税理士事務所の労務管理Q&A
【第12回】
「過払い賃金の精算」
特定社会保険労務士 佐竹 康男
給与計算時に欠勤控除しなければならないのに全額支払ってしまうなどの計算ミスをしてしまうことがあります。今回は、給料を払い過ぎた場合の処理(過払い金の精算)及び賃金から控除するための労使協定(二四協定)について解説します。
Q
当事務所の経理担当者が給料計算のミスをして、パ-ト職員の前月分の給料を5万円払い過ぎてしまいました。今月分の給料で調整したいと思いますが、払い過ぎた分を給料から控除してもよいでしょうか。また、控除できるとした場合、限度額は決められているのでしょうか。
A
今月の給料から控除することは可能ですが、労働基準法の賃金の全額払いの原則に違反する場合もありますので、注意が必要です。
また、控除できる限度額は、労働基準法では特に規定がありませんが、賃金は生活費ですので「その額が多額にわたらない範囲であること」が必要です。一賃金支払期で精算する場合は、多くても賃金の4分の1程度が目安になります。
* * 解 説 * *
1 賃金の全額払いの原則と一部控除
(1) 賃金支払の原則と例外
労働基準法では、賃金は、その全額を支払わなければならないと規定しています。賃金計算にミスがあり、過払いが生じた場合に、過払い分を翌月以降の賃金から差引精算するときは、その差し引かれた分について全額払いに違反するという問題が生じます。
しかし、一時的な過払いに対して、翌月以降の賃金から控除し精算することは、労使の書面協定が締結(二四協定という)されている場合には全額払いの原則の例外に該当し、その協定の定めに従って翌月分の賃金から控除し精算することができます(下記労働基準法第24条(要旨)参照)。
過払い賃金の精算について労使協定を締結していない場合は、厳密には全額払いに違反するのですが、一般的には合理的な範囲内での過払い賃金の精算は全額払いの原則に反しないことになっています。しかしパ-ト職員の方にはあらかじめ同意を得ておいた方がよいでしょう。
〈参考:行政解釈〉
前月分の過払い賃金を翌月分で精算する程度は、賃金それ自体の計算に関するものであるから全額払い違反とは認められない。
(昭和23年9月14日基発1357号)
〈労働基準法第24条の賃金の全額払い(要旨)〉
賃金はその全額を支払わなければならない。ただし次のいずれかに該当する場合は、賃金の一部を控除して支払うことができる。
〈賃金の一部控除が認められる場合〉
(2) 過払い賃金の精算の時期
過払い賃金を精算する場合、1回で全額ではなく、何回かに分けて精算することもできます。判例では、精算の時期は、「過払いのあった時期と賃金の精算調整の実を失わない程度に合理的な時期」とあり、2~3ヶ月程度の期間内であれば、問題ないと考えられます。
2 賃金から控除する場合の控除の限度額
控除の限度額については、労働基準法では特に規定がありません。国税徴収法及び民事執行法の規定に基づく賃金の差押処分については、賃金からの控除が認められていますが、その場合には上限が定められています。
差押可能な賃金は、その支払期に受けるべき賃金の総額の4分の1(賃金が44万円を超える場合は33万円を超えた額の全額)となっています。
賃金の総額とは、法律上の規定はありませんが、学説、裁判例等では、手取り賃金額と考えられています。総支給額から所得税、住民税、社会保険料のみを控除したものです。
したがって、過払い賃金を精算する場合、控除できる金額は、「その額が多額にわたらない範囲であること」が必要ですが、一賃金支払期で精算する場合は多くても賃金の4分の1程度が限度になると思います。
3 労使協定の締結(二四協定)
前述のように、労使協定を締結した場合は、賃金から控除しても賃金の全額払い違反にはなりません。
労使協定を締結せずに、賃金から控除してしまう場合も見受けられますが、組合費や親睦会費がたとえ少額であったとしても、賃金から控除するときは、労使協定が必要になります。
この二四協定は三六協定(時間外・休日労働協定)などと異なり、労働基準監督署に届け出る必要はありません。
〈労使協定例〉
賃金控除に関する協定書
〇〇税理士事務所と従業員代表は労働基準法第24条第1項ただし書きの規定に基づき賃金控除に関し、下記のとおり協定する。
記
1.〇〇税理士事務所は、毎月〇〇日に賃金を支払う際、次に掲げるものを控除して支払うことができる。
① 財形貯蓄の積立金
② 親睦会費
③ 会社貸付金の返済額(元本及び利息)
④ 一時的な過払い賃金
2.この協定は、令和〇〇年4月1日から有効とする。
令和〇〇年3月21日
〇〇税理士事務所
代表 〇〇〇〇
従業員代表 〇〇〇〇
(了)
この連載の公開日程は、下記の連載目次をご覧ください。