〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第33回】 「租税負担割合の計算における課税標準外所得金額の意義」 公認会計士・税理士 霞 晴久 〔Q〕 外国子会社合算税制において、外国関係会社の租税負担割合を計算する場合に、課税標準外所得金額を分母に加算する趣旨はどのようなものでしょうか。 〔A〕 我が国での税負担を不当に軽減することを規制するという外国子会社合算税制の趣旨から、外国関係会社の本店所在地国と本邦における税負担の比較をより実態に即した適切なものとするよう意図された、とされています。 ●●●〔解説〕●●● 1 租税負担割合の算定 外国子会社合算税制における租税負担割合とは、外国関係会社の各事業年度の所得に対して課される租税の額を当該所得の金額で除して計算した割合をいう(措法66の6⑤一、措令39の17の2①)。なお、平成29年度税制改正で、本店所在地国において課される税が存在しないという点から本制度の適用を判定する仕組みが廃止されたことを受け、無税国に所在する外国関係会社についても租税負担割合の判定を行うこととされた。 (1) 税法令の規定がある国に所在する外国関係会社 税法令の規定がある国等での租税負担割合は、平成29年度税制改正前より変更はなく、算式の分母・分子は以下の項目で構成されている。 (※1) 財務省「平成23年度税制改正の解説」514頁参照。 なお、分母を構成する項目に該当する金額は、【注2】のとおり、「本店所在地国の法令の規定」により計算した所得の金額に係る金額とされることから、いずれも、企業集団等所得課税規定を除いた法令の規定により計算されることとなる。 (2) 無税国に所在する外国関係会社 平成29年度税制改正で導入された無税国に所在する外国関係会社の租税負担割合については、さらに、平成30年度の税制改正において、決算に基づく所得の金額を基に、税法令がある国に所在する外国関係会社の租税負担割合の計算における調整と同様の調整を加えて計算することが明確化された(※2)。 (※2) 財務省「平成30年度税制改正の解説」710頁参照。 以下では、平成29年度税制改正前の租税負担割合の算定において、課税標準外所得金額の意義が争われたキャプティブ再保険事件を検討する。 2 過去の裁判例 《キャプティブ再保険事件》(※3) (※3) (第一審)東京地裁令和4年3月10日判決(平成30年(行ウ)第607号)・TAINSコード:Z888-2446 (1) 事案の概要 本件は、内国法人である原告Xが、平成27年1月期及び平成28年1月期(本件各事業年度)の法人税等の確定申告をしたところ、所轄税務署長Yから、米国ハワイ州で設立されたXの外国関係会社であるB社(キャプティブ保険会社)が租税特別措置法66条の6(平成27年改正前)に規定する「特定外国子会社等」に該当し、B社の課税対象金額をXの益金の額に算入すべきであるとして、本件各処分等を受けたため、Yを相手に、同処分の取消しを求めた事案である。 B社は、本件各事業年度において、米国歳入法831条(b)項にいう小規模保険会社に該当するとして、保険料収入を除く課税投資所得を課税標準として申告した結果、いずれの期も法人所得税額は0米ドルであった。Yは、Xの外国関係会社であるB社が特定外国子会社に該当するか否かについて、①B社の租税負担割合の算式の分母(所得の金額)につき、保険料収入に係る所得金額を課税標準外所得金額として分母に加算し、②同分子(租税の額)については、同社の課税投資所得金額に35%の税率を乗じて計算すると、本件各事業年度のいずれにおいても20%以下要件を満たすことから、B社はXの特定外国子会社等に該当すると判断した。これに対し、Xは、保険料収入に係る所得金額は課税標準外所得金額に該当せず、結果的に、B社の本件各事業年度の租税負担割合は20%以下要件を満たさず、特定外国子会社に該当しないと主張した。 (2) 東京地裁の判示 ① 保険料収入に係る所得金額の課税標準外所得金額該当性について 東京地裁は、以下のとおり、租税負担割合を算出するための調整項目の趣旨を明らかにした上、保険料収入に係る所得金額は課税標準外所得金額に該当すると結論付けた。 ② Xの主張の排斥 Xは、本件各処分において、保険料収入がそのまま課税標準外所得金額に加算されている一方、保険責任準備金の控除を認めていない点について、保険料収入は将来において保険事故があった場合の保険金支払の原資であり、保険会社としては保険金の支払までこれを預かっているに過ぎないから、そもそも我が国でも米国でも課税されるべきではなく、米国歳入法831条(b)項も、その実質は保険料収入を計上した上、同額の責任準備金の繰入額の計上がされているものといえるから、これを課税標準からの除外と見ることはできない旨主張した。 これに対し、東京地裁は次のとおり判示し、Xの主張を排斥した。 (3) 検討 Xが何故B社を合算課税の対象としなかったかについては判決文では明らかではないが、Xの主張も、上記で取り上げたもの以外は、「主張するための主張」であって、論理性・説得力に欠けるものであるといわざるを得ない。 ところで、判決文では、外国子会社合算税制の導入趣旨につき、「内国法人の子会社等が、我が国よりも税負担の軽い国(中略)又は地域に所在する場合において、本来であれば上記(株主である)居住者や内国法人に対する利益の配当や剰余金の分配の対象となる所得について、上記子会社等が配当等を行わず社内に留保することにより、我が国での税負担を不当に軽減することを規制するために、上記子会社等の所得の金額のうち所定の方法により計算される金額(課税対象金額)につき内国法人の収益の額とみなして、その内国法人の所得に合算して課税することとしたもの」と判示しているが、平成21年度の税制改正で外国子会社からの配当が益金不算入とされたことで、日本の支配株主に配当しないことをもって不当と見る考え方をそのまま維持するのは困難になった(※4)。最近の裁判例(※5)ではむしろ、「租税の負担を回避しようとする事例に対処し税負担の実質的な公平を図ることを目的とする」とする理解が示されており、本判決はこの点特徴的である(※6)。 (※4) 増井良啓・宮崎裕子『国際租税法[第4版]』(東京大学出版会・2019年)187頁 (※5) 例えば、東京地判令和3年3月16日(平成31年(行ウ)第42号)・TAINSコード:Z271-13543、及び東京地判令和3年7月20日(平成29年(行ウ)第426号)TAINSコード:Z271-13592等 (※6) 田中啓之「CFC税制における課税標準外所得金額の意義等が争われた事例」ジュリスト1585号(2023)141頁は、「近年の裁判例において『租税回避を防止することをその趣旨・目的とする』と明言されていた(中略)ことを踏まえると、意味深長であるようにも思われる。」と述べている。 (了)
〈事例から理解する〉 税法上の不確定概念の具体的な判断基準 【第9回】 「国税通則法第68条第1項の重加算税が賦課される「納税者」の範囲」 公認会計士・税理士 大橋 誠一 1 札幌国税不服審判所令和元年6月20日裁決(TAINSコード:J115-1-01) (1) 事実関係の概要 (2) 請求人の主張の概要 (3) 重加算税の「納税者」の法令解釈 (4) 審判所の判断の概要・請求人の主張の排斥 2 法令解釈の出所 上記1(3)の法令解釈は、最高裁第一小法廷平成18年4月20日判決(関与税理士による行為)(TAINSコード:Z256-10374)を基礎として常務取締役による業務上の横領を「納税者」の行為と認めた広島高裁平成26年1月29日判決(TAINSコード:Z264-12401)などを参考にしていると考えられる。 3 損害賠償請求権の益金算入 たとえ専務取締役とはいえ株式会社である請求人とは別人格であり、請求人にとっては横領による損失が生じていることに変わりないため、「売上原価」を「特別損失」に振り替えることにより損金の額(所得金額)には影響しないともいえる。 しかし、請求人は、当該損失の発生時に、損害を与えた者に対する損害賠償請求権が発生しているものとされ、特別損失と同額の特別利益が発生することが、結果的に特別損失の損金性を無効化させ、所得金額(法人税額)の増加につながる。 そして、この法人税額の増加を課税標準として重加算税が賦課される。 4 「納税者」の具体的範囲 法人の構成員全てによる行為が請求人の行為と同視されるのではなく、例えば、最近においても、東京国税不服審判所令和元年10月4日裁決(TAINSコード:J117-1-02)において、部下のいない一担当者による横領行為について重加算税の賦課決定処分が取り消された事例もある。 この裁決においては、法令解釈において、「その従業員の地位・権限」、「その従業員の行為態様」、「その従業員に対する管理・監督の程度」等を総合考慮すると述べられているところ、重加算税の認定可能性を考える場合、代表取締役の行為であればもちろんのこと、例えば、以下の事実関係が認められるときには、請求人の行為と同視される蓋然性が高くなると考えられる。 (了)
〈一から学ぶ〉 リース取引の会計と税務 【第8回】 「ファイナンス・リース取引の会計処理(借手)」 ~例年処理(減価償却、支払利息)~ 公認会計士・税理士 喜多 弘美 前回は、ファイナンス・リース取引の借手の会計処理について、契約時・取得時の会計処理を整理しました。今回は、例年の会計処理についてみていきます。 1 ファイナンス・リース取引の会計処理の全体像 前回、物件を購入した場合とファイナンス・リース取引の会計処理の全体像を以下のように整理しました。今回は、例年行われる会計処理にあたる(★)の部分を具体的に確認していきます。 【物件を購入した場合】 【ファイナンス・リース取引の場合】 ファイナンス・リース取引も、物件を購入した場合と同じように減価償却を行います。また、ファイナンス・リース取引では、②リース料を支払う際に、支払利息を計上します。これは、物件を購入した場合にはない処理です。 また、ファイナンス・リース取引でも、所有権移転ファイナンス・リース取引と所有権移転外ファイナンス・リース取引では性格や特徴が異なるため、減価償却、支払利息についても考え方が異なる部分があります。 2 減価償却 ファイナンス・リース取引では、物件を購入した場合と同じように固定資産(リース資産)を計上します。そのため、減価償却をすることになります。 (1) 所有権移転ファイナンス・リース取引 所有権移転ファイナンス・リース取引では、リース物件を購入した場合と同一の方法で処理します。所有権移転ファイナンス・リース取引は、リース期間が終了した後はリース物件の所有権が借手に移り、借手がリース物件をそのまま使用するため、自己所有の固定資産と実態は変わりないと考えられます。そのため、自己所有の固定資産と同じ方法により減価償却を行います。 (2) 所有権移転外ファイナンス・リース取引 一方、所有権移転外ファイナンス・リース取引は、リース物件の取得と異なり、リース期間終了後にリース物件を貸手へ返却することになります。つまり、リース物件を使用できるのはリース期間中だけです。そのため、償却期間はリース期間、残存価額はゼロです。また、リース物件の取得と異なる性質を持つため、償却方法は企業の実態に応じ、自己所有の固定資産と異なる償却方法を選択することができます。 * * * よって、上記をまとめると、以下のようになります。 3 支払利息 次に支払利息の処理について、みていきましょう。毎月支払うリース料を単純に合計したリース料総額には、リース会社に支払う利息が含まれています。そのため、支払リース料を支払った時には、借入金の返済と同じように、利息相当額部分とリース債務の元本返済部分に分ける必要があります。 (1) 所有権移転ファイナンス・リース取引 所有権移転ファイナンス・リース取引では、利息の各期への配分は利息法によることとされています。利息法とは、各期の支払利息相当額をリース債務の未返済元本残高に一定の利率を乗じて算定する方法です。ここで用いられる利率は、リース料総額の現在価値がリース取引開始日におけるリース資産(リース債務)の計上価額と等しくなる利率になります。 これは、所有権移転ファイナンス・リース取引が、経済的にはリース物件の取得と取得のための資金調達と似ており、この場合のリース料の支払いが借入金の返済と似た性格を持っていると考えられるためです。 (2) 所有権移転外ファイナンス・リース取引 所有権移転外ファイナンス・リース取引も所有権移転ファイナンス・リース取引と同じく、原則は利息法で各期に配分します。ただし、リース資産総額に重要性が乏しいと認められる場合は、以下2つの方法も認められています。 これは、所有権移転外ファイナンス・リース取引は、リース物件の取得と取得のための資金調達というよりは賃貸借の性格を持ち、役務提供も含めた複合的な性格を持っているため、所有権移転ファイナンス・リース取引と同じように、必ず利息法で各期に配分することが一義的に決まらず、金額的に重要と考えられる場合には利息法を適用するという考えによるものです。 なお、「リース資産総額に重要性が乏しいと認められる場合」とは、未経過リース料の期末残高が、未経過リース料の期末残高と有形固定資産及び無形固定資産の期末残高の合計金額に占める割合が10パーセント未満の場合とされています。 (了)
〔中小企業のM&Aの成否を決める〕 対象企業の見方・見られ方 【第41回】 「売り手によるM&A実施要否のセルフチェック」 公認会計士・税理士 荻窪 輝明 《今回の対象者別ポイント》 買い手企業 ⇒売り手がM&Aを望む目的を知るためのポイントを理解する。 売り手企業 ⇒M&Aの要否を売り手視点で理解する。 支援機関(第三者) ⇒売り手のM&A実施要否を判断し、M&Aの助言に役立てる。 その他の対象者 ⇒売り手のM&A実施要否判断のポイントを知り、M&Aに対する理解を深める。 1 売り手にとってM&Aが必要な手段か 中小企業においてM&Aという手段が浸透しつつありますので、日頃から付き合いのある金融機関、顧問先などを通じて、M&Aに関する情報を集めようとする売り手候補企業があるかもしれません。特に、近年は、事業承継を行うための後継候補者の不在という課題が多く、この課題を解消する観点と、売却に伴うオーナーや創業家の財産獲得の観点から、売り手としてM&Aの実施を検討するケースが多くなっています。 ところで、売り手候補企業にとってM&Aは必要な手段でしょうか。その答えは「No」です。この答えは意外かもしれませんが、M&Aは買い手にとっても売り手にとっても経営判断もしくは手段の1つにすぎませんから、必ずこの手段によらなければならないわけではありません。M&Aにはメリットもデメリットもあるため、他の手段との比較衡量の上で検討すべきであり、M&Aありきであってはいけません。 そこで今回は、M&Aという手段を前に立ち止まるために、売り手候補企業が、M&Aの実施要否の判断を売り手自身に問うためのポイントを解説します。 2 M&Aをしなければならない理由を自らに問う 安易にM&Aを選択する前に、売り手自身の内部判断、多くはオーナーご自身の自己判断のステップを踏む必要があります。言い換えると、セルフチェックです。 残念ながらセルフチェックにあたって確立された方法論はありませんが、M&Aの実施要否を判断するためのポイントはいくつかあります。 (1) キャッシュ M&Aの対価の対象は通常「株式」か「事業」です。いずれも取引においては多額になるケースが多く、対価を支払ってくれるのは相手企業です。目的がキャッシュの場合は、M&Aによるメリットを享受できます。通常、売買がし難い株式や事業の価値をキャッシュに換えるための手段がM&Aであり、事業投資を望む相手が取得する株式や事業の価値を伸ばす自信があれば、取引に応じやすい手段でもあります。このため、キャッシュ獲得の手段としてM&Aは魅力的で有効な手段ですが、金額の多寡については、相手が当社をいくらと見積もるか次第なので、高い取引対価になるとは限りません。 また、キャッシュそのものが目的になるケースは中小企業のM&A事例では少なく、相続資金確保のため、後継者が不在で事業の存続に不安を残すため、オーナー自身の高年齢化といった、事業構造上やファミリー存続上の課題が背景にあることが多いです。この場合は、キャッシュよりも優先すべき事項が多いため、M&Aを選択する場合、キャッシュありきとならないように注意しなければなりません。 キャッシュが目的ならM&Aは有効な選択肢。しかし、キャッシュが手段であって、真の目的が相続、後継者など別にある場合は、目的を優先したM&Aを実行できるようにしておく。また、取引結果によるものなので、望むキャッシュが手に入るとは限らない。 (2) 後継者 経営者がいなければ事業を存続できません。後継者不在や適任者の不在を機にM&Aを検討するオーナーも多く、後継者探しは、マッチング、事業承継の大きなテーマの1つです。この場合もM&Aとの親和性が高いです。 中小企業の場合、上場企業などと異なり、会社の所有と経営を分離しづらく、経営権の取得と所有権の取得が不可分の関係になりやすい性質があります。また、中小企業では社長が会社の顔となり、金融機関の信用は多くの場合、対会社に加え対社長との関係で検討されます。このため、後継社長に経営だけ任せて、というわけにはいかず、会社(の権利)ごと任せる手段であるM&Aが結果として選択されやすい傾向にあります。 最近では、様々な機関が後継者マッチングの機会を提供していますが、その多くが事業承継をテーマにしながら展開しており、将来のM&Aを前提に相談に乗るケースを想定しています。 一例ですが、公的機関による後継者マッチング支援として、以下の機関による支援が行われています。 また、税理士に顧問を依頼している企業であれば、顧問先の税理士が「担い手探しナビ」を通じて、事業承継支援に協力してくれます。以下は、日本税理士会連合会の情報です。 後継者探しは、結果的にM&Aの相手探しになるケースが実務上多い。このため、支援機関への相談においては、将来的にM&Aをする可能性を考慮した上での後継者相談が行われる。 (3) 業績悪化 救済型M&Aの場合、業績悪化した売り手をM&Aによって買い手が救済するというパターンが見受けられます。この場合も手段としてのM&Aの有効性は高いと思います。 しかし、業績悪化の場合は、必ずしもM&Aによらなければならないわけでなく、業績悪化の原因を追究し、本質的な改善をするための方策を講じることができる代替手段の選択の余地が残されています。 たとえば、中小企業庁ウェブサイトの経営サポートメニューでは、経営安定支援として、複数の施策が用意されています。 全国の主な商工会議所や都道府県の商工会連合会でも相談機会が提供されていますので、業績悪化の場合は、M&Aありきではなく、事業の維持存続のための相談機会を利用する検討が先になると思います。 また、資金繰り面では日本政策金融公庫の支援を受けられる場合もあります。 業績悪化の場合は、M&Aよりも先に、経営を公的にサポートする機関に相談して、支援メニューを受けるか、資金面のサポートを受けるのがスタンダードな手続。その先に、救済型M&Aが選択肢として考えられる。 以上から、いずれの場合もM&Aは有力な手段、選択肢になり得ますが、売り手候補企業の置かれた状況によっては、M&A実施の判断をする前に違う出口を探すための相談機会が提供されている場合もあります。個々のケースで判断は異なりますが、上記の情報源なども参考にしながらM&Aの実施要否の判断を検討されるのがよいと思います。 3 経営資源を残す選択肢としてのM&A 中小企業の経営資源には、経営者、人材、技術、販路、設備、資金といった様々な有形、無形の資源が存在します。1つ1つをばら売りにすることは難しく、一体として企業の価値を形成しています。この価値をセットにして、キャッシュなどの対価によって取得する行為がM&Aです。売り手候補企業からすれば、なるべくたくさんの経営資源を現状のまま保存して、包括的に譲りたいと考えるならM&Aという手段が便利になります。 中小企業がこれまでの実績によって培った経営資源は、オーナー自身が考える以上に、外から見ると魅力的である場合が多いです。近年、黒字廃業(詳しくは本連載【第40回】参照)の割合が多くなっていますが、自主廃業を選ばなくても、M&Aによって自社の経営資源を残す選択肢があります。 また、M&Aでは、自社の無形の経営資源を含めた価値が、相手からの提示額によって示されますので、M&Aを機に自社の経営資源全体の評価を受けられるメリットもあります。取引なので、売り手側は高く、買い手は低い価額を主張しがちですが、それでも、それなりの価値がつくと確認できます。売り手候補企業としては、M&Aの価額によって、オーナー自身と歩んできた会社の金銭的な価値を知るのが可能になります。 * * * 今回は、売り手候補企業がM&Aを実施すべきかどうかについて迷う時に、代表的な項目ごとに要否のセルフチェックを行う際のポイントを簡単に説明しました。最終的なM&A実施の要否判断は売り手に委ねられますが、早めの検討、相談を通じて、M&Aという手段の有効性に気づく場合も多いです。必要に応じて今回紹介した公的機関に相談し、M&Aの実施要否の判断につなげてください。 (了)
電子書類の法律実務Q&A 【第11回】 「所在不明の従業員を電子メールで解雇できるか」 弁護士法人 咲くやこの花法律事務所 弁護士 池内 康裕 〔Q〕 当社の従業員が、重大な不正行為を行っていたことが判明しました。当該従業員は、この不正行為が判明した後、1ヶ月にわたり無断欠勤しており、連絡を取ることができない状態です。自宅として会社に申請された場所に行ってみたのですが、人が住んでいる様子はありません。 当社としては、重大な不正行為及び無断欠勤を理由に懲戒解雇をしようと考えています。所在不明者に対して、電子メールでの解雇は認められるのでしょうか。解雇を検討するに際して、留意すべきことを教えてください。 〔A〕 所在不明者との関係で、電子メールでの解雇以外の方法として、書面による解雇、公示送達による解雇が考えられます。 しかし、本件の場合、書面による解雇では、解雇の効力が否定される可能性が高いです。また、公示送達による解雇の場合、時間と手間がかかります。 電子メールによる解雇は、簡単な方法ですし、メールであることを理由に解雇の効力が否定されることはありません。 ただし、単に従業員名義のメールアドレスに電子メールを送るだけで、解雇の効力が認められるかと言えば、そこまで簡単な話ではありません。解雇については、効力が認められるためには、従業員に「到達」する必要があります。 まず、従業員が使用している従業員名義のメールアドレス宛に送れば、原則として「到達」が認められます。 他方、社内のメールアドレスに送っても、「到達」したことにならず、解雇の効力が否定されるでしょう。従業員が一度も使用していないメールアドレス宛に電子メールを送っても、解雇の効力が否定される可能性があります。 「到達」が否定される可能性に備えて、就業規則に「連絡が取れない場合、会社に申請されたメールアドレス宛に、電子メールを発信した時点で、通知が到達したものとみなす」という規定をおくことをお勧めします。 ● ● ● ● 解 説 ● ● ● ● 1 行方不明者に対する懲戒解雇を検討すべき事案 行方不明者に対する対応としては、就業規則に「一定期間(例えば30日)、所在不明な場合に自動退職とする」旨記載されている企業が多い。 しかし、就業規則に上記のような自動退職規定がない場合は、自動退職では対応できない。懲戒解雇することにより退職金を不支給(減額)とすることを検討している場合も、自動退職では対応できない可能性が高い。これらの場合、無断欠勤や不正行為を理由とした懲戒解雇を検討することになるだろう。 懲戒解雇をする場合、就業規則上の根拠が必要だが、この点については、本連載の【第10回】を参照してほしい。 2 書面で解雇通知を出す場合の問題点 解雇をする場合、実務上、書面で通知することが多いと思う。 では、行方不明者との関係で、書面での解雇通知は、適切だろうか。解雇は、意思表示なので、相手方に「到達」しなければ、効力が生じない(民法97条1項)。 つまり、単に送る(発信する)だけでは解雇の効力は生じない。ただし、実際に相手方が通知の内容を読んで認識している必要はない。相手方の支配圏内におかれることにより、相手方が意思表示の内容を認識可能であれば、「到達」したことになる。 書面での解雇通知のケースを前提に、具体的に説明しよう。 解雇通知書が従業員の自宅の郵便受けに投函された場合、郵便物を確認すれば通知書の内容を認識することができるので、従業員が解雇通知書を読んでいなくても、従業員に到達したことになるのが原則だ。 ただし、この原則は、本人が自宅に住んでいる場合にしか当てはまらない。 所在不明で、本人が自宅として会社に申請した場所と別の場所に住んでいる場合、本人が自宅として会社に申請した場所に郵便物を届けても、その内容を認識することは不可能だ。認識可能性が否定されるような場合、「到達」したことにならない。 つまり、所在不明者との関係で、書面で通知しても、解雇の効力が生じていないと判断されるリスクがあるのだ。 3 公示送達は、手間と時間がかかる 所在不明者に対する意思表示については、民法98条により、裁判所に申立をして、裁判所の掲示板に掲示する方法で行うことができる。この方法を「公示送達」という。 解雇の効力が確実に認められることを最優先にするのであれば、この公示送達の方法を利用することをお勧めしたい。しかし、この方法は、裁判所に申立をしなければならないので、それなりに手間と時間がかかる。 実務上、行方不明者との関係で、公示送達の方法により解雇するケースは少ない。 4 電子メールでの解雇は有効 簡易な手続で済ませる方法として、電子メールでの解雇を検討することになる。 前提として、電子メールでの解雇は有効なのだろうか。まず、解雇については、どのような方法で行うかについて、法律上の規制はない。 そのため、電子メールでの解雇も有効である(東京地判平成27年2月26日、東京高判平成30年6月21日)。 5 電子メールでの解雇が認められるケースと効力が否定されるケース 解雇は、意思表示なので、相手方に「到達」しなければ、効力が生じない(民法97条1項)。電子メールで解雇する場合も、書面での通知と同様に、相手方に「到達」しなければ、効力が生じない。 実際に認識している必要はないので、ポイントになるのは、認識可能性があるかどうかである。 参考になりそうな裁判例を確認してみよう。 〇電子メールでの「到達」を認めた裁判例 〇電子メールでの「到達」を否定した裁判例 6 「到達」が認められない可能性を踏まえた実務対応 上記の5のとおり、従業員名義のメールアドレスに送っても、場合によっては「到達」が認められず、解雇の効力が否定されるリスクがある。このようなリスクに事前に対応することは可能だろうか。 完全な対応は、なかなか難しい。1つの解決策としては、就業規則に、「連絡が取れない場合、会社に申請されたメールアドレス宛に、電子メールを発信した時点で、意思表示が到達したものとみなす」旨の規定をおくことが考えられる。 このような規定は、法的に有効だろうか。 最高裁は、所在が不明な地方公務員に対する懲戒処分について、官報に掲載するという規定がないことを理由に、懲戒処分の内容が公報に掲載されても懲戒処分として直ちに効力を生じないと判断した(最判平成11年7月15日)。 上記最高裁判決の考え方を踏まえると、合理的な規定があり周知されていれば、到達していなくても、解雇の効力が認められると考えてよい。 では、就業規則における「連絡が取れない場合、会社に申請されたメールアドレス宛に、電子メールを発信した時点で、意思表示が到達したものとみなす」旨の規定は、合理的といえるだろうか。 連絡を取ることができない従業員との関係でも、使用者は処分や解雇をする必要がある。そして、就業規則に根拠規定が存在し周知されていれば、従業員本人が申請したメールアドレス宛に電子メールが送信されることは、従業員本人にとっても予想できる。 そうすると、「連絡が取れない場合、会社に申請されたメールアドレス宛に、電子メールを発信した時点で、意思表示が到達したものとみなす」旨の規定は、合理的な規定であり、法的にも有効と考えられる。 (了)
空き家をめぐる法律問題 【事例53】 「空き室の区分所有者等を対象とした協力金を規約に定める際の留意点」 弁護士 羽柴 研吾 - 事 例 - 私の居住するマンションでは相続等を理由に空き室が増えてきています。一方で、管理組合の役員は、事実上、居住する区分所有者が担当せざるを得ないため負担となっています。管理組合では、居住していないことやその他の理由で役員就任を辞退する区分所有者に対して、役員への協力金の支払いを設定する規約変更をしたいと考えています。規約変更にあたってどのようなことに留意すればよいですか。 1 はじめに 区分所有関係は1つの共同生活の関係であるため、区分所有建物の管理運営は、管理組合及びその組合員によって行われることが予定されている。実際には管理組合の役員が中心となって事務処理が行われているが、非居住、年齢、仕事、無関心その他の事情によって役員就任が辞退される場合もあり、事務負担が一部の区分所有者に偏在することになる。この問題を解決するために、役員就任を辞退する者に協力金の支払義務を課すことによって、事務負担の公平を図るとともに、役員就任を間接的に促すことが考えられる。 そこで、本事例では、協力金を導入するための規約変更をする際の留意点を検討することにしたい。なお、建物の区分所有等に関する法律を「区分所有法」として表記する。 2 規約変更のための決議要件 規約の変更は、特別決議事項に該当するため、集会において、①区分所有者及び②議決権の各4分の3以上による決議を得る必要がある(区分所有法第31条第1項)。上記の②の議決権の割合は、原則として専有部分の床面積の割合によって決定される。規約で異なる割合を定めることも可能であるが(同法第38条)、議決権割合が著しく不合理となる場合には無効となるおそれもある。上記①の区分所有者数の計算に関して、❶1つの専有部分が共有されている場合や、❷1人の区分所有者が複数の専有部分を所有している場合のいずれも1人として計算することになる。また、区分所有者の特定は、形式的に判断できるように、登記簿の記載を基準にすることになる(神戸地判平成13年1月31日判時1757-123)。 もとの区分所有者に相続が発生し、共有関係が生じているにもかかわらず、登記簿に権利関係が反映されていない場合に、区分所有者を登記簿の記載を基準にして特定するか、真実の権利関係を基準にして特定するか問題となりうる。真実の権利関係の調査は必ずしも容易ではないことや、集会決議の法的安定性を確保する必要性があることからすると、上記の場合でも、登記簿の記載を基準にするのが適切と考えられる。 3 集会の招集手続 集会の招集は、区分所有者の全員の同意がある場合を除いて、集会の少なくとも1週間前までに議題(例「第1号議案 協力金の件」)を示して各区分所有者に通知する必要がある(区分所有法第35条第1項、第36条。規約で伸縮されている場合もある)。規約の変更等を議題にする場合には、議案の要領も招集通知に記載する必要があり、これを欠く場合、招集手続の瑕疵を理由に決議が無効となるおそれがあるので留意が必要である(東京高判平成7年12月18日判タ929-199)。 専有部分が共有されている場合、招集通知は議決権を行使する者に通知されることになるが、議決権の行使者が指定されていない場合には共有者の1人に通知することになる(区分所有法第35条第2項)。もとの区分所有者に相続が発生し、共有関係が生じているにもかかわらず、登記簿に権利関係が反映されていない場合、上記2と同様に、登記簿の記載を基準にして招集通知を発すれば足りると考えられる。 なお、招集通知は、区分所有者が指定した場所に送付され、指定がない場合は専有部分が所在する場所に送付される(同条第3項)。例外として、区分所有建物に住所がある場合又は通知先の届出がない場合で、規約に定めがあるときは、建物内の見やすい場所に掲示することで個別の通知に代えることもできる(同条第4項)。 4 規約の変更と「特別の影響」の有無 規約の変更が、区分所有法第31条第1項後段に規定する「一部の区分所有者の権利に特別の影響を及ぼすべきとき」に該当する場合には、特別決議に加えて、当該区分所有者の承諾を得る必要がある。問題は、特定の区分所有者を対象とする協力金を定める規約変更が上記の場合に該当するかである。 特別の影響の有無は、規約の設定、変更等の必要性及び合理性とこれによって一部の区分所有者が受ける不利益とを比較衡量し、当該区分所有関係の実態に照らして、その不利益が区分所有者の受忍すべき限度を超えるかどうかによって判断するものと解されている(最判平成10年10月30日民集52-7-1604)。したがって、協力金の導入に際しても、規約変更の必要性・合理性と特定の区分所有者が被る不利益とを比較して、当該区分所有建物の実態に照らして、特定の区分所有者が被る不利益が受忍限度を超えるかどうかによって判断されることになる。 非居住の区分所有者に対する協力金の導入の可否が争われた裁判例では、①当該区分所有建物の規模が大きいこと、②管理運営のために管理組合の活動や組合員の協力が必要不可欠であること、③管理組合の運営に必要な業務や費用は、本来、組合員全員が平等に負担するべきものであること、④居住する区分所有者の負担において、居住しない区分所有者が利益を得ていること等の事情を考慮して、不公平を是正するために、協力金の導入に必要性と合理性があるものと判断されている。その上で、協力金の額が、組合費(17,500円)の約15%増の額(20,000円)に留まっていたことから受忍限度を超えないと判断されている(最判平成22年1月26日判時2069-15)。 また、理事就任を辞退した者に対する協力金を定めた規約の有効性が争われた下級審裁判例においても、規約の有効性が認められている(横浜地判平成30年9月28日判例秘書L07350764)。当該裁判例は、規約の公序良俗違反の有無が争点となっているところ、その判断は平成22年最判と類似の基準で行われている。上記2つの裁判例は、いずれも団地関係にある区分所有建物の事案であったが、団地関係にない区分所有建物の場合であっても、同様の基準に沿って判断されることになろう。 5 本件について 協力金を定めるためには規約変更の手続を行う必要があるところ、集会の招集通知に議題及び議案の要領まで記載する必要があるため留意が必要である。当該マンションでは、相続が発生しているようであるから、集会の招集にあたっては登記簿の記載を確認し、もとの区分所有者から変更がなければ、指定された場所か専有部分の住所宛に送付することになろう。 協力金の対象となる区分所有者に特別の影響を与えるかどうかは、当該マンションの規模(戸数等)、役員の事務の内容、事務負担の程度、非役員が享受している利益の内容等を考慮して、協力金を定める必要性と合理性があるかを判断する必要がある。協力金の対象となる区分所有者の反対が想定される場合には、協力金の額が管理費と比べて著しく割高にならないように設定することにも配意するべきである。 (了)
〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第72話】 「民法242条と税金」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 「・・・中尾統括官・・・民法の付合を知っていますか?」 浅田調査官は、ポケット六法を開きながら、尋ねる。 所得課税第三部門は、昼休みで、昼食を終えた2人しかいない。 爪楊枝をくわえていた中尾統括官は、一瞬、キョトンとする。 「・・・ふごう・・・」 中尾統括官は、呟く。 「民法242条の付合ですよ」 浅田調査官は、ポケット六法を開いて、民法242条を読む。 「その条文か・・・その付合なら知っている」 中尾統括官は、浅田調査官の顔を見る。 「・・・親が、子供に対して親の土地を使用貸借させる契約をし、同時に、その上のアスファルト舗装を子に贈与契約した大阪高裁令和4年7月20日判決があるのですが・・・そこで、大阪高裁は、アスファルト舗装は土地に付合されるから、贈与契約は無効であると判断しているのです・・・」 浅田調査官の説明で、中尾統括官は、以前の議論を思い出す。 「所得税法12条の実質所得者課税の原則だったな」 中尾統括官は、大きく頷く。 (※) 【第66話】「実質所得者課税の原則」参照。 「・・・そこで、この付合なんですけど・・・例えば、父親の土地の上に子供がアスファルト舗装した場合ですが、大阪高裁のいう付合になれば、課税問題が発生するのではないのですか?」 浅田調査官は、付合の図を描く。 「・・・そして、子供の所有しているアスファルト舗装の時価が1,000万円であると仮定すると、付合によって父親の土地の構成部分となった場合、それは子供から父親に1,000万円(アスファルト舗装)の贈与がなされたということで、父親に贈与税が課税されるのではないですか?」 浅田調査官が尋ねる。 「そうだな・・・付合によって、アスファルト舗装は、父親の所有である土地の構成部分となるのだから、父親に対して、贈与税が発生する可能性はある」 中尾統括官が答える。 「・・・しかし、大阪高裁は、そこまで税金のことを考えて、民法の付合を使ったのか否かは明らかでない・・・大阪高裁は、単に、親子間の贈与契約を無効にするために付合を使ったように思える」 中尾統括官は、苦笑する。 「・・・そうすると、頭の体操だが・・・この贈与税を回避するためには、一般的に、納税者はどのようなことをすれば良いと思う?」 中尾統括官が浅田調査官に問いかける。 「・・・贈与税の課税を回避するためにですか・・・」 浅田調査官は、思案顔になる。 「土地の持分を変更すれば、贈与税は課税されないだろう」 中尾統括官が浅田調査官を見ながら、答えを言う。 「・・・例えば・・・アスファルト舗装の時価が1,000万円で、土地の時価が4,000万円だったとする・・・」 そう言いながら、中尾統括官は、浅田調査官が描いた図の上に、図と算式を付け加える。 「すなわち、土地の持分を20%、子供の名義に変更すれば、父親に対する贈与税は回避することができる・・・」 中尾統括官は、図を見ながら説明する。 「・・・しかし、そうすると、今度は、譲渡所得が発生する・・・すなわち、父親は、名義変更をすることによって、土地の20%を子供に譲渡したことになる・・・」 そう言うと、中尾統括官は、譲渡所得の算式を罫紙に書く。 (※) 土地は、20年前取得し、その取得費を1,000万円とする。 「2.1%の復興特別所得税を無視すると、父親は、120万円の税金(所得税+住民税)を支払わなければならない・・・」 中尾統括官は、譲渡所得の計算式を書き終えると、浅田調査官を見る。 「・・・ということは、民法の付合が適用されると、理論上、贈与税又は譲渡所得税が課せられることになるのですね」 浅田調査官は、もう一度、算式の書かれている罫紙を見る。 「もっとも・・・土地に含み益がなく、キャピタルゲインが発生しなければ、譲渡所得税は発生しない・・・」 中尾統括官が付け加える。 「・・・しかし、大阪高裁の裁判官は、このような付合による課税の仕組みを知って、判決文を書いているのでしょうか?」 浅田調査官は、首を傾げる。 (つづく)
《速報解説》 証券取引等監視委員会が「開示検査事例集(令和4事務年度)」を公表 ~重要事象等の不記載等含む4事例を社名公表のうえ追加~ 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 証券取引等監視委員会事務局は、去る8月31日、「開示検査事例集(令和4事務年度)」(以下「事例集」と略称する)を公表した。 令和4事務年度版の「開示検査事例集」では、新たに、令和4年7月から本年6月までの間に開示検査を終了し、開示規制違反について課徴金納付命令勧告を行った事例についても、概要が紹介されている。令和4事務年度版からの変更点としては、期間中に課徴金納付命令勧告を受けた上場会社4社について、その実名が開示されるようになったことである。なお、過年度分の事例(事例4から事例45)については、これまでどおり、実名の表記はない。 本稿では、公表された事例集のうち、最近の開示検査の動向を知るうえで参考になると思われる、ⅠからⅢまでを中心にその内容をご紹介したい。とりわけ、「Ⅲ 最新の課徴金納付命令勧告事例」については、「最近1年間に課徴金納付命令勧告を行った最新の事例をまとめて掲載し、開示規制違反の内容、その背景・原因やその是正策の概要」がまとめられている(「証券取引等監視委員会からのメッセージ」より引用)ため、本稿の解説もこの事例を中心としたい。 Ⅰ 最近の開示検査の取組みについて 事例集「Ⅰ 最近の開示検査の取組みについて」の冒頭で、証券取引等監視委員会(以下「監視委」と略称する)は、以下のように述べており、この記述は、平成30年9月公表の事例集からほぼ同じ文章となっている。 そのうえで、監視委の取組みついて、以下の3項目を挙げている。 なお、この3項目の取組みについても、平成30年9月公表の事例集以来その内容を踏襲している。 Ⅱ 最近の開示検査の実績とその内容 令和4事務年度(令和4年7月~令和5年6月)に、監視委が行った開示検査は18件で、前年実績(20件)を下回っている。そのうち、検査終了件数は9件(前事務年度実績は11件)であり、課徴金納付命令勧告が4件(前事務年度実績は8件)となっている。 監視委によれば、令和4事務年度の開示検査の特徴は次の2点である。 なお、「重要事象等の不記載等」については、「事例4」で解説されている株式会社ディー・ディー・エスに係るものであるが、同社については、課徴金納付命令勧告が2度(令和4事務年度及び令和5事務年度の各1度)出されており、1度目は「海外子会社における売上の過大計上」と「役員貸付金に対する貸倒引当金繰入額の過少計上」を理由としており、2度目は、「継続して営業損失が発生するなど、重要事象等が存在しているにもかかわらず、上記の不適正な会計処理により営業利益が発生した」として、こうした重要事象等を記載しなかったことを理由としている。 監視委は、これらの課徴金納付命令勧告を行った事案において認められた開示規制違反に至った背景・原因の例として、次のように列挙している。 Ⅲ 最新の課徴金納付命令勧告事例 事例集に記載された「最新の課徴金納付命令勧告事例」4件については、下表のとおりである。なお、上述したとおり、令和4事務年度事例集から、会社名が公表されるようになっているので、本表では、監視委の報道資料をもとに課徴金額等を記している。 【課徴金納付命令勧告事例】 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (了) ↓お勧め連載記事↓
《速報解説》 国税庁、インボイス制度開始を前に2割特例適用時の申告書の手引きを公表 ~記載不要な欄も明示~ Profession Journal編集部 インボイス制度開始まで1ヶ月を切った9月1日付、国税庁は「消費税及び地方消費税の確定申告の手引き(2割特例用)」を公表、2割特例適用時の申告書及び付表の書き方について周知を図っている(内容は個人事業者・法人に共通)。 2割特例とは、インボイス制度を機に免税事業者からインボイス発行事業者となった事業者に対し、令和5年10月1日から令和8年9月30日までの日の属する課税期間は仕入控除税額の金額を特別控除税額とすることができる特例措置で、特別控除税額は「課税標準である金額の合計額に対する消費税額から売上げに係る対価の返還等の金額に係る消費税額の合計額を控除した残額の100分の80に相当する金額」とされている。 令和5年度改正で創設された本制度適用時の申告書等様式として、既報の通り本年3月31日付けの様式通達の改正により付表6(税率別消費税額計算表〔小規模事業者に係る税額控除に関する経過措置を適用する課税期間用〕)が新設され、6月には国税庁ホームページ内に「令和5年10月1日以後終了する課税期間分の消費税及び地方消費税の申告書・添付書類等」も公表されていたが、具体的な記載方法等は示されていなかった。 特に一般課税・簡易課税による申告時に必要な付表1-3や4-3と異なり、付表6には「地方消費税の課税標準となる消費税額計算表」が登載されていないため、地方消費税をどのような順序で計算するのか等の疑問が残されていた。 公表された手引きでは下記の通り2割特例適用時の確定申告の流れが示され、設例によって付表6から申告書第二表、第一表への記入方法が解説されている。 〈2割特例適用時の確定申告の流れ〉 (※) 国税庁ホームページより 解説では、地方消費税の計算について、第二表(㉓欄)で「地方消費税の課税標準となる消費税額」を求め、第一表⑱欄(地方消費税の課税標準となる消費税額(差引税額))の金額に22/78を乗じて地方消費税額(⑳欄:譲渡割額(納税額))を算出する流れが示されている。また、第一表の「課税売上割合(⑮・⑯欄)」など2割特例適用時に不要な項目について、記載不要との解説もなされている。 なお、本特例適用に当たって事前の申請手続は必要ないものの、第一表の「税額控除に係る経過措置の適用(2割特例)」欄にマルを付ける必要があるため、失念しないよう留意されたい。 最後に設例では「本設例では貸倒れに係る消費税額等がないため、簡易版の付表6により計算を行います。貸倒れ等がある場合には、通常版の付表6による計算が必要です。」との注記があるが、本稿公表時点で付表6の簡易版は上記「申告書・添付書類等」のページにおいて確認できていない。 (了) ↓お勧め連載記事↓
《速報解説》 金融庁、J-SOXの改訂に伴い「内部統制報告制度に関するQ&A」及び事例集を対応した記載に改訂 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 令和5(2023)年8月31日、金融庁は、「内部統制報告制度に関するQ&A」等の改訂を公表した。 これは、「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準の改訂について(意見書)」(2023年4月7日、企業会計審議会)が公表されたことを踏まえたものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 「内部統制報告制度に関するQ&A」の改訂 主に、次の問の改訂が行われている。 今回の改訂において、「12.内部統制報告書の記載内容」における例示を削除しているが、これは必ずしもすべての現行の開示実務を否定するものではないとのことである。 内部統制報告書の記載内容については、関係法令等に従い、投資家と企業との建設的な対話に資する開示がなされることが期待されるとのことである。 1 (問26)【連結ベースの売上高等の一定割合】 実施基準では、全社的な内部統制の評価が良好であれば、例えば、連結ベースの売上高等の一定割合(おおむね3分の2程度)とする考え方や、総資産、税引前利益等の一定割合とする考え方もある(実施基準Ⅱ2(2)①(注2))。 この場合の一定の割合は、必ず一定の割合を超えなければならないということではなく、おおむね当該一定の割合程度ということになる。 したがって、事業拠点における売上高などの変動等の要素も考慮する必要があるとは考えられるものの、一定の割合については、おおむね当該一定の割合程度となればよく、予め範囲を拡大しておくといった対応は不要であると考えられる。 2 (問34)【ローテーションによる運用評価】 ITに係る全般統制や業務処理統制の評価に関し、一定の複数会計期間ごとに運用状況の評価の対象とすることについては、経営者において、IT環境の変化を踏まえて慎重に判断され、必要に応じて監査人と協議して行われるべきものであり、特定の年数を機械的に適用すべきものではないことに留意する必要がある(実施基準Ⅱ3(3)⑤ニ)。 3 (問108)【内部統制報告書の記載内容(付記事項及び特記事項)】 4【付記事項】及び5【特記事項】は、該当する事項がない場合には、「該当事項なし」と記載することとなる。 Ⅲ 「内部統制報告制度に関する事例集」の改訂 実施基準の改訂に対応した記載としている。 (了)