基礎から身につく組織再編税制 【第38回】 「適格現物出資(完全支配関係)」 太陽グラントソントン税理士法人 ディレクター 税理士 川瀬 裕太 前回は組織再編税制における「現物出資」に関する基本的な考え方を解説しました。今回からは数回にわたり適格現物出資の要件について整理していきます。今回は、「完全支配関係」がある場合の適格現物出資の要件について確認します。 なお、完全支配関係の定義については、本連載の【第2回】を参照してください。 1 完全支配関係がある場合の適格現物出資の要件 完全支配関係がある場合の適格現物出資の要件は、次の2つです。 2 金銭等不交付要件 「金銭等不交付要件」とは、現物出資法人に被現物出資法人株式以外の資産が交付されないことをいいます(法法2十二の十四)。 合併や分割と違って、1株未満の端数相当の金銭交付や反対株主の買取請求に基づく金銭の交付はありません。 3 完全支配関係継続要件 「完全支配関係継続要件」とは、完全支配関係がある法人同士の現物出資の場合に、再編後においても完全支配関係が継続する見込みがあることをいいます(法法2十二の十四イ、法令4の3⑬)。 (1) 当事者間の完全支配関係 ① 新設現物出資以外の現物出資の場合 新設現物出資以外の現物出資のうち、現物出資前に現物出資法人と被現物出資法人との間にいずれか一方の法人による完全支配関係があるものは、現物出資後に現物出資法人と被現物出資法人との間にいずれか一方の法人による完全支配関係が継続する見込みがあることが求められています。 上図の現物出資後は、現物出資法人による完全支配関係が継続することが求められます。 ② 単独新設現物出資の場合 単独新設現物出資については、現物出資後にも完全支配関係が継続する見込みがあることが求められています。 上図の現物出資後は、現物出資法人による完全支配関係が継続することが求められます。 ③ 複数新設現物出資の場合 複数新設現物出資のうち、現物出資前に現物出資法人と他の現物出資法人との間にいずれか一方の法人による完全支配関係があるものは、現物出資後に他方の法人と被現物出資法人との間にいずれか一方の現物出資法人による完全支配関係が継続する見込みがあることが求められています。 上図の現物出資後は、現物出資法人Bと被現物出資法人との間に現物出資法人Aによる完全支配関係が継続することが求められます。 (2) 同一の者による完全支配関係 ① 新設現物出資以外の現物出資の場合 新設現物出資以外の現物出資のうち、現物出資前に現物出資法人と被現物出資法人との間に同一の者による完全支配関係があるものは、現物出資後に現物出資法人と被現物出資法人との間に同一の者による完全支配関係が継続する見込みがあることが求められています。 上図の現物出資後は、現物出資法人と被現物出資法人との間に同一の者による完全支配関係が継続することが求められます。 ② 単独新設現物出資の場合 単独新設現物出資のうち、単独新設現物出資後に現物出資法人と被現物出資法人との間に同一の者による完全支配関係があるものは、現物出資後に現物出資法人と被現物出資法人との間に同一の者による完全支配関係が継続する見込みがあることが求められています。 上図の現物出資後は、現物出資法人と被現物出資法人との間に同一の者による完全支配関係が継続することが求められます。 ③ 複数新設現物出資の場合 複数新設現物出資のうち、複数新設現物出資前に現物出資法人と他の現物出資法人との間に同一の者による完全支配関係があるものは、現物出資後に現物出資法人及び他の現物出資法人並びに被現物出資法人との間に同一の者による完全支配関係が継続する見込みがあることが求められています。 上図の現物出資後は、現物出資法人Aと現物出資法人Bと被現物出資法人との間に同一の者による完全支配関係が継続することが求められます。 4 適格現物出資の対象から除外されているもの (1) 内容 現物出資については、内国法人から外国法人へ現物出資を行うことも可能とされています。ただし、内国法人の国内の資産を簿価で外国法人に移転し、外国法人がその資産を売却した場合、日本では課税できなくなるため、租税回避が可能となる外国法人への国内資産等((2)参照)の現物出資は、適格現物出資から除かれています(法法2十二の十四)。 (2) 国内資産等とは 国内にある不動産、国内にある不動産の上に存する権利、鉱業法の規定による鉱業権及び採石法の規定による採石権その他国内にある事業所に属する資産(外国法人の発行済株式等の総数の25%以上の数の株式を有する場合におけるその外国法人の株式を除きます)又は負債をいいます(法令4の3⑩)。 (3) 具体例 上図のような内国法人A社が外国法人B社に国内にある土地を現物出資する場合には、非適格現物出資に該当します。 ◆完全支配関係がある場合の適格現物出資の要件のポイント◆ 金銭等不交付要件は、株式以外の対価を交付しないことをいいます。 合併や分割と違い、1株未満の端数相当の金銭交付や反対株主の買取請求に基づく金銭の交付はありません。 完全支配関係継続要件がどの法人間で求められるものなのかを検討する必要があります。 外国法人への現物出資も可能となっていますが、租税回避防止のため、一定のものが適格現物出資から除外されています。 (了)
収益認識会計基準と 法人税法22条の2及び関係法令通達の論点研究 【第74回】 千葉商科大学商経学部准教授 泉 絢也 (9) 履行義務が一定の期間にわたり充足されるものに係る収益の帰属の時期(法人税基本通達2-1-21の2) ア 概要 《収益認識会計基準の取扱い》 収益認識会計基準では、契約において顧客への移転を約束した財又はサービスが、所定の要件を満たす場合には別個のものであるとして、当該約束を履行義務として区分して識別する(基準17(2))。 契約における取引開始日に、顧客との契約において約束した財又はサービスを評価し、次の〔1〕又は〔2〕のいずれかを顧客に移転する約束のそれぞれについて履行義務として識別する(基準32)。履行義務とは、顧客との契約において、次の〔1〕又は〔2〕のいずれかを顧客に移転する約束である(基準7)。 〔1〕については個別の商品や製品、〔2〕についてはメンテナンスサービスや清掃サービスをイメージしておけば足りるであろう。 上記〔2〕における一連の別個の財又はサービスは、次の〈1〉及び〈2〉の要件のいずれも満たす場合には、顧客への移転のパターンが同じであるものとする(基準33)。 また、収益認識会計基準では、約束した財又はサービスを顧客に移転することにより履行義務を充足した時に又は充足するにつれて、充足した履行義務に配分された額で収益を認識する。履行義務は、所定の要件を満たす場合には一定の期間にわたり充足され、所定の要件を満たさない場合には一時点で充足される(基準17(5))。 資産が移転するのは、顧客が当該資産に対する支配を獲得した時又は獲得するにつれてである。 なお、次の点に注意を要する。 以下の図表の①から③の要件のいずれかを満たす場合には、資産に対する支配を顧客に一定の期間にわたり移転することにより、一定の期間にわたり履行義務を充足し収益を認識する(基準38、指針設例7)。 他方、①から③の要件のいずれも満たさず、履行義務が一定の期間にわたり充足されるものではない場合には、一時点で充足される履行義務として、資産に対する支配を顧客に移転することにより当該履行義務が充足される時に、収益を認識する(基準39)。 (※1) 資産に対する支配とは、当該資産の使用を指図し、当該資産からの残りの便益(※2)のほとんどすべてを享受する能力(他の企業が資産の使用を指図して資産から便益を享受することを妨げる能力を含む)である(基準37)。資産に対する支配を顧客に移転した時点を決定するにあたってはこの点を考慮するとともに、支配の移転を検討する際には、例えば、次の指標を考慮する(基準40)。 a.企業が顧客に提供した資産に関する対価を収受する現在の権利を有していること b.顧客が資産に対する法的所有権を有していること c.企業が資産の物理的占有を移転したこと d.顧客が資産の所有に伴う重大なリスクを負い、経済価値を享受していること e.顧客が資産を検収したこと (※2) 資産からの便益とは、例えば、財の製造又はサービスの提供のための資産の使用や借入金の担保とするための資産の差入れなどの方法により、直接的又は間接的に獲得できる潜在的なキャッシュ・フロー(インフロー又はアウトフローの節減)である(基準133)。 上記①はメンテナンスサービスや清掃サービス、②は建設工事、③の❶は特定の顧客に特化した仕様の製品やサービス、③の❷は義務の履行を完了するごとに対価を請求できる権利が生じる契約をイメージしておけばよい。 一定の期間にわたり充足される履行義務については、履行義務の充足に係る進捗度を見積り、当該進捗度に基づき収益を一定の期間にわたり認識する(基準41)。履行義務の充足に係る進捗度を合理的に見積もることができる場合にのみ、一定の期間にわたり充足される履行義務について収益を認識する(基準44)。 《法人税法の取扱い》 法人税法上、役務の提供に係る収益の額は、役務の提供の日の属する事業年度の益金の額に算入することが原則である(法人税法22の2①)。数年間の契約で清掃業務を提供するサービスなどの場合に、収益認識会計基準でいうところの履行義務の充足と法人税法上の役務提供の日の関係をどのように考えるべきか。 履行義務が一定の期間にわたり充足されるものに係る収益の帰属の時期について定める法人税基本通達2-1-21の2等の内容を図表で示すと次のようになる。 (※1) 長期大規模工事及びそれ以外の工事の請負に係る収益と費用の帰属事業年度を定める法人税法64条の適用を受けるものを除き、収益認識会計基準の適用対象となる取引に限る。 (※2) 履行義務が一定の期間にわたり充足されるものの意義については、法人税基本通達2-1-21の4が上記《収益認識会計基準の取扱い》で図示したものとほぼ同様の内容を定めている。 (※3) 役務の提供のうち履行義務が一定の期間にわたり充足されるもの以外のものについては、その引渡し等の日が法人税法22条の2第1項の役務の提供の日に該当し、その収益の額は、引渡し等の日の属する事業年度の益金の額に算入される(法基通2-1-21の3)。 (※4) 物の引渡しを要する取引にあってはその目的物の全部を完成して相手方に引き渡した日をいい、物の引渡しを要しない取引にあってはその約した役務の全部を完了した日をいう。 本通達は、役務の提供のうち履行義務が一定の期間にわたり充足されるものに該当するものの収益の帰属の時期についての一般的な基準を明らかにしていることになる(以下、趣旨説明50~52頁)。 (了)
2022年3月期決算における会計処理の留意事項 【第2回】 史彩監査法人 公認会計士 西田 友洋 Ⅳ 収益認識に関する会計基準等 2020年3月31日に企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準(以下、「収益会計基準」という)」及び企業会計基準適用指針第30号「収益認識に関する会計基準の適用指針(以下、「収益適用指針」という)」が改正された。そのため、2022年3月期決算では、収益認識に関する表示及び注記の検討が必要である。 なお、収益会計基準及び収益適用指針は、2022年3月期の期首から既に適用されているため、本解説では、会計処理に関する解説は行っていない。 1 表示 (1) PL表示 ① 顧客との契約から生じる収益 (ⅰ) 科目 顧客との契約から生じる収益は、例えば、売上高、売上収益、営業収益等の適切な科目を用いる(収益適用指針104-2)。 (ⅱ) 表示 損益計算書の表示は、以下のいずれかで行う(収益会計基準78-2、89-2、89-3)。なお、連結財務諸表を作成している場合、個別財務諸表においては、以下の規定を適用しないことができる(収益会計基準80-25)。 (※1) 例えば、リース会計基準の適用となる収益(賃貸収益等)。 ② 重要な金融要素 顧客との契約に重要な金融要素が含まれる場合、顧客との契約から生じる収益と金融要素の影響(受取利息又は支払利息)を損益計算書において区分して表示する(収益会計基準78-3)。なお、連結財務諸表を作成している場合、個別財務諸表においては、当該規定を適用しないことができる(収益会計基準80-25)。 (2) BS表示 ① 契約資産及び顧客との契約から生じた債権 (ⅰ) 科目 契約資産(※2)については、例えば、契約資産、工事未収入金等の科目を用いる。顧客との契約から生じた債権(※3)については、例えば、売掛金、営業債権等の科目を用いる(収益適用指針104-3)。 (※2) 「契約資産」とは、企業が顧客に移転した財又はサービスと交換に受け取る対価に対する企業の権利(顧客との契約から生じた債権を除く)をいう(収益会計基準10)。 (※3) 「顧客との契約から生じた債権」とは、企業が顧客に移転した財又はサービスと交換に受け取る対価に対する企業の権利のうち無条件のもの(対価に対する法的な請求権)をいう(収益会計基準12)。 (ⅱ) 表示 貸借対照表の表示は、以下のいずれかで行う(収益会計基準79、89-2、89-3)。なお、連結財務諸表を作成している場合、個別財務諸表においては、以下の規定を適用しないことができる(収益会計基準80-25)。 ② 契約負債 (ⅰ) 科目 契約負債(※4)については、例えば、契約負債、前受金等の科目を用いる(収益適用指針104-3)。 (※4) 「契約負債」とは、財又はサービスを顧客に移転する企業の義務に対して、企業が顧客から対価を受け取ったもの又は対価を受け取る期限が到来しているものをいう(収益会計基準11)。 (ⅱ) 表示 契約負債の表示は、以下のいずれかで行う(収益会計基準79、89-2、89-3)。なお、連結財務諸表を作成している場合、個別財務諸表においては、以下の規定を適用しないことができる(収益会計基準80-25)。 (3) 返金負債 返金負債の決済時に顧客から商品又は製品を回収する権利として認識した資産は、返金負債と相殺表示しない(収益適用指針105)。 2 有価証券報告書における注記 有価証券報告書では、収益認識関連の注記として、以下が必要である。なお、適用初年度においては、比較情報の注記は不要である(収益会計基準80-2、80-5、89-3)。 また、連結財務諸表を作成している会社では、連結ベースで注記が必要となるため、各子会社から注記のための情報を入手する必要がある。 (※1) ➤ 収益認識に関する注記を記載するにあたり、どの注記事項にどの程度の重点を置くべきか、また、どの程度詳細に記載するかどうか、開示目的(※4)に照らして判断する。重要性に乏しい詳細な情報を大量に記載したり、特徴が大きく異なる項目を合算したりすることにより有用な情報が不明瞭とならないように、注記は集約又は分解する(収益会計基準80-6)。 ➤ 重要な会計方針の注記に記載している内容は、収益認識に関する注記として記載しないことができる(収益会計基準80-8)。 ➤ 他の注記事項に含めて記載している場合には、当該他の注記事項を参照することができる(収益会計基準80-9)。 ➤ 注記を記載するにあたり、以下の(1)から(3)に記載の注記事項の区分に従って記載する必要はない(収益会計基準80-7)。 (※2) 連結財務諸表を作成している場合、個別財務諸表においては、注記しないことができる(収益認識基準80-26)。 (※3) 連結財務諸表を作成している場合、個別財務諸表においては、「収益を理解するための基礎となる情報」注記の記載にあたり、連結財務諸表における記載を参照することができる(収益認識基準80-27)。 (※4) 収益認識に関する注記における開示目的とは、「顧客との契約から生じる収益及びキャッシュ・フローの性質、金額、時期及び不確実性を財務諸表利用者が理解できるようにするための十分な情報を企業が開示すること」である(収益会計基準80-4)。 (1) 収益の分解情報 当期に認識した顧客との契約から生じる収益を、収益及びキャッシュ・フローの性質、金額、時期及び不確実性に影響を及ぼす主要な要因に基づく区分に分解して注記する(収益会計基準80-10)。区分の例としては、以下のものが挙げられる(収益適用指針106-5)。 また、収益の分解情報と、報告セグメントについて開示する売上高との間の関係を財務諸表利用者が理解できるようにするための十分な情報を注記する(収益会計基準80-11)。 (2) 収益を理解するための基礎となる情報 顧客との契約が、財務諸表に表示している項目又は収益認識に関する注記における他の注記事項とどのように関連しているのかを示す基礎となる情報として、以下の事項を注記する(収益会計基準80-12)。 ① 契約及び履行義務に関する情報 収益として認識する項目がどのような契約から生じているのかを理解するための基礎となる情報として、以下の事項を注記する(収益会計基準80-13、80-14、80-15)。 (※) 変動対価の額に関する不確実性が事後的に解消される際に、解消される時点までに計上された収益の著しい減額が発生しない可能性が高い部分に限り、取引価格に含める規定。 ② 取引価格の算定に関する情報 取引価格の算定方法について理解できるよう、取引価格を算定する際に用いた見積方法、インプット及び仮定に関する情報を注記する。例えば、以下の内容を注記する(収益会計基準80-16)。 ③ 履行義務への配分額の算定に関する情報 取引価格の履行義務への配分額の算定方法について理解できるよう、取引価格を履行義務に配分する際に用いた見積方法、インプット及び仮定に関する情報を注記する。例えば、以下の内容を注記する(収益会計基準80-17)。 ④ 履行義務の充足時点に関する情報 履行義務を充足する通常の時点(収益を認識する通常の時点)の判断及び当該時点における会計処理の方法を理解できるよう、以下の事項を注記する(収益会計基準80-18、収益適用指針106-6、106-7)。 ⑤ 本会計基準の適用における重要な判断 収益会計基準を適用する際に行った判断及び判断の変更のうち、顧客との契約から生じる収益の金額及び時期の決定に重要な影響を与えるものを注記する(収益会計基準80-19)。 (3) 当期及び翌期以降の収益の金額を理解するための情報 当期及び翌期以降の収益の金額を理解するための情報として、以下を注記する。 ① 契約資産及び契約負債の残高等 履行義務の充足とキャッシュ・フローの関係を理解できるよう、以下の事項を注記する(収益会計基準80-20、収益適用指針106-8)。 ② 残存履行義務に配分した取引価格 既存の契約から翌期以降に認識することが見込まれる収益の金額及び時期について理解できるよう、残存履行義務に関して以下の事項を注記する(※1)(収益会計基準80-21)。 (※1) 以下の(ア)から(ウ)のいずれかの条件に該当する場合には、上記(ⅰ)及び(ⅱ)の注記に含めないことができる(収益会計基準80-22、80-23、80-24)。 (※2) 提供したサービスの時間に基づき固定額を請求する契約等、現在までに企業の履行が完了した部分に対する顧客にとっての価値に直接対応する対価の額を顧客から受け取る権利を有している場合には、請求する権利を有している金額で収益を認識することができる規定。 3 計算書類における注記 計算書類では、収益認識関連の注記として、以下が必要である(会社計算規則101②、115の2①)。 (※1) 会社計算規則で定められた「収益認識に関する注記」は、収益会計基準の注記事項の定めを踏まえて規定されている。しかし、収益会計基準において具体的に規定された事項であったとしても、各会社の実情を踏まえ、計算書類においては当該事項の注記を要しないと合理的に判断される場合、注記しないことも許容されると考えられる(法務省「『会社計算規則の一部を改正する省令案』に関する意見募集の結果について」第3の3)。 重要な会計方針に係る事項に関する注記において注記すべき事項と同一である場合は、注記を省略することができる(会社計算規則115の2②)。 (※2) 連結計算書類を作成する場合、個別注記表における注記は不要である。また、有価証券報告書を提出する大会社以外の会社については、注記を省略できる(会社計算規則115の2③①)。 (※3) 連結注記表で注記すべき事項と同一であり、個別注記表においてその旨を注記する場合、個別注記表における当該事項の注記は不要である(会社計算規則115の2④)。 4 注記の事例 (1) 有価証券報告書 ① (株)オープンハウスグループ(決算日:2021年9月30日) ② レーザーテック(株)(決算日:2021年6月30日) ③ (株)TKC(決算日:2021年9月30日) ④ (株)島津製作所(決算日:2021年3月31日) ⑤ ヱスビー食品(株)(決算日:2021年3月31日) (2) 計算書類 ◆経団連の「会社法施行規則及び会社計算規則による株式会社の各種書類のひな型」 ① 重要な会計方針に係る事項に関する注記 ② 収益認識に関する注記 5 税務処理 (1) 法人税 法人税については、多くの項目について、収益会計基準と同様の処理が認められているが、一部については、収益会計基準と差異があるため、法人税の申告書上、税務調整が必要である。例えば、以下の項目について税務調整が必要となる可能性がある。 (2) 消費税 消費税については、収益会計基準への対応が行われていないため、従前どおりの消費税処理を行う必要がある。例えば、以下の項目が会計と消費税で異なる。 詳細は、「国税庁「収益認識基準による場合の取扱いの例(平成30年5月)」」を参照されたい。 Ⅴ 時価の算定に関する会計基準等 2019年7月4日に企業会計基準第30号「時価の算定に関する会計基準(以下、「時価会計基準」という)」及び企業会計基準適用指針第31号「時価の算定に関する会計基準の適用指針(以下、「時価適用指針」という)」が公表され、また、企業会計基準適用指針第19号「金融商品の時価等の開示に関する適用指針(以下、「時価開示適用指針」という)が改正された。そのため、2022年3月期決算では、金融商品の時価の注記について、検討が必要である。 なお、時価会計基準及び時価適用指針は、既に2022年3月期の期首から適用されているため、本解説では、会計処理に関する解説は行っていない。 1 金融商品の時価等に関する事項(有価証券報告書及び計算書類) 「金融商品の時価等に関する事項」の注記について、以下の改正が行われている(時価開示適用指針4)。 2 金融商品の時価のレベルごとの内訳等に関する事項(有価証券報告書) (1) 金融商品の時価のレベルごとの内訳等に関する事項 有価証券報告書では、「金融商品の時価のレベルごとの内訳等に関する事項」として、以下の注記が必要である。連結財務諸表において注記している場合は、個別財務諸表においては、注記を省略することができる(時価開示適用指針5-2)。なお、適用初年度においては、比較情報の注記は、不要である(時価開示適用指針7-4)。 (※1) レベル1からレベル3のインプットとは、以下のとおりである(時価会計基準11)。 (※2) 時価の算定に用いる評価技法又はその適用を変更する場合は、会計上の見積りの変更として処理する。この場合であっても、会計上の見積り変更の注記は不要で、当該注記のみで足りる(時価開示適用指針39-9)。 (※3) 例えば、過去の取引価格又は第三者から入手した価格を調整せずに使用している場合をいう(時価開示適用指針5-2(4)①)。 (※4) 期首残高から期末残高への調整表を作成する際は、以下を区別して注記する(時価開示適用指針5-2(4)②、39-11、39-12)。 なお、期首残高から期末残高への調整表は、基本的に表形式により注記することが想定されているが、時価がレベル3の時価に分類される金融資産及び金融負債の期首残高から期末残高までの変動の大部分が単一の変動理由によって説明できる場合には、一般的な重要性の判断に基づき、表形式によらない注記も可能である(時価適用指針39-11)。 (※5) 企業の評価プロセスとは、例えば、企業における評価の方針及び手続の決定方法や各期の時価の変動の分析方法等をいう(時価開示適用指針5-2(4)③)。 (※6) 観察できないインプットと他の観察できないインプットとの間に相関関係がある場合、当該相関関係の内容及び当該相関関係を前提とすると時価に対する影響が異なる可能性があるかどうかに関する説明を注記する(時価開示適用指針5-2(4)④)。 (2) 投信信託の時価 投資信託の時価の注記については、以下の経過措置が設けられている(時価適用指針26)。計算書類では、必ずしも下記の注記は求められていないが、重要性を考慮して注記を検討することが考えられる。 なお、時価適用指針は、2021年6月17日に改正されている。そこで、投資信託の上記の取扱いは、2023年3月期から改正される。 (3) 組合等への出資の時価 組合等への出資の時価の注記については、以下の経過措置が設けられている(時価適用指針27)。計算書類では、必ずしも下記の注記は求められていないが、重要性を考慮して注記を検討することが考えられる。 3 金融商品の時価のレベルごとの内訳等に関する事項(計算書類) 計算書類においては、「金融商品の時価の適切な区分ごとの内訳等に関する事項」の注記が必要である(会社計算規則109①三)。ただし、具体的な注記内容は、会社計算規則では規定されていない。 実務上の負担等も考慮し、各社の実情に応じて必要な限度での開示を可能とするために、概括的な規定のみが定められている。 したがって、計算書類においては、上記2(1)の項目のうち、注記を要しないと合理的に判断される項目については、注記をしないことも許容されると考えられる(「『会社計算規則の一部を改正する省令案』に関する意見募集の結果について」第3の4)。 なお、連結注記表を作成する株式会社は、個別注記表における前項の注記を要しない(会社計算規則109②)。有価証券報告書を提出する大会社以外の会社は、当該注記を省略することができる(会社計算規則109①)。 4 会計方針の変更(有価証券報告書及び計算書類) 時価会計基準では、会計方針の変更注記について、以下の経過措置が設けられている(時価会計基準19、20)。 5 注記の事例 (1) 有価証券報告書 ① ヒラキ(株)(決算日:2021年3月31日) ② 西部ガスホールディングス(株)(決算日:2021年3月31日) (2) 計算書類 ① (株)プレサンスコーポレーション(決算日:2021年9月30日) ② 経団連の「会社法施行規則及び会社計算規則による株式会社の各種書類のひな型」 (了)
マスクと管理会計 ~コロナ長期化で常識は変わるか?~ 【第2回】 「予算の役割は変わる?」 公認会計士 石王丸 香菜子 〔登場人物〕 ● ● ● 予算は、大きく分けると2つの顔を持っています。1つは、対象とする期が始まる前の計画としての側面です。対象とする期の計画を立て、費用など必要な資源を各部門に配分する役割と言えます。 具体的な計画の立て方は会社によって異なりますが、前期の実績などを基礎とし、必要な調整を行って予算を作成することが多いでしょう。このような「増分予算」は、前期の実績をベースとするため、安定した環境において既存事業を順調に継続していく場合には妥当な方法です。また、計画にかかる手間や時間が少なくて済むというメリットもあります。 ただし、たいていは費用の実績額に上乗せをして費用の予算額とするので、費用の予算額が増加しがちです。また、従来認められてきた費用については、大幅な削減や大胆な見直しを行いにくくなります。配分された費用をその期に使い切らなかった場合、来期に配分される予算額が減らされる可能性があることから、各部門では必要がないのに予算を使い切ろうとする姿勢が生じるおそれもあります。 ● ● ● ● ● ● 実績をベースに予算を作成するという発想に対して、白紙の状態から予算を作成する「ゼロ・ベース予算」という発想があります。過去の実績はアンインストールして考慮せず、必要な項目だけを吟味し積み上げて予算とする方法です。 「誰が(どの部門が)」「何のために」「どのくらい」費用を使う必要があるのかを明確にし、費用の「単価」と「数量(回数)」まで把握したうえで予算計上すれば、費用の削減や不要な項目の廃止につなげることができます。従来の実績にとらわれず、ゼロから予算を作成するので、経営環境や費用の発生構造が大きく変化しつつある局面でも有用です。 ● ● ● ● ● ● ただし、スマホにアプリを1つずつ再インストールするのには時間や手間がかかるように、ゼロ・ベース予算の考え方で予算作成するのは相当の労力がかかります。一部の項目にのみ導入する、いくつかの項目について一定期間ごとにローテーションで実施するなど、無理のないスタイルを検討してもよいですね。 ● ● ● 【第1事業部/製品別の予算実績差異(一部)】 (※貢献利益 = 売上高 - 変動費 - 直接固定費) ● ● ● 予算には、もう1つの顔として、対象とする期が終わった後の業績評価基準としての側面があります。予算と実績を比較し差異を分析するという仕組みがあることによって、各部門や担当者から、予算を達成しようと努力する行動を引き出すことができるというわけですね。 しかし、期の途中で企業環境が想定外に大きく変化した場合には、期初に作成した予算が、期が終わった後の業績評価の基準としては適さないこともあります。 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 通常の予算実績差異分析に対して、「事後最適分析」という考え方があります。期中に起きた条件変化を織り込んで事後的に最適な予算を作成し、予算実績差異を、当初予算と事後最適予算との差異(「予測差異」)と、事後最適予算と実績との差異(「機会原価差異」)とに分けて把握する考え方です。 「予測差異」は、計画段階で正しく予測できなかったことにより生じる差異です。一方、「機会原価差異」は、とるべきだった行動を実際にはとらなかったために生じた機会損失で、この部分は担当部門や担当者の責任によるものであるととらえることができます。 ● ● ● ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 ● ● ● 現実には、事後最適予算を正確に把握することは難しいでしょう。しかし、想定外の事態が次々に生じる近年では、当初予算と実績を単純に比較して業績を評価する発想は適さないこともあります。環境の変化を考慮したうえで業績を評価できるような柔軟な仕組みを用意することにより、担当部門や担当者の臨機応変な創意工夫を引き出せる可能性があります。 予算管理という方法は、限界や問題点を含むものの有用な仕組みで、今後も企業において大きな役割を果たしていくと考えられます。環境が目まぐるしく変化する状況でも、柔軟な視点を加えて予算というシステムを最大限に活用したいものですね。 (了)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第123回】 株式会社旅工房 「外部調査委員会調査報告書(開示版)(2022年3月2日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【株式会社旅工房外部調査委員会の概要】 【株式会社旅工房の概要】 株式会社旅工房(報告書上は「TBK社」、以下「旅工房」と略称する)は、1994(平成6)年4月設立の旅行代理店。設立当社は海外航空券の取扱いを目的としていたが、2004年11月から国内旅行の取扱いも開始。新型コロナウイルス感染症の影響を受けていない2020年3月期の売上高は33,355百万円であったが、2021年3月期は1,654百万円まで減少している。経常損失1,354百万円、資本金654百万円、従業員数289名(いずれも2021年3月期連結実績)。本店所在地は東京都豊島区。2017年4月、東京証券取引所マザーズ市場に上場。会計監査人はEY新日本有限責任監査法人東京事務所。 【調査報告書の概要】 1 旅工房がまとめた調査結果の概要 2022年3月2日、旅工房が公表した「当社グローバル・アライアンス部門におけるGo Toトラベル事業給付金の受給申請に関する調査委員会からの調査報告書の受理について」と題するリリースから、旅工房がまとめた「調査委員会からの調査結果概要」は次のとおりである。 概要から旅工房の損失見込額を試算すると、債権と債務の差額3億1,686万円と地域共通クーポンの返還額を合わせた4億1,048万円となる。 2 外部調査委員会設置の経緯 3 問題となっている旅行商品の特殊性 外部調査委員会は、問題となっている旅行商品とその催行実態について、次のように9つの「特殊性」があることを指摘している。 外部調査委員会は、これらの特殊性について分析を行った上で、「不適切とは言えない」「旅工房に何らかの責任が生ずるものではない」という結論を導き出している。 たとえば、旅行商品購入者であるAA社と宿泊付帯商品提供者(研修提供者)であるDD社が実質的に同一又は一体であると思われること(特殊性⑤)について、外部調査委員会は、本件旅行商品においてAA社とDD社を実質的に同一又は一体としてみた旅行商品購入者兼宿泊付帯商品提供者が、単に資金を還流させるだけで利益を得ていたように見えるのは、詰まるところ、本件旅行商品における宿泊付帯商品の料金(研修料金)がその原価に比して著しく高額であるという疑いを先取りしているからであって、旅行商品購入者と宿泊付帯商品提供者が実質的に同一又は一体であったことによる問題ではないと考えられると分析した上で、本件旅行商品は、旅行商品購入者と宿泊付帯商品提供者(研修提供者)が実質的に同一又は一体であったと思われること自体も、Go To給付金の対象外となる理由とはならないし、本件旅行商品を「不適切」であるとする理由ともならないと考えると結論づけ、特殊性⑤について、Go To給付金の対象となる旅行商品であるとしている。 また、地域共通クーポンがホテル客室の清掃・リネン交換の料金に使用されていること(特殊性⑨)について、外部調査委員会は、本件旅行商品の催行に際して地域共通クーポンが宿泊先であるホテルにおいて客室の清掃及びリネン交換の料金として使用されたことが、地域共通クーポンが利用対象とならないサービスに使用されたということになるとしても、そして、それが旅工房の要請によるものだとしても、そのような用途を受け入れた地域共通クーポン取扱店舗たる各ホテルの問題であって、旅工房に何らかの責任が生ずるものではないと結論づけている。 4 原因分析(調査報告書37ページ以下) 外部調査委員会は、原因分析として、次の4項目を挙げた。 外部調査委員会は、「顧客の与信管理の甘さ」の項目で、旅工房では、職務権限規程上、営業上の取引については金額基準によって決裁基準が異なるものとはされておらず、本件旅行商品の販売は、担当部門取締役の決裁のみによって実行できるものとされていたという実態を示した上で、本件旅行商品の販売も、社外役員を含む取締役会で決議されるなど、複数の役員によって検証される機会があれば、旅行代金割引額についての回収リスクも考慮できた可能性があると指摘している。 さらに、「不自然又は特殊な取引に対する敏感さの不足」の項目では、外部調査委員会は、次のように旅工房を評価している。 5 再発防止策(調査報告書40ページ以下) 外部調査委員会が提言した再発防止策は以下のとおりである。 外部調査委員会が提言した再発防止策のうち、「コンプライアンス意識・リスク意識の向上」を見ておきたい。調査委員会は、「個別の取引・商品の実行・販売にあたっては、取引全体・商品全体を多角的に観察して、実現可能性があるか、コンプライアンス上の問題がないか、いかなるリスクがありうるかといったことを、常に分析・検証する姿勢・意識が必要である」とした上で、こうした姿勢や意識は一朝一夕に向上したり徹底できたりするものではないが、「諦めることなく社内研修等を実施することが必要」であるとしている。 【調査報告書の特徴】 新型コロナウイルス感染症の影響で業績が大きく落ち込んだ旅行業界。中でも、海外航空券の販売から事業を開始した旅工房では、2021年3月期の売上高が前期の約5%まで縮減するという窮地にあった。 そうした状況を打開するためだったかどうかは不明だが、Go TOトラベル事業による給付金受給が可能で、短期間にかなりの宿泊者数が見込まれる本件旅行商品は、魅力的なものに思えたのは間違いない。多くの「特殊性」を見て見ぬふりをして、新規取引先にもかかわらず、与信管理も気にとめないまま、商談を推進した結果、手配したホテルの部屋の半分以上で「不泊」が発生し、観光庁からは「不適切事業」の烙印を押されただけでなく、Go Toトラベル事業への参加を停止されてしまった。 1 外部調査委員会の独立性に関する疑問 旅工房は、調査委員会設置を知らせるリリースの中で、「調査委員会は、調査の実効性と透明性を確保するため、当社と独立した外部の専門家である西村あさひ法律事務所の弁護士を構成員」とすることを言明しているが、旅工房の社外監査役には、西村あさひ法律事務所パートナーである志村直子氏(以下「志村社外監査役」と略称する)が2016年5月に就任していることを考えれば、独立性には疑問が残る。さらに言えば、外部調査委員会は、志村社外監査役をヒアリングの対象者として挙げているが、調査報告書に志村社外監査役のコメントは一切出てこない。 また、委員長をはじめすべての委員が同一の法律事務所の弁護士で構成されている点も、事務所パートナーである委員長の見解に対し、アソシエイトである他の委員が反論し難いのではないかという懸念を持つ構成である。 2 株式会社エイチ・アイ・エスが公表した調査報告書との類似性 2021年12月24日、株式会社エイチ・アイ・エスは、「当社連結子会社における取引に関する調査委員会からの調査報告について」というリリースを出し、連結子会社である株式会社ミキ・ツーリスト及び株式会社ジャパンホリデートラベルにおいて、Go Toトラベル事業に適合しない取引が存在したという疑いに関する調査報告書の概要を公表した。 そのうち、ジャパンホリデートラベルに関する事案は、本稿で取り上げた旅工房の旅行商品とほぼ同じスキームで行われていた。 以下、エイチ・アイ・エスのリリースから、ジャパンホリデートラベルの調査結果概要を引用する。 旅工房、ジャパンホリデートラベルの両事案に関する調査報告書からは、旅工房の社外取締役である平林朗氏(以下「平林氏」と略称する)が代表取締役社長を務める、ホテル運営会社の株式会社JHAT(東京都港区)が関与していると読み取ることができるが、平林氏及びJHATがどのように関与しているのかの詳細は不明である。なお、平林氏については、旅工房外取締役を2021年12月14日付で退任したとういう報道(TRAICY編集部「旅工房、HIS出身の取締役と執行役員が退任 JHAT平林朗氏と”紋別タッチ”仕掛け人の中島和彦氏」(2021年12月16日)参照)があり、旅工房のサイトにある「役員紹介」のページから、平林氏はすでに削除されている。 また、旅工房外部調査委員会は、平林氏に対しヒアリングを行ったことを公表しているが、その内容については詳らかにしていない。 3 消費者(宿泊者)本位とは言えない商品設計 調査報告書の中で、外部調査委員会が再三指摘し、分析を試みている申込者による「不泊理由」に関して、結論として、旅工房においては、「旅行業者でありながら事業者向け取扱要領の定めを十分に理解していなかったという憾みはあるものの、本件旅行商品の催行にあたって多数の不泊者が生ずることを予定していたとは言えないし、多数の不泊者が生じないよう旅行業者として最低限の措置も講じていたと考えられ、多数の不泊者が生じた原因が旅工房にあったわけではない」とまとめている。 さらに、「不泊者が生じたことに帰責性のほとんどない旅工房において、AA社から旅行代金割引額を回収できないというリスクを負担することになるものであり、既にAA社が本店所在地も閉鎖してしまっていることに鑑みると、現実にAA社から旅行代金割引額を回収できず、旅行代金割引額相当額の損失を被ることになる可能性が高いということである。かかる結論は、旅工房には酷な結論であるとも思えるが、やむを得ない面もあるものと思われる」として、「不泊」問題を締め括っている。調査委員会の言う「やむを得ない面もある」という評価がどのような事実から導き出されたのかは判然としないが、「不泊」問題については、旅工房には責任はないという評価であることは間違いない。 ただ、こうした外部調査委員会の結論には、消費者である宿泊研修受講者の視点が欠けているのではないかと感じる。つまり、そもそも、本件宿泊研修という商品設計そのものに、消費者である研修申込者はあまり魅力を感じなかったのではないかという点である。 もちろん、これは調査委員会だけではなく、旅工房も旅工房に企画を持ちかけたBB社にも言えることなのだが、Go Toトラベル事業でいかに収益を上げるかという点ばかりが先走って、「果たして研修受講者は集まるのか」「研修内容は満足できるものなのか」「宿泊して研修を受ける必要はあるのか」という視点が欠けていたのではないか。いくら「無料で研修を受講し、ホテルに宿泊できる」ことを謳い文句にしたところで、研修内容に魅力がなければ受講申し込みはしても実際には受講しなかったり、宿泊のための移動すら面倒がったりして、結果的に「不泊」に繋がっている気がしてならない。 4 観光庁による調査状況の公表と処分 観光庁は、3月4日、「Go Toトラベルに関する不適切事案に係る調査状況等について」と題された報道発表を行い、旅工房、ジャパンホリデートラベル関係について「把握している事実関係」とともに、「今後の対応等」を公表した。 注目される観光庁の対応であるが、次の4点となっている。 「刑事告訴を視野に入れつつ」という強い表現が目につく。また、新たに、不適切な給付金受給事業を行っていたとされるトラベル・スタンダード・ジャパン株式会社(東京都豊島区)のサイトを確認したところ、本稿執筆時点では、観光庁による調査に関するリリース等は出されていないようである。 なお、同社代表取締役社長川尻郁夫氏は2005年に旅工房に入社し、その後、2011年にトラベル・スタンダード・ジャパン株式会社を設立したことが略歴の中で紹介されている。 (了)
税理士が知っておきたい 不動産鑑定評価の常識 【第27回】 「道路の状況1つで土地価格も変化する」 ~容積率の多少が土地価格に与える影響~ 不動産鑑定士 黒沢 泰 1 はじめに 道路は、日常、多くの人々によって無意識のうちに利用されていますが、不動産(特に土地)の価格との関係を捉えようとする場合、建築基準法の視点からものを見る目が非常に重要となってきます。すなわち、単に「道路」と呼んでいても、それが建築基準法上では道路として扱われていないこともあり、このような道に接する敷地には建築物が建築できないからです。その分、土地の価格は安くなってしまいます。 また、敷地の接する道が建築基準法上の道路として扱われていても、幅員がやや狭い場合には、その敷地に建築可能な床面積が制限を受ける場合があります。例えば、建築物の延べ面積の敷地面積に対する割合(=容積率)(※)が都市計画で200%と指定されていて、本来であれば5階建ての建築物が建築できるところ、道路の幅員がやや狭いため160%しか使用できず、建築可能な建物は4階建てにとどまるというケースもあります。このような場合、土地の価格はこれに見合う分だけ安くなるのが一般的です。 (※) 例えば、敷地面積が100㎡、敷地上にある建物の延床面積が200㎡の場合、容積率は、「200㎡÷100㎡×100%=200%」と計算されます。 さらに、一概に道路といっても公道だけでなく私道もあり、私道の中には公道並みの扱いを受けているものもあります。 道路の調査は鑑定評価に当たり欠かすことのできないものであり、調査結果いかんが土地価格に影響を及ぼすといっても過言ではありません。そのため、今回と次回にわたり、道路調査のポイントを紹介しておきます。 2 敷地の接道義務 建築基準法によれば、都市計画区域及び準都市計画区域内の建築物の敷地は、道路に2m以上接していなければならないとされています(ただし、自動車専用道路を除きます。建築基準法第41条の2、第43条第1項)。そして、この場合の道路とは幅員が4m以上で、次のいずれかに該当するものをいうとされています(同法第42条第1項)(例外的に幅員6m以上のものが対象とされるケースもありますが、これについては割愛させていただきます)。 次に、幅員が4m未満であっても、建築基準法の規定が適用されるに至った際(=昭和25年11月23日当時)、現に建築物が立ち並んでいた道で、一定の要件に当てはまるものも例外的に道路としての取扱いを受けています(建築基準法第42条第2項。通称「2項道路」)。 敷地の前面道路がこのような指定を受けている場合、建替えの際には道路の中心線から2m後退する必要があります。その理由は、建築基準法に規定する道路の幅員は最低4m必要とされることから、例外的に4m未満の道を認める場合でも、将来の建替えや新築時には幅員を4m確保すべきであるということによります。 以上述べたとおり、建築基準法にいう道路とは常識的に捉えたものとは異なり、厳格に扱われていることが分かります。それぞれの具体的な内容は次回解説することとし、ここではイメージのみ捉えていただければ結構です。 3 道路と容積率制限の関係~根拠規定と具体例 建築基準法上の道路のイメージを上記2のとおり捉えた上で、「1 はじめに」に述べた道路幅員が容積率に与える影響(結果として価格にも影響を及ぼすこと)について、以下、根拠規定を掲げ具体的に考えてみます。 建築基準法第52条では、容積率に関し次の規定を置いています。このような規定が存在するため、都市計画により地域ごとに容積率が指定されている場合であっても、道路の幅員のいかんにより、指定された容積率どおり敷地を使用できないケースも生じます(すなわち、都市計画により指定された容積率と下記規定に基づいて計算した容積率のうち、厳しい方を適用するという趣旨です)。 (※) 筆者注。以下、第1種低層住居専用地域、第2種低層住居専用地域等の区分ごとに都市計画で定められる容積率が規定されていますが、省略いたします。 (注) 下線は筆者によります。 上記規定を基に、「1 はじめに」に述べた容積率制限につき解説を補足すれば以下のとおりです。 例えば、ある土地が第1種中高層住居専用地域内にあり(都市計画で指定された容積率は200%)、前面道路の幅員が5mあれば、幅員から計算した容積率は、 となり、指定された容積率どおり使用することができます。 しかし、前面道路の幅員が4mの場合には、幅員から計算した容積率は、 となり、制限の厳しい160%が適用されるため、指定された容積率を使用することはできません(都市計画で指定された容積率は「指定容積率」と、建築基準法の制約を考慮した場合の実際に使用可能な容積率は「基準容積率」と呼ばれています)。 4 まとめ 繰返しとなりますが、容積率の多少が土地価格に与える影響度を把握することは重要であり、そのためには道路の調査が欠かせないということになります。 なお、道路の幅員(ただし、建築基準法上の道路に該当する場合)は、対象とする道路の所在する市役所(区役所)の道路課や建築課等で調査することができます(該当市区町村のホームページで閲覧できることも多くなっています)。また、上記2で述べた建築基準法第42条第2項に該当する道路に関しては幅員の認定は行っていないのが通常です。 (了)
《速報解説》 『移転価格事務運営要領』(事務運営指針)の改正案がパブコメに付される ~OECD公表「金融取引の移転価格ガイダンス」へ準拠~ 公認会計士・税理士 霞 晴久 国税庁は、令和4年3月14日付けで「移転価格事務運営要領」(事務運営指針)の一部改正案(以下、「本改正案」という)を示し、本改正案に対する意見を募集している。 本改正案は、OECD移転価格ガイドラインの1章として追加されるものとして、2020年2月にOECDが公表した「金融取引の移転価格ガイダンス(Transfer Pricing Guidance on Financial Transactions)」(以下「金融ガイダンス」という)に準拠した内容等となっている。 本改正案は、「1 企業グループ内の金融取引」及び「2 費用分担契約」の2つを骨子としていることから、以下、それぞれの要点を記すこととしたい。 1 企業グループ内の金融取引について 金融ガイダンスでは、企業グループ内のローン取引の金利設定に当たり、借手の信用格付け、貸付条件等を十分考慮すべきとしている(同10.89)が、現行指針3-8(2)では、(借手でなく)貸手の信用力等を考慮して金利設定する方法を許容しているため、本改正案では、現行指針3-8(1)~(3)を廃止し、現実に行われる取引に依拠した客観的な指標(市場金利等)を用いて想定した比較対象取引を用いるものとし、取引当事者の信用力を検討する場合、当事者の信用格付等を用いることができるとしている。同指針を補足する別冊の「参考事例集」においても【事例4】を見直し、信用格付に基づく設例を提示している。 また、実務的には、金融機関等に金利水準を照会してそれをグループ内ローンの利率とする方法も用いられているが、金融ガイダンスでは、金融機関等からの回答(※)は実際の取引の比較に基づくものではないため、独立企業原則から逸脱すると規定している(同10.107~108)。そこで改正案(3-8(5))では、銀行等に照会して取得した見積り上の利率又はスプレッドは、市場金利等には該当しないとしている。 (※) 金融ガイダンスでは“Bankability” Opinionと呼んでいる。 さらに金融ガイダンスでは、関連者間の債務保証取引について、保証者と被保証者の間の信用力に差があることが一般的であることから、対価の支払いが必要な経済的便益が生じていることが、移転価格上、明確であるとしている(同10.157)。このことから、本改正案(3-8(6))では、金融ガイダンスにいうイールド・アプローチ、コスト・アプローチ等の手法を用いて想定した取引を比較対象取引とすることができるとしている。 なお、上記の参考事例集では、【事例4】において《前提条件3:債務の保証の場合》が追加されるとともに、金融取引の一環として、キャッシュ・プーリングの事例につき、【事例7】(寄与度利益分割法を用いる場合)において《前提条件4:キャッシュ・プーリング》を追加している。 2 費用分担契約について 現行指針3-15は、費用分担契約について、 と、やや限定的に定義していたのに対し、本改正案ではOECD移転価格ガイドラインに従い、 と、その適用範囲を拡大している。 かかる適用範囲の拡大を受け、本改正案3-16(費用分担契約の取扱い)では、共同活動への参加者の貢献の価値の額を「貢献価値額」、貢献価値額の合計額のうちに占める参加者それぞれの貢献価値額の割合を「貢献価値割合」とそれぞれ定義し、前者が独立の事業者間で通常の取引の条件に従って行われる場合に支払われるべき対価と一致していること、後者については、共同活動参加者の予測便益の合計額のうちに占める参加者それぞれの予測便益の割合(予測便益割合)に一致していることを要求しており、法人の貢献価値割合が予測便益割合を上回る場合には、移転価格税制の適用がある旨、定めている。 また、本改正案3-17(費用分担契約に関する留意事項)では、国税職員が、費用分担契約に基づいて行われた国外関連取引について調査を行う際の検討事項として、特に今回定義された「貢献価値割合」に関する留意事項を新たに設けている(本改正案3-17(4)及び(5))。 また、現行指針3-19(費用分担契約に係る検討を行う書類)は、国税職員が調査において検討する書類が列挙されているが、上記に伴い、本改正案3-19の(1)のホにおいて、「参加者それぞれの共同活動への貢献の形態及び貢献価値額の算定方法並びに貢献価値割合の算定に関する細目を記載した書類」が追加されている他、現行指針3-19の(1)のホにおける「予測便益割合と実現便益割合とが乖離した場合における費用分担額の調整に関する細目を記載した書類(下線筆者)」の下線部分が、本改正案では「貢献価値額」に置き換えられている。 * * * なお、冒頭に述べたとおり、国税庁は、改正案への意見(パブコメ)を募集している。募集期間は令和4年3月14日から同年4月12日までであり、郵便、FAX及びインターネットによる提出が可能である。詳細及び指針の新旧対照表は「e-govパブリック・コメント」のページを参照されたい。 (了) ↓お勧め連載記事↓
《速報解説》 確定申告期限直前のe-Tax接続障害を受け、 国税庁が個別の申告期限延長申請の対応を公表 Profession Journal編集部 本年2月3日に、新型コロナウイルス感染症の影響による令和3年分確定申告期限の延長の方法等について国税庁から公表があったことは既報のとおり。個別延長をしない場合、令和3年分の所得税等の確定申告期限は本日(3月15日(火))となる。 ただし、期限前日の昨日(3/14)になってe-Taxの接続障害が発生し、終日システムにつながりづらい状況が続いていた。 これを受け同庁は、本日付けでe-Taxページ内に公表した「e-Taxへの接続障害について(第四報)」において、本日午前7時現在において、つながりづらい状態は改善されているものの、未だ障害原因の解明には至っていないとした上、今回の接続障害によって期限内の申告が困難な場合の対応を明らかにした。 対応の方法としては、このe-Taxの接続障害により期限内申告が困難な場合には、本日中に書面により提出を行うか、もしくは申告書に「e-Taxの障害による申告・納付期限延長申請」である旨記載をすることで個別に申告期限を延長し、後日の提出が可能であることを明らかにしている(具体的な方法については上記リンク先の2ページ以降を参照されたい)。 なお、上記方法により延長申請ができる期間は、接続障害解消後に改めてお知らせを予定しているとのことなので、続報に注視されたい。 (了) ↓お勧め連載記事↓
2022年3月10日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.460を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第105回】 「節税義務が争点とされた事例(その8)」 中央大学法科大学院教授・法学博士 酒井 克彦 1 事案の概要 (1) 概観 本件は、医療法人であるX(原告)設立の際、X代表者である甲野が、当時自身の顧問税理士であったY(被告)との間で、その設立手続の一部をYが行う旨の契約(以下「本件契約」という。)を締結したことに端を発する事案である。 Xは、本件契約上、Yが甲野に対し、設立後2期分の消費税免除などの税制上の有利を受けられるよう、Xの設立時の資本金を1,000万円未満とすべきであるといった指導を行う義務があったにもかかわらず、これを怠り、Xに設立後2期分の消費税を支払わせるなどの税務上の損害を与え、また、X設立後、XとYとの税務申告に関する契約上、Yが事務用品購入費について経費算入を怠ったとして、前者については選択的に債務不履行又は不法行為に、後者については債務不履行に基づき、支払った税金相当額又は繰越欠損金として扱われるべきであった額相当分を損害として、その賠償を求めた事案である。 (2) 具体的事実 当時個人で医院を経営していた甲野は、平成14年初めころ、Yと知り合い、同年2月ないし3月ころ、両者間で税務顧問契約を締結し、Yは顧問税理士として甲野の税務相談等に応じるなどしていた。 その間、Yは、節税対策として甲野が経営する医院の法人化の相談を受け、法人化した方が節税効果がある旨を回答したことで、X医療法人社団を設立することとなり、Yは、甲野の依頼を受けて、医療法人設立認可、医療法人設立登記及び登記届の手続に協力することとなり、本件契約を締結した。 甲野は、同人名義の預金1億円のほか、車両、電話加入権、パソコン2台の合計74万9,000円を現物出資し、資産総額を1億74万9,000円として、平成15年2月17日、Xを設立した。 その後、甲野は、平成22年1月、開業医セミナーに参加し、セミナー後の個別相談において、ファイナンシャルプランナーから、Xの資産総額の設定が疑問であり、資産総額1,000万円未満で設立していれば2期分の消費税が免税となった旨指摘された。 甲野は、同年2月20日、Yに対し電話を掛け、Xの資産総額を1億74万9,000円にした理由を尋ねたところ、Yは、資産総額が1億円を超えると税務署の管轄ではなく国税局の管轄になり、国税局の管轄になるとXの規模の法人には税務調査が入りにくいとの理由であった旨回答した。また、消費税については、Xが個人経営から法人成りした経緯から、消費税の免除の適用はない旨回答した。 甲野は、同月22日、Yに対し電話を掛け、税務署に確認したところ、個人と法人は別で関係なく、資産総額1,000万円未満で法人を設立すれば2期分の消費税は払わずに済んだ旨伝えたところ、Yは、個人医院からの資産は引き継がれる旨と再度国税局の管轄にすると税務調査が入りにくい点にあった旨を回答した。そして、個人が法人成りして2年で個人経営に戻すことを繰り返せばいつまでも消費税を支払わなくて済むことになるが、それはあり得ない旨説明した。 2 争点 本件の主たる争点は、①本件契約上のYの債務不履行責任の有無と、②税務申告手続上のYの債務不履行責任の有無である。その損害及び債務不履行責任の消滅時効の起算点等についての争点は割愛する。 3 判決の要旨 東京地裁平成27年5月28日判決(判時2279号33頁)は次のような事実認定の上、Yの債務不履行を認めた。 東京地裁はこのように示した上で、「したがって、Yには、節税の目的に沿うよう、資産総額について正しく説明・指導する義務に違反した債務不履行があったことが認められる。」としたのである。 なお、争点②については、「甲野又はXは、平成13年7月から平成21年3月まで、T事務器から事務用品を合計160万6,119円購入したことが認められ、Yはこれを経費として計上しなかったことが認められる。」として、これについても債務不履行を認めている。 4 解説 消費税法は、中小事業者の納税事務負担などに配慮して、その課税期間の基準期間における課税売上高が1,000万円以下の事業者については、納税義務を免除することとしている。 すなわち、消費税法9条《小規模事業者に係る納税義務の免除》は、「事業者のうち、その課税期間に係る基準期間における課税売上高が1,000万円以下である者については、第5条第1項の規定にかかわらず、その課税期間中に国内において行った課税資産の譲渡等及び特定課税仕入れにつき、消費税を納める義務を免除する。」と規定し、ここにいう「基準期間」とは、「個人事業者についてはその年の前々年をいい、法人についてはその事業年度の前々事業年度(当該前々事業年度が1年未満である法人については、その事業年度開始の日の2年前の日の前日から同日以後1年を経過する日までの間に開始した各事業年度を合わせた期間)をいう。」と規定されている(消法2①十四)。 したがって、新たに設立された法人については、その設立1期目及び2期目については基準期間がないことから、原則として消費税の納税義務が免除されることになるのであるが、その例外として、基準期間がない法人のうち、その事業年度開始の日における資本金の額又は出資の金額が1,000万円以上である法人については、かかる課税期間の納税義務は免除されないこととされている(消法12の2①)。 本件事案において、Xは資本金1億47万9,000円で設立されているが、これを1,000万円未満としていれば、設立2期目までの消費税の納税義務が免除されることになったのではないかというのがXの主張の基礎にある。本件は、かような消費税法上の規定を用いてなし得る節税措置を説明・指導しなかった税理士に対して損害賠償責任を認めた事例である。 そもそも、節税を行うべき義務なるものを税理士法からダイレクトに読み取れるか否かについては議論のあるところであるが、本件の場合、税理士の業務上の義務と認定されているわけではない。 すなわち、東京地裁は、「Xの設立の主な目的は節税であったことが認められ、そうであるとすれば、甲野から相談を受け、設立手続の一部に協力する旨の本件契約を締結したYとしては、その目的に沿うよう、甲野に対し、資産総額についても正しく説明・指導する義務があったと認められる。」としているのであって、「Xの設立手続の一部に協力する」という本件契約に関する義務であると認定されているように見受けられる。 つまり、甲野とYとの間に、医療法人の設立が節税目的であったことが共有され、かかる共通認識の下での設立手続に関する協力契約に内在する義務として節税措置が包摂されるものと判断されたのであろう。 かような意味では、本件判決を、税理士の業務上の義務として広く一般に節税義務を認めた判断であるとみることはできそうにない。 (了)