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[無料公開中]企業経営とメンタルアカウンティング~管理会計で紐解く“ココロの会計”~ 【第2回】「みんな損がキライ」

筆者:石王丸 香菜子

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企業経営

メンタルアカウンティング

管理会計で紐解く“ココロの会計”~

【第2回】

「みんな損がキライ」

 

公認会計士 石王丸 香菜子

 

《登場人物》
 

PN社は、文具や雑貨の製造・販売を手がけるメーカーです。第1事業部では、主にオフィス向け文具を取り扱っています。ある日、第1事業部長が経理部にやってきました。

経理部では、今年入社したカズノ君が、月末の支払処理に追われています。

〈第1事業部長〉
カズノ君、経理部長はいるかな?

〈経理部のカズノ君〉
経理部長は今外出中ですが、第1事業部長に渡す資料を預かっていますよ。

〈第1事業部長〉
ありがとう。助かるよ。・・・ふむふむ。

〈経理部のカズノ君〉
何の資料ですか?

〈第1事業部長〉
契約交渉のための参考資料だよ。カズノ君も見てみるかい?

*資料*

  • 第1事業部の製造ラインは、受注の関係により、5月だけフル稼働でなく遊休が生じる予定である。この遊休を活用するため、得意先A社に対して、A社の社名入りファイル10,000個を納入する契約を交渉するか、検討している。現在、ライバル企業も、同様の取引をA社に対して交渉しており、当社がA社に交渉した場合、受注できる見込みは50%と見込んでいる。
  • 仮に契約が成立した場合には、6月中に社名入りファイル10,000個を1個当たり400円で納入する。ただし、製造ラインに遊休が生じるのは5月だけなので、契約の成立を待たずに、見切り発車で社名入りファイル10,000個を5月中に製造するしかない。
  • 5月に見切り発車でファイルを製造したものの、A社から受注できなかった場合、A社の社名入りファイルであるため、そのまま外部販売することはできない。ただし、社名の入った部分のパーツを取り外し、アウトレット品として1個当たり160円で外部販売することができる。パーツ取り外しについては、追加の原価は生じない。
  • ファイル1個当たり原価

 

〈第1事業部長〉
ファイル1個当たりの原価は合計で250円だから、もしA社から受注できれば、(@400円-@250円)×10,000個=1,500,000円の利益が出るな。
しかし、受注できずにアウトレット品として販売する場合は、(@160円-@250円)×10,000個=△900,000円の損になってしまう。

〈経理部のカズノ君〉
受注できるかどうかは、五分五分なんですね。

〈第1事業部長〉
う~む、50%の確率で900,000円の損を出してしまうのは、リスクが高すぎるなぁ・・・。
よし、契約交渉は見送ることにしよう。

〈経理部のカズノ君〉
普段は強気の第1事業部長なのに、慎重・・・ですね。

〈第1事業部長〉
そりゃそうさ。
カズノ君だって、コインを投げて、表が出たら15,000円もらえて、裏が出たら9,000円払うゲ-ムがあっても、きっとやらないだろう?

〈経理部のカズノ君〉
確かにやりませんね。

〈第1事業部長〉
そういうわけで契約交渉はしないから、忙しいところスマンが経理部長にはそう伝えておいてくれ。

〈経理部のカズノ君〉
はい、わかりました。

(・・・あれ? この原価デ-タ、よく見ると・・・)
第1事業部長、待ってくださ~い!

*  *  *

1 損失を避けるココロの性質

私たちの生活の中では、利益を得るチャンスもあれば、損失を被るリスクもある、というシ-ンが多くあります。第1事業部長とカズノ君の会話の中で出てきたように、

50%の確率で15,000円の利益 or 50%の確率で9,000円の損失

というゲ-ムがあったとします。単純に計算すれば、15,000円×50%+△9,000円×50%=3,000円ですから、ゲ-ムから得られる金額の期待値は3,000円の利益ですが、たいていの人は、このゲ-ムをやりたいと思わないでしょう。

その理由は、15,000円の利益を得るという「期待感」と、9,000円の損失を被るという「恐怖感」とを比較すると、9,000円の損失を被るという「恐怖感」の方を強く感じるからであると考えられます。

そこでみなさんは、いくらの利益を得られるなら、このゲ-ムをやってみようと思うでしょうか?

例えば、50%の確率で、9,000円の倍以上の20,000円の利益が得られるならば、ゲ-ムにチャレンジしようという気持ちになる人は、多そうですね。たいていの人の場合、損失の約2倍以上の利益を見込めないと、このゲ-ムをやりたいとは思わないという実験結果があります。

大雑把に言えば、ココロで感じる「損失を被る時のがっかり感」は、「同じ金額の利益を得る時の幸福感」の約2倍のインパクトがあるというわけです。そのため、利益を得たい』という心理よりも『損失を避けたい』という心理の方が非常に強く働くことになります。

こうしたココロの性質は、「損失回避性(Loss Aversion)」と呼ばれています。

損失回避の傾向は、アタマで合理的に熟慮した結果というよりも、ココロの直感的・本能的な反応です。第1事業部長の判断にも、この損失回避の傾向が表れていますね。

 

2 データを正しく扱うことで合理的な意思決定を

ここで、視点を切り替えて、カズノ君が原価デ-タから気づいたことについて、考えてみましょう。

ファイル1個当たりの原価の内訳は、材料費などの変動費が150円、減価償却費などの固定費が100円です。材料費などの変動費は、ファイルの製造量に応じて増減する原価です。一方、製造ラインの減価償却費などの固定費は、ファイルの製造量には関係なく一定額が必ず発生してしまう原価です。

この固定費は、A社向けファイルを製造するかしないかに関わらず、発生してしまうという点に注目してください。「ファイル1個当たりの固定費」は、必ず発生してしまう一定額の費用を、便宜上、製造量で割って算出したものにすぎません。

したがって、A社向けファイルを製造するか否かの意思決定に際しては、この固定費を考慮するべきではありません(このように、意思決定の際に考慮しない原価のことを、『埋没原価』と言います)。

この点に注意して、固定費を含めない損益を算定してみましょう。

固定費を考慮外とすると、受注できた場合は2,500,000円の利益増加、受注できずアウトレット品として販売する場合でも100,000円の利益増加となりますから、実はこの案件、第1事業部長の判断とは逆に、契約交渉すべきだということがわかりますね。

このように、ココロの直感的・本能的な損失回避の傾向に、会計デ-タの扱い方の間違いが重なると、合理的な意思決定ができずに、せっかくのビジネスチャンスを逃しかねません。

損失を強く避けるココロの癖を知っておくとともに、遊休能力を利用するか否かの意思決定における固定費の扱いを覚えておきましょう。

◆◇◆今回のキーワード◆◇◆

損失回避性

「利益を得たい」という心理よりも、「損失を避けたい」という心理の方が非常に強く働く傾向のこと。

固定費

製品の製造量や販売量に関係なく、一定額が発生してしまう原価。設備の遊休能力を利用するか否かの意思決定をする場合、設備について生じる固定費は、考慮する必要はない。

(了)

「企業経営とメンタルアカウンティング」は、毎月第3週に掲載されます。

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筆者紹介

  • 石王丸 香菜子

    (いしおうまる・かなこ)

    公認会計士
    石王丸公認会計士事務所

    1979年生まれ。
    2002年一橋大学商学部卒業。
    2001年から2005年まで、監査法人トーマツ(現有限責任監査法人トーマツ)に勤務。
    2005年から石王丸公認会計士事務所。

    石王丸公認会計士事務所のホームページでは、会計に関する情報やテキストを随時掲載しています。
     ⇒ http://ishiomaru.com/

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