法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例57】 「法人の支出に係る事業関連性と寄附金の損金性」 拓殖大学商学部教授 税理士 安部 和彦 【Q】 私は、九州地方の政令指定都市において、主として健康食品の製造・販売を行う株式会社X(資本金1億3,000万円で3月決算)に勤務し、現在総務部長を務めている者です。わが社の創業者Aは若い頃相当苦労したようで、地元宮崎県内の高校を卒業後福岡市に出て様々なアルバイトを経験し、その資金を元手にまずはゲームソフトの会社を立ち上げ、そこそこ成功したとのことです。しかし、従業員の巨額横領にあい当該ゲームソフトの会社は廃業を余儀なくされ、A自身も多額の借金を抱えることになったようです。その後、旅行先の韓国で出会った健康食品にほれ込み、その輸入販売を手掛けて再び会社経営を軌道に乗せ、現在に至っております。 わが社はその後、朝鮮人参の調達やその加工等を行う100%子会社を韓国に設立し、取引を行ってきましたが、ここ数年、当該子会社の業績が思わしくないため、わが社は親会社として様々な支援をしてきました。それに関し、今般の国税局の税務調査で問題となった事項があります。すなわち、2022年3月期に韓国の子会社に契約に基づき業務委託費として支出した2,400万円と、2023年3月期に同子会社に開発費として支出した3,000万円のいずれもが寄附金に該当し、また、それらの支出は国外関連者への寄附金であるため、全額損金不算入になると指摘されました。 わが社が韓国の子会社に対して支出した業務委託費と開発費は、子会社固有の営業能力や人材では収益を得られるような業務を獲得することができないため、やむを得ず親会社の業務の一部につきかなり無理をして委託したものであり、それは子会社に対する親会社の責任として当然のことをしたまでと考えます。したがって、契約自由の原則から、当該支出は業務の対価としての性格があるため、当然に経費・損金になるものと解しますが、法人税法上はどう考えるのが適切なのでしょうか、教えてください。 【A】 私法上は契約自由の原則が採用され、当事者間で合意した内容(契約)により取引が実行されるのですが、 法人税法上は、その取引内容からみて、金銭その他の資産又は経済的利益の贈与又は無償の供与があった場合には、当該取引により経済的利益を供与した側から供与を受けた側に寄附があったものと取り扱われます。したがって、親会社から子会社(国外関連者)への業務委託契約に基づく支出についても、その内容と実態が乖離し、子会社が契約内容に基づく業務を履行せず、実質的に親会社が子会社に資金援助をしている場合などに関しては、親会社から子会社に対して経済的利益の供与があったものと認定されることから、当該支出は寄附金とされるとともに、国外関連者への寄附金であるため、全額損金不算入になるものと考えられます。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 寄附金の法的性格 周知の通り、法人税法上の寄附金とは、その名義を問わず、金銭その他の資産又は経済的利益の贈与又は無償の供与のことをいう(法法37⑦)。したがって、それは、一般的に「寄附金」と解されている慈善のためや公益のための支出のカテゴリーに該当するものよりも、はるかに広範囲の概念であり(※1)、これが法人税法における損金概念を複雑化させている要因の1つであると考えられる。 (※1) 金子宏『租税法(第24版)』(弘文堂・2021年)415頁。 もっとも、寄附金といえども法人の純資産が減少するのは当然のことであるから、損益法の考え方によれば費用になると解されよう。しかし、収益の獲得を目指して事業活動を営む、営利社団法人である会社において、その外部に対して経済的利益を無償で供与するということは一般的とはいえず、特異な行動であるともいえる。寄附金のような支出は一般に、法人の収益との関連性が見出し難く、事業との関連性もない場合が多い。仮に明確にそういえるのであれば、当該支出は本来、課税所得の算定において控除(損金算入)すべきものとはいえない。しかし、それが必ずしも客観的にかつ明確にいえるケースばかりではないことから(※2)、法人税法においては、行政的便宜及び公平の維持の観点から、一種の擬制として(※3)、寄附金に関し統一的な損金算入限度額を設定し、その範囲内で損金算入を認めるという措置を導入している(法法37①)。 (※2) 岡村忠生・酒井貴子・田中晶国著『租税法(第4版)』(有斐閣・2023年)175頁。 (※3) 岡村他前掲(※2)書175頁。 (2) 寄附金の無償性 上記(1)の通り、法人税法上の寄附金は、金銭その他の資産又は経済的利益の贈与又は無償の供与であり、金銭等の贈与を含む「無償」の供与があることが求められる。ここでいう無償とは、対価又はそれに相当する金銭等の流入を伴わない行為等を指すと考えられる(※4)。したがって、例えば、利益調整目的で行う、親子会社間でよくみられる取引形態であるが、親会社から子会社へ業務委託費等の名目で業務を発注し、契約通りそれに対する報酬を支払うものの、当該業務委託の内容に内実が伴っていない場合には、当該支払いは親会社から子会社に対する経済的利益の無償の供与ということになり、寄附金に該当することとなる。 (※4) 金子前掲(※1)書418頁。 なお、寄附金の支出先である子会社が親会社の国外関連者である場合には、当該国外関連者と独立企業間価格で取引をした場合であっても、親会社が別に当該子会社に寄附を行い、それが損金に算入されるとすると、独立企業間価格と異なる対価で取引を行ったのと同じこととなることから、当該寄附金は日本の親会社の課税所得計算上、全額損金に算入されないこととされている(※5)(措法66の4③)。 (※5) 金子前掲(※1)書607頁。 (3) 法人の支出に係る事業関連性と寄附金課税該当性が争われた事例 それでは、本件と同様に、法人の支出に係る事業関連性と寄附金課税該当性が争われた事例(福岡高裁平成14年12月20日判決・税資252号(順号9251)、TAINSコード:Z252-9251)について、以下で確認してみたい。 ① 事案の概要 本件は、昭和60年10月5日、ローヤルゼリー、プロポリス、蜂蜜等の蜂蜜関連健康食品の製造、販売を主たる目的として設立された株式会社である原告が、平成9年10月1日から平成10年9月30日までの事業年度にかかる法人税について、韓国のソウル市内に本店を有する原告の子会社B株式会社(100%原告出資、以下「B」という)に対して、業務委託契約に基づく業務委託費として支出した費用1,200万円、及び、平成8年10月1日から平成9年9月30日までの事業年度に開発費として支出し、翌平成10年9月期に業務委託費に勘定科目を振り替えた300万円の合計1,500万円を損金に算入して確定申告していたところ、被告により上記業務委託費を寄附金であると認定され、更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分がなされたため、これを不服として国税不服審判所に審査請求をし、同審判所長により審査請求を棄却する旨の裁決を受けたことから、本件更正処分のうち確定申告額を超える部分及び本件賦課決定処分の取消しを求めた事案である。 ② 事案の争点 原告のBに対する本件支出が、法人税法第37条に規定される寄附金に該当するか否か。 ③ 裁判所の判断 〈一審(熊本地裁平成14年4月26日判決・税資252号(順号9117)、TAINSコード:Z252-9117)〉 〈控訴審(福岡高裁平成14年12月20日判決・税資252号(順号9251)、TAINSコード:Z252-9251)〉 なお、本件は上告されたが不受理となり(最高裁平成15年6月12日決定・税資253号(順号9363)、TAINSコード:Z253-9363)、納税者敗訴で確定している。 ④ 本裁判例から学ぶこと 法人税法上の寄附金は、企業会計上は一般に費用となるものであっても、統一的な損金算入限度額の範囲を超えるものについては、損金算入が認められていない。これにつき裁判所は、租税法の通説を引用しつつ、法人の行う対価性のない支出については、そのうち「どれだけが費用の性質をもち、どれだけが利益処分の性質をもつのかを客観的に判定することは困難であるため、法は、事業活動の費用であることが明らかな同条6項の括弧書きの支出を例外として寄附金から除くとともに、行政的便宜及び公平の維持の観点から一種の擬制として統一的な損金算入限度額を設け、その範囲内の金額には当然に費用性があるものとして損金算入を認め、それを超える部分については、仮に何らかの事業関連性があるとしても、損金算入を認めないものとしている(下線部筆者)」と解している。 また、裁判所は、親会社と子会社Bとで締結された業務委託契約の中身を検討してみたところ、それにより委託された業務を具体的に子会社自身が行ったという事実を確認することができず、その実態は「Bが行った役務の対価ではなく、経営状態の悪かったBを維持存続させるための」(親会社からの)「無償の資金供与であった」と認定した。これはとりもなおさず、親会社から子会社への経済的利益の無償の供与に該当するため、法人税法上の寄附金となり、国外関連者(100%子会社)への寄附金に該当することから、全額損金不算入であると判示された。海外子会社が業務不振に陥り、その日本親会社が資金援助を行う必要があるケースは珍しくないが、子会社の実態(実力・力量)に即した業務等を委託し、それに対する報酬を支払わないと、損金算入が否定される、極めて効率の悪い支出となることが想定されるため、十分注意する必要があるだろう。 (4) 本件へのあてはめ 私法上は契約自由の原則が採用され、当事者間で合意した内容(契約)により取引が実行されるものの、 法人税法上は、その取引内容からみて、金銭その他の資産又は経済的利益の贈与又は無償の供与があった場合には、当該取引により経済的利益を供与した側から供与を受けた側に寄附があったものとして取り扱われる。したがって、親会社から子会社(国外関連者)への業務委託契約に基づく支出についても、その内容と実態が乖離し、子会社が契約内容に基づく業務を履行せず、実質的に親会社が子会社に資金援助をしている場合などに関しては、親会社から子会社に対して経済的利益の供与があったものと認定できることから、当該支出は寄附金とされるとともに、それは国外関連者への寄附金であるため、全額損金不算入になるものと考えられる。 (了)
暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第29回】 東洋大学法学部准教授 泉 絢也 ➤《更なる考察》 邦貨と外貨の交換(両替)と所得税法33条の「譲渡」 譲渡所得とは、資産の譲渡による所得をいう(所法33①)。 したがって、暗号資産の譲渡による所得の譲渡所得該当性を論ずる際には、所得税法33条の「資産」のみならず、「譲渡」該当性も含めた考察が必要となる。 ところで、邦貨と外貨の交換(両替)は所得税法33条の「譲渡」となりうるのであろうか。 民法の領域では、当事者が相互に金銭の所有権の移転を約する両替は、一種の有償契約(無名契約)とみて売買の規定を類推すべきであると解されている(我妻栄『債権各論 中巻一』341頁(岩波書店1957)など参照)。 他方、両替契約とは、通貨媒体の種類を変更とすることを目的とした契約であり、このことは、現金通貨が種類の異なる通貨媒体間でも代替性があることを意味するとした上で、次のとおり指摘する見解もある(森田宏樹「電子マネーの法的構成(3)」NBL619号31頁、34頁の脚注41)。 この辺りは、民法領域における議論の進展等に依存せざるをえない面があるが、所得税法の規定から議論を出発した場合には異なる様相を呈する可能性もある。 所得税法33条の「譲渡」とは、有償であると無償であるとを問わず所有権その他の権利の移転を広く含む観念で、売買や交換はもとより、競売、公売、収用、物納(ただし、譲渡はなかったものとみなされる。措法40の3参照)、現物出資等もこれに含まれるという見解が一般に支持されている(金子宏『租税法〔第24版〕』266頁(弘文堂2021)参照)。 このように所得税法33条の「譲渡」を広い意味に捉えるならば、両替契約の私法上の性質に議論があったとしても、邦貨と外貨の交換(両替)が所得税法33条の「譲渡」に包摂されるという結論に至るのに大きな障害はないのかもしれない。 他方で、外貨のような支払手段の譲渡、あるいは支払手段としての譲渡の場合は、所得税法33条の「譲渡」には含まれないという見方も検討する必要がある。 例えば、ある論者は次のような疑問を提起している(中里実『租税法の潮流第2巻 金融取引の課税』149頁(税務経理協会2021)(初出2002))。 暗号資産との関係では、同じ論者による次のような指摘も有益である(中里実『財政と金融の法的構造』132頁(有斐閣2018)の脚注61)。 暗号資産については、ここでいう金銭として使用できる範囲が極めて限られている通貨に該当する可能性がある。そうであれば、金銭と金銭の取引というよりも、売買に近い実態が存在し、それを円とドルの両替の場合と同様に考えるわけにはいかないということになるであろうか。 この議論の先には、外貨と暗号資産を支払手段として同列に扱うことの妥当性を問う見解が待ち受けている。 (了)
金融・投資商品の税務Q&A 【Q84】 「税制適格ストックオプションの行使により取得した株式を他の証券会社へ移管した場合のみなし譲渡」 PwC税理士法人 金融部 ディレクター 税理士 西川 真由美 ●○ 検 討 ○● 1 税制適格ストックオプションの行使により取得した株式に係る課税関係 法人の役員又は使用人等が当該法人の発行する税制適格ストックオプションを付与され、これを行使したことによって当該法人の株式を取得した場合、当該株式を取得したことによる経済的利益については、所得税を課さないこととされています。そして、当該株式を譲渡した場合には、当該譲渡による所得(譲渡収入からストックオプションの行使による払込金額を控除して計算した金額)は、20.315%(所得税及び復興特別所得税15.315%、地方税5%)の税率で申告分離課税の対象となります。つまり、税制適格ストックオプションの行使により取得した株式に係る所得に対する課税は、原則として、譲渡時まで繰り延べられることとなります。 2 取得した株式の保管委託要件とみなし譲渡課税 ストックオプションが税制適格となるための要件の1つに、株式の保管委託に関するものがあります。これは、ストックオプションの行使により取得する株式について、当該ストックオプションを付与する法人を通じて、金融商品取引業者等の振替口座簿に記載若しくは記録又は金融商品取引業者等の営業所等に保管の委託、又は管理及び処分に係る信託(保管の委託等)がされること、というもので、当該保管の委託等をされた株式を当該金融商品取引業者等への売委託等により譲渡した場合にのみ課税の繰延べを認めることとされています。 したがって、ストックオプションの発行法人と金融商品取引業者等との間で締結された当該株式に係る保管の委託等の契約が終了する場合、例えば、ストックオプションの発行法人と契約している証券会社に開設した証券口座から株式を引き出し、これを他の証券会社が開設する証券口座に移管する場合には、それ以降の課税の繰延べは認められなくなり、株式を譲渡したものとみなして、当該株式に係るキャピタルゲイン(含み益)について所得税が課されます。税制適格ストックオプションにより取得した株式は特定口座やNISA口座での保管が認められていないため、株式を譲渡したものとみなされる場合には確定申告が必要となります。 3 本件へのあてはめ 税制適格ストックオプションの行使により取得したA社株式は、A社が当該株式の保管の委託等に係る取決めを行ったB証券会社の証券口座に入庫されますが、その後、C証券会社の証券口座に移管する場合は、当該株式が譲渡されたものとみなして所得税が課されることになると考えられます。したがって、C証券会社に移管した時点での価額(時価)からストックオプションの行使に係る払込金額を控除した譲渡益相当額が、20.315%の税率で申告分離課税の対象となり、確定申告することになります。A社株式の保管先である証券口座を移管するのみで実際に譲渡をしたわけではありませんが、譲渡したものとみなされるため注意が必要です。 (了)
〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第35回】 「外国税額控除の適用における租税条約と国内法の適用関係」 公認会計士・税理士 霞 晴久 〔Q〕 我が国居住者に課された外国所得税につき、外国税額控除を適用する場合、租税条約と国内法の規定の適用関係はどのように考えたらよいのでしょうか。 〔A〕 我が国とブラジルとの間の租税条約(日伯租税条約)の適用が問題とされた事案において、「同条約2条2項においては、一方の締約国がこの条約を適用する場合には、特に定義されていない用語は、文脈により別に解釈すべき場合を除くほか、この条約が適用される租税に関するその締約国の法令上有する意義を有するものとするとされていることや、そもそも国際的二重課税の問題は低い税率の国の実効税率の範囲内で生じ、通常の税額控除方式における外国税額控除限度額は国外所得金額に国内の実効税率を乗じて計算されるものであることに照らしても、日伯租税条約は、ブラジルで納付した租税の外国税額控除限度額の計算については日本の法令に従うことを予定している」という判断が示されました。 ●●●〔解説〕●●● 1 所得税法上の外国税額控除 居住者のその年の所得税の計算上、国外所得について納付する外国所得税があるときは、一定の調整を行った所得税の額から、下記(2)によって計算した金額を限度として、その外国所得税の額を控除することができる(所法95①、所令222)。また、不動産所得、事業所得、山林所得、一時所得又は雑所得についての外国所得税は、これらの各種所得の金額の計算上必要経費に算入することができる(所法46、所基通46-1)。 (1) 外国税額控除の対象となる国外源泉所得 平成26年度税制改正において、国外源泉所得については、従来の「国内源泉所得以外の所得」という定義の代わりに、所得の種類ごとに22種類の所得(所法95④、所令225の14)が列挙され、またその意義が明らかにされた(※1)(所令225の2~225の14)。 (※1) 金子宏『租税法(第24版)』(弘文堂・2021年)578頁は、平成26年度改正について「国外源泉所得に関するソース・ルールが明確化された意義は大きい。」と述べている。なお、同588頁では「所得の源泉の所在地に関する法原則をソース・ルール(source rule)と呼ぶ。」としている。 ※①~⑯は所得税法95条4項、⑰~㉒は所得税法施行令225条の14に規定 (2) 控除限度額の算定 外国税額控除限度額は、次の算式によって求められる。 (注1) その年分の所得税の額とは、配当控除、住宅借入金等を有する場合の所得税額等の税額控除後の金額をいう(所令222①)。 (注2) その年分の所得総額とは、純損失の繰越控除、雑損失の繰越控除、居住用財産の買換え等の場合の譲渡損失の繰越控除又は特定居住用財産譲渡損失の繰越控除をしないで計算したその年分の総所得金額、分離短期譲渡所得の金額、分離長期譲渡所得の金額、分離課税の上場株式等に係る配当所得の金額、株式等に係る譲渡所得の金額、先物取引に係る雑所得等の金額、退職所得金額及び山林所得金額の合計額をいう(所令222②他)。 (注3) その年分の調整国外所得金額とは、純損失の繰越控除又は雑損失の繰越控除を適用しないで計算した場合の国外所得金額をいう(所令222③)。また、調整国外所得金額の計算に当たっては、上場株式等に係る譲渡損失の繰越控除、特定株式に係る譲渡損失の繰越控除及び先物取引の差金等決済に係る損失の繰越控除の適用もない。ただし、その年分の国外所得金額がその年分の総所得金額を超える場合には、その金額が限度とされる。 (3) 租税条約との関係 OECDモデル租税条約は、国際的二重課税を排除する方式として、①所得免除方式(23条A)及び②外国税額控除方式(23条B)を並記し、条約締約国がいずれかを選択できるようにしている。例えば、②について、OECDモデル租税条約23条B第1項(a)は、一方の締約国の居住者が取得した所得について、「他方の締約国において納付される所得に対する租税の額と等しい額を当該居住者の所得に対する租税の額から控除する」とし、同項ただし書きで、「控除の額は、その控除が行われる前に算定された所得(中略)のうち当該他方の締約国において租税が課される所得(中略)に対応する部分を超えないものとする。」とし、税額控除の基本原理を規定するのみで、その具体的計算方法は当該一方の締約国の国内法の規定に委ねている。 以下では、居住者の外国税額控除の適用が問題とされた最近の裁判例を取り上げる。 2 過去の裁判例 《居住者の外国税額控除事件》 (※2) (※2) (第一審)名古屋地裁令和3年12月8日判決(税資第271号-139(順号13641))・TAINSコード:Z271-13641 (控訴審)名古屋高裁令和4年5月26日判決(棄却)(判例集未登載) (上告審)最高裁令和4年10月6日決定(上告不受理)(確定)(判例集未登載) (1) 事案の概要 本件は、X(原告・控訴人)が、平成28年及び平成30年にブラジル国債を保有し、支払を受けた利子を含む所得について、外国税額控除の額を記載して確定申告をしたところ、所轄税務署長から、外国税額控除の額が誤っているとして、増額更正処分等を受けたことから、同処分は日伯租税条約に反するなどとして、処分の取消しを求めた事案である。 Xの確定申告時の外国税額控除の金額は、平成28年度は国外源泉所得の15%に相当する額、平成30年度は国外源泉所得の20%に相当する額となっており、前者は、分離課税の税率、後者は、日伯租税条約22条2項(b)(ⅰ)で定める「第10条2項の規定が適用される利子については20%の率で納付されたものとみなす。」(いわゆるタックス・スペアリング)という規定を根拠としていると推察されるが、このように年度によって異なる税率を適用した理由については、判決文からは不明である。 また、いずれの年の税率も、総所得金額と併せて計算される実効税率を上回っており、この点につきXは、「外国税額控除限度額につき、総合課税の対象となる所得金額に累進税率を乗じて算出した税額と分離課税の対象となる所得金額に一定税率を乗じて算出した税額とを合算した総税額に対し、国内所得額と国外所得額との合計所得額に占める外国所得額の割合を乗じて算出することとしているから、総合課税の対象となる所得に対し分離課税の15%以上の税率が適用されていない限り、外国税額控除限度額は分離課税部分の税額を下回ることとなり(Xのように総合課税の対象となる所得に対する課税の税率が5%(※3)の場合にはこれに該当する。)、ブラジル国債の利子に対する所得税は0円とならず、二重課税を避けることができない。」と主張していた。 (※3) 我が国所得税の累進税率のうち課税総所得金額195万円以下に適用される税率を指す(所法89①)。 (2) 裁判所の判示 ① 租税条約の規定と国内法の関係について 本件の第一審である名古屋地裁は、「日伯租税条約は、(中略)複数存在する国際的二重課税を回避する方法のうち、国外所得であるブラジル源泉所得に対し居住地である日本の実効税率を乗じて計算した外国税額控除限度額を限度として外国税額控除をする、いわゆる通常の税額控除方式を採用すべきことを定めたものであり、我が国の所得税法95条1項も、国外所得に対する外国税額控除について通常の税額控除方式を採用しているから、同条約22条2項(a)(ⅰ)は、所得税法95条1項と同旨の内容を確認的に規定したもの」とし、「同条約22条1項(a)(ⅰ)ただし書は、外国税額控除限度額について、『日本国の租税の額のうち、その所得に対応する部分を超えないものとする。』と規定するにとどまり、同条約中に『その所得に対応する部分』の定義やその具体的な計算方法を定める規定はなく、その適用方法に関する規定もないから、同条項から具体的な控除限度額を計算することはできず、同条項の規定を直接適用することはできない。」とした上で、「同条約2条2項においては、一方の締約国がこの条約を適用する場合には、特に定義されていない用語は、文脈により別に解釈すべき場合を除くほか、この条約が適用される租税に関するその締約国の法令上有する意義を有するものとするとされていることや、そもそも国際的二重課税の問題は低い税率の国の実効税率の範囲内で生じ、通常の税額控除方式における外国税額控除限度額は国外所得金額に国内の実効税率を乗じて計算されるものであることに照らしても、日伯租税条約は、ブラジルで納付した租税の外国税額控除限度額の計算については日本の法令に従うことを予定しているものと解される。」と判示している。 ② 当てはめ及び原告の主張の排斥 上記①の判示より、名古屋地裁は、「以上からすれば、ブラジル国債の利子を取得した日本の居住者に対する所得税の外国税額控除限度額の計算に当たっては、日本の所得税等の関係法令が適用されるべきものであり、我が国においては所得税法95条1項及びその委任を受けた同法施行令222条1項の規定を適用して外国税額控除限度額の計算がされることになるから、Xの本件各年分の所得税における本件ブラジル国債の利子に係る外国税額控除の計算にこれらの規定を適用することが日伯租税条約に違反するものとはいえない。」と結論付けている。 Xによる、「所得税法95条1項の委任を受けた同法施行令222条1項の規定は、日伯租税条約の目的である二重課税の回避ができる規定となっていない」という主張に対し、名古屋地裁は、「我が国が国際的二重課税を排除することを目的として採用している外国税額控除制度も、いわゆる資本輸出中立性の確保等という政策目的実現のために課税を免除するものである。そして、同条約が、ブラジル源泉所得について納付したブラジルの租税の全額を控除することやブラジルの租税を控除した後のブラジル源泉所得に対する日本の課税が0円となることを求めるものと解釈すべき根拠を見出すことはできない。」と判示して、Xの主張を排斥した。 名古屋地裁の判決を不服としたXは、名古屋高裁に控訴したが、二審の判断も、一審と同様であった。さらにXは、上告したようであるが、最高裁は上告不受理として本件は確定した。 (3) 解説 Xによる確定申告及び裁判での主張は独自の解釈によるものであり、最初から勝ち目はなかったと思われる。一方で、本判決の意義は、租税条約の位置付けにつき丁寧に論じたことにあったと考える。 (了)
〈事例から理解する〉 税法上の不確定概念の具体的な判断基準 【第11回】 「国税通則法第68条における重加算税の「隠ぺい、仮装」と相続税法第19条の2第5項における「隠蔽仮装行為」の異同点」 公認会計士・税理士 大橋 誠一 1 大阪国税不服審判所平成28年3月30日裁決(TAINSコード:J102-1-02) (1) 事実関係の概要 (2) 原処分庁の主張の概要 (3) 「隠ぺい、仮装」と「隠蔽仮装行為」の法令解釈 (4) 審判所の判断の概要・原処分庁の主張の排斥 2 法令解釈の出所 上記1(3)①の法令解釈は、最高裁判所第二小法廷平成7年4月28日判決(TAINSコード:Z209-7518)をほぼそのまま引用しているが、これは過少申告の重加算税の法令解釈であり、本件裁決では、「過少申告がされたことを要する」を「法定申告期限までに申告書を提出しなかったことを要する」に置き換えている。 しかし、法令解釈があるといってもその基準は定性的であり、これに当てはまるか否かは事実認定及びその当てはめの次第によるところが大きい。 原処分庁は、上記の法令解釈が存在することは当然承知の上で、何とかこれに当てはめられるような納税者による「外部からもうかがい得る特段の行動」を探索しているといって差し支えないだろう。 なお、上記1(3)②については、「隠ぺい、仮装」と「隠蔽仮装行為」という異なる文言を用いているが、あえて解釈に相違点があるとはいえず、原処分庁の主張のとおり両者は同質と考えて差し支えないだろう。 3 本件裁決のポイント 公表裁決によると、P証券扱いの金融資産が相続財産の大方を構成しているようであり、これを原処分庁に認識させなければ、相続税申告の必要性が乏しい水準であったのかもしれず、これが今回の証拠隠滅行為に走らせたのかもしれない。 しかし、本件の証拠隠滅行為が「外部からもうかがい得る特段の行動」であったかもしれないが、審判所の説示のとおり、相続税を無申告で済ませようとする態度、行動をできる限り貫こうとしたとまではいい難いし、法定申告期限までに「外部からもうかがい得る特段の行動」があったとも認定しがたいだろう。 過少申告の場合には「相続財産を間引いて申告した」という行動が生じやすいところ、本件のような無申告事案において、納税者による積極的な行動が、しかも、外部からうかがえる状態で発露するというのは相対的に限定的であり、その点において原処分庁にとってはハードルが高いと考えられる。 最近の税制改正において、無申告事案は過少申告事案より悪質(むしろ重加算事案に近い)と位置付けるような措置が講じられており、例えば、過去5年以内に無申告加算税又は重加算税を課された者が再び無申告であった場合の加重措置(平成28年度改正)、高額・連続で無申告であった者の加重措置(令和5年度改正)などが設けられている。 4 重加算税の取消事案は案外多い 重加算税の法令解釈が定性的であることに基因してか、重加算税の賦課決定処分が国税不服審判所の裁決によって取り消される(過少申告加算税・無申告加算税を超える部分の一部取消し)例は案外多い印象がある。 重加算税は賦課決定処分(不利益処分)であり、たとえ本税で納税者から(渋々とはいえ)修正申告をしたとしても、重加算税の取消しを求めて不服申立てをすることは可能であることを知らない納税者が多く、争えば取り消される可能性があったかもしれないにもかかわらず、処分を受忍して埋没している事案は案外多いものと思料する。 (了)
〈一から学ぶ〉 リース取引の会計と税務 【第10回】 「セール・アンド・リースバック取引と転リース取引の会計処理」 公認会計士・税理士 喜多 弘美 これまで、リース取引の借手の会計処理を扱ってきました。今回は、【第6回】で概要を整理したセール・アンド・リースバック取引と転リース取引の会計処理について、見ていきます。 1 セール・アンド・リースバック取引 (1) セール・アンド・リースバック取引とは(おさらい) セール・アンド・リースバック取引とは、「取引する物件を貸手に売却し、貸手から当該物件のリースを受ける取引」をいいます(「リース取引に関する会計基準の適用指針」48)。 (2) セール・アンド・リースバック取引の会計処理 それでは、セール・アンド・リースバック取引の会計処理はどのようになるのでしょうか。 まずは、他のリース取引と同じように、ファイナンス・リース取引に該当するか判定することになります。この判定において、経済的耐用年数は、リースバック時のリース物件の性能、規格、陳腐化の状況等を考慮して見積もった経済的使用可能予測期間を用います。また、リース物件の見積現金購入価額は、実際の売却価額を用いることになります。つまり、セール・アンド・リースバック取引時点の物件の実態で判断することになります。 次に、ファイナンス・リース取引に該当した場合、物件の売却取引とリース取引を一連の取引とみなして会計処理をします。借手は物件の売却損益について、長期前払費用又は長期前受収益等として繰延処理をします。その後、リース資産の減価償却費の割合に応じて、減価償却費に加減して損益に計上します。 セール・アンド・リースバック取引では、使用している物件を一度「売却」するものの、同じ物件を「借り受ける」(リース)ため、物件はそのまま使用することができ、物件の売却前も後も実態は変わらないといえます。しかし、売却益を計上することで業績を良く見せることができてしまうため、売却した時に売却益を計上するのではなく、リース期間に渡って計上するようにしています。 ただし、売却損失が生じる場合で、物件の合理的な見積市場価額が帳簿価額を下回ることが原因であることが明らかな時は、売却損を繰延処理せずに売却時の損失として計上することになっています。 また、ファイナンス・リース取引に該当しない場合は、売却損益の繰延処理はせず、売却時に売却損益として計上することになります。 2 転リース取引 (1) 転リース取引とは(おさらい) 転リース取引は、「リース物件の所有者から当該物件のリースを受け、さらに同一物件を概ね同一の条件で第三者にリースする取引」をいいます(「リース取引に関する会計基準の適用指針」47)。いわゆる「また貸し」です。 (2) 転リース取引の会計処理 では、転リース取引の会計処理は、どのようになるのでしょうか。 借手としてのリース取引と貸手としてのリース取引の双方がファイナンス・リース取引に該当する場合、貸借対照表上では、リース債権(又は、リース投資資産)とリース債務のどちらも計上することになります。一方、損益計算書上では、支払利息、売上高、売上原価等は計上せずに、貸手として受け取るリース料総額と借手として支払うリース料総額の差額を手数料収入として各期に配分し、転リース差益等の名称で計上します。 なお、リース債権(又は、リース投資資産)とリース債務は、利息相当額控除後の金額で計上することが原則となりますが、利息相当額控除前の金額で計上することもできます。 (了)
〔中小企業のM&Aの成否を決める〕 対象企業の見方・見られ方 【第43回】 「金融機関、顧問だからこそ知りうるM&Aの兆候と可能性 (売り手編)」 公認会計士・税理士 荻窪 輝明 《今回の対象者別ポイント》 買い手企業 ⇒金融機関、顧問との関係における売り手の視点を知る。 売り手企業 ⇒企業経営の出口の選択肢としてM&Aを検討する際のヒントを得る。 支援機関(第三者) ⇒売り手のM&Aの意向や可能性を酌んで、助言に役立てる。 その他の対象者 ⇒第三者視点による売り手のM&Aの兆候と可能性のポイントを知る。 1 事業承継手段の候補としてのM&A 多くの統計データなどが物語っているように、経営者の高年齢化、後継者不足、黒字廃業といった個々の要因が全てつながっている中小企業の課題・問題は深刻です。 自社のみで解決するのが難しく、本業に深く関わる問題でありながら商売上の判断ではないので先送りにされがちな点、経営者が決めないと前に進まない点からしても単純な課題・問題ではないのは明らかです。 【図1】 経営者年齢のピークは60~70代 (出典) 中小企業庁:財務サポート「事業承継を知る」(資料は中小企業白書(2021)より(株)東京商工リサーチ「企業情報ファイル」再編加工。「2020年」については、2020年9月時点のデータを集計) 【図2】 後継者不在率は70代経営者でも約40% (出典) 中小企業庁:財務サポート「事業承継を知る」(資料は中小企業白書(2021)より帝国データバンク「全国企業『後継者不在率』動向調査」再編加工) 【図3】 廃業件数が増加する中、6割が黒字にも関わらず廃業 (出典) 中小企業庁:財務サポート「事業承継を知る」(資料は東京商工リサーチ) 【図4】 廃業理由の3割が後継者難 (出典) 中小企業庁:財務サポート「事業承継を知る」(資料は日本政策金融公庫総合研究所「中小企業の事業承継に関するインターネット調査」(2020年)再編加工) しかし、こうした中小企業は、裏を返せば、別のスポンサーが現れれば事業を継続できます。そこで、事業承継、すなわち、事業を円滑に継続させるための手段の1つとして選択されるようになってきたのが中小企業のM&Aです。 かつては身売りのイメージがあった中小企業のM&Aも、M&Aファーム、地域金融機関の活動や、指針の整備、公的機関のサポート体制の充実などによって、否定的、消極的な声はかつてに比べると少なくなったように思われます。もちろん、事業承継手段はM&Aに限られませんが、M&Aのメリットを考慮すれば、現状ではやはり有力な選択肢になるのは間違いありません。 中小企業の支援者である第三者からみれば、「担当先、顧問先の経営者が高年齢化している」、「後継者はどうやら不在のようだ」、「企業経営は順調でこのままぜひ続けてほしい企業だ」、といった状況が重なるケースでは、M&Aの売り手候補企業になりやすいといえます。金融機関、税理士や公認会計士をはじめとする士業事務所にとって、もし、担当先、顧問先が廃業すれば、取引先の1社を無条件に失います。企業の存続が商売の存続につながる点を考えれば、無理強いできないまでも、企業存続の可能性を高める手段の1つとしてM&Aの提案につなげたいものです。 2 イグジット(出口戦略)としてのM&A (1) 事業承継型ではないM&Aの形 M&Aを通じて、企業の株式を譲渡する、事業譲渡する場合、中小企業のM&Aでは、大半が事業承継対策の手段として対策が講じられています。 しかし、M&Aは、事業承継にかかわらず、自社を欲しがる第三者に、正当な価値を付して売買できるのですから、その対価で売れるということは、これまでの事業の成果があった、成功した証明になります。言い換えれば、M&Aの売り手の多くは、売り抜ける事業になるまで成長させた勝ち組、成功者です。 イグジット又は出口戦略といって、ある経営者が自分の事業を通じて高い企業価値を創出し、その事業の出口として外部の第三者に売却する手段であるM&Aを活用するケースがあります。出口戦略は一般的にIPOという株式上場の手段が用いられますが、成功確率は低く、相当のコストや期間を要します。これに比べると、M&Aは合意した相手との相対取引で成立し、IPOのように主幹事証券会社や会計監査人を要しません。容易な手段ではありませんが、成就するという意味では、IPOよりも成功確率は高いでしょう。今後は、中小企業のM&Aでも、少しずつイグジットとしてのM&Aが浸透してくるはずです。 ただし、イグジットのM&Aができる売り手企業は、事業承継の売り手企業とは少し性格が異なります。より積極的な買い手ニーズが存在すること、つまり、買い手から魅力的であると思われる度合いが、通常、事業承継の場合よりも強くなります。買い手が欲しいと思う企業は、成長性があって、買い手にはない優れたリソースを有していて、魅力的な事業を展開している企業だからです。事業承継にも同様の企業はありますが、どちらかといえば、成長よりも存続や維持のウエイトが大きいでしょう。 ですから、このようなタイプのM&Aを検討するならば、事業承継を念頭に置いた企業とは違った切り口で経営を進める必要があります。あくまで相対的に、ですが、意図的に、意識的に、M&Aで売り抜けるような事業を展開し、企業を成長させ、M&Aの買い手にアピールし、戦略的にM&Aの売り手に名乗り出る力を持つ企業がこのタイプに該当しそうです。この点では、IPOを目指すような成長企業と成長スタイルは大きく異なる性格ではないように思われます。 (2) IPOに代替するM&A 経済産業省ホームページで公表されている「平成30年度産業経済研究委託事業(経済産業政策・第四次産業革命関係調査事業費)(大企業とベンチャー企業の経営統合の在り方に係る調査研究)報告書」(三菱総合研究所、2019)の「表2-1 ベンチャー投資先の IPO 及び M&A 件数の日米比較(日本は年度、米国は暦年)」(下記参照)によれば、2014年から2017年にかけて、米国ではベンチャー投資先の総数に占めるM&Aの割合が約9割なのに対して、日本では高くても約4割程度であり、米国に比べるとIPO偏重の傾向があります。 (出典) 経済産業省「「平成30年度産業経済研究委託事業(経済産業政策・第四次産業革命関係調査事業費)(大企業とベンチャー企業の経営統合の在り方に係る調査研究)報告書」(三菱総合研究所、2019)」(この表は、ベンチャーエンタープライズセンター「ベンチャー白書 2018」を基に三菱総合研究所作成したもの) 中小企業といっても、次世代を引っ張るスタートアップ企業やベンチャー企業(本稿では両者をほぼ同義の前提で捉えます)に対象が限定される話題かもしれませんが、金融機関や士業事務所、さらには他のパートナーの支援も受けながら、地域の成長エンジンが増え、今後は、その出口としてM&Aが活用されるサイクルに期待を持てます。 そのためには、買い手企業、特に大手企業による対ベンチャー・スタートアップ投資の拡大を待たなければなりませんが、出口戦略としてのM&A気運が高まれば、多数の成長の芽が第三者に継がれる可能性が広がり、日本でもIPOに頼らないファイナンスの主力市場が確立します。 中小企業の成長という括りでみれば、自力成長を遂げるのはもちろんですが、外部プレーヤーの金融機関、公認会計士、コンサルティング会社も成長支援を手掛けるサービスメニューを持っているはずですから、これまでのノウハウを活かして、安定、維持、事業承継に囚われない企業の展開を後押しできるはずです。 しかし、現実を眺めると、金融機関は成長マネーを投じるケースが多い一方で、顧問業を展開する士業事務所、特に、いわゆる町の事務所は、企業の成長にブレーキをかけてしまうような対策や提案が比較的多い印象を受けます。加えて、これらの事務所では、数字面や税額ばかりに視点が偏り、企業経営そのものを経営陣と一緒に創造するパートナーである意識はさほど高くない印象を受けることもあります。 中小企業自身は自社を取り巻く環境しか知り得ませんが、その中小企業を担当する金融機関や士業事務所は、他社や業界の環境とリアルな数字という情報を掴んでいます。その情報を担当する企業の成長に活かせないのであれば、多数の事例に接触している価値をクライアントに提供できていないことになります。情報そのものはクライアントの秘密情報ですが、知り得た情報の集合体を知の無形資産に転換し、知恵として還元するのは可能なはずです。 「担当先の企業は〇〇の技術を有しており、この技術力をもって、たとえば大企業の△△社と組むことができれば、お互いの成長につながるのではないか」といった想像力が働き、マッチングするネットワーク力を発揮できる金融機関や士業事務所が今後増えれば、出口戦略としてのM&A市場を拡大する流れにつながります。 現実に見えている課題解決手段としての事業承継型M&Aに加えて、潜在的な成長性を顕在化させるための出口戦略型M&Aを手掛ける機関の増加が待たれます。 (了)
空き家をめぐる法律問題 【事例55】 「所在等の不明な区分所有者を決議から除外する 区分所有法の改正中間試案」 弁護士 羽柴 研吾 - 事 例 - 私が区分所有するマンションでは所在等の不明な区分所有者と空き部屋が増えており、このままでは集会決議に影響が生じることを懸念しています。現在、法制審議会で区分所有法の改正が審議されており、所在等の不明な区分所有者がいる場合に、集会決議から除外する仕組みが検討されていると聞いています。どのような手続が検討されているかを教えてください。 1 はじめに 現在、法務省の法制審議会区分所有法制部会において、建物の区分所有等に関する法律(以下「区分所有法」という)の改正が審議されている。これは、高経年の区分所有建物の増加や区分所有者の高齢化を背景に、相続等を契機として区分所有建物の所有者不明化や区分所有者の非居住化が進行する問題に対応するための改正である。既に、令和5年6月8日に、「区分所有法制の改正に関する中間試案」(以下「中間試案」という)が公表され、パブリックコメントの結果を踏まえて審議が継続されている。今後も審議が継続され、令和6年の通常国会に法案が提出される予定である。 そこで、今回は、今後の改正を見据えて、所在等の不明な区分所有者がいる場合に想定されている改正事項の概要を確認することにしたい。 2 現行の区分所有法の問題 現行の区分所有法は、集会決議を、同法又は規約に別段の定めがない限り、区分所有者及び議決権の各過半数で決するものとしている(同法第39条第1項)。また、所在等の不明な区分所有者は、集会に出席して反対をした者と同様に扱われる。そのため、所在等の不明な区分所有者が増加すればするほど、相対的に集会の決議が成立しにくくなる。例えば、所在等の不明な区分所有者が全体の20%超となっている場合には、老朽化した区分所有建物の建替え決議(区分所有者及び議決権の各5分の4以上の賛成、同法第62条第1項)を成立させられず、その他の特別決議事項の成立も困難となる。また、不在者財産管理人の選任等によって対応することも考えられるが、所在等の不明な区分所有者が多数になる場合には必ずしも現実的な選択肢ではない。 3 所在等の不明な区分所有者を決議の母数から除外する仕組み 上記2のような問題があることから、所在等の不明な区分所有者を次のように新たに「所在等不明区分所有者」と定義し、これを集会の決議の母数から除外するための仕組みとして、中間試案では次のような規律が提案された(「中間試案」1頁)。 (※) 中間試案では「理事」とされていたが「管理組合法人」に変更される予定である(「令和5年10月17日開催の部会資料21」3頁)。 所在等不明区分所有者の除外決定の手続は、令和3年民法改正で創設された民法第252条第2項を参考にした手続となることが想定される。所在等不明区分所有者の除外決定において想定されている所在等不明区分所有者であるかの調査は、可能な調査を尽くしてもなお不明である程度まで行う必要があるとされている。なお、認知症等によって意思疎通が困難な区分所有者については、その住所・居所を知ることができるときには所在等不明ではないため、所在等不明区分所有者の除外決定の仕組みは適用されない(以上につき、「中間試案の補足説明」4頁)。 また、上記中間試案の(注1)のとおり、所在等不明区分所有者の除外決定の手続の対象となる決議は、建替え決議(区分所有法第62条第1項)等の区分所有権の処分を伴うものを含む全ての決議が想定されている。これは、所在等不明区分所有者が区分所有建物を利用しておらず、全ての決議について関心を失い、他の区分所有者の決定に委ねていると考えられることを理由とするものである(「中間試案の補足説明」5頁)。この点については、区分所有権の処分を伴うものに限定して所在等不明区分所有者の除外決定の手続を利用できるものとし、処分を伴わないものについては別途審議中の出席者の多数決による決議を可能とする仕組みで対応するべきとする提案もされていたが(「令和5年4月11日開催の部会資料13」2頁)、中間試案公表後のパブリックコメントの結果を踏まえると、今後も中間試案の内容を基本路線として審議が進むものと想定される。 所在等不明区分所有者以外の区分所有者は、上記中間試案の①の規律によって、所在等不明区分所有者の除外決定を受けたときは、管理者又は理事に対し、遅滞なくその旨を通知するものとされている。これは、所在等不明区分所有者以外の区分所有者が所在等不明区分所有者の除外決定の請求を行う場合、管理者や理事が当該除外決定の事実を認識していない可能性があることから、議長が当該除外決定を看過して決議を行うことを防ぐための措置である(「中間試案の補足説明」5頁)。 上記2のとおり、所在等不明区分所有者がいる場合に、不在者財産管理人等の管理人制度も利用することができる。そのため、所在等不明区分所有者の除外決定の手続が創設された場合、当該管理人の権限との関係の調整が問題となりうる。この問題については、①所在等不明区分所有者の除外決定がされた後に管理人が選任された場合は、当該除外決定が取り消されるまでの間、所在等不明区分所有者は決議から除外された状態が継続するものとされている。そのため、管理人が決議に関与する必要がある場合、当該除外決定の取消しを申し立てる必要がある。他方、②管理人が選任された後に所在等不明区分所有者の除外決定の申立てがされた場合、区分所有者に代わって専有部分の管理や共用部分の管理を行う者がいることから、当該除外決定の申立ては却下されることになると考えられている(以上につき、「中間試案の補足説明」4頁)。 (了)
電子書類の法律実務Q&A 【第13回】 「株主総会招集の際、招集通知と添付資料を電子提供できるか」 弁護士法人 咲くやこの花法律事務所 弁護士 池内 康裕 〔Q〕 当社は、株主総会招集の際、株主に対する招集通知と添付資料の提供を書面で行っています。現在、当社株主の人数が100名を超えています。株主総会招集に際して、印刷や郵送のコストも増大しています。そこで、株主総会資料の電子化をすることができないか検討しています。 そもそも法的に、株主総会招集の際、招集通知と添付資料の提供を書面で行う必要はあるのでしょうか。 法改正により、上場会社では2023年3月1日以降実施の株主総会から株主総会資料の電子提供制度の運用が開始されたと聞いています。当社で電子提供制度を利用するメリットはあるのでしょうか。 〔A〕 取締役会設置会社と、書面投票又は電子投票(以下「書面投票制度等」といいます)を採用している会社は、株主総会招集の際、招集通知と添付資料を書面で提供する必要があり、株主から個別に同意を得なければ、電子化することはできません。 それ以外の会社の場合、招集通知と添付資料を書面で提供する必要はありません。 また、法改正により新設された株主総会資料の電子提供制度により、株主が承諾していなくても、株主総会資料をウェブサイトにアップロードする方法で提供することができるようになりました。上場会社の場合、電子提供制度の利用が義務となります。 上場会社以外の会社の場合、株主の数が100名前後でも、コスト削減の観点から電子提供制度を採用するメリットはないと思います。電子化する場合、従来どおり株主から個別同意を取得するのが現実的です。 ● ● ● ● 解 説 ● ● ● ● 1 株主総会招集の際、招集通知及び添付資料を書面で提供する必要があるか (1) 招集通知について 株主総会の招集通知を書面で行う必要があるのだろうか。 招集通知というのは、株主総会の日時・場所、株主総会の目的事項等を定めたものだ(会社法299条4項、298条1項)。 取締役会を設置している会社の場合、株主の承諾を得ない限り、招集通知は書面でしなければならない(会社法299条2項2号)。 株主に書面投票制度等を認める場合にも、株主の承諾を得ない限り、書面で招集通知をする必要がある(会社法299条2項1号)。 他方、取締役会を設置していない会社で、書面投票制度等を採用していない場合、招集通知を書面でする必要がない。株主総会の招集を電子メールで行うこともできるし、口頭で伝えても構わない。 (2) 添付書類について 次に、株主総会の招集通知に際して株主に提供・交付する添付書類については、どうだろうか。 ここでいう添付書類とは、計算書類、事業報告、参考書類を念頭においている。 取締役会設置会社は、株主の承諾を得ない限り、定時株主総会招集の際、計算書類及び事業報告の提供を、書面で行わなければならない(会社法437条・会社法施行規則133条2項1号・会社計算規則133条2項1号、会社法444条6項・会社計算規則134条1項1号)。 次に、書面投票制度等を採用している場合には、株主の承諾を得ない限り、参考書類の提供を、書面で行わなければならない(会社法301条1項)。 取締役会を設置していない会社で、書面投票制度等を採用していない場合、招集通知に際して、株主に提供・交付しなければならない書類はない。 もちろん、法的な義務とは別に、計算書類、事業報告、参考書類を事前に提供してもよいが、書面でなくてもよいし、メールに添付する方法で構わない。 取締役会を設置していない会社で、書面投票制度等を採用していない場合は、定時株主総会で、いきなり計算書類、事業報告を株主に提供して、承認を受けることも許されるのだ。 (3) まとめ ここまでの説明をまとめよう。 会社法上、株主総会招集に際しての招集通知と添付資料を原則として、書面提供しなければならない会社は、取締役会設置会社又は書面投票制度等を採用している会社だ。 それ以外の会社の場合、招集通知と添付資料を書面で提供する必要はない。 2 電子提供制度について (1) 2022年9月1日施行の電子提供制度の概要 本連載の性質上、2022年9月1日に施行(上場会社については2023年3月1日以降開催される株主総会において適用)された電子提供制度についても解説しておきたい。 上述したとおり、取締役会設置会社又は書面投票制度等を採用している会社は、招集通知と添付書類を原則として、書面提供しなければならない。 例外的に電磁的方法で行うためには、株主の事前承諾が必要だ。事前承諾してくれない株主に対しては、書面での情報提供が必要となる。株主の数が多い会社の場合、個別同意は現実的でない。 法改正される前は、ウェブ開示によるみなし提供制度という制度があった。しかし、これは、議案、貸借対照表、損益計算書の内容について、電子提供することができないので、あまり使えない制度だった。 そこで、事前承諾してくれない株主に対しても、幅広く電磁的方法で株主総会資料の提供を行うことができるようにしたのが、株主総会資料の電子提供制度である。 電子提供制度を利用して、招集通知に最低限の事項のみを記載した場合、書面1枚で足りる。 (出典) 法務省「会社法の一部を改正する法律の概要」1頁 株主総会資料の電子提供制度のポイントを一言でいえば、原則と例外を逆転させ、電子提供を原則、書面提供を例外としたものだ。 振替株式発行会社(上場会社)については、電子提供制度を採用することが義務となる。 (※) 金融商品取引所のウェブサイトに掲載することも可能。 アップロードする情報は印刷できる状態にあることが必要(会社法施行規則222条2項)。 (2) 電子提供制度により書面作成が一切不要になるか では、電子提供制度をとる場合、株主に書面を一切送る必要がないかといえば、そうではない。以下の3点を指摘しておきたい。 第1に、招集通知自体は、書面で行う必要がある(会社法299条2項、325条の4第2項)。 第2に、書面投票制度等を採用している場合、株主本人が議決行使書面をプリントアウトして会社に返送するのは手間がかかる。そのため、議決権行使書面について、実務上、書面送付されることが多い。 第3に、株主総会の議決権行使の基準日までに、株主から請求があった場合、当該株主に対しては、書面提供が必要になってしまう(会社法325条の5)。これを書面交付制度という。書面交付制度は、高齢者等インターネットをあまり利用していない株主を保護するために設けられた。 ただし、株主の側から積極的に交付請求する必要があるので、利用率は低い。書面交付制度の利用率は、0.5%程度であり、株主が1,000名前後の会社でも請求が1件もなかったという指摘もされている(「電子提供制度下の株主総会初年度を終えて〔下〕」)。 (3) 電子提供制度採用のコスト このように電子提供制度といっても、完全に電子化されたわけではない。 また、アップロードするためのウェブサイト整備のコストがかかる。アクセス障害やハッキング対策も必要になる。 万一のサーバダウンに備えて、複数のウェブサイトで電子提供制度をとる会社もいるようだ。 会社がウェブサイトのメンテナスを怠ったことにより、株主がウェブサイトにアクセスできなかった場合などは、決議取消事由になると考えられる。維持管理等のコストもかかる。 紛争になる場合に備えて、ウェブサイトのログの保存も必要である。 コストと手間を考えると、株主の数が多い上場会社が利用することを前提に設計された制度といえるだろう。 また実際に利用している上場会社においても、コスト削減のメリットがどの程度あるのか疑問だ。2023年6月に実施された調査によれば、電子提供制度を利用した上場会社のうち68.5%が従来と同じ書類を送っている(「電子提供制度下の株主総会初年度を終えて〔上〕」)。書面交付請求をする株主とそうでない株主で、送付物のパターンが分かれると、コストがかかるので、一律に従来と同じ書類を書面で送った方が、印刷代が安くなるという指摘もされている。そうすると、現時点ではペーパーレス化によるコストの削減につながっているとも言えない。 上場会社以外の株主の数が少ない会社が、株主総会資料を電磁的方法により提供する場合、株主に事前同意してもらう方が、現実的な方法といえるだろう。 (了)
〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第74話】 「必要経費(交際費)の判断基準」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 税務調査から帰ってきた浅田調査官は、中尾統括官のデスクに直行する。 カバンを持ったまま立っている浅田調査官は、稟議書を熱心に読んでいる中尾統括官に声をかける。 「・・・調査から帰ってきたのですが・・・」 中尾統括官は、驚いたように顔を上げる。 「・・・ああ、ご苦労さん・・・」 再び、稟議書を読もうとする中尾統括官に、浅田調査官は、もう一度、声をかける。 「・・・ちょっと・・・質問があるのですが・・・」 怪訝そうな顔をした中尾統括官は、浅田調査官を見る。 「・・・なんだい?」 浅田調査官は、持っていたカバンを中尾統括官のデスクの上に置いて、話し始める。 「・・・今日、調査に行った弁護士事務所のことなんですが・・・帳簿上、交際費として支出されている金額が多く、その中に、必要経費とされない『家事関連費』のようなものが含まれていました・・・」 浅田調査官は、カバンから一覧表のコピーを取り出し、「これが3年間の交際費の一覧表です」と言って、中尾統括官に見せる。 「・・・ほう・・・毎年900万円くらいの交際費を支出しているのか・・・」 中尾統括官は、一覧表を見て、驚いた表情をする。 「・・・ここに示されている交際費は、ほとんどが飲食代ということか・・・これだけ飲み食いをすると、逆に身体を壊すのでは・・・」 中尾統括官は、苦笑する。 「・・・本来、弁護士や税理士などの業種は・・・顧客から接待を受けても、自ら接待をすることはあまりないと思えるのですが・・・」 浅田調査官は、答える。 「そうだな」 中尾統括官は、頷く。 「・・・弁護士が言うには、将来、顧客になってくれる可能性のある人と飲食をともにしているのだから、これらの支出は営業のための活動費用なんだ・・・」 浅田調査官は、弁護士の主張をそのまま伝える。 「・・・所得税法37条では、必要経費について・・・『販売費、一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用』・・・と規定していますが・・・」 浅田調査官は税務六法を広げて、所得税法施行令96条1項1号を読み上げる。 「このような経費は、家事関連費に該当しないと施行令では規定していますが・・・この『業務の遂行上必要』の範囲なのですが・・・」 浅田調査官は、中尾統括官の顔を見る。 「・・・必要経費の判断基準として・・・東京高裁平成24年9月19日判決の『弁護士交際費事件』が参考になると思う・・・」 そう言うと、中尾統括官は、パソコンに弁護士交際費事件の判決文を表示して、判旨の一部を読み上げる。 「・・・東京高裁の原審である東京地裁平成23年8月9日判決は、必要経費に『直接性』を求めていたが、その判断を斥けている・・・」 「・・・ということは、必要経費の範囲が広がったということですか?」 浅田調査官は、尋ねる。 「・・・この東京高裁の判決は、事例判決・・・・ともいわれているが、僕は、文理解釈上、東京高裁の判断は正しいと思う・・・」 中尾統括官は、判決文を見ながら言う。 「・・・ところで・・・今回の税務調査の件ですが・・・この弁護士が主張する将来の顧客を獲得するための支出金(交際費)について、必要経費として認められるのでしょうか・・・」 浅田調査官は、再度、尋ねる。 「・・・そうだなあ・・・明らかに友人との飲食であれば、もちろん必要経費を否認することはできるが・・・」 中尾統括官は、思案顔になる。 「・・・法人税の交際費と所得税の交際費では、その範囲は違うのでしょうか?」 浅田調査官は、中尾統括官に問いかける。 「所得税法には、必要経費の規定しかない・・・それに対して、法人税では、租税特別措置法で交際費等の具体的な規定をしているから、一概に比較はできない・・・また、所得税では必要経費と認められる交際費は、全額、費用として認められるが、法人税では、交際費は、原則損金不算入の取扱いになっている・・・ただし、中小企業は、800万円まで損金算入できるが・・・」 中尾統括官は、若い頃、部門の交流で、法人課税部門に5年間勤務したことがある。 「・・・僕の経験からすると、交際費については、法人税の方が所得税よりも範囲は広いように思える・・・すなわち、個人の交際費の方が、税務調査では、厳しい取扱いをするようだ・・・それに対し、法人、特に中小企業は、800万円という損金算入の枠を持っているから、交際費と認定してもその枠内であれば、課税されないということが影響しているのだろう・・・」 中尾統括官は、昔のことを思い出しながら説明する。 「・・・ということは、今回の弁護士の交際費支出については、厳しく取り扱ってもよいということですか?」 浅田調査官は、元気よく反応する。 (つづく)