谷口教授と学ぶ 国税通則法の構造と手続 【第21回】 「国税通則法56条(~59条)」 -国税の還付の意義と手続- 大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫 国税通則法56条(還付) 1 「還付」と「還付金等」の意義 国税通則法第5章(56条以下)は、同法第3章の「国税の納付及び徴収」に関する規定に従って納付又は徴収された国税について、その還付の手続及びこれに関連する事項(充当、還付加算金及び国税の予納額の還付の特例)を定めている。還付という語は、一般に、下記のような意味で用いられるが(新村出編『広辞苑〔第7版〕』(岩波書店・2018年)676頁)、ここでは、下記の②の意味に準じて、国税の納税義務(税通15条1項括弧書参照)の履行として国庫に一旦納付された金員を税務署長等が当該納税者に返すことを意味するものと解される。 還付に関する法律関係も、納税義務を中心に構成される租税債権債務関係と並んで実体的な租税法律関係に属するが、租税債権債務関係との関係についていえば、還付に関する法律関係は、租税債権債務関係が存在することを前提とする納付があった場合に、その前提が崩れたことに基因して派生する法律関係であるといえよう。この意味で、租税債権債務関係は本来的租税法律関係、還付に関する法律関係は派生的租税法律関係ということができよう(拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)【117】参照)。 したがって、還付に関する法律関係も、租税債権債務関係と同じく、租税実体法としての個別税法によって規律されることになる。還付をこのように「実体的側面」からながめると、還付は次のとおり「逆流」と表現されることになる(中川一郎=清永敬次編『コンメンタール国税通則法』(税法研究所・加除式[1989年追録第5号加除済])H1-H2頁[須貝脩一・竹下重人執筆])。 つまり、還付の実体的意義は、「この両者[=還付金及び国税に係る過誤納金]に通ずる上級包括概念は、還付請求権ということである。その還付請求権が生ずる原因は、納税義務なき納付、ということである。」(中川=清永編・前掲書H5頁[須貝・竹下執筆])と説かれるように、還付請求権を基礎にしてその観点から明らかにする必要がある。還付請求権は、派生的租税法律関係の構成要素である以上、租税実体法と切り離して観念することができない実体的権利である。 しかし、国税通則法が還付について定めるのは、「納付、徴収の後始末としての、還付手続だけである」(中川=清永編・前掲書H2頁[須貝・竹下執筆])と説かれるように、租税債権債務関係に基づく「国税の納付及び徴収」(第3章)に係る金員の返還の手続だけである。「還付金等とは何であるかは、この法律[=国税通則法]の意に介するところではない。それは、国税に関する法律の定めるところによる、のである」(中川=清永編・前掲書H4頁[須貝・竹下執筆])から、国税通則法56条1項が定める「還付金等」すなわち「還付金又は国税に係る過誤納金」を定義しようとすると、それは、結局のところ、「大略の定義」(同)にとどまることにならざるを得ない。 このことを予めお断りした上で還付金等の意義について「大略の定義」の代表例と思われるものをみておくと、それは、「還付金は、法律上本来的にその発生が予定されているものである」(武田昌輔監修『DHCコンメンタール国税通則法』(第一法規・加除式)3055頁)、「過誤納金とは、国税として不適法な納付があつたことによる国の不当利得の返還金であり、その性格は、租税法律関係に基づいて発生するものであるという点を除けば、私法上の不当利得と異ならない」(同3064頁)というようなものであろう。これによれば、還付金等に係る還付請求権の実体的内容は専ら個別税法や私法に委ねられているのである。 筆者は還付金等を次のように定義しているが(前掲拙著【115】参照)、これも「大略の定義」の域を出るものではない。すなわち、まず、還付金とは、当該租税の納付それ自体は適法に行われたが、その納付に係る税額が、後に個別税法所定の税額計算規定の適用により、結果として過大になった場合に、返還されるべき税額に相当する金額をいう。次に、過誤納金のうち過納金とは、誤った申告や課税処分に基づく納付をした場合の過大納付分のように、納税義務の誤った確定に基づく納付であるが故に、当該租税の納付それ自体が不適法なものであった場合に、返還されるべき税額に相当する金額をいい、誤納金とは、当該租税の納付それ自体が不適法なものであった場合に返還されるべき税額に相当する金額のうち、過納金とは異なり、納税義務の誤った確定に基づいて生ずるものでないものをいう。 なお、還付金と過誤納金とは、一応は以上のように区別できるとしても、「例えば、取得税の予定納税額がその年分の確定した税額(いわゆる年税額)を超える場合のその超える額は予定納税額の還付金とされる(所得税法139条)が、給与等に係る源泉徴収税額が年末調整の結果年税額を超える場合にはその超える額は過誤納額として還付される(所得税法191条)ことに見られるように、必ずしも、還付金と過誤納金の法的性格上の区別は、明確に峻別されるものでもない。」(武田監修・前掲書3055頁) 2 「還付金等があるとき」の意義 還付の手続について、国税通則法56条1項は、税務官庁(還付事務の所轄庁)は①「還付金等があるときは」、②「遅滞なく」、③「金銭で」還付しなければならない、と定めている。 まず、①「還付金等があるとき」という要件については、還付金等の存在が税務官庁において具体的に認識されたとき、を意味するものと解される(前掲拙著【117】参照)。この要件は、還付手続の始期を定めるものにすぎず、還付請求権の発生時期(租税実体法上の発生時期)を定めるものでないことは明らかである。 ただ、「還付金の請求権についていえば、これを納税義務の成立と確定の概念に対比して、抽象的な還付請求権の成立と具体的な還付請求権の確定という認識が可能である。」(武田監修・前掲書3084頁)という考え方もある。このような考え方によれば、前記①の要件について前記のような解釈を示しつつ「還付金等があるとき」を「納付すべき税額の『確定』に類似する概念」として把握する見解(志場喜徳郎ほか共編『国税通則法精解〔令和4年改訂・17版〕』(大蔵財務協会・2022年)658頁)も成り立ち得るであろう。 このような見解を更に展開すれば、前記①の要件に関する前記の解釈にいう税務官庁による還付金等の存在の具体的認識に「判断的要素」を付加し、もって「還付金等があるとき」の中に、課税処分における税務官庁の判断と同様又は類似の判断に基づく行為を読み込む解釈論を構想することができるであろう。次の見解(ⓐ清永敬次『税法〔新装版〕』(ミネルヴァ書房・2013年)216-217頁、ⓑ同218頁。下線筆者)はそのような解釈論に基づくものと解される。 前記①の「還付金等があるとき」という要件について前記のような解釈論が構想されるのは、上記の見解が説くところからも窺われるように、その要件と前記②の「遅滞なく」という要件との関係をどのように考えるべきかという問題意識に基づくものと考えられる。そのような問題意識は筆者も共有するところであるが(前掲拙著【117】参照)、この点については次の3で述べることにする。 3 「遅滞なく」と「慎重に」との両立の要請 前記②の「遅滞なく」という要件については、「遅滞なくとは、直ちにと異なり、正当な理由又は合理的な理由に基づく遅滞まで否定するものではない。したがって、これをいい替えれば事情の許す限りもっとも速やかに還付しなければならないということである。」(志場ほか共編・前掲書663頁)と解説されているが、この解説では租税徴収の確保の観点が重視されているように思われる。別の論者が説くところであるが、上記解説を参照しながら、「この規定にいう『遅滞なく』については、徴収の実務では、事情の許す限り速やかにということで、正当又は合理的な理由がある場合には、それらの理由が解消されるまでの遅滞は許容されるものと解されている。」(品川芳宣『国税通則法の理論と実務』(ぎょうせい・2017年)218頁)と説く見解がみられる。 そうすると、上記の2つの引用文における「正当[な理由]又は合理的な理由」は、還付実務に関する次のような実態認識(品川芳宣『国税通則法講義-国税手続・争訟の法理と実務問題を解説-』(日本租税研究協会・2015年)136頁)に基づくものであると解される。 このような実態認識からは、還付の手続について「遅滞なく」還付することとその判断を「慎重に」することとを両立させようとする姿勢が窺われるが、それは租税徴収の確保の観点を重視する考え方に基づくものであるように思われる。このことは、国税通則法56条の規定が同法制定前の国税徴収法161条の規定を引き継いだものである(ただし、この規定は過誤納金の還付手続のみを定めていた)という沿革からして自然なことであるかもしれない(中川=清永編・前掲書H3頁[須貝・竹下執筆]も参照)。 もっとも、還付手続に関する「遅滞なく」と「慎重に」との両立は、租税徴収の確保の観点からだけでなく、納税者に対する不当な延滞税負担の回避の観点からも、要請されると考えるべきであろう(前掲拙著【117】参照)。というのも、誤って過大な金額が還付された場合、その後にその誤りが発見され修正申告又は課税処分がされたときは、納税者は当該過大な金額のうち納付すべき税額に相当する部分に加えて、還付が適正にされていれば負担する必要がなかった延滞税をも納付しなければならなくなるからである。このような事態の発生は、東京地判平成12年8月28日判タ1063号124頁の下記の判示に鑑みると、強ち杞憂とはいえないであろう(谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」第17回も参照)。延滞税不発生時件・最判平成26年12月12日訟月61巻5号1073頁の事案や判断内容(同第16回、谷口教授と学ぶ「税法基本判例」第30回参照)に鑑みれば、尚更である。 還付をめぐる以上のような問題状況からすると、昭和40年度税制改正による還付請求制度の廃止は必ずしも妥当ではなかったように思われる。還付は、同改正前は、「受給権者[=還付請求権者]の確認その他の還付事務処理手続の適確化を図るため、還付の請求を前提要件として」(国税庁編『改正税法のすべて』(日本税務協会・1965年)233頁[福田光一執筆]。下線筆者)されていたが(同改正前の税通56条・同令21条)、同改正によって「その手続の簡素化」(国税庁編・前掲書234頁)のために、還付請求制度が原則として廃止された。 この改正理由にいう「還付手続の簡素化」は、「還付請求権者の側の手続の簡便化と税務官庁の側の支払事務の簡素化」(武田監修・前掲書3053頁)の両方の意味を含むものと解されるが、それによって「国税に関する法律関係を明確にする」(税通1条)という目的が更に曖昧になったように思われる。そもそも、国税通則法56条1項については、「この条[1項]のような規定のしかたによつて、法律関係を明確に(1条参照)したといえるか、どうか」(中川=清永編・前掲書H31頁[須貝・竹下執筆])を問題とすべきであるが、「還付手続の簡素化」によって、その条項の問題性が顕在化したように思われるのである。 要するに、国税手続の中核を担う申告納税制度においては、納税義務の確定及び履行の手続については規定が整備されているが、還付の手続については規定が整備されているとはいい難い。比喩的にいえば、申告納税制度の「前庭・主庭」は「掃き清められている」が、その「裏庭」はそうとはいい難いのである(拙著『税法創造論』(清文社・2022年)1063頁[初出・2016年]参照)。 (了)
〔疑問点を紐解く〕 インボイス制度Q&A 【第33回】 「適格請求書発行事業者ではない事業者が交付した書類を 適格請求書と誤認して仕入税額控除を受けた場合」 税理士 石川 幸恵 【Q】 もし、外注先が適格請求書発行事業者であると偽って適格請求書に似せた書類を当社に交付し、当社が誤認して仕入税額控除を受けてしまった場合、当社の仕入税額控除は否認されるのでしょうか。 〔ポイント〕 (1) 適格請求書と誤認するような書類に基づいて仕入税額控除を受けた場合でも、直ちに仕入税額控除が否認されるわけではありません。 (2) 適格請求書と誤認されるおそれのある書類や偽りの記載のある書類等の交付には罰則があります。 * * * 【A】 令和5年11月13日更新の「多く寄せられるご質問」問②注書きによれば、適格請求書や適格簡易請求書と誤認されるような書類や電子データを受領することは災害その他やむを得ない事情に相当するような事情と取り扱われるようです。このような事情により適格請求書の保存をすることができなかったことを証明した場合には、帳簿や請求書等の保存がなくとも仕入税額控除の適用を受けることが可能と示されています。 上記の【Q】とは状況が異なりますが、外注先から交付を受けた適格請求書に問題がなかったとしても、外注先が消費税を滞納した場合等にどうなるのかも気になるところです。この場合においても、貴社の仕入税額控除が否認されるような規定はありません。 (1) 買手=適格請求書の交付を受ける側の注意点 適格請求書と誤認した書類に基づいて仕入税額控除を行ってしまった場合でも否認されないことは上記に記載したとおりですが、消費税法基本通達8-1-4記載の以下の点に注意してください。 消費税法基本通達8-1-4(災害その他やむを得ない事情の範囲)(一部抜粋) (下線・太字筆者) 適格請求書と誤認して仕入税額控除を受けた場合は、貴社の責めに帰することができない状況に該当すると考えられます。 ◆証明方法 適格請求書の保存をすることができなかったことの具体的な証明方法は示されていませんが、少なくとも、適格請求書と誤認した書類を保存し、その書類に記載された登録番号を国税庁適格請求書発行事業者公表サイトで検索して有効であることを確認した記録が残されている方が良いと考えられます。 (2) 売手=適格請求書等を交付する側の注意点 適格請求書の交付にあたっては禁止事項と罰則が設けられています。誤った書類を交付することのないよう注意が必要です。 ◆適格請求書と誤認されるおそれのある書類や偽りの記載のある書類等の交付の禁止 適格請求書の交付に関し、次の行為は禁止されており(消法57の5)、違反したときは1年以下の懲役又は50万円以下の罰金という罰則(消法65)も設けられています。 (了)
さっと読める! 実務必須の [重要税務判例] 【第93回】 「消費税国家賠償請求事件」 ~東京地判平成2年3月26日(判例タイムズ722号222頁)~ 弁護士 菊田 雅裕 (了)
〈徹底分析〉 租税回避事案の最新傾向 【第15回】 「法人税法132条の2」 公認会計士 佐藤 信祐 17 判例分析(法人税法132条の2) (1) 最一小判平成28年2月29日(TAINSコード:Z266-12813・ヤフー事件) 新聞報道で有名であるため、その概要を知っている読者も少なくないと思われるが、法人税法132条の2に規定されている包括的租税回避防止規定について争われた最初の裁判例である。本事件は、ヤフー事件ともいわれており、同時に行われたスキームに係るIDCF事件(最二小判平成28年2月29日TAINSコード:Z266-12814)と同様に、制度濫用論に基づく最高裁判決が公表されたことで、その後の包括的租税回避防止規定に係る実務に大きな影響を与えている。 最高裁は、「組織再編成は、その形態や方法が複雑かつ多様であるため、これを利用する巧妙な租税回避行為が行われやすく、租税回避の手段として濫用されるおそれがあることから、法132条の2は、税負担の公平を維持するため、組織再編成において法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められる行為又は計算が行われた場合に、それを正常な行為又は計算に引き直して法人税の更正又は決定を行う権限を税務署長に認めたものと解され、組織再編成に係る租税回避を包括的に防止する規定として設けられたものである。このような同条の趣旨及び目的からすれば、同条にいう『法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの』とは、法人の行為又は計算が組織再編成に関する税制(以下「組織再編税制」という。)に係る各規定を租税回避の手段として濫用することにより法人税の負担を減少させるものであることをいうと解すべきであり、その濫用の有無の判断に当たっては、①当該法人の行為又は計算が、通常は想定されない組織再編成の手順や方法に基づいたり、実態とは乖離した形式を作出したりするなど、不自然なものであるかどうか、②税負担の減少以外にそのような行為又は計算を行うことの合理的な理由となる事業目的その他の事由が存在するかどうか等の事情を考慮した上で、当該行為又は計算が、組織再編成を利用して税負担を減少させることを意図したものであって、組織再編税制に係る各規定の本来の趣旨及び目的から逸脱する態様でその適用を受けるもの又は免れるものと認められるか否かという観点から判断するのが相当である。」と判示した。 さらに、調査官解説では、「制度濫用基準の考え方を基礎としつつも、その実質において、経済合理性基準に係る上記の通説的見解の考え方を取り込んだものと評価することができるように思われる。」(※51)「本判決は、上記①及び②等の事情を『……考慮した上で・・』としている。このような言い回しは、濫用の有無の判断に当たっては、上記①及び②等の事情を必ず考慮すべきであるという趣旨が含意されているものと考えられ、さらにその趣旨を推し進めると、①行為・計算の不自然性と、②そのような行為・計算を行うことの合理的な理由となる事業目的等の不存在は、単なる考慮事情にとどまるものではなく、実質的には、法132条の2の不当性要件該当性を肯定するために必要な要素であるとみることができるのではなかろうか(例えば、行為・計算の不自然性が全く認められない場合や、そのような行為・計算を行うことの合理的な理由となる事業目的等が十分に存在すると認められる場合には、他の事情を考慮するまでもなく、不当性要件に該当すると判断することは困難であると考えられる)。」(※52)と指摘されている。 (※51) 徳地淳ほか「判解」法曹時報69巻5号297頁(平成29年)。 (※52) 徳地ほか前掲(※51)299頁。 そのため、実務上は、以下の点を考慮しながら、包括的租税回避防止規定が適用されるかどうかを判断すべきであると考えられる(※53)。 (※53) TPR事件に係る東京国税不服審判所裁決平成28年7月7日TAINSコード:F0-2-672における原処分庁の主張では、①本件一連の行為が不自然なものであることについて、②税負担の減少以外に本件一連の行為を行うことの合理的な理由となる事業目的その他の事情が存在しないことについて、③本件一連の行為が、組織再編成を利用して税負担を減少させることを意図したものであることについて、④本件合併により請求人が■■■■■の未処理欠損金額を引き継ぐことは、法人税法第57条第2項の本来の趣旨及び目的から逸脱する態様でその適用を受けるものであることについて、それぞれ主張されている。これを要約すれば、①不自然、不合理な行為の有無、②十分な事業目的の有無、③税負担の減少の意図、④制度趣旨及び目的からの逸脱となり、上記(ⅰ)~(ⅳ)を総合的に勘案して、包括的租税回避防止規定の検討を行っていることがわかる。 しかしながら、同調査官解説では、「行為・計算の不自然さ(異常性・変則性)の程度との比較や税負担の減少目的と事業目的の主従関係等に鑑み、行為・計算の合理性を説明するに足りる程度の事業目的等が存在するかどうかという点を考慮する上記…の考え方を採用する旨を明らかにするものと考えられよう」(※54)とも指摘されている。 (※54) 徳地ほか前掲(※51)298頁。 すなわち、事業目的があればよいというわけではなく、事業目的が税負担の減少目的に比べて同等以上であると認められるかどうかにより、包括的租税回避防止規定が適用されるかどうかが判断されることになる。 なお、同調査官解説では、「制度の濫用と評価するためには行為者に一定の主観的要素が必要であるとの常識的な考え方を基礎として、租税回避の意図を要求したものと考えられる。」としているが、「客観的な事情から租税回避の意図があると認められれば足りる」ともしている(※55)。そのため、「担当者の供述や電子メールなどといったこれを直接立証し得る証拠が必要となるわけではない」とも指摘されているが(※56)、後述するTPR事件では、税負担を減少させる意図があったという証拠のひとつとして、電子メールが挙げられている。 (※55) 徳地ほか前掲(※51)301頁。 (※56) 徳地ほか前掲(※51)301頁。 ヤフー事件は、特定役員引継要件を満たすために、支配関係発生日の2ヶ月前に特定役員を送り込むというわかりやすい事案であったため、電子メールを証拠として挙げられなかったとしても、似たような結論になったと思われる。TPR事件も同様であると思われるが、税務調査では、税負担減少の意図を探るために、電子メールの閲覧や関係者への質問が行われやすく、税負担減少の意図を否定することは困難である。さらに、事業目的と税負担の減少目的のいずれが主目的なのかという点についても、強い事業目的を示す明確な証拠がある場合を除き、水掛け論に陥りやすい。そのため、租税回避として認定されないためには、制度趣旨に反していないかどうか、事業目的が主目的であるという強い証拠があるかどうかについて、慎重な検討が必要になると考えられる。 (2) 東京高判令和元年12月11日(TAINSコード:Z269-13354・TPR事件) ヤフー事件の後に、適格合併による繰越欠損金の引継ぎに対して否認された事件として、TPR事件が公表された。なお、本事件は、平成22年3月1日に行われた適格合併による繰越欠損金の引継ぎについての事件であることから、本事件で争われているのが、平成22年改正前法人税法に係る事件であるという点にご留意されたい。すなわち、東京地裁及び東京高裁の判旨が、平成22年度税制改正と整合しないことから、現行法に当てはめたときに、本事件の射程がどこまで及ぶのかという点が問題になる。 東京地裁(東京地判令和元年6月27日TAINSコード:Z269-13285)では、「組織再編成税制は、完全支配関係がある法人間の合併についても、他の2類型の合併と同様、合併による事業の移転及び合併後の事業の継続を想定しているものと解される。」「法人税法57条2項についても、合併による事業の移転及び合併後の事業の継続を想定して、被合併法人の有する未処理欠損金額の合併法人への引継ぎという租税法上の効果を認めたものと解される。」としたうえで、繰越欠損金の引継ぎに対する包括的租税回避防止規定の適用を認めた。そして、東京高裁においても、同様の判断が行われている。 ここで問題となるのは、完全支配関係内の組織再編成において、事業の移転及び事業の継続がない場合には、包括的租税回避防止規定の適用があり得ると判示した点である。しかしながら、平成22年度税制改正では、グループ法人税制が導入されることにより、①残余財産の確定による繰越欠損金の引継ぎ(法法57②)、②適格現物分配(法法2十二の十五、62の5)、③事業を移転しない適格分割若しくは適格現物出資又は適格現物分配に対する繰越欠損金の使用制限、特定保有資産譲渡等損失額の損金不算入の特例計算(法令113⑤~⑦、123の9⑩~⑫)、④譲渡損益の繰延べ(法法61の11)がそれぞれ導入されており、組織再編税制及びグループ法人税制が事業の移転及び事業の継続を前提としていないことがわかる。 そして、東京国税不服審判所裁決令和2年11月2日TAINSコード:F0-2-1034(PGM事件)では、TPR事件の判示を採用したものの、大阪国税不服審判所裁決令和4年8月19日判例集未登載では、TPR事件の判示を採用せずに、「例えば、適格合併が企業グループ内の法人の有する未処理欠損金額の企業グループ内の他の法人への付替えと同視できるものであるなど適格合併の場合に未処理欠損金額の引継ぎを認めることとした前提を欠くような場合にまで、未処理欠損金額の引継ぎを認めることを想定した規定ではない」と判示した。このことから、完全支配関係内の組織再編成であっても事業の移転及び事業の継続が伴わない場合に包括的租税回避防止規定が適用されるかどうかについては、両事件の地裁判決及び高裁判決を待つ必要があるということになる。 (3) 小括 このように、ヤフー事件では、①税負担の減少の意図、②制度趣旨及び目的からの逸脱、③不自然、不合理な行為の有無、④十分な事業目的の有無により、包括的租税回避防止規定の適用可能性が検討されることが明らかにされた。 しかしながら、その前提となる制度趣旨については一部不明瞭な点もあり、完全支配関係内の組織再編成であっても事業の移転及び事業の継続が伴わない場合に包括的租税回避防止規定が適用される可能性があるという判示により、一般的な手法であるはずの組織再編成についても、租税回避であると疑われるのではないかという疑念が生じ、組織再編成を進めようとする企業行動の弊害になっている。この点については、上記2事件の地裁判決及び高裁判決で是正されることが期待される。 【第13回】~【第15回】までは、最近の租税回避に係る重要な裁判例を紹介した。次回以降では、それらを踏まえた上で、実務上の留意事項について解説を行う予定である。 (了)
事例でわかる[事業承継対策] 解決へのヒント 【第60回】 「提携先企業の事業承継」 太陽グラントソントン税理士法人 (事業承継対策研究会) パートナー 税理士 佐藤 達夫 相談内容 私は、電子部品の製造・販売を行っているX社(非上場会社)の社長Aです。X社の株式は、私が100%所有しています。 製品の販売にあたっては、長年、Y社(Y社株式はB社長が100%所有)を販売代理店として、顧客の開拓、製品の改良ニーズの把握などのために協業してきました。最近になってB社長より、「今年で65歳となり、そろそろ引退しようと考えているため、Y社の電子部品販売事業を買い取ってくれないか」と打診がありました。なお、B社長には子供がおらず、他に後継者もいないため、廃業も視野に入れているとのことです。 Y社の業績はそれほど良くはないと聞いていますが、長年、X社の電子部品を販売しており、顧客の販売ネットワークや販売ノウハウを有していることもあり、B社長からの申し入れについて前向きに検討したいと考えています。 Y社の電子部品販売事業の買取りにあたり、どのような方法があるか、また、その留意点について、ご教示ください。 なお、私とB社長とは、親族関係にありません。 〈資本関係図〉 ■ □ ■ □ 解 説 □ ■ □ ■ [1] 譲受方法の検討 Y社の電子部品販売事業を買い取る方法としては、株式売買、吸収合併、吸収分割、事業譲渡の4つの方法が考えられますが、今回の買取方法としては、次の理由により、事業譲渡が適切であると考えます。 [2] 事業譲渡について (1) 会社法 事業譲渡は、事業に関する権利・義務について、権利をX社に譲渡し、義務をX社が引き受けるという、通常の取引行為が一括して行われるにすぎません。そのため、吸収合併や吸収分割のような権利・義務の包括承継と異なり、事業譲渡にあたり個々の契約の相手方の同意が必要になります。 事業の全部又は重要な一部の譲渡は、原則として、X社及びY社の株主総会の特別決議が必要です(会309②十一、467①)。 また、吸収合併や吸収分割と異なり、債権者保護手続きは必要ありません。 ただし、Y社が、X社に承継されない債務の債権者を害することを知って事業譲渡を行った場合には、債権者は、X社に対して、X社が承継した財産の価額を限度として、債務の履行を請求することができます(会23の2①)。なお、X社が事業譲渡の効力が生じたときにおいて、残存債権者を害すべき事実を知らなかったときは、この限りではありません(会23の2①但書)。 (2) 税法 ① 法人税 事業譲渡には、税制適格要件がある吸収合併や吸収分割と異なり、帳簿価額により資産・負債を引き継げるという規定はなく、通常の譲渡と同様、事業譲渡時の時価により譲渡されたものとして譲渡損益を計算することになります。 なお、事業譲渡直前にY社の営む事業及びその事業に係る主要な資産・負債のおおむね全部がX社に移転する場合において、X社が事業譲渡により受け入れる時価純資産価額とその対価との差額が生じるときは、その差額は資産調整勘定又は差額負債調整勘定となります。この資産調整勘定又は差額負債調整勘定は、5年間で均等償却されます(法法62の8①③、法令123の10)。 ② 消費税 消費税は、個々の資産の種類ごとに課税されることになるため、資産・負債をまとめて譲渡する事業譲渡については、譲渡資産の時価を合理的に課税資産と非課税資産に分ける必要があります(消令45③)。また、のれんに相当する資産調整勘定は、消費税の課税対象となるため注意が必要です。 ③ 納税義務の承継等 事業譲渡においては、次のいずれかに該当する場合には、X社(譲受者)が第2次納税義務を負うことになります。 なお、X社はY社と資本関係がないため特殊関係者には該当せず、また、事業譲渡の対価が著しく低額ではないときは、この第2次納税義務を負うことはありません。 [3] 結論 Y社の電子部品販売事業の買取りにあたっては、株式売買、吸収合併、吸収分割、事業譲渡の4つの手法が考えられます。 株式売買、吸収合併、吸収分割は、必ずしも簿外債務の確認を詳細に行える状況でないこともあり、Y社より思わぬ簿外債務を承継してしまう可能性があります。一方で、事業譲渡の対象資産・負債の件数が多い場合は、手続きが煩雑になる可能性があります。 ご相談について総合的に考えた場合、Y社の買取りにあたっては、事業譲渡をもとに検討することをお勧めします。 〈事業譲渡のポイント〉 具体的な対策については、弁護士、税理士等の専門家と相談の上、実行されることをお勧めします。 (了)
暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第32回】 東洋大学法学部准教授 泉 絢也 (2) 業務に係る雑所得とその他雑所得の区分とその判断基準 前回の必要経費の考察を踏まえると、暗号資産取引を行っている個人の方は、自身が行っている暗号資産の譲渡による所得が、業務に係る雑所得に該当するのか、それともその他雑所得に該当するのか、それはどのような基準で判断されるのかという点に関心を向けるであろう。 業務に係る雑所得とその他雑所得の関係について、雑所得通達解説は、次のとおり、所得を得るための活動の規模が関係していると説明している。 また、所得税基本通達35-2注書の前段では、「事業所得と認められるかどうかは、その所得を得るための活動が、社会通念上事業と称するに至る程度で行っているかどうかで判定する」という取扱いを明らかにしている。 「社会通念上事業と称するに至る程度で行っているか」という判断基準について、具体的にどのような点を考慮して、それらがどの程度であれば、社会通念上事業と称するに至る程度で行っているといえるのか、判然としない。 事業所得の意義について、最高裁昭和56年4月24日第二小法廷判決(民集35巻3号672頁)は、「事業所得とは、自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ反覆継続して遂行する意志と社会的地位とが客観的に認められる業務から生ずる所得」と判示している。 そして、事業所得と雑所得の区分については、裁判例では、営利性・有償性の有無、継続性・反覆性の有無、自己の危険と計算における企画遂行性の有無、資金調達方法、(継続的・安定的)利益の状況、その取引に費した精神的・肉体的労力の程度、人的・物的設備の有無、その取引の目的、その取引の種類、取引における自己の役割、その者の職歴・社会的地位・生活状況などの諸点が総合考慮されて、社会通念上、事業に該当するか否かが判断されており(上記最高裁昭和56年判決のほか、東京地裁昭和48年7月18日判決・税資70号637頁、名古屋地裁昭和60年4月26日判決・行集36巻4号589頁など)、その経済的活動をすることにより相当程度の期間継続して安定した収益を得られる可能性が存するかどうか、という点が考慮されることも少なくない。 雑所得通達解説も上記最高裁昭和56年判決と東京地裁昭和48年7月18日判決を引用してほぼ同様のことを述べており、その所得を得るための活動が事業に該当するかどうかについて、社会通念によって判定する場合には、上記のような諸点を総合勘案して判定することを明らかにしている。 所得税基本通達35-2注書の後段は、「その所得に係る取引を記録した帳簿書類の保存がない場合(その所得に係る収入金額が300万円を超え、かつ、事業所得と認められる事実がある場合を除く。)には、業務に係る雑所得(資産(山林を除く。)の譲渡から生ずる所得については、譲渡所得又はその他雑所得)に該当することに留意する」としている。 これは、関係法令や上記裁判所の判断から直接読み取ることができないものであり、「留意する」という表現は適切ではなく、そのような取扱いの法的根拠を説明する必要がある。 この点について、雑所得通達解説は、次のとおり説明している。 仮に、統計的に上記のようなことがいえたとしても、帳簿書類の記録と保存の事実をもって、上記の総合考慮によって、社会通念上、事業に該当するか否かを判断するという過程を無視して、事業所得に該当するという評価を与えることには無理がある。 そこで雑所得通達解説は「その所得に係る取引を記録した帳簿書類を保存している場合であっても、次のような場合には、事業と認められるかどうかを個別に判断する」としている。 他方で、雑所得通達解説は、帳簿の記録や保存がない場合について、次のとおり、述べている。 上記の300万円という数値基準の趣旨については、次のとおり説明している。 統計的な裏付け資料の提示がないまま、300万円や10%未満という数値基準を形式的・画一的に適用することには、租税法律主義との関係で強い不安を覚える。 上記の②のその所得を得る活動に営利性が認められない場合の判断も多様なケースに耐えられるものであろうか。 結局、これまでどおり、上記の総合考慮によって、社会通念上、事業に該当するか否かを判断することが妥当ではないかという疑問を払拭できない(もっとも、このような総合考慮による判断それ自体も、納税者からすれば不明瞭なものでしかない)。 (出典) 雑所得通達解説を基に筆者作成 (了)
〈一角塾〉 図解で読み解く国際租税判例 【第32回】 「移転価格税制と住民訴訟(地判平7.3.6、高判平8.3.28)(その1)」 ~旧日米租税条約11条、25条1項、租税条約実施特例法7条、8条、国税通則法23条2項3号、同施行令6条1項4号~ 税理士 中野 洋 1 事案の概要 本件は、日本に移転価格税制が導入された直後に行われた合意や処分について、租税条約適合性や国税処分の適法性などが争われた事案である。上記図解に沿って事実関係を説明すると、米国の内国歳入庁は、日産及びトヨタ(以下、日産を「Z1」、トヨタを「Z2」、両社を「Zら」)が、米国に所在する各々の子会社への自動車の輸出につき、その販売価格を高めに設定することにより、親子会社を一体とみた場合の利益の配分割合をZらに多くし、反面、Zらの米国子会社の利益を不当に圧縮したとして、①昭和60年(1985年)3月、日本の移転価格税制に相当する内国歳入法典482条を適用し、増額更正の仮更正処分を行った。これを受けて、Zらは日米間における経済的二重課税を回避するため、②昭和61年(1986年)5月、日米租税条約(以下、「日米条約」)25条に基づく相互協議の申立てを行い、③昭和62年(1987年)6月、日米の課税当局間による合意が成立した。合意内容は、Z1の米国子会社は昭和50年(1975年)から昭和61年(1986年)までの12年間について、Z2の米国子会社は昭和52年(1977年)から昭和57年(1982年)までの6年間について所得を増額し、一方の日本の親会社であるZらは、これらに対応する所得を減額することであった(以下、「本件日米合意」)。本件日米合意に基づき、米国ではZらの子会社が上記期間の連邦所得税を追加納税し、④日本ではZらが国税当局に更正の請求を行い、⑤国税当局は、昭和61年4月から施行された租税条約実施特例法7条(以下、「特例法7条」)により減額更正処分を行い、Zらに約800億円の法人税を還付した(以下、「本件国税処分」)。 さらに、本件国税処分は、課税標準が法人税額や法人の所得金額と連動する地方税の計算にも影響する。続いて、⑥Zらは本社、工場等の所在する県、市、政令指定都市の区等の地方公共団体(以下、「Y」)に対して地方税の減額更正を申し立て、これを受けて、⑦Yは地方税の減額更正処分を行い、Zらに減額分として計約400億円の地方税を還付した(以下、「本件更正処分」)。 これらの処分に対し、⑧Yの住民であるXらは、本件更正処分が違法・無効なものであるとして、Yに対しては本件更正処分の取消しを求め、Zらに対しては還付金の不当利得返還を求めて、住民訴訟を提起した事案である。 地方公共団体においては、米国での移転価格税制の適用により、突如として巨額の税金還付が発生し、備蓄していた財政調整基金を取り崩すこととなった(※1)。しかも、日米条約では、地方税が対象外とされているため、地方公共団体からの還付金は米国子会社の税負担に充てられることもなく、そのままZらの益税となったようである(※2)。 (※1) 村井正『租税法と取引法-移転価格税制と地方税-』清文社(2003年)490頁 (※2) 藤江昌嗣『移転価格税制と地方税還付-トヨタ・日産の事例を中心に-』中央経済社(1993年)94頁~95頁 2 事案の背景 本件はオート・ケースと呼ばれ、日米間の貿易摩擦を背景にしたダンピング(低価輸出)問題の代わりに登場してきた移転価格(高価輸出)の問題とされ、日米租税戦争と形容された。対日貿易赤字を背景に、昭和50年(1975年)に米国財務省はZらを含む日本の自動車メーカ-3社に対するダンピング調査を行い、調査の結果ダンピングの事実なしとされたものの、昭和56年(1981年)からは対米自動車輸出自主規制が期限付きで開始され、昭和59年(1984年)には期限が延長されていた(※3)。昭和60年(1985年)には、米国の貿易赤字削減のため、為替を円高・ドル安に誘導するプラザ合意が行われ、その影響でZらには多額の円高差益が生じたとされている(※4)。 (※3) 藤江前掲(※2)書31頁~50頁 (※4) 米国での増額更正年度から大幅に円高が進み、Zらが本件国税処分で還付を受けた資金を米国子会社の追徴税額の支払に充てた場合、より少ない円で支払うことができた(藤江前掲(※2)書94頁)。 導入の経緯は、取引を通じた国外への所得振替の防止ではあるが、米国からの移転価格課税への対抗措置としての意味合いが強かったようである(※5)。 (※5) 例えば、金子宏「移転価格税制の法理論的検討-わが国の制度を素材として-」『所得課税の法と政策』有斐閣(1996年)363頁~364頁では、「外国政府による過大な権限の行使を牽制ないし防止するためには、わが国も同じ制度をもつことが必要であった」とし、「移転価格税制は、『伝家の宝刀』として、もつこと自体に意味があり、みだりに使うべきものではない」という当時の国際課税問題研究会の意見を紹介している。また、植松守雄・小松芳明・平石雄一郎・武田昌輔「移転価格税制の問題点をさぐる[上]」月刊国際税務1985年10月号(国際税務研究会)28頁では、上記米国での移転価格課税を契機に、わが国でも「その対応措置としても移転価格税制を整備すべきであるという要請が台頭してきた」としている。 3 主要な関係法令の解説(下記争点ごと) 4 争点 争点は多岐にわたるが、主たる争点として、米国で移転価格課税が行われた時点で、日米条約にも、国内法にも、対応的調整に関する定めがないにも関わらず、 を取り上げ、その他の争点として、 について触れることとする。 ((その2)へ続く)
〈注記事項から見えた〉 減損の深層 【第14回】 「シェアオフィス事業が減損に至った経緯」 -成長事業でも減損- 公認会計士 石王丸 周夫 〈はじめに〉 シェアオフィスというのは、脱炭素社会のニーズに適っています。企業がそれぞれ自前のオフィスを構えるよりも、他社とオフィスを共用する方が世の中全体としてのオフィスの供給量が少なくて済むからです。オフィスもまたモノであり、モノが少ないことは炭素の消費が少ないわけで、脱炭素の目標に貢献するという理屈です。 その意味で、シェアオフィスは将来有望なビジネスですが、そのようなシェアオフィス事業について減損を実施した事例が出ています。 「アフターコロナになって、リモートワークが減ったからだろう」 そういう見方もありそうですが、違います。今回取り上げる事例では、売上高が伸びていました。つまり、マーケットは成長しているのです。 マーケットが成長している中で減損に至った原因は、先行性の高い投資・費用の存在です。見込みが狂ってきたということになります。今回はそのようなお話です。 さっそく事例を見ていきましょう。 〈今回の注記事例〉 (出所:2023年3月期有価証券報告書) (※) 下線は筆者 上記事例において、減損損失が発生したのはシェアオフィス事業用資産で、勘定科目を見る限り、「建物、工具、器具及び備品」という記載が共通していることから、シェアオフィスの内装部分が中心とみられます。 減損実施を決定づけたのは下線部の2点です。国内9拠点については他社に譲渡するということと、横浜及びタイの拠点については事業撤退するということです。国内9拠点に関する説明箇所はわかりにくいですが、新たに設立した会社にシェアオフィス事業を継承させて、その会社を丸ごと他社に譲渡するという方法だといっています。 これらはいずれも「使用範囲又は方法について回収可能価額を著しく低下させる変化がある場合」(企業会計基準適用指針第6号「固定資産の減損に係る会計基準の適用指針」13項)、すなわち減損の兆候の1つに該当するため、減損損失の認識の要否を検討した上、減損損失の測定をして減損処理を行ったようです。 〈一見順調な成長事業〉 減損損失の注記からわかるのはここまでです。 しかし、本当に知りたいのは、なぜシェアオフィス事業を他社に譲渡したり閉鎖したりしようと考えたかということです。 そこで、まず売上高を確認します。この企業のシェアオフィス事業の売上高は、冒頭でも述べたとおり、増加傾向を示していました。セグメント情報の注記によると次のとおりとなります。 〔図表1〕シェアオフィス事業のセグメント売上高の推移 (※) 有価証券報告書より筆者作成 次に、利益が出ていたかどうかです。実は直近2年間(2023年3月期及び2022年3月期)はセグメント損失となっています。つまり、赤字です。 一体、何の費用がかさんだのでしょうか。 費用項目も確認したいですね。しかし、売上原価の内訳は連結決算では開示されていないためわかりません。そこで、単体決算の売上原価明細書を参照します。すると、最も大きい内訳科目は地代家賃だとわかります。 有価証券報告書によると、この企業のシェアオフィス事業では、ビルオーナーからフロアスペースを賃借し、そこにシェアオフィスの設備を構築して利用者に提供するという仕組みになっているようです。売上原価の地代家賃は、このビルオーナーに支払う賃借料とみられます。 地代家賃の5年間の推移は次のとおりです。 〔図表2〕単体決算の売上原価のうち地代家賃の推移 (※) 有価証券報告書より筆者作成 〔図表2〕のとおり、地代家賃も増加しています。 シェアオフィスを増床したり拠点を増やしたりしたことで、地代家賃が増加してきたものと解されます。当然ながら、その結果として、先ほど見た売上高の増加が達成できたということになります。 しかし、その結果、2期連続赤字になっているようでは問題です。なぜそうなったのか、以下、もう少し掘り下げてみましょう。 〈急増した地代家賃〉 〔図表1〕を書き換えてみます。2019年3月期を100%と置いて、その後の年度の数値を%で表します。すると、〔図表3〕のようになります。 〔図表3〕シェアオフィス事業のセグメント売上高の推移(%表示) 同様に、〔図表2〕も書き換えます。〔図表4〕のようになります。 〔図表4〕単体決算の売上原価のうち地代家賃の推移(%表示) 〔図表3〕と〔図表4〕の右端の数字(マーカー部分)に注目してください。セグメント売上高と単体の地代家賃について、2023年3月期の金額が2019年3月期比で何%になったかを示しています。以下に並べてみます。 いかがでしょうか。地代家賃の増加率が尋常ではないことがわかりますね。 地代家賃は、すでに2021年3月期の時点で200%を超えていました。売上高は地代家賃の増加スピードに追いつくことができていません。 2つの値は連結数値と単体数値であり、また、単体数値の方はシェアオフィス事業に限定した数値ではありませんので、単純には比較できませんが、地代家賃の著しい増加がシェアオフィス事業の赤字の原因だとみて間違いなさそうです。 〈利用者が見込みを下回ったか〉 シェアオフィスというのは、器を用意しないことにはお客さんはやって来ません。したがって、売上に先行する形で投資をしたり費用をかけたりしなければなりません。 内装等の支出のうち、投資部分は取得時に資産計上され、事業に供されたときから減価償却によって費用化されていきます。したがって、損益計算上は顕著な先行は起きませんが、費用部分、この事例でいえば地代家賃についてはどうしても売上高に先行してしまいます。実際、〔図表3〕と〔図表4〕の動きを見比べてみると、地代家賃の増加に引っ張られるように売上高が伸びてきたようにみえます。積極的にシェアオフィスという器を供給して、それが客をけん引するという構図です。 しかし、その集客スピードが足りなかったということでしょうか。売上高が周回遅れになったような印象です。ここで見込みが狂ったということなのでしょう。 この事例で減損対象となったシェアオフィスについて、ウェブサイトで調べてみるとわかりますが、新築で、外観も魅力的なビルにオープンしているところがいくつかあります。 「こんなビルのオフィスで仕事ができたらいいよなあ」 誰もがそう思うようなビルです。おそらくは地代家賃も高いのではないでしょうか。そうであるならば、シェアオフィスの利用料もそれなりに高くしなければなりません。筆者は地代家賃の額についてもシェアオフィスの利用料についても、その額を知りませんが、2021年から2023年にかけての物価高騰を背景に節約志向が強まり、グレードの高いサービスについてくることができる利用者が減ってしまった可能性はありそうです。 一方で、今後の経済の見通しも踏まえて、集客の目算があると考えている企業にとっては、事例の物件は投資したい案件に思えるでしょう。当事者に聞いてみなければわからない話ですが、譲渡がなされていることからも、そのように考えられそうです。 (了)
〔まとめて確認〕 会計情報の月次速報解説 【2023年11月】 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2023年11月1日から11月30日までに公開した速報解説のポイントについて、改めて紹介する。 具体的な内容は、該当する速報解説をお読みいただきたい。 Ⅱ 新会計基準関係 企業会計基準委員会及び日本公認会計士協会は次のものを公表している。 これは、改正された「資金決済に関する法律」(平成21年法律第59号)上の電子決済手段の発行及び保有等に係る会計上の取扱いを示すものである。 ① 実務対応報告第45号「資金決済法における特定の電子決済手段の会計処理及び開示に関する当面の取扱い」等の公表 ② 会計制度委員会報告第8号「連結財務諸表等におけるキャッシュ・フロー計算書の作成に関する実務指針」の改正について また、企業会計基準委員会は次のものを公表し、意見募集を行っている。 これは、グローバル・ミニマム課税について、法人税及び地方法人税の会計処理及び開示の取扱いを示すものである(意見募集期間は2024年1月9日まで)。 〇 実務対応報告公開草案第67号「グローバル・ミニマム課税制度に係る法人税等の会計処理及び開示に関する取扱い(案)」等の公表 Ⅲ 企業内容等開示関係 次のものが公布・公表されている。 ① 「企業内容等の開示に関する留意事項について(企業内容等開示ガイドライン)」の改正(案)の公表について(内容:株式報酬として交付される株式が譲渡制限付である場合に、有価証券届出書の提出を不要とする特例に関して、取締役等の死亡などの事由の取扱いについて明確化を図るもの。金融庁。意見募集期間は2023年12月5日まで) ② 「金融商品取引法等の一部を改正する法律」(法律第79号)(内容:四半期報告書制度廃止、有価証券とみなされる権利の範囲の見直し、金融経済教育推進機構の設置など) Ⅳ 四半期決算関係 次のものが公布・公表されている。 ① 四半期開示の見直しに関する実務の方針(内容:金融商品取引法上の四半期報告書(第1・第3四半期)が廃止され、四半期開示については、原則として、東京証券取引所の規則に基づく四半期決算短信に一本化されることに対応する実務の方針。東京証券取引所) ② 四半期開示制度の見直しに関する対応について(お知らせ)(内容:上記の東京証券取引所の実務の方針に関するお知らせ。日本公認会計士協会) ③ 東京証券取引所「四半期開示の見直しに関する実務の方針」の公表について(お知らせ)(内容:上記の東京証券取引所の実務の方針に関して、準拠性の枠組みに対するレビューや適正表示の枠組みに対するレビューについて解説。日本公認会計士協会) ④ 四半期開示の見直しに伴う監査及び四半期レビュー契約書への影響について(内容:金融商品取引法の改正により四半期報告書制度が廃止されるので、監査及び四半期レビュー契約書に対する影響について解説。日本公認会計士協会) ⑤ 「金融商品取引法等の一部を改正する法律」(法律第79号)(内容:四半期報告書制度廃止、有価証券とみなされる権利の範囲の見直し、金融経済教育推進機構の設置など) Ⅴ 監査法人等の監査関係 監査法人及び公認会計士の実施する監査などに関連して、次のものが公表されている。 〇 業種別委員会研究資料第2号「Web3.0関連企業における監査受嘱上の課題に関する研究資料」及び「公開草案に対するコメントの概要及び対応」の公表について(内容:Web3.0関連企業における監査受嘱上の課題について研究したもの) Ⅵ 監査役等の監査関係 監査役等の実施する監査などに関連して、次のものが公表されている。 ① 「企業のサステナビリティへの取組み及び監査等委員会の関与の在り方〈人的資本編〉」(内容:「人的資本」に関する議論を整理し、有価証券報告書における開示の分析及びサステナビリティに関するアンケートを行ったもの。日本監査役協会 監査等委員会実務委員会) ② 「多様化するリスクの把握と監査活動への反映及びその開示」(内容:多様化するリスクに対する各社の取組状況の紹介や今後の監査の実効性向上に向けた提言を取りまとめたもの。日本監査役協会 ケース・スタディ委員会) (了)
ハラスメント発覚から紛争解決までの 企 業 対 応 【第45回】 「ハラスメントの是正措置の一環として行う配置転換等のポイント」 弁護士 柳田 忍 【Question】 是正措置の一環として、ハラスメントの行為者の配置転換を実施する場合のポイントを教えてください。また、行為者の配置転換が難しい場合、行為者と被害者との接触を避けるための方法としてどのようなものが考えられるでしょうか。 【Answer】 配置転換に際しては、対象である行為者が著しい不利益を被ることにならないかを、行為者のキャリア形成の期待等を考慮したうえで検討することがポイントになります。 行為者と被害者との接触を避けるための方法としては、他に、自宅待機命令、在宅勤務命令、被害者とのメールのやりとりや被害者が出席する会議への出席を禁止することなどが考えられますが、業務上の必要性や相当性、目的の正当性などに照らして慎重に検討及び実施する必要があります。 ● ● ● 解 説 ● ● ● 1 はじめに ハラスメントの事実を確認した場合、是正措置を講じることになるが、その一手段として、ハラスメントの被害者と行為者を引き離すための配置転換等が推奨されている(セクハラ指針4(3)ロ①、パワハラ指針4(3)ハ①等)。しかし、ハラスメント防止のためであれば必ず行為者を配置転換できるというわけではないし、会社の規模等に照らして配置転換を行うことが現実的ではなかったり、行為者が配置転換先でハラスメントに及ぶ可能性を否定できなかったりするなど、様々な事情により配置転換の実施が難しい場合もある。 本稿においては、ハラスメントの是正措置の一環として行う配置転換のポイント及び配置転換が難しい場合にとり得る行為者と被害者との接触を避けるための措置について説明する。 2 配置転換(配転)について 配転とは、職務内容又は勤務地を相当の長期間にわたって変更する従業員の配置の変更をいい、使用者が配転を命じることを配転命令という。使用者が従業員に対して配転命令を発するには、①配転命令権の根拠があり、かつ、②配転命令が配転命令権の範囲内である(権利の濫用に該当しない)ことが必要となる。 まず、①配転命令権は、労働者との個別合意や、就業規則、労働協約等の労働契約上の規定が根拠となる。労働契約が、職種や勤務地を限定するものである(職種限定合意・勤務地限定合意)場合は、原則として当該限定された職種・勤務地の範囲内で配転命令権が認められることになる。 次に、②配転命令が配転命令権の範囲内であるか(権利濫用に該当しないか)は、大要以下の基準により判断される。 ハラスメントの是正措置として行為者を配転する場合は、①配転の業務上の必要性や②人員選択の合理性・妥当性は認められることが多く、③不当な動機・目的は否定されることが多いであろう。そこで、ハラスメントの行為者の配転においては、④当該配転により行為者が被る不利益の有無、程度を考慮することや、⑤通報者に対して適切な説明を行う等の手続の妥当性を確保することがポイントとなる。④労働者が被る著しい不利益については、一般的には家族の介護等が該当するが、近年、労働者のキャリア形成の期待を考慮した裁判例(※1)が多く見られることに注意が必要である。 (※1) 例えば安藤運輸事件(名古屋高判令和3年1月20日・労判1240号5頁)など なお、上記のとおり、職種限定合意や勤務地限定合意がある場合、原則として当該限定された職種・勤務地の範囲内で配転命令権が認められることになるが、特段の事情があれば、必要かつ相当な範囲に限り、当該職種や勤務地以外の職種・勤務地への配転命令も可能となる(※2)。よって、ハラスメントの行為者について職種限定合意や勤務地限定合意がある場合であっても、場合によっては、一定期間において他の従業員と接触が少ない職種や勤務地に配転を行ったうえで、行為者の言動に改善が見られるか等、様子を見てその後の対応等を検討するといった取扱いも可能である。 (※2) 大阪地判平成22年6月25日(判例秘書判例番号L06551172)。裁判所は、YとYが設置する専門学校(以下、「本件学校」という)の教員Xとの間の労働契約について、英語教育を本務としつつ、これに付随する教務に従事するという職種を限定したものであったと認定し、特段の事情のない限り、英語教育以外の業務にのみ従事することを命じることは許されないが、Xの言動に照らすと、YはXに対し、真摯な反省をさせるとともに、本件学校の信頼を回復するために必要かつ相当な期間に限り、英語教育以外の業務にのみ従事することを命じる旨の配置転換をすることができたと判示した。 3 自宅待機命令について 使用者が従業員に対して自宅待機を命じる際には業務命令によりこれを発することになる。業務命令とは、使用者が業務遂行のために労働者に対して行う指示又は命令を指し(※3)、使用者は、従業員が労働契約に基づいて労務を提供するのに必要な範囲内で業務命令を発する権限を有する。 (※3) 電電公社帯広局事件(最判昭和61年3月13日・労判470号6頁) 労働者には就労請求権はないと考えられていることから、使用者は、賃金を支払う限り、就業規則における明示の根拠なしに自宅待機命令を発する権限があると考えられるが、業務命令権の濫用とならないようにする必要がある。具体的には、不当な目的による場合や、不必要に長期間にわたる場合などは権利濫用に該当し、命令が無効になる可能性があるので注意が必要である。 4 在宅勤務命令について 上記のとおり、使用者は、労務提供に必要な範囲内で業務命令を発することができることから、使用者は、個別合意や就業規則等の根拠規定がなくても、業務上の必要に応じて勤務地等の変更を命じたり、在宅での勤務を命じたりすることが可能であると考えられている。もっとも、在宅勤務命令には根拠規定が必要であるとの見解もあることから、就業規則等において規定を設けることが望ましい。 在宅勤務命令も、業務上の必要性や不当な動機・目的の有無、労働者に与える不利益などに照らして無効となり得る点に注意が必要である。 5 メール送付や会議の出席禁止 使用者は、労働者が労務を提供するために必要な指示を発することができる。よって、行為者に対して被害者に直接メールを送ることを禁止したり被害者が出席する会議に出席をしないように命じたりすることができる。 これらの措置についても、業務上の必要性や不当な動機・目的の有無、労働者に与える不利益などに照らして無効となり得る点に注意が必要である。 6 まとめ ハラスメントの是正措置と一口に言っても、会社の状況、ハラスメントの態様や程度、被害者の属性・数、行為者の業務内容など様々であるから、例えば、セクハラ事案の行為者については被害者と同じ性別の従業員が少ない部署へ配転したり、行為者の配転が難しい場合には、期間限定で在宅勤務と会議の出席禁止措置をとりつつ行為者の言動の改善を図ったりする等、事案ごとに適切な是正措置を講じることが望まれる。 (了)