〔事例で使える〕 中小企業会計指針・会計要領 《棚卸資産》編 【第2回】 「棚卸資産の評価方法(2)~個別法、先入先出法、最終仕入原価法」 公認会計士・税理士 前原 啓二 はじめに 前回は棚卸資産の評価方法のうち「総平均法」、「移動平均法」について算定方法等を示しました。 今回は、「個別法」、「先入先出法」、「最終仕入原価法」による具体的な棚卸資産の算定方法をご紹介します。 【設例2】 A社(12月31日決算)は、様々な商品を仕入して販売する会社です。その様々な取扱商品のうちの1つである「商品B」の当期(×1年1月1日~×1年12月31日)の仕入状況と売上状況は、次のとおりです。 仕入状況(当期仕入計10個、620円)⇒ 仕入時に仕入計上しています。 2月18日:8個×@60円/個=480円 8月6日:2個×@70円/個=140円 売上状況(当期売上計9個、900円)⇒ 売上時に売上計上のみ仕訳しています。 3月25日:4個×@100円/個=400円 9月30日:5個×@100円/個=500円 「商品B」の前期末棚卸高、当期末棚卸高は、下記のとおりです。 前期末棚卸高(×0年12月31日):2個、100円(いずれの評価方法でも@50円/個) 当期末棚卸高(×1年12月31日):3個 1 決算整理仕訳 A社の「商品B」に係る決算整理仕訳は、次のとおりです。 〈×1年12月31日〉 (※) 個別法の場合:190(期末に2月18日仕入分2個、8月6日仕入分1個が残っていたと仮定)、先入先出法の場合:200、最終仕入原価法の場合:210。 前回に引き続き、中小企業会計指針において原則とされるいわゆる「原価法」での各評価方法を、ご紹介します。 (1) 個別法 「個別法」は、期末棚卸資産の全部について、その個々の取得価額をその取得価額とする方法です(法令28①一イ)。個別法は、個別性が強い棚卸資産の評価に適しています。 この設例では、期末に2月18日仕入分2個(仕入単価@60円/個)と8月6日仕入分1個(仕入単価@70円/個)が残っていたと仮定しているので、期末商品棚卸高は、2個×@60円/個+1個×@70円/個=190円と算定されます。この結果、当期の売上原価は、期首商品棚卸高100円+当期仕入620円-期末商品棚卸高190円=530円となります。 他の評価方法と比較するためにあえて当期の商品Bの受払記録簿を作成すると、下記のようになります。この設例では、期末棚卸高が算定された後に売上原価を算出することとしたため、期中の払出単価・金額について、その都度の算定を省略しています。 (2) 先入先出法 「先入先出法」は、期末棚卸資産をその種類等の異なるごとに区別し、その種類等の同じものについて、その期末棚卸資産をその事業年度終了の時から最も近い時において取得をした種類等を同じくする棚卸資産から順次成るものとみなし、そのみなされた棚卸資産の取得価額をその取得価額とする方法です(法令28①一ロ)。 この設例では、期末時から最も近い時において取得をした商品は、8月6日仕入分(仕入単価@70円/個)ですが、この時は2個だけの仕入なので、もう1個はさらに遡って2月18日仕入分(仕入単価@60円/個)からとして、期末商品棚卸高は、2個×@70円/個+1個×@60円/個=200円と算定されます。この結果、当期の売上原価は、期首商品棚卸高100円+当期仕入620円-期末商品棚卸高200円=520円となります。 当期の商品Bの受払記録簿を作成すると、下記のようになります。期中の払出単価・金額は、その都度算定されるため、その都度の記録ができます。 (3) 最終仕入原価法 「最終仕入原価法」は、期末棚卸資産をその種類等の異なるごとに区別し、その種類等の同じものについて、その事業年度終了の時から最も近い時において取得したものの一単位当たりの取得価額をその一単位当たりの取得価額とする方法です(法令28①一ホ)。 この設例では、期末時から最も近い時において取得をした商品は、8月6日仕入分(仕入単価@70円/個)なので、期末商品棚卸高は、3個×@70円/個=210円と算定されます。この結果、当期の売上原価は、期首商品棚卸高100円+当期仕入620円-期末商品棚卸高210円=510円となります。 他の評価方法と比較するためにあえて当期の商品Bの受払記録簿を作成すると、下記のようになります。期末棚卸高が算定された後に売上原価を算出するため、期中の払出単価・金額は、その都度の算定ができません。 なお、最終仕入原価法は、例えば、在庫数量の多い商品等について期末直前に少量の高額単価の仕入を行って期末商品評価額を恣意的に増加させるなど、悪用されると多額の評価損益を計上する可能性があるので、これを無条件に使用するのは妥当ではありません。これにより、中小企業会計指針において、最終仕入原価法を用いることができるのは、期間損益の計算上著しい弊害がない場合に限定されています(中小企業会計指針28)。 2 決算書 決算書の金額のうち「商品B」に係る部分は、次のとおりです。 【×1年12月31日決算期】 (了)
企業結合会計を学ぶ 【第12回】 「取得企業の増加資本の会計処理」 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 今回は、取得企業の増加資本の会計処理について解説する。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 新株を発行した場合の会計処理 1 基本的な会計処理 企業結合の対価として、取得企業が新株を発行した場合には、払込資本(資本金又は資本剰余金)の増加として会計処理することになる(結合分離適用指針79項)。 これは、パーチェス法の会計処理では、取得企業の増加すべき株主資本は払込資本を増加させることが適当と考えられたことによる。このため、留保利益である利益剰余金を増加させることはできない(結合分離適用指針384項、408項)。 2 増加すべき払込資本 増加すべき払込資本の内訳項目(資本金、資本準備金又はその他資本剰余金)は、会社法の規定に基づき決定する(結合分離適用指針79項)。 取得企業の増加すべき株主資本は、会計上、払込資本に限定した上で、具体的にどの株主資本項目を増加させるかは、分配可能額を定める会社法の規定に基づき決定する(結合分離適用指針385項)。 会社法では、企業結合が「取得」とされた場合、企業結合による増加すべき株主資本のうち、どの株主資本項目を増加させるかは、吸収合併消滅会社又は分割会社の資本構成にかかわりなく、吸収合併存続会社又は吸収分割承継会社が任意に決定できるとされている(結合分離適用指針386項)。 結合分離適用指針は、企業結合の手続の中で剰余金が直接増加したとしても、会計上は分配可能な払込資本が増加したものと考えて、その他資本剰余金を増加させる処理を規定している(結合分離適用指針387項)。 3 増加すべき株主資本の算定 増加すべき株主資本の額は、結合分離適用指針38項の取得の対価の算定に準じて算定する(結合分離適用指針79項)。 吸収合併存続会社(取得企業)は、受け入れる資産及び負債の取得原価を、対価として交付する株式の時価で測定することになるので、払込資本(資本金又は資本剰余金)は、発行した新株の時価により増加し、また、吸収合併消滅会社の株主資本以外の各項目である評価・換算差額等は吸収合併存続会社には引き継がれないことになる(結合分離適用指針408項(1)、384項~387項)。 Ⅲ 自己株式を処分した場合の会計処理 1 基本的な会計処理 企業結合の対価として、取得企業が自己株式を処分した場合(新株の発行を併用した場合を含む)には、増加すべき株主資本の額(自己株式の処分の対価の額。新株の発行と自己株式の処分を同時に行った場合には、新株の発行と自己株式の処分の対価の額)から処分した自己株式の帳簿価額を控除した額を払込資本の増加(当該差額がマイナスとなる場合にはその他資本剰余金の減少)として会計処理する(結合分離適用指針80項)。 2 増加すべき払込資本 増加すべき払込資本の内訳項目(資本金、資本準備金又はその他資本剰余金)は、会社法の規定に基づき決定する(結合分離適用指針80項)。 対価が新株のみの場合の処理及び会社計算規則との整合性を考慮し、増加すべき株主資本の額(自己株式の処分の対価の額)から処分した自己株式の帳簿価額を控除した額について、払込資本(資本金又は資本剰余金)を増加(当該差額がマイナスとなる場合にはその他資本剰余金を減少)させることとし(結合分離適用指針80項、112項)、会計上、取得企業の増加すべき株主資本を払込資本に限定した上で、具体的にどの株主資本項目を増加させるかは、分配可能額を定める会社法の規定に基づき決定することとしている(結合分離適用指針388項)。 3 増加すべき株主資本の算定 増加すべき株主資本の額は、結合分離適用指針38項の取得の対価の算定に準じて算定する(結合分離適用指針80項)。 Ⅳ 取得企業の株式以外の財産を交付した場合の会計処理 1 基本的な会計処理 企業結合の対価として、取得企業が自社の株式以外の財産を交付した場合には、当該交付した財産の時価と企業結合日の前日における適正な帳簿価額との差額を損益に計上する(結合分離適用指針81項)。 2 時価と帳簿価額との差額の処理 会社法は、吸収合併、吸収分割又は株式交換の場合において、吸収合併消滅会社の株主、吸収分割会社もしくはその株主又は株式交換完全子会社の株主に対して、吸収合併存続会社、吸収分割承継会社又は株式交換完全親会社の株式を交付せず、金銭その他の財産を交付することができるとしている(結合分離適用指針389項)。 企業結合会計基準84 項は、「取得原価は対価の形態にかかわらず、支払対価となる財の時価で算定される」としているので、企業結合の対価として、取得企業の株式又は現金以外の財産を交付した場合にも、取得の対価は交付した財産の時価を基礎として算定することになり、交付した財産の時価とその適正な帳簿価額との差額については、資産の処分取引として考えて、当該差額は取得企業の損益として処理することになる(結合分離適用指針389項)。 Ⅴ 子会社が親会社株式を交付した場合(いわゆる三角合併などの場合)の会計処理 子会社が親会社株式を支払対価として他の企業と企業結合する場合(いわゆる三角合併などの場合)には、次のように会計処理する(結合分離適用指針82項)。 子会社が親会社株式を支払対価として他の企業と企業結合する場合には、企業集団からみると、親会社が企業結合の対価として自己株式を処分する取引と同様に考えることができる(結合分離適用指針390項)。 そこで、連結財務諸表上は資本取引として取り扱うことが適当であると考えて、子会社の個別財務諸表上、損益に計上した親会社株式の処分差額を連結財務諸表上は自己株式処分差額に振り替える処理を行う(結合分離適用指針390項)。 Ⅵ 吸収合併消滅会社の最終事業年度の会計処理 吸収合併が「取得」とされた場合の吸収合併消滅会社の最終事業年度の財務諸表は、吸収合併消滅会社が継続すると仮定した場合の適正な帳簿価額による(結合分離適用指針83項)。 合併による企業結合が「取得」とされた場合、吸収合併消滅会社は会計上も清算されたとみるため、吸収合併消滅会社の最終事業年度の財務諸表は、正味売却価額に基づくことが考えられる。 しかしながら、実務における費用対効果を勘案して、吸収合併消滅会社の最終事業年度の財務諸表は、吸収合併消滅会社が継続すると仮定した場合の適正な帳簿価額によることとしたものである(結合分離適用指針391項)。 (了)
「働き方改革」でどうなる? 中小企業の労務ポイント 【第2回】 「年次有給休暇が取得できる仕組みづくり(その2)」 -取得しやすい環境づくりと管理方法及び取得に関する留意点- Be Ambitious社会保険労務士法人 代表社員 特定社会保険労務士 飯野 正明 前回説明した「働き方改革関連法」による有給休暇取得義務化の概要を踏まえて、今回は有給休暇を取得しやすい環境づくりに向けた具体的な施策や管理方法、取得に関する留意点等について解説していきます。 ▷取得しやすい環境づくり 今まで「有給休暇を取得しなさい!」なんて言われたことのある従業員は、ほとんどいないのではないでしょうか。 また、体調が悪いわけでもないのに「会社を休む」ことに罪悪感があり、有給休暇を取得することで「みんなに迷惑がかかるから」とためらいを感じている人が多いことが、有給休暇の取得率が上がらない理由の1つとされています。 このような環境を変えていくことが、これからの労務管理に求められるのです。もし、年5日取得できない従業員が多くいて、忙しい年度末にまとめて取得をさせなければならない状況となったら、困るのは会社です。 会社として、取りやすい時季に有給休暇を取得してもらう仕組みの整備を検討しましょう。 ➤ 管理職こそ率先して! おそらく、部下の有給休暇取得を管理するのは、「管理職」の新たな役割となるでしょう。この役割を果たすためには、管理職自身が、率先して有給休暇を取得して見本を見せることが求められます。 例えば、管理職の人たちが、有給休暇を取得して「良かった」、「リフレッシュできた」と感じ、「この前、有給休暇を取ってのんびりできたぞ。みんなも取れよ!」なんて言ってもらうことが、部下が有給休暇を取得しやすい環境への第一歩となるのです。 ある勤務医の方が生まれ初めて有給休暇を取って温泉に行ったときに、「不謹慎かもしれないけど、みんなが働いているときに休むって凄くリフレッシュできるし、戻ったら頑張ろうって思えたんだよね」という話をしてくれました。 こういった話をしてくれる上司が増えてこないと、なかなか有給休暇を取りづらい環境は変わらないのかなと感じています。 ➤ 有給休暇付与日の統一 前回説明したとおり、有給休暇を「5日」取得しなければならない「1年」のスタート(基準日)は、有給休暇が付与された日となります。 そうなると、中途入社が随時ある中小企業では、「基準日」が各人ごとに異なるため、それぞれの取得義務の期間がバラバラになってしまい、管理が大変になってしまいます。 このような場合には、有給休暇の付与日を「毎月1日」に統一することで、「基準日」の管理が楽になります。 例えば、本来ならば、2月10日に入社した社員Aは6ヶ月経過後の「8月11日」、2月25日に入社した社員Bは「8月26日」が有給休暇付与日となります。これを8月中の付与日を全て「8月1日」に統一してしまうのです。こうすれば、起算日は個人ごとの管理ではなくなるため、1年のうちそれぞれの月初めだけとなり、最大でも12通りとなります。 企業にとっては、若干前倒しで有給休暇を与えることとなりますが、この程度であればそれほどの負担とはならないのではないでしょうか。 ➤ 計画付与の活用や希望日の調整 従業員本人が、自主的に5日以上有給休暇を取得してくれれば良いのですが、「これまでの取得率からすると、自主性に任せていては、取得できなさそう」といった場合にはどうしたらよいのでしょうか。 このような場合、「有給休暇の計画付与制度」を活用する方法があります。これは、会社側と労働者代表との協議を経て、「労使協定」を締結することで、有給休暇を一定の時季や期間に取得させることができる制度です。 例えば、飛び石連休の谷間の労働日に計画的に有給休暇を取得させることや、閑散期の週末、土日にプラス1日の有給休暇を取得させることで3連休が取れるようにするなどの工夫をして、取得を促してみてはいかがでしょうか。 また、有給休暇付与日から四半期ごとや半年経過後など一定の期日ごとに、有給休暇の取得状況を確認して、取得が進んでいない従業員には、有給休暇の希望日を聞いて会社側から時季を調整するといった方法も考えられます。 ▷有給休暇取得に関する留意点 ➤ 欠勤=有給休暇の振替 体調不良などで欠勤した場合に、事後有給休暇に振り替えることはよくあることでしょう。しかし、欠勤=有給休暇ということで自動的に振り替えていると、従業員にとっては、有給休暇を取得したという認識がないケースもあり、自分が申請した場合に、残日数が思っていたより少ないといったトラブルが想定されます。 欠勤を振り替える場合には、自動的に振り替えるのではなく、労働者に「欠勤」は「欠勤」の手続をしてもらい、その上で、その欠勤を有給休暇に振り替えるといった申請を行わせるようにしておく必要があります。もちろん、有給休暇は事前申請が原則ですので、欠勤を事後、有給休暇に振り替える義務が、会社側にあるわけではありません。 ➤ 半日有給休暇〇 時間有給休暇✕ 有給休暇を半日で取得できる制度がある会社においては、半日有給休暇を取得した場合には、0.5日として、時季指定義務の「5日」から控除することはできます。しかしながら、時間単位での有給休暇は控除の対象とはならないので注意が必要です。 例えば、1日8時間労働の会社において、時間単位有給休暇を4時間取得した場合と半日有給休暇を取得した場合、同じ4時間休んだとしても、前者については今回の時季指定権の5日にはカウントすることができません。 ▷取得のメリットにも着目! 今回の法改正による有給休暇が取得しやすい環境が、会社に定着するまでには時間がかかるのかもしれません。現状では、退職日が決まってから、退職するまでの間にまとめて有給休暇を取得することが慣習となっている会社も少なくありません。しかしそれよりも、在職中にリフレッシュしてもらって良い仕事をしてもらうほうが、よっぽど効率的ではないでしょうか。 ちょっと考えてみましょう。体調不良で休む場合はしょうがないような気もしますが、会社にとっては突然の休暇であり、穴を埋めるのは容易ではありません。しかし、リフレッシュのための有給休暇は、事前の申請に基づくものであり、多くの職場においてフォローは可能ではないでしょうか。 例えば、有給休暇を取るときに、「来週、有給休暇を取るので、もし〇〇会社から連絡があったら・・・」といったように、ちょっとした業務の引継ぎを行うことは一般的ではないでしょうか。ここでは「情報の共有」が従業員間でできていることになります。また、休暇明けには、お土産などを囲んで休み中の楽しかった話なども行われます。ここでは、「従業員間のコミュニケーション」が促進されているともいえます。企業にとって有給休暇の取得が負担となるといったマイナス面だけを見るのではなく、プラス面があることにも着目する必要があります。 なお、有給休暇の時季指定義務・付与日の統一・計画年休制度の導入については、就業規則の改定を伴いますので忘れずに行いましょう。 (了)
〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第18話】 「住宅ローン減税をめぐる3つのミス」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 「そうか・・・基本的なミスだな・・・」 中尾統括官は、2018年12月12日付けの日本経済新聞を見ながらつぶやく。 (※) 日本経済新聞2018年12月12日朝刊より 「納税者はともかく・・・税務署も見落としていた・・・とはなぁ・・・」 中尾統括官は、浅田調査官に声をかける。 「君は、大丈夫・・・だよね・・・」 確定申告書をチェックしていた浅田調査官は、驚いたように席を立つ。 「何の話ですか?」 中尾統括官は、読んでいた新聞を浅田調査官に見せて言う。 「住宅ローン減税の適用だよ。」 浅田調査官は、中尾統括官の机に近寄って、新聞を見る。 「ああ、この記事ですか・・・私も今朝、電車の中で読みました。」 浅田調査官は少し笑いながら答える。 「これって会計検査院の調査で分かったことで、これだけ大量のミスは、税務署としても恥ずかしいですよね。」 浅田調査官は他人事のように言う。 「この記事では、申告ミスがあった3つのケースを挙げていますが、1番目のミスが1万2,600人と最も多いですね。」 そう言いながら、浅田調査官は、中尾統括官の新聞を覗き込む。 「・・・親などから住宅購入目的で贈与を受けた場合、その物件の購入価格から贈与額を引いた差額かローン残高か、小さい方を基に計算すべきものを、単純に、年末のローン残高を基に申告していた、と・・・」 浅田調査官は、ペンを手にとって罫紙に図を描く。 「・・・このケースだと、家屋の取得価格3,000万円から贈与金額700万円を控除した額である2,300万円とローン残高の2,500万円のいずれか小さい方を基にして計算することになるので、2,300万円がローン控除の計算の基礎となる家屋の取得対価の額になるのですが、そうせずに、2,500万円でローン控除の計算をしていた、ということですね。」 中尾統括官は満足そうに浅田調査官の説明を聞いている。 「浅田君が住宅ローン控除制度についてこれだけ深く理解しているのだから・・・我が税務署では会計検査院から誤りの指摘を受けることはないだろうな。」 中尾統括官はニヤニヤしながら言う。 「・・・それで2番目のミスは、自宅の売却益について、居住用財産の3,000万円控除の特例を受けた場合、一定期間は住宅ローン控除の特例を受けられないにもかかわらず、ローン控除を行っていたというもので・・・これは、新聞によれば1,800人となっています・・・」 浅田調査官は、新聞を覗きながら確認する。 「この取扱いは、措置法41条にハッキリ書いてあるだろう・・・確か・・・同条の15項に適用除外の特例が列挙されていたと思う・・・」 中尾統括官は税務六法を開き、措置法41条15項を見る。 「これらの条文は、土地建物等の課税の特例で・・・政策的に軽減措置を設けているもので、ローン控除の特例と二重に税負担の軽減を認めないという趣旨なのでしょうね。」 中尾統括官は、各条文について特例の名称を書く。 「3番目のミスは、所得金額が2,000万円を超える場合、住宅購入目的で贈与を受けても非課税特例を適用できないにもかかわらず、適用していたというケースだが・・・これも措置法70条の2の2項1号で・・・合計所得金額が2,000万円以下である者は適用できないと規定しているから・・・税務職員がミスをするとは、とても考えられないよ・・・」 そう言いながら、中尾統括官は渋い顔をする。 「・・・しかし、このミスを犯した人は、新聞では100人ぐらいとなっています・・・さすがに税務職員も、すべてのミスをカバーするというのは無理でしょう・・・」 浅田調査官は同情的に言う。 「このようなミスは、本来、システムの中で、自動的にチェックできるようにすべきであると思うね。」 中尾統括官は腕を組みながら、浅田調査官をみる。 (つづく)
《速報解説》 会計協、「総合型確定給付企業年金基金に対する合意された手続業務に関する実務指針」を正式公表 ~公表日(2019.2.28)以降発行の手続結果報告書から適用~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2019年2月28日、日本公認会計士協会は、「総合型確定給付企業年金基金に対する合意された手続業務に関する実務指針」(業種別委員会実務指針第62号)を公表した。これにより、2019年1月17日から意見募集されていた公開草案が確定することになる。 これは、総合型の確定給付企業年金基金は、貸借対照表(年金経理)の資産総額が20億円を超えた決算の翌々年度決算から、公認会計士又は監査法人による会計監査又は合意された手続の実施が求められることになったことに対応するものである(7項)。 公認会計士等による会計監査は、従前から任意監査として行われるケースがあり、すでに「年金基金の財務諸表に対する監査に関する実務指針」(業種別委員会実務指針第53号)が公表されているが、「合意された手続」については新規に導入されることとなる。 なお、公開草案に対するコメントの概要及び対応も公表されている。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 実務指針は、表紙を含めて32ページに及ぶものであるので、以下では主な内容について解説する。 付録として次のものがある。 1 適用範囲 業務実施者は、総合型確定給付企業年金基金に対する「合意された手続業務」を実施する場合には、実務指針及び「合意された手続業務に関する実務指針」(専門業務実務指針4400。以下「専門実4400」という)に準拠することが求められる(2項)。 なお、公認会計士又は監査法人による会計監査を行う場合には、「年金基金の財務諸表に対する監査に関する実務指針」(業種別委員会実務指針第53号)に従って行う(1項)。 実務指針は、専門実4400に記載された要求事項を遵守するに当たり、当該要求事項及び適用指針と併せて適用するための指針を示すものであるが、一部専門実4400に加え新たな要求事項を追加している(2項)。 2 合意された手続業務の特質 合意された手続に関する業務実施者の報告は、手続実施結果を事実に則して報告するのみにとどまり、手続実施結果から導かれる結論の報告も、保証の提供もしない。このため、実施結果の利用者は、業務実施者から報告された手続実施結果に基づいて、自らの責任で結論を導くこととなる(4項)。 また、合意された手続業務では、保証業務における証拠収集手続と類似した手続が業務実施者により実施されるものの、結論の基礎となる十分かつ適切な証拠を入手することを目的とはしておらず、保証業務とはその性質を異にするものである(5項)。 合意された手続実施結果報告書には、以下のような特質がある(6項)。 実施結果報告書の表題は、通常、「独立業務実施者の総合型確定給付企業年金基金に係る合意された手続実施結果報告書」とする(A15項)。 3 手続及び証拠 業務実施者は、保証業務とは異なり、合意された手続のみを実施し、入手した証拠を実施結果報告書の基礎として利用しなければならない(23項) 業務実施者は、実施する手続の対象とする情報等を特定しなければならない(24項)。 合意された手続業務において適用される手続には、例えば、質問、分析などがあるが、手続は、「チェック」等の曖昧な表現を用いず、具体的かつ詳細に記述し、また、合意された手続として、「監査」、「検証」、「判断」、「レビュー」、「テスト」等の保証業務と誤解される可能性のある表現を用いることは適切ではない(A9項、A10項)。 合意された手続において、業務依頼者が計上された金額又は比率に関する推定値を提供しない限り、業務実施者は分析的手続を実施しない(A12項)。 分析的手続を実施する場合には、業務実施者は判断を行わず、計上された金額又は比率と業務依頼者から提供された推定値との差異を報告する。ただし、それが重要であるかどうかの判断は行わない(A12項)。 合意された手続の実施結果の記載の適切な例及び不適切な例としては、以下が挙げられる(A20項)。 4 手続実施結果と業務の実施過程において知るところとなった情報との矛盾 業務実施者は、業務依頼者及びその他の実施結果の利用者との間で合意された手続以外に、いかなる手続を実施する義務も負わない(26項)。 しかしながら、実施結果報告書日までの合意された手続業務の実施の過程において、実施結果報告書に記述される手続実施結果と矛盾した事実を示す重要な情報について知るところとなった場合には、合意された手続が依然として業務の目的に適合するものであるかどうかについて業務依頼者と協議し、手続の種類、時期及び範囲並びに内容の見直しを行うこと、又は当該実施結果報告書にこの事項を記載することを検討しなければならない(26項)。 Ⅲ 適用時期等 実務指針は、公表日(2019年2月28日)以降に発行する総合型確定給付企業年金基金に対する合意された手続実施結果報告書に適用する。 (了)
《速報解説》 中小企業経営強化税制、発電設備のうち販売用の電気量が総発電量の2分の1超となるものを対象から除外 ~経営強化法の改正省令及び告示案がパブコメに付される~ Profession Journal編集部 平成31年度税制改正では、今月末で適用期限を迎える下記3つの中小企業向け設備投資減税措置がそれぞれ2021年3月31日まで2年間延長されることになる。 上記のうち②及び③については、要件の見直しを行うことが税制改正大綱に明記されている。 まず商業・サービス業・農林水産業活性化税制に関し、大綱では次のように記載されている。 上記下線部に関し、現在参議院での審議に入っている税制改正法案では、措置法42条の12の3において下記のように下線部が追加される改正が行われ、一部が今後明らかとなる改正省令へ委任される形となっている。 一方で、中小企業経営強化税制については大綱に下記の記載があり、商業・サービス業・農林水産業活性化税制とは異なり、改正内容があいまいな表現となっていた。 上記のうち対象設備等の範囲の明確化については、経済産業省による公表資料において、「働き方改革に資する設備(休憩室に設置される冷暖房設備や作業場に設置されるテレワーク用PC等)も本税制措置の適用対象であることをQ&A集等を通じて明確化。」と記載されており、今後、中小企業庁によるQ&A集等の更新が予測される。 次に対象設備等の範囲の適正化に関しては、3月4日付で次のパブリックコメントが公表されている(意見・情報受付締切日は3月11日)。 上記の「改正案の概要」によると、本税制の対象設備から「発電の用に供する設備のうち主として電気の販売を行うために取得等をするものとして経済産業大臣が定めるものを除く」とされており、この経済産業大臣が定めるもの(告示案)として、次のように記載されている。 本来、中小企業経営強化税制の指定事業に「電気業」は含まれていないが、例えば製造業で工場内に設置した太陽光等の発電設備で発電した電気をその製造業に使用し、余剰の電力を販売した場合には、本税制を適用することができる(※)ところ、実際にはほぼ電気業である場合でも意図的に他の事業と共通して使用することで適用を受けるケースについて、対象から外す目的があると考えられる。 (※) 措置法通達42の12の4-7《指定事業とその他の事業とに共通して使用される特定経営力向上設備等》において「指定事業とその他の事業とを営む法人が、その取得等をした特定経営力向上設備等をそれぞれの事業に共通して使用している場合には、その全部を指定事業の用に供したものとして措置法第42条の12の4の規定を適用する。」とされている。 なお、上記の見直しに加え、冒頭①~③の税制については、共に今回の延長に伴い、中小企業者のうち適用除外事業者(前3事業年度の平均所得金額が15億円を超えるもの)を適用対象外とする改正が行われている(平成31年4月1日以後に開始する事業年度から)。 (了)
《速報解説》 KAM規定に係る「独立監査人の監査報告書における監査上の主要な検討事項の報告」の新設含む改正監査基準委員会報告書等が公表される ~コメント対応も明らかに~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2019年2月27日、日本公認会計士協会は、「監査基準の改訂に関する意見書」(2018年7月5日、企業会計審議会)の公表に伴い、国際監査基準を踏まえて、以下の監査基準委員会報告書等の新設又は改正を公表した。これにより、2018年10月19日から意見募集されていた公開草案が確定することになる。 監査基準の改訂に対応する「財務諸表等の監査証明に関する内閣府令及び企業内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」(内閣府令第54号)などは、2018年11月30日に公布されている。 なお、公開草案に対するコメントの概要及び対応(以下「コメント対応」という。全体で48ページに及ぶ)も公表されている。 本稿では、監査基準委員会報告書701「独立監査人の監査報告書における監査上の主要な検討事項の報告」の新設が、他の監査基準委員会報告書の改正に関連するので、上記の①と②について解説を行う。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 「独立監査人の監査報告書における監査上の主要な検討事項の報告」の主な内容 今回の改正に際して、財務諸表外の開示と財務諸表内の開示を明確に区別するため、企業会計基準委員会(ASBJ)の会計基準で用いられている用語を参考に、財務諸表内の開示について、財務諸表本表における勘定科目や区分を指す場合は「表示」を使用し、財務諸表の注記を指す場合は「注記事項」に統一している(コメント対応No.7)。 1 監査上の主要な検討事項の決定 「監査上の主要な検討事項」とは、当年度の財務諸表の監査において、監査人が職業的専門家として特に重要であると判断した事項をいう(7項)。国際監査基準では、KAM(Key Audit Matters)として規定されているものである。 監査上の主要な検討事項は、監査人が監査役等とコミュニケーションを行った事項から選択される(7項)。 上場企業の監査では、監査人が監査役等とコミュニケーションを行った事項の中には、監査報告書において報告すべき監査上の主要な検討事項が1つは存在していると考えられている(A59項)。 しかしながら、例えば、企業の実質的な事業活動が極めて限定される状況においては、監査人が特に注意を払った事項がないため、9項に基づき監査上の主要な検討事項がないと監査人が判断することがある(A59項)。 監査人は、監査役等とコミュニケーションを行った事項の中から、監査を実施する上で監査人が特に注意を払った事項を決定しなければならない。その際、監査人は以下の項目等を考慮しなければならない(8項)。 監査人は、上記に従い決定した事項の中からさらに、当年度の財務諸表の監査において、職業的専門家として特に重要であると判断した事項を監査上の主要な検討事項として決定しなければならない(9項)。 なお、監査役等とコミュニケーションを行った事項には、上記(8項)の①から③に記載された事項以外があり、それらについて監査人が特に注意を払った事項となることがある。また、監査人が特に注意を払った事項には、財務諸表に明記されていない事項が含まれることがある(新しいITシステムの導入など。A18項)。 2 監査上の主要な検討事項の報告 「監査上の主要な検討事項」区分の冒頭に以下を記載しなければならない(10項)。 監査報告書の「監査上の主要な検討事項」区分において、以下を記載しなければならない(12項)。 監査上の主要な検討事項(KAM)に関連する財務諸表における開示への参照などの記載に関して、次のコメント対応が記載されている(コメント対応No.22、27、45)。 3 監査上の主要な検討事項の記載に関する留意点 監査人は、監査上の主要な検討事項の記載に当たって、以下について留意することが適切である(A47項)。 連結財務諸表と個別財務諸表の監査上の主要な検討事項(KAM)の記載に関して、次のコメント対応が記載されている(コメント対応No.9、10)。 4 監査役等とのコミュニケーション 監査人は、以下に関して監査役等とコミュニケーションを行わなければならない(16項)。 5 比較情報 財務諸表に比較情報が含まれる場合、監査人は、比較情報に係る監査意見の表明方式が比較財務諸表方式か対応数値方式かにかかわらず、過年度の財務諸表監査に関連する監査上の主要な検討事項について、監査報告書において、通常記載しない(A10項)。 次のことが記載されているので、注意が必要である。 6 守秘義務など 監査人は、監査上の主要な検討事項として決定した事項を報告することについて、我が国における職業倫理に関する規定に照らして検討することが必要となることがある(A55項)。 監査人が追加的な情報開示を促した場合において経営者が情報を開示しないときに、監査人が監査の基準に基づき正当な注意を払って職業的専門家としての判断において当該情報を監査上の主要な検討事項に含めることは、監査人の守秘義務が解除される正当な理由に該当する(倫理規則6条8項3号ニ)。 当該事項を監査上の主要な検討事項として報告しない場合、監査人が検討した論点は複合的であり、また、その決定は監査人の重要な判断を伴うことから、法律専門家に助言を求めることが適切と考えることがある(A56項)。 Ⅲ 「財務諸表に対する意見の形成と監査報告」の主な改正内容 監査人は、適用される財務報告の枠組みにより要求される事項に基づき、特に以下を評価しなければならないとされている(11項)。 また、監査報告書には、「監査意見」区分に続けて「監査意見の根拠」という見出しを付した区分を設け、以下を記載しなければならない(26項)。 そのほか、「財務諸表監査における監査人の責任」(36項)における「会計方針及び会計上の見積りの評価」、「継続企業の前提の評価」、「表示及び注記事項の検討」などの項目や、「財務諸表が適正表示を達成しているかどうかに関する評価」(12項、A7~A9項)、「我が国における職業倫理に関する規定」(26項(3)、A34項、A35項)、《付録 財務諸表に対する監査報告書の文例》など多くの項目が改正されている。 Ⅳ 適用時期等 「監査上の主要な検討事項」に関連する改正は、2021年3月31日以後終了する事業年度に係る監査から適用する。 ただし、2020年3月31日(米国証券取引委員会に登録している会社においては2019年12月31日)以後終了する事業年度に係る監査から早期適用することができる。 上記以外の改正は、2020年3月31日以後終了する事業年度に係る監査から適用する(違法行為に関連する事項など、別途、規定されているものがある)。 監査上の主要な検討事項(KAM)の早期適用に関して、次のコメント対応が記載されている(コメント対応No.15)。 (了)
《速報解説》 内部監査人の作業の利用や注記事項の監査強化を目的とした監査基準委員会報告書の改正(公開草案)が公表される ~IAASB実施のプロジェクトに対応し14の報告書等を改正、原則2020.4.1以後開始事業年度から~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2019年2月26日、日本公認会計士協会は、監査基準委員会報告書610「内部監査の利用」など多くの監査基準委員会報告書の改正に関する公開草案を公表し、意見募集を行っている。 これは、国際監査・保証基準審議会(IAASB)において検討された内部監査プロジェクト及び財務諸表の注記事項の監査を強化するプロジェクトに対応するものである。 改正する監査基準委員会報告書は次のとおりである。 意見募集期間は2019年3月26日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 改正する監査基準委員会報告書が多いので、以下では主な内容について解説する。 「リスク評価関連の監査基準委員会報告書(公開草案)改正の概要」も公表されているので、公開草案全体の概要の理解に資するものと思われる。 1 内部監査人の作業の利用 本報告書は、企業が内部監査機能を有し、監査人自らが実施する監査手続の種類もしくは時期を変更するか又は範囲を縮小するために内部監査人の作業の利用を想定する場合に、以下の事項について判断することについて規定している(9項)。 監査人は表明する監査意見に対して単独で責任を負うことから、計画された範囲で内部監査人の作業を利用した場合でも、監査人が監査に十分に関与したかどうかを総合的に評価しなければならない(15項)。 また、監査人は、監査基準委員会報告書260「監査役等とのコミュニケーション」13項に従って、監査役もしくは監査役会、監査等委員会又は監査委員会と、計画した監査の範囲とその実施時期に関するコミュニケーションを行う際に、内部監査人の作業の利用をどのように計画したかについてコミュニケーションを行わなければならないとされている(16項)。 監査人は、以下の事項を評価した上で、内部監査人の作業が監査の目的に照らして利用できるかどうかを判断しなければならないとされている(11項)。 内部監査人の作業に対して実施する監査人の手続の種類及び範囲について規定されている(20項)。 2 企業及び企業環境の理解を通じた重要な虚偽表示リスクの識別と評価 リスク評価手続において、内部監査に従事する適切な者(内部監査機能がある場合)への質問が要求されている(5項(1))。 また、企業が内部監査機能を有している場合、監査人は、内部監査機能の責任、組織上の位置付け、及び実施された又は実施される予定の業務を理解しなければならないとされている(22項)。 監査人が理解すべき財務報告に関連する情報システムには、総勘定元帳や補助元帳だけでなく、それ以外の情報システムの注記事項に関連する部分を含めなければならず、また、取引種類、勘定残高及び注記事項(定性的及び定量的な情報を含む)を検討することにより、虚偽表示リスクを識別することとされている(17項、25項)。 3 財務諸表監査における総括的な目的 「虚偽表示」とは、報告される財務諸表項目の金額、分類、表示又は注記事項と、適用される財務報告の枠組みに準拠した場合に要求される財務諸表項目の金額、分類、表示又は注記事項との間の差異をいい、注記事項についても明記されている(12項(6))。 注記事項は、適用される財務報告の枠組みにより求められている、又は明示的か否かにかかわらず記載が認められている説明的もしくは記述的な情報から構成され、注記事項は、財務諸表本表において、又は脚注方式で記載されるが、財務諸表から他の文書に参照をすることによって財務諸表に組み込まれることもある(12項(9))。 監査基準委員会報告書は、会計上の見積り及び関連する注記事項が適用される財務報告の枠組みに照らして合理的又は妥当であるかどうか、並びに企業の会計実務の質的側面(経営者の判断に偏向が存在する兆候を含む)について、特定の検討を行うことを監査人に要求している(A45項)。 4 財務諸表監査における不正 不正な財務報告を行う方法として、適用される財務報告の枠組みで要求される注記事項又は適正表示を達成するために必要な注記事項を省略したり、不明瞭に記載したり、又は誤った表示をしたりすることが規定されている(A4項)。 監査チーム内の討議事項として、経営者が注記事項を、適切な理解を妨げるような方法(例えば、あまり重要でない情報を多く含めたり、不明瞭で曖昧な表現を使用したりするなど)で記述しようとするリスクの検討を含むとしている(A10項)。 5 監査計画 注記事項には広範囲かつ詳細な情報が含まれることから、注記事項に関連するリスク評価手続及びリスク対応手続の種類、時期及び範囲の決定は重要であるとし、監査の初期段階における注記事項の検討により、以下の事項に関する判断への役立ちが規定されている(A13項、A14項)。 6 監査の計画及び実施における重要性 定性的な注記事項が重要であるかどうかを判断する際に、監査人が考慮する要因には例えば以下がある(A2項)。 7 評価したリスクに対応する監査人の手続 財務諸表の表示及び注記事項の妥当性の検討に際して、次の事項を検討する(23項)。 監査人が監査手続の実施の時期を検討する際に考慮する要因として、財務諸表、特に貸借対照表、損益計算書、包括利益計算書、株主持分変動計算書又はキャッシュ・フロー計算書に計上された金額についての詳細な説明を提供する注記事項の作成時期がある(A14項)。 8 監査の過程で識別した虚偽表示の評価 監査人が、財務諸表がすべての重要な点において適正に表示されているかどうかに関して意見表明する場合、虚偽表示には、監査人の判断において、財務諸表がすべての重要な点において適正に表示されるために必要となる、金額、分類、表示又は注記事項の修正も含まれる(3項)。 注記事項に関する虚偽表示も、個別にも集計しても、又は金額、内容もしくは状況を考慮しても「明らかに僅少」である場合があるが、監査人は、「明らかに僅少」ではない注記事項の虚偽表示については、当該虚偽表示に関連する注記事項及び財務諸表全体に与える影響を評価するために集計する(A4項)。 A16項は、定性的な注記事項に関する虚偽表示に重要性があると判断される場合の例を示している。 9 財務諸表監査における法令の検討 監査人が違法行為又はその疑いを報告することがある例として、監査人が違法行為又はその疑いは監査業務の主要な事項であると判断し、監査基準委員会報告書701「独立監査人の監査報告書における監査上の主要な事項の報告」13項が適用される場合を除いて、同報告書701に従って当該事項を報告する場合があげられている(A25項)。 Ⅲ 適用時期等 (了)
2019年2月28日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.308を公開! プロフェッションジャーナルのリーフレットは 全国のTAC校舎で配布しています! -「イケプロが実践するPJの活用術」「第一線で活躍するプロフェッションからPJに寄せられた声」を掲載!- - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
山本守之の 法人税 “一刀両断” 【第56回】 「低廉譲渡の場合の争い」 税理士 山本 守之 1 寄附金の意義 法人税法においては寄附金を定義することなく、寄附金の額を規定しています。これは所得計算上必要とされるものは、贈与目的物の額又は価額であって、贈与契約そのものではないからです。 損金算入の規制を受ける寄附金の額は、次の4つに大別されています。 (1) 資産の贈与又は経済的利益の無償の供与 寄附金の額とは、寄附金、拠出金、見舞金その他いずれの名義をもってするかを問わず、法人が金銭その他の資産又は経済的利益の贈与又は無償の供与(広告宣伝及び見本品の費用その他これらに類する費用並びに交際費、接待費及び福利厚生費とされているべきものを除く)をした場合におけるその金銭の額若しくは金銭以外の資産のその贈与の時における価額又は経済的利益のその供与の時における価額をいうものとされています(法37⑦)。 この規定では、資産の贈与と経済的利益の無償の供与を寄附金とみて、その額は金銭にあっては贈与時の額、金銭以外の資産及び経済的利益は贈与又は供与時の価額(時価)としているのです。 したがって、社会通念上寄附金といわれる社会事業団体、神社、学校等に対する寄附金のほか、合理的理由のない債権放棄、金銭の無利息貸付、債務の無償引受け等が原則として含まれるということです。 ただ、資産の贈与又は経済的利益の無償の供与であっても、法人の事業遂行上の経費であることが明らかな見本品、中元、歳暮など広告宣伝費、福利厚生費、交際費などとして処理されるものは除きます。 これらの関係を図解すると次のようになります。 (2) 低廉譲渡、低廉供与 寄附金の課税要件は、法人税法第37条第7項で次のようになっています。 注意したいのは、法人税法第37条第7項は寄附金の課税要件として寄附金の額を定めているということです。そして、寄附金の課税要件は、「経済的な利益の贈与又は無償の供与」であって、すべての経済的取引における価格が問題とされるわけではありません。 また、低廉譲渡の場合の寄附金の額は、法人税法第37条第8項で次のように定められています。 ここでも注意したいのは、低廉譲渡の際の対価の額と時価との差額を寄附金の額としているのではなく、対価と時価との差額のうち「贈与又は無償の供与をしたと認められる金額が寄附金の額に含まれるもの」としていることです。 この規定は、贈与の意思を隠匿して売買を仮装するがごとき行為に適用されます。「実質的に贈与又は無償の供与であると認められる」ことが必要であるから、「時価と対価との差額」について「経済的合理性が存在せず」、「贈与又は無償の供与をした部分があること」を立証する必要があることになります。 この点について昭和39年3月27日の大阪高裁判決(TAINSコード:Z038-1284)では「・・・譲渡資産の時価と譲渡価格との差額について、任意且つ無償で提供され、相手方もその差額について何らの犠牲を伴わずに受益していると認められるときであって、これに反し合理的な理由による場合は、贈与したものと認められないものと解すべきである」と判示しています。 注意したいのは、法人税法第37条第8項は〔譲渡価額(時価)〕>〔譲渡対価〕の場合について規定していますが、取引の相手を変えれば、〔譲渡価額(時価)〕<〔譲渡対価〕の場合でも同様に扱われるということです。 なお、不当高価譲受けをした場合の趣旨も、同様です。問題は、低廉譲渡の場合について規定され、不相当高価の譲受けについては規定されていませんが、本来第8項は創設的規定と解すべきではなく、第7項の確認的規定と解すべきなのです。その理由は、第7項においてすでに贈与又は経済的利益をもって「寄附金の額」としているからです。第8項は、もっとも多く生ずる低廉譲渡について定めています。このことは、第8項が「・・・前項の寄附金の額に含まれるものとする。」となっているところからも第7項の確認規定とみるべきでしょう。第7項と第8項も寄附金の要件は共通で、「実質的贈与があったこと」と「経済的合理性の不存在」を課税庁が立証しない限り、寄附金認定はできません。 取引の価格について、寄附金認定をする場合は、当該取引価格と時価との差額があることを証明する必要がありますから、課税庁は必ず公正な取引価格を証明しなければなりません。寄附金の課税要件は既述しましたように、「実質的贈与があったこと」ですから、その判定をなすためには、取引価格と時価との差額を計算し、必ず寄附金額を明確にしなければならないのです。寄附金認定したすべての判例は、取引価格と時価との差額を判定するため、時価を明確にしています。 寄附金の課税要件は、「実質的贈与であること」ですから、必ず「経済的合理性の不存在」が立証されなければなりません。法人税基本通達9-4-1は、「子会社のために債権放棄等をしなければ、今後より大きな損失を被ることになることが社会通念上明らかであると認められる場合、その供与した経済的利益の額は寄附金の額に該当しない」ものとします。 また、同通達9-4-2は、子会社に対してやむを得ず行う無利息貸付け等の経済的利益の供与は寄附金と認定しません。これは、たとえ単純贈与であったとしても、経済的合理性があれば、寄附金とならないことを意味します。したがって、寄附金認定する場合、「時価を証明すること」と「経済的合理性の不存在を証明」しなければなりません 私的自治の下に行われている経済取引の価格に対して、課税庁は安易に介入してはいけませんから、法人税法第37条第7項及び第8項と通達や判例は、寄附金認定について厳しい要件を課しているということになります。 2 実務上の問題点 税務上の問題点は、立地等を低廉譲渡すると「その取引は譲渡である」「法人税でいうと寄附金に該当する」といった単純な考え方がまかり通っているということにあります。 この考え方は特に資産税部門に多くみられます。例えば、銀座4丁目の和光で会員用のスペシャル・セール(40%OFF・最大70%OFF)が行われている時があります。この場合に割引分を寄附金であるとする考え方があります。しかし、ここでの割引は「損して得とれ」の考え方に基づいた正常な商売のやり方の1つであると考えるべきでしょう。 寄附金は、単に贈与又は経済的利益の供与という現象面からだけ捉えるのではなく、行為の背景を有機的に捉えて判断すべきです。 3 寄附金課税が否認された例 (1) 事 例 B社の100%子会社であるA社はB社に製品を納入していますが、その納入価額は概算による仮価額とし、期末に適正な原価計算を行い、これを基礎として適正価額としています。適正価額と仮価額の差は、期末に精算しています。これに対して、課税庁は仮価額が取引額であるから精算した金額についてはA社がB社への寄附金として課税しました。 この課税手法をどのように考えるべきでしょうか。 (注) 本事例は、平成26年1月24日東京地裁判決(TAINSコード:Z264-12394)を参考にしています。 (2) 問題点 本件について東京地裁判決では、 としています。つまり、納税者勝訴となります。 (3) 検討 本件において筆者が東京地裁に提出した「意見書」は次の通りです。 低廉譲渡の場合の寄附金の額は第37条第8項で次のように定められている。 内国法人が資産の譲渡又は経済的な利益の供与をした場合において、その譲渡又は供与の対価の額が当該資産のその譲渡の時における価額又は当該経済的な利益のその供与の時における価額に比して低いときは、当該対価の額と当該価額との差額のうち実質的に贈与又は無償の供与をしたと認められる金額は、前項の寄附金の額に含まれるものとする。 注意したいのは低廉譲渡の際の対価の額と時価との差額を寄附金の額としているのではなく、対価と時価との差額のうち「贈与又は無償の供与をしたと認められる金額」が寄附金の額に含まれるものとしている。 この規定は、贈与の意思を隠匿して売買を仮装するがごとき行為に適用される。 「実質的に贈与又は無償の供与であると認められる」ことが必要であるから、「時価と対価との差額」について「経済的合理性が存在せず」、「贈与又は無償の供与をした部分があること」を立証する必要があることになる。 法人税法第37条第8項の主文の主語は「〈中略〉認められる金額は」の前の文章ですから、「実質的に贈与又は無償の供与をしたと認められる金額」です。 この点について前述の通り昭和39年3月27日の大阪高裁判決は「〈中略〉譲渡資産の時価と譲渡価格との差額について、任意且つ無償で提供され、相手方もその差額について何らの犠牲を伴わずに受益していると認められるときであって、これに反し合理的な理由による場合は、贈与したものと認められないものと解すべきである」と判示しています。 税実務において、課税要件を知らない課税庁職員が、高額、低廉譲渡について単純な発想で寄附金又は受贈益と認定しようとすることがありますが、「実質的に贈与又は無償の供与がある場合(又は高額譲受け)」だけ寄附金の額が生じます。 したがって、適正な原価計算によって取引した場合は、たとえ親子会社であっても寄附金課税が発生する余地はないのです。 つまり、寄附金が生ずるのは時価と対価の差額がある場合のうち、「実質的に贈与又は無償の供与をした場合」でなければなりません。時価との差額が存在するだけでは、寄附金と認定することはできず、課税庁は「時価との差額」と「実質的贈与」と「経済合理性の不存在」を立証しなければならないのです。 (了)