 (出典) 経済産業省「特定中堅企業者の要件」22頁 《図表18》の「【指標1】良質な雇⽤の創出」、「【指標2】将来の成⻑性」については、《図表19》の「特定中堅企業 定量要件確認表」が対応している。《図表18》の「十分な経営能力」については、申請様式(PowerPoint資料)が対応しており、各様式は表紙、長期成長ビジョン、外部環境の状況、内部環境の状況、事業戦略、実行体制が用意されているので作成にあたって参考にされたい(事業再編の実施に関する指針五イ(3)(ⅰ)(ⅱ)(ⅲ)参照)。 《図表20》十分な経営能力の確認方法 (出典) 経済産業省「特定中堅企業者の要件」25頁 十分な経営能力の確認にあたっては、特定中堅企業者として受ける支援措置の活用に必要な特別事業再編計画等を所管省庁に申請する際に、併せて評価委員会に対する申請書を提出する。経営戦略の策定支援等を行う外部有識者によって構成される評価委員会が基準に基づき確認を行い、基準に適合する場合には、評価委員会が発行した確認書が計画認定時に併せて通知される。 《図表21》パートナーシップ宣言の公表 (出典) 経済産業省「特別事業再編計画に係る税制利用者向けガイドライン」14頁 《図表18》の要件を満たす特定中堅企業者が《図表21》に示すパートナーシップ宣言を公表する場合に、本制度の適用対象となる。これは中堅企業者(中小企業者を除く)のみの要件である。 なお、《図表16》から《図表19》はM&A時の買い手側の要件である。 《図表22》M&A時の売り手の制限 (出典) 経済産業省「特別事業再編計画に係る税制利用者向けガイドライン」15頁 売り手が中小企業者(外国法人を除く)であることが本制度の適用要件である。 ❸ 特別事業再編計画の実施(M&A) M&Aの実施後に、M&Aを実施したことの報告書を提出する。そのための「M&A実施報告書」(様式第36の2)が経済産業省のウェブサイトに用意されている。《図表23》はM&A実施報告書の申請様式と記載要領を示したものなので、参考にするとよい。 《図表23》M&A実施報告書の申請様式と記載要領 (出典) 経済産業省「特別事業再編計画に係る税制利用者向けガイドライン」26頁 ❹ 税務申告 税務申告については【第2回】で述べたとおりであるため、【第3回】では説明を割愛する。なお、税務申告に関連して「特別事業再編計画に係る税制利用者向けガイドライン」には本制度の会計処理が例示されているため参考になる。 《図表24》本制度の会計処理 (出典) 経済産業省「特別事業再編計画に係る税制利用者向けガイドライン」21頁 ❺ 計画の「実施状況報告書」提出・公表 計画期間中の毎事業年度、計画の実施状況について、所定の様式に従って報告することとされている。   8 本制度とM&Aとの関係性 《図表25》本制度の認定要件とフロー (出典) 経済産業省「特別事業再編計画に係る税制利用者向けガイドライン」17~18頁 主に本制度の手続面に着目した上記「7 特別事業再編計画に基づく本制度の適用」と重なる点があるが、「特別事業再編計画に係る税制利用者向けガイドライン」が本制度の適用とM&Aとの関係性を時系列で示しているため、本制度の適用にあたって7に記載の事項と併せて参考にするとよい。 実際の適用にあたっては、M&Aの時系列の中でいつまでに申請や報告が必要か、事前相談の必要性といった手続面の課題や疑問をクリアしておきたい。   9 Q&A 特別事業再編計画に関するQ&Aが公表されている。説明は割愛するが、該当する場合は事前に確認するとよい。   (連載了)

#No. 591(掲載号)
#荻窪 輝明
2024/10/24

「税理士損害賠償請求」頻出事例に見る原因・予防策のポイント【事例139(消費税)】 「調剤売上げの全てを非課税売上げに計上している事実を見過ごし、これに対応する調剤用医薬品仕入れを全て「非課税対応」のまま有利判定を行ったため、仕入控除税額が少ない不利な申告となってしまった事例」

「税理士損害賠償請求」 頻出事例に見る 原因・予防策のポイント 【事例139(消費税)】   税理士 齋藤 和助     《基礎知識》 ◆原則課税における仕入税額控除(消法30②) 消費税の原則課税における仕入税額控除の計算は、課税売上高5億円超又は課税売上割合が95%未満の場合には、全額控除は認められず、(1)個別対応方式か(2)一括比例配分方式のいずれかを選択しなければならない。 (1) 個別対応方式(消法30②一) 個別対応方式は、その課税期間中の課税仕入れ等に係る消費税額の全てを、①課税売上げにのみ要する課税仕入れ等に係るもの(以下「課税対応」という)、②非課税売上げにのみ要する課税仕入れ等に係るもの(以下「非課税対応」という)、③課税売上げと非課税売上げに共通して要する課税仕入れ等に係るもの(以下「共通対応」という)に区分が明らかにされている場合には、次の計算式により仕入控除税額を計算することができる。 上記における「共通対応」とは、課税売上げのみに要する課税仕入れ及び非課税売上げのみに要する課税仕入れのいずれにも該当しない課税仕入れをいうものとされている。 「その区分が明らかにされている」という規定に関しては、現行法上明記されていないため、事業者が、合理的な根拠に基づいてこの3つに区分をしている限りにおいては、認められなければならず、また、その区分を明らかにする方法についても、現行法上明記されていないため、何らかの方法で事業者がその区分を明らかにしていれば、法定要件を満たしていることになる。 (2) 一括比例配分方式(消法30②二、④) 一括比例配分方式は仕入控除税額の計算において、個別対応方式を適用できない場合又は個別対応方式を適用できる場合であっても一括比例配分方式を選択したときに適用される。一括比例配分方式は次の計算式により計算する。 一括比例配分方式は、課税仕入れ等に係る消費税額の合計額に課税売上割合を乗じて計算するため、個別対応方式に比べ手間がかからない。なお、一括比例配分方式を選択した場合には、2年間の継続適用要件がある。 【参考】国税不服審判所公表裁決事例要旨(平成18年2月28日裁決)       (了)

#No. 591(掲載号)
#齋藤 和助
2024/10/24

固定資産をめぐる判例・裁決例概説 【第42回】「父が駐車場用地のアスファルト舗装部分を長男に贈与して、駐車場賃料を長男に収受させたが、この所得は長男ではなく父に帰属するものであり、賃料収受権を父から贈与により取得したものとみなされた事例」

固定資産をめぐる判例・裁決例概説 【第42回】 「父が駐車場用地のアスファルト舗装部分を長男に贈与して、駐車場賃料を長男に収受させたが、この所得は長男ではなく父に帰属するものであり、賃料収受権を父から贈与により取得したものとみなされた事例」   税理士 菅野 真美   ▷使用貸借と課税関係 使用貸借とは、動産や不動産を無償で貸し付ける契約である。たとえば、建物の所有者と土地の所有者が別人で、使用貸借契約を締結した場合、建物所有者には借地借家法が適用されず、貸主は、原則的にはいつでも借主に対して返還を求めることができる。 このような制度であることから、たとえば、親が所有する土地の上の居宅を子供に贈与したとしても、借地権課税が生ずることはないが、その後相続が発生した場合は、自用地評価となる(※1)。 (※1) 国税庁「使用貸借に係る土地についての相続税及び贈与税の取扱いについて」 また、親が土地と、その上の貸家を有し、貸家部分の建物を子供に贈与した後に相続が発生した場合、貸家の賃貸借契約が、贈与・使用貸借以後に締結されたか否かで評価が異なる。すなわち、贈与・使用貸借以後の場合は、自用地評価となり、贈与・使用貸借前から継続した契約ならば貸家建付地評価になると考えられる(※2)。 (※2) 甲斐裕也編『相続税法基本通達逐条解説(令和6年版)』(大蔵財務協会、2024年)878~879頁参照 使用貸借になってから後の貸家の不動産所得は誰に帰属するのか。贈与を受けた子供の所得とする実務もある(※3)。それでは、貸家の贈与ではなく、駐車場用地のアスファルト舗装部分を親が子供に贈与し、賃貸収入を子供が受けた場合の課税関係も貸家と同様になるのだろうか。この件について争われた事例を今回は検討する。 (※3) 尾崎洋介「不動産所得にかかる実質所得者課税の原則について」(税務大学校論叢102号 令和3年6月)において、使用貸借の所得課税の合理性が検討されている。   ▷どのような事例か この事例の概要は次のようなものである。 A(請求人の父)は、平成16年以降、所有する土地にアスファルト舗装をして駐車場を営み、業者と駐車場管理委託契約を締結した。 平成26年1月25日、駐車場のアスファルト舗装、車止め及びフェンス部分について、長男(請求人)に贈与する契約を締結し、駐車場賃貸契約については、受贈者(長男)がその地位を引き継ぐこととした。長男は平成27年2月13日にこの贈与に係る贈与税の申告書を提出した。 処分庁は、平成29年3月23日付で贈与税の減額更正処分をした。また、同日日付で処分庁は平成26年分以降の駐車場収益は、長男ではなくAに帰属するものとして更正処分等を行った。 この処分に不服なAは再調査を請求したが棄却された。その後、Aは審査請求をしたが棄却されたため、更正処分の取消しを求めて訴えたところ、通知部分の取消しを求める部分については却下されたが、Aの更正処分等については取り消す判決が行われた。この判決を不服とした長男(Aの死亡により訴訟を承継)が訴えたが棄却され、令和3年5月6日、判決が確定した。 さらに処分庁は、長男に対して贈与税に係る調査を行い、駐車場の収益はAに帰属しているものと認められるが、賃貸料収入が長男の口座に振り込まれ、長男の財産が増加しているということは、対価を支払わないで利益を受けた場合に該当するものとして、令和3年3月12日付で贈与税の更正処分等が行われた。これを不服とした長男が審査請求をしたのが本事例である。   ▷争点は 争点は、駐車場に係る賃貸料収入を受領したことによる長男の財産の増加は、相続税法9条に規定する「対価を支払わないで、又は著しく低い価額の対価で利益を受けた」場合に該当するか否か(本件各駐車場収益は、長男に帰属するか否か)である。   ▷審判所の判断は 審判所は主に次のように述べて、長男の請求を棄却した。 *   *   * このように、駐車場の構築物であるアスファルト舗装部分等のみを長男に贈与し、駐車場収入を長男が受け取ることによる相続税対策のスキームは否定され、長男が受け取った駐車場収益部分について贈与税課税がなされると判断された。 家屋は土地から独立しているが、アスファルト舗装部分は土地の構成部分であることが課税関係に影響を与えたと考えられるが、おそらく税理士法人主導の相続税節税スキームが、当局の逆鱗にふれたのではないだろうか。 (了)

#No. 591(掲載号)
#菅野 真美
2024/10/24

〈一角塾〉図解で読み解く国際租税判例 【第57回】「中央出版事件-旧信託法下における外国籍の孫への海外信託贈与-(地判平23.3.24、高判平25.4.3、最判平26.7.15)(その2)」~(平成19年改正前)相続税法4条1項、2項4号、5~9条、(平成18年改正前)信託法1条、(平成18年改正後)信託法2条~

〈一角塾〉 図解で読み解く国際租税判例 【第57回】 「中央出版事件 -旧信託法下における外国籍の孫への海外信託贈与- (地判平23.3.24、高判平25.4.3、最判平26.7.15)(その2)」 ~(平成19年改正前)相続税法4条1項、2項4号、5~9条、 (平成18年改正前)信託法1条、(平成18年改正後)信託法2条~   税理士 中野 洋     4 控訴審 (1) 争点2 ◎ 控訴審の判示 まず、原審の判示について「4条1項は(略)相続税及び贈与税の回避が行われる事態を防止すべく、受贈者課税制度の下でもあえて信託行為時課税の立場を採用して設けられたものであり、同法5条ないし9条とは制定経緯及びその趣旨を異にしているから、これらの規定と同列に解釈することはできないというべきである」として、これを否定した。 そして、4条1項にいう「受益者」については、新信託法2条6号において「この法律において『受益者』とは、受益権を有する者をいう」と規定されたことから、この点について旧信託法と「別異に解すべき根拠はないから、4条1項の『受益者』とは、『受益権を有する者をいう』と解するのが相当である」とした。 さらに、この場合の「受益権」についても、相続税法にも、旧信託法にも定義規定が置かれておらず、控訴審は「受益権の本質は、信託財産からの給付を受領する権利(信託受給権)にあるというべきであるが、受益者は、信託財産ないし受益者自身の利益を守るために監督的権能を与えられているのであって、信託受給権に加えてかかる信託監督的権能も受益権の内容を構成するものと解される」として受益権の範囲を広く解した。そして、現実に信託の利益を享受していない場合であっても、信託監督的権能を有することから受益者であるとした。 曰く「4条1項は、いわゆる他益信託の場合において、受益権(信託受給権及び信託監督的権能)を有する者に対し、信託行為があった時において、当該受益者が、その受益権を当該委託者から贈与により取得したものとみなして、課税する旨の規定であると解される」とした上で、本件へのあてはめについては、本件信託契約4条1項により信託受給権を有するとし、信託監督的権能については「本件信託契約5条8項によれば、受託者は、受益者の合理的な要請に対して、本件信託の財産、負債、収入及び支出に関する情報等の受益者の利益に関連する本件信託の管理に関する詳細事項を受益者に提供するものとされている」などとして、Xは「本件信託の設定時において、信託受給権及び信託監督的権能を有していたと認められる」とした。 (2) 争点3 ① Xの主張 本件の生命保険信託は、いわゆる例外的方法に当たるが、この点を規定した相続税法基本通達4-2の解説(※1)に沿って、次のように主張する。 (※1) 香取稔編『相続税法基本通達逐条解説(平成15年版)』大蔵財務協会(2003年)139~140頁 ② Yの主張 いわゆる生命保険信託には、原則的方法と、例外的方法があるところ、原則的な生命保険信託に該当しない本件については、「信託契約において受託者に信託財産の運用方法についての裁量がなく、生命保険契約の締結が義務付けられているか、若しくは委託者の指図に基づいて生命保険契約を締結するか、少なくとも受託者において投資すべき生命保険の内容がある程度具体的に定まっている場合に限られる」などと主張した。 ③ 控訴審の判示 本件信託が生命保険信託に当たる場合には、4条1項の適用はない。判示は「委託者が生命保険契約を締結したのと実質的に同視できることを要するというべきであるから、信託契約において受託者に信託財産の運用方法についての裁量がなく、生命保険契約の締結が義務付けられているか、又は委託者の指図に基づいて生命保険契約を締結する場合に限られると解すべきである」ところ、「本件生命保険契約は、受託者が委託者であるFの意思に沿って締結したものではあるが、委託者の指示に基づいて締結したものではないから、信託財産の運用方法の一つとして締結したもの」とし、「さらに満期又は保険事故の発生まで本件生命保険契約を維持する必要があるところ、委託者によって本件生命保険契約の解約が禁止されていることを認めるに足りる証拠はない」として、生命保険信託該当性を否定した。 (3) 争点4 ① Xの主張 「本件信託行為当時、Xは、日本国籍を有しておらず、また日本に住所を有していなかった(略)相続税法1条の4の「住所」とは、生活の本拠をいうところ、(略)Xは、出生から本件信託行為時までの期間(合計255日)のうち、米国カリフォルニア州に滞在していたのは183日であるのに対し、日本に滞在していたのは72日にすぎない」などと主張した。 ② Yの主張 「Xは、本件信託行為当時、生後8か月の乳児であって自ら独立して生活することは不可能であったこと」などから、Xの生活の本拠は、養育者である母Bの生活の本拠と同一であるとし、さらに、母B及びXを扶養している父Aの職業の状況、父Aらの資産の保有状況等から総合的に判定するのが相当などとした。その上で、米国での信託契約前後におけるX及び母Bの米国での滞在を「租税回避の目的で行われたにすぎず、X及び母Bの生活の本拠に関する判断を左右するものではないことに照らせば、Xの生活の本拠は日本であると認められる」と主張した。 ③ 控訴審の判示 生後間もない乳児であるXの非居住者該当性については、「通常であれば、滞在日数は住所を判断するに当たっての重要な要素の一つであるが、上記のとおり、本件においては、Xは出生後間もない乳児であるという特殊な事情があったから、むしろ両親の生活の本拠を重要な要素として考慮すべきである上、滞在日数についても、本件信託行為後は、むしろ日本にいる期間の方が長くなっていることに照らすと、Xの出生から本件信託行為時までの米国における滞在日数が日本における滞在日数より長いことは、上記認定を左右するに足りない」などとして、争点5については「判断するまでもなく」とした上で、Xの非居住者該当性を否定した。 (4) 争点5 ① Xの主張 「信託受益権の本質は生命保険金であり、信託財産を生命保険金と解すれば、その財産の所在については、相続税法10条1項5号により、その保険の契約に係る保険会社の本店又は主たる事務所の所在によって判断され、本件生命保険契約に係る保険会社の本店はいずれも外国であるから、財産は日本に所在していない。(略)仮に、本件信託の設定により取得したものとみなされる財産が本件米国債であるとしても、その所在は、相続税法10条2項により、米国となる」と主張した。 ② Yの主張 「仮に、Xの住所が日本にあると認められないとしても、本件においてXが贈与により取得したものとみなされる財産は本件信託の受益権であり、信託受益権は相続税法10条1項及び2項に規定する財産に該当しないから、同条3項によってその財産の所在が判断され、同条項の『贈与をした者の住所の所在』は委託者であるFの住所であり、同人の本件信託行為時の住所は日本にあるから、本件信託の受益権の所在地は日本と判断される」と主張した。 ③ 控訴審の判示 争点4において、Xの非居住者性を否定し「本件信託財産が我が国に所在するものであるか否かを判断するまでもなく」としたことから、争点5については判示がなされていない。 ((その3)へ続く)

#No. 591(掲載号)
#中野 洋
2024/10/24

開示担当者のためのベーシック注記事項Q&A 【第28回】「その他の注記⑤」-その他追加情報の注記-

開示担当者のための ベーシック注記事項Q&A 【第28回】 「その他の注記⑤」 -その他追加情報の注記-   仰星監査法人 公認会計士 竹本 泰明   Question 当社は連結計算書類の作成義務のある会社です。連結注記表及び個別注記表におけるその他追加情報の注記について、どのような内容を記載する必要があるか教えてください。 Answer 連結注記表及び個別注記表において、その他追加情報の注記は必ず記載しなければならない項目ではなく、その重要性を勘案して、企業集団の財産又は損益の状態を正確に判断するために必要と判断した場合に注記することになります。 注記する内容は、会計基準で定められている注記事項や有価証券報告書で開示が求められる事項を参考に検討することが一般的です。 ● ● ● 解説 ● ● ● 1 経団連のひな型による解説 経団連が公表している「会社法施行規則及び会社計算規則による株式会社の各種書類のひな型(改訂版)」(2022年11月1日)によれば、連結注記表、個別注記表それぞれ次のような記載例が示されています。 【連結注記表】 【個別注記表】   2 注記事項の解説 (1) その他の注記(その他追加情報の注記)の全体像 連結計算書類の作成義務のある会社を前提とした場合、連結注記表・個別注記表で記載すべき追加情報に関する注記事項の定めは会社計算規則にはなく、次のようなその他の注記として包括的に定められています(会社計算規則第116条)。 (2) 注記事項の解説 その他追加情報に関する注記は、会社計算規則上、必ずしも記載が求められているものではなく、財産又は損益の状態を正確に判断するために必要と企業が判断した場合に注記することになります。 具体的な注記項目は、日本公認会計士協会から公表されている監査・保証実務委員会実務指針第77号「追加情報の注記について」が参考になりますが、この実務指針では記載されていない項目についても、実務的には開示されています。 それでは、実際の注記を見ていきましょう。 [太陽ホールディングス株式会社 2024年3月期 連結注記表] ※太陽ホールディングス株式会社「第78回定時株主総会招集ご通知(電子提供措置事項のうち交付書面省略事項)」21頁より抜粋。 [デンカ株式会社 2024年3月期 連結注記表] ※デンカ株式会社「第165回定時株主総会その他の電子提供措置事項(交付書面省略事項)」11頁より抜粋。 [第一稀元素化学工業株式会社 2024年3月期 連結注記表] ※第一稀元素化学工業株式会社「第68回定時株主総会 その他の電子提供措置事項(交付書面省略事項)」11頁より抜粋。 これらの他、大きな自然災害で被災した内容をその他の注記として記載する事例も過去には見られ、こういった災害被害もその他の注記として記載することが考えられます。 *  *  * 次回の第29回は、「継続企業の前提に関する注記」をテーマに解説します。   (了)

#No. 591(掲載号)
#竹本 泰明
2024/10/24

〈ベテラン社員活躍のための〉高齢者雇用Q&A 【第1回】「高齢者雇用の現状と今後の課題」

〈ベテラン社員活躍のための〉 高齢者雇用Q&A 【第1回】 「高齢者雇用の現状と今後の課題」   Be Ambitious社会保険労務士法人 代表社員 特定社会保険労務士 飯野 正明   ― 解 説 ― 1 高齢者雇用の現状 現在、高年齢者雇用安定法(高年齢者等の雇用の安定等に関する法律)において、65歳までの「雇用確保措置」の実施が求められており、以下のいずれかの措置により、65歳までの雇用を確保しなければならないとされています。 このうち、およそ7割の企業が③の「継続雇用制度の導入」を選択しています(【図表1】参照)。 【図表1】雇用確保措置実施企業における措置内容の内訳 ※画像をクリックすると、別ページでPDFが開きます。 (出所) 厚生労働省「令和5年「高年齢者雇用状況等報告」の集計結果を公表します」 なお、2021年4月からは、これまでの65歳までの雇用確保義務に加えて、70歳までの「就業機会の確保措置」の実施が、努力義務として定められました。 以下の5つの措置のいずれかを用いて、70歳までの就業機会の確保を図ることが企業に望まれています。ポイントとしては、「65歳まで」は義務である中で、「70歳まで」は努力義務であること、そして、「雇用確保」ではなく「就業機会の確保」となっており、直接雇用に限られていないことが挙げられます。 努力義務であることから、70歳までの就業機会の確保措置を積極的に導入する企業は、全体では29.7%とまだまだ少数派といえますが、徐々に増えている状況にあります。なお、実施率は中小企業の方が高くなっている点も注目すべきポイントです。 【図表2】70歳までの就業確保措置の実施状況 ※画像をクリックすると、別ページでPDFが開きます。 (出所) 厚生労働省「令和5年「高年齢者雇用状況等報告」の集計結果を公表します」   2 再雇用後の賃金 継続雇用制度を導入している企業の多くは、定年退職後、本人が再雇用を希望した場合に改めて雇用契約を締結する制度、いわゆる「定年退職後の再雇用制度」を採用しています。再雇用ですので、これまでと同様に「正社員」として雇用を継続するのではなく、定年退職後は、労働条件を見直した上で「有期雇用契約」として再雇用(契約)をしています。 この再雇用後の賃金は、定年退職時より少額となることが多いです。確かに以前は、再雇用時の賃金は、ざっくり定年退職前の6割程度としているケースがよく見られました。これは、賃金が6割の支給であっても、「在職老齢年金」「高年齢雇用継続給付」の公的給付を受けられることに加えて、社会保険料や所得税等も下がることから、手取り額で比較すると定年退職前の8割程度にとどまることが多かったためです。 しかし、現在ではほとんどの方が、「在職老齢年金」は65歳まで支給対象とならず、「高年齢雇用継続給付」も2025年から段階的に支給率が引き下げられ、最終的には廃止も含めて検討されることとなっており、公的給付で賃金の補填は困難な状況となっています。そうなると、支給する賃金を上げることを考えなければならないでしょう。 また、定年前に従事していた業務をそのまま継続して行ってもらう場合に、賃金を定年退職により一律に減額することは、「同一労働同一賃金」の観点からも問題があるといえます。 賃金は、働く上で最も重要視される労働条件です。ベテラン社員の活躍を考えるには、賃金の見直しをまずは検討すべきです。   3 再雇用社員の無期転換化 再雇用時の契約の多くは、1年ごとに更新する「有期雇用契約」であることにも注意が必要です。例えば、再雇用の上限年齢が「65歳」となっており、そのタイミングで雇用契約が満了となれば、「通算5年以内」ですので、無期転換ルール(※)上、特段問題はありません。しかしながら、就業規則に「65歳以降も本人が希望し、会社が認めた場合には雇用を延長することがある」と規定されていることも多く、また、実際その対象となる方も少なからずいるのが現状です。 (※) 「無期転換ルール」とは、同一の企業との間で、有期雇用契約が5年を超えて更新された場合、有期雇用労働者の申し出により、期間の定めのない雇用契約(無期雇用契約)に転換されるルールのことです。 この場合、65歳以降の雇用が続くと、無期転換ルールの適用を受けることになります。定年退職後引き続き雇用される方であっても、原則としてこのルールの適用対象となります。 なお、定年退職後引き続き雇用される方については、適切な雇用管理に関する計画を作成し都道府県労働局長の認定を受けた場合は、特例として、その事業主に定年後引き続き雇用される期間において無期転換申込権は発生しません。実際に、65歳以降も雇用を継続するケースが発生している場合には、この特例措置の申し出を行うことを検討する必要があります。   4 定年年齢の引上げ 定年年齢の「65歳以上への引上げ」については、筆者としては、いずれ多くの企業で取り組まなければならない問題になると考えます。しかしながら、企業にとっては、そのままの労働条件でプラス5年以上雇い続けることに抵抗があるようです。関与先に提案しても、「そうしよう!」と簡単にいくことはありません。 企業としては、賃金の扱いや、定年退職が5年後ろに伸びることによる「退職金」の支払い増加等、人件費への影響が気になるところでしょう。 しかしながら、現状、再雇用後の賃金が低下したとしても、多くの方がその条件を受け入れて働いているのが現実です。賃金の低下は、社員のモチベーションの低下につながることが懸念されます。モチベーションが下がったまま、「5年以上」雇用し続けるのと、定年年齢を引き上げるのとどちらが企業にとって良いことなのでしょうか。 特に中小企業において、思い通りの採用が難しくなっている今、自社のベテラン社員に活躍してもらうことに目を向ける必要があるのではないでしょうか。実際に、自社の年齢構成を見てみると、毎年定年退職者が発生しており、それがこれからも続く、そして、その補充が簡単ではないといった企業も多いことでしょう。 どうせやるなら、早いほうが良い。多くの企業が取り組む前に制度を整えることで、在籍者だけでなく、採用にも好影響が出ることも期待できます。また、国の助成制度も活用できます。 もちろん、課題もありますが、高齢者雇用は企業がいずれ取り組まなければならない問題です。65歳以降のベテラン社員にやりがいを持って働き続けてもらえるよう、今から検討を始めてみませんか。 *  *  * 次回以降、本稿で紹介した論点を掘り下げます。 (了)

#No. 591(掲載号)
#飯野 正明
2024/10/24

税理士事務所の労務管理Q&A 【第22回】「労働局のあっせん制度」

税理士事務所の労務管理Q&A 【第22回】 「労働局のあっせん制度」   特定社会保険労務士 佐竹 康男   使用者と労働者との間では、しばしば、労働に関するトラブルが生じます。使用者又は労働者は、トラブルを解決するための手段として、労働局に助言・指導又はあっせんを求めることがあります。今回は、労働者からあっせんの申立てがあったときの対応について解説します。 * * 解 説 * * 1 労働局でのあっせん制度 労働局での紛争解決手段として、労働局長による助言・指導及びあっせんの制度があります。このうち、あっせんとは、労働問題に関し、個々の労働者と事業主との間のトラブル(個別労働紛争)について、当事者の間に第三者(あっせん委員)が入り、調整を行うことにより、紛争の自主的な解決を援助する制度です。 具体的には、あっせん委員が双方の主張の要点を確かめ、解決に向けて双方に働きかけをし、事案によっては、具体的なあっせん案を提示することなどにより、紛争当事者間の調整が行われます。   2 あっせんへの対応 あっせんの申請があれば、労働局(紛争調整委員会)よりあっせん参加・不参加の意思確認が行われます。 (1) あっせんに参加する場合 あっせんに参加する場合の流れは、以下のとおりです。 (2) あっせんに参加しない場合 不参加の場合はあっせんが実施されず、打ち切りになります。あっせん手続きは参加が強制されるものではなく、不参加の場合でも不利益を被ることはありません。 〈あっせん手続きの流れ〉 (※1) あっせん期日に紛争当事者双方は、それぞれ労働局内の別室で待機し、あっせん委員が双方の意見調整を個別に行います。 (※2) あっせん案は、あくまで話し合いの方向性を示すものであり、その受諾を強制するものではありません。 (※3) 紛争の解決の合意に至った場合には、両者の和解となり、あっせん委員により合意文書が作成され、民法上の和解契約となります。   3 あっせんのメリット・デメリット あっせんは、裁判所での調停や裁判に比べて、迅速な解決が期待できる手続きです。メリット・デメリットは次のとおりですが、あっせんを有効活用すれば、労働トラブルの早期解決に役立ちます。 (1) メリット あっせんのメリットは、以下のとおりです。 (2) デメリット あっせんのデメリットは、以下のとおりです。 (了)

#No. 591(掲載号)
#佐竹 康男
2024/10/24

〈2024年11月施行〉フリーランス法のポイント 【前編】「フリーランス法の概要と下請法・労働関係法令との相違点」

〈2024年11月施行〉 フリーランス法のポイント 【前編】 「フリーランス法の概要と下請法・労働関係法令との相違点」   弁護士法人東町法律事務所 弁護士 木下 雅之   1 はじめに 近年、働き方の多様化が進展し、フリーランスという働き方が普及している中で、フリーランスが発注者から一方的に契約を打ち切られたり、支払期日までに報酬が支払われなかったり、発注者からハラスメントを受けたりする等のトラブルが多く発生している。 このようなフリーランスの取引上のトラブルについては、独占禁止法(優越的地位の濫用規制)や下請法の適用による解決も考えられるが、競争秩序維持という公益保護を目的とする独占禁止法や資本金区分などにより適用対象が限定された下請法による規制には限界があり、フリーランスとの取引の適正化を図ることには困難が伴うことも多い。 また、フリーランスの就業環境に関するトラブルについては、労働関係法令の適用による解決も考えられるが、労働法上の規制による画一的な保護は、使用者の指揮命令に拘束されない多様で柔軟な働き方を選好したフリーランスにとって、かえってそのような多様で柔軟な働き方を阻害し得る側面があることに留意しなければならない。 「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」(以下「法」または「フリーランス法」という)は、こうした状況を踏まえ、フリーランスが当事者となる取引を包括的・実効的に規律する新法として制定された法律であり、2024年11月1日に施行される。 フリーランス法は、「個人」として業務委託を受けるフリーランスと、「組織」として業務委託を行う発注事業者との間に交渉力や情報収集力の格差が生じやすいことを踏まえて、「取引の適正化」(第2章)と「就業環境の整備」(第3章)を2本柱として制定されており、競争法(独占禁止法・下請法)と労働法の両面の規律を併せ持つ内容となっているが、一方で、発注事業者に対する過度な規制によりフリーランスへの発注控えが起こっては本末転倒であるから、発注事業者の過度な負担とならないような配慮がなされている点も本法の特徴の1つといえる。   2 適用対象取引 フリーランス法は、発注事業者と「特定受託事業者」(フリーランス)との間の「業務委託」取引に適用される。 「特定受託事業者」とは、「個人であって、従業員を使用しないもの」または「法人であって、1名の代表者以外に役員がなく、かつ、従業員を使用しないもの」をいい(法2条1項、以下「フリーランス」という)、「業務委託」とは、「製造委託」「情報成果物作成委託」「役務提供委託(修理委託を含む)」の各取引をいう(法2条3項)。 当事者の性質と取引内容から適用対象を定める方法は下請法と同様であるが、下請法とは異なり、発注事業者およびフリーランス(受託事業者)のいずれについても資本金区分(下請法2条7項・同8項参照)を設けていないことから、フリーランス法の適用対象は下請法よりも広く、発注事業者がフリーランスに業務を委託する場合は、基本的にフリーランス法の適用があると考えておくほうがよいであろう。   3 取引の適正化(フリーランス法第2章) フリーランス法第2章は、フリーランスとの取引の適正化に関し、下請法の規律をベースとして、フリーランスと取引をする発注事業者に対して、①取引条件の明示義務(法3条)、②支払期日の設定および期日における報酬支払義務(法4条)、③発注事業者の禁止事項(法5条)の3つの内容を定めている。 各規律の内容および下請法との相違点は、以下のとおりである。 〈フリーランス法の規律の内容および下請法との相違点〉 取引の適正化に関する規律のうち、4条と5条は、従業員を使用する個人または法人等である「特定業務委託事業者(組織性のある発注事業者)」(法2条6項)とフリーランスとの間の取引に適用されるのに対し、3条は、組織性の有無にかかわらず、すべての発注事業者に適用されるため、フリーランス間の取引においても、3条通知は必要となる。 また、下請法と異なり、書類の保存義務がなく、禁止事項が一定期間以上の継続的な取引に限定されているのは、前記のとおり、発注事業者への過度な負担を回避することと、経済的な依存関係が生じやすい継続的な取引ほどフリーランスの保護の必要性が高いことを考慮して、規律の範囲を定めたことによる。   4 就業環境の整備(フリーランス法第3章) フリーランス法第3章は、フリーランスの就業環境の整備に関し、労働関係法令の規律をベースとして、フリーランスと取引をする発注事業者に対して、①募集情報の的確表示義務(法12条)、②妊娠・出産・育児・介護と業務の両立に対する配慮義務(法13条)、③ハラスメント対策に係る体制整備義務(法14条)、④中途解除等の事前予告・理由開示義務(法16条)の4つの義務を定めている。 各規律の内容および労働関係法令との相違点は、以下のとおりである。 〈フリーランス法の規律の内容および労働関係法令との相違点〉   5 違反した場合の制裁等 公正取引委員会は、フリーランス法第2章(取引の適正化)の規定の違反が認められる場合には、発注事業者に対して、勧告(法8条)、正当な理由なく勧告に従わない場合の命令(法9条1項)および命令の公表(法9条2項)を行うことができる。また、中小企業庁は、第2章の規定の違反が認められる場合には、公正取引委員会に対して、措置請求を行うことができる(法7条)。 厚生労働省は、フリーランス法第3章(就業環境の整備)の規定の違反が認められる場合には、勧告(法18条)、正当な理由なく勧告に従わない場合の命令および公表(法19条)を行うことができる。 命令に違反した事業者は、50万円以下の罰金に処せられる(法24条)。 以上のほか、公正取引委員会、中小企業庁および厚生労働省は、フリーランス法の施行に際し必要があると認めるときは、発注事業者に対し、指導および助言をすることができる(法22条)。 (了)

#No. 591(掲載号)
#木下 雅之
2024/10/24

〔検証〕適時開示からみた企業実態 【事例98】株式会社ファーマフーズ「株主提案に対する当社取締役会意見に関するお知らせ」(2024.9.24)

〔検証〕 適時開示からみた企業実態 【事例98】 株式会社ファーマフーズ 「株主提案に対する当社取締役会意見に関するお知らせ」 (2024.9.24)   公認会計士/事業創造大学院大学教授 鈴木 広樹   1 今回の適時開示 今回取り上げる開示は、株式会社ファーマフーズ(以下「ファーマフーズ」という)が2024年9月24日に開示した「株主提案に対する当社取締役会意見に関するお知らせ」である。同社の株主から、「最低でも向こうの5年間は配当を増額し株主の信用を取り戻すため」という理由により、1株当たり年間50円の配当を実施せよという提案がなされ、これに対して次のように反対している(赤い下線は筆者による)。   2 株主の信用を取り戻すため? 株主提案の理由として「株主の信用を取り戻すため」とあるが、ファーマフーズは株主の信用を失うようなことを行ったのだろうか。実は同社に対して、昨年にも同様の株主提案がなされている。 「昨年第3四半期に十分な説明も無く突如利益の殆どを広告宣伝費に充て株主の信用を裏切ったことが現在の株価に繋がっている。株主の信用を取り戻すべく配当の増額を要求する」という理由による、1株当たり年間100円の配当を実施せよという提案である(2023年9月19日開示「株主提案に対する当社取締役会意見に関するお知らせ」)。 同社は、これに対しても次のように反対している。 このとき提案した株主の保有議決権数が687個(議決権比率0.23%)、今回提案した株主の保有議決権数が676個(議決権比率0.23%)で、どちらの提案理由でも「株主の信用を取り戻す」という表現が使われているため、同じ株主である可能性が高い。 この株主は、「昨年第3四半期に十分な説明も無く突如利益の殆どを広告宣伝費に充て」たことが「株主の信用を裏切った」と考えているようである。2022年7月期の第2四半期までは黒字だったが(2022年3月7日開示「2022年7月期第2四半期決算短信〔日本基準〕(連結)」)、第3四半期に赤字になっているため(2022年6月3日開示「2022年7月期第3四半期決算短信〔日本基準〕(連結)」)、第3四半期における広告宣伝費を問題視しているのだろう。 次の表は、同社の2019年7月期から2023年7月期までの売上、利益、配当、株価をまとめたものである(第26期有価証券報告書)。 確かに2022年7月期は赤字になってしまったが、2023年7月期は黒字化している。また、2024年7月期も黒字で、1株当たり配当は25.0円と、2023年7月期よりも増えている(2024年9月12日開示「2024年7月期決算短信〔日本基準〕(連結)」)。株価も、2022年7月期以降は2021年7月期よりも低いようだが、2021年7月期は上がり過ぎだったようにもみえる。そもそも広告宣伝費は事前に株主に説明しなければならないものではないし、「株主の信用を裏切った」と言うのは乱暴なのではないだろうか。   3 株主への貢献とは? ファーマフーズは2019年7月期まで配当を実施しておらず、2020年7月期に配当を初めて実施した。2020年1月14日に開示した「剰余金の初配当(中間配当)の実施に関するお知らせ」の「2.理由」の記載は次のとおりである(赤い下線は筆者による)。 同社の経営方針は一貫しているように思われる。今回配当実施の提案を行った株主は、この開示を読んでいるのだろうか。2021年7月期の株価が高いときに株式を購入したのだろうか。株式投資は、会社の経営方針を理解した上で長期的な視点で行った方がよいように思われるのだが。   4 株主だけではなく バブル景気崩壊以降、日本企業の人件費は伸びていない(最近ようやく少しばかり伸びたが)。それに対して、株式持合いの縮小に伴い外国人株主やアクティビスト(物言う株主)が増えたせいか、株主に対する配当は増えている(最近では過大で適切とは思われない事例も見受けられる)。お金が従業員に回らず、株主に流出していく状態が続いてくと、どうなるのだろうか。そうした企業が成長できるのだろうか。 ファーマフーズは研究開発に積極的に投資するだけでなく、従業員の給与も増やしている。2019年7月期の従業員の平均年間給与は5.1百万円(平均年齢37.3歳)だったが(第22期有価証券報告書)、2023年7月期は6.3百万円(平均年齢37.8歳)になっている(第26期有価証券報告書)。人件費や研究開発費などが増えなければ、売上は伸びないだろう。株主への配当は、そうした上で得られた利益が配分されるべきである。 なお、念のため申し添えておくと、本稿は現時点における同社の開示をみた限りでの筆者の見解であり、筆者は同社が販売している育毛剤等の製品を使用したことはない。 (了)

#No. 591(掲載号)
#鈴木 広樹
2024/10/24

《編集部レポート》 第50回日税連公開研究討論会が福岡で開催される

《編集部レポート》 第50回日税連公開研究討論会が福岡で開催される Profession Journal 編集部   2024年10月18日(金)、日本税理士会連合会(太田直樹会長)は、第50回日税連公開研究討論会を福岡で開催した。 本年も会場での開催と同時にライブ配信も行うことで、遠方からも視聴可能なハイブリッド形式となった。 公開研究討論会は、税理士による研究成果の発表、討論の過程を通じて、税制・税務行政及び税理士業務の改善・進歩並びに税理士の資質の向上を図るとともに、本会が行う研修事業に資することを目的として実施する、との理念の下、毎年開催されているもの。 (報道関係者に向けた記者会見の様子) 第50回の節目となる今回は、まず九州北部税理士会が担当した第1部「税はいかにあるべきか~格差から税の正義を考える~」では「公平・中立・簡素」という租税原則を再考すべく、「課税の公平」として税を分配する際の公平さ(分配における正義;タックス・ジャスティス)について、ジョン・レノンとジョン・ロールズ(社会哲学者)という2人のジョンの言葉を皮切りに、今日的な社会課題である格差の問題を題材とした発表が行われた。 次に南九州税理士会による第2部「税務コンプライアンスを考える~納税者のためにできること~」では南九州4県ごとにチームが編成され、日々変わりゆく経済社会において税理士が納税者のためにどのような取組みを行い社会的役割を担うべきかという観点から、書面添付制度やDX導入支援、租税教育などそれぞれの切り口で税務コンプライアンス向上に向けた発表が行われた。 第3部は沖縄税理士会により「消費税制の未来への提言~EUのVAT、ニュージーランドGST、消費税の比較を通じて~」と題して、複雑とされる日本の消費税制について、EUのVAT及びニュージーランドのGSTとの比較検証を行い簡素化に向けた提言を行うべく、松堂英斗NZ公認会計士を招いたパネルディスカッションが披露された。 研究発表後は伊藤恭彦名古屋市立大学大学院人間文化研究科教授、山崎広道熊本学園大学会計専門職大学院特任教授、西山由美明治学院大学経済学部 法と経営学研究科教授より、それぞれ講評がなされた。 当日は全国から税理士が集い、研究発表の成果へ熱心に耳を傾け、来賓として服部誠太郎福岡県知事、大石一郎福岡国税局長が来場、祝辞を述べられた。 (九州北部会の発表の様子) (南九州会の発表の様子) (沖縄会の発表の様子) (了)

#No. 591(掲載号)
#Profession Journal 編集部
2024/10/24
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