《速報解説》 会社法改正に伴う会社法施行規則等の改正が確定 ~コメントを受け、改正案からの一部修正も~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2020(令和2)年11月27日、「会社法施行規則等の一部を改正する省令」(法務省令第52号)が公布された。これにより、2020(令和2)年9月1日から意見募集されていた案が確定することになる。 2020(令和2)年11月20日には、「会社法の一部を改正する法律の施行期日を定める政令」等が公布されている。 これは、「会社法の一部を改正する法律(令和元年法律第70号)及び「会社法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律」(令和元年法律第71号)の施行に伴い、会社法施行規則などについて改正するものである。 「会社法の改正に伴う法務省関係政令及び会社法施行規則等の改正に関する意見募集の結果について」も公表されており、コメントを受けて、案から修正されているものもある。 本稿では、会社法施行規則及び会社計算規則の改正に関する主な事項について解説する。 以下で引用する法令の条番号は、特に断らない限り、改正会社法、改正整備法又は改正後の法務省令のものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 会社法施行規則 1 定義規定の改正 社外取締役を置くことが義務付けられること(会社法327条の2)、業務執行の社外取締役への委託に関する規定が設けられたこと(会社法348条の2)から、次の定義規定を改正する。 2 株式交付子会社に関する規定の新設 「株式交付」(会社法2条32号の2)について、同号の委任に基づき、株式交付により他の株式会社を子会社としようとする場合における子会社(株式交付子会社)の範囲を定める規定(会社法施行規則4条の2)を新設する。 3 全部取得条項付種類株式の取得及び株式の併合における事前開示事項に関する規定の改正 全部取得条項付種類株式の取得又は株式の併合を利用し、現金を対価として少数株主の締出しをする場合における端数処理手続(会社法234条及び235条)について、開示事項を拡充する改正を行う(会社法施行規則33条の2第2項4号及び33条の9第1号ロ)。 4 株主総会参考書類に関する規定の改正 5 取締役等の報酬等に関する規定の新設 6 役員等賠償責任保険契約に関する規定の新設 「役員等賠償責任保険契約」(会社法430条の3第1項)に該当しない保険契約を定める規定を新設する(会社法施行規則115条の2)。 7 事業報告に関する規定の改正 次の改正を行うとともに、所要の規定の整備を行う(会社法施行規則133条3項1号など)。 8 社債に関する規定の改正 9 株式交付に関する規定の新設及び改正 株式交付に関する規定の新設(会社法774条の2から774条の11まで、816条の2から816条の10まで等)に伴い、株式交付計画の承認に関する議案を株主総会に提出する場合における株主総会参考書類に記載すべき事項に関する規定(会社法施行規則91条の2)を新設するほか、次の改正を行う。 10 株主総会資料の電子提供制度に関する規定の新設及び整備 株主総会資料の電子提供制度(会社法325条の2から325条の7まで)の新設に伴い、電子提供措置をとる方法に関する規定(会社法施行規則95条の2)、電子提供措置をとる場合における招集の通知の記載事項に関する規定(会社法施行規則95条の3)及び書面交付請求をした株主に対して交付する書面(電子提供措置事項記載書面)に記載することを要しない事項に関する規定(会社法施行規則95条の4)を新設するほか、所要の規定の整備を行う(会社法施行規則41条7号、54条7号等)。 Ⅲ 会社計算規則 1 株式交付に関する規定の新設及び整備 株式交付に関する規定の新設(会社法774条の2から774条の11まで、816条の2から816条の10まで等)に伴い、次の改正を行うほか、所要の規定の整備を行う(会社計算規則54条2項及び55条2項10号)。 2 株式引受権 株式引受権とは、取締役又は執行役がその職務の執行として株式会社に対して提供した役務の対価として当該株式会社の株式の交付を受けることができる権利(新株予約権を除く)をいう(会社計算規則2条3項34号)。 取締役等が株式会社に対し会社法202条の2第1項(同条3項の規定により読み替えて適用する場合を含む)の募集株式に係る割当日前にその職務の執行として当該募集株式を対価とする役務を提供した場合には、当該役務の公正な評価額を、増加すべき株式引受権の額とする(会社計算規則54条の2第1項)。 株式会社が会社計算規則54条の2第1項の取締役等に対して会社計算規則54条の2第1項の募集株式を割り当てる場合には、当該募集株式に係る割当日における会社計算規則54条の2第1項の役務に対応する株式引受権の帳簿価額を、減少すべき株式引受権の額とする(会社計算規則54条の2第2項)。 貸借対照表等の純資産の部及び株主資本等変動計算書等において、株式引受権を表示する(会社計算規則76条1項1号ハ及び2号ハ、96条2項1号ハ及び2号ハ、105条4号、106条3号)。 3 取締役等の報酬等として株式を交付する場合に関する規定の新設及び整備 取締役又は執行役の報酬等として金銭の払込み等を要しないで株式を発行することができる(会社法202条の2、205条3項から5項まで、209条4項、445条6項等)ことに伴い、その場合に増加する資本金の額等について定める規定(会社計算規則2条3項34号、42条の2、42条の3及び54条の2)を新設するほか、所要の規定の整備を行う。 4 株主総会資料の電子提供制度に関する規定の新設 株主総会資料の電子提供制度(会社法325条の2から325条の7まで)の新設に伴い、連結計算書類に係る監査報告又は会計監査報告に記載され、又は記録された事項に係る情報についての電子提供措置に関する規定を新設する(会社計算規則134条3項)。 Ⅳ 施行時期及び経過措置 改正後の法務省令は、「会社法の一部を改正する法律」(令和元年法律第70号)の施行の日(令和3年3月1日)から施行する。 ただし、1条2表に係る改正規定、2条中会社計算規則2条2項15号の次に1号を加える改正規定及び134条の改正規定並びに3条中一般社団法人及び一般財団法人に関する法律施行規則7条の次に2条を加える改正規定及び51条の改正規定は、会社法改正法附則1条ただし書に規定する規定の施行の日から施行する。 経過措置に注意する。 (了) ↓お勧め連載記事↓
《速報解説》 日本監査役協会、KAM早期適用24社のアンケート回答結果を公表 ~強制適用初年度に向けた分析も~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2020年11月30日、日本監査役協会 会計委員会は、「監査上の主要な検討事項(KAM)の早期適用に関する実態と分析-強制適用初年度に向けて-」(以下「報告書」という)を公表した。 これは、KAMの来年以降の強制適用に向けて、監査役等がどのようにしてKAM の検討プロセスに関与していくべきかを考える上での参考となるよう、早期適用の実例に基づいて分析を行ったものである。 報告書は、実際にKAMの実務を経験された各社(2020年9月までにKAM を記載した有価証券報告書を提出した48社のうちの日本監査役協会会員法人)を対象にアンケート調査を実施し、24件の回答を得ているとのことである。 2020年6月8日、日本監査役協会 会計委員会は、「監査上の主要な検討事項(KAM)に関するQ&A集・統合版」を公表している。 また、2020年10月8日付けで(ホームページ掲載日は2020年10月12日)、日本公認会計士協会は、「「監査上の主要な検討事項」の早期適用事例分析レポート」(監査基準委員会研究資料第1号)を公表している。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ KAM(候補)の個数の変遷 報告書は、期初から期末に至るまでの各段階における状況を考察する前提として、次の4つの段階に分けて、早期適用各社における検討プロセス全体を通じたKAM(候補)の個数の変遷に着目して分析している。 半数以上の会社では監査契約締結段階からKAM(候補)の個数が明らかとなっており、監査契約における監査時間及び費用の見積り算定に当たってKAM(候補)の個数を考慮要素としている事情がうかがえる。 ただし、この段階ですでにKAM(候補)に関する具体的な議論が先行していたためというわけではなく、前年度以前の状況をベースにした想定を基にしているケースが多いものと思われるとのことである。 また、約半数の会社において、年間を通じてKAM(候補)の個数に変化が生じているとのことである。 Ⅲ 監査契約締結段階 次のアンケート結果が記載されている。 Ⅳ 監査計画策定段階 次のアンケート結果が記載されている。 KAM候補について記載の案文は、期初でなくとも可能な限り早期の段階で当該項目がKAMとして記載された場合にどのような表現となるかが示されることが望ましいと記載されている。 Ⅴ 期中における検討 次のアンケート結果が記載されている。 Ⅵ 期末(監査報告書作成段階)における検討 監査報告書の作成段階に至るまで十分な協議が行われていない場合には、監査報告書作成段階で初めてKAMの項目や記載内容・詳細さの程度について見解の相違が顕在化するおそれがあると記載されている。 早期適用を実施した各社では、前年度のトライアルに加え、年間を通じての検討プロセスにおいて適宜ドラフトが示され、議論の経過に応じてアップデートがなされた例が多く、スムーズな導入に向けた先行事例として参考になるとのことである。 Ⅶ 定時株主総会における状況 次のアンケート結果が記載されている。 KAMが強制適用となる2021年以降は、株主総会終了後に開示されるKAMについて質問がなされることを想定した準備を進めておく必要があろうとし、想定問答の例が紹介されている。 また、会社法上の会計監査人の監査報告書へのKAMの記載は行わなかったものの、記載の可能性について検討していた会社があったのかについて調査したところ、次の結果であった。 ほとんどの会社では検討すらも行っていない状況であり、日本特有の会社法と金商法の二元的な開示制度を前提とすると、両制度のスケジュールや開示内容の差異から、現実的には対応は困難といわざるを得ない状況であるとのことである。 (了)
《速報解説》 国税庁、質疑応答事例を更新 ~居住用賃貸建物に係る仕入税額控除の制限等、新たに12事例を追加~ Profession Journal編集部 国税庁は11月25日付けで質疑応答事例を更新。所得税、相続税、財産の評価、法人税、消費税に関し、新たに12事例を追加した。 なお、新設12事例は以下の通り。 まず所得税関係では営農型太陽光発電(営農を適切に継続しながら上部空間に太陽光発電設備を設置することにより、農業と発電を両立する仕組み)によって発電した電力をビニールハウス内の暖房等に使用し、その余剰電力を電力会社に売却した場合の売却収入に係る所得区分を事業所得(農業の付随収入)とした事例を含む3事例が追加された。 相続税関係では、相続人乙が遺贈によって取得した宅地について小規模宅地等特例を適用して期限内申告をしたところ、相続人丙から遺留分侵害額の請求がなされたため、申告期限後に、金銭の支払いに代えて乙から丙へこの宅地を移転した場合の乙・丙それぞれの小規模宅地等特例の適用可否を問う事例が追加された。なお回答では、この宅地は相続によって乙が取得したものを申告期限後に丙へ譲渡(代物弁済)したものと考えられるため、丙は特例の適用を受けることができず(相続税の修正申告が必要)、また乙については特例が適用できなくなることはない(更正の請求が可能)とした。 財産の評価では、地積規模の大きな宅地の評価に関し、地積規模の判定に関する基本的な事例及び、これまでの計算例①~⑥に加え「⑦市街地農地の場合」が追加された。 法人税関係では、株式売渡請求を行う法人との間に完全支配関係がある者から対象法人の株式を取得しなかった場合に、株式交換等に該当するかが問われた事例や、今年度改正で手当てされた居住用賃貸建物に係る仕入税額控除の制限(下記連載を参照)に関し、この規定が適用され仕入税額控除ができない建物に係る課税仕入れ等の税額に相当する金額は、法人税法上、資産に係る控除対象外消費税額等として損金の額に算入できるか等が問われた事例など4事例を追加。 なお居住用賃貸建物に係る仕入税額控除の制限については、消費税関係においても、建物の一部が店舗用となっている場合の「居住用賃貸以外の部分」と「居住用賃貸部分」との合理的な区分方法として使用面積割合や使用面積に対する建設原価の割合などが示された事例(を含む2事例)が追加されている。 (了) ↓お勧め連載記事↓
2020年11月26日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.396を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
山本守之の 法人税 “一刀両断” 【第77回】 「GDPの増加を喜んでよいのか」 税理士 山本 守之 1 GDP4.7%増を考える 今年の7月~9月のGDP(国内総生産)が年率21.4%増と発表されました。内容は個別消費で4.7%増となっていますが、これは前期(4月~6月の8.1%減)で消費が控えていたことへの反発とみられます。自動車や家電の販売の伸びは1人10万円の給付も後押ししているともいえます。一方、企業の設備投資に関する支出は前期比3.4%減となっており、これは先行き不安の表れでしょう。 7月~9月期の急反発を回復の兆しと考えるべきではありません。下記のグラフでみると実質GDP成長率は急反発していますが、新型コロナ前の水準(金額では半分程度までしか戻っていません)にはまだほど遠いのです。 (※) 内閣府ホームページ「2020年7~9月期四半期別GDP速報(1次速報値)」の図を一部筆者加工 2 世界と比べると日本は 米国(世界全体のGDPのうち4分の1を占める)では、実質成長率が7月~9月期で年率33.1%増と戦後最高を記録しましたが、前期の落ち込みを補いきれていません。また、英国でも同期で年率78%増となっています。 国際通貨基金は、今年の世界の成長率予想をマイナス4.4%と発表しています。中国だけが新型コロナ前の水準まで回復しており、1人勝ちといえるでしょう。 日本は「GO TO トラベル」で浮かれている場合ではないのではないでしょうか。新型コロナの第三波を考えると、もっと現状を厳しくとらえるべきです。 3 中小企業のM&Aに税優遇 来年度の税制改正で中小企業のM&Aに対する税優遇を行うことが検討されています。これは、従業員への賃金不払いなどの不測の事態に備えて積み立てていた準備金を、税務上の費用とするというもので、一定の期間経過後に段階的に戻して課税します。 最終的に支払う税金は変わりませんが、企業の買収時には多額のお金が必要となるため、その際の法人税の負担を軽くするものです。 4 伸ばしたGDPの原点 中小企業に勤めるAさんは1人10万円の給付金をもらったので、自動車の買い替えの足しにし、Bさんは電化製品を買いました。集計上は年率21.4%のGDPが伸びたという形になりましたが、これの一部は赤字国債からの資金によるもので、全てが企業の収益によるものというわけではありません。 現在、新型コロナの第三波による患者が出てきています。そのため、年末に向けGDPは落ち込んでいくでしょう。7月~9月期の数字を見て喜んでいてはいけません。 また、上述した検討中の中小企業のM&Aに対する税優遇策についても減税だと考えるわけにはいきません。これは、税によって中小企業を救うわけではなく、借金で救済しようとしているに過ぎず、その借金の返済の目途は立っていないのです。 赤字国債を元手とする給付金で買ったものがGDPを押し上げましたが、その返済のための手当は何一つ行われていません。これから国民全体が借金の返済に向かっていかないといけないでしょう。一時的なGDPの増加(四半期分)に浮かれ、ウキウキと「GO TO トラベル」などと騒いでいては問題です。 (了)
谷口教授と学ぶ 税法の基礎理論 【第48回】 「租税法律主義の基礎理論」 -合法性の原則と行政裁量の統制- 大阪大学大学院高等司法研究科教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 今回は、租税法律主義の内容のうち税法の執行上の原則として合法性の原則を取り上げて検討する。 合法性の原則は、税務行政の合法律性の原則とも呼ばれるように(清永敬次『税法〔新装版〕』(ミネルヴァ書房・2013年)31頁、拙著『税法基本講義〔第6版〕』(弘文堂・2018年)【37】参照)、税務行政の分野における法律による行政の原理を意味する。法律による行政の原理は、明治憲法で租税法律主義が宣明されて以来、わが国における租税法律主義の基本的性格を構成してきたと解されるが(第43回、拙稿「租税法律主義(憲法84条)」日税研論集77号(2020年)243頁、250頁等参照)、以下では、そのような理解に基づき、合法性の原則の性格(「出自」)・意義を明らかにすることにする(Ⅱの検討内容は、前掲・拙稿の検討をベースにしたものである)。その上で、【補論】として、行政裁量に対する統制についても検討しておきたい(Ⅲ)。 Ⅱ 合法性の原則の性格(「出自」)・意義 1 租税法規の「強行性」 金子宏教授は合法性の原則について次のとおり説明しておられる(同『租税法〔第23版〕』(弘文堂・2019年)87頁)。 合法性の原則については、金子教授の上記の説明に関する、「この説明から明らかなように、実質的な面での合法性の原則の『出自』は租税公平主義にある。」という理解を前提にして、「課税要件法定主義と予測可能性原則とに二層化された租税法律主義の中に合法性の原則の居場所をみつけることは困難になる。」ことから、「合法性の原則を租税法律主義の内容から除外しようとする」見解(佐藤英明「租税法律主義と租税公平主義」金子宏編『租税法の基本問題』(有斐閣・2007年)55頁、69頁)があるが、しかし、そもそも、その前提となる理解は妥当であろうか。合法性の原則の「出自」については、どのように考えるべきであろうか。 金子教授は前記の説明を、当初は、次の表現(同「租税法律主義について」税経通信20巻5号(1965年)20頁、22頁)で、行っておられた。 この表現による説明のうち前半部分からすると、合法性の原則は、財政民主主義の具体化として民主主義的に再構成された租税法律主義(課税要件法定主義)が納税者にとって有利な取扱いについても法律の根拠を要求すること(第34回Ⅱ3参照)を意味し、また、後半部分にいう「考え方」は、金子教授が「租税法規の特色」の1つとして次のとおり述べておられる租税法規の「強行性」(金子・前掲書33頁。下線筆者)を基礎とする考え方であると解される。 ここでは、租税法規の「強行性」は、多数の納税義務者に対する画一的取扱いを意味し、これによって「納税者相互間の公平」が維持される、とされているのであるが、それは、田中二郎教授によって「租税債権の特質」(これはとりもなおさず「租税債務の特質」であるが)の1つとして次のとおり説かれる「法律による画一的規制」(同『租税法〔初版〕』(有斐閣・1968年)140頁。同書の第3版(1990年)153頁も基本的に同旨。下線筆者)と同じ意味であると解される。次の引用文のうち第1文(下線部)から明らかなように、「法律による画一的規制」という租税債権(租税債務)の特質は、租税債務関係説に基づくものと解される。 以上のように考えてくると、合法性の原則は、租税法律主義の債務関係説的再構成(第3回Ⅲ、第34回Ⅲ、第43回Ⅳ、第45回Ⅲ参照)の下での「法律による画一的規制」の要請に基づく効果裁量否定論を意味すると解される。 そうすると、合法性の原則の「出自」は、実質的な面においても、租税法律主義にあると考えられる。金子教授による前記の説明の中の「税負担の公平が維持できなくなる」という部分は、合法性の原則の「出自」を示すものではなく、「租税法律主義の当然の帰結・・・・・である課・徴税平等の原則」(スコッチライト事件・大阪高判昭和44年9月30日判時606号19頁。太字・傍点筆者。第2回Ⅳ参照)に対する違反を示すものと解される。 2 租税法律主義に関する「今の新しい考え方」 ここで注目されるのが、「租税法研究会」における田中二郎教授の次の発言(租税法研究会編『租税法総論』(有斐閣・1958年)35-36頁。下線筆者)である。 この発言(特に2つ目の下線部)は、合法性の原則の「出自」を的確に示していると解される。すなわち、合法性の原則は、「元来」は、「法律できめた限度を越えて税をとることができないという考え方」(侵害留保原理)から「出発」したが(第34回Ⅱ、第43回Ⅲ参照)、「現在」では、「すべての人が協力して自主的に国費を負担するという考え方」(この考え方は「民主主義的租税観」(前掲・拙著【14】、第2回Ⅲ2等参照)に相当するものと解される)を媒介として、納税者にとって有利な取扱いの場面も含めて、租税法律主義の民主主義的再構成(課税要件法定主義)と債務関係説的再構成(効果裁量否定論)との「結合」により成立した要請となっている、と解されるのである。 このように考えてくると、合法性の原則は、税務行政を名宛人とする租税法律主義のいわば「別称」というのが適切であるように思われる。合法性の原則は、納税者にとって不利な税務行政上の取扱い(課税処分、徴収処分等)についてだけでなく有利な税務行政上の取扱い(納税義務の減免、徴収猶予等)についても、法律の根拠と効果裁量の否定を要求する法原則であるが、法律による行政の原理の伝統的な理解(侵害留保原理)によると、特に後者の取扱いについてはそれらの要求が軽視されがちになるおそれがあることから、戦後における租税法律主義に関する「今の新しい考え方」(民主主義的再構成及び債務関係説的再構成)を受けて、特に後者の取扱いの場面における法律の留保と効果裁量の否定を想定して、合法性の原則という「呼称」が用いられるようになったものと考えられる。 3 合法性の原則の「内在的例外」 なお、合法性の原則の性格・意義に関連して、同原則の例外について検討しておくことにする。筆者は、合法性の原則に対する例外を、①税法の執行上の原則としての租税平等主義(平等取扱原則ないし課・徴税平等の原則)との関係での例外を「合法性の原則の内在的例外」、②信義則との関係での例外を「合法性の原則の外在的例外」と呼んで、それぞれの意味内容を検討してきたが(前掲・拙著【81】【82】参照)、ここでは、前記の「出自」に関する私見を補足する意味も込めて、前者について述べておくことにする。 先に、合法性の原則の「出自」に関して、スコッチライト事件・大阪高判の判示にいう「租税法律主義の当然の帰結・・・・・である課・徴税平等の原則」(傍点筆者)に言及したが、この原則は、合法性の原則が租税法規の平等な適用を前提にして成立する法原則であること、換言すれば、合法性の原則が税法の適用の場面における「含み公平観」(租税負担の公平は租税法律を通じて実現されなければならず、租税法律を離れて実現されてはならない、という公平観)の現れであること(第3回Ⅳ参照)を意味するものと解される。 このように租税法規の不平等な適用が合法性の原則の枠外にあることは、固定資産税における固定資産の評価に関する金子宏教授の次の見解(同『租税法理論の形成と解明 上巻』(有斐閣・2010年)85頁[初出・1974年])からも、読み取ることができるように思われる。 この見解によれば、平等取扱原則によって、一般的な低評価が「適法」とされているのではなく、特定の者に対する高評価が「違法」とされているだけであって、結局、両者とも「違法」であり合法性の原則の枠外にある、ということになる。このことを筆者は合法性の原則の「内在的例外」と呼んでいるのである。なお、前者の一般的な低評価が問題とされないのは、納税者も税務行政もこれを争わないからである。 Ⅲ 補論:行政裁量の統制とその課題 租税法律主義は、わが国では、法律による行政の原理を起点として、民主主義的再構成及び債務関係説的再構成を通じて、行政裁量に対する統制を強化・厳格化してきた。すなわち、法律の留保の原則を前提にして、課税要件法定主義は行政立法裁量を、課税要件明確主義は要件裁量を、合法性の原則は効果裁量をそれぞれ厳格に統制してきたのである(第45回Ⅱ、前記Ⅱ参照)。 とりわけ課税要件明確主義と合法性の原則は、租税法律主義の債務関係説的再構成の下で成立する「1個の事実に対する、課税要件と納税義務との1対1対応の考え方」と結びついて、前者が要件裁量否定論を、後者が効果裁量否定論を根拠づけると考えられる(第3回Ⅲ、第34回Ⅲ、第45回Ⅲ、前記Ⅱ参照)。 もっとも、要件裁量否定論及び効果裁量否定論をもって、税務行政による税法の執行の過程から裁量が完全に排除されるわけではない。すなわち、上記の「1個の事実に対する、課税要件と納税義務との1対1対応の考え方」は、「1個の事実」が認定されたことを前提として成立する考え方であるが、そこで前提とされている事実(課税要件事実)の認定それ自体については、以下で述べるとおり、裁量が認められるのである。 課税要件事実の認定は、税法の適用の前提(法的三段論法における小前提)となる行為である。一般に、法の適用とは、法適用者が①一般的抽象的な法規範と②個別的具体的な事実との間で視線を往き来させ(いわゆる「視線の往復運動」)、③両者を「同化」させることによる、当該個別事案における具体的規範の確定をいうが(前掲・拙著【41】)、「大前提」としての①については法解釈(による規範の定立)が、「小前提」としての②については事実認定が、「結論」としての③については包摂(当てはめ)がそれぞれ必要になる。 要件裁量は、行政による法の適用(による行政処分)に関する上記の判断過程における「要件認定に関する裁量」(芝池義一『行政法総論講義〔第4版補訂版〕』(有斐閣・2006年)72頁)をいうが、これについて次の説明(塩野宏『行政法Ⅰ〔第6版〕行政法総論』(有斐閣・2015年)139-140頁)がされている。 課税要件明確主義の観点から説かれる要件裁量否定論は、このような要件裁量の観念を前提にして、次の引用文(曽和俊文『行政法総論を学ぶ』(有斐閣・2014年)160-161頁)にいう「②」の場合において全面的に裁判所の審査を認める考え方(裁判所による解釈代置許容論)である(金子・前掲『租税法』86頁参照。筆者はこれを租税法律主義の債務関係説的再構成と結びつけて説いている。前掲・拙著【12】【34】参照)。 このように、要件裁量否定論は、「要件の認定」のうち要件解釈に関する限りでは、貫徹されていると考えられるが、ただ、「要件裁量に関わりかつそれとは区別すべきもの」とされる「事実認定そのものに関する裁量」(芝池・前掲書72頁)は、裁判官による事実認定に関する自由心証主義に相当する判断の余地として、法律上特段の制限(例えば青色更正に係る推計課税の禁止[所税156条、法税131条])がない限り、許容されると考えられる。 事実認定に関する裁量については、「A[=事実認定]のレベルは当然裁判所の審理・判断の対象とされた」(塩野・前掲書139-140頁)というのであれば裁判所が自己の事実認定と置き換えることになり、裁量が否定されることになるのではないかという疑問なり批判があるかもしれない。しかし、そもそも、弁論主義の下では、当事者の主張しない事実は裁判の基礎にしてはならないのであるから、その意味では、事実認定に関する裁量は裁判所によって尊重されるのである。弁論主義の下では、事実認定に関する裁量に対する統制は、むしろ納税者の主張立証活動にかかっているというべきであろう。 もっとも、自由心証主義に相当する判断の余地といっても、①裁判官による個別事案における事実認定と②行政庁による大量反覆的な事実認定とでは、判断基準に異なるところがあると考えられる。すなわち、②については、①において妥当する経験則や論理則だけでなく、それらを専門分野ごとに一般化して定立された事実認定に係る裁量基準(例えば、固定資産税の分野における固定資産評価基準、相続税・贈与税及び地価税の分野における財産評価基本通達)が妥当すると考えられるのである。 事実認定に関する裁量については、税法の分野では、古くから、課税要件事実の認定に関する実質主義の問題が論じられてきた(前掲・拙著【57】参照)。この連載では、課税要件事実の認定に関する裁量の限界ないし統制について、「税法上の目的論的事実認定の過形成」の観点から検討したが(第8回、第9回、第11回参照)、今後、そのような検討を更に続けていくと同時に、事実認定に関わる手続(税務調査、理由附記等)について手続的保障原則(前回参照)の観点からも裁量統制を検討する必要があると考えるところである。 なお、金子宏教授は、合法性の原則の下では「納税義務の内容や徴収の時期・方法等について租税行政庁と納税義務者との間で和解なり協定なりをすることは許されない(ただし、立法で要件を明定して和解を認めることはできる)。・・・・・・このような和解や協定は無効であって拘束力をもたない、と解される」(同・前掲『租税法』87頁)と述べ、これに続けて次のとおり述べておられる(同88頁)が、そこで示された見解は、事実認定に関する裁量の許容性を前提とするものと解される。 Ⅳ おわりに 今回は、租税法律主義の内容のうち税法の執行上の原則として合法性の原則についてその性格(「出自」)・意義を検討し、その結果として、合法性の原則が、法律による行政の原理という租税法律主義の基本的性格を受け継ぎ、租税法律主義の民主主義的再構成及び債務関係説的再構成を通じて、税務行政上の取扱いのうち納税者にとって不利な取扱い(課税処分、徴収処分等)についてだけでなく有利な取扱い(納税義務の減免、徴収猶予等)についても法律の根拠と効果裁量の否定を要求する法原則であることを確認した。 その上で、課税要件法定主義及び課税要件明確主義も視野に入れて、【補論】として、税務行政の裁量に対する統制について検討し、要件裁量に関連して課税要件事実の認定に関する裁量に対する統制が課題として残されていることを指摘した。 (了)
組織再編税制、グループ法人税制及びグループ通算制度の 現行法上の問題点と今後の課題 【第13回】 「グループ通算制度の開始・加入」 公認会計士 佐藤 信祐 《第9章:グループ通算制度》 1 グループ通算制度の開始・加入 (1) 時価評価 グループ通算制度を開始した場合には、グループ通算制度を開始する前の事業年度において、時価評価課税と繰越欠損金の切捨てが行われる(法法64の11、57⑥)。さらに、グループ通算制度を開始した後に、他の法人に対する通算親法人による完全支配関係が成立した場合には、当該他の法人がグループ通算制度に加入するため、グループ通算制度を開始した場合と同様に、グループ通算制度に加入する前の事業年度において、当該他の法人の保有する資産に対する時価評価課税と繰越欠損金の切捨てを行うことになる(法法64の12、57⑥)。 グループ通算制度のうち、グループ通算制度の開始に伴う時価評価については、組織再編税制との整合性が配慮されているとは言い難いが、グループ通算制度の加入に伴う時価評価については、組織再編税制との整合性が配慮されているということが言える。具体的には、以下の通りである。 第1回で解説したように、いきなり通算子法人となる法人の発行済株式の全部を取得するのではなく、通算子法人となる法人の発行済株式総数の100分の70に相当する数の株式を取得し、数ヶ月後に100分の30に相当する数の株式を取得すれば、加入の直前に支配関係があることから、上記 (ⅱ)の ハの(ニ)、(ホ)の要件を満たす必要がなくなるという問題がある。現行制度上はやむを得ないのかもしれないが、組織再編税制との整合性を図るという意味では、第6回でまとめたような組織再編税制の抜本的な見直しが必要になる。 さらに、上記 (ⅱ)の ハでは、金銭等不交付要件及び株式継続保有要件が課されていない。通算子法人の旧株主等が通算親法人株式を取得するわけではないことから、当然のことなのかもしれないが、組織再編税制との整合性を考えると、組織再編税制において金銭等不交付要件を課す必要がないということが言える。もちろん、共同事業を行うための組織再編成であれば、被合併法人の株主等に対して金銭を交付してしまうと共同事業性がなくなってしまうことから、金銭等不交付要件を課す必要はあるが、グループ内の組織再編成であれば、金銭等不交付要件を課さないほうがグループ通算制度と整合的であるということが言える。この点については、第6回でまとめたように、完全支配関係内の適格組織再編成を廃止するとともに、支配関係内の組織再編成に対して金銭等不交付要件、主要資産等引継要件、従業者従事要件及び事業継続要件を課さないようにすることで達成することができる。 なお、細かい点であるが、事業関連性要件における「子法人事業」は、通算子法人となる法人にとっての主要な事業ではなく、通算子法人となる法人の属するグループ内における主要な事業であり(※1)、「親法人事業」は、通算親法人だけでなく、他の通算法人が行う事業も含まれる。そうなると、事業規模要件の判定において、グループ全体で判定するのか、法人ごとに判定するのかという点が問題になり、子法人事業を行う法人が複数ある場合には、そのすべての法人の特定役員が退任した場合に限り、特定役員引継要件に抵触するのかが問題となる。この点については、子法人事業の定義からは読み取りにくいが、親法人事業の定義として、「当該通算親法人又は当該完全支配関係を有することとなる時の直前において当該通算親法人との間に通算完全支配関係がある他の通算法人(括弧内省略)の完全支配関係発生日前に行う事業のうちのいずれかの事業(法令131の16④)」と規定されており、法人ごとに判定することが読み取れることから、子法人事業においても、法人ごとに判定すべきであると考えられる。 (※1) 藤田泰弘ほか『令和2年度税制改正の解説』913頁(注3)(財務省ホームページ) ただし、本来であれば、グループ全体の事業関連性を判定するのであれば、事業規模要件についても、グループ全体で判定すべきであると考えられる。そして、グループ全体で売上金額を判定するのであれば、他の通算法人に対する売上金額を除外する必要がある。さらに、特定役員引継要件についても、子法人事業を行う法人の特定役員では対象が広くなりすぎることから、通算子法人の特定役員のすべてが退任した場合に限り、特定役員引継要件に抵触するという制度にすべきであろう。 このようなグループ全体で事業関連性要件及び事業規模要件を判定するという考え方は、持株会社を合併法人又は株式交換完全親法人とする吸収合併又は株式交換において、合併法人又は株式交換完全親法人の100%子会社を含めたうえで事業規模を判定することができるようになることから、組織再編税制においても導入すべきであると考えられる。 (2) 繰越欠損金 グループ通算制度の開始・加入において、時価評価課税の対象にならない法人は、当該法人の個別所得の範囲内でグループ通算制度の開始・加入前の繰越欠損金を使用することができるが、時価評価課税の対象になる法人がグループ通算制度の開始・加入前に有していた繰越欠損金は切り捨てられることになる(法法57⑥)。グループ法人税制の加入に伴う時価評価課税を導入した場合には、共同事業要件を満たさない法人が時価評価課税の対象になることから、不当な繰越欠損金の利用を防ぐために、グループ法人税制に加入する前に有していた繰越欠損金を切り捨てるべきである。 そして、時価評価課税の対象にならない法人についても、組織再編税制との整合性の観点から、支配関係が生じてから5年以内であり、かつ、みなし共同事業要件を満たさない場合には、一定の制度が設けられている(法法57⑧、64の6①、64の14①、法令112の2③④、131の8①②、131の19①②)。 このうち、支配関係発生日以後に新たな事業を開始した場合に繰越欠損金が切り捨てられ、かつ、特定資産譲渡等損失額の損金不算入が課された制度趣旨として、欠損金又は含み損を有する法人を買収して通算グループに加入させた後に、通算グループで行っていた黒字事業をその法人に移転すること又は新たに黒字事業を開始することによって特定欠損金の制度を潜脱することを防ぐためであると説明されている(※2)。さらに、多額の減価償却費が生じる場合についても、法定耐用年数が経済的耐用年数より短い等の理由により、多額の減価償却費を生み出す資産を有する法人を買収する租税回避を防ぐために、通算グループ内で生じた欠損金額について、損益通算の対象外としたうえで、特定欠損金として取り扱っている(※2)。 (※2) 藤田泰弘ほか『令和2年度税制改正の解説』908頁(財務省ホームページ) これらの取扱いは、グループ通算制度ならではの議論であり、組織再編税制において導入する必要はない。ただし、支配関係発生日以後に新たな事業を開始した場合の取扱いについては、グループ法人税制において導入する余地はある。 本連載で何度か触れたように、支配関係の定義を「発行済株式又は出資の総数又は総額の3分の2以上に相当する数又は金額の株式又は出資を保有する関係」としたうえで、グループ法人税制の対象を支配関係のある法人との取引にまで広げるべきであると考えている。このような制度になった場合には、支配関係発生日以後に新たな事業を開始した場合の取扱いと欠損等法人の制度(法法57の2)を整合性の保たれた制度にすべきであると考えられる(ただし、個人による支配関係が生じる場合があるため、欠損等法人の規制を完全に廃止することは難しいと思われる)。 * * * 次回では、グループ通算制度の離脱に伴う時価評価について解説する予定である。 (了)
〈令和2年分〉 おさえておきたい 年末調整のポイント 【第3回】 (最終回) 「ひとり親控除・寡婦控除及び所得金額調整控除に関するQ&A」 公認会計士・税理士 篠藤 敦子 シリーズ最終回は、年末調整実務について、本年分から適用される改正事項を中心にQ&A形式で解説を行う。 取り上げる事項は以下のとおりである。 なお、以下の拙稿にも年末調整に関係する事例を紹介しているので、あわせてご参照いただきたい。 (注) 上記の記事については、掲載後の税制改正等により、解説内容が現在の規定に基づくものとは異なるケースがある。過年度の記事内に順次コメントを入れるので留意していただきたい。 《ひとり親控除・寡婦控除①》 - 解 説 - 第2回【1】で解説したとおり、ひとり親控除の創設と寡婦控除の見直しに関しては、令和2年分に限り源泉徴収と年末調整で取扱いが異なる。令和2年分の源泉徴収は改正前の制度に基づいて徴収額を計算し、年末調整では改正後の制度に基づいて年税額を計算する(附則8⑦)。 このとき、改正前後で取扱いが変わる者は、令和2年の最後に給与等の支払を受ける日の前日までに、給与等の支払者に扶養控除等(異動)申告書を提出しなければならない(附則8③~⑤)。 第2回で確認したフロー図のとおり、改正前の寡夫に該当する者は、事実婚の状況になければ改正後のひとり親に該当する。この場合、年末調整時の申告は不要であるので、特段の手続なく年末調整でひとり親控除の適用を受けることができる。 なお、年末調整時の申告は不要であるが、控除額は改正前の寡夫控除(27万円)から、改正後のひとり親控除(35万円)に引き上げられているので、注意が必要である(所法81①)。 《ひとり親控除・寡婦控除②》 - 解 説 - ひとり親又は改正後の寡婦の要件には、事実婚の状況にないことが含まれている(所法2①三十イ(3)、ロ)。また、改正後は、すべての寡婦に合計所得金額500万円以下という所得要件が設けられている(所法2①三十イ(2)、ロ)。これらの要件を満たしていない場合には、令和2年分以後の所得税においてひとり親控除又は寡婦控除の適用を受けることはできない。 改正前後で取扱いが変わる具体的なケースについては、以下の拙稿をご参照いただきたい。 《所得金額調整控除①》 - 解 説 - 第1回【5】で解説したとおり、所得金額調整控除には2つの種類(①子ども等を有する場合の調整、②給与所得と公的年金等に係る雑所得の両方がある場合の調整)があり、①の調整は年末調整においても適用を受けることができる(措法41の3の3①②、41の3の4)。 年末調整で①の調整の適用を受ける場合、給与等の収入金額が850万円を超えるかどうかは、年末調整の対象となる主たる給与等のみを対象として判定することとされている。すなわち、年末調整の対象とならない従たる給与等(主たる給与等の支払者以外の給与等の支払者から支払を受けた給与等)は含めずに判定することになる。 よって、年末調整の対象となる主たる給与等が850万円を超えていなければ、年末調整で①の調整の適用を受けることはできない。 なお、確定申告においては、その年のすべての給与等の合計額により適用の有無を判定することになる。 《所得金額調整控除②》 - 解 説 - 2つの所得金額調整控除のうち②の調整は、年末調整で適用を受けることはできない(措法41の3の4①)。しかし、第2回【4】で解説したとおり、基礎控除申告書の合計所得金額を計算するときには、②の調整も考慮する。 また、基礎控除申告書において給与所得の金額を計算する場合には、年末調整の対象とならない従たる給与等も含めて計算した①の調整の額を控除する(※)。 (※) 年末調整において給与等の支払者が算出する①の調整は、年末調整の対象となる主たる給与等のみを対象として計算した額である。 本ケースの場合、基礎控除申告書の「本年中の合計所得金額の見積額」の計算過程は、次のとおりとなる。 《所得金額調整控除③》 - 解 説 - 所得金額調整控除(子ども等を有する場合の調整)は、給与等の収入金額が850万円を超える居住者のうち、次の(ア)から(ウ)のいずれかに該当する場合に適用される(措法41の3の3①)。 上記(イ)については、対象が控除対象扶養親族に限定されていないことから、16歳未満の扶養親族である子を有する場合にも適用を受けることができる。 また、第2回【4】にも記載しているが、所得金額調整控除は扶養控除とは異なり、要件を満たしていれば夫婦双方で適用を受けることができるという点にも注意しておきたい(所法85⑤、措通41の3の3-1)。 今回の改正点については、国税庁ホームページで公開されている下記FAQも参考にされたい。 (※) 本稿では、年末調整で使用する各申告書等を次のとおり表記する。 (連載了)
居住用財産の譲渡損失特例[一問一答] 【第6回】 「家屋の一部を賃貸している場合」 -店舗兼住宅等の居住用部分の判定- 税理士 大久保 昭佳 Q Xは2階建の家屋のうち、1階部分を自己の居住の用に供し、2階部分は他人に賃貸していました。 本年、その賃借人が立ち退いて直ぐに、その家屋をその敷地とともに売却したところ多額の譲渡損失が発生し、銀行で住宅ローンを組んで新宅を購入して、現在、居住の用に供しています。 他の適用要件が具備されている場合に、Xは当該譲渡について、「居住用財産買換の譲渡損失特例(措法41の5)」を受けることができるでしょうか。 A Xの居住用部分に対応する譲渡損失のみ、「居住用財産買換の譲渡損失特例」の適用を受けることができます。 ●○●○解説○●○● 賃貸していた部分は、居住の用以外の用に供されていることから、その賃貸に係る家屋部分とそれに対応する土地部分は、「居住用財産買換の譲渡損失特例」の適用を受けることができません(措通31の3-7(店舗兼住宅等の居住用部分の判定)、措通41の5の2-7(居住用財産を譲渡した場合の長期譲渡所得の課税の特例に関する取扱い等の準用))。 なお、この取扱い規定は、「特定居住用財産の譲渡損失特例(措法41の5の2)」についても準用されます(措通41の5の2-7(居住用財産を譲渡した場合の長期譲渡所得の課税の特例に関する取扱い等の準用))。 (了)
国外財産・非居住者をめぐる税務Q&A 【第47回】 「相続税の外国税額控除と日米相続税条約」 税理士 菅野 真美 - 質 問 - 私(無制限納税義務者)は、夫から相続により米国の不動産を取得しました。私の日本における相続税は、配偶者の相続税額の軽減により納税額は生じませんが、私も夫も米国の非居住者であることから米国において多額の遺産税が生じるようです。何かいい節税方法はありませんか。 ▷相続税の外国税額控除 相続税の外国税額控除とは、相続又は遺贈により取得した財産について、日本以外の財産所在地において、その地の相続税に相当する税が課されたときは、限度額の範囲内で、その課せられた税額が控除できるものである(相法20の2)。 その財産のある地の相続税に相当する税であることから、被相続人について、外国の相続財産についてその国以外の第3国で課された相続税額までは控除することが認められていない。 また、相続税に相当する税であることから、たとえば、相続税の代わりに被相続人の最終年度において時価で相続財産を譲渡したものとみなして税が課されるような制度の場合、その課された税は相続税というより譲渡所得税のようなものであるから相続税の外国税額控除の対象にはならないと考えられる。 外国財産の場合、評価額は現地通貨から円に換算しなければならないが、財産の場合は、相続開始時のTTB(売却時の為替レート)(評基通4-3)が基準であるが、外国税額控除の対象となる外国税額の場合は、その納付すべき日のTTS(取得時の為替レート)(相基通20の2-1)となる。 ▷控除限度額 所得税や法人税と同様に相続税の外国税額控除においても控除限度額がある。控除限度額は次の計算式で算出する(相法20の2、相基通20の2-2)。 したがって、配偶者の税額軽減の適用を受けた結果、納付すべき相続税額が0となった場合、相続税の外国税額控除を適用することはできない。 ▷実は相続税の外国税額控除を利用する相続人は少ない 所得税や法人税と比較すると相続税の外国税額控除の規定はシンプルであるが、実際に外国税額控除を適用した相続人はどのくらいいるのだろうか。国税庁が公表した平成30年度の統計情報によると、平成30年中に相続開始となった被相続人から財産を取得した者について、令和元年10月31日までに申告をした相続人のうち算出相続税額のあった相続人は315,925人であったが、そのうち外国税額控除の適用を受けた相続人は82人である。つまり、約0.026%と非常に少ない。しかし、外国税額控除額の総計が14億1,100万円であることから、相続人1人当たりの外国税額控除額は約1,700万円と高額になる。 国外財産を相続により取得した相続人の数はおそらく増加傾向にあるが、外国税額控除の適用を受けた相続人が少ないのは、相続財産に占める国外財産が少ないというよりも、高額な国外財産を持っている人が富裕層に偏っていることと、相続税が課せられる国が限定されることが考えられる。 ▷米国の遺産税 米国の相続のシステムは日本と異なり、相続により被相続人の財産がいったん遺産財団に移行するシステムなので、相続税の体系も遺産税体系となる。米国では連邦遺産税と州遺産税があるが、連邦遺産税の場合は、被相続人の生前の贈与と相続を合算してそこから基礎控除を差し引いて税額を計算することになる。 米国の居住者(又は市民権のある者)である被相続人の基礎控除額は、1,158万ドル(2020年)と巨額である。他方、非居住者の場合は6万ドルに限定される。日本に居住している日本人が米国に遺した財産に係る遺産税の基礎控除額は、連邦遺産税の原則に従うと6万ドルとなるから6万ドルを超える相続財産が米国にある場合は遺産税が課される可能性がある。 ▷日米相続税条約 日本は米国との間においては相続税や贈与税についての租税条約を締結している。相続税や贈与税に係る租税条約は米国に限定されている。この租税条約により米国の居住者(又は市民権のある者)に認められている基礎控除に2重課税となった米国の財産の価額が相続財産全体に占める割合を乗じて計算した金額までは控除が認められることになる(日米相続税条約4)。 この制度を利用することにより、米国での遺産税の納付額を減額させることは可能であるが、申告期限(原則、被相続人の死亡日から9ヶ月以内)に相続に関する情報を米国のIRS(内国歳入庁。日本の国税庁に相当)に提供する必要がある。 なお、日米相続税条約の適用を受けることができるのは連邦遺産税であり、州の遺産税には適用されない(日米相続税条約1(1)(a))。 * * * このような遺産税の減額で、税理士ができることは、日本の相続税の申告に必要な書類を集め、英文に翻訳して、現地の専門家に送付し、質問があったら対応することである。顧問先から相談があった場合は期限も決まっており、翻訳という追加作業もあることから早めに対応すべきである。 (了)