2022年3月17日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.461を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
日本の企業税制 【第101回】 「揮発油税等のトリガー条項」 一般社団法人日本経済団体連合会 経済基盤本部長 小畑 良晴 揮発油税等のトリガー条項の凍結解除とその発動について与野党間での議論が活発化している。3月16日の自民・公明・国民の3党の幹事長会談では、実務者レベルの検討チームを立ち上げることで合意した。本稿ではトリガー条項の創設とその凍結の経緯について整理しておきたい。 〇トリガー条項とは 揮発油には、製造場から出荷される際に、揮発油税及び地方揮発油税(揮発油税等)が課税されており、その税率は、本則税率(28.7円/L)ではなく、「当分の間」、上乗せ分(25.1円/L)を加えた特例税率(53.8円/L)が適用されている(いわゆる「当分の間税率」)。なお、揮発油税等の令和4年度税収(見込額)は、約2.3兆円にのぼっている。トリガー条項とは、この本則税率を上回る部分の課税の停止・復元措置のことであり、当時の民主党政権下で、平成22年度税制改正によって創設された制度である。 具体的には、平成22年1月以後の連続する3ヶ月間における各月の揮発油の平均小売価格がいずれも1Lにつき160円を超えることとなった時には、その旨を財務大臣が告示することとし、その告示のあった月の翌月初日以後に適用される税率については、本則税率を上回る部分の課税を停止する。 一方、この停止措置が適用されている場合に、平成22年4月以後の連続する3ヶ月間における各月の揮発油の平均小売価格がいずれも1Lにつき130円を下回ることとなった時には、その旨を財務大臣が告示することとし、その告示のあった月の翌月初日以後に適用される税率については、本則税率を上回る部分の課税を復元する。 なお、トリガー条項は、自民党・公明党の政権復帰後、平成23年4月に施行された「東日本大震災の被災者等に係る国税関係法律の臨時特例に関する法律」44条 により、「別に法律で定める日までの間」、その適用が停止されている。 〇トリガー条項創設の経緯 もともと、揮発油税等の上乗せ税率は、昭和49年度税制改正において税率引上げが行われた際に、暫定的な措置として租税特別措置法によって導入されたもので、累次の税制改正を経て延長が繰り返されてきた。かつては、揮発油税等は、昭和29年度以降、「道路整備事業に係る国の財政上の特別措置に関する法律」に基づき道路特定財源とされていた。 (1) 平成20年度改正 平成20年度税制改正においては、平成30年3月末までの上乗せ税率は10年間の措置として延長された。 この平成20年度税制改正をめぐっては、いわゆるねじれ国会の下で、税制改正法案の成立が年度末をまたいだことから、いったん上乗せ税率が途切れる事態が生じた。 自民・公明両党は、平成20年4月30日、衆院本会議で、所得税法等の一部を改正する法律案、地方税法等の一部を改正する法律案、地方法人特別税等に関する暫定措置法案等について、平成20年2月29日に参議院に送付の後、60日を経過したが同院は議決に至らず、よって、衆議院において、憲法第59条第4項により、参議院がこれを否決したものとみなすべしとの動議を賛成多数で可決する「みなし否決」を行い、これにより、参議院で審議中であったこれらの法案は衆議院に返付され、憲法第59条第2項に基づき、出席議員の3分の2以上の多数で再可決されるに至った。 また、同年5月13日には、道路特定財源を10年間維持する道路整備費の財源等の特例に関する法律の一部を改正する法律案についても、与党は、衆議院再可決に踏み切った。なお、政府は、同日、「道路特定財源等に関する基本方針」を閣議決定し、道路特定財源制度をその年の税制抜本改革時に廃止し21年度から一般財源化すること、同時に、暫定税率分も含めた税率は、環境問題への国際的な取組み等を踏まえて検討することなどを明確にした。 こうした経緯から、揮発油税等の上乗せ税率は、平成20年3月31日に適用期限が経過し、平成20年4月1日から平成20年4月30日までの間に製造場から移出し、又は保税地域から引き取る揮発油については、本則税率が適用されていたが、成立した「所得税法等の一部を改正する法律」により、その適用期限が延長され、平成20年5月1日以降に製造場から移出し、又は保税地域から引き取る揮発油に係る揮発油税及び地方道路税については上乗せ税率を適用することとされた(平成30年3月31日まで)。 (2) 平成21年度改正 「道路特定財源等に関する基本方針」に基づき、政府・与党の検討の結果、平成20年12月8日に「道路特定財源の一般財源化等について」が政府・与党間で合意に至ったが、揮発油税等の上乗せ税率部分については、「道路特定財源の一般財源化に伴う関係税制暫定税率分も含めた税率のあり方については、今後の税制抜本改革時に検討することとし、それまでの間、地球温暖化問題への国際的な取組み、地方の道路整備の必要性、国・地方の厳しい財政状況等を踏まえて、現行の税率水準を原則維持する」こととなった。 (3) 平成22年度・24年度改正 平成21年9月に民主党政権が発足し、その下で、新たな枠組みの税制調査会での検討の中で、環境省から地球温暖化対策税に係る要望が提出された(揮発油税の上乗せ税率(25.1円/L)を廃止する一方、地球温暖化対策の観点から新たな上乗せ措置を創設(17.32円/L)するとともに、全化石燃料に対するCO2比例となる形の上流課税の導入(揮発油については2.78円/L))。 最終的には、平成20年度改正で平成30年3月末までの10年間の措置とされていた揮発油税等の上乗せ措置は廃止される一方、厳しい財政事情や、地球温暖化対策との関係に留意する必要があること等から、「当分の間」、上乗せ税率部分を含めた当時の税率水準を維持することとなった。 このような検討の経緯を踏まえ、地球温暖化対策のための税について政府・与党において検討が進められ、平成24年度改正において、石油石炭税にCO2排出量に応じた税率(現行の揮発油に対する税率は0.76円/L)を上乗せする「地球温暖化対策のための課税の特例」が設けられることとなった。 (了)
〈ポイント解説〉 役員報酬の税務 【第36回】 「同業類似法人の選定基準」 税理士 中尾 隼大 ○●○● 解 説 ●○●○ (1) 同業類似法人とは 法人税法上、役員給与や役員退職給与のうち、「不相当に高額な部分の金額」は、損金不算入とされる(法法34②)。その判定は、役員給与においては法人税法施行令70条1号、役員退職給与においては法人税法施行令70条2号にそれぞれ定められている。 その内容として、当該役員の職務内容や退職の事情などの個別の事情に加え、「その内国法人と同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するものの役員に対する(退職)給与の支給の状況等に照ら」して判断するとされ(法令70一イ・二)、これが同業類似法人と呼ばれる存在である(※1)。 (※1) 役員給与においては、その他、「形式基準」が準備されている(法令70一ロ)。この点については【第3回】参照。 同業類似法人を抽出して不相当に高額な部分の判定がなされるのは、法人税法施行令70条の文理上、まずは役員の職務内容、そして当該法人の財務状況や使用人給与との対比が行われるべきであるところ、直接的に役員の職務内容と法人の収益の結びつきを明らかにすることは一般に困難であること等が背景にあるからである。ここで、同業類似法人の抽出については課税庁側と納税者側で情報格差があるとされており、係争となる前、すなわち確定申告時点で納税者側が適正な同業類似法人の抽出について、課税庁側と同水準で把握することはほぼ不可能であるといえる。 しかしながら、係争に発展した場合、課税庁側が抽出した同業類似法人について合理性が認められるとして、納税者側の主張が退けられるケースが極めて多い(※2)。 (※2) 例えば、東京地裁平成25年3月22日判決(税務訴訟資料263号順号12173、TAINS:Z263-12173)がある。その他、【第12回】参照。 納税者側にとって、確定申告時点で役員給与及び役員退職給与の損金算入可否を判断する必要があるため、課税庁による更正処分時や、その後の裁決例・裁判例において、どのような基準で同業類似法人の抽出がなされているかを知る意義は大きい。特に役員退職給与に係るインパクトは多大なものがあるため、以下に役員退職給与について争われた事例を題材に確認する。 (2) 合理的な同業類似法人の選定基準 先に触れた東京地裁平成25年3月22日判決は、役員退職給与の適正額について争われた事例であり、課税庁側が用いた同業類似法人の抽出基準について合理性を検討している。それによると、 という内容が示されている(※4)。 (※4) 上記①~⑥の基準で抽出した結果である3件の同業類似法人こそ合理性が認められ、納税者が主張した、会員である税理士及び公認会計士からなる任意団体データから抽出した40件(うち功績倍率不明等の11法人を除くと29件)については、データが会員関与法人に限られ、中分類の存在を考慮していないため採用できないことが示されている。 他にも、上記①~⑥の基準に加え、「抽出事業年度において国税通則法等に係る係属中でないこと」という基準が付された事案として、東京地裁平成29年10月13日判決がある(※5)。 (※5) 税務訴訟資料267号順号13076、TAINS:Z267-13076。いわゆる1.5倍判決。高裁以降において功績倍率の1.5倍とした部分が取り消されているが、同業類似法人の抽出基準自体の是非については地裁の判断に変更はない。なお、抽出基準①につき、対象となる都道府県内に絞られる等、若干の相違はある。 裁決例に目を向けると、国税不服審判所平成28年6月27日裁決等(※6)、上記①~⑥を抽出基準として判断することはほぼ共通しているため、国税不服審判所や裁判所は上記①~⑥の抽出基準を概ね採用しているといえよう。 (※6) 裁決事例集未登載、TAINS:F0-2-641。 なお、抽出基準に合理性は認められるものの、納税者と業種の異なる法人が混入していたため、納税者の主張が結果として一部認められた裁決例として、国税不服審判所平成29年4月25日裁決があり(※7)、必ずしも課税庁側が抽出する同業類似法人が正しいわけではないともいえる。 (※7) 裁決事例集107集77頁、TAINS:J107-3-06。 (3) 情報格差によるトラブルを未然に防ぐために 【第3回】、【第12回】及び【第29回】で言及しているように、納税者側と課税庁側には、同業類似法人の抽出という点で情報格差が存在している。現に、「課税庁が設ける選定基準については、その調査事案に応じた選定基準としての合理性が必要とされる以上の制約は」なく、相当性判断のための同業類似法人の選定基準については、「課税庁側の専権事項である」とした論考が存在する(※8)。 (※8) 衛藤政憲「代表者相当の取締役に係る退職給与支給額の相当性判断のための比較法人選定基準」国税速報6558号16~17頁。 このような情報格差については、札幌地裁平成11年12月10日判決において(※9)、「必要な限度において、納税者の予測可能性が制限されることがあってもやむを得ないといわざるを得ない(平均功績倍率法に限らず、最高功績倍率法にせよ、1年当たり平均額法にせよ、比較法人の資料に基づいて計算する手法をとるのであるから、納税者の側での資料の入手が困難であることに変わりはないはずである。)」と示す事例があり、現に、TKC・BASTデータが採用されなかった事例がある(※10)。 (※9) 税務訴訟資料245号703頁、TAINS:Z245-8543。 (※10) 国税不服審判所平成20年7月31日裁決(裁決事例集未登載、TAINS:F0-2-331)。前掲(※2)の事例も、TKC・BASTデータが採用されなかった事例である。 ここで、役員退職給与ではなく、役員給与の過大性が争点となった事例に目を向けると、納税者が入手可能な資料から税務上の適正額はある程度予測可能と示された事例や(※11)、被告である課税庁側が原告への反論として「財務省や国税庁がホームページ上で公表している『法人企業統計年報特集』、『民間給与実態統計調査』や税務関係の雑誌である『週刊税務通信』の掲載記事や、税務関係の書籍にも参考となる資料が数多く掲載されているし、東京商工リサーチのTSRレポートのサンプルには、役員数や役員報酬の金額が記載されているのであって、これらの資料から、類似法人の1人当たりの平均役員給与額を算定することも可能である」と言及している事例もあり、ここから課税庁側のスタンスが垣間見えよう(※12)。 (※11) 最高裁平成9年3月25日判決(税資222号1226頁、TAINS:Z222-7889)。 (※12) 東京地裁平成28年4月22日判決(税務訴訟資料266号順号12849、TAINS:Z266-12849)。いわゆる残波事件の地裁判決である。 法人税法施行令70条は、1号で役員給与の過大性判断について、2号で役員退職給与の過大性判断について規定する構造となっているため、別個の規定が設けられていることに鑑みれば、両者の過大性判断は完全一致するものではないのかもしれない。 このような状況で、実務上、納税者側のリスクを避けようと思えば、複数の民間データベース等から同業類似法人の抽出を行い、その抽出基準として上記①~⑥に配慮することで合理性が担保され得る。もっとも、役員退職給与の場合、実務上浸透している功績倍率法を採用し、「代表取締役は3倍までOK」の実務上の常識に準拠することが無難ではないだろうか。 (了)
相続税の実務問答 【第69回】 「相続税の申告時に把握できなかった貸付金の返済があった場合」 税理士 梶野 研二 [答] お父様の相続開始時に甲氏に対する貸付金債権が存在したかどうかは、金銭消費貸借契約書(借用証書)の存否及びその内容、金銭の交付を受けた者の申立て内容、交付したお父様の遺された記録(日記帳、財産内容を書き出したメモ書きや財産債務調書など)、預金の入出金の状況、時効の中断事由である請求や債務の承認の事実の有無などから総合的に判断する必要があります。 ご質問の場合には、甲氏の申立て内容や、それを裏付ける出金状況などからすれば、他に特段の事情のない限り、相続開始時には甲氏に対する貸付金債権が存在していたと考えることが常識的な判断であるといえますので、甲氏への貸付金債権を相続財産に含めた相続税の修正申告をすべきでしょう。 ● ● ● ● ● 説 明 ● ● ● ● ● 1 貸付金債権の存否 相続税は、被相続人の相続開始の際に存在していた財産の価額を基に計算をします。被相続人の財産の把握をするためには、被相続人の預貯金の入出金の状況を確認することも必要です。いわゆる不明出金がある場合には、その金員が親族や知人などに渡ったことも考えられますので、そのような観点からも解明を図ることとします。 ただし、被相続人からある人に金銭が交付された事実を確認できたからといって、そのことによって、直ちに、相続開始時に当該金銭相当額の貸付金債権が存すると判断されるわけではありません。 すなわち、ある人に金銭の交付をした事実が分かったとしても、次のような様々なケースが考えられるからです。 金銭の交付が贈与であるならば、当初から債権債務関係は発生しません(明確に贈与の意思表示をしたのではないとしても、将来、余裕ができたときに返済してもらえばよいなどと言い渡した場合には、その時点で贈与が行われたと認定され、贈与税等の課税が行われることもあります)。また、債務の免除等があった場合や消滅時効の援用があった場合には、その時点で債権債務関係は消滅することとなります。 上記のいずれのケースに該当するかどうかについては、金銭消費貸借契約書(借用証書)の存否及びその内容、金銭の交付を受けた者の申立て内容、金銭を交付した側の記録(財産債務調書や財産内容を書き出したメモ書きなど)、預金の入出金の状況、時効の中断事由である請求や債務の承認の事実の有無、法人に対する金銭の交付であるならば同法人の財務諸表への記載内容などから総合的に判断することになります。 2 任意に返済があった場合 上記1の①から③までのような事実があったとしても、道義的な責任から、あるいは窮状を救ってくれた者への恩に報いたいとの思いから、かつて交付を受けた金額相当額又はその一部に相当する金額の返・済・がされることもあるでしょう。 金銭の交付時に贈与があったと判断された場合や、債務の免除や時効の援用により債務が消滅し、相続開始時に貸付金債権が存在しない場合には、その後に返済・・された金員は、贈与を受けたものとして贈与税の課税対象となります(事業関連の場合や相手方が法人の場合には、所得税の課税問題となります)。 なお、消滅時効にかかった債務は、いわゆる自然債務として、債権者から裁判所に訴えて履行を求めることはできないものの、債務者が任意に履行すれば有効な弁済となります(高橋和之他『法律学小辞典(第5版)』(有斐閣・2016年)542頁)。この場合には、当該債務者から返済があったとしても贈与(経済的利益の供与)とは認められないでしょう。 3 ご質問の場合 貸付金債権の有無については、関連する事実関係から慎重に判断する必要がありますが、ご質問の場合には、甲氏の申立て内容や、それを裏付ける出金状況などに照らせば、他に特段の事情のない限り、甲氏から受け取った金員を甲氏からあなた方への贈与と解するよりも、貸付金の返済を受けたものであると考え、この金額を相続税の課税対象に含めることが常識的であるといえるのではないでしょうか。そうであるならば、甲氏への貸付金債権を相続財産に含めた相続税の修正申告をすべきです。 なお、今回、甲氏から返還を受けた100万円は、被相続人が甲氏に供与した300万円の一部にすぎませんが、その残余の200万円については、上記1の観点に加え、甲氏の意思などをも踏まえて総合的に判断し、相続財産である貸付金債権の額を確定する必要があります(※)。 (※) 相続税における貸付金債権の価額は、その元本の価額にその貸付金債権に係る既経過利息の金額の合計額によります(評基通204)。しかしながら、その債権金額の全部又は一部が、課税時期においてその回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるときにおいては、それらの金額は元本の価額に算入しないこととされています(評基通205)。 (了)
〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第28回】 「区分登記がされている場合の特定居住用宅地等の特例の適用 (別居親族の要件の留意点)」 税理士 柴田 健次 [Q] 被相続人である甲(相続開始日:令和4年3月1日)は、下記の土地及び家屋を所有していました。土地建物の生前の利用状況は、下記の通り、1階部分は甲が居住の用に供し、2階部分は長女である乙家族が居住の用に供しています。区分登記はされており、建物の各階ごとに玄関があり、甲は1階で1人で生活をしていました。また、甲は乙から賃料は収受していませんでした。 【相続発生前の利用状況】 甲の相続発生に伴い、甲の所有していた土地及び建物を乙及び長男である丙が1/2ずつ取得した場合には、乙及び丙が適用できる特定居住用宅地等に係る小規模宅地等の特例の適用面積は何㎡でしょうか。 相続人は乙と丙の2人です。乙は甲と生計を別にしており、相続後は引き続き上記の土地家屋に居住しています。丙は甲と生計を別にしており、相続開始前10年間の間は会社の社宅に居住し、相続後も引き続き会社の社宅に居住しています。 [A] 乙は特定居住用宅地等に係る小規模宅地等の特例(以下単に「特例」という)を受けることができません。丙は取得した宅地等の面積の1/2相当である165㎡のうち1階部分に相当する90㎡(165㎡×120㎡/220㎡)について特例を受けることができます。 ◆ ◆ ◆[解説]◆ ◆ ◆ 1 特定居住用宅地等の意義 被相続⼈⼜は当該被相続⼈と⽣計を⼀にしていた当該被相続⼈の親族(以下「被相続人等」という)の居住の⽤に供されていた宅地等(当該宅地等が2以上ある場合には、政令で定める宅地等に限る。「第19回で解説」)で、当該被相続⼈の配偶者⼜は一定の要件を満たす当該被相続⼈の親族(当該被相続⼈の配偶者を除く)が相続⼜は遺贈により取得したものをいいます(措法69の4③二)。 一定の要件を満たす被相続人の親族は、下記の(1)~(3)のいずれかを満たす親族をいいます。 (1) 同居親族 当該親族が相続開始の直前において当該宅地等の上に存する当該被相続⼈の居住の⽤に供されていた⼀棟の建物(当該被相続⼈、当該被相続⼈の配偶者⼜は当該親族の居住の⽤に供されていた部分として政令で定める部分に限る)に居住していた者であって、相続開始時から申告期限まで引き続き当該宅地等を有し、かつ、当該建物に居住していること。 政令で定める部分とは、次に掲げる場合の区分に応じてそれぞれに定める部分をいいます(措令40の2⑬、措通69の4-7の4)。 (2) 別居親族 当該親族が次に掲げる要件の全てを満たすこと(措令40の2⑭⑮、措規23の2④)。 (3) 生計一親族 当該親族が当該被相続⼈と⽣計を⼀にしていた者であって、相続開始時から申告期限まで引き続き当該宅地等を有し、かつ、相続開始前から申告期限まで引き続き当該宅地等を⾃⼰の居住の⽤に供していること。 2 本問への当てはめ 本問の場合には、入口の要件として被相続人等の居住の用に供されていた宅地等に該当するのか、出口の要件として取得者の要件を確認することになります。 入口の要件としては、1階部分については、被相続人の居住の用に供されていた宅地等に該当し、2階部分については、被相続人等の居住の用に供されていた宅地等に該当しないことになります。したがって、1階部分のみが特例の対象になります。続いて取得者の要件ですが、取得者ごとに確認すると下記の通りとなります。 〔乙について〕 乙は上記1(1)に記載されている「被相続⼈の居住の⽤に供されていた⼀棟の建物に居住していた者」に該当しないため、同居親族の要件は満たさないことになります。 また、別居親族の要件に該当するかどうかですが、上記1(2)の④に記載されている「相続開始前3年以内に日本国内にある当該親族、当該親族の配偶者、当該親族の三親等内の親族又は当該親族と特別の関係がある一定の法人が所有する家屋(相続開始の直前において被相続人の居住の用に供されていた家屋を除く)に居住したことがないこと」が問題となります。被相続人は、三親等内の親族ですので、相続開始前3年以内に被相続人の所有する家屋に居住したことがある場合には、要件を満たさないことになります。 ただし、括弧書きにおいて「相続開始の直前において被相続人の居住の用に供されていた家屋を除く」とされていますので、本問の場合にこれに該当するか否かを検討することになります。法令や通達等において「被相続人の居住の用に供されていた家屋」の範囲を定めたものはありませんが、租税特別措置法関係通達69の4-21(被相続人の居住用家屋に居住していた親族の範囲)においては、下記の通り記載されています。 上記の通達に記載がされている通り、一棟の建物で構造上区分されているときは、被相続人が居住していたその独立部分を被相続人の居住の用に供されていた家屋に該当するとしています。 あくまでも上記の通達は、上記1(2)の③の要件の判定をする際の取扱いですが、上記1(2)の④の要件を判定する際にも同様に考えて問題ないかと思います。仮に乙が被相続人が所有する別の土地家屋に居住している場合には、上記1(2)の④の要件を満たさないことになりますので、そのバランスを考えると被相続人の所有していた一棟の建物内に被相続人が居住していたその独立部分(1階部分)以外の独立部分(2階部分)に居住していた乙も上記1(2)の④の要件を満たさないことになると考えるのが相当です。 したがって、乙は「被相続人の居住の用に供されていた家屋」に居住していたとは認められず、特例を受けることはできないことになります。 〔丙について〕 上記1(2)の③の要件である「相続開始の直前において被相続人の居住の用に供されていた家屋に居住していた被相続人の相続人(相続の放棄があった場合には、その放棄がなかったものとした場合の相続人)がいないこと」が問題になります。 上記の租税特別措置法関係通達69の4-21に記載のとおり、本問の場合には、1階と2階は構造上区分されており、甲は独立して1階部分に1人で居住していますので、甲の居住の用に供されていた家屋に居住していた者はいなかったことになります。したがって、上記1(2)の③の要件も満たされることになりますので、他の要件を満たせば特例の適用を受けることができます。ただし、特例の対象になるのは、被相続人の居住の用に供されていた1階部分のみとなりますので、丙が取得した土地等の面積を家屋の床面積で按分する必要があります。 3 区分登記の有無の取扱いの比較 区分登記の有無の取扱いについて【第27回】と【第28回】(本稿)を整理すると、下記の通りとなります。 ◎構造上区分された二世帯住宅の取扱い(他の要件を満たせば特例適用可〇、特例不可✕) ★実務上のポイント★ 別居親族の要件を判定する際の「被相続人の居住の用に供されていた家屋」の範囲に注意する必要があります。二世帯住宅の場合には、区分登記の有無ではなく、構造上区分された独立部分で判定することになります。 (了)
給与計算の質問箱 【第27回】 「死亡退職金に係る源泉徴収義務」 税理士・特定社会保険労務士 上前 剛 Q 私の父は株式会社を経営していましたが、先日亡くなりました。 私は父の保有していた株式を相続し代表取締役に就任しました。父の死亡退職金を相続人である私を受取人として支給したいと考えています。 死亡退職金から源泉所得税を徴収するかどうか、また、いくらまで死亡退職金を会社の損金にできるのかご教示ください。 A 死亡退職金は所得税の対象ではなく、相続財産として相続税の対象となるため源泉所得税は徴収しない。 また、死亡退職金について、会社の損金に算入可能な上限について明確な定めはないが、その退職金が不相当に高額と認められた場合には、その部分の額は損金に算入されないとされる。 * * 解 説 * * 1 死亡退職金から源泉所得税を徴収するかどうか 被相続人の死亡により相続人その他の者が被相続人に支給されるべきであった退職手当金等で被相続人の死亡後3年以内に支給が確定したものの支給を受けた場合には、退職手当金等の支給を受けた者は退職手当金等を相続又は遺贈により取得したものとされる(相法3①二)。 また、死亡者の退職金で死亡後に支給期の到来するもののうち、相続税法の規定により相続税の課税価格計算の基礎に算入されるものについては、所得税を課税しないこととされる(所基通9-17)。 したがって、死亡退職金は相続財産として相続税の対象であり所得税の対象ではないから、会社は死亡退職金から源泉所得税を徴収しない。死亡退職金は退職所得に該当しないので、会社は「退職所得の源泉徴収票」の作成は不要である。 2 いくらまで死亡退職金を会社の損金にできるのか いくらまでなら会社の損金にできるという明確な定めはない。役員の会社に従事した期間、退職の事情、同業種同規模の会社の役員退職金の支給状況等に照らして退職金が不相当に高額な場合には、その高額と認められる部分の額は損金に算入されないとされる(法法34②)。 損金に算入する時期は、株主総会決議によって退職金の額が確定した日の属する事業年度が原則であるが、実際に退職金を支払った事業年度でもかまわないとされる。 (了)
基礎から身につく組織再編税制 【第38回】 「適格現物出資(完全支配関係)」 太陽グラントソントン税理士法人 ディレクター 税理士 川瀬 裕太 前回は組織再編税制における「現物出資」に関する基本的な考え方を解説しました。今回からは数回にわたり適格現物出資の要件について整理していきます。今回は、「完全支配関係」がある場合の適格現物出資の要件について確認します。 なお、完全支配関係の定義については、本連載の【第2回】を参照してください。 1 完全支配関係がある場合の適格現物出資の要件 完全支配関係がある場合の適格現物出資の要件は、次の2つです。 2 金銭等不交付要件 「金銭等不交付要件」とは、現物出資法人に被現物出資法人株式以外の資産が交付されないことをいいます(法法2十二の十四)。 合併や分割と違って、1株未満の端数相当の金銭交付や反対株主の買取請求に基づく金銭の交付はありません。 3 完全支配関係継続要件 「完全支配関係継続要件」とは、完全支配関係がある法人同士の現物出資の場合に、再編後においても完全支配関係が継続する見込みがあることをいいます(法法2十二の十四イ、法令4の3⑬)。 (1) 当事者間の完全支配関係 ① 新設現物出資以外の現物出資の場合 新設現物出資以外の現物出資のうち、現物出資前に現物出資法人と被現物出資法人との間にいずれか一方の法人による完全支配関係があるものは、現物出資後に現物出資法人と被現物出資法人との間にいずれか一方の法人による完全支配関係が継続する見込みがあることが求められています。 上図の現物出資後は、現物出資法人による完全支配関係が継続することが求められます。 ② 単独新設現物出資の場合 単独新設現物出資については、現物出資後にも完全支配関係が継続する見込みがあることが求められています。 上図の現物出資後は、現物出資法人による完全支配関係が継続することが求められます。 ③ 複数新設現物出資の場合 複数新設現物出資のうち、現物出資前に現物出資法人と他の現物出資法人との間にいずれか一方の法人による完全支配関係があるものは、現物出資後に他方の法人と被現物出資法人との間にいずれか一方の現物出資法人による完全支配関係が継続する見込みがあることが求められています。 上図の現物出資後は、現物出資法人Bと被現物出資法人との間に現物出資法人Aによる完全支配関係が継続することが求められます。 (2) 同一の者による完全支配関係 ① 新設現物出資以外の現物出資の場合 新設現物出資以外の現物出資のうち、現物出資前に現物出資法人と被現物出資法人との間に同一の者による完全支配関係があるものは、現物出資後に現物出資法人と被現物出資法人との間に同一の者による完全支配関係が継続する見込みがあることが求められています。 上図の現物出資後は、現物出資法人と被現物出資法人との間に同一の者による完全支配関係が継続することが求められます。 ② 単独新設現物出資の場合 単独新設現物出資のうち、単独新設現物出資後に現物出資法人と被現物出資法人との間に同一の者による完全支配関係があるものは、現物出資後に現物出資法人と被現物出資法人との間に同一の者による完全支配関係が継続する見込みがあることが求められています。 上図の現物出資後は、現物出資法人と被現物出資法人との間に同一の者による完全支配関係が継続することが求められます。 ③ 複数新設現物出資の場合 複数新設現物出資のうち、複数新設現物出資前に現物出資法人と他の現物出資法人との間に同一の者による完全支配関係があるものは、現物出資後に現物出資法人及び他の現物出資法人並びに被現物出資法人との間に同一の者による完全支配関係が継続する見込みがあることが求められています。 上図の現物出資後は、現物出資法人Aと現物出資法人Bと被現物出資法人との間に同一の者による完全支配関係が継続することが求められます。 4 適格現物出資の対象から除外されているもの (1) 内容 現物出資については、内国法人から外国法人へ現物出資を行うことも可能とされています。ただし、内国法人の国内の資産を簿価で外国法人に移転し、外国法人がその資産を売却した場合、日本では課税できなくなるため、租税回避が可能となる外国法人への国内資産等((2)参照)の現物出資は、適格現物出資から除かれています(法法2十二の十四)。 (2) 国内資産等とは 国内にある不動産、国内にある不動産の上に存する権利、鉱業法の規定による鉱業権及び採石法の規定による採石権その他国内にある事業所に属する資産(外国法人の発行済株式等の総数の25%以上の数の株式を有する場合におけるその外国法人の株式を除きます)又は負債をいいます(法令4の3⑩)。 (3) 具体例 上図のような内国法人A社が外国法人B社に国内にある土地を現物出資する場合には、非適格現物出資に該当します。 ◆完全支配関係がある場合の適格現物出資の要件のポイント◆ 金銭等不交付要件は、株式以外の対価を交付しないことをいいます。 合併や分割と違い、1株未満の端数相当の金銭交付や反対株主の買取請求に基づく金銭の交付はありません。 完全支配関係継続要件がどの法人間で求められるものなのかを検討する必要があります。 外国法人への現物出資も可能となっていますが、租税回避防止のため、一定のものが適格現物出資から除外されています。 (了)
収益認識会計基準と 法人税法22条の2及び関係法令通達の論点研究 【第74回】 千葉商科大学商経学部准教授 泉 絢也 (9) 履行義務が一定の期間にわたり充足されるものに係る収益の帰属の時期(法人税基本通達2-1-21の2) ア 概要 《収益認識会計基準の取扱い》 収益認識会計基準では、契約において顧客への移転を約束した財又はサービスが、所定の要件を満たす場合には別個のものであるとして、当該約束を履行義務として区分して識別する(基準17(2))。 契約における取引開始日に、顧客との契約において約束した財又はサービスを評価し、次の〔1〕又は〔2〕のいずれかを顧客に移転する約束のそれぞれについて履行義務として識別する(基準32)。履行義務とは、顧客との契約において、次の〔1〕又は〔2〕のいずれかを顧客に移転する約束である(基準7)。 〔1〕については個別の商品や製品、〔2〕についてはメンテナンスサービスや清掃サービスをイメージしておけば足りるであろう。 上記〔2〕における一連の別個の財又はサービスは、次の〈1〉及び〈2〉の要件のいずれも満たす場合には、顧客への移転のパターンが同じであるものとする(基準33)。 また、収益認識会計基準では、約束した財又はサービスを顧客に移転することにより履行義務を充足した時に又は充足するにつれて、充足した履行義務に配分された額で収益を認識する。履行義務は、所定の要件を満たす場合には一定の期間にわたり充足され、所定の要件を満たさない場合には一時点で充足される(基準17(5))。 資産が移転するのは、顧客が当該資産に対する支配を獲得した時又は獲得するにつれてである。 なお、次の点に注意を要する。 以下の図表の①から③の要件のいずれかを満たす場合には、資産に対する支配を顧客に一定の期間にわたり移転することにより、一定の期間にわたり履行義務を充足し収益を認識する(基準38、指針設例7)。 他方、①から③の要件のいずれも満たさず、履行義務が一定の期間にわたり充足されるものではない場合には、一時点で充足される履行義務として、資産に対する支配を顧客に移転することにより当該履行義務が充足される時に、収益を認識する(基準39)。 (※1) 資産に対する支配とは、当該資産の使用を指図し、当該資産からの残りの便益(※2)のほとんどすべてを享受する能力(他の企業が資産の使用を指図して資産から便益を享受することを妨げる能力を含む)である(基準37)。資産に対する支配を顧客に移転した時点を決定するにあたってはこの点を考慮するとともに、支配の移転を検討する際には、例えば、次の指標を考慮する(基準40)。 a.企業が顧客に提供した資産に関する対価を収受する現在の権利を有していること b.顧客が資産に対する法的所有権を有していること c.企業が資産の物理的占有を移転したこと d.顧客が資産の所有に伴う重大なリスクを負い、経済価値を享受していること e.顧客が資産を検収したこと (※2) 資産からの便益とは、例えば、財の製造又はサービスの提供のための資産の使用や借入金の担保とするための資産の差入れなどの方法により、直接的又は間接的に獲得できる潜在的なキャッシュ・フロー(インフロー又はアウトフローの節減)である(基準133)。 上記①はメンテナンスサービスや清掃サービス、②は建設工事、③の❶は特定の顧客に特化した仕様の製品やサービス、③の❷は義務の履行を完了するごとに対価を請求できる権利が生じる契約をイメージしておけばよい。 一定の期間にわたり充足される履行義務については、履行義務の充足に係る進捗度を見積り、当該進捗度に基づき収益を一定の期間にわたり認識する(基準41)。履行義務の充足に係る進捗度を合理的に見積もることができる場合にのみ、一定の期間にわたり充足される履行義務について収益を認識する(基準44)。 《法人税法の取扱い》 法人税法上、役務の提供に係る収益の額は、役務の提供の日の属する事業年度の益金の額に算入することが原則である(法人税法22の2①)。数年間の契約で清掃業務を提供するサービスなどの場合に、収益認識会計基準でいうところの履行義務の充足と法人税法上の役務提供の日の関係をどのように考えるべきか。 履行義務が一定の期間にわたり充足されるものに係る収益の帰属の時期について定める法人税基本通達2-1-21の2等の内容を図表で示すと次のようになる。 (※1) 長期大規模工事及びそれ以外の工事の請負に係る収益と費用の帰属事業年度を定める法人税法64条の適用を受けるものを除き、収益認識会計基準の適用対象となる取引に限る。 (※2) 履行義務が一定の期間にわたり充足されるものの意義については、法人税基本通達2-1-21の4が上記《収益認識会計基準の取扱い》で図示したものとほぼ同様の内容を定めている。 (※3) 役務の提供のうち履行義務が一定の期間にわたり充足されるもの以外のものについては、その引渡し等の日が法人税法22条の2第1項の役務の提供の日に該当し、その収益の額は、引渡し等の日の属する事業年度の益金の額に算入される(法基通2-1-21の3)。 (※4) 物の引渡しを要する取引にあってはその目的物の全部を完成して相手方に引き渡した日をいい、物の引渡しを要しない取引にあってはその約した役務の全部を完了した日をいう。 本通達は、役務の提供のうち履行義務が一定の期間にわたり充足されるものに該当するものの収益の帰属の時期についての一般的な基準を明らかにしていることになる(以下、趣旨説明50~52頁)。 (了)
2022年3月期決算における会計処理の留意事項 【第2回】 史彩監査法人 公認会計士 西田 友洋 Ⅳ 収益認識に関する会計基準等 2020年3月31日に企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準(以下、「収益会計基準」という)」及び企業会計基準適用指針第30号「収益認識に関する会計基準の適用指針(以下、「収益適用指針」という)」が改正された。そのため、2022年3月期決算では、収益認識に関する表示及び注記の検討が必要である。 なお、収益会計基準及び収益適用指針は、2022年3月期の期首から既に適用されているため、本解説では、会計処理に関する解説は行っていない。 1 表示 (1) PL表示 ① 顧客との契約から生じる収益 (ⅰ) 科目 顧客との契約から生じる収益は、例えば、売上高、売上収益、営業収益等の適切な科目を用いる(収益適用指針104-2)。 (ⅱ) 表示 損益計算書の表示は、以下のいずれかで行う(収益会計基準78-2、89-2、89-3)。なお、連結財務諸表を作成している場合、個別財務諸表においては、以下の規定を適用しないことができる(収益会計基準80-25)。 (※1) 例えば、リース会計基準の適用となる収益(賃貸収益等)。 ② 重要な金融要素 顧客との契約に重要な金融要素が含まれる場合、顧客との契約から生じる収益と金融要素の影響(受取利息又は支払利息)を損益計算書において区分して表示する(収益会計基準78-3)。なお、連結財務諸表を作成している場合、個別財務諸表においては、当該規定を適用しないことができる(収益会計基準80-25)。 (2) BS表示 ① 契約資産及び顧客との契約から生じた債権 (ⅰ) 科目 契約資産(※2)については、例えば、契約資産、工事未収入金等の科目を用いる。顧客との契約から生じた債権(※3)については、例えば、売掛金、営業債権等の科目を用いる(収益適用指針104-3)。 (※2) 「契約資産」とは、企業が顧客に移転した財又はサービスと交換に受け取る対価に対する企業の権利(顧客との契約から生じた債権を除く)をいう(収益会計基準10)。 (※3) 「顧客との契約から生じた債権」とは、企業が顧客に移転した財又はサービスと交換に受け取る対価に対する企業の権利のうち無条件のもの(対価に対する法的な請求権)をいう(収益会計基準12)。 (ⅱ) 表示 貸借対照表の表示は、以下のいずれかで行う(収益会計基準79、89-2、89-3)。なお、連結財務諸表を作成している場合、個別財務諸表においては、以下の規定を適用しないことができる(収益会計基準80-25)。 ② 契約負債 (ⅰ) 科目 契約負債(※4)については、例えば、契約負債、前受金等の科目を用いる(収益適用指針104-3)。 (※4) 「契約負債」とは、財又はサービスを顧客に移転する企業の義務に対して、企業が顧客から対価を受け取ったもの又は対価を受け取る期限が到来しているものをいう(収益会計基準11)。 (ⅱ) 表示 契約負債の表示は、以下のいずれかで行う(収益会計基準79、89-2、89-3)。なお、連結財務諸表を作成している場合、個別財務諸表においては、以下の規定を適用しないことができる(収益会計基準80-25)。 (3) 返金負債 返金負債の決済時に顧客から商品又は製品を回収する権利として認識した資産は、返金負債と相殺表示しない(収益適用指針105)。 2 有価証券報告書における注記 有価証券報告書では、収益認識関連の注記として、以下が必要である。なお、適用初年度においては、比較情報の注記は不要である(収益会計基準80-2、80-5、89-3)。 また、連結財務諸表を作成している会社では、連結ベースで注記が必要となるため、各子会社から注記のための情報を入手する必要がある。 (※1) ➤ 収益認識に関する注記を記載するにあたり、どの注記事項にどの程度の重点を置くべきか、また、どの程度詳細に記載するかどうか、開示目的(※4)に照らして判断する。重要性に乏しい詳細な情報を大量に記載したり、特徴が大きく異なる項目を合算したりすることにより有用な情報が不明瞭とならないように、注記は集約又は分解する(収益会計基準80-6)。 ➤ 重要な会計方針の注記に記載している内容は、収益認識に関する注記として記載しないことができる(収益会計基準80-8)。 ➤ 他の注記事項に含めて記載している場合には、当該他の注記事項を参照することができる(収益会計基準80-9)。 ➤ 注記を記載するにあたり、以下の(1)から(3)に記載の注記事項の区分に従って記載する必要はない(収益会計基準80-7)。 (※2) 連結財務諸表を作成している場合、個別財務諸表においては、注記しないことができる(収益認識基準80-26)。 (※3) 連結財務諸表を作成している場合、個別財務諸表においては、「収益を理解するための基礎となる情報」注記の記載にあたり、連結財務諸表における記載を参照することができる(収益認識基準80-27)。 (※4) 収益認識に関する注記における開示目的とは、「顧客との契約から生じる収益及びキャッシュ・フローの性質、金額、時期及び不確実性を財務諸表利用者が理解できるようにするための十分な情報を企業が開示すること」である(収益会計基準80-4)。 (1) 収益の分解情報 当期に認識した顧客との契約から生じる収益を、収益及びキャッシュ・フローの性質、金額、時期及び不確実性に影響を及ぼす主要な要因に基づく区分に分解して注記する(収益会計基準80-10)。区分の例としては、以下のものが挙げられる(収益適用指針106-5)。 また、収益の分解情報と、報告セグメントについて開示する売上高との間の関係を財務諸表利用者が理解できるようにするための十分な情報を注記する(収益会計基準80-11)。 (2) 収益を理解するための基礎となる情報 顧客との契約が、財務諸表に表示している項目又は収益認識に関する注記における他の注記事項とどのように関連しているのかを示す基礎となる情報として、以下の事項を注記する(収益会計基準80-12)。 ① 契約及び履行義務に関する情報 収益として認識する項目がどのような契約から生じているのかを理解するための基礎となる情報として、以下の事項を注記する(収益会計基準80-13、80-14、80-15)。 (※) 変動対価の額に関する不確実性が事後的に解消される際に、解消される時点までに計上された収益の著しい減額が発生しない可能性が高い部分に限り、取引価格に含める規定。 ② 取引価格の算定に関する情報 取引価格の算定方法について理解できるよう、取引価格を算定する際に用いた見積方法、インプット及び仮定に関する情報を注記する。例えば、以下の内容を注記する(収益会計基準80-16)。 ③ 履行義務への配分額の算定に関する情報 取引価格の履行義務への配分額の算定方法について理解できるよう、取引価格を履行義務に配分する際に用いた見積方法、インプット及び仮定に関する情報を注記する。例えば、以下の内容を注記する(収益会計基準80-17)。 ④ 履行義務の充足時点に関する情報 履行義務を充足する通常の時点(収益を認識する通常の時点)の判断及び当該時点における会計処理の方法を理解できるよう、以下の事項を注記する(収益会計基準80-18、収益適用指針106-6、106-7)。 ⑤ 本会計基準の適用における重要な判断 収益会計基準を適用する際に行った判断及び判断の変更のうち、顧客との契約から生じる収益の金額及び時期の決定に重要な影響を与えるものを注記する(収益会計基準80-19)。 (3) 当期及び翌期以降の収益の金額を理解するための情報 当期及び翌期以降の収益の金額を理解するための情報として、以下を注記する。 ① 契約資産及び契約負債の残高等 履行義務の充足とキャッシュ・フローの関係を理解できるよう、以下の事項を注記する(収益会計基準80-20、収益適用指針106-8)。 ② 残存履行義務に配分した取引価格 既存の契約から翌期以降に認識することが見込まれる収益の金額及び時期について理解できるよう、残存履行義務に関して以下の事項を注記する(※1)(収益会計基準80-21)。 (※1) 以下の(ア)から(ウ)のいずれかの条件に該当する場合には、上記(ⅰ)及び(ⅱ)の注記に含めないことができる(収益会計基準80-22、80-23、80-24)。 (※2) 提供したサービスの時間に基づき固定額を請求する契約等、現在までに企業の履行が完了した部分に対する顧客にとっての価値に直接対応する対価の額を顧客から受け取る権利を有している場合には、請求する権利を有している金額で収益を認識することができる規定。 3 計算書類における注記 計算書類では、収益認識関連の注記として、以下が必要である(会社計算規則101②、115の2①)。 (※1) 会社計算規則で定められた「収益認識に関する注記」は、収益会計基準の注記事項の定めを踏まえて規定されている。しかし、収益会計基準において具体的に規定された事項であったとしても、各会社の実情を踏まえ、計算書類においては当該事項の注記を要しないと合理的に判断される場合、注記しないことも許容されると考えられる(法務省「『会社計算規則の一部を改正する省令案』に関する意見募集の結果について」第3の3)。 重要な会計方針に係る事項に関する注記において注記すべき事項と同一である場合は、注記を省略することができる(会社計算規則115の2②)。 (※2) 連結計算書類を作成する場合、個別注記表における注記は不要である。また、有価証券報告書を提出する大会社以外の会社については、注記を省略できる(会社計算規則115の2③①)。 (※3) 連結注記表で注記すべき事項と同一であり、個別注記表においてその旨を注記する場合、個別注記表における当該事項の注記は不要である(会社計算規則115の2④)。 4 注記の事例 (1) 有価証券報告書 ① (株)オープンハウスグループ(決算日:2021年9月30日) ② レーザーテック(株)(決算日:2021年6月30日) ③ (株)TKC(決算日:2021年9月30日) ④ (株)島津製作所(決算日:2021年3月31日) ⑤ ヱスビー食品(株)(決算日:2021年3月31日) (2) 計算書類 ◆経団連の「会社法施行規則及び会社計算規則による株式会社の各種書類のひな型」 ① 重要な会計方針に係る事項に関する注記 ② 収益認識に関する注記 5 税務処理 (1) 法人税 法人税については、多くの項目について、収益会計基準と同様の処理が認められているが、一部については、収益会計基準と差異があるため、法人税の申告書上、税務調整が必要である。例えば、以下の項目について税務調整が必要となる可能性がある。 (2) 消費税 消費税については、収益会計基準への対応が行われていないため、従前どおりの消費税処理を行う必要がある。例えば、以下の項目が会計と消費税で異なる。 詳細は、「国税庁「収益認識基準による場合の取扱いの例(平成30年5月)」」を参照されたい。 Ⅴ 時価の算定に関する会計基準等 2019年7月4日に企業会計基準第30号「時価の算定に関する会計基準(以下、「時価会計基準」という)」及び企業会計基準適用指針第31号「時価の算定に関する会計基準の適用指針(以下、「時価適用指針」という)」が公表され、また、企業会計基準適用指針第19号「金融商品の時価等の開示に関する適用指針(以下、「時価開示適用指針」という)が改正された。そのため、2022年3月期決算では、金融商品の時価の注記について、検討が必要である。 なお、時価会計基準及び時価適用指針は、既に2022年3月期の期首から適用されているため、本解説では、会計処理に関する解説は行っていない。 1 金融商品の時価等に関する事項(有価証券報告書及び計算書類) 「金融商品の時価等に関する事項」の注記について、以下の改正が行われている(時価開示適用指針4)。 2 金融商品の時価のレベルごとの内訳等に関する事項(有価証券報告書) (1) 金融商品の時価のレベルごとの内訳等に関する事項 有価証券報告書では、「金融商品の時価のレベルごとの内訳等に関する事項」として、以下の注記が必要である。連結財務諸表において注記している場合は、個別財務諸表においては、注記を省略することができる(時価開示適用指針5-2)。なお、適用初年度においては、比較情報の注記は、不要である(時価開示適用指針7-4)。 (※1) レベル1からレベル3のインプットとは、以下のとおりである(時価会計基準11)。 (※2) 時価の算定に用いる評価技法又はその適用を変更する場合は、会計上の見積りの変更として処理する。この場合であっても、会計上の見積り変更の注記は不要で、当該注記のみで足りる(時価開示適用指針39-9)。 (※3) 例えば、過去の取引価格又は第三者から入手した価格を調整せずに使用している場合をいう(時価開示適用指針5-2(4)①)。 (※4) 期首残高から期末残高への調整表を作成する際は、以下を区別して注記する(時価開示適用指針5-2(4)②、39-11、39-12)。 なお、期首残高から期末残高への調整表は、基本的に表形式により注記することが想定されているが、時価がレベル3の時価に分類される金融資産及び金融負債の期首残高から期末残高までの変動の大部分が単一の変動理由によって説明できる場合には、一般的な重要性の判断に基づき、表形式によらない注記も可能である(時価適用指針39-11)。 (※5) 企業の評価プロセスとは、例えば、企業における評価の方針及び手続の決定方法や各期の時価の変動の分析方法等をいう(時価開示適用指針5-2(4)③)。 (※6) 観察できないインプットと他の観察できないインプットとの間に相関関係がある場合、当該相関関係の内容及び当該相関関係を前提とすると時価に対する影響が異なる可能性があるかどうかに関する説明を注記する(時価開示適用指針5-2(4)④)。 (2) 投信信託の時価 投資信託の時価の注記については、以下の経過措置が設けられている(時価適用指針26)。計算書類では、必ずしも下記の注記は求められていないが、重要性を考慮して注記を検討することが考えられる。 なお、時価適用指針は、2021年6月17日に改正されている。そこで、投資信託の上記の取扱いは、2023年3月期から改正される。 (3) 組合等への出資の時価 組合等への出資の時価の注記については、以下の経過措置が設けられている(時価適用指針27)。計算書類では、必ずしも下記の注記は求められていないが、重要性を考慮して注記を検討することが考えられる。 3 金融商品の時価のレベルごとの内訳等に関する事項(計算書類) 計算書類においては、「金融商品の時価の適切な区分ごとの内訳等に関する事項」の注記が必要である(会社計算規則109①三)。ただし、具体的な注記内容は、会社計算規則では規定されていない。 実務上の負担等も考慮し、各社の実情に応じて必要な限度での開示を可能とするために、概括的な規定のみが定められている。 したがって、計算書類においては、上記2(1)の項目のうち、注記を要しないと合理的に判断される項目については、注記をしないことも許容されると考えられる(「『会社計算規則の一部を改正する省令案』に関する意見募集の結果について」第3の4)。 なお、連結注記表を作成する株式会社は、個別注記表における前項の注記を要しない(会社計算規則109②)。有価証券報告書を提出する大会社以外の会社は、当該注記を省略することができる(会社計算規則109①)。 4 会計方針の変更(有価証券報告書及び計算書類) 時価会計基準では、会計方針の変更注記について、以下の経過措置が設けられている(時価会計基準19、20)。 5 注記の事例 (1) 有価証券報告書 ① ヒラキ(株)(決算日:2021年3月31日) ② 西部ガスホールディングス(株)(決算日:2021年3月31日) (2) 計算書類 ① (株)プレサンスコーポレーション(決算日:2021年9月30日) ② 経団連の「会社法施行規則及び会社計算規則による株式会社の各種書類のひな型」 (了)
マスクと管理会計 ~コロナ長期化で常識は変わるか?~ 【第2回】 「予算の役割は変わる?」 公認会計士 石王丸 香菜子 〔登場人物〕 ● ● ● 予算は、大きく分けると2つの顔を持っています。1つは、対象とする期が始まる前の計画としての側面です。対象とする期の計画を立て、費用など必要な資源を各部門に配分する役割と言えます。 具体的な計画の立て方は会社によって異なりますが、前期の実績などを基礎とし、必要な調整を行って予算を作成することが多いでしょう。このような「増分予算」は、前期の実績をベースとするため、安定した環境において既存事業を順調に継続していく場合には妥当な方法です。また、計画にかかる手間や時間が少なくて済むというメリットもあります。 ただし、たいていは費用の実績額に上乗せをして費用の予算額とするので、費用の予算額が増加しがちです。また、従来認められてきた費用については、大幅な削減や大胆な見直しを行いにくくなります。配分された費用をその期に使い切らなかった場合、来期に配分される予算額が減らされる可能性があることから、各部門では必要がないのに予算を使い切ろうとする姿勢が生じるおそれもあります。 ● ● ● ● ● ● 実績をベースに予算を作成するという発想に対して、白紙の状態から予算を作成する「ゼロ・ベース予算」という発想があります。過去の実績はアンインストールして考慮せず、必要な項目だけを吟味し積み上げて予算とする方法です。 「誰が(どの部門が)」「何のために」「どのくらい」費用を使う必要があるのかを明確にし、費用の「単価」と「数量(回数)」まで把握したうえで予算計上すれば、費用の削減や不要な項目の廃止につなげることができます。従来の実績にとらわれず、ゼロから予算を作成するので、経営環境や費用の発生構造が大きく変化しつつある局面でも有用です。 ● ● ● ● ● ● ただし、スマホにアプリを1つずつ再インストールするのには時間や手間がかかるように、ゼロ・ベース予算の考え方で予算作成するのは相当の労力がかかります。一部の項目にのみ導入する、いくつかの項目について一定期間ごとにローテーションで実施するなど、無理のないスタイルを検討してもよいですね。 ● ● ● 【第1事業部/製品別の予算実績差異(一部)】 (※貢献利益 = 売上高 - 変動費 - 直接固定費) ● ● ● 予算には、もう1つの顔として、対象とする期が終わった後の業績評価基準としての側面があります。予算と実績を比較し差異を分析するという仕組みがあることによって、各部門や担当者から、予算を達成しようと努力する行動を引き出すことができるというわけですね。 しかし、期の途中で企業環境が想定外に大きく変化した場合には、期初に作成した予算が、期が終わった後の業績評価の基準としては適さないこともあります。 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 通常の予算実績差異分析に対して、「事後最適分析」という考え方があります。期中に起きた条件変化を織り込んで事後的に最適な予算を作成し、予算実績差異を、当初予算と事後最適予算との差異(「予測差異」)と、事後最適予算と実績との差異(「機会原価差異」)とに分けて把握する考え方です。 「予測差異」は、計画段階で正しく予測できなかったことにより生じる差異です。一方、「機会原価差異」は、とるべきだった行動を実際にはとらなかったために生じた機会損失で、この部分は担当部門や担当者の責任によるものであるととらえることができます。 ● ● ● ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 ● ● ● 現実には、事後最適予算を正確に把握することは難しいでしょう。しかし、想定外の事態が次々に生じる近年では、当初予算と実績を単純に比較して業績を評価する発想は適さないこともあります。環境の変化を考慮したうえで業績を評価できるような柔軟な仕組みを用意することにより、担当部門や担当者の臨機応変な創意工夫を引き出せる可能性があります。 予算管理という方法は、限界や問題点を含むものの有用な仕組みで、今後も企業において大きな役割を果たしていくと考えられます。環境が目まぐるしく変化する状況でも、柔軟な視点を加えて予算というシステムを最大限に活用したいものですね。 (了)