これからの国際税務 【第15回】 「デジタル経済下での市場国課税権の拡大」 -過去の移転価格ルール改定からみた作業計画の本質- 21世紀政策研究所 国際租税研究主幹 青山 慶二 1 デジタル課税ルールについての長期的解決策の見通し デジタル経済への国際課税ルールについては、去る6月のG20サミットで、市場国の課税権を拡大する方向での作業計画への支持が表明され、2020年の最終報告に向けOECDでの細部の検討が行われている。 本稿では、課税権の配分に関し市場国の発言権が拡大してきた沿革を振り返り、今回のデジタル経済対応を契機とした課税ルールの見直しは、突然出現したものではなく、これまでのルール改定のトレンド、特に独立企業原則の下での移転価格ルールの見直しの延長線上に位置づけられることを確認するものである。 2 市場の特性を考慮した移転価格税制における課税権配分の検討 最初にこのテーマが論じられたのは、低コストの製造地開拓に伴い享受する利益(ロケーションセービングがもたらす超過利益)を親会社所在地と製造地のどちらが享受するかという場面であった。この場合は、コスト削減に伴い発生する超過利益は、完全競争条件下においては先行企業に与えられる経過的な利益に過ぎないとして、製造地における独立企業間比較対象取引の選択を適正に行うことにより、いわば片側検証によって製造地への所得配分問題は解決されると整理された。 次に登場したのが、製造地を超えて市場提供国の有利な諸条件がもたらす超過収益の帰属をめぐる議論である。2010年代に入って国連の税の専門家委員会で中国によって初めて提起された課題であり、市場の特性を市場管轄地に所在する無形資産と実質的に同視して、超過収益に対する課税権配分を市場国に配分するよう求める主張であった。 ここで主張された超過収益の源となる市場の特性には、市場国が設定する政府規制や顧客のブランド志向、更には高度成長下での旺盛な購買力など、他の市場にみられない有利な市場条件(ロケーション・スペシフィック・アドバンテージ)全般が視野に入れられており、それが生み出す他の市場と差別化される超過収益について、現地の販売子会社への帰属を求めるものであった。なお、この過程においては、無形資産の所有権は、使用される地域(特許権などのケース)や顧客の評価(ブランドなどのケース)によって所得源泉地に徐々に移転するという理論構成も併せて主張されている。 この問題はその後OECDの移転価格ガイドラインでも取り上げられることとなったが、その処方箋については、基本的にはロケーションセービングと同様、比較対象取引の選択(この場合には販売機能に関する独立企業間取引の選択)により解決されるべきと、伝統的な移転価格の片側検証メカニズムの下で総論的には整理されている。ただし、中国は国連の移転価格マニュアルにおいて、国内法上独自の課税手法を採用することにつき留保している。 3 電子経済課税で検討されている市場国課税権 現在OECDで検討されている作業計画では、電子経済対応の第1の柱として、ネクサス(課税上のつながり)と利益配分に関する国際ルールの改定を目指す中で、ユーザー参加或いはマーケティング上の無形資産を根拠として、市場国への超過収益に対する新たな課税権配分を模索している。 米国が主張するマーケティング上の無形資産を根拠とする提案は、ブランド等につき市場国での一定の無形資産価値を認めたうえで超過収益の一部をそれに帰属させるとするものであり、上記のロケーション・スペシフィック・アドバンテージへの課税権付与を部分的にではあるが追認するものといえる。この整理は、移転価格税制を巡るこれまでの経緯との連続性も認められないわけではなく、課税権配分に関し専門家の理解を比較的得やすいとも考えられる。 ただし、電子経済は物理的なネクサスを必要としないため、ネクサスの有する市場国での個別会計情報に依存してきた伝統的な利益配分(個別の比較対象取引によるもの)は、電子経済では期待できない。超過収益の市場国配分割合をどのように決定するべきか、ビジネスモデルごとの配分率の差異をどのように斟酌するかなど、統合アプローチの合意に至る過程での検討にはまだ困難が予測される。 もっとも、130ヶ国に達する包括的枠組の下での合意のためには、超過収益の市場国配分に当たっては、一定の簡素化された手法が必要と認識されており、残余利益分割の理念を損なわない範囲でどのような簡素化策に到達できるのかは、政治的な決断も必要とされると思われ、注意深く来年に向けた議論の動向を見守る必要があろう。 OECDによれば、今秋には再度のパブリックコンサルテーションが予定されているようであり、そこでのドラフトがどのように提示されるかが注目される。 (了)
相続税の実務問答 【第39回】 「第二次相続があった場合の相続税の申告期限」 税理士 梶野 研二 [答] あなたは伯父様である被相続人Aの相続人であるお父様Cの相続人として、被相続人を伯父様Aとする相続税の申告書を提出しなければなりません。 この申告書は、あなたがお父様の相続の開始を知った日の翌日から10ヶ月以内に提出しなければなりませんが、その日は、お父様Cから伯父Aの相続人としての地位を承継したことをあなたが知った日と解することが相当であると考えられます。その日が今年(令和元年)の8月1日だとしますと、相続税の申告書の提出期限は、令和2年6月1日となります。 ● ● ● ● ● 説 明 ● ● ● ● ● 1 相続税の申告書の提出期限 相続の開始があった場合、相続人(包括受遺者を含みます)は、被相続人に課されるべき又はその被相続人が納付し、若しくは徴収されるべき国税を納める義務を承継することとされています(通法5①)。 したがって、ある人に相続が開始し(第一次相続)、その者の財産を相続した相続人(第一次相続人)が亡くなった場合(第二次相続)には、第二次相続の相続人(第二次相続人)が、第一次相続人が申告し納付すべきであった相続税を納付する義務を承継することとなります。 相続又は遺贈により財産を取得した者は、被相続人に相続が開始したことを知った日の翌日から10ヶ月以内に相続税の申告書を提出し(相法27①)、その申告書に記載した相続税額を納付することとされています(相法33)が、相続又は遺贈により財産を取得し、相続税の申告書を提出しなければならない者(第一次相続人)が、相続税の申告書を提出せずに亡くなった場合には、その者の相続人(包括受遺者を含みます)(第二次相続人)が、第一次相続に係る第一次相続人の申告及び納付の義務を承継することとなります。 この場合、その相続税の申告書は、第二次相続人が第一次相続人について相続(第二次相続)の開始があったことを知った日の翌日から10ヶ月以内に提出し(相法27②)、申告書に記載した相続税額を納付することとなります(相法33)。 2 「相続の開始があったことを知った日」の意義 上記1のとおり、相続税の申告書を提出すべき者が当該申告書の提出期限前に当該申告書を提出しないで死亡した場合には、その者の相続人(包括受遺者を含みます)は、その相続の開始があったことを知った日の翌日から10ヶ月以内に、その死亡した者に係る相続税の申告書を提出しなければならないこととされています。 この「相続の開始があったことを知った日」とは、自己のために相続の開始があったことを知った日をいうものとされ(相基通27-4)、一般的には、被相続人死亡の事実及び自分がその被相続人の相続人であることを知った日と解されます。 そうしますと、第一次相続に係る相続人が、第一次相続があったことを知らずに亡くなった場合、つまり、第一次相続に係る被相続人が亡くなった事実及び自分がその相続人であることを知らずに亡くなった場合においても、第二次相続人が第二次相続の開始を知った日(第二次相続に係る被相続人が死亡した事実と、自己がその被相続人の相続人であることを知った日)をもって第一次相続に係る相続税の申告書の提出期限の起算日となります。 しかしながら、第二次相続に係る相続人も、第二次相続に係る被相続人が第一次相続に係る相続人であったことを知らないときに、第二次相続の開始を知った日の翌日から起算して10ヶ月以内に第一次相続に係る相続税の申告書の提出を求めることは、当該相続人に不可能を強いることになりかねず、適当ではないと考えられます。 最近、この点に関し参考となる次のような最高裁判決が出されました。 (出典) 裁判所ホームページ(最高裁判所判例集)より一部抜粋 この最高裁判決は、熟慮期間(相続の承認・放棄の意思表示をすることができる期間)の起算日に関するもので、第二次相続に係る相続人が第一次相続の放棄をすることができる熟慮期間の始期である「相続の開始があったことを知った時」を、相続の承認又は放棄をしないで死亡した者の相続人が、当該死亡した者からの相続により当該死亡した者が承認又は放棄をしなかった相続における相続人としての地位を自己が承継した事実を知った時と解することにより、第二次相続に係る相続人にとって事実上相続の承認・放棄の判断を開始することができることとなった時とするものです。 第二次相続に係る被相続人の納税義務を承継した第二次相続に係る相続人の第一次相続に係る相続税の申告書の提出期限の起算日である「第二次相続に係る相続人が第一次相続に係る相続人について相続の開始があったことを知った日」(相法27②)についても、この最高裁判所判決の考え方に準じて、第二次相続に係る相続人が第一次相続に係る相続税の申告の準備を開始することができることとなった日、すなわち、第二次相続に係る被相続人が第一次相続に係る相続人であることを第二次相続に係る相続人が知り、自分がその地位を承継したことを知った日と解することが相当であると考えられます。 3 ご質問の場合 伯父様Aの相続をその相続人であるBが適法に放棄したことから、あなたのお父様Cが伯父様の相続人となりました。お父様は、伯父様の唯一の相続人ですから、伯父様のすべての財産及び債務を相続することになります。あなたのご説明に従って相続税の課税価格の合計額を見積もりますと、相続税の基礎控除額を超えると見込まれますので、お父様には伯父様からの相続について相続税の申告及び納付の義務があったと考えられますが、お父様は相続税の申告書を提出せずに亡くなられていますので、お父様の相続人であるあなたが、その義務を承継することになります。 なお、Bの相続放棄により、あなたのお父様Cが伯父様Aの相続人となったわけですが、お父様はそのことを知らずにお亡くなりになられました。今年(令和元年)の8月1日に、金融機関から伯父様の借入金に係る督促状が届いたことを契機として、あなたはお父様が伯父様の相続人であり、その地位を承継したあなたに被相続人を伯父様とする相続税の申告及び納付の義務のあることを知ったとしますと、同日をもって被相続人を伯父様とする相続税の申告書の提出期限の起算日とすることが相当であると考えられます。そうしますと相続税の申告書の提出期限は、令和2年6月1日となります。 (了)
〈ポイント解説〉 役員報酬の税務 【第6回】 「M&A後の出向に係る税務上の留意点」 税理士 中尾 隼大 ○●○● 解 説 ●○●○ (1) M&Aの活性化とその後の管理 近年、中小企業のM&Aが活性化している。中小企業にとってもM&Aは、売手は後継者不足の解消、買手は成長戦略の一環として、双方にとってメリットがある。このようなM&Aの活性化については、日本全国において後継者不足が深刻化していることを背景としている。 一般に、中小企業は所有と経営が分離しておらず、M&Aにおける売手は株主兼代表者である。代表者の後継者が不在であることから、M&Aが選択されるのである。 すなわち、売手は対象企業の雇用を維持し、事業継続を望んで株式を譲渡するため、M&Aの終了後は買手から対象企業へ経営や管理職を担う人材を提供し、役員に就かせることが常だろう。したがって、売手である代表者は完全に辞任するのが道理ではあるが、代表者の人柄や人脈など対象企業に対する定性的な貢献を維持するため、顧問等の形で一定期間留任するケースも見受けられる。 ここで、法人同士によるM&Aにおいて、通常であれば完全支配関係が生まれるため(※1)、対象法人と買手は親子会社としての関係になる。したがって、人材を提供する場合、税務上は主として出向に係る税務上の取扱いを確認することとなる。 (※1) 内国法人をM&Aにより100%子会社化した場合、グループ法人税制の適用対象となり、寄附金・受贈益の全額がそれぞれ損金不算入・益金不算入となる等の規制がある。以下、完全支配関係を前提とする。 買手である親会社(以下、「出向元法人」)から従業員を出向させ、対象会社である子会社(以下、「出向先法人」)にて役員に就く場合の給与支給は、大別して、①出向元法人が当該出向者に直接人件費を支給し出向先法人から出向負担金を受け入れるパターンと、②出向先法人が当該出向者の人件費を負担するパターンに分けることができる。 以下、それぞれについて解説する。 (2) 出向元法人が出向者に直接人件費を支給するケース 出向元法人が在籍出向という形で従業員を出向させ、人件費は引き続き出向元法人が従業員に支給しながら、出向先法人に勤務する場合である。グループ内出向の場合、こちらのパターンの方が多いと思われる。 この場合、当該出向者が労務を提供するのは出向先法人である。すなわち、出向先法人側が何も負担しなければ、本来負担すべき人件費相当額を出向元法人に肩代わりさせたこととなり、税務上、寄附金の額となる(法法37⑦)。 したがって、出向先法人は出向元法人に対し、出向負担金や経営指導料名目で対価を支出することとなるだろう。このような場合、当該支出したものは、実質的に出向者の給与負担である限り、税務上は出向者に対する給与として取り扱われる(法基通9-2-45)。 そして、出向者が出向先法人にて役員に就任した場合、次の①及び②の要件を満たす場合に限り、その支出は役員給与の損金不算入の規定が適用されることとなる(法基通9-2-46)。 したがって、出向負担金等を支出する場合、定期同額給与や事前確定届出給与等の規定に留意することで損金算入が可能となる。なお、上記①及び②の要件を満たさない場合、事前の定めがない役員給与とされ損金不算入となる(※2)。 (※2) 本連載の【第3回】「代表取締役に対する不相当高額給与の指摘」にて触れた通り、事前の定めがないという形式基準によって損金不算入となる。 なお、出向先法人が、出向元法人が出向者に対して支給すべき給与額を超えて給与負担金を支出している場合、当該超える部分は給与負担金としての性格はないため、合理的な理由がない場合には、出向元法人に対する寄附金として取り扱われるため留意されたい。 (3) 出向先法人が人件費を支給するケース 出向先法人が直接出向者に対して人件費を負担し、出向元法人から当該出向者への支給をしないケースである。 出向者が出向先法人で役員に就任している場合、出向先法人が株主総会等で役員給与額を定め、適正に運用することが必要となり、自社の役員に支給する手続きとまったく同様の取扱いとなる。 (4) 両社が負担するケース(較差補填を行うケース) 上記の通り、グループ内の法人に従業員を出向させる場合、出向元法人に在籍しながら出向するという在籍出向形態を選択するケースが多いと思われる。在籍出向を選択する理由は、出向元法人との雇用関係や労働条件を維持して出向者のモチベーションを高め、異なる現場で多くの経験を積ませることにある。 特にM&Aにて買収した企業であれば、企業文化や財務体質そのものが出向元法人と異なるため給与水準も当然異なり、出向者が役員として赴任しても出向元法人における従業員と同水準の役員報酬が望めない場合もある。 このような場合、出向元法人が支出した較差補填の損金算入を認める根拠が法基通9-2-47である。当該通達は、端的にいえば「出向先法人が負担すべき給与水準を負担している限り、出向先法人の給与水準を超える部分のみ出向元法人が負担してよい」という通達である。その趣旨として、出向元法人は出向者に対して労働条件を保証する必要があり、給与の較差部分について出向元法人が負担すべきである旨が説かれている。すなわち、出向元法人との雇用契約があるため、当該負担した金額は出向元法人において損金の額に算入されるべきという考えである(※3)。 (※3) 佐藤友一郎編著『法人税基本通達逐条解説 九訂版』(税務研究会出版局、2019)883頁。 較差補填について税務上問題とならないために、出向先法人の給与水準を明らかにし、出向先法人が負担すべき額を負担することが求められる。出向先法人が負担すべき金額を負担せず、その部分を出向元法人が負担していた場合、その部分が出向元法人から出向先法人への寄附金の額であるという指摘が行われることとなる。 なお、法基通9-2-47の適用は国内・海外の出向を問わないが、海外出向者の較差補填について言及される場合が多い。したがって、M&Aの対象が海外企業であった場合の出向については、現地国の給与水準(※4)や出向者と同ポジション(階級や勤務歴等)にいるプロパー役員・社員の給与水準を把握し、給与規程等の整備をしておくことが肝要である。 (※4) 日本貿易振興機構(JETRO)HP等で把握可能である。 (了)
基礎から身につく組織再編税制 【第8回】 「適格合併(共同事業)」 太陽グラントソントン税理士法人 ディレクター 税理士 川瀬 裕太 今回は、共同事業を行うための適格合併の要件について解説します。 1 共同事業を行うための適格合併の要件 共同事業を行うための適格合併の要件は、次の6つです。 2 金銭等不交付要件 「金銭等不交付要件」とは、被合併法人の株主に合併法人株式以外の資産が交付されないことをいいます(法法2十二の八)。 ただし、次の①から④を交付しても、金銭等不交付要件には抵触しません。 (※) ①~④の詳細は、本連載の【第6回】を参照。 3 従業者引継要件 (1) 従業者引継要件とは 「従業者引継要件」とは、被合併法人の合併直前の従業者のうち、その総数のおおむね80%以上に相当する数の者が合併後に合併法人の業務((2)参照)に従事することが見込まれていることをいいます(法令4の3④三)。 (2) 「合併法人の業務」について 前回解説した「支配関係がある場合の適格要件」と同様に、合併法人との間に完全支配関係がある法人の業務と合併後の次の適格合併に係る合併法人の業務も合併法人の業務に含まれます。 4 事業継続要件 「事業継続要件」とは、被合併法人の合併前に行う主要な事業が、合併後に合併法人において引き続き行われることが見込まれていることをいいます(法令4の3④四)。 前回解説した「支配関係がある場合の適格要件」と同様に、合併法人との間に完全支配関係がある法人、合併後の次の適格合併に係る合併法人において、被合併法人の主要な事業が引き続き行われることが見込まれる場合も含まれます。 5 事業関連性要件 (1) 事業関連性要件とは 「事業関連性要件」とは、被合併法人の合併前に行う主要な事業のうちのいずれかの事業(被合併事業)と合併法人の合併前に行ういずれかの事業(合併事業)とが相互に関連するもの((3)参照)であることをいいます(法令4の3④一)。 (2) 「事業」とは 事業関連性要件における「事業」とは、次のように、固定施設を有していること、従業者を有していること、売上が生じていることという3つの要件を満たすものをいいます(法規3①一)。 (3) 「相互に関連する」とは 事業関連性要件における「相互に関連する」とは、次のような場合をいいます(法規3①二・②)。 【具体例①】 事務用品の製造卸売業を行う法人とその事務用品の販売業を行う法人が合併し、それぞれの事業が一体となってユーザーに直結した流通網の構築を目指して合理化を図るもの(何らかの相乗効果が生ずるようなもの)については、事業関連性があると判定されます(国税庁質疑応答事例「事業関連性要件における相互に関連するものについて」参照)。 6 事業規模要件又は経営参画要件 冒頭述べた通り、共同事業を行うための適格合併の要件として、事業規模要件又は経営参画要件のいずれかを満たすことが求められています(法令4の3④二)。 (1) 事業規模要件 「事業規模要件」とは、被合併法人の合併前に行う主要な事業のうちのいずれかの事業と合併法人の被合併事業と関連する合併事業のそれぞれの売上金額、従業者の数、被合併法人と合併法人のそれぞれの資本金の額若しくはこれらに準ずるものの規模の割合がおおむね5倍を超えないことをいいます。 事業規模要件は、規模があまりに異なる合併は共同で事業を行うものとは認められないという趣旨により設けられたもので、事業の規模の割合がおおむね5倍を超えないかどうかは、いずれか1つの指標が要件を満たすかどうかにより判定します(法基通1-4-6(注))。 (2) 経営参画要件 ① 経営参画要件とは 「経営参画要件」とは、合併前の被合併法人の特定役員(②参照)のいずれかと合併法人の特定役員のいずれかとが、合併後に合併法人の特定役員となることが見込まれていることをいいます。 事業規模要件を満たさない場合でも、被合併法人と合併法人の両方の経営陣が合併後に経営参画しているものは共同で事業を行うためのものとして認めるという趣旨により設けられています。 ② 特定役員とは 「特定役員」とは、社長、副社長、代表取締役、代表執行役、専務取締役若しくは常務取締役又はこれらに準ずる者(③参照)で法人の経営に従事している者をいいます。 ③ 「これらに準ずる者」とは 「これらに準ずる者」とは、役員又は役員以外の者で、社長、副社長、代表取締役、代表執行役、専務取締役又は常務取締役と同等に、法人の経営の中枢に参画している者をいいます(法基通1-4-7)。 【具体例②】 下図のように、会社法上の役員ではないC事業本部長が、被合併法人において経営の中枢に参画しており、合併後、合併法人においても事業本部長として合併法人の経営の中枢に参画する見込みである場合には、経営参画要件を満たすこととされています(国税庁質疑応答事例「特定役員引継要件(みなし役員)の判定」参照)。 (出典) 国税庁質疑応答事例「特定役員引継要件(みなし役員)の判定」 7 株式継続保有要件 (1) 株式継続保有要件とは 「株式継続保有要件」とは、合併により交付される合併法人の株式又は合併親法人株式のいずれか一方の株式(議決権のないものを除きます)のうち、支配株主((2)参照)に交付されるものの全部が支配株主により継続して保有されることが見込まれていることをいいます。 (2) 「支配株主」とは 株式継続保有要件における「支配株主」とは、合併の直前に、被合併法人の発行済株式の50%超を保有する株主をいいます。 下図の株主Aは、支配株主に該当するため対価(合併法人株式)を継続保有することが求められます。 ◆共同事業を営むための適格合併の要件のポイント◆ 金銭等不交付要件において、原則として株式以外の対価を交付しないことが求められています。 合併後に次の合併が見込まれている場合には留意が必要です。 被合併法人の合併直前の従業者の総数のおおむね80%以上に相当する者が合併法人の業務に従事することが見込まれているかを確認します。 被合併法人の主要な事業が合併後に合併法人において引き続き営まれることが見込まれるかを確認します。 事業関連性の判定において、被合併法人側は合併前の主要な事業に限定されていますが、合併法人の事業は限定されていません。 事業規模要件については、事業関連性要件の判定において関連性があるとした事業により判定します。 経営参画要件については、単なる役員ではなく、特定役員に就任する必要があります。 支配株主がいる場合のみ株式継続保有要件の判定を行います。 (了)
収益認識会計基準と 法人税法22条の2及び関係法令通達の論点研究 【第12回】 千葉商科大学商経学部講師 泉 絢也 〈更なる検討〉 ~法人税法22条の2第1項と22条2項の規律範囲・内容の比較~ 法人税法22条の2第1項の意義を理解するために、 ① 法人税法22条2項が規律し、22条の2第1項は規律していないもの ② 法人税法22条2項が規律し、22条の2第1項も規律しているもの ③ 法人税法22条2項は規律しておらず、22条の2第1項が規律しているもの を検討する。 ここでの検討は、いかなるものを益金の額に含めるべきであるかという点に関しては、法人税法22条が規律するところであり、資産の販売等に係る収益の計上時期に関しては、引渡し・役務提供基準という法人税法22条2項よりも明確かつ具体的な収益の計上時期に関するルールを明記している22条の2第1項が、22条2項と併せて、あるいは22条2項に優先して、適用されることになるのではないかという上記(前回参照)に示した推測と関わる。 《①法人税法22条2項が規律し、22条の2第1項は規律していないもの》 法人税法22条2項は、当該事業年度の益金の額に算入すべき金額は、「資産の販売、有償又は無償による資産の譲渡又は役務の提供、無償による資産の譲受けその他の取引」で資本等取引以外のものに係る当該事業年度の収益の額としている。 「資産の譲渡又は役務の提供」の前には「有償又は無償による」という語が置かれている。「資産の販売」の前には「有償による」という語が置かれていないものの、棚卸資産の譲渡としての「資産の販売」を意味していると解されることから、また、「販売」という語が与える語感からしても、ここでいう「資産の販売」は有償であることを当然の前提としていると解される。 法人税法22条2項は、無償による資産の譲渡の場合も収益の額が発生し、益金の額に算入されることをわざわざ定めた規定であり(本連載第8回参照)、益金の額(収益の額)に算入すべきものの範囲を規律していることがわかる。 「当該事業年度の」という時間的帰属の規律を一旦脇に置き、法人税法22条2項は、時間的帰属を含まないという意味でいわば“裸の”「収益の額」を規律していると説明することも可能である。このことは、法人税法22条2項について、次に示すとおり、「各事業年度の」と「当該事業年度の」という部分を削除して読むとわかりやすい。逆に言えば、法人税法22条2項は、わざわざ「当該事業年度の」という語を挿入しているのであるから、やはり時間的帰属を規律する趣旨を含み持つ規定であるといえよう。 法人税法22条の2第1項に目を戻すとどうか。①同項は、「資産の譲渡又は役務の提供」の前に「有償又は無償による」という語を置いていない。②しかも、「法人税法22条2項が定める」(「前条2項に規定する」)資産の販売、資産の譲渡又は役務の提供、あるいは収益の額という定め方もしていない。このことの意味をどのように解すべきであろうか。 ②については別途検討する予定であり、ここでは①について、検討を加えておく。 法人税法22条2項は、一般の感覚では直ちには理解しがたいような、収益の発生することのない無償取引からも収益が発生することを明らかにしたものであり、「無償による」という部分にそれなりに大きな意味がある。かように、無償による資産の譲渡からも収益が発生することは、すでに、法人税法22条2項が定めている。重ねて、22条の2第1項でそのことを定める必要はない。 このような考えに基づいて、法人税法22条の2第1項は、「有償又は無償による」という語を重複して定めることを避けたのかもしれない。法人税法22条の2第1項について、「無償による」という語を用いていないことをもって無償による資産の譲渡をその規律対象から除外する趣旨であると解すべきではない。 以上のことは、法人税法22条の2第1項は、「その資産の販売等に係る目的物の引渡し又は役務の提供の日の属する事業年度の」という部分を強調して読むことが妥当であり、収益の計上時期(時間的帰属)の規範を定めたものであるという、上記で示した理解とも整合する。 さらにいえば、法人税法22条の2第6項は、「前各項及び前条第2項の場合には、無償による資産の譲渡に係る収益の額は、金銭以外の資産による利益又は剰余金の分配及び残余財産の分配又は引渡しその他これらに類する行為としての資産の譲渡に係る収益の額を含むものとする。〔下線筆者〕」と規定している。この場合の「前各項」には法人税法22条の2第1項が含まれる。法人税法22条の2第6項は、1項の「資産の譲渡」には「無償による資産の譲渡」が包摂されていることの証左となる。 なお、法人税法22条の2第1項は、22条2項と異なり、「無償による資産の譲受けその他の取引」については規定していない。この点については、後で検討する。 《②法人税法22条2項が規律し、22条の2第1項も規律しているもの》及び《③法人税法22条2項は規律しておらず、22条の2第1項が規律しているもの》 これまで論じてきたところではあるが、法人税法22条の2第1項の規範範囲や内容を理解するにあたり、22条2項との対比において考察を進めることが重要であるため、再度確認しておこう。 法人税法22条2項にいう「当該事業年度の」とは、当該事業年度に「帰属する」という意味であり、同項は収益の計上時期(時間的帰属)を規律する定めとして設けられたものである(本連載第6回参照)。よって、同じく収益の計上時期(時間的帰属)の規範を定めた法人税法22条の2第1項との関係をどのように理解すべきかが問題となる。《②法人税法22条2項が規律し、22条の2第1項も規律しているもの》という視点である。 収益の計上時期の規範という点において両規定を比べると、その違いは明らかである。収益の計上時期のルールを定めているといっても、法人税法22条2項は、「当該事業年度の」としか規定していない。「当該事業年度の」という語を「当該事業年度に帰属する」と読み替えたところで、具体的なルールは直ちには見えてこない。よって、通常、法人税法22条4項を踏まえた解釈論が採用されている(本連載第6回参照)。 他方、法人税法22条2項と異なり、22条の2第1項は、収益の額は、その資産の販売等に係る目的物の引渡し又は役務の提供の日の事業年度において益金の額に算入するとし、収益の計上時期のルールとして引渡・役務提供基準を明定している。ここでいう「引渡し」又は「役務の提供」の意義について解釈の余地は残されているが、少なくとも、法人税法22条の2第1項は、22条2項よりも明確かつ具体的なルールとしての引渡・役務提供基準を法律に明記していることが際立つ。よって、法人税法22条の2第1項は、22条2項が収益の計上時期に関して抽象的に定めていたところに、引渡・役務提供基準という具体的な基準を提供するものであるという整理が成り立つ。 かような整理は、法人税法22条の2第1項は、「その資産の販売等に係る目的物の引渡し又は役務の提供の日の属する事業年度の」という部分を強調して読むことが妥当であり、収益の計上時期(時間的帰属)の規範を定めたものであるという、上記で示した理解とも整合する。 以上の考察は、《③法人税法22条2項は規律しておらず、22条の2第1項が規律しているもの》という視点を意識させる。法人税法22条2項も収益の計上時期について規律しており、この限りにおいて22条の2第1項と規律範囲が重なるが、22条2項は22条の2第1項と異なり明確かつ具体的なルール(引渡・役務提供基準)を定めていない。解釈に委ねられているのである。 かような法人税法22の2第1項について、同項は、22条2項と内容が重複しており、22条の2第1項に定められたことは、既に、22条2項において定められていたことであって、22条の2第1項を定めたことにより、「資産の販売若しくは譲渡又は役務の提供」に係る「収益の額」の認識時期について、2つの定めが存在するという異例の状態となっている、という指摘もなされている(朝長英樹「『収益認識に関する会計基準等への対応』として平成30年度に行われた税法・通達改正の検証(3)」T&A master751号16頁参照)。 法人税法22条の2に関する研究の必要性を裏付ける指摘であるといえよう。 (了)
〔事例で使える〕 中小企業会計指針・会計要領 《個別注記表》編 【第1回】 「個別注記表の記載項目」 公認会計士・税理士 前原 啓二 はじめに 会社計算規則は、個別注記表に、所定の注記項目を記載するよう義務づけています。「中小企業会計指針」では、会社計算規則に従い注記を行うことが必要であるとし、さらに、独自の注記も示しています。 今回は、中小企業に多い株式譲渡制限規定を定款に設けている株式会社において、どのような注記が必要であるかをご紹介します。 【設例1】 当社は、定款に「当社の発行する株式の譲渡による取得については取締役会の承認を受けなければならない。」と定められています(株式譲渡制限規定を定款に設けている株式会社)。また、大会社ではなく、会計監査人を設置していません。 (1) 当社のような中小企業でも、個別注記表を作成しなければならない根拠は何ですか。 (2) 当社が個別注記表に記載しなければならない項目には、何がありますか。 1 作成が義務づけられている計算書類の根拠 会社法により作成が義務づけられている計算書類には、「貸借対照表」「損益計算書」「株主資本等変動計算書」だけでなく、「個別注記表」も含まれています(会計規59)。 したがって、すべての会社は、各事業年度に係る「貸借対照表」「損益計算書」「株主資本等変動計算書」の作成と同様に、「個別注記表」の作成も、会社法を根拠として義務づけされています。 2 記載すべき個別注記表の項目 会社計算規則が、個別注記表の記載項目を定めています。会社計算規則は、会社法の規定により委任された会社の計算に関する事項を定めた法務省令です。株式会社(金融商品取引法による有価証券報告書提出義務のある大会社を除く)の個別注記表の記載項目として、会社計算規則が定める項目は、下記の表のとおりです。 会計監査人設置会社の場合に比べ、それ以外の会社については公開会社の場合と公開会社でない場合に分けて、記載を要しない項目が定められています。ここでの公開会社とは、当該会社の発行する株式の譲渡による株式取得について株式会社の承認を要する旨の定めを設けていない株式会社のことです。 【設例1】では、当社の定款に株式譲渡制限規定があるため、「公開会社でない株式会社」に該当します(【設例1】では、当社は「会計監査人設置会社以外」の設定なので、上記表の一番右の列を参照)。 さらに、中小企業会計指針が注記を追加的に要求している項目として、下記があります。 以上より、当社は「会計監査人設置会社以外の公開会社でない株式会社」であるため、会社計算規則により、「重要な会計方針に係る事項に関する注記」「株主資本等変動計算書に関する注記」を記載し、「会計方針の変更に関する注記」「表示方法の変更に関する注記」「誤謬の訂正に関する注記」については、それぞれに該当があれば記載します。また、中小企業会計指針が注記を追加的に要求している項目である上記(ⅰ)から(ⅳ)のうち、該当するものを注記に加えます。 (了)
最近の子会社不正をめぐる傾向と防止策 【第3回】 「子会社役員・従業員による不正」 (最終回) 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 主に2019年になって公表された調査報告書から「子会社不正」について検討する本連載の最終回は、「子会社役員・従業員による不正」をテーマとして取り上げる。 本稿では、聖域化していた子会社社長による長年の着服事案、親会社から派遣されていた取締役、出向していた社員によるガバナンス不全が引き起こした不正融資事案の調査報告書から、不正の原因と再発防止策を検討したい。 さらに、子会社の委託先従業員による情報流出事件に対して、裁判所が親会社にも損害賠償の責任があるとした判決内容を概説して、親会社の果たすべき役割を検討する。 1 スバル興業株式会社、子会社代表取締役による不正な資金流用 2019(平成31)年3月22日、スバル興業株式会社(以下「スバル興業」と略称する)は、連結子会社である株式会社協立道路サービス(以下「協立道路」と略称する)の元代表取締役(同年3月14日付で辞任)が、複数の取引先に対する売掛金を着服していた疑義が生じたため、外部の専門家による特別調査委員会を設置して、事実関係の調査を行うことを公表した。 (1) 子会社元代表取締役による横領の態様 特別調査委員会による調査の結果、協立道路元代表取締役による横領の主な態様として、次の3種の類型が認められ、横領金額が推定された。 元代表取締役は、下請代金の着服が発覚しないように、スバル興業関西支社による滞留債権の確認に対しては、対応を一任するように述べて、請求一覧表から、着服行為が原因で売掛金の回収が長期間滞っている案件について、ATMを使って個人の銀行口座から協立道路の銀行口座に振り込み、その際の振込名義を、取引先名義として、取引先から代金が支払われたように装ったり、現金をそのままスバル興業関西支社に持ち込み、「現金によって支払を受けた」などと説明するなどの回収偽装を行っていた。 (2) 協立道路の沿革とスバル興業関西支社による管理体制 調査報告書によると、協立道路は、1983年5月30日にスバル興業の完全子会社として設立されたが、その事業基盤は、協立道路元代表取締役の父親が設立した株式会社協立商店から、同社が従前から取り扱っていた道路の路面清掃等の維持管理業務を引き継いだものであった。協立道路元代表取締役は、1994年に協立道路の取締役に就任し、2000年から、本事案が発覚して辞任するまで、同社代表取締役社長を務めてきた。 スバル興業には、協立道路を含めて12社の連結子会社があり、そのうち、関西に拠点を置いている協立道路などの3社については、スバル興業関西支社が直接的な管理を行っており、スバル興業本社は直接的な管理は行っていなかった。 スバル興業関西支社は、協立道路の取締役として、同支社従業員を3名派遣するとともに、監査役として、従業員1名を派遣、さらに、協立道路の取締役営業課長は、スバル興業から協立道路への出向者であった。 しかし、協立道路に派遣された取締役・監査役は、普段はスバル興業関西支社で勤務しており、また、協立道路における取締役会は、年に1回、株主総会と同日に開催されるのみであったため、協立道路において 、取締役として実質的な職務は執行しておらず、協立道路の事業を日々監視・監督しているわけではなかった 。 また、営業課長は、主に工事業務の営業を担当しており、本件横領に利用された清掃業務については元代表取締役に任せていた。 (3) 他の連結子会社に対するスバル興業の管理体制との比較 スバル興業は、協立道路以外の連結子会社について、会長又は社長にスバル興業の役員又は参与(スバル興業における執行役員)を選任し、スバル興業の役員又は参与が会長又は社長を務めていない3社については、スバル興業の会長又は社長が取締役を務めるなど、スバル興業が子会社の経営に実質的に関与し 、また、スバル興業による子会社の事業に対する監視 ・監督が十分に行われているといえる状況であった。 これに対して協立道路については、関西支社の従業員を協立道路の取締役及び監査役として派遣していたに止まっている。協立道路のみ、他の連結子会社と異なる管理の実態となっていた理由として、協立道路がスバル興業の子会社となった経緯が特殊であること、元代表取締役は、同業他社と極めて良好な関係を築いていたため、スバル興業及び協立道路の営業上、元代表取締役の同業他社との関係性は不可欠であると考えていたことが挙げられ、スバル興業としては、協立道路については、他の子会社と異なり、元代表取締役の自由度が高い状態でもやむを得ないと安易に考えてしまい、十分な監視・監督を行うことができなかったものと、第三者委員会は見解を示している。 (4) 再発防止策の提言―子会社管理体制の強化 特別調査委員会は、再発防止策の提言の中で、スバル興業の子会社管理体制の強化について、次のようにまとめている。 買収した子会社については、 と述べたうえで、スバル興業による監視・監督をさらに強化するための具体的な施策として、主に次の6項目を挙げている。 2 九州旅客鉄道株式会社、子会社従業員による融資申込書類の偽造 スルガ銀行による不正融資問題(※1)をめぐる第三者委員会による調査報告書が公表される前後に、不動産融資をめぐる銀行向け審査書類を偽造した疑義を公表して、調査委員会を設置した会社が2社あった。 (※1) 事案の詳細については、本誌連載中の「会計不正調査報告書を読む」【第78回】から【第80回】をご参照いただきたい。 1社は、不動産デベロッパーの株式会社TATERU(※2)。もう1社が本稿で取り上げる九州旅客鉄道株式会社(以下「JR九州」と略称する)であった。2018年10月10日、JR九州は、JR九州の不動産事業の一部を分社化する形で設立された連結子会社の九州住宅株式会社(以下「九州住宅」と略称する)において、不法行為の疑いが判明したことを公表した。 (※2) (※1)と同じく、事案の詳細については同連載の【第82回】をご参照いただきたい。 (1) 不法行為の概要 同リリースによる「不法行為の概要」は以下のとおりである。 九州住宅営業担当者は、金融機関による顧客の住宅ローン審査が通らなかったことをきっかけに、先輩社員から、金融機関によって審査基準等が異なること、工事請負金額を水増しした工事請負契約書を申請書類とすることで住宅ローンの融資金額を増大させる方法があることを教わった。 そこで、別の金融機関向けの融資申込に際して、水増しした工事請負契約書等を提出して、融資を実行させることに成功したものの、後日、当該金融機関から建物の坪単価が他の物件に比べて高額であることについて疑念が示され、工事請負金額の水増しによる過剰融資が発覚した。 (2) 他の不適切な融資申請案件の分析 工事請負金額の水増しにより実行された融資については、九州住宅に振り込まれた住宅ローン金額のうち、過剰融資部分が顧客に返金されるという事態が発生していた。 ここに着目した第三者委員会は、九州住宅からの返金額が100万円を超える案件を抽出するなどの手法で、精査対象案件を71件に絞り込み、さらなる調査を行ったところ、不適切な融資申請が行われたとは認められなかった案件は16件に過ぎず、他の55件については、見積りの水増しなどの書類の改ざん、不自然な契約書の作成などの行為が認められた。 (3) 親会社による子会社のガバナンス 第三者委員会は調査報告書における「原因分析」の中で、「第三 杜撰・不十分な各種管理体制」として、「JR九州グループにおける人事ローテーションの弊害」という項目を掲げ、出向者の「事なかれ主義」について、次のように弊害を指摘している。 また、JR九州から派遣されている非常勤取締役についても、「主に月1回の定例の取締役会及び臨時の取締役会に参加することが主な業務」であり、業務実態を把握し、コンプライアンス上の問題を検出できるまでに理解が深まるとも思われないと、非常勤取締役としての管理・監督機能を果たせていないことを指摘している。 さらに、「第四 未成熟な監査(監査役監査/内部監査)機能」では、九州住宅の非常勤監査役について、「JR九州グループ内の他の役職を兼務」しており、前任の監査役からの引継ぎが十分でない結果、「新しい監査役が着任する都度、監査をゼロからスタートさせている」ことから、「継続的な監査やリスク項目の深堀りまで踏み込むに至らない」として、「監査機能として不十分な状態にある」と指摘している。 同時に、JR九州監査部によるグループ内監査についても、「基本的なリスク項目を網羅する形で一応の監査は実施されているものの、時間的あるいは人員的な限界もあり、限定的な監査に留まっている」結果、「リスク項目の深層に食い込むことまでは出来ていない」と評価している。 3 ベネッセ顧客情報流出事件控訴審判決―子会社業務委託先社員による不正 2019(令和元)年6月27日、東京高等裁判所は、ベネッセ顧客情報流出事件の控訴審判決で、従業員が情報漏えい事件を起こした子会社だけでなく、親会社の責任をも認める判決を言い渡した。子会社の業務委託先従業員による不正に対する親会社の責任について、この判決をもとに検討したい。 (1) ベネッセ顧客情報流出事件の概要 株式会社ベネッセコーポレーション(以下「ベネッセ」と略称する)は、2014年6月、顧客からの問合せにより社内調査した結果、ベネッセの管理するデータベースから個人情報が社外に持ち出されている可能性が高いことが判明した。 翌月、子会社でベネッセのシステム開発・運用を行っている株式会社シンフォーム(以下「シンフォーム」と略称する)の業務委託先社員が逮捕された。業務委託先社員は、約3,504万件の個人情報を名簿業者3社に売却していた。漏えいした情報項目は、「名前、性別、生年月日」「住所」「電話番号」などであり、クレジットカード情報は含まれていない(「ベネッセお客様本部『事故の概要』」より抜粋)。 (2) 原審(東京地方裁判所)判決 原審である東京地方裁判所は、2018年6月20日、被告であるベネッセ及びシンフォームの過失を認めたものの、損害賠償請求は棄却した。控訴審判決から、原審の判断について引用する(下線は筆者による)。 (注) 上記引用文中の「MTP」とは「メディア転送プロトコル(Media Transfer Protocol)」の略称で、スマートフォンをPCに接続して、データ転送を行う技術仕様を意味する。 (3) 控訴審判決 これに対し、東京高等裁判所は、原審と同じく、被控訴人であるベネッセ及びシンフォームの過失を認めるとともに、原審とは異なり、控訴人の精神的損害の発生を認め、2,000円の慰謝料の支払いを命じた。 過失を認めた理由として、高等裁判所は、被控訴人らには、MTP対応のスマートフォンを使用した漏えいについて予見可能性があったと認定したうえで、被控訴人シンフォームにおいて、セキュリティソフトの設定の確認を失念ないし怠っていたことから、MTP対応スマートフォンに対する書き出し制御措置を講ずべき注意義務があったにもかかわらず、これを怠った点を挙げている。 また、被控訴人ベネッセについては、シンフォームが、 セキュリティソフトの適切な設定を行っているか否かを監督する注意義務を負っているにもかかわらず、セキュリティソフトについて適切な設定が行われていると誤信していたことにより、 適切な監督を行うことができなかったことは、注意義務に違反した過失があると認定した。 さらに、慰謝料については、以下のように判示した。 (4) 親会社における注意義務 高裁判決では、親会社であるベネッセについて、子会社であるシンフォームにおいて、セキュリティソフトについて適切な設定が行われていると誤信していたことから適切な監督ができなかったことが注意義務違反による過失である認定された。 顧客情報という、企業にとって重要なデータを扱う子会社をどのように管理・監督するのかは、企業グループの態様によって異なることはもちろんであるが、子会社に任せきりにすることは許されず、親会社の情報セキュリティ部門が常に注視して、運営に問題がないかどうかを監視する仕組みが必要であることを判決は示唆しているといえよう。 4 子会社の役員・従業員による不正の防止 事業基盤を譲り受けた形で設立した子会社について、旧経営者による支配に任せてしまった結果、聖域化してしまい、親会社の監督ができない状況になっていたスバル興業の事案は、M&Aにより支配した子会社でもよく見られる状況である。 20年近く代表取締役の地位にあり続けた中で、少なくとも、2013年ころからは延滞債権の回収をめぐり不審な点があることに気づいていながら、放置していた真の原因は何だったのか。特別調査委員会は、スバル興業には、「協立道路については元社長に任せれば良いという安易な特別視」があったことを原因として挙げているが、果たしてそれだけで説明できるのか、という疑問が残る。 業績が低迷している子会社、しかも本業との関係の希薄な子会社の管理をいかにすべきかという問題は、JR九州に限らず、これまでも多くの事案で検討されてきた。確たる結論が出ているわけではないが、内部統制の有効性評価に当たってスコープの対象外とするグループ会社の範囲を絞ること、内部監査を実施すること、適切な人事ローテーションなど、不正防止・抑止のための施策については、概ねコンセンサスが得られているようである。 JR九州の第三者委員会は、九州住宅に派遣されている役員や出向者について、会社の中枢を占める長期出向者について、長い在籍期間の中で、コンプライアンス意識が鈍麻しているとする一方、短期出向者は、短期的な業績に気を取られ、コンプライアンス上の問題については見て見ぬふりをする「事なかれ主義」の発想に陥りがちであると批判している。 そのうえで、「JR九州からの出向者とプロパー社員の協働」を再発防止策の1つとして提言しているが、見出しに掲げられた「協働」というよりは、当該項目の中で言及されている、九州住宅の事業内容に精通した優秀かつ規範意識の高いプロパー従業員を積極的に幹部登用して、プロパー従業員のモチベーションを向上させ、出向者とプロパー社員とのコミュニケーション断絶をなくすという、具体的な施策を取ることの重要性がより強調されるべきであろう。 5 まとめに代えて 本連載【第1回】の「中国子会社による不正」では、中国子会社・合弁会社のガバナンスについて、現地の経営陣をコントロールするためには、派遣駐在員の適切な配置や現地会計監査人による監査の品質確保など、大和ハウス第三者委員会による具体的な提言から、中国子会社の会計監査人を日本の親会社の監査法人の提携先に統一することも、会計不正の防止策の1つとして有用なものであるとの見解を述べた。 本連載【第2回】の「持株会社による事業会社の統制」では、調査報告書を取り上げた持株会社2社を構成する社員が、いずれもグループ全体の従業員に比して極めて少数であり、その結果として、十分な内部監査機能を有していないことは大きな課題であることが判明した。 持株会社形態を採用する目的の1つである「事業会社における事業の遂行を適切に管理・監督するため」に、持株会社の組織がいかにあるべきかについては、さらなる検討が必要であるといえるだろう。 そして、最終回である「子会社役員・従業員による不正」では、子会社の代表取締役人事の固定化が不正を誘引した事案、子会社への出向者とプロパー社員間の断絶が、コンプライアンス意識の低下を招き、とくに「事なかれ主義」に陥りがちな短期出向者により、子会社のガバナンス機能が不全を引き起こした事案から、あらためて、子会社役職員の人事について検討した。 上場会社本体の内部統制システムが有効に機能していたとしても、それがすべてのグループ会社に影響を与えられるものではない以上、今後も、子会社における不正をどのように防止・抑止していくかは、大きな課題であり続けることは間違いない。子会社の管理・監督のあり方については、本誌の連載記事「会計不正調査報告書を読む」の中で、事案をもとに検討を重ねていきたい。 (連載了)
組織再編時に必要な労務基礎知識 Q&A 【Q21】 会社分割にあたり、労働者とは協議が必要か 特定社会保険労務士 岩楯 めぐみ 【A】 会社分割にあたっては、承継される事業に主として従事する者(【Q15】参照)及びそれ以外の者で分割契約又は分割計画において労働契約を承継会社が承継する旨の定めがある者を対象に、会社分割後に当該労働者が勤務することとなる会社の概要や、当該労働者が承継される事業に主として従事する者に該当するか否かの考え方等を十分説明し、本人の希望を聴取した上で、当該労働者に係る労働契約の承継の有無、会社分割後に当該労働者が従事する予定の業務の内容等について、通知期限日までに、個別に協議しなければならない。 (※) 本稿では、会社分割により事業を分割する会社を「分割会社」、それを承継する会社(新設分割の場合の新設会社も含む)を「承継会社」という。 協議の対象者 平成12年の商法等改正法(附則5条)では、会社分割にあたり、労働者との個別協議を義務付けている。 この協議の対象となる労働者は、次の①又は②のいずれかに該当する者となる。 これは、労働契約承継法(2条)において労働者への通知が義務付けられている対象者と同一となる。 なお、個別協議に関しては、労働契約承継法においてではなく、会社分割制度が創設された際に設けられた商法等改正法(附則5条)に規定されている。 協議する事項など 労働者と個別に協議すべき事項については、指針(※)に例示されており、次の①から③に関する事項などを十分説明し、本人の希望を聴取した上で、④⑤に関する事項などについて協議すべきとされている。 (※) 「分割会社及び承継会社等が講ずべき当該分割会社が締結している労働契約及び労働協約の承継に関する措置の適切な実施を図るための指針」(第2の4の(1)イ) なお、労働契約承継法(7条)では、分割会社で勤務する労働者全体の理解と協力を得るため、当該事業場に労働者の過半数で組織する労働組合がある場合はその労働組合(以下、過半数組合)、過半数組合がない場合は労働者の過半数を代表する者との協議を求めているが、商法等改正法(附則5条)の協議は、対象労働者との個別協議であるため、労働契約承継法(7条)の協議とは別に実施する必要がある。 協議の期日 労働者との個別協議は、商法等改正法(附則5条)により、労働契約承継法(2条)に定める労働者へ通知すべき日(=通知期限日)までに実施しなければならないとされている。すなわち、次のそれぞれの日までに実施する必要がある。 なお、労働者との個別協議の期間に関する定めはないが、指針(※)により、通知期限日までに十分な協議ができるよう、時間的余裕をみて協議を開始するものとされている。 (※) 「分割会社及び承継会社等が講ずべき当該分割会社が締結している労働契約及び労働協約の承継に関する措置の適切な実施を図るための指針」(第2の4の(1)ホ) 協議が行われなかった場合 商法等改正法(附則5条)で義務付けられた協議を全く行わなかった場合又は実質的にこれと同視し得る場合には、会社分割の無効の原因となり得るとされており、日本IBM事件(最二小判平成22年7月12日、労判1010-5)では、次の通り判示されている。 上記の通り、商法等改正法(附則5条)に基づく協議は、会社分割の効力にも影響を及ぼし得るものであるため、それを踏まえた適切な対応が求められる。 (了)
中小企業経営者の [老後資金]を構築するポイント 【第17回】 「役員や従業員への親族外承継」 税理士法人トゥモローズ 前回までの親族内承継に続き、今回は第三者承継として、親族外である自社の役員や従業員に対して事業を引き継ぐケースについて確認をしていく。 従業員や役員に対する事業承継については、中小企業経営者が有する自社株式を役員等が買い取ることにより経営権の移譲を行うことが一般的であり、M&Aの一手法としてMBO(Management Buy Out)やEBO(Employee Buy Out)といわれる手法により実行される。 (※) 大きく分けて、M&Aによる役員への承継をMBO、従業員への承継をEBOという。 親族内承継が見込まれない場合には、老後資金の確保の観点から、中小企業経営者が保有する自社株式を流動化する方法として、次回解説予定の外部M&Aと共に検討をしておく必要がある。 1 背景 中小企業において親族外へ事業を承継するケースは、ひと昔前に比べてその数は大きく増えているが、ここ10年ほどの推移を見たときには、全体の約5~6割といった一定割合で定着している。これは、中小企業における親族外承継がすでに一般的な手法になってきたことを表している。 〔図1〕親族外承継の推移 (出典) 中小企業庁「2017年版「中小企業白書」」P234 また、その割合は、事業の規模が大きくなるにつれ大きくなる傾向にあるが、これは事業規模に応じて「経営」という側面が大きくなるため、より会社の経営を行える者に対し会社を引き継いでいく傾向にあることを示している。 〔図2〕規模別の現経営者の承継形態 (出典) 中小企業庁「2013年版「中小企業白書」」P143 親族以外の役員等が後継者となるメリットとしては、いわゆる“勝手知ったる者”が事業を引き継いでいくということが最大のメリットと言えよう。すなわち、会社の事業内容を把握しており、他の経営陣や従業員からの理解が得やすい点や、親族以外でも後継者となりうることへの士気向上も図られる。 これらの点から、比較的規模が大きく、役員・従業員の経営への関与度が高い中規模企業の場合には、親族外承継のメリットも高くなると考えられる。 なお、親族外承継のデメリットについては、次の2において、その手法と共に解説する。 〔親族外承継の主なメリット・デメリット〕 【メリット】 ◆会社の事業内容を把握している ◆これまでの実績があり、従業員からの納得感が得られやすい ◆雇用継続や取引先との関係継続が期待できる ◆現経営者としては、換金性の低い非上場株(自社株)を相続税の納税資金に変えられる 【デメリット】 ◆後継者は自社株購入のため、借入やファンドを利用した資金調達が必要となる ◆会社の借入に際して、「経営者としての個人保証」も引き継がなければならない ◆現経営者の親族との関係性や、後継者本人の家族の理解が必要となる 2 MBO(EBO)採用時の2つの問題 親族外承継の具体的な承継方法が、冒頭で述べたMBOやEBOといわれる手法である。会社の役員や従業員の中から後継者を選び、その後継者である役員等が自社株式を先代経営者から購入し、会社の経営権・財産権を取得することにより会社を引き継ぐ。 比較的規模の大きなMBOの場合には後継者が新会社を設立し当該新会社に株式譲渡を行う方法が採られるが、小規模なMBOの場合には先代経営者が後継者に直接株式譲渡を行う方法が採られる。その際に問題となるのが 「自社株式の譲渡対価の設定」と「後継者の覚悟」である。 前者については、一般的にはサラリーマンとして給与所得を得てきた者が、自社株式を購入するだけの資金を有していないという点が大きなハードルとなる。 この対価の支払いは、本来であれば自己資金によるべきであるが、後継者がこのハードルを越えるためには金融機関からの借入やファンドを利用した資金調達を行うのが一般的である。しかし、この場合には資金提供者である金融機関やファンド等が比較的高いリスクの見返りとして、高配当や一定の経営関与を求めてくることが想定される。 なお、先代経営者にとっては、株式の譲渡対価は本連載の主題である老後資金の要となるため、ある程度の対価設定を行いたいところではある。しかし、会社の将来や従業員の雇用確保の観点からは、外部M&Aに係る対価設定に満たない価格での売却となることも想定はしておかなければならない。 〔図3〕 後者の「後継者の覚悟」については、後継者が会社経営を行っていくうえで、自らが出資者として様々なリスクをとる覚悟があるか否かである。 中小企業においては、上記のような株式取得に係るリスクの他に、法人借入に係る個人保証としてのリスクがある。中小企業が借入を行う場合には、経営者が連帯保証人となるケースが多々あるので、この個人保証についても、事業を承継した後継者への付替えを検討しなければならない。 後継者がそれまで役員として会社の経営の一角を担ってきたにしろ、出資や借入保証などの金銭的なリスク、また最終責任者として損害賠償や雇用リスク等を負いながらの経営とは、その重圧が大きく異なる。事業承継を担う専門家としては、これらのリスクを負いながら会社経営を行っていくことへの覚悟があるのかについて、後継者候補者に説明する必要がある。 実際のMBO提案事例の中でも、先代経営者の観点からMBOの土台は整っているような優良中小企業においても、事業承継での後継者リスクの説明を行い後継者として事業承継を行っていくことの「覚悟」を確認した結果、最終的には全員がリスクを敬遠しMBOが実行されなかったケースもある。 3 事業承継税制の特例措置適用時の留意点 平成30年度税制改正で創設された(法人版)事業承継税制の特例措置は、親族外後継者に対する自社株式の贈与についても納税猶予の対象とされる制度設計となっている。上述のとおり自社株式の購入資金を持ち合わせていない後継者にとっては、贈与による納税猶予の適用を受け、一旦は無税での引継ぎが可能となる。 しかし、先代経営者の相続の際には当該自社株式に係る納税猶予分が持ち戻されることとなり、先代経営者の相続人と後継者が一緒に相続税申告を行っていくこととなる。この相続においては、後継者は引き継いだ自社株式分の相続税について、改めて相続税の納税猶予に切り替えて申告を行うことは可能となる。しかし、一方で、親族である他の相続人の相続税については、当該自社株式分も相続財産を構成することから、全体での相続税の税率が高く設定されてしまうため、自社株式を引き継いでいないにもかかわらず、結果として納税額が高く計算されてしまうといった弊害が生じることとなる。 したがって、親族外承継を行う場合において、事業承継税制の特例措置の適用を受けるときは、後継者のみならず、先代経営者自身の相続税についても視野に入れた検討が必要となってくる。 (了)
令和時代の幕開けに思い馳せる 会計事務所経営 【第6回】 「既成概念を覆して未曽有の人材不足を乗り切る」 ~事業戦略と組織戦略の融合性~ (組織論②:採用編) 株式会社アーヌエヌエ 代表取締役 杉山 豊 さて、今回は組織論の2回目、喫緊の経営課題でもある「人材採用」を中心に、会計事務所経営のお話をしたいと思います。 ➤「既成概念を覆す思考」で採用難に立ち向かう ところで、現在、先生の事務所の人手は足りていますか? 間違いなく言えることは、今までの採用戦略ではなかなか人を採用できないということです。 では、どのような戦略を取るべきか。 1つは「事業戦略」を見直すことで「組織戦略」を変更すること。つまり、既存の事業を見直し、人手に左右されないビジネスモデルを構築することです。 私はここ数年、お世話になっている先生方にこんな相談をされます。 「杉山さん、あなたの仕事はいくらでもお手伝いするので、人を紹介して欲しい」 その相談に対して、決して軽々しく「はい」と答えるような無責任なことはできません。 むしろ、このように回答します。 「先生、これを機に景気に左右されない、お客様が増えることで人手を増やさなければならない現状のビジネスモデルの見直しを考えてみませんか」 「事業戦略を見直すことで、今、先生が欲しい人材像を少し見直して採用定義を改めて考えてみませんか」 すなわち、「客数」に依存するモデルでなく、「客単価」を追求するモデルにチェンジすること、同じお客様からのキャッシュポイントを変更することで高単価を目指すことです。 また、いわゆる“製販分離”を進めることで、製造部門の人材を在宅勤務の主婦など外部に委託する、その上で既存社員の職務を販売に変更する。またRPA(自動化・効率化する取り組み)などの人に頼らない組織体制に変更し、既存社員の職務活路を見出す。そして既存社員が販売に向かない傾向であれば、シンプルに営業マンの採用に舵を切ります。 こんな大胆さもなければ、今の採用難には立ち向かえないと私は考えます。 いわば、「既成概念を覆す思考」こそが採用難を打破するポイントになるのではないでしょうか。 ➤「ブランディング」を採用戦略にも活かす 2つ目は、採用にも「ブランディング」を導入することです。 本連載で取り上げてきたブランディングは、何も税理士業務そのものだけではなく、今や人材採用にも取り入れる必要があります。 さて、ここで質問です。 先生の事務所では採用活動において事務所の“らしさ”=“個性”を存分に発揮していますか? “らしさ”とは、本連載でお話してきた、ビジョン、ミッション、バリューなどの企業理念のことを指しています。 そして、これこそ大きな事務所とも競争できる、むしろ競争することすら必要のない独壇場に持ち込める採用戦略なのです。 ➤今の時代に合わせた採用コストのかけ方 今の時代、多くの求職者はホームページはもちろんのこと、SNSなどを駆使して情報を入手するのが当たり前です。 応募の前には、その事務所のホームページがあれば当然確認していることでしょう。 そうなれば、ホームページが存在しない、又はホームページが更新されていないことにより求職者が集まらないことは想像に難くありません。 それどころか、ホームページの体裁や掲載内容から求職者は自身の希望と合う事務所かどうかを判断するとさえ言われています。 先生が笑顔いっぱいの写真で求職者に自社の理念を語りかけている、全スタッフが笑顔で求職者を迎え入れ、それぞれの趣味や特技、将来の夢や他の事務所とここが違うなど事務所のアピールポイントを存分に伝えている。またはある社員の1日の働き方やお客様からの事務所の推薦文を掲載するなど、創意工夫に溢れたホームページを掲載している事務所は数多くあります。 このような工夫をしている事務所としていない事務所では、当然ながら求職者の反応は違います。決して事業規模やネームバリューだけで、求職者は選んでいないといえるでしょう。 これを機に、採用ページ作成などへの採用コストのかけ方も見直してはいかがでしょうか。 採用に苦しんでいる事務所の原因として1つ言えるとすれば、コストが適正にかけられていないということです。 今や採用は「100人のうち1人きてくれればいい」という発想ではなく、「あなただけが必要なんです!」といったメッセージ性をもって、「1人の求職者を離さない」という戦略が必要です。 ➤面接のポイントは「聴く」こと また、採用活動において履歴書の見方や面接の進め方もとても重要な要素です。 せっかく応募してくれた求職者の履歴書を、興味関心を持って見られていますか? わざわざ足を運んでくれた求職者を、感謝の気持ちをもって誠心誠意対応していますか? 面接はとても疲れるものです。その最大の理由は、一生懸命に耳を傾け、相手のことを聴こうとするからです。 人の話を真剣に聴こうとするならば、疲れないわけがありません。 もし疲れがないのならば、それは相手にもきっと伝わっています。 これが求職者に事務所が選ばれない原因の1つといっても過言ではないでしょう。 また「面接をしても相手のことがよくわからない」と相談されることがあります。 それは恐らく聴いていない、もしくは面接官である先生方が、自分の想いだけをぶつける一方的な面接になっている可能性があります。 面接とは相手のことを理解することです。であれば、営業と同じく相手を知るために話を聴く必要があります。聴くことだけに終始するぐらいで良いのです。 面接の時間配分もしっかりして、訪れた求職者を決して離さないという心構えで、最大のチャンスを自ら逃さないようにしてください。 そして面接では「1回で終わらせず2回」、「1人の目だけでなく2人以上の目で見る」ということをしてください。これは実は当たり前のことですが、会計事務所を含めた中小零細企業では行われていない実態があります。 これらの最低限のことができているか、今一度採用実務を見直してください。 ➤「採用定義」の見直しでミスマッチをなくす 次にお話するのが「採用定義」についてです。 多くの会計事務所を含めた中小零細企業において、求職者の要件定義が緩い、甘い、他と変わらないといった実態があります。 実は今や採用定義はしっかりと詳細に定義したほうが採用しやすい、また、採用した人材が退職しないとまで言われています。 それはなぜか? 答えとしては、要件が細かいほど先生方の思考や希望に合致させやすい、応募があれば事務所が求める人材である可能性が高くなるからです。 たくさんの同業種求人があり、今や比較もとてもしやすいので、先生方が得意とする2期比較同業他社比較などの経営分析と同じく、採用においても比較することで戦略を見直してください。 「唯一無二の求人要件を実現すること」そのためのカギとなるのは、先生のすごく身近にいる今のスタッフの方です。 一番長くいる方がその事務所の個性と良さ、そして弱点すら把握していますので求人要件を作るための力強いサポーターになってくれるかもしれません。 ➤「幸せな採用」をするために 最後になりますが、採用したのであれば、社員として「定着してもらう」、「希望するパフォーマンスを出してもらう」ことにこそ意味があります。 せっかく採用した人材が数ヶ月で退職してしまう、その理由はどこにあるのでしょうか。 もしかすると事務所にも、そして入社したスタッフにも将来像が見えていないのかもしれません。 そこで働く意味、将来性を感じるか否か、いわゆる社員との『握り』(期待値のすり合わせ)が甘くなってはいないでしょうか。 事務所として何を採用者に期待しているのか、採用者は事務所に何を期待するのか、そのすり合わせがしっかりできて、お互いに夢をかなえるためのパートナーだと確信した時にこそ、「幸せな採用だった」と言えるのではないでしょうか。 * * * うちは「零細だから」「小さい事務所だから」と採用を諦めないでください。 応募者は「先生と働きたいかどうか」を冷静に見ています。 欲しいと思った人材は、決して喰らいついて離さずに渾身のスカウトをしてください。ここぞとばかりの口説き文句を用いて、その応募者を先生の虜にしてください。 そうすれば、必ず採用できます! 大きな事務所も競争相手にはなりません! そのための最大のキラーコンテンツは、まさに「先生」そのものです。 (了)