ファーストステップ
管理会計
【第17回】
(最終回)
「大切なのは将来とバランス感覚」
公認会計士 石王丸 香菜子
前回まで16回にわたって、管理会計の基礎について勉強してきました。最終回となる今回は、これをどのように実務に活かすかを考えます。
◆こんな管理会計システムがあったら?
管理会計の基礎を理解したみなさんのところに、あるシステム会社から、管理会計システムの案内が届いたとしましょう。その名も「ゴールデン・パーフェクト・システム(GPS)」という管理会計システムです。案内には、こんなことが書いてあります。
① 管理会計に関するあらゆる数値を完璧かつ緻密に計算できます!
② 過年度の数値を詳細に集計・分類することにこだわります!
③ あらゆる会社に対応可能なマルチシステムです!
◆① バランス感覚を持つ
これまでの連載で取り上げた以外にも、管理会計に関する細かな論点や実務例はたくさんあります。また、特に原価管理や業績評価に関しては、ソフトウェアやシステムを利用する企業も多いですし、こうした分野を専門とするシステム会社やコンサルティング会社なども少なくありません。
ただし、【第6回】で活動基準原価計算(ABC)を取り上げた際にも触れたことですが、緻密で合理的なシステムは、それを実務で継続して運用していくのにコストや手間がかかります。
完璧を追求してあまりに複雑な管理システムを構築すると、そこから得られた情報や数値を利用できる場面や利用者が、かえって限定されてしまうおそれもあります。
最終的に何をしたいのか、どのような点をクリアにしたいのかを明確にしないと、手間やコストばかり生じて、それに見合う効果が得られないということにもなりかねません。
管理システムからいろいろな数値が集計されるけれど、その意味はよくわからないし、システムの維持費用ばかりかかってしまう、というのはもったいないですよね。
管理会計を実務に取り入れる際には、とにかく完璧を目指すというよりも、コストや手間を上回る効果が得られ、現状の問題点が改善されるかという、バランス感覚を持つことが大切と言えます。
◆② 大切なのは将来です
管理会計は、分析する対象には過去数値も含みますが、分析の目的は企業の将来に役立てることにあります。
会計の分野にいると、細かな過去数値にこだわることが多く、それは私自身にも当てはまる(?)のですが、管理会計を実務に利用するには、管理会計は企業の将来に役立てるためのものであるということを忘れないことが大切です。
◆③ どの企業にも当てはまる万能な管理会計はない
企業の業種や業態、規模は様々です。そのため、実務上、ある企業で有用な管理会計システムを、他の会社でそっくりそのまま利用できるというケースはあまりありません。
つまり、管理会計の基礎を理解したうえで、自社に合った管理の在り方を模索して、より良い仕組みを作っていくほかないのです。
そうは言っても、何か参考になる具体例がほしいのが心情ですよね。
原価管理や利益管理システムを構築したり、意思決定プロセスや業績評価の在り方を見直したりする場合、まずは他社の事例を探してみましょう。実務を紹介した書籍なども多くありますし、それ以外にもヒントはいろいろなところに転がっています。
規模や業種が類似する会社は、自社との共通点も多いと言えます。日々の仕事を通して、取引先や仕入先などから観察できることも多いはずです。例えば、取引先からの証憑に記載されている番号は何のために使っているのか、とか、他社の組織構造はどのようになっているのか、など、参考にできることもあります。
また、「ある数値だけを後から集計できるよう工夫している」、「差が一定以上になるとすぐに判明するシステムにしている」など、仕事のうえで話題にのぼることもあるかもしれませんね。
業種が違う場合でも、管理方法のアイデアは共通することもあります。例えば、サービス業であっても、プロジェクトや案件を、製造業における製品と同様に考えて、原価管理や利益管理を行えるケースもあるでしょう。
◆基本を理解して、自社に合った管理を
このようなポイントを踏まえると、「ゴールデン・パーフェクト・システム(GPS)」は検討対象から外れそうですね!
管理会計を実務に活かすには、その根底にある基本を理解して、自社に合った管理の在り方を模索するのが近道です。システムやソフトウェアを導入する場合も、こうした基本姿勢を忘れないことが大切です。
◆管理会計にも流行がある?
ところで、「ミレニアム」なんて言葉がはやった2000年頃には、「EVA(Economic Value Added:経済的付加価値)」という指標が話題になりました。
EVAは、【第16回】で取り上げた「RI(残余利益)」の仲間のような指標です。当時、大企業がEVAを業績評価指標として採用したことで一躍知られましたが、現在は主流とは言えないようです。
他にも、かっこいい(?)新しい管理会計用語がたくさんあります。これらは、参考になる部分ももちろんありますが、ファッションや食べ物のブームと同じように、一時的な流行という側面が強いものもあります。細かな違いはあるものの、その考え方は、ファーストステップ管理会計で扱ったような基本的な発想と共通していることが多いのです。
見かけのかっこよさに流されず、その本質を見極めて、自社に合った管理会計を利用してください。
◆「アメーバ経営」に学ぶ
さて、管理会計の実務として、近年取り上げられることが多いのが、「アメーバ経営」です。いろいろなところで話題にされていますので、ご存じの方も多いと思います。
京セラで利用されている仕組みで、組織をアメーバと呼ばれる小集団に分け、それぞれのアメーバを「独立採算組織」とするシステムをいいます。アメーバは、【業績評価編】で取り上げた「事業部」などの組織よりも、ずっと小さい組織です。
ここでの詳細な説明は割愛しますが、各アメーバを独立採算とし、アメーバ間で売買を行うと考え、アメーバごとの売上や費用を計算するシステムになっています。
アメーバ経営では、1時間当たりに生み出した付加価値(アメーバの売上から人件費以外の費用を引いたもの)が、業績評価指標とされます。
アメーバ経営は独特ですが、考え抜かれた合理的なシステムで、原価や利益の管理の在り方、意思決定や業績評価の在り方など、様々な論点を改めて考えさせられる仕組みで、参考になる点が多いです。
アメーバ経営は、日本航空への導入が有名ですが、多くの企業や病院などにも利用事例があります。
繰り返しになりますが、京セラのアメーバ経営をそっくりそのまま全ての会社に利用できるかと言えば、それは難しいと言えます。アメーバ経営を導入・運営するには、相当の手間もかかりますし、全ての会社が京セラのような強い経営理念や企業風土を持っているわけでもないからです。
しかし、こうした実務から、そのアイデアを学んで、自社の管理の在り方に役立てられるところは多いと考えられます。
こうしたポイントを押さえて、身につけた管理会計のファーストステップを、ぜひ実務でのセカンドステップに活かしてください。
(連載了)