〔検証〕 適時開示からみた企業実態 【事例46】 株式会社島忠 「新型コロナウイルス感染拡大防止に伴う臨時休業及びテナント事業者支援についてのお知らせ」 (2020.4.9) 公認会計士/事業創造大学院大学准教授 鈴木 広樹 1 今回の適時開示 今回取り上げる適時開示は、株式会社島忠(以下、「島忠」という)が2020年4月9日に開示した「新型コロナウイルス感染拡大防止に伴う臨時休業及びテナント事業者支援についてのお知らせ」である。同社は、同日、「当社全従業員に対する、特別支援金の支給決定に関するお知らせ」も併せて開示している。 2020年4月7日に政府から緊急事態宣言が出され、その影響やそれへの対応に関する開示が数多くなされているが、今回取り上げる開示も、緊急事態宣言への対応に関するものである。 2 賃料請求せず 「新型コロナウイルス感染拡大防止に伴う臨時休業及びテナント事業者支援についてのお知らせ」では、最初に次のように記載されている。 そして、2020年の4月11日から5月6日までの間、緊急事態宣言対象地域の家具売場を休業するとしたうえで、テナント事業者に対して、休業期間中の賃料を一切請求しないとしている。 また、島忠のほかにも、イオンモール株式会社が、2020年4月2日、適時開示ではないが、ホームページ上に「テナント賃料減免について」を掲載し、3月と4月、テナントの賃料算定における月間最低保証売上高を撤廃するとしている(売上高に一定率を乗じて賃料を算定するうえでの最低保証売上高を撤廃するので、この場合も、休業で売上がゼロになれば、賃料もゼロになる)。 3 アルバイトにも支給 「当社全従業員に対する、特別支援金の支給決定に関するお知らせ」では、次のような目的から、全従業員に対して(定時社員やアルバイト社員にも)、総額452百万円の特別支援金を2020年4月24日(4月分給与支給日と同日)に支給するとしている。 島忠の2019年8月期の有価証券報告書によると、2019年8月末現在の従業員数は1,559人、2019年8月期1年間の平均臨時従業員数は2,899人である。それらの合計4,458人で452百万円を割ると、101,390円となるため、従業員1人当たり約10万円の特別支援金が支給されるようである。従業員にとって、かなり励みになるのではないだろうか。 このほか、役員報酬を減額することにした企業も多数ある。例えば、株式会社ラウンドワンは、2020年4月7日に「取締役報酬の自主返上に関するお知らせ」を開示し、2020年の4月から6月までの3月間、社外取締役・非常勤取締役を除く取締役の月額報酬の10%を減額するとしている。同社は、2020年の4月4日から5月6日までの間、国内の全ての店舗(緊急事態宣言対象地域以外も)を休業するとしている(2020年4月3日に「新型コロナウイルス感染拡大防止に伴う当社全103店舗臨時休業のお知らせ」を、4月7日に「新型コロナウイルス感染拡大防止に伴う臨時休業(全103店舗)、休業期間延長のお知らせ」を開示)。 4 戦争が終わった後 戦後生まれの筆者は戦争を経験したことがないが、現在の状況は戦時と似ているのかもしれない。最初の頃は皆が早く終わるだろうと思っていたが、なかなか終わらず、しかも状況はどんどんと悪くなっていく。『孫子』の中に「兵は拙速を聞く。未だ巧みの久しきを賭ず」という言葉があるが、政府はこの戦争を短期間で終わらせるよう努めるべきだった。長期戦に持ち込んでしまった政府の責任は重すぎる。 島忠は緊急事態宣言の2日後にこれらの開示を行っている。同社の2019年8月期の当期純利益は6,049百万円であり、特別支援金の総額452百万円は、同社にとって決して低い額ではない。短期間でかなり思い切った判断を下したと思う。比較するのはおかしいかもしれないが、政府とは対照的である。 もしかしたら、同社の株主の中には、同社のこうした対応は同社の利益を減らすことになるので、眉をひそめる者がいるかもしれない(いないだろうと思うが)。しかし、短期的にはそうであっても、長期的に見れば、同社の対応は間違いなく正しい。事業を継続するうえで最も大切なことは、利害関係者との信頼関係である。利害関係者には、取引先や従業員のほか、消費者や株主なども含まれる。 この戦争が終わった後、復活することができる企業、更に成長することができる企業は、そうした信頼関係を維持し続けられる企業だろう。自社だけが良ければという姿勢の企業や、工夫すれば、従業員の在宅勤務が可能であるのに、その検討すらしないような企業は、この戦争を機に淘汰されてしまうだろう。 (了)
《速報解説》 債権法改正に伴う「国税通則法基本通達(徴収部関係)」及び 「国税徴収法基本通達」の一部改正について 弁護士 下尾 裕 本稿においては、国税庁が令和2年4月1日付(ホームページ公表は4月7日)で公表した「国税通則法基本通達(徴収部関係)」(以下「通基通」という)及び「国税徴収法基本通達」(以下「徴基通」という)の一部改正の概要について解説を行う。 これら基本通達の改正は、基本的に令和2年4月1日より全面施行された民法(債権法)改正(平成29年法律第44号に基づく民法改正。以下「債権法改正」といい、改正前の民法を指して「改正前民法」という)、並びに、債権法改正を前提に改正された国税通則法(以下「通法」という)及び国税徴収法の各内容を踏まえ、各通達の内容をこれらの法改正に沿ったものに変更するとともに、数字や接続詞の表記を一部改めたものである。 債権法改正の多くは、これまで判例・通説により形成されてきた民法上の考え方を法律において明記するものであることから、上記通達においても実質的改正にわたるものは多くない。そこで、以下においては、実質的な改正を含む箇所に重点を置いて、その概要を解説する。 なお、各通達の改正後も、令和2年3月31日以前に生じた権利及び納税義務等については、なお従前の例によることとされている。 1 通基通関係 (1) 連帯納税義務における相対効の原則 国税の連帯納付義務については民法における連帯債務等の規定が準用されるところ(通法第8条)、債権法改正においては、連帯債務者のうち1人の債務者に生じた債務の消滅、請求、消滅時効完成等の効力は他の連帯債務者にも影響を及ぼすものとされていた改正前民法の考え方を改め、債務履行による債務消滅以外の事由については、原則として他の債権者に影響を及ぼさないこととされた(相対効の原則)。 これを踏まえ、通基通第8条関係から第9条の3関係等においては、連帯納税義務においても相対効が原則となることを明らかにするとともに、これに伴う改正が行われた。 (2) 債権者代位権等の取扱い 国税の徴収においては、債権者代位権及び詐害行為取消権に関する民法の規定が準用されるところ(通法第42条)、債権法改正においては、従前の判例により確立した考え方を明文化するとともに、従前、争いのあった事項について一定の整理がなされた。また、特に債権者取消権の行使要件については、同様の制度である破産法上の否認権の要件に沿って行使要件を整備するなどの改正が行われた。 これを踏まえ、通基通第42条関係においては、これら債権法改正の内容を踏まえた改正が行われた。 (3) 保証人に対する通知等 国税の保証人についても民法の保証に関する定めの適用があるところ、債権法改正においては、保証人保護の観点から、保証人からの請求があった場合や個人保証の主債務者が期限の利益を喪失した場合に、債権者からの一定の情報提供を行うべき義務に関する規定が新設された。 これを踏まえ、通基通においても、第49条関係、第50条関係及び第52条関係において、当該情報提供義務を踏まえた改正が行われた。 (4) 国税の徴収権の消滅時効に関する概念等の整理 国税の徴収権の消滅時効については、消滅時効に関する民法の規定が準用されているところ(通法第72条第3項)、債権法改正においては、改正民法における時効の中断及び停止の概念を整理した上、新たに時効の完成猶予及び更新の定めを設けるなどの改正が行われた。 これを踏まえ、通基通においては、第72条関係及び第73条関係において、時効の完成猶予及び更新の定めを踏まえた改正を行った。 2 徴基通関係 徴基通においては、上記連帯債務に関する改正(第62条関係)、債権者代位権等に関する改正(第47条関係)、及び、消滅時効に関する改正(第19条関係、第24条関係等)、並びに、債権法改正において瑕疵担保責任が「契約不適合」による責任と整理されたこと等による所要の改正(第15条関係21等)のほか、主に以下の改正がなされている。 なお、徴基通においては、相続法改正(平成30年法律第72号に基づく民法改正)により配偶者居住権が新設されたことによる改正(第106条関係)も一部盛り込まれている。 (1) 譲渡禁止特約付債権の譲渡に関する規律 改正前民法においては、債権譲渡禁止特約に反する債権の効力は悪意・重過失の譲受人との関係では無効と解されていたが、債権法改正により当該譲渡自体は有効と整理された上、悪意・重過失の譲受人に対しては弁済を拒絶できるに過ぎないものとされた(民法第466条第2項及び第3項)。 これを踏まえ、徴基通第62条関係(13及び14)では、上記内容を踏まえた改正が行われた。 (2) 債権取立てに係る履行時間 改正前民法は、債権取立ての履行時間について特段の定めを置いていなかったところ、債権法改正により、法令等に取引時間の定めがある場合にはその時間内に限り取立て等を行うことができる旨の定めが新設された(民法第484条第2項)。 これを踏まえ、徴基通第67条関係(9ー2)では、上記内容を踏まえた改正が行われた。 (了)
《速報解説》 監査基準委員会報告書510「初年度監査の期首残高」等 5つの報告書が意見募集を経て改正される ~各監査報告書文例の「限定付適正意見の根拠」に限定付適正意見とした理由等を追加~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2020年4月9日付けで(ホームページ掲載日は2020年4月17日)、日本公認会計士協会は次のものを公表した。 これにより、2020年2月25日から意見募集していた公開草案が確定することになる。なお、公開草案に対して特段のコメントは寄せられなかったとのことである。 これは、2019年9月3日付けの監査基準改訂の内容を反映させるために、主として、各監査基準委員会報告書の監査報告書の文例における限定付適正意見の根拠区分に、除外事項に関し重要性はあるが広範性はないと判断し限定付適正意見とした理由の記載を追加する改正である。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 「除外事項付意見の監査報告書の文例」において、「この影響は・・・・・・・である。したがって、財務諸表に及ぼす影響は重要であるが広範ではない。」という記載が追加されている。 当該記載に関して、「・・・・・・・」には、重要ではあるが広範ではないと判断し、不適正意見ではなく限定付適正意見とした理由又は意見不表明ではなく限定付適正意見とした理由を、財務諸表利用者の視点に立って分かりやすく具体的に記載すると説明されている。 広範性の判断の記載に当たっては、監査基準委員会研究報告第6号「監査報告書に係るQ&A」Q1-6「除外事項の重要性と広範性及び除外事項の記載上の留意点」を参照する。 Ⅲ 適用時期等 2020年3月31日以後終了する事業年度に係る監査から適用する。 2020年9月30日以後終了する中間会計期間に係る中間監査から適用する(監査基準委員会報告書570「継続企業」)。 (了)
《速報解説》 会計士協会「監査ツール」の改正(公開草案)を公表 ~監査上の主要な検討事項(KAM)の解説を追加、様式の新設も~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2020年4月17日、日本公認会計士協会は、「監査基準委員会研究報告第1号「監査ツール」の改正について」(公開草案)を公表し、意見募集を行っている。 これは、監査基準委員会報告書701「独立監査人の監査報告書における監査上の主要な検討事項の報告」の新設及び関連する監査基準委員会報告書の改正(2019年2月)並びに監査基準委員会報告書610「内部監査の利用」の改正及び同315「企業及び企業環境の理解を通じた重要な虚偽表示リスクの識別と評価」等の改正(2019年6月)を受けたものである。 意見募集期間は2020年5月18日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 1 監査上の主要な検討事項(KAM)に関する見直し 監査上の主要な検討事項(KAM)について、解説を本文80項から86項に集約及び追加するとともに、様式11として「監査上の主要な検討事項と監査上の対応の立案」を新設する。 2 監査基準委員会報告書610「内部監査人の作業の利用」及び同315「企業及び企業環境の理解を通じた重要な虚偽表示リスクの識別と評価」 監査基準委員会報告書610「内部監査人の作業の利用」について、本文46項及び様式3-9を全面的に見直している。 監査基準委員会報告書315「企業及び企業環境の理解を通じた重要な虚偽表示リスクの識別と評価」について、本文46項にその旨を追加するとともに、様式3-1の見直しを行っている。 監基報315等の改正より、財務諸表における注記事項の重要性の高まりを踏まえて、本文及び様式について見直しを行っている。 (了)
《速報解説》 国税庁、法人税基本通達等の改正により コロナ被災の取引先支援に自然災害時の取扱いを適用する旨を追記 Profession Journal編集部 新型コロナウイルス感染拡大やそれを受け発令された政府の緊急事態宣言によって、経営の見通しが立たず苦境に陥る企業や事業者が多い中、国税庁は4月13日付けで法人税基本通達等を一部改正し、取引先支援を行った法人に対し災害時の取扱いが適用されることを明らかにした。 通常、得意先等の取引先(※)に対する売掛債権等を免除した場合には、その免除による損失は寄附金や交際費等とみなされるが、自然災害を受けた取引先に対し、その復旧を支援することを目的とした免除については、寄附金や交際費等に該当しないものとして取り扱うことができる。また、被災した取引先への災害見舞金や、下請企業の従業員等のために支出する見舞金品も交際費等には該当しないとされる。 (※) 「得意先等の取引先」には、得意先、仕入先、下請工場、特約店、代理店等のほか、商社等を通じた取引であっても価格交渉等を直接行っている場合の商品納入先など、実質的な取引関係にあると認められる者を含む。 具体的には下記の通達によってこれらの取扱いが示されている。 上記の項目は阪神・淡路大震災が発生した平成7年の通達改正で創設されたものだが、今回の改正では、各項目に注書きとして以下のような追加が行われた(連結納税関係も同様)。 これにより今回の感染症の影響で経営危機に陥っている取引先に対し、売掛金、未収請負金、貸付金などの全部又は一部を免除したことによる損失は、寄附金や交際費等に該当しないこととされる。 一部地域のみ甚大な影響を及ぼす自然災害とは異なり、感染症の影響は全国に及んでいるため、この状況下で経営の安定している企業自体限られるかもしれないが、金融機関からの追加融資や政府からの資金援助が実行されるまで一定の時間を要する中、売掛債権等の免除による取引先支援を行うことは、結果的に自社の経営の安定につながるとも考えられよう。 (了)
《速報解説》 金融庁、新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえた企業決算・監査及び株主総会について 柔軟かつ適切な対応を求める声明を公表 ~継続会開催による対応を提案~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2020(令和2)年4月15日、金融庁に設置された新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえた企業決算・監査等への対応に係る連絡協議会は、「新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえた企業決算・監査及び株主総会の対応について」を公表した。 これは、2020(令和2)年4月14日の「新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言を踏まえた有価証券報告書等の提出期限の延長について」に続くものであり、主に、3月期決算の場合に通常6月末に開催される株主総会の運営に関するものである。 また、同日、日本公認会計士協会は、「新型コロナウイルス感染症に関連する監査上の留意事項(その3)」を公表し、上記の金融庁の公表に関する注意喚起を行っている。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 株主総会運営 新型コロナウイルス感染症の拡大下における決算業務及び監査業務に際して、当初予定したスケジュールの形式的な遵守に必要以上に拘泥することは、関係法令が確保しようとした実質的な趣旨をかえって没却することにもなりかねないとの危機意識から、以下の点を踏まえつつ、柔軟かつ適切に対応していくことを求めている。 Ⅲ 企業及び監査法人 企業及び監査法人においては、有価証券報告書、四半期報告書等の提出期限について、9月末まで一律に延長する内閣府令改正が行われること等を踏まえ、従業員や監査業務に従事する者の安全確保に十分な配慮を行いながら、例年とは異なるスケジュールも想定して、決算及び監査の業務を遂行していくことが求められている。 Ⅳ 投資家 投資家においては、投資先企業の持続的成長に資するよう、平時にもまして、長期的な視点からの財務の健全性確保の必要性などに留意することが求められるとともに、各企業の決算や監査の実施に係る現下の窮状を踏まえ、上記の定時株主総会・継続会の取扱い等についての理解が求められている。 (了)
2020年4月16日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.365を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
日本の企業税制 【第78回】 「緊急経済対策における税制上の措置」 一般社団法人日本経済団体連合会 経済基盤本部長 小畑 良晴 〇過去最大規模の緊急経済対策 4月7日、新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく緊急事態宣言が発令されるとともに、事業規模は過去最大の108兆円にのぼる新型コロナウイルス感染症緊急経済対策が閣議決定された。 これは新型コロナウイルス感染症の拡大を受け、I.感染拡大防止策と医療提供体制の整備及び治療薬の開発、Ⅱ.雇用の維持と事業の継続、Ⅲ.次の段階としての官民を挙げた経済活動の回復、Ⅳ.強靭な経済構造の構築、Ⅴ.今後への備え、を5つの柱として、様々な施策が盛り込まれている。 今回の経済対策に盛り込まれている税制上の措置では、新型コロナウイルス感染症のわが国社会経済に与える影響が甚大なものであることに鑑み、感染症及びその蔓延防止のための措置の影響により厳しい状況に置かれている納税者に対し、緊急に必要な税制上の措置を講ずることとしている。 具体的には、国税に関しては、納税の猶予制度の特例、欠損金の繰戻しによる還付の特例、テレワーク等のための中小企業の設備投資税制、住宅ローン控除の適用要件の弾力化、文化芸術・スポーツイベントを中止等した主催者に対する払戻請求権を放棄した観客等への寄附金控除の適用、消費税の課税事業者選択届出書等の提出に係る特例、特別貸付けに係る契約書の印紙税の非課税が盛り込まれた。 また地方税に関しては、国税と同様の措置(納税猶予、寄附金控除、住宅ローン)の他、中小事業者等が所有する償却資産及び事業用家屋に係る固定資産税及び都市計画税の軽減措置、生産性革命に向けた固定資産税の特例措置の拡充・延長、自動車税・軽自動車税環境性能割の臨時的軽減の延長、耐震改修した住宅に係る不動産取得税の特例措置の適用要件の弾力化が盛り込まれた。 なお、本特例の実施については、関係法案が国会で成立すること等が前提となる。 〇納税の猶予 イベントの自粛要請や入国制限措置など、新型コロナウイルスの感染拡大防止のための措置に起因して多くの事業者の収入が急減しているという状況を踏まえ、収入に相当の減少があった事業者の国税・地方税及び社会保険料について、無担保かつ延滞税なしで1年間、納付を猶予する特例を設けることとされた。 現行制度においても、一定期間(原則1年)において大幅な赤字が発生した場合に納税を猶予する制度はあるが、適用を受けるには、原則として担保の提供が必要であり、延滞税は軽減される(1.6%)ものの支払いが必要である。 今回の特例措置では、具体的には、本年(2020年)2月以降の一定期間(1ヶ月以上)において収入が前年同期比で概ね20%以上減少した場合、法人税や消費税、固定資産税など基本的に全ての税目及び社会保険料について、無担保かつ延滞税なしで1年間納税を猶予する措置を実施することとされている。 〇欠損金の繰戻し還付の特例 納税猶予と同様の趣旨から、資本金1億円超10億円以下の企業に生じた欠損金について、欠損金の繰戻しによる法人税等の還付制度の適用を可能とする。 現行法では、中小企業(資本金1億円以下)のみが繰戻し還付の対象であるところ、中堅企業(資本金1億円超10億円以下)の法人について繰戻し還付を認める(2020年2月1日から2022年1月31日までに終了する事業年度)。 〇テレワーク等のための中小企業の設備投資税制 新型コロナウイルス感染症の拡大により顕在化した社会的課題に対応する非対面・非接触ビジネスを促進するため、平成31年度税制改正で2年延長された中小企業経営強化税制に新たな類型を追加する措置が講じられる。 新たな類型として、事業プロセスの遠隔操作、可視化、自動制御化のいずれかを可能とする設備を取得した場合、即時償却又は7%(資本金3,000万円以下の法人は10%)の税額控除ができる。 対象設備の金額要件は、機械・装置は160万円以上、工具は30万円以上、器具備品も30万円以上、建物附属設備は60万円以上、ソフトウェアは70万円以上である。 〇チケットの払戻請求権放棄について寄附金控除の対象化 政府の自粛要請を踏まえて一定の文化芸術・スポーツイベントを中止等した場合に、当該イベントの入場料等について、観客等が払戻請求権を放棄した場合は、当該放棄した金額について、所得税の寄附金控除(所得控除又は税額控除)の対象とする(住民税でも対応)。なお、この特例を用いた寄附金控除の対象金額は20万円を上限とする。 また、この適用を受けるには、確定申告の際、特例対象のイベントであることを証明するものと払戻請求権を放棄したことを証明するものを添付する必要がある。 〇住宅ローン控除の適用要件の弾力化 従前の住宅ローン控除制度は、毎年末の住宅ローン残高又は住宅の取得対価のうちいずれか少ない方の金額の1%が10年間にわたり所得税の額から控除され、所得税からは控除しきれない場合には、住民税からも一部控除されることとなっていた。加えて、消費税率10%が適用される住宅の取得をして、2019年10月1日から2020年12月31日までの間に入居した場合には、控除期間が3年間延長されている。 今回の措置では、新型コロナウイルス感染症の影響による住宅建設の遅延等への対応として、本年(2020年)12月末までに入居できなかった場合でも、①新型コロナウイルス感染症の影響によって新築住宅、建売住宅、中古住宅又は増改築等を行った住宅への入居が遅れたこと、②一定の期日(新築の場合は2020年9月まで、建売住宅・中古住宅の取得、増改築等の場合は2020年11月末まで)に契約を行っていること、③2021年12月末までに②の住宅に入居していること、という3要件を満たせば、控除期間が13年に延長されている制度を適用できることとされている。 〇耐震改修した住宅に係る不動産取得税の特例措置の適用要件の弾力化 現行制度では、耐震基準不適合既存住宅について、その取得の日から6ヶ月以内に耐震改修を行い、耐震基準に適合することにつき証明を受け、かつ入居した場合に、当該住宅が新築された時点に応じて一定の額に税率を乗じて得た金額を減額することとされている。 今回の措置では、前記住宅ローン控除と同様に、新型コロナウイルス感染症の影響によって入居の時期が遅れた場合を念頭に、①新型コロナウイルス感染症の影響によって耐震改修した住宅を居住の用に供することとなった日が取得の日から6月を経過する日後になったこと、②耐震改修に係る工事の請負契約を住宅取得の日から5月を経過する日又は法律の施行の日から2月を経過する日のいずれか遅い日までに締結していること、③耐震改修に係る工事の終了後6月以内に当該住宅を居住の用に供すること、という3要件を満たせば、2021年度末入居分まで、この不動産取得税の特例が適用されることとされている。 〇固定資産税・都市計画税の軽減措置 中小事業者の税負担を軽減するため、本年2月~10月までの任意の3ヶ月間の売上高が、前年の同期間と比べて、50%以上減少している中小事業者について、その有するすべての償却資産と事業用家屋を対象に、その2021年度の固定資産税及び都市計画税の全額を免除(売上高の減少が30%~50%の場合、1/2を免除)することとされた。なお、すでに課税が行われている2020年度の固定資産税及び都市計画税については、前記の納税猶予で対応する。 このような制度創設とともに、既存の制度の拡充も行われる。 現在、中小企業が新たに投資した設備(一定の生産性向上に資する機械装置・器具備品・工具・建物附属設備)については、自治体の定める条例に沿って、投資後3年間、固定資産税が免除ないし2分の1まで軽減することとされている。本年2月末現在で、この制度の適用の前提となる導入促進基本計画を策定し国の同意を受けた市町村は全国で1646自治体を数え、このうち1642自治体が固定資産税を免除している。 今回の特例では、この制度の対象に、事業用家屋(取得価額の合計額が300万円以上の先端設備とともに導入されたもの)と構築物(旧モデル比で生産性が年平均1%以上向上するもの)を追加するとともに、適用期限を2年延長する(2021年3月末→2023年3月末)。 〇自動車税・軽自動車税環境性能割の臨時的軽減措置の延長 消費税率10%引上げに伴う臨時措置として、2019年10月から2020年9月末までに購入された自家用自動車・軽自動車については、自動車税・軽自動車税の環境性能割の税率1%分を引き下げる措置が講じられているところである。 今回の措置ではこの臨時措置について、国内の自動車需要を支える観点から、軽減期間を2021年3月まで6ヶ月延長することとされた。 (了)
相続税の実務問答 【第46回】 「新型コロナウイルス感染に伴う申告期限の延長」 税理士 梶野 研二 [答] お兄様については、国税通則法第11条の規定により、相続税の申告期限を延長することができますので、「災害による申告、納付等の期限延長申請書」を提出してください。 また、お母様及びあなたの申告期限についても、申告期限の延長が認められるものと思われますので、所轄の税務署にご相談ください。 ● ● ● ● ● 説 明 ● ● ● ● ● 1 相続税の申告書の提出期限とその延長 被相続人から相続や遺贈により財産を取得した者(相続時精算課税適用者を含みます)で相続税の申告の必要のある者は、その相続の開始があったことを知った日の翌日から10ヶ月以内に課税価格、相続税額などを記載した相続税の申告書を納税地の所轄税務署長に提出しなければなりません(相法27)。 ところで、災害その他やむを得ない理由により、相続税などの国税に関する申告、申請、請求、届出その他書類の提出、納付又は徴収に関する期限(以下「申告書等の提出期限」といいます)までにこれらの行為をすることができないと認められる場合には、国税庁長官、国税局長、税務署長等は、その理由のやんだ日から2ヶ月以内に限り、当該期限を延長することができることとされています(通法11)。 この「災害その他やむを得ない理由」とは、国税に関する法令に基づく申告、申請、請求、届出、その他書類の提出、納付又は徴収に関する行為の不能に直接因果関係を有するもので、おおむね次に掲げる事実をいうものと解されています(国税通則法基本通達(徴収部関係)第11条関係1)。 新型コロナウイルス感染症に関しては、これまでの災害時のように資産等への損害や帳簿書類等の滅失といった直接的な被害が生じるものではありませんが、この感染症の患者が把握された場合には、その者が軽症であっても入院を余儀なくされ、また、濃厚接触者に対する外出自粛の要請等が行われるなど、自己の責めに帰さない理由により、その期限までに申告・納付等ができない場合も考えられ、このような理由は、「災害その他やむを得ない理由」に該当すると考えられます。 したがって、新型コロナウイルス感染症の感染等により、相続税の期限内申告ができないと認められる場合には、申告期限の延長が認められることとなります。 2 申告書等の提出期限の延長の方法 この申告書等の提出期限の延長については、次の3つの方法が定められています(通令3①②③)。 上記③の場合の申請は、災害その他やむを得ない理由がやんだ後相当の期間内に、その理由を記載した書面(「災害による申告、納付等の期限延長申請書」)により行うこととなります(通令3④)。 《参考》 「災害による申告、納付等の期限延長申請書」の様式 3 ご質問の場合 新型コロナウイルス感染症に関しては、上記2の②の場合に該当するとして、所得税、贈与税及び消費税の申告書の提出期限などが延長されました(令和2年3月6日国税庁告示第1号)が、相続税に関しては、これまでのところ上記2の①又は②の指定はされていません。そこで、上記2の③に該当すると認められる場合には、納税者は、個別に相続税の申告書の提出期限の延長の申請をすることとなります。 新型ウイルス感染症は、猛烈な勢いで感染が拡大しており、その症状が現れた者は長期にわたって隔離状態におかれ、症状が現れていないとしても、自宅待機を余儀なくされ、社会活動に大きな制約を受けることとなり、国税の申告等の手続きを行うことが困難となります。 ご質問の場合、お兄様については、相続税の申告期限が迫った時点で、新型コロナウイルス感染症に感染し、現在、隔離状態に置かれており、他人との接触ができず、そのために相続税法に定める申告書の提出期限である4月28日までに申告することが難しくなったとのことですから、相続税の申告期限の延長が認められるものと思われます。申告期限の延長を申請する場合には、新型コロナウイルス感染症の陰性が確認されるなど通常の生活ができるようになった後、速やかに「災害による申告、納付等の期限延長申請書」を納税地の税務署長に提出する必要があります。 また、お母様及びあなたについては、直接、新型コロナウイルス感染症に感染したわけではありませんが、新型コロナウイルス感染症に感染したお兄様のもとに相続税の申告に必要な資料があることなどから、相続税の期限内申告ができないとのことです。新型コロナウイルス感染症に関しては、関与税理士等の感染や同感染症により税理士事務所の通常の業務体制が維持できなくなったことなどから国税の期限内申告が困難となった場合なども、申告書等の提出期限の延長の対象とされます(注)。 ご質問の場合もこれらの場合に類似した状況にあり、申告期限の延長が認められる余地があるものと思われますので、所轄税務署にご相談ください。なお、申告期限の延長の申請をする場合には、お兄様と同様の手続きをとる必要があります。 (「国税における新型コロナウイルス感染症拡大防止への対応と申告や納税などの当面の税務上の取扱いに関するFAQ」(令和2年3月・国税庁)より) (注) 今回の実務問答は、令和2年4月10日現在の法令及び取扱いに基づいています。 なお、令和2年4月14日に国税庁から「相続税の申告・納付期限の個別指定による期限延長手続に関するFAQ」が公表されましたので、参考にしてください。このFAQによれば、延長申請をする場合には、「災害による申告、納付等の期限延長申請書」の提出に代えて、申告書の余白に「新型コロナウイルスによる申告・納付期限延長申請」である旨を付記するだけでよいとされています。 (了)
〈ポイント解説〉 役員報酬の税務 【第13回】 「業績悪化時におけるストック・オプション制度導入メリット」 税理士 中尾 隼大 ○●○● 解 説 ●○●○ (1) ストック・オプションとは ストック・オプションとは、新株予約権の一種であり、役員や従業員に対し付与されるものである。その目的は、役務提供の対価としての付与であり、付与された役員や従業員にとっては、自らが努力することで企業価値等が向上し、インセンティブを得られるという設計となっている。これに対して、発行法人側にとっても、資金をあまり費やさずに有能な人材を確保できるという点がメリットとして認識されている。 ストック・オプションは平成9年5月の商法改正によって我が国に導入された制度であり、幾度かの改正を経て、現在では、①業績連動型ストック・オプション(通常型といえる)、②株式報酬型ストック・オプション、③有償ストック・オプションの3種に大別されると考えられ、①と②が無償、③が有償であるという区分も可能である。 なお、②については、譲渡制限株式(※1)の代替としての存在価値があると考えられている。これは、①の業績連動型ストック・オプションのうち、通常は行使価格を1円と設定することで、事実上、株式自体を報酬として付与している効果を生み出すものである。 (※1) このうち、リストリクテッド・ストックについては、【第4回】参照。 (2) 付与対象者個人の課税関係 最も分かりやすいのは、有償で購入する場合の取扱いである。この場合は、通常の有価証券と同じく、売却時において払込価額と売却価額の差額に課税される。 これに対して、上記①と②の無償で付与されるストック・オプションは、税制適格に該当するか否かでその取扱いが異なる。具体的には、以下に要件を掲げている税制適格ストック・オプションに該当した場合、その付与された個人は権利行使時に課税がなされず、株式の売却時まで課税が繰り延べられることとなる。 なお、上記②の株式報酬型ストック・オプションは、上記の通り通常、権利行使価額を1円と設定されることが多く、以下の要件5を充足せずに税制適格とはならない(※2)。 (※2) 国税庁の文書回答事例「権利行使価格が1円である新株予約権(ストックオプション)を付与された場合の税務上の取扱いについて」にて、付与時ではなく、権利行使時に課税される旨が明らかにされている。 【個人の課税関係まとめ】 (※) その付与が、役員の退職に起因するものであると認められる場合には退職所得となる(所基通23~35共-6(2))。 (3) 発行法人側の課税関係 (2)の通り、個人に付与される無償のストック・オプションは税制適格となるか否かで所得税の取扱いが異なっているが、この適格・非適格の判断は、法人税の所得計算においても影響がある。すなわち、ストック・オプションに係る発行法人側の処理は、その費用の額に係る損金算入の可否及び時期が主要論点となるが、税制非適格ストック・オプションの場合、法人が個人から役務提供を受け、その対価として新株予約権を交付した場合、その個人について「給与等課税事由」が生じた日において役務提供を受けたものとして法人税法が適用される(法法54の2①)(※3)。 (※3) この「役務提供」とは、所得税法に規定する給与所得、事業所得、退職所得及び雑所得とされる(法令111の3②)。 これに対して、会計上の取扱いを確認すると、無償のストック・オプションである限り「ストック・オプション等に関する会計基準」が適用され、付与日から権利確定日にかけて費用処理されていくこととなる。すなわち、会計上は権利確定日までに費用処理するのに対し、税務上は権利行使の日の属する事業年度で損金算入される。 このうち、本稿で前提とする付与者が役員である場合においては、平成29年度税制改正を経て、事前確定届出給与か業績連動給与の損金算入要件を充足する限りストック・オプション費用の損金算入が認められることとされた(法法34)。 一方、税制適格ストック・オプションに関しては、「給与等課税事由」が生じないため、ストック・オプション費用が損金算入される機会はない。この理由として、税制非適格である場合は付与された役員等個人が権利行使時に課税されることに対し、「裏表」の考え方であると整理する論考がある(※4)。 (※4) 佐藤修二「人的資本の拠出者に対する課税」『現代租税法講座 第3巻 企業・市場』(日本評論社、2017)78頁。もっとも、佐藤氏はこのような「裏表」の考え方について、課税当局の発想としては理解できないわけではないが、理屈の上ではそのような必然性はない旨を述べている。 また、有償のストック・オプションに関する費用は、「当該役務の提供の対価として当該個人に生ずる債権をもって相殺される」という条件に該当しないため、損金算入できないと思われる(法法54の2①)。 (4) 業績悪化時に導入するメリット 以上がストック・オプションに関する税務上の取扱いの概要であるが、企業の業績悪化時にも導入するメリットがある。 まず、従来から金銭での役員報酬のみ支給していた企業にとって、ストック・オプション制度を導入することで役員報酬のキャッシュアウトと費用計上の両面において軽減されることが見込まれる。 次に、ストック・オプション費用自体が少なくなることが見込まれる。ストック・オプション等に関する会計基準では、上記のように「付与日における公正な評価額を付与日から権利確定日までの期間にわたって費用処理」することが求められている。したがって、一般的には業績悪化時に株価が下落するため、ストック・オプション費用計上額が少なくなり、キャッシュアウトも発生しない。 また、株価下落時には、上場企業は自社株買いを行うことがある。したがって、将来的な権利行使時において、取得した自社株式を消却せずに交付することもできるだろう。 もっとも、導入する場合、個人側は主に税制適格か否か、法人側は損金算入可否とその後のインセンティブ効果をも検討する必要がある。ストック・オプションは権利行使をしなければ全く意味のないものとなるため、付与された役員は権利行使価額を上回るための努力を行うことが見込まれ、その努力は企業価値や株価上昇に結び付く。これがインセンティブが働くということである。 例えば、業績連動型ストック・オプションの場合、税制適格とするなら年間権利行使合計額が1,200万円以下という要件があるため、インセンティブはある程度限定的となる。加えて、「上場ゴール株」と呼ばれるチャートに見られるような株価下落の一途を辿っている状況で、株価より権利行使価額が大きく上回っていれば、役員のモチベーション維持が困難かもしれない。 これに対して、株式報酬型ストック・オプションであれば、権利行使価額が通常1円と設定されるため、業績悪化による株価下落局面においてもインセンティブが働くことが見込まれる。しかし、上述のように法人の所得計算において損金算入できないというデメリットもある。 ストック・オプション制度導入を検討するタイミングが株価下落局面の場合、インセンティブ効果を重視するならば株式報酬型ストック・オプションが相対的に適切ではないかと考える。ストック・オプション制度導入においては、このようなメリットデメリットを考慮しながら、その法人に合った制度を構築する必要があるといえるだろう。 (了)