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令和3年度税制改正における寄附金控除の見直し~出資に関する業務に充てられることが明らかな寄附金の除外~

令和3年度税制改正における寄附金控除の見直し ~出資に関する業務に充てられることが明らかな寄附金の除外~   公認会計士・税理士・社会保険労務士 中村 友理香   令和3年度税制改正において、特定公益増進法人に対する寄附金制度における寄附金の範囲等が見直された。本稿では改正の内容について解説を行う。   1 法人税法第37条第4項の改正 現行の制度においては、公益の増進に著しく寄与する一定の法人(以下「特定公益増進法人」という)に対する寄附金で、その特定公益増進法人の主たる目的である業務に関連する寄附金を支出した個人又は法人については、その寄附金に対し一定の税制上の恩恵を受けることが可能となっている。 この寄附金の範囲から、出資に関する業務に充てられることが明らかな寄附金が除外されることになった。 「出資に関する業務に充てられることが明らかなもの」とは、例えば次のようなものが該当する(法人税基本通達9-4-7の2)。   2 改正の理由 特定公益増進法人に該当する法人は、例えば、①独立行政法人、②地方独立行政法人、③公益社団法人及び公益財団法人、④学校法人及び準学校法人、⑤社会福祉法人、⑥更生保護法人、⑦特別法により設立された法人で一定のもの(日本赤十字社等)がある。 昨今、科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律の改正により、研究成果の活用を促進する事業を実施する者等に対する出資を行うことができる研究開発法人が27法人に拡大し、加えて地方独立行政法人法の改正により、試験研究地方独立行政法人も研究成果の活用を促進する事業を実施する者等に対する出資を行うことが可能になった。 これらの独立行政法人及び地方独立行政法人は特定公益増進法人に該当するため、当該法人の出資先関係者等が独立行政法人等に出資業務に使途を特定して寄附を行い、当該寄附金を特定された使途に従い出資させることで、制度の趣旨から外れた方法で寄附金の税制上の優遇措置を享受することが可能となる。 これは税制の公平性の観点から問題があるとみなされ、出資業務に使途を指定した寄附金及び使途を出資業務に限定して募集される寄附金については、特定公益増進法人に対する寄附金の優遇措置の対象外としたところである。すでに同様の除外対応は、国立大学法人等のTLO(技術移転機関)に対する出資業務に充てることを目的とする寄附について行われている。 なお、出資に関する業務に充てられるかどうかが寄附時点で不明確なものについては、今回の改正の対象外と考えられる。   3 寄附金控除を受けるための書類 令和3年度税制改正に伴い、財務省令に規定する寄附者が寄附金の特例を適用する場合に保存することとされる書類(寄附金が特例対象の寄附金に該当することを証する書類)についても、法人税法施行規則第24条第3号においては、「その寄附金が特定公益増進法人の主たる目的である業務に関連する法人税法第37条第4項に規定する寄附金である旨のその特定公益増進法人が証する書類」に改正された。また、所得税法施行規則第47条の2及び租税特別措置法施行規則第19条の10の5における寄附金控除や所得税額控除の確定申告の際に添付等が必要となる書類においても同趣旨から改正された。 この結果、改正の施行後、特定公益増進法人に対する寄附については、各特定公益増進法人において、受け入れた寄附が主目的業務に関連する寄附であるかどうかの確認のほか、その寄附が以下のような寄附金ではないかどうかも確認の上、証明書を寄附者に交付することとされた。 なお、確認の具体的な実務としては、例えば、「寄附を募集するチラシやHP等で出資業務に充てることを示していないこと」や、「寄附者から寄附の使途を出資業務に充てることと指定されていないこと」を確認することが想定されている。 また、当該証明書へ記載する文言として、以下のような記載例が、文部科学省高等教育局私学部私学行政課から各文部科学大臣所轄学校法人担当課・各都道府県私立学校主管部課あて、及び内閣府大臣官房公益法人行政担当室から公益社団・財団法人あてに事務連絡として示されている。   4 法人税法第37条第5項の改正 公益法人等がその収益事業に属する資産のうちからその収益事業以外の事業のために支出した金額は、その収益事業に係る寄附金の額とみなすこととされている。これをみなし寄附金制度という。 ただし、令和3年度税制改正により、事実を隠蔽し、又は仮装して経理をすることにより支出した金額については、当該みなし寄附金制度を適用しないこととされた。 従来、公益法人等が、収益事業に係る収入を収益事業以外の事業に係る収入に仮装して経理する等の不正行為により課税所得を過少に計上していたとしても、外形的には収益事業に属する資産のうちからその収益事業以外の事業のために支出した金額となるため、事後に修正申告等の場面でもみなし寄附金制度の利用が可能であった。 しかし、このような不正行為の場合にまで税制上の優遇措置を適用することは、そもそもの制度の趣旨から逸脱しており、適正公平な課税を妨げる誘因となり得ると考えられ、不適用へと改正されたものである。   5 適用関係 特定公益増進法人に対する寄附金の範囲から、出資に関する業務に充てられることが明らかな寄附金が除外される改正は、令和3年4月1日以後に支出する寄附金の額について適用される(改正法附則10①、改正法令附則2、改正法規附則3)。 また、みなし寄附金制度の改正は、公益法人等が令和3年4月1日以後に支出する金額について適用される(改正法附則10②)。 (了)

#No. 430(掲載号)
#中村 友理香
2021/08/05

遺贈寄付の課税関係と実務上のポイント 【第1回】「近年の遺贈寄付の高まりと税理士の役割」

遺贈寄付の課税関係と実務上のポイント 【第1回】 「近年の遺贈寄付の高まりと税理士の役割」   税理士・中小企業診断士・行政書士 脇坂 誠也   1 遺贈寄付が注目される背景 今、遺贈寄付が注目されている。遺贈寄付とは、遺言により学校法人、社会福祉法人、公益法人、特定非営利活動法人などの非営利団体や国、地方公共団体(以下「非営利法人等」とする)に財産の全部又は一部を寄付することや、相続人が相続財産の全部又は一部を非営利法人等に寄付することをいう。 遺贈寄付が注目されている要因はいくつかある。 1つ目は人々の社会貢献意欲の高まりである。内閣府が毎年実施している「社会意識に関する世論調査」によれば、「社会への貢献意識」について、1974年の調査開始から、右肩上がりで上昇しており、2020年の調査では、63.4%になっている。また、民間団体による調査によれば、社会の役に立つために、自分の遺産の一部を寄付したいと思う人は4人に1人程度で存在するというアンケート結果もある。 2つ目は、社会構造の変化である。今後は、将来未婚や配偶者を亡くした「おひとりさま」の高齢者が増加することが予想される。相続人がなく、遺言がない場合、遺産は国庫に帰属されるが、その総額は、年間600億円を超え、わずか4年で1.4倍に増加している。 民間団体による調査によれば、配偶者と子供の有無別に「遺贈寄付に前向き」な割合は、直系卑属がいる「ひとり親」では21.0%、「父母子」では21.9%であるのに対し、直系卑属がいない「独身」では50.0%、「ふたり夫婦(子供なし)」では46.8%となっている。相続人がいなかったり、相続人がいても、配偶者や子供がいなければ、自身の遺産は社会の役に立つことに寄付をしたいと考える人が増加することが予想される。 3つ目は、遺贈寄付の受け入れ態勢が充実しつつあることである。特定非営利活動法人「国境なき医師団日本」が行っている「遺贈寄付意識調査」によると、遺贈寄付の障害になることとして、「遺贈の方法(どんな手続きが必要か不安、など)」が36.2%で最も高く、「寄付する団体選び(詐欺にあわないか不安、など)」が33.0%と続いている。 現在、全国のコミュニティ財団を中心に遺贈寄付の相談窓口の設置が進んでおり、民間の事業者も、遺贈寄付希望者の希望に合わせた寄付先や方法を紹介するサービスが始まっている。また、遺贈寄付を受ける非営利法人等も、遺贈寄付に積極的に取り組む法人が増加している。   2 遺贈寄付の現状 それでは、実際に遺贈寄付をする方はどれくらいいるのであろうか。 わが国における遺贈寄付の正確な統計はないが、相続税の申告をした人については、国税庁から公表されている。平成30年の数字の集計(認定NPO法人シーズ・市民活動を支える制度をつくる会が国税局に開示請求して集計)では、遺言による寄付は99件で約56億円、相続人による相続財産の寄付は579件で約410億円となっている。 相続税の申告に係る被相続人が116,341人、相続人が258,498人(国税庁『平成30年分 相続税の申告事績の概要』より)であるから、遺言による寄付は0.1%以下、相続人による相続財産の寄付が0.2%程度であり、非常に少ない。まだ、大部分の人が、遺贈寄付について考えたとしても、実行をしている人はほとんどいないことがうかがい知れる。 ただし、件数や金額は、ここ数年、徐々に増えてきている。また、雑誌や新聞の広告等で遺贈寄付が取り上げられることが増えており、一部の公益法人等では遺贈寄付について大幅に増加していることも報告されている。   3 遺贈寄付における税理士の役割 遺贈寄付をしたいと思っている人は増えているが、実際に実行するためにはハードルは高い。その原因は何であろうか。 『遺贈寄付に関する実態調査』(2020年、一般社団法人日本承継協会)によれば、「遺贈寄付に興味がある」と回答した方の半数以上が寄付の手続きや方法を相談したいと思っているが、どこに相談していいのかわからないと答えている。遺贈寄付を実行するためには、それをサポートする人が必要なのである。そのサポート役として税理士は相応しいのではないだろうか。遺贈寄付には、税務の問題は切り離せない。また、日頃から中小企業のオーナーや資産家、あるいは確定申告などに関わっている税理士は、これらの方たちの身近で信頼できる相談相手として、最適である。海外の調査によれば、専門家などが資産承継の1つの手段として遺贈寄付という方法もあるということを触れることで、遺言で遺贈寄付をする人の割合が大幅に上昇するという調査も報告されている。 一方で、税理士がクライアント等に遺贈寄付について相談を受けたり、アドバイスをするためには、遺贈寄付の課税関係について正確に理解をする必要がある。 次回から、遺贈寄付をいくつかの種類に分けたうえで、税務上どのような取扱いになるのか、どのような点に注意をすべきかについて見ていくことにする。 (了)

#No. 430(掲載号)
#脇坂 誠也
2021/08/05

令和3年度税制改正における『連結納税制度』改正事項の解説 【第6回】「人材確保等促進税制・所得拡大促進税制への見直し・延長」

令和3年度税制改正における 『連結納税制度』改正事項の解説 【第6回】 「人材確保等促進税制・所得拡大促進税制への見直し・延長」   公認会計士・税理士 税理士法人トラスト 足立 好幸   [5] 人材確保等促進税制・所得拡大促進税制への見直し・延長 令和3年度税制改正では、大企業向けの賃上げ・投資促進税制について、ウィズコロナ・ポストコロナを見据え、新規の雇用を促進することを目的とした「人材確保等促進税制」に変更している。 また、中小企業者の所得拡大促進税制についても適用要件を一部見直し、簡素化して、適用期限を2年延長している。 連結納税制度における人材確保等促進税制及び所得拡大促進税制は、次の点で単体納税制度と異なる取扱いとなる。 連結納税制度における人材確保等促進税制及び所得拡大促進税制の取扱いは、次のとおりとなる(新措法68の15の6、新措令39の46の2)。 なお、令和3年4月1日以後に開始する連結事業年度から適用される(令和3年所法等改正法附則1、43)。 1 人材確保等促進税制 2 所得拡大促進税制(中小企業者向け)   (了)

#No. 430(掲載号)
#足立 好幸
2021/08/05

法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例32】「修繕費の損金計上のタイミングと仮装行為」

法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例32】 「修繕費の損金計上のタイミングと仮装行為」   国際医療福祉大学大学院教授 税理士 安部 和彦   【Q】 私は、東北地方において農機具製造業を営む株式会社A(3月決算法人)において総務部長を務めております。東北地方は戦後一貫して米作や果樹栽培を中心とした農業が盛んな土地柄で、いわゆる専用機・作業機メーカーに分類されるわが社も、そのような東北地方で農業を営む農家を主たるターゲットに農機具を製造・販売してきました。 しかし、国内における農家数の減少を受け、農機具の出荷台数は近年概ね減少傾向にありますが、一方で、わが国の農機具はアジアでは高性能との評価を受けており、輸出金額は年々増加しております。 そのような厳しい販売環境の中、A社としても市場のニーズに合った新製品をタイムリーに投入することが生き残りの必須条件と考え、生産設備への新規投資を行うとともに、既存の設備のオーバーホールや修繕を積極的に行うことで、農機具の生産能力の維持・拡大を図っております。 ところが、先日来受けている税務調査で、既存設備のオーバーホールや修繕に関する支出が問題視されており、困惑しております。調査官によれば、わが社は既存設備のオーバーホールや修繕に関し、その施工を行ったB社の担当者と結託して、本来損金として計上すべき事業年度ではなく、その一期前の事業年度に行ったかのように偽装し、それとつじつまを合わせるように請求書の納品日を翌事業年度の日付となるよう記載させたのであるから、当該修繕費の損金計上は、通謀虚偽表示による仮装行為に該当すると言ってきました。 確かに、オーバーホールや修繕が完了したタイミングを前倒しで計上したかどうかについては、恐らく調査官の主張の方にやや分があるような気がしますが、取引先と通謀して請求書を仮装したと認定し、当該認定に基づいて重加算税の賦課を行うという言い分は受け入れ難く、およそ容認できるものではありません。修繕費の期ずれ及び仮装行為に基づく重加算税の賦課処分の妥当性につき、見解をお聞かせください。 〇 修繕費の計上のタイミング 【A】 オーバーホールや修繕が完了したタイミングを前倒しで計上したかどうかについては、事実認定の問題となりますが、例えば、既に修繕を担当する施工業者がその事業年度(X1事業年度)中に施工の準備に取り掛かっているケースにおいては、実際の施工そのものが翌事業年度(X2事業年度)に行われているとしても、その事業年度(X1事業年度)中の日付で請求書や納品書を発行しても不自然とまではいうことはできないため、その事業年度(X1事業年度)中の日付で請求書や納品書を発行しているという事実だけをもって「仮装行為」であると認めることはできないと考えられます。 そのため、仮に本件が、修繕費をX2事業年度に計上すべき事案であるとしても、X1事業年度中の日付で請求書や納品書を発行しても不自然とまではいうことはできない場合には、重加算税の賦課要件である「仮装又は隠蔽」の行為があったということもできず、重加算税を課されることはないものと考えられます。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 修繕費に係る損金計上のタイミング 修繕費のような費用の計上のタイミングは、法人税法上一般に、費用の年度帰属の問題とされている(※1)。その考え方によれば、償却費以外の費用は、債務の確定を待って初めて損金に計上することができるとされる(法法22③二カッコ内)。当該債務の確定については、実務上は、法人税基本通達2-2-12の3要件である、①債務の成立、②債務に基づき具体的な給付をすべき原因となる事実の発生、③金額の合理的な算定、のすべてに該当するかどうかが判断基準となっている(※2)。 (※1) 金子宏『租税法(第二十三版)』(弘文堂・2019年)366頁。 (※2) 当該債務確定の要件は通達ではなく明文化(法令化)すべきであるとの主張につき、一高龍司「損金の算入時期に関する基本的考察」金子宏監修『現代租税法講座 企業・市場』(日本評論社・2017年)165頁参照。 なお、債務の確定について近年の法人税法は、従来よりもその範囲を限定的に考える傾向にあり、例えば、引当金について、債務の確定が不確実な費用又は損失の見積りであり極力その計上は抑制すべきとして、平成10年度の税制改正で大幅に廃止・縮小されている。   (2) 重加算税の賦課の適否 重加算税とは、一般に、納税者が隠蔽・仮装といった不正な手段を用いた場合に、これに対して「特別に重い負担」を課すことによって、申告納税制度の基盤が失われることを防止する目的で置かれた規定であると解されている(※3)。 (※3) 金子前掲(※1)890頁。 このような重加算税の賦課要件は、過少申告加算税の規定に該当する場合で、納税者がその国税の課税標準等又は税額等の税額の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠蔽し、又は仮装し、その隠蔽し、又は仮装したところに基づき納税申告書を提出していたとき、である(通法68①)。したがって、申告内容に関し事実の隠蔽・仮装がない場合には、重加算税の賦課はないこととなる。 事実の隠蔽・仮装とは、裁決事例(国税不服審判所平成22年1月19日裁決・TAINSコード: J79-1-08)によれば、「『事実を隠ぺいした』とは、課税標準等又は税額等の計算の基礎となる事実を隠ぺいしあるいは故意に脱漏したことをいい、また、『事実を仮装した』とは、所得、財産あるいは取引上の名義等に関し、あたかも、それが真実であるかのように装うなど、故意に事実をわい曲したことをいうと解するのが相当である。」とされている。それぞれの態様を具体的に言えば、事実の隠蔽とは、売上除外、証拠書類の破棄等を指し、事実の仮装とは、架空仕入、架空契約書の作成、他人名義の利用等を指すと解されている(※4)。 (※4) 金子前掲(※1)890-891頁。 重加算税の賦課に関する国税通則法の文理解釈は上記の通りであるが、一方で税務調査の現場では、事実認定に関し微妙な事案も少なくなく、納税者の署名有の「質問応答記録書」の記載内容が「事実」であるとして、それを根拠に重加算税が賦課されるケースがみられるところである。   (3) 重加算税の賦課が取り消された事例 本件と同様に、損金の計上のタイミングについて争いがあり、かつ、そのタイミングにつき仮装行為があったとして重加算税の賦課があったことについて争われた裁決事例(国税不服審判所令和2年3月10日裁決・TAINSコード:J118-1-03) があるので、以下でみていくこととしたい。 ① 事案の概要 本件は、不動産売買業及び不動産管理業を営む法人である審査請求人が、建物の修繕工事に係る費用を事業年度終了の日付で修繕費に計上し、当該修繕費を損金の額に算入して法人税の確定申告をしたところ、原処分庁が、請求人の代表取締役は、当該修繕工事が事業年度終了の日までに着工すらしておらず、当該修繕費を損金の額に算入できないことを認識した上で、当該修繕工事の施工業者(H社)に請求書を発行させることによって損金の額に算入したのであるから、その行為は事実の仮装に当たるとして法人税等の重加算税の賦課決定処分等をしたのに対し、請求人が、仮装の事実はないとして原処分の一部の取消しを求めた事案である。 ② 本件の争点 請求人が本件修繕費を本件事業年度の損金の額に算入したことに、国税通則法第68条第1項に規定する仮装に該当する事実があるか否か。 ③ 審判所の判断 (※5) 2018(平成30)年3月30日を意味すると考えられる。 ④ 本裁決事例からいえること 本件は、請求人が修繕費を本件事業年度(実際に修繕を行った事業年度の前事業年度)の損金の額に算入したことに、国税通則法第68条第1項に規定する仮装に該当する事実があったのかが争われた事案であるが、審判所は「本件請求書の『納品日』欄に記載されている『3.30』については、(中略)、H社の請求書発行に係るシステムの便宜上『3.30』と入力されたにすぎない可能性も否定できない」とし、また、「請求人代表者に、本件修繕費を本件事業年度の損金の額に算入できないことの認識や過少申告の意図があったとは認められない」として、仮装の行為があったことを否定している。そのため、重加算税の賦課決定処分が取り消されている。 本件において、請求人である法人がその修繕費の計上のタイミング(事業年度)を誤っていたことは事実であるが、それはいわば「うっかりミス」に過ぎず、当該誤りを仮装行為に基づくものであるとした課税庁の認定には相当無理があったということであろう。 ところで、仮装行為に対する重加算税の賦課が争われた同様の裁決事例に、国税不服審判所令和元年7月2日裁決(TAINSコード:F0-2-913)がある。当該事案は、石油の輸出入業、精製業及び販売業等を目的とする法人である審査請求人C社が、手書の図面を外部の業者D社に委託して電子データ化する費用を損金の額に算入したことについて、原処分庁が、当該電子データ化が完了していないにもかかわらず、相手方と通謀して虚偽の証憑書類を作成し、当該費用を損金の額に算入したことが事実の仮装の行為に当たるとして、法人税等の重加算税の各賦課決定処分をしたのに対し、請求人C社が、委託先であるD社と通謀して虚偽の証憑書類を作成した事実はないとして、同処分のうち過少申告加算税相当額を超える部分の取消しを求めたものであり、請求人C社には国税通則法第68条第1項に規定する事実の仮装があったか否かが争点となった。 審判所は以下のように判断して事実の仮装があったことを否定している。 税務調査実務においては、重加算税の賦課に関する事実認定に関しやや荒っぽい判断がなされる傾向にあり、その一部が審査請求の対象となり、審判所により賦課決定処分が取り消される事案が散見される。 ここで実務上問題となり得るのが、「質問応答記録書」の取扱いである。質問応答記録書は任意の文書であるが、一旦そこに納税者が署名押印を行うと、その内容を後の裁判や審判で取り消したり撤回することは、一般に極めて困難と言わざるを得ない。課税庁にとって納税者の署名押印済みの質問応答記録書は重加算税賦課の有力な根拠ないし証拠となるため、調査の結果(少なくとも調査担当者レベルで)、重加算税を賦課する方針であるときには、署名押印をたびたび迫ってくる場合もあるだろう。 もちろん、当該署名押印は任意であり(通法152①)、仮に納得がいかない場合には、後日の撤回が事実上困難であることを考慮し、やはりそれに応じることを拒否すべきものと考えられる。   (4) 本件へのあてはめ オーバーホールや修繕が完了したタイミングを前倒しで計上したかどうかについては、基本的に事実認定の問題となるが、例えば、既に修繕を担当する施工業者がその事業年度(X1事業年度)中に施工の準備に取り掛かっているケースにおいては、実際の施工そのものが翌事業年度(X2事業年度)に行われているとしても、その事業年度(X1事業年度)中の日付で請求書や納品書を発行しても不自然とまではいうことはできないため、その事業年度(X1事業年度)中の日付で請求書や納品書を発行しているという事実だけをもって、施工業者との通謀に基づく「仮装行為」であると認めることはできないと考えられる。 そのため、仮に本件が、修繕費をX2事業年度に計上すべき事案であるとしても、X1事業年度中の日付で請求書や納品書を発行しても不自然とまではいうことはできない場合には、重加算税の賦課要件である「仮装又は隠蔽」の行為があったということもできず、重加算税を課されることはないものと考えられる。 (了)

#No. 430(掲載号)
#安部 和彦
2021/08/05

〈判例・裁決例からみた〉国際税務Q&A 【第9回】「寄与度利益分割法において関連当事者間の一方が計上した営業損失の取扱い」

〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第9回】 「寄与度利益分割法において関連当事者間の一方が計上した営業損失の取扱い」   公認会計士・税理士 霞 晴久   〔Q〕 寄与度利益分割法において、関連当事者間の一方が計上した営業損失はどのように取り扱うべきでしょうか。 〔A〕 分割対象利益である「所得」には、営業損失は当然に含まれます。 ●●●〔解説〕●●● 1 寄与度利益分割法 我が国で利益分割法といえば、一般に、寄与度利益分割法を指すといわれている(※1)が、この方法は、国外関連取引に係る分割対象利益を、その発生に寄与した程度を推測するに足りる国外関連取引の当事者に係る要因に応じてこれらの者に配分することにより独立企業間価格を算定する方法であり、比較対象となる非関連者間取引を見出す必要がないという特徴を有している。 (※1) 藤森康一朗『実務ガイダンス移転価格税制(第5版)』(中央経済社・2017年)211頁。 そこで問題となるのは、利益分割法の適用、特に分割要因の選択において、分割対象損失が計上されている場合の取扱いである。この場合、分割対象が利益の場合と同様に取り扱うべきかどうかについて、『移転価格税制の適用に当たっての参考事例集(※2)』(以下「事例集」) は、「分割対象利益等は、国外関連取引に参加した全ての関連者に生じた当該取引に係る損益(原則として営業損益)の総和と解されることから、これには営業損失も含まれることになる(措置法通達66の4(5)-1)」と述べている。 (※2) 事例集【事例7】「(参考)分割対象利益等について」(40頁)。 一方、OECD移転価格ガイドライン(以下「ガイドライン」)は、その2010年版の取引単位利益分割法に関する指針の中で、「『利益』への言及は、損失にも同様に適用されるものとして扱われるべきである」(2010年版パラ2.108)と明確に述べていたところ、OECDが2014年12月16日に公表したPublic Discussion Draftでは、特定の事業において計上される損失には注意深い配慮(careful consideration)が求められる旨の記述(同パラ53)があり、その後の動向が注目されていた(※3)。しかし、同ガイドラインの2017年版では、先の「『利益』への言及は、損失にも同様に適用されるものとして扱われるべきである」(2017年版パラ2.114)という文言がそのまま維持され、現在に至っている。 (※3) 藤枝純・角田伸広『移転価格税制の実務詳解(第2版)』(中央経済社・2020年)338頁。   2 過去の判例・裁決例 過去の判決及び裁決例で、寄与度利益分割法の適用に際し営業損失の取扱いが争われたものには次の2つがある。 《国税不服審判所平成19年2月27日裁決》(※4) (※4) 裁決事例集第73集376頁、TAINSコード:J73-3-21。 (1) 事案の概要 本件は、原処分庁が、請求人の海外子会社から器具を輸入する取引について、利益分割法により算定した独立企業間価格で行われたものとみなされるとして法人税の更正処分等をしたところ、請求人が、原処分庁の採用した独立企業間価格の算定方法には誤りがあり同処分等は違法であるとして、その全部の取消しを求めた事案である。 請求人が海外に所在する100%子会社J社から輸入する器具の販売は営業損失を計上していたところ、J社の営業利益との合計額はプラスとなっていた。かかる状況において、営業損失は租税特別措置法施行令39条の12第8項の「所得」に含まれるか否かが争われた。 (2) 請求人の主張と審判所の判断 請求人は、利益分割法は、事業活動の直接の結果である所得、すなわち、純資産の増加を対象にして独立企業間価格を算定する方法であるところ、営業損失は、純資産の減少をもたらすものであり、租税特別措置法施行令39条の12第8項の解釈通達である租税特別措置法関係通達66の4(4)-1(当時)は、利益分割法における分割の対象を営業利益とする旨定めているから、同法施行令39条の12第8項の「所得」には、営業損失は含まれないと主張した。 これに対し、審判所は、「移転価格税制は、このように法人と国外関連者との取引に係る対価の額に着眼するものであり、国外関連取引により利益が生じているか否かを直接の問題としているわけではないから、基本三法により独立企業間価格が算定できる場合には、たとえ、当該取引により損失が生じていたとしても、同法により独立企業間価格を算定すべきこととなる(※5)。(中略)、利益分割法により独立企業間価格を算定せざるを得ない国外関連取引について、単に損失が生じているというだけで、同法の適用を除外し、その結果として、移転価格税制の適用自体をも排除されるとすれば、納税者間の課税の公平を著しく損なうこととなる。そして、それは、企業グループ内の価格操作により、国外関連者に過分の利益が生じ、わが国において法人税の納税義務を負う法人に損失が生じている場合において、特に顕著である。」とし、「措置法施行令39条の12第8項の『所得』とは、国外関連取引に参加したすべての関連者に生じた当該取引に係る損益(原則として営業損益)の総和をいうと解するのが相当である(下線筆者)」と判示して、請求人の主張を排斥した。 (※5) 当時は、基本三法が優先的に適用されるべきとされていたが、平成23年6月の改正で、独立企業間価格の算定方法の適用上の優先順位が廃止され、「最も適切な方法(ベスト・プラクティス)を事案に応じて選択する仕組みへと移行した(措法66の4②柱書)。 《パシフィック・フルーツ・リミテッド事件》(※6) (※6) 第一審は、東京地裁平成24年4月27日判決(平成21年(行ウ)第581号・税資第262号-94順号11944、TAINSコード:Z262-11944)、控訴審は、東京高裁平成25年3月28日(平成24年(行コ)第229号・税資第263号-63順号12187、TAINSコード:Z263-12187)。 (1) 事案の概要 本件は、バハマ法人であるB社(国外関連者)からエクアドル産バナナを輸入したX(原告・控訴人)が、当該輸入取引(国外関連取引)について、原処分庁が、寄与度利益分割法を用いて独立企業間価格を算定したこと、寄与度利益分割法を用いるに当たり、日本市場の特殊要因により生じたXの営業損失を分割対象利益から除外しなかったこと、原告とB社が支出した販管費の額の割合により分割対象利益を分割したこと等を不服とし、その処分の取消しを求めた事案である。 (2) Xの主張と裁判所の判断 Xは、寄与度利益分割法を用いるに当たっては、国外関連取引の当事者が支配できない市場の特殊要因による営業利益への影響を排除すべきであるとの主張を前提として、Xが計上した営業損失は、バナナの輸入量が急増した後の需要の大幅な減少や競合品であるフィリピン産バナナの輸入量の急増等により日本市場におけるエクアドル産バナナの浜値(※7)が大幅に下落したこと及び顧客が原告との取引を減少させたことなどの当事者が支配できない日本市場の特殊要因により生じたものであるから、移転価格税制を適用するに当たり、これらの日本市場の特殊要因により生じた営業損失は、日本側の輸入業者である原告に帰属させる必要があると主張した。 (※7) 「はまね」と読み、海産物などが水揚地で取引される価格をいう。 この点について東京地裁は、「そもそも原告が主張するような市場における需給の増減や競合品との競争等による市場価格の変動やそれに伴う損益の発生は、市場主義経済の下では常に生じ得るものであるから、そのような損失をもって、直ちに市場の特殊要因により生じた損失とはいい難い。また、日本市場の特殊要因により生じた営業損失を日本側の輸入業者である原告に帰属させる必要があるとする点についても、通常の独立企業間の取引であれば、一方の市場における需給等の状況に大きな変化が生じたことにより、一方の当事者のみに多額の営業損失が生じるような場合、取引価格を改定し、取引量を減少させ又は取引自体を終了させるなどすることなく、従前の条件のままで漫然と取引を継続することは通常は考え難いから、その影響は少なからず他方の当事者にも及ぶものと考えられるところ、その損失を専ら日本側の輸入業者である原告に帰属させるべきとする合理的根拠も不明であるといわざるを得ない(下線筆者)」と判示し、「Xが計上した営業損失は、日本市場の特殊要因により生じたものであって、本件国外関連取引に係る対価の設定とは無関係であるから、これを分割対象利益から除外すべきであるとの原告の主張は、法令上の根拠を欠くものであって、その理由として述べるところもいずれも採用することはできない」と結論付けた。 なお、本件の控訴審判決でXは、「多額の分割対象損失が生じた理由は、Xの輸入したエクアドル産バナナの需要急減に伴う浜値の大幅な急落等にあり、販管費との関連性は全く存在しない。『販管費は、一般的に、企業の営業利益の獲得に寄与する性質を有するものとして認められている』という販管費と営業利益についての一般論から、販管費に基づき営業損失を分割することが合理的であるという結論を導き出すことはできない」などと主張し、その根拠を種々述べた。 この主張には、上記1のOECDによるPublic Discussion Draftでの議論が背景にあるものと解される。しかし、これらの主張に対し東京高裁は、「いずれも分割要因(販管費)と分割対象損益(営業利益)との間に関連性を要するとのXの主張を前提とするものであるから、いずれにしろ、その前提を欠くものであり、失当である。控訴人は、OECD報告書を根拠に、利益分割と損失分割では異なった配慮が必要であると主張するが、同報告書が直ちに、我が国における課税処分である本件各処分の違法性の根拠となり得るものではない」と判示し、Xの主張を退けた。 (了)

#No. 430(掲載号)
#霞 晴久
2021/08/05

租税争訟レポート 【第56回】「事業所得の意義~大学名誉教授が執筆した原稿料の所得区分(国税不服審判所令和元年6月14日裁決)」

租税争訟レポート 【第56回】 「事業所得の意義~大学名誉教授が執筆した原稿料の所得区分 (国税不服審判所令和元年6月14日裁決)」   税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝     【事案の概要】 本件は、複数の大学等で名誉教授や顧問等を務める医師である審査請求人が、救命救急医療等に関する専門技術・知識の教授又は指導等(以下「本件役務」という)を行い、給与を得ていた一方、執筆等に係る業務(以下「本件業務」という)を行い、本件業務から生じる所得が事業所得に該当することを前提に、事業所得における損失の金額を給与所得の金額から控除して所得税等の確定申告をしたところ、原処分庁が、本件業務から生じる所得は雑所得に該当するから、当該損失の金額を給与所得の金額から控除することはできないなどとして、所得税等の更正処分等を行ったのに対し、請求人が本件業務から生じる所得は事業所得であるなどとして、原処分の一部の取消しを求めた事案である。 裁決書によれば、審査請求の対象となった各年分において、請求人は1,700万円を超える給与を得る一方で、本件業務に係る報酬は100万円に満たないものであった。また、請求人は、妻を経理事務等に従事させ、支払った給与を青色事業専従者給与として、事業所得の金額の計算上必要経費に算入していた。請求人の確定申告においては、事業所得に係る損失の金額が、本件業務に係る総収入金額の約3倍から約4倍となっていた。   【裁決の概要】 1 原処分庁による賦課決定処分 原処分庁は、平成30年7月18日付で、請求人に対し、原処分庁所属の調査担当職員による調査に基づき、 などとして、各年分の所得税等の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をした。 2 争点 本件業務から生じる所得は、所得税法第27条第1項に規定する事業所得又は同法第35条第1項に規定する雑所得のいずれに該当するか。 3 争点に関する主張 裁決書では、後述する国税不服審判所による「事業所得該当性」の判断基準である、次の6項目に分類して、原処分庁と請求人の主張を比較している。 (1) 原処分庁 原処分庁は、上記の諸要素を総合的に考慮して、社会通念に照らして判断すれば、本件業務から生じる所得は雑所得に該当すると主張したうえで、請求人による「本件役務と本件業務とを全体として、事業性の有無を判断すべきである」旨の主張については、所得税法においては、得られる所得の性質や発生の態様ごとに、所得を区分して計算するのであるから、請求人が得ることになる収入についても、その収入の性質や発生の態様を基に所得区分を判断すべきであり、本件役務と本件業務とを全体としてみるべきではないと反論している。 (2) 審査請求人 審査請求人は、上記の諸要素を総合的に考慮して、社会通念に照らして判断すれば、本件業務から生じる所得は事業所得に該当するとしたうえで、本件役務と本件業務が、契約形態は異なるものの、その内容はいずれも独立性を保持して行う専門技術・知識の教授業であって、両者は一体不可分・相互依存関係にあり、同一のものといえることに加えて、本件役務には事業の性格を有するものが含まれていることに照らし、本件役務と本件業務とを全体としてみるべきであると主張した。 4 国税不服審判所の判断 国税不服審判所の判断は、次のとおりであり、結論として、審査請求人が得た原稿料等の収入については、「雑所得」に該当するとして、請求を棄却した。 (1) 事業所得の意義 審判所は、最高裁判所昭和56年4月24日第二小法廷判決を引用して、事業所得とは、「自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ反復継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務から生ずる所得」をいうと定義したうえで、ある所得が当該事業所得に当たるか否かについては、①営利性及び有償性の有無、②反復継続性の有無、③自己の危険と計算においてする企画遂行性の有無、④その者が費やした精神的及び肉体的労力の有無及び程度、⑤人的及び物的設備の有無、⑥その者の職業、経験、社会的地位及び生活状況等を総合的に考慮し、所得税法等の趣旨及び目的に照らし、社会通念によって判断すべきであると解するのが相当であると判示した。 (2) 審査請求人の主張に対する反論 上述のとおり、審査請求人は、本件役務と本件業務が、契約形態は異なるものの、その内容はいずれも独立性を保持して行う専門技術・知識の教授業であって、両者は一体不可分・相互依存関係にあり、同一のものといえることに加えて、本件役務には事業の性格を有するものが含まれていることに照らし、本件役務と本件業務とを全体としてみるべきであると主張した。 この主張に対し、審判所は、所得税法が、所得区分と所得ごとに所得の金額を計算する規定を定めているのは、所得はその性質や発生の態様によって担税力が異なるという前提に立って、租税負担の公平の観点から、各種の所得について、担税力の相違に応じた計算方法を定め、また、態様に応じた課税方法を定めるという趣旨に基づくものであり、ある所得の所得区分を判断するに当たり、当該所得と所得区分を異にする所得を併せて所得区分を判断することはできないというべきあるという判断を示したうえで、本件業務から生じる所得の所得区分を判断するに当たり、本件業務から生じる所得(本件においては給与所得以外の所得)と所得区分を異にする本件役務から生じる所得(給与所得)を併せて判断することはできないから、本件役務と本件業務とを全体としてみるべきという請求人の主張は採用することができないとして、その主張を退けた。 (3) 本件業務から生じる所得が事業所得又は雑所得のいずれに該当するか 審判所は、上記(1)の①から⑥の判断基準について、それぞれ、次のように判示した。 そのうえで結論として、審判所は、本件業務は必要な人的及び物的設備を有し、有償性及び反復継続性についても一応認めることができるものの、営利性や自己の危険と計算においてする企画遂行性は乏しく、安定した収益を得られる可能性も低かったことや、本件業務を行うに当たり請求人の精神的及び肉体的労力の程度は限定的であったことなどの事情を総合的に考慮し、社会通念によって判断すると、本件業務から生じる所得が事業所得に該当するということはできないため、本件業務から生じる所得は、雑所得に該当するという判断を示した。   【解説】 大学の名誉教授の肩書を有する医師が、大学での講義などで多額の給与収入を得る一方、原稿執筆で得ていた報酬は「事業所得」と「雑所得」のいずれに該当するのか。国税不服審判所が下した判断は「雑所得」であった。事業所得で青色申告が承認されていれば、 といった特典があり、本件の審査請求人も、(2)及び(3)の特典を享受することによって、節税を企図していたものと考えられる。 本稿では、事業所得該当性をどのように担保すべきかという観点から、「事業所得であるという主張を認めさせるためには何が必要だったか」及び「会社員の副業を事業所得として認定させるために必要な要件」について、検討したい。 1 所得区分の定義 本件では、審査請求人が得た原稿料等の収入について、その所得区分が問題となったわけだが、ここで、あらためて、審査請求人に関係する所得区分について、それぞれの定義を確認していきたい。引用する定義は、全て、金子宏『租税法(第23版)』(弘文堂、2019年)に拠っている(一部の文章を省略し、又は補っていることをお断りしておく)。 (1) 事業所得(※1) 事業所得とは、各種の事業から生ずる所得のことであり、事業とは、自己の計算と危険において営利を目的とし対価を得て継続的に行われる活動のことである。 (※1) 金子宏『租税法(第23版)』(弘文堂、2019年、239頁)。 事業と非事業との区別の基準は必ずしも明確ではなく、ある経済活動が事業に該当するかどうかは、活動の規模と態様、相手方の範囲等、種々のファクターを参考として判断すべきであり、最終的には社会通念によって決定するほかはない。 (2) 給与所得(※2) 給与所得とは、俸給・給料・賃金・歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与をいい、勤労性所得(人的役務からの所得)のうち、雇用関係又はそれに類する関係において使用者の指揮・命令のもとに提供される労務の対価を広く含む概念であり、非独立的労働ないし従属的労働の対価と観念することもできる。 (※2) 前掲(※1)242頁。 (3) 雑所得(※3) 雑所得とは、他の所得区分のいずれにも該当しない所得のことであり、公的年金等とその他の雑所得からなる。その他の雑所得とは、他の種類の所得のように統一的なメルクマールがなく、積極的に定義することは不可能である。事業に該当しない場合の動産の貸付による所得、著作権・特許権等の使用料、原稿料、講演料(中略)等、性質の異なる種々の所得が含まれる。 (※3) 前掲(※1)300頁。 2 大学などでの講義を「事業所得」としていれば、審判所の判断は変わっただろうか 国税不服審判所が認定した事実関係によれば、請求人は、本件各年分において、複数の学校法人や公益財団法人などに対し、救命救急医療等に関する専門技術・知識の教授又は指導等を行い、給与を得て、全ての勤務先から「給与所得の源泉徴収票」の交付を受けていたということである。 この項では、こうした「給与所得」が、「事業所得」に該当する余地はなかったかどうかを検討してみたい。上述の定義どおり、給与所得は、「雇用関係又はそれに類する関係において使用者の指揮・命令のもとに提供される労務の対価を広く含む概念」であることから、審査請求人が「名誉教授」の肩書を得ている大学等における授業や指導については、「給与所得」であることはいうまでもない。 一方、公益財団法人などから依頼を受けて講義を行う場合などは、「雇用関係にある」とはいえないという考えも成り立つのではないか。例えば、依頼された講義を「請負契約」に基づいて行う場合、これは「給与所得」には該当しないため、「事業所得」又は「雑所得」に区分されることとなるはずである。 であるとすれば、審査請求人は、雇用関係に基づかない講義や指導に関する依頼を受ける際に、請負契約によることで依頼者と合意して、事業所得に係る収入金額に計上したうえで確定申告を行っていれば、「安定した収益を得られないことを理由に事業該当性を否定される可能性が減殺できたのではないか」と思料する。 3 給与所得者の副業は事業所得に該当するかどうか 日本型雇用慣行に守られてきた会社員の多くは、その代償として、「副業・兼業禁止」という就業規則に従ってきた。近年、これまでの雇用慣行が変容していく中、2019年にみずほフィナンシャルグループが副業・兼業を解禁する見解を公表して以来、「副業容認」の流れは、徐々に浸透しているようである。さらに、新型コロナウイルス感染症の影響によるテレワークの推進もまた、「副業容認」を加速していると伝えられている。 副業を始めた給与所得者は、この裁決を、どのように読み解けばいいのだろうか。副業が事業所得として認められるために必要な条件は何かについて、国税不服審判所が示した6つの考慮すべき事情に即して検討したい。 「事業該当性」については、その区分基準は必ずしも明確ではなく、最終的には、「社会通念」によって決定されるものであるとすれば、日本型雇用慣行が崩壊しつつあり、雇用の流動化が進み、多様な働き方が容認される社会へと変容している現在の日本社会においても、40年前の最高裁判所判決が有効に機能しているのかどうかは、議論の分かれるところかもしれない。   (了)

#No. 430(掲載号)
#米澤 勝
2021/08/05

居住用財産の譲渡損失特例[一問一答] 【第40回】「借地権取得の後に底地を取得している場合」-敷地のうちに所有期間の異なる部分がある場合-

居住用財産の譲渡損失特例[一問一答] 【第40回】 「借地権取得の後に底地を取得している場合」 -敷地のうちに所有期間の異なる部分がある場合-   税理士 大久保 昭佳   Q Xは、10年前に借地権を6,000万円で取得し、同年中に家屋を2,000万円で建築しました。 4年前に、底地を4,000万円で取得(更地の時価1億円)して居住の用に供していましたが、本年になってこれらの土地及び家屋を、土地8,000万円、家屋ゼロで売却しました。 譲渡物件に係る所有期間5年超以外の他の適用要件が具備されている場合に、Xは、その全部の譲渡について、「居住用財産買換の譲渡損失特例(措法41の5)」を受けることができるでしょうか。 また、土地についての譲渡損はどのように計算されるのでしょうか。 A 10年前に取得した土地及び家屋が、「居住用財産買換の譲渡損失特例」の適用対象となり、4年前に取得した底地は適用対象となりません。 また、土地についての譲渡損は、借地権分が1,200万円、底地分が800万円となります。 ●○●○解説○●○● 居住の用に供していた家屋と共にその家屋の敷地の用に供されている土地等の譲渡があった場合において、その土地等のうちに、その年の1月1日における所有期間が5年を超える部分のみが、「居住用財産買換の譲渡損失特例」の適用対象となります(措法41の5⑦一)。 そして、借地権を有する者が、底地を買い取った場合には、その取得の日は、借地権に相当する部分と、底地に相当する部分とを各別に判定するとされています(所基通33-10(借地権者等が取得した底地の取得時期等))。 したがって、10年前に取得した土地及び家屋は適用譲渡資産に該当し、4年前に取得した底地は適用譲渡資産に該当しないこととなります。 また、借地権を有する者が、底地を取得した後に、土地を譲渡した場合の収入金額の区分については、次の計算式により計算した金額によることとされています(所基通33-11の3(底地を取得した後、土地を譲渡した場合等の収入金額の区分))。 (1) 旧底地部分に係る収入金額 (2) 旧借地権部分に係る収入金額 以上の算式を本事例に当てはめると次のようになります。 したがって、 となります。 なお、「特定居住用財産の譲渡損失特例(措法41の5の2)」についても、譲渡資産の所有期間に係る5年超要件が同様に定められています(措法41の5の2⑦一)。 (了)

#No. 430(掲載号)
#大久保 昭佳
2021/08/05

〈Q&A〉印紙税の取扱いをめぐる事例解説 【第90回】「プログラム著作権譲渡契約書」

〈Q&A〉 印紙税の取扱いをめぐる事例解説 【第90回】 「プログラム著作権譲渡契約書」   税理士・行政書士・AFP 山端 美德   当社はプログラム開発会社です。当社が所有するプログラム著作権を〇〇株式会社へ譲渡することを約するために、下記の「プログラム著作権譲渡契約書」を作成する予定ですが、印紙税の取扱いはどうなりますか。 記載金額800万円の第1号の1文書(無体財産権の譲渡に関する契約書)に該当し、印紙税額は1万円となる。   [検討1] 著作権の譲渡 ソフトウェア等の開発にあたり、成果物に関する権利規定が定められている場合、成果物の著作権が受託者から委託者に移転することとされているものは、第1号の1文書に該当する。   [検討2] 著作権の実施権又は使用権 無体財産権の譲渡とは、無体財産権そのものの権利を他人に譲渡するものであり、無体財産権を利用できる権利(実施権又は利用権)を他人に与えたり、又はその与えられた権利を譲渡するような契約書は、第1号の1文書には該当しない。 (※) 平成元年3月31日までは無体財産権の実施権又は使用権の設定又は譲渡に関する契約書(旧第14号の2文書)として課税されていたが、平成元年4月1日以降作成されるものから課税が廃止された。   ▷まとめ 事例の場合は、ソフトウェア等に係る著作権を譲渡する内容となっており、第1号の1文書に該当し、契約金額に応じた印紙税が課税される。   (了)

#No. 430(掲載号)
#山端 美德
2021/08/05

〔中小企業のM&Aの成否を決める〕対象企業の見方・見られ方 【第17回】「「中小M&A推進計画」を対象企業の見方・見られ方に活かす(後編)」

〔中小企業のM&Aの成否を決める〕 対象企業の見方・見られ方 【第17回】 「「中小M&A推進計画」を対象企業の見方・見られ方に活かす(後編)」   公認会計士・税理士 荻窪 輝明   《今回の対象者別ポイント》 買い手企業 ⇒「中小M&A推進計画」を売り手・支援機関に対する見方に活かす。 売り手企業 ⇒「中小M&A推進計画」を買い手・支援機関に対する見方に活かす。 支援機関(第三者) ⇒「中小M&A推進計画」を支援機関の体制づくりや今後の支援と助言に活かす。 その他の対象者 ⇒「中小M&A推進計画」を対象企業の見方・見られ方のヒントにする。   1 中小M&Aの実施状況 【第15回】、【第16回】に続いて、今回も中小企業庁が2021年4月28日に取りまとめた「中小M&A推進計画」に関する話題をご紹介します。 本計画の骨子は、特に【第16回】で触れた「中小M&Aに関する今後の対応の方向性」についてですが、M&Aの買い手や売り手といった中小企業M&Aの各当事者にとっては、むしろ、最近までのM&Aの実施状況や、相手側がM&Aに何を期待して検討しているか、といった点を知り、各社の今後のM&Aに活かせる内容の方がより有益かもしれません。 そこで、今回は、本計画の中で取りまとめられている中小M&Aの実施状況を踏まえて、買い手や売り手視点で相手の見方・相手からの見られ方のヒントになるポイントを解説します。   2 中小M&Aの譲渡側の目的から見える売り手の要望 〈図表〉中小M&Aの譲渡側の目的 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (出典) 中小企業庁「中小企業の経営資源集約化等に関する検討会取りまとめ(案)~中小M&A推進計画~(2021年4月28日)」9ページを加工 上記の図表を見ると、中小M&Aの譲渡側である売り手側のM&Aの目的は「従業員の雇用の維持」「事業の成長・発展」「後継者不在」が多くなっています。言い換えると、売り手はこれらの実現ないしは解消をM&Aを通じて期待していると考えられ、相手側の買い手に対しては、なるべく現在の雇用を維持しながら、今後の事業の維持と発展が期待できる後継の存在を要望しているように読み取れます。 一言でいうと、企業や事業の「永続」を願っています。なかでも売り手の経営者が創業者や創業家の場合や家族経営の場合は、現在の形や伝統をなるべく壊さずにそのまま継いでほしいと考える売り手が多い印象がうかがえます。   3 中小M&Aの譲受側の目的から見える買い手の要望 〈図表〉中小M&Aの譲受側の目的 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (出典) 中小企業庁「中小企業の経営資源集約化等に関する検討会取りまとめ(案)~中小M&A推進計画~(2021年4月28日)」9ページを加工 上記の図表を見ると、上記2における売り手の目的とは対照的に、譲受側である買い手は、売り手事業の永続や維持・発展そのものよりも、M&Aを通じて売り手という新たな武器を手に入れることで、買い手に有利な事業展開を進めるための策としてM&Aを捉えています。つまり、そもそもの考え方から、買い手と売り手とでは相違する可能性があることを示しています。 もちろん、すべての買い手がこのような傾向にあるわけではないですが、売り手側は、買い手がM&Aのアプローチをしてくる際に、買い手が望むもの(事業、人材、設備など)を売り手が持っているか、売り手の中で欲しいもの・さほど欲しくないものはどれか、といった選別をされているケースが多いかもしれない、という視点で臨むのがよいはずです。 売り手としては、この結果を逆手に取り、売上や市場シェアの拡大に貢献できる事業、買い手と異なる事業や買い手にとっての新事業、魅力的な人材や技術・ノウハウなどがある場合には、買い手に対する有効なアピールポイントになります。   4 M&A支援機関がターゲットにしている譲渡側の規模 M&A支援機関がターゲットにしている譲渡側である売り手の規模を知れば、売り手はどの支援機関を頼ればよいか、買い手は望む規模の売り手をどの支援機関を通じて探せばよいかの手がかりになります。 〈図表〉M&A支援機関がターゲットにしている譲渡側の規模(年商ベース) (出典) 中小企業庁「中小企業の経営資源集約化等に関する検討会取りまとめ(案)~中小M&A推進計画~(2021年4月28日)」13ページ 上記の図表を見ると、M&A専門業者では、FA(フィナンシャル・アドバイザー)が年商10億円~50億円以上の大規模を含めた中規模・大規模に対応、M&A仲介業者は中規模を中心に対応、M&Aプラットフォーマー(Webを通じたマッチングプラットフォームサービスなど)は小規模から中規模に幅広く対応しているのがわかります。 地域金融機関の場合は、地銀と信金・信組ではそもそもの主なターゲット層が異なるので、年商が相対的に大きい場合は地銀を、相対的に小さい場合は信金・信組といった棲み分けをしながら、各当事者が案件の規模感に応じて活用するのがよいという特徴があります。 各M&A支援機関が手薄になりがちな小規模・超小規模案件については、民間を補完する形で事業引継ぎ支援センターが対応を行っています。 これらの結果を踏まえて、各社の置かれた立場や規模に応じたM&A支援機関を頼るのがM&Aの成否を分けるコツになってきます。 ただし、プレイヤーによっては地域の偏在があり、M&A専門業者は東京を含めた関東・近畿・中部に偏りが見られますので、それ以外の地域で比較的小規模な案件には活動が限定的な場合が見られる点に留意します(下記図表参照)。 〈図表〉M&A専門業者の活動地域 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (出典) 中小企業庁「中小企業の経営資源集約化等に関する検討会取りまとめ(案)~中小M&A推進計画~(2021年4月28日)」13ページを加工   5 中小M&Aの実施状況をM&Aの成功に繋げるために 本計画に掲載されている中小M&Aの実施状況から、買い手と売り手のM&Aの目的には相違がある点や、案件の規模や地域に応じて頼りとするM&A支援機関が異なる点を理解できます。 売り手も買い手も、相手側がM&Aに何を期待しているか、どのM&A支援機関を頼るのが望ましいかを事前に知ることがM&Aの成功への近道です。 この機会にぜひ「中小M&A推進計画」をご覧いただき、本連載の【第15回】、【第16回】、【第17回】(今回)をお読みの上ご理解を深めていただければと思います。 (了)

#No. 430(掲載号)
#荻窪 輝明
2021/08/05

対面が難しい時代の相続実務 【第4回】「想定される場面(その2)」-遺言執行における対応-

対面が難しい時代の相続実務 【第4回】 「想定される場面(その2)」 -遺言執行における対応-   クレド法律事務所 弁護士 栗田 祐太郎   今回は、遺言執行の手続に際して、オンラインを利用できる場面を取り上げる。 【想定される場面(その2) 遺言執行における対応】   1 遺言執行の流れと執行者就任の連絡について 遺言書の作成に税理士などの士業が関与する場合に、将来的に遺言執行者となることを依頼されることも少なくない。 遺言執行手続の大まかな流れは、通常、次のとおりである。 〈遺言執行の大まかな流れ〉 遺言執行者となった場合、特に相続人等の了解をいちいち取らなくとも、遺言執行者自身が事務手続を進めていけばよいものが大半である。 ただ、円滑な遺言執行のためには、相続人や受遺者等の関係者に対して随時コンタクトを取り、時には遺言書の内容や遺言執行の進捗状況、親族の方でお願いしたい事務手続等につき説明会を開き、関係者からの質問に答えた方がよい場合もある。 遺言執行にあたり、主に連絡を取ることになるのは、遺族の中でも取りまとめ的な立場にあったり、遺産を管理している者などの“キーパーソン”であろう。 それ以外にも、たとえば、法定相続人であるにもかかわらず、いろいろな事情から遺産の相続を受けられない相続人が登場することもある。 今回は、これら関係者への説明等の場面でオンライン対応する場合の留意点を説明する。   2 相続人・受遺者に対する説明会等におけるオンラインの利用 遺言執行においては、前述したように遺言執行者の就任通知やその後の手続の案内、財産目録等を送ることになる。そうして書面のやり取りだけで遺言執行を進めていく場合も多い。 ただ、状況に応じて、相続人や受遺者ら関係者が一堂に会し、遺言執行者から説明を行ったほうがよいケースもあるし、逆に相続人らの側から遺言執行者に対し、遺言書の内容や遺言執行の進め方について直接に説明を聞きたいとの要望が寄せられるケースもある。 さて、遺言執行者が説明会を開くとした場合、コロナ禍のもとではどのような方式によるのがよいであろうか。 まず、①相続人や受遺者の人数がそれほど多くなく、かつ、集合することが困難でないような地域に皆が居住している場合には、従来どおり、遺言執行者の事務所もしくは関係者の自宅に集まってもらい、対面して打ち合わせすることでよいであろう。感染対策に留意する必要はあるが、それが皆にとって一番簡便である。 他方、②相続人等の数が非常に多い場合や、関係者が各地に散在していて集合することが難しい場合には、オンラインを利用して説明会を開くことも選択肢の1つであろう。冒頭にあげた事例の場合も、これに該当する。 この場合、出席者全員がオンラインで参加せずとも、遺言執行者の事務所に集まることができる関係者には集まってもらい、出席が難しい当事者だけオンラインで参加してもらうという「ハイブリッド方式」で開催することも考えられる。   3 コミュニケーション充実化のための工夫 遺言執行者が相続人等の関係者とオンラインでやり取りする際の工夫として、次のものが考えられる。 (1) 特に初めの段階での信頼関係構築に注力する 素朴に考えても、第三者である士業が、ある日突然“遺言執行者”と称して親族間の相続問題に介入してくることは、遺族の立場で考えれば違和感・不安感を持つことも当然である。 また、遺言書の内容によっては、不利に扱われた一部の相続人が不満を持つケースもあり、遺言執行者に対して敵対的な言動をしてくる場合も考えられる。 加えて、遺言執行者のほうで、もともと一部の親族と面識がある場合(たとえば、その家族を通じて遺言書作成の依頼を受けた等)も、他の親族からは遺言書の内容や遺言執行の公平性につき疑いの目を向けられる場合もあり得る。 このようなことから、遺言執行者としては、初期の段階から相続人や受遺者との間で信頼関係を築くことができるよう、細心の注意を払うべきである。 もし初期段階で関係者に疑念を持たれることがあると、その後も些細な事務手続に関して逐一問い合わせを受けたり、諸手続の進め方についてクレームを受けたりすることにもなりかねず、こうなっては円滑な事務手続に支障が生じる。 このような事態とならないよう、【第3回】で説明した各種の留意点・工夫のほか、送付する書面における文章の調子(事務的な内容を一方的に伝達し、冷たい感じを与えていないか等)や対応時の口調、身だしなみ等を含めた一般的なビジネスマナーを守ることが大変重要である。 (2) 関係者との打ち合わせの際には、事前に説明資料を送るようにする 関係者への説明を対面で行う場合でもオンラインで行う場合でも、法律的な事項を含む内容を打ち合わせの場でいきなり提示・説明したとしても、参加者に十分に理解してもらえない可能性がある。 関係者の理解を促進し、充実した打ち合わせの機会とするためには、各種の説明資料や目録等をできる限り事前に送付し、あらかじめ目を通してもらっておくほうがよい。 そのうえで、説明会の当日に遺言執行者から補足的な内容を説明したり、関係者と質疑応答をするという方式にすれば、参加者の理解も進み、スムーズである。 これに加えて、もし参加者からの質問等があれば、可能ならば事前に送ってもらうよう依頼しておくのもよい。「当日までにこちらでよく確認し、確実な内容をみなさんにご説明したいので」と趣旨説明すれば、拒む者はいないであろう。 (3) オンラインでの対応に固執せず、面談・電話対応等も柔軟に検討する コロナ禍であっても、無理してオンラインの手続にこだわる必要はまったくない。関係者が対面での面談・説明を希望するならば、その方向で検討するのが穏当である。なかには、年齢等の問題もあり、オンライン対応が難しい当事者はどうしても出てくる。 目的と手段を取り違うことのないようにして、オンライン以外でも面談や電話、郵送での書面のやり取り等、その件に即したベストな方式を検討すべきである。 (4) 疑問点が生じた場合の門戸を開いておく オンラインで対応した場合も、後日のフォロー(電話やメールで質問を受け付ける)も合わせて実施すると、相続人の信頼を得られやすい。 疑問点などがあれば適宜連絡や相談を受け付ける態勢にあることをアナウンスしておけば、関係者も安心する。 (了)

#No. 430(掲載号)
#栗田 祐太郎
2021/08/05
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