建設業が危ない! 労務トラブル事例集・ 社会保険適用の実態 【第4回】 「建設業で起こりがちな労務トラブル(その1)」 なりさわ社会保険労務士事務所 代表 特定社会保険労務士 成澤 紀美 実際に、建設業で起こりがちな労務トラブルとはどのようなものが多いのか、どんな点に注意をするべきなのか、2回にわたり、下記1~4について確認をしたい。 1 突然社員が出社しなくなり、そのまま退職してしまう これは業界問わず最近増加傾向にあり、入社年数が浅い社員に起こりがちなトラブルでもある。 「ある日突然に社員と連絡が取れなくなる」「1週間程前から休みがちだったのが出社しなくなってしまう」など会社側にも直接の原因が分からず、対応に困ってしまうケースである。 例えば、現場でのミスを上司に注意されたのが原因で出社拒否に至る場合は、原因となった上司との関係回復を図るなど対策を講じることもできるが、「会社に行きたくない」「つまらない」「飽きた」など、出社拒否につながる直接の原因がはっきりしない場合には、個人的な事情も含まれている可能性もあり、なかなか原因がつかめず、残念ながら退職として扱うしかないケースもしばしば見受けられる。 会社側からすれば、突然来なくなった社員には「給料も支給したくない・・・」と思われるのも当然の心理ではあるが、労働基準法上はそう扱うわけにもいかず、既に働いた分の給料は支給しなければならない。 このような状態に陥らないようにするには、 など細かな対応を、日々積み重ねていく必要がある。 2 現場での就業時間が把握しにくい 現場での就業状況を把握しにくく、実際の就業時間と会社が把握している就業時間とにズレが生じることが多いのも、この業界の特徴といえる。就業時間の把握ができてないということは、残業代未払いとの労働基準監督署からの指摘を受けかねない。 時間管理は現場管理者の職務責任となり、日々の業務管理の中で就業時間を把握するようにしていく必要がある。 ちなみに、屋外の建設現場の場合、日々の天候に工事進行が左右される。この場合、会社側の都合で休ませた場合の給与をどう扱うべきだろうか。 労働基準法第26条では と定めている。 ここでいう休業手当は、事業主(会社)の都合により休ませた場合に、最低限、社員の生活を保障する意味で定められたものであり、「使用者が不可抗力を主張できないすべての場合」をいうとされている。 日々の天候は、会社側がいくら晴天を望んでもその通りになるものではなく、会社の都合で調整できるものでもないため、自宅待機の場合であっても、基本的には休業手当の支払いは発生しない。 なお天候不順で現場が休みとなった日を、法律でいうところの「休日」とすることはできず、この場合は、原則的な休日を定めておき、天候不順で現場が休みとなった日を休日とし、元々の休日を振り替えて労働日とするように定めておくことで、雨天日の日などを休日扱いとすることができる。 * * * 次回は上記3及び4のトラブルについて確認したい。 (了)
顧問先の経理財務部門の “偏差値”が分かる スコアリングモデル 【第20回】 「固定資産管理のKPI (その① 資産取得実行・リース実行)」 株式会社スタンダード機構 代表取締役 島 紀彦 はじめに 前回までは「棚卸資産管理」のKPIを取り上げたが、今回から3回にわたり、「固定資産管理」のKPIを取り上げる。 固定資産は、会社がその営業目的を達成するために所有し、その加工もしくは売却を予定していない資産である。固定資産は、営業目的を達成するため長期間にわたり利用されることを予定しているため、購入にあたり長期的な収益見通しの判断が伴う。さらに、その取得にかかる金額が大きいことから、資産除去債務の両建計上も相俟って、その評価と測定に実務上の課題が多い。 そこで、今回は、固定資産の取得の入口で正確性を担保するKPIを取り上げる。 KPIが設定された業務プロセスの確認 まず、経済産業省スタンダードで整理された業務プロセスを引用しながら、このKPIに対応する業務プロセスを押さえておこう。 経済産業省スタンダードでは、固定資産管理において、会社が担う一般的な機能として、「資産取得」、「減価償却費管理」、「現物管理」、「資産評価(減損)」、「メンテナンス対応」、「資産除却」、「リース管理」、「固定資産税申告・納付」という8個の機能を挙げている。 これらの8個の機能のうち、資産取得に着目してその機能を分解すると、「資産取得申請」、「資産取得実行」、「支払」という3個の機能から構成される。 今回解説するKPIは、「資産取得」のうち、「資産取得申請」と「資産取得実行」に関連する業務プロセスにおいて設定されている。 〈経済産業省スタンダード:固定資産管理で会社が担う機能〉 (経済産業省「経理・財務サービス スキルスタンダード」より) さらに、経済産業省スタンダードでは、「資産取得申請」と「資産取得実行」に関連する業務プロセスを次のようにまとめている。 〈経済産業省スタンダード:4.1.1申請内容検証〉 〈経済産業省スタンダード:4.2.1仮勘定計上〉 〈経済産業省スタンダード:4.2.2資産計上〉 〈経済産業省スタンダード:4.2.3資産計上(完成品)〉 (経済産業省「経理・財務サービス スキルスタンダード」より) 「資産取得申請」では、会社が固定資産を取得する意思決定を行うにあたり、設備投資計画に照らして、取得する資産の内容、償却期間の確認、収益性の検証を行い、取得が妥当との判断に至れば、購入かリースかの取得形態を決める。 「資産取得実行」では、建設途中にある有形固定資産を取得する場合と、完成品としての有形固定資産を取得する場合で、業務プロセスが異なる。 前者の場合、いったん仮勘定を計上する。その後、固定資産が完成し、その使用・稼動が開始したときに、固定資産の取得にかかる付随費用を含めて資産計上額を算定し、仮勘定から固定資産への振替を行う。 後者の場合、固定資産を受領し、その使用・稼動が開始したときに、固定資産の取得にかかる付随費用を含めて資産計上額を算定し、固定資産を計上する。 今回のKPIは、資産取得実行に関連する業務プロセスを前提に、有形固定資産の使用・稼動開始の事実発生日から経理財務部門への報告日までの平均日数を問うものである。 定義を理解する 調査項目の文言から、KPIの定義を確認しよう。以下、KPIの項目を再掲する。 「有形固定資産の使用・稼動開始の事実」とは、固定資産が要求された機能を満たして実際に事業の用に供されていることをさす。その取得形態が、固定資産の購入によるもの、自家建設によるものだけでなく、リースによるものも含む。いずれの場合も、「有形固定資産の使用・稼動開始の事実」は、投資の入口で減価償却費又はリース料の計上開始の前提となる重要な会計事象である。 「経理財務部門への報告日」とは、工場等の固定資産利用部門からの報告を受けて経理財務部門が行う完成振替日、又は経理財務部門が現場を視察して使用・稼動開始を確認して行う完成振替日をさす。 KPIの背景にある価値判断 スコアリングモデルにおいて、このKPIを設定したのはなぜか。 このKPIは、減価償却費又はリース料の発生額を適正に財務諸表に反映するため、有形固定資産利用部門から経理財務部門に対して行う有形固定資産の使用・稼動開始の事実発生の報告を早期に完了することが望ましいという価値判断に基づいて設定されている。 このKPIが有効な評価指標として機能するために前提となる管理体制として、有形固定資産購入の前に、それを利用する部門が、稟議書を作成し、回覧する承認手続、使用・稼動の証拠を定める規程の整備が挙げられる。 さらに、資産計上する金額の正確性を担保するため、取得原価に含める借入費用等の付随費用の範囲の規程を整備すること、自家建設による場合では、建設等のため要した原材料費、労務費、経費と事業の用に供するため直接要した費用を適正な製造原価として算出する原価計算基準が必要である。 また、資産除去債務に関する会計基準に基づき、将来の資産除去費用の現在価値を取得原価に加算する会社は、投資の途中から出口までに発生する除去費用を投資の入口時点で見通すしくみが求められる。 もし会社の中で、このようなKPIを設定した価値判断が共有されず、有形固定資産の使用・稼動が開始されているのに経理財務部門への報告が遅れる場合、どのような事態が想定されるのか。 まず、取得した有形固定資産の帳簿への計上が漏れてしまうだろう。 そして、有形固定資産の計上が漏れた結果、計上すべき減価償却費やリース料の計上が漏れてしまう。 仮に計上漏れを防ぐことができたとしても、有形固定資産取得日と減価償却費又はリース料の計上開始日が一致しない可能性が高まり、減価償却費又はリース料の金額に誤りが発生する可能性が高まる。 そこで、スコアリングモデルでは、有形固定資産の計上の正確性のレベルを比較するため、有形固定資産の使用・稼動開始の事実発生日から経理財務部門への報告日までの平均日数をKPIとした。そして、この日数が短い会社が長い会社よりも相対的に望ましいと考えている。 顧問先のKPIを測定してみる では、実際にどのような手続でKPIを測定するのか。 まず、読者は、顧問先の経理財務業務を観察し、固定資産の取得申請と取得実行に関する業務プロセスが組み込まれていることを確認していただきたい。 例えば、固定資産管理規程を閲覧し、使用・稼動の証拠、取得原価の範囲、資産除去債務の定義と具体的処理が定められていることを確認することが考えられる。 それを前提に、稼動開始報告書、固定資産管理台帳を閲覧し、使用・稼動開始の事実が発生した日から経理財務部門における完成振替日までの平均日数を算出していただきたい。 さて、読者の顧問先において、有形固定資産の使用・稼動開始の事実発生日から、経理財務部門への報告日までの平均日数は何日になったであろうか。 * * * 次回も、引き続き「固定資産管理」を構成する複数のKPIから、「有形固定資産現物管理」に関連する業務プロセスを評価するKPIを取り上げる。 (了)
〔知っておきたいプロの視点〕 病院・医院の経営改善 ─ポイントはここだ!─ 【第19回】 「地域医療支援病院~承認要件の見直し~」 東京医科歯科大学医学部附属病院 特任講師 井上 貴裕 1 地域医療支援病院見直しに関する議論 医療法改正の議論が進行中であり、その中で地域医療支援病院の承認要件の見直しが行われようとしている。 平成24年10月末時点で、地域医療支援病院は439病院存在する。現在、二次医療圏は全国で349であり、地域医療支援病院が存在する二次医療圏は208であるため偏在が生じており、その絞込みが図られる可能性が高い。 図表1は、二次医療圏別の地域医療支援病院数である。 図表1 二次医療圏別地域医療支援病院数 最も多いのが北九州医療圏の11であり、大阪市や福岡・糸島医療圏ではそれぞれ9が承認されている。 必ずしも二次医療圏に1つと限定されているわけではないが、二次医療圏を対象とした地域中核急性期病院という観点からは、承認数が多すぎる地域が存在するともいえよう(ただし、二次医療圏は人口や役割等が異なっており、画一的に数を制限することは医療提供の実態にそぐわない可能性もある)。 このように地域医療支援病院が増加したのは、経済性が関係していると思われる。 地域医療支援病院入院診療加算は、DPC/PDPSにおける機能評価係数Ⅰで0.0277とされており、当該加算だけで500床規模の病院では1億円程度の増収になることが期待できる。また、後述する外来縮小という点で比較的性格が似た総合入院体制加算とあわせると2億円以上の増収になることもあり、経済的な魅力度は高い。 ただし、地域医療支援病院の承認を受けるためには、紹介率・逆紹介率で一定水準以上が求められており、そのためには外来縮小を図る必要がある。 病院の外来縮小という方向性は、医療政策の喫緊の課題であり、特に大病院の場合には、経済性向上のためにも、勤務医の負担軽減を図るためにも求められる機能といえる。 今回の地域医療支援病院の見直しの議論では、図表2に示す紹介率の算式の分子から救急患者数を削除する方向性が打ち出されている。 図表2 仮にこのような変更が現実のものとなると地域医療支援病院数は減少することが見込まれており、政策的な意図は実現できるかもしれない。しかし、救急医療に注力し、地域医療を支える病院の成長を阻害する可能性もあり、慎重な判断が期待される。 また、この救急患者数は、地域医療支援病院の場合には、緊急入院した初診患者であり、その中には紹介状を持ってくる患者もいる。紹介状を持って来れば紹介患者としてカウントできるため、救急であろうと何でも紹介状がないと受付をしない医療機関が生じないことを願いたい。 2 紹介率・逆紹介率の算定方法 外来縮小のためには、紹介率・逆紹介率を一定水準にすることが求められている。ただし、クリアのためにあるテクニックを使う医療機関も存在し、外来縮小の取り組み実態が本当に評価されているとは言い難い部分もある。 紹介率・逆紹介率をクリアするために重要なのは、分母の初診患者数を減らすことである。紹介状を持たない患者に対して初診時選定療養費を設定する等の施策を行う医療機関は多く、実態として大病院で初診患者数を減らすことは医療政策の方向性に合致している。 しかし、上述したように“あるテクニック”を用いて、初診患者数を見かけ上、減少させている医療機関も存在するようである。 それは、“初診料を算定しない”という手法である。 傷病名や患者の状態によることはもちろんであるが、前回来院から3ヶ月程度で初診とする医療機関が多いようである。しかし、このテクニックを使う医療機関は、再診料をできるだけ算定し、再診までの間隔が1年を超える場合も存在するという。 術後のフォローアップ等で1年に1回予約をとっているような場合には、再診であろう。しかし、1年程度来院間隔があり、かつ、他の傷病名にもかかわらず、あえて初診料を算定しないことは適切な対応だろうか。 もちろん初診料を算定した方が再診料よりも点数は高く、再診料の算定を乱発することは経済的に不利な状況に陥る。しかし、地域医療支援病院になることの魅力はそれを上回っているのである。算定式の妥当性に疑問符がつくと言わざるを得ない。 3 紹介率・逆紹介率に関する提案 筆者は紹介率・逆紹介率の分母の設定について、初診患者数ではなく、延べ外来患者数を提案したい。異論があることは承知だが、外来患者を抜本的に減少させるための有効な施策であると考えられる。 実際に、地域医療支援病院であっても、外来患者延べ数を初診患者数で割った平均通院日数が非常に多い病院が存在する(図表3)。 図表3 地域医療支援病院の平均通院日数 これらの病院は、新患に対して再診患者数が多いにもかかわらず地域医療支援病院に承認されている。前述した初診料を算定していない等のことが関係している可能性もある。 また、分子の救急患者数については現行のままでよいと考える。地域中核病院として救急医療を支えることは重要であるし、ましてや緊急入院患者を対象としているので、入院するような重症な救急患者の受け皿がなくなったら地域医療は崩壊しかねない。 特定機能病院の紹介率における算式で、救急患者は救急車搬送の患者(入院したかどうかは問われていない)でありハードルが低いことをも踏まえ、地域の救急医療を支えることの意義をもう一度考えていただきたい。 4 総合入院体制加算との違い 地域医療支援病院は原則として200床以上であることが求められており、総合入院体制加算は病床数の基準はないが産科・精神科を標榜し一定以上の救急・全身麻酔などの症例数が求められるという違いはある。しかし、積極的に逆紹介を行い、地域と連携し外来縮小を図るという点では共通点もある。 それにもかかわらず、地域医療支援病院にはなれたが、総合入院体制加算は届出ができない。あるいはその反対の医療機関も存在する。 病院機能による違いはあるものの、総合入院体制加算を届け出ることの方が、地域中核病院としての役割を果たしているものと筆者は考えている。 総合入院体制加算は、まず総合性があり、最後の砦の医療機関としての機能を有しているとも捉えられる。さらに、入院患者について診療情報提供料Ⅰの注7(退院時情報添付加算)を算定する患者等が一定以上いることが求められ、地域との連携が必須となる(ただし、治癒を乱発し、当該加算を算定することは望ましくない)。 それに対して、地域医療支援病院は、形式的な要素が強く、外来患者に選ばれない、あるいは再診患者が集う医療機関が承認される事例も散見される。 地域中核病院の機能を定義することは容易ではないが、今こそ将来に向けた抜本的な議論をすべき時である。 地域の患者及び医療機関から信頼される病院を選別する視点を忘れてはいけないし、我々が目指し続けるべきことでもある。 (了)
女性会計士の奮闘記 【第10話】 「セミナー講師をやってみる?」 公認会計士・税理士 小長谷 敦子 ◆ワンポントアドバイス◆ プレゼンや勉強会の講師をする場面では、 ① 頷いてくれる人の方を見ながら話して、気を落ち着かせる。 ② 重要な点を話すときには、その前に間を空ける。緊張して余裕のない時は、ひと呼吸(深呼吸)する。 ③ 強調したい単語は2回繰り返す。 ④ 内容は、腹八分目。多くのことを伝えようとしても、聴いている方が消化不良を起こしてしまうことがある。 (了)
《速報解説》 電子記録債権に関する会計処理及び表示について(でんさいネット) 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 「電子記録債権法」(平成19年法律第102号)に基づいて電子記録債権を活用する際の会計処理及び表示については、企業会計基準委員会から「電子記録債権に係る会計処理及び表示についての実務上の取扱い」(実務対応報告第27号)が公表されている。 株式会社全銀電子債権ネットワーク(通称、でんさいネット)のホームページでは、電子記録債権の会計処理などに関する実務上の問題について述べている部分がある。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 電子記録債権 電子記録債権とは、その発生又は譲渡について、電子記録(磁気ディスク等をもって電子債権記録機関が作成する記録原簿への記録事項の記録)を要件とする金銭債権であり、その取引の安全を確保し事業者の資金調達の円滑化等を図る観点から、従来の指名債権や手形債権とは異なる新しい債権の類型として制度化されたものである。 Ⅲ 会計処理及び表示 電子記録債権の取扱いなどについては、株式会社全銀電子債権ネットワークのホームページで公開されている。 同ホームページでは10月15日付で、「よくある質問」の「その他」のQ18からQ20が更新されており、電子記録債権(でんさい)に関する会計上の取扱いについて次のQ&Aが追加されている。実際の回答については、同ホームページをご覧いただきたい。 実際の電子記録債権(でんさい)に関する会計処理及び表示については、公認会計士・税理士と十分に協議し、慎重に対応することになると考えられるので、注意が必要と思われる。 (了)
《速報解説》 「新規上場に伴う負担の軽減」に関する議論について -新規・成長企業へのリスクマネーの供給のあり方- 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 平成25年10月15日、金融審議会の「新規・成長企業へのリスクマネーの供給のあり方等に関するワーキング・グループ」(第6回)が開催された。 そこで示された「事務局説明資料」によると、新規上場に伴う負担の軽減のために、次の事項について議論が行われている。 特に、②の議論に関して、新規上場後一定期間に限り「内部統制報告書」に係る公認会計士の監査を免除することについては、従来の制度的な枠組みを大きく変えることになると考えられるので、慎重な議論が必要と思われる。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 新規上場の際の有価証券届出書に記載する財務諸表の年数 新規上場の際(「企業内容等の開示に関する内閣府令」8条2項1号)に使用する有価証券届出書(第2号の4様式)の記載内容には次のものがある。 これについて、新規上場以外の上場企業が募集・売出しに当たり「有価証券届出書」を提出する場合には、直近の「有価証券報告書」を活用することが認められており、当該直近の「有価証券報告書」では、過去2年間分の監査済み財務諸表の記載で足りることなどの状況にあることから、次の議論が行われている。 Ⅲ 「内部統制報告書」の提出に係る負担の軽減 上場企業は、事業年度ごとに「内部統制報告書」の提出が求められており、当該「内部統制報告書」は、公認会計士による監査を受けることが必要である。 当該義務は、上場企業すべてに課されるものであり、新規上場企業も、上場後事業年度ごとに、公認会計士による監査を受けた「内部統制報告書」の提出が必要となる。 これについて、新規上場のコストを低減させる観点から、「内部統制報告書」の提出に係る負担を一定期間軽減することができないかについて検討され、次の議論がなされている。 Ⅳ 日本公認会計士協会の意見 平成25年10月15日付で、日本公認会計士協会は「新規上場における内部統制報告書提出に係る負担の一定期間の軽減に対する意見」を提出している。 日本公認会計士協会としては、有効な内部統制は適切な財務諸表作成の前提であり、社会的な責任もますます高まる新規上場に当たっては、その段階こそ内部統制を整備し、有効に運用していく体制が求められるものと考えるとし、経営者による内部統制報告書の信頼性を担保する措置として内部統制監査は必要不可欠なものであり、時代の要請に逆行する方向での施策には、投資者保護の観点からも基本的には反対であると述べている。 そして次の事項について述べている。 (了)
「民間設備投資活性化等のための 税制改正大綱」を読む 【第2回】 一般社団法人日本経済団体連合会 経済基盤本部長 阿部 泰久 (前回はこちら) 7 産業競争力強化法と税制措置 日本再興戦略の確実な実行を図るために、産業競争力の強化に関する施策を総合的かつ一体的に推進するため、開会中の臨時国会において、「産業競争力強化法」の制定が予定されている。 (1) 産業競争力強化法の概要 産業競争力強化法は、日本再興戦略の実行を図る「緊急構造改革期間(平成30年度までの5年間)」において、以下の様々な施策を実現するための特例措置を整備するものである。 なお、産業競争力強化法の施行は、公布後3ヶ月以内とされているが、各種計画に必要な指針等を、パブリック・コメントを踏まえて策定する必要があることから、来年(2014年)1月になると思われる。 (2) 「事業再編促進税制」の創設 「日本再興戦略(6月14日閣議決定)」では、「収益力の飛躍的な向上に向けた戦略的・抜本的な事業再編を推進する企業に対して、税制措置や金融支援などの必要な支援措置を講じる。」として、事業再編を強力に後押しするために大胆な税制措置を講じることとされていた。 その具体化として、「事業再編促進税制」が創設される。 本特例では、産業競争力強化法施行の日から平成29年3月31日までの間に、産業競争力強化法により「特定事業再編計画」の主務大臣認定を受けた複数の事業者が、その事業の一部を分離・統合して新会社(特定会社)を設立する場合、特定会社に対する出資額の70%を「特定事業再編投資損失準備金」として積み立て損金算入することができる。 準備金は10年間据え置き、あるいは統合会社が3期連続で営業黒字に至った場合には、5年間で均等に取り崩し、それに至らず統合会社が解散した場合には、その期において一括して取り崩すことになる。 【事業再編促進税制】 (経済産業省ホームページより) (3) 「ベンチャー投資促進税制」の創設 「日本再興戦略」では、「開業率が廃業率を上回る状態にし、米国・英国レベルの開・廃業率10%台(現状約5%)を目指すために、ベンチャーへの資金供給を大幅に拡大する。このため、現行のエンジェル税制を使い勝手の良いものに改善し、民間企業等の資金を活用したベンチャー企業への投資を促すために、必要な措置を講ずる。」とされていた。 この具体化として、「ベンチャー投資促進税制」が創設される。 本特例では、産業競争力強化法施行の日から平成29年3月31日までの間に、産業競争力強化法により「特定新事業開拓投資事業計画」の主務大臣認定を受けた投資事業有限責任組合(ベンチャーファンド)に出資する事業者(有限責任組合員に限る。また、適格機関投資家である場合には出資予定額が2億円以上である者に限る)が、同計画により組合財産となる「新事業開拓事業者(ベンチャー企業)」の株式を取得した場合には、その株式の毎期末の帳簿価額の80%以下を「新事業開拓事業者投資損失準備金」として積み立て損金算入することができる。 準備金は翌期初に全額を益金算入した上で、期末に当期における新規投資額を加え売却分等を差し引いた額を損金算入する(洗い替え方式)。 【ベンチャー投資促進税制】 (経済産業省ホームページより) (4) 登録免許税の軽減 産業活力法の各種計画の主務大臣認定を受けた場合には、登録免許税が以下のように軽減される。 ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます。 8 復興特別法人税の廃止と法人実効税率引下げへの道筋 今回の経済対策において、とりわけ重要であるのは、安倍総理が経済活性化の要として法人実効税率の引下げに強い意欲を示し、与党税制調査会や財務省の抵抗を押し切る形で、復興特別法人税の廃止とともに、法人実効税率引下げに向けた早期検討を打ち出したことである。 (1) 復興特別法人税の廃止 平成23年度税制改正により法人税率が30%から25.5%へ引き下げられたことにより、本来、法人実効税率も40%台から35%台(東京都:40.69%→35.64%)となるはずであったが、東日本大震災からの復興に要する財源策として法人税額(国税のみ)の10%を復興特別法人税として平成24年度~26年度の3年間にわたり上乗せし2兆4,000億円を捻出することされたため、法人実効税率は38%台(東京都:38.01%)に止まっている。 この2兆4,000億円とは、23年度税制改正において課税ベースの拡大等の増税等を差し引き、ネットで7,800億円の法人税減税となるはずであったところから、それに見合う分として8,000億円×3年分として算出されたものである。 しかし、企業収益の改善により、法人税収は当時の見通しを大幅に上回り、平成24、25年の2年度分だけで2兆円に近い額となるのは確実と期待されている。 すなわち、復興法人特別税を廃止しても、自然増収だけで復興財源分を十分に確保できる状況にある。 一方、与党内では、復興特別法人税の廃止が、投資・雇用の拡大や賃金上昇につながることが必要とする意見が強く、大綱では、「復興特別法人税の廃止を確実に賃金上昇につなげられる方策と見通しを確認すること等を踏まえたうえで、12月中に結論を得る」とされている。 この具体的な「方策と見通し」については、総理大臣の下に置かれた「経済の好循環実現に向けた政労使会議」において、経団連から提案することになる。 企業活力の再生を通じて国民生活の改善を実現させ、 という経済サイクルを始動させ、長年にわたるデフレ経済からの脱却を図ることができるのか、経済界としても具体的成果を示すことが求められている。 (2) 法人実効税率引下げに向けた検討 わが国の法人実効税率は、復興法人特別税廃止後も国際的にみれば依然として高い水準にある。また、日本同様に高いとされている米国では、オバマ大統領より28%(製造業は25%)に下げるとの方針が既に示されており、そうなれば日本の法人実効税率は主要国の中で突出して高いことになる。 【法人実効税率の国際比較】 注:英国は2014年4月から21%、2015年4月から20%へと引き下げる予定。 (財務省ホームページより) 大綱では「わが国が直面する産業構造や事業環境の変化の中で、法人実効税率引下げが雇用や国内投資に確実につながっていくのか、その政策効果を検証する必要がある。表面税率を引き下げる場合には、財政の健全化を勘案し、ヨーロッパ諸国でも行われたように政策減税の大幅な見直しなどによる課税ベースの拡大や、他税目での増収策による財源確保を図る必要がある。 こうした点を踏まえつつ、法人実効税率の在り方について、今後、速やかに検討を開始することとする。」とされているが、法人税の課税ベース拡大のみならず「他税目での増収策」と明記されたことは極めて重要である。 まずは、政府税制調査会において検討が開始されることとなったが、経団連と、早期実現を目指して具体的な提言を重ねていきたい。 (連載了)
居住用財産の譲渡所得 3,000万円特別控除 [一問一答] 【第2問】 「「3,000万円特別控除」と「買換えの特例」の選択」 税理士 大久保 昭佳 Q Xは、15年前に取得し、それ以来居住の用に供してきた家屋とその敷地を譲渡しました。譲渡価額は6,000万円ですが、取得費1,000万円、譲渡費用300万円を差し引くと残りは4,700万円となります。 譲渡代金と手持資金で7,000万円の居住用財産を取得しようと考えていますが、この場合、「3,000万円特別控除(措法35)」の適用を受ける場合と「買換えの特例(措法36の2)」の適用を受ける場合とでは、どちらが有利となるでしょうか? A 将来、買換資産を譲渡するようなことにならなければ、「買換えの特例」の適用を受ける方が良いといえるが、将来譲渡することになると必ずしも「買換えの特例」の適用を受けることが良いとはいえない。 〈解説〉 「3,000万円特別控除」と「買換えの特例」のいずれの要件にもあてはまる場合に、どちらの特例の適用を受けるかは、納税者の選択したところによる。 ところで、いずれの特例の適用を受けるのが良いかは当面の所得・住民税はもちろんのこと、次の1及び2も検討して判断することとなる。 したがって、長期譲渡所得の金額が3,000万円を超え、かつ、買換資産の取得価額が譲渡資産の譲渡価額以上である本事例の場合には、その譲渡所得に係る所得税及び住民税はもとより(本事例の場合、「買換えの特例」の適用を受ける場合には譲渡所得金額は生じないが、「3,000万円特別控除」の適用を受ける場合には、課税所得金額は1,700万円となる)、上記1の合計所得金額との関係からも「買換えの特例」を選択した方が当面の税負担額を考慮すると有利になる。 しかし、「買換えの特例」の適用を受けた者がその買換資産を取得後短期間(譲渡の年の1月1日現在で所有期間が5年以下)内に譲渡し、3,000万円の特別控除額を超える譲渡益が算出されることとなれば、上記2の買換資産の取得価額との関係から、「買換えの特例」の適用により課税の繰延べを受けていた譲渡所得が短期譲渡所得として重課されることとなるので、一般的には、当初の申告において「3,000万円特別控除」を選択しておいた方が良かったということになる。 筆者における元国税資産税職員としての経験をお伝えすると、被相続人が生前に「買換えの特例」を選択して課税の繰延べを受けていた財産を取得した相続人が、旧資産の取得価額を引き継いでいたことを知らずに修正申告書の提出を余儀なくされ、追徴課税を受ける事例を数多く見てきた。 将来を見据えた場合は、「3,000万円特別控除」を選択しておいた方が良い場合が多いのではないかと考える。 (了)
法人・個人の所得課税における 実質負担率の比較検証 【第3回】 (最終回) 「累進課税制度の抜け道とは」 (株)よつばコンサルティング 税理士 石渡 晃子 税理士 青木 岳人 はじめに 第1回及び第2回では、“所得”に対する課税について、個人形態で獲得した場合と法人形態で獲得した場合、課税制度にどのような違いが存在し、それぞれ実質負担率はどの程度で、また、有利不利が入れ替わる金額はどのあたりか、といった比較を行った。 同じ課税所得であっても、「個人」という形態又は「法人」という形態、どちらで獲得するかによってその実質負担率が異なることは前回述べたとおりである。 それでは、例えば個人で1,000万円という課税所得を獲得した場合において、それがどのような種類の所得であっても実質負担率は同じになるのであろうか。 答えは否である。 それでは、課税所得が増大するにしたがって、実質負担率は最高税率に限りなく近づいていくのであろうか。 これも答えは否である。 所得税の制度は“総合累進課税”が原則であるが、すべての所得についてこれが適用されるわけではないためである。 所得税には、「超過累進税率」と「比例税率」という2つのシステムが「混在」している。 そこで最終回である第3回では所得税にスポットを当て、所得税の最大の特徴である累進課税制度、その矛盾点について考察をしたい。 1 所得税の制度 所得税とは、個人の所得に対して課される税であり、大まかな税額計算は、 という流れである。 ここで、10種の各所得分類ごとに課税方法を整理してみよう。 このように、所得税の税額計算には原則として、①総合課税により、②超過累進税率を適用、といった特徴があるが、いくつか例外がある。 まず、退職所得・譲渡所得の一部・山林所得は、その特殊性から総合課税ではなく、申告分離課税による課税がなされる。 また、利子所得は15%(比例税率)の源泉分離課税による。 さらに、配当所得・譲渡所得(土地建物等・特定の株式出資)は所得の種類によりそれぞれ7%~30%(比例税率)の申告分離課税による(*2)。 (*2) 配当所得については申告分離課税は強制ではなく選択制である。 ここで着目すべきは、所得税は原則超過累進税率が適用される税であるが、すべてが累進的な税率ではなく、“一部比例税率が混在する”という事実である。 2 所得税と担税力 租税の大きな役割は、 であり、税の負担をどのように割り当てるのかについて、「応益負担」「応能負担」という2つの考え方があることは第1回にて述べたとおりである。 所得税は、このうち「応能負担」の考え方を色濃く反映する税である。したがって、その税負担は担税力に応じたものであり、累進的な税率を課すことが求められる。 ところで、担税力とはいったい何を示すのであろうか。 個人の担税力を示すものとしては、所得・消費・資産といったものが考えうるが、所得税においては「所得」を担税力の指標としている。 次にその所得についてであるが、「所得」と一括りに言ってもその源泉は多種多様であり、所得税法上は大きく10種類に分類されている。 担税力は、それを「量的」に測るのか、「質的」に測るのか、2つの計測方法がある。 すなわち、 といった問題である。 もう少し具体的に考えれば、勤労による所得、金融による所得、資産による所得、その所得の源泉は異なってもその担税力は同等であるのかどうか、という問題である。 このような担税力の違いや政策的な配慮から、所得税においては「総合課税」と「分離課税」、「超過累進税率」と「比例税率」が混在するのである。 3 超過累進税率の矛盾 冒頭部分で、課税所得が同じであっても実質負担率は異なることに触れた。 ここで、個人が1,000万円という課税所得を獲得した場合を考えてみよう。なお、前提として、所得の源泉が異なるのみでその他の所得控除はすべて等しいものとする。また、課税所得とは税率を適用する直前の金額で、すべての控除を適用後の金額とする。 上記は極端な例ではあるが、どのように獲得した所得であるのか、という所得の発生形態の違いにより、同じ所得税でありながらもその実質負担率は全く異なるのである。 次に、下の図を見ていただきたい。 「平成22年度税制改正の大綱」の参考資料である。 所得階級別に申告所得税負担率の推移を示している。 〈申告納税者の所得税負担率(平成19年分)〉 (備考) 国税庁「平成19年分申告所得税標本調査(税務統計から見た申告所得税の実態)」より作成。 (注) 所得金額があっても申告納税額のない者(例えば還付申告書を提出した者)は含まれていない。 また、申告不要を選択した場合の配当所得や源泉徴収で課税関係が終了した源泉徴収特定口座における株式等譲渡所得や利子所得等も含まれていない。 (財務省ホームページより) 上図をみると、合計所得金額の増加とともに税負担率も右肩上がりに上昇する。所得税は原則超過累進税率を適用するため、当然の結果ともいえよう。 しかし、合計所得1億円の階級における負担率26.5%を頂点に、その負担率は急激に下降し、税負担の累進性は喪失している。 超過累進税率はここで完全に矛盾するのである。 この要因について、大綱では を挙げている。 (*3) 金融所得とは、利子所得、配当所得、有価証券譲渡益など金融資産の運用から生じるものとするのが一般的な定義である。 現行での金融所得に対する所得税の税率は比例税率を適用しており、利子所得15%、配当所得20%(上場株式等に係るものは7%)、株式等譲渡所得15%(上場株式等に係るものは7%)である。 そもそも金融資産は高所得者層ほど多く保有していることが予想されるため、これを前提に総合課税の税率と比較をすると軽課であり、さらに、比例税率を適用するため、例えば上場株式等譲渡益であれば税率は7%で頭打ちである。 金融所得に関する税制度が高所得者層の負担率を下げる要因となり、累進性を矛盾させていることは、容易に想像できる。 冒頭にて、所得税の役割のひとつに「所得再分配機能」があることを挙げた。 「経済財政白書(平成21年版)」によると、税による再分配効果はOECD21ヶ国の中で日本が最も低い。 これは低所得者の負担が他国と比較して高いことがひとつの要因であるが、最高税率の引下げや累進税率の緩和に加え、この金融所得への低率な分離課税による累進性の喪失も一因であると考えられる。 近年、格差や貧困といったものは社会的な問題となっており、最近の所得税改正は所得再分配機能の回復を念頭に置いているようである。 4 金融所得課税の一体化 1990年代に北欧諸国で始まった税制に、“二元的所得税”という新たな考え方がある。 二元的所得税とは、「勤労所得」と「金融所得」はその所得の種類が異なるものであるから、これらを分離し、勤労所得には累進的な税を課し、金融所得には比例的な税を課す、という考え方である(*4)。 (*4) 厳密にいえば、所得税のタイプには①包括的所得税、②二元的所得税、③準二元的所得税、④比例税、⑤支出税の5つの定義が存在し、これは③の枠に属するものかと考えられる。 グローバルな取引から生み出される金融所得については、その取引による経済成長を阻害することなく、また、国際的な潮流に足並みを揃える必要がある。 日本の税制の土台であるシャウプ勧告によれば、包括的に所得を捉え課税することを求め、すべての所得を合算する総合課税を理想としている。 すべての所得に対し、超過累進税率により税を課すことにより、真の応能負担の原則が実現し、所得再分配機能を果たしうるのである。 しかし、そもそも包括的な所得の捕捉は困難である。また、金融所得に対しても累進税率を適用すると過大な税負担となる可能性があり、自由な金融取引を阻害し、経済の活性化を妨げることとなる。 そこで、金融所得課税の一体化を行おうという動きがある。 つまりは、7%から15%への税率アップと非課税から課税への転換という金融所得に対する増税である。 しかしながら、上記改正を行うと高所得者ばかりか低所得者にまで増税の効果が及ぶことになりかねず、累進性逆進の解消や所得再分配機能の回復には結び付かない。 そこで、この改正にあたり、100万円以下の少額上場株式等に係る配当所得及び譲渡所得等については非課税措置が創設され、平成26年1月1日より適用される。いわゆる世間一般でNISA(ニーサ)と呼ばれているものである。この非課税措置は資産形成の支援・促進を目的としているが、同時に、比例税率のなかにも多少の累進性を持たせる効果もある。 ここで、上記の申告所得税負担率の推移図をもう一度見ていただきたい。 この金融所得課税一体化改正の目的は、合計所得1億円超から起こる負担率の下降を少しでも食い止めることである。これは同時に、合計所得1億円以下、特に中・低所得者層の負担率を下げることにもなり得よう。 上記改正により、超過累進税率の矛盾がなくなるわけではないが、所得階級別の実質負担率は当然変化するであろう。その結果、累進税率の逆進性は現行より弱くなり、所得再分配機能にも影響を及ぼすかもしれない。 そう、税の負担はその時代その経済状況により変化するのである。 ◆ おわりに ◆ 全3回にわたり、“税金の実質負担率“という視点から所得に対する税について比較と検証を行ってきた。 同じ事業から獲得した所得であっても、法人形態と個人形態では税金の種類が異なるため、実質負担率にも差が生じる。 それでは、同じ所得税であれば、その所得の種類が異なっても実質負担率は同じかといえば、そうでもない。 税の制度というものは、さまざまな原理、時代背景や社会情勢、経済状況、政策的な配慮から成り立ち改正が重ねられている。どういった視点から税をとらえるのか、何を重要視するのかにより、そのシステムは全く異なるものとなる。もしかしたら100年後の税制は現在とは大きく異なるものになっているかもしれない。 本稿では平成25年9月という一時点にたち、所得に対する税について、そのシステムと負担率、また税の根幹にある考え方について考察を試みた。 本稿執筆現在も法人税率の引下げや復興特別法人税の前倒しでの廃止などが議論されているが、毎年の税制改正について、その背景にある経済状況や社会情勢とつなぎ合わせて考えてみるのもまた一興であろう。 (連載了)
小説 『法人課税第三部門にて。』 【第18話】 「行政指導か、税務調査か」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 「おい、君は一体、どう言ったんだ!」 渕崎統括官は、少し声を荒げる。 調査選定をしている山口調査官は目を丸くして、渕崎統括官の声に驚く。 「・・・・・・」 「さっき、納税者に電話をしていただろう」 山口調査官は、頷く。 「ええ、坂口工業に電話したのですが・・・」 山口調査官は、渕崎統括官に応える。 「坂口工業の提出された確定申告書をチェックしていたら、計算の誤りが何ヶ所かあったので、それで電話をして・・・」 「・・・そのとき、「調査をする」とか言ったのか?」 渕崎統括官がすかさず尋ねる。 「ええ・・・計算誤りが何ヶ所か見つかったので、調査をしたら何かもっと大きな誤りを発見できると思って・・・「調査をする」と言ったのですが」 渕崎統括官は、渋い顔をする。 「調査選定の判断は、最終的に統括官の私がするのだから、勝手に君がそんなことを納税者に言ったら駄目じゃないか」 山口調査官は、目を伏せて聞いている。 「それに君も、改正された国税通則法について研修を受けただろうだから、当然「税務調査」がどういうものか知っているだろう」 渕崎統括官の声がますます大きくなる。 内勤をしている周りの職員は黙って仕事をしているが、皆、聞き耳を立てている。 「国税通則法第7章の2(国税の調査)関係通達1-2(調査に該当しない行為)(1)ロに、こう書いてあるだろう」 渕崎統括官が通達を広げて、読み始める。 静まり返った法人課税第三部門に、渕崎統括官の声が響く。 「通達に、ちゃんと、「提出された納税申告書に計算誤り」って、書いてあるだろう」 山口調査官を問い詰める。 「しかし・・・私は、調査対象の選定をしていて・・・この会社に計算誤りがあることを発見したことから、他にも誤りがあるだろうと推測して税務調査をしようとしたのですが・・・このような選定はできない、ということですか?」 山口調査官の声も高くなる。 「それは・・・」 渕崎統括官の声が一瞬詰まる。 「まあ・・・この通達は自発的な見直しを要請する行為の例として挙げているが・・・君の税務職員としての経験や勘で、この計算誤りを奇貨として税務調査の選定を行うことは、一向にかまわないが・・・」 渕崎統括官の声がトーンダウンする。 「そうすると、統括官、この場合、税務調査に行く前に相手方がこの計算誤りについて修正申告を提出してきたら、どうなるんですか?」 山口調査官は、何かを思い出したように質問をする。 「どうなるって・・・」 渕崎統括官が聞き返す。 「つまり、この修正申告に対して、こちらで、過少申告加算税を課することができるかどうかということですよ」 山口調査官の語調は、さらに強くなる。 「そりゃあ・・・こちらが計算の誤りを指摘して、調査をすると言ってから納税者が修正申告書を提出するのだから、「更正を予知しないでした申告」には該当しないだろう」 渕崎統括官は、一瞬、考えてから言う。 国税通則法65条5項では、次のように書かれている。 「そうすると・・・」 山口調査官が腕を組んで、考える。 「もし私が、坂口工業の計算誤りに対して、この通達のように自発的な見直しを要請することで、修正申告書の提出を要請した場合・・・もちろん相手方には「これは行政指導です」と伝えるのですけど・・・」 山口調査官は渕崎統括官の顔を見る。 渕崎統括官は、国税通則法が載った「税務六法」を見ている。 「それはもちろん、過少申告加算税は課せられないだろう・・・。わざわざこの関係通達1-2にも「これらの行為のみに起因して、修正申告書若しくは期限後申告書の提出又は源泉徴収に係る所得税の自主納付があった場合には、当該修正申告書等の提出等は更正若しくは決定又は納税の告知があるべきことを予知してなされたものには当たらないことに留意する」と書いてあるのだから・・・」 渕崎統括官は、山口調査官に応える。 「そうすると、おかしいですね・・・」 山口調査官は、頸を傾げる。 「何がおかしい?」 「だって、同じ計算の誤りで、税務署が「税務調査をする」と言えば過少申告加算税が課せられ、「行政指導」と相手に伝えれば、課せられないということが・・・」 「それは・・・税務調査をするという前提で計算の誤りを伝えるのだから、その後、修正申告書が提出されたら、国税通則法65条5項は適用されないだろう」 渕崎統括官のコメントに、山口調査官は、しばし沈黙した。 (つづく)