〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第18回】 「事業承継者が申告期限までに死亡した場合において 未分割であった場合の特定事業用宅地等の特例」 税理士 柴田 健次 [Q] 被相続人である甲は、下記の通り令和2年5月10日に死亡しており、A宅地及び家屋(いずれも甲が100%所有)は、平成3年から甲の飲食店(中華料理屋)の事業の用に供されていましたが、甲の相続発生の4年前に生計を一にしていた配偶者である乙に事業承継しています。 甲の相続人は、乙、長男である丙、二男である丁の3人ですが、乙は遺産分割協議書の作成前に令和2年10月5日に死亡しています。 乙の相続人は、丙及び丁の2人です。 令和3年3月1日に丙及び丁は、甲の遺産分割協議書を作成し、A宅地及び家屋については、乙に相続させ、令和3年3月10日に甲の相続税の申告書を提出しています。 乙の相続については、丙がA宅地及び家屋を相続し、丙は飲食店の事業を乙から承継しましたが、事業の先行きが見えず、令和3年7月10日に事業を廃止しています。 乙は、宅地等の保有要件を満たしていないと思われますので、甲の相続については、小規模宅地等に係る特定事業用宅地等の特例の適用を受けることはできないのでしょうか。 [A] 甲の相続については、乙は他の要件を満たせば、特定事業用宅地等に係る小規模宅地等の特例(以下単に「特例」という)の適用対象になります。 ◆ ◆ ◆[解説]◆ ◆ ◆ 1 特定事業用宅地等の事業継続要件・宅地等の保有要件 特定事業用宅地等の要件として、被相続⼈又はその被相続人と生計を一にしていたその被相続人の親族(以下「被相続人等」という)の事業(貸付事業を除く、以下同じ)の⽤に供されていた宅地等を相続又は遺贈により取得した被相続人の親族が、次に掲げる場合の区分に応じていずれかを満たす必要があります(措法69の4③一)。 本問の場合には、上記の②の要件を充足する必要がありますので、乙の死亡の日まで乙が宅地等を保有し、かつ、自己の事業の用に供することが必要となります。乙の死亡時においては、未分割であり乙がA宅地を取得していませんので、特例の適用を受けられないことになりますが、租税特別措置法関係通達69の4-25(共同相続人等が特例対象宅地等の分割前に死亡している場合)において、救済措置があります。 上記の救済措置の趣旨は、親族が分割前に死亡した場合と分割後に死亡した場合の公平性を確保するためのものとなりますので、分割前に死亡した場合には、上記の通達を確認し、死亡した者に小規模宅地等の特例の適用ができないか検討する必要があります。 2 本問への当てはめ 上記1に記載の通り、乙がA宅地を取得したものと取り扱いますので、甲の相続については、宅地等の保有要件を満たすことになります。したがって、他の要件を満たせば特例の適用を受けることはできます。 なお、乙の相続については、丙が事業継続要件を満たしていませんので、特例の適用を受けることができませんが、丙が令和3年8月5日まで事業を継続し、かつ、他の要件を満たせば、特例の適用を受けることができます。 また、配偶者の税額軽減の適用については、同様の趣旨で、下記の相続税法基本通達19の2-5(配偶者が財産の分割前に死亡している場合)の救済措置があります。 配偶者の税額軽減の規定については、未分割財産は含まれないこととされています(相法19の2②)が、本問の場合のように配偶者死亡後に遺産分割協議により配偶者の取得財産を明確にしたときは、配偶者が取得したものとして配偶者の税額軽減の適用を受けることができます。 ★実務上のポイント★ 本問の場合のように相次相続が発生している場合には、第一次相続、第二次相続の小規模宅地等の特例の適用要件の説明及び適用の可否、配偶者の税額軽減の適用なども含めて、第一次相続及び第二次相続に係る相続税の負担が少なくなるようにアドバイスをしていくことが必要となります。 (了)
遺贈寄付の課税関係と実務上のポイント 【第6回】 「相続人が相続財産を寄付する場合の寄付金控除の取扱い」 税理士・中小企業診断士・行政書士 脇坂 誠也 国、地方公共団体や特定の公益法人等に相続財産を寄付した場合に相続税が非課税になることについては前回説明した。 相続財産を寄付した場合の税制上の優遇措置は、相続税が非課税になることだけでなく、相続人が寄付金控除を受けることができるということもある。 相続税が課税される方にとっては、相続税が非課税になったうえで、寄付金控除も適用できるので、二重に優遇措置が受けられる。 相続税が課税されない方にとっても、寄付金控除を受けられるメリットは大きい。そこで今回は、相続財産を寄付した場合の寄付金控除の取扱いについてみていくことにする。 1 寄付金控除の適用 相続財産の寄付の場合には、その寄付先が、国や地方公共団体、一定の公益法人等である場合には、相続人の確定申告で寄付をした金額を控除することができる。控除には、所得金額から寄付をした金額を控除する寄付金控除(所得控除)と、課税所得に税率をかけた後の算出税額から控除する寄付金特別控除(税額控除)がある。 所得控除は、国や地方公共団体、一定の公益法人等への寄付であれば適用があるが、税額控除は、国や地方公共団体への寄付には適用がなく、一定の公益法人等についても、税額控除団体としての証明を受けた法人についてのみ適用がある(認定NPO法人の場合には、すべての法人に税額控除の適用がある)。 ◆寄付金控除(所得控除) ◆寄付金特別控除(税額控除) 2 相続人が相続財産を寄付した場合の税金への影響 それでは、相続人が相続財産の寄付をした場合に、相続税及び所得税にどのように影響するのかを具体的な数字を使ってみていきたい。 (1) 相続税の計算 被相続人の正味の遺産額は1億5,000万円、相続人は2人、相続人が相続財産から現預金100万円を認定NPO法人に寄付をしたものとする。 相続財産を100万円寄付したことにより、相続税額は30万円減少する。 これは、相続税の申告において、各法定相続人の相続分に応じる相続税の税率が30%であるためである。税率が変われば、寄付により影響を受ける税額も変わってくる。 (2) 所得税の計算 寄付をした年の相続人の総所得金額は1,200万円、課税所得金額は1,000万円とする(復興特別所得税はないものとして計算する。また、寄付金控除には2,000円の足切りがあるが、足切り金額は省略する)。 (※) 1,200万円(総所得金額)× 40% = 480万円 > 100万円 ∴100万円 寄付金額100万円は、総所得金額の40%である480万円よりも小さいので、100万円全額が寄付金控除の対象になる。 税額控除は、100万円 × 40% = 40万円が1,764,000円 × 25% = 441,000円以下であるので、40万円全額が控除できる。 したがって、寄付をしなかったときと比較して40万円所得税が減少することになる。また、都道府県民税及び市区町村民税の控除を受けられる場合には、さらに10万円を控除できる。 つまり、上記の具体例で考えると、相続財産の寄付をすることで、相続税で30万円、所得税で40万円、都道府県民税及び市区町村民税で10万円、合計で80万円の税負担が減り、実質負担は20万円ということになる(復興特別所得税の影響は除く)。 3 まとめ このように、相続財産の寄付は、相続税だけでなく、所得税や、場合によっては住民税でも控除を受けることができ、節税効果が非常に大きい。 遺贈寄付というと、遺言で寄付をすることをイメージする方が多いが、相続人が、お亡くなりになった被相続人の想いを汲んで、相続によって取得した財産の中から一部でも寄付をするというのは、非常に意義深いことだと考えられる。税制はこのような寄付を応援しているといえるのではないだろうか。 《参考》 国税庁質疑応答事例「国等に対して相続財産を贈与し、相続税の非課税規定の適用を受けた場合」 (了)
〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第14回】 「外国関係会社が複数の事業を営んでいる場合に、その主たる事業が外国子会社合算税制の適用に当たって事業基準を満たすか否かの判断」 公認会計士・税理士 霞 晴久 〔Q〕 我が社はシンガポールにアジア地域の持株会社兼統括会社を設置しています。同社の主たる事業は株式等の保有ですが、外国子会社合算税制の対象となるのでしょうか。 〔A〕 外国関係会社が複数の事業を営んでいるときの主たる事業の判定は、当該外国関係会社におけるそれぞれの事業活動によって得られた収入金額又は所得金額、事業活動に要する使用人の数、事務所、店舗、工場その他の固定施設の状況等を総合的に勘案して判定することになります。 ●●●〔解説〕●●● 1 事業持株会社の特例 株式等の保有を主たる事業とする外国関係会社は、外国子会社合算税制適用上、経済活動基準のうちの事業基準を満たさない(措法66の6②三イ)。ただし、グローバル展開する我が国企業は、多くの地域で、持株機能を有し、かつ、当該地域ごとの拠点を統合する統括会社を活用した経営形態を採用してきた。そうした統括会社は、一概に租税回避目的で設立されたものとして捉えられるものではなく、その地において事業活動を行うことに十分な経済合理性があると評価できる(※1)として、平成22年度の税制改正において、被統括会社の株式の保有を行う統括会社(事業持株会社)は、事業基準を満たすこととされた(措法66の6②三イ(1)、措令39の14の3⑰~㉒)。 (※1) 財務省『平成22年度 税制改正の解説』494頁は、「そうしたいわば『ミニ本社』としての機能を有する統括会社の活用が、地域経済圏に展開するグループ企業の商流の一本化や間接部門(経理・人事・システム・事務管理等)の合理化を通じて、グループ傘下の企業収益の向上に著しく寄与している実状にあります」と述べている。 ただし、この措置によって事業基準を満たしたこととなる統括会社は、もともと株式等の保有を主たる事業とするものであった。そこで、外国関係会社の行う地域統括業務が主たる事業であると判定されるような場合に、事業基準を満たすかどうかが争われたのが今回取り上げるデンソー事件である。 ところで、事業持株会社の特例の要件を満たす外国関係会社は、一般に、株式等の有価証券を保有していると思われ、したがって、当該外国関係会社が、同時に、事実上のキャッシュボックス(※2)に該当するかどうかが問題となる。ただし、事業持株会社の主な所得が被統括会社からの統括業務に係る報酬等である限り、当該所得は受動所得の範囲に含まれないため、事実上のキャッシュボックスには該当しないものと解される(※3)。 (※2) 総資産に比して「受動的所得」の占める割合が高い外国関係会社をいう(措法66の6②二ロ。本連載【第11回】参照)。 (※3) 皷裕子=五嶋靖『Q&A 外国子会社合算税制のすべて』(ロギカ書房・2021年)117頁。 2 過去の裁判例 《第1次デンソー事件最高裁三小平成29年10月24日判決》(※4) (※4) 平成28年(行ヒ)第224号・TAINSコード:Z267-13082。デンソー事件は、第1次事件とその後続年度に係る第2次事件があり、その裁判の状況は以下の表のとおりである。なお、第1次事件の名古屋高裁判決では国側勝訴となったが、それ以外は全てデンソー側の勝訴となった。 (1) 事案の概要 本件は、内国法人であるX(原告・被控訴人・上告人)が、平成20年3月期及び平成21年3月期(併せて「本件各事業年度」)の法人税の各確定申告をしたところ、所轄税務署長から、租税特別措置法(当時)66条の6第1項により、シンガポールにおいて設立されたXの子会社であるBの主たる事業は株式の保有であり、Bの課税対象留保金額に相当する金額がXの本件各事業年度の所得金額の計算上益金の額に算入されるなどとして、法人税の再更正処分等を受けたため、これらの処分の取消しを求めた事案である。 (2) 認定事実 自動車関連部品の製造販売等を目的とするXは、平成10年、ASEAN域内のXのグループ会社に対する統率力を高めるため、ASEAN・台湾地域の既存のグループ会社の保有株式を現物出資してB(Xの100%子会社)を設立した。Bは、2007事業年度(平成18年4月1日から同19年3月31日まで)及び2008事業年度(平成19年4月1日から同20年3月31日まで)(併せて「b各事業年度」)において、ASEAN諸国等に存する子会社13社(域内グループ会社)及び関連会社3社の株式を保有していたところ、Bのシンガポールにおける所得に対する租税の負担割合は、2007事業年度では22.89%、2008事業年度では12.78%であった。 Bは、豪亜地域における地域統括会社として、集中生産・相互補完体制を強化し、各拠点の事業運営の効率化やコスト低減を図るため、設立以来、順次業務を拡大し、b各事業年度当時、地域企画、調達、財務、材料技術、人事、情報システム及び物流改善に係る地域統括に関する業務(地域統括業務)のほか、持株(株主総会、配当処理等)に関する業務、プログラム設計業務及び域内グループ会社C(地域統括センター)のための各種業務の代行業務を行っており、域内グループ会社から、第三者向け売上高等に一定の料率を乗じた金額又は実費相当額等を徴収していた。 Bは、b各事業年度当時、シンガポールに開設された現地事務所において、現地に在住する日本人の代表取締役と現地勤務の従業員30数人で業務を遂行していたところ、従業員のうち20人以上は地域統括業務に、その余はプログラム設計業務及びCのための各種業務の代行業務に従事しており、持株に関する業務のみに従事している者はいなかった。Bは、本件現地事務所を賃借し、事務用什器備品、車両、コンピューター等の有形固定資産を保有していたが、これらの施設等は全て持株に関する業務以外の業務に使用され、その大半は地域統括業務に供されていた。 Bの収入金額のうち地域統括業務の中の物流改善業務に関する売上額は、2007事業年度において約49億シンガポールドル、2008事業年度において約61億シンガポールドルに上り、いずれも収入金額の約85%を占めていた。他方、その所得金額(税引前当期利益)においては、保有株式の受取配当の占める割合が高かった(2007事業年度は約92.3%、2008事業年度は約86.5%)が、地域統括業務によって集中生産・相互補完体制の構築、維持及び発展が図られた結果、域内グループ会社全体に原価率の大幅な低減による利益がもたらされ、b各事業年度においても、これがBの域内グループ会社からの配当収入の中に相当程度反映されていた。Bは、b各事業年度当時、シンガポールにおいて株主総会及び取締役会を開催し、役員は同国において職務執行をしていた。また、Bは、本件現地事務所において会計帳簿を作成し、保管していた。 (3) 最高裁の判断 ① 地域統括業務と株式保有業 本件は、統括業務を行う事業持株会社の特例(上記1参照)を定めた平成22年度改正前の事案であるところ(※5)、第一審である名古屋地裁は、受取配当の金額よりも、事業活動に要する使用人の数や固定施設等の状況を重視して、Bの主たる業務は株式保有業ではなく地域統括事業であると判示した。ところがその控訴審において、名古屋高裁は、「地域統括業務等の被支配会社を管理する業務は、株式保有業に含まれる業務にすぎず、株式保有業から独立した事業とはいえない」と判示して原判決を取り消した。しかし、その上告審で最高裁は、高裁判決を破棄し、次のように判示した。 (※5) 平成22年度改正により事業持株会社の合算課税適用免除の制度が導入されたことについて、最高裁は、「これによって事業基準を満たすこととなる統括会社は、もともと株式等の保有を主たる事業とするものであって、それ以外の統括会社はその対象となるものではないから、これらの改正経過を根拠に統括業務が株式の保有に係る事業に包含される関係にあるものということはできず、Bの行っていた地域統括業務が株式の保有に係る事業に含まれるということはできない」と判示した。 さらに最高裁は、当時の租税特別措置法66条の6第4項が株式の保有を主たる事業とする特定外国子会社等につき事業基準を満たさないとした趣旨を、「株式の保有に係る事業はその性質上我が国においても十分に行い得るものであり、タックス・ヘイブンに所在して行うことについて税負担の軽減以外に積極的な経済合理性を見いだし難いことにある」とし、「この点、Bの行っていた地域統括業務は、地域経済圏の存在を踏まえて域内グループ会社の業務の合理化、効率化を目的とするものであって、当該地域において事業活動をする積極的な経済合理性を有することが否定できないから、これが株式の保有に係る事業に含まれると解することは上記規定の趣旨とも整合しない」と判示した。 ② 主たる事業の判断基準 次に、最高裁は、「(当時の)措置法66条の6第3項及び4項にいう主たる事業は、特定外国子会社等の当該事業年度における事業活動の具体的かつ客観的な内容から判定することが相当であり、特定外国子会社等が複数の事業を営んでいるときは、当該特定外国子会社等におけるそれぞれの事業活動によって得られた収入金額又は所得金額、事業活動に要する使用人の数、事務所、店舗、工場その他の固定施設の状況等を総合的に勘案して判定するのが相当である」という判断基準を示し、「Bは、豪亜地域における地域統括会社として、域内グループ会社の業務の合理化、効率化を図ることを目的として、個々の業務につき対価を得つつ、地域企画、調達、財務、材料技術、人事、情報システム、物流改善という多岐にわたる地域統括業務を有機的に関連するものとして域内グループ会社に提供していたものである。そして、b各事業年度において、地域統括業務の中の物流改善業務に関する売上高は収入金額の約85%に上っており、所得金額では保有株式の受取配当の占める割合が8、9割であったものの、その配当収入の中には地域統括業務によって域内グループ会社全体に原価率が低減した結果生じた利益が相当程度反映されていたものであり、本件現地事務所で勤務する従業員の多くが地域統括業務に従事し、Bの保有する有形固定資産の大半が地域統括業務に供されていた」と事実認定し、「以上を総合的に勘案すれば、Bの行っていた地域統括業務は、相当の規模と実体を有するものであり、受取配当の所得金額に占める割合が高いことを踏まえても、事業活動として大きな比重を占めていたということができ、b各事業年度においては、地域統括業務が措置法66条の6第3項及び4項にいうBの主たる事業であったと認めるのが相当」と判示した。 (了)
〈Q&A〉 印紙税の取扱いをめぐる事例解説 【第94回】 「メールで送信した注文請書に係る印紙税の取扱い」 税理士・行政書士・AFP 山端 美德 従来、請負契約における注文請書を紙で送付していましたが、紙での送付を取りやめて、これからは注文請書をPDFにて電子メール添付ファイルとして、相手方に送信する予定です。 この場合、印紙税の取扱いはどうなりますか。 注文請書を電子メールで発注者に送信し、発注者においてプリントアウトして保管されることとしても、注文請書の現物が交付されてはいないため、課税文書を作成したことにはならない。 [検討1] 印紙税法上の契約書とは 印紙税法別表第一の「課税物件表の適用に関する通則」の5において、「契約書」とは、契約証書、協定書、約定書その他名称のいかんを問わず、契約の成立若しくは更改又は契約の内容の変更若しくは補充の事実を証する文書をいい、念書、請書その他契約の当事者の一方のみが作成する文書又は契約の当事者の全部若しくは一部の署名を欠く文書で、当事者間の了解又は商慣習に基づき契約の成立等を証することとされているものを含むとされる。 ここでいう注文請書は、契約の成立を証するために作成する文書といえる。 [検討2] 課税文書の作成とは 印紙税法第3条において、課税文書の作成者は、その「作成」した課税文書につき、印紙税を納める義務があるとされている。 印紙税法に規定する課税文書の「作成」とは、印紙税法基本通達第44条《作成等の意義》において、「単なる課税文書の調製行為をいうのでなく、課税文書となるべき用紙等に課税事項を記載し、これを当該文書の目的に従って行使することをいう」とされている。また、課税文書の「作成の時」とは、相手方に交付する目的で作成される課税文書については、当該交付の時とされている。 したがって、事例の注文請書は現物が受注者に交付されていないことから、印紙税法上に規定する課税文書を作成したことにはならない。 ▷まとめ ここでいう注文請書は、申込みに対する応諾文書であり、契約の成立を証するために作成されるものである。しかしながら、注文請書の調製行為を行ったとしても、注文請書の現物の交付がなされない以上、たとえ注文請書をPDF等のように電子メール添付ファイルとして送信したとしても、ファックス送信の場合と同様に、課税文書を作成したことにはならないから、印紙税の課税原因は発生しない。 ただし、電子メールとは別に、注文請書の現物を郵送等により発注者へ送付した場合は、その現物については、課税文書の作成に該当する。 (了)
収益認識会計基準と 法人税法22条の2及び関係法令通達の論点研究 【第69回】 千葉商科大学商経学部准教授 泉 絢也 (4) ノウハウの頭金等の収益の計上の単位(法人税基本通達2-1-1の6) ア 概要 収益認識会計基準は履行義務単位で収益を認識することを原則とするが、一定の場合には契約単位で認識することを認めている。他方、法人税基本通達2-1-1は、法人税法における収益計上単位の原則は契約単位であることを明らかにしつつ、複数の契約を結合して単一の履行義務として収益計上することや、1つの契約に複数の履行義務が含まれている場合に各履行義務に係る資産の販売等をそれぞれ収益計上の単位とすることを認めている。 本通達は、上記通達2-1-1の別段の定めとして、ノウハウの頭金等の収益の計上の単位について定めている。 本通達の取扱いを図表で示すと次のようになる。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 収益認識会計基準における履行義務の識別のルールに則して、本通達(注)1又は2の一連のノウハウの開示が単一の履行義務となる場合において、それが一定の期間にわたり充足される履行義務に該当するときは、その履行義務の進捗度に応じた収益を計上することとなる。 その進捗度の見積り方法として、例えば、現在までに開示が完了した部分を指標とするアウトプット法(指針17)や派遣技術者等の労働時間を指標とするインプット法(指針20)を適用するケースでは、収益の計上時期や計上額は基本的に本通達によった場合と同様のものとなることが想定されている(趣旨説明17頁)。 イ 本通達の趣旨 本通達の趣旨は要旨次のとおりである(趣旨説明16頁)。 本通達は、収益認識会計基準の導入前の公正な会計慣行を踏まえた旧通達2-1-17の取扱いを実質的に存続させるものであり、その内容自体については一定の合理性を認めることができよう。ただし、本通達の根拠規定として法人税法22条4項を持ち出すことができるかどうかという点は議論の余地があるし、他方で、22条の2第1項を持ち出す場合には、確定的に本通達のような取扱いを導くことができるかという問題がある。この点については本連載第67回(2)イ参照。 なお、本通達(注)1は、ノウハウの開示のために現地に派遣する技術者等の数及び滞在期間の日数等により算定され、かつ、一定の期間ごとにその金額を確定させて支払を受けることとなっている場合には、その期間に係る部分に区分した単位ごとに収益計上することとしている。 この取扱いの趣旨は、要旨次のとおりである(趣旨説明17頁)。 また、本通達(注)2は、ノウハウの設定契約の締結に先立って、相手方に契約締結の選択権を付与する場合には、その選択権の提供を当該ノウハウの設定とは別の取引の単位としてその収益の額を計上することとしている。 この取扱いの趣旨は、要旨次のとおりである(趣旨説明17頁)。 ウ 強制適用する趣旨 本通達は、法人税基本通達2-1-1ただし書の場合と異なり、法人が選択適用することを認めるものではなく、強制適用される。 本通達(注)1又は2に定めているような事実がある場合には、収益認識会計基準を適用していれば通常は各開示部分((注)1の場合は一定の期間の役務の提供、(注)2の場合は選択権の提供)を別々の履行義務としてそれぞれの履行義務の充足の時に収益計上するべきであり、同基準を適用していなくても各開示部分ごとに収益計上するべきであることから、本通達の取扱いは旧通達2-1-17の取扱いと同様に、任意ではなく、強制的に適用することとしている(趣旨説明17頁)。 法人が収益認識会計基準を適用しているか否かにかかわらず、法人税法上の収益の計上時期の原則は法人税法22条の2第1項が定める引渡・役務提供基準である。本通達の取扱いがこの引渡・役務提供基準の範疇に含まれるとするならば、強制適用は当然であろう。ただし、国税庁は、強制適用の根拠を法人税法22条4項に求めているのかもしれない。 (了)
〔中小企業のM&Aの成否を決める〕 対象企業の見方・見られ方 【第22回】 「事業承継等事前調査チェックシートを活用しよう(後編)」 公認会計士・税理士 荻窪 輝明 《今回の対象者別ポイント》 買い手企業 ⇒M&Aの売り手に対して有効な財務・法務面の見方のヒントを得る。 売り手企業 ⇒M&Aに備えて財務・法務面のどこに着目したらよいかを知る。 支援機関(第三者) ⇒売り手に対する財務・法務面の見方のポイントを知りM&Aの助言や支援に活かす。 その他の対象者 ⇒売り手に対する視点を通じて対象企業の見方・見られ方のポイントをつかむ。 前回は、「事業承継等事前調査チェックシート(Excel版)」のうち、【財務DD・税務DD】の、調査項目への対応を行う際のポイントについて見ていきました。今回は、【法務DD】の内容を中心に確認していきます。 1 【法務DD】シートの中項目は、全部で11項目 【法務DD】(「事業承継等事前調査チェックシート(Excel版)」一部抜粋) ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (出典) 中小企業庁「経営資源集約化税制(中小企業事業再編投資損失準備金)の活用について」 前回紹介の【財務DD・税務DD】シートの中項目は、「貸借対照表」「損益計算書」「会計方針、議事録等の確認」「税務リスクの把握」の4項目で、デューデリジェンス(DD)にあたっては、同シートに従うと、ほぼ決算内容に関する調査項目ばかりが占めていました。 対して、【法務DD】の中項目は、全部で11項目あり、次のとおりです。 シート名は【法務DD】となっていますが、潜在的なリスクが顕在化すれば、やがて決算内容に影響しますので、【財務DD】や【税務DD】にも関係します。 また、不動産そのものに含まれる場合や製造過程などで生まれる可能性のある有害物質・公害問題などへの対応状況を確認するための環境問題の項目が設けられているなど、他のDD項目(環境DDなど)との関連も深く、【法務DD】の各項目について買い手や売り手が対応する際には、経営全般への意識と注視が自ずと求められます。 本稿では、中小企業のM&Aにおける大半のケースで何らかの不備が発見される「会社組織等」と「株式」の項目を中心に、【法務DD】に関わる当事者の皆様がM&Aにあたって今後気を付けたいポイントを紹介します。 2 会社組織等~ガバナンスと適法性~ 中小企業の多くは、大企業に比べて意思決定スピードが早く、柔軟性に富む一方で、例えば、経営者1人や、数人の経営幹部でなんでも決めてしまうなど、組織の意思決定が属人化しやすく、わざわざルールや仕組みを設けて標準化するような社内体制をとっていないケースが多いように思います。それだけに、会社組織を眺めると、適法性をはじめ、至る所に欠点や弱点が見られ、確認を重ねると、「元からルールが無い」「ルールが足りない」「ルールがあるのに守られない」といった様々なケースに出会います。 一例ですが、DDを通じて遭遇する可能性が高いのが、以下のような事項です。 いずれも会社組織の根幹に関わる事項ですので、不備や逸脱があれば、M&Aの相手や第三者機関からの不信を招きやすく、評価額への影響もあります。形だけを整えるためにルールが存在するわけではないのですから、M&Aに関わらず全ての中小企業が日頃から意識しておきたい項目です。 3 株式~株券の紛失、不明株主~ 非上場会社特有の株券発行会社のケースにおいて、肝心の株券が無いか紛失したという事実がDDなどの調査過程で判明し、しかも、所在不明株主がいる、相続後の株主との関係が疎遠になっている、という困った例も多く見受けられます。このようなケースに至ると、追跡調査など追加の対応に追われてしまいます。 相続を重ねていく結果、親族内外に分散してしまって争いに発展する可能性まで覚悟するのが株式の怖いところですが、日頃の会社経営では特段意識を払わないもの。だからこそ、いざという時のために必要以上に準備を意識したいところで、特に、「株券」「株主名簿」の動向や所在について常に明らかにしておくのは、最低限の売り手の務め、否、経営者の務めです。 「事業承継等事前調査チェックシート」の【法務DD】シートには、売り手の潜在リスクをあらかじめ漏れなく把握するために、適法性を含めて調査項目例が数多く挙げられています。現状で未整備の事項そのものが法的にアウトなものならば、M&Aに関わらず直ちに解消しなければならない問題になりますので、単にM&Aのためだけではなく、法的な側面からの経営チェックシートという位置づけで、売り手に限らず広く活用されるのを期待します。 (了)
収益認識会計基準を学ぶ 【第20回】 「請求済未出荷契約、顧客による検収など」 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 今回は、次の事項について解説する。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 請求済未出荷契約 1 定義 請求済未出荷契約とは、企業が商品又は製品について顧客に対価を請求したが、将来において顧客に移転するまで企業が当該商品又は製品の物理的占有を保持する契約である(収益認識適用指針77項)。 例えば、顧客に商品又は製品の保管場所がない場合や、顧客の生産スケジュールの遅延等の理由により締結されることがある(収益認識適用指針159項)。 2 支配の概念 企業は約束した財又はサービス(資産)を顧客に移転することにより履行義務を充足した時に又は充足するにつれて、収益を認識する(収益認識会計基準35項)。 そして、約束した財又はサービス(資産)が移転するのは、顧客が当該資産に対する支配を獲得した時又は獲得するにつれてであり(収益認識会計基準35項)、支配の概念がポイントになっていると解される。 資産に対する支配とは、当該資産の使用を指図し、当該資産からの残りの便益のほとんどすべてを享受する能力(他の企業が資産の使用を指図して資産から便益を享受することを妨げる能力を含む)をいうと規定されている(収益認識会計基準37項)。 3 会計処理 請求済未出荷契約の収益認識については、商品又は製品を移転する履行義務をいつ充足したかを判定するにあたって、顧客が当該商品又は製品の支配をいつ獲得したかを考慮することになる(収益認識適用指針78項)。 請求済未出荷契約においては、収益認識会計基準39項及び40項の定め(一時点で充足される履行義務)を適用したうえで、次の①から④の要件のすべてを満たす場合には、顧客が商品又は製品の支配を獲得することになる(収益認識適用指針79項)。 4 残存履行義務 請求済未出荷の商品又は製品の販売による収益を認識する場合には、取引価格の一部を配分する残存履行義務(例えば、顧客の商品又は製品に対する保管サービスに係る義務)を有しているかどうかについて、収益認識会計基準32項から34項に従って判断する(収益認識適用指針160項)。 Ⅲ 顧客による検収 1 検収と支配 前述のとおり、収益認識においては、「支配」の概念がポイントとなる。 顧客による検収の検討に際しても、「支配」の概念がポイントであり、収益認識適用指針は、顧客による財又はサービスの検収は、顧客が当該財又はサービスの支配を獲得したことを示す可能性があると規定している(収益認識適用指針80項)。 契約において合意された仕様に従っていることにより財又はサービスに対する支配が顧客に移転されたことを客観的に判断できる場合には、顧客の検収は、形式的なものであり、顧客による財又はサービスに対する支配の時点に関する判断に影響を与えないこととなる(収益認識適用指針80項)。 例えば、顧客の検収が、所定の大きさや重量を確認するものである場合には、それらの大きさや重量は顧客の検収前に企業が判断できる(収益認識適用指針80項)。 また、顧客に移転する財又はサービスが契約において合意された仕様に従っていると客観的に判断することができない場合には、顧客の検収が完了するまで、顧客は当該財又はサービスに対する支配を獲得しないことになる(収益認識適用指針82項)。 2 残存履行義務 顧客の検収前に収益が認識される場合には、他の残存履行義務があるかどうかを判定する(収益認識適用指針81項)。 3 試用販売 商品又は製品を顧客に試用目的で引き渡し、試用期間が終了するまで顧客が対価の支払を約束していない場合、顧客が商品又は製品を検収するまであるいは試用期間が終了するまで、当該商品又は製品に対する支配は顧客に移転しないことになる(収益認識適用指針83項)。 Ⅳ 返品権付きの販売 1 返品権 顧客との契約においては、商品又は製品の支配を顧客に移転するとともに、当該商品又は製品を返品して、次の①から③を受ける権利を顧客に付与する場合がある(収益認識適用指針84項)。 2 会計処理 返品権付きの商品又は製品(及び返金条件付きで提供される一部のサービス)を販売した場合は、次の①から③のすべてについて処理する(収益認識適用指針85項)。 次のことに注意する(収益認識適用指針87項~89項、161項)。 Ⅴ 重要性等に関する代替的な取扱い 収益認識適用指針では、「重要性等に関する代替的な取扱い」として、次の規定を設けている。 これは、これまで我が国で行われてきた実務等に配慮し、財務諸表間の比較可能性を大きく損なわせない範囲で、IFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」における取扱いとは別に、個別項目に対する重要性の記載等、代替的な取扱いを定めるものである。 代替的な取扱いを適用するにあたっては、個々の項目の要件に照らして適用の可否を判定することとなるが、企業による過度の負担を回避するため、金額的な影響を集計して重要性の有無を判定する要件は設けていない(収益認識適用指針164項)。 (了)
対面が難しい時代の相続実務 【第9回】 「一度も対面しない「完全オンライン」での対応は可能か」 クレド法律事務所 弁護士 栗田 祐太郎 前回までの解説においては相続実務における具体的な場面を取り上げ、各ケースにおいてオンラインで対応する場合の工夫や注意点を説明してきた。 今回は、これらに共通する総論的な問題点として、相談・依頼の始めから終わりまでの間、リアルでの対面を一度も行わない「完全オンライン」の方式で事件処理をすることに問題はないのかという点につき考えてみたい。 1 相談者・依頼者にまったく会わないという対応はあり得るか 世の中の動きが非対面化/オンライン化にあるといっても、「相談者・依頼者に一度もリアルで対面することなく案件を処理してよいか」というのは、また別個の問題であると思われる。 すなわち、物理的には初回相談からオンラインでの対応が可能であるとすると、依頼を受けた業務を処理し、案件が終了・解決するまでの間に、依頼者本人には一度もリアルで対面せず終わってしまうというケースも十分考えられるし、実際に生じている。 このようなケースでは、突き詰めて考えると第三者が依頼者本人へとなりすまし、依頼をしてくる危険性が存在する。第三者が悪意をもってなりすましを行う場合はもちろんのこと、家族や友人が、(主観的には)本人の権利保護を目的として、その意味では“よかれと思って”なりすますというケースもあり得よう。 このような危険性があることを考えれば、依頼者に一度も会わない「完全オンライン」での事件処理は、思わぬトラブルに巻き込まれる可能性もゼロとはいえない。 2 「完全オンライン」の可否を考える上での考慮基準 以上のようなリスクがある反面、依頼者が遠隔地に居住しているケースや、病気等により外出することが困難であるケースといったように、税理士等と一度もリアルで対面せず、すべてオンラインで相談に乗ってほしい、そして事件を受任してほしいという「完全オンライン」での対応を希望するニーズは確かに存在する。 考え始めると非常に悩ましい問題ではあるが、筆者の場合は、次に挙げるような様々な要素を考慮し、総合的に判断して実施している。 〈「完全オンライン」での対応を検討する際の考慮要素〉 以上の要素を具体的に考えてみると、まず①依頼を受ける案件の規模・内容という点は、一番初めに考慮されるべき要素と思われる。 問題となる案件が数万円程度の規模の案件であるのか、それとも億単位の事件であるかで、本人確認の必要性等を含めた“慎重さ”が要求される度合いが異なることは、自明のことであろう。 ②争訟性・紛争性の大小についても同様であり、相手方や関係者が特に存在せず、相談者・依頼者から提示された内容につき専門的な検討・分析を加えて解決策を提案すれば足りる業務であれば、対面する機会を無理に設ける必要性は低いといえる。 相談内容に助言だけを求められているというケースの場合にも、たとえそれが単発ではなく数回のやり取りを要するような内容であったとしても、特段リアルで対面する機会を設ける必要はないであろう。 また、③相談者の属性として、初めての問い合わせで、かつ、紹介者がいない初対面の相談者の場合には、やはり一度は相談者本人と実際に会ってみないとどのような人物であるのか、信頼できる人物であるのか、他人のなりすましの可能性はないのか等については、適切な判断は困難ではないかと思われる。 ただ、これについても、前述したように案件の規模が小さかったり、争訟性・紛争性が小さいという事案であれば、完全オンラインでの対応も考えられる。 他方、過去に関わりがあった元依頼者であるとか、信頼できる人物からの紹介があった相談者である等の事情がある場合には、前記のような懸念はほとんど生じない。 たとえば、筆者の実際の取扱例でいえば、幼稚園から高校まで同じ学校に通った幼なじみであったが、高校卒業後20年以上もまったく会うことはなく、直接に連絡を取り合っていなかった、しかしFacebookの投稿を通じて筆者が元気にしている近況は把握していたという郷里の友人から突然に連絡が入り、ある紛争案件で相手方と会って示談交渉をしてほしいと依頼された事案があった。 このときには、紛争の相手方とはもちろん直接に会って示談交渉を行い、無事に示談解決ができたが、当の友人とのやり取り・打ち合わせはすべて電話で行ったため、一度も対面では会わなかった。 このケースでいえば、20年以上というブランクがあったとしても、長年の友人であり、相談内容や電話口での声・話し方の様子等を含めて考えれば、第三者のなりすましの可能性は低いと判断した。このようなケースであれば、依頼者への対応を最初から最後まで非対面で処理したことも許容されるのではないかと思われるが、いかがであろうか。 ただし、自身の身を守るためには、依頼者本人に直接会って、本人確認を行う機会を設けるに越したことはないし、それが安全策であることはいうまでもない。 そのように考えると、「完全オンライン化」の可否につき少しでも迷う案件があれば、最低一度、それも案件の正式受任前にリアルで対面し、直接に会って本人確認をする機会を設けたほうが無難ではないかと考えられる。 (了)
〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第52話】 「実額経費控除と消費税」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 中尾統括官は、机の上に積まれている書類を整理している。 「そろそろ確定申告の時期ですね」 浅田調査官も不要の書類を廃棄するために、ロッカーの中を整理している。 「毎年、確定申告の時期になると・・・憂鬱になる」 そう言うと、中尾統括官は、顔をしかめる。 「どうしてですか・・・僕なんか、確定申告の時期は、税務調査に出なくて良いから、むしろ、楽しいですよ」 浅田調査官は、ニコニコしている。 「ところで・・・ほとんどのサラリーマンは、年末調整によって、確定申告をしないのですが・・・これって、どう思いますか?」 浅田調査官は、廃棄する書類を仕分けしながら、尋ねる。 「そりゃ、我々、税務職員としては、確定申告をする納税者の数が少ないに越したことはないだろう」 中尾統括官も、机の上の書類を整理しながら答える。 「しかし、サラリーマンにも、特定支出控除以外に、確定申告をする途を創るべきではないかと思うのですが・・・」 浅田調査官は、大嶋訴訟事件(最高裁昭和60年3月27日判決)を契機に、昭和63年度から「給与所得者の特定支出控除」(所法57条の2)が認められ、サラリーマンの確定申告が認められたことをあまり評価していないらしい。 「もっとも、特定支出控除の適用者(申告者)の人数は、昭和63年は16人だったけど、その後は一桁の数が続き、それから、特定支出控除の改正が、平成24年と26年に行われて、ようやく1,900人ぐらいになった・・・」 中尾統括官がコメントを続ける。 「・・・しかし、何千万人といるサラリーマンの数を考えると、所得税法57条の2は、十分にワークしていないと思う」 中尾統括官は、浅田調査官を見る。 「そうなんですよ」 浅田調査官は、大きくうなずく。 「僕は、特定支出控除を認めるのではなく、事業所得者と同様に、給与所得者に実額経費控除を認めたら良いと思うのです・・・すなわち、概算経費控除と実額経費控除の選択適用にしたら良いと思うのですが・・・」 そう言うと、浅田調査官は、机の上にある罫紙に、図を描く。 「・・・しかし、給与所得控除額を上回る実額経費を支出するサラリーマンなんて、そんなにいないだろう」 中尾統括官は、首をかしげる。 「ええ、そうなんです」 浅田調査官は、素直に肯定する。 「ただ、給与所得を事業所得と同じ実額経費控除にすると、所得計算上は、事業所得との差異がなくなることになります・・・仮に、給与所得で実額経費控除を採用すると、まれでしょうが、マイナスが生じる場合があります・・・そうすると、給与所得のマイナスを他の所得と損益通算することも考えられます」 浅田調査官は、説明を続ける。 「そして、所得区分上、給与所得で実額経費控除を選択した場合、その給与所得は事業所得と一本化しても良いのではないかと思うのです」 「・・・給与所得と事業所得を1つの所得区分にするということか?」 中尾統括官は、腕を組んで、思案顔になる。 しばらくすると、突然、中尾統括官は、顔を上げる。 「・・・では・・・消費税はどうなるの?」 中尾統括官は、浅田調査官を見る。 「・・・給与所得であれば、消費税法では不課税に該当し、課税仕入れにならないが、事業所得(外注費)は、仕入税額控除を受けることができる・・・それを1つの所得にすると、消費税ではどうなるの・・・」 中尾統括官が尋ねる。 「それは・・・その給与所得についても仕入税額控除を受けることにしたら良いと思うのです・・・実質的に事業所得と同じ扱いを受けるのですから・・・したがって、給与所得者も事業者として消費税の納税義務者になるということです」 浅田調査官は、淡々と答える。 「もちろん、課税期間における課税売上高である給与等の収入金額が1,000万円以下であるならば、免税業者になりますが・・・給与所得者が実額経費控除を選択した場合、消費税法においては、事業者と同じ取扱いをすれば良い・・・これによって、外注費と給与の争いが少なくなると思うのです・・・」 「そうすると、消費税法基本通達1-1-1(個人事業者と給与所得者の区分)の規定は必要ないということか?」 中尾統括官が同通達を見ながら、尋ねる。 「ええ、給与所得者が実額経費控除を選択した場合、無条件に、消費税法において事業所得者と同様に取り扱うことになりますから、この通達は、概算経費控除を選択した場合にのみ検討されることになります」 浅田調査官は、図を描く。 中尾統括官は、目を閉じて、浅田調査官の想定外の「発想」を思案する。 (つづく)
《速報解説》 適格請求書等保存方式に係る制度関連の整備 ~令和4年度税制改正大綱~ 税理士 石川 幸恵 「令和4年度税制改正大綱」(令和3年12月24日閣議決定)において、令和5年10月1日に導入予定の適格請求書等保存方式(いわゆるインボイス制度)に係る見直しが行われた。これらの見直しを分類すると、「登録に関する見直し」と「制度関連の整備」に分けられる。 以下では、制度関連の整備(大綱57頁~58頁)について概説する。 なお、登録に関する見直しの概説は以下の拙稿を参照されたい。 1 制度関連の整備 (1) 仕入明細書による仕入税額控除の適用要件の見直し ① 現行 個人事業者による家事用資産の売却は「事業として」の売却ではないので、課税資産の譲渡等に該当しない。したがって、その個人事業者が適格請求書発行事業者である場合に、買い手から適格請求書の交付を求められたとしても、適格請求書を交付することはできない。 ただし、買い手が仕入明細書を作成して、適格請求書発行事業者である個人事業者(売り手)の確認を受けた場合、買い手では仕入税額控除が可能となる。 ② 改正案 仕入明細書による仕入税額控除は、その課税仕入れが売り手において課税資産の譲渡等に該当する場合に限定することとする。 (2) 電子区分記載請求書による仕入税額控除の経過措置適用について ① 現行 適格請求書発行事業者以外の者からの課税仕入れについては、適格請求書等保存方式導入から一定期間は、仕入税額相当額の一定割合を仕入税額とみなして控除できる経過措置が設けられている(平成28年改正法附則52、53、国税庁「インボイス制度に関するQ&A」問86)。 この経過措置の適用については、売り手から「書類」により交付された区分記載請求書等の保存が要件となっており、電磁的記録により区分記載請求書等の提供を受けた場合、それを保存しても経過措置の適用は受けられない。 ② 改正案 電磁的記録により区分記載請求書等の提供を受けた場合について、上記の経過措置を受けられることとする。 (3) インボイス経過措置期間における棚卸資産に係る消費税額の調整規定の見直し ① 現行 納税義務の免除を受けないこととなった場合等の棚卸資産に係る消費税額の調整(消法36)では、その棚卸資産に係る消費税額を仕入税額控除の対象としている。 一方、上記(2)①の経過措置では、適格請求書発行事業者以外の者からの課税仕入れについては、仕入税額相当額全額ではなく、一定割合(80%、50%)のみが控除できる。 現行の法令では、納税義務の免除を受けないこととなったタイミングで有する棚卸資産のうち、適格請求書発行事業者以外の者から仕入れたものについて、消法36による調整額は仕入税額相当額全額か、一定割合を乗じた額かが不明である。 ② 改正案 適格請求書発行事業者以外から仕入れた棚卸資産であっても、全額を消法36による調整額とする。 (4) 公売等において適格請求書を交付する場合の特例 ① 現行規定の問題点 公売とは、国税局又は税務署が差し押さえた財産を滞納国税に充てるため、広く不特定多数の買受希望者を募り、入札又はせり売りの方法により売却することをいう。 公売等による財産の売却についての適格請求書等の交付は、滞納者が交付するか、媒介者交付特例(国税庁「インボイス制度に関するQ&A」問39)を適用して公売等の執行機関が滞納者に代わって交付することとなるが、いずれも困難が伴う。 ② 改正案 滞納者が適格請求書発行事業者である場合には、公売等の執行機関が適格請求書等を交付できることとする。 (5) 特定収入を課税仕入れに充てた場合の仕入控除税額の調整規定の整備 ① 現行 国、地方公共団体、公共・公益法人等については、補助金等の対価性のない収入(特定収入)により賄われる課税仕入れ等に係る税額を、仕入税額控除の対象から除外することとしており、除外する額(調整税額)を算出するための特例計算が設けられている(消法60、消令75)。 現行の特例計算の方法では、適格請求書等保存方式導入後、免税事業者等からの課税仕入れに充てられた部分も調整税額に含まれて算出されてしまい、調整税額が過大となる。 ② 改正案 交付要綱等により使途が特定されている特定収入について、免税事業者等からの課税仕入れに充てたことが国等へ報告することとされている文書等により事後的に確認できる課税期間において、調整税額のうち、免税事業者からの課税仕入れに応じた部分の金額を仕入控除税額に加算できることとする。 (※) 特定収入の5%を超える金額を免税事業者等からの課税仕入れに充てた場合に限る。 2 適用時期 上記の改正案は、令和5年10月1日以後に国内において事業者が行う資産の譲渡等及び課税仕入れについて適用される。 (了)