相続税・贈与税の基本構造 ~日本と台湾の比較~ 【第3回】 (最終回) 大阪学院大学法学部教授 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 4 日本と台湾の相違点の検討 上記の「2」(第1回参照)及び「3」(第2回参照)の内容を比較しながら、両国の相続税・贈与税の相違を確認し、その中で問題点を検討する。 (1) 遺産課税方式と遺産取得課税方式 遺産課税方式を採用している台湾において、何故に、相続人に係る各種控除(配偶者控除、父母控除等)があるのかという疑問がある。この点については、台湾の伝統的国民感情を考慮して、原則、人数に基づく控除の方法等を採っていると言われている。ただ、基本的には、「基本免税額」のみで、相続人に対する減免は金額が限られている。しかしながら、遺産課税方式を採用している以上、このような相続人に係る各種控除は矛盾しているともいえる。したがって、台湾の相続税は、純粋な遺産課税方式を採っているとはいえない。 (2) 兄弟姉妹と遺留分減殺請求(遺留分侵害額請求) 日本では、兄弟姉妹について遺留分減殺請求は認めていないが、台湾では認められている。これは、両国の家族制度に対する考え方が異なるところから由来するのであろう。兄弟姉妹の絆が、国民感情として、日本よりも強いといえるのかもしれない。 (注) 2018年7月13日に日本の民法改正案が成立し、その中で、遺留分減殺請求の効力の見直しが行われ、改正前の「原則現物返還の効力」が「遺留分侵害額請求(金銭的債権)」に変更になった(新民法1042~1049)。この改正は2019年7月1日以後発生の相続から適用される。 (3) 財産の評価 日本では、相続財産は、時価で評価すると相続税法22条で規定し、具体的には、多くの相続財産は、国税庁の公表する財産評価基本通達に基づいて評価されている。土地等は、路線価(市街地)や倍率(市街地以外)などで評価され、家屋は固定資産税評価額で行われる。 一方、台湾は、土地は「公告現値」すなわち、直轄市及び県(市)政府が、平均地権条例により公告する土地の評価額であり、毎年1月1日に公告され、土地の移譲や典権の設定、買収用地補償のための地価に用いる。また、家屋の評価に適用される「家屋標準価格」は、不動産評価委員会により、建築の材料、建築の耐用年数に基づく減価償却と建物の立地場所の商業、交通情勢及び建物の需給状況により基準が定められている。これらの評価額は、一般に、時価と比較すると低い価額になっているため、評価額自体について、課税庁側と争うことは少ないと言われている。 (4) 生前贈与加算に係る「3年(日本)」と「2年(台湾)」という期間の違い 日本には、相続開始前3年以内の贈与財産については、相続財産に含める規定(相法19)がある。台湾にも同様に、相続開始前2年以内の贈与は、遺産総額に加算される(遺贈税法15)。この「2年」という期間は、民国87年6月25日に「3年」から改正されている。この改正理由としては、相続人の負担の軽減のために改正されたもので、特別な理由はないと言われている。 (5) 遺言書の普及(台湾 → 米国と比較して) 遺産課税体系は、被相続人の遺産総額に課税することから、被相続人の遺産に対する意思を尊重する税体系であると考えられている。したがって、遺言の普及している国にふさわしい税体系と言われている。 しかしながら、台湾は、遺産課税体系を採用しているものの、米国のように、社会において遺言書を作成する慣習がない。その理由として、台湾の人々は、死亡の話を忌み嫌うことが挙げられている。これは華人の一般的な感情と言われている。ただ、時代の変遷と西洋化によって、台湾の人々の間においても、遺言書の作成についての関心は高くなりつつある。 (6) 台湾における租税回避 従来、台湾の相続税・贈与税では、土地・家屋の評価額について、政府の公表する、時価よりも低い価格の「公告現値」や「家屋標準価格」が採用されていることから、この差額を利用した租税回避が一般的に行われてきた。しかしながら、最近では、税率が一律10%(その後10%~20%の3段階税率)になったことから、台湾では、租税回避を行う人々は少なくなったと言われている。その意味では、租税回避は、税負担の多寡に比例するということが、台湾において明らかにされたともいえる。 日本では、土地・家屋の評価(財産評価基本通達/路線価等)を利用して、しばしば租税回避が行われている。 (7) 「被相続人自身が創作した著作権、発明特許権及び芸術品」が非課税の理由 台湾においては、国民の創作を称え、自己の創作の知的財産権は遺産総額に含めないことができる。この規定は、台湾政府の政策的な処置であって、本来の相続税・贈与税の考え方からすると、例外的な規定になるであろう。遺産課税体系が、被相続人の所得税を補完するという趣旨からも外れるであろう。 (8) 墓地・仏壇 日本では、「墓地・仏壇」については非課税となっている(相法12)。この非課税規定は、国民感情を考慮したものと言われている。一方、台湾では、墓地については、一般の土地と同じように「公告現値」で評価し、仏壇についても基本的には、価値があれば課税の対象となる。なお、台湾では、被相続人の葬式費用は、遺産総額から111万元控除できる。一方、日本は、葬式費用は、相続財産から控除できる(相法13①二)。 (9) 負債の相続 台湾では、被相続人に債務がある場合、相続人は相続した遺産を限度として返済義務を負うと定めている(台民1148②)。民国98年から限定相続の規定が改定され、相続人は取得する遺産を限度に債務の責任を負うことになった。相続人は、その相続を知った日から3ヶ月以内に、遺産台帳を裁判所に提出する(台民1156)。この期間について、裁判所は、相続人の申請によって、必要と認められるときは、延期することができる。 相続放棄の手続きは、その相続を知った日から3ヶ月以内に、裁判所に書面を提出して行う。第1順位の相続人が相続放棄した場合、その相続分は、その他の同一順位の相続人に帰属する。先の順位の相続人全員が相続放棄した場合は、次の順位の相続人が相続する。 (10) 夫婦財産制 台湾では、夫婦財産制について、「法定財産制」と「契約財産制」がある。夫婦は、「契約財産制」の契約を締結していない場合は、別の規定がある場合を除き「法定財産制」を夫婦財産制とする(台民1005)。実際、台湾では、「契約財産制」よりも「法定財産制」を採っているケースが多いと言われている。 (11) 配偶者間の贈与 台湾では、配偶者間の贈与については、贈与税が課税されない。すなわち、夫婦は生活上、共同体であり、お互いに密接な関係にあり、累積された財産は、配偶者のいずれか一方に限定されたものではなく、夫婦双方の努力の結果である。夫婦いずれか一方の財産もまた他方の努力も含まれることから、夫婦間の財産には贈与税が課税されないとしている。 配偶者間の贈与の土地については、「土地増値税」を課さない申請ができる。ただし、第三者に譲渡するときは、当初の贈与時の地価又は移転時の「公告現値」を取得時の地価として、キャピタルゲインの計算をし、土地増値税が課税される。 不動産の贈与は「契約税」を納付する必要があり、また、夫婦間の建物の贈与は「契約税」を免除する規定はなく、受贈者が納税義務者となる。 日本では、居住用財産等について、婚姻期間が20年以上の場合、最高2,000万円まで、贈与税を非課税とする「配偶者控除」の制度(相法21の6)がある。 (12) 配偶者居住権等の評価 日本では令和元年度(平成31年度)税制改正で、相続税法23条の2において「配偶者居住権等の評価」についての規定が設けられた。これは、2018年7月6日の民法改正案の成立(2020年4月1日施行)で「配偶者の居住権」が創設されたことに基づくものである。 日本では、従来から生存配偶者の居住権の保護について盛んに議論されていたが、台湾では、居住権の保護に関する議論はほとんどないと言われている。その理由として、台湾大学の黄詩淳教授は、①台湾では、配偶者間の贈与は非課税であるために、生前にいつでも税金を課税されずに建物等を贈与することができる、②生存配偶者が子(共同相続人)の母であれば、遺産分割のために生存配偶者の住居が売却されるという事態はほとんど生じない、③2009年の物権法改正で、824条3項によって全面価格賠償が認められるようになり、生存配偶者が他の共同相続人に持分の価格を賠償することが可能になったこと、を挙げている。 (13) 台湾の税務調査 台湾の税務調査は、次のように行われる。 日本の税務調査は、2011年の国税通則法改正で、税務調査手続の法的整備が行われ、それに伴って、実地の調査件数が減少している。台湾と同様に、除斥期間は原則5年で、脱税の場合は7年である。相続税の税務調査については、遺産総額が2~3億円を超える場合に、調査対象になる可能性はあるが、最終的には、その財産内容によって決定される。 5 小括 租税は、元来、租税理論とともに、各国それぞれの租税政策等によって、その内容が具体的に決定されることから、インターナル(国内的)なものと言われてきた。しかし、台湾の相続税・贈与税をみると、必ずしも台湾国内の租税政策のみで、税制を決定することができるわけではない。また、遺産課税体系を採用している台湾は、純粋な遺産課税体系を採用しているとはいえない。 特に相続(遺産)税や贈与税は、その国の伝統的な社会における慣習や国民感情をも考慮したところで、税制が構築される。これらのことは、今回、日本と台湾の相続(遺産)税・贈与税を比較することによって再確認できた。 2009年に、台湾は、海外に脱出した富裕層を呼び戻すために、相続(遺産)税・贈与税の大幅な軽減措置を講じたのであるが、これに対して、日本は、台湾と間逆の方策を採り、相続税・贈与税については、課税を強化(税率の引上げ・適用範囲の拡大)した。相続税・贈与税の適用範囲を中間所得(資産)層にまで拡大し、課税を強化することによって、日本では、相続税・贈与税の本来の目的である「富の再分配」の機能が薄れたように思われる。「富の再分配」を強化することを考えるならば、相続(遺産)税の基礎控除額をアメリカのように5~6億円に引き上げ、その一方で、高税率の相続税・贈与税を課すべきかもしれない。 これらのことを考慮しながら、遺産取得課税方式を採用している日本も遺産課税方式を採っている台湾も、共に、相続税・贈与税の基本構造を再構築する必要がある。 「遺産取得課税方式」と「遺産課税方式」は、いずれもそれぞれに利点・欠点はあるが、最終的には、その国の歴史・国民性・社会の風習にふさわしい課税方式が採られることが好ましいと思われる。 【注】 本稿は、2015年1月に、日本公認会計士協会の第46回中日本5会研究大会で、公認会計士黄壽容氏と共同発表したものに、その後の改正等を一部加筆したものである。その際に、大阪大学大学院法学研究科(博士課程)に在籍し、台湾弁護士である邱怡凱氏からも貴重なアドバイスを頂いている。 【参考文献】 (連載了)
収益認識会計基準と 法人税法22条の2及び関係法令通達の論点研究 【第11回】 千葉商科大学商経学部講師 泉 絢也 (3) 法人税法22条2項との比較検討 法人税法22条の2第1項の要件と法律効果を整理した上で、22条2項と比較することで、22条の2第1項の規律内容に対する理解を深めてみたい。 条文に定められている要件をどこで区切り、どのように整理するかという点は論者によって異なりうる。ここでは、法人税法22条の2第1項について、「要件を定めている部分」と「法律効果を定めている部分」を次のように分けた上で、整理してみよう。すると、何が見えてくるであろうか。 かかる作業を経て、「内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上当該事業年度の益金の額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、資産の販売、有償又は無償による資産の譲渡又は役務の提供、無償による資産の譲受けその他の取引で資本等取引以外のものに係る当該事業年度の収益の額とする」と定める法人税法22条2項と比較すると(注1)、法人税法22条の2第1項の特徴として、次の2つの点が鮮明化する。 ▷特徴①:法人税法22条の2第1項の要件部分は、22条の資産の販売等に係る要件部分と大差はないこと(注2) ▷特徴②:法人税法22条の2第1項の法律効果部分は、「当該事業年度の」(当該事業年度に帰属する)収益の額が「当該事業年度の」益金の額に算入すべき金額を構成することを定める法人税法22条2項よりも明確かつ具体的なものであること(注3) (有償又は無償による資産の譲渡等の取引に係るものなど)収益の発生原因、あるいはいかなるものを益金の額に含めるべきであるかということや益金の額に算入すべき金額に収益の額が含まれることは法人税法22条2項が規律するところであることを前提とした上で(本連載第4回及び後記「更なる検討~法人税法22条の2第1項と22条2項の規律範囲・内容の比較~」参照)、上記特徴①及び②を読み返してみる。 すると、いかなるものを益金の額に含めるべきであるかということに関しては、法人税法22条2項が規律するところであり、資産の販売等に係る収益の計上時期に関しては、引渡し・役務提供基準という同項よりも明確かつ具体的な収益の計上時期に関するルールを明記している22条の2第1項が、22条2項と併せて、あるいは22条2項に優先して、適用されることになるのではないかという推測が働く。 もっとも、収益の計上時期に関するルールとしては法人税法22条4項の存在を見過ごしてはならない。すなわち、収益の計上時期に関して、大竹貿易事件:最高裁平成5年11月25日第一小法廷判決(民集47巻9号5278頁)は、要旨次のとおり判示している(本連載第6回参照)。 同最高裁は、収益の計上時期を決する根拠規定として、法人税法22条2項のみならず、同条4項も挙げている。よって、法人税法22条の2第1項とかかる22条4項との関係にも目配りをしておく必要がある。 法人税法22条4項は、22条2項に規定する当該事業年度の収益の額は、「別段の定めがあるものを除き」、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従って計算されるものと定めている。かように法人税法22条4項は22条2項に規定する当該事業年度の収益の額に係る定めである。よって、仮に、法人税法22条の2第1項が22条2項の「別段の定め」に該当するのであれば、22条の2第1項は22条4項に優先して適用されることになる。法人税法22条2項に規定する当該事業年度の収益の額の検討が必要となるのは、通常、同項の「別段の定め」の適用のない場合であるからである。 このこととは別に、法人税法22条の2第1項は、この22条4項の「別段の定め」に該当すると解するのであれば、やはり、同項に優先して適用される。 また、法人税法22条の2第1項は、資産の販売等に係る収益の額は、「別段の定め(前条第4項を除く。)があるものを除き」、その資産の販売等に係る目的物の引渡し又は役務の提供の日の属する事業年度の所得の金額の計算上、益金の額に算入すると定める。すなわち、法人税法22条の2第1項の「別段の定め」から22条4項を除くことが明記されている。このことからしても、法人税法22条の2第1項は、22条4項に優先して適用される。 いずれにしても、法人税法22条の2第1項は22条4項に優先して適用されるという理解に行き着く。 (了)
最近の子会社不正をめぐる傾向と防止策 【第1回】 「中国子会社による不正」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 日本経済新聞電子版が8月に報じたところによれば、上場会社の第三者委員会設置件数は、1月から7月までで45件と、前年同期の42件を上回るペースとなっている(※1)。中でも目立っているのが、上場会社本体ではなく、子会社による不正である。日本郵政グループのかんぽ生命保険による不適切な保険商品販売問題の調査はまだこれから本格化するところであるが、他にも、LIXILグループや大和ハウス工業など、名だたる企業グループの子会社において、不正・不祥事が発生し、第三者委員会による調査が行われている。 (※1) 8月17日付の日本経済新聞電子版で「第三者委の設置、1~7月で45件 不祥事続き高水準」と報じられた。 本連載では、最近明らかになった子会社不正について、その概要と原因を紹介するとともに、各社の再発防止策を概観して、親会社による子会社のガバナンスについて、改めて検討したい。 連載予定は次のとおりである。 連載【第1回】となる本稿では、「中国子会社による不正」について、いくつかの事例に関し、その概要と再発防止策を検討する。 1 「チャイナリスク」 2015年8月の上海総合指数の暴落に伴い、「チャイナリスク」という言葉が広く認識されるようになった。同年10月に公表された東京商工リサーチによる「『チャイナリスク』関連倒産調査(9月、2015年上半期)」では、チャイナリスク関連の経営破綻を次の要因によるものと定義している。 こうしたチャイナリスクのうち、「売掛金の回収難」という現象として明るみに出ることの多かったのが、中国企業との取引を偽装した架空循環取引であった。そのうち、2015年上半期に発覚したものをまとめると、次のとおりである(※2)。 (※2) 中国企業との取引を偽装した架空循環取引の詳細については、霞晴久・中西和幸・米澤勝著『新版 架空循環取引-法務・会計・税務の実務対応』(清文社、2019年1月)の79ページ以下をご参照いただきたい。 ◆2015年上半期を中心とする「チャイナリスク」事件 当時、こうした複数の企業が中国市場進出に関連して巨額の損失を計上することになった背景としては、次の2点を挙げることができた。 上記(1)の流れは、2017年8月に発覚するATT事件(※3)へと受け継がれていく。 (※3) ATT事件については、本誌で連載中の「会計不正調査報告書を読む」【第65回】、【第66回】も合わせてご参照いただきたい。 2 大和ハウス工業株式会社、中国関連会社における不正な会社資金流用 2019(平成31)年3月13日、大和ハウス工業株式会社(以下「大和ハウス」と略称する)は中華人民共和国大連市に本社を置く大連大和中盛房地産有限公司(以下「大連JV」と略称する)において、日本円にして約234億円もの巨額の不正な資金流用があったことを公表した。大連JVは、大和ハウスが83.65%、大連での合弁先である大連中盛集団有限公司(以下「中盛集団」と略称する)が16.35%を出資する合弁企業である。 (1) 不正の手口 第三者委員会報告書(開示版)によれば、不正な資金流用の手段としては、中盛集団出身の総経理(実務における最高責任者)の指示のもと、同じく中盛集団出身の財務部長が、中盛集団グループ企業の銀行預金口座に送金を行い、その送金の事実を隠蔽し、銀行取引報告書や銀行証憑を偽造するなど、手口としては比較的単純なものであった。なお、不正実行者とされる大連JVの総経理らは、不正出金が露見した後、直ちに中国国外に逃亡したため(報告書p.39)、第三者委員会は彼らに対するヒアリングを行えないまま、調査を終えている。 第三者委員会は、大連JVからの送金相手などから、大連JVから巨額の資金流出は、合弁相手企業である中盛集団の資金繰り悪化を助けるために行われたものであったと結論づけている。 (2) 不正が長く発覚しなかった理由 比較的単純な手口の資金流用が長く発覚しなかった理由として、第三者委員会は、大和ハウスは大連JVに83.65%を出資していながら、合弁会社としては議決権が50:50の体制であり、董事(日本における「取締役」にあたる)の数は大和ハウスと中盛集団が同数となっている(議決権割合は同数であることを意味している)ことを挙げている。 董事会の実務は中盛集団出身の総経理が担い、同じく中盛集団出身の副総経理が営業、人事、財務及び開発に関する権限を持っていた。一方、大和ハウス出身の総経理は技術面や物件間に関する業務を担うのみであり、預金の入出金などの業務に関与することはなかったということである(報告書p.56)。 この結果、大和ハウスは、大連JVの財務・経理を含めた実務の実効支配を中盛集団から獲得することができなかった。 本事案は、前述した「チャイナリスク」のカテゴリーには入らないが、中国における合弁事業の難しさを改めて明らかにするものとなった。 (3) 監査役会による指摘 監査役会では、2008年9月の時点で、現地調査を行った監査役により、「合弁相手の中盛集団に経営の主導権を完全に握られてしまっており、今後の販売面、また発注原価、経費の把握の面でも自由がきかない状況にある」という報告がされて、討議が行われていた(報告書p.64)。 その後も、持分法適用会社のため内部監査の対象でなかった大連JVへは、数年おきに監査役が現地視察に訪れ、「中国事業における主管部門が曖昧である」「出資に見合う関与が必要である」等の意見が執行部門に出されていたが、執行部がこれらの監査役からの指摘に対して具体的な対応を起こした形跡はないということである。 (4) 再発防止策 大和ハウスでは同時期に戸建住宅・賃貸共同住宅における建築基準の不適合事件が発生しており、会社の業績に与える影響はこちらのほうが格段に大きいことから、大連JV事件に関する再発防止策として公表されているのは、不正な資金流用があったことを公表した時のリリースだけである。 リリースでは、長年にわたり、業務執行については合弁先(中盛集団)からの派遣者に依存していたことがこうした事態を招いたことから、再発防止策として、次の2点を挙げている。 3 株式会社MTG、中国子会社における不適切な売上計上 大和ハウスにおける中国合弁企業の不正資金流出事件の公表から2ヶ月後の5月13日、昨年7月に東京証券取引所マザーズ市場に上場したばかりの株式会社MTG(以下「MTG」と略称する)が、上海にある子会社愛姆緹姫(上海)商貿有限公司(以下「MTG上海」と呼ぶ)において、不適切な会計処理の疑義が判明したことを公表した。第三者委員会調査報告書の詳細については、本誌で連載中の「会計不正調査報告書を読む」【第89回】をご参照いただきたい。 こちらは、上記の大和ハウス事件と異なり、2015年に発覚した「チャイナリスク」の系譜のうち、「中国企業を隠れ蓑にした架空循環取引による売上・利益の過大計上」に連なるものである。上場前にすでに中国マーケットをはじめとする市場環境が悪化していたMTGは、上場時及びその後に公表した業績予想を守るため、代表取締役社長以下、何とかして売上を計上しようと画策する。そうした中で、不適切な売上計上の舞台として選ばれたのもまた、中国市場であった。 (1) 不正の手口 MTG上海は、中国における新しい販売パートナーであるB社との取引を進めるが、社内の決裁システムにおいて承認を得るための時間がかかりすぎることから、既存の取引先であるA社を間に挟むかたちでの売上計上を、2019年1月に行う。売上高は当時のレートで約14億円であった。 MTG上海からA社倉庫への出荷は行われていたものの、A社からの売掛金は回収できておらず、第三者委員会は、MTG上海、A社及びB社による三者間契約が締結できない状況での売上計上は認められないと判断して、売上高は全額取り消されるべきであると結論づけた。 (2) 不適切な売上計上が発覚した理由 MTGの会計監査人である有限責任監査法人トーマツ(以下「トーマツ」と略称する)は、四半期レビューの過程で、MTG上海によるA社向け販売商談について、①売掛金の回収期間が長いこと、②売上高が高額であり、かつ、利益率が高いことなどから問題視し、MTGに説明を求めた。トーマツ担当者は、MTGからの説明に納得せず、直接上海に赴き、A社及びB社から直接ヒアリングを行ったことにより、それまでのMTGの説明が虚偽であったことが判明し、第三者委員会の設置、過年度損益の修正という結果につながったものである。 前述したように、中国企業を隠れ蓑にした架空売上・早期売上計上による利益の過大計上については、2015年時点で多くの事例が発覚していたため、こうした不適切な売上計上に対する会計監査人の職業的懐疑心が十分に発揮された事案であるということができよう。 4 中国子会社のガバナンスをどうするか 大和ハウス事件の第三者委員会が提言した再発防止策は、中国との合弁事業における留意点が細かく示されている。合弁事業に関して不正を防止するための施策が提言されることは少ないので、以下に取り上げたい(報告書p.67)。 2015年当時の「チャイナリスク」事件のうち、KDDI株式会社と株式会社LIXILグループについては、中国進出手段として、現地企業をM&Aにより傘下に治めたものの、元の経営陣の支配を脱することができずに、巨額の損失計上を余儀なくされたものであった。 大和ハウス事件は、M&Aではないものの、合弁相手の中国企業による支配を放置した結果、不正な資金流出を招いたものであり、現地の経営陣をどのようにコントロールするかが課題であったという点で類似した事案ということもいえるだろう。 大和ハウス事件とMTG事件に共通している事象として、中国子会社の会計監査を現地のローカル監査法人に委嘱していたことが挙げられる。大和ハウス事件の第三者委員会は、「海外合弁会社の会計監査人ついては選定段階から関与」すること、「十分なコミュニケーションを図れる監査法人を会計監査人に選任すること」を提言しており、また、MTG上海においても、トーマツと業務提携関係にない中国の会計事務所と監査契約を締結していたところ、2019年9月期からトーマツの海外提携先であるデロイト中国上海事務所で監査を行う予定になっていたということであり、そうした事実が不適切な売上計上が発覚する遠因となっていた。 中国子会社の会計監査人を、日本の親会社の会計監査人である監査法人の中国における提携先会計監査人と統一するという施策は、会計不正の再発防止策としては有用なものであるといえるだろう。 5 中国市場との付き合い方―まとめに代えて 江守グループホールディングス株式会社の中国向け売上高は、経営破綻直前期において連結売上高の約72%を占めていた。そして中国子会社の売掛債権に回収懸念が生じたことを理由に約462億円の貸倒引当金を特別損失に計上し、債務超過に陥ったあげく、民事再生法の適用を申請した。 MTGの国別売上高は公表されていないが、セグメントごとの経営成績のうちグローバル事業だけでなく、インバウンド需要によって売上を伸ばしてきたリテールマーケティング事業、ダイレクトマーケティング事業においても、最終的な消費地は中国本土であることが推測され、その需要はどこかで伸びを欠くものとなることは自明であった。それにもかかわらず、公表してきた業績予想を維持するために、中国のマーケットに頼ってしまったところから、不適切な売上計上しか選択肢は残っていなかった。 中国が巨大なマーケットであり、売上拡大を目論む企業にとって有望であることは間違いないところであるが、どちらの事案も、売上高が一国に集中することのリスクが顕現化したものであるといえよう。 中国という巨大市場に翻弄されないために、合弁相手の企業集団とどのような距離感を取るのか、合弁会社のハンドリングをどうやって主導するのか、買収した中国企業の経営者をどのように遇するのか、中国語を理解する日本人社員をどのように配置するのかなど、それぞれの課題に最適解があるわけではないが、これまでの失敗事例と再発防止策の検証から、自社に合った対策を見つけたうえで、ビジネスを進めていくことがますます肝要となるだろう。 (了)
〈桃太郎で理解する〉 収益認識に関する会計基準 【第13回】 「もし鬼退治後のパトロールまで頼まれていたら ~取引価格の配分」 公認会計士 石王丸 周夫 1 鬼退治の3ヶ月後、パトロールへ行くことに・・・ 桃太郎がイヌを連れて鬼ヶ島へと旅していると、サルがやってきました。 「桃太郎さん、お腰につけたきびだんごを、ひとつ私にくださいな。」 「鬼ヶ島について来るならあげましょう。」 「もちろんついていきます!」 「それはよかった! でもそれだけじゃなくてね、鬼退治が終わって3ヶ月経ったら、鬼ヶ島の様子を見てきてくれないか?」 「えっ・・・」 そう言われてちょっと心配になったサルは、どんな仕事なのか聞きました。 「3ヶ月後は、もう鬼はいませんよね・・・いったい何を見てくればいいんですか?」 「別の鬼がよそからやってきて、島に住みついていないかを見てきてほしいんだ。鬼退治と合わせて引き受けてくれたら、小さなきびだんごを1つ、おまけにあげるよ。」 「なるほど! その程度のことでしたらお任せください!」 桃太郎の説明を聞いて、サルも納得したようです。 このように、鬼退治の3ヶ月後、鬼ヶ島をパトロールすることになりました。 サルは3ヶ月後の追加サービスも含めて一括で承諾しましたが、このような場合、サルの収益認識はどのようになるでしょうか。 以下、収益認識会計基準に照らして考えていきましょう。 2 ポイントは「鬼ヶ島パトロール業務をどう捉えるか」 まず、サルが桃太郎に提供する仕事を整理してみると、大きく2つに分けられます。 1つは「鬼退治同行サービス」、もう1つは「鬼ヶ島パトロールサービス」です。 このうち「鬼退治同行サービス」については、この連載の【第3回】で見たように、さらに3業務(サービス内容は4つ)に分かれます。これらの3業務(4サービス)は1つの履行義務であるというのが、【第4回】での結論でしたね(【第4回】ではイヌを例に説明)。 では、もう1つの仕事である「鬼ヶ島パトロールサービス」は、どう捉えればよいでしょうか。 今回の話では、ここがポイントになります。 「鬼ヶ島パトロールサービス」の内容は、島内を見回る業務です。別の鬼がやってきて住みついていたら困るので、そうなっていないか確認するのが目的です。 その業務は「鬼退治同行サービス」と別個の履行義務と捉えるのでしょうか。あるいは、「鬼退治同行サービス」と合わせて1つの履行義務と捉えるのでしょうか。 3 “2つのポイント”を両方満たすかどうか その判別方法は、【第4回】の話と同じです。ポイントは2つありましたね。 2つのポイントを両方満たす場合に、上記の業務は別々の履行義務だと判定されます。 では、順に見ていきましょう。 第1のポイントは、『個々の業務ごとに、桃太郎の役に立つかどうか』です。 「鬼退治同行サービス」も「鬼ヶ島パトロールサービス」も、それ自体単独で桃太郎の役に立ちます。したがって、第1のポイントは満たすと考えてよいでしょう。 第2のポイントは、『判定対象の業務について、契約に含まれる他の業務と区分して識別できるかどうか』です。つまり、契約単位で見たときに、各業務を結合した1つのサービスとして提供するようなものではないか、という意味です。 「鬼退治同行サービス」と「鬼ヶ島パトロールサービス」は、時間的には3ヶ月の隔たりがあります。また、想定している敵も違います(それぞれ別の鬼を想定)。こうした点を踏まえると、「鬼退治同行サービス」と「鬼ヶ島パトロールサービス」には、相互関連性はなく、区分して識別できると考えられます。したがって、第2のポイントも満たします。 以上から、「鬼退治同行サービス」と「鬼ヶ島パトロールサービス」は、別々の履行義務ということになります。 4 取引価格を履行義務に配分 【第4回】の最後に軽く触れましたが、1つの契約に複数の履行義務が識別される場合、取引価格を各履行義務に配分する必要が生じます。今回の場合、1つの契約の中に2つの履行義務が識別されたので、まさにそのケースです。 桃太郎とサルは、「鬼退治同行サービス」と「鬼ヶ島パトロールサービス」という2つの仕事の報酬として、「普通のきびだんご1つ」と「おまけの小さなきびだんご1つ」で合意しました。「おまけの小さなきびだんご1つ」を、普通のきびだんご0.2個分に相当すると考えると、合計で1.2個になります。これを各履行義務に配分します。 取引価格を各履行義務に配分するには、独立販売価格(市場価格等)の比率に基づいて計算します。ここでは、各履行義務を単独で提供した場合に、一般に以下の価格で取引されていると仮定します。 これらの条件に基づいて計算してみましょう。 表中、各履行義務への配分額は、以下のように求めます。 以上の結果より、各履行義務が充足されたタイミングに従って、履行義務①についてはきびだんご0.8個を、履行義務②についてはきびだんご0.4個を収益認識していきます。 ▷今回のまとめ 契約の中に複数の履行義務が識別された場合、取引価格を配分して収益認識します。 (了)
「働き方改革」でどうなる? 中小企業の労務ポイント 【第8回】 「複雑な労働時間管理が求められる『副業・兼業』」 Be Ambitious社会保険労務士法人 代表社員 特定社会保険労務士 飯野 正明 これまで、多くの会社では「副業・兼業」が禁止されていました。しかしながら、政府は「働き方改革」の柱の1つに、柔軟な働き方の選択肢として「副業・兼業」を掲げ、厚生労働省が提示する「モデル就業規則」においても平成30年1月改正版から「副業・兼業に関する規定」が新設されました。 このような状況の中、自社の「副業・兼業」の取扱いについて見直しを検討する会社が増えてきています。 ▷ある会社における「副業・兼業」の判断ケース 先日、ある会社の人事部との打合せの中でこんな話がありました。 その会社で働く女性従業員が、「写真集を出さないか」とスカウトされたそうです。その会社の就業規則には「許可なく他の会社の業務に従事してはならない。」と規定があったため、女性従業員が会社に相談したところ、『不許可』と判断したそうです。 それまで、その会社では、家族が経営している会社の取締役や農家を営んでいる実家の手伝いといった範囲でしか「副業・兼業」を許可していませんでした。今回は、貴重な機会であり、心情的には認めてあげたいと考えたそうですが、自社での業務がおろそかになることも懸念されるため、会社としては許可できないと『本業優先』の判断をしたとのことでした。 皆さんの会社で同様のことがあったら、どのように判断しますか? ▷「副業・兼業」のメリット・留意点 厚生労働省は、平成30年1月に「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を策定しました。ガイドラインでは、「副業・兼業」のメリットと留意点が、「従業員」と「会社」に分けて整理されています。 ▷健康管理の必要性 筆者が「副業・兼業」のご相談をいただく際に、いつも思い出す次の事例があります。 「副業・兼業」を認める場合は、上記の事例のような従業員の長時間労働や不規則な労働による健康障害が生じることのないように、会社として管理する必要があるのです。でも、実際はこういった管理はできていないのが現状です。 ▷労働時間は通算しなければならない 前述のとおり、異なる会社間においても、労働時間は通算しなければなりません。つまり、別々の会社で勤務する時間がそれぞれ1日8時間未満だとしても、通算して8時間を超える場合には、割増賃金の支払いが必要となります。 この場合の割増賃金を支払う義務は、8時間を超える労働を発生させた会社にあります。つまり、通常は「通算により法定労働時間を超えることとなる所定労働時間を定めた労働契約」を時間的に後から締結した会社に、割増賃金の支払義務が生じます。 (例1) 上記(例1)のA、B両社とも所定労働時間通り働いた場合には、「12時間」労働となり、8時間を超える「4時間」は割増賃金の支払義務が生じます。この場合、割増賃金の支払義務があるのは、後から労働契約を締結したB社となります。 (例2) 上記(例2)の場合は、労働契約を締結したのはD社のほうが後ですが、C社が、時間外労働を2時間命じなければ、8時間を超える労働が行われなかったことになるので、割増賃金の支払義務は、C社に生じます。 このように、従業員が「副業・兼業」をしている場合の労働時間管理はかなり複雑です。会社としては「副業・兼業」先の就業時間や労働契約の内容を把握しなければならなくなります。でも、実際はこういった管理はできていないのが現状です。 ▷社会保険の加入について 社会保険(健康保険・厚生年金保険・雇用保険)の加入については、それぞれの会社で適用要件を判断します。「副業・兼業」に伴い、現状の働き方を変更し、所定労働時間が短くなるなど、適用要件を満たさなくなった場合には、会社として資格喪失手続きを忘れずに行わなければなりません。 なお、労災保険については、それぞれの会社で適用されます。就業先から次の就業先への移動時の事故等も、通勤災害として労災保険の対象となります。この場合、次の就業先の労災保険にて処理をします。 ▷まとめ 「副業・兼業」については、従業員と会社のどちらにもメリットがあることは前述のとおりです。しかしながら、「健康管理の問題」「労働時間の通算の問題」については、実際は管理できていないのが現状です。会社として「副業・兼業」を認めるというのであれば、これらの管理をしっかりできるようにしなければなりません。このことは、従業員本人にも意識してもらわなければならない事項です。 適正な割増賃金の支払いを行うためには、シフト表を作成し、勤務を事前に明確にしておくこと、「副業・兼業」先の労働時間の把握、「副業・兼業」先への労働時間の報告を行う体制を整備したうえで、許可することが望ましいと考えます。 他にも、営業のノウハウやレシピ等の会社にとって漏えいしてはいけない情報については労使双方で確認しておくことが重要です。もちろん、自社での勤務がおろそかとならないような時間帯での「副業・兼業」ということも押さえておかなければなりません。 なお、2019年8月8日に「副業・兼業の場合の労働時間の在り方に関する検討会」の報告書が公表されています。今後、改めてこれらの点が整理されることと思われます。 (了)
〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第24話】 「ペット保険と所得控除」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 「そうか・・・」 中尾統括官は、昼休みに、新聞を読みながら頷く。 「何を熱心に読んでいるのですか?」 爪楊枝をくわえながら、浅田調査官は、新聞を覗く。 「ペットの保険・・・ですか・・・」 浅田調査官は中尾統括官の背後からつぶやく。 中尾統括官は、浅田調査官の口から漂う餃子のニオイに顔をしかめる。 「たしか中尾統括官は、犬を飼ってましたよね?」 浅田調査官は、唇で爪楊枝を動かしながら尋ねる。 「ああ・・・毎日、散歩に連れて行くのは大変なんだが・・・」 中尾統括官は、愛犬を思い出したのか、優しそうな顔になる。 「怠け者の僕なんか・・・猫の方が適していると思うのです・・・犬のように散歩にも連れて行かなくていいし・・・」 浅田調査官は、笑いながら言う。 「・・・ところで、この新聞記事によると、少子高齢化や核家族化が進んだことによって、ペットを飼う人が増えている・・・平成30年度の全国犬猫飼育実態調査によれば、おおよそ、犬は890万3,000頭、猫は964万9,000頭が飼われているらしい・・・」 中尾統括官は、新聞に目を移しながら、説明する。 「・・・多いですねえ・・・」 浅田調査官は、ペットの飼われている数に感心する。 「そこでペット保険が必要になる・・・ということだ。」 中尾統括官は真面目な顔になる。 「私の犬も10歳ぐらいだから・・・人間で例えれば・・・56歳ぐらいで、私と同じ年になる・・・そうすると、犬もいろいろと体調が悪くなる・・・」 中尾統括官の表情は暗くなる。 「中尾統括官は、犬の保険に入っているのですか?」 浅田調査官は尋ねる。 「いや、入っていない・・・だから、犬の病院に行くと、高い治療費を払わなければならないんだ・・・」 「それで、ペット保険の記事を読んでいたのですね。」 浅田調査官は中尾統括官に同情する。 「私は・・・少子高齢化社会において、ペットは重要な役割を果たしていると思うんだ・・・ペットが高齢者や独身者の心をいかに癒しているか・・・私も時には・・・妻や子供より犬を可愛いと思うことがある・・・」 中尾統括官は、ポケットから定期入れを取り出す。二つ折りの定期入れの一方には定期券が入っているが、もう一方には、愛犬の写真が収まっている。 「・・・この犬は・・・ダックスフント・・・ですか?」 浅田調査官は、写真を見ながら尋ねる。 「そうだ。」 中尾統括官は頷く。 「ダックスフントは、胴長、短足が特徴だからすぐ分かるだろう・・・しかし、なかなか賢い犬だと思う。」 そう言いながら、中尾統括官は定期入れに入っている写真を見つめる。 「・・・ところで、私は以前から、ペットの治療費や保険等について、税制上で何らかの手当てをしたらよいと思っているんだ・・・」 中尾統括官はニヤリと笑う。 「・・・具体的に言うと、ペット保険料については、所得税における社会保険料控除の対象とし、また、ペットの治療費についても、一定の条件の下で、医療費控除の適用を受けられるようにしたらよいのではないかと考えている・・・すなわち、所得控除の適用をペットについても適用してはと思っているのだけれど、浅田君はどう思う?」 中尾統括官は、浅田調査官の顔を見る。 「・・・所得税法74条の社会保険料控除と所得税法73条の医療費控除ですか・・・」 浅田調査官は税務六法を開き、所得税法74条1項を見る。 「・・・所得税法74条の社会保険料というのは、国民年金、国民健康保険、健康保険・厚生年金保険などですが、その中に、ペットの健康保険も入れる・・・ということですね。」 浅田調査官が確認する。 「・・・そうだ。上記の下線の箇所にペットを追加すれば、条文としてそのまま使えるような気がするのだが・・・」 中尾統括官は満足そうな表情をする。 「もともと社会保険料や医療費に所得控除が認められるのは、保険料の支払い又は医療費は、納税者の担税力を弱めるという考えに基づいているだろう・・・ペットの保険料や治療費も同じだと思うんだ・・・」 中尾統括官の言葉は続く。 「すなわち、心情的に、ペット=配偶者その他の親族、と考えるならば、ペットの保険料又は医療費(治療費)については、所得税法の所得控除と認めてもよいと思う・・・少子高齢化社会では、ペットは社会の維持(安定)において重要な役割を果たしている・・・一人で生活する高齢者は増加の一途を辿っているし、また、独身の若者・中年も増えていることが、社会問題となっている。特に独身の女性の場合、ペットを飼っている者は多いといわれている。その意味でペットは、これらの人々の心を癒す(精神を安定させる)存在として、その役割は大きい。それゆえに、税制面でも、ペットを飼っている人々をサポートする必要があると思う・・・」 中尾統括官は雄弁になる。 「そのような税制ができると、中尾統括官もペット保険に入ることができるのですね。」 浅田調査官は、笑いながら言う。 (つづく)
《速報解説》 中小企業庁、軽減税率対策補助金のうち対応レジの導入等に係る要件を緩和 ~9月30日までの契約等手続き完了で補助の対象に~ Profession Journal 編集部 10月1日からの軽減税率の導入に関しては、特に飲食料等の小売業では軽減税率に対応したレジ(システム)の導入や改修が欠かせないのだが、これらの動きは依然として鈍いとされており、今後約1ヶ月の間、未対応の中小事業者が駆け込みでレジの導入等を行おうとした場合、メーカーや販売店の対応が間に合わず、軽減税率対策補助金(原則費用の3/4を補助、レジ1台あたり20万円まで)を受領するために必要な「9月30日までに軽減税率対応レジの設置・支払いを完了する」という要件を充たさないケースも生じ得る。 例えば通常、レジの売買契約から支払い完了まで数週間程度を要するとされているなか、9月中にレジを設置した場合でも補助金の対象外となってしまうケースも想定され、また、すでに8月後半以降のレジの売買契約が補助金の対象とならない可能性を考慮しレジメーカー・販売店側が受注を抑制せざるを得ない状況にもあるという。 このような状況を見て、中小企業庁は8月28日付でレジの導入等に係る軽減税率対策補助金の手続要件を変更することを明らかにした。具体的には上記の通り「9月30日までの軽減税率対応レジの設置・支払いの完了」が必要とされていたものを「9月30日までにレジの導入・改修に関する契約等の手続きが完了」していることを補助金の対象要件とする緩和措置をとるとともに、レジメーカー・販売店に対し9月30日までのレジの納入に向けた対応を要請した。 軽減税率対策補助金の事務局ページでも同様の告知が行われており、変更後の公募要領等については準備が整い次第、公表するとしている。 これにより、9月30日までにレジの設置・支払いが完了できない場合でも、メーカー・販売店との契約手続きが完了していれば補助の対象となるため、間に合わないと考え補助金の申請を諦めていた事業者にとっては朗報と言えよう。 ただし、補助金の申請はレジの設置・支払い後になるため(事後申請)、本年12月16日の補助金申請期限までに設置・支払いを完了する必要がある。また昨年8月の中小企業庁からの注意喚起にもあるとおり、補助金を受領したものの実際には軽減税率対象商品の販売をしていないなど不適切とされる申請案件については、補助金の返還をせまられることがある点にも留意したい(過去に補助金を受領した案件に対しても現地調査が行われている)。 (了)
2019年8月29日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.333を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
谷口教授と学ぶ 税法の基礎理論 【第18回】 「租税法律主義と実質主義との相克」 -税法の目的論的解釈の過形成【補遺】- 大阪大学大学院高等司法研究科教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 今年前半を振り返ってみると、これまで経験したことのなかったことであるが、同一の判決の評釈を別々の雑誌に書いた。その判決は、東京地判平成29年12月6日(未公刊・裁判所ウェブサイト。以下「本件東京地判」という)であるが、1つ目の評釈は、既に『平成30年度重要判例解説』ジュリスト1531号(2019年4月)188頁で公表し、2つ目の評釈は、先月末に脱稿し『最新租税基本判例70』税研208号(2019年11月発刊予定)で公表することになっている。 今年3月に2つ目の評釈の依頼があった時には、1つ目の評釈に比べて紙数が少し多めであることから、解説を少し詳しく書くことにしようと考え引き受けたのであるが、その約2か月半後の令和元年5月29日に控訴審・東京高裁で示された判決(未公刊。以下「本件東京高判」という)に接してその方針を変更し、1つ目の評釈に比べて本件東京地判の解説を削減した上で本件東京高判についても紙数の許す限りできるだけ検討を加えることにした。 両判決はともに納税者の請求を認容して課税処分を取り消したが、その理由づけを異にする。とりわけ両判決の行った目的論的解釈は、両判決の論理構成において異なる意味を有するが、そのことを検討していくうちに、税法の目的論的解釈の「過形成」が惹起する、これまで検討してこなかった問題に気が付いた。 そこで、第16回をもって「一旦」検討を締め括った税法の解釈適用の「過形成」について「補遺」として本件東京地判及び本件東京高判における目的論的解釈を検討しておくことにするが、長くなったので2回に分けて掲載することにする(今回はⅡまで、次回はⅢ Ⅳ)。なお、前回の冒頭において、今回からは租税回避を検討する旨を予告しておいたが、租税回避の検討は次々回(第20回)からに変更させていただくことをお断りしておく。 本論に入る前に、本件の事実の概要について以下で述べておくことにする。 内国法人X(原告・被控訴人)は、平成24連結事業年度において、外国子会社から資本剰余金及び利益剰余金をそれぞれ原資とする剰余金の配当(以下では前者を「本件資本配当」、後者を「本件利益配当」、両者を併せて「本件配当」という)を受け、本件資本配当については法人税法24条1項3号にいう資本の払戻しの一態様である「剰余金の配当(資本剰余金の額の減少に伴うものに限る。)」に、本件利益配当については同法23条1項1号にいう「剰余金の配当(・・・資本剰余金の額の減少に伴うもの・・・を除く。)」に該当することを前提にして連結確定申告をしたところ、A税務署長から平成26年4月28日付けで、これらの剰余金の配当は、それぞれの効力発生日が同じ日であることなどから、その全額が同法24条1項3号の資本の払戻しに該当するとして法人税の更正処分を受けたため、Y(国-被告・控訴人)に対し、当該更正処分のうち連結所得金額が上記申告に係る金額を超え、翌期へ繰り越す連結欠損金額が上記申告に係る金額を下回る部分の取消しを求めて訴えを提起した。 なお、本稿では、法人税関係法令については本件当時の条名で表記するが、現行法では法人税法24条1項3号は同項4号に、同条3項は同条4項に、同法施行令23条1項3号は同項4号にそれぞれ変更されていることを予めお断りしておく。 Ⅱ 本件における目的論的解釈 1 本件東京地判による目的論的解釈 本件における第1の争点は、法人税法24条1項3号にいう「剰余金の配当(資本剰余金の額の減少に伴うものに限る。)」の意義であるが、東京地裁は次のとおり判示し(下線筆者)これを「資本剰余金のみを原資とする剰余金の配当及び資本剰余金と利益剰余金の双方を原資とする剰余金の配当」の意味に解した。 東京地裁はこのような文理解釈の結果を、上記判示の後に「また」という接続詞で続けて次のとおり判示したところ(特に「趣旨」。下線筆者)を考慮した目的論的解釈によって、補完した。 本件東京地判における文理解釈の方法・内容(Ⅳで検討する)や目的論的解釈の内容・射程(Ⅲで検討する)はともかく、一般論としては、文理解釈の結果を目的論的解釈によって補完するという東京地裁の解釈態度は、文理解釈を重視する判例(最判平成22年3月2日民集64巻2号420頁等)でも取られており、妥当なものである(【45】=拙著『税法基本講義〔第6版〕』(弘文堂・2018年)の欄外番号。以下同じ)。 2 配当先後関係問題 東京地裁が上の引用判示の中で目的論的解釈の基準となる「趣旨」に関して説示した「問題」は、資本剰余金と利益剰余金という配当原資を異にするいわゆる混合配当に関する2つの剰余金の配当の先後関係の問題(以下では「配当先後関係問題」という)であるが、この問題について次のような解説がされている(太田洋=伊藤剛志編著『企業取引と税務否認の実務~税務否認を巡る重要裁判例の分析~』(大蔵財務協会・2015年)535頁以下[園浦卓]。下線筆者)。 この解説にいう「プロラタ計算」は、「その[法人から交付を受けた]金銭の額及び金銭以外の資産の価額(・・・・・・)の合計額」のうち「当該法人の資本金等の額・・・・・・のうちその交付の基因となつた当該法人の株式又は出資に対応する部分の金額」(以下「対応資本金等の額」という)とそれを超える部分の金額(みなし配当の額)とを切り分けるために政令で定められた、対応資本金等の額の計算方法である(法税24条1項柱書・3項、同令23条1項)。本件で問題となったのは「資本の払戻し」(法税24条1項3号)に係るみなし配当であるが、その場合のプロラタ計算は、次の計算式で算出される当該払戻し等の直前の払戻等対応資本金額等を、当該払戻法人の当該払戻し等に係る株式の総数で除する、というものである(法税令23条1項3号)。 配当先後関係問題は、要するに、利益剰余金を原資とする配当と資本剰余金を原資とする配当との先後による、資本金等額対純資産比率という税法上の資本の部の構成比率の変動に基因する問題であるが、その変動は、剰余金の配当に係る会社法上の原資・時期選択可能性によって生ずるものである。この選択可能性については、次のような指摘(渡辺徹也『スタンダード法人税法〔第2版〕』(弘文堂・2019年)204頁)がされている。 立法者は、配当先後関係問題を解決するために、前記解説中の「②混合配当の全体が『資本剰余金の額の減少に伴』う剰余金の配当に該当するとして、かかる剰余金の配当の全額について、同法24条1項3号のみなし配当規定を適用するという考え方」に基づき、利益剰余金を原資とする配当を、資本剰余金を原資とする配当と取り扱うことによって、資本金等額対純資産比率の変動がなかったものとして、プロラタ計算を行うこととしたのである。 このような取扱いは、私法上の選択可能性の行使の結果を課税上は否認するという意味で租税回避の否認(【69】参照)に該当するが、会社法上の利益剰余金を原資とする配当を、混合配当に対する法人税の課税上は、資本剰余金を原資とする配当と取り扱うという意味ではいわゆる「税法基準」による取扱いといってもよく、また、その「趣旨」を考慮して行う目的論的解釈は税法基準による目的論的解釈といってもよかろう。 なお、「税法基準」という用語は、後でみる本件東京高判の判示の中でも用いられているが、「私法基準」との対比において借用概念と固有概念の区別(【50】参照)を念頭に置いて用いられる用語のようである(小山真輝「配当に関する税制の在り方-みなし配当と本来の配当概念との統合の観点から-」税務大学校論叢62号(2009年)1頁、73頁は「借用概念的な私法基準」及び「固有概念的な税法基準」という表現を用いている)。本稿では、課税要件を定めるに当たって①私法上の概念・法律関係等に準拠する場合その立法基準を「私法基準」と呼び、②当該租税法規の趣旨・目的に基づき独自の概念・法律関係等を用いる場合その立法基準を「税法基準」と呼ぶことにする。 3 本件東京高判による目的論的解釈 東京高裁も税法基準による目的論的解釈を行ったが、ただ、その射程は本件東京地判のそれとは異なる。東京高裁による目的論的解釈の射程を明らかにするために、本件における第1の争点、すなわち、法人税法24条1項3号にいう「剰余金の配当(資本剰余金の額の減少に伴うものに限る。)」の意義に関する東京高裁の判断をみておこう。 東京高裁は、その判断に当たって、一般論として文理解釈の原則(【44】参照)と借用概念に関する統一説(【52】参照)を述べた上で、法人税法24条1項3号の規律対象について次のとおり判示した(下線筆者)。 東京高裁は、以上の判示の後に「もっとも」という接続詞で続けて、配当先後関係問題が生じる事情を述べた後、次のとおり判示した(下線筆者)。 この判示の意味するところは、次の判示(下線筆者)によって敷衍されていると解されるが、そこには、私法基準を重視する解釈姿勢が認められる。 以上の判断に基づき、東京高裁は、次のとおり結論づけている(下線筆者)。 (了)
「特定事業継続力強化設備等の特別償却 (中小企業防災・減災投資促進税制)」の解説 【第1回】 「特別償却の適用要件」 公認会計士・税理士 新名 貴則 令和元年度(平成31年度)税制改正において、「特定事業継続力強化設備等の特別償却制度」(いわゆる中小企業防災・減災投資促進税制)(以下、本税制)が創設された。本連載では、本税制の概要や手続等について解説する。 【第1回】では、本税制が創設された背景と、制度概要について解説する。 1 制度創設の背景 平成30年は地震や豪雨などの災害によって、全国で大きな被害が発生した。近年、このような大規模な自然災害が多発しており、中小企業の事業継続に大きな影響を与えている。 そこで、自然災害に対する中小企業の防災・減災対策を促進するため、「中小企業の事業活動の継続に資するための中小企業等経営強化法等の一部を改正する法律(中小企業強靭化法)」が令和元年7月16日に施行された。 同法に基づき防災・減災の事前対策に取り組む中小企業が「事業継続力強化計画」を策定し、経済産業大臣の認定を受けた場合、低利融資・信用保証枠拡大等の金融支援や、補助金の優先採択といった支援策を受けることができる。 また、当該支援策の一環として、特定事業継続力強化設備等の特別償却制度(中小企業防災・減災投資促進税制)が創設された(措法11の4、44の2、68の20)。 2 税制の概要 ① 概要 中小企業強靭化法に基づく「事業継続力強化計画」又は「連携事業継続力強化計画」の認定を受けた青色申告書を提出する中小企業者等が、当該計画に基づいて、指定期間内に一定の設備(特定事業継続力強化設備等)への投資を行う場合に、20%の特別償却を認める制度である。 ② 適用要件 当該税制を適用するためには、具体的には次の要件を満たすことが必要となる。 ③ 対象設備 本税制の適用対象となる設備は次の通りである。 ④ 税制措置の内容 対象設備を事業供用した事業年度において、20%の特別償却を適用できる。 ■特別償却 特別償却限度額 = 特定事業継続力強化設備等の取得価額 × 20% (注) 税務申告の際は、「特定事業継続力強化設備等の特別償却の償却限度額の計算に関する付表(特別償却の付表(15))」の添付が必要となる。 ■税額控除 税額控除の適用はない。 (了)