〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第69話】 「特定非常災害と雑損控除」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 昼休みに浅田調査官は、机の上に新聞を広げて、「・・・最近・・・日本のあちこちで、地震が発生しているなあ・・・」と呟く。 (※) MBSニュース2023年5月8日掲載記事より筆者一部変更。 浅田調査官は、新聞の記事を読みながら、(・・・南海トラフ巨大地震が発生したら、一体、日本は、どうなるのだろう・・・)という不安が、脳裏をかすめる。 (※) 気象庁ホームページ「南海トラフ地震関連解説情報」より筆者一部変更。 新聞の片隅に、南海トラフ地震の記事が参考として載っている。 そこに、昼食を終えた中尾統括官が爪楊枝をくわえながら、声をかける。 「・・・ホ~、浅田君は、新聞を読んでいるのか・・・最近の若い人は、ほとんど新聞などを読まないのに・・・感心だな・・・」 中尾統括官は、ニコニコしながら、新聞記事を覗く。 「・・・地震か・・・」 中尾統括官の表情が一瞬曇る。 「・・・南海トラフは、30年以内に発生する確率が70から80%というが、願わくば、僕が死んでから起きてもらいたいものだ・・・」 中尾統括官は、冗談を言う。 「南海トラフ地震のレベルだと・・・当然、『特定非常災害』に該当しますね」 浅田調査官は、いつの間にか、令和5年度税制改正のパンフレットを持っている。 パンフレットでは、「特定非常災害の指定を受けた災害による損失の繰越期間の延長」と題して、次のように記載されている。 パンフレットには、「特定非常災害」の説明が載っている。 「・・・しかし、この改正は・・・税理士などから・・・結構・・・批判されているのだが・・・」 中尾統括官は、パンフレットを受け取る。 「どんな批判ですか?」 浅田調査官が尋ねる。 「特定非常災害の指定を受けた災害に、そのまま雑損控除を適用していること自体について、問題があるという・・・」 中尾統括官は、少し考えてから、言葉を続ける。 「もともと、雑損控除は、災害等の偶発的な損失により減少した担税力に応じた課税を行う特別な控除で、他の所得控除に優先して控除されることになっている・・・」 浅田調査官は、パンフレットに載っている雑損控除を見る。 「・・・しかし、雑損控除は、他の所得控除と区分して、最初に所得金額から控除することとされているため、翌年以後への雑損失の繰越金額が生じる場合には、基礎控除をはじめとする他の所得控除額がまったく適用されないことになる・・・その結果、他の所得控除の額だけ雑損失の翌年以後への繰越金額が少なくなる・・・」 中尾統括官の声が強くなる。 「なるほど」 浅田調査官は、大きく頷く。 「・・・したがって、災害等により減少した担税力を考慮するのであれば、その効果が最大限に発現するよう、雑損控除を所得金額から最初に控除するのではなく、基礎控除など他の所得控除を適用した後に控除すべきであるということなのだ・・・」 そう言うと、中尾統括官は、簡単な図を描く。 「・・・そうするか、又は、特定非常災害については、雑損控除とは別に、特定非常災害控除・・・・・・・・というものを設けて、そして、控除として引く順番を最後にするといった制度を考えることも可能ですね」 浅田調査官は、嬉しそうに言う。 (つづく)
《速報解説》 改正資金決済法上の電子決済手段の発行及び保有等に係る会計上の取扱いを示す公開草案がASBJより公表される 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2023年5月31日、企業会計基準委員会は、「資金決済法における特定の電子決済手段の会計処理及び開示に関する当面の取扱い(案)」(実務対応報告公開草案第66号)等を公表し、意見募集を行っている。 公開草案は、改正された「資金決済に関する法律」(平成21年法律第59号。以下「資金決済法」という)上の電子決済手段の発行及び保有等に係る会計上の取扱いを示すものである。 なお、「『連結キャッシュ・フロー計算書等の作成基準』の一部改正(そのX)(案)」(企業会計基準公開草案第79号)を公表し、資金決済法第2条5項第1号から第3号に規定される電子決済手段(外国電子決済手段については、利用者が電子決済手段等取引業者に預託しているものに限る)を「現金」に含めることを提案している。 日本公認会計士協会から「連結財務諸表等におけるキャッシュ・フロー計算書の作成に関する実務指針」(会計制度委員会報告第8号)の改正案も公表されている。 意見募集期間は2023年8月4日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 概要 2022年6月に成立した「安定的かつ効率的な資金決済制度の構築を図るための資金決済に関する法律等の一部を改正する法律」(令和4年法律第61号)により、資金決済法が改正されている。 改正された資金決済法においては、いわゆるステーブルコインのうち、法定通貨の価値と連動した価格で発行され券面額と同額で払戻しを約するもの及びこれに準ずる性質を有するものが新たに「電子決済手段」と定義されている。 本実務対応報告では、第1号電子決済手段、第2号電子決済手段及び第3号電子決済手段を同一の資産項目として取り扱い、現金又は預金そのものではないが現金に類似する性格と要求払預金に類似する性格を有する資産であることを踏まえ、会計処理及び開示を定めている。 Ⅲ 範囲 資金決済法2条5項に規定される電子決済手段のうち、第1号電子決済手段、第2号電子決済手段及び第3号電子決済手段を対象とする。 ただし、第1号電子決済手段、第2号電子決済手段又は第3号電子決済手段のうち外国電子決済手段については、電子決済手段の利用者が電子決済手段等取引業者に預託しているものに限る。 上記にかかわらず、第3号電子決済手段の発行者側に係る会計処理及び開示に関しては、「信託の会計処理に関する実務上の取扱い」(実務対応報告第23号)を適用する。 資金決済法の規定を用いて、第1号電子決済手段などの定義を規定している。 Ⅳ 電子決済手段の保有に係る会計処理 1 電子決済手段の取得時の会計処理 本実務対応報告の対象となる電子決済手段を取得したときは、その受渡日に当該電子決済手段の券面額に基づく価額をもって電子決済手段を資産として計上する。 当該電子決済手段の取得価額と当該券面額に基づく価額との間に差額がある場合、当該差額を損益として処理する。 2 電子決済手段の移転時又は払戻時の会計処理 本実務対応報告の対象となる電子決済手段を第三者に移転するとき又は電子決済手段の発行者から本実務対応報告の対象となる電子決済手段について金銭による払戻しを受けるときは、その受渡日に当該電子決済手段を取り崩す。 電子決済手段を第三者に移転するときに金銭を受け取り、当該電子決済手段の帳簿価額と金銭の受取額との間に差額がある場合、当該差額を損益として処理する。 3 期末時の会計処理 本実務対応報告の対象となる電子決済手段は、期末時において、その券面額に基づく価額をもって貸借対照表価額とする。 Ⅴ 電子決済手段の発行に係る会計処理 1 電子決済手段の発行時の会計処理 本実務対応報告の対象となる電子決済手段を発行するときは、その受渡日に当該電子決済手段に係る払戻義務について債務額をもって負債として計上する。 当該電子決済手段の発行価額の総額と当該債務額との間に差額がある場合、当該差額を損益として処理する。 2 電子決済手段の払戻時の会計処理 本実務対応報告の対象となる電子決済手段を払い戻すときは、その受渡日に払戻しに対応する債務額を取り崩す。 3 期末時の会計処理 本実務対応報告の対象となる電子決済手段に係る払戻義務は、期末時において、債務額をもって貸借対照表価額とする。 Ⅵ 外貨建電子決済手段に係る会計処理 期末時の会計処理について、次のように規定されている。 Ⅶ 預託電子決済手段に係る取扱い 電子決済手段等取引業者又は電子決済手段の発行者は、電子決済手段の利用者との合意に基づいて当該利用者から預かった本実務対応報告の対象となる電子決済手段を資産として計上しない。 また、当該電子決済手段の利用者に対する返還義務を負債として計上しない。 Ⅷ 注記事項 本実務対応報告の対象となる電子決済手段及び本実務対応報告の対象となる電子決済手段に係る払戻義務に関する注記については、「金融商品に関する会計基準」(企業会計基準第10号)40-2項に定める事項を注記する。 Ⅸ 適用時期等 公表日以後適用する予定である。 (了)
《速報解説》 国税庁、信託型ストックオプションの課税関係含むQ&Aを公表 ~有償型SOには当たらず給与課税との見解、発行会社には源泉徴収義務も~ Profession Journal編集部 国税庁は5月30日に「ストックオプションに対する課税(Q&A)(情報)」を公表、すでに一部報道がなされていたとおり、スタートアップ企業が導入を進めていた信託型ストックオプションの課税関係について見解を示した。 本Q&Aは全6問の事例からなり、「令和5年度の税制改正においては、税制適格ストックオプションの要件緩和に関する改正が行われたことを踏まえ、今般、「ストックオプションに対する課税(Q&A)」を別添のとおり取りまとめました」としており、問1では無償・有利発行型(税制非適格)のストックオプションの課税関係について、問2では有償ストックオプションの課税関係について、それぞれ従前の取扱いを示したうえで、問3において信託型ストックオプションの課税関係を示している。 問3は「税制非適格ストックオプション(信託型)の課税関係」と題して事例を示し、その課税関係として「役職員が当該ストックオプションを行使して発行会社の株式を取得した場合、その経済的利益は、給与所得となります(所法28、36②、所令84③)。」とした。また、「発行会社は、上記の経済的利益について、源泉所得税を徴収して、納付する必要があります。」とされている。 さらに、以下のような国税庁の見解も注書きされている。 〈税制非適格ストックオプション(信託型)のイメージ〉 (※) 国税庁ホームページより 本Q&A冒頭において「このQ&Aは、ストックオプションに関する税務上の一般的な取扱いについて、質疑応答形式で取りまとめたものです。」とされているように、従来からの取扱いを変更したものではないとの見解から、過去に遡って適用されることになろう。問4では発行会社が信託型を含む税制非適格ストックオプションの行使に係る経済的利益につき源泉所得税を納付していない場合について「速やかに源泉所得税を納付していただく必要があります。」等の対応がまとめられており、また「納付した源泉所得税は、ストックオプションを行使した者に求償することができます。」との注書きもある。 その他、問5では税制非適格ストックオプションを行使して取得した株式価額について所得税基本通達23〜35共−9による算定方法が、問6では税制適格ストックオプションの課税関係について従来の取扱い(売却時の譲渡所得課税)がそれぞれ解説されている。 なお問5・問6については既報のとおり、5月30日付で改正通達案がパブリックコメントに付されているため、合わせて確認いただきたい。 (了) ↓お勧め連載記事↓
《速報解説》 税制適格SO要件の「契約時の1株当たりの価額」について、取引相場のない株式では評価通達による算定認める改正通達案が公表される ~意見募集は2023年6月30日まで~ Profession Journal編集部 いわゆる「税制適格ストックオプション」の要件の1つとして とされている(措法29の2①三)。 上記の権利行使価額要件に係る「契約時の1株当たりの価額」に関し、取引相場のない株式については「株価算定ルールが明示されておらず、税制適格ストックオプションの発行等において不安定な税務実務となっている」との指摘がなされていたとして、国税庁は5月30日付でこれらを明確化する改正通達案を公表、パブリックコメントに付した(意見募集は2023年6月30日まで)。 改正通達案では、権利行使価額要件に係る「契約時の1株当たりの価額」については、所得税基本通達23~35共-9の例(売買実例等)によって算定することを明確化した上で、取引相場のない株式の「契約時の1株当たりの価額」については、財産評価基本通達の例によって算定することを認めることとされる(改正措通案29の2-1)。 この取扱いによって、取引相場のない株式については、財産評価基本通達の例によって算定した「契約時の1株当たりの価額」以上の価額で「権利行使価額」を設定していれば、権利行使価額要件を満たすことになる。 また、上記改正とあわせ、以下の点も明確化される(改正所基通案23~35共-9)。 パブリックコメントのページでは参考資料として、改正通達案による計算例も示されている。 ― 計 算 例 ① ― 税制適格ストックオプションを付与する期の直前期末のB/S(相続税評価(時価)ベース) ●財産評価基本通達の例により算定した1株当たりの株価(セーフハーバー) 【純資産価額方式の場合】 ・50万円÷1,000株=500円 ― 計 算 例 ② ― 税制適格ストックオプションを付与する期の直前期末のB/S(相続税評価(時価)ベース) ●財産評価基本通達の例により算定した1株当たりの株価(セーフハーバー) 【純資産価額方式の場合】 ・優先分配分:150万円÷1,000株=1,500円 ・均等分配分:50万円÷2,000株=250円 ・普通株式の価額:250円 ・優先株式の価額:1,750円 なお改正通達案による取扱いは、「本通達発遣後に行う新株予約権の行使について適用する」とされている。 (了) ↓お勧め連載記事↓
《速報解説》 IASBが国際的な税制改革から生じる繰延税金の会計処理からの 一時的な救済措置を企業に与える修正を公表 ~修正として「一時的な例外」及び「的を絞った開示要求」を導入~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 国際会計基準審議会(IASB)によるIAS第12号「法人所得税」の修正が公表されている。 当該修正は、経済協力開発機構(OECD)の国際的な税制改革から生じる繰延税金の会計処理からの一時的な救済措置を企業に与えるものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 1 第2の柱モデルルール 第2の柱モデルルール(Pillar Two model rules)は、2021年12月に、経済協力開発機構(OECD)が公表したルールであり、経済のデジタル化から生じる課税上の課題に対処するための2つの柱からなる解決策の1つである。 第2の柱モデルルールは次のようなものである。 2 修正の内容 次のものを導入するものである。 企業は、当該一時的な例外から直ちに便益を得ることができるが、2023年1月1日以後開始する事業年度について投資者に開示することが要求される。 (了)
《速報解説》 監査役協会、「監査役監査実施要領」の改定版を公表 ~会社法改正や改訂版CGコードの適用開始、並びに監査役監査基準等の改定等を反映~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2023年5月22日付けで、日本監査役協会は「監査役監査実施要領」の改定を公表している。 これは、会社法の改正及び改正会社法に係る法務省令の改正及びコーポレートガバナンス・コードの改訂等をはじめとする各種環境変化、並びに「監査役監査基準」等の改定等を反映したものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 1 「第1章 機関設計、監査役及び取締役の選任・解任、報酬等」関係 次の改定を行っている。 2 「第5章 会計監査人との連携」、「第9章 会計監査、計算関係書類・事業報告及びその附属明細書の監査並びに剰余金の配当に係る監査」関係 「監査役等と監査人との連携に関する共同研究報告」及び「会計監査人との連携に関する実務指針」の改定に関する内容等を反映している。 3 「第10 章 監査報告の作成・提出、監査の状況の開示、監査役会の実効性評価」関係 次の改定を行っている。 4 「第11 章 株主総会」関係 株主総会参考書類の電子提供制度、及びバーチャル株主総会に関する解説を追加している。 5 「第12 章 損害賠償責任の一部免除、補償契約、役員等賠償責任保険契約、株主代表訴訟」関係 補償契約、役員等賠償責任保険契約に関する解説を追加している。 * * * 上記のほか、2016年版の「監査役監査実施要領」において巻頭に掲載していた「用語解説」を巻末に移動し、項目を追加するなどの改定も行われている。 (了)
2023年5月25日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.520を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
谷口教授と学ぶ 税法基本判例 【第26回】 「合法性の原則の内在的制約」 -スコッチライト事件・大阪高判昭和44年9月30日判時606号19頁の新たな読み方- 大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 本連載は、基本的には、拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)で参照している判例の中から、同書における叙述の順に従って判例を取り上げ検討してきたが(第1回1参照)、今回と次回で同書第1編(税法の基礎理論)の参照判例の検討は一先ず終えることにする。その前に今回と次回は、合法性の原則の制約について、租税平等主義と信義則に関する判例を取り上げることにする。 今回は、古い裁判例ではあるが、スコッチライト事件・大阪高判昭和44年9月30日判時606号19頁(以下「本判決」という)を取り上げ、租税平等主義との関係で合法性の原則の制約を検討しながら、本判決の「新たな読み方」を提示することにしたい。まず、その検討に関連する本判決の判示を以下に引用しておこう(下線・傍点筆者)。 Ⅱ 伝統的・通説的な読み方-対立思考と合法性の原則の外在的制約- 本判決は、当初から、税法の執行の場面における租税法律主義(税法における法律による行政の原理すなわち合法性の原則)と租税平等主義ないし租税公平主義との対立ないし抵触の問題を後者の優先により解決した判決として、理解されてきたように思われる。本判決に関する評釈は多くはないが最初のものと思われる判例評釈では次の理解が示されていた(吉良実「判批」シュトイエル94号(1970年)9頁、15-16頁。下線筆者。なお、吉良教授は本判決の結論に反対の立場である)。 本判決に関する評釈は、その結論に賛成か反対かはともかく(賛成の立場に立つものとして大林正平「判批」愛知大学法経論集法律篇84号(1977年)107頁、119頁、反対の立場に立つものとして吉良・前掲「判批」16頁、市原昌三郎ほか編『ワークブック行政法』(有斐閣・1976年)8頁[市原執筆]参照)、本判決が解決すべき問題を税法の執行における租税法律主義と租税平等主義との対立として捉えている点では、共通していたように思われる(以下ではそのような問題の捉え方を「対立思考」という)。 対立思考に基づき本判決を理解しようとする見解は、今日でも、税法及び行政法の学説にも広くみられるところである。例えば、清永敬次教授は「税法の執行上の原則としての租税平等主義」について、次のとおり述べて(同『税法〔新装版〕』(ミネルヴァ書房・2013年)33-34頁。下線筆者)、その第2文及び第3文で財産評価を取り上げ対立思考に基づく解説をし、その第4文及び第5文で、本判決を念頭に置いたものと解される解説をしておられる(その文末に【重要判例】として本判決を掲載しておられる。金子宏『租税法〔第24版〕』(弘文堂・2021年)96-97頁も参照)。 行政法の分野でも、例えば、宇賀克也教授は、「行政法の一般原則」の1つとして「平等原則」を説明する旨を述べ(同『行政法概説Ⅰ 行政法総論〔第7版〕』(有斐閣・2020年)49頁、65頁参照)、その上で、対立思考に基づき「法律による行政の原理と平等原則とが抵触する場合にいずれを優先させるかは困難な問題である」(同65頁)と述べつつも、本判決が「租税平等原則が租税法律主義に優先する場合があることを明言した」(同67頁)との理解を示しておられる(同「判批」租税判例百選〔第3版・1992年〕18頁、19頁~同〔第6版・2016年〕21頁、22頁も同旨。同様の理解を示すものとして大橋洋一『行政法Ⅰ 現代行政過程論〔第4版〕』(有斐閣・2019年)50-51頁等のほか、巽智彦「判批」租税判例百選〔第7版・2021年〕21頁、22頁も参照)。 以上でみたように、対立思考は、税法の執行上の原則としての租税平等主義を租税法律主義の外部にある要請として捉え、この外在的要請による租税法律主義の制約によって両者の対立を解消しようとするものであることから、その制約は租税法律主義の妥当範囲について外在的制約を構成するといってよかろう(以下「合法性の原則の外在的制約」という)。 Ⅲ 新たな読み方-調和思考と合法性の原則の内在的制約- ところで、対立思考に基づき本判決を合法性の原則の外在的制約を認めた裁判例として理解してきた伝統的・通説的な読み方に対して、近時、本判決を租税法律主義(合法性の原則)と租税平等主義・租税公平主義とのいわば「調和」の中で理解しようとする新たな読み方が登場してきた。そのような理解の仕方を「調和思考」と呼ぶとすれば、それには以下のとおり「合法性の原則『出自』見直し説」と「『合法課税』適用違憲説」ともいうべき2通りの考え方があるように思われる。 1 合法性の原則「出自」見直し説 まず、筆者が「合法性の原則『出自』見直し説」と呼ぶ考え方を説かれるのは、佐藤英明教授である。佐藤教授は本判決について次の理解を示しておられる(同「租税法律主義と租税公平主義」金子宏編『租税法の基本問題』(有斐閣・2007年)55頁、63-64頁。下線筆者。同『スタンダード所得税法〔第3版〕』(弘文堂・2022年)491頁も参照)。なお、佐藤教授の見解を肯定的に捉えるものとして巽・前掲「判批」22頁、中里実ほか編『租税法概説〔第4版〕』(有斐閣・2021年)23-24頁[藤谷武史執筆]参照)。 佐藤教授は、本判決に関する上記の理解から、「裁判例において合法性の原則が租税法律主義と租税公平主義とを結ぶものとして重視されていることをどのように評価すべきか」(同・前掲論文64頁)という問題を検討課題として導き出された上で、合法性の原則の位置づけに関する検討結果として次のとおり述べておられる(同・前掲論文69頁。下線筆者)。 佐藤教授は、このように、実質的な面での合法性の原則の「出自」を租税公平主義に認め、その「出自」をもって租税法律主義と租税公平主義とを結びつけ(筆者の表現によれば「調和」させ)、さらには「合法性の原則を租税法律主義の内容から除外し」(同・前掲論文69頁)た上で、そのような調和思考に基づき本判決の理解を試みておられるものと解される。 佐藤教授のこのような考え方は、確かに、論理的には十分成り立ち得るものである。しかし、わが国における租税法律主義が明治憲法下で法律による行政の原理とりわけ侵害留保原理として出発し、佐藤教授が租税法律主義の「中核」に据えておられる課税要件法定主義(同・前掲論文64頁参照)は、現行憲法下で財政民主主義(83条)を具体化するものとして租税法律主義の内容に追加されたもの(租税法律主義の民主主義的再構成)であるという沿革からすると、歴史的には成り立たないように思われる(拙著『税法創造論』(清文社・2022年)45-46頁[初出・2020年]のほか8-14頁[同]参照)。 そうすると、佐藤教授は上記のような沿革から離れて合法性の原則の「出自」を見直されたものと解されるが(このような理解に基づき筆者は佐藤教授の考え方を「合法性の原則『出自』見直し説」と呼ぶのである)、その見直しの際援用された「この説明」(前記引用文)は、金子宏教授による下記の説明(同ほか編『租税法講座―第1巻 租税法基礎理論―』(帝国地方行政学会・1974年)231頁[同『租税法理論の形成と解明 上巻』(有斐閣・2010年)61-62頁収録]。下線筆者)である。 金子教授はこの説明を、当初は次のような表現で行っておられた(同「租税法律主義について」税経通信20巻5号(1965年)21頁、22頁。下線筆者)。 ここで述べられている「考え方」は、金子教授が「租税法規の特色」の1つとして「強行性」について次のとおり述べておられる考え方(同・前掲『租税法』31頁。下線筆者)であると解される。 このようにみてくると、佐藤教授が合法性の原則の「出自」を見直すに当たって援用された金子教授の考え方は、税負担の公平の維持を租税公平主義の観点からではなく租税法規の強行性の観点から説くものであると解されるので、合法性の原則の「出自」を租税法律主義ではなく租税公平主義にあるものとして見直すための根拠としては、適切でないように思われる そうすると、合法性の原則「出自」見直し説は、本判決の読み方としても妥当でないように思われるが、だからといって、調和思考も妥当でないとはいえないように思われる。この点については、合法性の原則「出自」見直し説のように合法性の原則を租税公平主義と結びつけその枠内に「包摂」(佐藤・前掲論文70頁)するのではなく、以下で述べる「『合法課税』適用違憲説」とでもいうことができる考え方によって、合法性の原則の内部に租税平等主義による制約(合法性の原則の内在的制約)を設定するという論理構成をもって、合法性の原則と租税平等主義との調和を図るのが相当であると考えるところである。 2 「合法課税」適用違憲説 租税平等主義ないし租税公平主義は「租税の領域にあらわれた平等原則」(清永・前掲書32頁)であるが、憲法14条1項の定める平等原則については、その意義をめぐる議論が法適用平等説(立法者非拘束説)から法内容平等説(立法者拘束説)へと展開されてきたところである(差し当たり長谷部恭男編『注釈日本国憲法(2) 国民の権利及び義務(1) §§10~24』(有斐閣・2017年)169頁[川岸令和執筆]参照)。 今日の通説・判例というべき法内容平等説は、「正確にいえば法内容・適用平等説」(内野正幸『憲法解釈の論点〔第4版〕』(日本評論社・2005年)49頁)であるが、ただ、「法令違憲の場面に関心を集中させてきた憲法学」(原田大樹「平等原則と比例原則」法律時報90巻8号(2018年)16頁、21頁)においては平等原則のうち「法内容平等」の側面が重視されてきたのに対して、行政法学においては行政法の一般原則としての平等原則(前記Ⅱ参照)について「法適用平等」の側面が重視されてきたように思われる。 このような学問状況の中で、税法学は租税平等主義について「法内容平等」及び「法適用平等」の両方の側面を重視してきたが(例えば、清永・前掲書32-34頁、金子・前掲『租税法』90-97頁参照)、このことは税法学の特色といってもよかろう(この点について、宍戸常寿「租税立法の合憲性審査の基準」日税研論集77号(2020年)221-222頁も参照)。とはいえ、税法学は、租税平等主義の上記の両方の側面を重視してきたものの、それらの側面の相互関係やその意味内容を明らかにはしてこなかったように思われる。 もっとも、この点については、「法内容平等」と「法適用平等」とを媒介する論理が暗黙ないし当然の前提として措定されてきたと考えることができるように思われる。その媒介論理は、「法内容平等」の要請を満たす法律規定においてはその内容を当該規定の実際の適用上も平等に実現するための措置が講じられているはずであり、講じられていなければならない、というような考え方である。そのような措置は、何よりもまず、「法内容平等」を実現するのに必要かつ十分な規律密度・明確性を確保した形で当該規定を定めることであるが、これも「法内容平等」の一環としてあるいはその延長線上において当該規定に内在する立法の問題である。 このような媒介論理を措定する可能性・必要性を示唆してくれたのは、ドイツ連邦憲法裁判所2014年12月17日判決の次の要旨及び判示である(BVerfG v. 17.12.2014 - 1 BvL 21/12, BVerfGE 138, 136, Ls.5, Rz.254. 下線筆者。この判決については前掲拙著『税法創造論』284-285頁[初出・2017年]も参照)。 この判決は事業承継税制に関する相続税の課税減免規定を平等権侵害で違憲(法令違憲)としたが、その意味するところは、租税基本法42条という一般的否認規定によって否認されないが望ましくはない(課税上の不平等取扱いをもたらす)租税上の形成を、当該課税減免規定が「相当な範囲で」許容する場合には(勿論、その許容が非典型的な個別事例にとどまる場合は格別)、当該課税減免規定それ自体には、そのような租税回避の試みを阻止し課税の公平を確保するのに必要かつ十分な規律密度・明確性が欠如しているとみて、その結果「相当な範囲で」課税の不平等が生じ得ることを理由に、当該課税減免規定を違憲と判断したものであると解されるのである。 さて、本判決は、前記Ⅰ引用部分の第1段落の後半部分において「租税法律主義ないし課・徴税平等の原則」を援用して、「法定の課税標準、税率に従つた課・徴税処分」につき「実定法に反する処分」、「違法処分」という、一見すると相矛盾する表現で判断を示しており、そうであるが故に、伝統的・通説的には対立思考に基づく読み方がされてきたのであろうが、しかし、以上の検討を前提にして本判決を改めて読み直してみると、上記の部分に「したがって」で続けて述べられている次の判示(下線筆者)が注目される。 ここで注目されるのは、①他の箇所では「課・徴税平等の原則」という言葉を用いながら「課税平等の原則」という言葉を用いていることと、②同原則が「みぎ法定の課税標準ないし税率による課・徴税処分を、でき得る限り、軽減された全国通用の課税標準および税率による課・徴税処分に一致するように訂正し、これによつて両者間の平等をもたらすように処置することを要請しているもの」と解していることである。 まず上記の①について、「課・徴税平等の原則」は「課税」と「徴税」の両面について平等取扱いを要請するものであるが、そのうち「徴税」の面での平等取扱いは専ら税法の執行における法適用平等を意味するのに対して、「課税」の面での平等取扱いは、「徴税」と対比される「課税」が納税義務の確定を意味するものと解される以上、確定の対象となる成立した納税義務の内容における法内容平等とその納税義務の確認における法適用平等の両方を含むものと解される。 そうすると、「課税平等の原則」は、納税義務の内容を定める税法(課税要件法。本件では関税定率法)に関する法内容平等を、その適用上も実現するための措置を要請するものと解されるが、本判決はその措置を前記②すなわち「みぎ法定の課税標準ないし税率による課・徴税処分を、でき得る限り、軽減された全国通用の課税標準および税率による課・徴税処分に一致するように訂正し、これによつて両者間の平等をもたらすように処置すること」として捉えていると解される。 そして、前記②にいう「訂正」は、本件における「法定の課税標準ないし税率による課・徴税処分」のうち「軽減された全国通用の課税標準および税率」を超える部分を違憲(関税定率法の適用違憲)とする措置を意味するものと解される。そうすると、本件においてはその超過部分について課・徴税処分の根拠となる関税定率法の規定が存在しないこととなるので、本判決は前記Ⅰ引用部分の末尾で「神戸税関の課・徴税処分は、結局のところ、超過した10%の限度において法律に基づかない違法な課・徴税処分に当ると言うことができる。」(下線筆者)と判示したものと解されるのである。 なお、前記のドイツ連邦憲法裁判所判決は相続税の課税減免規定を平等権侵害で法令違憲と判断したが、本判決は本件物品に係る関税定率法の規定の内容それ自体を不平等と判断したのではなく、その規定に関する神戸税関長の解釈適用が関税定率法上正しいと判断しつつ、「できる限り」(前記②)法定の課税標準ないし税率による課・徴税処分を、軽減された全国通用の課税標準および税率による課・徴税処分に一致するように訂正するために、適用違憲という判断手法を用いたものと解される。このような理解によれば、昭和38年10月14日に示された大蔵省関税局長の通達は、本件物品に係る関税定率法の規定の適用違憲を回避する限りにおいて、その規定の規律密度・明確性の不足を補完するものと評価することができよう。 以上を要するに、本判決は、税法の不平等な適用による課・徴税処分を租税平等主義により「法律に基づかない」課・徴税処分とみて合法性の原則の枠外に位置づけたものと解される。その位置づけに当たって、法内容平等の観点からは問題のない規定に基づく「合法課税」を、その規定に適合しない課税が広範に行われ法適用平等が阻害されている場合には、租税平等主義により適用違憲とする判断手法を用いたものと解される(「合法課税」適用違憲説)。 「合法課税」適用違憲説は、租税平等主義を法内容平等それ自体の要請として問題とするのではないが、法内容平等を実現するのに必要かつ十分な規律密度・明確性の確保の観点から適用違憲の根拠として援用するものである。したがって、この説で租税平等主義は、執行上の原則としての租税平等主義ではなく、税法の執行をも視野に入れた立法上の原則としての租税平等主義であるといってもよかろう。 このような意味での租税平等主義によれば、税法の不平等な適用は、その限りにおいて適用違憲の故に法律に基づかない課税として、合法性の原則の内在的制約を構成すると考えられる。この意味において、合法性の原則と租税平等主義とは調和すると考えられるのである(調和思考)。 Ⅳ おわりに 今回は、本判決について、対立思考に基づき執行上の原則としての租税平等主義を合法性の原則の外在的制約として捉える伝統的・通説的な読み方を確認し、さらに、調和思考に基づく新たな読み方として合法性の原則「出自」見直し説を検討した後、平等原則を法内容・適用平等説(通説・判例)の暗黙・当然の前提にまで立ち返って検討した上で、「合法課税」適用違憲説により別の調和思考に基づく新たな読み方を提示した。この読み方は、筆者がこれまで示してきた読み方(谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」第2回Ⅳ、前掲拙著『税法基本講義』【81】、同『税法創造論』46頁注(134)[初出・2020年]参照)を補足・補正するものである。 今回の検討は、筆者が実質的租税法律主義(基本的人権保障に抵触する租税立法の禁止。前掲拙著『税法基本講義』【11】参照)の内容の1つとして租税平等主義を論ずる場合に前提とする公平観(含み公平観)を、合法性の原則と租税平等主義との関係を検討する場面で、展開しようとするものでもある。 含み公平観は、租税負担の公平は租税法律の中で考慮され租税法律を通じて実現されなければならず、租税法律を離れて実現されてはならない、要するに租税法律に含まれている、という考え方であるが(前掲拙著『税法基本講義』【21】参照)、今回、本判決の新たな読み方を提示するに当たって前提にした調和思考も、税法の適用の場面における含み公平観に基づくものである(同【81】参照)。 (了)
〈判例評釈〉 ムゲン・ADW事件が残したもの ~最高裁の判示は、納税者の納得が得られるものか~ 【第3回】 公認会計士・税理士 霞 晴久 Ⅲ 争点②通則法65条4項にいう正当な理由は認められるか 1 ムゲン事件第一審判決 (1) 原告の主張 ムゲン事件第一審において、原告は、「国税庁は、平成7年に、分譲マンション購入費用事例(※24)において、取得目的が将来的に分譲することにあれば、『課税資産の譲渡等にのみ要するもの』に該当するとして差支えない旨回答し、また、国税庁作成による『消費税一問一答(平成6年版)』には、『販売用の目的で取得し、一時的に自社の資材置き場として使用しているときは、最終的な使用目的が販売用であるので非課税用となる』と記載されていたことからすれば、国税庁は、従前、個別対応方式における用途区分については、事業者の課税仕入れの最終的な目的により判定することを明らかにしていた」と主張し、さらに、「賃貸中マンション購入費用事例(※25)や、国税庁が、従前、『課税資産の譲渡等にのみ要するもの』の意義について、『直接、間接を問わず、また、現実に譲渡を行った時期を問わず、その対価の額が最終的に課税資産の譲渡等のコストに入るような課税仕入れ等をいう』との解釈を明らかにしていたところ、当該解釈に従うと、販売目的で建物を購入するに当たり、販売するまでの間、これを住宅用として賃貸する予定があったとしても、当該建物の購入はその対価の額が最終的に課税資産の譲渡等である販売のコストに入るような課税仕入れに当たることなどからすると、個別対応方式における用途区分の判定を事業者の課税仕入れの最終的な目的により行う取扱いは、従前、税務当局の課税実務において広く認められていた」とし、本件更正処分は適法であるとしても、原告の過少申告は、税務当局による取扱いの変更から生じたという点で、真に原告の責めに帰することのできない客観的な事情があり、過少申告加算税の趣旨に照らして、原告に過少申告加算税を賦課することは不当ないし酷であると主張した。 (※24) 国税庁のウェブサイトに掲載された照会事例で、譲渡用住宅を一時期賃貸用に供する場合の仕入税額控除について、「購入物件は分譲することを目的として取得したマンションであり、課税仕入れの時点では『課税資産の譲渡等にのみ要するもの』に該当することは明らかであることから、仮に一時的に賃貸用に供されるとしても、継続して棚卸資産として処理し(中略)、将来的には全て分譲することとしているものについては、消費税法第30条第2項第1号イの課税資産の譲渡等にのみ要する課税仕入れに該当するものとして取り扱って差し支えない。」と回答している。 (※25) 平成9年頃、東京国税局に照会された事例をいい、「転売目的のマンションを居抜きで買い取った場合の仕入税額控除の適用について」という照会に対し、「マンションを転売目的で取得したことが明らかであることから、課税資産の譲渡等にのみ要する課税仕入れに該当し、仕入税額控除が認められる〔なお、国税庁消費税課の意見の要約として、「『課税資産の譲渡等にのみ要する課税仕入れ』かどうかの判定は、課税仕入れを行った日等の状況で行うが、これは、課税仕入れが結果として何の売上げに貢献したかではなく、何の売上げに貢献される目的で行ったかを課税仕入れの時点で判断すべきであることを意味している。マンションを購入した際に賃貸収入(非課税売上げ)が生じているが、これはあくまで居抜きで購入したために副次的に得た対価である」と記載されている。〕。」と回答している。 (2) 裁判所の判断 上記主張を受け、東京地裁は、提出された証拠を検討し、「税務当局においては、平成元年当時、土地購入仲介手数料事例(※26)と同様の事例につき、『課税資産の譲渡等にのみ要するもの』として取り扱うことを記載した文献が存在していたほか、土地造成費等事例(※27)について、土地を販売の目的で取得し、一時的に自社の資材置場等として使用しているときは、最終的な使用目的に従って、非課税売上げにのみ必要な課税仕入れとして取り扱うことを記載した文献も存在していたのであって、これらによると、税務当局は、個別対応方式における用途区分において、主たる目的又は最終的な使用目的を考慮して用途区分を判定していたとも理解され得るのであり、平成9年頃の賃貸中マンション購入費用事例も、このような取扱いと整合するものとみることもできる。」と判示し、消費税導入直後の平成元年から平成9年頃までは、最終的な使用目的に従う用途区分が認められていたと判断している(※28)。しかしながら、東京地裁は続けて、「このうち土地購入仲介手数料事例と同様の事例については、平成10年3月発行一問一答では共通課税仕入れに区分する旨に変更されている」とし、税務当局の解釈変更があったことを認めている。 (※26) 国税庁のウェブサイトに掲載された事例で、土地購入仲介手数料について、副次的に収受する土地の賃料を考慮せず、土地の販売及び建物の販売という事業者の最終的な目的のみから用途区分の判定をする取扱いをいう。 (※27) 平成元年8月発行の「建設業、不動産売買・仲介業、不動産賃貸業、テナント これが一番新しい消費税Q&A」(財団法人大蔵財務協会発行)に掲載された事例をいい、そこには、「個別対応方式で造成費の取り扱いは?」という設問がある。 (※28) 原告が指摘する分譲マンション購入費用事例を始めとする過去事例は、「最終的な目的によって判断すべき」との原告の主張の根拠とされており、かつ、「税務当局は、納税者に対する事前の周知等の是正措置を講じることもなく、突如として、これまで容認してきた本件課税仕入れの用途区分に関する消費税法の解釈又は適用を変更(中略)することは、租税平等主義に反する。」という主張の根拠ともなっている。 その上で、東京地裁は、本件課税仕入れについて共通課税仕入れに区分されることを示す複数の裁判例・裁決例(東京地判平成24年9月7日判決(以下「平成24年判決」という)、さいたま地判平成25年6月26日(以下「平成25年判決」という)、名古屋地判平成26年10月23日(以下「平成26年判決」という)や国税不服審判所平成17年11月10日裁決(以下「平成17年裁決」という)、同平成22年11月8日裁決(以下「平成22年裁決」という)、同平成24年裁決(以下「平成24年裁決」という))を挙げ、「文献又は雑誌の記事においても、本件課税仕入れについて共通課税仕入れに当たることを示すものが存していたことが認められる」と認定した上で、「これらの事情を考慮すると、(中略)、原告が、本件各課税仕入れを『課税資産の譲渡等に要するもの』に区分した上で控除対象仕入税額の計算をしたことについては、真に原告の責めに帰することのできない客観的な事情があり、過少申告加算税の趣旨に照らしてもなお原告に過少申告加算税を賦課することは不当又は酷になるとまではいえない。」と判示した。すなわち、東京地裁は、本件課税期間の当時、税務当局の解釈変更については、複数の裁判例や裁決例で容易に知りえたので、原告による申告額が過少であったことにつき、通則法65条4項にいう「正当な理由」があるとはいえないと結論付けたのである。 2 ムゲン事件控訴審判決 (1) 認定事実と結論 ムゲン事件控訴審では、一転、以下のように判示し、控訴人(ムゲン)の主張を認め、通則法65条4項にいう「正当な理由」があるとして、賦課決定処分は違法であるとした。 (2) 検討 上記のとおり、国側は、平成9年頃には、本件課税仕入れを課税資産の譲渡にのみ要する課税仕入れと扱っていないという主張をしていた。これに対し、東京高裁は、「(賃貸中マンション購入費用事例)の記載内容は相当詳細かつ具体的である上、当時の税務当局職員の説明も存在すること、本件課税仕入れを共通課税仕入れであることを示唆する公的機関が作成した文書の存在も平成17年まで指摘できないことを踏まえると、平成9年頃、税務当局が、本件課税仕入れを課税資産の譲渡にのみ要する課税仕入れと扱っていた可能性は否定でき(ない)」と判示し、さらに、賃貸中マンション購入費用事例についての国側の「誤った一事例の回答に過ぎない」との反論に対しては、「仮に、誤った一事例に過ぎないとすれば、その後、これを改めた正しい照会回答が複数存在するものと考えられるが、そのような証拠は見当たらない」として国側主張を排斥している。 このように、東京高裁が一転、原審の判断を覆した理由は定かではないが、第一審で原告がいうように、「税務当局が、原告以外の一部の納税者との関係では、本件課税仕入れにつき『課税資産の譲渡等にのみ要するもの』に該当するとの処理を容認していたことは明らか」であるとか、「本件課税仕入れについて税務当局が共通課税仕入れに該当すると判定したのは、平成24年裁決が初めて(※29)であると思料され、その後、本件課税仕入れを『課税資産の譲渡等にのみ要するもの』に区分することについて、税務当局の税務調査での対応は区々になっている」という状態が引き起こされていたことからすれば、課税実務における混乱状態を招いた税務当局の責任についても考慮し、かつ、内容的にムゲン・ADWの事件に近い賃貸中マンション購入費用事例の照会内容を重視したものではないかと思われる。 (※29) これはあくまで原告の主張であり、裁判所は、「本件と争点を同一にする平成17年裁決、平成22年裁決、平成24年裁決」と判示しているので、遅くとも平成17年頃には解釈変更があったと裁判所は認定している。 3 ADW事件控訴審 (1) 裁判所の判断 ADW事件控訴審では、先祖返りともいうべきか、裁判所の判断は再度逆転し、通則法65条4項にいう「正当な理由」は認められないとされた。 東京高裁は、「本件と同様に販売目的による居住用の建物の取得費について課税仕入れの区分が争点となった事案につき、公刊物に掲載された平成17年、平成22年及び平成24年の各裁決例並びに平成25年の裁判例において、当該各事案の所轄行政庁及び控訴人が、当該各課税仕入れが共通対応課税仕入れに当たるとする本件処分と同旨の主張をし、その主張が採用されていたこと(中略)などに照らすと、これらの文献や事例等に表れた平成17年以降の課税庁の取扱いは、被控訴人が本件各確定申告を行った当時、被控訴人と同様に中古マンション等を購入してこれを転売する事業を行う業者の間において相当程度周知されていたものということができ(る)(下線筆者)」とし、「平成9年賃貸マンション事例(筆者注:賃貸中マンション購入費用事例を指すと思われる)の存在を踏まえても、その内容がその後において個々の事案における個別の事例判断の範囲を超えた一般的通用性を有する規範として課税庁において是認され一般に周知されていたことを認めるに足りる的確な証拠はない以上、被控訴人の主張に係る平成17年の前後における課税庁の取扱いの差異の有無については、本件全証拠によっても明らかではないといわざるを得ない。」と判示して、ムゲン事件控訴審判決とは真逆の結論を導いた(※30)。しかしながら、ADW事件控訴審の判示には、ムゲン事件控訴審判決を覆すような新たな事実や証拠は何ら示されておらず、紋切り型に「周知されていた」「的確な証拠はない」「明らかではない」と述べているに過ぎないように思われる。ムゲン事件控訴審判決で重視したと思われる賃貸中マンション購入費用事例については、本件課税期間当時には、何故一般的通用性はなかったのか、平成17年裁決その他の方が相当程度周知されていたというのがどの程度の確実性を持っていえる事象なのか、判決文では述べられていない。 (※30) 田中・前掲(※20)28頁は、「判決において、このような対照的な結論がなぜ生じたのかは、裁判官の心証の違いによるものかもしれないが、必ずしも明確ではない。とはいえ、本件納税者については、係争の年度における課税庁の取扱いが、過去の年度におけるそれから大きく変化したという事実があるようであり、そうだとすれば、課税庁は、本件納納税者に対して、その明確な理由や法的根拠を示す必要がある。また、課税庁において、事実として、その変更が税務行政上広く行われたのであれば、その法的正当性は何かを明示する必要がある。そのような丁寧な対応なくして、あるときから課税関係を一気に変えることは、租税法律主義に反する、信義則に反するなどの批判を免れないであろう。」と述べ、厳しく批判している。 (2) 検討 課税庁の対応について、ムゲン事件第一審で原告は、「近時の税務調査(※31)において、担当調査官は共通課税仕入れとして処理されていないことを理由に否認の対象となる旨指摘したものの、その上司の調査官がその必要はないとして否認されなかった事案があることなどからも認められる。」と述べ、さらに、税務当局が、原告以外の課税仕入れにつき課税対応の処理を容認していたことは明らかなため、「本件各課税仕入れが共通課税仕入れに該当すると判定して本件各更正処分をすることは、租税平等主義に反する。」とまで主張していた。 (※31) ムゲン・ADWが、課税庁による更正処分が不服であると考えることの根本には、過去の税務調査時に問題として指摘されてこなかったことが大きいと思われる。この点につき、ムゲン事件第一審判決では、「原告は、平成23年4月に日本橋税務署による税務調査を受け、このとき消費税等については、その還付が多額であることなどを理由に過去3期分が対象とされ、個別対応方式における用途区分についても調査されたが、指摘されたのは本件とは無関係の用途区分の誤りだけであり、本件課税仕入れの用途区分についての指摘はされなかった。」と主張している。 後述する、国税不服審判所に対する平成の終わりから令和にかけての審査請求の状況、あるいは、他の納税者について課税庁は、本件課税仕入れについて課税売上対応課税仕入れとする処理を容認していたという主張を踏まえても、平成17年以降の課税庁の取扱いが、中古マンション等を購入してこれを転売する事業を行う業者に対して統一的に適用されていたとは考えられず、同様に、同業者の間においても周知の事実だったと認定することは困難である。むしろ、ムゲン・ADWが問題とされた課税期間の前後の期間において、突然当局が見解を変更したと納税者が考えるような税務調査が頻発したと見るべきであり、その混乱ぶりに配慮するという意味からも、判決の「落としどころ」としては、ムゲン事件控訴審判決の方がより納税者の納得の得られる結論となっているのではないかと思われる。 4 ムゲン事件最高裁判決 (1) 裁判所の判示 最高裁(※32)は、原審の判示を採用せず、「税務当局は、遅くとも平成17年以降、本件各課税仕入れと同様の課税仕入れを、当該建物が住宅として賃貸されること(その他の資産の譲渡等に対応すること)に着目して共通対応課税仕入れに区分すべきであるとの見解を採っており、そのことは、本件各申告当時、税務当局の職員が執筆した公刊物や、公表されている国税不服審判所の裁決例及び下級審の裁判例を通じて、一般の納税者も知り得たものということができる。他方、それ以前に税務当局が作成した部内資料や税務当局関係者が編者である公刊物及び平成7年頃の関係機関からの照会に対する回答には、事業者の目的に着目して用途区分を判定していたとも理解され得る記載等があるものの、これらは、本件各課税仕入れと同様の課税仕入れに直接言及するものでなく、その趣旨や前提となる事実関係が明らかでないなど、必ずしも上記見解と矛盾するものとはいえない。また、税務当局は、平成9年頃、関係機関からの照会に対し、本件各課税仕入れと同様の課税仕入れを課税対応課税仕入れに区分すべき旨の回答をしているが、このことから、直ちに、税務当局が一般的に当該課税仕入れを事業者の目的に着目して課税対応課税仕入れに区分する取扱いをしていたものということはできないし、上記回答が公表されるなどしたとの事情もうかがわれない。そうすると、平成17年以降、税務当局が、本件各課税仕入れと同様の課税仕入れを当該建物が住宅として賃貸されることに着目して共通対応課税仕入れに区分する取扱いを周知するなどの積極的な措置を講じていないとしても、事業者としては、上記取扱いがされる可能性を認識してしかるべきであったということができる。」と判示し、納税者側の全面敗訴が確定した。 (※32) 最判一小令和5年3月6日(令和3年(行ヒ)第260号)、TAINSコード:Z888-2481。 (2) 検討 ADW事件控訴審判決から、ムゲン・ADW事件最高裁判決までに約1年7ヶ月(ムゲン控訴審判決からは約1年10ヶ月)を要しており、比較的長い時間をかけた(※33)にもかかわらず、最高裁判決は課税庁側に有利な過去の裁判の判示を単に要約したかのような内容となっている。最高裁は、本件課税期間当時の税務調査の現場の混乱を招いた税務当局の責任について特に考慮することなく、結果的に納税者の納得の得られない最終結論となった。 (※33) 判決に先立つ本年2月9日には、最高裁において、両事件の口頭弁論が開催された。「最高裁が初めて考え方を示す可能性もある。」(2023年2月9日付日本経済新聞電子版)という見方もあったが、結果は、本稿で見たように、直前のADW事件控訴審判決の焼き直しであった。 5 税務調査における更正処分の実態-「手のひら返し」はあったか (1) 問題の所在 ムゲン事件第一審で原告が「本件各更正処分は、税務当局が従前認めていた上記取扱い(筆者注:分譲マンション購入費用事例において課税売上対応課税仕入れを認めてきたこと)を突如として変更して行ったものであり、近年になって本件と同様の事案で更正処分を受けた者が原告以外にも多数存在することは、税務当局が従前認めていた上記取扱いを近年になって変更したことの証左である。」と述べていること、あるいはADW事件第一審で原告が「税務当局は、転売用マンションに係る課税仕入れの用途区分について、従前は課税対応課税仕入れに区分するとの取扱いをしていたが、平成17年に突然これを変更し、共通対応課税仕入れに区分するとの取扱いをするようになった。」と述べている事実は存在したのか、特にムゲン事件の前後において、税務当局の対応はどうであったか、1つの試みとして、国税不服審判所に対する審査請求の件数から、その実態について検証してみたい。 (2) 検討結果 国税不服審判所に対し審査請求のあった事案のうち、裁決までに至ったものについては、そのホームページで税目別・争点別に検索が可能(※34)なので、同検索システムを用い、税目消費税及び争点「6税額控除/1仕入税額控除/5課税仕入れ等の経費区分(※35)」から、平成23年以降令和4年末までの裁決事例を検索すると、下記【表2】のとおり、課税仕入れ等の経費区分が争点とされた事案は全部で30件あり、そのうち販売目的で取得した居住用賃貸建物に係る課税仕入れの個別対応方式における区分が争点となったものが全部で15件抽出された(令和5年5月15日検索時点)。ちなみに、平成30年の3件のうち1件はムゲン事件となっており(※36)、この辺りを境に、特に令和2年以降、同様の事案が急増しているのが分かる。 (※34) 国税不服審判所「裁決要旨検索システム」。 (※35) 国税不服審判所の裁決要旨検索システムでは、争点番号「500601050」に該当する。 (※36) ADW事件において、納税者は、平成30年9月13日付で国税不服審判所に審査請求したが、同日の翌日から3ヶ月を経過しても裁決がされなかったため、審査請求を取り下げ、東京地裁に提訴した。したがって、【表2】にはADW事件は含まれていない。 【表2】 したがって、特にムゲン事件の前後において、税務調査における「手のひら返しはあった」と見るべきであり、筆者の仄聞するところでは、共通対応課税仕入れを主張する税務当局はその根拠として、平成24年裁決や平成24年判決を提示していたとのことである。 以上のような経緯があったとすれば、「従来の見解を変更したことを納税者に周知するなど、これが定着するよう必要な措置を講じるのが相当であったと解されるにもかかわらず、そのような措置を講じているとは認められない」というムゲン事件控訴審判決がいう課税庁側の責任は免れ得ないであろう。このような態度・姿勢を継続するとすれば、納税者の課税庁に対する信頼を損ねることに他ならないことを肝に銘じるべきである。 (続く)
「税理士損害賠償請求」 頻出事例に見る 原因・予防策のポイント 【事例122(消費税)】 税理士 齋藤 和助 《基礎知識》 ◆簡易課税制度(消法37、消令57) その課税期間の基準期間における課税売上高が5,000万円以下で、簡易課税制度の適用を受ける旨の届出書を事前に提出している事業者は、実際の課税仕入れ等の税額を計算することなく、課税売上高から仕入控除税額の計算を行う簡易課税制度の適用を受けることができる。この制度は、仕入控除税額を課税売上高に対する税額の一定割合とするもので、この一定割合をみなし仕入率といい、売上げを次の6つに区分し、それぞれの区分ごとに定められたみなし仕入率を乗じて計算する。 簡易課税制度を適用するときの事業区分及びみなし仕入率は次のとおりである。 ◆固定資産等の売却収入の事業区分(消基通13-2-9) 事業者が自己において使用していた固定資産等の譲渡を行う事業は、第4種事業に該当する。 ◆特例の計算(消令57③) 2種類以上の事業を営む事業者で、1種類の事業の課税売上高が全体の課税売上高の75%以上を占める場合には、その事業のみなし仕入率を全体の課税売上げに対して適用することができる。 (了)