ファーストステップ
管理会計
【第9回】
「最適セ-ルス・ミックスを探せ」
~ジャムおじさんはスゴ腕経営者?~
〔利益管理編③〕
公認会計士 石王丸 香菜子
【第7回】・【第8回】では、企業の利益管理について、大きな視点で取り扱いましたが、今回からは、もう少し細かい視点で考えてみましょう。
皆さんがベ-カリ-でパンを買う時、例えば「あんパン2つとクロワッサン1つ」の組み合わせにするか、それとも「あんパン1つとクロワッサン2つ」の組み合わせにするか、迷うことがありますよね。
そんなとき、パンを買う側としては、なるべく満足度を大きくするようなパンの組み合わせを選ぶでしょう。
これと同じように、パンを売るベ-カリ-の側としては、なるべく利益を大きくするような、パンの生産・販売量の組み合わせを考えるはずです。
企業が複数の製品・商品を取り扱う場合、利益を最大にするような生産・販売量の組み合わせのことを、管理会計では「最適セ-ルス・ミックス」と呼びます。
◆あんパンとクロワッサンの組み合わせを考えよう
あるベ-カリ-では、あんパンとクロワッサンが人気商品であるとします。ベ-カリ-の経営者になったつもりで、ベ-カリ-の利益を最大にするような、あんパンとクロワッサンの販売量の組み合わせを考えてみましょう。
パンが売れ残るのは困りますから、各パンの生産量の上限は、お客さんが買ってくれる数、すなわち需要量となります。需要量以外に、あんパンとクロワッサンの生産・販売を制限する要因がなければ、それぞれ需要量まで生産・販売すればいいですね。
ここで、あんパンとクロワッサンの1個当たりの売価及び原価(変動費)が以下のようであるとします(ちなみに、パンを製造するために常に一定額生じる固定費については、生産・販売量とは無関係なので、ここでは考慮する必要がありません)。
売価から変動費を差し引いた残りを、管理会計では「限界利益」と呼ぶのでしたね(【第7回】の図では、赤の線と青の線の傾きの差で表しました)。
あんパンとクロワッサンの、1日当たりの需要量を各200個とします。
それぞれを200個製造する場合、限界利益の合計は、
@60円 × 200個 + @120円 × 200個 = 36,000円
です。
◆バタ-が品薄です!
ところで、近年、バタ-の品薄状態が続いていることは、ご存じの方も多いと思います。
この影響で、皆さんの経営するベ-カリ-でも、材料の1つであるバタ-の調達量に上限があるとします。あんパンとクロワッサンのために使用できるバタ-の量は、1日当たり4,000gです。
では、この限られたバタ-を有効に使って、あんパンとクロワッサンを生産し、最大の利益をあげることを考えてみましょう。
あんパンとクロワッサン1個当たりのバタ-の使用量は、以下の通りです(ちなみに、クロワッサンは、お菓子のパイと同じように、生地にバタ-を折り込むことでサクサクの層を作るので、多くのバタ-を使います)。
あんパンとクロワッサンを200個ずつ製造しようとすると、
@5g × 200個 + @20g × 200個 = 5,000g > 4,000g
となり、バタ-が足りません。
それでは、あんパンとクロワッサンを何個ずつ製造すればよいのでしょうか。
◆稼ぎ頭はクロワッサンなのか?
1個当たりの限界利益は、クロワッサンのほうが大きいので、一見すると、クロワッサンを優先して製造するほうが利益をあげられるようにも思えます。
仮に、クロワッサンを200個製造すると、バタ-の使用量は@20g×200個=4,000gとなり、これだけでバタ-を使い切ってしまいますので、あんパンは製造できません。
この場合の限界利益は、
@120円 × 200個 = 24,000円
になってしまいます。
◆バタ-1g当たりの限界利益で考える
しかし、よく考えると、「貴重なバタ-を利用して、なるべく効率的に利益をあげる」必要があることに気づくでしょう。
つまり、製品1個当たりの限界利益ではなく、バタ-1g当たりの限界利益を考え、これが大きいほうを優先して製造すれば、利益が大きくなります。
バタ-1g当たりの限界利益は、あんパンのほうが大きいことがわかります。
そこで、まずはあんパンを優先して製造することを考えてみましょう。
あんパンを200個製造すると、バタ-の使用量は@5g×200個=1,000gです。バタ-の残りは4,000g-1,000g=3,000gですので、これを使ってクロワッサンを製造します。
クロワッサンは、3,000g÷@20g=150個製造できますね。
この場合の限界利益の合計は、
@60円 × 200個 + @120円 × 150個 = 30,000円
このように、生産に当たって利用できる資源が限られる場合には、「資源1単位当たりの限界利益」を考え、その限界利益が大きい製品の生産・販売を優先することで、最適セ-ルス・ミックスを決定することができます。
(なお、「限界利益」の代わりに、「貢献利益」という言葉が使われることもあります。ある製品のためだけに個別的に生じる固定費がある場合には、限界利益からさらにこの個別固定費を差し引いた残りを、「貢献利益」と呼ぶことがあります。ただし、固定費は様々な製品に共通して生じるものが大半なので、「限界利益」と「貢献利益」は、ほぼ同じ意味として用いられるケ-スも多いです。)
◆制約は原材料だけではない
今回の例のバタ-使用量のように、生産に当たっての制限を、「制約条件」と呼びます。
実際の企業では、製品の生産・販売にあたって、様々な制約が生じます。原材料の入手量が安定しないケ-スや、原材料を輸入しており一度の輸入量が決まっているケ-スは、その典型です。
また、原材料だけでなく、設備や機械を稼働できる時間や、人員の作業時間、原材料や製品の保管スペ-スなど、生産体制面の制約も考えられます。
ベ-カリ-の例では、オ-ブンの稼働時間なども、生産を制約する可能性があります。オ-ブンの台数が限られていて稼働時間に上限がある場合、焼く時間の長い大型の食パンばかり生産していては、他のパンが焼けなくなってしまいます。
この場合には、オ-ブン稼働時間当たりの各パンの限界利益を考える必要があります。例えば、焼く時間の短い小型のあんパンや、オ-ブンを利用しないカレ-パンなどと組み合わせることで、最適セ-ルス・ミックスを決定することができるでしょう。
アニメの『アンパンマン』では、アンパンマン・食パンマン・カレ-パンマンが出てきますが、ジャムおじさんがあえてこのトリオを選んだ理由は、実はこの辺りにあるのかもしれませんね!
・・・ともあれ、最適セ-ルス・ミックスを考えるには、その前提として、
生産・販売のために、どのような制約条件が存在するか?
を洗い出すことが重要と言えます。
◆制約が複数ある場合はどうするか
今回は、各製品に共通する制約条件が1つだけのケ-スを考えましたが、実際には制約が複数あるケ-スも多いでしょう。次回は、制約条件が複数あるケ-スに利用できる「線形計画法」の考え方と、実務上の利用について紹介します。
(了)
「ファーストステップ管理会計」は、毎月第3週に掲載されます。