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事例でわかる[事業承継対策]解決へのヒント 【第62回】「公益財団法人への株式の寄附」

事例でわかる[事業承継対策] 解決へのヒント 【第62回】 「公益財団法人への株式の寄附」   太陽グラントソントン税理士法人 (事業承継対策研究会) パートナー 税理士 日野 有裕   相談内容 私は、上場会社Aの創業者であり社長のYです。現在でもA社の株式の約50%を直接所有する大株主ですが、70歳になりそろそろ引退も見据え、社会貢献活動及び相続対策として財団法人を設立し、ゆくゆくは株式の移動を検討しています。 2年前に一般財団法人を設立して、つい先日内閣府より公益認定を取得しました。次のステップとして、私が所有するA社株式の一部を寄附することを検討しています。株式を公益財団法人に寄附する際の注意点について教えてください。 ■ □ ■ □ 解 説 □ ■ □ ■ [1] 個人から法人への株式寄附 個人が土地、建物、株式などの財産(事業所得の起因となるものを除く)を法人に寄附した場合には、時価で譲渡したものとみなされ、その時価と取得価額の差額である値上がり益に対して所得税が課税されます(所法59①)。無償で法人に寄附しても、個人に所得税が課税されるのは、個人に帰属する値上がり益に対する所得税を精算する必要があるためです。 創業者であるY社長が持つ上場株式には多額の含み益が生じていると推測されるので、寄附したことにより生じる譲渡所得税も多額になると思われます。   [2] 譲渡所得の非課税申請 (1) 租税特別措置法第40条の非課税承認申請 上記[1]の値上がり益に対する所得税について、公益法人等に寄附した場合など、一定の要件を満たすものとして国税庁長官が承認したときは、この所得税を非課税とする制度があります(措法40)。 非課税制度は、対象となる法人の種類などにより「一般特例」と「承認特例」の2つに分けられますが、今回は「一般特例」について説明します。 (2) 対象となる法人 寄附先として特例の対象となる法人は、公益社団法人、公益財団法人、特定一般法人その他公益を目的とする事業を行う法人とされ、具体的には明記されていません(措法40①)。国税庁ホームページの「公益法人等に財産を寄附した場合における譲渡所得等の非課税の特例のあらまし」には例示として、上記の他に社会福祉法人、学校法人、宗教法人やNPO法人が挙げられています。 (3) 承認要件 租税特別措置法第40条の非課税承認申請(以下、「40条申請」)の承認要件としては、以下の①~③があります(措令25の17⑤)。   [3] 申請の手続き (1) 提出先・期限 40条申請は、贈与のあった日から4ヶ月以内に贈与者の納税地の所轄税務署を通じて国税庁長官へ提出しなければなりません(措令25の17①)。贈与のあった日については、①公益法人に対する財産の贈与の場合は、その法人の理事会等により受入れを決議した日、②公益法人に対する遺贈による財産の提供の場合は、遺贈者の死亡の日となります(措通40-5)。 ちなみに、上記①の場合の提出期限について、贈与のあった日から4ヶ月よりも早く確定申告期限が到来する場合は、確定申告の提出期限が40条申請の提出期限となります。 (2) 審査期間 申請書を提出すると、以下の流れで審査が進みます。 (3) 承認されるまで 40条申請を提出してもすぐに承認されることはありません。承認の要件に該当するか時間をかけて公益法人の活動をウォッチされ、承認されるまで3~4年程度かかることが一般的です。 その間に税務当局から要求される資料をきちんと提出し、指摘・指導に対して適切に対応していく必要があります。   [4] 結論 ご相談の場合、公益財団法人へA社株式を寄附する前に40条申請の承認要件に合致するかを確認しなければなりません。また寄附する株数についても、Y社長の相続と今後のA社の資本政策の両方を検討して決定する必要があります。 公益財団法人にA社株式を移転すると、当然ながらY社長の思い通りにA社の議決権を行使することはできません。株式寄附後は公益財団法人の理事会の決議を通して議決権を行使することになります。 実際の手続きに際しては、税理士等の専門家に相談することをお勧めします。   (了)

#No. 564(掲載号)
#太陽グラントソントン税理士法人 事業承継対策研究会
2024/04/11

2024年3月期決算における会計処理の留意事項 【第5回】

2024年3月期決算における会計処理の留意事項 【第5回】 (追補)   史彩監査法人 パートナー 公認会計士 西田 友洋   ◎ 金融庁の令和5年度有価証券報告書レビューを踏まえた留意事項 2024年3月29日に金融庁より「令和5年度 有価証券報告書レビューの審査結果及び審査結果を踏まえた留意すべき事項等」が公表された。 今回は、有価証券報告書作成にあたって留意すべき事項を解説する。 また、「サステナビリティ開示等の課題対応にあたって参考となる開示例集」も合わせて公表されている。サステナビリティ開示と政策保有株式関連について、自主的な改善のために参考となる事例も公表されているため、ご覧いただきたい。 1 サステナビリティ開示 (1) ガバナンス (2) リスク管理 (3) 戦略並びに指標及び目標 (4) 人的資本に関する方針、指標、目標及び実績 (5) サステナビリティに関する考え方及び取組の参照方法 2 従業員の状況及びコーポレート・ガバナンスの状況等の開示 (1) 女性管理職比率 (2) コーポレート・ガバナンスの概要 (3) 内部監査の状況 (4) 政策保有株式 (連載了)

#No. 564(掲載号)
#西田 友洋
2024/04/11

〔まとめて確認〕会計情報の月次速報解説 【2024年3月】

〔まとめて確認〕 会計情報の月次速報解説 【2024年3月】   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 2024年3月1日から3月31日までに公開した速報解説のポイントについて、改めて紹介する。 具体的な内容は、該当する速報解説をお読みいただきたい。   Ⅱ 新会計基準関係 企業会計基準委員会及び日本公認会計士協会は、次のものを公表している。 ① 改正実務対応報告第44号「グローバル・ミニマム課税制度に係る税効果会計の適用に関する取扱い」(内容:グローバル・ミニマム課税制度に係る税効果会計の取扱いを定めるもの) ② 実務対応報告第46号「グローバル・ミニマム課税制度に係る法人税等の会計処理及び開示に関する取扱い」等(内容:グローバル・ミニマム課税について、法人税及び地方法人税の会計処理及び開示の取扱いを示すもの。補足文書がある) ③ 改正企業会計基準適用指針第2号「自己株式及び準備金の額の減少等に関する会計基準の適用指針」及び改正企業会計基準適用指針第28号「税効果会計に係る会計基準の適用指針」(内容:いわゆるパーシャルスピンオフの会計処理を取り扱うもの) ④ 会計制度委員会報告第7号「連結財務諸表における資本連結手続に関する実務指針」の改正(内容:③に関連していわゆるパーシャルスピンオフの会計処理を取り扱うもの)   Ⅲ 企業内容等開示関係 次のものが公布・公表されている。 ① 「企業内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」(内閣府令第16号)(内容:有価証券届出書における個人情報の記載の見直しを行うもの) ② 「記述情報の開示の好事例集2023」の更新(内容:「コーポレート・ガバナンスの概要」等の項目の追加など)   Ⅳ 四半期決算関係 次のものが公布・公表されている。 ① 企業会計基準第33号「中間財務諸表に関する会計基準」及び企業会計基準適用指針第32号「中間財務諸表に関する会計基準の適用指針」(内容:改正後の金融商品取引法上、半期報告書において中間連結財務諸表又は中間個別財務諸表が開示されることに対応するもの) ② 会計制度委員会報告第7号「連結財務諸表における資本連結手続に関する実務指針」の改正について(公開草案)(内容:①の「中間財務諸表に関する会計基準」等に対応するもの。意見募集期間は2024年4月22日まで) ③ 「四半期レビュー基準の期中レビュー基準への改訂に係る意見書」及び「監査に関する品質管理基準の改訂に係る意見書」の公表について(内容:取引法に対応し、四半期開示の見直しに伴う監査人のレビューに係る必要な対応を行うもの。企業会計審議会) ④ 「金融商品取引法等の一部を改正する法律の一部の施行に伴う関係政令の整備及び経過措置に関する政令」(政令第71号)及び「企業内容等の開示に関する内閣府令等の一部を改正する内閣府令」(内閣府令第29号)等(内容:「金融商品取引法等の一部を改正する法律」(法律第79号)により、四半期報告書制度が廃止となることから、関連する関係政令・内閣府令等を改正するもの) 四半期決算関係については、例えば、2024年3月28日付けで、東京証券取引所より、「金融商品取引法改正に伴う四半期開示の見直し等に係る有価証券上場規程等の一部改正について」などが公表されている。これは、4月1日以降の速報解説として解説している。   Ⅴ 監査法人等の監査関係 監査法人及び公認会計士の実施する監査などに関連して、次のものが公表されている。 ① 「財務報告内部統制監査基準報告書第1号「財務報告に係る内部統制の監査」の改正」(公開草案)(内容:報酬関連情報(監査報酬、非監査報酬及び報酬依存度)の開示の記載例を追加するもの。意見募集期間は2024年4月3日まで) ② 「監査基準報告書300実務ガイダンス第1号「監査ツール(実務ガイダンス)」の改正」(公開草案)(内容:監査基準報告書600「グループ監査における特別な考慮事項」(2023年1月12日改正)を受けたもの。意見募集期間は2024年4月22日まで) (了)

#No. 564(掲載号)
#阿部 光成
2024/04/11

ハラスメント発覚から紛争解決までの企業対応 【第48回】「宝塚歌劇団ハラスメント事件に見るハラスメント事案における弁護士の活用方法」

ハラスメント発覚から紛争解決までの 企 業 対 応 【第48回】 「宝塚歌劇団ハラスメント事件に見る ハラスメント事案における弁護士の活用方法」   弁護士 柳田 忍   【Question】 2024年3月28日、宝塚歌劇団におけるハラスメント事件について、劇団側が、遺族側との合意においてパワハラ行為の存在等を認めたとの報道がなされました。 本件においては、2023年11月に弁護士が調査を行ったうえでハラスメントは確認できなかった旨の内容の報告書を公表しており、劇団側はこれに依拠してハラスメント行為はなかったという立場をとっていましたので、弁護士に調査を依頼しても誤った結論を出すことになってしまうのかと懸念しています。 ハラスメント事案において弁護士に調査等を依頼する場合のポイントがありましたら教えてください。 【Answer】 まず、調査等を顧問弁護士などの企業等と何らかの関係のある弁護士に依頼するか否かについて、不祥事の規模や社会的影響の度合いによって検討して決定すべきものと思われます。 また、調査結果をどのように活用するかについて、結果に至る経緯等を踏まえて慎重に判断する必要があります。 ● ● ● 解 説 ● ● ●   1 はじめに 宝塚歌劇団に所属する劇団員(以下「本件劇団員」という)が2023年9月に死亡した件について、2024年3月28日、劇団側は、遺族側との間で、パワハラ行為の存在等を認め、遺族側に対して謝罪し、解決金を支払う旨の合意(以下「本件合意」という)が成立した旨を発表した(※)。 (※) 阪急阪神ホールディングス株式会社他「宝塚歌劇団宙組劇団員の逝去に関するご遺族との合意書締結のご報告並びに再発防止に向けた取組について」 本件について2023年11月に公表された調査報告書(以下「本件調査報告書」という)においては、パワハラ行為は確認できなかった旨記載されており、劇団側も記者会見等においてパワハラ行為の存在を否定してきたことから、本件合意はそれまでの劇団側の見解を覆すものであるといえる。 本件調査報告書は、劇団側の依頼を受けて大手法律事務所(以下「本件法律事務所」という)の弁護士9人により構成される調査チームが調査を実施したうえで作成されたものであることなどから、本稿においては、本件に照らしてハラスメントの調査や事実認定における弁護士の活用方法について論じるものとする。   2 事実の経緯 本件の事実の経緯は以下のとおりである。 劇団側は、本件について、わざわざ大手法律事務所に調査等を依頼したにもかかわらず、遺族側の納得を得られず、世間の非難を受けてブランド・イメージを大いに毀損する結果となってしまっているが、以下のとおり、その一因には劇団側の弁護士の活用方法にも問題があったようにも思われる。   3 考察 (1) 顧問弁護士などの企業等と何らかの関係のある弁護士の活用方法 本件においては、劇団の運営会社である阪急電鉄株式会社の関連会社の社外取締役が本件法律事務所に所属していることが判明し、遺族側より、劇団側から完全に独立した「第三者委員会」による再調査などが求められた。 この点、ハラスメント等の不祥事の調査等を行う弁護士の中立性・公平性については、以下のとおり述べられている。 ① 「公益通報者保護法に基づく指針(令和3年内閣府告示第118号)の解説」 消費者庁「公益通報者保護法に基づく指針(令和3年内閣府告示第118号)の解説」(2021年10月)においては、次のとおり記載されている(以下引用)。 ② 「「企業等不祥事における第三者委員会ガイドライン」の策定にあたって」 日本弁護士連合会「「企業等不祥事における第三者委員会ガイドライン」の策定にあたって」(2010年7月15日・同年12月17日改訂)においては、次のとおり記載されている(以下要旨)。 ③ 弁護士に調査等を依頼する際のポイント 上記①②に照らすと、以下のように言えるのではないか。 本件は、宝塚歌劇団という著名なエンターテイメント集団において、劇団員が死亡するという重大な結果が発生しており、しかも、昨今社会問題として大いに注目を集める「ハラスメント」がその原因として疑われている事案であるから、調査等を依頼する法律事務所の選定に際しては、もう少し慎重になってもよかったのではないかと思われる。 (2) 調査等の結果の活用方法 本件調査報告書においては、劇団が保有していない情報・資料等の収集には限界があり、新たな証拠資料等によっては、本件調査報告書で確認できたとする事実を訂正する可能性があることなどの注記がなされており、実際、遺族側から写真やLINEのやりとりなどが公表された直後、本件調査報告書のウェブサイトへの掲載が掲載からわずか1ヶ月後に取りやめられるといった経緯をたどっている。 本件劇団員が死亡してから本件調査報告書が作成・掲載されるまでの期間がわずか1ヶ月強であったことなども併せて考えると、劇団側が、本件調査報告書に依拠して結論を出したことは早計であったようにも思われる。 弁護士の見解を得た場合にも、結論を部分的に抽出して活用するのではなく、見解の内容や結論に至った経緯等を精査して慎重に判断をすべきである。 (了)

#No. 564(掲載号)
#柳田 忍
2024/04/11

〈Q&A〉税理士のための成年後見実務 【第5回】「一人取締役の会社の社長が認知症になった場合の対応(その2)」~登記はどうするのか~

〈Q&A〉 税理士のための成年後見実務 【第5回】 「一人取締役の会社の社長が認知症になった場合の対応(その2)」 ~登記はどうするのか~   司法書士法人F&Partners 司法書士 北詰 健太郎   【Q】 社長1人だけが取締役(代表取締役)とされている会社で、社長が成年後見制度を利用し、成年被後見人となりました。登記はどうしたらよいのでしょうか。 【A】 前回解説した通り、成年被後見人であることは取締役の欠格事由(会社法331条1項)からは除かれましたが、取締役として在任中に成年被後見人となると「委任の終了(民法653条)」により一旦は退任する必要があります。退任の登記手続を行うことも必要になりますが、この手続が意外と難しく、成年後見人の頭を悩ませることになります。 ● ● ● ● 解 説 ● ● ● ● 1 役員が取締役1人の会社の登記情報 役員が取締役1人の会社の場合、登記情報の役員欄は以下のようになっています。 【役員が取締役1人の会社の登記記録例】 唯一の取締役である山田太郎さんが、成年被後見人となった場合「委任の終了」により取締役としては退任することになります。しかし、取締役の山田太郎さんが退任してしまうと、取締役が存在しない会社となってしまうため、このような会社の場合、山田太郎さんの退任の登記を行うことができません。 退任の登記を行うためには以下のような手順が必要になります。   2 退任の登記 (1) 後任者の選任 唯一の取締役の退任を登記するためには、後任の取締役をあわせて選任する必要があります。事業を継続する場合には、身内や社員の中から後任者を選ぶことになります。会社を閉める方向に進める場合には、身内の方に一時的に後任者になってもらうということもあります。 なお、成年被後見人であることが取締役の欠格事由から除かれたため、成年後見人が成年被後見人の同意を得たうえで、本人に代わりに就任承諾をすることで成年被後見人を取締役として再選任することも可能です(会社法331条の2第1項)。しかし、成年後見人としては成年被後見人となった本人が実際に取締役としての職務を行うことができるかなどを慎重に見極める必要があります。 (2) 株主の確認 後任の取締役を選任するためには選任機関である株主総会の決議が必要となるため、株主を確認することも必要となります。社長1人だけが取締役の会社の場合、株式の大半を社長が保有していることが多いと思われます。 大株主である社長が成年被後見人である場合、成年後見人が本人に代わって議決権行使をすることになります。成年後見人としては議決権行使にあたり、本人に不利益がないように配慮する必要がありますが、会社の運営のために後任者を選任することは、本人にとっても利益となると考えられる場合が多いでしょう。 (3) 登記の必要書類 成年被後見人となった取締役の退任の登記には、成年後見に関する登記事項証明書や後見開始の審判書(確定証明書付き)が必要となります。後任者の選任の登記については、選任の決議をした株主総会議事録、株主リスト、後任者の就任承諾書(実印押印)、後任者の実印についての印鑑証明書(市町村長作成)、印鑑届出などが必要となります。 なお、成年被後見人を取締役として再任する場合には、成年後見人の就任承諾書(実印押印)、成年後見人の実印についての印鑑証明書(市町村長作成)、成年後見に関する登記事項証明書、成年被後見人の同意書(後見監督人がある場合にあっては、成年被後見人及び後見監督人)が必要となります。   3 万が一を想定して備えることが必要 一人取締役の会社の社長が成年後見制度を利用することとなった場合、後任者の選任等を速やかに行えないと会社の運営が滞ってしまうことになります。税理士としても、自らが社長の成年後見人として活動することになった場合を想定して、どのような対応が必要になるかを知っておくことは重要といえるでしょう。 (了)

#No. 564(掲載号)
#北詰 健太郎
2024/04/11

事例で検証する最新コンプライアンス問題 【第29回】「J事務所の性加害問題(下)」

事例で検証する 最新コンプライアンス問題 【第29回】 「J事務所の性加害問題(下)」   弁護士 原 正雄   前回に続き、J事務所の性加害問題について「ビジネスと人権」の観点を入れつつ分析する。   1 マスメディアの沈黙 (1) 取引関係に基づく影響力の不行使 エンターテインメント業界には性加害やセクシュアル・ハラスメントが発生しやすい土壌があったと指摘されている。例えば、2009年、韓国で所属事務所から性接待を強要されたとして女優が自殺した。2012年、イギリスで有名なテレビ司会者による数百名の子どもや女性への性加害が明らかになった。2017年、アメリカで有名映画プロデューサーの長年の性加害が報道され、性加害やセクシュアル・ハラスメントの被害を告白する世界的な運動「#MeToo運動」へとつながった。 そうした中、メディアはJ事務所の所属タレントを出演させるに当たり、人権デューディリジェンスとして人権侵害が行われていないかを精査すべきであった。特別チームは、メディアは性加害を把握した上で取引関係に基づく影響力を行使して性加害を即時にやめさせるべきであったし、そうできたはずであった、としている。そうした必要性は、前回記載のとおり2003年に東京高等裁判所がJ氏の性加害を事実として認定した後はなおさら強いものとなっていた。 (2) 報道の不存在 メディアの多くはJ氏の性加害を正面から取り上げてこなかった。2003年に東京高等裁判所がJ氏の性加害を事実と認めたことも、ほとんど報道しなかった。J氏の性加害がメディアの多くで取り上げられるには、2023年のBBC特集番組と元ジュニアによる被害申告の記者会見まで待たなければならなかった。 特別チームは、メディアがJ氏による性加害を大々的に報道していれば、ジュニアとなることを思い止まった若者も出たのではないか、既に入所した子にも親などが声掛けして被害拡大を防げたのではないか、メディアの多くが批判をしなかった結果、J氏による性加害が拡大し、さらに多くの被害者を出すこととなった、と指摘している。   2 社会問題化 (1) ビジネスと人権 2011年、国際連合が「ビジネスと人権に関する指導原則(国連指導原則)」を公表し、企業が人権について責任を負うべき旨を明らかにし、人権デューディリジェンスを実施するよう規定した。 日本でも2020年10月、政府が「ビジネスと人権に関する行動計画(2020-2025)」を公表して、企業に対して人権デューディリジェンスを導入するよう「期待」を表明した。 2021年6月には金融庁と東証が「コーポレートガバナンス・コード」を改訂し、人権尊重が重要な経営課題であることを宣言した(補充原則2-3①)。 さらに2022年9月、政府は「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を公表し、全ての企業がサプライヤー等の取引先に対して人権尊重の取組みをするよう求めるべき、と定めた。 時代は人権尊重へと大きく動き始めていた。 (2) J氏とM氏の死去 そうした中で2019年にJ氏が死去し(享年87)、2021年にはM氏が死去した(享年93)。J事務所の経営権は、J氏の姪でM氏の娘であるF氏に移行した。 しかし、その後もJ事務所は性加害への調査等をしなかった。 F氏は、本件が問題となった後、以下のように述べている。 (3) BBCの取材と番組 2022年8月18日、イギリスの公共放送局BBCがJ事務所に対して、J氏の性加害についてインタビューをしたい旨の取材依頼をしたが、J事務所はこれを辞退した。 同年11月21日、BBCがJ事務所に、J氏の性加害について放送予定なのでコメントの機会を提供する旨の書面を送付したが、J事務所がJ氏の性加害に言及することはなかった。その理由についてJ事務所の幹部は「J氏は既に死去しており、現経営体制の中に問題があるというわけではなかったので、事実の調査などは行わなかった」と述べている。J事務所は、社会が「ビジネスと人権」を重視し始めていることに気付いていなかった。 2023年3月18日、BBCは「J-POPの捕食者 秘められたスキャンダル(Predator: The Secret Scandal of J-Pop)」と題するドキュメンタリー番組を配信した。J氏の性加害に遭ったという男性や週刊Bの記者の証言を紹介しながら、性加害疑惑やマスメディアの報道姿勢への疑問を報じる内容であった。 (4) 被害者による性加害の申告と、報道 BBCの配信直後は、地上波や新聞などが取り上げることはなく、週刊Bやウェブメディアがその内容を報じるにとどまった。 ところが、2023年4月12日、元ジュニアの男性が日本外国特派員協会で記者会見をしてJ氏に性加害を受けた旨を訴えると、これを契機として日本の報道機関が次々にJ氏の性加害を取り上げるようになった。 J事務所はJ氏の性加害を否定しきれなくなり、同年5月14日、性加害に関する見解と今後の対応を説明する動画「故Jによる性加害問題について当社の見解と対応」を事務所サイトで公表した。 その後もNHKが「クローズアップ現代」でこの問題を取り上げ、以降、多数の特集報道がなされるようになった。 (5) 国連人権理事会の「ビジネスと人権」作業部会 2023年7月、国連人権理事会の「ビジネスと人権」作業部会の専門家が来日し、本件の関係者へのヒアリングなど調査を実施した。 同年8月4日、同作業部会が記者会見を実施し、J氏による性加害問題について「タレント数百人が性的搾取と虐待に巻き込まれる深く憂慮すべき疑惑が明らかになった」、「政府や被害者たちと関係した企業に対策を講じる気配がなかった」などと指摘した。その上で、エンターテインメント業界を始め日本の企業が被害者救済や虐待への適切な対応をとるよう、政府に対して主体的な取組みを促した。これは「ビジネスと人権に関する指導原則」に基づく要請であった。 同作業部会は、2024年6月、国連人権理事会に最終報告書を提出する予定である。   3 結語 本件はJ事務所という1つの会社の問題であるとともに、J事務所と取引をしていた多数の会社の問題でもあることが指摘されている。 上記のとおり「ビジネスと人権」の観点からは、企業は他社と取引をする際に人権デューディリジェンスを実施し、当該取引先で人権侵害が行われていないかをチェックし、問題があれば改善を求める必要がある。 今、社会は人権尊重に向けて大きく動いている。企業はこうした動きを見過ごしてはならない。各社は改めて、自社が人権尊重を重要な経営課題として受け止めることができているのか見直すべきである。 (了)

#No. 564(掲載号)
#原 正雄
2024/04/11

《速報解説》 福岡国税局、支配関係のある協同組合が株式会社に組織変更して合併を行った場合の欠損金額の引継制限に関する文書回答事例を公表~5年前の日から継続して支配関係がある場合への該当性~

《速報解説》 福岡国税局、支配関係のある協同組合が株式会社に組織変更して合併を行った場合の欠損金額の引継制限に関する文書回答事例を公表 ~5年前の日から継続して支配関係がある場合への該当性~   太陽グラントソントン税理士法人 ディレクター 税理士 川瀬 裕太   本稿では、福岡国税局が令和6年3月25日付(ホームページ公表は令和6年4月8日)に回答した文書回答事例「支配関係のある協同組合が株式会社に組織変更して合併を行った場合の欠損金額の引継制限について(5年前の日から継続して支配関係がある場合への該当性)」の解説を行う。   1 事前照会の前提 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 (※) 文書回答事例に掲載の図を筆者一部加工   2 事前照会の内容 組織変更により出資者の持分が出資から株式に変更している場合でも、組織変更前を含めて、A社により出資総口数又は発行済株式総数の50%超を継続して保有されている関係があるときは、A社とB社との間に5年前の日から継続して支配関係があるとして、A社の未処理欠損金額の引継制限を受けることはないという理解で問題ないかどうか。   3 根拠規定 (1) 支配関係 支配関係とは次のような関係をいう(法法2十二の七の五)。 (2) 繰越欠損金の引継制限 完全支配関係又は支配関係がある法人間の適格合併のうち、次のいずれにも該当しない適格合併については、被合併法人の未処理欠損金額の引継ぎが制限されている(法法57③、法令112③④)。   4 本件への当てはめ 本件合併はみなし共同事業要件を満たさない前提であるため、繰越欠損金の引継制限については、合併法人の適格合併の日の属する事業年度開始の日の5年前の日、被合併法人若しくは合併法人の設立の日のうち最も遅い日から継続して支配関係があるかどうかを判定することとなる。 A社はB社の出資を保有する関係から株式を保有する関係に変わっているため、組織変更の前後において、A社とB社との間にA社による支配関係が継続していないこととなるのかという疑義が生じる。 今回の文書回答事例では、出資者の持分が出資から株式に変更している場合でも、A社は組織変更前後において同一人格であるB社の出資総口数の50%超を組織変更まで少なくとも10年以上継続保有し、組織変更後から本件合併直前まで発行済株式総数の50%超を継続保有しているため、A社とB社との間に5年前の日から継続して支配関係があるものとして取り扱うということが明らかにされた。 なお、組織変更により、事業協同組合としては解散登記をし、株式会社として設立登記をしているが、あくまで登記の技術上の問題であり、組織変更の前後を通じて法人は同一人格を保有するものと解されるため、B社の設立があったとして、B社の設立の日から継続して支配関係がある場合に該当するとは考えないという点に留意する必要がある。 (了) ↓お勧め連載記事↓

#川瀬 裕太
2024/04/11

プロフェッションジャーナル No.563が公開されました!~今週のお薦め記事~

2024年4月4日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル  No.563を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。

#Profession Journal 編集部
2024/04/04

monthly TAX views -No.134-「骨太方針2024を睨んで始まった財政規律論争」

monthly TAX views -No.134- 「骨太方針2024を睨んで始まった財政規律論争」   東京財団政策研究所研究主幹 森信 茂樹   政権支持率も自民党支持率も最低レベルに落ち込んでいる。しかし、野党もバラバラで政権担当能力がないことは国民も承知しており、今解散・総選挙があったとしても政権交代は考えられない。国民の信認を得られない政権では、改革は進まず、バラマキ政策が実行され、失われた30年脱却の出口まできているチャンスを逃してしまう可能性もある。 このような政治情勢の下で、自民党内で、財政規律をめぐって、古川禎久元法相を本部長とする財政健全化推進本部(財政健全派)と、西田昌司氏を本部長とする財政政策検討本部(財政積極派)とが議論を開始した。 *  *  * 背景には、長年わが国が財政健全の目標にして予算編成をしてきた「プライマリーバランス(基礎的財政収支、以下PB)の黒字化」が視野に入ったという事実がある。本年1月に内閣府が公表した「中長期の経済財政に関する試算」では、PBについて以下のような姿を描いている。 自然体のベースラインケースでPBのGDP比は2025年度▲0.4%となり、2026年度にゼロ近傍まで改善する。名目成長率が3%を超える成長実現ケースでは、2025年度にGDP比▲0.2%程度となり 2026年度には同0.5%の黒字になる。 資料には「これまでと同様の歳出効率化努力を継続した場合、PB黒字化は2025年度・・・が視野に入る」という文言も入っている。 財政積極派の考え方は、主に以下の通りだ。 また米国バイデン政権では、イエレン米財務長官が成長戦略として「モダン・サプライサイド・エコノミクス」(MSSE)を主張し、規制緩和や減税に替えて財政政策を重視している。 高名な経済学者であるブランシャール氏は、 金融緩和を行っても景気刺激につながらない「流動性のわな」の状態では、金融政策に替えて財政政策を重視すべきと指摘している。名目成長率(g)が名目金利(r)を上回れば、PBが赤字でも債務残高GDP比は一定値に収束するので、財政の持続可能性は維持できるというドーマー定理からPB赤字は許容でき、さらに金融緩和と積極財政を組み合わせた最近までの日本の財政政策は「一応の成功」と評価できる(オリヴィエ・ブランシャール『21世紀の財政政策』日本経済新聞出版社、2023年)、としている。 一方、財政健全派は、主に以下のように考える。 利払い費は平成6年度に10兆円弱と予想され、金利が正常化すれば、この利払い費は急増する。財務省の試算では、1%の金利上昇で2年後には2兆円、3年後には3.6兆円の利払い費が必要となる。PBにはその点が反映されないので、PBが均衡するだけでは過去の借金の利払い費は賄えず、利払い費分だけ債務残高は増加していく。 必要なことは、PB黒字(税収―政策経費)を継続し、黒字分を利払い費に充てて債務残高GDP比の安定的な引下げを図ることである。PB黒字化は一里塚(プライマリー、第一歩)で、今後はこちらがより重要なメルクマールになる。 この論争は、岸田定額減税を来年度も続けるべきか、ガソリンなどの補助金を継続すべきかなどの具体的な政策とも絡んで、夏に予定されている「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」策定まで、自民党・政府部内でバトルが続く。 経済論争としてカギを握るのが、名目成長率(g)と金利(r)の関係である。各国の事例を長期にわたり観察しても、rとgの関係は多様で、ここ26年(1992年-2017年)のG7諸国の推移を見ると、rがgを上回った例が61%、わが国では77%と多数となっているが、この関係をきちんと説明する経済理論はいまだ確立されていない。 *  *  * 筆者は、コロナ下で弛緩しきった財政規律を元に戻すためにも、rとgは同水準で推移すると考えて、地道にPB黒字を続け、それを利払返済に充てて債務残高GDP比を安定的に引き下げていく財政目標を作ることが必要ではないかと考える。 イソップ童話の「オオカミ少年」の物語は、オオカミが来ないと安心したとたんに悲劇が訪れる、油断を戒める物語である。これが現実にならないためにも・・・。 (了)

#No. 563(掲載号)
#森信 茂樹
2024/04/04

法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例61】「株主総会の承認を得ていない決算書類に基づく確定申告の有効性」

法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例61】 「株主総会の承認を得ていない決算書類に基づく確定申告の有効性」   拓殖大学商学部教授 税理士 安部 和彦   【Q】 私は、東北地方のある県庁所在地に本社を置き、不動産の賃貸や管理等を行う株式会社X(資本金3,000万円で3月決算)に勤務しており、現在総務部長を務めております。東北地方は太平洋側の地域を中心に、10年以上前の東日本大震災で大きな被害を受け、現在も復興の過程にあるという状況です。しかし、先日の能登半島地震のように、わが国ではほかの地方においても毎年のように多大な地震の被害を受けているとの報道に接するところであり、そのたびごとにとても他人事とは思えず、微力ながら何かの足しになればと募金を行っています。東日本大震災で多大な被害を受けた地域では、不動産オーナーも多額の損失を被っており、わが社もそのような取引先の実情に応じ、寄り添うような対応が求められてきたところです。 さて、私の前職は地方銀行の支店長で、わが社には2年前に転職しております。私の現在のポストの前任者はわが社一筋のたたき上げだったようで、社長の信認は厚かったようですが、近年世間で問題となっている法令順守の意識にはやや欠ける人だったと聞き及んでおります。そのため、私が総務部長に就いてからは、前任者のコンプライアンス違反を是正する作業を続けている状態です。 そんな中、つい先日私が発見したのが、わが社の決算書類につき株主総会の承認を得ていない年度があるという驚きの事実でした。その年度につき決算と申告内容を精査したところ、本来であれば法人税法の要件を満たした有価証券評価損につき費用計上すべきであるにもかかわらず行っていないことから、決算書類を修正し臨時株主総会で当該書類について承認を得ました。次いで、株主総会の承認を得ていない決算書類に基づく当初申告は無効であるため、修正後の真正の決算書類に基づく法人税の申告書を再度作成し、それを税務署に提出しました。 ところがこれに対して税務署から連絡があり、株主総会の承認を得ていない決算書類に基づく当初申告は有効であり、当初申告において損金経理により有価証券評価損を計上していないことから、損金算入は認められない旨を告げられました。税務署の説明には納得がいかないのですが、税法上はどう考えるのでしょうか、教えてください。 【A】 法人税法上、株式の価額が著しく低下したこと等の一定の事実が生じた場合において、その株式の評価換えをして損金経理によりその帳簿価額を減額したときは、その差額につき評価換えをした日の属する事業年度の損金の額に算入することができます。本件の場合、有価証券評価損を法人が確定した決算において費用として経理しているかどうかが問題となりますが、株主総会の承認を得ていない決算書類に基づく法人税の当初申告は有効であることから、有価証券評価損についてはその事業年度末までに評価換えを行っておらず、損金経理要件を満たさないため、当該損失は損金には算入されないこととなります。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 企業会計と税務会計の関係 法人税法は、その第22条第4項において、法人の収益及び費用等の額は一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従って計算されるべきという旨が定められているが、これを一般に「企業会計準拠主義」という(※1)。企業会計と税務会計(租税会計)とは、そもそも意義や目的が異なるため、両者を別個のものとして制定することももちろん可能であるが、企業会計上の「利益」と法人税法(その課税所得計算を担う税務会計)上の「所得」とは共通の土台に乗った観念であることから、あえて別個に定めることは、それを企業実務において実施する上では無駄が多いといえる。そのため昭和42年の法人税法改正において、二重の手間を避ける意味で、企業会計準拠主義を採用したと一般に解されている(※2)。 (※1) 金子宏『租税法(第24版)』(弘文堂・2021年)355-356頁。 (※2) 金子前掲(※1)書356頁。 法人税法はその第74条第1項において、各法人は確定した決算に基づき申告書を作成し提出することを求めている(いわゆる「確定決算主義」)。また、法人税法は、一定の支出及び損失に関して、法人がその確定した決算において費用又は損失として経理する「損金経理(法法2二十五)」を条件として、その金額の損金算入を認めている。法人は一般に、課税所得を減らして納付すべき法人税額を抑えたいと考えるものであるから、企業会計の費用と法人税法・税務会計の損金の概念とが異なる場合、法人税法・税務会計の経理処理を優先する傾向にあるといえる。そのため、企業会計は法人税法・税務会計の影響を強く受けるといえ、企業会計の立場からは、当該影響を法人税法・税務会計が企業会計をないがしろにするものだとばかりに「不当な介入」と捉え、逆基準性の問題が生じているとして批判する向きもある。 一般論として、企業会計と法人税法・税務会計とは目的が異なるので、両者が乖離することは避けられず、法人側が企業会計よりも法人税法・税務会計に基づく経理処理を選択することをもって「不当な介入」と批判することは筋違いといえよう。しかし、その乖離の結果、企業会計と法人税法・税務会計とが基本原則として共有する「理念」までもおろそかにするような事態が生じるのだとすれば、そうならないよう、立法や法令解釈の際に慎重に検討することが求められるだろう。例えば、費用収益対応の原則から外れ、収益(益金)とそれに対応する費用(損金)とがそれぞれ別の事業年度での計上を余儀なくされる事態などが挙げられる。   (2) 有価証券の評価損と損金経理 法人税法においては、有価証券の評価損は原則として損金に算入されないが、その価額が著しく低下したこと等の一定の事実が生じた場合において、当該有価証券の評価換えをして損金経理により帳簿価額を減額したときには、その減額した金額は損金に算入される(法法33②、法令68)。ここでいう「その価額が著しく低下したこと(法令68①二イ)」とは、通達では以下の2要件により判断するとされている(法基通9-1-7)。 上記事実が生じた場合には、有価証券の評価損が損金に算入できるのであるが、その際の要件は、評価換えをして損金経理によりその帳簿価額を減額することである(法法33②)。ここではいわゆる「損金経理要件」が付されているわけであるが、損金経理とは、法人がその確定した決算において費用又は損失として経理することである(法法2二十五)。 そうなると、次は「確定した決算」とは何かが問題となる。株式会社の場合、計算書類(財務諸表)について定時株主総会の承認を受ける必要がある(会社法438②)。計算書類につき株主総会の承認を求める理由は、1つの会計事実につき複数の会計処理のいずれを適用するかといった政策的判断の余地があるからだと解されている(※3)。一般に、当該承認を得た時に、決算書類は確定したといわれ、これが確定した決算であると解されている(※4)。それでは、本件のように、株主総会の承認を得ていない決算書類に基づく法人税の申告書はどのように取り扱われ、果たして損金経理要件を満たしたといえるのであろうか。次項の裁判例で検討したい。 (※3) 江頭憲治郎『株式会社法(第8版)』(有斐閣・2021年)656頁。 (※4) 武田隆二『平成15年版 法人税法精説』(森山書店・2003年)39-40頁。   (3) 株主総会の承認を得ていない決算書類に基づく確定申告の有効性等が争われた事例 ここでは、本件と同様に、株主総会(社員総会)の承認を得ていない決算書類に基づく確定申告の有効性等が争われた事例(福岡地裁平成19年1月16日判決・訟月53巻9号2741頁、TAINSコード:Z257-10610)について、以下で確認してみたい。 ① 事案の概要 本件は、福岡税務署長が、不動産の賃貸業を営む青色申告の承認を受けた有限会社である原告に対し、原告の31期分及び32期分の法人税につき、平成16年6月29日付けで納付すべき法人税額の増額更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をそれぞれ行ったので、原告が、被告に対し、本件各更正処分等には法人税法第33条第2項(有価証券評価損の損金算入を認めなかった違法)、第130条第1項(帳簿書類を調査しなかった違法)及び同条第2項(理由付記不備の違法)に違反する違法事由があるとして、これらの取消しを求めた事案である。 原告に対する本件各更正処分等の前提となる税務調査においては、以下のような経緯をたどった。 ② 事案の争点 ③ 裁判所の判断 争点(1) 争点(2) ④ 本裁判例から学ぶこと 争点(1)では、会社法の理念はともかくとして、わが国の中小企業の実態に即した裁判所の柔軟な解釈が提示されていて興味深いところである。すなわち、「我が国の株式会社や有限会社の大部分を占める中小企業においては、株主総会又は社員総会の承認を経ることなく、代表者や会計担当者等の一部の者のみで決算が組まれ、これに基づいて申告がなされているのが実情であり、このような実情の下では、株主総会又は社員総会の承認を確定申告の効力要件とすることは実体に即応しないというべき」という判示がなされている。中小企業を顧客に持つ税理士であればこのような実態に日々接していて、裁判所の実態に即した融通無碍な解釈に共感を覚えるのではないだろうか。 会社法の文理解釈からいえば、株主総会又は社員総会の承認を経ていない決算書類は違法な状態にあり、それに基づく法人税の申告書は「確定した決算」によらないため法人税法上も無効とされる可能性があるということになろう。しかし、裁判所は中小企業の実態を踏まえて、「株主総会又は社員総会の承認を経ていない決算書類に基づいて確定申告が行われたからといって、その確定申告が無効になると解するのは相当でない」としている。仮に株主総会又は社員総会の承認を経ていない決算書類に基づく申告書を無効とした場合、世の中には(情けない話ではあるが)無効の申告書があふれかねないところである。また、承認がないとはいえ、各事業年度末において、総勘定元帳の各勘定の閉鎖後の残高を基になされた決算により作成された決算報告書に基づいて当初申告書が作成されていることから、当該当初申告書は根拠ある決算書類に基づいて作成されており、一応信用が置けるともいえる。 さらに、中小企業の実態がそうであるからといって、当初申告で評価損を計上していないのはその会社の落ち度であり、裁判所が 争点(2)で示すように、「本件各事業年度末までに有価証券の評価換えをしていないのであるから、有価証券評価損を本件各事業年度の損金に算入することはできない」とすべきであろう。当初申告を無効とし、やり直しの申告書に基づく損金経理を認めてしまうことは、やはり妥当な判断とはいえない。本件における裁判所の判断は、 争点(1) 争点(2)を通じて筋が通っているといえよう。   (4) 本件へのあてはめ 法人税法上、株式の価額が著しく低下したこと等の一定の事実が生じた場合において、その株式の評価換えをして損金経理によりその帳簿価額を減額したときは、その差額につき評価換えをした日の属する事業年度の損金の額に算入することができる。本件の場合、有価証券評価損を法人が確定した決算において費用として経理しているかどうかが問題となるが、株主総会の承認を得ていない決算書類に基づく法人税の当初申告は有効であるから、有価証券評価損についてはその事業年度末までに評価換えを行っておらず、損金経理要件を満たさないため、当該損失は損金には算入されないこととなる。 (了)

#No. 563(掲載号)
#安部 和彦
2024/04/04
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